弟は幼な妻


-1-


 よっ、久しぶり! 忙しいところ、わざわざ呼びだしてスマン。
 だが、こんな事、お前くらいにしか相談できんからな。
 礼代わりに、ここの支払いは俺が持つから、何でも好きなモノ注文してくれ。

 さて、話を始める前一応、最初に言わせてくれ。
 「俺は、断じてホモでもショタでもない!」
 ……ないと思う。
 ……ないんじゃない、かな?

 三段活用的に自信がなくなっていくのには理由があって、近頃、気になってる(恋愛的な意味で)相手が、その……なんだ。
 あ! おいおい、顔色を変えて席を立つなって! 勘違いするなよ、お前が対象なワケないだろう。
 フゥ~、だが、幼馴染のお前が満更知らない相手でもないんだよ、コレが。

 あ、思い当たるフシがあるって顔してるな。うん、たぶん、ソレ正解。
 そう……よりにもよって、俺の大事な大事な弟の由理(よしのり)に、こんな感情を抱くようになっちまったんだよ!

 ──あれ? 何だ、お前、全然驚いてないな。むしろ「いまさらかよ」って言いたそうな顔して……あ、「まさにそう言うつもりだった」って?
 なんでだよ!
 そりゃあ、4年前、高校入った直後にウチの両親が事故で亡くなって以来、俺はあいつと二人、兄弟肩を寄せ合って暮らしてきたさ。そのなかで、俺が由理にやや過保護気味に大事にしてたことも、まぁ、認める。
 そして、由理が、まだ中学2年生だってのに、掃除やら洗濯やら家の中のことを、高卒で働いてる俺に代わってキッチリやってくれる、とてもいい子だってのも、コトあるごとに吹聴してたさ。
 だから、ブラコンの汚名はあえて受け入れよう。
 けど! それはあくまで、弟に対する兄としての愛情だよ!!


 そうだよ、そのはずなのに……あの日以来、俺の脳裡に「あの光景」が焼きついて離れないんだ!
 え? 「あの光景って何か」って?

 ──ふぅ~。仕方ない。呼びだして相談に乗ってもらってる手前、言わないワケにはいかんだろうしな。
 て言うか、大体お前にも責任の一端はあるんだぞ!

 何、面食らった顔してるんだよ。
 ほら、2年ほど前、俺がお前に相談したことがあっただろ。
 由理のヤツが……その、母親の服を着て密かに女装してるみたいだ、って。
 その時、お前は「まぁ、早くに母親を亡くして、家庭内に女性的な要素が乏しいぶん、それらを持ち出して代償行為で心の隙間を埋めてるんだろう。下手に騒ぎたてず、ソッとしといててやれ」って、アドバイスしただろう。

 だから、俺も「そーゆうモンか」と不承不承納得して、見て見ぬフリを決め込んできた。
 小学校卒業して以来、由理が髪の毛を伸ばしてるのにも、男女兼用っぽい……というか、明らかに女の子寄りの私服を買ってくるのにも、最近家ではコッソリ女物の下着を着てるらしいことにも、あえて何も言わなかったさ。
 最初は驚いたけど、近頃は「まぁ、似合ってるからいいか」と海のように広い気持ちでスルーできるようになってたし。

 ん? 何呆れた顔してんだ? 「極論過ぎ」? 「限度ってものがある」?
 ──まぁ、そう言われると、俺としても、ちょっと放任し過ぎたような気がしないでもない。

 と、ともかく! 最近では弟というより妹に近い感覚を由理に対して抱くようにはなってたけど、それだってあくまで「兄」としての感情だったんだよ!

 なのに……クソッ! 
 どうして、俺はあの夜、目を醒まして水を飲みに部屋を出ちまったんだ!

 ああ、お察しの通りさ。
 あの晩、すでに寝てるだろう由理を起こさないように、忍び足で廊下を歩いていた俺は、由理の部屋から声が漏れてることに気付いちまったんだ。
 もしかして、由理は悪い夢でも見てうなされてるのか!? ……そう思って、様子をうかがった俺のコトを誰も責められないだろ。
 けど、部屋の中では……。

  * * * 


 しばらく見ないうちに由理の部屋は、パステルピンクの壁紙やカーテンでコーディネートされ、キャラクター物のクッションやぬいぐるみなども複数置かれた、まるっきり「年頃の女の子の部屋」そのものになっていた。
 本棚に並べられた少女向け小説や少女マンガ、あるいはマガジンラックに綺麗にまとめられたティーン向けのファッション誌、さらに亡き母の寝室から移動させたらしい姿見などが、その雰囲気を助長している。

 「ふぁン……お、お兄ちゃぁん!」
 そして、その部屋の西側の隅、清潔そうな水色のシーツがかかったベッドの上で、寝間着姿の可憐な少女が、写真立てを手に、想い人の名を呼びつつ、オナニーに励んでいた。

