初デート前日
「えっ?!本当?うわぁ…うん、うん全然OK!ありがとう嬉しい!!…あ、うん。そうだね。じゃあまた明日。おやすみなさい、拓海さん」
『また明日ね。おやすみ、翼』という彼の声を最後に通話が切れる。
握りしめていた携帯電話の通話が完全に切れた事を確認して、二つに折り畳んでベッドに放った。
「うわぁどうしよう!デートだって!デート!初めてじゃん!」
ベッドの端に転がっている茶色のリラックマぬいぐるみに目掛けてダイビングした揚句、のほほんとしたクマの顔を両手でぽかぽかと叩く。
なんかもう気持ちが暴走して何かしなくちゃ落ち着かない。
今日は寝乱れやすいネグリジェじゃなくて水色に白い大小様々な水玉柄のパジャマ姿だし、自分の部屋だから多少暴れても誰も文句は言わないし。
ベッドに寝っ転がってじたばたしていたボクは、やがてハッと思い出してがばりと身を起こした。
「ヤバイ!お洋服!」
デート用のお洋服!コーディネートどうしよう!
駆け寄ったクローゼットの前で仁王立ちになり両手で観音開きの扉を開け放つ。
「こっち側はイベント用だから使えないな」
クローゼットの右側は紺色のメイド服、水色のチャイナ服、クリスマス向きの赤いベルベットに白いファーの縁取りがついたドレスなどのイベント用衣装が掛かっている。
幼いころから実家の喫茶店の手伝いでイベントごとに色んな衣装を着せられてきたお陰でボク自身も、女の子が欲しかった両親も女装に抵抗が無いという常識外れの家族になった。
喫茶店の手伝いをしている間はずっとスカートが穿けて人に褒められる。イコール女装はイイコトだとボクの中で定義づけられたのは小学校高学年頃だったかもしれない。
中学生頃にはお小遣いの為に土日祝日を中心にメイド服で店を手伝うのが日常になった。お店の中では普通にスカートだったのだから、それだけでも良かったのだけどいつしか女の子の洋服のカラフルさとコーディネートの楽しさに魅せられ、せめて高校三年間女装で過ごしたいと強く思うようになったのは中学3年の秋頃。
幸い二次性徴が遅れ気味らしくて今は喉仏も大して目立たないし、髭も薄くてちょっと剃刀を当てる程度に処理すれば髭剃り痕すら目立たないけど、たぶん18歳以上になったら少しは男らしくなっていくだろうから、無茶がやれるうちに思い切り羽目を外してみたかった。
両親は『高校三年間だけでいいから女装したい』というボクの希望を『成績を落とさず、警察の世話にならないこと』を条件に認めてくれた。まぁ、ボクが二男で6歳上の長男がしっかりしてるから、もしも女に性転換してもまぁいいかと諦めているのかもしれない。
あぁちなみに兄には女装癖はない。小さい頃の女装写真は兄弟揃ってたりするけれど、さすがに小学校高学年で兄は女装は嫌だと主張したので、それ以降は全く女装とは無縁。
弟の奇行に対しては一応理解があるらしいのでちょっと助かってる。
イベント用ではなく普段着に使える女装用衣装を買い集め始めたのはちょうど昨年秋口。
春物は今年ちゃんと揃える予定だったので、春っぽい洋服は季節先取りで買った程度でまだ数は多くない。
「まだ風が強かったりするもんなぁ」
夕飯後にリビングで見てたTVの天気予報、明日は晴れだったはず。
でも、まさかデートのお誘いが来るとは思わなかったから、気温まではちゃんと確認していない。
「あんまり相手と違いすぎるのも駄目だし」
隣の兄弟の洋服センスは二人とも違う。
多分コーディネートが面倒なのだろうけれどユニクロ系無地セレクトの多い真吾と違って、拓海さんは結構センス良く柄物とかをオシャレに着ていることが多いので、こちらも気を抜けない。
まぁ、デートだからといっても下はジーパンとかチノパンとかカーゴパンツで上はパーカーとか薄手のブルゾン等だろう。間違ってもスーツなんて着てこない筈。
「何を着るのか聞けば良かったかなぁ」
今更そんなことに気がついても時すでに遅し。
はた、と顔を上げて見た時計の針はもう23時。念のためにベッドに投げていた携帯電話の時刻表示も確認。何度見ても時間が間違ってないので、溜息をついて携帯を机の上で充電しておく。お風呂に入っていた時間分、折り返した電話が遅かったので仕方ない。
