赤倉はおもむろに一冊の本を開く。
そこに記されたタイトルは、『legenda aurea(黄金伝説)』
ジェノヴァの司教ウォラギネが書いた聖人の伝記集である。
そこには、様々な奇跡の物語や、残酷な殉教の姿が描かれている。
そしてこのヨーロッパ中世の書物には、仏陀伝にある説話に繋がるものが多くある。遠く離れた東西を繋ぐものは一体なんなのであろうか。
「黄金…ゴールド…
仏陀…ゴーダマ・シッダールタ
ゴ ー ダ マ…
『ゴールドマン』と似た発音…」
こんな考えを他人に話したら、こじつけも甚だしいと一笑されるのがオチだろうと赤倉は思った。だが考えれば考える程に、この奇妙な繋がりを認めたい気持ちになる。
「ゴールドマンは…『奇跡』をもたらす聖人」
古の人々は言った。『ゴールドマン、ケイム』と。
その言葉を発するのは、奇跡を目の当たりにした時、あるいは自然の怒りに怯える時。
それは、奇跡を起こし自然にまで影響を及ぼす聖人に向けた尊敬か、畏怖か。
様々な『奇跡』を起こしたといわれる聖人達。それらは、強力なスタンド使いだったのではないか。ならばこの現代にも、昔ならば聖人と呼ばれる存在がいてもおかしくない。
不意に携帯電話の着信音が鳴った。
「ああ、シバミか…どうした?」
『タチバナ、そっちに行ってない?』
「タチバナ君…?いいや来ていないが」
『そう…いつもならハイネと訓練の時間どこにもいなくて。杏子ちゃんが亡くなって…アイツどこか変な感じしたからさ、ちょっと心配になっちゃって。』
「そうか…うむ、もしこっちに来たら連絡する」
『うんありがとう。まあそのうちフラッと戻ってくると思うのだけど。じゃあ、またね』
「ああ、またな」
電話を机に置く。
「ハイネ…ハイネ・ヴェリオールドか。
不思議なものだな、ついこの間までは敵同士だったのに、今は生活すら共にするようになるとは。
しかし、タチバナ君という男でも、仲間の死は堪えるのだろうな…。少し心配だが…。」
人と人との間には『引力』があるという。
出会うことは、その間に引力があるのだ。
だがもし仮に、死んでしまったとしたら、その引力は意味をなさないのだろうか。
いや。
別れがあるから、人は人を愛おしく思う。その人を想う心もまた、引力。
それは別れの後にも力を失わない。
彼らは、乗り越えねばならないのだ。別れを。痛みを。悲しみを。
「揚蝶さん!」
神城が声をあげた。
「静夜くんッ…た、助かった…」
ブルースが作り出す、誰にも気付かれることのない、決闘のための空間。
それは死ぬまで逃れられない…はずであったが、偶然にも、いや『奇跡』的に解除され、そこにジョーイ達が通りかかったのである。
そしてジョーイは一瞬で気付く。
蝶を纏う男に対峙しているあの男は…『吸血鬼』であると!
「URYY…フン皆まとめて殺してやろうッ」
「お前ら…下がってろ…」
ジョーイは一歩踏み出す
「ジョーイさん…」
静夜は心配そうな目でジョーイを見つめる。
ジョーイは『あの』戦いを思い出す。
吸血鬼と化した八手という男との一戦を。
あのとき自分は、恐怖した。もうダメだ、勝てない。自分はここで殺されるのだ、と。
だが、勝った。
それは隕鉄がいなければ得られない勝利であった。
しかしここに隕鉄はいない。
いや……既にこの世にさえも…ッ
「俺の名前はジョーイ。
この背中にはいつだって黄金の風が吹く。」
「ほう…ならばこちらも名乗ろう。
我が名はブルース。
読書好きのカウボーイさ…
たった今俺の欲するもの…それは貴様の『命』ッ!」
ジョーイはブルースを睨みつけ、思う。
裕も神城も、今はスタンドを使えない。
その蝶だらけの男も…アゲハだっけ?おそらく戦闘能力自体は低いのだろう。
だからここは俺がやらなきゃあならない…
だが一人で戦うわけじゃねえ。
隕鉄…シン…デュカ…ジャンケル…D・M・Q…
俺の背中には風が吹く。
…様々な者の『想い』を乗せてッ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
雄叫びを上げるジョーイ。
前に大きく突き出した両手に流れるその風はッ
太 陽 の エ ネ ル ギ ー
『 波 紋 』 ! !
「黄金の風は…俺の勝利を後押ししてくれるッ
ブルース!訴えてやるぜ!貴様にッ!
俺達の魂をッッ!!
『ブローウィン・インザ・ウインド』ォォォーーーーッッ」
「受けて立てとうッ!!
『カウボーイ・フロム・ヘル』ッッッ!!」
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
「んふ…うふふふ…
ふはは…アハハハ!」
止まった世界の中、ケイは上機嫌だった。
「すごい…すごいぞ。もう何秒たった?
