My Merry Maid ~ボクの楽しいメイド生活~


 天堂翔吾(てんどう・しょうご)は男だ。
 たとえ、文化祭や体育祭のイベントで頻繁に女装させられたり、占いで「前世は美濃の国のお姫様」と言われたり、高校生にもなって未だ近所のおじさんおばさん達から「ちゃん」づけで呼ばれていようとも、彼の(少なくとも生物学的)性別は、生まれついての男だった。
 あまりリッパとは言えないものの股間にイチモツはちゃんとブラ下がっているし、恋愛観やメンタリティーも男なのだ! 
 ──まぁ、現在の彼を見て「男」と認識する人は皆無だろうが。

 「ほ、本当に、これを着てなきゃいけないの?」
 着ている「服」の裾をつまむ指先が微かに震えている。
 「ええ、そうよ。大丈夫。とってもよく似合ってるもの」
 翔吾のクラスメイトの江戸村早紀(えどむら・さき)はニッコリ笑ってそう言ったが、すぐに不安そうな表情を浮かべる。彼が断らないか心配しているようだった。
 御園坂高校のマドンナとも言うべき彼女の憂い顔には少々クラッと来たが、今の翔吾にとってはそれ以上に気になる懸念事項があった。
 「えっと……僕、お屋敷の掃除や台所の手伝いの仕事だって聞いたんだけど?」
 春休み直前の終業式の日、文化祭の実行委員を通じて多少親しくなった(もっとも恋愛的な要素はまるでなく、単なる「友達」としてだが)早紀に、「緊急に人手がいるのだけど、天堂くん、臨時でバイトしない?」と聞かれて、ふたつ返事で引き受けた。
 その時は、てっきり力仕事で男手がいるのだろうと思いこんでいたのだが……。

 「ええ、その通りよ。ダメかしら?」
 「いや、その、確かにバイトはしたいんだけど、この服は、ちょっと……」
 「私の家って、こういうトコロだから……その、しきたりとかがね。ちょっとばかし、うるさいのよ」
 なるほど、「しきたり」。よくわからないなりに、いかにも説得力のある言葉だった。


 江戸村家は、まさに「豪邸」だ。
 サッカーができそうな広い敷地に、見事な薔薇園を備えた西欧風庭園があり、3月なのに綺麗な水を湛えたプールと、芝生の見事なテニスコートまである。
 お屋敷はクラシカルな三階建ての洋館で、やや古風な佇まいではあるものの、建てられた当時は、さぞハイカラだったのだろうと思わせる立派な「お屋敷」だ。
 これだけの家に住む江戸村家も無論一般庶民であるはずがなく、戦前は爵位持ちで、現在も複数の会社の経営に名を連ねている……らしい。
 そういう家の「しきたり」というヤツは、おそらく一庶民には計り知れないものがあるのだろう──たとえば、下働きのアルバイトに来た少年に、メイド服を着せるとか。

 (……って、んなわけあるかーーーーーーッ!!)
 心の中で全力でツッコミを入れる翔吾。
 「天堂くん、去年の体育祭の借り物仮装で女装したでしょ? すごく似合ってて可愛いかったわ。だから、その服も似合うと思ったの」
 翔吾は、あえて言い返さず(返せず?)に、沈黙を守る。
 体育祭の日、「借り物仮装」──借り物競走で借りて来た品で仮装してゴールするというイロモノ競技に出た彼は、引いた紙に「体操服&紺ブルマー」と書かれており、嫌々ながらその格好で駆け抜け、見事(?)に一等賞をとったのだ。
 ちなみに余談だが、その時撮られた「見返りブルマー少女?」の写真は、裏で数多の需要があり、御園坂高写真部の貴重な財源となったと言う。

 「でも、天堂くんがそんなにイヤなら、仕方ないわ。あきらめるね」
 フッと早紀は肩を落とし、寂しそうな笑顔を浮かべている。まるで、雨に濡れた子猫のような表情が、翔吾の罪悪感をチクチク刺激する。
 (うっ……これじゃあ、まるで僕がいじめているみたいじゃないか。泣きたいのは、むしろコッチの方だって!
 でもどうする? 断るのか?)
 しかし、春休みの2週間足らずで15万円、しかもその間の衣食住保証付きと言うのは、ひとり暮らしの高校生にとって、絶大な魅力だ。
 (ええぃっ、ままよ! どの道、これまでだって、周囲の奴らに女装ぐらい何度もさせられてきたじゃないか。女装して金になるんなら、むしろ御の字だろ?)
 女顔に生まれついた17歳の少年の、哀しい開き直りであった。

 「……わかった、やるよ」
 「そう、よかった! ありがとう!」
 途端に早紀は、パッと花が綻ぶような笑顔を見せる。
 (アレ? 泣きそうになってたんじゃあ……)
 嘘泣きだったのだと理解しつつ、翔吾は今更「NO」とは言えず、どうしてこんなコトになったのか、先程までの経緯を思い出していた。

 * * * 


<翔吾の回想>

 クラスメイトの頼みで、彼女の家にバイトに来たんだけど……で、でっか~い!
 今まで街の北側にはあんまり来たことなかったから知らなかったけど、この街にも、こんな御屋敷があったんだなぁ。
 インターホンに、クラスメイト──江戸村早紀さんの紹介で来たと告げると、すぐに邸内に招き入れられた。
 案内してくれたのは、この家のメイド長だと言う篠原実里(しのはら・みのり)さん。
 クラシックなメイド服を着ているけど、いかにもキレ者って印象の20代半ばの女性で、メイドと言うより社長秘書って言われた方が、しっくりきそう。
 やっぱ、これくらいでないと、こんな豪邸を切り盛りできないのかな~。

 どうやら臨時使用人である僕の直属の上司となるらしい彼女に、仕事を始めるにあたって風呂に入ってから、制服に着替えろと言われた。
 ちょっと不思議に思ったものの、まぁ、身ぎれいにしろってことなんだろうと思って、素直に案内された使用人用の風呂に入ったんだ。

