「どれにしようかな。どれも可愛いい晶ちゃんに似合いそうだから選ぶのに迷っちゃう。私が小学校の頃に着ていた時より
絶対に可愛らしく着てくれるに決まってるから、それがちょっと妬ましいけど」
美也子は、それが小学生の時の自分の『お下がり』だということを強調して言いながら、床に並んだ女児服を次々に広
げては晶の体に押し当てていった。
「うん、やっば、これがいいわね。まだ夏服にはちょっと早いかもしれないけど、お外はお日様でぽかぽかだし、これにしま
しょう。ピンクのソックスとピンクの紙おむつだから、上はブルーにした方が色合いもいいし。それに、お外は桜が満開。ち
ょっと別の季節の花もいいんじゃないかしら」
随分と迷って最後に美也子が選んだのは、パステルブルーの生地に小振りのヒマワリのイラストが幾つもプリントして
あるサンドレスだった。胸元に縫い付けた大きなヒマワリのアップリケが、活発な少女だった小学生の頃の美也子にはい
かにもお似合いだ。
「じゃ、着せてあげるから、両手を上げてじっとしててね。――あ、いけない。大事な物を忘れるとこだった」
美也子はサンドレスを晶の頭の上からすっぽりかぶせようとして、急に何かを思い出したのか手の動きを止めると、サン
ドレスをいったん床の上に戻して、衣類の山をかき分けた。
「あ、これこれ。いくらぺたんこの胸でも、そのままサンドレスじゃ晶ちゃんが可哀想よね。まだブラなんて必要ありません
って言われてるみたいで、年ごろの女の子としちゃプライドが許さないよね?」
そう言って美也子が晶の目の前に差し出したのは、淡いレモン色のジュニアブラだった。まだ胸の膨らみが殆ど目立た
ない年代の女の子が着けるブラで、成人用のブラのように背中のホックと細い肩紐で留めるのではなく、カップの部分と
幅の広い肩紐と背中まわりが伸縮性に富んだ素材で一体成型になったブラだ。これなら、ノースリーブのシャツの胸から
下の部分を切り取ったようなものだから、晶みたいなぺたんこの胸でも、激しく動き回らなければカップが胸元からずれる
ことはない。
「あ、あたし、ブ、ブラジャーなんて……」
男の子にはまるで無縁の下着を目の前に差し出された晶は、熱くほてる顔を俯き気味にして弱々しく首を振った。いつの
まにか美也子の言いなりにさせられてしまった晶にとって、今は、それが精一杯の抵抗だった。
「駄目よ。キャミとか柔らかい素材のインナー着る時ならともかく、直だと洋服に擦れて乳首が痛くなっちゃうんだから。
それに晶ちゃんは乳首がとっても感じやすいみたいだから、サンドレスの生地と擦れて、すぐにおちんちんが元気にな
っちゃうんじゃないかしら?」
美也子は、晶の乳首を人差指でつんとつついた。
ショーツ越しにペニスをなぶられた時のことを思い出した晶は、顔を真っ赤にして口をつぐんでしまう。
「じゃ、もういちど両手を上げて。慣れないうちはちょっとくすくったいかもしれないけど、じっとしてるのよ」
乳首をつつかれて思わず体中の力が抜けてしまったためにへなへなと体の横におりてきた晶の両手を再び上げさせ
て、美也子は半ば力まかせに晶にジュニアブラを着けさせた。
決して窮屈ではなく胸元と背中が軽く締めつけられ、背筋がぴんと伸びる感じがして、ジュニアブラの着け心地は意外
に悪くはなかった。僅かに固くなってしまった乳首が柔らかな素材にすっぽり包み込まれる安堵感さえある。けれど、着
用した感覚こそ悪くないとはいえ、それに倍する羞恥がふつふつと湧き起こってくるのを止められるものでは決してない。
ちょっと視線をおろせばレモン色のブラに締めつけられた自分の胸元がいやでも見えるし、顔をそむけて姿見の鏡に目
を転じれば、女児用のソックスにピンクの紙おむつ、それに、淡いレモン色のジュニアブラを身に着けた自身の姿が大き
く映っているのだから。本当はもう少年期を終えて青年期に差しかかろうかという年代の男の子なのに、少年どころか、
紙おむつとブラを着けさせられた、少女とも幼女ともつかぬ奇妙な存在に堕とされた無力で羞ずかしい姿。それこそが、
今の晶だった。
「あ、あたし……」
何かを言いたい。けれど、何を言っていいのかわからない。
すがるような目で晶は美也子の顔を見上げた。
「はい、今度こそサンドレスね。袖がないから肩も腕も日に焼けちゃうかもしれないけど、晶ちゃんは元気な小学生の女
の子だもん、まっちろい肌より、その方が健康的でいいよね。あ、でも、あまり焼け過ぎないようにちゃんと日焼け防止の
クリームも塗ってあげるから心配しなくていいよ。せっかくのつるつるのお肌にシミが残ったら可哀想だもん」
何かを言いかけて口を閉ざしてしまった晶の言葉を遮るでもなく促すでもなく言って、美也子は改めてサンドレスをつか
み上げた。
「あ、もう両手はおろしていいわよ。このサンドレス、肩紐がほどけるようになっているから、手を上げてなくても着せてあ
げられるんだ」
ブラを着用させる時からずっと身を固くして両手を上げたままの晶に美也子は言って、晶の目の前でサンドレスの肩
紐の結び目をほどき始めた。
美也子の言うように、そのサンドレスは肩紐が幅の広いリボンみたいなデザインになっていて、胸元に縫いつけてある
方と背中側に縫いつけてある方とを肩の上で結んで着るようになっている。これだと、結び目を長くするか短くするかを
調節することで全体の丈を変えることが可能だから或る程度は身長の変化に対応できるため、胴まわりや胸囲が極端
に増えない限り長く着られることになるし、友達どうしで貸し借りをしてもサイズを合わせやすくて便利だ。
「晶ちゃんは女の子になったばかりだから、スカートを穿いたことはないのよね。だったら、あまり丈を長くするとスカート
が脚にまとわりついちゃって、慣れないうちは歩きにくいわね。それに、スカートはちょっと短めの方が可愛らしく見えるか
