「………………………。」
エリア「A-4」。
そこは会場の外れに位置する地区。
辺りには目立った施設もないし、これといった町や森なども存在しない。
あるのはただ、雑草が生い茂っているだけのだだっ広いだけの平原。
そこには人の気配もないし、誰かが寄り付くような雰囲気もない。
その場を支配しているのは静寂のみ。時折風が草を揺らす程度の、無音の世界だ。
彼女は、そんなエリアの端っこで…ぽかんとした真顔で立ち尽くしていた。
どことなく中華風に見える服を身に纏っている。
その顔には札が貼られており、出で立ちは一言で言えば中国のキョンシー。
事実、彼女は死体を蘇らせて生み出されたキョンシーの妖怪なのだ。
所々から覗く肌の血色の良さは、主人の『手入れ』の賜物か。彼女の名は「宮古芳香」。
邪仙である霍青娥の命令に従う、忠実な僕。少し前まで、青娥の命令で豊聡耳神子の復活の為にとある場所を守護していた。
そしてその目的は果たされた。それ故に彼女は一旦役目を終え、土に還されるはずだったのだ。
無論、また必要な時になれば再び部下として土から蘇らされる手筈だったが。
…しかし、気がつけばこんな場所に飛ばされていたという。
何がどうなっているのか、彼女は現状をあまり把握出来ていない。
当然のことだ。キョンシーとなった彼女の頭脳は前時代のコンピュータ並の思考しか出来ない。
言わば少なめの脳ミソ。現状をある程度理解をすることが出来ても、完全に咀嚼することは出来ないのだ。
彼女に主に出来ることは「指示された命令をできるかぎりこなすこと」だ。自分で理解し、考えることは超ニガテである。
それでも彼女は、自分なりに今の状況を考えようとしていた。
「私の…主…」
「…ええっとぉ……名前なんだっけなー……」
「………えっと…うーんと…………」
ぼそぼそと呟きつつ、彼女なりに精一杯頭をフル回転させ働かせる。
彼女の腐りかけの脳では、人の名前などの簡単な記憶すらすぐに曖昧にぼやけてしまう。
例えそれが、自分の主といった縁の深い人物の記憶でも。
それでも彼女はどうにかして懸命に考えて自分の記憶を引っ張りだそうとする。
あの記憶は出来るだけ忘れてはならないということを、彼女は何となく理解していた。
「…………せ…いが…………青娥……!」
数分ほど時間をあけて、彼女はようやく主の名前を思い出す。
さっきの謎の人間二人がいた変な場所で、青娥の姿をちらっと見かけた。
あの場所での説明は、あまり耳に入ってなかった。ルールなんて理解できない。
簡単な命令だけをこなすことしか出来ないんだから、当たり前のこと。
長々とした説明など聞くほどの頭脳は持ち合わせていない。
…でも。青娥がいたことは、ぼんやりだけど…確かに覚えている。
そして。
変なヤツが、頭を吹き飛ばされて死んでしまった様も…脳裏に焼き付いている。
真っ赤な血が華のように地面に広がって。
そいつが死んだということは、はっきりと覚えている。
何で死んだのかも、何で殺されたのかも、わからないけれど…とにかく、死んでしまった。
死んでしまった。
死んでしまったのだ。
「青娥…せいがー…」
「…あれだけは…いかん…」
「死ぬのは、いかんのだ…」
ぼそぼそと呪詛を唱えるかのように、芳香は何度もその言葉を吐き出す。
駄目だ。死んだら駄目なんだ。今の子の状況が何なのかはいまいち、というか殆ど解らないが。
この場所で、「誰かが死ぬ」ってことだけはわかるのだ。
無表情だったはずの顔には、ほんの僅かな不安の様子が浮かんでいる。
「死ぬのは………」
私はキョンシーだ。例え頭を破壊されようと、胸を貫かれようと、全身を蒸し焼かれようと、死ぬことはない。
問題なく生き続けることが出来るし、不調になれば青娥がすぐに治してくれる。
だから私はいいんだ。私は死なないんだー。だけど、だけどな。
青娥は、どうなんだ?私みたいにキョンシーじゃない。
きっと私みたいに顔を潰されたり心の臓を貫かれたりして生きていられるわけがない…
もしかしたら――――死んでしまうかもしれないんだ。
駄目だ。彼女は脳髄を言葉に支配されたかの如く、ただ只管にそう思っていた。
