パパの職場見学
微かな音を立ててスタジオのドアが開いて、そこから兄弟らしき2人の少年と一人の女性が入ってきた。
「パパのお仕事の邪魔にならないように、静かにね」
と、20代後半の、母親らしいその女性が抑えた声で言うと、少年たちは頷きで応える。
スタジオの中では、等身大の美少女人形の撮影が行われている。
フラッシュを浴びて豪奢なソファーに腰掛けているのは、淡く微かに紫味を帯びた白いドレスを纏った少女の人形。フェイクパールが散りばめられた、チュール地のスカートを透かしてか細い脚が見える。
入ってきた母子に、監督と思しき男性が少しだけ顔を向けると、母親は微笑みながら頭を下げる。黒い髭を生やした精悍な顔に一瞬笑みを浮かべたあと、その男性は再び「少女人形」に真剣な面差しを向けなおす。
少女人形? いや、しみ一つない無垢な肌と、整い過ぎるほどに整った幼い面差しがそう錯覚させただけで、そこにいるのは人形めいた可憐な少女。
長く濃い睫に縁取られた大きな目の中、湖よりも深い色を湛えた黒い瞳が輝く。
腰まで届くつややかな漆黒の髪が、白い肌と衣装の上をさらさらと流れる。
肘丈のグローブが、強く掴むと折れそうな腕の華奢さをより一層強調する。その腕に抱かれた、衣装に合わせたのであろう淡い紫の紫陽花の花束。監督からの声に従って少女が微笑むと、少女自体がその花の化身となった印象を受ける。
「きれい……」
先ほど入ってきた兄弟が、小さな声で歓声を漏らした。
長い撮影が続き、ようやく訪れた休憩の時間。
「パパー! スゴくきれいだった」
6歳と4歳くらいに見えるその兄弟がそう言って駆け寄ると、少女? は大きく手を広げて笑顔で二人を抱きかかえた。
「達也、睦月、来てくれてありがとう」
ピンク色のつややかな唇から、いとおしむような声が零れる。
可憐な美少女にしか見えない実の父親の姿を、目をキラキラと輝かせながら賛嘆する兄と、はにかむようにちらちらと視線を向ける弟。
「達也と睦月、大きくなったら何になりたいのかな?」
「僕ね! パパみたいにきれいな女の子になりたい!」
「ボクは……パパと結婚したい」
周囲の微笑ましい視線に見守れながら和気藹々と会話を続けてる最中、ふとそんな流れになった。
ぷっくりした唇にほっそりとした指を当て、戸惑ったように考える偽りの美少女。少しのあと、ぽんと手を合わせ、──顔見知りらしい母親と話しこんでいた──監督に頼み込んだ。
その、2時間くらい後。
「私の仕事場はどうだった?」
「すごかったー」
「あなた達も、すごく可愛かったよ。素質あるんじゃないかな?」
渡された3姉妹のような美少女たちの写真を兄はご満悦で眺め、弟はその写真のドレス姿のまま母親の背中でうとうと。
暖かな目に見送られ帰宅する一家の肖像を飲み込んで、スタジオのドアが閉じた。
最終更新:2013年04月28日 00:25