 「ショウゴ、そろそろ風呂は上がりなさい。ここに着替えを置くわ。いいですね?」
 実里さんの声が風呂場のドア越しに聞こえる。
 「は、はいっ。すぐ出ますっ!」
 「よろしい。着方は説明書を付けておきました。それでもわからなかったら、更衣室の外で待っているので、私が教えてあげます。貴方を指導するのも私の役割ですからね」
 そう告げると、脱衣所のドアが閉められ、実里さんの気配は遠ざかって行った。
 「ふう~」
 実里さんが出ていくと、ようやく緊張がほどけた。
 「なんだか、あの人、ロッテンマイヤーさんみたいだなぁ」
 美人なんだけど、あの人がいると自然と背筋が伸びて、ついシャチほこばってしまう。
 実里さんが全身から漂わせている、ピリピリした空気が、緊張を誘うのだろう。

 バスタオルで身体を拭き、いざ着替えを……と服に手を伸ばした僕は、驚きのあまり硬直した。
 カゴに入っていた折り畳まれた黒っぽい布は、スーツとか作業着じゃない。
 ワンピースだったんた!
 「えっ? えええーーっ!!」
 あわてて着替えのカゴを探ってみる。濃紺のワンピースに白いエプロン、この白い細長いものはニーソックスかな? 頭につけるヒラヒラのついたカチューシャまである。
 よく見れば、床には黒皮製のローファーが揃えて置いてあった。サイズもぴったり25センチだ。ここに僕が履いて来た、くたびれたスニーカーは影も形もない。
 「な、なんでこんなモノが……僕って、臨時の使用人じゃなかったの?」


 ともあれ、さすがにメイド服なんて着られない。仕方なく、さっきまで着ていた服を着ようとしたんだけど。
 「あ、あれ?」
 けれど、着てきた服はカゴには既に無かった。もちろん靴も見当たらない。疑いなく実里さんの仕業だろう。
 (そんな……)
 一瞬、風呂場の外にいるはずの実里さんを呼ぼうかと考えるが、さすがに素っ裸で若い女性と対面するは恥ずかし過ぎる。
 (う~、となると……このメイド服を着るしかないのか)
 籠の中には、女物のショーツとブラジャーまで用意されていた。赤面して鼻血が出そうになるのを懸命にこらえる。

 僕は、充血しかかる愚息をなだめながら、PCから出力したとおぼしき説明書きに従って、自分のサオを後ろ向きに折り畳み、用意されていたテープでとめる。
 元々体毛の薄いタチで、陰部の毛もうぶ毛程度だったから、剃らなくてもテープでとめるのに支障はなかった。
 「アッ!」
 そのままではふたつのタマの収まりが悪かったんだけど、説明書どおりにフクロの皮をテープでとめようといぢっているうちに、タマはふたつとも体内にもぐり込んでしまったみたいだ。
 おかげで僅かな痛みと窮屈さと引き換えに、僕の下半身は、パッと見には何だか女の子のアソコみたいな外見になってしまっていた。
 その状態のまま、少しだけレース飾りのついた白い無地のショーツを穿いた。股間の出っ張りがないから、よりいっそう女の子みたいに見えて、ちょっとドキドキする。

 ショーツとお揃いのデザインっぽいブラジャーをつけるのにはさすがに戸惑ったけど、何とか後ろでホックをとめる。目立たない程度にブラジャーの内側にはパッドが縫い込まれていたので、胸にささやかながら女性らしい膨らみができていた。

 ちょっと顔を赤くしながらワンピースに袖を通す。背中にファスナーがあるタイプだから多少着づらかったけど、なんとか着ることができた。
 その上からさらにエプロンをつけ、ヒモを背中で結ぶ。

 ここまでは何とかできたけど、ニーソックスを穿くのは多少難しかった。繊細なツルツルの柔らかな素材でできているから、爪で引っかけたらすぐ破れちゃいそうだ。
 片足を椅子の上に乗せ、ニーソックスをそろそろと穿いていく。
 「あれ……これって、案外丈夫なのかな」
 働くメイドさん用のニーソックスだからかもしれないけど、爪で引っかけても簡単には伝線しない作りになっているみたい。

 そのままニーソックスのゴムを太腿まであげる。太腿の半ばまでくるニーソックス(正確にはサイハイソックスって言うらしい)のピチッとした感触は、僕にとっても未知の体験だった。
 丈の短いスカートだけだと足元がスースーする感じがして不安だけど、ニーソックスを穿くと多少は安心感があった。
 どうせなら、パンストとかタイツの方が、スパッツみたいで、より安心できるんだけど……。
 あ、でも、逆にむしろよかったのかも。股間に密着するパンストなんか履いたら、下向きにしたアソコがモロにこすれて気持ち良くなっていたに違いない。そんな状態でまともに動けるかは疑問だし。


 仕上げとして髪にフリルがついたカチューシャを装着し、服装を整えてバスルームから出ようとしたとき、メイド服の似合う可愛い女の子の姿が一瞬視界をかすめた。
 慌てて振り向くと、よく見れば壁際に全身が映るサイズの大きな姿見が置いてある。
 「えっ? てことは……」
 僕はマジマジと鏡を覗き込んだ。
 「え? こ、これ……僕!?」
 そこにいるのは、紺色のワンピースに白いエプロン、さっぱりしたショートヘアに、髪飾りの白さが映える可愛いメイドさん。
 ほころぶ直前の花のつぼみのように愛らしい少女が、鏡の向こうからこちらを見返していた。
 「こ、これって、ホントに僕なの?」
 信じられない気分だったけど、その証拠に片手を上げると、鏡の中の「少女」も片手を上げる。
 スラリと華奢で未成熟な身体をメイド服に包んだ「少女」は、胸の膨らみは気持ちほどしかなく成長途中の硬さを感じさせるが、それがかえって清楚な印象を与えていた……って、何冷静に解説してるんだ、僕は!
 でも……。
 「こんな間近で見ても、スッピンなのに女の子にしか見えないよ。僕って実は美人だったんだ……」
 すっきりした短めの髪に、どことなく不安げな表情が、護ってあげたい系のかわいさを醸し出していた。男子高校生としては、背が低くやせっぽちで顔立ちも平凡な僕だけど、女として見ると、背の低さも線の細い気弱な顔立ちも美点になってしまうらしい。
 「うわ~、なんか可愛い。街で見かけたら、惚れちゃうかも……」
 想像もしなかった自分の可愛さに、胸がキュンと甘く疼く。
 僕は、しばらくボーッと自分に見とれてしまっていた。

