「……うぅ、頭痛い」
妙にズキズキする頭のせいで、心地よい微睡から覚醒させられた。
昨日はそんなに呑んでいないはずなのにと、宇佐見蓮子はまだ覚めやらぬ脳で思考する。
しかし彼女の脳髄は、開かれた眼に映る光景により回転を速めたのだった。
「アレ……ここ、どこ?」
いつもの自分の部屋ではない、どこまでも闇の広がる空間。
その暗闇の中蠢く気配は、大勢の人間が放つものだった。
自分と同じくこの未知の場所で目覚め、自身の置かれた状況に戸惑う様が伺える。
頭上を見やっても闇ばかり。月があれば場所が分かり、星さえ見えれば時計いらずの彼女の眼にも
今は何も見つけられない。
すると、闇全体に突如として強い光が灯り、蓮子は思わず目を背けた。
明転に慣れたその目で見渡せば、実に様々な者たちがいた事を理解した。
和服に洋服、大男に子供、男性女性、中には翼や角のあるものまでいる。
(仮装パーティーか何かかしら?)
そんな素っ頓狂な事を考えていると、異様な存在感を放つ二人の男がいるのを見た。
一人はメガネにハンチング帽をかぶった痩せた男で、その手には何故かビールジョッキがあった。
もう一人は意味深な笑みを浮かべた男だ。
一見すれば若いはずなのに、何故か蓮子にはその男が長きを生きた賢者にも見えた。
その賢者のような男は声高らかに話し始めた。
「ようこそ諸君。僕の名前は荒木飛呂彦。そして彼は太田順也。君たちをこの場に集めた張本人だ」
聞いたことのない名前だ。だが蓮子は不思議と、その太田順也と呼ばれた男に懐かしさを覚えた。
(懐かしい……なんで? 会ったことないはずなのに)
それはまるで遺伝子が、魂が記憶しているような感覚。
そんな彼女を余所に、荒木は話を続ける。
「集めた理由はただ一つ。君たちにはこれから殺し合いを行ってもらいたい」
『殺し合い』……そんな非現実的な言葉に周りの者たちはざわめき始めた。もちろん蓮子も例外ではない。
だが、彼女は気づいてはいなかったが、その場にいる人物の何人かは、
その言葉をすんなりと受け入れたかのように物怖じ一つしていなかった。
「ルールは単純明快。この場にいる者全てを殺し、最後に残った者が優勝者となる。
もちろんタダとは言わない。優勝者にはどんな願いだって叶えてあげよう。
巨万の富も不老不死も世界の王も自由自在さ。『死者の蘇生』は一人限定だがね」
「とは言え、ただそれだけじゃ戦い慣れていないものは不利だ。
そこで、君たちには通常のサバイバル用品の他に『ランダムアイテム』を進呈しよう。
日用品の他、刃物に銃器、珍妙不可思議なマジックアイテム、馬なんかの生物の場合もある。
いくら弱いものでも、このランダムアイテムが大当たりだった場合は自衛も可能って事さ」
「冗談じゃないわよ!」
ざわめきがまだ残る群衆のなかから、説明をする荒木に詰め寄る者がいた。
ボブカットの金髪にブドウの飾りのついた帽子を被った少女が、見るからに荒木達に憤怒しながら歩んでいく。
「あー、説明の途中なんだけど。誰だっけ君? えっと確か、秋……あき……」
「秋穣子よ! み・の・り・こッ! さっきから聞いてたら、いきなり拉致して、今度は殺しあえ!?
あんた達何考えてんのよッ!」
「あのさぁ、君こそ僕の説明聞いてた?
それとも幻想郷じゃ、丁寧に説明している相手に喧嘩吹っかけるのが挨拶なわけ?」
「ンフフ、まあまあ荒木先生。一寸待って下さい」
噛みついてきた穣子とそれに応対する荒木の後ろから、先ほどまで沈黙を保っていた太田が喋りかけてきた。
「ちょうど良いじゃないですか。我々に逆らったらどうなるか説明するのは、
具体例を挙げるのが一番だと思いますよ。その子『神様』の部類ですし」
「そうか、それは確かに都合がいい」
「ちょっとアンタ! 人の話聞いてるの! 何二人で変な事言い出して……」
結論から言えば、穣子の声が聞こえる事はこれ以降ないだろう。
何故なら、彼女の頭が突如として爆発したからだ。
鳳仙花の実のように弾け、あたりに血液と脳しょうなどが混ざった液体が飛び散った。
首から上がなくなった彼女の体は、ほどなく全身の力が抜けてその場に倒れ伏した。
「今のを見れば分かるように、僕たちは君たちの脳を爆発させる能力がある。
彼女は人間ではなく所謂『八百万の神』の一柱だが、僕たちにかかればこうなる。
『自分は頭を破裂させられても生きていける』なんて考えるなよ。
吸血鬼や柱の男、妖怪に蓬莱人なんかも、この場にいる全員例外はないんだ」
彼女を殺した荒木は語る。自分はお前たち全員の命を握っているのだと。
如何な幻想の住人も、自分にかかれば「鉛筆をベキッとへし折る」より簡単に始末できると。
「君たちの脳が爆発する条件は主に3つ。
まずは、会場内に設けられた禁止エリアに入った場合。これは進入後10分で自動で爆発する。
次にゲームが開始して以降、連続24時間で死者が一人もいない場合。
最後に僕たちに逆らった場合。まあこれはさっきのを見ればわかるよな?」
戦い慣れていないものは今まさに起こった惨状への恐怖故に、
逆に死に慣れたものはこれから起こるルールを聞き漏らさないために、
先ほどまでのざわめきを静め、荒木の話を聞いている。
「それから、ゲーム開始から6時間ごとに放送を会場全体にかける。
死亡人数と生存人数、死んだプレイヤーの名前を発表する。
それから、放送毎に禁止エリアを1つ設置するから聞き逃さない方が身のためだぞ」
荒木の後ろにいる太田は、手にしたジョッキにビールを注いでいる。
「説明が長くなってしまったが、これよりゲームを開始しよう。君たちはこれから会場のどこかへランダムに飛ばされる。
最初の禁止エリアは"F5"だ。君たちの健闘を祈る」
荒木が言い終わるや否や、蓮子の意識は反転した。
たちまちのうちに彼女を含め、会場の者たちはその場から跡形もなく消え失せた。
場に残ったのは荒木と、ビールを旨そうに呑む太田、そして首を無くした穣子だけだった。
生死を賭けたゲームが今、幕を切った。
果たしてゲームを制するのは
人間か、幻想か。感謝か、後悔か。敬意か、欲望か。
それはきっと、神様さえも分からない。
【秋穣子@東方風神録】死亡
【残り 90/90】
最終更新:2014年08月14日 15:56