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-外伝『命の価値』-

ーーー数年前


四肢が千切れ飛んで、ダルマと化した男が地面に転がる。
その男は先ほど僕をリンチし、『触れた物を枯れさせる』という僕の理解の及ばない未知の力でこの旧体育館を全壊させてみせた。

恐ろしい男だけど、僕を助けに来たタチバナに「触れて能力を発動させようとした」瞬間、男の腕は肩から胴体を離れ力を発動することなく地面に落ちた。
そして四肢を失った男は地面をのた打つ芋虫になった。

「オマエの命を奪ってやる!!」
タチバナは悪魔のような表情で、男を殺害しようとする。

僕が夏休みを全て費やして描いた絵は、跡形もなく無残に破壊されていた。


ーーー出会いは数週間前。


照りつける太陽、蝉の鳴き声、誰もいない校舎、スイカバー、死屍類類と転がるヤンキーたち…。
不良グループを殺してしまいそうな勢いで一掃していた処を止めに入ったのが、クラスメイトのムトウタチバナと初めて会話をした切欠。

「警察を呼んだぞ!」と叫んだ僕を、途中逃げる男の一人が睨み付けていた、ソイツが報復に来るなんてその時は夢にも思わなかったんだ。
タチバナは無傷で、「自分には非は無い」といった態度で憮然と立っていた。

「同じクラスのサトヨシ」と自己紹介したら、「性能の低い個体の名称は一々把握していないのですよ、無駄なのでね」とバッサリ切られた。変な奴だ。

「人を殺していたかもしれない」と咎めたら、彼は「私には彼らの死を痛む気持ちは一欠片もない。低能、強欲、醜悪、そういった類の人間は死んでしまった方が世の中の為。もし私に任意で人を処刑して良い権利があれば、世界はずっと美しく価値あるものになるのに…まあ、
人口が一割も残らないのが問題ですが」と言った。

「僕はその一割に含まれているだろうか?」それは怖くて聞けなかった。

そんな彼が暴力を振るわなくなる切欠になれば良いと、僕は美術部が大作を仕上げる為に、夏休みの間借りている旧体育館へ無理矢理連れて行き、筆を渡した。
案の定「芸術には興味がありません、弱者の逃避行動だと認識し見下しています」と連れない素振りをしたけど、すぐに三畳くらいのサイズの一枚の絵に興味を示した。

それは緑系の色を中心に赤、青、黄等々アクセントを持つ、それぞれの線が自由に渦を巻ながら放射線に広がる、森をイメージした僕が描いた抽象の油絵だった。

彼は興奮して「これはいくらぐらいの値打ちになるのですか?」と質問した。
「こんなものは一円にもならないよ、だってこれは寝たきりの爺ちゃんの部屋に飾る為の、外に出れない爺ちゃんが少しでも部屋を広く感じれるように、和めるよう、あきないようにと思って描いた身内の絵だから」
そう答えるとタチバナは「なんの利益も得ないことに是ほどの労力を?」と不思議そうに言ったけど、翌日から僕の横で絵を描くようになる。

努力家のタチバナはすぐに絵が上達した、けど何故か心の闇が投影されてしまう作品を彼は良しとせず、四苦八苦していた。
「それはそれで作風としてとても優れている」と正直に感想を述べたけど、「負の感情を助長するものではなく、キミみたいな絵が描きだいんだ」と言って納得しなかった。

「誰か大切な人の為に描いてみたら?」と進めてみたら、「私はゴミ捨て場でゴミ袋から産まれたものだから、大切な人もいなければ、人を愛したこともない…」静かにそう言った。

タチバナが人を憎み、孤立する根底には暗い悲しみがあることを知った。

彼はゴミ捨て場で始まった人生から、自分には価値が無いという意識にかられ、優秀である為に自らを鍛え、磨き、高度な人間であろうともがいている。
やる気の無い部員や、イマイチな作品をすぐに罵倒するのがいくら正論とはいえ困ったけど、そんなストイックな彼にだからこそ誉められた時の嬉しさは格別だ。

