初出:エロパロ板「男の娘でエロパロ!」スレッド 457
最悪だった。
「止めてくださいっ!」
勇希が小声で抗議しても背後の男は聞き入れてくれないどころか、更に息を荒げ執拗にお尻を撫で
回してくる。実際に遭遇してしまうと、痴漢というのは聞きしに勝る程に不快で忌々しかった。
「おお、大きな声をだすますよ!?」
身を捩り、再び抗議しても全く効果が無い。せっかく新しいワンピースを着て目一杯お洒落をして、
出かける時は最高の気分だったのに、こんな事になってしまうなんて。
(こんな事なら女性専用車両に乗れば良かったよぉ!)
万が一にでも女装してると知られたら、と心配したのが完全に裏目に出た。物心ついた頃から感じ
ていた違和感が自分の精神と肉体の性的齟齬ら来る物ではないかと冗談半分で女装の真似事を始
めてから早数年。女手一つで自分を育ててくれる母親に隠れ、新聞配達のアルバイトで稼いだ軍資金
で古着屋を回って男女兼用できそうな服を少しづつ集め、念願のウイッグを手に入れてからは女の子
になって遠出して一人でゆっくりと休日を過ごすのが勇希の最高のストレス解消法だったのだが、こ
れでは逆効果だ。
(それに暴れたりしたら女装がばれるかも……って、ああっ!?)
痴漢の角張った手が、手持ちのレディースの中で一番のお気に入りであるワンピースの裾を大胆に
めくり中へと侵入してきた。もう勇希には女物の小さな下着一枚しか残されていない。
「う、うぅ……!」
素足を撫でられ、鳥肌と一緒に涙が浮かんでくる。
(もう、やだぁ!)
どうせ露見するなら、せめて形振り構わず悲鳴を上げて道連れに……と勇希が大きく息を吸おうと
した時。
「おいアンタ、俺の妹になにしてんだよ!」
小さいながらも怒気の籠もった低い声に、痴漢の動きが止まる。
(え? 妹? えっ?)
「ごめんな。もう一両前に乗ってるかと勘違いしたんだ」
混乱するばかりの勇希の頭(ツインテールのウイッグ)を撫でてくれる優しい手。その方角に恐
る恐る顔を上げると、勇希よりも少し年上っぽい見たこともない少年が、勇希の背後に密着している
スーツ姿の中年男の睨みをきかしていた。
「あ!」勇希は直ぐに理解した、この人が自分の為に一芝居打ってくれているのだと「う、ううん、
私の方が……その……ごめんなさい、お兄ちゃん」
それが、勇希と彼との出会いだった。
「ごめん!」と彼が先に頭を下げてくれた「馴れ馴れしく髪に触ったりして驚いたよな? 咄嗟
のことだったし、他の方法が思いつかなかったんだ」
「あ……ううん、ぼ……私も助かったから……」
痴漢男には人混みに紛れて逃げられてしまったが、助かったことには違いない。ちょっとした騒
ぎになってしまい、それでなくても体を弄られて気分が悪くなりかけていた勇希と一緒に少年も電
車を降りてくれた。そして今は駅の近くの公園のベンチに並んで腰掛け、噴水を眺めている。
「それに飲み物までご馳走になっちゃって、ありがと」
「いや、言っても缶紅茶だし」
そう照れくさそうに笑う顔を見た途端。
(きゅん!)
「ふぇ?」
勇希のお腹の中で何かが反応した。
「どうかした?」
「あ……な、何でもないで……けど」
しかも、なんだかドキドキしてきた。
「そ、それにしてもぼ……私みたいな貧相な子でも痴漢とかされちゃうんだね。想像もしてなか
ったから、ビックリしちゃって……」
ウイッグを被り女の子の格好をしているとは言っても、寄せて上げるような凝ったものを付けて
いる訳でもないし、増量なんてもっての外。つまり今の勇希の体型は背が低く筋肉も殆どついてい
ない男子中学生のままであり、とても男性の興味を引くような姿形をしているとは思えないので、
痴漢に遭うなんて夢にも思っていなかったのだ。
「いや、そんなに卑下しなくても……」
「ううん。私、クラスの中でも小っちゃい方だし、その…………全然ないでしょ?」
おっぱい、とは流石に言えなかった。というか、何故そんなことを言い出したのか自分でもよく
分からない。お礼を済ませて早く離れないと男だとバレてしまう可能性が高くなってしまうのに。
「こ、子供みたいだよね、私?」
えへへ、と苦笑いを向けると彼は慌てて横を向いてしまう。やっぱり格好だけ真似ても、女の子
になってなれる筈がないんだねと胸の奥で落胆してしまう勇希。
「い、いや、割と可愛いんじゃないかな?」
「!?」
「その……飽くまでも俺的には、だけど」
「!!!」
(きゅんきゅんっ!)