ら――うん、こんなもんかな」
両手を体の横におろした晶の頭の上からサンドレスをすっぽりかぶせ、手早く裾を引きおろした美也子は、幅の広いリ
ボンになっている肩紐の結び目の長さをあれこれと調節しては鏡に目をやってスカート丈を確認するといったことを何度
も繰り返し、ようやくのこと満足げに頷いた。
サンドレスは胸元にも胴回りにもウエストの部分にも絞り込みがなくスカートが全体的にふんわりした感じの仕立てに
なっているため、晶が顔を伏せて目を下に向けても、自分ではどれくらいの丈になっているのかわからない。
けれど、美也子に促されるまま鏡に目をやって、そこに大映しになっている自分の姿を見るなり、晶は、はっと息を飲ん
だ。鏡に映る晶は、美也子が肩紐の結び目を随分と長くとったらしく、スカート丈が思ってもみなかったほど短くなったサ
ンドレスを身に着けていた。もちろん当たり前のことだが、鏡の外にいる本当の晶もそれと同じ格好をしているわけだ。
「膝上20センチってとこかな。歩きにくくならないようにすると、これくらいになるわね。それに、スカートがあまり長いと、見
た目が小学生らしい活発な感じにならないし。うん、これに決まり。もちろん、晶ちゃんもこれでいいよね?」
美也子はサンドレスの裾を引っ張ってシワを伸ばし、丁寧に乱れを整えて、有無を言わさぬ口調で決めつけた。晶にも
一応は同意を求めるが、それは形だけ。たとえ晶が拒んだとしても、聞く耳など持たない。
それに対して晶は、今にも泣き出しそうな顔で力なく首を振るばかりだ。いくら抵抗しても無駄なことはわかっている。そ
れは痛いほど思い知らされてきたが、けれど、ミニスカートというよりもマイクロミニに近いスカート丈のサンドレスを着せ
られることをすんなりと受け容れられる筈がない。
「あら、何がいやなの? せっかくこんなに可愛いサンドレスなのに」
涙目で首を振る晶に、美也子は僅かに首をかしげて訊いた。晶が首を振る理由は美也子にも充分にわかっている。わ
かっているが、晶が恥ずかしそうな顔でなんと言うのか、それが楽しくてならないといった顔つきだ。
「こ、こんなに短いスカートだなんて、こんな……」
自分を鼓舞するかのように奥歯をぎゅっと噛みしめた晶は、怯えの色を顔に浮かべながらも、今にも裏返しになりそうな
声を絞り出した。
「あら、短いスカートがいやなの? でも、それって、つまり、長いスカートだったらいいってことよね? ということは、晶ち
ゃん、スカートを穿くことそのものはいやじゃないわけね? うんうん、やっぱり晶ちゃんは見た目通り女の子だったのね」
即座に、からかうような美也子の言葉が返ってくる。
「ち、違う。そんなじゃない、そういうことじゃなくて……」
「スカートは恥ずかしい? 小学生の女の子みたなにサンドレスを着るのは恥ずかしい?」
晶が尚も言い募ろうとするのを遮って、美也子が晶の目を正面から覗き込んで問い質した。
「……は、恥ずかしいよ。ピンクのソックスも、ハート模様の紙おむつも、丈の短いサンドレスも、それに、アニメキャラの
女の子そのままの髪型も、みんなみんな恥ずかしくてたまらないんだから……」
晶は思いのたけをぶつけるように、けれど、大声で喚きたてることもできずに、下唇を噛んで何かに耐える口調で応えた。
「そう、そんなに恥ずかしいの。だったら――」
美也子は思わせぶりに間を置いた。
一瞬、晶の顔が輝いた。この羞恥に満ちた状況から解放してもらえるかもしれないという思いが胸をよぎる。
が、晶の期待は虚しかった。
「――早く慣れちゃえばいいのよ。少しでも早く女の子の格好に慣れちゃえば、それだけ少しでも早く恥ずかしさを感じなく
てすむようになるんだから。大丈夫、晶ちゃん、顔も体つきもまんま女の子だから、女の子として堂々と振る舞えば誰も変
に思わないわよ。おどおどすると、却って変な目で見られて正体がばれちゃうの。だから、慣れちゃうのが一番よ」
と、しれっとした言葉で美也子は続けたのだ。
そうして、何かを思いついたのかぽんと手を打つと、更にとんでもないことを言い出す。
「あ、そうだ。女の子の格好をたくさんの人に見てもらえば慣れるのも早いんじゃないかしら。そうよ。たくさんの人がいる所
に行けば、晶ちゃんも意識して、いやでもおしとやかな仕種も身につくから、自然と女子のらしく振る舞えるようになるわよ。
よし、決めた。お姉ちゃんとお出かけしましょ、晶ちゃん」
絶望的な表情を浮かべる晶とは対照的な、これ以上はないくらいに楽しそうな笑顔の美也子だった。
「じゃ、行きましょう。実は、晶ちゃんのために新しいサンダルも買ってあるんだ。紙おむつを買いに出た時、ドラッグストア
の隣にあるお店でみつけたんだよ。いくらなんでも、サンダルまでお姉ちゃんのお下がりじゃ可哀想だもんね」
そう言う美也子の言葉を耳にした瞬間、晶は、美也子が最初から何もかも仕組んでいたのだということを覚った。外出も
今になって急に急に思いついたのではなく、晶に女装させてみようというよからぬ企みを抱いたと同時に思いついていたこ
とだろうし、普通の女装だけでも顔から火が出るほど恥ずかしいのに、それに倍する羞恥を与える紙おむつにしたって、
「たまたま念のために」と買ってきたわけではないに違いない。そうでなければ、何から何まであまりに手回しが良すぎるじ
ゃないか。
「ほら、なにを愚図愚図してるのよ。お外はぽかぽかで桜も満開だよ。こんなお出かけ日和、滅多にないよ」
いやいやをするように首を振りながら後ずさる晶の体に両腕を絡ませて、美也子は晶の体を軽々と抱き上げてしまった。
右手でお尻を支え、左手で背中を支える、いわゆる『お姫様抱っこ』というやつだ。
「や、やだ。おろして。おろしてってば」
美也子の手から逃れようとして、晶は手足をばたつかせた。
と、美也子が
「あら、晶ちゃんは抱っこが嫌いなの?」
