真空のメランコリー

 
 
 
先程の惨劇が信じられなくて。
これが夢であることを期待して。
私の両目がゆっくりと開かれる。
これが「本当」であることに、気づいてはいた。
それでも、信じたくなかった。
こんなことが「本当」だなんて、信じたくなかった。
 
だけど、何もかも現実だ。
悪い夢なんかじゃない。
必死に目を醒まそうと足掻いたところで、これが現実。
無意味な希望は、すぐに砕け散る。
 
 
◆◆◆◆◆◆
 
 
視界に入ったのは、物々しい「石造り」の部屋。
湿っぽくて、薄汚い…それでいて何とも言えない悪臭が漂う。
檻の壁を見つけた途端、私は此処が監獄であることを理解する。
どうやら扉は明けっ放しなので、外には出れるみたいだ。
だけど、何となくどこかへ行く気分にもなれなくて。
どうにかしようと思っても、勝手に体が震えて動くことも出来なくて。
私は、ただ膝を抱え…呆然と宙を眺めていた。
 
ただじっとしているだけで、焼き付いた光景が脳裏に浮かび上がる。
まるで記憶をペンキで塗りたくられたかのように、鮮明に…思い出してしまう。
荒木飛呂彦。太田順也。あの男たちの宣告―――「殺し合いの開催」。
嘘だと思った。こんなのは夢なんだろうと、思った。
みんなを集めて最後の一人まで殺し合いだなんて…悪い夢なんだと、期待した。
でも、そんな期待はすぐに水泡のように消えた。
ざわめく群衆の中から、二人に詰め寄った金髪の女の子。
あの二人に恐れることもなく、正面から立ち向かう姿は、何となく頼もしく思えた。
もしかして何とかしてくれるんじゃないかって、根拠の無い希望を抱いた。
だけど…その女の子は。
 
目の前で死んだ。
 
真っ赤なトマトを握り潰したみたいに。
女の子の頭が弾け飛んで。
血や肉が、辺りに飛び散った。
首から上が無くなった女の子を目の当たりにして、私はようやく気づいた。
 
これは夢じゃないんだって。
怪奇とロマンと満ち溢れたオカルトの世界ですらないんだって。
―――血で血を洗う殺し合いっていう現実が、目の前に広がっているんだって。
 
震えが止まらない。
こんなにも怖い。
いつもの楽しいオカルトなんかとはワケが違う。
こんな現実なんて…あってほしくなかった。
 
せめて。
せめて隣に。
親友“メリー”が居てくれたら…
ちょっとは、気が安らいだのかもしれない。
でも…居てほしくもない。だって、最後の一人になるまで殺し合わないといけないのだから。
殺したくなんて――――
 

 
 
 
「…………。」
 
 
ふと私は、思った。名簿を確認していない。
…傍に転がっているデイパックに手を伸ばし、中身に手を突っ込む。
少しばかり手探りで中身を探し、名簿を発見した。
私は恐る恐る、不安な気持ちを抱きながら…名簿を確認する。
殆どが聞いたこともない、見知らぬ名前ばかりだ。
もしかしたら、メリーもいないのかもしれない。
少しばかり、心細いけど。殺し合う必要もなくなる―――
そうして、私の名前が記載されている辺りに目を通した直後。
私は、唖然とした。
 
 
 
『マエリベリー・ハーン』
 
 
 
 
あの子の名前が載っていた。
こんな珍しい名前の子が他に居る訳も無いし、私の隣にわざわざ書かれている。
きっと、間違いなく…あの『メリー』。
メリーも、こんな殺し合いに巻き込まれているんだ。
 
――――私は、どうすればいいんだろう?
死にたくない。死ぬのはどうしようもなく怖い。
まだまだ生きていたい。死ぬのは嫌。
もっと楽しいことを、醒めない夢のようなミステリーを探求し続けたいんだ。
これからもメリーと一緒に、果てのないロマンを追いかけ続けたいんだ。
だけど。此処を生きて脱出するためには。
みんな、殺さなくちゃいけない。
名前も顔も知らない誰かを。
90人もの参加者たちを。
そう。
 
