『瀬野家の人々』 雅明くんの春休みA 2013/03/16(土)


「なんていうのかな。運命の出会いだと思ったんだ」
 やたらにしつこいナンパだった。
 おまけに少し電波まで入っていた。
「……ねえ。返事してよ。オレ、そんなに気に喰わない? 名前だけでも教えてってば。君みたいな可愛いコ、是非カノジョにしたいんだ」

 これまで何人かナンパがきたけど、俺が黙って何も反応しないでいると去っていった。
 なのに、なんでコイツだけはこんなにしつこいんだろう。
 温かい喫茶店から、この状況を(多分)ニヤニヤして見ているだろう俊也が恨めしい。

 今の俺は約10年ぶりの甘ロリ姿。
 172cmの身長に3cmの厚底靴、メイクはギャル系というんだろうか派手目な感じ。衣装は白とピンクのフリル満載と、客観的に見ればどこのちんどん屋かと思いそうな姿なはずだが。

 このナンパ男の「美人!」「綺麗!」「可愛い!」連呼を聞いているとその気になってしまいそうなのが怖い。
 自分や身内の「可愛い」評価なんて当てにならないものだけに、その客観的? な感想に唇がほころびそうになっている自分が嫌だった。

 本気で困惑していると、俊也がやってくるのが見えた。その姿が本当に助け神に見える。
「ごめんごめん、待たせちゃったね!」
 ……まあ、よくよく考えたらこいつが諸悪の根源なわけで、マッチポンプもいいとこだが。
 駆け寄って手を繋ぎ、ナンパ男に軽く手を振って、そそくさとその場を離れる。

 いつもと違い、俊也の目線の位置が俺と一緒だ。
 あのブーツは上げ底なんだろう。それとなくガラスに映る姿で確認すると、黒いジーンズに包まれた細い脚が身体の半分を軽く上回って長く伸びて、嫌味なくらいになってた。
 悠里そっくりなだけあって、肌が綺麗で端正な顔立ちは、どこの王子様という感じだ。

「アキちゃん、すごい人気者だったね?」
 その“王子様”がからかう声で言う。
「あれ、罰ゲームかなんかじゃないか? 俊也こそ、女装のときはナンパ凄そうだけど」
「んー。スカウトなら余裕で来るけど、ナンパはあんまり来ないかな」
 美少女すぎて声がかけにくいとかあるんだろうか。

「それにしてもアキちゃん、随分板についてついてるんだね。普通に女の子っぽいよ」
「よせやい。こっちはバレないように必死なのに」
 慣れない厚底靴を履いて、内股になるように、手の振り方も仕草も女の子らしくなるように。ほぼ10年前のことで忘れてると思っていたら、実行できているのが意外だった。

「声は、男そのまんまだけどね」
「俊也みたいに女の声出せないからしょうがない。練習する気もないし、このままでいいよ」
「でも本当に似合ってるって。履歴書の特技欄に、特技:女装って書いてもいいくらい」
 そんな履歴書、激しく嫌だ。

「履歴書にそんなこと書くのは、俊也に任せとくよ」
「僕のほうは、むしろ趣味:女装になるのかな」
 やっぱり嫌な履歴書だった。



 ちょっとしたことで、俊也と賭けをしたのが半月くらい前。
 それに見事に敗北した俺は、今こんな姿で街中を歩くという羞恥プレイを受けている。

 一人っ子だった俺にとって、初めて出来た年齢の近い同性の兄弟。
 そういえば、悠里を間に話すことはあっても、あるいは『悠里を演じる俊也』として話すことはあっても、直接俊也と2人だけで話す機会はあんまりなかったからいい機会かも。
 それが、俺が女役での“デート”という場なのは、大いに異議を唱えたいところだが。

 今日も仕事の悠里と朝別れて、その後俊也と2人で一緒に電車に乗って移動。
 (ついでにその時点で、念のため俊也が本当に俊也であることを確認)
 “待ち合わせ場所”が一方的に見える喫茶店に俊也を残して別れ、春の日差しの下、30分ほど晒され状態でじっと待機。

 ナンパに会う様子をたっぷりと鑑賞されたあと合流し、只今散策中。
 厚い白タイツを穿いているとはいえ、膝上20cmの、ふわっと広がるスカート。
 3月の風が吹き込んできて、微妙に寒い感じがする。一応短めの白いコートを羽織ってるけど、上着の防寒も充分でもないし、少し震えが走る。

「寒いの?」
 その俺を気遣うように、俊也が心配そうな顔で聞いてくる。
「少しね……」
「モデルやってると、11月とかに春物の撮影とかするから、感覚狂ってきてるのかな」

「そういえばそうだっけ。……じゃあ、もう夏物の撮影?」
「うちの雑誌だとそんな感じかな。仕事先で結構違って、1月のビーチで夏服の撮影したときは死ぬかと思った。でも他のみんなは平然としてるし、鳥肌立てるな! って言われるし」
 想像を絶する世界だった。

 その世界はともかくとして、寒いと生理現象が来易くなるわけで……俺は困っていた。
「ごめん、トイレ行かせてもらっていい?」
「ちゃんと女子トイレに入るようにね。その格好で男トイレ入ったら変態だから」
 これを言われたくないから困ってたんだが、至極あっさりと断言されてしまう。



 近場の店に入って、女子トイレへそそくさと移動。
(恥ずかしがってたら目立つだけ……堂々としてれば大丈夫……)
 出来るかボケ。
 挙句、ついた女子トイレは行列ができているし。壁とお見合いしながら、じっと待つ。

 昔、連れまわされていた時はどうしていただろう。思い出そうとしていると、後ろにもう一人女性が並ぶ。つい、まじまじと見てしまうのを止められない。
 身長は170cm越えてるようで、おまけに履いてるヒールも高いから今の俺より背が高い。タイトなスーツ姿は見事なスタイルを映えさせる、そんなクール系の美人さんだった。

 悠里とタイプの違う美人につい見蕩れてしまったけど、いけない今の自分は女なんだった。笑顔で会釈されてドギマギして、(たぶん引きつっていたであろう)笑顔を作って軽く返礼。
 ようやく空いたので、半ば逃げるように個室に突貫する。



 ふう、と息をつく余裕もない。男便所には絶対ないピンク色のタイル、ピンク色の仕切り。
 そして自分の纏う白のコート&ピンクのミニスカートが目に入ってきて気が滅入る。
 コートのボタンを外すと、出てくるのはこれまたピンクと白のフリル・レースの山と、盛り上がる2つの丘。

 前回、Dカップのパッドを入れて、素の胸囲の差のせいで凄い巨乳になってしまっていたので、今回は反省してやや控えめのBカップのパッド入り。手触りも重みもリアルな本格派。
 そこから意識をそらしつつ、スカートとパニエをごっそり持ち上げる形でたくし上げ、白タイツを腿の半分くらいまで下ろす。ショーツも下ろす。

 今は見えないけれど、このショーツもピンク色。フリルが一杯ついたシロモノで、今つけているブラジャーとペアになった一品だ。
 前回の穿かせられた悠里のものと違って、あまり伸びないけど手触りがやたらといい。
 便座に腰掛け、俊也から忠告を受けていた『音姫』を探して周囲を見渡す。

 これだろうか? 手かざしすると、流れ出す録音の水音。これが必要と思う女の子の考え方は理解できそうにないけど、男と女で小の音は違うだろうからまあ助かる。
 なぜか完全勃起状態になっていた俺のモノを無理やり押し下げて、股間に挟んで発射できる角度に持っていくのはそれなりに大変だったわけだが。

 それでも用を足し終わると、なんとか勃起状態も収まったので立ち上がって下着、タイツ、スカート、コートを戻す。変な状態になってないかもぞもぞ確認。
 男なら一瞬で終わるはずの工程が、今は面倒極まりない。
 これまたピンクのドアを開けて個室を脱出。男便所とは違う、妙な匂いが少し辛かった。

 さっきの長身美人さんは、化粧直しをしているところだった。時間をかけすぎたかも。
 洗面台の大きな鏡に、派手な姿の可愛らしい少女が映っている。それが自分であることに気付いて、“可愛い”と一瞬でも思ってしまったことに落ち込む。
 しかしこれ、完璧に変態行為だ。ばれたらやっぱり犯罪者扱いなんだろうか。

 女の人が出たり入ったり化粧したりおしゃべりしたりしている、男子禁制の女の園。
 目立っているのは確かだけど、男じゃないかと不審がる視線がなさそうなのは助かる。
 白のコートにフリル付きの短めなスカート。付け睫毛までしたギャル系?の化粧。ゆるく波打つ、茶色の肩にかかる髪(もちろんカツラだ)。
 鏡の中のそんな自分に戸惑いながら手を洗い、エアータオルで水分を飛ばす。

 いつもなら放置するかズボンで拭くだけの残った水分が気になり、ポシェットから細かいレースと刺繍の入った白いハンカチを取り出し、マニキュアまで塗られた指先を拭う。
 その柔らかい手触りが、微かに漂う香水の匂いが、何よりも雄弁に『あたしは女の子だよっ』と語りかけてくるようで、なんだかドキドキしてしまう。

 ポシェットの中に入っていて目についた、口紅を取り出して唇にあてがう。初めての体験なだけに半分以上あてずっぽだ。
 なんとか形にはなったと思うけど、正直良く分からない。

 今度、悠里か俊也に習って、きちんと女の子らしく化粧直しとかできるようにしなきゃ。出来れば声も女のものを出せるように──って俺、今一体何を考えた?
 一時的な、形だけだと思っていた女装に、心が段々と侵食されていきそうなのが怖かった。



 やたらに長く感じたトイレをげっそりした思いで出ると、俊也が女の子達に囲まれていた。
 美人モデルの姉と瓜二つという、並外れた美貌とスタイルの良さ。今は上げ底靴で“背がやや低め”という弱点も克服してしまっている。逆ナンパを受けるのもしょうがないか。
 その美少年がこちらに気付き、笑顔でこちらに手を挙げる。

 なんだかドキンとさせられてしまった自分が悔しい。
 右手で女の子達に手を振って別れ、左手を恋人つなぎで手をつなぎ、歩き始める俊也。
 悠里と見分けが付かないくらいに繊細な、華奢な指先。
 その柔らかい感触にドキドキする自分に気付いてドキドキしてしまう。

「まあ、あの美人が恋人ならしょうがないかぁ」
「王子様とお姫様って感じで絵になるぅ」
「実は有名な芸能人かモデルの変装だったりして」
「ああ、なるほど。それ、あるかもぉ」
 さっきの女の子達の声が、立ち去る背中に聞こえてきて、さらに困惑してみたりもするが。



 四方山話をしながら適当に昼飯をとり、店や街をふらついたり、カラオケに行ったりと、“デート”を堪能して、7時前、仕事を終えた悠里と合流。
 待ち合わせ場所に、細身の愛らしい姿を見つける。

 俺と色違いでおそろいの、黒のコート、膨らんだ黒と白のミニスカート、黒いタイツの姿。
 いつもは『男としては長め、女としては短め』なショートカットで通している髪は、今はウエストあたりまで伸びる、長い黒髪のカツラで隠してある。

 その場所には他にも結構待ち合わせ人がいるけれど、華やぎと可愛らしさで周囲の女の子たちを軽く圧倒している。
 こちらに気付き、微笑んで小さく手を振る姿に見蕩れる。

「お姉ちゃん、お仕事お疲れ様。……あ、荷物は僕が持つよ」
 悠里が足元に置いていた、大き目のバッグを持ち上げながら俊也が言う。
「今日はどんな仕事だったの?」
 昼間の話もあって、少し気になったので聞いてみる。

「今日は6月号の撮影で、浴衣特集。神社に行って色々着替えて」
「うわ。寒くなかった?」
「浴衣って特に涼しいわけじゃないし、余裕、余裕♪ ……やっぱり浴衣とか気になる?」

「うん、見てみたいな。すごく似合うと思うよ」
 なかなか機会のない和装。でもテレビ画面に映る振袖姿はとても可愛かったし、できればそんな姿の悠里を間近で見てみたい。
 ……悠里のふりした俊也の振袖姿なら、近くで散々見たんだが。

「やっぱりそっかー。ピンクが似合うかな? 最近フリル付き浴衣とかミニとかあるもんね♪」
「かわいいの多いよね。アキちゃんにぴったりの浴衣探すの、今から楽しみだ」
「ちょっと待て。なんで俺が女物の浴衣を着る前提の話になってる?! 俺は着ないからな!」
「「えー」」
 抗議の声が見事にハモってしまった。

「百歩譲って女装アリだとしても、何で可愛い系に走るわけ? 違和感ありすぎない?」
「んー。自覚ないのかな?」
「だとすると、無意識のままやってるのか。凄い逸材だなぁ。アキちゃん、女装すると仕草とか可愛くなるんだけよね。大人っぽい格好すると多分、違和感ありまくりだと思う」

 正直女装しただけで、自分の動作が自然と女の子っぽくなるのは自覚していた。
 10年前、冬子さん(仮)たちに叩き込まれた動作が戻ってきてるのだろうか?
 そんなことをさせられた記憶もないんだが。
 しかしまあ、傍から見てるとそんな感じになっているのか。少しショックではあった。



「何か食べたいものある?」
「なんとなく、パスタ食べたい気分かな」
 悠里の言葉に従い、お洒落なイタリア料理店を探して移動。男モードで一人ではまず絶対に入りたくない、女性向けの感じの良い店だった。

 適当に注文をしたところで、隣の席の女性2人組から声をかけられる。
「……あの、男の方なんですか?」
「俺のこと? うん、そう。賭けに負けた罰ゲームでね。みっともない格好でごめん」
「えー。うっそー。すっごい美少女で、どこのモデルさんかと思ってたのに」

「女子力で絶対あたしら完敗だよねー。身体細いし可愛いし」
 この2人に比べたら確かに細い部類に入るんだろうか。一人は男子の言う『ぽっちゃり系』、もう一人は女子の言う『ぽっちゃり系』って感じの女の人たちだ。

「あ、勝手に会話に割り込んでしまってごめんなさい」
「ああ、全然問題ないよ。何なら一緒に食べる? 机くっつけてさ」
 俊也のイケメンすぎる申し出。
 少し話して彼女たちの机が移動して一つに並んだあと、軽く下の名前だけの自己紹介。

「でも雅明さん、近くで見ても全然男だって分かんない。声が男だからびっくりしたもん」
「ひょっとして、悠里さんも実は男とか?」
「私、男に見えるかな?」
「まー、そりゃ、幾らなんでもありえないか。これが男なら、わたし女やめないと」

「俺、そこまで女装似合ってないと思うんだけどな……俊也のほうがずっと女装うまいし」
「あ、分かるかも。っていうか今の状態でも、俊也さん、あたしらよりずっと美少女じゃ」
「瀬野悠里……ってモデル、知ってるかな? 俊也が女装すると彼女そっくりになるんだ」
「んー。ちょっと知らないかなぁ」

「あ、あたし知ってるかも。前、テレビで見て、『この子可愛いなー』って思ってた」
「へー。どんな子だろ。スマホで検索かけていい?」
 そのコメントに、顔を見合わせて同時に吹き出す悠里と俊也。おずおずと手を挙げて、
「さっきはフルネーム名乗ってなかったけど、私が瀬野悠里、本人です」