20秒? 30秒? いや、1分を超えたかも知れないな
だが、まだまだ『止めて』いられる…『余力』を感じるぞッ!
この力さえあれば、もう役立たずの部下も要らない。
時を止め、触れるだけで、全てが熟れたトマトのように潰れていく…
ククク、アハハハハ!」
その光景を想像し、ケイは身悶えする。
「さて、ついでにクツケイも始末しておくか」
ケイが視線を巡らせると、クツケイはすぐに見つかった。二つの身体に分かれながらも、瓦礫を必死の形相で砕いている。
「見ぃつけたぁ。ふふん? スタンド能力は効かないんだったな。
なら…おやぁ~? こんな所に、いい物があるじゃあないか♪」
ケイは、地面に転がるバーレルのナイフに目を留めた。喜色満面で、それを拾い上げる。
否。『拾い上げようとした』
「なんだ? 持ち上がらない…!?」
ナイフはいくら力を込めても、ピクリとも動かない。
もしや、ソバサイの能力!? そう思い視線を向けるも、ソバサイは相変わらずのアホ面で絶命したルピの姿を凝視しているだけだ。何かを仕掛けているようには見えない。
「まあいい。なら、直接殴り殺すだけだ!
『ゴスペルオブシン』ッ!」
ケイの呼びかけに、しかし、六枚の翼を持つ天使は動かない。その、冷徹な瞳をケイに投げかけるのみだ。
「どうした? 何故動かない!?」
『…汝ハ 禁忌ヲ 犯シタ』
「なんだ…と?」
ゆっくりと、ケイに近づいてくる『ゴスペル・オブ・シン』。その姿に、ケイはあることを思い出した。
『ゴスペル・オブ・シン』は敗北を許さない。
自分が生き残るためには、殺し続けるしかない。そして…
『スタンドを消す事は逃走を、逃走は敗北を意味する』
『ゴスペル・オブ・シン』が進化する直前。
あのクソ猫は何をした?
「う…うわぁぁぁぁ!」
震えるケイに、構わず近づいて行く天使。ケイは背を見せて逃げ出した。
瓦礫を掻き分け、逃げ出そうとして…気付く。
『何も動かすことが出来ない』
そう。時は、止まっている。止まり続けている。
誰も、彼を助けない。助けることが出来ない。
「助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて!
死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!
なんで、わた」
10回。
破裂は、何の音も響かせることはなかった。
【ケイ/ゴスペル・オブ・シン 死亡】
「何が、起こった?」
眼前に広がるは、おびただしい血と肉片。そして、ケイの着ていた服。
「…終わったのか?」
ソバサイは事態についていけず、辺りを見回した。
魔王もケイも、姿を消している。いや、ケイは死んだのか?
「考えてる時間はないか」
少なくとももう傍にはいない。今の彼には、それで十分だった。
アポロを降り、音のする方へと向かう。
「よう、忙しそうだね」
そこにいたのは、バーレルの力で二人に分かれたクツケイ。
「シルビアが! この中にシルビアが!」
叫ぶ彼の片割れを、ソバサイは殴り飛ばした。
「な…!?」
「ほんっとさぁ。イヤになっちゃうよね。
こんな奴に期待して、松葉ちゃんが死んだと思うと」
いつものように、淡々とソバサイは続ける。
「女だの、戦いだのさあ。そんなのより大切な事があるだろ。
お前たちには、力があるんだろ?」
俺達と、違って。
「なんでそれを世界の為に使わねえんだよ。
いくらだって、いい方向に変えていけるんだろ。
…生きてりゃさあ」
…俺達と、違って。
「お前…その手?」
「脇役が、ライダーなんて主役張ったツケだよ」
ソバサイは笑って、手首から先の無い腕を振った。3分間はもう終わっている。
手首の崩壊は、徐々に身体へと侵食を始めていた。
「ほら、瓦礫除けるんだろ。手伝えよ」
ソバサイの意図を察し、クツケイはスタンドを発現した。
ソバサイのスタンドが発生させる重力場は、真下に働くとは限らない。
壁に延びる影なら水平方向に。天井に延びる影なら、上方に。
光源と逆向きに発生させる力だ。
片方のクツケイが瓦礫を下から照らし、もう片方が瓦礫が崩れぬよう支えるように照らす。そして、ソバサイが重力場を発生させ、瓦礫の中にトンネルが出来上がる。シルビアは、瓦礫の中の空洞で、奇跡的に無傷だった。
「シルビア!」
クツケイが二人とも駆け出し、シルビアを救い出す。
それを見て、ソバサイは苦笑した。
ま、しゃあないか。
そう簡単に人は変わらない。俺は闇を照らす太陽にはなれない。
でも…でもさ。
「ソバサイ! シルビア…が…」
支えを失った瓦礫の崩れる音。それを背に、シルビアを抱きかかえたクツケイは呆然と見詰めた。
何もない空間を。
太陽なんかじゃなくていい。明るい光じゃなくていい。
月明かり程度でいいから、照らせたとしたら。
俺らにしちゃ、上出来なんじゃないの? なあ、松葉ちゃん。
【ソバサイ/ムーンライト・シャドウ 死亡】
ド ド ド ド ド ド ド !