メリーすらも――――――――
 

 
 
 
 
 
直視したくない現実を認識してしまった、直後のこと。
コロン、とデイパックの中から何かが落ちてくる。
どうしようもない不安と恐怖を押え込みながら、私はそれを見た。
「…ディスク?」
そう。それは円盤状の情報媒体。俗に言う、『DISC』。
傍にはメモ書きのような紙が落ちている。
『頭に挿入して使え』とだけ書かれた、小さな紙が。
…意味が分からない。このDISCのことなのだろうけど…頭に挿入?
そんな不思議現象が起こるはずが……………、
…………無くもないかもしれない。一応私はオカルトサークルをやってるんだ。
そんな私が、不思議なことを否定してどうする。
よくわからない理屈で、私はとりあえず…何となく。
そのDISCを、頭に押し付けてみると。
 
「――――っ!?」
 
押し付けたDISCが、まるでコンピュータに挿入されたかのように私の頭に入り込んでくる。
奇妙な感覚が私の頭の中に渦巻く。
まるで記憶や精神がごちゃごちゃに混ぜられてるかのような、気持ち悪い感覚。
得体の知れない何かを手に入れたかのような。
そして私の頭に――DISCが、完全に入り込んだ。
 
 
「…な、何?どう…なったの…?」
 
…だけど、何も起こらない。
特に自分に変わった様子も無く、さっきの変な感覚くらいしか実感が無く。
劇的な変化は、特に見られない。
一体、何のDISCだったんだろうか?
落ち着かない頭を整理しながら、私は考えてみようとした―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『あなた様が…私の新しい本体ですか?』
 
 
突如右隣から、声が聞こえてきた。
 

 
 
「ひっ…!?」
 
何の脈絡も無く聞こえてきた声に私は驚いて、恐怖する。
それでも、後ろから聞こえてきた声が何なのか。
正体を確かめるべく…そちらをハッと向いた。
 
 
 
『そんなに怖がらなくてもいいじゃないですかァ。
 あなた様が自ら、この私の…《ヨーヨーマッ》のスタンドDISCを挿入したんですから』
 
 
私の隣に立っていたのは…なんというか。
ヘルメットのようなものを被っている、人型をした緑色の何か。
《ヨーヨーマッ》って名前らしいけど…、どっかの音楽家みたいな名前だ。
ずんぐりした体系をしているその生き物は、直立してまじまじとこちらを向いている。
…オバケか何か?一瞬そんなことを思ってしまった。
「……スタン…ド?」
『あぁそうか。あなた様はスタンドを知らないのでしたね』
 
するとヨーヨーマッは、スタンドに関して親切かつ事細かに解説してくれた。
『精神エネルギーの具現化』『基本は一人につき一体』『スタンドが傷つくと本体も傷付く』
―――などなど、妙に解りやすい説明で私に教えてくれた。
そしてどうやら先程のDISCは、スタンド能力を封じ込めている特殊な物体らしい。
それを頭に挿入したことで、私はスタンドである『ヨーヨーマッ』を手に入れた、と。
 
 
 
 
 
 
『―――以上が、スタンドの説明です。何か解らない点があれば、質問をどうぞ』
「…いえ、何も。…大体、解りました…」
『そうですか。それならば良かったです。』
 
先程までの解説を咀嚼しつつ、私はとりあえず大体解ったと答えていた。
スタンド…なんだか守護霊みたいだ。こんなファンタジーな存在までいるなんて…
ちょっとだけ私はロマンを感じたけど、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
そう、ヨーヨーマッが話を切り出してきたんだ。
 

 
 
『―――それで、どうするのですか?ご主人様』
「…え?」
『此処に篭城して人数が減るのを待ちますか?
 適当に待っていれば、参加者同士で勝手に殺し合ってくれるでしょうし。
 尤も、此処に勘付かれた際のリスクもそれなりに大きいでしょうけどね』
「………………。」
『………どうかしました?ご主人様』
 