 ──いや、「少女」ではない。
 背の半ばまで覆う綺麗な黒髪や華奢な手足、日焼けとは無縁そうな白い肌、何より校内美少女コンテストを開けばTOP10に入ること間違いなしの愛らしくも儚げな容貌の持ち主ではあったものの、ある部位が、誰が見ても美少女と言うであろう人物の性別を物語っていた。
 うっすらと透ける素材でできた薄桃色のベビードールからのぞく細い肩も、白いニーハイソックスに覆われた形の良い太腿も、それに続くムッチリしたヒップと対照的にキュッと締まったウェストも、すべてが「彼女」の性別を「思春期の少女」だと告げているのに。
 ただ1点、白と水色のストライプのショーツに覆われた「彼女」の股間の不自然な盛り上がりだけが、「彼女」が本当は「彼」であるという残酷な事実を証明していた。
 「好きィ……好きなのぉ……」
 けれど、その事実を誰よりも如実に知りながら、青年──「彼女」の兄であり、たった今、くるおしげに名を呼ばれた男性は、ドアの隙間から覗き見るその光景から目を離せなかった。
 「くふぅン……切ないよぉ~」
 今にも口づけんばかりに写真立て(おそらく青年の姿が写ったもの)に顔を近づけつつ、左手で自らの体の数少ない──ひょっとしたら唯一とも言ってよいかもしれない男の徴を、もどかしげに刺激するその姿は、とてつもなく淫らで……同時に真摯なものを感じさせる。

 青年は、我知らず唾を飲み込みながら、その光景から目が離せなくなっていすた。
 恋人を作る暇も、風俗店に通う金もなく、20歳前の若い性欲をもてあましているとは言え、どちらかと言うと青年は性的な欲求に淡白な方であった。
 しかし、今、自らの名前を呼ぶ「少女」(困ったコトに、本来の性別を知っているにも関わらず、そうとしか思えない)が、自慰に没頭する姿は、これまでに悪友らに見せられた、どんなエロ本やアダルトビデオの類いよりも、青年の欲望を強く揺さぶった。

 ──このまま此処で見ていたら、自分は取り返しのつかない行為(こと)をしてしまうのではないか?

 その懸念と躊躇いに押されて、何とか視線を部屋の中からもぎ離した青年は、当初の「水を飲む」という目的も果たさず自らの寝室にとって返し、ベッドに入って、すべてを忘れようとキツく目を閉じた。

 ──無論、それは無駄な努力であり、悶々とした挙句、ようやく陥ちたその夜の夢の中で、青年は、「少女」の身体を思うままに貪り蹂躙することになるのだが。


-2-


 ──ヒィック!
 お~、すまんスマン。ちょっと急ピッチで飲み過ぎたな。
 いやぁ、なんつーか、「酒! 飲まずにはいられないッ!!」て気分だったもんで。

 え? 「その翌日はどうなったのか」?

 ……あ~、そうだな。ここまで相談に乗ってもらった以上、キッチリ話しておくべきだよな。

  * * * 

 妹……もとい、弟である由理の"痴態"を目撃した夜の翌朝、当然のことながら兄である青年──安藤浩之は、睡眠不足の冴えない頭で目を覚ますハメになった。
 「あんな夢」を見たため、朝起きた時、慌てて布団をめくってみたところ、幸いにして"液漏れ"はしていなかったのが救いだろう。これで、万が一、パンツの中がガビガビになっていたりしたら、ヘソを噛んで死にたい気分になったに違いない。

 「おはよ、お兄ちゃん♪」
 ボーッとした頭のまま、パジャマ姿で台所へと移動した浩之は、こちらはビックリする程清々しい雰囲気の(まぁ、理由は見当がつくが)由理の笑顔に迎えられた。
 数年前から安藤家の台所(というか家事全般)を掌握している由理は、今朝も朝食の準備をしていてくれたらしい。
 「お、おぅ、おはよう、由理。今日も早いな。日曜日くらいゆっくり寝てればいいのに」

 ザックリとした白いセーターと、最近はもはや隠すこともなくなったスカート姿(今日はふくらはぎ丈のライトグレーの三段ティアードスカート)の上から、フリル満載のエプロンを着け、おたまを手にしたたその姿は、まさに"幼な妻"という形容がふさわしい。
 艶やかなストレートロングの黒髪をきれいに梳かし、家事の邪魔にならないよう首の後ろでエプロンと同じ色合いのリボンで結んでいるのも、清楚で非常に似合っていた。

 「うん。でも、お兄ちゃんには、手料理を食べて欲しいから……」
 嗚呼、なんと健気なコなのだろう!
 これが本当に"妹"ならば、「今時珍しいほど、よくできた娘に育って、兄貴、感激!」で済む話なのだが、このプリティーガールの生物学的性別が♂であることが、浩之の心中に戸惑いと躊躇いと言い知れぬ感情を引き起こしてしまうのだ。


 それでも、その頑張りを褒めてやりたくて、浩之は何とか言葉を探す。
 「ああ、いつもありがとう──由理は将来いいお嫁さんになりそうだな」
 口に出したときは違和感がなかったものの、次の瞬間、盛大な後悔に苛まれる。
 (何、バカなこと言ってるんだ俺は!)
 常識的に考えれば、男のコである由理が「お嫁さん」になる可能性なぞ、0に等しいはずなのだ。

 しかし……。
 「え、ホント!? 本当に、そう思う、お兄ちゃん?」 
 思いがけないほど真剣な目で由理にその言葉に食いつかれては、浩之としても「さっきのはちょっとしたジョークだ」と流すことができなくなる。
 「あ、うん、まぁ、少なくとも、俺はそう思うぞ」
 仕方なく、「あくまで一般的な評価ではなく、個人的な印象だよー」という方向に軌道修正して、何とかこの場をやり過ごそうとしたのだが……この場に限って言えば、コレはトンデモない悪手だった。
 「お兄ちゃん……うれしぃよぉ(うるうる)」
 いや、むしろクリティカル過ぎたと言うべきか。頬を赤らめ、情熱的な潤んだ目で極上の「美少女」に見つめられては、昨晩のこともあって、浩之も平静を装いきれない。