一縷の望みをかけてカーテンを開けて窓の外を見ると、隣の家はもう一階も二階も明かりが消えている。カーテン越しに漏れる光も無いみたい。もしかして、もう寝てるかもだ。電話終えたらさくっと寝ちゃいましたに一票。
「聞~け~な~い~!!!」
寝てると思われるのにメールも電話も駄目だろう。本当は聞きたいけど。強行したら嫌われる可能性が跳ねあがる。
何しろ初デート。
付き合うことを了承したのは先月。まだ恋人になって日が浅い上に、うちが偶然にも隣に引っ越したためにいつも会うのはどちらかの家で、どこかに行くのは初めて。だから、出来るだけ嫌われそうなことはしたくない。
「はー…なんか便利な魔法とか使えたらいいのに」
魔法のステッキ一振りで『くるくるきらきらふりふりリボン!可愛い春のデート服一式、コーディネート!!!』なんつって。
「…馬鹿すぎる」
溜息をついてもう一度クローゼットに向かい、ハンガーをかき分けていく。
春っぽいの、可愛いっぽいの、春っぽいの。
白地に大きめの黄色い花柄が散るチュニック。このチュニックは薄くて下にしっかり何か着ないと透けてしまう。デニムショートパンツと合わせるかな。
「一応、出しとこう」
まずはひとつ、クローゼットから出してベッドの上に放る。
次。濃いラベンダー色の無地シンプルチュニックはキャミソール風。フリルとか無いけど、たっぷりギャザーで綺麗なAラインシルエットが広がる。これは肩紐で裾丈を調整出来るから最短丈でお尻が隠れる程度にして、下にレギンスやレーススカートやペチコートを合わせると可愛い。
「これでもいいかな」
2番目はこれにするか。引っ張り出してベッドの上に放る。
淡い色のデニム生地が胸からコルセットのように腰まで体にフィットする感じで続き、腰からふわりと三段フリルのミニスカートに切り替わるジャンパースカート。しかも、三段のうち二段目はデニムなんだけど一段目と三段目は白地にピンクの小花柄。前身ごろ部分もデニム地の飾りフリルが沢山付いている。これ花柄もあるし、デニムの色具合も水色に近くて春っぽいかも。
「これもいいなぁ」
3番目はこれにするか。クローゼットから出してベッドの上に放る。
あと、今の時期に使えそうなのは各種各色と裾丈色々なスカート達。
タイトではなくフレアやプリーツで丈が短めのものをいくつかベッドの上に放って、続けざまに腰を落として乳白色の三段引き出しを開ける。この中にはフリース、カットソー、靴下類が三段に分けられて入っている。
カットソーやシャツとミニスカートの組み合わせなら色々とバリエーションは増えるとはいえ、上下のどちらを無地にするかまたは柄の組み合わせも考えると悩みは尽きない。しかも隣の家という条件が災いして既に彼には披露済みの組み合わせもあるからそれを外して考えなければ。あとタータンチェック柄は学校の制服っぽいから今回は止めとこう。
あっという間に洋服だらけになったベッドを見下ろして両手に持った服をあれこれベッドの上で組み合わせながら、その場で反転して姿見に映すのを繰り返す。
最終的に春がテーマだし、と考えて花柄メインのものを三つセレクト。
第一候補は黄色い花柄が散りばめられたフリルチュニックにデニムのショートパンツ。ひらふわ可愛いけど薄手なので風が冷たいと気合いで乗り切る覚悟がいる。
第二候補が白い七分袖カットソーにデニム生地とピンク小花柄の三段フリルのジャンスカ。これはもし寒かったらカットソーをピンクのフリースに変えられるので着回し便利。
第三候補が青い小花柄のキャミソールとボレロのアンサンブルに黒いチュールレースの三段フリル二枚重ねのパニエみたいなチュールスカート。白の方が清楚なんだけど、残念ながら一枚で着られるチュールレーススカートは黒しか持ってない。今度白も買わなきゃ。
とりあえずそこまで選んで使わないものは元に戻しておき、セレクトしたものは各セットごとにハンガーにかけてすぐに出せるようにしておく。
