Goddess-damn!!


第1話.陥穽

 振り返ってみれば、オレたちは調子に乗り過ぎてたのかもしれない。

 ストリートチルドレンのリーダーだった頃に引退した武闘派幹部にその腕を見込まれてファミリー入りした、「暴力の天才児」レイヴン。
 元はショウダンサーだったが、その美貌と優れた身体能力を見込まれ、ファミリーの暗殺者として鍛え上げられた、「闇の薔薇」ジーナ。
 2メートル近い体躯を持つ、いかつい巨漢のプエルトリカンだが、話してみると存外気のいい(ただし、敵には容赦しない)、「人間重戦車」ジェイソン。
 幼少時から南米の戦場で育ち、ローティーンの頃から傭兵まがいのことをやっていたと言う凄腕の女丈夫、「標的処理機」ローラ。
 そして、ドンの非公式な血縁で、作戦参謀と工作員と刺客の三役をひとりで兼ねられるオールマイティなオレ、「三頭の竜」アレン。

 "ファミリー"の準幹部格の有能な若手として、オレ達は互いをライバル視しつつも、同じ任務に関して共同作戦で組むことも多く、いつの間にか奇妙な絆、あるいは連帯感のようなものを感じるようになっていた。
 そして、「いつかは袂を分かつ」ことを承知の上で、オレたちは非公式にチームを組み、ファミリーから任された難度の高い任務を次々にこなして、以前にも増して頭角を現すようになった。

 その過程で、暗黙の了解と、時には拳を交えた「話し合い」の結果、オレたちは「レイヴン・グループ」として密かに手を組むことになったのだ。
 オレが頭にならなかったのは、目立つトップに立つより、裏で謀事をめぐらすナンバー2の方が性にあっていたからだ……断じて、あの単純バカへの友情とか、そういう甘っちょろい理由じゃないことは断言しておこう。
 もとより、ジェイソンは権力闘争よりも仲間を大事にするヤツだし、ローラは「スリルのある戦いとそれに見合った報酬があればいい」と嘯くタイプ。
 まぁ、ジーナだけは別の幹部ユージンの元愛人ということで、ダブルスパイの可能性がないワケじゃない(と言うか、十中八九中そうだ)が、どの道すべてを秘密裏に運ぶことは不可能だ。
 あの女狐には、せいぜいユージン一派とのパイプになってもらおう。

 そんなワケで、非公式ながら半ば公然に近い形で一派を立ち上げたオレたちだったが……どうやら、思った以上に敵を作っていたらしい。
 いや、若手のオレたちがあまりにヤリ手過ぎたため、他の老いぼれや三流連中が危機感を抱いた、ってトコロか。


 その結果、いよいよ幹部としての正式に認められるのも間近と囁かれるようになった頃に受けた、とある指令で見事に罠にハメられちまったんだ。

 "ファミリー"に属さない、弱小あるいは中立なグループの存在は、必要悪とは言わないまでも黙認されていたし、多少の「活動」もやり過ぎなければ目をつぶる。
 そう、「やり過ぎなければ」。しかし、ヤツらはやり過ぎたのだ。
 その制裁を兼ねて、ヤツらの取引を潰せという命令がオレたち5人に下った。

 今にして思えば、オレたち5人を大っぴらに名指ししてきたことを怪しいと思うべきだったのだろう。
 オレたちの襲撃の情報は先方にバレていて、なけなしの兵隊たちは全て返り討ち。オレたち5人さえ、バラバラに逃げるのがやっとだった。

 さらに悪いことに、組織の内規を司るユージンの奴が、オレたち5人を「任務にカコつけて麻薬とその代金を奪って逃走した裏切り者」として、ファミリー内部で告発しやがった。
 無論、でたらめだ。あの乱戦の中で、ヤクの詰まったクソ重たい箱なんて持ち出す暇はなかったし、札束の入ったトランクも、少なくともオレたち5人の誰も手にしちゃいない。