 いつまでそうしていたのだろうか。
 コンコンコンッ! とノックの音がして、実里さんの苛立たしげな声が僕を急かした。
 「いつまでボサッとしているのです? 早く出なさい!!」
 「は、はいっ、すぐ出ますっ!」
 僕は慌てて浴室を飛び出した。
 「きゃーーっ、似合うっ! カワイイっ!!」
 「先輩先輩、翔吾くんって、ほんとうに女装が似合いますね! 女の子にしか見えませんよっ!」
 その途端、甲高い嬌声が振ってくる。20歳くらいのメイドさんがふたり、手を取り合ってキャピキャピ騒いでいた。
 「翔吾くん、お化粧しなくても良さそう。なんか悔しいなぁ。男の娘なのに女の子より肌が綺麗だなんて~」
 「さっき見たときはフツーの子だったのに、女装するとカワイイなんて、凄いすご~い!」
 好きでやっているわけでもない女装を誉められて、僕は驚きと聡ずかしさで思わず俯いてしまった。でも、気がつけば自然と内股になっている。


 (あれ、何だろ。この気持ち……)
 可愛いと誉められると、何だか無性にうれしくなる。
 (ボクはノーマルなのに……別に女装癖とかはないはずなのに……)
 メイド服が僕に魔法を掛けたとしか思えない。何だか身も心もメイドさんに染まっていく気分……って、染まっちゃダメじゃん!
 「きゃーーっ、赤くなってるぅ~、カワイイ~!」
 「ちょっと、このほっぺ見てみなさいよ。ほんのり赤くて桃みたい」
 「わ~っ、目、大きいっ、まつげ長ーい、美少女ぉ! 顔が小さいから、メイド服が良く似合いますねぇ」
 「体型もほっそりしてるから、スレンダーな女の子で通るわね。背もちっちゃくてカワイイし!」
 密かなコンプレックスだった背の低さを、そんな風に褒められるとは思いもしなかった。
 「文香、桃子、騒ぐんじゃありません。「翔子」は江戸村家の新人メイドです。断じて男ではないし、女装しているわけでもない……わかりましたね?」
 メイド長である実里さんが、部下のふたりに厳しい口調で宣言する。
 ……て言うか、いつの間に、僕の名前は「翔吾」から「翔子」に変わったんでしょう? いや、聞くだけ無駄そうだけど。
 「「はーい。わかってまーす」」
 ふたりのメイトは、元気よくそれを肯定した。いや、否定してよ……。

 ちょっと会話が途切れた隙に、僕は思い切って質問してみた。
 「あの……実里さん。江戸村さ……いえ、早紀お嬢様は、どうして僕にこんな格好をさせたんでしょうか?」
 実里さんは真面目っぽいし、悪戯で僕にこんな格好させるとは思えない。となると、雇い主である江戸村さんの意向ってことになるんだけど……。

 そもそも、江戸村さんからは、「使用人の手が足りないので、臨時でバイトとして働いてみない?」と言われただけで、まさかメイドさんをさせられるとは思ってもみなかったんだ。
 ──いや、よく確認せずにアルバイトの契約書にサインした、僕も迂闊なんだろうけどさ。
 「お嬢様は、身の回りの世話をしてほしいからだとおっしゃってます」
 実里さんは、そんな風に答えたけど、無論納得がいくものではなかった。
 「でも、掃除とか洗濯とかなら、普通の格好でもできますよね?」
 「江戸村家の家訓(しきたり)です。それに……いえ、そのうちわかります」
 ──なんだか裏がありそうな口ぶりだった。

 アハハ、ヤバいことに足突っ込んだのかも。助けを求めるように、先輩格のメイドさんふたりに目を向けたんだけど……。


 「文香、桃子、ふたりとも、余計なことは言わないように。わかった?」
 「はいっ、わかりましたっ!」
 「わかりましたですぅ」
 実里さんが釘を刺し、文香さんと桃子さんが即座にキビキビと返事する。
 こんなに強硬に口止めしているなら、女装を強いられる理由について、教えてはくれないだろうなぁ。
 (となると、江戸村さんに聞くしかないかなぁ)
 もっとも、本人に直接聞いてもはぐらかされそうだけど。

 「それと、翔子、お嬢様からの伝言です。屋敷からは出ないように」
 へ? そりゃ、住み込みのバイトとは聞いてるけど……。
 む? そう言えば休みがあるのかも聞いてないぞ。迂闊過ぎだろ、僕!
 「少なくとも、春休みの間は屋敷から出てはいけません。これは命令です」
 「──わかりました」
 釈然としないが、臨時とは言え雇われメイドの立場では、僕はそう答えるしかなかった。

 (はぁ……大丈夫かな、ボク)
 うなだれた僕の背を、文香さんの温かい手がボンと叩いた。
 「それじゃあ、こっち来てね。翔子ちゃんの部屋、案内するから」
 先導するようにして歩きだす。僕は、しかたなく文香を追って歩いていく。
 (あれ? ボク、女の子歩きになってる。な、なんで?)
 スカートがばさつくので、大股で歩くことはできず、自然と内股の女の子歩きになってしまう。
 服装が動きを制限してしまうのは、ある意味仕方がないとはいえ、こんなにも簡単に馴染んじゃうなんて……。ひょっとして僕、ソチラの素質あり?
 ふと目を上げると、窓に自分の姿が映っていた。
 メイド服の女の子が、うつむき加減に歩いている。
 あまりの可愛らしさにドキドキする。ヘンな趣味に目覚めちゃいそう。
 (女装って、女装って、気持ちいいかも♪)
 ……いや、目覚めつつあるのかも。


 (だ、ダメだっ! ボクは男だ! 男なんだったら!)
 一生懸命自分に言い聞かせていたら、桃子さんと目があった。
 「えっと、翔子ちゃん、聞いてますぅ?」
 「え、は、はい、すみません」
 「もう、ちゃんと聞いててくださいよぉ」
 文香さんがいくつかドアが並んでいる前で立ち止まり、真ん中の部屋の扉を開いた。
 「ここが翔子ちゃんの部屋よ。狭いけどひとり部屋になっているわ。シャワーもあるから自由に使って。お風呂に入りたいなら、11時半から12時の間にしてね」
 「それとぉ、翔子ちゃんの本当の性別は、私たちメイドとお嬢様しか知らないから気をつけてねぇ。あ、トイレとお風呂は共同なの。私達の部屋は隣だからよろしくね~」
 桃子さんの言葉にちょっと考え込むと、僕は尋ねた。
 「あのう、おトイレは……」
 「無論、女性用を使いなさい」
 背後にいた実里さんに、あっさりそう命じられる。
 「女性用……」
 (まぁ、そうだよね。女装してるんだし、女子トイレは当然か。で、でも、女性用トイレを使うなんて……なんか恥ずかしい)
 それでも、不思議と嫌だと言わなかったのは、何かを期待していたからだろうか?