あとは明日の彼の洋服をお早うメールや目覚ましコールで確認して決めればいい。
「あとネックレス」
ベッド脇のカラーボックスに置いてあるアクセサリーケースを開ける。まだ中身は大したものはないけれどネックレスは四種類。革紐に水晶を組み合わせたハンドメイドの。大きめウッドビーズで作ったカラフルなエスニック風の。雑貨屋さんで買った細いチェーンに金の十字架のプチネックレス。そしてママから女の子でいる間は貸してあげるわと言われてる真珠のネックレス。
その中から一番無難な金の十字架に決めて、メイクボックスの上に置く。
「朝はバタバタするしネイルはネイルチップでいいかな」
ネイルチップとは付け爪のこと。裏に両面テープが張ってあるので、ワンタッチで取り外せてたまにしか爪を飾らない人には便利なアイテム。ちょうど入学式に使ったのがまだ使えるからそれにしよう。
淡い水色をベースにピンクのマニキュアで桜を描き、白いマニキュアで小さく水玉を散らして銀のラメでランダムなラインを描いている奴。デコパーツが山ほど付いてるのは派手で苦手なので、こんな風にしたんだけど、おとなしすぎるかな。…まぁいいや。
「耳はどうしよ」
まだピアスは開けてないし、イヤリングとかは痛くなって長時間付けられない。ピアス風シールとかだと安っぽいよね。もういっそ無しでいいかな。
「そうすると、髪は結べないよね」
結ぶと耳が出るからなぁ。おとなしめにストレートを肩に流せば耳は隠れるからアクセサリー無くても誤魔化せる。流す場合はサイドにヘアピン挿した方が髪が落ちなくていいよね。赤色に白いビーズの小花が3つ並ぶヘアピンを二本、姿見の前に出して準備。ヘアアイロンもコードをコンセントに挿して明日の朝スイッチONですぐに使えるように準備しておく。もしも寝癖がひどかったら結ぶことにしようっと。
「靴下忘れてた」
靴はロングブーツかショートブーツかそれともスニーカー?
悩みつつ、クローゼットの中の引き出し一番下を開ける。整理整頓が苦手なので靴下は特に放り込み方式でぐちゃぐちゃだが、ここを人に見せる訳じゃないから気にしない。
靴下をボーダー柄にするか白とか黒とかの単色か。チェックやアーガイル柄も捨てがたい。悩んだ末に、黄チュニックの場合は黒地に灰色のダイヤ柄が縦に並ぶハイソックス。デニム×小花のジャンスカにはケーブル柄の灰色単色ハイソックス、青小花アンサンブルには白色の無地ニーハイソックスを選んで各ハンガーにかけておく。
「あ、下着、下着」
ちゃんとお風呂は入ったけど、一応下着も替えておきたい。
今度は、クローゼット内部、三段引き出しの隣にあるアイボリー色のランジェリーワゴンを引っ張り出す。下着専用のワゴンはつい最近買ったものだが、今まで引き出しに突っ込んでてぐちゃぐちゃだったので種類別に分けられて選ぶのが楽になった。下に滑車が付いていて移動が楽なのもお気に入り。ついでだから姿見の前まで引っ張っていく。
「さすがにデートだからちゃんとブラとショーツ揃えた方がいいよね」
学校じゃあるまいし、楽だからとカップ付きキャミソールでは気合が足りなすぎる。ショーツの詰まった引き出しを引っ張り出してその前に座り込み、くるくる丸まったショーツ達を上から覗き込む。畳むのが面倒で広げたまま上に置いてたショーツも畳み直して隙間に入れて準備はOK。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」
天の神様のいうとおり。目を閉じて指を滑らせ選んだものは、黒地にショッキングピンクのフリルがついたもの。
買った自分が言うのもアレだけど、なんだか勝負下着みたいな色具合。
「さすがにそれはちょっと」
いかにもエッチ用っぽいのはなんか照れる。それに初デートなのだから、ホテルにはさすがに行かないと思う。でも今穿いてる白地にピンクのハート柄よりは大人っぽい。
『こんなの穿いてそんなに俺が欲しかったの?』
なんて言われたらどうしよう。目の前に彼が居る訳でもないのに、どきどきする。実際はまだ一線超えてないので、絶対杞憂だと思うけど!