 ──言うまでもなく、オレ達はハメられたってワケだ。
 正直、ジーナがコッチにいる時点で、そこまでするとは思わなかったぜ。本人も襲撃には本気でうろたえていたし、知らされてなかったのは事実だろう。
 トカゲのしっぽ切りか、あるいはこの期に及んでまだダブルスパイを続けてくれると信頼しているのか……。
 「何、それ? 笑えないジョークね」
 憔悴した表情で悪態をつくジーナ。こうなっちゃあ、ザネッティファミリーの婀娜花「闇の薔薇」もかたなしだな。
 まぁ、見た感じでは、少なくとも後者の可能性は、ゼロではないが限りなく低そうだがな。

 そう、俺達は5人が完全にバラバラになったわけじゃない。
 逃げる時の方向の関係で、レイヴンとジェイソン、オレとジーナが行動を共にすることになった。ローラは単独行動だが、女とは言え、東洋のニンジャじみた隠密行動が可能なアイツが、そう簡単にくたばるはずもないだろう。

 「何にしても、ひとまず身を隠す必要があるな」
 「同感ね……感謝しなさい、あたしが以前使ってたセーフハウスのひとつに連れてってあげる」
 無論、単なる親切心じゃないだろう。この女の考えは読めている。
 裏切ってユージンに俺の身柄を突き出す……という可能性は低い。それをしても自身の安全の保障はないからだ。
 だが、たったひとりで長時間逃亡生活を続けることも難しい。
 「ひとりの方が身軽でいい」なんてのは、本格的な潜入工作活動をしたことのない人間の戯言だ。


 人間は眠らないと生きてはいけず、眠っている間の警戒は限りなく0に近づく。
 追われる立場にとってソレは致命的だ。
 だからこそ、交替で警戒にあたったり、戦いになった時、仮初にでも背中を預けられる相棒(バディ)が不可欠なのだ。
 そういう意味では、オレたちの中で一番信頼がおけるのは仲間意識の強いジェイソンだろう。あの脳筋単純馬鹿野郎も、まぁ自分から裏切ることはあるまい。
 逆に、ローラの場合、あからさまに裏切ることはなくとも、邪魔だと感じたらアッサリ見捨てられる可能性が低くなさそうだ。
 その意味では、どちらも腹にイチモツ隠し持つタイプのオレとジーナという組み合わせは、ベストとは到底言えないが、頭脳プレイという意味では頼りにできると言えないこともないだろう。

 瞬時にそんな計算はじき出したオレは、多少皮肉げな響きを声ににじませつつ、感謝の言葉を述べた。
 「ふん、まぁ、助かる、と言っておこうか」
 声に含まれた感情の色を読み取ったのか、ジーナは一瞬ピクリと眉をしかめたものの、言い争う時間も惜しいと考えたのか、黙って先に経って歩き始めた。

 * * * 

 (いまいましいったらありゃしない)
 表面上は「クールなデキる女」の表情を取り戻しつつ、ジーナは心の中で悪態をついていた。
 何が……と言えば何もかも、だ。

 ファミリー(の幹部の誰か)にハメられたこと。
 それには、愛人であるユージンも関与しているらしいこと。
 さらに彼は、自分をあっさり切り捨てるつもりらしいこと。
 よりによって、仲間の中で一番苦手な(たぶん同族嫌悪だと理解はしている)アレン坊やと一緒に逃げるハメになったこと。
 そして、そのアレンが、この期に及んでほとんど慌てふためく様を見せないこと。

 それらすべてが、ジーナの勘にさわった。
 無論、最後のふたつは半ば八つ当たりだと理解はしているが、感情はそんなに簡単に納得しないのだ。
 (何とかこの澄ました坊やにひと泡ふかせてやれないかしら?)
 とは言え、自分達は逃亡中の身だ。幸い未だ組織の警戒網は厳しくないが、それほど目立つことをするワケには……。
 (! そうだ!!)
 さしものアレンとて平静ではいられない──それでいて理にかなった、逃亡のためのある「手段」を思いついたジーナは闇の中でニンマリと微笑むのだった。