周りは『時の止まった空間』。吹きすさぶ『熱風』。
相対する二人の男。
波紋を練るジョーイ。
吸血鬼と化したブルース。
この空間内においても二人は時間が止まっているかのように動かない。
COOOOOO…織りなす風が口ずさむ『波紋の呼吸』。
波紋と石仮面の因縁が、今再びここにある。
「 い く ぜ ッ !」
先にジョーイが動く。風を推進力に使う高速移動で一気に間合いを詰める。
真空波でブルースの右腕が宙を舞う。
ズ バ ッ !
「う…うおおおおおおおおおおおおッ!?」
腕を押さえて悶絶する隙すら与えない。そのまま一気に…
「『波紋』を流して…ッ!終りにしてやるッ!」
COOOO…ォォオッ!?
ジョーイの体を鎖が縛る。それも『ブルースとは別の位置から』。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ !
「『カウボーイ・フロムヘル』…飛ばされた俺の腕からでも鎖は操れる…それに腕を拾えば…」
ウジュルウジュル…
「ほら、このトーリ・元ドーリ。ア、ア~。なんだかお前の血で腹を満たしたい。ジュルリ。」
舌なめずりをしてにやりと笑う。
ジョーイはそれを見て戦法を変えた。
COOOOO…
―風に波紋を混ぜる―
ジュオオオオオオ!
ブルースの皮膚を溶かし始める。
しかし…だんだんと波紋が届かなくなってくる。
「『無機物は波紋を通さない』…直接殴って触れない限りはな…。『カウボーイ・フロムヘル』の鎖で防御できる…。肌で敏感に『波紋』を感知することでなッ!ア、ア~。」
ジョーイは今再び、吸血鬼の恐怖を胸に刻みつけつつあった。
――――――
外、時の止まった世界。
『パンテラ』の発動した近くにいた3人の若者もまた、ひとしく動くことはない。
しかし、『蝶は舞う』。
蝶は何物にも縛られない、何物も縛らない。
その力は全ての事象をつかさどること。
蝶は何者にも縛られない、何者も縛らない。
ただ、自由にありそこたたずむ。
意志も、主義も、主張もなく。
自らの力の赴くままに。
「バタフライ・キッス…僕は…」
揚蝶 純/時の止まった世界で行動再開
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ !
『パンテラ』からさほど離れていない小屋…
それは蝶の奇跡だったのか、その男が引き起こした事のなれの果てだったのかは誰の知る所でもない。
「周りは時が止まっている…『世界のつじつまが合わなくなっている』からか…『たまたま』俺に都合よく作用した…か。『たまたま』…な…」
サトヨシ(裏)/時の止まった世界で行動再開
「…僕は…」
『時の止まっている感覚』
頭では理解が追い付いていない。
五感をして、舞い踊る蝶をして、その感覚を『識っている』。
「…そうか。『僕が動ける』『可能性』を」
刹那、
揚蝶は空間が
歪み はじめるのを
感じ た。
「く…ふはは…」
すべては俺に味方した。
ケイは死んだ。
女帝は消した。
魔王が残っているが、タチバナがどうにかするだろう。
あとは、取るに足らないカスばかり。
これで 『繰り返せる』 。
今まで通りに。
世界をねじ曲げ、崩壊へと導き。
過去と繋げて円環と為す。
これですべてが繰り返す。
そう、あの「蝶使い」。
「可能性を引き寄せるもの」を消し、奴等の希望を潰せば。
導き出す物は『可能性』……。
1%であろうと『可能』な物は必然となる。
「だが、俺の前では『可能性』は『ゼロ』だ」
腕を一振りするだけでサトヨシの前を舞っていた蝶が全て落ちる。
「例え俺を殺せる『可能性』があったとしても、『時の止まった世界』ではその『可能性』を導き出せるのは……お前しかいない」
揚蝶はサトヨシを見据えながらも頭を整理する。
まだ、理解できない感覚に体が着いて行けていない。
揚蝶はサトヨシに気付かれないように身体に意識を集中させた。
「しかし、お前のスタンド自身に攻撃方法は無い……」
ゆっくりと近付くサトヨシ。
「そして、今はまだ『時の止まった世界』に戸惑っているようだな?」
―ブンッ!―
ギリギリの所でサトヨシの攻撃をかわす揚蝶。
しかし、動き方はぎこちなさが残る。
「確かに、『時の止まった世界』で僕以外の『可能性』に頼る事は出来ない。」
「そこそこは動けるみたいだな?」
揚蝶の周りを舞う蝶を警戒しながらサトヨシは近付く。
「しかし、やはり完全では無い様だな!?もらったッ!!」
―ブンッ!ブンッ!―
確実に当たる間合いでの攻撃が避けられる。
揚蝶の肩に一頭の蝶が止まっていた。
「なッ!?」
「バタフライ・キッスは『可能性』と言う『蜜』を求めて彷徨う……逆に他の『可能性』が『止まった』事により『可能性は絞れる』ッ!!」
揚蝶に先程のぎこちなさは無くサトヨシを睨み付ける。
「僕だって今まで、ボーっとしていた訳じゃないんだッ!
