『瀬野家の人々』 アキのモデル修行な日々A 2013/04/20(土)


        <<俊也視点>>

「瀬野君、ちょっといいかな?」
 土曜ホームルーム終了後。帰宅しようとしたところに、クラスの女子達が押しかけてきた。
「これから僕、用事があるから、時間かからない話ならいいよ」
「あ、それならすぐに終わると思う。……これ、瀬野君でいいの?」

 差し出されたスマホの画面上で、動画が流れ出す。
 タキシード姿の少年と、その少年に似たブルーのイヴニングドレス姿の少女が交互に登場し、色々なポーズを取っているCM画像。
「ああ、これもうオンエアされたんだ」

「じゃあ? じゃあ?!」
「おっと、瀬野。それ少し職員室でも話題になってたんだ。うちの学校、バイト禁止だぞ」
 いつの間にか担任や他の生徒もやってきて、ちょっとした人垣になっている。
「タキシードの子が僕じゃないか、って話ですよね? これ、僕の姉が男装してるんです」

「えぇ──っ? こんなにそっくりなのに?!」
「確か使用法が2つある商品の宣伝ってことで、タキシードの男装とドレス姿の2通りで撮影した、って言ってたかな。……だからその人は、僕じゃないです」

「へぇ──そうなんだぁ。でもお姉ちゃんがCM出るなんて凄いよね。名前なんての?」
「瀬野悠里。何年か前から雑誌のモデルやってて、最近はテレビにも出てるみたい」
「あの人ってやっぱり瀬野君のお姉ちゃんなんだ。そうじゃないかって前から思ってたけど」
「聞かれたときには答えてたんだけどね。別に言って回ることじゃないし」

「何か、証明できるものはあるかな」
「姉の卒業アルバムを持ってきますよ。一応証拠になりますよね?」
「でもさ、お姉ちゃんが男装すると瀬野君そっくりってことは、瀬野君が女装すると、お姉ちゃんそっくりになるってこと? あの人すっっっっっっっごい、美人だよね?」
「うん、なるのかもね。女装してって言われても、する気はないけど」

「えぇ──もったいなーいー!!」
「見てみたい見てみたい」
「一度でいいから女装してー」
「駄目、駄目……じゃあ、僕、帰るよ」
 お姉ちゃんのサインをもらってくる約束とかさせられつつ、教室を後にする。
「……それはそうと、スマホの持ち込みも禁止だから、お前それ没収な」
「えっ? えぇ──っ?! おーぼーだぁ──っ!!」

 帰宅しながら、頭の中で自分の台詞を反芻。うん、嘘は言っていない。
 ──ドレス姿の“少女”が実は僕ということを、説明してないというだけで。
 2日がかりの撮影日、一日目の男装での撮影後。裸で制服姿のお義兄ちゃんと抱き合って、ドレスでむき出しになる肩から腕に跡をつけて、結局僕が“悠里”として参加した二日目。

 モデルとしてはあるまじき行為なわけだけど、プロのメイクさんに本格的にしてもらった化粧、綺麗な付け爪をしてもらった指先の優美さ、纏ったサテンシルクのドレスの滑らかさ、高価なアクセサリの輝き、出来上がった映像上の『悠里』の姿の美しさ愛らしさ。
 結果的に僕が得られた『役得』を思い出すと、今でも鼓動が高まるのを止められない。



「ただいまー」
「あ、俊也さん、おかえりなさい」「俊也、お帰り」
 家に戻ると、ややハスキーな甘い声と、甘ったるい匂いとが迎えてくれた。
 手早く着替えを済ませてダイニングに向かうと、可愛いエプロンをつけた“アキちゃん”がにっこり微笑んで、改めて「おかえりなさい」と言ってくれる。

 食卓につき、出された昼食を食べる。
 今日はお父さんとお姉ちゃんが仕事で不在だから、母と兄と僕の、この3人で全員だ。
「あれ、2人とも、もう昼飯は食べたの?」
「うん。俊也さんが食べたらすぐに出発できるように、って、メイクの前に」

 撮影用ということで、いつもと違って濃い目の化粧。
 といってもケバい系でなく、アキちゃんの愛らしさを絶妙に引き出した可愛い系のメイク。
 前々から化粧栄えのする人だとは思っていたけど、ここまでとは思ってなかった。

「そのメイク、どうしたの?」
「んーとね」と、お姉ちゃんと僕が懇意にしている美容院の名前を挙げて、「そこの店長さんにやってもらったの」
「ああ、あの人プロのメイクで食べてける腕してるよね。流石に上手いなあ」

「だよね。だよね。あたしも早く、あの人の腕に追いつけるといいんだけどなぁ」
 ここ1ヶ月の間、何気に誰よりも『美の追求』に熱心な義兄だった。
 もともとうちの一家では最も余裕のあった時間を、メイクの練習や美容に注ぎ込み続けている。女装に消極的なふりをして、自分を可愛く磨くことに余念がないのが面白い。

 特にメイクの腕は、『甘い点はまだ多いけど、私たちが抜かれる日もそんなに遠くないかなぁ』と、お姉ちゃんが嬉しそうな表情で語っていたのを思い出す。
 ほんの2ヶ月前。最初にメイド服を着せたときにちらほらと見え隠れしていた違和感も、今では余程注意してないと見つけることすら困難だ。

 昔僕がやらされたみたいに、自分が誰も男だと思ってない女の子たちに囲まれて、24時間ずっと少女として1週間ほど過ごす生活を送らせてみたいなとも考えてみる。
 そのくらい、ごく自然に女の子している2つ年上の義理の兄。モデル業で美人/美少女に接することの多い僕でも、表情がくるくる変わるたびについつい見蕩れてしまう。

「俊也さん、今日のあたしどうかな? おかしな所とかない?」
 僕の視線に気付いたのか、少し恥ずかしそうな表情でそんなことを聞いてくる。
「いや、アキちゃんとっても可愛いから、すっかり見蕩れてただけだよ。どこも変じゃない」

「うわあっ、ありがとう!!」
 無垢で無邪気で無防備な笑顔を満面に浮かべて、僕の言葉に凄く喜んでくれる。
 見ている僕も、なんだかつられて笑みが零れる。そんな素敵な笑顔だった。

 目の前で繰り広げられる、『息子』2人のそんな会話。
「そうそう、アキはわたしに似て美人なんだから、不安になることはないのよ?」
 世をはかなんで辞世の句でも詠みたくなる人もいそうな状況なのに、ニコニコしながら会話に加わる、この義理の母親の動じなさに一種尊敬の念すら覚えてしまう。



「じゃあ、2人とも頑張ってね……俊也、アキをお願いします」
 食事と支度を終えて、アキちゃんがお義母さんから包みを受け取って、2人で家を出る。

「アキちゃん、その包みは?」
「野菜たっぷりで、美容にも健康にもいいマフィンだって。今日、ちょっと時間が余ってね。ママに教えてもらいながら作ってみたの」

 なるほど、帰宅したとき感じた甘い匂いの正体はこれなのか。
「あたしまともにお菓子作りしたのって初めてだから、美味しくできたか不安だけど。撮影終わったら食べたいなぁ、って」
 しかしお姉ちゃん、お義兄ちゃんに女子力でもう完敗してるような気がしなくもない。

「僕にも食べさせてくれるかな?」
「もちろん! ……あ、まずあたしが食べてみて、それで美味しくなかったらバツで」
 指で小さく×印を作りながら、はにかんだ表情で言う。中身は大学2年の男だというのに、仕草や表情がいちいち少女めいて可愛すぎた。

 フリルやレースの一杯ついたワンピースに、フリル付きのカーディガンの、ピンク一色の装い。スカート丈は膝が覗く程度で、足首の締まった綺麗な生足がそこから伸びている。
 僕の学校の校則もあって、そんなに髪を長く伸ばせない僕たち姉弟。それよりもう長くなった髪を、ショートカットの女性に見える感じにセットしてある。

 義母もそうなんだけど、アルビノが少し入っているんだろう。
 高校時代は黒く染めていた髪も今は蜂蜜色がかった茶色で、肌は陶磁器を思わせるほどの滑らかな白さを帯び始めている。琥珀色にきらめく瞳の色が、すごく印象的だ。
 “女としては”彫りが深い顔立ちもあって、ハーフか、いっそ外国人の美少女のようだ。

 電車の車内でも、そんな可憐な姿は注目を集めまくっていた。
 純粋な容姿やスタイルならお姉ちゃんのほうが上なんだけど、それでも人を惹きつける雰囲気は天成のものがある。

「今日のモデル、ってどんな感じでやればいいのかな」
「お姉ちゃんの撮影風景は何度も見学して知ってるよね? あんな感じ。まあ気楽にしてればいいよ。いつもの素敵なアキちゃんをみんなに見せてあげてね」

 今日はそもそも、お姉ちゃんに来た仕事だった。
 中華街でチャイナドレスのレンタルをやってる店の、広告用の写真のモデル。
 お姉ちゃんがやるには日程的に折り合いがつかなくて、“アキちゃん”が代理でモデル役をやることになったという流れ。

 約10年前の“アキちゃん”時代、『彼女』はかなりモデルとしても経験を積まされていたのだろう、というのというのがお姉ちゃんと僕の見解。
 最初にネコミミメイドの衣装を着せてみたときから、立ち方にも、動作にも、その名残が強く残っていた。

 僕達が『モデルやらない?』と2人で何度も誘っていたのは、実はそういう要素も大きい。
 ようやくこれからその姿が見れると思うとかなり興味深かった。



 土曜昼過ぎだけあって観光客で賑わう中華街を通り、目的のお店へ。

「あらまあ! すっごい美人さんたちだこと。代理、ってことでちょっと不安だったんだけど、これなら十分以上に合格点。1人って話だったけど、2人なのね?」
 外見は貫禄たっぷりだけど、おネェの混じった中年男性の店長さんが歓迎してくれる。
 「僕はただの付き添いで、ついでに男です」と言うと、凄いがっかりしていたけれど。

 店長さんから撮影方針とか聞き出しながら、今日着る衣装などを選んでいく。
 服を替える度に、顔を輝かせて喜ぶアキちゃんの笑顔が眩しい。
 補正下着がはみ出したり、ラインが見えたりしない衣装を選ぶのは少し骨だったけど。

 少し遅れていたカメラさんも到着して、撮影開始。
「体を入り口に向けて、右手を腰に当てて、視線をこっちに向けて。──いい感じ、いい感じ! アキちゃん。ここに今、一番好きな人がいると思って、最高の笑顔をちょうだい!」
 アキちゃんがカメラさんの声に従ってポーズを取り、喜びの表情を浮かべる。