「「え──────────────っ?!」」
 笑顔で名乗る悠里に、女性2人が思いっきり驚き、店じゅうの注目を引いてしまった。

「うわー。芸能人と直接会うなんて初めてだ……サインもらってもいいですか?」
「さっき、知らないって言ったばっかりなのに」
「いいの! 今日からファンになるって決めた! だって、こんなに可愛いんだもん!」
「うん、ありがとう。……私、読モだし、『芸能人』ってレベルじゃないけどね」

 まあ、メアドとか交換したりもしつつ、そんなこんなで和やか? に食事も終わって。
「雅明、ちょっとこっち見て……やっぱり口紅取れてるかな」

 そう言って自分のウエストポーチから口紅を取り出し、塗り始める。
 長い睫毛に縁取られた大きな黒い瞳に、至近距離で見つめられる。
 白くてほっそりした指先が、俺の唇の近くを往復する。
 気付いたけど、これ間接キスになるんだろうか。なんだかドキドキしてしまう。

「きゃー。絵になるぅ」
「写メ、写メ」
 ギャラリーのことはまあ意識の外に追いやって。



 その2人と別れ、女子トイレで潰れたパニエを直したりしたあと、夜の街を歩く。
 今日は悠里も高いヒールを履いていて、目線が俺と殆ど変わらない位置にある。
 その長身の、甘ロリ&ゴスロリの美少女?2人が歩くと目立ってしょうがない。

 本当は悠里と手を繋いで歩きたいのに、俊也と手を繋いで歩く不条理がきついが。
 店の明かりや照明が明々と照らす夜道。ほとんど黒一色なのにキラキラ輝いて見えるほっそりした姿。仕事帰りで疲れているだろうに、歩く仕草は一分の隙も無く可憐で優美だ。
 いつもと違い、長いつややかな髪が背中で揺れるのも目を引く。

「ねえ、カノジョたち、暇してるの?」
 前からやってきた、男性3人組から声をかけられる。なんかチャラくて嫌な感じだった。
「この子、僕の連れですから」
「お、僕っ娘? リアルでは初めて見るけど、なんか可愛くていいよね」

「いや、僕おと……」
「つーか、お前らなんで男をナンパしようとしてるんだよ。眼科行けよ。それともホモか?」
 女と間違えられ困惑する俊也をかばって、男達の前に出る。あえていつもより低い声で。
「「「男……?」」」

「けっ、オカマかよ」
「他の2人もそうなんか?」
「でもあれだけ美人なら男でも……」

 混乱するナンパ男達を尻目に、2人を手招きして先へと進む。
 今ので俊也と繋いでいた手が離れたので、悠里と並ぶ位置に移動して、手を差し伸べる。
 にっこり笑って、握り返してくる悠里。その柔らかな感触にドキドキする。
 ──それにしても今日はなんだか、ドキドキされっぱなしな一日だ。そんなことを思う。

 あとは適当にウィンドウショッピング。
 ゴスロリの店に立ち寄って悠里と2人で色々あわせてみたり、レディスの店をはしごして大人びた服を試着して、「やっぱり似合わないねー」とコメントされてみたり。
 そして閉まる店も増えてきたので、3人つれそってラブホテルに入る。

「はぁー。今日は本当に疲れたー」
 コートだけ脱いで、ベッドに腰掛ける。いっそこのまま寝てしまいたいくらいだ。
「お疲れ様。女装外出はどんな気分だった?」
「もう、こりごり。2度とやりたくない」

「そうかな? 結構まんざらでもなさそうだったけど」
「自分がそうだったからって、俺まで一緒にするなよ、俊也」
 俺はノーマルな男で、きちんと悠里という(これ以上ないくらい可愛い可愛い)女の恋人もいるんだ。女装は無理やりさせられているだけで、趣味でもなんでもないんだ。

 そう思いつつ、同じくコートだけ脱いだ悠里を手招きし、ベッドに呼び寄せる。
「なぁに?」
 と怪訝な顔で聞く悠里の細身の身体に抱きついて、そして半分無理やり唇同士を重ねる。
 ……って、オイ。

「お前か俊也!」
「ピンポーン♪ ……雅明ってば、相変わらず鈍すぎ」
 黒メインで白の飾りが要所要所に入ったゴスロリの、悠里そのものの可愛い姿。悠里そのものの可愛い声。──でもこいつは、間違いなく俊也だった。

 何時の間に入れ替わったんだ? 晩飯の後は機会がないし、遡って考えて合流したあとも可能性はなさそうだ。朝、出発時には確認済みだ。とすると……
「俺が、『待ち合わせ場所』で30分放置されてたときか。入れ替わったのは」
「そういうことー。私が悠里ってこと分かってくれると期待してたのになぁ。ちょっと残念」

 じゃあ、今日一日『俊也』と思ってデートしていたのが実は悠里で、合流して色々ドキドキさせられたりした『悠里』が実は俊也だったのか。……うわぁ。
「浴衣の撮影っていうのは?」
「それは、きちんとお仕事してきたよ♪ もー、ばっちり」

 しかし、一度『確認』させておいて、その後入れ替わり。確か前もあったパターンだ。
 それだけに、見事に引っかかった自分の迂闊さが恨めしい。
「だけど、女装して恥ずかしがってる様子って、なんだか新鮮で可愛くてよかったな。俊也ったらそういえば最初からノリノリすぎて面白くなかったし」

「……ボク男の子なのに、こんな格好させられて、すごい恥ずかしいの……」
 外見は芸能界でも上位に入りそうなゴスロリ姿の美少女が、少年の声でもじもじと言う。
 悠里は「似合わなーい」と笑ってるのに、少し萌えてしまった自分が情けない。

「今日は気付かなかった罰として、いっぱい可愛がってあげるからね。覚悟はできてる?
 ……ね、“アキちゃん”♪」
 甘ロリ姿の俺を、俊也そのままの姿の悠里がベッドに押し倒す。

 力関係から言えば、抵抗しようと思えば出来るはずなのに、なされるがままに。
 二人着衣のまま、耳を甘噛みされ、首筋に舌を這われる甘美な感覚に酔いしれる。
「ぁん!……あぁん……ぃやっ……ぁん……はぁんっ!……」
 ピンクの口紅に彩られた俺の唇から、女らしい声が零れ落ちるのを止めることもできない。

 悠里の手が、パニエを持ち上げ、タイツの隙間に入り込み、俺のペニス……は完全に無視してお尻の穴にあてがわれる。
 優しく、激しく、悠里の細い指先でマッサージされる俺の菊門。
 ローションもつけていないのに、悠里が力を込めると、徐々にその指を飲み込んでいく。

 深く、深く。俺の身体の中に潜り込んだ悠里の指先が、ダイレクトに俺の肉体をなぶる、まさぐる、もてあそぶ。
 やがて俺の前立腺を探し当て、指先でこね始めるのを感じる。快感が全身を貫く。
 ピンクのスカートに包まれた俺の腰が、おかしなくらいに踊り暴れるのを止められない。

 射精したい感覚があるのに、俺のペニスは絶妙なくらいに何も触れることのない場所にあって、解放されることもない。ただビクビクと空を切るだけの状態。
 それなのに襲い来る快感に、自分という存在すら保つことすら困難になる。

 今日一日だけでも、『これだけはやるべきじゃない』と心に引いていた一線が、凄い勢いで崩壊していった。それでもなんとか守っていた、本当の一線すら軽く飛び越えそうな恐怖。
 肛門が開き、すぼみ、悠里の指を締め上げるのを繰り返す。
 その度に、腰に、下半身に、全身に電撃のような快感が走り回る。

「うーん、いつもよりずっと反応いいなあ」
 俺の肛門から指を引き抜いて、俊也の外見の悠里が言う。俺はといえば、まだ快感の余波に支配され、ぜいぜいと喘ぐだけで、何も返事ができない。

 そういえば今はウエストニッパーつけてるから、余計に息が苦しいのか。
 外したい……でもこの服は、背中のファスナーに手が届かない俺一人では脱ぐことができないし、それを2人に伝える余裕もない。
 パッドとブラジャーを邪魔に感じながら、ベッドに仰向けで胸と肩で荒く息をするだけだ。

 そんな俺に、今度はゴスロリ姿の俊也が跨ってくる。
 膝立ちのままずんずん進んで、俺の顔の上にふぁさっとパニエとスカートが覆いかぶさる。
 妙に篭った空気が息苦しさを促進する。真っ暗で何も見えない
 ……と思ったら、俊也自らパニエまでたくし上げて明るくなる。

 まず目に入るのは、正月に使った例の双頭ディルドーの黒光りする竿の部分。
 そしてその上に……ない。
 目に入るはずの俊也の男性器はそこになくて、代わりに綺麗に脱毛したパイパン状態の女の子の割れ目が至近距離で見える。

「え? あれ? 悠里? ……いや悠里のじゃないな。俊也、いつの間にか手術したのか?」
 混乱する俺に、二人同時に吹き出す。
「違う違う。タックして隠してるだけだって。……今まで見せる機会なかったっけ?」
「気になるなら、今度アキちゃんにもしてあげるよ♪」

 なんだかよく分からないけど、そういうものらしい。
 しかし視界にいきなり俊也のものが入らなくて良かった、と内心思う。見えたら本当に最後の一線を跳躍してしまうところだった。
 奇妙な安堵をする俺の口に、ディルドーの先端がねじりこまれる。

「うわ。すごいエロチック♪ アキちゃんフェラチオ上手いなあ」
 頭であれこれ考える余裕がないので、大昔の記憶のままに、擬似肉棒を口でなぶる。
 10年泳がなくても一度身に着けた泳ぎ方は忘れないようなもんだろうか。違う気もするが。

 舌で亀頭部分を擽る、舐め回す。裏筋にそって舌を這わせたり。
 でも作り物の肉棒を咥えられているだけで、これだと面白くなんともないんじゃ……と思ってもみるけど、俊也はしっかり興奮しているようだった。

 俺が穿いてるスカートをたくし上げ、タイツが降ろされて脱がされる感覚がする。
「やっぱり、脛毛が生えてると変な感じ……雅明、きちんと処理する気ないのかな?」
 悠里の声で、悠里が言う。どこも変じゃないはずなのに、なぜか変と感じる自分が変だ。
 『脛毛を剃ったり脱毛したりしない』──それも、俺の引いてる線のひとつだった。

 反応しようとするけど、喉奥までディルドーを飲み込んでいる今の状況ではそれも不可能。
「ううん、女装のためじゃなくってさ。私、やっぱりつるつるの肌のほうが好きだから」
 そう言えば、悠里との最初のセックスのときにそんなことを言われていたことを思い出す。
 あのときは、「男だからしょうがないだろ」と突っぱねたもんだが。

「彼女のために、脱毛する男性って意外に多いんだってね。前エステで聞いてびっくりした」
 男子高校生である俊也がなんでエステに行っていて、なんでそんなこと知っているのかと。
 ……まあ、こいつの場合普通に行ってそうだけど。
「ね。今度、私のためにきちんと脱毛してくれない?」
 また一つ『(最終ではないけど)越えてはいけない一線』があっさりと突破されていった。

「ちょっと体勢的にきついかな……ごめんね、俊也。少し休んでて」
 悠里の言葉に、俺の口が、漸く俊也のつけているディルドーから解放される。
 粘つく唾液がやたらに糸を引き、俺の着ている甘ロリのフリル部分にべったりと落ちる。
 そんな俺の腰を軽く持ち上げ、今度は悠里が膝立ちでベッドに上がってきた。

 下を見ると、俊也の服のままの悠里が見える。
 まるで宝塚の王子様みたいな、美少年そのものの姿。
 俺の穿いているピンクのスカートに邪魔されて見えないけど、ペニバンを装着しているのだろう。ぬるぬるとした液体を纏った、硬い物体が俺のお尻に突き当てられる。

 ずるずると、俺の身体がそのペニバンを飲み込んでいくのが分かる。
 この3人でのプレイで記憶している中では、一番あっさりと。裂けるような痛みは耐えられないほどではなくなっていた。代わりに蕩けるような快感がやってくる。

(まずい。このままだと、『俺』が『俺』じゃなくなる。『アキ』になってしまう)
 麻痺し始めた頭にそんな思いが過ぎるけど、もうなんでそれがまずいのかも理解できない。
「はぁぁぁぁあぁぁん! ……あぁぁぁん! ああ、ああぁぁああんっ!!」
 『アキ』に侵食されかけた頭のまま、悲鳴のような喘ぎをあげる。

 “男”である悠里の肉棒に、ピンクの甘ロリ服姿の“少女”である『アキ』が貫かれる。
 挿入する側ではなく、挿入される側として、何度も何度も絶頂を迎え、よがり狂う。
 今後は、これが日常になるのだろうか。
 自分でそれをどう思うか分からないまま、意識が白い闇に飲まれていくのを感じた。



『瀬野家の人々』 雅明くんの春休みB 2013/03/21(木)


 昼食後、悠里の部屋に入ると、俺の恋人が制服を広げて眺めているところだった。
「それ、懐かしいね。どうしたの?」
「うん。後輩の子にお願いしてたのが届いたから」
「さっきの宅配ってそれなんだ。……ってことは、それ悠里のじゃないのか」

 『制服が可愛い』ことで有名な、ちょうど1年前まで悠里が通っていた女子高の制服。着ていた当時はこの美人の義姉と、恋人同士になれるとは夢にも思っていなかったわけだが。

「うん、私のはこっちに別に用意してあるの♪ ……制服でレズプレイしたくなってね」
「却下で」
「レズプレイしてみたくなってね?」
「却下で!!」
 ……まあ、無駄な抵抗だとは、最初から分かってはいたのだが。



 両親は仕事、明日が終業式の俊也は学校、悠里は一日オフの恵まれた日。
 久々に2人でゆっくりできるかと思いきや。

 エアコンの効いた室内。恋人同士、全裸で隣り合わせに並んでベッドに腰掛ける。
 1年前には想像すらしなかった、1月前までは甘々で天にも昇るような気持ちだった状況。
 でも今は、1週間前とは変わり果てた姿になった自分の身体を見下ろし、ため息をつく。

「うん、雅明、すっごく綺麗になった。……色々、わがまま言ってしまってごめんね」
 悠里がそのほっそりした手で、俺の太腿を撫でながら言う。
 結局エステに連れて行かれて、俺の脚……どころか腕や陰毛や髭までを完全に脱毛されてしまった。残っている体毛は髪の毛、眉毛、睫毛だけだという。あ、鼻毛もか。

 悠里と俊也の行きつけという美容院にも連れて行かれて、眉毛も、少し伸びていた髪の毛も、“やや女らしい”レベルで整えさせられた。
 なんと鼻毛も専用の道具で手入れされて、俺の体毛の中では睫毛だけが素のままだという。
 両親とかは特に何も言ってこないけど、はて、どう思われているのやら。

「つきあってくれて、本当にありがとうね」
 とても嫌ではあったけれども、でもその感謝の一言ですべてが吹っ飛ぶ。
「いや、悠里のためならこれくらい何でもないよ」
 それは本心だけど、口にすると自分でも歯が浮きそうな言葉になってしまって恥ずかしい。

「……じゃ、はじめよっか」
 しばらくあって、そう言って悠里が立ち上がる。
 大きいわけじゃないけど形のいい、おわん型の胸がぷるんと揺れる様子に見蕩れる。
 例のピンクでフリル満載のブラジャーを身に着け、後ろのホックを悠里に留めてもらって、パッドを入れて位置を調整する。