篭城作戦。確かにそうすれば危険な参加者と会う可能性もグッと下がる。
危険な殺し合いの渦中に巻き込まれるリスクもほぼなくなる。
この広い施設の中で暫く人数が減るのを待つことが出来れば、かなり消耗が少ない状態でやりすごせるはずだ。
…だけど、私はそれに賛同出来なかった。
どうしても、あの娘のことを放っておくことが出来なかったから。
だから私は話すことにした。マエリベリー・ハーン―――メリーのことを。
 
「…ヨーヨーマッ。…その、何ていうか…この会場に、私の親友もいるんだ」
『ほう』
「その、マエリベリー・ハーンって言ってね?私はメリーって呼んでる。」
『…………』
「…同じサークルの親友で、たった二人で活動してるから…相棒みたいな感じでさ。」
『…………』
「一緒にいるのが、すっごく楽しくて…あの娘と一緒なら、どこでも最高に楽しい。
 あの娘ほど気の置けない親友はいないんだ。…だから、メリーが私と同じように…
 こんな悲惨な現実に怯えて、何処かで隠れてるかもしてないって考えたら…放っておけない。
 だから…その、…私……―――メリーを、探したい。」
 
私は、ヨーヨーマッに向けてはっきりとそう言った。
例え殺し合いという現実が避けられなくても、せめてあの娘に会いたい。
傍に行って、支えになってあげたい。こんな現実から守ってあげたい。
………私の、唯一無二の親友なんだから。放っておけるわけがない。
だから、…凄く怖いけど。怖くて仕方無いけど。こんな所で、うずくまってる場合じゃ――――
 
 
 
 
 
 
 
『ご主人様、それはあまりお勧めしませんよ』
 
 
しかし、ヨーヨーマッの返答は予想外の物だった。
「ヨーヨーマッならきっと手を貸してくれる」という確信が、何となくあった。
でも、そんな期待はすぐに蹴り飛ばされる。
驚いていた私を気に留めず、ヨーヨーマッは言葉を続ける。
 

 
 
『この殺し合いのルールを理解していますよね?
 総勢90人の参加者によるデスゲーム。生き残れるのは―――たった一人。
 
 
淡々と紡がれる言葉。
 
 
『確かご主人様は…親友のメリー様を放っておけない。そう仰っていましたよね?』
 
 
ただ冷静に、有りのままに言葉を発する。
 
 
『お言葉ですが、止めておいた方がいいと思います。
 親友なのですから、ご主人様はあくまで彼女との思い出を守りたいのでしょうけど…
 それに直接触れ合えば触れ合う程、喪った時の絶望が肥大化するだけと見受けられます』
 
 
そして彼は、最終宣告のように私に告げる。
 
 
『――――もう一度言いますよ。このゲームで生き残れるのは一人だけです。
 残念ですが、メリー様は諦めた方が宜しいかと…』
 
 
 
 
「――――っ!!!」
 
―――淡々と『現実』を突きつけるような言葉に耐え切れず。
気がつけば私の身体は、勝手に動いていた。
目の前のヨーヨーマッの両肩を強引に掴んでいた。
多分私は、いつの間にか苛立っていたのだろう。
しかし彼は一切表情を変えることもなく、こちらを真っ直ぐに見ている。
それが余計に…腹正しかった。
 
 
 
 
『………………』
 
「……お勧めしないとか……諦めるとか……そう簡単に、言わないでよ」
 
『………………』
 
「――言ったでしょ、あの娘は私の親友なのよ!!」
 
『………………』
 
「ずっと一緒にロマンを追い続けてきた…かけがえのない相棒!!
 メリーのことを……そんな簡単に、諦めさせないでよ…っ!!」
 
声を荒らげながら、私は叫ぶ。いつの間にか…涙が溢れていた。
メリーを見捨てなければ生き残れないという、無惨な現実からか。
淡々と理屈だけを突き立てるヨーヨーマッの言葉に煮えくり返ったのか。
―――それとも、こんな選択をしなければならないこの殺し合いへの怒りと哀しみからか。
理由は自分でも……解らない。
だけど、とにかく…私はヨーヨーマッの言葉を受け入れたくなかった。
そして…ヨーヨーマッの返答が、ようやく返ってきた。
 