 その瞬間、部屋の空気の色自体が変わったような気がした。
 カメラさんも見蕩れたのか少しの間静止したあと、シャッターを鳴らし始める。
 引き出しが多い。一つ一つの表情が魅力的だ。部屋の隅で見学しているだけなのに、すごくワクワクしている自分を覚える。

 天衣無縫で無邪気な愛くるしさに、体の芯をぞくぞくさせるような妖艶さが混じる。
 その不思議なアンバランスさから目を離せない。
 今着ているピンク色で超ミニのチャイナドレスにそんな雰囲気が良く似合って、まるでアキちゃんのためにあつらえたオーダーメイド品のように見えた。

 僕が学校に行ったあと、お姉ちゃんが補正下着とお義兄ちゃんの体を使って『女性の体』を再現すべく、散々遊んだのだろうか。
 ここ一ヶ月の本人の美容の努力の賜物もあわさって、とてもこの薄いドレスの下に男の体が隠れているとは思えない、見事な曲線美が形作られている。

 接着剤で胸に直接貼り付けた、乳首まである超リアルなBカップのフェイクバスト。アンダーバストの差があるから、衣装の上からだとDくらいあるように見える。
 今着てるドレスは胸の部分がちょっと小さくて、本来そこにない双つの丘が窮屈そうに納まっているのも余計に色っぽい。

 コルセットで絞った、高い位置できゅっと括れたウエストのラインと、ヒップアップガードルにパッドを入れて作った腰つきまでの、流れるようなラインがセクシーだ。
 下着が見えないぎりぎりの丈のスカートから覗く、引き締まった長い生足もなまめかしい。

 カメラさんの指示に従い、扇を持った腕を水平に指し伸ばす。
 肩からむき出しの、人形のパーツめいたすらりとして白い腕。指がそんなに華奢じゃないのが残念だけど、女の手と言われて違和感を覚えるほどでもない。
 ドレスの色にぴったり合う、マニキュアの施されたピンク色の爪が綺麗だった。

 ちょっと条件が変わっていれば、この花のように可憐な美少女めいた義理の兄の代わりに、僕がこのドレスを纏えていたのにと、嫉妬心が微かにうずくけれど。

 赤い足首丈のドレス、黒くて長袖のドレス、短い袖付きで膝丈までの青いドレス、緑色のアオザイ、中国の古典衣装、赤と金も眩しい中国の婚礼衣装etc.etc.
 準備していた衣装に次々と着替え、途中化粧直しを挟むくらいで息を付く間もなく撮影を進めていく。

 ラスト、僕の提案で入れることになった、私服に戻って店内で衣装選びをしているシーンまで終えて撮影を終える。
「アキちゃん、良かった!! 凄かった!! 可愛かった!!」
「本当?! ありがとう!!」

 思わず歓声を上げた僕の胸に笑顔で飛び込んできて、受け止めるのに一苦労。
 なんだか小さな女の子みたいな印象だったけど、中身は僕より重い男性なのだ。

 撤収作業をしているカメラさんを眺めながら腰掛け、休憩に入る。
「アキちゃん、本当におつかれさま」
 お店の人に出された冷えた烏龍茶をチューチュー飲む。そんな仕草さえ凄く女の子らしい。
「さて、作ってきたマフィンの出来はどうかな?」

 ぽむ、と掌をたたき、いそいそと包みを広げて一口サイズのマフィンをかじる。
「どう? おいしい? 僕も分けてもらえそう?」
「これなら……うん。なんとか大丈夫、かな?」

 少し不安の残る表情で、おずおずと差し出してくる。
 受け取って頬張ると、控えめな甘さが口の中でとろける。『お菓子作りが得意』って言ってるクラスの女子が作るのと、同じくらいの出来栄えだろうか。
 初めてでこれなら充分以上だろう。将来が楽しみになる味だった。

「うん、すごく美味しいよ。きめが細かくて、しっとりしてて。甘さもいい感じ」
「本当? 良かったぁ」
「もう一つ頂戴。……ありがとう。じゃあ、アキちゃん初仕事お疲れ様でした。あーんして」

 一瞬きょとん、としたあと、ピンク色に輝く艶やかな唇をあけて目をつぶってくれる。
 無邪気な姿に悪戯心が動いて、他のもの(僕の舌とか)を入れたくなったけど自制。
 渡してもらったマフィンを半分に割ってその口に入れ、残りを自分で食べる。

「本当なら僕が用意してたご褒美をあげるシーンだけど、そこまで気が回らなくてごめんね」
「ううん、すっごく嬉しい。……俊也さん、ありがと」
 そう言って返してくれた笑顔は、抱きしめて本当に唇を合わせたくなるくらい素敵だった。

「そういえば聞いてなかったけど、君たち恋人同士?」
 撮影終了直後から席を外していた店長さんが戻ってきて、僕たちに声をかけてきた。
「いえ、兄弟ですよ」
「へえ兄妹かあ。うちの子たち、顔を合わせるたびに喧嘩しかしてないから羨ましいわねェ」
 何か漢字が違っていたような気がしなくもない。

「あ、あたし今日、マフィンを作ってきたんです。よければみなさんもお一つどうでしょう?」
 皆で集まって、マフィンを食す。凄い好評で、僕もなんだか嬉しい気分になる。



 そのあと、スタッフ用のPCで撮影画像を確認する作業を少し見学させてもらう。
「わあっ!! これがあたしなんですね。こんな可愛く撮っていただけるなんて、ありがとうございます! ドレスもすごい素敵で良かったです!!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ様子が、なんだかとても可愛らしかった。

 報酬を受け取り、普段用にメイクを直したりしたあと、店を出て傘をさす。
「アキちゃん、今日はすごい良かったよ。百点満点で二百点あげて、ついでに花丸つけたくなるくらい。どうかな。もっと本格的にモデルやる気はない?」

 僕の言葉に、考え込む様子のアキちゃん。
「ま、すぐに決める必要は全然ないから、気が向いたら声かけてよ。……で、どうしよっか。このまま帰る? それとも遊んでいく?」
「俊也さんは、どうしたいの?」

「僕はね……うん決めた。これからアキちゃんとデートする!」
 少しぱらつく雨の中、相合傘で中華街を回りはじめる。
 昔はよく来ていた、でもここ暫く来ることのなかった懐かしい街並み。
(地元育ちなのに)ここに来るのは初めてというアキちゃんを案内しつつ、色々歩いてみる。

 ローズピンクのワンピースと、クリームピンクのカーディガンというピンクずくしの少女らしい衣装と面差しは、この中華街だと少し浮いていたかもしれない。
 それが身長の高い、見事なスタイルの持ち主であるという不釣合いさもあって尚更に。

 身長172cmで60cmを切ってる今のウエストは、強く抱けば折れそうな印象を見る人に与える。
 僕と違って素の状態のヒップのラインは男のものだけど、そのウエストとの対比があると“引き締まった美尻”に見える。
 巨乳というほどではないけど、充分豊かで形の綺麗な胸との対比もいい感じだ。
 いつもお姉ちゃんや僕自身が浴びるのとは少し種類の違う視線に、楽しい気分になる。



「あなた達、ちょっと良いかな?」
 そんな声に呼び止められたのは、小さな水族館を出たくらいだった。スカウトだろうか?
 デート中に声をかけるとは無粋な、と思いつつ声の主の顔を見て驚く。
「弓月摩耶、さん?」

「その名前で呼ばれるのも随分久しぶり。それも男の子で知ってる人がいるなんて」
 背が高くてスタイルがいいスーツ姿のその美人に誘われるまま、すぐ近くのカフェに入る。
「俊也さん、知ってるヒトなんですか?」
「えーっとね。……お姉ちゃんがモデルやってる雑誌で、昔読者モデルやってた人」

「よく知ってるのね。もう覚えてる人誰もいないと思ってた」
「もちろんですよ。弓月さんに憧れて、読者モデルに応募したんですから……えっと、僕の姉の話なんですが」

 本当は、彼女に憧れて読者モデルに応募したのは、僕だったりするわけだけど。
 あのころはまだそんなに慣れてなかった女装をして、写真を撮って姉の名前で書類を作成。書類選考を通ったらお姉ちゃんに面接に行ってもらう。今思えばかなり無茶をしたものだ。

「あっ、あなたひょっとして瀬野悠里さんの弟さん?」
「はいそうです。瀬野俊也、っていいます」
「なるほど、道理でそっくり。なんで今まで気付かなかったんだろ、ってくらい」

「弓月さんって今、何をされてるんですか?」
「そうそう。それを忘れちゃお仕舞いよね。今はわたし、こんな感じ」
 渡された名刺を受け取って眺めてみる。

 ──『芸能プロダクション ○○事務所 山田瞳』
「山田瞳っていうのは?」
「それがわたしの本名。……わたし、モデルとして結局芽が出なくて、それでもこの業界にいたくて、後進を育てたいなあ、ってお仕事」

「なるほど、そうなんですか。弓月さん、もっと活躍してるところ見たかったんですが」
「それよりわたし、あなた達が活躍しているところを見たいな。……どうかな。是非芸能界入りして活躍して欲しい。わたし達がそのお手伝いできるなら嬉しいし」

 結局その場での回答は保留させてもらって、3人分の名刺をもらって別れる。
 正直僕自身の気分はかなり傾いていた。憧れだった人と一緒に働けるというのも大きいし、初見で僕のことをきちんと男と認識して誘ってくれたのも、個人的にポイントが高かった。

「……あ、やっと思い出した。あの人一度だけ、会ったことがあるんだ」
「へえ、どこで?」
「甘ロリの格好で初めて外出して、初めて女子トイレに入ったとき、入り口で一緒になって」
 『袖振り合うも多生の縁』、だったか。そんな偶然。



 それからまた遊んで、少し早めの夕食まで食べて。中華街を出て駅へと歩く。
「今日はいっぱい遊んだね──このまま帰る? それともタワー登ってみる? それとも」
 通りすがりに見える建物に、つい意識を取られてしまう。
 僕の視線を追って、赤面するアキちゃん。

「ん。……お願いします」
 スルーして通りすぎそうになったとき、そんな呟きが聞こえた。
 少し戻って『御休憩』の看板の出た、その建物に入る。
 アキちゃんに先にシャワーを済ませてもらって、そのあと僕も浴室へ。

 ──ここから『僕』は、『私』になる。
 アキちゃんに恋しているのは『俊也』もなのに、その状態だと愛してもらえなくて、『悠里お姉さま』でないといけない。それがなんだか、少し寂しい。