『時の止まった世界』で『成長する可能性』を示すッ!」
「これ以上の成長など無い!貴様の存在を『捻じ曲げ……』」
ユグドラシルを発動させようとしたサトヨシに蝶が集まる。
その途端身体の動きが鈍くなるのをサトヨシは感じた。
「な、何をした!?貴様のスタンドには……」
サトヨシは後ろへ下がり蝶達から離れる。
「えぇ、僕のバタフライ・キッスには直接的な力はない……
ですが、1%でも『可能性』があるのならばバタフライ・キッスはそれを『必然にする』……
言ったでしょう?『成長する可能性』を示す……と」
「まさかッ!?『アイツ』を成長させたと言うのかッ?」
構えを取る揚蝶。
「これは……あの人の願いなんだ……きっと君を止めてみせる……『佐藤先生』の為にッ!」
「佐藤…だと?
何故ッ…何故貴様が覚えているッッ」
「気になってた…この絶対的な違和感…
今の自分に至る大事な要素となった何かが…失われた感覚!
それは、僕の周りの人の多くもまた感じていることだった」
サトヨシは動こうとしない、というよりも、動けずにいた。まるで内側から自分の体を抑え付けられたように。
「母校でもないのに、最近になって足をよく運んだ中学校がある…
何故だ?
それは静夜君の通う学校ではあるが…彼に会いに行ったわけじゃない…
しかも母校でもないその学校に何故あんなにも懐かしさを感じるのか?
僕は調べた
その学校にあったありとあらゆる資料をね…
そして見つけたんだ
発展途上国で行われる研修についての資料を。
その中学校から、一人その海外研修に参加したという記録がある。だがそれに添えられていた名簿は、『空白』だった。
さらに僕は、研修先の学校からも記録を取り寄せた…
そこには存在したよ
『 佐 藤 』 と い う 教 師 の 名 前 が ッ
それを目にした途端、僕の頭の中に、佐藤先生に関する記憶が蘇ったッ!!
つまり君の力は全世界に完全に及ぶって訳じゃあないってことだ!」
「そうか…やるじゃあないか揚蝶純…
だが、奴の存在が消えたのは、俺の人格が強められたために表のサトヨシとしてのスタンドが暴走したが故…俺が消そうとしたならもっと完全に…
いや、あるいはこれもお前の引き当てた奇跡か…」
サトヨシは、自らを抑えつける力を引き離すようにして動き出す
「俺の目的は…世界の事実を、社会を、価値観を歪め、全てを俺のものにすること…この能力ならそれができる!
その辺は…既に知っているか?」
「クツケイって人から聞いた…
だけど力を使いすぎれば世界は崩壊へと導かれ、それを防ぐために世界は自ら過去へ戻る…
それが何度も繰り返されている…そうだね?」
「ああ」
サトヨシは頷く
「そして過去へ戻れば再びやり直さなければならないために、君は慎重に事を進めようといていた!」
「そうだ…
だがな、気が付いたんだよ
過去へ戻ろうとも、俺が歪めて消した存在はもう二度と現れることはない…そう、『歪み』は残るのだ…
ならば、上手に上手に…過去への循環を繰り返して『歪み』を重ねていく…これこそが最も確実で完全な『道』ッッ!
だからこそ、余計な『可能性』を発現させる貴様は、『消して』おかねばならないッッ!!」
サトヨシは、静かに腕を振り上げる。
「『僕』の力も再び弱まってきたようだ…
揚蝶純…サヨナラだ…
ユグドラ――
「良いのかい?」
その言葉に、サトヨシは能力の発動を中止する
「何がだ…?」
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド
揚蝶はニヤリと笑う
「君にとって、世界を得るために『過去に戻る』ということが必要だというなら…
君は僕を消すわけにはいかない」
「貴様…何を言っている…?」
「わからないか?
『崩壊を防ぐために世界が過去に戻る』という『事実』は、僕が…
僕の『バタフライ・キッス』が起こす奇跡なんだッ!!」
バァァァーーーーーンッッ!!!!
「なん…だとォ…?
