※本SSの舞台は架空の時代「太政」です。故に、史実の大正時代とは異なる部分(政治体制が微妙にリベラルだったり、一部の文明レベルがどう見ても昭和30年代だったり)も多々ありますが、御寛恕ください。

  • 沢村いずみ
 15歳(♂)。本名は「和泉」だが、特別な場合を除いて作中ではひらがなで表記する。一人称は「私」(モノローグなどで稀に「僕」)。
 名門士族の流れをくむ旧家の末っ子。複雑な家庭の事情により、女の子として涼南女学校に通うことになる。
 性格は、真面目で優しい反面、自己主張が弱く、流されやすい。ただし、時折天然で毒ツッコミをすることも。読書家で古文漢文はもとより西洋文学にも詳しい。また、雑学にも通じているため、女学校では「尚侍(ないしのかみ)」や「いずみ式部」とあだ名される。
 服装は、臙脂色の絣の着物に紫色の袴、編み上げショートブーツ(通学時)。自宅ではワンピースなどの洋装が多いが、振袖などの着物を着ることも。

  • 松原ゆかり
 13歳(♂)。本名は「縁」と書いて「えにし」と読むのだが、主に合わせてこの読みに。一人称は「ゆかり」(稀に「ボク」)。
 沢村家で働く小間使い。父は沢村家当主の従僕のひとり(執事補佐的立場)。
 和泉にとっては幼馴染かつ弟分的立場の少年。尋常小学校卒業後、父と同じく沢村家で働くことが決まった矢先、いずみの女学校進学が決まり、「彼女」付きの「侍女(メイド)」として働くことになった。
 明るく無邪気かつ好奇心旺盛な性格で、メイドとして働くことになったこともあまり気にしてない様子。いずみのことは、主としてと言うより兄(姉?)として慕っている感が強い。
 ざっくばらんな性格のわりに、裁縫以外の家事は意外と得意。とくに、食いしん坊なせいか料理に関しては、「彼女」に家事を仕込んだ侍女長も認める程の腕前。
 服装は基本的には黒いエプロンドレス(いわゆるメイド服)。私服はいずみのお下がりをもらっているので、意外に立派。

  • 坂本つばめ
 15歳(♂)。本名は「飛燕」と書いて「ひえん」だが、外では「つばめ」で通している。一人称は「あたし」。
 涼南女学校の近くの繁華街のミルクホールで女給として働く少年。ただし、「彼女」の本当の性別はほとんど誰も知らないため、店の看板娘的存在。店主とは親戚。
 性格は、接客時以外はややキツめのツンデレ風味。ただし、姐御肌で、親しい相手には文句言いつつ親身になるタイプ。4人の「男の娘」たちの中で、唯一自発的に女でありたいと願い、女として生きている。
 服装は、仕事中は萌黄色の着物にエプロン。私服は藤色のツーピースを愛用。

  • 狩野美琴(みこと)
 18歳(♂)。本名は「命」と書く(読みは同じ)。一人称は「わたし」。
 沢村邸の地元の狩野神社で働く巫女さんで、年の離れた兄が同社の神主。
 幼少時は男児として育てられたが、七歳の誕生日の前日、当時存命中であった祖母の元に神託が下り、以後、女児として育てられた(そして、思春期を迎えると体型も女性的に変化した)。
 女性(女装?)歴が長いため、現在はメンタリティも半ば女性になりつつあり、おおらかで寛容かつ母性的な性格。諸々の面で、いずみやつばめにとってのよき姉的存在。
 服装は、白の浄衣と緋袴の巫女装束。稀に、普通の着物を着ていることも。

  • 不二悠馬
 沢村家の親戚筋の青年。一高に入学したばかりのエリートであり、名目上、いずみの「許婚」ということになっている。無論頭は良いが、それ以上に悪知恵の回るタイプ。ただし、悪戯好きの愉快犯ではあっても悪人ではない。
 現在の沢村家の事情もおおよそ理解しており、いずみの境遇に同情している……が、それはそれとして、表向き友人などには「可愛い彼女」として紹介したり、デートに連れ出したりと、許婚としての立場を楽しんでいる様子。


太正浪漫綺譚・良男女学校


 時は、ご維新から半世紀あまりの時が過ぎた太政(たいしょう)時代。
 後桜町天皇以来百年ぶりの女性の帝の治世のもと、華やかな繁栄を享受する帝都……から、およそ1時間程陸蒸気に揺られて着く港町・楯濱の地での物語です。

 卯月朔日に当たるその日の朝、「沢村家の末娘」であるいずみは、普段より少し早めに目を覚ましました。
 僅かな眠気を振り払い、寝床から起き上がると、しゅるしゅると腰紐を解いて、愛用する寝間着──桜色の浴衣を肩から滑り落とします。
 先日、数えで十五歳の誕生日を迎えたばかりなので、体つきはまだまだ成熟した丸みには乏しいものの、この年頃の子だけが持つ、張りのあるミルクのように白い肌と妖精のようにしなやかな肢体がハッとするような魅力を放っています。
 昨今の若い女子の間では、洋式乳帯(ブラジャ)を着けることが主流となりつつあるのですが、いずみはどうやら「着けない」派の様子。
 ただし、下履きには、フリルで幾重にも愛らしく飾られた清楚な白のドロワァズを履いているあたり、あながち流行に無関心というわけでもないのかもしれません。
 薄桃色の肌襦袢に袖を通し、その上から今日から通う涼南女学校の制服である臙脂色の絣の着物と菫色の袴を着用。さらに、ブーツ用に、足袋ではなく短めの白い靴下(ソクス)を履きます。
 そのまま背の高い姿見のついた鏡台の前に立つと、帯や襟元などの身だしなみを整え、髪を梳るいづみ。

