女装させて見よ


「ほんとあんた、ばっかじゃないの?」
「うっせー、言ってろ」

 とあるマンションの一室の玄関先で一組の男女が軽口を言い合っている。
 一見して喧嘩するほど仲が良いを体現している様なそんな二人だ。
 身体的特徴を捉えるなら男性はやや細身の今時の男子で、対する女性は長身でヒールの無い靴を履いていても男子よりも僅かに背が高かった。

「木に登って降りられない猫なんて放っておいてもその内自力で降りられるものなのに」
「お前には動物愛護の精神と言うものが無いのか?」
「それで助けようとして引っ掻かれて木から自分が落ちてたら世話ないわよ」
「いや、そのおかげであの猫は木から降りられたんだ」
「そんであんたは水溜りに落ちて泥だらけになると」
「名誉の負傷だ」
「負傷じゃないでしょうに、取り敢えず中入って」

 このアパートの部屋は女性のものらしく鍵を開けると先に自分が入り男性を招き入れる。

「あ、そのままそこで服脱いでくれる?部屋汚されたくないから」
「お前それ酷くね?」
「酷くない。汚れた服の面倒を見てあげようって言うんだから感謝してもらわないと」
「へいへい」

 多少文句があるもののこの場合は女性の言分の方に分があるため従う他ない。


「じゃ私先にシャワー使うから、脱いだら洗濯機入れて回しといて」
「おい、そこは俺に使わせてくれる所だろう」
「嫌よ。私の部屋なんだから私に全ての権限があるのよ」
「ったく」

 完全に主導権を女性に持って行かれている状態ではこの仕打ちでもやはり受け入れるしかない。
 もともと彼女はそう言う性格で、その事は昔から男も良く知る所だ。
 女性は本当に先にバスルームへそまま行ってしまい玄関には男性が取り残された。
 玄関で服を脱げとは言われたが女性がバスルームから出てくるまで裸で待っていると言う訳にも行かず、結局のところ所在無しにそこで佇むしかなかった。

 この状態が二人の関係を物語っていると言えるのだった。


「まったく何時もながらあいつは」

 シャワーを浴びて人心地付いた男性はバスルームの戸を開けながら独り言ちる。
 そして辺りを見渡しタオルを探すがそれらしいものが見当たらない。
 あるのは先ほど女性が脱いだ衣類一式と使ったバスタオルだけだ。

「なんでここまで気が回らないのか逆に不思議だ」 

 ここで普通は男性が着られる様な着替えを用意しておいてくれたりするものだが、そんなものは当然の様に無かった。
 常識的に考えればバスタオル位は用意してくれるのだろうが、それすらないのだから苦言を呈して呆れる他ない。
 仕方が無いので女性の使ったバスタオルで身体を拭くと腰に巻き付け、女性の居る部屋へ向う。

「あのさ悪いんだけど何か着るもの貸してくんない?」
「ん?上ったの」

 ルームウェアに着替えて雑誌を見ながらくつろぐ女性はのん気に返事を返す。

「着替えちゃんと置いてたでしょ?」
「いや、見当らなかったが」
「そのバスタオルと一緒にあったじゃない」

 女性の答えに男性は怪訝な表情をして思い起こすも、そんなものは見当らなかった。


「お前の脱いだ服しか見当たらなかったぞ?」
「それよそれ」
「は?ちょっと待て、なんで替えの服がお前の脱いだ服なんだよ!?」
「だって下ろしたてのをあんたに着させるなんてもったいないし」
「別にそうじゃなくても捨てる様なので良いから洗濯したやつを貸してくれ」
「贅沢言わない」
「贅沢じゃなくて普通だ」
「うるさいわね。そんな恰好で居ないでさっさと着て来なさい」
「断る!」

 女性の横暴に断固として拒否を見せる男性だが、腰タオル一枚と言う姿は確かに問題はある。

「だったらあんた、そのまんまの格好で外に締め出すわよ?」
「ぐっ」

 やると言ったら本当にやりかねないのがこの女性だ。
 それを良く分かっている男性はそれ以上抗議も出来ないが、最後の意地でその場に座り込む。


「分かったよ。着替えは要らないから俺の服が乾くまでこのままバスタオルで過ごすから」
「あんたね。そんな半裸で私の前に居られたら気が散って落ち着かないでしょうが」
「だったら風呂場のとこに居るよ」
「そう言う問題じゃないわよ。良いから来なさい」