と言って、なんの前触れもなく、急に両手を離してしまう。
それまでお尻と背中を支えていた美也子の手の感触が不意になくなり、そのまま床に落ちてしまいそうに感じた晶は慌
てて両手を伸ばすと、力いっぱい美也子の首筋にしがみついた。その直後、美也子の手の感触が再び戻ってくる。
「なぁんだ、おろしてって言うから試しに手を離してみたらすぐにお姉ちゃんにしがみついてくるなんて、やっぱり晶ちゃん、
抱っこしてもらうのが大好きだったんじゃない。でも、そんなにきつくしがみつかなくても、お姉ちゃんは晶ちゃんを置いて
出かけたりしないわよ。晶ちゃんは本当に甘えん坊さんなんだから」
わざと両手を離して晶の方からこちらにしがみついてくるよう仕向けた美也子は、自分の企みが期待通りの結果を得た
ことに満足して相好を崩した。
まだ美也子の背が伸びる前、お兄ちゃんぶっていた頃の晶でも、美也子の体をこんなふうに抱きかかえたことはない。
それが、今は、保護者と被保護者という立場どころか性別さえもが逆転してしまったかのように、晶は、一年近く年下の女
の子に『お姫様抱っこ』をされて、その上、一見したところではまるで幼い妹が甘えるような格好で美也子の首筋にしがみ
ついているのだ。
どこかしら切なげな溜息を漏ら晶の顔を、美也子の大きな瞳が間近で見つめている。
らんらんと光る瞳の輝きにいたたまれなくなった晶が顔をそむけると、視線の先に姿見があった。
その大きな鏡には、美也子に抱きかかえられた晶の姿が映っていた。それも、足が鏡の方に向いた角度で映っているか
ら、手足をばたつかせたせいで幾らか捲れ上がってしまったスカートの裾からピンクの紙おむつが覗いたあられもない姿
だ。
晶は慌てて美也子の首筋から手を離してサンドレスの裾を引っ張り、両手でスカートを押さえた。
「そう、それでいいのよ。いくら小学生くらいの子供は元気な方がいいっていっても、女の子だもん、最低のたしなみは身に
付けておかないとね。元気に遊びまわる時は元気に遊ぶ。でも、女の子らしくおしとやかにする時はちゃんとおしとやかに
すること。いいわね、晶ちゃん?」
お姫様抱っこをされたままいかにも恥ずかしそうにスカートの裾を押さえる晶に美也子はたしなめるように言い、ちょっと意
地悪な口調でこんな台詞を付け加えた。
「一度だけだったけど、晶ちゃん、お姉ちゃんのスカートをめくったことがあったよね。あの時はまだ晶ちゃんの方が背が高く
て、体の小さかった私は泣き出しちゃったっけ。今なら晶ちゃん、あの時の私の気持ちをわかってくれるよね?」
わかってくれるよね?と同意を求められても、晶には何も応えられない。わからないと応えれば、それを口実にもっと恥ず
かしい目に遭わされそうだし、わかると応えれば、晶ちゃんもようやく女の子としての自覚が出てきたのねという羞恥に満ち
た言葉が返ってくるだろう。そう思うと、何も応えられる筈がない。
「あら、だんまりなの? 聞き分けのいい素直な子になりますって約束した筈なのに、早速その約束を破るつもりなのかしら。
いいわ、それならそれで、お姉ちゃんにも考えがあるから。お出かけ先の人がたくさんいる所で晶ちゃんのスカートをめくっ
ちゃおうかな。スカートの下から紙おむつが見えたら、まわりの人たち、どんな顔をするかしら。赤ちゃんでもないのに紙おむ
つでびっくりしちゃうかな。それとも、晶ちゃんに似合ってて可愛いって言ってくれるかな。うふふ、楽しみだな」
美也子は、口を開こうとしない晶の手を払いのけて、サンドレスのスカートをぱっと捲り上げた。ハート模様の紙おむつが再
び鏡に映って、晶の顔色が変わる。
小学校の低学年の頃だと、スカートめくりというのは、男の子にとってはちょっとした悪戯に過ぎない。まだまだ性的に
未熟な年代の男の子にしてみれば、スカートをめくって女の子の下着が見えたといっても、それで性的な興奮を覚える
わけではなく、仲のいい女の子が恥ずかしそうな顔をするのが面白くてついついからかってみたくなるからといった程度
の他愛ないお遊びだ。そんなちょっとした悪戯に対して、高校生の男の子に小学生くらいの女の子の格好を強要した上
に人混みの中でスカートを捲り上げるというような仕打ちは、まるで比べようもないほどの羞恥に満ちた行為だ。それも、
スカートの下は男物のブリーフどころか女児用のショーツでさえなく、ハート模様のピンクの紙おむつなのだから、その
羞恥は想像を絶して余りある。
「いや……そんなこと、絶対にいやなんだから!」
美也子の手で捲り上げられたスカートを再びぎこちない手つきで押さえながら、晶は金切り声をあげた。
「そうよね、そんなこと、絶対にいやよね。だったら、約束を守ってちょうだい。お姉ちゃんの言いつけをしっかり守るいい
子になるってもういちど約束してちょうだい。お姉ちゃんが訊いたことにはなんでもはきはき応える素直に子になるって
約束してちょうだい」
美也子は晶を抱き上げたまま自分の部屋をあとにし、玄関に向かって廊下を歩きながら、優しく諭すように言った。
「……約束する。あ、あたし、いい子になるってもういちど約束する。だから……」
あまりの屈辱に美也子と目を合わせることができない。晶は美也子の胸元に顔を埋めるようにしておずおずと言った。
「うん、わかった。晶ちゃんがそうやっていい子になってくれるんなら、お姉ちゃんはもう何も言わない。――晶ちゃんが
いい子になってくれた御褒美にいい物を買ってあげるね。お出かけ先、駅前のショッピングセンターにしましょ。あそこな
らいろんなお店が集まってるから、きっといい物が買えるわよ。それに、もうすぐ晶ちゃんのお誕生日だったよね。御褒
美とパースディプレゼントを兼ねて、とってもいい物を買ってあげるわね」
足早に廊下を歩き終えた美也子は晶を上がりがまちに座らせると、にっと微笑んでみせてから、シューボックスから取