「でも黒は白地の洋服からすごく透けそうだし。無難に淡いピンクとか白とかにしておこうかな」
ピンク地に白いフリルと赤の細いリボンで飾ってあるブラとショーツのセット。これくらいが可愛いし初々しいかな。肩紐は白だから上に着る洋服が白でも同じ色だし、ちゃんとワイヤーとパッド入りで無いはずの胸のラインが綺麗に出る。ただし、上から押したらバレバレだけど、押す人なんて居ないでしょ?
「どうしよ…着替えは明日?それとも…」
ふとパジャマを見下ろして、いま穿いてるピンクハート模様のショーツが初めて彼の手でイかされたときの下着だということに改めて気がつく。
そういえば、二日前に拓海さんと一緒にお風呂に入った時に、ボディソープ付けた手で二人で洗いっこしてたら、結局手で二回ほどイかされた後はしてないや。
その時ついでに陰毛まで剃られちゃったけど剃り痕チクチクしてないかな…。今日のお風呂では大して気にして無かったからそこまでは確認しなかったけど。
「明日、おっきしちゃったらヤバイよね…」
見た目女の子なのに股間がもっこりではマズイ。
自分も恥ずかしいけど、何よりもデートしてくれる彼に悪い。
そろりと手を股間に伸ばすと、もうその時点でそこは今からの行為への期待に大きく膨らんでいた。ちょっと心配だった剃毛後の肌も指でなぞった感触ではチクチクしていないようで一安心。
でもせっかくだし、もうちょっと可愛い格好でイキたいな…。
ランジェリーワゴンの上の段からシースルーの白いベビードールを取り出す。腕と足に今日お風呂で脱毛器を使ったから、産毛も無い程のすべすべだ。
気分が冷めちゃわないうちにパジャマを全部脱ぎ、白いベビードールに着替えて姿見の前でぺたりと座り込む。乳首とか透けて見えるのがエッチっぼい。
鏡の中の自分は髪も格好も女の子なのに股間だけが男の子。そのアンバランスさがエロいよねと前に言われた言葉を思いだす。
「んっ…」
そっと握ってゆっくり擦るとたちまち固くなって天を指すペニス。
こんな倒錯した格好でオナニーやってるのは少数派だと思う。でも試してみたら男の子の格好の時より興奮しちゃって、以来、こんな風に鏡の前で耽ることが多い。
こんなんで三年後に女装がちゃんと止められるかどうか不安だけど、今はとりあえず快楽を追うのが先。
「は…んん…気持ち…いい」
誰かに感想を求められたわけでもないのに勝手に唇からそんな言葉が飛び出す。
『ここがいいの?もっと気持ち良くしてあげようか?』
「ん…して…もっと…もっと…」
気持ちいいことは大好き。痛いのはちょっと怖い。
ちょっとだけ身体を後ろにずらして、足を前に投げ出しベッドにもたれかかる。そして右手は股間に左手はベビードールの胸に持っていく。
「あん…」
布地越しに乳首を指で摘まむと、勝手に甘い声がこぼれた。
『ここ感じるんでしょ?』とか耳元で彼の声が聞こえる気がする。
こういう時のエッチな声は、ちょっと普段よりも高くて女の子みたいって言われたっけ。
『もっとエッチな声を聞かせてよ』
この前、そんなセリフを彼は喋っただろうか。もしかしてあれかな、電話が来る前まで友達に借りて読んでたBLマンガのセリフだったかも。
女の子が想像する同性愛の世界ってこんななのか、と妙に感心したのに、紙の上の出来事だからか、キャラクターがきちんと男の子だったからかあまりドキドキしなかった。
むしろ、少女マンガの男の人と女の子との絡みの方がドキドキするあたり、自分をその女の子側に置き換えて読んでしまってるんだろうと思う。
「んっ…んっ…あぁん」
くりくりと乳首を弄って、同時に先走り液で濡れたペニスも弄り倒すとくちゅくちゅと濡れた音が聴覚を刺激する。時折、根元の方まで手を伸ばして二つの袋も揉んでみたり、亀頭や裏筋にも親指の腹や掌で擦りつけるように強めの刺激を与える。
「っは…イキそう…」
早くイキたいけど、あんまり早くイっても惜しい。一旦手を外して、のろのろとショーツを脱ぎ、その柔らかな布地でペニスを包み込む。