 「部屋に入ったら、30分の休憩ののち、お嬢様の私室へ出頭するように。わかりましたね?」
 「は、はいっ! 了解ですっ!」
 ギロリと実里さんに睨まれて、思わず直立不動で返事してしまう。
 そんな僕を見て、初めて実里さんが──呆れたようにだけど──笑った。
 「そんなに緊張しなくていいのですよ。最初なんだし、失敗しないなんて元から期待してませんから。でも、翔子、少なくとも時間は厳守するようにね」
 「は、はいっ!」
 (じつは意外に面倒見のいい人なのかも……)
 実里さんに対して改めてそんな感想を抱きながら、僕は用意された部屋に入ったのだった。

 * * * 


 あのあと、結局、翔吾は「翔子」としてこの屋敷で働くことを了解した。
 早紀に連れられて、この屋敷の実質的な主とも言うべき彼女の母に引きあわされる。
 「お母様、こちら、翔子さん。私の同級生なんだけど、臨時でメイドさんとして来てくださったの」
 メイド服に身を包んだ「翔子」は、長椅子にゆったりと座って編み物をしている奥様に、おじぎをした。
 早紀の母親は、いかにも奥様然とした人だった。上品な物腰も、古めかしいが上品で高価そうなドレスも、おっとりした笑顔も、他人に世話されることに慣れた人という感じがした。
 「奥様、はじめまして翔子です」
 奥様は「翔子」を見て一瞬だけ驚いた表情を浮かべたものの、すぐに顔をほころばせると、嬉しそうに頷いた。
 「あらあら、可愛らしい方だこと。それにとっても礼儀正しいのね」

 当初は抵抗のあったメイド服だが、いったん着てしまうとしっくりと「翔子」の身体になじみ、どこから見ても上品で控えめなメイドさんになっている。
 服装に引きずられて、態度やしゃべり方までそれにふさわしいものになってしまうと言うのが、中学時代に演劇部に所属していた翔吾の密かな特技(?)だった。
 そのおかげで、中学の頃は文化祭などではちょっとした有名人だった。高校入学後も、それを知る先輩のいる演劇部からスカウトを受けたのだが、翔吾は断っている。
 演劇自体には興味はあったが、部員に女性がふたりしかいないので、女役しか回って来なさそうだったからだ。
 自分が、なりきり、のめり込むタイプであることは、翔吾自身理解していたので、女役に染まることを警戒していたのだが……まさか、バイト先で女装させられることになろうとは、人生とはままならないものだ。

 かくいう今も、奥様が座る長椅子の後ろに大きな姿見があり、メイド服を着た「翔子」の姿が映っており、その自分の姿を見ていると、気恥ずかしさとともに、ジンワリと嬉しさが込み上げてくる。
 (あはっ、ボクってやっぱり可愛いな~。女の子にしか見えないよ♪)
 女装したのは初めてではないのだが、今回の「メイド」と言う役回りは、翔吾の個性にピッタリ合っていたようだ。予想以上の可愛さに、自分でもノリノリになってるのがわかる。

 「翔子さんは早紀のクラスメイトなのよね。早紀、学校でちゃんとやってる? 皆さんに迷惑をかけてないかしら?」
 「ええ、大丈夫です。江戸村さ……じゃなくて、早紀お嬢様は、クラスのアイドルですから」
 「あらあら、そうなの?」
 「や、やだなあ。そんなことないわよ。私、普通よ~」
 「いえ、言葉不足でした。お嬢様は、クラスどころか我が校のマドンナだと思います!」
 「も、もうっ、早紀でいいってば。同級生にお嬢様なんて呼ばれたら、背中が痒くなっちゃうわ」
 いかにもメイドらしい言葉づかいが自然にできてしまうのには、自分でも驚く。


 その後、30分ほど江戸村親子と楽しく会話したのち、「翔子」は解放された。
 今日はとくに用事はないので、部屋に帰って好きにしてよいとのこと。
 「実は、3日後に大切な来客があるの。だから早紀が大掃除をすると言いだしたのよ。実里さんたちだけだと、ちょっと大変だから、どうかお手伝いしてあげてね?」
 「はい、かしこまりました。奥様」
 翔吾は畏まってお辞儀をして、楚々とした仕草で奥様の部屋を退出した。

 古めかしい白熱灯に照らされたほの暗い廊下を歩き、「翔子」のために用意された部屋に向かう。
 この部屋自体、もともとメイド部屋として使われていたらしく、ベッドと作りつけの家具、奥にシャワールームがある。
 部屋の掃除は実里たちがしてくれたのだろうか。ベッドシーツはピンと糊が利いていて、寝転ぶとほのかにいい匂いがした。
 ふと見れば、ベッドの枕元のほうに、タオルと白い服が重ねて置いてあった。
 服を手に取って広げてみる。白いコットンのナイティだった。タックとフリルがいっぱいついた、非常に少女趣味なものだ。
 「これって、寝間着だよね。ボクにこれを着ろってコト?」
 もちろん、ここは「翔子」の部屋なのだから、それ以外の答えはないだろう。
 「まぁ、期間限定とは言え、メイドをやる以上、今更だよね」
 翔吾は、エプロンとカチューシャを外すと、背中のファスナーを上げてメイド服を脱ぎ捨てた。過去何度か女役をさせられたせいで、女物の服の脱ぎ着の仕方も知らないわけではない。
 ナイティを着て、姿見の前に立ってみる。
 (うわぁ~、ボク、可愛いなぁ……)
 胸が寂しいことさえ除けば、どこから見ても非の打ちどころのない美少女だった。
 翔吾は、うっとりと鏡に映る自分を見つめた。甘い感動が「じーーん」と心の中を満たす。
 これまでにも、劇などで女の子の服を着たことはあるが、これほど素直に自分を可愛いと感じたのは初めての体験だった。
 もしかしたら、事情を知る者も知らぬ者も含めて、この屋敷にいる者が皆、「彼女」をごく自然に女の子として扱ってくれているからかもしれない。
 「あ、そうだ。メイド服……」
 先ほど脱いだメイド服をキチンとハンガーにかけて皺を整えたうえで、壁に吊るす。
 「メイドは身だしなみもキチンとしてないとね」
 本当ならシャワーを浴びるつもりだったのだが、なぜか自分の裸を見たくなくて、翔吾はそのまま布団に潜り込んだ。
 (明日の朝一でシャワー浴びればいいか)
 天堂翔吾のアルバイト初日は、そんな風に至極平穏無事に終わったのだった。