第2話.姉妹

 ラス・ソンブラスのミドルバイヤー地区──タウンスクウェア地区やホスピタル地区と隣接した、ダウンタウンとアッパータウンのちょうど境目に位置する場所のとあるアパートの一室に、最近ひと組の家族が引っ越して来た。
 「家族」といっても、大学生のニーナ・ウィリアムと高校生のアンナ・ウィリアムという姉妹だ。
 姉の方が、服装や髪型が少々ヤボッたく黒ぶち眼鏡も垢抜けないものの、見事な金髪碧眼のグラマーなのに対して、妹の方は、いかにも東洋系な感じの黒髪黒瞳とスレンダーな体つきの無口な少女だ。
 姉妹の割にあまり似てないと言う人にニーナは「ウチとアニーの母親が違うんや。異母姉妹ってヤツやね!」と、アイダホ訛りでニカッと笑って見せた。
 ニーナいわく「ソンブラス大学に通うために、近くに住む叔父さんのツテで、こっちに引っ越してきた」とのこと。
 女ふたりで住むのは少々物騒では? と心配する人もいたが、「大丈夫や、ウチ、これでもジュードーのブラックベルトやで。おとなしそうに見えるけど、アニーもおかんにアイキドー習っとったし」と胸を張る。
 無論、多少の格闘技の心得があったところで、銃をつきつけられればオシマイなのだが、勇ましくそう言い放つニーナの様子が、いかにも「田舎から出てきたての小娘」っぽくて微笑ましい。
 このおんぼろアパートの住人は、こんな場所に住んでるワリに存外人情に厚いらしく、彼女たち姉妹を何くれにつけて気にかけてくれるようになったのだった。
 おかげで、しばらくすると、少々能天気だが快活なニーナと、控えめで礼儀正しいアンナの美人姉妹は、この界隈のちょっとしたアイドルになっていたのだった──本人達の思惑とは裏腹に。


 「あちゃ~、誤算やったなぁ。できるだけ元のウチらと違うタイプのキャラを演じたつもりやったんやけど」
 おどけたようにペシンと額を叩いて見せる「姉」に、「妹」が押し殺した声で尋ねる。
 「──おい、どうするつもりだ?」
 「こら、アカンて、アンちゃん。どこに人の目や耳があるかわからんのやから、少なくとも外では言葉遣いには気ィつけんと」
 フザけた口ぶりだが目は笑っていない。確かにもっともな話なので、アンナも渋々「いつもの」しゃべり方に戻す。
 「──で、どうするつもりなんですか、姉さん?」
 「うーん、そやなぁ。街の方はまだまだ物騒みたいやし、あまり下手な動きはできんやろし……」
 ほんの一瞬、思案げな表情を浮かべたニーナだったが、ニッと人の悪い笑みを浮かべる。
 「とりあえず、アンちゃんには……」
 「?」
 「ハイスクールに通ってもらおか!」
 「……はぁ!?」

 * * * 

 ダウンタウンの一角にあるバー「THE HALL」のマスターは、裏社会ともつながりがあり、ちょっとした「仕事」の依頼をとりまとめている……ということは、アレンも知っていた。
 だが、ジーナは個人的にもマスターとのツテがあるらしく、あの日、人目を避けてHALLにたどり着いた俺達ふたりを何も言わず迎え、ジーナに奥の一室に通してくれた。


