-外伝『秒読み』-
─力を使い過ぎたんだ…もう、これ以上はモタナイ…。
「うひゃあああああああ」
歓喜の声が上がる。
杏子とアルジスは街に出て来ていた。
通りかかったドレスショップを勢いで覗き、
テンションの上がり切った杏子が
ウエディングドレスの試着などを始めた。
「見て見てアル姉!これ超ヤバイ、アタシ超可愛い!」
純白のドレスを着て、
満面の笑顔の杏子は確かに可愛かったが、
振る舞いが幼すぎて、結婚する説得力は無かった。
「やあ、もうこのままドレス決めちゃおうかなぁ…」
杏子の表情は恍惚としていた。
「アタシ、アル姉より先に結婚しちゃうかもね」
「…タチバナくんと?」
「うん!!」
屈託の無い杏子にアルジスは呆れ顔だ。
出会った時はもっと気だるい感じの女子だった、
気持ちは解るが浮かれすぎだ。
「あのね、出会って、付き合って、すぐ結婚、
なんて風には案外できてないわよ、世の中は」
ましてや杏子はまだまだ女子高生だ。
交際していれば色々あるだろうし、
相手はあのストイック星から来たストイック星人だ。
長続きするものかどうか…。
「タチバナさん以上に誰かを好きになるなんてありえないから、
アタシはもう絶対に彼と一緒になるって決めたの」
すぐにでも、
サトヨシくんの中にある悪の人格が
世界を壊してしまうかもしれない。
明日は来ないかもしれない…。
なのにこの子には幸せな未来しか見えてなくて、
それを疑いもしない。
若いって凄いな…。
そして、
乗せられてドレス着ちゃう私も、そうとうメデタイんだけど…。
「うわぁ…アル姉、超似合ってる…きれい」
杏子の感想があんまりストレートなもんで照れる。
守ってあげたいな、この子たちは…。
来て欲しいな…未来。
─時間が無い…歪んでいる…世界が壊れてしまう…。
「でぃぃぃやぁぁぁぁっ!!」
突きを放つシバミ。
タチバナはその腕に沿う様にして腕を前に出す。
それはシバミの突きを巻き込んで、
カウンターの要領で彼女の額に掌底を食らわす。
「くあっ!?」
ひっくり返るシバミ。
「物覚えの悪い女ですね」
「くっそ~っ…」
タチバナはシバミより先に手を出さない、
額にしか攻撃をしない。
その約束を守って攻撃しているのだ。
攻撃が当たる場所を知っているのに、
シバミはそれを一度も回避できない。
どの角度でパンチを入れても、キックを放っても、掴みに行っても、
吸い込まれるように彼の攻撃がシバミの額にヒットした。
「それでも、其処に転がってる半ビッチよりはマシですけどね」
「半ビッチ言うなぁっ!!」
跳ね起きるハイネ。
タチバナの攻撃を額に受けすぎて昏倒していた。
「酒ビッチにも劣る半人前のビッチという意味です」
「クソがぁ…」
ハイネは目覚めてすぐタチバナに挑みかかる。
「根性と気迫だけでは勝てませんよ、ビッチ…失礼」
病室の崩壊に巻き込まれ、
トメとヒデエモンは重症を負い、意識が戻らない。
全てを知った時にはコウもザキもいない、
「見てみぬフリはできない」そんな理由で
シバミはサトヨシと戦う決意をした。
残された自分が少しでも強くなるしかないのだ。
ハイネも同様に考え、タチバナの指導を受けている。
サトヨシの命を狙えばアイツが現れる。
茜を殺したあのスタンドと必ず戦うことになる。
ケイの目的、世界の崩壊、それは二の次、
自分をコケにしてくれたアイツを倒すことが最優先。
それはプライドの問題だ。
シバミの拳とハイネの蹴りが、
左右からタチバナを挟み撃ちにする。
タチバナはハイネのすぐ懐に入り、
大腿部を背で押さえ蹴りを殺す。
同時に、
距離が出来て空振りしたシバミの手首を掴み、
それを下方に捻り下ろし、
下に屈む一連の動作で
ハイネの蹴り足を押さえたまま軸足を刈り取る。
それらを二呼吸で行う。
シバミ、ハイネ
「「おわっ!?」」
同時に空中に投げ出され、
一回転して二人は地面に叩きつけられる。
シバミ、ハイネ共に散々打ちのめされた。
負けるのもいい、食らうこと、倒されること、
それは体が覚え、自然とダメージを減らす行動を身に着ける。
起き上がれない二人。
「私のトレーニングにはまるで物足りないですね」
嫌味を言うタチバナ。
それでも、数々の実践でシバミが鍛えられていること、
ハイネの並々ならぬ覚悟は認めている。
「今日はここまでにしましょう」
突然トレーニングを打ち切るタチバナ。
「ふざけるな、私はまだやれる…」
フラフラと立ち上がるハイネ。
「残念ですが、これから恋人を迎えに行かねばなりませんのでね」
シバミは何だか言いようの無い違和感を感じていた。
どうにもらしくない。
この非常時に突然彼女を作ったり、
遊んで歩いたり…。
サトヨシによる世界の崩壊、
ハイネから聞いた神の尖兵とかいう組織の行動、
事の重要性は理解しているハズだ。
「…アンタ、大丈夫なの?」
「何のことです?」
コイツは余裕ぶって決して弱みを見せない男だ、解っている。
でも、ユトリがある訳じゃあない。
完璧な男じゃない、完璧を目指している男だ。
不気味なんだ…この緊張感の無さが。
例えば、「彼にサトヨシを倒せ」ということは、
私にコウやザキ、ヒデエモン、シルビア、
もしかしたらそれ以上の「大切な人を殺せ」と言うことだ。
私がこの手でコウを殺す?
例え世界と天秤にかけても、それができるだろうか?
まったく想像できない、リアリティも欠片も無い。
その選択を迫られて、平静でいられる訳が無い…。
「何を心配しているのか知りませんが、
弱いアナタ方は人の心配よりも自分の心配をするべきですよ」
そう行ってタチバナが去って行く。
それは私の知ってる背中じゃない…。
見送りながらシバミは不吉なものを感じていた。
「おい!時間がないんだ、今度はオマエが付き合え!」
ハイネがシバミを怒鳴りつける。
「う…うん…」
ハイネと対峙するシバミ。
違う…何かが違う…。
─助けて…助けてタチバナ……。
杏子
「はぁぁ…私ってば今、最高に幸せぇぇ…」
アルジス
「はいはい、そうですか…」
適当な相槌を打つアルジスに抱きつく杏子。
杏子
「アル姉に逢えたこともだよぅ」
アルジス
「ほらほら、通行人に変な目で見られるから」
杏子
「必ず、勝とうね!みんなでハッピーエンドだよ!」
足音が迫る、世界の崩壊に先駆ける、絶望の足音。
「サトヨシの敵は、僕がみんなやっつけてあげるからね…」