 * * * 


<翔吾の日記>

 こうして、ボクのメイド生活が始まったんだけど、じつは意外なほど快適にボクは日々を過ごしていた。
 うん、そりゃあメイドって、華やかな見かけの割に内実は肉体労働だし、けっこうしんどい業務もあるよ? でも、一緒に働いている同僚(正確には先輩)ふたりが美人で楽しい性格をしてるから、そんなに苦にはならないんだ。
 メイド長の実里さんも、慣れてみればいい人だとわかった。無論、仕事には厳しいけど、無茶な要求はしないし、こちらが質問すれば、ちゃんと教えてくれる。そればかりか、慣れないボクのことをこっそりフォローしてくれてるようなフシさえあるんだ。

 それと、ボクが使用人じゃなくて「メイド」でないといけない理由もおおよそ理解できた。
 ──この家には、そもそも男性がひとりもいなかったんだ!
 正確には、通いの運転手さん(57歳)がひとりいるみたいだけど、それだってそろそろ初老と言っていいお歳だしねぇ。
 では、なぜ女性しかいないかと言えば……これまた簡単。厨房を預かる正江さんっておばさんが噂話好きで、色々教えてくれたんだ。
 すなわち、お嬢様──早紀さんが男嫌いだから。
 そう言えば確かに、学校でも男性の人気が高くて何人も告白されてるはずなのに、誰とも恋仲になってるって話は聞かなかったなぁ。
 正江さんによると、どうやらお嬢様は初恋の男の子にヒドいフラレ方をしたらしく、それが男性に対するトラウマになってるんだとか。
 他人行儀に接する分には問題ないんだけど、男性を知人以上には寄せ付けないらしい。
 「あれ、それならボクは?」なんて一瞬思ったけど、今の自分の服装を見て納得する(したくないけど)。要するに、ボクは「男」として見られてなかったワケね。
 ガッカリもしたけど、胸のモヤモヤも晴れて、ボクはスッキリした気分になっていた。
 (こうなった以上は、15万円のために「メイドの翔子」として立派に勤めあげてやろーじゃない!)
 そんな、微妙に間違ってるかもしれない決意を胸に抱いたりもした。
 ──それが、トンデモない勘違いだとは、知らずに。

 * * * 

 「翔子」が江戸村邸で働き始めて4日目。
 この日、奥様が言っていた「大切な来客」がこの屋敷を訪れた。
 リムジンから颯爽と降り立った青年は、白いスーツをパリッと着こなし、「翔子」の目から見ても十二分にカッコよかった。
 (一体どんな育ち方をしたら、こんなにカッコイイ男の人ができるんだろ)
 20代半ばか後半くらいだろうか。歳の割にやや軽薄そうな感じがするものの、それが逆に年頃の女の子には魅力的に映るのかもしれない。


 「ようこそおいで下さいました、日ノ宮(ひのみや)様」
 実里に、門の前で青年を出迎える役を任された翔子は、深々と頭を下げる。
 「あれ、見ない顔だけど、君は?」
 「はい、新人メイドの翔子と申します」
 「へ~、江戸村家に就職したの?」
 興味津津という顔で、色々尋ねてくる。
 「いえ、その……試用期間中です」
 なぜか「アルバイト」と答えるのが憚られた翔子は、咄嗟にそんな言い方をした。
 「そっか。それじゃあ、正式採用されるよう頑張ってね、翔子ちゃん」
 青年はすれ違いざまに翔子の頭をポンポンと撫でた。
 何だか子供扱いされたような気がして、ムッとし……かけて、慌てて自制する「翔子」。
 (落ち着け! 小娘扱いされたからって、別に怒るほどのコトじゃないはずだろ?)
 日ノ宮青年の職業は、考古学者だと聞いていたが、とてもそんなアカデミックな職についているとは思えない、カルい雰囲気の人物だ。
 それとも、ジョーンズ教授やクロフト女史の如く、遺跡探検を主任務としているのだろうか?
 (まさか、ねぇ……)
 自分の子供っぽいイマジネーションに苦笑する。
 ──もっとも、後日、かなりイイ線を突いていた事に気がついて愕然とするのだが。

 「ご案内いたします」
 屋敷の中を先導して歩き、ノックをしてから奥の一室のドアを開く。
 「奥様、日ノ宮様がいらっしゃいました」
 許可を得てドアを開き、頭を下げて青年を招き入れる。
 「いらっしゃい、竜司(りゅうじ)さん、待っていたのよ!」
 奥様は、笑顔を浮かべて日ノ宮を歓待している。
 「御無沙汰しております、奥様。お招きありがとうございます。
 おや? 早紀さんは……」
 「それが着替えに行ったまま、まだ戻って来ないの。翔子さん、早紀の様子を見に行ってくださる?」
 「はい。奥様」
 お辞儀をして部屋を出る。


 早紀は、自室でメイド長の実里と何事か相談しているようだった。
 普段見慣れない和服──豪華な振袖を着ている。おそらく、奥様の若い頃のものなのだろうか。少々古めかしいデザインだが、繊細で上品なデザインは、年月を経てなお美しく、早紀を可憐に引き立てていた。
 「お嬢様、日ノ宮様がいらっしゃいました」
 「あら、もうそんな時間? わかった、今行くわ。それから実里……」
 チラリと傍らのメイド長に目配せすると、実里は微かに頷いた。
 「?」
 小首をかしげる翔子に、早紀は優しく微笑む。
 「何でもないのよ。翔子、貴女は実里の指示に従って頂戴」
 「?? はい、承知いたしました」
 疑問はあったが、ここ2、3日の屋敷の生活で「主の言うことに異議を唱えず従う」というメイドの心得は十二分に呑み込んでいたので、素直に従う。
 この家の主従が、よもや自分に危害を加えるなどとは思ってもみなかったからだ。
 もっとも、そういう素直な性格だったからこそ、「翔子」が●●に選ばれたのだろうが。