程なく彼は僕を「サトヨシ」と、名前で呼んでくれるようになった、慣れない様子でぎこちなく…。

ーーーーーーー


そのタチバナが、目の前で殺人を犯そうとしている。
相手は以前タチバナと争った連中の一人、僕を睨み付けて去って行ったあの男。

今日は作品の完成が目前で集中力が上がり、夜遅くまで旧体育館に残っていて気がつけば一人だった。
報復に来た男は、「オマエが割って入らなければ負けなかった」そう言って逆恨みで僕をシメ、美術部の皆の作品を叩き割った。

皆の作品が一つでも助かるように必死で抵抗する僕の姿が愉快だったのだろう、男は上機嫌になって旧体育館ごと根こそぎ僕らの作品を破壊したんだ。

「貴様が!人が努力して時間をかけて積み上げてきた物を、貴様みたいなクズが遊びで踏みにじることを私は許さないっ!」タチバナは狂ったように殴り続ける。
男は泣いて謝ったが、タチバナの拳は男の前歯を折り、鼻を砕き、瞼を抉り取る。顔面が真っ赤に塗りつぶされて、もう顔の判別がつかなくなっている。

「ブルース・ドライブ・モンスター、私の能力は『分解』すること、そして分解した物は私の意志で『元に戻る』」
それが何かはわからないけど、タチバナの背後に立体映像のような人型がハッキリ見えた。

「アナタが体育館を破壊したのに紛れて、鉄柱を一本分解しておきました、そう、アナタが寄りかかっているそれです」

分解した切れ端の片方は男の背後に、もう片方は僕の横に突き刺さっていた。
それは崩れる天井から盾になって僕を守ってくれた鉄柱、偶然だと思っていたけど、これは僕を守る為にタチバナがここに落としたのだ。

手足の無い男は身動きが取れない、そしてタチバナが能力を解除すれば、2つの鉄柱は引き合い、男の体を突き破って1本の鉄柱に戻る。

男が命ごいを叫ぶ、タチバナは聞き入れない。その顔は怒りからドス黒い愉悦の表情になっていた。

殺せる、やっと殺せる、ずっとずっと願ってきた、快楽に身を任せるだけのクズを!想像力の足りない馬鹿を!罪の無い物の存在をゴミのように扱う悪魔を!消してやる!

「さよならです!」僕の横の柱が男を目掛けて飛びあがった。

駄目だっ!!

瞬間、僕は発現した自分の能力を理解した。『BUMP OF CHICKEN/あらゆるものを自由に曲げる能力』
目覚めたばかりのこの力で僕は鉄柱の軌道を変える!柱は男を避けて飛び、戻る。

「サトヨシ!何故こいつを助けた!」タチバナが怒鳴った。

僕は「彼じゃない、キミを助けたんだ!」そう言って強く彼の目を睨み付けた。

キミはまるで世界を滅ぼしてしまう悪魔のような、そんな顔をしているじゃないか…。

「僕は例え何があっても誰かに苦しんで欲しいとは思わない、キミは世界の為に至らない人間を全て排除すると言った、でも、もし人がみんな他人の幸せを願えるようになれば、ただ人の不幸を願わないようになるだけで、きっと世界は素晴らしくなる!」
タチバナはそれを無理だと言う。
「無理でも、それは誰かの命を奪い続けて得る完璧より、ずっと素晴らしい」

理想が叶うなんて甘いことは考えない、だとしても、自分はそうやって生きていきたいんだ。
人に不幸になって欲しいなんて思わない、誰かを不幸にすることに力を割くくらいなら、誰かの幸せを願う為に力を割きたい。

「できる」とか「できない」とかじゃないんだ、強い願望、そう思いたいっていうだけの願い。

タチバナ、激しく破壊しても必ず元どおりになる、キミの力の意味はきっと…。


タチバナの涙を見たのはその日が最初で最後。
それからこのモンスターは凶暴さを内に潜めながらも、ずっと僕の作品が出来るのを無邪気な子供みたいな笑顔で待っていてくれる。

タチバナ、悪意に飲まれてはいけないよ、大切な人ができたらその人の幸せを願おう、悲しい出来事が起きたらやっぱり誰かの幸せを願おう。
そうすれば、きっと誰かがキミの幸せを願ってくれる。
いつかキミを不安や孤独から救い出してくれる。

そんな想いをキャンパスに塗り込んでいくんだよ、理想が心の中だけで終わってしまわないように。

 

第6話「螺旋花」

最終更新:2008年01月31日 11:59