 「あー、その、なんだ。きょ、今日の午後は何か予定があるか、由理?」
 こういう場面に慣れていない悲しさで、とにかく新たな話題で、浩之は気まずい場面を乗り切ろうとする。
 「え? あ、うん。お洗濯して、お庭とか玄関とかのお掃除したら、とくに何もないけど……」
 唐突な話題転換に戸惑ったのか、「いや~んな雰囲気」が霧散する由理。
 「だったら、久しぶりにふたりで出かけてみないか? 名波町にできたテーマパークの無料券を、会社の先輩にもらったんだが……」
 「! いくッ、行きたい!!」
 無邪気な笑顔になる由理を見て、浩之は「ああ、やっぱり、まだまだ子供だよな」とほのぼのした気分になった。

 「よーし、じゃあ11時に出発だ。早く終わるように、掃除は俺も手伝うぞ」
 「うん、それじゃあ、お兄ちゃんにはお風呂掃除、頼んでいい?」
 「よしきた、任しとけ。ピカピカにしてやる」
 おどけて腕まくりしつつ、内心「ウンウン、これが正しい、兄弟の休日の過ごし方だよな」と満足げに頷く浩之だったが……。
 「ルンルンルン♪ おにーちゃんとおーでかけ、ゆーえんちデ~ト♪」
 うれしそうに鼻歌を歌いながら、洗い物を始めた由理を見て愕然とする。
 (し、しまった……もしかして、俺、墓穴を掘った?)
 無論、シスコンもといブラコンな浩之に、「おでかけ」を中止するという選択肢は思いついても選べないのだった。


  * * * 

 ん? ああ、もちろん、その日はふたりで有栖川ファンシーランドに行ったぞ。
 あんなに楽しみにしてる由理の期待を裏切るわけにはいかんだろーが。

 外出時の由理の服装か? うーん、確か……水色のブラウスに白いアンゴラのカーディガンを羽織って、ボトムはちょっとAKBっぽい赤いチェックのミニスカートだった、かな? 
 足には薄手の黒いストッキングを履いて、靴はスエードのロングブーツだったな。結構ヒールがあるのに綺麗な足取りで歩いてるから、ちょっと感心した覚えがある。
 髪型は、いつもみたく下ろして自然に流しつつ、前髪には白いレース飾りのあるカチューシャをはめてたな。由理のキューティクルつやつやの黒髪との対比で、よく似合ってたぞ。
 いまにして思えば、うっすらとだけど化粧もしてたのかもな。唇がいつもより鮮やかな桜色だった気がするし……。

 え? 「なんでそんな細かいトコロまで気が付いたのか」?
 そりゃ、お前……えーと、なんでだろう。
 い、いや違うぞ! 断じて「唇柔らかそーだなー」とか「アレにキスしたらどんな感触なんだろーなぁ」とか思って、凝視してたワケじゃないんだからな!

-3-


 ああ、ファンシーランドに行ったあとの話か?
 そりゃ、お前、フツーにデートしたに決まってるだろ。
 「デートの相手が弟という時点で普通じゃない」? ご、ごもっとも。

 そ、それはともかく! まぁ、なんだ。その名の通りどれもリリカル&メルヘンチックにデコレーションされた乗り物──ジェットコースターだのメリーゴーランドだのコーヒーカップだの観覧車だりのに、ふたりでいろいろ乗ったこのは確かだな。

 え? お化け屋敷か? 一応入ったぞ。もっとも、由理が恐がって、ずっと俺にしがみついたままだったから、アイツの身体の体温とかいい匂いだとかに気を取られて、俺は恐怖を感じる余地もなかったんだけどな。

 あと……お互いのクレープをひと口ずつかじったり、トリプル盛りにしたアイスをつまづきかけて落っことした由理に、俺の分を食べさせてやったりしたのも、兄妹、もとい兄弟ならではのお約束だよな。
 「──どう見てもバカップルです、本当にありがとうございました」?
 な……それくらい、仲の良い兄弟なら普通にやるだろ!

 「それで、遊園地から帰った日の夜は!?」って? いや、別に何も……なに、も……。

  * * * 

 「ふぅ……まいったなぁ」
 午後10時過ぎ。居間のこたつで、(二十歳の誕生日はまだ2ヵ月程先なのに)貰い物のウィスキーをチビチビとロックで飲みながら、浩之は、今日の由理との"デート"でのことを思い出し、深い溜め息をついた。
 楽しくなかったワケではない。むしろ、逆だ。今まで、どんな友人(女友達含む)と行ったどんな場所よりも楽しかったのだ。
 それだけではない。
 今日一日、由理のことを考えなかった時間はほぼないと言っていいくらい、彼の関心は"彼女"へと向かっていた。
 (あ~、認めたくはないが、認めざるを得ないか……)
 自分が、妹みたいな弟に夢中であることを──恋愛的な意味も含めて。
 「どーしたもんかねぇ」
 幸か不幸か、昨夜の"秘め事"を見る限りでは、「両想い」とも言えるのだが……。
 しかし、ココで自分からそんな茨の道へ踏み込んでよいものだろうか? 由理のことを思えば、自分の気持ちをグッと堪えて、まともな道に引き戻してやるべきではないか?
 なにせ、相手は、「血を分けた肉親」かつ「同性」なのだ。せめてどちらかなら、彼も躊躇いを振りきれただろうが、そうするには流石に業が深すぎた。


 「──ま、ココでうだうだ悩んでても、答えは出ねぇよな」
 思い切って由理と腹を割って話しあってみるべきかと、グラスに残った酒を一気に飲み干して立ち上がる浩之。
 思い立ったが吉日と、その足で2階に上がり、弟の部屋を訪ねる。アルコールのせいか、普段のより少々短絡的になっているようだが……。

 「おーい、由理ぃ、ちょっと話したい、ことが……」
 一度あることは二度あるとはよく言ったもので、彼の最愛の偽妹(おとうと)は、パールピンクのブラ&ショーツに太腿までの黒ストのみというあられもない格好で、ベッドの上にいた。
 「──ふぇ? お、にぃ、ちゃん?」
 しかも、左手で自らの右の乳首を摘みつつ、右手をショーツの中、それも前ではなく明らかに尻の方から忍び込ませ、"どこか"を弄って快感を得ているようで、トロンと蕩けた目で呆けたように、兄の顔を見返す。

 ──プツン!