 体を拭いて、バスタオルを胸で巻いて外に出る。
 可愛い私の“妹”は、チャイナドレスに着替えて化粧をしているところだった。

「あっ、お帰りなさい悠里お姉さま」
 そう言って微笑んだ顔は、今日見たどの表情よりも素敵だった。
 思わずその身体を抱きしめ、ルージュを塗っている途中の唇に私の唇を重ね合わせる。

「はむ……くちゅ……ちゅる……」
 ほんの1ヶ月前までは、ざらざらと乾燥して荒れ放題だった唇。それが今はとても滑らかで柔らかで甘い感触に生まれ変わっている。
 その心地よさを、存分に楽しむ。

「悠里お姉さまぁ。……いきなりすぎますよぅ」
 とろけるような顔で、とろけた瞳で、とろけきった声色で、抗議するアキちゃん。
「アキちゃんが可愛すぎるからしょうがないでしょ。今日一日、私が我慢するのがどれだけ大変だったか分かる?」

 そのまま続行したかったけど、もう一度我慢を重ねて身体を離し、荷物を漁る。
 ブラジャーをつけ、パッドを入れ、チャイナドレスを身に纏う。
 今日の仕事の報酬の一環としてもらった、レンタル落ちの衣装たち。
 俊也と父用のメンズチャイナ、母用のアオザイ、アキちゃんと私用のチャイナドレス。

 アキちゃんはそれ以外に、モデルのときに最初に着たピンクのチャイナドレスも店長さんから特別にプレゼントしてもらって、今はそれを着ている。
 これはレンタル落ちでない、多分ほとんど新品のアイテム。

 他の服もそんなに状態は悪くない。真面目に購入した場合の値段と拘束時間を考えると、破格と言っていい報酬かも。
 段取りもスムーズなほうだったし、カメラさんの腕もお店の人からの待遇も良かったし、『いつもこんな感じだったら良かったのにな』と思わせるお仕事。

 花の刺繍入りの赤い超ミニのそのドレスを着て、アキちゃんに向き直る。
 完全に勃起状態の股間の先端が、裏地でこすれるのが変な気分だけど。
「悠里お姉さま、お化粧させてもらっていいですか?」
「うん、お願い♪」

 椅子に腰掛け、アキちゃんに自分の顔を委ねる。
 他人の操るパフや筆が幾度も撫でて、存在を塗り替えていく感覚が私は好きだ。
 メイクや衣装にあわせて、表情や仕草をどういう風に変えていくか、考えるのは楽しい。
 それで、相手の対応が変わるのを見るのも楽しい。

 他人にメイクを施すのは慣れてない……というかひょっとしたら初めてなのかも。
 決して上手とはいえない、たどたどしい手つきで、でも真剣な表情で、丁寧にメイクを進めていくアキちゃん。
 そんな顔もまた、思わず抱きしめたくなるくらい愛らしかった。

 最後にグロスをルージュの上にさして、化粧の完成。
 どきりとするほど色っぽい、“女の色香”が漂う顔が鏡の中から見返してくる。
 まだまだ隙の多いメイクだけど、それもこれからの成長の余地を示していると思えば悪くない。

 でもそーか。アキちゃんは今、こういう相手をお望みなのか。
「どう……ですか?」
「とっても素敵ね。なんだか自分でもドキドキしてる」

「お姉さま達には、全然敵いませんけどね」
「そりゃそうよ♪ これまでの経験が全然違うもの。
 アキちゃんも私達に追いつけるよう、もっと努力して、素敵な女の子になってね。
 ──私も簡単に追いつかれないよう、その上をいけるよう、もっともっとがんばるから♪」

 キラキラと輝く琥珀色の瞳で私を見つめる身体を抱き寄せ、ピンクの薔薇の蕾のような可憐な唇に、真紅の薔薇の花のような私の唇を、再び重ね合わせる。

 口付けしたままベッドに上がり、ルージュとおそろいの色のチャイナドレスに包んだ身体同士をぴったりと密着させて、しっかりと抱きあったままベッドの上二人ぐるぐると転がる。
 やがて私が上位の体制でストップ。互いの舌を絡ませあう、濃厚なキスを続ける。

 回した指の先で、シルクのドレスに包まれたアキちゃんの背中をくすぐるように弄ぶ。
 そのたびに、敏感に身もだえして応えてくれる可憐な少女。
 腰のうねりが大きくなり始める。その度に、チャイナドレスの下の私のおちん○んが、私とアキちゃんのお腹に挟まれて刺激されて、大変な状態になってるのを覚える。

 複雑に絡ませあった脚が暴れだす。腰はもう、痙攣していると言っていい動き。
 綺麗にマスカラを塗った両目から、とめどなく涙が溢れ出ている。
 やがて、全身の筋肉が硬直したあと、だらりと力が抜ける。
 『アキちゃんはキスだけでイクから』と聞いてはいたけど、実際に目にすると圧巻だった。

 まだ呆けたような表情で喘ぎを漏らし続けているその顔に、首に、むき出しになった肩に、二の腕に、キスの嵐を浴びせていく。
 全身紅潮し、チャイナドレスに負けず劣らず綺麗なピンク色になった、アキちゃんの白すぎるほどに白い肌。それを私の真紅のルージュで染め上げていくように。

「はぁっ、ぁぁぁあん! はぁぁんっ!」
 さっきイったばっかりなのに、また身もだえを始める。
 まるで、全身が性感帯と化したような反応。
 あまりの愛らしさにぎゅっと抱きしめると、その感触だけでまた絶頂を迎えてくれる。

「本当、アキちゃんってなんでこんなに可愛らしいのかしら」
 思わずこぼした言葉。私の作り物の胸に顔をうずめて、わんわんと泣いてそれに応える。
「ゆ、悠里お姉さまぁ。お姉さまぁ……悠里お姉さまぁ……」
「はいはい、アキちゃん♪ ……私の、とってもとっても大事な大事なアキちゃん」

 しばらくその状態を続けたあと身体を下に移動させ、チャイナドレスをめくってアキちゃんの、陰毛のないつるりとした股間に顔をうずめる。
 タックで作成した、まがいものの割れ目が面前にある。その割れ目に向かって、たっぷりと唾液を含ませた舌を伸ばし、ちろちろと舐めあげる。

 ここは感じやすい神経の集中する場所なだけに、反応は今までの比じゃなかった。
 もう絶叫としかいいようがない嬌声が部屋に満ち溢れる。
 腰や脚があばれまくって、腕もなんだか痙攣するような動きを繰り返して、体勢を保つだけでやっとの状態。
 今アキちゃんの脳内はどんな状態なのだろう? 私はこんなにイけないだけに嫉妬が疼く。

 指先でそっと、アキちゃんのすぼまりをなであげる。
 愛液が溢れ出すお○んこのように、腸液でぬちゃぬちゃ状態のその穴。
 軽く力を入れたつもりすらないのに、私の指先はその秘孔にずぶずぶと飲み込まれていく。

 中は火傷しそうなくらい熱くて、トロトロの柔らかい肉が複雑に指先に絡みついてくる。
 括約筋でぎゅっと絞られた指が、折れそうなくらいの圧迫感を感じてあわてて抜きさる。
「ゆ……悠里お姉さまぁっ。ぬい、抜いちゃ嫌ですぅ。もっと奥にぃ」
 息も絶え絶え、という様子なのに、涙目のままそんな懇願をしてくる。

「ごめんね。……でも指はこれ以上は無理かな。締め付けがきつすぎて、折れちゃいそう」
「そっ、そんなぁっ?!」
「だ・か・ら、本物を入れてあげる♪ アキちゃんが、今日一日可愛かったご褒美♪」
「ゆーりおねえさまぁっ!!」

 ピンクのチャイナドレスに包まれた肢体全部を使って、熱烈にハグしてきたりする。
「ちょっ! アキちゃん力緩めて! これじゃ挿入できない!」
 私よりずっと力が強くて、痣にならないか不安になるほど。身動きすらできない状態で、体勢を整えることもできない。

 力を緩めてくれた隙を縫って、正常位に持ち込む。
「アキちゃん、挿れるわよ?」
 という私の呼びかけに、歓喜に満ち溢れた表情でコクコクとうなずきを返してくれる。

「アキちゃんって、本当にお○んちんが好きなのね?」
「うん、だぁい好き……やっぱりエッチな子はダメなの? ……あたし、嫌われちゃうの?」
「大丈夫。私、そんなアキちゃんが、大好きで大好きでたまらないのっ!」
「アキ、こんなにインランで、いけない子なのに?」
「淫乱でエッチな娘“だから”いいのっ! そんなアキちゃん“だから”大好きなのっ!!」

 今はコルセットをつけてないけど、その状態でもこのチャイナドレスがなんとか着れるまでくびれが出てきたウエスト。
 そのウエストを両手で掴み、今日一日溜め込んだ本心を大声で吐き出しながら一気に挿入する。

「はぁぁああああぁあんっっ!!」
 身体を大きく弓なりにしならせて、そんな悲鳴とも絶叫ともつかない嬌声をあげる。
 比較対象の知識に乏しいから良く分からないけど、これまで世界で一番気持ちいいと思ってきた、“もう一人の悠里”のおマ○コの数千倍もの快感が襲い掛かる。

「くうっ……かはっ……アキっ、アキちゃん気持ちよすぎっ!」
 ぎゅいぎゅいと、物凄い力で圧迫がかかる。
 ぬめりを帯びた、腸内の熱い肉壁と粘膜と襞々とが、複雑に絡み付き、吸い付いてくる。

 最初に結ばれて以来、オナニーの度にこれしか思い浮かばなってしまっている、まるで麻薬のような快感。
 アキちゃん以外のお尻は私は知らないけど、たぶん普通のアナルセックスではありえないそんな快感に、まだ身体を動かしてもないのに一瞬で放出してしまう。

(やっちゃった……)
 幾らなんでも早漏すぎるだろうと、私自身に呆れる。
 アキちゃんと、萎えてしまった私のモノに内心謝りつつ、引き抜……こうとしたけれども、いつの間にか私の身体に絡みつくように回されていた、アキちゃんの脚が許してくれない。

 意識的なものか、無意識によるものか分からない、その脚と腰の動きに導かれるままに私自身、腰を振る。
 萎えた状態でも、括約筋だけではない、直腸全体から締め付けられるような感覚は減っていない。どんな素質があれば、どんな鍛錬を重ねれば、こんな魔性が生まれるのだろう。

 真下を見る。
 赤いチャイナドレスに包まれた、偽物の双丘が激しく上下しているのが見えるだけで、接合部の状態は見えない。

 この部屋に大きな鏡がなくて、今の自分の姿が見れないことを残念に思う。
 世界で一番好きだった、今でも世界で二番目に好きな『瀬野悠里』の美しい姿。
 他の有名なモデルや芸能人と並んでも少しも見劣りすることのない、(ちょっと大げさに言えば)絶世の美少女。そんな少女と自分が“一緒”になれるという陶酔感、高揚感。

