「彼女」がコクヨの学習机に向かい、ノートに何かを書きつけている
 「……まる、っと。お兄ちゃん、書けましたよ~!」
 書き終えたらしい「彼女」が、歓声とともにノートを手にこちらに駆け寄って来るのを、私はにこやかに出迎えた。
 「ほほぅ、もう書けたのかい。イヨはがんばり屋さんだなぁ」
 「妹」が書きあげた短編小説──俗にネット「SS」と呼ばれるテキストを、私が妹に代わってテキストに打ち込み、ネットにアップすることになっているのだ
 こう見えて「妹」のSSは、かなりの数の人から好評や応援のコメントをもらっている、ちょっとしたネット作家さんなのだ。
 「どれどれ……うん、今回もすごくいい話じゃないか」
 実際、身内の贔屓目抜きにしても、「妹」のSSはおもしろいと思う。
 「ホント!? じゃあ、お兄ちゃん、イヨを「いい子いい子」して♪」
 「ああ、いいとも」
 ピョコンと下げられた頭を優しく撫でてやると、「彼女」は「えへへへ~♪」と目を細めて微笑う。

 一見、それはありふれた仲良し兄妹の風景。
 私は(自分で言うのもナンだが)ごくありふれた20代初めのサラリーマンに、そして、目の前の「彼女」は、傍目には12、3歳くらいの少女に見えるだろう。
 癖のない黒髪を首筋あたりで切りそろえたオカッパヘア。
 肩の部分がパフスリーブになった長袖の白いブラウスと、濃緑色のジャンパースカートを着て、白いハイソックスを履いている。スカート丈はやや短めなので、可愛らしい膝小僧とすべすべした太腿の半分程度がよく見えた。
 背丈は160センチ程度で顔立ちも若干大人っぽいものの、無邪気な笑顔はまだ子どもそのものだ。最近の子供は発育が早いから、小六や中一でもコレくらいの娘がいても別段おかしくはない。

 ──だが……真実は違う。
 (ここまで徹底的に壊すつもりはなかったんだがなぁ……)
 ゴロゴロと無邪気に懐いてくる「妹」の相手をしながら、私は心の奥で軽い溜息をついた。
 もっとも、「少女」の現況には私自身が関与していることも否定はできない。というか、むしろ主犯と言ってもよい。
 実を言うと、私の目の前で、ご褒美のケーキを食べてご満悦な「少女」イヨは、本来は市原一四(ひとつばし・かずし)という名前の私の会社の後輩の青年だったのだから。


 市原君は私とは一歳違いの高卒の新入社員だった。
 四月頭に初めて彼の顔見た時、正直、驚かなかったと言えば嘘になるだろう。
 なぜなら、やや童顔なのを気にしているらしい彼の顔は、ほんの数ヵ月前に交通事故で亡くなった、歳の離れた私の妹・伊代とそっくりだったからだ。
 そのこともあって、私は同じ部署に配属された彼のことを弟のように可愛がった。彼も、高校を出て初めての会社勤めということで色々心細かったのだろう。私のことをまるで本当の兄のように慕い、頼りにしてくれていた。
 そのままの関係が続けば、私もあんな馬鹿なことを考えなかったに違いない。
 だが……市原君が入社した年の1月半ばに会社が大規模なリストラを敢行し、まだ仕事に馴染みきっていない彼も首を切られた。
 ロクな蓄えも保障ないまま放りだされて茫然とする彼に、「よかったらウチに来ないか?」と私が声をかけたのは、純粋な好意だったと信じたい。
 彼が両親を高校時代に事故で亡くして身寄りがないことや、親戚とも疎遠になっていることは既に聞いていたからだ。

 「先輩にご迷惑かけるのは」と渋る彼を、「困ったときはお互い様」と、どうにか説き伏せ、「次の仕事が見つかるまで」という約束で、彼はアパートを引き払い、ウチ──俺の実家に居候(言葉の上では下宿)することになった。
 私が彼のことを色々話していたせいか、ウチの両親も彼を歓迎してくれた。
 そこまでは別段良かったのだ。
 だが……
 「こうして一緒に夕飯を食べていると、まるで伊代が生き返ったみたいだな」
 父の何気ない言葉が、食卓にさまざまな衝撃と感情をもたらしたのだ。
 母には、心からの同意と一年経っても癒えぬ哀しみの涙を。
 市原くんには、同情心と僅かな居心地の悪さを。
 そして、私の脳内に、天啓、あるいは悪魔の囁きを。

 夕食後、私は市原君を自室に誘い、言葉巧みに我が家の事情を誇張して語り、情にもろい彼から「あること」への言質をとりつけた。
 勘の良い方はおそらくおわかりだろう。
 そう、彼に「妹の格好をして両親の前に出る」ことを依頼したのだ。


 彼にとって私は敬愛する先輩で、色々と恩義もあり、さらに現在の家主ということで、断ることは難しかったに違いない。
 さらに私には勝算があった。
 日頃は、その背の低さへのコンプレックスからか、できる限り男らしい言動・嗜好を心がけていたようだが、一緒にいる時間の長かった私は、彼が実は可愛い物や甘い物が好きなこと、少女漫画などもよく読んでいることを知っていたのだ。
 案の定、「恩義のある先輩に言われて渋々」という態度を装っていたものの、彼は私が渡した妹の──伊代の服に興味津津だった。