り出した真新しいサンダルを履かせた。甲の部分がショッキングピンクの幅広のベルトになっていて、ベルトの何カ所か
にスパンコールが埋め込んである、いかにも小学生くらいの女の子が喜びそうなデザインのサンダルだった。しかも、子
供用とはいえ踵がハイヒール気味になっているのが、お洒落に敏感な今どきの女の子向けを意識した仕上がりのサンダ
ルだ。
「……いい物って何?」
なぜとはなしに胸騒ぎを覚えた晶は、サンダルを履かせ終えて先に立ち上がった美也子の顔をおそるおそる見上げ、お
どおどした様子で尋ねた。
「いい物はいい物よ。先に教えちゃうと楽しみがなくなっちゃうから、今はヒ・ミ・ツ」
美也子は人差指の先を晶の唇に押し当てて思わせぶりに言ってから、晶の両手を引いて玄関口に立たせながら言った。
「さ、お買い物に行きましょう。いい物が何なのか、ちょっとでも早く知りたいでしょ?」
美也子がドアを押し開けると、春の穏やかな風が入ってきて、晶が着ているサンドレスの裾を揺らした。
* * *
駅前のショッピングセンターへ行くには、晶や美也子が暮らしている区画からだと、バスに乗って四つ先の停留所でおり
るルートが一番の近道だ。
「ほら、あんよは上手。急がなくていいから、ゆっくり歩いてきましょうね。転ばないようにお姉ちゃんが手をつないで一緒に
歩いてあげるから大丈夫よ。そうそう、ほら、頑張って」
晶や美也子の家から最寄りのバス停までは、徒歩でおよそ十五分間の距離だ。高校生にとっては、さして苦になる距離
ではない。実際、晶も美也子も通学のために駅まで毎日バスに乗っているが、家からバス停まで歩くのを負担に感じたこ
とは一度もない。なのに、そのいつもの通学路が、今の晶にとっては、美也子に手を引いてもらわなければ歩き通すのが
困難な遙かな道のりに感じられる。
晶の歩みが遅々として進まないのには二つの理由があった。
一つは、真新しいサンダル。小学生くらいの子供でも、今どきの女の子ならヒールの高い靴も履き慣れているかもしれな
いが、いくら女の子の格好をしていても晶は男の子だから、これまでハイヒールを履いて歩いた経験など一度もない。その
せいで、お洒落な踵の高いサンダルを履かされると、歩き出す以前にじっと立っているのも難しく、玄関を出る時から姿勢
はひどく不安定で、最初の一歩を踏み出すのもおぼつかない足取りだった。美也子に支えらながら歩き出して五分間もす
ると幾らかはコツをつかんだものの、それでも自然な力の入れ方がわからず、倒れまいとするあまり両脚を変に踏ん張っ
た歩き方になってしまう。そのせいで、バス停まであと半分ほどという所まで歩いただけで、もう足首はぱんぱんになり、爪
先にひどい痛みを覚えるといった具合だ。
もう一つの理由は、ショーツの代わりの紙おむつだ。二度も精液でべとべとに汚してしまったショーツの代わりに美也子
は晶の下腹部を紙おむつで包み込んだのだが、この時、晶のペニスは両脚の付け根で挟まれる格好でお尻の方に向け
られ、ぴっちりしたサイズの紙おむつの吸収帯で内腿の肌に密着するように押さえこまれてしまった。そのため、晶が歩く
たびにペニスが両脚の間でこすれ、そうするつもりもないのに、徒に刺激され続けることになったわけだ。しかも、穿き慣れ
たブリーフなんかとはまるで違う、恥ずかしいほどに柔らかな不織布が下腹部を優しく包み込み、両脚にこすれて敏感に
なっているペニスの先をいやでも撫でさするものだから、とてもではないがまともに歩けない。
「あ、あたし、もう駄目。もう歩けない。どこかで休もうよ。ねぇ、休もうったら」
児童公園の周囲に沿って延びる歩道を美也子に手を引かれて歩いていた晶だが、とうとう耐えかねて足を止め、傍らに
立つ美也子に向かって、女の子らしい口振りを真似て訴えかけた。桜が満開の日曜日で午後二時の住宅街、みんなお花
見にでも出かけているのだろう、歩道の上は人影もまばらだ。けれど、すぐそばの児童公園には、小さな子供を遊ばせて
いる母親たちのグループや、遊具で遊ぶ小学生たちの姿がある。小学生の女の子にしか見えない晶が実際の年齢・性別
そのまま「このへんで休もうや。もう歩けないからさ」などと言おうものなら、その声が聞こえて正体を見破られてしまうてし
まう恐れがある。そうなるのを防ぐには、裏声を使って少女めいた高い声を出し、それこそ、しっかり者の姉に甘える妹みた
いな口調で訴えるしかない。
「やれやれ、まだ半分ちょっとしか歩いてないのにもう休みたいなんて、本当に晶ちゃんは甘えん坊さんなんだから。ま、い
いわ。ちょうど児童公園の近くだし、公園のベンチで休んでいきましょう」
美也子はおおげさに肩をすくめてみせてから、あまり背の高くない植え込みの切れ目を通って晶を公園に連れて行った。
先に公園にいたのは、幼児連れの母親のグループと、一輪車の練習をしている小学校低学年の男子が三人、それに、バ
トミントンに興じている小学生らしき女の子の二人組だった。やはり、家族連れで出かけている家庭が多いようで、普段の日
曜日に比べると、公園の中も人影が少ない。
晶は、あたりを不安げな面持ちでおそるおそる見まわし、見知った顔がないことを確認してから、ようやく安堵の色を浮
かべてベンチに腰をおろした。
が、腰をおろしてすぐ、うっというような声をあげて微かに顔をしかめる
「どうしたの、晶ちゃん? 足が痛むの?」
晶と並んでベンチに腰をおろした美也子が心配そうに声をかけた。
が、晶は力なく首を振って
「……ううん、なんでもない」
と応えたきり、あとは何も言わない。
美也子の家からここまで歩いて来るうちに、内腿の間に挟み込んだペニスが刺激されて再び怒張しかけていた。だが、
勢いよくいきり立とうにも、ペニスは紙おむつの吸収帯に押さえつけられて、お尻の方に折り曲げられたまま両脚の間で