…ならば…その確証があるか?」
「確証?そんなの必要ないね…
僕には『確信』があるッ!!それで充分だッ」
しばし訪れる、沈黙
「ふふ…ふふふ…
なるほどな…
気に入ったよ…
貴様の能力が俺にとって必要なものだというなら…
俺の仲間になれ…揚蝶純」
その唐突な申し出に驚く揚蝶に、サトヨシは歩み寄る。
「さあどうする?揚蝶純…
別に殺さずとも、その両手両足をバキバキに歪め、一生動けなくすることだってできるんだぞ?」
(ま…まずい…どうする僕…
ここでYESと答えてやり過ごした方が賢い選択だろうか…?
しかしその後無事でいられる保証も無い…僕は…どうしたら良い…
佐藤先生ッッ!!)
「さあ答えろッ
どうする?揚蝶純…どうする?どうする?どうする~~~ッッッ??」
揚蝶はサトヨシを睨みつけ、答える
「 だ が 断 る 」
「…ほほう」
「手足曲げられたって、自分を曲げるよりかはましだッッッ!!」
「ふゥ~ん…カッコいいこと言うじゃあないか
自分を『曲げない』…ね。
いいやッ!!貴様は曲がるのだッ
答えがYESだろうとNOだろうと関係ない…
貴様の『人格』と『価値観』を歪ませッ!
強制的に我が下僕としてやろうッッッ!!!!!」
「なッ何ィィィーーーッッ!?」
「こいつは、マズいぜ……」
鎖で抉られ、じんじんと熱を持つ肩を押さえ、ジョーイは呟く。
「おやおや、どうした? もうお疲れかいィィィッ!?」
人間の視認できる範囲を遥かに超えた速さで、鎖が唸る。
ジョーイはそれを辛うじて避けたが、左腕の中ほどが弾けた。
その一瞬後、パン、という破裂音が、辺りに響く。
「くぅッ!」
まただ。また、避けたはずなのに、ダメージを食らう。
閉鎖された、この空間。時を止められた周囲の空間は『動かない』。
つまり、『風が吹き込むことは無い』。
利用できるのは、ジョーイの動きと、ブルースの動きによって生じる
ほんの僅かな風だけ。
頼みの綱は、吸血鬼の弱点『波紋』だが、それはブルースに
直接当てる必要がある。
……あんな長い攻撃射程を持つ相手に? 風の助けもナシに?
ジョーイのスタンドは、無風状態では、人間と同程度の能力しか持たない。
つまり、この状況は、圧倒的に不利!
「…キツい仕事だな、ったくよぉーッ!」
だが、ここで負けるわけにはいかない。
雄たけびを上げ、ジョーイはブルースに向かって疾走する。
「ヘイ、そんな突進じゃあ、俺の鎖は止められねえぜッ!
ジョォォォォオイッ!」
『カウボーイ・フロム・ヘル』の両手から、鎖が超高速で伸びる。
その速度、威力は、ヒデエモンと戦った時の比ではない。
吸血鬼化し、強化されたのは彼の身体だけではない。
スタンドも同様にその凶暴性を増しているのだ。
鎖の動きは、風を伴う。動きが早ければ早いほど、それは強い風を纏う。
その風を利用して、ジョーイは何とか鎖をかわす。……が。
地面が、ジョーイの身体が、鎖が触れてすらいないというのに弾け、抉られる。
パン、パン、パンッ! と音が響いた。
「ちょこまかと良く避けるもんだ。だが……
『衝撃波』まで避けるのは無理なようだな」
物体が音速を超える速度で移動すると、そこには『衝撃波』が生まれる。
それはすぐに減衰し、ただの音になってしまうが、ギリギリでしか鎖を
避けられないジョーイ相手には十分な武器だ。
「『衝撃波』だと? なるほど、そういう事か……
わざわざ手の内を明かすとはマヌケな奴め」
「何? まさか気付いてなかったのか?
衝撃の後に音が来る現象なんて、他に無いだろうがよ、このマヌケが」
一瞬の奇妙な沈黙が、二人を包む。
『マヌケは、てめーの方だぁぁぁッ!』
二人の声は見事に重なった。
駆けるジョーイ、迎え撃つブルース。何度も繰り返した構図。
しかし、一つだけ異なることがあった。
「おおおおッ!」
迫る鎖を…敢えて避けない!
スピードの乗った鎖の放つ衝撃波を、ジョーイはその全身に食らう。
しかし、吹き飛ぶどころか、ジョーイは更に加速して間合いを詰める!?
「衝撃波も『風』の一種だ…それも強い、な。
操るためにモロに食らったんで、全身が痛いが…
やっぱりマヌケはお前の方だったな!」
ジョーイはスタンドで、ブルースの両腕をガッシリと掴む。
後は、波紋を叩き込むだけだ。
「…いつ、俺が」
しかし、ブルースは笑みを浮かべた。
「鎖は二本だけといった?」
瞬間、ジョーイの周りの地面から、無数の鎖が突き出した。
鎖は一瞬にしてジョーイを絡めとり、空中に吊り上げる。
いつの間にか、カウボーイ・フロム・ヘルの背中から、無数の鎖が伸び、
地面に突き刺さっていた。
「上手いこと懐に入ったと思ったろ? 違うね!