実はお風呂上がりに穿いた時、ちょっとゴムが緩くなってる事に気付いていたんだけど、穿き替えるのは明日の朝で良いやって先延ばしにしてた。もう破棄予定のこういう古いショーツでなきゃこういうの出来ないけど、綿100%の柔らかな感触は癖になりそう。
「はぁ…はぁ…んんぅ…我慢できないよぉ…ねぇ…イって…いい?」
『もっといやらしいところを見せてくれるんじゃないの?』くすっと笑う声。きっとそんな時の彼はこちらの反応を楽しんでる。
「じゃぁ…もっと…乳首弄って…もっと…な、舐めて…」
上気した頬や体温が上がる肌が鏡に映る。荒い吐息をこぼして淫らに喘ぐ。上を向くペニスは今、ショーツに隠れてその姿が直接は見えない分だけ鏡の中の自分は女の子みたいだった。ピンクハートの布地をペニスごと優しく時に激しく弄るのは自分ではなく、いつしか想像上の彼にすり替わっていて、どんどん快楽を引き出される。
「あぁ、もぅ…っ」
『いっぱい出していいよ』
「ぅんっ…あっあああぁっ!」
ぴくんと身体が揺れて、右手で握ったペニスから白い精液が宛がったショーツの中に迸る。ショーツに隠しきれなかったペニスの下で睾丸がきゅぅっと縮んで上がっているのが鏡に映った。
「…は…ぁ…ん」
ふーっと息を吐いて、ベッドにもたれかかる。ショーツに収まりきらなかった精液が手にも付いた。
「……あ~ぁ」
女の子の見た目で吐き出すのは男の欲望。気持ちいいことは好きだけど、終わった後に普通と違うことをしている自分が嫌になることがある。せめてズボン姿で耽れば多少は違うんだろうか。
お風呂に入った時に『いつもどんなオナニーしてる?』って聞かれたから、勇気出して『こんなやり方変態だよね』って自嘲気味に笑い飛ばそうとしたら『べつに変態でもいいんじゃん?』と言ってくれた拓海さんは優しいと思う。『誰だって一度くらい、変態プレイしたくなるでしょ?』と言った彼は、『これも一種の変態ブレイだねぇ』と笑いながら、薄く生え始めていた陰毛をT字カミソリでさっくりと剃ってしまった。お陰で今、股間は子供みたいにつるぺた。ショーツから毛が出ないから文句を言うつもりはないけど、誰かに見つかったら恥ずかしいよ、これ。
「…っくしゅん」
やば。いつまでも薄着で居たら風邪をひく。それとこの汚れたショーツを始末しないと。カラーボックスからビニール袋を取り出してショーツを放り込む。それからティッシュとウェットティッシュを用意。ティッシュのほうは、竿の中に残ってる精液を絞り出して拭き、ウェットティッシュで手と股間を拭き、汚れたものはすべてビニール袋へ。独特の匂いでばれないように、念のためにビニールは二重にしておかないと。
ビニール袋をゴミ箱の底の方に隠すようにして入れ、気だるい体に叱咤しながらワゴンから白地に水色のしましまパンツを出して穿き、パジャマを着てからベッドに入る。
「デート、かぁ」
彼が、ここのコーヒーが美味しいからとお店の常連になり、幾度となく会話を交わして、気が付いたらお互いに視線が追ってたみたいな一か月ちょっと。『俺でよければ教えるよ』の一言で家庭教師と生徒になり、合格発表の日、無事に受かったことを報告しに行ったら逆に好きだと告白されて驚いたのなんのって。
だって、彼にはちゃんと女装してるけど男の子ですって言ってたし、男の子だったことに対してものすごく驚かれたけど、惜しいなぁって何度も言ってたから、まさかこんな女装好きの子と付き合いたいと言い出すような勇気がある人だとは全く予想がつかなかった。
驚きと喜びと、そしていくばくかの自信とで頭の中は大混乱してたはずなのに、気が付いたら唇が勝手にOK出しちゃって、そこでやっと恋に気が付いた。
そうして、ちょっとずつ距離が縮まりながら今に至る。
「拓海さん…」
だいすき。って、言えたらきっと貴方は喜ぶと思うのに、なかなか素直になれないよ。名前を呼ぶだけが精いっぱいでその先が続かない。挙句の果てに泣きそうになって、黙っちゃってごめんね。