 あまりに唐突に度を超えて扇情的な場面に遭遇すると、人間、驚くとか慌てる以前に、自制心のタガとか枷とか言われるものが見事に破壊されるということを、浩之は己が身を持って知ることになる。

 「由理ぃ!!」
 由理が事情を完全に把握する前に、伝説のルパンダイブもかくやというすさまじい勢いで、浩之はドアから一足飛びにベッドの前に移動して、そのままの偽妹(おとうと)の華奢な肢体を抱きしめ、唇を奪う。
 「ふぐッ! ……んん♪」
 最初こそ目を見開いて身体を強張らせていたものの、すぐに目の前にいるのが兄の浩之であることに気付いたのか、途中からは"彼女"も積極的に唇を押しつけてくる。

 「──ッはぁ……」
 やがて、ふたり唇が一時離れ、唾液の糸が由理の口元から垂れ下がった。
 「ん……おにぃちゃんのつば……」
 それすらこぼすのがもったいないとでも言うように、赤い舌ペロリと唇を舐める様子を見て、浩之は我に返った。

 「ご、こめん、由理! だが、あんまりお前かが可愛過ぎて、つい……って、言い訳だな、こりゃ。本当にすまなかった。許してくれ」
 「ううん、大丈夫だよお……だって……ボクもお兄ちゃんのことが……大好きだから」
 !
 立ち聞きなどで知ってはいたが、面と向かって言われると破壊力が段違いだ。
 「ああ、俺も、由理が好きだよ」
 浩之は由理を抱きしめる。小さくて可愛い、妹そのものな弟を。


 「なぁ、由理(よしのり)……いや、ユリ。俺の恋人になりたいか?」
 「う、うんっ。なりたい……なりたいよ!」
 愛しい人のその返事を聞いて、浩之の覚悟が決まった。
 「よし。じゃあ……恋人同士でする気持ちいいこと、しような」
 浩之は、そのまま右手を下着姿の由理のお腹から下腹部、さらに両腿の間へと滑らせた。
 そのまま、前面の"盛り上がり"にかすめるようにして、薄桃色のショーツを引き下ろす。
 「きゃん!」
 ショーツの中から現れた親指ほどの小さめの強張りの、わざと先を避けて根元近くを優しくしごく。たちまち、由理の牡芯は、ピンと尖ったその先端からヌルヌルとした液体を分泌し始めた。
 「おお、すごいな、ユリ。お前のココ、まるで女の子のアソコみたいにビショビショに濡れてるぞ」
 思わず、そんな言葉が口をついて出る。
 「お、お兄ちゃん……恥ずかしいよぅ。それにちょっと痛いかも」
 「ああ……悪い。ちょっとがっつき過ぎたな」
 慌てて手を緩める。
 「あはっ、でも、ボク嬉しい。お兄ちゃん、ホントにボクのこと、求めてくれてるんだ」
 どんなに女の子の格好をしても、自分は本物の女の子じゃないから──由理が面と向かって浩之に想いを打ち明けなかった理由も、まさにそこにあった。
 もし、"彼女"が本物の妹だったなら、血のつながりも気にすることなく、早々に兄のベッドに夜這いを仕掛けていたに違いない。
 しかし、"彼女"は生物的には紛れもなく♂で、また、兄の性的嗜好が極めてノーマルなものであることも重々承知していた。故にその想いを胸に秘め(まぁ、時々自慰などで発散はしていたが)、一生打ち明けることはないと思っていたのだ。
 それなのに、今こうして男の徴を前にしても、兄は怯むことなく自分のことを"ユリ"と呼び、愛してくれている。

 「当り前だろ」
 浩之は勃起している自らの分身を、スラックスの上からそっと由理に触れさせる。
 「きゃっ! お、お兄ちゃんのオチンチン……カチカチになってるぅ」
 悲鳴とは裏腹に、由理の目には嬉しそうな光が踊っていた。
 それを見た浩之の中でも、心のどこかのスイッチが切り変わったような気がした。そう、誰よりも大切で、目の中に入れても痛くないほど可愛いと思っている、この大事な"妹"を、いぢめてやりたいというSっ気のようなものが、顔を出し始めたのだ。
 「へぇ……いやらしい娘だな、ユリは。女の子なのにオチンチンだなんて平気で口にするなんて」
 「あ……ご、ごめんなさいぃ……だって、お兄ちゃんに、女の子として見てもらってるって思ったら、なんだか頭がふわふわしちゃったの」
 なんてコトを、愛する"少女"に夢見るような眼差しで言われてはたまらない。
 浩之は無言でスラックスを下ろし、カチカチに勃起した自らの分身をトランクスから取り出し、剥き出しにした。
 「あぁ……お兄ちゃんのオチンチンだぁ」
 「ああ、ユリのせいでこんなに勃起しちゃったよ」
 浩之はべッドに腰掛けて、由理にその次の行動を任せた。由理は、恐る恐るといった風情で浩之のペニスを触ってくる。拙い指使いだったが、最愛の"偽妹"に「して」もらえるというだけで、浩之の鼓動と興奮が加速する。