 「ここがそのセーフハウスだ、って言うんじゃないだろうな?」
 「まさか! 此処へは、追手の目を誤魔化すための着替えのために寄っただけよ」
 俺が同室にいるのも気にせずに、ジーナはスルスルと扇情的なミニドレスを脱ぎ捨てる。
 「おいおい……」
 無論童貞というワケではないが、さして経験豊かというほどでもない、俺は所在なさげに目をそらした。
 「こんなモンかしら。あ、アンタも着替えなさいよ」
 中年女性が着ているような野暮ったいセーターと膝丈の地味なスカートに着替えたジーナは、ロッカーから取り出した衣類をポイポイと投げてよこした。
 「そうだな。わかった」
 とりあえず当面はジーナの思惑に乗ると決めたのだ。俺も血糊と埃に汚れたトレードマークの革のベストとスラックスを脱ぎ、渡されたタンクトップとスリムジーンズに着替えた。
 「入った?」
 「ああ、多少窮屈だが、贅沢は言わん」
 「へぇ……ソレ、わたしのなんだけどね」
 クスリと笑うジーナの視線を受けて、俺はいぢける。
 「ふんっ、悪かったな。どうせ俺は背が低い」
 自分でも、それなりに整った顔立ちとスマートな体躯を持つと自負しているが、背が5フィート7インチ(約168センチ)しかないことは、多少気にしているのだ。
 女にしてはかなり体格のいいローラはもとより、目の前のジーナにさえ、彼女がヒールの高い靴を履くと抜かれるくらいなのだ。ジェイソンほどバカでかくなくてもいいが、せめて6フィートは欲しいところだ。
 「フフッ、クサらないの。さ、ココはまだダウンタウンのまっただ中だし、長居は無用ね。次は病院に行くわよ」
 「整形か……まぁ、致し方あるまい」
 ラス・ソンブラスで「病院」と言えば、ホスピタル地区の総合病院をさす。
 表の住人は単なる総合病院と認識しているが、裏の住人にとっては、特別料金を払うことで新しい「顔」を作ってくれる便利な場所でもある。
 特に料金を上乗せすることでカルテも破棄してくれるのが有難い。そちらから辿ることがほぼ不可能になるからだ。


 数時間後。
 ジーナの方は目じりを少し下げたうえで、わざとソバカスを散らし、美人だが険のある印象を和らげて愛嬌のある顔立ちにしたようだ。
 そして俺は……。
 「おいおい、さすがにコレは変わり過ぎだろう?」
 目の輪郭をひとまわり大きくしたうえ、特殊なコンタクトで瞳の色も黒に変えているのは、まぁいい。ジーナ以上に鋭い俺の目つきはカタギには見えないだろうからな。
 ファミリー入りして以来の俺のトレードマークだった顔のタトゥーを消したのも、その方向でのイメチェンだと理解はできる。
 だが、やや小さめでうっすら桜色を帯びた口元とか、丸味を帯びた頬骨や顎のラインとかは、さすがにやり過ぎだろう?
 「これじゃあ、真面目なカタギを通り越して、オカマみたいだぞ」
 「あ、いい勘してるわね」
 ニヤリと微笑みながらパチンと指を鳴らすジーナ。
 「何……だと!?」
 「正確には、「女の子」になるのよ」
 してやったりという顔つきになる彼女の顔を、俺は一瞬呆気にとられてポカンと見守るしかなかった。
 「組織が捜してるアレンとジーナという「若い男女」じゃなくて、「ふたりの女性」なら格段に見つかりづらいでしょう?」
 確かにそれは道理だ。俺達がレイヴン&ジェイソン、アレン&ジーナ組に分かれたことは、現場にいた人間なら勘づいていてもおかしくない。
 「──お前とローラのふたりと見られる可能性もあるワケだが」
 はかない抵抗も、バッサリ片づけられる。 
 「ローラとあなたの身長の差を見れば、それはないわね」
 俺は、生まれて初めて、自分の背の低さを本気で恨んだ。
 「さて、納得したところで、新居にレッツゴーよ、プリティーガール」

第3話.学園

 新学期が始まって早々の9月のとある月曜日、ここ、セント・メリーアン学園高等部の各ホームルームでは、担当教師によって学園からの伝達事項が伝えられていた。
 「──今週は以上だ。それと、今日からこのクラスに新しい仲間が加わることになる。ミス・ウィリアム、入りなさい」
 その中で、3年のとあるクラスには、どうやら転入生があったようだ。
 教師の声に答えて、外に待機していた転入生が教室に入ってくる。
 身長は高からず低からずだが、体型はどちらかと言うとスレンダーな印象だろうか。
 トラッドな紺色のブレザーとタータンチェックのプリーツスカートを着て、足元も白いスクールソックスと革のローファーというスタイルは、ダウンタウンに近いこの学園では珍しい。誰もが「優等生」という言葉を脳裏に思い浮かべた。
 肩の長さで切り揃えたストレートな黒髪のボブヘアと伏し目がちな大きな黒い瞳からして東洋系だろうか? あるいは、噂に聞く「ヤマトナデシコ」というヤツかもしれない。
 「──アイダホから来た、アンナ・ウィリアムズです。趣味は、歴史関連の本を読むことと、ジャパンの文化に触れること。皆さん、よろしくお願いします」
 やや小さめだが意外にハスキーなその声での自己紹介も控えめで、如何にも「おとなしい文学少女」風な外見を裏切らぬものだった。
 その微妙に不安そうな表情に、男女問わず「ズキュン!」と庇護欲を刺激されたクラスメイトが複数名いたとかいないとか。
 ──もっとも、「少女」の内心の声は、外面とはおよそ裏腹なモノだったが。
 (クソッ! まさか本気で俺をハイスクールに送り込むとは……アイツの手腕をナメてたな)

