アットウィキロゴ

-外伝『太陽』-

家具も生活感も殆どないワンルームマンション。
ドアが開く音に、少女は弾かれたように顔を上げる。

「あ…お、おか…」
言葉が出ない。
言い慣れて居ないから?
それとも無表情な相手の仮面の下の、
心が少し理解できるようになってきたから?

「あ、の…」

私に何かできますか。
大丈夫ですか。
……そんな顔を、しないで。

言葉が、でない。




少女をよそに男は、真っ白な壁に向き合った。

――俺は、何をやっている。

シンが殺された。デュカも死んだ。

ケイは増長し、口ではともかく、本心はもはや、協力する気はない…
それどころか、自分の邪魔になるものを消そうとしている。

ケイとトメの架け橋となるべく、バーレルと、
そしてケイの配下の二人と共に、
サトヨシの配下を排除しようとした時…
空間が突然歪み、バーレルが消えた…。
バーレルは、『待ち受けていたサトヨシと闘った』、という。
つまりサトヨシは既に、己の敵の存在に気付いている。

そして今日…隕鉄が死んでいた。
決して仲間ではなかったが…
何度か拳を交えさえしたが…
唯一、俺と同じ経験をして来た男。
一度だけでも力を借りられればと、思ったが…。




ケイに力を与えたのは誰だ?



シンをケイの元に残したのは?



デュカを一人にした、馬鹿は誰なんだ?



巡り会った恋人に浮かれて、
一瞬でも全ての死を忘れた、
最低の男は?




早押しなら俺が一等だ。
答えは奥津 圭介。そいつのあだ名はクツケイ。
つまり、俺、だ。




「うおぉぉぉぁぁぁあああァァッッ!!!!」

びくん。
男の怒号に、少女の体が小さく跳ねる。
…怖い。…悲しい。

男は少女の視線には気付かず…
壁を、殴る。何度も、何度も。

…彼の能力によって着色された壁は、
一枚の絵となる。

何本もの鮮やかな道が、上へと延びていく。
しかし…。

絵の上部中央にある、ドス赤い太陽の様な球から、
無数の黒く曲がった線が飛び出して…
道を全て、塞いでしまっている。

その太陽を、男は殴る。
スタンドではなく、己の拳で。

赤い色が、付いた。

そして男は、糸が切れたように座り込む。

…ああ…また、『溜まった』、な…。

ハイブリッド・レインボウ『ペナルティライフ』。
負の感情と矢によって生み出された能力。

溜め込まれた強烈な…完全な自己否定により、
自分の精神を『無に返す』能力。
その結果、自分へ精神へのあらゆる能力を『無効化』させる。
リスクは…否定した自分が『戻ってこれるか』は解らないこと。

「クツケイ…さん…」

恐る恐る、少女は話しかける。
男は答えない。


この人は何度、世界を見てきたのだろう?

この人は何度、死を看取ったのだろう?


自分はきっと、この人を救えない。

私は感情のまま人を呪い、傷つけて、

こ…

殺した…。

殺してきた。

自分なんかに、この人の苦悩を救う権利はない。

それでも、せめて…

「クツケイ、さんっ!」

この人が進めるように、手伝わなくては。


クツケイの重く暗い視線が、シルビアに向けられる。
それだけでシルビアは、びくん、とまた小さく震えた。
クツケイは、一つ溜め息を付く。

「……すまない。君を脅えさせるなんて…したいわけじゃあない」

シルビアは、何かを呟きながら首を振る。
気にしないで欲しいと言う意味か、と、クツケイは頷く。

「そ、の…どうする、の…ですか…これから…」

上手く言葉が、出ない。

「そう、だな…」

クツケイは目を隠すように、前髪を弄りながら考える。

最優先するべきは、サトヨシの撃破なのか?

サトヨシは、全てを曲げる能力を使い、
世界を支配しようとしている…。

勿論、俺はそれを防ごうとして来た。
俺だけでなく、何人ものスタンド使い達が、
サトヨシに立ち向かって来た。

しかし、ギリギリまで追いつめられたサトヨシは…
『朝を紡ぐ事を止めてしまう』。
時間を曲げる能力、BUMP OF CHICKEN『ホリデイ(聖なる日)』。
時間の流れを曲げて繋ぎ直し、世界の時を戻してしまう。

