お前はどこへ行ってしまったんだ?
今、どこにいるんだ?
一人なのか?それとも、デュカちゃんと一緒か?
なんで何も言わずにいなくなっちまったんだ?
なあ、
シン ―――
-外伝『世界の終わりに』-
最近になって、世界の様々な場所で、異常なことが多く起きるようになった。
突然、地面に亀裂が入ったり、ビルや民家が倒壊する。
そのせいで、重傷を負う人や、あるいは命を失う人も出てきている。行方不明者も多い。
鳥の大群が空が見えなくなるほどに飛び回ったり、街から街への大移動を繰り返すねずみの大群も観測されている。
だがその異常な出来事は、全て原因不明。
それは日に日にひどくなっていき、人々はいわゆる、『世界の終わり』を予感するようになる。
怪しげなカルト集団が横行し、街での犯罪が何十倍にも増加した。
それでも、多くの人々は、毎日の生活をやめない。
ある者は神に祈り、ある者は命を失っていった人々を悼み、
そうしながらも、『普通』の生活を崩さない。
まるで終末への足音が聞こえていないかのようなフリをして。
あるいは、
それが、自分達にできる、世界を終わらせない唯一の術であるかのように。
ある街の、あるケーキ屋の主人もまた、普段通りの生活を送る。
だが、そこにはいるはずの息子が、いない。
妻が数年前に他界して以来、男手一つで育ててきた。
息子は、幼馴染である少女といつの間にか恋仲になっていた。
そんな成長が何故だか寂しくもあり、そして楽しみでもあった。
しかし、ある日、二人は急に姿を消し、連絡も付かなくなった。
警察に届けたが、思春期にありがちな、単なる幼い駆け落ちだろうということで、まともな捜索はしてもらえなかった。
いや、この時から既に起こり始めていた様々な異常な出来事の対応に追われ、警察は手が回らなかったのかもしれないが。
ケーキ屋の主人と、少女の両親は揃って、駆け落ちなどではないことを主張した。
親達は二人の恋愛をむしろ応援する立場であったし、彼らの恋路に障害など無いはずなのだから。
それでも。ケーキ屋の主人は少女の両親に頭を地に付けて謝った。
仮に本当に駆け落ちだとすれば、それは一般的に男側の責任であるべきだし、
そうでないにしても、息子が付いていながら彼女に何かあったのならば、それはやはり責任はこちらにある、そう考えたからだ。
だが両親は彼を責めることはしなかった。
駆け落ちだとしても、少女の幼いながらも強い想いを、両親は理解していたから、一方的に少年側に責任を押し付けるわけにはいかないし、
それ以上に、自分達と同じように大事な子供を失くしかけている彼を、責めることはできなかった。
そして、親達はただ願うのだった。
また二人がふらりと現れてくれることを。
生きている、という情報は無いが、死んだという情報も無いことが、唯一の救いであった。
そのわずかで儚い希望に、彼らは全ての祈りを捧げた。
なあシン、
一体お前はどこにいるんだ
まさか死んだなんて言うんじゃねえぞ
ちゃんと、デュカちゃんと一緒に帰って来い
そうじゃなきゃ、俺はデュカちゃんの両親にも、死んだお前の母ちゃんにも、顔向けできねえ
このところ色んな場所でおかしなことが起きてやがる
お前達がいなくなったのもそのせいなのか?
どうか
どうか無事でいてくれ
そうして今日も、主人はケーキを作る。
世界の終わりを前にして、
人々は、自分達の無力さを思い知る。
ただ悲しみ、嘆き、祈ることしかできない。
愛する人が命を失い行くのを、どうにもできないように。
ある男子高校生は、かつて告白して失恋した女子高生と、再び同じ校舎で授業を受ける日を待ち続け、祈り続けるだろう。
ある夫婦は、最近活動的になってきたと思った矢先に突然姿を消した娘の帰りを待ち続け、祈り続けるだろう。
牧場を営むある夫婦は、この春念願の大学に合格して上京した息子からの連絡を待ち続け、祈り続けるだろう。
ある病院の看護士や患者達は、だらしない性格でありながらも有能であったある医師が、再び姿を見せるのを待ち続け、祈り続けるだろう。
やんちゃな息子を持ったある夫婦は、ある日帰ってこなかったその息子の帰りを待ち続け、祈り続けるだろう。
ある高貴な家系の夫婦は、家出していった娘の帰りを待ち続け、祈り続けるだろう。
ある女性は、かつて共に激しい愛に身を委ねた男との再会を待ち続け、祈り続けるだろう。
世界中の至る所で、
人々は誰かを愛する。
愛する人が近くにいる者は、その人を胸に強く抱いて。
既に愛する人を失った者は、その死を悼み来世での逢瀬に望みをたくして。
愛する人のその行方さえもわからぬ者は、ただただ祈り、想いを馳せる。
そうして人々は、毎日を過ごし、今にも壊れてしまいそうな明日を迎える。
世界の終わりを突きつけられて、
それでも人々は誰かを愛し、今日を生きる。