 本来なら、私とて大事な妹の遺品とも言える衣服を、赤の他人の手に委ねたりはしない。
 けれど……その時の私は父の言葉の衝撃に正常な思考を失っていたのだろう。
 まるで、目の前の後輩が、まるで妹が甦った姿のように思えたのだ。
 無論、それは馬鹿げた感傷だ。仮に「霊魂」や「生まれ変わり」が実在するとしても、市原君は伊代が死ぬ前に生れているのだから。
 だが、そんな理屈も、第二小学校の女子制服を着た彼の姿の前にはフッ飛んだ。
 「ど、どうですか、一橋先輩?」
 黒い上着に白い襟のついたセーラー服を着て、ややミニ気味な白いプリーツスカートと白いタイツを履き、これまた白いベレーのような制帽をかぶったその姿は、まさしく我が妹そのものだったからだ!
 「あぁ……驚いたな。父さんの言葉じゃないが、本当に伊代が生き返ったみたいだ」
 それでも、かろうじてそんな言葉を口にするだけの理性は、私にもまだ残っていた。さすがに髪型が少し違うが、ちょうど伊代も長年伸ばしていた髪を六年生になってから切っていたので、ショートヘアにもそれほど違和感はない。
 「そ、そうなんですか。えっと、それじゃあ……お兄ちゃん♪」
 その呼び方がトドメとなった。
 私は、「彼女」をしっかりと抱きしめて大声で泣き出し……騒ぎを聞きつけてやってきた両親もまた、「娘」の姿を見て完全に取り乱してしまったのだから。

 結局、ウチの両親ふたりの懇願に負けた「市原一四」は──少なくともウチにいる間は──娘の「一橋伊代」として振る舞い、また扱われることになったのだ。
 幸か不幸か、「彼」も小学校時代は名前から「イヨちゃん」とあだ名されてたらしく、その呼び方自体にはさして違和感はないらしい。
 また、女物──それも小学生の女の子の服装にも、「実は内心少し興味があった」とのことで、それほど拒絶を示すことはなかった。
 ただし、この時点では、単に両親を慰めるための仮装、あくまで一時的な措置だと、私も彼も思っていたのだ。


 しかし、彼がそのことに躊躇いつつも同意し、その夜は「伊代」の部屋のベッドで眠りに着き……翌朝目を覚ました時には、すべてが変わってしまっていた。
 父も母も、完全に彼を私の妹の「伊代」として扱うようになっていた。
 さすがに小学校に行けとまでは言わなかったものの、父は「愛娘」として徹底的に可愛がり、かつ甘やかした。
 母もまた、「娘」を愛らしく着せ替え連れ回すことに夢中になる一方で、「女の子」としてのたしなみを身に着けさせようと、さまざまなしつけや指導を施した。
 私は両親の心の歪みを知りつつ、それを見て見ぬフリをした。正確には、両親に迎合し、「彼女」に対して「よき兄」として振る舞うようにしたのだ。

 周囲の「家族」が自分を年端もいかない少女として扱い、されど同時に強く溺愛してくれる──そのような環境に置かれた「彼女」は、急速に「壊れて」いった。
 あるいは、「彼女」も家族の愛に飢えていたのかもしれない。私達は決して、「彼女」を監禁していたわけではなく、出て行こうと思えば出て行けたはずなのだから。
 気がつけば、「彼女」は完全に自分のことを一橋家の娘の「伊代」──交通事故で入院したため1年留年してしまったが、春からようやく中学に通うことができるようになった、12歳の女の子だと思い込むようになっていた。

 そして、そんな風に完全に「彼女」を壊してしまうキッカケとなったのは、間違いなく私なのだろう。
 今更説明すするまでもなくシスコンの気が濃厚な私だが、珍しく両親が「伊代」を残して外出していた時、抑えきれない衝動に身を任せて「妹」を襲ってしまったのだ。
 妹とソックリな……けれど、自分と血は繋がっていない、それどころか本物の女の子ですらない「少女」を、汚す。
 そのことに、私が背徳的な感じなかったと言えば嘘になるだろう。
 当初は、泣き喚きていた「伊代」の抵抗も、濃厚なキスと愛撫をくり返すにつれて少しずつ弱まり……私の分身が体の奥深くに突き刺さる頃には、完全に欲望に流され、その虜になっていた。
 気がつけば私も「妹」の体内に白濁を吐き出し……それを「伊代」は恍惚とした顔でわななきながら、それを受け止めていたのだ。


 そう、だから今も……。
 「んちゅ……むぅ……ペロッ……どう、お兄ちゃん、気持ちいい?」
 無意識の媚態をたたえた目つきで、「妹」は私の顔を見上げながら、私の股間の欲望に、その愛らしい唇と舌で奉仕してくれている。
 「これじゃあ、まるで私の方がご褒美をもらってるみたいだけど、いいのかい?」
 「いーの。あたしがしてあげたいんだから。その代わり、お兄ちゃんも、あたしに黙って彼女とか作っちゃヤだよ?」
 「ああ、もちろん」
 実を言うと、「妹」とこんな関係になった直後に恋人とは別れた。
 彼女に別段落ち度はなかったが、私の方が罪悪感に耐えられなかったのと……それ以上に、私もまた「伊代」の虜になっていたからにほかならない。
 「今夜も優しくしてあげるよ、イヨ」
 耳元に熱い息を吹きかけつつ囁くと、「妹」は頬を赤らめながらコクンと頷いたのだった。

  • おわり?-

#以上。このお話はフィクションであり、実在の人物、地名、団体などとは一切関係がありません。あなかしこ。
#なお、冒頭部のイヨちゃんの格好は、「妖夢 しまむら」でググルと幸せになれるかも。

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最終更新:2013年04月27日 23:43