時が巻き戻れば、死んだものも生き返る。
…存在を曲げる能力、『ユグドラシル』によって、
世界から追放された者以外は…。

ラッキーなのは、
『時を戻せばサトヨシ自身も一時的に記憶を失う事』、
そして一部のスタンド使いは
『時を戻されても記憶を保っていられる事』。

お陰で、今までは何とかサトヨシを
『追いつめる』ところまでは出来ている。

『ホリデイ』を無効化できれば…サトヨシは『倒せる』…はずだ
(とはいえ、俺の『ペナルティライフ』はあくまで
『自分への』能力を無効化出来るだけ…
あの能力を止められるスタンド使いが、居るのか?)。

ヤバいのは…今回、サトヨシが『戻る』のではなく、
『過去の自分に潜んだ』事。
奴は学習している…。
記憶を保ったまま何度も往復されれば、
『誰がサトヨシの敵なのか』…もっと言えば、
『誰を消してから戻れば良いのか』を覚えられてしまう。

これ以上、決着を引き延ばしてはいけない…。

そして気になるのは…『ルシファー』。
地獄から出てきたという少年。
そんなスタンド使いの名前を、俺は知らない。

…そう言えば、隕鉄と『相討ちになったスタンド使い』…
あれも知らないな。
恐らくは、サトヨシの配下か…。


無言で考えるクツケイの横顔を、シルビアは眺めている。
時々、壁の絵にも視線を移しながら。


とにかく、今回は今までと比べても違うことが多い…。

サトヨシ、ルシファー…。
そしてもう一人。

ケイ。


ケイはサトヨシなど驚異では無いと思っている…

(実際、奴のアルターコール…時を止める、のか?
アレがあれば、ホリデイを発動させずにサトヨシを倒せる…)

そして、サトヨシを倒すのに俺達が集中している間に…
出来るだけ俺達を、殺そうとしている。
…まあ、女帝が先にケイの暗殺を試みたんだ、
この辺りはお互い様だろうな…。なんとも黒い婆さんだ。

もう一度話し合い、ケイの信頼を得るべきか…?
それとも、サトヨシより先にケイを倒すべきか…。


クツケイは、小さく頷く。

「ケイの所に行ってくる」

大きくシルビアが震えた。
ケイ。それは彼女にとって、恐怖の象徴。

「…あ、あの…」

何故昔はあんなにも、流暢に喋っていたのだろう?
シバミの笑顔を見てから…
私は、喋るのが怖くなってしまった。
私の中の暗い思いが、また飛び出してしまいそうで…怖い。
それを感じ取られ、相手に嫌われるのが…こんなにも、怖い。
恐怖を押し殺し、必死に言葉を探す。

「……帰って来て、くれますか」

「変なことを言う」

クツケイは視線を逸らして答えた。

「俺は俺の目的の為に生き残る。
君の為に帰ってきて『あげる』訳じゃあない…」

「そう、ですね…」
そうだよね。
私のために、なんて…。
ごめんなさい。
呟いて、俯く。

歩く音。
ドアが開く音。

「行ってくる」

ドアが閉じる音。

「…え…」

数秒。

その言葉は、どういう意味なの?

さっき、視線を逸らしたのはなぜ?

さりげない言動に意味を見出してしまうのは、
醜い、私の自意識過剰のせい?

シルビアは走って、ドアを開ける。

「行ってらっしゃい!」

驚くほど、大きな声が出た。
相手の姿はもう見えない…聞こえただろうか。


部屋に戻り。
壁の絵をみる。
力強く、そして、悲しい、絵だ…。

そう言えば、彼が言っていた…。
彼に絵を教えた『先輩』は、もの凄い変人で、
とんでもない完璧主義者だった、と。

どんなに上手に絵を描いても、
『その先輩の親友』の絵と比べられ、文句を付けられたそうだ。

でも、『その先輩』も…力強く、そしてどこか悲しい…
そんな絵を、描いたらしい。

尊敬している相手と似た絵が描けて嬉しいと、
圭介は笑って…

笑って?

私は…彼が笑った事なんて見たことない。
私は彼を、圭介なんて呼んだ事は、無い…。

シルビアは、十分ほど、絵を眺めていた。


不意に気づいた。
青い道の隣に、目を凝らさなければ見えない…
殆ど背景と溶け込んでいる道が、延びている。


黒い線から、青い道を守るように…
見えないけど、確かに伸びている。


やがて、いつの間にか流れていた涙に気づき、
シルビアはティッシュを取って顔を拭いた。
ついでに、鼻もかんだ。


そして、パソコンを立ち上げると、
近くに画材屋があるかどうかを調べだした。

 

第15話「帰る者、去る者、帰らぬ者」

最終更新:2008年02月01日 22:28