 女性は男性の手を強引に引っ張り立ち上がらせると、そのまま連れ出す。

「ちょ、まじに外にたたき出す気か?止めろって」
「あんたが望むならそうしてやるわよ」

 意外に力強い女性に気後れからか大した抵抗もできず男性は引っ張られバスルームの方へ連れて行かれた。

「はい、これ着る!」

 びしっと指を差されたのは女性の脱いだ服だ。
 有無を言わせぬ迫力とはこの事で、男性も最早逆らう気も失せつつあり言われるままマキシ丈のワンピースを手に取る。


「ちょっと、順番が違うわよ。まずは下着からでしょ」
「いやそれは勘弁してくれ」

 下着と言われ見て見ればそこにあるのは、紛れもなく女性用ショーツ。
 普段用なのか飾り気のないストレッチ素材の薄いピンク色の物だ。
 少し色気には欠けるがさっきまで目の前の女性が穿いていたものである。
 それを見て若い男が平然としていられる訳もない

「あんたね、ショーツも履けないの?幼児じゃないんだから」
「普通男はショーツ穿かねぇよ」
「屁理屈言わない、足上げる!」

 言われてつい足を上げてしまったのが運の尽き。
 そこからショーツを通され反対の足にも促されるままショーツを通される。
 そしてそのまま上まで上げられ男性の大事な部分を含めてお尻を全部包み込まれると、腰に巻いたバスタオルをはぎ取られ、女性用のショーツ一枚な姿の男性が晒された。


「おや~?何だか息子さんが元気になったご様子で」

 悪戯な笑みを満面に湛えてなじる女性の言葉通り、男性のショーツに包まれた一物は大きな盛り上がりを見せていた。
 幸い下向きでの事だったので上から亀さんがこんにちはをする事は無かったが、男性は恥ずかしさのあまり手で股間を隠す。

「おまえこうなるって分かってって絶対わざとだろ」
「さてどうでしょうねぇ?変態さん」
「くっ」
「さてお次はカップ付きのキャミソールインナーを着てもらわね。はーい、ばんざ~い」
「お前俺を洒落のめしてるだろ?」

 悪態を付きながらも女性の指示に従ってしまうのはもうどうしようもないからだ。
 頭からすっぽりかぶせられ着せられたキャミソールは、思ったよりも彼女の匂いが付いていて意外に女らしい匂いにどぎまぎしてしまう。
 ここまで来ると倒錯した危ない趣味に目覚めかねない一歩手前である。


「あ、結構イケる。女っぽい」
「るせー」

 女性の言う通り細身の身体に似合わない事もない。
 洗面台の鏡に自分の姿が映っているのでどんな格好なのかは男性も確認出来ていたが、あえて見ない様にするのはやはり恥ずかしさがあるからだ。

「じゃあ後は一気に着ちゃいましょうか」

 黒い7分袖のカットソーを着させると、
 今度はその上から明るい色合いの花柄のマキシ丈ワンピースを被せて着させる。
 マキシ丈ワンピは足の方から着た方が着やすいのだが、中に重ね着をする場合はカットソーがめくり上がらない様に上からかぶる様に着た方が良い。
 これは余談だが、マキシ丈ワンピの場合スカート丈が長過ぎてトイレが非常にやり辛かったりする。
 洋式なら何とかなるが、和式だと本当に大変なのだ。


「うわ、本気で全部着させられたよ」
「うん、似合ってる。その服だったらサイズに融通効くし、体型とか誤魔化せるしね」

 顔はいじっていないので少し違和感はあるが、服の着こなしに全然問題はない。
 全身は見られないが洗面台の鏡を見れば彼女の服を着た自分が映っていて、その姿に首から下が女性になってしまった様な錯覚を覚える。
 そして服からは彼女のボディミストの香りと本人の匂いを感じてしまい、そんな変態的な思いを抱いてしまった自分に羞恥に喘いでしまう。
 先ほど一緒に歩いていた彼女の服を今は自分が着ている。
 しかも下着まで全部だ。
 これで意識するなと言うのも無理だろう。