「少しくびれができてきた?」
「1週間程度だと、まだ効果は見えてこないと思うけどなあ」
 俺のウエストのラインに指先を這わせながら、悠里が聞く。
 先週の女装外出以来、美容体操や、肌などの手入れ方法を、俺は俊也を先生に勉強中だ。

 そのウエストに、これまたピンク色のウエストニッパーを巻きつける。
 美容体操の効果が出ていたのか、先週よりも1段階細い箇所でホックが留まった。
「ショーツは?」
「どうせすぐ脱ぐんだから、今日は最初から穿かなくていいよ」
 そうなのか。

 これもピンクのスリップを身に着け、太腿までの長さの黒いストッキングを穿く。
 前に2回女装したときとはまったく違う、とてもとても気持ちいい感触がする。
 脛毛を脱毛しただけで、こんなに肌の感覚が変わってくるのかと、少し悩んで気付く。
 そういえば普通のジーンズを穿くと、ガサガサした感触がして少しつらいものがあった。

「アキちゃん、綺麗な脚してるよね♪ ネットに写真上げたら、美脚スレの常連になりそう」
「なにそれ?」
「脚フェチの人が集まって、綺麗な女性の脚の写真をアップしてる掲示板のスレッドとか、そういう写真をまとめたサイトとか……知らない?」

「俺は悠里で間に合ってるから、そういうのはチェックしてないかな。どうせ悠里より綺麗な脚とかないだろうし。……悠里や俊也の脚なら、いっぱいあがってそうだけど」
「うん、たまに見かける。──そしてこの割れ目ちゃんも、可愛い出来栄えで」
「やめれ。意識しないようにしてたのに」

 先週のラブホテルで見た、『タック』とかいう技術、それが今の俺には施されている。
 一昨日の夜、寝る前に悠里と俊也に呼ばれて、陰毛まで脱毛した下半身をさらけ出して。
 金玉を上にあげて体内に納め、竿を後ろに回して余った皮膚をそれを覆い隠す形で特殊な接着剤でとめて、男にはありえない割れ目がそこにあるかのような形にして。

 それから丸一日以上そのままで過ごしたわけだけど、“あるはずのモノがない”という感覚はとても奇妙なものだった。トイレも座らないとできないし。
 おまけに俊也の持つリムーバーとやらを使わないと、解除できないときてる。
「……悠里ってさ、俺を最終的にどうしたいのかな」

「最終的に、って?」
「今みたいに、玉も竿もなくして完全に女にしてしまいたいのか、どうかとか」
「……んー。『私の彼氏』って部分は、絶対守って欲しいかな。だから、女になるのは絶対禁止。女性ホルモンも当然禁止。それさえ守れば、あとは美人になればなるほど嬉しい感じ」

「よく分からない基準だけど……でも良かった。俺に女になって欲しいとか言い出さなくて」
「私、レズじゃないもん。やっぱり男のほうがいい」
 じゃあさっき、『レズプレイしてみたい』と言っていたのは何なのだろう。

 それはそうとして、女装再開。ブラウスに袖を通してボタンをはめ、スカートをはく。
 青と茶色のチェックでミニのプリーツスカート。ウエストは心配だったけど、ウエストニッパーのおかげか割と余り気味だった。ただ、太腿が半分以上丸見えなのが羞恥心を煽る。

「もっと、短くしたいな」
 それなのに、悠里はそんなことを言ってスカート丈を調整する。抵抗も意味無く、結局偽物の割れ目スレスレまで丸見えで、かがめばお尻が見える超ミニスカートにされてしまう。

 薄茶系の色をした、可愛らしいデザインのブレザーを身に纏う。
 意外なことに肩がぴったりで、それ以外は少し大きめなくらいだ。
「そういえば、この制服どうしたの?」
「後輩の背の高い子に、『卒業後に、制服がいらないならちょうだい』ってお願いしてね。身長が確か174cmだったかな。でも、ぴったり合うようでよかった♪」

 俺より背の高い女子高生か……なんだか色々と複雑な気分。
 その少女のものだろう、悠里とは違う女の子の匂いが漂ってきて、不思議な気分になる。
「ネクタイは締めないのかな」
「今日は部屋の中で過ごすつもりだから。外出したいならつけてあげるけど、お外行きたい?」

「この格好で街中を歩くのは、流石に勘弁」
「だよね。普通、この制服着た子は外出しない時間だし、補導とかされそうだし。
 ……アキちゃん、私よりずっと激しく乱れるから、エッチのときネクタイとかつけてると怖いんだ。何かにからまって首が絞まったら大変だし。ということで、今日はネクタイなし」

 “今日は”ということは、明日以降はありうるのだろうか?
 それに期待している自分に困惑している俺をよそに、悠里がメイクを始める。

「……肌の具合、ずっと良くなってきてるね。追い抜かれないよう、私も努力しないと」
「それはないと思うけどなあ。悠里の肌、すごくきれいだし」
「あら、ありがと♪ でも、この一週間で分かったでしょ。これは努力の賜物です」
「うん。身にしみたよ。『美にかける情熱』って言うのかな。本当、凄いと思ったわ」

 30分ほど化粧が続き、仕上げとしてピンク色の口紅とグロス?が塗られる。
「今日は早く済んでよかった。また2時間コースなら大変だったし」
「お肌の基礎から作らないといけない状態だと、時間がかかるからね。お肌つるつるで化粧のノリが違うし、前より随分楽になったかな。もっともっと綺麗になってね。アキちゃん」

 素直にこくんと頷きそうになって、慌てて止める。
 一番最後に、前にもつけた、脇の下までの長さの黒髪ストレートロングのカツラをかぶる。
 とりあえず今日はこれで完成形か……と思ったら、耳たぶの後ろに香水をつけられた。

「じゃあ、私も制服着るから、アキちゃんは自分の姿を鑑賞して待っててね」
 今までずっと全裸だった悠里がそう言って、移動式のスタンドミラーをベッドに腰掛ける俺の目の前に持ってきて、その裏でもそもそと制服を着始める。
 さっきまで平然と裸だったのに、服を着るのを見られるのを恥らう。謎な女性心理だった。

 目をそらそうと思えば簡単にできるはずなのに、鏡に映る“少女”から目を離せない。
 そういえば、ここまでまじまじと女装した自分の姿を見るのは初めてかもしれない。
 鏡の中の少女が、瞬きの少ない、日本人にしては色素の薄い瞳で見返してくる。普段は一重の目がメイクで二重にされている。それだけでも随分印象が変わるものだと感心する。

 どこかしら危うげな感じが漂う、人形めいた女の子だ。それが俺だと今一ピンと来ない。
 高校生の制服が、『少し背伸びして』いる印象すら与える。そんな、あどけない少女。
 記憶の奥にある“アキちゃん”を思い出させる姿。思春期の、『女としての成長』を迎えることのない、永遠の少女。そんなフレーズが浮かんで自分で恥ずかしくなる。

「うんうん、アキちゃん、すっかり自分に見蕩れちゃって、いい感じ♪」
 着替えを手早く済ませた悠里が、俺のすぐ隣に身体を密着させて座ってきた。
「……そんなことないって」

「素敵な女の子になるためにはね、まず自分自身に恋しなきゃいけないんだ。
 自分で自分を好きになれないなら、他の誰も好きになってくれない」
 そう言って、キラキラした目で俺を見ながら、俺の手の上に手を重ねてくる。
「大丈夫。アキちゃんはとっても素敵な女の子。……だから、もっと自分に素直になって」

 鏡の中に、女子制服姿の2人がいる。
 両親の再婚から1年前までの期間、ずっと憧れだった悠里の制服姿。あの頃より更に一段と美しさと輝きを増した少女と、恋人として一緒に居られる。まるで夢のような気分。
 男なのに、それと同じ制服を着せられて、その隣に座っている。まるで悪夢のような気分。

「そんなこと言われても、俺、男なわけだしな……」
「『俺』じゃなくて、『あたし』。男じゃなくて、女の子」
「ついさっき、俺に『女になるの禁止』って言ったのに」
「それとこれとは別。ね、今日は夕方までおままごとに付き合って」

 一応、俺が抵抗はしたことは明記しておく。
 もちろん、無駄な努力だったわけだが。



 ベッドの上、互いの容姿や美容の話を皮切りに、悠里を『お姉さま』と呼び、女の子になり切って2人で女子?トークを繰り広げる。なんだかそれを楽しいと思ってる自分が嫌だ。
「ね、アキちゃんって好きな人いるの?」
「いますよぅ」

「ね、ね。どんな人?」
 それをお前が聞くか、と一瞬素に戻りかけたけど、言葉を選んで回答してみる。
「……んと、すっごく格好いい人です。すらりと背が高くてびっくりするほど美形だし、外見だけじゃなくて、あたしなんかよりずっと大人だし、頭いいし、色々努力してるし」

 ニヤニヤ笑いながら聞いている悠里に、少し逆襲。
「そういうお姉さまは、好きな人いるんですか?」
「私の好きな人は、そうね。可愛い子だよ♪ 外見もすっっごく可愛いし、ひねくれているふりして根は素直だし、私がいじわるしても、なんだかんだ言って喜んでくれるし」

 あかん。全然逆襲として成立しなかった。
 それにしても俺(俺のことだよな? これ)、そんな風に受け止められてたのか。
 否定しきれない自分が悲しい。
「その子に不満があるとしたら、自分の魅力に気付いてないとこかな」

 そして俺の目を、いたずらっぽい目で見つめてくる。
「ね、分かってる? アキちゃん。これ、あなたのことよ。──私、あなたが好きなの」
 そう言って、俺の身体をベッドに押し倒してくる。
「駄目っ、お姉さまぁ。あたしたち、女同士なのにぃ」
 とっさにそんな言葉が出てしまった自分が信じられない。

「そんなこと気にしないで大丈夫♪……うふっ、アキちゃん可愛いよ」
 俺の身体に密着する体勢でのしかかってきて、唇を重ねる。
 悠里とは何度もしてきたディープキス。
 でも、自分が受身の状態でキスをされるのは多分初めてのことで。俺はそっと瞼を閉じる。

 微かに開いた唇から入り込んで、俺を求めて来る悠里の舌の感触。それを“受け入れる”側としての自分に、陶酔めいた感覚を覚える。
 下腹部、俺がもし女だったら子宮がある場所が、なぜかジンジンと熱く感じる。その場所から、波紋のような、ゆっくりとした快感が全身に伝わっていく。

「くちゅっ、ちゅぴっ……ちゅぱ……」
 こくこくと喉を動かして、注ぎ込まれた唾液を飲む。俺の口の中に進入してきた舌を絡ませあい、その舌による愛撫を受け入れる。
 これまで俺主導でやってきたキスが、ただの児戯に感じる絶妙なテクニックだ。

 キスが終わり、唇同士が離され、目を開ける。
 目を閉じる前とは違い、世界がひどく煌いて感じる。空気の粒子一粒一粒がキラキラと光を放っているような感覚すらする。
 その中で、ひときわ輝いて見える悠里──お姉さま──の美しい笑顔。

「お姉さまぁ……もっとぉ、もっとキスをぉ……」
「あらあら、アキちゃんは仕方のない娘ね♪」
 麻痺しかけた意識の中、理性とはまったく関係ない場所で自分の唇が動き、そんなおねだりまでしてしまう。再び重なる、2人の唇。

 今まで記憶にないほどの、恐ろしいほどの幸福感が“あたし”の心を満たしていく。
 閉じた瞼の間から、だらだらと熱い涙がこぼれていくのを感じる。
 最初はゆっくりと、次第に早いペースで腰が、下半身が、脚が、全身が暴れだす。叫び声が喉からこみ上げてくるけれど、ぴったりと唇を重ねた状態では声にならない。

 お姉さまは、そんなあたしの身体をしっかりと抱きしめてくれた。
 そんな至福の時間が流れたあと、ひときわ大きな快感の波が通り過ぎて、背筋が弓なりに強張ったのち、全身からだらんと力が抜ける。
 唇が離れる。幸福感と快楽の余韻が残るまま、荒く息を繰り返す。

「キスだけでイっちゃったのね。本当、可愛い子♪……大事な大事な、私のアキちゃん」
 その言葉で、なんだかまた幸福感の波が襲ってきて、自分でも良くわからないまま、お姉さまの胸の中で泣きじゃくり始めてしまう。
 お姉さまは、そんなあたしをふんわりと抱きしめ、背中を優しくさすってくれた。

 しばらくそんな時間が続いて……そして“俺”は我を取り戻す。
 悠里の柔らかくも温かい2つの丘(今気付いたけど、ノーブラだよこの人)に顔をうずめてる自分に気付いて、途端に恥ずかしくなる。

「アキちゃん、もう大丈夫?」
「いや、これやばいよ悠里。こんなの続けてたら、俺、確実におかしくなる」
「ぶぅー。おかしくなっちゃっていいのに」

 その言葉に反発する自分と、従いたくてうずうずする自分。
 心の中の2つの自分に戸惑う俺をよそに、ベッドの上、抱き合った状態のまま悠里は下半身を擦り付けてきた。
 『貝合わせ』っていうんだろうか。そんな状態。

 2人ともスカートが極端に短く、下着もつけてない状態だから、何の障害も無く悠里の割れ目と、俺のまがい物の割れ目がぴたりと合わさる。
 もう既に濡れ濡れになってる悠里のあそこの感触が気持ちいい。
 もともと性感の強い場所を集めて作っているだけに、快感の波がまたぶり返してくる。

 さっきよりは緩やかに、でも着実に自分の身体が登りつめていくのを感じる。
 いつもだったら、もうとっくに射精して終わっている状態。それなのに後ろに窮屈に折りたたまれた俺のものはそれもできない。
 さっきよりマシだけど、それでも意思とは無関係にまた腰が動き始める。

 その度に新たな快感が加わって、徐々に、徐々に、身も心も蕩けていく。
「あん、はぁん、ぁぁん、はん、あん、ぁぁぁあぁん」
 そんな声をあげて身もだえる俺?あたし?の体を、悠里?お姉さま?がぎゅっと抱きしめてくる。その温かな感覚が心地いい。

 何度絶頂を迎えたのだろう。
 射精交じりなら3回くらいが限界な俺の身体は、たぶんその3倍を軽く超える回数の絶頂を受け入れ、まだ貪欲に快楽を求めてくる。
 その度に、心の奥底に封印していたはずの、『アキちゃん』が解放されていくのを感じる。

 悠里が優しい声で「アキちゃん」と呼ぶのに、つい応えたくなる。
 『雅明』という自分を手放してしまいたくなる。その甘美な衝動を堪えるのが大変だった。
 そんな時間がひたすら続いたあと、身体が離れる。
 なんとか耐え切った自分を褒めてあげたい。

 快楽の余韻に浸りつつ時計を見上げると、3時半を回っていた。
 もう指の一本動かすのも大変なくらいクタクタなのに、不思議な充足感を全身に覚える。
 しばらくそのままで休息が入り、ようやく身を起こす。

 汗まみれでしわの入った女子制服に身を包んだ少女の姿が目に入る。
 膨らんだブラウスの胸に、ピンク色のスリップとブラジャーのラインがくっきりと見える。化粧はどろどろに崩れてしまっているのに、なぜか可愛らしく思えるその姿。
 それが鏡に映った自分であるということに、何故か誇らしいような気分が沸いてきてくる。

「はい、アキちゃん。どうぞ♪」
「ありがとうございます。お姉さま」
 お姉さまが持ってきたジュースを、ストローで飲む。その冷たさが気持ちいい。

「お姉さま、ジュースを飲むところまで絵になるんですね。きれいだなぁ」
「どんなときでも美しくなるように、心がけて練習しているからね♪ でもアキちゃんも、すーっごく可愛いわよ。惚れ直しちゃった」
「そんなぁ」