お前は、おびき寄せられたのさ…クモの巣にかかる、哀れな蝶の様になぁッ!」
『C・f・H』の腕から伸びる鎖が、蛇の様に鎌首をもたげる。
その鎖の先が、ギチギチと歪み、形を変え、ナイフの様に鋭くなった。
「こうして地面を掘り進み…今度はお前の身体を掘り進む、ってぇワケだ」
その先端は、回転してドリルとなる。
「早く動いて風を起こされても厄介だからな。
ゆっくりと…心臓を貫くが、さあ、苦しみで死ぬのと、心臓が破れて
死ぬのと、どっちが先かな?」
「お前よぉ…『勉強』は好きだったか?」
唐突にそんな事を尋ねるジョーイに、ブルースは怪訝な表情を浮かべた。
「俺は、大ッ嫌いだったね。本なんかで学んだ知識が、何の役に立つってんだ?
歌の練習でもしてた方がよっぽどいい。そう思ってた…」
「…? 気でもおかしくなったか?」
「だが、間違ってたな。裕、お前が無理やり読ませてくれた波紋の修行法の本…
役に立ったぜッ! 知ってるか? 『金属は波紋を良く通す』んだってよ。
それが『スタンドのもの』であろうとなぁぁッ!」
「なッ…」
ブルースが慌てて外す鎖を、ジョーイは逆に握り締める。『呼吸』は十分に整えた。
そして…ッ!
「『銀色の波紋疾走(メタルシルバーオーバードライブ)』ッ!」
波紋が鎖を流れていく音を聞きながら、ジョーイは地面に着地する。
「…ま、『メタルシルバー』っていう響きが気に入って覚えてただけなんだけどな」
コォォォォォォォンッ!
波紋が鎖を伝って…流れていく。
同時に崩れていく『パンテラ』の空間が…『吸血鬼の最期』を物語るように。
その少し前の事だ…。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ !
揚蝶と向かい合うサトヨシはスタンドを出現させ、『彼の価値観』を曲げるために力をため始める。
時間はある。揚蝶には攻撃方法はないし、ましてや自分に勝てるハズもない。と
「貴様が俺に勝てる『可能性』はァ――ッ!『万に一つもない
』んだよォォ――――ッ!!」
少年は強く言い返す。
「『人と人との関わり』に『万に一つもない』事なんて存在しないッ!成功と間違いを繰り返すのが人間…ッ!」
周りを舞うバタフライ・キッス達が増す。
「…サトヨシ…そういった意味ではあなたは最も『人間』だったんだ…。」
ビキッ!ビキッ!ビキィッ!
サトヨシの体が動きを止め始める。
「な…なんだ…ッ!これはッ!?俺の体の時が…ッ止まり始めている…ッ!」
それは彼の所業が引き起こしたこと…
「君のせいで『世界の辻褄が合わなくなっている』からね…どんな事象も起こりうる。『空間が繋がったり』…『止まった時の中で動いたり』…。『辻褄が合わなくなる』ことで『バタフライ・キッス』の能力はさらに幅が広がるみたいだ。」
再び時が止まったサトヨシにはもう聞こえていない。
揚蝶は近くにあった大きめの石を手に取る。
ド ド ド ド ド ド ド !
「佐藤先生…あなたの息子を今、この手で殺します…。勇気を…僕に与えてくださいッ!」
運命が…変わるときがきたのだろうか。
ビタァッ!
サトヨシの直前で手が止まった。
「で…できない…世界を救う溜めとはいえ…。僕に…人を殺すなんて…ッ!」
仇敵の首を取る直前に涙を流すこの純朴な少年に、人一人の…恩師の息子の命を手に掛けることができるのだろうか。
答えは・・・否。
パンテラの空間に目をやる。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ !
ジョーイは自分を守って、あの怪物と戦い続けている。
静夜達もまた、世界の明日を願っている。
消えてしまった恩師・佐藤はそれを自分に伝えてくれた。
自分の手が汚れることで、大事な人達に笑顔が作れればいい。
お父さん、お母さん、ごめんなさい・・・。僕は人殺しになります…。
涙は…止まった。石を振りかぶる。
「サトヨシさん…あなたは・・・『人間でありすぎた』んだァァァァァッ!」
…バタフライ・キッスは誰にも味方しない…
「アーァァ~…サトヨシィ…てめェこんな優男にまで命取られそうじゃァね~かァ~…。なっさけないねェ~。」
魔王はすでに背後に迫っていた。圧倒的悪意をもって。
握った石片を振り下ろしながらも、揚蝶の視線は別方向に向いていた。
ひらり、と舞った蝶の先。
悪魔の背後から、空間を裂いて現れる永遠の少年を。
ゆらり、と彼の傍に姿を現した上半身・下半身。
噴上瑠獅覇
「ソぉイツはさァ・・・・」
「殺サセルわけニャァ・・」
「イカネぇヨナぁ・・・!」
魔王と、上半身と、下半身。
確固たる悪意を内に秘め、永遠の少年は『可能性』を潰やしに。
蝶は舞う。
『可能性』という蜜を『吸い上げ』に。
「・・・・バタフライ・キッス・・・・?」
魔王に、蝶が群がる。
吸い出すのは、『動ける可能性』!