 士族の流れを汲み、それなりの資産家でもある「彼女」の家格を考えると、着替えや髪の手入れなどは、本来彼女付きの小間使いが手伝うべきなのかもしれません。
 ただ、少しばかり事情が──いずみ自身に加えて小間使いの側にも──あるので、当面はひとりで着替えるつもりのようです。
 幸いにして、いずみの髪は流行りのモガスタイルをアレンジしたような、僅かに肩にかかる程度の短髪なので、櫛を入れて整えるのもさほど手間はかかりません。

 ふと、手を休めて、鏡に映る己が姿を凝視します。
 「絶世の美女」と賛美する程ではないものの、客観的に見て、いずみの容姿は同年代の少女達と比べても十二分に「愛らしい」と評することができるでしょう。
 まだまだ成長途中であることを考慮すれば、むしろ将来的には大いに有望と言えるかもしれません。
 「……ふぅ」
 それなのに、いささか憂鬱げな溜息を零すと、いずみは鏡から僅かに視線を逸らしました。
 程なく身支度を終えたいずみは、年頃の少女らしい明るい色合いでまとめられた「自室」を出ると、朝餉をとるために座敷へと向かいました。


 「あら、おはよう、いずみちゃん」
 いつもより早い時間だと言うのに、座敷にはすでに母親が先に来ていました。
 「おはようございます、お母様。お待たせして申し訳ありません」
 良家の子女らしい礼儀正しい挙措で頭を下げるいずみに、母は笑って首を横に振ります。
 「いいのよ、朝食の時間まではまだ少し間があるのだから。それより……」
 いずみの女袴スタイルをためつすがめつ見て、母親はニコリと微笑みました。
 「うん、よく似合っているわ。今日から貴女も立派な女学生さんなのね」
 「──はい、ありがとうございます」
 複雑な内心の葛藤を押し殺して、いずみは礼を言ます。

 と、そこで沢村家の当主であり、いずみの父でもある男性が姿を現したため、沢村家の朝食が開始されました。
 いずみの上にはふたり兄がいるのですが、長兄は国外出張中で、次兄も全寮制の学校に通っているため、今この屋敷にいる沢村家の人間は、これで全員です。
 何人か住み込みの使用人もいるのですが、彼らはもっぱら台所で食事を摂りますからね。

 朗らかでおしゃべり好きな母親に比べ、いずみの父親はかなり無口で厳めしい人のようです。
 食事中も、もっぱら母が話題をふり、いずみが控えめにそれに答え、父親は時折頷き、時に一言ふた言口をはさむだけですが、元より旧家の食事風景などこれと似たようなものでしょう。
 むしろ、「食事中は会話などせずに食べることに専念する」という礼法を厳格に守る家もあるくらいなので、それなりに砕けていると言ってもよいかもしれません。

 朝食が終わり、「御馳走様」の挨拶をしていずみが食卓を離れようとした時、珍しく父が呼び止めました。
 「ああ、そのなんだ……いずみ、色々大変だと思うが、頑張れ」
 どうやら、不器用ながら、女学校通いを始めるいずみを激励してくれているようです。
 ほんの少し吃驚したような表情を見せたものの、すぐにいずみは目を伏せます。
 「──はい、分かっております、お父様。若輩者ではありますが、沢村家の名を辱めないよう、精一杯努める所存です」


 洗い場で口を漱ぎ、軽く身だしなみを整えてから、一度「自室」に戻って教科書や小物の入った風呂敷包みを手に取ります
 「あ、待って、いずみちゃん」
 玄関で編み上げブーツを履き、いざ学校に向かおうとしたいずみを、母が呼びとめました。
 「どうかしましたか、お母様?」
 軽く首を傾げるいずみに微笑みながら近寄ると、母は手にした其れをいずみの顔に近づけました。
 「いずみちゃんには、ちょっと早いかもしれないけれど、化粧は女の嗜み。入学式なのですから、口紅くらい引いても罰は当たらないわ」
 「え、いや、それは……」
 一瞬拒絶する素振りを見せたいずみでしたが、柔和な割に押しの強い母と問答することの愚を悟ったのか、諦めたように身を任せます。
 流石に化粧に手慣れた成人女性だけあって、母はものの数秒でいずみの唇に鮮やかな色を付け加えました。
 「うん、これでいいわ。いずみちゃんの美人振りが三割方増したわよ♪」
 親の欲目……とばかりは言いきれず、確かに先程より可憐な印象を受けます。

 「──ありがとうございます、お母様。それでは、行って参ります」
 ペコリと一礼して、いずみは徒歩で半時間程の場所にある涼南女学校への道のりを歩き始めました。
 心の中で、再三深い深い溜息をつきながら。

 それなり以上に裕福な家庭に生を受け、優しい母と頼りがいのある父、優秀な兄に囲まれ、自身も(キチンと試験を受けた結果)国内有数の名門女学校に通うことになった身で、何が不満なのかと首を傾げる方もおられるかもしれません。

 ですが……一見、絵にかいたような幸福な家庭に見える沢村家の裏に潜む複雑な事情を理解すれば、「彼女」の憂鬱にも合点がいくことでしょう。
 一言で言えば、「彼女」──沢村いずみは、まごうことなく男性なのですから。

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最終更新:2013年04月28日 00:03