 ……っておい。なぜ俺はナチュラルにこんな会話をしてるんだ。
 大体、ジュース飲むのにストローなぞ使ったこともないし、こんな風に膝をぴったりつけて可愛らしく座って、女の子らしい様子でジュースを飲みたいと思ったわけでもない。
 20歳近い男がやっていいことじゃないだろう。これ。

「アキちゃん、どうしたの?」
「いえ、とっても美味しいですぅ」
 素に戻りかけたところに声をかけられ、笑顔でごまかす。
 そこからまた、しばらくガールズトーク。

 でもさっきよりずっと演技の部分が減っているのは分かる。気恥ずかしさは殆ど霧消している。『アキ』という少女として受け答えをする自分に、新鮮な眩しさすら覚える。
 崩れたメイクをいったん落とし、二人でメイクの練習までしたりもする。
 憧れのお姉さまと一緒に過ごす、幸福な時間。



「……あれ?」
「お姉さま、どうかしたんですか?」
 ペニバンを装着したお姉さまが、あたしのお尻に指を当てる。
 その指を怪訝そうな目で見つめて、ぺろりと舐めたりする。

「ローションじゃないよね、これ。私の愛液でもなし。ひょっとして、これが腸液なのかな」
 不思議そうに呟いていたりする。返事を返そうと思った瞬間、お姉さまの指先が、ほとんど抵抗もなくあたしの秘密の穴に潜り込んで来る。
「うわっ、もうトロトロじゃない。締まり具合もいいし、本当アキちゃんのここって名器ね♪」

 2本の指先で、前立腺はあえてさけて、あたしの身体の奥深くを優しく弄んでくれる。
 それでも、あたしの身体は敏感に身もだえして痙攣を始める。
 いやらしく腰が動くのを止められない。いやらしく声をあげるのを止められない。

「アキちゃん、本当に淫乱でいけない娘」
「い、いやぁっ!!」
「こんなエッチな娘、嫁に欲しがる男の人っていないんじゃないかしら……でもいいんだ。アキちゃんは私がお嫁さんにもらって、大切にしてあげるから♪」

「お姉さまぁ!!」
 その言葉に脳がヒートアップして、またも絶頂を迎える。大丈夫か俺の身体。
 『雅明』と『アキ』。一種の二重人格みたいな状態で、『アキ』のコントロールが『雅明』にはできなくなってきている。“最後の一線”がもう、完全に崩壊しかけだ。

 ぐいぐいと、硬い擬似肉棒が、そんな俺のアヌスに何度も何度も突きこまれる。
 本当の肉棒でないことのが残念──そんなことを一瞬でも考えてしまった自分が怖すぎる。
 でも襲い来る快楽の嵐に、そんな恐怖すら吹き飛んでしまう。

 実物でなくてもいい。大好きなお姉さまに貫かれる。
 その不思議な充足感があたしの全身を満たしていく。強烈な快感があたしを支配する。
 今日何度も迎えた絶頂。その最大の波が襲ってきて、あたしの意識をさらっていった。



『瀬野家の人々』 雅明くんの春休みC 2013/03/30(土)


(やっぱり、悠里より脚の綺麗な子っていないよなあ)
 そんなことを考えながら、画面を下に下にスクロール。
 目に入った画像に思わず吹き出す。
 いつの間に撮影されたのか、以前甘ロリ&ゴスロリで街を歩いたときの写真があった。

 首から下しか映ってないから、これが俺だと分かる可能性はまずないとはいえ……
 けどこれ、実際には女装男2人の脚なわけだけから、一種の詐欺行為じゃなかろうか。
 と、そこまで思ったとき、ドアがノックされる。
 「入っていいよー」と声をかけると、部屋着のままの悠里?俊也?が入ってきた。

 仕事の両親と、「春休みだし友達と遊びに行って来る」と出かけた俊也を送り出し、悠里は仕事で外出の準備中。残った俺はどうしようか迷ってネットを眺めていた、そんな状況。
 もっとも、さっき見送った俊也が本当に俊也なのか、今入ってきた悠里が本当に悠里かは分からないんだけど。

「あれ、悠里。今日は仕事って言ってなかったっけ?」
「さっきキャンセルのメールが入ってきたの。それで今日もゆっくりアキちゃんと遊びたいなぁ、って思って来たわけだけど。駄目?」
「どうせなら、雅明として一緒に居たいんだけどなあ」

 一応、言うだけは言ってみた俺の言葉をスルーして、悠里?が目ざとくモニタに映った写真を見つける。
「あ、これ前外出したときの写真じゃない。どうしたの?」
「美脚スレ検索して適当に見てたら、なんかアップされてたのを偶然見つけてしまって」

「ああ、この間言ってたやつね。どう? 私の脚は見つけられた?」
「今のところはないかな。また今度、暇なとき探してみるよ」
 流石に美脚スレの会話まで俊也に伝えてないだろうし、やっぱりこれは悠里でいいのか。

「それはそうとして、今日は一日一緒に遊びたいけど大丈夫?」
「もちろん」
「じゃあ、お風呂にお湯入れてるから入ってきてね♪ ゆっくり浸かって、綺麗にしてきて」

 PCの電源を切り、言われたとおりに風呂に入る。
 花の香りの入浴剤が入ってる、ぬる目のお湯だった。
 白く濁ったお湯の中、ゆっくりと自分の身体をマッサージする。ほんの少し前とは違って、すべすべつるつるになってしまった肌の手触りが、情けなくも気持ちいい。

 悠里が喜んでくれるなら、これくらい別にどうってことはないんだけど、でも男としてどうなんだろう。相変わらず迷子になりっぱなしの俺の心だった。
 悠里に教えてもらったとおりの手順で、全身と髪とを丁寧に洗う。今まで使おうと思ったこともなかった、トリートメントやコンディショナーまできちんと手順どおりに。

 今まで烏の行水状態だったのに、風呂に40分以上かかるのがデフォルトになってきている。
 これが意外に気持ちよくていいんだけど、春休みが終わったら大変になりそうな気がする。
 うちの風呂、悠里と一緒に入れるだけの広さがあれば良かったのになあ。
 風呂から上がってまず時計を見ると、1時間近くが過ぎていた。

 ふわふわした肌触りのいいバスタオルで、綺麗に全身を拭いていく。
 風呂場に置いてある、等身大の鏡に自分の姿が映る。男とも女ともつかない中途半端な姿。
 悠里(や俊也)と比べると、女らしさやスタイルの良さで完敗だけど、それでもさっき美脚スレで見た下半身の半分よりは綺麗なんじゃないかな、と思ってしまう。

 股間も相変わらずタック状態から解放されずに男のシンボルは隠れたままだし、ウエストは微妙ながらくびれが出てきたように見える。
 試みにバスタオルを胸で巻いてみたら、それだけで女に見えてきてドキドキする……ってなんで今まで悠里がニヤニヤと見ているのに気付かなかったんだろう。

「うんうん、いい感じじゃないの♪ 続けて続けて」
「いや、もういいよ。正直すまんかった」
 慌てて着る服を探しても、用意しておいた男物の下着とかはどこにもない。代わりに置いてあるのは、悠里愛用のピンク色のバスローブ。

「俺の着替えは?」
「そこに置いてるバスローブ着てね。……別にその格好でもいいけど♪」
 バスタオルとどっちがマシなんだろう。結局バスローブを着てみたけど、激しく後悔。
 自分の風呂上りの肌から漂う花の香り、石鹸の香り、シャンプー類の香り。
 そしてバスローブから漂う悠里の香り。とにかく尋常じゃない世界だった。

「ずいぶん待たせちゃってごめんね」
「私もお肌の手入れをやってたから、気にしないでいいよ」
 ブルーのタンクトップにホットパンツ姿の悠里が、笑いながら応えてくれる。珍しくむき出しになった、細くて長くてほどよく肉のついた綺麗な脚線美に見とれる。

 用意しておいてくれたスポーツ飲料で喉を潤し、手招きされるままに椅子に座る。
 悠里の細い指の感触を心地よく思いながら、顔のパックに始まり温泉水スプレーやらボディミルクやら、半月前までは名前も知らなかった液体たちが塗り込められていくのを待つ。
 もう少し真面目にやり方を勉強して、悠里にしてあげたいな……そんなことを思ってみる。

 そのまま二人で肌の手入れとかして過ごしたあと、今日の着替えとして差し出されたのは、もうおなじみになってしまった、女物のピンクの下着だった。
 脚を通すと、慣れたくないのに慣れてしまった優しい感触が俺の下半身を包んでくる。でも今日は前が格納されてるからフィット感も大違いで、それが余計に恥ずかしい。

 ブラジャーを背中で留めてもらい、パッドを入れ、ウエストニッパーを嵌める。
「少しきついけど、大丈夫かな?」
 前回より更に1段階細い、このウエストニッパーの一番細いところでホックを留められる。
「今はなんとか大丈夫だけど……セックスするとき無茶苦茶息がきついから緩めてくれない?」

「ああ、それ気付かなかった。ごめんね。気をつけるようにするから」
「こっちも先に言っておくべきだった。……でも、これだけ絞っても悠里より太いからなあ」
「これで64cmだから、女の子としても充分細いほうだよ♪ 身長が172cmだと、女性の理想のプロポーションでウエストが確か65cmだったかな。いい感じだと思う」

 男として、それはどうなんだろう。

 毎度のピンクのスリップを着て、黒ストッキングを穿く。
 そしてまあ、予想通りというかなんというか、渡された(悠里の後輩からもらったという)女子高の制服一式を着こんでいく。クリーニングに出されて、ぴしっと綺麗になった一品だ。

 まずは白いブラウスを身に着け、スカートに脚を通す。
「今日はスカートは短くしないの?」
「お外歩くから、そのままの長さでいいよ……アキちゃんがしたいなら短くするけど」
 やっぱり外出るんだ。

 だぼだぼだったウエストを調整して、ぴったりのところまで合わせる。青と茶色のチェックのミニスカート。半分以上出た太腿と、スカートの前に並んだ金ボタンが羞恥心を煽る。
 ネクタイをつけて、クリーム色のセーターと茶色のブレザーを羽織る。セーターなしでぴったりだった肩は、少しきついけどまあ無理のないレベルで納まった。

「首とかサイズ大丈夫? きつくない?」
「ちょっときついけど大丈夫そう。肩幅とか喉仏とか目立たない?」
「肩幅は悪くないと思うよ。喉仏は……俊也ほどじゃないけど、気にならないと思う」
 今日はカツラもなしで、悠里より少し短い程度の髪を女らしく整えてピンクのカチューシャで留め、薄めの化粧をしてもらい、ごく軽く香水をつける。

 回数を重ねるたびに、段々と女装に抵抗がなくなってきている自分が怖い。
 『雅明』ではなく『アキ』でいることが自然になりつつあるのが怖い。
 今はもう、“アキ”に成り切ってしまってみてもいいんじゃないか。そんな誘惑? に駆られ、無駄な力を身体から抜くよう、大きく息を吐き出してみる。

 ふと、違和感を覚えた。“俺”ではなく、“あたし”の思考に合わせて唇を開く。
「……お姉さま、じゃないんですね」
「あれ? どこで気付いたの?」
「……なんとなく? というか、何で分からなかったのか不思議なくらい」

「そっかー。雅明は凄い鈍感なのに、アキちゃんは鋭いのね♪」
 悠里の格好をした俊也が、面白そうな顔と声色で言う。
「あのヒト、なんだか鈍感すぎてあたしも恥ずかしいです。……俊也さんのことは、なんて呼べばいいんでしょう。あたし、悠里さん以外を“お姉さま”って呼びたくないなぁ、って」

「そうね……この状態だと、私も悠里だから……うん、私のことは『悠里お姉さま』って呼んでくれると嬉しいかな♪ 『お姉さま』のほうが本当の悠里で」
「んー。……分かりました。そうしましょう」

 よく分からない感覚だった。
 まるで鈍感な兄のことを呆れながら話すような調子で、アキが同じ人物であるはずの俺のことを話している。

 いつも意識していなかった匂いが気になり始める。同じ香水を使っていても、悠里と俊也の肌の匂いには違いがある。普段なら、ごく近くで嗅がない限り分からない差なのに。
 俊也と悠里じゃ肌の色あいに微妙に違いがあるし、声にも微かながら違いがある。
 ……女装しているだけのはずなに、感覚まで女のそれに近づいてきているのだろうか?



 スカートの中を、春の風が通り過ぎる。
 優しい感触と匂いにうっとりとする。
 “アキ”の五感を通じて感じる世界は、これまで慣れ親しんできたものとは大違いだった。
 少し自分の家のドアを離れて、悠里お姉さまが家の鍵をかけるのを待つ。

 あたしと同じはずの女子制服が、段違いでよく似合ってる。ウエストあたりまでのストレートの黒髪もきれいになじんでる。
 ちょっとした仕草まで凛として女らしくて綺麗で、本当に絵になる美少女ぶりだった。

「じゃあ、アキちゃん行こっか……どうしたの?」
「いえ、悠里お姉さまってほんと、素敵だなぁ、って見とれてました」
「あらあら……ありがと。でもアキちゃんも充分可愛くって素敵だよ。自信を持っていいよ♪」

 これ、男同士でする会話じゃないだろ……と思わず雅明の素に戻って突っ込みかける。
 その瞬間、なぜかこみ上げてくる羞恥心。
 なんでハタチ近い野郎が、よりによって女子高生の制服を着て、ミニスカート穿いて、化粧までさせられて街を歩かないといけないのかと。近所の人に見つかったらどうするのかと。

「ん? どうしたの? アキちゃん……顔が雅明になってるよ。さっきみたいに成りきってしまったほうがずっと楽だよ」
 後半は小声で、俊也が囁く。半分やけくそで、アキという名の仮想的な人格に意識を戻す。

「ごめんなさい。悠里お姉さま。……そういえばあたし、ウィッグもパニエもなしでお外に出るの初めてだから、不安になっちゃって。おかしなところないですか?」
「いや、ぜーんぜん、そんなことないよ♪ さっき鏡で見て確認したとおり、アキちゃんはとってもとっても素敵な女の子だよ♪」

 その言葉を素直に嬉しく思う自分がイヤ……じゃない。うん、あたしは素敵な女の子。
 今はお姉さま達には敵わなくても、いつか並べるところまで魅力的な自分になりたい。そう思うよう、意識を切り替えていく。
 そして、自分のできる一番ステキな笑顔を作って、お礼を言った。



「でね、アキちゃん。これを聞いてみて」
 駅前のカラオケに入り、ドリンクバーで烏龍茶をついで、部屋の席に2人座る。歌でも歌うのかな、と思っていたところに悠里お姉さまからイヤホンを渡された。
 素直に耳につけて、聞いて思いっきり赤面する。

「アダルトビデオか何かの録音……ですか? これ、エッチの時の女性の喘ぎ声ですよね」
 イヤホンを外しながらのあたしの回答に、悠里お姉さまが、プッと吹き出す。
「うん、そう思うよね。でも外れ。……それ、アキちゃんの喘ぎ声なんだ♪」
「えぇっ? やだぁ──────────っ」