 “アキちゃん”が愛しているのは、その『瀬野悠里』ただ一人。
 それでも『僕』が『私』でいる間は、『悠里お姉さま』として愛してもらえる。
 そしてこの絶妙なる名器を味わえるのは、世界でただ一人、『私』だけの特権。そう思えば、今までとは異なる高揚感が押し寄せてくるのを覚える。

 アキちゃんのその穴の中に納まり続けていた私のモノも、いつしか力を取り戻してきた。
 いつの間にか剥けた状態になっていた私の亀頭に、まるでミミズのような襞々がからみついてきつく締め上げてくる。
 精液と腸液が交じり合った液体でぬめぬめの直腸全体が、私の竿の部分全体を絞りこむ。
 「もう離さない」とばかりに、私のモノが奥に奥にと吸い込まれていくような感覚。

 気を抜けば一瞬で再度の射精に至りそうな快感に逆らって、大きく腰を振り始める。
 そのたびに嬌声で応えてくれる、ピンク色のチャイナドレスの美少女。
 どのくらいの時間そうしたのだろう。
 私の射精と同時に、ひときわ大きな嬌声をあげて、すべての力が全身から消滅した。



 ぐったりと意識を失い、ベッドで静かに息を立てるアキちゃんの髪を撫でつつ思う。
 『失神にいたるほどの快感』というのは、一体どういうものなのだろう?
 あまりの快感に脳内で処理しきれなくなって、頭のヒューズが飛んでしまってシャットダウンされるような状況。それほどの快楽。

 いつか自分もそれを味わってみたいと思ったところに、フロントから電話がかかってくる。『御休憩』を『御宿泊』に変えてもらって、次はお姉ちゃんに電話を入れる。
 お姉ちゃんがここに到着するか、アキちゃんが目を覚ましたら第二ラウンドだ。

 どんなプレイにしようかと考えつつベッドに横になり、この愛しい愛しい存在を後ろから抱っこする。それまではこのまま、しばしの休息を楽しもう。



『瀬野家の人々』 アキのモデル修行な日々A(おまけ) 2013/04/29(月曜・祝日)


        <<柊朋美視点>>

「……うわぁ」
 妹の久美が、店の入り口を見つめたまま、うっとりした表情で賛嘆の声をもらした。
 店内の他のお客さんも、かなりの割合で同じ感じだ。
 わたしも釣られて、同じように入り口のほうを向いてみる。

 何かのロケなのだろうか?
 ため息をつきたくなるような美男美女5人連れがお店に入ってきて──そしてウェイトレスさんに案内されるまま、何の導きなのかわたし達のすぐ隣の席にやってくる。
 座る動作すらとっても優雅で、思わず見惚れてしまう。

 うち2人はたぶん双子なのだろう。ガーネットと黒曜石のような色彩の、色と柄だけが違う同じデザインのチャイナドレスに身を包んだ、瓜二つの究極美少女たち。
 ドレスの裾は足首までだけど、腰まで入ったスリットから見事な脚線美を描く生足が覗いている。

 ノースリーブの肩からむき出しになった腕も、余分な肉が一切付いてなくてすごく綺麗。
 手足がびっくりするほど長い。身長の半分より股下のほうが長そうだ。
 ほっそりとして、頭もありえないくらい小さい。目測9頭身美人。
 1人でもアトラクティブなそんな美少女が、2人もいるのだ。目を引かないわけがない。

「こりゃ、やっぱり目立っちゃってるねえ」
 たぶん彼女たちの父親なのだろう。
 一行の黒一点の、アメシストの色のメンズチャイナを着た男性が飄々と面白そうに言う。
 スマートで背が高く、少し童顔の入ったハンサムな顔には、確かに彼女たちの面影がある。

「わたしだけ、なんか浮いてる感じで嫌かも」
 サファイアのような色合いのアオザイを着た女性が、笑顔でそんなことを言っている。
 一行では一番小柄な、女優だと言われたら納得しそうな美人。
 茶色の髪をシニョンでまとめた、色白で灰瑪瑙の瞳をした大人の女性。
 肌も綺麗で、多分20代半ばか、いって後半くらいだろうか。

 あからさまに見蕩れすぎていたわたしに向かって、最後の1人がはにかんだ笑顔を向ける。
 とたんにドキリと高鳴るわたしの心臓。
 その瞬間から、あれだけ魅力的だった双子? も意識から離れて、彼女の姿から目をそらせなくなる。

 超ミニでピンク色の、珊瑚を削って作ったみたいなチャイナドレスに身を包んだ少女だ。
 アラバスターのような、白くてつややかな手足がドレスからすんなりと伸びている。
 中に内臓が入ってるのか疑問に思うくらい細いウエストと、ドレスのヒップが余り気味な小ぶりなお尻。それなのに豊かな胸が、窮屈そうに自己主張している。

 スタイルも見事で背も高いし顔立ちも整ってるのに、表情や仕草を見ていると、妙にあどけない感じがする、そんな不思議な、人形めいた美少女。
 アオザイの女性のたぶん妹なのだろう。顔立ちが似ている。
 ハーフなのか色素の薄い大きな瞳が、琥珀の色で輝いているのがとても印象的だった。

「ね、ね、お姉ちゃん──ねえってば」
 ほっぺたをプニプニと突っつかれる感覚に、やっと我に返る。
「うん、ごめん。久美。何?」
「お姉ちゃん、ぼけっとしすぎ。……あれ、ひょっとして瀬野悠里って人?」

 瀬野悠里。
 言われてみればその通りだ。
 クラスメイトの瀬野君の、姉というモデルさん。
 以前クラスで話題になってからチェックし始めて、今ではすっかりファンになってた人。
 赤と黒、どっちか分からないけど、双子? のうち片方は悠里さんに違いなさそう。

「……そっか。そうだね。言われないと気付かないのは不覚だったけど」
「どうする? 声かけてサインもらっちゃう?」
「そんな、悪いよ」
 それにもし、これが何かの撮影中だったりしたら目も当てられないし。

 でも。あれ?
 その時のクラスでの会話を思い出す。ひょっとして、悠里さんとそっくりなもう1人は、実は瀬野君の女装だったりするのだろうか。
 もう一度まじまじと2人を見直してみるけど、とてもそうは思えない。
 身体のラインから美貌まで、どこからどう見ても超美少女以外のなにものでもない。

「瀬野君?」
 少し勇気を出して、小声で呟いてみる。
 反応したのは、でも推定双子のどちらでもなくて、メンズチャイナの男の人だった。
「うん。僕は瀬野だけど……呼んだかな?」

 人の緊張を溶かすような柔らかな声。
「あっ、いいえ。そうじゃなくて。……そうじゃなくて、わたしのクラスメイトに似た人がいたので」
 いつの間にか会話を止めて、わたしのほうを見ているご一行様。
 今すぐ消え去りたいような気分。

「あっ、ひょっとしてあなた、俊也のクラスのかた?」
 アオザイのお姉さんが手を叩いて、嬉しそうにそんなことを言う。
 瀬野俊也……うん、確かに瀬野君のフルネームはそうだったはず。
「はい、わたし瀬野君のクラスメイトで……柊朋美っていいます。こちらが妹の久美」

「なるほどね。俊也も来てれば良かったのに」
「そうよねー。……朋美さんごめんなさい、今日は俊也はいないの」
 赤と黒の美少女2人が、煙水晶のような瞳で見つめて、代わる代わるわたしに言ってくる。
 実は片方が女装した瀬野君というショックな状況じゃなかったと、内心ほっとしてみる。

「そういえばさっき、お姉さまの名前呼んでましたよね?」
 ピンクのチャイナドレスの女の子が、少し低めの甘い声で久美に聞いてくる。
 もっと高い声の持ち主だと思っていただけに少し意外だけど、でもいつまでも聞いていたくなるような、一種癖になりそうな不思議な声色だった。

「お姉さま、って?」
「瀬野悠里」
 怪訝な顔で聞き返す妹に、女の子が笑いながらその名前を呼ぶ。
「あっ、聞こえてたんですか。ごめんなさい。お姉ちゃんがファンなもんなんで」

「ありがとー。一応、私が悠里です。どう? サインか何か書こっか。今、書くもの何も持っ
てきてないけど」
 黒いチャイナドレスの美少女が、笑顔でそんなことを聞いてくる。
 慌てて手帳とペンを差し出すと、わたしと妹の分のサインをさらさらと書いてくれる。

「あと私が瀬野愛里ね。悠里の双子の妹で、──聞いてるかどうか知らないけど、私たち、俊也の実の姉です。……俊也の女装とか、そんなことはないのよ?」
「あうあうあう……ごめんなさい」
 顔から火が吹き出そうな気分。

「あの、皆さんどういう繋がりなんでしょう?」
 妹の物怖じしない性格が羨ましい。
「私と悠里が双子の姉妹。この子がアキちゃん。血は繋がってないけど、私たちの可愛い可愛い大切な妹」

 その言葉に目を細め、くすぐったそうに幸せそうに微笑むピンクの少女──“アキちゃん”。
 確かに可愛い。可愛すぎだ。
「これが哲也パパ。私達の実の父親。そしてラスト、その再婚相手の純子ママって一家です」
 とすると、アキちゃんと純子さんは姉妹じゃなくて母娘なのか。少し意外。

「今日は珍しくみんなの休日があってね。中華街でゆっくりしようって来てみたんだけど」
「この前、たまたまチャイナ服を全員分手に入れる機会があってね。で、ついでだからそれをみんなで着てみよう、って話になって」
「わたし、何かのロケかと思いました。どこにカメラがあるの? って、探しちゃったし」

 色々話してる最中、ウェイトレスさんが瀬野君一家のところに料理を運んできた。
 久美はまだ話したそうにしてたけど、流石に悪いと自分達の昼食に戻ることにする。

「──朋美さん。俊也のことを今後ともよろしくお願いするね」
 それぞれの食事に戻る前、柔らかな声色で、目を細めて、そうわたしに言ってくるパパ氏。
「あっ! はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ!」
 思わず大声で返事して、店のお客さんの注目を浴びて赤面してみたりしたけれども。

 二人もくもくと食事を終えて、店を出たところで同時にため息をつく。
「あんな美形一家っているもんなんだねえ。お父さんもすっごいイケメンでファンになりそ。お姉ちゃんのクラスメイトって人も、あんな感じなの?」
「瀬野君はパパさんじゃなくって、悠里さんそっくり……かな。多分お化粧すれば見分けつかないくらいだと思う。男の子にこの言葉使うのは変かもだけど、綺麗な人だよ……」