 * * * 


 奇想天外なジーナの提案──「逃亡生活のために、しばらく女装して女になりすます」というアイデアに呆気にとられた俺は、畳み掛ける彼女の行動についていくのがやっとだった。
 ミドルバイヤー地区にあるアパートの一室に転がり込むと同時に、ジーナは俺をバスルームに押し込み、シャワーを浴びて、頭髪と眉毛以外の体毛を処理するように言う。
 「全部剃れって言うのか?」
 「主にコックの周辺と脇ね。腕とか足はいいわ。脱毛用のクリームがあるからコレを使って。胸毛は……アンタ、あんまりないわよね?」
 「ほっとけ!」
 「じゃあ、ソッチも念のためクリームで脱毛しときなさい」
 なりゆきで差し出された瓶入りクリームを受け取りながら、ようやく冷静さを取り戻しつつある俺は、ジーナの提案を脳裏で検討してみたのたが……確かに、かなり有効であることは認めざるを得なかった。
 それに伴う問題点はふたつ。
 その片方の「俺のプライド」は、この際無視したっていい。元々、「逃亡生活」なんてもの自体が到底自慢できるもんじゃないから、いまさらだ。東洋には「臥薪嘗胆」なんて言葉もあるらしいからな。
 一番の問題は、「いかに女性の平均並みに小柄とはいえ、れっきとした成人男性である俺が、女装したくらいではたして女に見えるのか」ってコトだ。
 この作戦(と割り切ることにした)の主旨からして、オカマじゃあ意味がない。「ナチュラルな女ふたり組」と見えないといけないんだが……大丈夫なのか?
 バスルームで、言われた通り陰部と腋の下の毛を剃り、手足は元より胸や肩に至るまで「脱毛剤」とやらを塗りたくりながら、俺は率直にそう聞いてみたのだが。
 「ええ、問題ないわ。わたしの見立てを信じなさい」
 ジーナの奴は至極自信たっぷりだった。
 まぁ、確かに、コイツの変装やファッションに関する知識が一流なのは認めざるを得ない。
 荒事の片手間に工作員をやってた俺と違い、専門的な潜入訓練その他も受けているはずだ。
 少なくとも今は運命共同体なのだから、俺達にとって不利になるようなコトはすまい……と割り切って、俺は不承不承ながら、ジーナの指示に従うことにした。
 15分後、猛烈な全身のかゆみに挫けそうになっていた俺は、ジーナの「もういいわよ~」という声と同時に温水シャワーを浴びて、全身についたクリームを洗い流した。
 薄ピンク色の泡の中に細かい黒いものが浮いているのは、おそらく俺の体毛なのだろう。
 視線を下に落とすと、確かにほぼ全ての見える範囲の肌が、まるで生まれたての赤子みたいにスベスベになっている。とりあえず、第一段階は無事クリアーしたみたいだ。
 「終わったぞ」
 乱暴に身体を拭き、下半身にタオルを巻いただけの格好で風呂場から出たが、ジーナの奴は動揺する気配すら見せなかった。
 「グッド! なかなか、イイ感じね。それじゃあまず、タオルをとってベッドの上に四つん這いになって」
 は?
 「おいおい、俺を男娼扱いする気か? ファックしたいなら素直に……」
 「馬鹿、そうじゃないわよ! あなた、股間に余計なモノブラ下げてるでしょ。最初にまず、それを隠すの」
 「余計なモノとは何て言い草だ!」と抗議したかったが、確かに女に化けるのに邪魔なのは間違いない。
 俺は渋々ベッドに上がり、マットレスに両膝と手をついた。