 あたし、ますます赤面。思わず両手で顔を覆ってしまう。恥ずかしい。なんでこんなもの。
「アキちゃん、男の声しか出せないって言ってるけど、実は女の子の声も出せるんだよ。
 羞恥心か何かが邪魔して出せてないだけだと思う。だから今日は女声が出せるようになるまで、ここで特訓ってことで」



「うんうん、いい感じになったと思う♪ 聞いてみて」
 それから3時間後、満面の笑みで渡されたイヤホンを再度耳につける。
 少しハスキーで、微かに鼻にかかった、甘い、女の子の声が聞こえてくる。
「まさか本当にこの時間でマスターしちゃうとはねぇ。私もびっくり。その調子で続けてね」
「自分の声を聞く機会って普通ないから、なんだかとっても恥ずかしいですよぅ」

「まあね。……でも女声、私でも1ヶ月習得にかかったのに、やっぱりアキちゃん凄いわ」
「どの程度が普通なのか分からないから、なんとも」
「早くて2ヶ月、普通で6ヶ月くらい? 前どこかで、そんなこと聞いたような。アキちゃんの場合、たぶん最初っから出せる状態だったのが大きいんだと思う」

 それは、喜んでいいのやら悪いのやら。
「じゃ、せっかくカラオケだし、女性ボーカルの曲歌ってみよ♪」
 前回、俊也(と思い込んでいた実は悠里)と来たときも、2人して女性ボーカルの曲を歌わされたものだった。あのときは酷いオカマ声だったけど。

 それが今は、女2人(実は男2人)でごく自然に女性ボーカルの曲を歌っている。
 キーが高めの人は無理だけど、普通の歌手なら音を追える。男の曲を歌うよりむしろ楽かも。すっかり楽しくなってしまって、悠里お姉さまが
「じゃ、カラオケはこれくらいにして次行きましょ」
 と言ったときには、つい「え────っ」と、抗議してしまった。



 電車で1駅分移動して、ごく軽く遅めの昼食を取り、適当なアミューズメント施設に入る。
 男でいるときには、『女同士ってよく喋るもんだな……』と呆れることも多かったけれど、その間ほとんどずっと(実は男な)2人で色々話しては、他愛ないことで笑ってあっていた。
 今まで男声で、喋るのに気後れしていただけに、普通に会話できるだけで嬉しい。

 背が高めの超絶美少女と、背が高いそこそこ美少女の組み合わせはやっぱり人目を引くらしい。そしてそんな視線を、気持ちいいと思ってしまう自分がいる。
 でもいいんだ。自己嫌悪に浸るのはあとあと。今はこの時間を目一杯楽しまなきゃ。
 半分無理やり自分に言い聞かせ、ついつい出たがる『雅明』としての自分を押さえつける。



「あぁーん、また失敗ー」
 クレーンゲームで可愛いぬいぐるみを見つけて、つい欲しくなって挑戦してみる。
 でもお姉さまも余り興味がなかったこともあり、経験値のないあたしのこと、うまくいかない。悠里お姉さまも、いいところまではいくけど、やっぱり駄目だった。

 そんなあたし達を見かねたのか、男の子2人連れがやってきて、
「ちょっとやらせてくれないかな?」
 と言ってきた。「どうぞ」と譲ると、真剣な表情であたしの欲しかったぬいぐるみを狙ってくれる。……ひょっとして取れるかな? と思ったら、実はあたしより更に下手だった。

「こういうのはね、狙った獲物はちゃんと釣り上げないと、女の子も釣り上げられないぞ」
 呆れ声の、悠里お姉さまのコメントにみんなで大笑いしてみたり。
「ごめんごめん、いい所見せようとして大失敗。慣れないことするんじゃないなあ」
 「そだね」というあたしのコメントに、更に大笑い。

「ついでにもう一つ、慣れないことしていいかな。……君たち、これからお暇?」
 流石にナンパされるのは怖いと、断りの言葉を考えてると、
「うん、6時までなら大丈夫♪」
 と悠里お姉さまがオッケーしてしまう。

 そのまま立ち話で軽く(あたし達は嘘だらけの)自己紹介。
 やたらと背の高い子たちだった。あたしでも見上げないといけないくらい。特に片方の、北村とかいう無口でハンサムなほうは身長190cm越えてるんじゃなかろうか。
 もう一人の伊賀と名乗った、愛嬌のある丸顔の子でも多分185cmくらいだと思う。

 元バスケ部だそうで体格も無茶苦茶良くて、この2人に囲まれていると流石のあたしでも、なんだか自分が小さな女の子であるような気分になってしまう。
 本来1つ年下の少年達に、“年下の女の子”として扱われるのも面白い。
 新鮮な感覚に、口許がほころぶのを止められない。

 ハンサムさんのほうは、悠里お姉さまと並んで見劣りしない美形で高身長。元バスケ部のエース兼主将で、スポーツ推薦の話もあったのを蹴って、家業の開業医を継ぐために国立大の医学部に普通に合格したという『何そのチートキャラ』状態。
 本来なら、悠里はこういう人と結ばれるべきなんだろうな、と内心複雑な気分になる。

 取り損ねたぬいぐるみさんに小さく手を振ってお別れして、プリクラコーナーへ。
 ガラスで盗み見ると、男の子2人は、後ろでこそこそ喋ったあと、じゃんけんとかしてる。たぶんどっちが悠里お姉さまと一緒に写るか勝負なんだろう。失礼な。
 その後、そのチート男に手招きされ、プリクラのカーテンの中に入る。

 あたしの肩に、腕が回される。『この人、全然女慣れしてないんだ』と分かるぎこちなさ。
 ふりほどくのも無粋かと、そのままの格好で撮影を終える。
「北村さん、じゃんけんに負けちゃったの? 残念」
「あれ、じゃんけんばれてたんだ……でも、勝ったのは僕だよ」

 ……え? 反応に困るあたしをよそに、北村さんが2回目のコインを投入。
「アキちゃん、こっち向いて」
 言葉通りに振り向いたあたしの目に、どアップで彼の顔が迫る。約20cmの差を埋めるために無理に屈んだ状態で、ちっとも上手くない、それだけに真剣さが伝わってくるキスだった。

 混乱してふりほどこうとしても、いつの間にか背中に回された腕が許してくれない。
 シャッター音が流れ、見事にチュープリが撮られてしまう。
 撮影が終わり、腕の力が緩んだすきに、わたわたと脱出。
 どうしよう顔が真っ赤で彼の顔をまともに見ることもできない。

「ちょっと強引すぎましたかね? 嫌われちゃいましたか?」
「いや、これは脈ありと見ました」
 伊賀さんと、悠里お姉さまが無責任に茶々を入れてたりする。

「……あのぉ、北村さんって、彼女とかいないんですか?」
「ずっと男子校で、女の子と付き合ったことはないんだ。アキちゃんみたいにドキドキする子に会ったこともない。もしよければ、僕の恋人になってくれないかな」

「……嬉しいんですけど、でもごめんさい。あたしにはもう、付き合ってる人がいるから」
「そっか、もう彼氏いるんだ。そりゃそうだよね。こんな魅力的な子に、恋人がいないわけないか。……本当にごめんね」

 それだけ聞いてトイレに逃げ込み、便座に腰をかけて深呼吸。でも、無意識に入った先が女子トイレだったのは偉いと思ったけど、これから先、“俺”本当に大丈夫だろうか。
 逃げてる最中ちらっと見えた、彼のズボンの前は随分と窮屈な状態だった。
 そして、それを見てフェラチオとかしてあげたいと思っている“アキ”の存在が怖かった。

 ぶんぶんぶんと頭を振って、ついでに小用もして、キスで取れた化粧も軽く直して、ようやく皆のところに戻る。今自分が男なら、顔も洗ってたところだ。
 まだ彼の顔をまともにみれない。代わりに、じっと見つめる北村さんの視線を感じる。

「アキちゃんの彼氏さんって、今日は一緒にいないのかな」
 伊賀さんが、フォローのつもりなのかそんなことを聞いてくる。
「そのぉ、今日はお仕事中だから」
「へえ。社会人?」

「いえ、大学生なんですけど、モデルの仕事もしてるので」
「うわ凄いねぇ。……ひょっとして、アキちゃんも将来、モデルとか目指してたりする?」
「あたしなんか、とてもとても」
「背高いし、スタイルいいし、顔かわいいし、絶対合うと思うんだけどなあ」



 その男の子2人連れとも6時で別れ、2人で女物の服を買いに行く。
「7時半までに、どれか好きなもの1揃いを選んでね。アキちゃんにプレゼントするから」
 センスを問われる、割と難問だった。172cmの身長に合う可愛い服ってあんまりない。
 色々店を回ったあと、ようやくピンときたものがあった。

 幾重にも重なる、クリーム色のチュールの透けるロングスカート。花咲き乱れるプリントのロングブラウスの上に、長めでクリームピンクのニットカーディガンを羽織る。
 どこかで見たような、と思ってたら、店長さんに「それ、瀬野悠里ちゃんのコーデよね。ファンなのかな?」と言われてしまった。

 そういえばこれ(随分昔の話に思えるけど)、撮影でスタジオまで迎えに行った際、悠里お姉さまが着ているところを見たことのある、森ガールの衣装一式だった。
 「よくご存知ですね♪」と返事したけど、隣に本人がいるので笑いを堪えるのが大変。

 フリルとレースいっぱいのその服のまま、店を出る。道行く人の視線が気持ちいい。
「悠里お姉さま、ありがとうございます」
 お辞儀をすると、途中で購入した可愛らしいイヤリングが耳元で揺れる。その感覚もなんだかくすぐったい。

 悠里お姉さまも、予め持ってきていた私服に着替える。
 ワインレッドのロングワンピースに赤いボレロ。無地で飾りのないシンプルさが、却って悠里お姉さまのスタイルの良さと端正な美貌を強調して、女のあたしでも見蕩れてしまう。
 ……本当はどっちも男なはずなのに、どこまでも感覚が狂いっぱなしでいけなかった。

 その格好で、待ち合わせ場所に移動して待つ。
 ナンパ男が寄ってきては、悠里お姉さまが視線だけで撃退することを何回か繰り返したあと、ようやくお姉さまがやってきた。

 黒いジャンバー、黒いシャツ、黒いジーンズ。
 黒ずくめの完全に男物の衣装がスタイルの良い細身を強調して、ついぼぅっと見蕩れる。
「待たせちゃったかな? ごめんね」
 謝る身体に飛びつき、キスまでしてしまう。

 ここが往来ということも忘れて──いや、見ている人みんなに、あたしの愛を見せ付けるように、濃厚なキスを。……って、ちょっと待ったアキ。流石にやりすぎだ。
 慌てて体を離して、小声で「ごめんね」と謝る。
「いや、嬉しいけど……どうしちゃったの? アキちゃん」

「今日のアキちゃん、本当にびーっくりすることばっかりだったよ♪ ゆっくり話したいから、お食事できるところ行こっか。……俊也、何か食べたいものある?」
 お姉さまの言ったお店に、3人でおしゃべりしながら移動する。

「お姉さま、結局今日はお仕事だったんですか?」
「うん、初めてのTVCMの撮影。流石に俊也にも譲れなくってね。……って色々言いたいことあるけどさ、今日は私が悠里ってことばれちゃったんだ」
「ばれたというか……見抜いた? アキちゃんって凄いんだよ♪」

 それから、家での様子、女声の特訓、電車内の様子、アミューズメント施設の出来事やそこで会った男の子たち、今着てる服のお買い物の様子までことこまかに解説していく。
 自分の意識をアキに保った状態でも顔が真っ赤になっている。雅明の素に戻ったら穴に埋まってその穴を爆破したくなるような出来事ばかりだった。

「その北村って人、どんな人?」
 食事も終わって、今日の出来事も説明し終わって。興味津々といった体で、お姉さまが聞いてくる。
 その言葉に、待ってましたとばかりにプリクラを差し出す悠里お姉さま。

 チュープリもそうだけど、その一枚前の写真とそれに書き込んだ落書きも妙に気恥ずかしくて、顔を手で覆って脚をバタバタさせてしまう。
「うわ、確かにハンサムだなあ。こうして見るとお似合いの美男美女カップルって感じで、ちょっと妬けてしまうな」

「そんなこと言わないでくださいよぅ。あたしは──アキも雅明も、お姉さまのものです」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない♪」
 にんまり笑って、あたしの頭を撫でてくれる。顔がとろけそうになるのを止められない。
「雅明はお姉ちゃんのでいいから、アキちゃんは僕に譲ってくれないかな」

 少年の声に戻って、悠里お姉さまが言う。
「あら、惚れちゃった?」
「うん、割と真剣に。だってアキちゃん、可愛すぎるんだもの」
「でも駄目、“俊也”には絶対譲ってあげない。……“悠里”相手なら考えなくもないけど」



 食事を終えて、しばらくウィンドウショッピング。
 途中であたし用の新しい下着を購入したりしたあと、ラブホテルに入る。

「あたし、最初にシャワー浴びてきていいかな?」
 朝に香水とかつけたりしたものの、一日歩き回ったりしてたせいで男の体臭が少ししてる。なんとなく、それが嫌だと感じる自分がいた。
 シャワーを入念に浴びて、ふと思いついてシャワー浣腸もしてお腹の中を綺麗にしておく。

 バスタオルを胸のところで巻いて、部屋に戻る。
 どうもいけない。意識がアキに傾きっぱなしだ。それを自然にやってしまうこと自体が、既にかなりやばい。分かっているのに、歯止めがきかない。

 2人にシャワーに入ってもらってる間に荷物を漁り、買ってもらったばかりの可愛いデザインのペールイエローのブラジャーだけをつけて、パッドを入れなおす。
 昼間着ていた女子制服を取り出し、白いブラウスと青いチェックのプリーツスカート、キャメル色のブレザーを順に身に着けていく。

 スカートのウエストを緩めるのは、少し屈辱だったけど。いつかウエストニッパーなしでも、昼間のサイズでスカートを穿けるようになりたいなと思う。
 その格好で、更に荷物の中を探す。少しあって、"Remover"と書かれた小さな容器を発見。
 自分の股間につけると、嘘のようにあっさりと、接着された擬似割れ目が解放される。

 久しぶりに見る、『雅明』の姿。
 あって当然のそれは、なんだか少女の股間に生えた男性器のような、あるいはフタナリのような、不自然さと違和感と、そして蠱惑的なまでの魅力を放っていた。
 指先で軽くなぞると、恐ろしいまでの快感が全身を貫く。

 そういえばタック状態にされてる間、ずっとオナ禁状態だったことを思い出す。やろうと思えばできるのだろうけど、なんだかそういう気分になれなかったのだ。
 そこから意識を引き剥がして、今度は自分の持ってきたポシェットを探す。真っ先に香水の瓶を探して、ほんの少しだけ身体に振り掛ける。女らしい匂いにうっとりする。

 そこまでしたところで、2人が出てきた。
 姉弟で仲良く一緒にシャワー……普通はやらないと思うけど、この2人はそういえばよくやっている。中ではどんな状態なのだろう。
 さっきのあたしと同じように、2人とも胸でバスタオルを巻いた姿。胸以外は差のない姿。

「あれ、アキちゃん。制服なんて着ちゃって。……それそんなに気に入ったんだ」
「もちろんですよぅ。お姉さまがこの制服着てるのを見て、あたし、どれだけ憧れだったか」
 ……それは『自分で着てみたい』という意味での『憧れ』じゃなかったと思うけど。
「そっかー。アキちゃん似合ってて、すごく可愛いもんね♪ 一緒に通えたらよかったのに」