 今でも目を閉じるとありありと思い出せる、ジュエリーボックスの中の宝石のような一家。
 でもわたしの胸に一番印象に残ったのは、悠里さん達ではなく、アキちゃんの笑顔だった。
 まるで恋に落ちたかのように、いつまでもドキドキが続いていた。



        <<雅明視点>>

(──雅明、おつかれさま)
 着替えに使わせてもらった、例のチャイナドレスレンタルショップの更衣スペース。
 そこにどうにかこうにかたどり着いた俺の脳内に、面白がるような声が形作られる。
「殺せ……いっそ一思いに殺してくれ……」傍から見てれば独り言の、そんな呟きを漏らす。

 いつかやられるんじゃないかと怖れていた、
『アキモードで可愛い女装したあと、雅明モードに意識を切り替えさせられる』羞恥プレイ。
 今日、こんな形でさせられるとは。

 ありえないくらい露出度の高い、ピンクのチャイナドレスを着て人の多い中華街を回る。
 俊也のクラスメイトだけならともかく、俺の知り合いに遭遇したときは心臓が止まるかと思った。気付かれなかったようなのは助かったけど。

 今まで押し隠してきた羞恥心が一気にぶり返し、このまま自殺しようかとすら思えてくる。
(せめて、チャイナドレスから着替えたあとにしたほうがいいよ?)
 うるさい。

(でも、雅明喜んでたしなあ。本当はあたしが遊びたかったのに譲ってあげたんだからね?)
「……」
 無心にして、回答を与えないようにしてみる。
 所詮は同じ人物、互いの心は手に取るように分かってる。無意味な努力なんだけど。

 19歳の男なのに、可愛いチャイナドレスを着て、女の子のふりをして喜んでいる。
 認めてしまったら人生終わりな気がひしひしとした。

「アキちゃん、大丈夫?」
「ちょうどいいや……コルセットの紐緩めて……」
 カーテンをあけて、黒いチャイナドレスの姿のままの俊也が入ってきた。

「緩めるだけでいいの? 外したほうがよくない?」
 そんなことを言いながら紐を緩めてくれる。やっと呼吸が楽になる。
「まあ、この状態ならそんなに素と変わりないし、外すと持ち歩くのに邪魔だから」
「コルセットが苦しいのは私も思い知ってるから、きついときは遠慮なく言ってね」

 その言葉をありがたくもらいつつ、着替えを取り出す。これまたまっピンクなブラウスに、白いミニのチュールスカートのセット。ため息をつきつつ袖を通し、鏡を見て自分を確認。
 うん、可愛い☆

(……って。おい、アキ。思考に割り込まないで)
(言いがかりだー。ぶーぶー。自分が可愛いと思ったのは雅明のくせにー)
 無心無心。

 化粧スペースでチークと口紅とグロスを付け直して、鏡の中の自分にウィンク。
 チャイナドレスよりは露出の低い衣装に、少し落ち着いた気分になる。
 ……なんだか順調に、俺の女装調教が進んでいる気がするのが怖かった。



『瀬野家の人々』 アキのモデル修行な日々B 2013/05/12(日)


「やっと巡りあえたね! 我が愛しき運命の人よ!!」
 眺めているフリをしていたスマホから目を上げると、そこにデンパナンパ男がいた。
「ね。あなたひょっとして、会う人会う人全員に『運命の人』って声をかけて回ってるの?」
 前から少し疑問だったことを聞いてみる。

 最初に会ったとき、俺は甘ロリでギャル系メイクで茶髪のカツラをつけた姿だった。
 2回目は確か、森ガールでナチュラル系メイクで地毛だったはず。
 3回目になる今は、赤のチェック柄ワンピースに黒のテーラードジャケットを合わせて、OL風のメイクに黒髪ストレートのカツラをつけた、“大人カワイイ”を目指した格好。

 よほどの知り合いじゃなければ、まず別人と認識しそうな取り合わせだと思うのに。
「君と会うのも3回目だけど、やっと普通に返事してくれたね。なんだかすごく嬉しいよ。
 ……けど何のこと? オレは君以外、他の誰にも声をかけたことなんてないのにさ」
 やや怪訝そうな顔で、平然そう聞き返してくる。

 意外に鋭い男だった。どうせならその鋭さを、俺が男と見抜くのに使って欲しかったけど。
 少なくとも他のナンパ男が寄って来るのは防げるだろうし、悠里たちと合流する少しの間、つきあってみることにするか。そんな気まぐれを起こしてみたりする。

「そうそう。今度会ったら君に渡したいって、プレゼントを用意してきたんだ」
 そう言って、上着のポケットから小箱を取り出す。前回までは男物の服なんて興味がなかったから気付かなかったけど、仕立てのいい、多分ブランド品のジャケットだ。……って。
「ごめんなさい。あたし、あなたからプレゼントもらう気はないんです」

 何か嫌な予感がして両手を振って押し返す。
 意外にあっさり引っ込めてくれて、ほっとしてみたり。
 彼との会話は意外に楽しかった。思い込みが激しいのが難だけど、ユーモアがあって話題豊富で、白いスーツ姿の悠里(?)の姿が見えて別れるのが少し残念になるくらい。

「じゃあ、待ち合わせの人が来たから、あたしはこれで」
「……やっぱり、オレの恋人になってもらうのは無理なのかな?」
「うん、何があっても100%無理。それは断言するから希望は絶対に持たないで──バイバイ」
 期待を持たせたら可哀そうだしと、冷たく言って悠里(?)に向かって足早に歩く。

「おつかれさま……えっと、悠里?」
「アキちゃんもお疲れ様。一応、私は愛里ね」

 前々から所属する芸能事務所を探していた悠里。瞳さんの事務所の話をした翌日に見学に行って、その場で契約をしてきた。相変わらず即断即決な行動力が、俺には眩しい。

 その数日後に、俊也も同じ事務所に契約。
 ただ彼の場合バイト類が禁止な校則があるので、高校生の間は『瀬野愛里という名前の、瀬野悠里の双子の妹』という名義で活動することになってるのだそう。
 色んな意味で、よく許してもらえたものだと思うが。

 そして俺はというと……未だに迷ったまま保留状態。
 この姉弟と違って、やるともやらないとも決められないままだ。

「さっきの誰? 知り合い? 随分と楽しそうだったけど」
「名前も知らないナンパ男なんだけどね。時間つぶしで付き合ってみたの」

 今日は悠里のお願いもあって、悠里の雑誌で読者モデルをやってきた帰り。
 仕事中は『アキモード』だったから余り気にもならなかったけど、顔見知りのスタッフが大勢いる中で女の子のフリをして撮影するのは、思い出すと恥ずかしい経験すぎた。

 その後帰りの電車で色々あって『雅明モード』に戻って、今はすっかり女装男状態だ。
 相変わらずやたらと人目を引くらしい、俺と俊也の女装姿。
 アキのときは快感な道行く人の視線も、今はただただ、恥ずかしい。

 もっとも、今一番注目を集めているのは、愛里(=俊也)の白いタイトなミニスカートから伸びた長い生脚っぽいけど。
 俺自身、相手が男と分かっていても、悠里そっくりの美脚につい目が行ってしまうのを止められないのが悲しい。

「うん? 私の足になにか付いてる?」
 悠里を待つ会話の途中、俺の視線に気付いたのか、俊也が面白そうな顔で聞いてくる。
「いや、そのスカート似合ってるなぁ、って。あたし絶対着れないし」

 そんな流れでファッションについて話してる最中、「おまたせー」と悠里がやってきた。
 “愛里”と対になる、黒のスーツの上下。俺の着ている黒いレディスのジャケットが、悠里とペアルックっぽい……って、喜んでしまってよいものかどうか謎だけど。

 今日の目的地は、隣の市で毎年やってる祭りの説明会。
 その祭りの出し物の一つである花魁役を、悠里と俊也と、あと同じ事務所のもう1人の3人でやるのだとか。
 部外者のはずの俺がなぜ同行させられてるか不明だけど、悠里のお願いは断れない。

「ところでアキちゃん、そのポッケの中身何?」
 スカートを翻しつつ3人で会場に向かう途中、悠里がそんなことを聞いてきた。
 見ると俺の上着のポケットが妙に膨らんでいる。何か入れた記憶もないのに。

 探ってみると、まず小さな紙切れが2枚出てくる。
 1枚目は『株式会社△△△△ 代表取締役 桧垣晃司』という名刺。
 2枚目は『運命の君よ! 個人携帯は0xx-xxxx-xxxxいつでもかけてきてくれ』他いくつかメッセージが書かれたピンク色の名刺大のカード。

「げっ。デンパナンパ男かぁ。プレゼントは断ったはずなのに、いつの間に入れたのかな」
「それ、合流の前一緒にいた人? 若いイケメンに見えたけど、見かけによらないもんだね」
 残りの小箱をポケットから取り出し、蓋を開く。

「うわぁ……婚約指輪! どうするこれ。多分すごく高いよ。社長夫人目指してみる?」
 中身を見て、思わず、と言った感じで賛嘆の声を漏らす悠里。
「ご丁寧に宛先教えてくれたんだから、こんなのはもちろん送り返すけど……」

 でも──そうか。婚約指輪か……



 えっと、ここまでがだいたい半月くらい前の話。
 ここからの今日のイベント当日については、あたし、アキがお伝えします、ということで。

「よろしくお願いします」
 これからお世話になるメイクさん──確か「顔師」って呼んでと言われたっけ──にちょこんとお辞儀して、指示されたとおりに腰掛ける。
 お姉さま達はどこなのかな、と、居場所を探して、少しきょろきょろ。

「ごめんね。ちょっと、じっとしてもらえないかな」
 顔師さんが苦笑しながら言ってくる。いけない、これじゃあたし悪い子だ。
「ごめんなさい……じっとしてますね」
 幸い、じっとしているのは得意なほうだ。瞼を閉じて動かないことに専念してみる。

「うん、ありがとう。じゃあ私からも宜しくお願いするわね」
 目を瞑っているから詳しく分からないけど、まずは顔全体にぬめぬめした液体……オイルなのかな? が塗られていく。
 そのあと、あたしの眉と瞼に、指先で丹念に化粧が塗り込められる。

 あたしがモデルになるのを散々渋っていた雅明がついに折れて、お姉さま達と一緒の事務所に入るのを許してくれたのが、例の説明会からの帰り道のこと。
 それから話がとんとん拍子に進み、“事務所のもう1人”と入れ替わりで、『瀬野三姉妹』でこの祭りの華である、花魁道中の花魁役をすることになったのだ。