 しかし、彼はさらなるステップに進むことを選んだ。
 「ユリ……手の次は、どこで何すればいいか、分かるよな?」
 無言のまま、コクンと頷くと、由理は浩之の両脚の間に脆く。
 「フッ……じゃあ、エッチなユリに、俺のチ●ポの世話をお任せしようかな」
 「はい、お兄ちゃん。ボクが責任をもって、お兄ちゃんの……ち、チンチンをお鎮めします」
 恥ずかしそうにそう言うと、由理は□を開いて舌を突き出し、浩之のペニスの先端からゆっくりと舐め始めた。根元までたどり着いたところで、思い切って口の中に含む。
 「ああ……いいぞ……ユリの口の中、熱くてヌルヌルで、すごくいい……クッ!」
 年上ぶって余裕は見せてはいるものの、浩之とてさして性経験豊富なわけでもない。たちまち射精してしまいそうな快感に襲われ、慌てていったん離れさせる。
 「ユリにばかりしてもらうのも悪いからな。恋人なら、お互いに気持よくさせないと。──というわけで、ユリのおっぱい、いじっちゃうぞ!」
 「あっ! だ、ダメだよぉ……ああン!」    ゛
 ブラジャーの下から手を差し入れ、勃起している小さな突起を探し出すと、浩之はソコを中心に指を這わせる。
 「ふぁっ! お、お兄ちゃぁん……い……いいいよぉ! おっぱいぃ……気持ちいいよぉ」
 オナニーなどで自分でも弄ってはいたのだろうが、他の人間(しかも最愛の兄)にソコを刺激された由理は、いつもとは段違いの快感に悶える。

 そんな由理を見ているだけで、浩之の内に溜まった欲望も、徐々にヒートアップしていく。
 (ああ、ユリ……こんなに可愛く感じるなんて……。最後の一線は越えないつもりだったけど、もー無理! 俺は、この子を犯す! 犯して、ユリを俺の女にしてやる!)

 間もなく、ビクンと身体を強張らせ、男の徴を出すことなく軽くイッたらしい由理の頬に、浩之は優しく口づけした。
 「あぁっ、お兄ちゃん……恥ずかしい……」
 イッた所を見られて恥じらう由理の様子は、股間の突起を差し引いても、まるっきり女の子そのものだ。

 「ははっ……ユリは可愛いなぁ」
 浩之は微笑いながら、由理の胸のブラジャーを外し、思春期のホルモンバランスのせいか、ほのかに膨らみがあるように見える由理の胸を、両掌で撫でていく。
 ゆっくりと円弧を描くような手の動きが、時折乳首に触れるたび、由理は身体をブルッと震わせた。
 「おっぱいで、こんなに感じちゃうなんて……やっぱり、ユリは女の子になるほうが正解だよな」
 「やぁ……やだ、言わないで……」
 真っ赤になって顔を両手で覆って恥じらう由理。
 しかし、浩之は、「追撃」の手を休めず、次の瞬間、由理の胸に唇を当てた!
 「ひあぁぁぁッ!!」
 "偽妹"の悲鳴を聞き流して、舌で丁寧に乳首をほじりながら、吸っていく。
 「で、ユリはどうなんだ? 女の子になりたくないのか?」
 「ひぁッ……う、うんっ……は、恥ずかしいけれどぉ、ボク……わたし、女の子になりたいッ! お兄ちゃん、ユリを女の子にしてッ!」


 「了承! じゃあ……ユリのバージン、もらうよ」
 浩之は由理のかわいらしいソコの先端からとめどなく溢れる液体を指先にすくいとり、白桃のようなみずみずしい尻丘の間の小さな蕾に、丁寧に塗りつけていく。
 「やぁッ……そんな……こそばゆいよぉ」
 「ちょっと我慢してくれ。キチンと準備しとかないと、痛い思いするのはユリだからな」
 「ああっ……いい、ちょっとくらい痛くても、我慢する。お兄ちゃんに早くシてほしいの」
 息も絶え絶えに懇願する由理の目をキチンと覗き込みながら、浩之は諭す。
 「俺が、大事な大事なユリに、傷つけたくないんだ。初めての時が痛いだけなんて、嫌だろう?」
 「……うん、わかった。お願いします、お兄ちゃん」
 俺に任せると決めたせいか、余分な力が抜けた由理の足を浩之は持ち上げ……由理の蕾孔の入り口に浅く指を差し込んでは、軽く抜き差しして、広げていく。
 「ユリのここ……綺麗な色してて、可愛いよ」
 2本の指も飲み込めるようになったソコ、軽く息を吹きかける。
 「ひゃっ! も、もぅ……恥ずかしいよお! お兄ちゃん、本当に、大丈夫だから、そろそろ……」
 「オッケー、じゃあ……イクぞ」