「今日も、もう一着、制服あるんですよね。どっちが着ます?」
 無言で顔を見合わせ、同時にじゃんけんをする、お姉さま2人。
 あいこが3回くらい続いたあと、悠里お姉さまが勝利。いそいそと、お姉さまの持ち物である制服を着始める。
 その間、手招きされてお姉さまと一緒に、部屋にあった鏡の前に座る。

 お姉さまの細い指によって、再びあたしの顔にメイクが施されていく。
 自分で出来るようになりたいとも思うけど、お姉さまにメイクされている感覚も好きだ。
 肌の色に近いアイメイクとチーク、ピンクのリップとグロスだけの、軽いメイク。
 髪をセットしなおしてもらって、鏡の中を見る。

 『雅明』は認めたがらないけど、なかなか可愛い部類の女子高生に見えると思う。
 これで背が高くないなら、中学生にも見えるかもしれない。
 ……まあ、比較対象がお姉さま達なら、あらゆる点で完敗なんだけど。

「なんかさ、一つ夢が出来ちゃったな」
 鏡の中のお姉さまと自分自身とに見蕩れているあたしを、後ろから軽く抱きしめながら、お姉さまがつぶやく。首から肩に柔らかな二つの膨らみを感じる。羨ましい感触だった。
「……夢、ですか?」

「うん。アキちゃんと一緒に、モデルとして舞台に立ちたいなぁ、って。……そんな遠くない未来に実現できそうな気もするけどね」
「そんな、あたしには無理ですよぅ」
「ルックス的には充分だと思うんだけどな。アキちゃんもっと自分に自信を持っていいよ」

「んーと、そっちよりむしろ……モデルについて知れば知るほど、とてもあたしにはその世界は無理だなぁ、って。なんというか、あたしそんなにストイックになれそうにないっていうか、そんな覚悟はあたしには出来ないなぁ、っていうか」

「そういう部分でも、アキちゃん実は向いてるんじゃないかと思うんだけどな♪」
 女子高生姿になった悠里お姉さまが、ベッドの上で脚をぶらぶらさせながら言う。
 あたしと違って、ノーメイクでも充分美少女な姿。
「一度やってみたらどうかな? あまり身構えずにさ」

 つい頷いてしまいそうになる『アキ』を押しとどめるのに一苦労。
 ほっておいたら俺は、この2人にどこまで連れていかれるのだろう。

 返事に迷う“俺”を放置して、悠里と俊也がキスを始めてる。
 傍目からも分かる、濃厚にすぎるディープキス。鏡合わせのような美少女2人による、一種のナルシズムの極地。実際には男と女、それも実の姉弟による倒錯的な光景。
 『雅明』がそれに目を奪われている隙に、またもや『アキ』に意識の主導権が奪われる。

 悠里お姉さまの前にひざまずき、短いスカートをめくり、更に下着もめくる。
 無毛の可愛らしい、男のものでは決してない割れ目が見える。
 制服のポケットに入れておいたリムーバーを取り出し、そこに振り掛ける。
 とたんに姿を現す、悠里お姉さまのお○んちん。

 あたしも身をもって経験したけど、割れ目状態だときちんと洗えないから、匂いも溜まって凄い状態になっている。でもその匂いが、あたしを興奮に誘う。

「いただきまーす♪ ……はむっ」
 きゅっと膝を合わせてかばおうとする悠里お姉さまの脚を押さえつけ、唇を近づける。何年ぶりになるか分からない、“その場所”の味が口の中に広がる。

 本当は回りから徐々に、じらすようにやるのが定石なんだけど、勢いづいたせいか止まらない。いきなり完全に、悠里お姉さまの根元までを口の中に入れ込む。
 肉棒の下のラインを、舌で舐めあげる。
 あたしと同じように、悠里お姉さまも溜まっていたのだろうか。それだけで発射の兆候。

 少し残念に思いながら唇を離し、改めてじっくりと攻略再開。
 可愛らしい女子高の制服に似合わぬ、男の子の徴。男の服でも女の子と間違われてナンパされることも多い可愛い顔に似合った、やや小ぶりな男の子の証。
 仮性包茎で今は皮かむりのそれを、指先でぷりっとむき出しにする。

 現れた亀頭に、軽く口付ける。鈴口を舌で何度もなぞる。
 溜まっていた恥垢を舐め取ると、なんとも言いがたいチーズに似た味が口の中に広がった。
 タマタマとその周辺へ、指先と舌による責めを繰り返す。

 いつの間にか、お姉さま達はキスをやめていたらしい。
「悠里、スカートをたくし上げてみて」
 お姉さまがそう言うと、今まで頭にかかって少し邪魔だった、悠里お姉さまのチェックのプリーツスカートがめくりあげられて光が入る。

 見上げると、悠里お姉さまの美しい顔が目に入ってくる。
 お洒落な女子高制服に身を包んだ超美少女が、自ら指でスカートをたくし上げ、股間でひくついている完全勃起状態の自分の男性器をあらわにする。
 それはなんとも倒錯的で魅惑的な情景だった。

 あたしを少し不安の混じった顔で見下ろしてくるその顔ににっこりと笑顔を送ったあと、甘えた上目遣いのまま、グロスの輝く唇で亀頭の部分を優しくくわえ込む。
 もう少し進めて、カリ首の部分をなぞるように舌先を一周させる。
 気持ちのいい部分は知り尽くしている器官。指と舌とでその箇所を丹念に刺激する。

「あ、あ、あぁぁん♪ あっ、アキちゃん、フェラチオ上手すぎ……ゃ、ゃぁぁんっ!」
 指先をそっと伸ばし、お尻の穴にトントントン、と軽く刺激を与えたりもする。思わずのけぞって快感をあらわにする、ほっそりした身体。
 時には激しく、時には緩め、発射の寸前にいたるまでを何度も何度も繰り返す。

「ごめん、アキちゃん、いかせて……お願い……お願いだから……ぁぁんっ」
 息も絶え絶えに哀願してくれる。そんな悠里お姉さまの様子は珍しい。
「悠里お姉さまぁ、まだまだ大丈夫ですよぅ。もっともっとアキのお口マ○コで、気持ちよくなってくださいね」
「アキちゃん、本当にフェラチオ上手だなぁ。悠里も凄い気持ちよさそう。参考になるわ」

 それから十分近く更に経過し、本当の限界が近づいてきた。一気に深く攻め入る。
「バキュームフェラにディープスロート……アキちゃん、そこまで出来たんだ。10歳の男の子にそんなことを仕込む冬子さんたちって、ナニモノなんだろう」

 お姉さまの解説を聞きながら、悠里お姉さまの身体が快楽のあまりに暴れまわる。
 どれだけ精液を溜め込んでいたのだろうか。あたしのお口を完全に満たし、思わず口を離したあとも放出を続け、あたしの顔を、髪を、制服を、匂いのきつい粘る液体が染め上げた。

 本当に美味しいとは思わないけど、美味しそうな表情を作って、その液体を飲み干す。
 目の周りだけ最低限指でぬぐって、咄嗟につぶっていた目をあけると、ベッドの上悠里お姉さまが仰向けに倒れこんでいた。
 短いスカートを押し上げて、まだ勃起状態のペニスがひくつきを繰り返している。



「いや、いいもの見せてもらったわ。……本当、すごかった」
 その悠里の言葉に、“俺”は我に帰る。
 足元を見れば、たった今俺が見事に壊し果てた、『越えてはいけない、最後の一線』の残骸が散乱してるのが目に入るような気さえした。

「──悠里、俺な……俺、男なんだから」
「うん、知ってる。それは誰よりもまず、私が保証してあげる」
「ありがとう。慰めでも嬉しい。──こんな格好のままで、ごめん」
 返答も待たずに、女子制服の姿のままで、ぎゅっと強く悠里を抱きしめる。唇を奪う。

 フェラで俊也の精液を飲み込んだ直後にキスをして、髪から顔やら制服やらにべったり精液がついた状態で抱きつくとか……と後悔が脳裏をよぎるけれども、それでも止まらない。
 悠里も少し戸惑って一瞬ひるんだ様子もあったけど、すぐに積極的にハグとキスを返してくれる。

「……雅明、今までよりずっとキス上手くなってない?」
 唇を離したあと、とろんとした目で俺の目をまっすぐに見つめて、悠里が言う。
「悠里が教えてくれた通りにやってるだけだよ。こないだ悠里からのキス受けてさ、俺のキス下手だったなあ、って反省したんだ」

 もう一度、今度は唇をつけずに舌だけを絡ませあう。同時に指で悠里の股間を弄ぶ。
「……脛毛も髭もなくなって、肌もすべすべになって……本当にごめんね、私のワガママに付き合わせちゃって。でも私やっぱり、こっちのほうがいいや……」
「悠里が喜んでくれるなら、このくらい別に気にしないよ。やっぱり俺は悠里が好きだから」

 ピロートークと前戯を平行しているような、奇妙な状況。でもその悠里の言葉が、静かにゆっくりと、俺の興奮を高めてくれる。
 スカートの裏地に、俺のむき出しの亀頭がこすれて変な感覚がするけど気にならない。
 次第に悠里のヴァギナも、滾々と蜜を湛えていくのが分かる。

「悠里、入れるよ……」
「うん、大丈夫。来て……」
 そういえばいつぶりだろう。悠里の割れ目が、ゆっくりと俺の猛り狂ったままの器官を飲み込んでいく。当たり前の行為のはずなのに、久しくなかった気がする。

「悠里、やっぱり俺、悠里のお○んこが一番いいや」
「うん、嬉しい……あぁぁっ、ゃだ! そこっ、ああああっ、あぁぁぁん! いやっ!」
 悠里をベッドに寝かせて彼女の長い綺麗な脚を俺の肩に預け、俺はベッドの外から深く貫く正常位。

 オナ禁の効果もあり、久々の悠里のあそこがとてもとても気持ちがよかったせいもあり、ほんの一瞬で発射してしまう。それは凄く長くて、凄く気持ちいい射精感だった。

 いつもの俺であれば、ここで一旦萎えて、少しの休憩が入るところ。
 でも今は悠里が全然気持ちよくなってないし、俺もまだまだ続けたい気分がある。
 相棒の感覚を探ると、半勃起状態でまだ繋がっていられそうだった。
 そのままの状態で、改めてピストン運動を開始する。

 見上げると、全裸の美少女をと女子制服姿の少女が百合行為を働いているシーンが見える。
 鏡に映った自分達の姿で、それがとても気恥ずかしい。
 目をそらすために視線を下ろし、悠里の姿に魅入る。激しい快楽ではない。でも着実な興奮に身を任せて悶えている姿は、神秘的なくらいに美しかった。

 徐々に俺の分身が力を取り戻す。腰の動きを徐々に大きくし始める。
「はぁ……はぁ……ぁん……やっ! ぃやっ! ぁああ! あん! 駄目ぇえっ!!」
 悠里の喘ぎも大きくなっていく。腰のうねりが悩ましさを感じさせる。

「悠里っ、俺っ、悠里が大好きだっ、愛してるからっ、大好きだからっ!」
「ぁぁんっ! まさあきぃっ! 雅明っ! 雅明っっ!!!」
 今までにない一体感を感じる。そんな至福の時間をひたすら繰り返したあと、彼女の昂ぶりを捉えて、2人、完全に同時に最後まで登りつめた。



(やっぱり俺、悠里が……女相手がいい。アキはもう俺を惑わさないでくれ。俺はもう、男となんかやりたくない。俺はアキじゃないんだ。お前の欲求に付き合いたくない)
 床に倒れこむように寝そべり、天井を睨みつつ考える。
 (……雅明、それは違うよ)、と頭の中で“アキ”が抗議するかのように囁きかけてくる。

 ──雅明とアキはいっしょの人物。
 アキの感情は雅明の感情だし、アキの欲望は雅明の欲望なの。
 アキが嬉しいと思ったことは雅明も嬉しいと思ったことで、アキがやりたいと思ったことは、雅明もやりたかったことなの。……自分を誤魔化すダシに使わないで──と。

 それに俺は言い返そうとして、……そしてその言葉が余りに図星で事実で言い返せないことに気付かされる。

「アキちゃん、大丈夫?」
 倒れこんだ俺に声をかけてきたのが、俊也でなかったなら少し展開が変わっていたかもしれない。
 短いスカートがひっかかる形で、勃起状態のペニスの先端が見えてなければ違ってたかもしれない。

 でも。
(雅明、本当は『あれ』、欲しいんでしょ? 自分に嘘ついちゃだめだよ? 何ならあたしが代わってやってあげてもいいよ?)
(……おいっ、馬鹿っ!)

 “あたし”の身体を起き上がらせ、俊也の身体をベッドの上に押し倒す。
「アキちゃん、どうしちゃったの?」
 戸惑う“悠里お姉さま”の分身を、騎乗位の形であたしの中に受け入れていく。
 いや、誤魔化しても始まらない。確かにこれは、『雅明』自身も望んでいたことなのだ。

 前戯もローションもなかったので、そもそも入るかどうかすら不安だったのに、ずぶずぶと根元まで、あたし/俺のお尻は悠里お姉さまの肉棒を迎え入れてしまう。
 引き裂かれる感覚や痛みは微塵もない。ここしばらく受け入れてきたまがい物とは違う、柔らかくも力強い感触がとろけるように心地いい。

 大きさも硬さも、大昔の記憶に微かに残る感触よりは大人しいものだったけれど、でもそれが悠里お姉さまのものだと思えば、愛しさだけが募ってくる。
 デザインが可愛いことで有名な、女子高のキャメル色のブレザーに身を包んだ二人の美少女たちが、ベッドの上で腰をくねらせあっている。そんな鏡の中の姿に見蕩れる。

 頭で考える必要もない。ただただ、心と躰の命ずるままに、腰が痙攣し、うねり、全身が揺れるままに任せる。
 腰が前後に、上下に動くたびに、悠里お姉さまが快感の余り熱い吐息をはく。
「あぁぁあん♪ ぁぁぁああんっ♪ ひゅっ、はぁっ、はぁぁあああああんっ♪」

 喘ぎ声が、まるで音楽であるような響きを帯びるのは、悠里お姉さまの一つの特徴。
 愛しい愛しい、悠里お姉さま。
「……そういえば、俊也って前、確か雅明相手じゃできないとか言ってなかったっけ?」

 少し気だるさの残る様子で、陶然とした瞳であたしたちのまぐわいを見つめていたお姉さまが、ふとそんなことを聞いてくる。
「い、言ったでしょ? 私っ、アキちゃんに惚れちゃったのぉっ! 雅明は無理だけど、あっ、あぁん! アキちゃん相手なら、さっ……さ、最後までやりたいのっ!!」

「ゆっ……悠里お姉さまぁっ! あっ、あたし嬉しいですぅぅっ!」
「アキ、アキちゃんのあそこ、よ、よく締まってて、ひだひだが絡み付いてきてっ、吸い込んでいくようでっ、ぐしょぐしょに濡れててっ、とってもとっても気持ちいいのぉっ!」
「ゆっ、悠里お姉さまのあそこ、あったかくてっ、脈うってて、すっごく気持ちいいのぉ!」

 お姉さまはまだ何か言っているようだけど、もうそれすらも“意味ある音”として聞き取れない。2人の世界の中、獣のような、悲鳴のような、音楽のような嬌声が絡みあう。
 そのままどのくらい時間がすぎたのだろう。流石に疲れが出てきた。
 2人目で見詰め合って、言葉にすることなく互いの意思を了承。息を合わせる。