明日は頑張って、ちょっと素直になってみるけど、失敗したら笑ってやって。
「翼!翼ちゃん!起きなさい」
ゆさゆさと揺すられる感触にぼんやりと目を開けると、目の前にいたのはママだった。ゆるふわロングヘアの中で、その顔は『困った子ね』と言ってる。
灰×白太めボーダーカットソーにデニム生地のエプロンスカートの腰に両手を置く形でふんぞり返ったママは、ごちんと右手の拳骨をボクに落とす。
「いったぁ!」
「いつまで寝てるの。拓海さん、もう下にいるから早く支度しなさい。ママもお店に戻らなきゃいけないんだから早く」
「えっ?!嘘!」
「あんたの支度が出来るまで、パパのコーヒー飲んでもらってるからね」
喫茶店経営で焙煎まで自分でやるパパのコーヒーは超美味なので、拓海さんも手持無沙汰にならずにこちらの支度を待てるだろう。時間帯的にモーニングがひと段落ついた今頃パパはお店を一人で切り盛り中、ママは夕御飯の下ごしらえも兼ねて一度自宅に帰って来たというところか。もしかするとうっかり玄関前で待ちぼうけだったりしていたかもしれない彼の事を考えて血の気が引く。ママがこのタイミングで帰って来てくれてよかった。
ママの判断に感謝しながら、寝ぼけた頭をフル回転させてやるべきことを反芻する。
つか、目覚まし止めた記憶がないよ。あれ?その前にセットしたかどうかも怪しいや。
「早めに支度しなさいよ?」
ドアを閉めて出ていく直前のママに慌てて声をかけた。これだけは確認しとかなきゃ。
「あっ!待って、ママ。拓海さん何着てた?」
「お洋服?…ワイン色のレザージャケットに黒くてスリムなズボン着てたわよ?」
はい?!
なにそのワイルドセレクトは。
つか、花柄にレザーって横に並んでどうよ?!へんじゃない?
でもレザーに合わせて例えばこっちがゴスロリ風とか着るとバンドのライブ見に行くみたいになるしなぁ。とか悩んでるうちにママはじゃあねと行ってしまった。
こうなったら、花柄は挿し色に変更だ。クローゼットに走り、昨日候補に挙げていた濃いラベンダー色の無地キャミチュニックを取り出す。それから、ベージュがかったピンクに赤桃小花柄チュールスカートを出す。これをチュニックの下に穿くことで短すぎる裾の長さを伸ばせるし、ティアードでふんわりと裾に適度なボリュームも出る。
ついでに遠くから見ると裾だけワイン色に似てちょっとだけお揃いなのが密かなポイント。
「あ、寒いかな、暑いかな」
ガラリと開けた窓から吹き込む風はわずかに冷たいけれど綺麗に晴れていて直射日光があるから動くと多分暑いだろう。
窓をきちんと閉めてからヘアアイロンとホットビューラーのスイッチを入れておく。
顔を洗う為にぱたぱたと階段を下りて、洗面所にGO。軽くヘアバンドで髪をまとめて、ぬるま湯で顔を洗ってすっきりしたら、洗面所に常備している化粧水と乳液、UVケア用ジェルでスキンケア完了。
メイクと着替えの為にもう一度部屋に戻る。
パジャマと昨日着たまま寝てしまった白いベビードールを脱ぎ、ブラを付けてショーツを穿き変えて用意した白い七分袖カットソーを着て赤白桃小花柄のチュールスカートを穿く。そのままでは少し長めなので、ウエストゴムを一回折り返して膝上15センチ程度に短く調整。それからキャミチュニックを着て、肩紐の長さを最短に合わせ、黒地に灰色のダイヤ柄が縦に並ぶハイソックスを穿く。
スカートの下から手を入れて前後のカットソーを引っ張って皺を取ってから最終確認で姿見の前に立ち、チュールスカートの裾とチュニックの長さを見ながら長さ調節。
もう一度下から引っ張って服のヨレやシワを直して服は完了。
鏡の前でメイクボックスを開ける。ニキビが出来やすいので、ファンデはあんまり使わない。今も髪に隠れてるけど額にひとつ小さなニキビ。憂鬱。アクネケアの化粧品を買うべきかなぁ。患部にクレアラシルを塗っておくことにする。