窮屈な姿勢から解き放たれないでいる。そんな状態でベンチに腰をおろしたものだから、体重の一部がペニスにかかっ
てしまい、鈍い痛みを覚えて思わず呻き声を漏らしたのだった。けれど、まさか、そんな事情を美也子に説明できるわけ
もない。
「そう? なら、いいんだけど。あ、そうそう。今のうちに日焼け防止のクリームを塗っとこうか。私は長袖だからいいけど、
晶ちゃんはノースリーブのサンドレスだから、肩口から手首まで真っ赤になっちゃったら可哀想だものね。紫外線、真夏
よりも春の終わりから夏の始まりの頃が一番きついんだって知ってた? 晶ちゃん、もともとお肌が白いから、小麦色に
日焼けするんじゃなくて、真っ赤になってひりひりするタイプだと思うんだ。だから、ちゃんとしとこうね」
晶が押し黙ってしまったものだから美也子もそれ以上の追求は避け、晶の肩に掛けさせた小物入れのファスナーを引
き開けて、日焼け除けクリームの容器を取り出した。
晶は下腹部の鈍い痛みに耐えながら美也子の手元をちらと見たが、小物入れのファスナーが開くと、穏やかな春の日
差しのせいばかりではなくぱっと頬を赤らめ、慌てて目をそらした。
小物入れとは言っても、ちょっとしたポシェットよりはだいぶ大きくて、ちょうど幼稚園児が通園の時に肩にかけている鞄
くらいの大きさの、美也子の部屋で穿かされたショーツと同様《カードキャプターさくら》のイラストが目立つ可愛らしい肩
掛け鞄だ。左の腰あたりに提げた鞄から延びる肩紐を胸元を斜めに交叉して右の肩に掛けた晶の姿は、サンドレスだけ
の時に比べて尚のこと幼く見えた。小学生の女の子というよりも、幼稚園に通っているような年ごろの少女、それも、年長
さんなどではなく、年中さん、いや、年少さんの幼女めいた印象さえ受ける。玄関口で小物入れの鞄を肩に掛けられ、外
出時の身だしなみを確認するために廊下の脇に置いてある小振りの鏡で自分の姿を見せられた晶は、ただでさえ幼い女
の子めいた格好をますますのこと幼く見せる肩掛け鞄を拒んだが、とうとう抵抗しきれなくて、そのままの姿で外に連れ出
されてしまった。けれど、その肩掛け鞄が晶の羞恥を煽るのは、外見のせいばかりではなかった。小物入れの鞄の中身
もまた、晶の羞恥をこれでもかと掻きたてるのだった。美也子は晶の肩に鞄をかけさせた後、外出に必要な小物を一つ一
つ晶に見せつけながら鞄に入れていったのだが、ワンポイントの刺繍が可愛いガーゼのハンカチ、手作りのカバーをかけ
たポケットティッシュ、日焼け防止クリームといった物と一緒に、パッケージから抜き出したばかりのハート模様の紙おむ
つを二枚、「お外でおもらししちゃった時に取り替えてあげなきゃいけないから」と言って、、わざとのようなゆっくりした動作
で鞄にしまい込み、最後には、携帯サイズのお尻拭きの容器さえ鞄の中にに詰め込んだのだ。高校二年生にもなる男の
子が小学生の女の子めいた格好をさせられた上に替えの紙おむつが入った鞄を肩に掛けさせられて外に連れ出される羞
恥はどれほどのものだろう。けれど、美也子の手で強引に搾り取られたとはいえ、いやらしい肉棒を暴発させて女児用シ
ョーツを精液で二度もべとべとに汚してしまった身では、そんな美也子の仕打を拒みきれるものではない。
「じゃ、最初は左手からね。はい、左手をこっちに向けて伸ばしてちょうだい」
小物入れの中を見まいとして視線をそらす晶の様子をおかしそうに窺いながら、美也子は晶の右腕の肘をつかみ、胸元
に引き寄せるようにして、日焼けを防止するクリームを塗り始めた。
「ほんと、このつやつやのお肌、妬けちゃうほど羨ましいわね。本当の小学生の女の子だったらそうも思わないけど、晶、
本当は高校生の男の子なのに、こんなに綺麗なお肌なんだもんねぇ」
クリームを塗りながら、美也子は半ば本気で妬みがちに呟いた。
晶の肌が綺麗なのは本当だった。文芸部に所属しているため日光に当たるのは通学時と体育の授業の間だけという事情
に加えて、小柄な体つき同様に両親から受け継いだ体質とも相まって、同じクラスの女子たち全員からも嫉妬の目を向けら
れるほどにきめの細かい白い肌だ。華奢な体つきと丸っこい童顔に、その綺麗な肌が合わさって、晶をより少女めいて見せ
ているのだった。
一方、美也子の呟きを聞いた晶は気が気ではない。あまり広くない公園、美也子の声が風に乗って、どこの誰の耳に届
くか知れたものではない。
「お、お姉ちゃんてば、そんなこと言っちゃ駄目じゃない。あ、あたし、小学生なんだよ。小学生の女の子なんだから……」
晶は周囲の様子をそっと窺って、躊躇いがちに美也子をたしなめた。
「あ、そうだったわね。晶ちゃんは小学生の女の子で、私の可愛い妹だったわね。でも、自分で自分のことを小学生の女の
って言えるようになったんだね。なんてお利口さんなのかしら、晶ちゃんてば」
掌に掬い取ったクリームを晶の二の腕から手首の方へ薄くのばして塗り込みながら、美也子はくすっと笑った。
「そ、そんな……」
晶は頬をますます赤くして顔を伏せた。
「そんなに恥ずかしがることないわよ。だって、私たちがここへ来てベンチに座っても、変な顔でこっちを見ている人は一人
もいないでしょ? それって、つまり、晶ちゃんが本当は高校生の男の子だって誰も気づいてないってことよ。もしも気がつ
いたら、まわりの人とこそこそ話しながらこっちをちらちら見る筈だもん。だから、そんなにおどおどしないで、もっと堂々と
していればいいのよ。――はい、今度は右手を伸ばして」
美也子は晶のたしなめなどまるで気にかけるふうもなく、若い母親のグループや男子小学生の三人組をそっと指差して
言い、クリームを塗り終えた左腕の代わりに晶の右腕の肘をつかんだ。そうして、バトミントンに夢中な様子の女子小学生
に目を向けて続ける。
「あの子たち、たぶん、小学校の高学年ってとこね。私もそうだったからわかるんだけど、あの頃の女の子って男の子とあま