 体勢を組み替え、繋がったまま後背位に位置を入れ替える。まるで獣の交尾のような姿勢。
 その状態で最後の最後まで突きこんでも、悠里お姉さまのものは、あたし/俺の最奥には到達しない。
 それでも自分の肉体が歓喜の声をあげるのを止められない。

「はんっ! あんっ! 気持ちいいのぅっ! あぁぁあぁぁんっ! ぁぁんっ!!」
 全身が快感の波によって翻弄されて止まらない。そしてその最大の波で絶頂を迎えるその瞬間、恐ろしい量の白く熱く滾る精液が、体内に迸るのを感じた。

 悠里、俊也の演じるもう一人の悠里、それに“アキ”。
 “雅明”はどうも、この3人の気まぐれで小悪魔的な、でも俺のことを本心では優しく気遣ってくれる美少女たちに翻弄される運命にあるらしい。
 あまりの快感に、いつものように意識が失われる寸前、ふと、そんなことを思った。



『瀬野家の人々』 雅明くんの春休みD 2013/04/04(木)


「うん、いい感じいい感じ。そんな感じで続けてちょうだい」
 悠里と俊也の行きつけの美容院。
 何故か本日臨時休店の、他に人気のないその店内で、眼鏡をかけた店長のおば……お姉さんにレクチャーを受けながら、俺は化粧の練習なんてシロモノをしている。

「貴方、メイクの才能があるのね。もっとしっかり勉強と練習を重ねて欲しいな」
 なんだか最近、女装関係でばかり褒められてる気がする。
 そんな考えが顔に出てたのだろうか。少し楽しそうな声で、店長さんが続ける。

「男性のメイクさんは多いし、貴方のその才能を伸ばしてみるのも手かもしれないわよ? 悠里ちゃんの傍にずっといたいなら、メイク兼マネージャーって方法もあるかもしれないし」
 ……そっか。自分の女装関係なしに、メイクを習うこと自体に損はないのか。
 俺の中にあったわだかまりが、少し溶けた気がする。

 いっそ、ということで化粧の落とし方まできちんと教えてもらい、最初からメイクを行う。
 余分な工程は避け、可能な限り薄化粧に見えるよう、でもしっかりと可愛らしくなるよう。
 家で自分だけでやった数回より、さっきの1度目より、ずっと上達してきたように思う。

「貴方って飲み込みよくって教え甲斐があるわぁ。……でも本当、羨ましい肌してるわね」
「それ、正直よくわかんないんですよね。悠里のほうが絶対肌綺麗ですし」
「あの子たちは素材もいいし、自分を磨くために凄い努力もしてる」
 ──それはこの半月の間、俺が特に痛感させられことだった。

「でも特にお肌に関して言えば、あなたの素質も悪くないとお姉さんは思ってるんだけどな。なんだか底が知れないっていうか。……貴方のお肌、大切にしてね」
 返答に困りながら、化粧を続行。リップを自然になるように注意しながら塗り、グロスを厚くならないように置いて艶やかさ出す。フェイスパウダーをはたいて完成。

 悠里のテクに及ばないものの、先程までと違って“可愛い女の子”レベルにできたと思う。
 それを楽しく思ってる自分、もっと上手くなりたいと思ってる自分──それも“アキ”ではなくて“雅明”──に気がついて少し困惑するけれど。

「『魅力的な女の子』になるためにはね、普通はとっても努力と積み重ねが必要なの。──でも、貴方は違う。その積み重ねをパスして、いきなり『魅力的な女の子』という結果だけを手に入れてしまった……そんな感じがする。
 そのアンバランスさも貴方の魅力なんだけど、充分注意してね。貴方ガード甘いから」

 そんな言葉に送られつつ店を裏口から出て、電車に乗って一駅分の移動。
 この時点で“アキ”に意識を切り替えてるつもりだったのに、何故か“雅明”のままだ。
 以前はどうやって切り替えたのかも、もう思い浮かばなくなってる。
『アキに成り切れば、女装姿で外出しても恥ずかしくない……ハズ』
 という目論見が見事に外れ、羞恥心が半端ない。

 ショートカットの少女のようにセットした髪に結んだリボンも。
 揺れるパッドの重みも。
 食い込むブラジャーの紐も。
 くびれさせたウエストも。
 スリップの滑らかさも。
 ショーツのぴったり感も。
 カーディガンのピンク色も。
 花柄のブラウスの生地の柔らかさも。
 スカートの裾を揺らす風も。
 むき出しの脚を見る、男性たちからの視線も。

 全部が羞恥心を煽って、墓穴があったら入ってそのまま埋葬されたい気分だ。



「ねえ、君、大丈夫?」
 ついつい俯きがちになって歩く俺に、駅の構内を出たあたりでそんな声がかけられた。
「え? えぇっと、あの……あたしですか?」
「うん、そう。なんか具合悪そうに見えたからさ。余計なお世話だったらごめん」

「特になんともないですよ。大丈夫です。気を使わせてすいません」
「ああ、良かった。……ところで君さ、どこに行くの?」
「どこ、って、買い物ですけど……」
「へえ、そうなんだ。あ、オレ灰村って言うんだけど、君の名前は?」

「いや……ナンパするのは勝手だけど、俺、男なんですけど?」
「またまたぁ。断るために嘘つくにしても、もうちょっとマトモなのにしようよ」
 男声に戻して言ったつもりだったのに、それでも信じてもらえなかったらしい。

 どうしたものかと悩んでいるところに、
「オレの愛しい恋人にちょっかいをかけるのは、それくらいにしてもらえるかな?」
 と、どこかで聞き覚えのある声がした。
 助け舟かな? と、思いつつ、その声の方向を見ると……

「うげ。デンパナンパ男」
 半月ほど前、最初に女装外出したときにしつこくナンパしてきた電波男だった。
「“恋人”どころか、以前彼女をナンパしたことがあるってだけの、一方的な関係っぽいな」
 ナンパ君第一号にも、しっかり見破られて分析されてるし。

「君も疑うなんて酷いな。オレたちは運命で結ばれた前世からの恋人同士なのに。さ、こんな奴ほっておいてデートはじめようよ」
 こいつは一体、俺を俺と分かった上でこの台詞を言っているのか、それとも会う女の子全員に『運命』って言って回っているのか。

 この事態をどう収拾つけたものかと困っていると、見逃しようのない長身が目に入る。
「北村さーん、へるぷ・みーです」
 ぱたぱたと手を振って呼び寄せる。さすがのナンパ男×2も、身長190cm超のスポーツマンの存在感には敵わないと退散してくれた。

「お役に立てて良かった……のかな? えーっと……」
「すいません、本当に助かりました。ありがとうございます。あぁ、あたしです。アキです」
「ああ! すぐに分からなくて、本当にごめん。私服も素敵で、すっかり見違えたよ……制服のときとは、随分感じが違うんだね」

 それはもう、前回とは『中の人が違う』状態だから。誤魔化す言葉を、少し捜す。
「そうかな? ……どっちのあたしが好きですか?」
「うーん、どっちも魅力的だけど、今の私服のほうが、一緒にいて気が楽ってのはあるかな」
 『女としての魅力』で“アキ”に勝てたと、優越感を覚える俺が既にやばかった。

「さっきは何だったの?」
「ナンパがしつこくて困ってたの。……あたし、そんなにナンパのカモって感じなのかなぁ」
 店長さんが言ってた、『ガードが甘い』って、こういうことなんだろうか。
「それは、アキちゃんが魅力的すぎるからしょうがないよ」
 そういえば、こいつもまたナンパ男の一人だったか。

「今日も彼氏さんはお仕事?」
「うん、7時に待ち合わせ。それまであたしは、お姉ちゃんのお遣いとか……北村さんは?」
「僕のほうは、特に用事はないかな」
「もしよければ、お買い物付き合ってくれないかなぁ」
「彼氏さんに悪くない?」
「それはぜんぜん大丈夫」
「なら、喜んで」

 2人で恋人同士のように、並んで街を歩く。思ったとおり、ナンパよけとして最適の相手だった。背の高さの関係で、『のっぽ女?』という視線が減るのも気が楽でいい。
 彼は基本無口なので、喋ってボロが出る機会が減るのもありがたかった。
 少し歩いて、最初の目的地のランジェリーショップに到着。

 悠里の依頼で買い物に来るのもこれで何回目かになるけど、その度に居心地の悪い思いをしてきたお店のひとつ。
 いっそ女装して、『アキモード』で来れば恥ずかしくないんじゃ? と思ったのが、今日の女装外出の理由である。『雅明モード』のままなのが、ひどく計算外なわけだが。

 北村氏はすごく恥ずかしそうな感じで俺について来ている。
 前回までの俺の居心地の悪さを押し付けているようで、意地の悪い楽しみを覚えてしまう。
 リストに従い、補正下着とか色々購入。思い出せば、俺が付けさせられた下着はこうして自分で購入したものだった。
 買った時点では、自分でつけるとは夢にも思ってなかったわけだけど。

「……荷物、持ってあげるよ」
 店を出て少し歩いたところで、そんなことを言われる。
「いや、そこまでは流石に悪いですよ」
「家に帰っても筋トレくらいしかすることないから、ウェイト代わりってことで。……それになんだか、女の子に荷物持たせてると視線が痛いんだ」
 そっか。周りから見れば今は俺が『彼女』で、こいつが『彼氏』な状態なのだった。
「……そういうことなら……うん、ごめんなさい。お願いします」



 そんな感じで、寄り道を交えつつ店を回っている街中。ふと足を止める。
 店頭に並ぶ、特大サイズのポスター。その中で悠里が微笑んでいる。
 複雑な気持ちが心に渦巻く。
 誇らしさと、手が届かないところに彼女が行ってしまうような寂しさを同時に覚える。

「……どうしたの?」
「いえ……えーっと、瀬野悠里ってモデルの人、知ってます?」
「僕、テレビとかあんまり見ないし……そういうの疎くて。ごめん」
「一般的な知名度としては、そんなものかな。あたし、彼女のこと前からずっと憧れで」
「それがこのポスターの人? 確かに美人だね……でも僕には、アキちゃんのほうがもっともっと魅力的に見えるよ」

 なぜだか不意に、彼の唇の感触を思い出す。
 肩に回された腕の力強さを思い出す。
 ……自分が“アキ”でいるときならともかく、“雅明”でいるにも関わらず。
 たまらないほど恥ずかしい気分がしてきて、彼にくるりと背中を向ける。

 流れる沈黙に耐えられなくなったのは、自分のほうが先だった。
「……北村さん、あたしのことなんか忘れて、早く彼女作ったほうがいいですよ。大学に入れば、きっと素敵な彼女が出来ると思います」

「それは無理だと思う。……アキちゃんが、彼氏さんのことを本当に大切に思ってるのは分かるから、奪おうとは思わないけど……
 でも、僕がアキちゃんのことを忘れることはできないし、世界中のどこを探しても、アキちゃんよりも素敵な女の子を見つけることもできないと思う」

 なんでこいつはこんな低く響く声で、真剣な声で、こんな女殺しの台詞を言えるんだろう。
 そしてなんで俺は、こんな『女殺し』の台詞に、胸がぎゅっと苦しくなっているんだろう。
 荷物さえ彼に渡してなければ、今からこの場をダッシュで逃げ出してしまえるのに。
 ポスターの中から、営業用の笑顔で見つめる悠里の視線が痛かった。

「……ごめん、こんな困らせるようなこと言うべきじゃなかったね。忘れてくれると嬉しい」
「こちらこそ、ごめんなさい。ちゃんと応えることができなくて」
 深呼吸をして、無理に笑顔を作って再度彼に向き直る。

 たぶんそれは、泣き笑いみたいな顔に見えたはず。
 彼も、どこか辛さを押し隠したような笑顔で応えてくれる。
 ──もし自分が本当に女の子だったなら、いや、男のままでも悠里と先に恋人になってなかったら。今この時、恋に落ちてどうしようもなくなっていただろう。そんな瞬間。

 ふたりどちらからともなく手を……恋人つなぎではないけれど……繋いで、再び道を歩き始める。それだけで、なんだか胸のドキドキが止まらない。
 “アキ”じゃないのに、“雅明”のままなのに、自分のことを自然に女の子のように考えてしまっている。
 そして、そんな自分をたまらないほど愛おしく感じてしまっている。

 あんなに恥ずかしかったスカートが、少女めいた外見が、何故だか今は誇らしく思える。
 ……“俺”は本当に、大丈夫なんだろうか?

「今日は、本当にどうもありがとう。北村さん力持ちで、ほんと助かりました」
 すっかり暮れた街並み。買い物リストを最後まで終えて、駅へと到着。荷物をロッカーへ。
「いや、僕もすごく楽しかったよ。……彼氏さんに謝らないといけないけど」
「大丈夫。許してくれると思う……これは、今日つきあってもらったご褒美」
 精一杯背伸びをして、彼のほっぺにキスをしてみる。

 すごく驚いたした顔で俺──あたし──の顔を見つめたあと、崩れそうな笑みを浮かべて、
「うん、……ありがとう。……じゃあ、彼氏さんと最高の夜を過ごしてね」
「ありがと。じゃあ、おやすみなさい」
 そう言って手を振って別れ、姿が見えなくなるまで見守る。
 もしここで強引に迫られていたら、きっと落ちていただろう。そうでなかったことを、寂しく思う自分がいた。



 寄ってきたナンパ男たちを半分上の空でスルーしつつ、待ち合わせの場所に到着。
「あれ、アキちゃん?」
 意外そうな声に迎えられる。

 デニムのスカートにGジャンをあわせた、珍しくカジュアルなスタイル。
 頭にはウェーブのかかった茶髪のカツラ。すらりと伸びた黒ストの脚が目に眩しい。
 不意の衝動に襲われ、その姿に思いっきり抱きついてキスをする。これがもし俊也の女装姿だったらという不安が背筋を走るけど、それでも止まらない。

 でも良かった、これは悠里だった。
 やっぱり俺、男なんだ。女の子が好きなんだ。さっきの一幕はただの気の迷い。
 落ち着いて、冷静になって、自分を取り戻して。

 落ち着いた。冷静になった。自分を取り戻した。
「ぎにゃー」
 思わず大声で叫びをあげそうになって、飛び離れて自分の口を押さえる。
「なんというか……その……ごめんなさい」

「うわっレズかよ」
「だいたーん」
「すっげえ美人同士なのにもったいねェ」
「眼福眼福」
 周囲の呟きが一気に耳に入ってきて、頭をかかえてしゃがみたくなる。
「……さすがに移動したほうがいいかな、これ」
 冷静な悠里がありがたかった。

「けど、あなたがアキで来るのは流石に意外すぎたなぁ」
 少し移動してガードパイプに腰を預け、2人並んで化粧直し。馴染んでしまってる自分が少し嫌になる。
 手早くそれを終わらせたくらいに、悠里の携帯が着信音を奏でる。

「……うん、ごめんね。ちょっと事情があって移動しなきゃならなくなって。そこからそのまま、高島屋のほうに来て……うん、……うん、……あ、見えた。こっちこっち」
 手を振る方向を見ると……ずんずんずんと、お袋登場。
「悠里ちゃん、お待たせしてしまってごめんなさい。……そちらの方は?」