 * * * 

<「翔子」の困惑>

 「はて……」
 どうして、こんなコトになってるんでしょう?
 正気を取り戻したボクは、ベッドで半裸のまま見覚えある男性の胸に抱かれている状態で首をヒネった。

 えっと確か……昨晩、実里さんに頼まれたんだよね。
 なんでも、お嬢様の婚約者であるあの日ノ宮竜司様が、とんでもない女誑しであることが発覚したらしい。だから、竜司様の悪行を現行犯で押さえて、婚約解消する方向に持って行きたいんだとか。
 ちょっと軽そうではあったけど、そんなに悪い人には見えなかったけどなぁ。むしろ優しそうだと思ったんだけど……いや、でも、人は見かけによらないって言うしね。
 まぁ、それはともかく、メイドの誰かをオトリに引っかけたいんだけど、囮役をボクにしてもらえないか……って話だった。
 確かに、本物の女性だと土壇場で無理矢理ヤられちゃうかもしれないしね。その点、ボクなら、いざこれからって段になっても入れるトコはないし、現場を押さえて「実は男色家だった」という醜聞をチラつかせれば、あっさり引くだろうしね。
 男に媚びを売って誘惑するのは気が進まないけど、これもお世話になった奥様、お嬢様のためだし……と、ボクも最終的には了解したんだ。

 今夜、お嬢様の元に夜這いに来るつもりらしい竜司様を、ボクはお嬢様に代わって部屋で待ち受けた。


 お嬢様の部屋は、さすが女の子の部屋だけあって、大きな姿見があり、全身が鏡に映せる。
 (うぅ~ん。やっぱりボクって可愛いかも)
 お嬢様愛用のネグリジェを着て、鏡の前に立つボク。フリルとタックが胸もとを飾っているので胸がふっくらしてるように見えるし、ストンとしたデザインだから、逆にウエストがほっそりして見える。
 (こうやって見ると、ボクって、しっかり女の子に見えちゃうんだ……)
 お嬢様に似せるべくストレートロングのウィッグを着けてることもあって、確かに自分の顔なのに、どこからどう見ても美少女だった。それも、気弱そうで、抵抗なんてできなさそうな、儚い系の女の子。

 ──やっぱりボクってつくづく女顔だったんだなぁ。
 胸の奥にじーんと甘酸っぱい戦慄が走り抜け、くすぐったい思いにかられてしまうと同時に、ちょっとだけ悔しい気分になる。
 やたら可愛くなってしまったのは、実里さんが施してくれたメイクのおかげもあるからだ。
 口紅とアイラインを引いただけなのに、目がくっきりして愛らしさが2割増しになった気がする。
 うーん、文香さんや桃子さんが教えてくれるって言うし、やっぱりボクもお化粧覚えようかなぁ。
 この時のボクは、「翔子」が春休み限定の偽物少女であることを、ほとんど忘れていたんだと思う。
 いや、だって、このお屋敷に来て以来、ボク、毎日24時間女の子として暮らしてるんだもん、しょうがないよね? 事情を知ってるはずのお嬢様や実里さんたちも、ボクを完全に女の子扱いしてるし……。

 (竜司様、来るかな?)
 きっと来るに違いない。何せ、ボク自ら、「今晩、お嬢様がお待ちです」という伝言を彼に伝えたのだから。
 婚約者の、非の打ちどころのない美少女から誘われて、ここで何もしないようなら、むしろ聖人君子として逆に価値があるだろう。
 据え膳食わぬは何とやら。そういうオトコの心理は、不本意ながらボクにもある程度理解はできた。
 「さてと、準備しなくちゃ……うん、イイ女!」
 鏡に向かってニコッと笑いかけてから、ボクはお嬢様のベッドに潜り込み、掛け布団を頭からかぶった。
 こうして女の子の匂いがする布団の中にいると、ボクの身体の中までその匂いがしみ込んで来そうな、不思議な感覚を覚える。
 ドキドキする心臓を必死になだめていると、しばらくしてドアが開く音がした。気配が動き、入が入ってきたことがわかる。
 「早紀さん、寝てるの?」
 (来たっ!)
 竜司様の声だ。
 彼がベッドのフチに腰掛けたらしく、ギシッと音を立ててベッドが沈む。
 彼の手が布団の中に入り、ボクの手をぎゅっと握ってきた。そして手を引いて引っ張り出すと、手の甲にチュッとキスをする。
 「早紀さん。愛しているよ」
 (うわぁ、ココで、ソレ? キザ過ぎ)
 ゾクゾクッとした悪寒が背中を駆け上がるが、押し殺して寝たフリを続ける。


 「? 早紀さん?」
 あ、さすがにいぶかしそうな声をしてるな。
 ボクは眠そうな声を出した。
 「──竜司さん?」
 「あれっ、なんだかいつもと声が違うような……」
 む。意外に鋭い。
 ボクは観念して布団を出て、ベッドの上に正座をした。
 「すみません、竜司様。メイドの翔子です」
 「あぁ、そうだったんだ。道理で声が違うと思ったら……早紀さんは?」
 「お嬢様は……そのぅ……やっぱり怖いとおっしゃられて……」
 「──ウソだろう?」
 心臓がドキンと跳ねた。冷たい汗が背中を伝う。
 「早紀さんは、本当は僕がそんなに好きじゃない。というより、潔癖な彼女はエッチなこと自体したくないと思ってるんじゃないかな?」
 (うーーん、惜しい!)
 実際は、潔癖症だからじゃなくて、男嫌いだからだけど。

 それにしても、この方、意外にお嬢様のこと、よくわかってるんじゃあ……。
 (親同士の決めた許嫁だからって、軽視してるわけじゃないのか)
 と、ちょっと見直した気分になってたボクだけど、次の竜司様の言葉で、思わず呆気にとられた。
 「だから翔子ちゃんが代理に立候補したんだろ? 主人思いなところを見せてポイント稼げるし、Hにもちょっと興味があるから、渡りに船だったんだよね?」
 予想の斜め上を行く回答にクラクラする。
 スゴいなぁ。どこをどうしたら、こんなに都合のいい考えになるんだろう。
 世の中の女に代わって異議を申し立てたい! い、いや、ボクも本当は男だけどさぁ。
 とは言え、この場で竜司様をハメるのには好都合だ。
 「そ、そうなんです……。その、ステキな人だし、初めては竜司様みたいな方がいいなって……で、でも、お嬢様がいるし。けど、お嬢様の話を聞いて、だったら、と思って」
 「うん、実はね。僕も君のことが結構気になってたんだ……」
 (そら来た!)
 実際、あれから何度か顔を合わせた竜司様は、なぜか妙にボクに優しかった。それも、正直言って、ボクがもし本物の女の子なら勘違いしそうなレベルで好意的。
 どうやら女誑しという情報は正確だったみたい。
 そりゃあ、ボクだって、「翔子」が魅力的に見えることは否定しないけどさ。まさか、婚約者の家の、それも会ったばかりのメイドに手を出そうとするなんてね……。