「あ、これ忘れてた」

 女性がそう言って取り出したのはレディースのベルトだった。
 そのベルトをハイウエストで着けると切り替えがはっきりしてより女性らしく見えるようになる。

「おお、良いんじゃない?」
「そうか?」

 実は自分でも彼女の服が似合っている様に思えていた男性は照れ隠しにあえてつれない返事をして見せるが、そんな様子は既に女性に見透かされている。


「ねえ、せっかくだからメイクもしてみない?」
「さすがにそれは必要ないだろ」
「だって服乾くまで暇でしょ?ちょっと私の遊びに付き合いなさいよ」
「そんな暇つぶしは断る」
「いいからいいから」

 言葉では拒否しているが、その気になっている男性は女性に促されるままに部屋の方へ誘導され、テーブルの前に座らされた。
 そしてそこへ女性がコスメボックスを置くと、おもむろにメイク用のヘアーバンドを男性にかぶせ、前髪が邪魔にならないようにする。

「動いちゃ駄目だからね」
「分かった」

 女性にじーっと見つめられ何とは無しに緊張の面持ちになる男性だが、女性の方はどうやら僅かに伸びている髭が気になる様だ。

「ねえ、一回ひげ剃って良い?」
「良いけどひげ剃りあるのか?」
「髭剃りではないけど無駄毛用のシェイバーならあるわよ。ちょっと待ってて」

 女性はバスルームへいったん戻ると洗面器とシェイバーをもって戻って来た。

「それがそうなのか?男が使う髭剃りとそんなに変らないんだな」
「じゃあ剃るけどいい?」
「ちょっと待って、シェービングジェルとか無いのか?」
「これジェルが刃に付いてるタイプのだから大丈夫、この刃まだあと1回は使えるし」
「そんな便利なのあるのか」

 男性が変に感心しているうちに女性は濡らしたシェイバーで簡単に髭を剃ってしまった。
 剃った後の肌はつるつるになり女性は満足した様だ。
 男性の感想も普通の髭剃りと変らないなと感じた程度だった。


「あ、剃った後に言うものなんだが他人との剃刀の使い回しって不味いんじゃね?」
「別にもう交換するから」
「いや、それなら俺に気を使えよ。それで脛とか剃ったんだろ?」
「脛だけじゃなくて腋とかビキニラインとかもだけど? あ、ビキニラインってあそこの事ね」
「ちょ!お前そんなとこの毛を剃ったやつで」
「想像したなスケベ」
「るせー」

 男性の慌てる様子を見て女性は完全に楽しんでいる。
 ひとしきりその反応を楽しんだ後、メイクに取り掛かることにした。
 まずは化粧下地のクリームを肌に塗り、次にコンシーラーで肌の色を調節する。
 髭剃りあとの場所にはオレンジ系のコンシーラーを使い、目の下の辺りにはイエロー系のコンシーラーを使って肌の色を整えていった。
 自分でメイクをする時はここまで厚くコンシーラーを塗る事はないのだが、男性相手なら必要な下地だ。
 何故そんなメイクの仕方を知っているかと言えば、実は男性にメイクするのは初めてではなく会社の余興で経験があるからだったりするのだがそれは別な話しである。


「男って意外と化粧のりが良いのよね何故か」
「そうなのか」

 コンシーラーで肌の色を整えた後はパウダーファンデーションを顔全体に伸ばした後に、フェイスパウダーを筆でふんわりとはたいてベースメイクを完成させ、アイライナーペンシルで眉を書き加えていく。
 自分の顔でなくても女性は慣れたものでスムーズに男性の顔にメイクを施していった。

「ちょっと目の所やるから瞑っててくれる?」
「うい、了解」

 ナチュラルな感じの光沢のあるベージュでグラデーションにしアイシャドウを塗った後は、またアイライナーでまつ毛の間を埋める様にラインを引いて大きな目を作り出す。
 次はまつ毛ケアだがビューラーと言うのは慣れない人間には物凄い違和感を覚えさせる道具だ。

「次まつ毛ね。ビューラーで挟むからじっとしてなさい」
「うお?なに?」

 目を瞑ったまままつ毛をビューラーに挟まれ驚く男性だが、女性はそのまま上部にカールさせ反対のまつ毛も同じ様にカールさせた。
 そして仕上げにマスカラを使うかつけまつげをするか考えたが、長さがほしいのでつけまつ毛をする事にする。