 俺を見て、首をかしげながら尋ねてくる。……俺が俺だと気付いてないんだろうか。
「モデルの後輩のコでね、アキちゃんって言うの」
「なるほどモデルさんかあ。道理ですっごい美人だと思った」
「ありがとうございます。えぇと、はじめまして、アキです。……悠里さん、こちらの方は?」
「ああ、ごめんなさい。悠里の母親で、純子と申します」

 本気で気付いてないのか、気付かないフリをしてるだけなのか。
 判断つかないけど、とりあえずこっちとしては、お袋の前で『駆け出しモデルのアキ』に成り切って対応するしかない。
 心臓を裏側から、ごりごりと削られていくような感覚だった。

「お母様ですか。随分とお若いんですね。お姉さんかと思いました」
「生みの親じゃなくて、うちのパパの再婚相手だけどね」
「といっても、悠里ちゃんと同じ齢の実の息子もいるから、年齢としては変わらないけど」
「へぇ、意外です。……って、あんまりお邪魔してもいけないですね。悠里さん、今日はお疲れ様でした」
 白々しい会話をこれ以上続けるのもアレだし、顔を合わせるのも辛いので逃亡に挑戦。
「アキさん、待って。これからお時間ある?」

「えぇと、あたし門限があるので」
「嘘おっしゃいな。さっきまで『夕食どこにするかな』とか言ってたくせに」
 我ながらナイス言い訳だと思ったのに、即座に悠里に逃げ道を塞がれてしまう。
「ああ、そうなんだ。じゃあいい機会だし、ご一緒に食事でもなさらない?」



「そういえば、雅明はどうしたの?」
 前にも来た、悠里お奨めの定食屋の席に腰掛けながら、そんな会話。
 結局、逃げ出すのに失敗したのがひどく辛かった。母親相手に女のフリ。悪夢に見そうだ。
「急に用事が出来て、今日は来れなくなったって」

「そうなんだ。楽しみにしてたのにな」
「雅明さん、ってどなたですか?」
「ああ、さっき言った、わたしの息子」
「そ。で、ついでに私の彼氏」

「んー……え? ってことは、姉弟同士で恋人なんですか?」
「まあ、連れ子だから血が繋がってないし、戸籍上は一応姉弟でも、普通に結婚できるしね」
 他人事として改めて聞くと、やっぱり少し不思議な感じのする自分達の関係だった。

 雅明の話題がそれから暫く続き、モデルのお仕事上での体験談、美容や化粧、ファッションの話に会話が転がっていく。
 俺の話題からそれたときは心底ほっとしたけど、でも美容や化粧の話に気楽に普通に参加できたのはどうなんだろうなあ。



 そんなこんなで、まあ和やかに食事も終わりかけたころ。
「ところで、雅明」
「うん?」
 お袋にいきなり名前で呼ばれて、つい返事してしまって、気付いて硬直。

「あの……お母様。いつから気付いていらっしゃいました?」
「背のすっごく高い、ハンサムな男の子と一緒に歩いているときからかな」
 ムセタ。
 最初っからですらなく、合流するはるかに前からだったとか。

「え? 何それ?」
「えーっとね。なんでか知らないけど俺、やたらにナンパにあってね。しょうがないから通りすがりの北村っていう、前言ったバスケの人にナンパ避け目的で同行してもらったんだ」
「そんな雰囲気じゃなかったけどなあ。手なんて繋いで、本当に初々しいカップルのデート、って感じで。キスなんてしてたし」
「わーわーわーわーわー」

「へぇ。……私の仕事中に男と浮気? これはお仕置きが必要かな」
 『それはぜんぜん大丈夫』、どころじゃありませんでした。
 目以外は笑顔なのが、逆にとっても怖いです。

「キスって言っても、ほっぺただよ? 荷物持ってもらったし、何かご褒美あげないとまずいかなあ、って思ってごめんなさい申し訳ありません俺が悪かったですもうしません」
「ま、詳しいことはまたあとで」

「でも、ナンパにあうのは分かるかな。なんというかスキだらけで、『あたしと一緒に居てください』って感じで、目を離せない、ほっとけない感じがすごくするもの。
 援助交際とかで変な病気でもらわないようにしてね?」
「息子が女装で歩いてて、まず気にするところはそこなんだ」

「キモい女装趣味なら嫌だけど……すごく似合ってて違和感ないし、美人だし、声も女声だし。……あなた、あれなの? 性なんとか障碍、だっけ?」
「別に俺、そういうのじゃないよ。心は男だし、女が好きだし、女の体になりたいわけでもないし。女装だって強制されなければするつもりはないし」

「でも、今日は別に誰からも女装を強制されてないよね?」
「女物の下着とか女性誌とか買い物するのに、こっちのほうが気楽かなあ、って。前、男の格好で買ったらすごく恥ずかしくて、ならいっそ、って。……大失敗だったわけだけど」

「ま、趣味のレベルで続けるならわたしも気にしないし、化粧やお洒落のアドバイスくらいなら出来ると思う。
 悠里ちゃんのベッドの下の奥にある、あなたの女装道具、もう別に隠す必要もないわよ」
 こんなとき、どんな顔すればいいかわからないの。笑えばいいと思うよ。そうなのか。

「あとは恋人に愛想を尽かされないようにしないとね。……こんな息子でごめんなさいね」
「いえ、むしろ息子さんを女装趣味にしてしまって、こちらこそごめんなさい」
「あら。そういう経緯。……でもそれは関係なかったと思うな。この子って昔も一時期女装に嵌っていたころがあってね。ほっておいても、いずれまたやってたと思う」

「冬子さん……でしたっけ?」
「いや、確か篠原……うん、篠原睦さん。あれ? わたしが知ってるのと別口がまだあるの?」
「ああ、そっか睦さんだ。言われてやっと思い出した。春美(仮)さんって言ってた人、確か本当はそんな名前だった。……前説明したとき、名前思い出せなくて、適当につけたんだ」

「そんなことまで話してたんだ。少し意外」
「でも、あんまり詳しいとこまで聞けなかったから、教えてもらえると嬉しいかな」
「あ、うちに帰ったらその時の写真あるわよ? 見てみる?」
 ……神様。俺は前世で、どんな重い犯罪をやらかしていたのでしょうか。

 そろそろ店を出ようかと、お袋がお手洗いに行くのを見送って。
「……悠里さ、今日のお袋のことは仕組んでたの?」
「いや全然。ママから一緒に食事したいって話が来て、あなたに電話かけても繋がらなくて、それでアキちゃんの格好で来たからびっくりしたもん。その分だとメールも見てないよね?」
「あー。つまり全部俺の自業自得なわけか」

 ……でも、今日は悪いことばかりじゃなかった、ような気もする。
 悪戯や演技や冗談でいつも誤魔化されてばかりいる悠里の本心。
 本当は俺の片想いで、空回りしてるような気もしてきただけに、ふと見せてくれた嫉妬がなんだかとても心地よかった。
 もう2度と見ないよう、俺がしっかりしないといけないけど。

「……雅明、なんか変なこと考えてない?」
「いや、悠里とエッチしたいなあ、って。……こんなことばっかり考えててごめんね」
「むぅ。どうしよっかな。……そっか、『お仕置き』の内容決めてなかったね。じゃあ今日いっぱい、私に『駄目』とか『嫌』とか言うの禁止で。全部OKで答えてね」

「それ、どんな酷いことされるか怖いんだけど……」
「あら? そんなこと言える身分と思ってるのかな?」
「……そうでしたごめんなさい」

「で、今日はエッチはお預けで」
「分かりました従います。……こんな感じ?」
「ん。OK。……こんなことなければ、今日はするつもりだったんだけどね。残念でした」

 半分魂が抜けてるところにお袋が戻ってきて、店を出る。
「あ、そだ。これからアキちゃんの服買ってあげたいんだけど、ママはどうする?」
「わたしも一緒に行っていいの? なら喜んで」
 『そんなの嫌だって』……と喉元まで出かけた言葉を、どうにか飲み込む。

 それからの時間は、拷問に近かった。
 お袋と店員さんの前で女の子のフリをして、露出度が高かったり、露出度が低くても可愛すぎる系の衣装を、店を回っては次々に試着させられて。しかも嫌とは言えなくて。
 結局4組くらい購入して、今はそのうち1着に着替えて、夜でもなお明るい街を歩く。

 以前、悠里と女子制服擬似レズしたときに比べると多少はマシな、でもそれがちっとも慰めにならない白地に赤の花柄で超ミニのフリルスカート。
 少しオフショルダー気味で襟ぐりの大きく開いた、同じ柄のトップス。
 羽織ったカーディガンの長い裾がお尻方面を隠しているのが、まだしも救いだけど。

 本当の女の子でも、こんなの着たら恥ずかしいに違いない。ほとんど露出狂だ。
 カーディガンの前はあけてるから、いつ膨らんだ股間が見られてばれるか不安すぎる。
 風が吹くたびに、金玉にほぼダイレクトに外気が当たって恐怖が走る。今日はタックとやらをしてないから尚更だ。森ガールごときで恥ずかしがってた昼間の俺を殴りたい。

「この身長で9号が入るとか羨ましい。脚もすっごく綺麗だし、隠しちゃ勿体無いわね」
「まあ、どうしてもヒップのラインとか男だし、昼間にこの格好はきついかなあ……」
 いや悠里様。夜でも充分きついです。
「でも似合ってて可愛いよ。もっと自信を持って、背筋をしゃんと伸ばしなさい」

 こんな時と場合だというのに、勃起しかける自分の身体が恨めしい。
 人の気も知らないで、何人も何人も鬱陶しいくらいナンパの声をかけられるし。駅でロッカーから荷物を取り出し、家に到着した時点で、撃沈しそうな思いだった。
 ……しかし息をつく暇もなく、まだまだ試練の夜は続くのでありました。



        <<俊也視点>>

「ただいまー」
 久々に友人たちと夜遅くまで遊び倒し、やっと帰宅。
 奥からパタパタとスリッパを鳴らして、メイドさんが登場した。
「おかえりなさいませ、ご主人様」

 日常が、一気に非日常に変化したような違和感に硬直する。
 見覚えのある可愛らしいメイド衣装に身を包んだ少女が、微かに媚びを含んだ仕草で綺麗におじぎをしてお出迎えしてくれている。
 背が高いのが難だけど、そこらのメイド喫茶なら一気にトップに登りつめそうな美少女だ。

「……どうしたの、お義兄ちゃん」
「うん、バツゲーム」
 凄くげんなりした顔だった。一体何があったのだろう。
「おかえり、俊也。早くこっち来てー。すっごく面白いよー」

 うがい手洗いを済ませて、声のした居間に移動。
 お義母さんとお姉ちゃんが、興味津々といった体でPC画面を覗いている。
「俊也、お帰りなさい」
「……なんか今日、色々とすごいことがあったみたいだね」

「そりゃもう。ま、それはあとで話すけど、まずはこれを見て」
 シックな色合いの豪奢なドレスに身を包んだ、精巧なアンティークドール?の写真だった。
 金色の巻き毛、水色の瞳、長い睫毛、愛くるしくもどこかにコケティッシュさを含んだ顔のつくり、滑らかすぎるほどに滑らかな肌。やや幼い、美しい少女を模した人形だ。

「まるで生きてるみたいな綺麗な人形だね。……これ、何?」
「いいコメント。じゃあ、もっとめくっていくよ」
 ピンクやブルーの色鮮やかな、あるいはゴスロリ風の衣装に包んだお人形の画像が現れる。
 髪や瞳の色が違うけど、これ全部同じ人形なのか。

 不思議なくらいに魅惑的で目が離せない。息をするのも忘れて現れる画像に見入る。
 しばらくしてようやく、どこかで見たことがある面差しだな、と思う。……ってこれ、人形じゃなくて、映っているのは人間の女の子なんだ。
 いや、“女の子”ですらない。

「……これ、“アキちゃん”なのか」
「ピンポーン。雅明の10歳の写真集。……というか、分かるまで意外に時間かかったわね」
「前聞いたとき、これほどまでとは思ってなかった。……随分と控えめな表現だったんだね」
「この時の面白い話はまだまだあるわよ? さっきの話の続きだけど……」



 玄関のチャイムが鳴り、しばらくして鍵を開ける音がした。お父さんの癖だ。
「あ、パパ帰ってきたわね……アキちゃん、ゴー」
 天井を仰いで、玄関に向かう偽メイド少女。散々自分でも弄んでおいてあれだけど、今日ばかりは流石に同情する。

「えーっと、どちらさまでしょうか?」
 玄関からうろたえる声がした。そりゃそうだろう。普通うちに美少女メイドさんはいない。

「そうか、雅明くんなんだ……」
「こんな格好で、本当すいません」
 色々説明が入って、ようやく落ち着く。
「あっ、もうこんな時間か。じゃあ私寝るけど、雅明は12時まではその格好でいてね」
「はいはい」

 散々かき回しておいて、嵐のように自室に向かうお姉ちゃん。今日はいつもよりなんだか更に度を越してた感じがしなくもない。
「雅明くん、娘が迷惑かけてすまないね。その服脱いでもいいよ? 口裏合わせとくから」
「いや、これでも悠里との約束なんで、12時まできっちり守りますよ」

「あなた、いつもの通り熱燗でいい?」
「うん、お願い。……そっか。じゃあ君の意思を尊重する。あと、そんなに恐縮する必要もないよ。……もう全部説明してしまったほうがいいか。あれ、ある意味血筋なんだ」
「……血筋???」

「悠里の母親も、何故か男に女装させるのが大好きでね。僕も昔は随分被害にあったもんだ。だから雅明くんがそうしてると、なんだか戦友めいた気分になるね」
 笑うしかない、という感じの引きつった笑いをひとしきり。
「今でもスリムでハンサムだし、さぞ似合ったんだろうなあ」

「僕なんて全然だよ。雅明くんみたいに、女性に見間違えるようなことは絶対なかった。あと、俊也も小学校入るまではほとんどずっと悠里のお下がり着せられてたっけ」
「はい、どうぞ……雅明、どうせだからお父さんにお酒注いであげなさいな」
「美人メイドの酌で呑む熱燗か……なんだか少しシュールかも」

「ワインかブランデーあたりが良かったかしら? ごめんなさい、わたし気が利かなくて」
「いや、別にいいよ。雅明くん、注ぐのうまいね。君も一緒に呑むかい?」
「いやまだ俺、19歳ですし」
「そんな固くならないでいいと思うけど、まあもうすぐだし楽しみに待つことにするよ」

 そんなこんなで、いつになく会話も弾んで。12時をすぎて、
「よっしゃ、やっと男に戻れるー」
 と、大きく背伸びをしながら洗面所に向かう背中に、お父さんが声をかける。
「雅明くん、その、女装が嫌なら、僕のほうから悠里に言っておこうか?」
「いや、大丈夫です。悠里って、俺が本当に嫌がることは絶対にやらないですから」

「じゃああなた、今日のミニスカとかも嫌じゃなかったの?」
「うーん、あれ自体はとても嫌なんだけど……でも悠里が俺に妬いてくれた証ってことで、あの罰に見合うだけの悪いことをしたと思ってくれてる、ってことなら、悪くないかなって。うまく説明できないけど」

「まあ、その心理なら僕にも分かる気がする……あんな娘で悪いけど、よろしく頼むよ」
「悠里は、俺には本当に勿体無い、最高に素敵な女の子ですよ。俺が今、恋人を名乗れること自体が奇跡に思えるくらい」
 振り向いて笑顔で答えた顔は、服や化粧にも拘らず、ひどく男らしく見えた。

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最終更新:2013年04月28日 01:06