 あたしが事務所に入って仕事はいくつかあったけど、お姉さま達と一緒の仕事はこれが初。
 耳を澄ませば、顔師さん達と楽しそうに会話しているお姉さま達の声が耳に届く。
 それだけでもう、心が躍るのを止められない。

 顔全体を撫で回すハケの感触。たぶん水白粉であたしの顔が白く塗られているのだろう。
 冷やりとする感覚に首がすくみそうになるけど、がまん、がまん。
 タンクトップを着た胸元から背中、首、顎から耳の中まで、ハケが走る。
 そんな中じっとするのを保つのは、さすがのあたしでも大変だったけど。

「そっちはどう? どんな感じ?」
「すごいよー、この子。さっきからピクリとも動いてないの。本当にお人形みたい」
 あたし担当の顔師さんと、誰か知らない声が会話してる。

 パフで水白粉を馴染ませ、もう一度水白粉をハケで塗られ、更に再度パフを当てられる。
 いつまで続くかと思ったら、ようやく目のあたりの化粧に入る。
 小さな筆とかも使って、丁寧に丁寧に。
 眉を引き、頬と口とに紅をさす。

 “化粧”というのは、いつだって感動的な体験だ。
 今までの自分とは違う、別の自分に出会う。
 でもそれは確かに自分であって。今まで気付かなかった、見落としていただけの自分自身の新しい側面で。愛しい自分の領域が増える、広がる。

 ──昔々、『雅明』が出会った、『アキ』という少女のように。


「次は、足に白粉塗るから足を前に出してね──ありがとう。本当に白くて綺麗な足ねえ。
これだと白粉なんか塗らなくてもいいかも」
 そんなことを言いながら、でもハケを走らせてあたしの足に白粉を塗っていく顔師さん。
 初めての経験に少しびっくりしたけど、足を見せて歩くのでこんな化粧が必須なのだそう。
 言われてみて思い出せば、動画でチェックした花魁さん達も足を白く塗っていたなあと今更ながら気付く。

 それが終わったら、今度は腕にも、指先にも。
 化粧が終わり立ち上がって振り向くと、お姉さま達は眉を描いているくらいだった。
 あたしと違って、顔師さん達とすっごく楽しそうに会話しながら進んでいく。
 いらない緊張とは無縁な、リラックスした世界。見習わないと。

 あたしの担当が、顔師さんから着付師さんにバトンタッチする。
 タンクトップとホットパンツの上から、どんどんと布の山を重ねられていく。
 赤い襦袢と、目にも鮮やかな花柄の着物。完成形だとほとんど見えないはずだけど、こんなところから気を使っているものなのかと感心しちゃう。

 すごく幅広の帯をぐるぐると巻かれて、前帯を取り付ける。金色の糸で細かな刺繍がしてあって、とっても綺麗。この上から更に、これまた煌びやかな着物を羽織る。
 ずれないように針と糸で縫い付けたりして、脱ぐのも大変そうだけど。

 日本髪に高く結われた、豪奢なかんざしが一杯ついたかつらを被る。
 これで一応の完成形だ。

(これから更に下駄つけて、総重量30kg以上になるんだっけ。洒落になってないよなあ)
 あら、雅明いたんだ。
(まあいつでも居るけどさ。これ、俺ならもうギブアップしてるわ。一体どんな拷問だこれ)
 思ってたより重さも感じないし、動きやすいと思うけどな。雅明って、忍耐力なさすぎ。

 鏡の中を覗き見ると、豪華絢爛な衣装を身に纏った花魁さんが見返してくる。
 ──これが、今日初めて出会う、『新しい自分』。
 “可愛い”って感じではなくて、すっごく“色っぽい”感じに仕上がっているのが自分でも不思議だった。“妖艶な花魁さん”として、今、ここにいるあたし。

「これだけ綺麗な花魁さんって初めて見る」
「こうしてると、本当に京人形みたい」
「いや、すごく色っぽいねえ。見ててぞくぞくする」
「『傾国』『傾城』って、本当にそんな感じ」
 笑顔を作ってみたり、流し目をしてみたり。
 そのたびにどよめきに似た声があがるのが楽しい。

 そうこうするうちに、お姉さま達も完成したみたい。
「うわぁっ、アキちゃんすっごく綺麗!」
「お姉さま達も、とっても綺麗ですよぉ」
 あたしと同じく、花魁衣装に身を包んだ二人のお姉さま達がそこにいる。

 お姉さまも、愛里お姉さまも本当に綺麗──というか少し意外だけど、あたしとは逆に、とても“可愛い”感じで仕上がってる。
 顔の小ささで目の大きさが引き立って、そんな印象がする。笑顔になると、もっと可愛い。
 頭の髷の大きさとの対比が、喉仏のない、すっきり伸びた首の細さと長さを際立たせる。

 これだけの化粧だ。元の顔がどうこうなんて関係ないんじゃ? と思ってたのが恥ずかしい。
 いざ自分達でしてみると、骨格の形の良さとかが丸分かりで、美人かそうでないかがありありと良く分かる。
 そして今あたしは、お姉さま達の姿にすっかり魅了されていた。

(でも、花魁の格好でここにいる3人のうち、2人は男なんだよなあ……)
 雅明、そんなどうでも良いことは、気にしなくていいから。

 それから暫く待機の時間が流れて、あたしたちの出番がやってきた。
 お姉さま達から少し間をあけて、あたしを含むご一行がいざ出陣。
 一応練習を重ねたとはいえ、花魁衣装を着てするのは初めての、外八文字とかいう歩き方。
 気はせくけれども、ゆっくりとゆっくりと歩みを重ねていく。

 今のあたしは花魁さん。
 皆をあたしの魅力で魅了してしまえるように笑顔を作る──いや、心からの笑みを皆に送る。
「おおぉぉ──────っ!」
「きっれ──────っ!!」
「すてき──────っ!!」
 途端に鳴り響く、歓声とシャッター音。それがとても気持ちいい。

 天気予報にはやきもきさせられたけど、今日は見事に晴れていい天気。
 その太陽の下、歩いているうちに段々とコツも掴めてきた。
 最初は歩くだけでいっぱいいっぱいだったけど、細かい声とかも拾えるようになってくる。

「いや今年すっごくレベル高いねえ」
「プロのモデルさんなのかな?」
「笑顔がとっても素敵」
「花魁ってさ、一晩寝るのに何百万ってかかったんだって。でもこれなら納得しちゃう」
「さっきの2人も良かったけど、この子は雰囲気あるよね。見ててぞくぞくする」
 煌びやかな衣装を纏って、皆の注目を浴びて賞賛を受ける。本当に癖になりそうな快感。

「アキちゃーん!」
 途中、聞き覚えのある声がした。目を向けると、ママがぶんぶんと片手を振っている。
 そのママと手を繋いで隣に立ち、あたしに優しい視線で頷きかけてくれるパパ。
 片方は血は繋がってないけれども、でも最高のあたしの両親。

 何故か涙が出そうになるのをぐっと押さえて、笑顔であたしの感謝を伝える。
 年甲斐もなく、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでくれるママ。
 口許にどうしても、今までとは違う笑みがあふれてくるのを止められなかった。



「──3人とも、お疲れ様でした」
 道中を無事終えて、取材攻勢とかも乗り越えて、瞳さんと一緒に電車で帰る。
「まあ、今日は確かにほんっとーに疲れたわ」
 お姉さまの言葉に、無言でコクコク頷く愛里お姉さま。

「でもみんな、凄い評判良かったわよ。会長さんからも、来年もお願いしたい、って」
「じゃあ、もっと上手く歩けるよう、今からでも練習しなくちゃですね」
「アキちゃん、元気でいいなあ」

(……同感)
 頭の中で、雅明がぼそりと呟いた。

 途中事務所に立ち寄ってそこで瞳さんと別れ、家へと帰還。
 今日これからエッチできないかって言ったら、「体力的に無理!」「明日学校あるしねえ」と全力で拒否されたのが悲しい。
 でも、お姉さまが何か思いついたようで、にこにこしてたのは期待が持てた……かも?

「やっぱりアキちゃんが一番目立ってたかー」
 ようやく寛げる家の中、県のローカルニュースの録画を繰り返し見ながら、いつもより豪華な食事を皆で取る。こんな感じの、一家5人の家での団欒は久々かも。
「お姉さま達のほうが、ずっとずっと綺麗だったと思うんですけど……」

 祭りの中の1イベントということで、花魁道中のニュースでの扱いはそんなに長くない。
 画面に映るのは愛里お姉さまが少しと、あたしが大半だった。
「いやでも、この扱いは私でも納得いくな。アキちゃん、なんというか華とか色気が全然違うもの♪ 今日はアキちゃんがいてくれて、本当に良かった」

「そういえば、あたしをあの説明会に誘ったのって、最初から狙ってたんですか?」
「まあ、そうなればいいなあ程度、かな? 最初入る予定だった事務所の先輩、わりと嫌がってたしね。『アキちゃんにお礼言っといて』、って言われてたっけ」
「あたしも、あんな体験できるなんて夢のようで、替わってくれた先輩にお礼しなきゃです」

 食後は美容体操とかマッサージとか交えつつ、最近なかったゆっくりした時間が流れて。
「そろそろお風呂入ろっか。……今日は、アキちゃんと愛里も一緒に入ろ」



        <<純子視点>>

「雅明くんの女装は最初から気にしてないけど、“アキちゃん”には慣れそうにないなあ」
 3人一緒にお風呂に入るのを見送って、哲也さんがしみじみと呟いた。
「わたしだって、最初はかなり悩んだんだからね。……でも受け入れてあげないと、って」

 最初の夫が失踪して、後始末で大変なところに残された息子が女装して『アキ』と名乗り始めて。
 睦さんとも最初大喧嘩したし、どの方法で心中するか真剣に悩んだ時期もあった。
 でも結局、わたしの心を解いてくれたのは、“アキちゃん”の無垢な愛らしさだった。

「アキちゃんいい子だしね。雅明なんて絶対家事手伝わないけど、さっきも何も言わなくても食事の片付け手伝ってくれたし」
「いやいや、雅明くんだって十分いい子だと思うよ?」

「わたしは“愛里ちゃん”に慣れられないかな。俊也が時々悠里ちゃんのふりをしてたってのも、このあいだ聞いてびっくりしたし。……あなた、知ってたの?」
「そりゃあね。子どもの見分けもつかない親はいないさ。……まあお互い、段々と慣れていけばいいのかな。よそからみれば、すごく変な一家なんだろうけど」