 「じゃあ、始めるわね」
 心の準備をする前に、素早く俺の背後──尻の方に歩み寄ったジーナが、両脚のあいだからむんずと俺のスティックを掴み、強引に後ろに押し倒す。
 「イテテテ!! こら、デリケートな場所なんだぞ。もうちょっと丁寧に扱ってくれ」
 「フン、あんまり優しくしたら充血しちゃうでしょ。そうなると面倒なのよ」
 木で鼻をくくるような素っ気ない返事とともに、ジーナは俺のふたつのボールをグイと体内に押し上げた。
 「がっ……な、何しやがる!!」
 男にしかわからない鈍い痛みを感じた俺は、とっさに大声を上げたが、急所を女に握られているせいで、ロクに動けない。
 「あら、ゴメンなさい。でも、「三頭の竜」ともあろう御方なら、この程度の痛み、耐えられると思って」
 嫌味ったらしくそう言うと、ジーナは今度は手に持った何かのチューブの先を俺のスティック下部に塗布し、さらに後ろへと曲げていく。
 すると、信じられないこと、俺のスティックはそのまま後ろ向きに固定されてしまったのだ!!
 「お、おい……一体コレは?」
 さすがに不安げな声になるのを隠しきれない。
 「心配ないわ。手術とかで使われる医療用接着剤を塗ってアナタのモノを貼りつけただけ。そして、さらにこうやって……」
 中味を失って(いや、腹腔内に一時的にカチ上げられただけなんだが)余ったサックの皮をたぐりよせると、スティックの根元を覆い隠すような形で接着剤で貼り合わせたのだ。
 「さ、もういいわよ。立ってみて」
 言われた俺はおそるおそるベッドから降り、フロアに立つと自分の股間を恐る恐る覗きこんだ。
 そこには、普段見慣れた男のシンボルは無く、明らかに女性のソレを連想させる逆三角形の陰りと、縦筋が見えるだけだ。
 「うんうん、我ながらなかなか巧くできたわ。ちょっとくらいなら股間を見られても男だなんてバレないでしょ」
 「そ、そりゃそうかもしれないが……」
 俺は、いきなりアソコからスティックをむしり取られて、去勢されてしまったかのような頼りなさを感じざるを得なかった。

 * * * 


 アレンの局部を「加工」しながら、ジーナは密かに興奮していた。
 股間に偽りと言えどクレバスを持ち、体毛のないすべすべの白い肌をしたこの生き物は、どこか天使の如き中性的な蠱惑を感じさせる。
 この無垢な「天使」を「女」の側に引きずり込むことを考えただけで、背筋がゾクゾクしてくる。
 「ちゃんと戻せるんだろうな?」
 さしもの作戦参謀も、このような格好をさせられて、いつもの怜悧さをいささか失っているようだ。声に張りがない。
 「大丈夫よ。接着剤って言ったでしょ。除去剤(リムーバー)を使えば綺麗に剥がせるわ」
 もっとも、リムーバーはまだ買ってないけど……と、心の中でチロリと舌を出す。
 「トイレはどうするんだ?」
 「コックの先っちょまでは別に塞いでないわよ。まぁ、立ちションは無理でしょうけど、これからしばらく「女の子」になるんだから、別に構わないでしょ」
 「シット!」と呻きを漏らしているアレンに、追い打ちをかけるようにろ、ジーナはニコヤカにある「モノ」を差し出す。
 「さ、いつまでも下半身丸出しじゃあはしたないわよ、レディとしてね」
 それは、ピンク色のナイロンパンティだった。