よく見ると、彼の横顔は赤く染まっていた。そしてきっと勇希も。
「あ、ありがとう。お世辞でも……うう嬉しい、かも」
たまらず頭から湯気を上げつつ俯いてしまう勇希。
『ほら、あそこのベンチの子達』
『あはは、二人とも真っ赤になって可愛い! きっと初デートなのよ』
『いいよねぇ初々しくて!』
『頑張れ-、女の子っ!』
間が良いのか悪いのか、社会人らしい通りすがりの女性達の会話が聞こえてきて耳からも湯気が立
ち上ってしまう勇希。もう隣の少年の方を向く事すら出来ない。
「ごごごごごごごめんなさい、私なんかじゃ迷惑」
というか限界突破だ。恥ずかしさと、半端ない場違い感(デートでもないし女の子ですらない)で
居ても立ってもいられなくなった勇希が逃げだそうとした瞬間。
「……あ!」
細い手首を掴まれ引き留められた。
「あ!」その動きに驚いたのは勇希だけではなかった「わ、悪い! つい……」
「ひぁ……ぁ!!」
(きゅんきゅんきゅんっ!)
お腹の底から沸き上がってくる衝動が何なのか、勇希はようやく理解し始めていた。が、勇希の中
の良識とか常識とか言うストッパーが脳内の情報処理を頑なに拒絶していて素直に認めることが出来
ないし怖い。なにせ達成率はゼロどころかマイナスなのだから。
(きゅんきゅんきゅんきゅん!)
だが気づいてしまったものは止まらない、というか加速中だ。まるでヘリコプターの回転翼みたい
に高速回転するそれを、どう扱えば良いのか見当もつかない。
「わわ、私、ほんとうに行かないと……だから……」
だが強ければ強いほど反作用も大きくなる。真の姿を隠し、彼を謀っているという負い目が口実と
なり、処理しきれない現実から逃避する為の言い訳を口から出させてしまう。
「そ、そうか。そうだよな……うん、ごめん!」
そして、あっさりと手を放されてしまった。
「あ……」
掴まれていた部分がジンジンと火照ってる。だがこれで勇希は自由の身だ。最後にもう一度、ちゃ
んとお礼を言って、さっさと立ち去れば彼と二度と会うこともない。それで勇希は女の子ままでいら
れるし彼は全てを甘酸っぱい良い思い出にして万事丸く収まる。
「……あ、あの、今日はほんとうに……」
「……うん」
なのに、別れの一言がたまらなく悲しい惜しい。こうして側に立っているだけで、有り得ない欲求
がむくむく膨らんでいく。これ以上は駄目だよと説き伏せる声と、このままじゃ駄目だよと揺さぶる
声でクラクラしてくる。
「あの、ほんとうに……」そして頭の中が真っ白になって「……あの……あの、私っ!」
気がつくと、しな垂れかかるように少年に密着し自分の口を彼の口に押しつけていた。つまり真っ
昼間の公園の中央広場で、相手の了承もなく自分から、初めてのキスを、出会ったばかりの同性に捧
げてしまっていたのである。
「ふぁ……ぁ……ん」
あ~あ、やっちゃったね? と頭の中で誰かが苦笑した。だが後悔はない。それどころか何かを成
し遂げた満足感と、鬱積していた全てを発散し尽くした開放感で少女のような艶めかしい吐息までつ
いてしまう。勇希本人は知る由もないが少年の瞳に映る勇希の薄目は恋の色で甘く潤み、頬はほ
んのりと桜色に花開き、ほとんど透明な淡いリップスティックを塗った唇は僅かに開きネットリと吸
い付き、甘酸っぱい匂いと一緒に牡を誘っていた。
『きゃ~~~~~~~~っ!』
『おお、やるじゃん!!』
『おかーさん、あのおねーちゃんたちチューしてるぅ』
『こ、こらっ!』
『うわダイタン……』
堪能していたのは数秒間だったか数分か。とにかく二人は(さきほどから青春全開の勇希達をチラ
チラ見ていたらしい)周囲に観客達の概ね好意的で無責任な歓声で我に返った。
「あ、ああ……ああああっ!?」
たまらず砂塵を巻き上げローラーダッシュで後ずさり、勇希はワナワナと震える口元を手で覆いな
がら言葉を探すが、何も出てくるはずもない。
「あの、あのっ、あのあのっ!!」
そして不意打ちで唇を奪われた少年の方は…………真っ白に燃え尽きていた。
「あの、だから、えっと……ごごごごごごめんなさい~~~~~~ぃっ!!」
触れあった名残が微かに残る唇を覆ったまま、勇希は脱兎の如くに逃げ出した。それはもう履き慣
れていないサンダルな事も初めて降りた駅でない右も左も分からないことも、ついでに自分が女装
少年であることも全て頭の中から消し飛ぶ程に走り続け、最後は道に迷って這々の体で交番に駆け
込むという最低の結末で貴重な休日が終わってしまった。
なのに勇希は、その日の帰り道で生まれて初めての日記帳を買うのだった。
最終更新:2013年05月04日 14:15