「よそから見たなら、美人3姉妹でいいじゃないの」
「人に聞いたら、美人4姉妹に見えるみたいだけどね。純子が長女で、僕だけオヤジ」
『あんっ……』
 そこまで話したとき、風呂場からやたら色っぽい声が届いてきた。2人で顔を見合わせる。

「あの子達、水道管通してご近所さんに声が丸聞こえって、忘れてなきゃいいんだけど」
「一応、そこらへんは気は使ってるみたいだね。……うん、僕らもしちゃおう」
「え? ……ええっ?」

 いきなりわたしを軽々とお姫様抱っこで抱えあげて、ソファにそのまま座ってフレンチキスをしてくる哲也さん。
 今でもわたしも『女』ということか。年甲斐もないトキメキが胸の中に訪れる。

 散々ためらったけど、再婚してよかったなと改めて思う。
 これまでも色々あったけど、これから色々大変そうだけど。
 でもよろしくおねがいします。哲也さん。



        <<アキ視点>>

 1人で入るならゆっくりできる、2人だと狭い我が家のお風呂。
 そこに3人で入るのだ。はっきり言ってぎゅうぎゅう詰め状態。
 愛里お姉さまが最初に湯船に浸かり、あたしはお姉さまに身体を洗ってもらってる。

「本当、綺麗なお肌。私も頑張ってきたけど、もう抜かれちゃったかなあ」
「まだまだだと思いますよぅ。少なくともあたしは、お姉さまの肌のほうがずっと好き」
「まあ、アキちゃん。ありがと♪」
 そんなことを言って、背中からぎゅっと抱きついてくる。

 むにゅっと押し当てられる、二つのすべすべして柔らかで温かな感触と、その先端の感触。
「私はアキちゃんの肌のほうがずうっと好きだけどね。このピンク色した乳首もだぁい好き」
 そう言っていきなり、あたしの小さな乳首を、指先でいじり始める。

「あんっ……」
 思わずそんな声が、自分の唇から零れるのを止められない。
「感度もいいし、反応も可愛いし、本当最高。……でもね、アキちゃん。うちのお風呂、他の部屋のお風呂に音が筒抜けって、忘れちゃ駄目よ?」

「もぅ、お姉さまの意地悪ぅ……」
「うん、そう。私って意地悪な女なんだ。……アキちゃん、そんな私は嫌い?」
「お姉さまって、ほんと意地悪。聞かなくてもわかってるくせにぃ」

「それでもちゃんと、アキちゃんの口から聞きたいな」
「……アキはお姉さまが大好きです。意地悪なとこまで含めて好きで好きでしょうがないの」
「うんうん。相思相愛で良い事だ♪ アキちゃん、こっち向いて」

 言いつけどおりに振り向くと、唇を重ねてくれる。
 柔らかくて気持ちのいい、心やすらぐなお姉さまの唇。大好きな唇。
 今はあっさりと離して、ピンクの舌でぺろりと自らの唇を舐めるところまでを眺める。

「うん、アキちゃんの唇、すっごく美味しい♪」
「本当、甘くて美味しいよねえ♪ ……アキちゃん、あとで私にも分けてちょうだいね?」
 この2人に褒められると、頑張ってきた甲斐があったとニンマリしちゃう。

 細い指先で優しくマッサージするように、頭を洗ってくれる。
 一番最初にも髪の手入れの仕方は教えてもらってはいたけど、色々自分でも調べたあとだと一つ一つの手順の意味が良く分かる。
 きちんとあたしの髪の状態にも合わせてくれて。勉強になると改めて感心しちゃう。

「アキちゃんの髪、伸びてきたわねえ。細くて柔らかいし、これからが本当楽しみ♪」
「お姉さまももう髪を伸ばしてもいいんじゃないですか? まだ入れ替わりは続けます?」
「私宛に男役のオファーも結構きてるし、それにまだまだ入れ替わりは続けたいかな。雅明は未だに見分け付かないんでしょ?」

「付かないですねぇ。2人ともこんなに違うのに、一体どこを見てるのか不思議なくらい」
「それをアキちゃんが言うのも面白いよね♪」
 そんな言葉に笑いあいながら髪の手入れを終えて、綺麗に泡も流し終えて。

「じゃあ、アキちゃん立ち上がってこっち向いて」
 というお姉さまの声に従って、狭いお風呂場の中お姉さまと向かい合う。
 指先でそっと、あたしの身体をなぞるお姉さま。声をあげないようにするのに一苦労。
「うん。おへそも縦長だし、くびれもいい感じだし、本当きれいなライン」

「目標まで、あと一息ってとこです」
「その目標は楽しみだよね♪」
「目標? それは初耳かも。愛里、私に隠し事はなしよ?」
「アキちゃん私達のスカートを穿きたいんだって。余程きつくなきゃ、もう入るんだけどね」

「上はどうしても無理だけど、下はあと2cmでぴったり一緒になる……はずなのです」
「そうすると、アキちゃんのスカートを私も穿けるようになるのかー。服のバリエーションも増えるし、確かにそれいいわね♪」

「でも前はウェストニッパーが必要なくなるのが目標って言ってたし、次はコルセットが必要なくなるようにとか言い出さないかちょっと心配」
「あのコルセット、フルクローズで56cmだっけ? 確かにそこまで行くとバランス悪いわね。うん、アキちゃん、私達と同じサイズってのを最終目標にしてね」

 次はあたしが浴槽に浸かり、お姉さまの身体を愛里お姉さまが洗う。
 貧乳と美乳という差はあるけど、その姿は仲の良い双子の姉妹そのもので、眺めていて本当うっとりしちゃう。
 入浴剤の、ジャスミンの香りに包まれながらそんな様子を鑑賞する。天国みたいな気分。

(『……という設定』が増えすぎて、何が本当やら頭がこんがらがってきた)
 雅明は、余計なこと考えすぎ。
 そんなのだから、お姉さま達の見分けも付かないんだ。
(どうせお前と義父とあと何人かしか区別つかないんだから、それが普通でいいじゃないか)

 そんな対話を脳内で繰り広げてるうちに洗うのも終わり、さっきのあたし達と同じように、まるで鏡がそこにあるかのように、お姉さま達が向かい合って立つ。
 そのまま互いに、身体のラインをなぞって確認する2人。
 それはなんだかとても神秘的なくらい綺麗で、どきどきする光景だった。

「お姉さま達が2人でシャワー浴びてるときって、こんなことしてたんですね」
「うん。互いの身体のラインが違ってないか、時々チェックしないとずれてきちゃうから」
「ほっておくと、愛里はすぐ痩せすぎちゃうしね」

「次は、あたしが愛里お姉さまの身体を洗う番ですよね?」
「ちょっと待って。……手順ミスったかな。愛里、アキちゃん、向かい合って立って」
 お姉さまとあたしの場所を交代し、言われたとおりに狭い風呂場の中向かい合う。

「うんうん、じゃあ私の言うとおりに続けてね。……そのまま身体を密着させて抱き合って」
 至近距離に、愛里お姉さまの綺麗な顔が見える。
 洗う直前の身体から漂う、なんだかドキドキする匂い。小さな頭、長い睫毛、滑らかな肌。しっとりとした肌の感触。愛里お姉さまの心臓の鼓動。

 強く抱きしめたら壊れそうなくらい細いその身体を、両腕でそっと抱きしめる。あたしの体とは違って柔らかで、触れる指先が沈んでいくような感触が心地いい。
「愛里、さっきアキちゃんとキスしたいって言ってたよね。ここで思う存分してちょうだい」
 少し戸惑ったけれども、その言葉に従って唇を重ねる。

「腰をもっと近づけて、脚を絡ませちゃう感じで」
 風呂に入る直前に、リムーバーでタックを解除していた2人の股間。それがぴったりとくっつく。にゅるにゅるした液体が混じりあう、腰がくだけそうなくらい気持ちの良い感触。

「天国のママ、見てますか? 肌もスタイルも顔も、全部が完璧な美少女2人の兜あわせ。
 ……私、生きててよかったぁ」
 お姉さまの、すごく陶然とした声が耳に届いてくる。
 お姉さまが嬉しいなら、あたしも嬉しい。

 愛里お姉さまが微かに首を上に向けて、あたしが微かに下を向いて。
 互いに唾液を交換しあう、そんな優しいキスに時間を忘れる。
「じゃあキスはそのくらいで……ここで1回ずつ互いに抜いてね」
 うん、それなら得意だ。しゃがみこんで、愛里お姉さまの愛らしい器官を口に含む。

「いつ見ても、アキちゃんフェラうまいなあ。……でも今日はあんまりじらすのはやめてね。あとできればお口じゃなくて、精液を全身に浴びてるアキちゃんが見てみたいな」
 いつになく、注文の多いお姉さま。
 でも、アキの名前にかけて、お姉さまの愛情にかけて、その全部をこなしてあげるんだ。

「……っ!!」
 口を引き絞り、なんとか声をもらすまいとする愛里お姉さま。
 登りつめる瞬間に唇を離し、それでも根元を握る手は緩めずに。

 顔に、胸に、肩に、おなかに、太腿に、腕に、飛び散る熱い液体を受け止めていく。相変わらずの量と濃厚さの愛里お姉さまの液体。特に顔はパックでもしたかのような状態だ。
 演技でなく、その感触の心地よさを心から愉しむ。

「……ごめん私も今イきかけた。なんてセクシーなの。アキちゃん最高。大好き。愛してる」
 お姉さまが喜んでくれるなら、あたしも喜ぶ。

 今度は愛里お姉さまが、あたしのクリちゃんを口に含んでくれる。
 お姉さまの擬似肉棒だけで練習したからだろう。思い返すと愛里お姉さまには、見当違いの箇所を一生懸命刺激しようとする、変な癖がちょこっとあった。

 でも今は、きちんとあたしのツボとかも把握して、的確に刺激してくれる。
 あたしが愛里お姉さまに対してやったテクも、すごく上手にマスターして、そのままあたしの身体にプレゼントしてくれてる。あたしの考えたことのない工夫まで入れて。
 今度の機会にお返ししてあげたいと思う。

 人を愛することはあった。人に愛されることはあった。
 でも、愛し愛され、互いに高めあう。この関係のなんと稀有なことか。
 すごく陶然とした、ふわふわした感覚につつまれたまま、さっきの愛里お姉さまと同様に、その全身に白いはしたない液体を振りまいた。



「あなた達、随分と長くかかったのね」
 随分とツヤツヤした顔で、パパとママが風呂上りのあたし達を迎えてくれた。
 あたし達も、同じくらいツヤツヤした顔。ツヤツヤ一家で良い事だ。思わず笑みが零れる。
 パパとママも、なんだか2人で一緒にお風呂場に向かってるし。