りかわらないのよ。さすがに胸が膨らみ始めて初潮が来たら少しはおとなしくなるけど、それでも、元気いっぱい走りまわる
のが楽しくて仕方ない年ごろで、男の子よりも体の大きな子も多いから、まわりの男の子たちを苛めて喜んだりしてね。体は
丸みを帯びてくるけど、とてもじゃないけど女性らしい体つきとは言えなくて、あり余る体力を持て余しちゃって。あんな子たち
なんかより、晶ちゃんの方がよっぽど可愛い女の子よ。細っこくて、どこかおどおどしてて、胸が薄くて、もう、私が守ってあげ
なきゃ何もできない子って感じで。ある意味、私がそうなりたくて仕方なかった、いってみれば私の理想の女の子。だから、つ
いつい晶ちゃんを可愛がってあげたくなっちゃうのよね。それでもって……」
それでもって、ついつい苛めてあげたくなっちゃうのよね。最後の言葉は胸の中で呟いて、美也子は晶の顔を正面から覗き
込んだ。
「……」
正面から美也子に見据えられて、晶はいっそう体を固くした。
「この華奢な体も、まん丸な顔も、ぺたんこの胸も、みーんな私のもの。みんな、私の宝物。だから、綺麗に磨いてあげた
いの。どんな宝石にも負けないくらい綺麗にね」
凛とした意思の力のこもった視線でもういちど晶の顔をねめつけてから、美也子は再び日焼け予防のクリームを塗り始
めた。
右肩に続いて脇の下、二の腕から肘、それから手首へと、丹念にクリームを塗り込んでゆく。
そうして晶の右腕から手を離した美也子は、改めてクリームを右手の掌にたっぷり掬い取ると、
「お日様の光は薄い生地なんて透かして日焼けさせちゃうから、念入りにしなきゃいけないのよ」
と言い、サンドレスの肩紐を左手で持ち上げるようにして、晶の胸元にもクリームを塗り始めた。
「や、やだ。そんなことしたら、ブラが見えちゃう!」
強い光を発する美也子の瞳に魅入られ、魂を抜き取られたかのような表情を浮かべていた晶だが、日焼け除けクリーム
のひんやりした感触を胸元に覚えた瞬間、はっと我に返り、一輪車の練習に興じていた筈の男子小学生が三人揃ってこち
らをじっと見ているのに気づいて、激しく首を振った。
「あら、ブラが見えちゃうのを恥ずかしがるなんて、ますます女の子らしくなってきたわね」
晶の悲鳴じみた声に美也子は含み笑いを漏らし、尚いっそう大きくサンドレスの胸元をはだけさせた。
「やだ、やだってば。そんなことしたら、男の子たちにブラを見られちゃうってば。そんなの、やったら、やなんだってば」
晶は羞じらいの表情を浮かべて身をよじった。その仕種は、初めて着けたブラジャーを同い年くらいの男の子に見られて
さかんに恥ずかしがる小学生の女の子そのままだ。
美也子はそんな晶の様子をしばらく満足そうに眺めてから、晶の耳元に囁きかけた。
「ブラが見えるのも恥ずかしいけど、スカートにも気をつけなきゃ駄目よ。もっとちゃんと座ってないと、恥ずかしい紙おむつ
が見えちゃうんじゃないかしら」
言われて、ようやく晶は気がついた。ベンチに普通に座っていると体重の一部がペニスにかかって鈍い痛みを覚えるもの
だから、美也子に日焼け除けのクリームを塗ってもらっている間、無意識のうちに、ベンチの背もたれに背中をもたせかかり、
体を反らせるようにして、お尻の膨らみの中でもなるべく尾てい骨に近い部分で体重を受け止めるような座り方になっていた
のだ。こうすると、腿から膝のあたりを普通よりも幾らか高く持ち上げるような姿勢になって、否応なしにスカートの裾がたくれ
上がってしまう。
「いやぁ!」
スカートの乱れに気づいた晶は、更に激しく身をよじって両手でスカートの裾を押さえた。
そうしている間にも、美也子は晶が着ているサンドレスの胸元を大きくはだけさせてクリームを丹念に塗り込んでゆく。
その様子を、三人組の男の子は相変わらずじっと見つめていた。
実は、美也子がサンドレスの胸元をはだけさせて晶が悲鳴をあげた時、母親達のグループも、バトミントンに興じてい
る女の子たちも、何事があったのかと、揃ってこちらに振り向いていた。だが、彼女たちは、美也子が何をしているのか
見て取ると、すぐに興味を失って、再び子供を遊ばせることとバトミントンの羽根を追いかけることに夢中になってしまっ
たのだった。若い母親や小学校高学年の女の子にとっては、日焼け除けのクリームを塗ることは、ありふれた日常の行
為にすぎなかった。美也子と晶の関係も、小学生くらいの妹と、妹の肌に日焼け除けクリームを念入りに塗ってやって
いる高校生らしき背の高い姉と理解して、それ以上は何も思わない。けれど、そんな女性陣とは違って、小学校低学年
の男の子にとっては、自分たちよりも少し上くらいに見える少女の胸元からレモン色のブラジャーが見えそうになるその
光景はひどく刺激的で、思わず美也子の手元にじっと見入ってしまったというわけだ。
しばらく晶の胸元に視線を向けていた三人だが、やがて、一人の男の子が自分の胸に手を押し当て、大きく孤を描くよ
うなジェスチャーをしてみせたかと思うと、それに応じて、もう一人が拳に握った両手を自分の乳首のあたりに置いてみせ、
残りの一人が、自分の胸元を掌で覆うような手つきをしてみせるといった具合に、ふざけ合いを始めた。おそらく、晶の胸
元から時おり覗くジュニアブラに幼いながらも性的な好奇心を掻きたてられ、(可哀想なことにに、その性的な好奇心の
対象が自分たちとあまり年齢のかわらない小学生の女の子などではなく、実はずっと年上の高校生の、しかも男の子だ
ということを知らずに)いささか猥雑な身振りで互いにあれこれと語り合っているのだろう。
そんなふうにふざけ合いながらも、三人の目は、片時も晶の胸元から離れない。そうして、時おり、晶が慌てて両手で
押さえたスカートの裾にも、ちらちらと視線が向けられる。