 
 
 
 
 
『成る程。殊勝な心掛けですね。それで、どうするのですか?ご主人様』
「……………………」
 
この瞬間、本気でキレそうになった。
拳を握り締めて軽く殴ってやろうか、なんてことまで思ってしまった。
だけど、私はそれを必死で抑え込んだ。
こんな所で怒っていたって無駄な労力を使うだけだ。
とにかく、私は…自分の意思をはっきりと言うこと。
必要なのはそれだけだ。
 

 
 
「―――決まってるでしょ!メリーを探しに行く!
 生き残れるのは一人とか言うけど……私は諦めない!メリーと一緒に、絶対に生きて帰る!
 不思議や怪奇に真っ向から立ち向かう!…それが、秘封倶楽部なのよ!ただ震えて、怯えてるだけなんか…絶対に嫌!」
 
バッとその場から立ち上がり、涙を拭いながら私は威勢良く言った。
だけど本音を言えば…本当は凄く怖い。
死にたくないし、殺したくもない。メリーが死んじゃうことだって怖い。
こうやって前向きになることで、どうしようもない不安感を抑えている。
でも…本当は、それも無駄な努力なのかと考えると。
とにかく…怖くて、堪らない。もう私達は、既に闇に染まった沼へと身体が嵌っているのかもしれない。
それでも…それでも、どうにかなると信じたかった。
そうでもしないと、本当に何もかも終わってしまう気がしたから。
絶望に飲み込まれて、身動きが取れなくなってしまう気がしたから。
とにかく…少しでも前へ踏み出さなければ、何も始まらない!
 
 
「………ほら!そうと決まれば…行くわよ、ヨーヨーマッ!」
『…了解しましたァ。ご主人様の命令には従います』
 
 
ヨーヨーマッに一声かけて、私は牢屋から飛び出した。
私に追従するように、ヨーヨーマッもすぐに牢屋を出る。
行く宛などない。多分、ただの直感で探すことになる。
――何でもいい。とにかくメリーをすぐにでも見つけたかった。
淡い希望と不安を抱きながら、私の冒険は始まった。
その先に何が待ち受けるのかなど、今は知る由もない。
 
 
 
【C-2 GDS刑務所女子監2階/深夜】
 
【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:この状況への不安と恐怖(前向きになって強引に抑えている)、苛立ち、焦燥
[装備]:スタンドDISC「ヨーヨーマッ」@ジョジョ第6部
[道具]基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:メリーと一緒に此処から脱出する。
1:とにかくメリーに会いたい。死にたくないし怖いけど、希望を捨てたくはない。
2:殺し合いに乗ってない人に会いたい。
3:ヨーヨーマッが気に入らない。けど、ある程度は頼りにせざるを得ない。
[備考]
参戦時期及び蓮子がどこへ向かうのかは後の書き手さんにお任せします。
 
[スタンド「ヨーヨーマッ」について]
破壊力:C スピード:D 射程距離:A→C 持続力:A 精密動作性:D 成長性:C
①基本的には本体の命令に召使の如く従う従順なヤツです。
②本体に助言もしてくれますが、時には苦言を呈すこともあります。
③虐められると非常に喜びます。
④制限により射程距離はC(10~20m程度)に下がっています。
  それ以外のステータス及び物体を溶解させる唾液の能力はほぼ原作通りです。
⑤ほぼ不死身で再生能力もありますが、制限により徹底的に身体を破壊すれば一定時間消滅します。
  本体へのダメージは無く、消滅した際もおよそ1時間程度で復活します。
⑥自動操縦型のスタンドである為、本体の任意で操ることは不可です。
  その代り、ヨーヨーマッが自ら思考し、高い知能とスタンド能力で本体をサポートし守ってくれます。
  逆を言えば、「相手は本体に害を成す存在である」等とヨーヨーマッが判断すれば独断で排除に出ることも有り得ます。
 

 

最終更新:2014年02月06日 00:58