 浩之は由理にキスし、舌を"彼女"の舌と絡めながら、ゆっくりと己が分身を、由理の肛蕾へと侵入開始させる。
 「ああっ……お、お兄ちゃんの……お、オチンチン……入ってる……入ってきてるよぉ!」
 兄の雄の器官が、"偽妹"の秘部を、こじ開けていく。
 ひと呼吸おいたのち、浩之は由理の小さな肩に手を置き……そして腰を一気に進めた!
 小さな蕾が花びらへと開花し……ついに、浩之の分身は由理の体奥へと入っていた。
 「はっ、はっ、はっ……ゆ、ユリ……は、入ったぞ……オマエの体内(なか)に」
 「う、うん……わかるよ……お兄ちゃんが、ボクの胎内にいるのがわかる」
 痛みか、あるいは悦びか、目尻から一筋の涙をながら、由理が問う。 
 「これで、ボク、本当に女の子に……お兄ちゃんの"恋人(おんな)"になれたんだよね?」
 あまりにけなげで、かついとおしい"偽妹"の言葉に、浩之の中の愛と欲望がオーバーフローして、溢れだす。
 「ああ、ああ、そうとも! お前は……ユリは、俺の、世界で一番大切な、妹で恋人だッ!」
 「ぅあ……お、お兄ちゃんの、お、オチンチンが……ボクの中で、おっきくなってる……」
 由理の声には、苦悶と歓喜が同時に宿っていた。
 その証拠に、由理自身の股間の突起がピンと堅く立ち上がり、精一杯その存在を主張している。
 「早速感じているんだな、ユリ……いやらしい子だ」
 「ああっ、ダメ、見ないで……お兄ちゃん、ボクのソコ、見ないでぇ!」
 軽蔑されると思ったのか、わずかにパニクる由理に、しかし浩之は優しくいいきかせる。


 「だいじょうぶ、大事な大事なユリを嫌いになったりしないよ。いつもの礼儀正しくて甲斐甲斐しいユリも大好きだけど……俺の腕の中では、エッチでいやらしくて、俺のチンチンが感じまくっちゃう、雌猫みたいなオンナノコでいていいんだ。だって、ユリは俺の恋人だろう?」
 「い、いーの? ホントにいいの? ボクいやらしいコになっちゃうけど、愛してくれる?」
 「ああ、もちろん」
 上目遣いになってすがりつく由理に微笑みかけながら……浩之はどこか怪しい目付きで言葉を続ける。
 「だから、安心して、よがりまくろうな、ユリ」

 ──ズンッ!
 「あひぃンッ!!」
 その言葉とともに、性急なテンポで体内に打ち込まれ始めた浩之のイチモツの刺激に、1オクターブ高い悲鳴をあげる由理。
 しかし、一見、乱暴に見えてもしっかり愛する恋人(ひと)の身を考えているのか、逸物の先端は絶妙なスポットを断続的に刺激し、たちまち由理の悲鳴は艶っぽい嬌声へと変わる。
 「お……お兄ちゃん……もっと……もっとシて!」
 いつしか、その声はさらなる快楽を望む懇願へと変わっていた。
 「ああ、やってやる……やってやるとも!」
 じゅぶじゅぶと湿った粘膜同士が擦れ合う音と、浩之の腰が由理の尻にブツかるパンパンと小気味よい音、そして言葉にならない由理の喘ぎが、しばしの間、部屋を満たす。
 急かされるように浩之はさらにピッチを速める。
 由理は、浩之の欲望を、その華奢な身体で必死になって受け止め、受け入れていた。
 「ユリ、苦しく……ないか?」
 「んんっ……ちょ、ちょっと……痛いけれど……お兄ちゃんと……繋がってるって……思うと……どんどん……感じてきちゃうからへーき」
 嗚呼、なんと可愛いコトを言ってくれるのか、愛しいこの子は。
 ついに限界に達した浩之は、いよいよ由理の中に出すことにした。
 「クッ………ユリぃ……ソロソロ、俺も……イッていいか? ユリの中で……イキたいんだ」
 「い、いいよぉ…………お兄ちゃん、イッて……お兄ちゃんが出したモノ、ボクが胎内でぜんぶ、うけとめてあげるから」

 愛する偽妹(おとうと)を、最愛の恋人(おんな)として、
 思いっきり抱きしめ、犯し、貪り、感じさせる悦び。
 ──ああ……それは、なんたる最高の快楽か!

 「くっ……頼む! ユリ、中に出すぞ!」

 ──どびゅッ! どぶどぶっ……びゅくっ! びゅっ! びゅっ!! びゅっ!!!

 「あっ……熱ぅい……ホントに出てる……お兄ちゃんのせーえき、出てるぅ……あぁぁぁボクぅ……ボクぅ………こんなに出されたら、に、妊娠しちゃうよぉ……あっ、あっ、あっ、ぼ、ボクもイッちゃう……イツちゃうよおおっ!!」


 * * * 

 あ、いや、な、なんでもないぞ。
 「顔色が悪い」? 「どこか具合でも悪いのか」って?
 あ~、うん、まぁ、何と言うか……未来と将来の具合が、ちょっとな。

(……やべぇ。
 道理で、あの翌日から、由理が上機嫌かつ、俺にベタベタ甘えてくるはずだ。
 いくら多少酔ってたとは言え、どーして今の今まで忘れてたんだ、俺?
 いや、酔いつぶれた挙句の夢オチという線も……)

 え? 「此処の払いはいいから、早く帰って寝ろ」?
 ──すまん、恩に着る。この埋め合わせは必ずするから!