男の子たちのまだ幼いながらもねっとり絡みついてくるような視線に、不意に晶は不安を覚えた。いや、漠然とした不安
と言うよりも、怯えに似た感覚と言った方が正確だろうか。
相手は低学年の小学生。三人いるとはいえ、いくら高校生としては小柄な晶でも、体力で劣るわけがない。なのに、な
めまわすように絡みついてくる視線が痛い。まさかそんなことにはならないだろうけれど、たとえ喧嘩になったとしても簡
単にねじ伏せることができる相手だと頭では理解している。それなのに、睨み返すこともできず、スカートの裾を押さえる
手が小刻みに震え出すのを止められない。
足元がすうすうするスカート。恥ずかしい感触で胸元を締めつけるブラジャー。思うように歩けない踵の高いサンダル。
女の子の格好が、こんなにも頼りなく、心細いものだったなんて。自分よりもずっと年下の男の子たちに見つけられてお
ろおろと顔を伏せることしかできない晶の姿は、不躾で無遠慮な男の子たちの視線を浴びて体をすくめ羞じらう小学生の
女の子そのままだ。。
けれど、そんな晶の胸を満たすのは、怯えや屈辱や羞恥ばかりではなかった。自分の胸元やスカートの裾に向けられ
る男の子たちの視線に、晶は気持ちが妙に切なくなり、下腹部がじんじん疼き出すのを感じていた。ペニスが押さえつけ
られる痛みとはまるで別の、痺れるような疼きだった。
自分の胸の中に芽生えた妙な感情に戸惑いを覚える晶。
晶が目の下をほんのりピンクに染めて長い睫毛をしばたたかせたその時、突然、それまでバトミントンに興じていた女の
子の内の一人が大声で怒鳴った。
「こら、良平! あんた、何じろじろ見てんのよ!」
大声で叱られた男の子は、びくんと体を引きつらせ、足早に駈けてくる女の子の方におそるおそる振り返った。
それに続いて、もう一人の女の子も、残った二人の男の子の方に駆け寄ると
「淳一と浩二、あんたたちもよ。お姉ちゃんたちが目を離すとすぐに一輪車の練習をさぼるんだから!」
と厳しく叱りつける。
どうやら、女の子は同級生の友達どうしで、良平と呼ばれた男の子が最初に駆けつけてきた女の子の弟、淳一と浩二が
後から叱りつけた女の子の弟という間柄のようだ。
突然の怒鳴り声に、晶は胸の中に湧き起こった妙に切ない感覚も下腹部の疼きも忘れ、美也子はクリームを塗る手を
止めて、五人の様子を窺った。
と、五人は何やら小声で話し合った後、二人の女の子が先に立ち、男の子たちを後ろに従えて、晶と美也子が腰かけて
いるベンチのすぐ前までやって来た。
そうして、女の子は二人並んで晶と美也子の前に立つと、
「ごめんなさい。弟たちにも謝らせるから、許してやってください」
と声を揃って言って、ぺこりと頭を下げた。
「……?」
晶はわけがわらかず、おそるおそる美也子の顔を見上げる。
一方、咄嗟に事情を飲み込んだ美也子の方は、先を促すように、目の前に並ぶ女の子たちに向かって軽く頷いてみせた。
「あ、あの、私は溝口香奈っていいます。それで、こっちの子が同級生の山根恵美ちゃんで、二人とも夕陽丘小学校の六
年生、ええと、春休みが終わったら六年生になります。でもって、私の後ろにいるのが私の弟で、良平。今度、三年生にな
って、恵美ちゃんの後ろにいるのが二人とも恵美ちゃんの弟で、大きい方が良平と一緒で三年生の淳一君で、小っちゃい
方が二年生になる浩二君です」
美也子が優しく頷くのを見て勢いを得た右側の女の子が神妙な面持ちで説明を始めた。
美也子はもういちど、さっきより大きく頷いてみせた。
「私と香奈ちゃん、弟たちに頼まれて春休みの間、一輪車の練習につきあってあげることにしたんです。それで、一昨日く
らいからちょっとは乗れるようになって、それで、補助とかも要らなくなったみたいだから、練習は自分たちだけでさせるよ
うにして、私と恵美ちゃんはバトミントンをしたりお花を摘んだりしてて、でも、お弁当の前までは弟たち、ちゃんと練習して
たんです」
今度は、香奈と名乗った少女に代わって、恵美と紹介された女の子が説明を続けた。二人の口調には、弟たちを叱責す
る時の厳しい調子が残っていた。けれど、それとは逆に弟たちを庇う様子もありありと感じられて、それがとても微笑ましく
感じられる。香奈も恵美も、いかにも弟思いの優しいお姉ちゃんなのに違いない。
「なのに、お弁当を食べて休憩して、あの、ええと、お姉さんたちがベンチに座るのが見えて、それで、お姉さんが、隣に座
ってる子……ひよっとしたら妹さんかな、その子に日焼け止だと思うんですけど、クリームを塗ってあげてるのを見て、そ
したら、なんて言えばいいんだろう、あの、なんだか、一輪車の練習をやめちゃって、その……」
それまで小学生にしてはわかりやすい説明をしてきた恵美なのに、急に口ごもってしまい、助けを求めるように香奈の顔
を見た。
「え、えーと、まだ三年生と二年生なんだけど、やっぱり男の子はエッチっていうか、だから、サンドレスの胸元が、その、こ
う、見えちゃって……」
恵美に代わって再び説明を始めた香奈も、とうとう口ごもってしまい、おどおどした様子で、まだはだけたままになってい
る晶のサンドレスの胸元をそっと指差した。
「それで、一輪車の練習に集中できなくて、お姉ちゃんたちに叱られてたってわけね。でも、仕方ないわよね。低学年でも男
の子は男の子。女の子の胸元からブラジャーなんて物が見えたら、ついつい見とれちゃうよね?」
説明に困って口をつぐんでしまった香奈と恵美に代わって、美也子は、バツの悪そうな表情を浮かべながらもまだちらち
らと晶の胸元を覗き見ている三人の男の子に向かって、二人の女の子の肩越しに声をかけた。
「ごめんなさい。もうしません。だから許してください」
美也子と目が遭ってようやく晶の胸元を覗き見るのをやめ、姉たちに教えられたのだろう、せーので声を合わせて三人は
大声で言った。