「・・・・・・・・・・・」
蝶が離れ、魔王は活動を停止した。
【噴上瑠獅覇/時間の停止した世界で、『可能性を吸い出され』一時行動停止】
「……これは……だが、チャンスッ!」
バタフライ・キッスの意外な行動に一瞬戸惑った揚蝶だが、直ぐにサトヨシへと向きなおす。
そう……トドメをさす為に……
……
………
…………グチャ……。
「はぁ……はぁ……」
荒れる揚蝶の呼吸。
床に落ちる血の音。
そして、揚蝶の腹部に突き刺さるスウィッチの……腕。
「オマエノ『スタンド』ガ吸イ出シタノハ、我ガ主ノ『可能性』……」
スウィッチは静かに語る。
「コノ『捻ジ曲ガッタ世界』ニヨッテ生マレタ私ニ、ソレハ『些細ナ事』ニ過ギナイ」
スウィッチは腕を抜くと姿を消し、揚蝶はその場に倒れた。
「(……佐藤先生……)」
腹部からの出血で意識が朦朧とする中、揚蝶は佐藤との約束を守れなかった事を後悔する。
その時、一頭の蝶が揚蝶の傍に止まった……。
すると、揚蝶の腹部からの出血が止まる。
いや、腹部の出血と言うよりも揚蝶の時間が止まった。
「(これは……!?)」
戸惑う揚蝶を余所に蝶達は揚蝶の目の前へと集まる。
「(そうか……バタフライ・キッス……僕に最後の時間をくれるんだね……)」
時間が停止した時間だけの命。
揚蝶は理解しバタフライ・キッスに想いを託した……。
(僕が動けるのは後どれくらいなんだろう…
その間に僕がやれることは…?
あの少年、『瑠獅覇』…既にいない…
僕を殺し終えたと思い、去ったか…
なら、今僕やるべきは…サトヨシを…殺すッ)
揚蝶は再び大きな石に手を伸ばす
だが、力が入らない。
(血は止まってるとはいえ、腹に穴が開いてる…力が出なくて当たり前か…)
それでも何とか石を抱える。
(佐藤先生…あなたは僕に言った…『幸せな人生を歩め』と…
僕は…ここで死ぬ…
それでも、僕は『幸せ』に生きたんだと思います
それは、先生が色々なことを教えてくれたから…
『背負って』生きるということを気付かせてくれたから…
それはとても苦しいことだけど、全てから逃げて生きるよりもよっぽど幸せなことなんだ…)
ゆっくりと腕をふり上げる
「僕の周りで、たくさんの人が死んだ…それが僕の能力のせいだとしたら…
僕が死ぬことで贖罪になるとは思わない…ただ、全てを背負って…逝こう…
サトヨシ、あなたを連れて」
渾身の力を込めて、石を振り下ろそうとした、その瞬間だった
ギチッ ギチッ
「何ッ!?」
サトヨシが動きだしたのだ。
サトヨシの手が、振り上げられた揚蝶の腕を掴み石を叩き落とす
「くッ…くそぉッ!」
揚蝶は拳を打ち出す
サトヨシに当たるも、充分に有効な攻撃にはならなかった
(何もできないで終わるのか…!ここで何とかしないと…静夜君達までッ)
しかし、サトヨシの様子が変だ。
目の焦点が合っていない。
(なんだ?目が見えていないのか…?)
サトヨシがぼつりと呟く
「ごめん…揚蝶君…
僕は…ここで死ぬわけにはいかないんだ…」
「あ…あなた…『表』の…」
サトヨシは一歩退き、空間の歪みに消えていく。
「ま…待て…」
腹から、血が一気に噴出す。
「うぐっ…時間…か…」
既にサトヨシは消えていた
揚蝶はその場に倒れ、意識はゆっくりと薄れていく。
(せめて…
最後に何かできることがあれば…良かったんだ…けど…な…)
そこで、揚蝶の思考は途切れた。
ジョーイ達の戦いは終わった。
それは、静夜達にしてみれば一瞬に過ぎなかったのだが。
そこにはジョーイだけが立っていた。
「…アイツよ~…消える瞬間…笑ってやがったぜ…満足そうに、さ……」
【ブルース:死亡】
そして次の瞬間、静夜は血まみれで倒れている揚蝶に気付いた。
「なッ…揚蝶さん!?