-4-


 日下部雄馬がその手紙を受け取った時、彼の中学時代からのクサレ縁の悪友・安藤浩之が、住んでいた家から家族ごと何も言わずに姿を消してから、すでに半年近くの月日が経過していた。

『であ・まい・ふれんど
 すまん。バタバタしていて、すっかり連絡が遅くなった。
 今は、N県の猪狩沢という場所で、ボチボチやってる。
 よかったら、一度遊びに来てくれるとうれしい。
 住所は……』


 「あら、雄馬お兄様、そんなに慌てて、こんな早くからどちらへ行かれますの?」
 普段は軽妙洒脱で温厚な義兄が、珍しく不機嫌さを全面に出した表情のまま、ボストンバッグ片手に玄関で靴を履いているのを見て、義妹の柚季は目を丸くした。
 「ゆきか……すまないが、今日の午後、買い物につきあう話、あれ、明日の日曜にしてもらっていいか?」
 いささか頭に血が昇っていた雄馬だが、義理の妹にして最愛の恋人たる少女と言葉を交わしたことで、彼女と昨晩夕飯の席でした約束をからくも思い出したようだ。
 「ええ、それは構いませんけど……何か急用ですか?」
 「ああ、まぁな──ちょっと、バカをぶん殴ってくる!」

  * * *  

 「……で、その結果がコレかよ」
 まさか、休日に家で昼飯食ってまったりしてたところにピンポンラッシュを受けて、てっきり近所の子供の悪戯だろうから叱ってやろう……と、ドアを開けた瞬間、久しぶりに会った親友にはったおされるとは思ってもみなかったぜ。
 「やかましい! 人がどんだけ心配したと思ってんだ、まったく」
 ギロリと恐い目でこちらを睨む、その親友様。
 まぁ、それだけ俺達の身を案じていてくれたということだろうから、この一撃は甘んじて受けとこう。


 「さぁ、キリキリ説明してもらおうか。なんで、お前さんたち、唐突にいなくなったんだよ。──やっぱ、ふたりの関係が近所にバレて、気まずくなったのか?」
 「? 何の話だ?」
 「いや、だってお前……以前、俺に由理くんとの関係(コト)について、悩んで相談もちかけてきただろうが」
 あ~、そういや、あの頃、こいつにユリとのことで、相談というか愚痴聞いてもらったんだっけか。
 「す、すまん。ぶっちゃけ、ソレとは全然関係ない。単なる俺の会社の都合で、こちらの営業所に空いた穴埋めるために転勤になっただけなんだわ」
 このアパートも、会社が借り上げてくれた社宅みたいなモンだし。
 「…………は?」
 まぁ、確かに、電話とかで連絡しなかったのはこっちのミスだけどな。
 「家電はともかく、ケータイもつながらなかったぞ?」
 「あ、キャリア変えたとき、一緒に番号も変えたんだ。でも、会社に問い合わせてくれりゃあ、一発で転勤のことはわかったはずなんだけどな」
 「前に、名刺渡しただろ?」と言うと、親友の雄馬はバツの悪そうな表情を浮かべた。
 大方、仕事も辞めてどっかに逃避行に入ったとでも思いこんで、会社に電話することなんて思いつかなかったのだろう。コイツ、頭いいのに時々ヌケてるからなぁ。

 「ん、んんっ……コホン。まぁ、それはともかく。無事にやってるなら何よりだ。それで、ヨシノリくんの方も元気なのか? 確か、この春中学卒業したはずだろ?」
 あ~、そっか。コイツには例のコトも言ってなかったっけ。
 「おーい、ユリ!」
 「はい、浩之さん……もうお話はよろしいんですか?」
 俺の呼び掛けに応えて、替えのお茶の入った湯呑が乗った丸盆を手に、居間に入って来た"少女"を見て、雄馬のヤツが恐縮してる。
 「あ、すみません、お邪魔してます…………ぉぃ、恋人(かのじょ)が来てるんなら、そう言ってくれ。流石に俺も気を使ったのに」
 後半部分をこっそり小声で言うあたり、ホントに女にはマメな奴だよなぁ。
 「いや、恋人っつーか……嫁さんだし」
 「嫁!?」
 「あ、籍は入れてないから"内縁の妻"って言う方が正確か」
 「妻!?」
 面白い程素直に驚愕を示してくれる雄馬。いや、半分はネタと言うかワザとなんだろうけど。


 「おいおい、そりゃあ日本の民法上は女は16歳になったら結婚できるとは言え、いつの間に、こんな美少女をたぶらか……んん?」
 言いかけてふと眉を寄せている。
 お、さすがに気付いたか。
 「──もしかして……この子、ヨシノリくんか?」
 「あはは、正解だ」
 艶やかな黒髪を自然な感じにブロウして肩甲骨の上あたりでリボンでまとめ、軽くナチュラルメイクして優しく微笑むコイツのことは、知らない人が見たら(身内の欲目を抜きにしても)、まず間違いなく「16、7歳くらいの清楚な女の子」と見なすはずだ。
 両肩が出るタイプのサーモンピンクのニットの長袖カットソーとダークレッドのデニムのミディスカートの上から、白に近いピンクのエプロンを着けたその姿は、やや年齢が若すぎる点を除けば、絵に描いたような「新妻スタイル」と言える。
 ただ、雄馬の場合は、何度かまだ男の格好してた由理に会ったことがあるのと、俺が以前相談を持ちかけたことで気が付いたのだろう。