第4話.日常

 糊の効いた白い長袖ブラウスに黄色と緑のストライプのネクタイを締め、オリーブグリーンのベストを羽織った少女が、テキパキと朝食(といってもトーストとコーヒーだけだが)の用意をしている。
 「お~は~よ~」
 ベッドルームのドアからは、目をしばしばさせながら少女の姉が、ダボッとしたスウェットの上下に身を包んでフラフラとした足取りで現れた。
 「おはよう、姉さん。ほら、顔洗ってシャキッとして! 今日は私、委員会の関係で早めに家を出ないといけないんだから!」
 「はぁい……」
 腰に手を当てて叱咤する少女の小言もどこ吹く風といった風情で、イス掛けてボーッとしている姉──ニーナの様子は、花の女子大生としてはあまりに情けないものだった。
 キチンと化粧して、髪と服装を整えれば、それなり以上に見られる美人になれるのに……と、嘆息しかけて、少女──アンナは苦笑した。
 とはいっても、あまり美貌が目立ち過ぎても困るのだから。その辺のバランスは難しいトコロだ。
 ニーナの躾の賜物か、それなりに急ぎつつ女として見苦しくない程度の体裁を保ちながら、アンナは手早く朝食を食べ終わると、皿を流しに運ぶ。
 その足で洗面所に入ると、口をマウスウォッシュですすぎ、軽くルージュを引き直してから、身だしなみや髪型に不備がないか確かめる。
 「うーん、ちょっと跳ねてる?」
 髪の癖を直している暇を惜しんだアンナは、寝室にとって返すと、先日友人に付き合って入ったアクセサリーショップで買ったカチューシャで髪型を強制的に整えた。
 「よし!」
 そのまま、すでに用意してあったカバンを手に玄関に向かうと、室内履きのモカシンから外出用のショートブーツに履き替える。
 「行ってきます!」
 ライトグレーのミニスカートを翻しながら、ドアを飛び出して行くアンナ。彼女にしては、珍しく丈の短いスカートを履いているが、スラリと伸びた足は薄手の黒タイツに包まれているので、万一めくれても安心だろう。
 もっとも、ソレ(黒脚)はソレで需要がありそうだが……。
 モキュモキュとトーストを頬張りつつ「ひっえらっさ~い」と見送るニーナは、妹の姿が見えなくなった時点で、こちらもふと苦笑を漏らした。
 「やれやれ。なんだかんだ言って、結構女子高生ライフに馴染んでるじゃない」
 あの時は、「死か屈辱か」ってな感じの悲壮な顔してたクセに……と、つい半月ほど前のこことを思い出して、ニーナはニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるのだった。

 * * * 


 渡された淡い桃色の下着を手に、俺は途方に暮れていた。
 いや、何もウブな童貞野郎ってワケじゃなないんだから、女物の下着を間近で目にしたことも、それを手にとったことも、ないわけじゃない。
 が、それはあくまで目の前にいる女が着ている下着を脱がせるという経験だ。断じて、自分がソレを身に着けるためじゃない。
 「ほら早く! まさかパンツの履き方までわからないワケじゃないでしょ?」
 「んなワケあるかよ!」
 笑いを堪えるようなジーナの口調にカチンときた俺は、その勢いに任せてそのナイロン製の布切れに脚を通した。
 パンティは見た目よりは伸縮性に富み、ピッタリと俺の下腹部を覆い隠してくれた。
 とは言え、さすがに普段のままなら、おそらく俺のコックやボールがその存在を主張し、はみ出しかねなかったろうから、先に俺の股間に細工をしたジーナは先見の明があったということだろう。
 チラと見下ろすと、そこには毛の無いすべすべした肌の生白い脚と、ショーツを履いたことでより一層「女」にしか見えない股間が目に入り、それが自分の下半身なのに(いや、だからこそか)俺の心に不可解な興奮をもたらした。
 「で、次は? パット入りのブラジャーか?」
 内心の動揺を押し隠しつつ、ワザと皮肉げに言ってみせたのだが、その程度ではジーナの余裕は毛程も揺るがなかった。
 「うーん、惜しい。あなた、男性としてはかなり細身だけど、それでもウエストのあたりはやっぱりくびれが足りないわ。だから、それを何とかしましょ」
 ジーナがところどころが真珠色に光る白い下着(だろう、多分)を手に近寄ってくる。
 「もしかして、コルセット、ってヤツか?」
 趣味で歴史物の小説を読む俺は、中世欧州の貴婦人や、西部開拓時代の女達が、自分の腰を細く見せるために、そういう矯正具を付けていたという知識はあった。
 「近いけど外れ。これはロングブラジャーね。コルセットとブラの機能を合わせた下着なの……ちょっと苦しいわよ?」
 ちょっとなんてモンじゃない!
 タンクトップ(と言うよりキャミソールか?)に似ていると言えなくもないそれに両腕を通し、背中部上下のホックを留められた時は、「ちょっと窮屈だな」くらいにしか思わなかったのだが、その直後、背中の紐をグイッイと思い切り引っ張られたのだ。
 「イテテッ」と言う俺の苦痛の声にも構わず(コイツ、絶対Sだ)、ジーナはさらに他の2本の紐も締め上げ、おかげで俺は腹筋で呼吸することもままならない状態におかれちまった。
 「それでいいのよ。女の子はお腹じゃなく胸で呼吸するものだから」
 やれやれ、「男が腹式呼吸、女が胸式呼吸」ってのは聞いたことがあったが、まさかそんなカラクリがあったとは!
 さらに、その後、腰とは対称的に余った胸のカップにパッドを3枚重ねで押し込まれ、ショーツと同色のスリップを着せられる。
 それにしても、どうして女の下着というヤツは、こんなに軽くて薄くてスベスベした手触りなんだろう。どうにも落ち着かない気分だ。
 「女の子の肌はね、デリケートなの。でも、今はあのクリームでアナタの肌もちょっと敏感になってるから、ちょうどいいはずよ」
 やれやれ。ご配慮、ありがたく戴きます、だ。