裕…ジョーイさんを頼む!」
「あ…ああ!」
急いで揚蝶に駆け寄る
「揚蝶さん!揚蝶さん!」
呼びかけるも、反応は無い。
「ひどい傷だ…!傷を『刈り取って』…
ハッ!」
今の自分はスタンドを出せないということに改めて気付く。
額から汗が滲み出る。
「このままでは…揚蝶さんがッッ」
救急車を呼ぶか?だが恐らくこの出血では間に合わない…
いや、あるいは既に、もう――
「静夜!ジョーイさんは大丈夫だ、結構怪我してるけど… 静夜?」
「はあッ…はあッ…」
ゆっくりと、辺りが赤く染まっていく
何も…できない…
こんな…こんな時に…ッ
それじゃあ何の意味も無いじゃないか!
「出ろ…出ろよ『スレイヤー』ッ!」
ちくしょう…
何故だ?何故なんだ!?
あの時…矢を刺したのがいけなかったのか!?
『先』が見えると思ったんだ…
なのに…なのに…
ちくしょう!
揚蝶を抱きかかえる静夜の胸も血に染まる
「揚蝶さん…揚蝶さん!」
何度呼びかけても、揚蝶は目を開かない。
「くそ…
くそッ…嫌だ…
こんな…」
いらない…
他に何の力もいらない…
ただ、大切な人を助ける力が欲しい!
それだけだ…他に何も望まないッ!!
「助けたいんだ…揚蝶さんを…
それだけで…それだけでいいッ!
出ろよ…
出ろよ『 ス レ イ ヤ ァ ァ ァ ァ ーーーーーッッッッ』!!」
『矢は、スタンド使いを選ぶ』
そんな祖父の言葉が、不意に頭をよぎった
そして次の瞬間。
静夜の手には『スレイヤー』が、握られていた。
「傷を…『刈り取る』!」
静夜は涙を流しながら、鎌を揚蝶の腹に当てる。
ジョーイと裕はそれをただ黙って見守った。
揚蝶の腹部の傷は消え、出血は止まった。
「目を…覚ましてよ…揚蝶さん…」
ジョーイが立ち上がる
『波紋』の力を…隕鉄の時のように…
しかし、ジョーイは足を止めた
静夜の頭の上に、『蝶』が舞っていたからだ。
「揚蝶さん…あげ…」
静夜の頬に、優しい手が触れる
「…!」
「君が泣くなんて…珍しいね…」
揚蝶はニコリと微笑んだ。
そして静夜も泣きながら、しかしいつもの笑顔で、応える。
「あぁ、まあね…!」
世界が、壊れていく。
世界が、がらがらと音を立て、壊れていく。
ずきずきと痛む右手。切れる息。鉛の様に重い足。
しかし、それらを疎む心はとうに擦り切れていた。
深夜の街を、必死に林檎は走る。
走る。走る。走る。
何のために?
壊れる世界から、逃げるために。
右手の傷口から、血が滴る。
ナイフを受けた、右手の傷口から。
左拳が、酷く痛む。
あの人を殴り飛ばした、左拳が。
彼女の世界が崩れていく。
誰よりも愛しい人が、自分を殺そうとした。
誰よりも愛しい人を、この手で殴り飛ばした。
誰よりも愛しい人から、逃げ出している。
どれもこれも、『淑女』とは程遠い行動だ。
どんな時も『淑女』であれ。
そう、彼女に教えたのは誰だった?
わからない。思い出せない。
『絶対』だった『その人』と。『最愛』だったバーレル。
たった三人だけで構成される、幸せな彼女の箱庭。
世界が、壊れていく。
バーレルは痛む頬に顔をしかめながら、起き上がった。
不覚にも気絶していたらしい。
床に落ちた、血まみれのナイフを見て舌打ちする。
ナイフを右掌で受け、スタンドでカウンター。鮮やかな一撃。
思わず、笑みがこぼれる。
なんだ、こんな近くにいたんじゃないか。身近すぎて、気付かなかった。
俺は、林檎のことをこんなにも……
こんなにも殺したい。
サトヨシよりも、タチバナよりも、ルシファーよりも絶対的な強者!
強く、強く、強く。
絶対的な強い『誰か』に認められたい。……勝ちたいと、ずっと思っていた。
誰か……誰だった?
記憶が、すり替わる。
林檎……そう。あいつだ。あいつを、殺さなければ。
世界は、壊れていく。
『それ』は誰も気付かない。気付くことができない。
不自然に消えた写真。
相手のいない約束。
先祖を持たない少女。
ぴしりぴしりと音を立て、世界は崩れていく。
ゆっくりと、ゆっくりと、しかし確実に。
世界の崩壊は、もう止めることはできない。
世界は、壊れていく。
心身ともに限界に達した林檎の身体が、地面に倒れる。
倒れ伏す彼女を、ただ月だけが照らしていた。
第18話 『落陽の時』
To
Be Continued... ・外伝『神の国へ』