 「はぁ……なるほど。ついに開き直ったんだな」
 ガクリと肩を落とす親友に、少しだけ真剣な声色で尋ねる。
 「──軽蔑したか?」
 「いんや。第一、俺だって他人のコトを言えるほどご立派な身の上じゃないし」
 ……ああ、そういやコイツ、親同士の再婚でできた義妹と恋仲になって、婚約してるんだっけ。
 「そーだよなぁ。義理の妹の女子中学生押し倒した現場を親御さんに見られた揚句、なし崩し的に婚約したお前さんが、倫理云々は言えんよなぁ」
 「フッ、甘いな。当時のアイツは、まだ1●歳だったぞ」
 「ちょ、おま……それ犯罪!」
 本人同士の合意があろうと、親の許可が得られようと、法律的に●学生とのセ●クスはマズいだろーが!
 「HAHAHA! 過去にこだわるのは止めにしようぜ。それはともかく──要は、お前さんたちは、此処では事実上「夫婦」として暮らしてるんだな」
 「ああ。ご近所に挨拶に行った時も、わざとそうだと誤解させるような言動をとったしな」
 おままごとと笑われるかもしれないが、昔からの俺達のことを誰も知らない、この場所ならソレが可能だと思ったんだ。
 「──いいんじゃないか。別段、誰に迷惑かけてるワケでもないんだし。式は……してないよな?」
 流石にそこまでは、な。金銭的には内々のごくささやかな式くらいなら、できるだけの余裕はないでもないが、さすがに同性婚(しかも兄弟同士)を引き受けてくれる会場は、なかなかないし。
 「そっちについては、心あたりがひとつある。で、ヨシノリ……いや、ユリちゃんはどうなんだい? やっぱウェディングドレスを着た花嫁さんって、「女の子」として憧れるんじゃないかな?」
 さっき聞いたばかりなのに、早くも由理のことを「ユリ」という女の子として扱ってるあたり、こいつの頭の柔軟さはハンパないなぁ。
 「え、その……は、はい。正直言うと、少しだけ」
 エプロンの裾を弄ってもぢもぢとしながらも、控えめに素直な気持ちを吐露するユリ。いや、俺の方に上目遣いに投げて来る視線に籠った熱意は、断じて「少しだけ」ってモンじゃなかったけどな。
 「お前さえよければ、俺のほうで手配つけてやるけど、どうする?」
 雄馬がそう言ってくれたんで、俺も腹をくくった。
 愛しい愛しい妻(おとうと)のささやかな願いくらい、叶えてやるのが夫(あに)の甲斐性だよな!


  * * *

 かくして、ふたりの兄弟にして夫婦たるカップルは、とある水無月末の吉日に華燭の典(というにはいささかささやかな規模だが)を挙げる運びとなる。

 「まさか、ボクがお兄ちゃん……ううん、私が浩之さんと結婚式を挙げられる日が来るなんて」
 控室で、純白のウエディングドレスを身に纏い、ほんのり幸せ色に頬を上気させたユリが、わずかに涙ぐみながらそんなコトを言う。
 「あらあら、嬉し涙にしてもまだ少し早いですわよ。こんな素敵な方と結婚される殿方は幸せですね」
 兄の縁でブライズメイドを務めることになった白いドレス姿の柚季が、優しく花嫁をなだめる。
 「ユリさん、とってもキレイ……」
 雄馬と柚季の妹である好実も、姉とお揃いのドレスを着て、いっしょにブライズメイドを務めるようだ。
 「ぐす……ふふ、ありがと。柚季さんのような美人や、好実ちゃんみたいな可愛い子に、そう言ってもらえると、ちょっとだけ自信ができました」
 ちなみに、この3人は、それぞれ1学年違い(ユリは高校に通っていないが)で、年が近いこともあってか、会ってすぐに打ち解けた。友人が少ない(というより現状ほぼ皆無な)ユリにとっては、貴重な「女友達」と言えるだろう。

 「さぁ、時間ですよ」
 形式上の仲人は雄馬たちの両親である日下部夫妻が担当している。つくづくこの一家には足を向けて寝られない……と、歳の割に大人びた感慨をユリが抱くのは、すでにいっぱしの"主婦"をしているからだろうか。
 ふたりのブライズメイドを露払いに、父親の代役の日下部氏に付き添われて、小さなチャペル(じつは柚季や好実が通う学園の付属施設だ)のバージンロードを、しずしずと進むユリ。
 祭壇の前には、アッシャーとベストマンを兼ねる雄馬と、本日の主役の片割れである新郎・浩之が、柄にもなく緊張した顔つきで佇んでいる。

 「──新婦、安藤ユリ。貴方は、その健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
 「誓います」
 聖書の朗読から指輪の交換、結婚署名、結婚宣言に至るまで、つつがなく式典は進行する。

 そして、わずか10人足らずとは言え観衆の見守るなかで、頭に被った薄絹のベールを上げて、浩之にキスされた時、これまでに、もっとスゴい(エロい)ことをベッドその他で色々されているにも関わらず、ユリはたとえようもない歓喜を感じた。
 (嗚呼、私、これで本当にお兄ちゃんのお嫁さんになれたんだ……)


 たとえ日本の法律が何と言おうと、今日この日集まってくれたこの人々は、自分たちの仲を認め、祝福してくれる。
 それだけで、ユリはこれから「私は、安藤浩之(おにいちゃん)の妻のユリです!」と、胸を張って言いきれる気がしていた。

 「──お兄ちゃん」
 チャペルの入り口から出るライスシャワーの直前、敢えて名前ではなくかつての呼び方で、良人(おっと)となった男性に呼び掛けるユリ。
 「ん? なんだ?」
 「幸せに、なろうね」
 「ああ、もちろんだ」
 互いの目を見つめ合い、満面の笑みを浮かべるふたり。

 そして、幼妻(はなよめ)の投げたブーケが、六月の蒼い空に舞うのだった。

 -おしまい-

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最終更新:2013年04月28日 00:50