 下着の次に渡されたのは、白い無地のカッターシャツ……いや、布地からするとブラウスか。ボタンが逆なので少しはめづらかったが、それくらいは何とかなる。
 そして、ボトムは当然ながらスカートだった。ここまで徹底したのだから、スラックスの類いを履かせてくれるとは思わなかったので、俺は軽く肩をすくめると、おとなしくそれに脚を通した。
 「ああ、違う違う! そのスカートのジッパーは左横にくるの」
 ……まぁ、スカートなんて履いたことがないんだから仕方なかろう。
 言われたとおり女装を終えた俺は、どれだけ滑稽か……あるいは、かろうじて女に見えないでもないのか、確かめるべく、鏡を覗き込もうとしたのだか、ジーナに止められた。
 「まぁ、待ちなさい。今のあなたは、料理にたとえると、ようやく下ごしらえが済んだ段階よ。これから、キチンと仕上げてあげるから、おねーさんに任せなさい」
 誰がおねーさんだ!? と思わないでもなかったが、確かに20歳になったばかりの俺より、ジーナは2歳程年上のはずだ。
 毒を食らわば皿まで……という気分で俺は、ジーナがなぜか楽しげに、俺にウィッグをかぶせて化粧を施すのを手持ち無沙汰なまま、見守るのだった。

 * * * 

 なんて逸材! と、ジーナは心中の興奮を隠しきれなかった。
 元々、母親が日系ハーフだと言うアレンは、純粋な白人男性に比べると小柄で華奢な体格をしていたし、体毛も薄い。
 さらに顔立ちも、その鋭い目付きさえなければ映画スターが務まりそうな甘いマスクの持ち主なのだ。本人もそれを自覚していたからこそ、わざと眼力を強め、加えて顔にタトゥーを入れていたのだろう。
 だから、それらの要素をなくせば、女に見せかけることは十分可能だと、ジーナも踏んでいたのだが……。
 本人の髪と同じブルネットのウィッグをつけ、顔に下地をつくり、ファンデーションを塗るだけで、「男」らしい要素はほとんど消えてしまった。
 さらに、シャドーやチーク、マスカラなどの色を乗せていくことで見違えるほど「女らしさ」が加わる。
 最後に未成年の女の子に相応しい明るい色のルージュを唇を彩れば完成だ。
 「う、嘘だろ……」
 ようやく鏡を見せてやった本人が、茫然としているのも無理はない。
 そこにいるのはどこから見てもハイティーンの少女、それも学校のミスコンに出れば十分勝機がありそうな美少女にほかならなかったからだ。

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最終更新:2013年04月27日 23:13