 彼はニコリと笑うとボクを抱き寄せ、頬にチユッとキスをした。
 耳元にフゥッと息を吹きかけながら甘い声で囁く。
 「気持ちイイこと、たっぷり教えてあげるよ」
 うなじにそっとキスをされ、ボクはいけない刺激に身を震わせた。
 同性に迫られているというのに、嫌悪感ではない何かがボクの心を騒がせる。
 (くうんっ……ど、どうしてなんだろ……き、気持ちいいよおっ)
 しっかりしなくてはいけないと思うのに、彼の指先がお腹や太腿をまさぐると、それだけで、溶けそうなほどの甘い刺激に身悶えてしまう。

 「あっ、や、やだっ! やっぱりやめるっ、怖いッ!」
 ありったけの理性をかき集めて、ボクはベッドから飛び降りた。
 「この期に及んでやめるなんて言われてもなぁ」
 竜司様は楽しそうに笑いながら無造作に手を伸ばした。ボクが暴れたこともあいまって、彼の指先につかまれた夜着の衿のホックがはじけとび、左の胸が覗いてしまう。
 彼は一瞬目を見張った。
 「えっ? ウソだろ……」
 (あ…………うん、これで大丈夫)
 ボクはホッと胸を撫でおろした。

 実は、さっき与えられた得体の知れない衝動が、いまだに身体の中にくすぶっていて、今力づくで迫られたら、跳ね除けられる自信がなかったんだ。
 「──なるほど。そういうコトか」
 けれど、硬直したのも一瞬のこと、深く頷くと、竜司様は再び手を伸ばし、ボクを抱き寄せたのだ!
 なぜか力の入らないボクは、簡単に組み伏せられてしまう。
 はだけた胸元から覗く薄桃色の胸の突起を、彼の舌が弾く。慣れない刺激にボクはピクピクと胸を震わせる。
 「あっ、あっ、や、やぁーーーん」
 つい女の子みたいな……ううん、女の子そのものな嬌声が漏れたけど、すぐに彼の唇でふさがれてしまう。
 口内を彼の舌が這いまわる。
 (知らなかった……キスってこんなに気持ちイイものなんだ……)
 その気持ちよさに知らずボクのほうからもおずおずと舌を絡めてしまう。
 (こんなのヘンだよぉ……男同士なのィ)
 そう思っても、ボクの身体を蕩かす快楽は、紛れもなく現実のものだった。


 ボーッとしている間に、うつ伏せにさせられ、ネグリジェの裾から彼の手が侵入してきた。
 「やぁんっ!」
 抵抗むなしく、ボクの下着(元々はボクの持ち物じゃないんだけど)は膝まで下ろされてしまった。
 お尻に夜気が当たってスースーする。
 「きゃんっ!?」
 竜司様が、ボクのお尻の穴に指先を触れさせる。
 「や…やめて……」
 「キレイだよ、翔子ちゃん」
 男の人の指が、ボクのお尻を撫で回す……恥ずかしさとくすぐったさ、そして得体の知れない熱に浮かされて、思わず涙が滲んでくる。
 竜司様は、その涙をペロリと舐めとると、ハムッと耳を甘噛みしてくる。
 「ひゃっ……だ、ダメですよぉ」
 その一方で、ボクのお尻の筋にそって、人差し指と中指、二本の指がゆっくりと下っているのがわかる。
 まるで、もぎたての果実の感触を楽しむように……そして、ボクの大事なところに触れるか触れないかというところで止まり、また上に戻っていく。
 ほとんど女の子になりきってるボクの心はさらに羞恥を増して、とにかく子猫のように体を丸めて怯えることしかできなかった。
 (やぁっ、ダメなのに……だんだん気持ちよくなって……)

 ──ニュプリッ!

 「ひゃうんッ!」
 ボクの後ろの穴に潜り込んだ指先が、何度も何度もほぐす様にソコを弄る。
 ビクンビクンと痙攣するボクを見て、指が抜かれ、そして……。
 「大丈夫。優しくするから」

 ──ズプッ!!

 「あぁぁっ!!」
 そして……ボクの中に……。
 (ふ、太くて硬いモノが……は、入ってくる……!
 ボク、本当は男のコなのに……男の人のアレが……!)
 言うまでもなく未経験なボクの穴だけど、それでもゆっくりと彼のモノを飲み込んでいくのを感じる。


 お腹の奥まで、太くて長い男の人のアレが入っているのが、自分でもわかった。
 「あ……」
 竜司様がゆっくり優しくしてくれたせいか、それほど痛みはなかった。
 でも、自分の体内が他者のモノを入れられ、繋がっていることを実感すると、なぜだかハラハラと涙がこぼれてきた。

 「可愛いよ。涙を浮かべて羞恥に耐えるその顔も、初めての感覚に戸惑い震わせているその華奢な体も」
 竜司様が、指先で優しくボクの涙を拭いながら、耳元で囁いてくれる。それだけで、何だか身体が熱くなってしまうのが不思議だ。
 「じゃあ……そろそろ動くね」
 「だ、ダメです……壊れちゃう……」
 本来入らないはずの穴に侵入した彼のモノ。けれど、一度入ったソレは、最初は緩やかに、次第に激しく出し入れされ、何度も何度も突かれて、ボクのお腹の中をかき回していく。
 そして、ボクの方も、いつしか男の人のソレをくわえ込んで感じてしまっていた。
 最後は白くて熱い精液をボクの体内に大量にブチまけられるのを感じて……。
 「あぁっ、もう、ダメですぅぅっ! り、竜司様、もう、翔子は……翔子はっ!」
 「ハァハァ……も、もっとだ、もっと! 身体の中まで僕色に染めてあげるよ」
 「はいっ、お願いします! 翔子を、竜司様色に染めて! 竜司様のモノにしてぇ!!」