それからアイブロウで薄めの眉に茶色を乗せてホットビューラーでまつ毛をカールさせて桜色グロスを塗ってメイクお終い。
姿見で見た限りでは幸い頭にもそんなに寝癖はついてないので、ストレート用のスタイリングウォーターをしゅしゅっとスプレーしてから、軽くヘアアイロンを滑らせておいてブラシで梳かしてサイドの髪を一部取り、二回ひねってからその下にビーズで作った赤い小花付きヘアピンを挿す。
後はネックレス付けて付け爪をしっかり爪に圧着させて。
ああ、ヘアアイロンが繋がったままのコンセントを外しておかなくちゃ。
「これでいいかな」
いくらコーヒーがあるとはいえ、あんまり待たせても悪いし。
充電の終わった携帯とリラックマのピンクな革財布、桜色のグロス、折り畳みコームを引っ掴んでハンドメイドの白×紺マリンボーダー柄ミニトートに放り込み持ち物OK。
トートバッグを片手に階段を駆け降りる。
「ごめんね、お待たせ」
リビングのドアを開けると、一番に彼の顔が見えた。
細めの灰色×白ボーダーの半袖Tシャツ、黒のくしゅくしゅした感じのスリムなカーゴパンツ姿の拓海さんがコーヒーカップ片手に、こちらを見てにっこりした。ワイン色のレザージャケットは椅子の背に掛けてある。
長めの髪をブリーチして今風の遊んでる大学生って外見で勉強が出来るようには見えないチャラい外見とは裏腹に、我が家を含む家庭教師のバイト先からは成績が上がってると好評らしい。人は見かけによらないとはこういうことなんだね。
身長も真吾より少し低いものの、174あるので低身長の身からすると羨ましい。
「おはよう、翼。可愛い格好だね」
「おはよう。遅れてごめんなさい」
良かった。可愛いって言ってくれた。
ほっとしたところに、彼のくすくす笑う声が聞こえる。え、何かおかしかったかな?
「昨日、お洋服に悩んで寝坊したんでしょ?」
うっ!見透かされてる。もしかして寝たとばかり思ってたけど、密かに起きてた?
「今日はお洋服見に行こうか。バイト代入ったから奢ってあげるよ」
「あ、ありがとう。あの、今日はよろしくお願いします」
デートに連れてってもらって奢りなんて初めてだ。なんとなく言わなくちゃと思って口にした言葉だけれど、拓海さんは気にするなと言うようにひらひらと手を振った。
「お店用の敬語は禁止。俺はいつもの翼が好きだから」
この人、もしかしてもしかしなくても天然タラシですか、そうですか。
こんな風にさらりと喜ぶことを言ったりさりげなく諭されたりで、毎度彼には敵わない。格好悪いところだって一杯あるんだけど、それでも色んな意味で大人だし良い人だなって思う。
「コーヒーご馳走様でした。じゃぁ、翼を借りていきます」
拓海さんがそう切り上げて立ち上がる。
「行ってきまーす」
台所で夕飯の下準備中らしいママの行ってらっしゃいを背中で聞いて、二人で玄関へと向かった。
拓海さんは黒いスニーカーで来てた。こちらも黒にしてしまうとちょっとコーディネートが崩れるから、フォークロア調フリンジの付いたキャメル色のスェード生地製ショートブーツに決定。後ろのファスナーを上げて立ち上がる。
さぁ、初デートのはじまりだ!
(おしまい)
女装っ子からすると男性服にはない花柄を好んで着そうな気がして今回はわざと
花柄にこだわらせてみました。
ファッション用語満載なので、分からないものはググって下さい。
チュールスカート等は画像検索とか楽天で検索のほうがイメージ掴める可能性大w
文章で説明してみようかと奮闘したのですが解り易く上手く説明できず断念orz
翼はギャル設定ではないのでネイルアートまで張り切るかどうか微妙ですが、
デートだから特別にということでネイルチップという形にしてみました。
カナだらけな上に、洋服選びと着替えシーンで同じ洋服の描写が繰り返されて
ちょっとくどかったかもしれません。
では、お目汚し失礼しました。
最終更新:2013年04月27日 21:50