「つけま付けるから今度は目を開いててくれる?」
「そこまでやんの?」
「当然」

 目の側に他人の手が近付けば反射的に避けてしまいそうになるのを何とかこらえ、つけまつげを装着される。
 ここまで来ると男性の顔つきがどう見ても女の様に見えてくるほどだ。
 仕上げに頬にピンクのチークを入れて、最後に上唇をリップライナーで若干大きく描き筆で口紅を塗った後にグロスをのせてふっくらした唇を作り上げる。
 そしてちょっと隠しテクニックでパールホワイトのシャドウを口角の両下に極小つける事で口角が上がって見える様に仕上げた。
 これでメイクは完成である。
 女性本人がしているものより手の込んだメイクではあるが、基本が同じなのかどことなく面影が女性と似ている様なメイクだった。

「ほら出来たわよ」
「おお、何かすげー」

 女性に渡された鏡を覗いて見ると、そのメイクの出来に思わず感嘆してしまう男性。
 良くもここまで変るものだと見入ってしまう。

「そんで本当に最後の仕上げね」

 男性が鏡を見ている所に女性がヘアーバンドを外してアネットを被せて髪を中にまとめ、栗色の緩くウェーブのかかったウィッグを乗せると軽くブラシで整える。
 そうすると男性はもう完全に見た目は女にしか見えなくなっていた。
 女性の衣類を身に着けフルメイクをしてウィッグまで装備した男性は最早完璧なコーデだ。


「これまじで俺じゃねえな」
「そこは鏡見てうっとりと『これが私?』とかやるとこでしょ?」
「やんねーよ」
「そこは空気呼んでサービスするとこだって」
「誰へのサービスだ」
「それは私に決まってるじゃない」
「ぜってーやんねー」

 見た目は完璧でも仕種や言葉使いが男のままなので、やはり女装なのだと見て分かる一コマだ。

「つうか、これ髪がうっとしいからかつら取って良いか?」
「ダメ。あんたさそう言う髪型好きだって言ってたじゃん」
「自分がしたい訳じゃねえよ」
「すっごく似合ってるんだけどね」

 言われて鏡を覗くとメイクのせいか確かに良く似合っている気がして男性は思わず凝視してしまった。

「ねえ、せっかくだからそれでちょっと出かけて見ない?」
「え~っ、無理!無理!ぜってー無理!」
「ちょっと近所のスーパーまで夕食の買い出しぐらいで良いからさ」
「断る」
「ここら辺にあんたの知り合いとか居ないだろうから大丈夫だって」
「そう言う問題じゃねえ」
「せっかく上手く出来てるのにもったいない」

 女性は自分で作り上げた男性の女装を誰かに見せたくて仕方が無い様だ。
 外に連れ出すのが無理なら逆に人を呼べば良い。
 そう思いついた女性の行動は早かった。


「じゃあ友達と呼んじゃおっと」
「え?おい!それもダメだって」
「うっさいわね。ちょっとあんた黙ってなさい」

 女性は携帯を取り出すと驚くほどの速さでメールを打ちこみ送信した。
 止める暇もないまま事態の成り行きに焦りを感じた男性はその場から逃げようと立ち上がったが、女性の一言でその続きの行動は阻止される。

「あんたの服、乾燥出来るまであと2時間は掛かるわよ?帰るにしてもその格好のまんまだけどいいの?」
「うぐっ」

 言われてみればその通りの事で改めて自分が完全な罠に掛かっている事に気が付く男性。
 立ち上がろうとした姿勢のまましばらく固まっていたが、やがて力無く座り込む。
 その目に浮かぶのは諦めの色だ。
 女性はその間に返って来たメールに再び返信している所だった。

 そして1時間ほど経過し程無くして女性の友人が訪ねてきた。

「いらっしゃ~い」
「は~いおじゃま。ちゃんといろいろ持って来たよ。会社によって制服も持ってきたし」
「おおナイス!」

 女性の友人が広げた紙袋の中にはOLの制服の他、女子学生のブレザーやらレディース用のテニスユニフォーム、果てはバニーガールやナースなどのコスプレ衣装など沢山の女性用衣類が入っていた。
 それらの使い道は考えるまでもなく男性に着せて楽しむ以外にないだろう。
 これから待ち受ける恥辱な時間を想像し身震いしつつも避けられない運命に諦めるしかない男性だった。

 その後、想像に違わず女性の部屋で男性はみっちりと女装ファッションショーのモデルを務める事となったのは、語るまでもない事だろう。

~終り~

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最終更新:2013年04月28日 00:16