 ──思い出しただけで、頬が熱くなってきた。
 こんなメに合わされたと言うのに、ボクは目の前の男性を憎む気になれないのが驚きだった。それどころか、ソッと自分から身体を寄せて……。
 「あれ、なんか胸元にヘンな感覚が」
 慌てて布団をめくると、なぜかボクの胸が膨らんでる!?
 けっこーおっきぃ……B、いやCカップくらいはありそうだ。
 「ええっ!?」
 驚いたボクは、咄嗟にベッドの上に起き上がり、股間に手を当ててみる。
 「──ないっ!」
 このテのシチュエーションのお約束だから、予想はついたけど、まさかボクがそんな事態に巻き込まれるなんて!
 「うふふ、その様子じゃあ、儀式は成功したみたいね」
 茫然としていたボクは、背後から聞こえてきた声にビクリと身を震わせた。
 「お、お嬢様、これは……って、何でェ!?」
 そこに立っていたのは、予想通りお嬢様──江戸村早紀さんだった。
 ただし、全裸というのはさすがに予想外だった。しかも、その股間には、見慣れたようなシロモノが……。
 「お、お嬢様って、もしかしてオトコだったんですか!?」
 「うーん、外れ。正確には両方あるの。いわゆるフタナリね」
 な、なるほど。道理で男の告白を断るワケだ。
 「そ、それはわかりましたけど、何でココに?」
 「あら、ココは元々私の部屋ですもの。私がいたって別におかしくないでしょ」
 それはそうだけど……。  ! も、もしかして!
 「ボクが女の子になったのって……」
 「フフ、正解。そのベッドの下にはね、儀式用の陣図が描いてあったの。竜司さんが気付くかまでは賭けだったけど、どうやら意外に頭はキレるみたいね」
 え? 陣図? え? え?
 「ちなみに……儀式はまだ終わりじゃないの」
 な、何だか無性に嫌な予感が……って、う、動けない!
 「ささ、翔子ちゃんの後ろのバージンは竜司さんに譲ったけど、前の純潔は私がもらっちゃうわね」
 い、イヤーーーッ!


 結局、すべては最初からに仕組まれていたのだ。
 あの後、晴れて正式に江戸村邸のメイドとなった翔子は、一連の出来事のカラクリを聞かされることとなった。
 すべては、江戸村家と日ノ宮家を結び付けるためだった。
 古い歴史を持ち現在では廃れたような陰陽術を伝える両家だが、ここ数代での急速な術師としての凋落に危機感を覚え、互いの血を交わらせることにしたのだ。
 しかし、ひとつ問題があった。
 江戸村家のひとり娘、早紀がフタナリであったこと。
 それだけならまだしも、彼女の生殖能力は、女性としても男性としても極めて弱かったのだ。あるいは、中途半端だったと言ってもよい。
 両家の血を継ぐ者を生むためには、特別な「器」が必要だった。

 「それが、ボク……ってコトですか」
 「そ。変性女子って言ってね、男性から女性に変わった人が、どうしても必要だったの。でも、それは誰でもなれるものじゃないわ」
 厳正な調査の結果、天堂翔吾という少年に資質ありと判明したのが2年前。
 彼に近づくために、早紀はワザワザ同じ高校に入ったのだ。
 「ごめんなさいね……許して、とは言わないし言えないけど。代わりにできることなら何でもするわ」
 そう言って、自らの膨らんだ腹部を愛しそうに眺める早紀。

 あの朝、宣言通り翔子を犯し、彼女の処女を奪った早紀は、疲労困憊の竜司を叩き起こし、さらに翔子の膣内に彼の精を注がせた。
 その結果、早紀の種と竜司の種が翔子の体内で結び付き、翔子の卵子を受精させた。
 その受精卵を、術により翔子の体から早紀の胎内に移したのが現状だった。

 「もぅ……いいですよ、今更。ボクのこと、ちゃんと一生養ってくれるんでしょう?」
 翔子の身体は未だに女性のままだ。
 元に戻る方法はないわけではないのだが、早紀が妊娠中は使えない術らしい。
 それに、翔子自身、いまさら男に戻る気はなくなっていた。
 高校を中退し、名目上は江戸村家に就職したことになっているが、実質的には竜司と早紀の両方の「妻」に等しい扱いを受けているし、両家のトップもこれを認めている。
 なにせ、「二人目」を作る際には、また翔子の協力が必要になるのだから。
 目下の課題は、男の戸籍のまま早紀と結婚するか、女に変更して竜司と結ばれるか。
 なお、早紀と竜司が結婚してお妾に……という案だけは却下させた。「彼女」なりのささやかな意趣返しだ。


 「おーーい、帰ったぞォ!」
 「あれ、あなた、帰りは明日予定じゃなかったの?」
 「HAHAHA! 可愛い嫁さんが待ってると思うと、自然と調査もはかどってね!」
 ちなみに、竜司の本業はフィールドワーク(と言う名前のトレジャーハント)が主体の考古学者だった。無論、日ノ宮流の術も実地で役立てている。術師としての腕前は、早紀に僅かに劣る程度だが、鍛えた肉体でカバーしてるらしい。
 実際、もとは結構なプレイボーイだったらしいが、あの一件以来、翔子にベタ惚れで、浮気のひとつもせずに、彼女の元に戻って来てくれる。

 「お、早紀のお腹も結構大きくなったな。どれどれ」
 「あ、触るなら、ソッとよソッと」
 他人行儀だった早紀との仲も、かなり改善され、「仲のいい友達」レベルにはなっている──かつての翔吾と早紀のように。
 「よーし、父親分を早紀に補給したから、翔子には夫分を補給しちゃうぞ~」
 「あ、コラ、もうっ……お食事はいいの? 折角、竜司さんの好物作ったのに」
 「それも楽しみだが、僕は翔子を一番に食べたいのだ」
 「ちょ……やん、何でこんなに素早いのよ、もうっ!」
 「おお、やっぱり翔子は純白の下着がよく似合うなぁ」
 「もぅ、おだてたって……あン!」
 あるいはいっそ一夫多妻制の国の国籍を取得して、早紀とふたりで竜司のお嫁さんになると言うのもいいかもしれないな……と色ボケした頭で考える翔子なのだった。

 -FIN-

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最終更新:2013年06月12日 20:54