「私達がなにやってたか、パパとママには匂いで気付かれちゃうかなあ……」
「匂いがなくても、バレバレだと思うな」
 キャミ姿の3人でお肌の手入れをしながら、お姉さまのそんな言葉に笑いあう。

 顔に同じようにピールオフタイプのパックを塗って。唇にはちみつでパックもしたりして。
 お姉さま達とあたしとでは肌のタイプが違うから、それぞれ別の化粧水を手足に塗る。
 あたしの白くてさらさらの肌をお姉さま達は素敵と褒めてくれるけど、あたしにとってお姉さま達の健康的な色で、しっとりとして柔らかなお肌が、永遠の憧れの対象だ。

 以前は部屋で隠れるようにすることの多かった手入れ。
 リビングでおおっぴらにできるようになったのは密かに嬉しい。
「相変わらず3人とも、お肌綺麗で羨ましいわねえ。わたしも混ぜて?」
 風呂上りのママが入ってきて一緒に手入れを始めたり。これもすっかり、いつもの光景。

「うーん、やっぱり僕には、この光景刺激的すぎるや」
 手入れの最中、いつもは所在なげに居間の片隅で本を読んでることの多いパパが、お酒の瓶とグラスを持って書斎部屋に向かうのは珍しいかもだけど。
「あ、パパ……今日はどうもありがと。道中のとき、優しく頷いてくれて。あれ物凄い心強かったの。本当、パパの娘になってよかったなあ、って思っちゃった」

 あたしの言葉に、しばらく視線を泳がせていたけパパ。
 でもやがて、あたしの目をまっすぐ見つめてにっこり笑って、
「うん。今日はアキちゃん、よくがんばったね。僕もいい娘を持てて幸せだよ」
 と指の長い手で、あたしの頭を撫でてくれた。

「ね、どうせならパパも一緒に肌のお手入れしない?」
 とお姉さまが言ったら、一目散に退散したけれど。

 お肌の手入れの後、言いつけに従ってお姉さまの部屋に集まり、ベビードールに着替える。
 可愛らしいけど色っぽいデザインの、心地よい肌触りの卸したてのピンクのベビードール。
 完全に3人とも同じもので、サイズだけが違う。

「今日はこれからどうするんです?」
「今日はもう、寝るだけよ。……このベッドに3人一緒に」
「ベッドが小さすぎじゃないかなあ?」
「だからいいんじゃない♪ 身体寄せ合って、ぎゅうぎゅう詰めで」

 お風呂場といい、ぎゅーぎゅーが今日のお姉さまのブームらしい。
 お姉さま達と肌を寄せ合うのは、とても気持ちいいから嬉しいけれど。
「じゃ、寝よっか。あたし最初に入るから、次アキちゃんで。愛里はその後ろに入ってね」
「「はーい」」

 お姉さまと抱き合う形でベッドに入る。
 豆電球だけが照らす室内。
 そのあたしを、後ろから抱きしめる形で愛里お姉さまがベッドに入る。
 やっぱり狭いけれども、でも愛と幸せとに包まれるそんな空間。

「はふぅ……」
「ん? どうしたのアキちゃん」
「いや、あたしこんなに幸せでいいのかなぁ、って。これ気持ちよすぎですよぅ」
「まだまだ、これがスタートなんだからね?」

 ニヤリ、とお姉さまが笑った気配。
 そのまま回した手であたしの身体を撫で始める。
「ひゃぅうっ!」
「アキちゃん、声出しちゃだめよ。今日はパパとママがいるんだから」

 涙目のまま、こくこくと頷く。
 愛里お姉さまも加わって、前と後ろからあたしの体をその繊細な指先でそっと責め続ける。
 声も出せない、身もだえもできない。
 身も心も蕩かす、快楽という名の拷問の時間。素敵な素敵な、天国のような地獄の時間。

「……アキちゃん寝ちゃった?」
「いえ、起きてますよぅ」
「ちっとも反応ないから、てっきり寝ちゃったのかと」
「お姉さま達の意地悪ぅ。アキ、一生懸命、一生懸命がまんしてるのにぃ」

「そうなんだ? ……それはそれで凄いわね。じゃあ、どこまで我慢できるのかな」
 こうなるともう、意地の張り合いだ。
 お姉さま達の絶妙な指使いが、前と後ろからあたしの全身のビンカンな部分を弄び続ける。
 一瞬でも気を抜けば大声をあげて暴れそうな身体を、なんとか押しとどめる。

「あっ、アキちゃん今イっちゃった?」
「一瞬だけピクンってなったね……でもこれだけ密着してないと、イったことすら分からなかったかも」

「他の子なら、『マグロなのかな?』で済むけど、“あの”アキちゃんなのにねえ」
「……が……がんばりましたぁ……」
「そういえば、今日の花魁のお化粧の最中、1ミリも動かずにずっといたんだって?」
「……じっとしてね、って言われたから……」

「いくら言われたからって、私そんなの絶対無理! あれ、けっこうムズムズしたよね」
「何もせずに座ってるだけならできるけど、ぴくりとも動かないって大変だよね」
「アキちゃんの新しい特技発見……かな。絵のモデルとかに便利そう」
「人間マネキンとかにも良さそうだよね。色々できて羨ましい」
「お仕事の幅が広くなるって、凄い良いことだよね」

 あんまり自覚なかったけど、それってそんなに凄いことなんだろうか?
 密着させあった身体の前後、すぐ近くからお姉さま達の代わる代わるの賞賛を受けていると、なんだか不思議な満足感めいたものが浮かんでくる。

「私もちょっと真似してみるかな。アキちゃん、愛里、ちょっと私の身体撫でてみて」
 2人して、思う存分ベビードールの上からお姉さまの身体を愛撫してみる。
「……15秒くらいもったのかな?」

「え、たったそれだけ? これ、本当にきっついわ。感心した。アキちゃんやっぱり凄すぎ」
「この流れだと次やらされそうだけど、私もう降参。今のでもう無理って分かっちゃった」
「愛里、はやっ。……まあ、今はそこまで我慢する必要なくてね、外に声が漏れなければいいんだから。ゆっくりお願い」

 柔らかい灯りの照らすベッドの中、3人でゆっくりと互いの身体を愛撫しあう。
 気持ちいい場所、気持ちいタッチがあったらすぐに真似したりしてみて。
 お互いどんなことが気持ちいいのか丸分かりの、恥ずかしくも嬉しくもある状況。

「本当、アキちゃんの肌って気持ちいい……」
 両脚を複雑に絡ませながら、お姉さまがうっとりと言ってくる。
 その脚の感触が、なんと気持ちよいことか。
 そっと掌をその太腿に当てて、その柔らかい感触を存分に楽しむ。

「ふっ……んっ……ぁっ……」
 誰が漏らしたのかもう分からない、抑え目の喘ぎ声と優しい吐息が混じりあう。
 そんな優しい時間がゆっくりと流れる。

 目を閉じて、残りの四感でお姉さま達の存在を受け止める。
 呼吸するたびに感じる、お姉さま達の匂い。
 どんな香水よりも素敵な素敵な匂い。
 舌先を伸ばして、お姉さまの顔を味わう。
 微かにぬめりを帯びたお姉さまの、汗の味わい。きめの細かい肌の舌触り。

「……お姉さま。アキはお姉さまを愛してます。好きで好きでどうしようもないくらい」
「私も大好きだよ、アキちゃん。私、あなたに会えて良かった」
「私だって、アキちゃんを愛してるんだからね?」
「もちろん、愛里お姉さまもだぁい好き。……あたし、生まれてきて良かった」

 開始から随分たって、多分お姉さまがいつもは眠る時刻。
 このまま眠りに入るのかな……と思っていたら、お姉さまが、
「ん……いい感じかな。愛里ごめん、ちょっと立って待ってて」
 そんなことを言い出した。

 言いつけに従うまま、正常位の形であたしのクリちゃんをお姉さまのあそこに挿入して、伸展位になって、またベッドに横になる。
 身体をぴったり合わせているから分かっていたけど、先ほどから蜜が流れっぱなしの状態になっていた場所だ。

 雅明のときの感触は記憶にあるけど、あたし自身が味わうのは初めての、柔らかい感触。
 雅明が夢中になるのも分かる、気持ちい感触。
 あたしのおマ○コも、他の人にこれくらい気持ちいいと思ってもらえてるのだろうか?
 ねっとりと絡み付いてくる温かな感触に、確かな快感を覚える。

 あえて力を抜いて、締め付けないようにしているのが分かる。
 そうでなければ、あたしはもう射精していただろう。
 お風呂場のことといい、お姉さまの配慮には頭が下がるばかりだ。

「うん、いい感じ……気持ちいいや……じゃあ、アキちゃん、力を抜いて。愛里、お願い」
 愛里お姉さまがまたベッドに入ってきて、ぴったりあたしの背後から抱きついて、あたしのお尻にクリちゃんを挿れてくる。
「……アキちゃん、相変わらず気持ちよすぎ……」

 お姉さまの言葉通り、余計な力を身体から抜いていく。
 意識しないと、愛里お姉さまに殺到したがるあたしの身体をなんとかなだめて。
 でも今までになく、“結ばれている!”ことを強く感じる、そんな体験。
 3人の体温が同じ温度になってる。心も体も同じ温度。それがこんなに気持ちいなんて。

(ポリネシアンセックスって言うんだっけ? 俺、調べたことないけど)
 だっけ? 違う気もするけど、名前や分類やセオリーなんてどうでもいいや。
 なんだかあたし自身が溶けて、形を失って3人混じり合っていきそうな、心地よい感覚。
 それさえあれば、もう充分。

「うん……すごく気持ちいい……アキちゃん、そのままゆっくり私を撫でててね……」
「……それでお姉さま、このあとは?」
「どうもしない……寝る……お休みなさい……」
 今日一日のお仕事の疲れもあるのだろう。すぐに優しく寝息を立て始めるお姉さま達。

 お姉さまのお肉にあたしのクリちゃんが優しく包まれて、愛里お姉さまのクリちゃんをあたしのお肉が包みこむ。
 前も後ろも、時折ピクッ、ピクッとうごめく感触も気持ちいい。

 ベビードールに包まれたあたしの身体を、お姉さま達にしっかりと抱きしめられて。
 それとおそろいのベビードールに包まれた、お姉さまの身体をしっかりと抱きしめて。
 ( (本当、気持ちいい……))
 珍しく、あたしと雅明の呟きが一致したところで、睡魔があたし達の意識を飲み込んだ。


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最終更新:2013年08月18日 18:39