でも、その思いは確かだった。その思いは決して嘘偽りではない、純粋なものだった。
とにかく青娥を死なせちゃ駄目だ。死んだらいかんのだ。
そうだ…青娥のキョンシーだから…青娥を守らなきゃいけない。青娥、死ぬのは駄目なんだ。
「駄目なんだー…せいが… 生きなきゃ駄目なんだ…」
常に命令のみに従って動いてきた彼女が、自分の意思で動き出す。
必死に腐りかけの固い頭を回転させ、彼女なりの思考をした末。
それは彼女にとって一番「大切なこと」を考え、導きだした末の結果。
「青娥」が「死ぬこと」。それだけは避けなくてはならん。今の彼女を動かすのは、たった一人の主を護るという思い。
自分と違って、命が零れ落ちたら本当に『おしまい』なんだ。
せーがを…護らないと。
私はせーがのキョンシーなんだ…私が護らなくちゃ駄目なんだー…。
「…………………。」
行く宛もなく、土地勘もなく。固い身体に鞭を打って、適当にその場から歩き出そうとした時。
彼女はふと気付いた。背中に背負っている煩わしい『荷物』らしきものに。
それは支給品一式が詰め込まれたデイパックなのだが、ルール説明を殆ど聞いてなかった彼女はそのことを知らない。
ただ「背中になんか邪魔なものがある」程度にしか思っていなかったのだ。
彼女はとりあえずそれを背中から下ろして退かしたかった。なんか気持ち悪いし邪魔だ。
そうして、どうにかして下ろそうとしたのだが―――――
「うーん…うーん…………」
両腕が固い。上下にゆらゆらと動かしたり、メキメキと音を立てながらほんの僅かに横に動かしたりもしているが…
間接が固くてデイパックを下ろせない。青娥からは柔軟運動を進められていたが、彼女はここ最近それを怠っていたという。
それがこのような所で仇になるとは予想もせず。
ぶんぶん、じたばたと頑張って腕を上下左右に動かしているが思いの外関節が動いていない。
結果的にデイパックを下ろせず、悪戦苦闘をして数分が経つ。
「無理だなー…」
デイパックを下ろせないことを把握した彼女は、素直に諦めた。
どうせキョンシーの自分には無用の長物だろうし…と考えて、自分自身で納得した。
そもそも、こんなことで手こずっている場合ではない。
自分には自分の、大切な…やるべきことがあるということをふっと思い出した。
そう、護る。あいつを…えっと…あれ?うーん…………………
さいが…、せみが…?よしか…じゃない…えっと、うんと…
えーと…なまえ…なまえ‥‥‥‥―――――
「……………せいが!」
私は…青娥を…護るんだー。
何なんだか解らないけど…ここでは誰か死ぬ。誰かが死んでしまう場所。
だけど、青娥は絶対に死なせない。死ぬのはあっちゃいけない。青娥は…生きなきゃ、駄目なんだ。
固い関節を動かし、ふらふらとゼンマイで動き出したかのように彼女は平原を進みだす。
自分のただ一人の主を捜すべく、彼女は歩み出す。
それは「指示された命令」ではない。芳香自身の意思で、そう決めたこと。
彼女は途方もなく彷徨う。その先に何が待ち受けているかは、知る由もないだろう。
【A-4 平原/深夜】
【宮古芳香@東方神霊廟】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:不明支給品、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:青娥を護る。
1:死ぬのはいかん、あれだけはいかんのじゃ…
2:お腹がすいたら多分ガマンできない。
[備考]
※参戦時期は神霊廟後、役目を終えて一旦土に還される直前です。
※殺し合いのゲームという現状をあまり把握していませんが、「誰かが死んでしまう」ことは理解しています。
※間接が固いせいで背負ったデイパックを自力で下ろすことが出来ません。
それ故に支給品及び名簿を一切確認していませんが、最初のルール説明の会場で青娥がこの場にいることは認識しているようです。
※制限により、彼女に噛まれた生物がキョンシー化することはありません。
※彼女がどこへ向かうかは後の書き手さんに御任せします。
最終更新:2014年02月06日 00:57