そうして、互いに顔を見合わせ、照れたような表情を浮かべて、良平がもじもじしながら続けた。
「あの、僕たち、こんなに綺麗なお姉さんの……ブ、ブラジャーなんか見ちゃって、でも、綺麗だなぁ可愛いなぁって思って、
どうしても、そっちへ目がいっちゃって……」
「僕たちのお姉ちゃんたちもブラジャーしてるけど、こっちのお姉さんみたいに真っ白な肌じゃなくて、だから、こんなに綺麗
な肌のお姉さんのブラジャーなんて見たの初めてで、それで、見るのをやめられなくなっちゃって。でも、もうしません。ご
めんなさい!」
良平の言葉を引き継いだ淳一が言い訳めいた説明をして、もういちど三人は揃ってぺこりと頭を下げた。
「やれやれ、仕方のないおませさんたちだこと。でも、今回だけは許してあげる。思わず見とれちゃうってことは、私の妹が
美人だって褒めてくれているようなものだもんね。けど、他の女の子には絶対こんなことしちゃ駄目よ」
美也子は三人の顔を順番に見渡して、叱るというよりも優しく諭すように言った。そうして、悪戯っぽい顔つきで晶の方に
向き直って言う。
「晶ちゃんもいいかな? 晶ちゃんだって、男の子たちの気持ち、わかってあげられるよね?」
美也子が「あなたも男の子なんだから三人の立場に立って考えられるでしょ? それに、へんに騒ぎたてたりしたら困っ
たことになるのは晶の方なのよ」と暗にほのめかしているのを直感した晶は、おずおずと頷かざるを得なかった。
「そう、それでいいのよ。さすが私のご自慢の妹だけあって、物わかりがいいわ」
意味ありげな笑みを浮かべて美也子が頷き返す。
そこへ、遠慮がちに香奈と恵美が横合いから割って入って美也子に話しかけてきた。
「あの、やっぱり妹さんなんですか? ひょっとしたら従姉妹かなとか、姪っ子さんかなとか迷ったんですけど」
こんなふうに小学生に取り囲まれては、日焼け除けクリームを塗り続けることはできない。クリームの容器を鞄にしまい、
晶が着ているサンドレスの胸元の乱れを整える美也子に、香奈が、晶と美也子の顔を見比べながら問いかけた。
「うん、そうよ。――あ、そうだ、私たちの方はまだ自己紹介もしてないんだったわね。じゃ、あらためて。私は遠藤美也子。
百合ヶ丘高校の二年生。で、こっちは妹の晶」
たとえば太郎とか大吉とかいう男らしい名前だったらその場で大急ぎで偽名を考えなければいけないところだが、晶とい
う男性にも女性にもつけられる名前が幸いして、美也子は五人に対してまるで淀みなく二人の名前を告げることができた。
「それで、あの、晶さんの学年は?」
いくらか打ち解けてきた様子で、恵美が興味津々といった顔つきで重ねて訊いた。
「晶ちゃんは今度、小学校の五年生になるのよ。だから、香奈ちゃんや恵美ちゃんから見ると一つ下ね」
しれっとした顔で美也子は応えた。
それを晶は否定できない。本当の学年を告げて、「どうして高校生なのにそんな小学生みたいなお洋服を着てるんです
か?」と尋ね返されたりしたら、それがきっかけになって、実は晶が本当は男の子だということまで知られてしまうかもしれ
ない。それに、このサンドレスも含め美也子が紙袋に入れて晶に手渡した衣類の大半は美也子が小学校の五年生ころに
身に着けていた物だということを思い合わせると、ここは曖昧に頷くしかない。
「あ、五年生になるんだ、晶ちゃん。背が高いからひょっとしたら中学生かなって思ったんだけど、可愛いサンドレスを着
てるから、迷ってたんです。いくら可愛いお洋服が好きでも、中学生になってこのサンドレスはちょっとって感じだし」
ついさっきは『晶さん』と呼んだのに、学年を教えられた途端に『晶ちゃん』と呼び方を変えて、恵美は美也子に向かっ
て納得顔で微笑んだ。小学生にしてみればかなり背の高い部類に入る晶だが、珍しいというほどのことはない。恵美が
簡単に信じ込むのも無理はない。ただ、中学生になったら着るのが恥ずかしいようなサンドレスを着せられているという
事実を改めて思い知らされた晶の胸の中は羞恥でいっぱいだ。
「でも、私たちと同じ小学校じゃないんですよね? 私、五年生と六年生の子はみんな顔を知ってるつもりなんだけど、夕
陽丘小学校で晶ちゃんを見たことなんてないし」
笑顔の恵美とは対照的に、香奈が少し不思議そうな表情で美也子に尋ねる。
「うん、晶ちゃんは付属に通ってるの。だから、みんなと小学校で会うことはないわね」
美也子は胸の中でぺろっと舌を出して晶の偽りの経歴を口にした。隣の市に有名大学の付属学校があって、そこへ通
っていることにすれば通学時間帯は普通の公立小学校に通っている生徒に比べて随分と早く、帰宅時間は逆に随分と遅
いということになるから、学校の中だけでなく通学路でも香奈や恵美と全く顔を会わせたことがないことの理由に使える。
それに、どうせなら、小学校からではなく幼稚園から付属に通っていたことにしておけば、まず疑われる心配はないだろう。
「すっごーい。付属なんだ、晶ちゃん。でも、言われてみればそんな感じがしますね。おしとやかで上品そうだし、なんか、
お嬢様って感じだし」
美也子の説明に微塵の疑いの念も持たず、香奈は感嘆の声をあげた。そうして、改めて晶の目の前に立つと、本当に
申し訳なさそうにこう言うのだった。
「付属だったら、男の子も優しくて親切な子ばかりなんでしょう? うちの弟みたいにエッチで下品な子なんか一人もいな
いんでしょう? 本当にごめんね。後でもっと叱っとくから、許してやってね」
香奈がそう言うと、つい今しがたまで笑顔だった恵美も真剣な表情になって、
「私も、後でもっと叱っとく。だから、許してあげて、晶ちゃん」
と言葉を重ねた。
晶としては、できれば誰とも話したくない。見た目は女の子でごまかしおおせても、声を出せば男の子だとばれるかもしれ
ない。けれど、これ以上はないくらい真剣な面持ちで謝罪の言葉を口にする二人を見ていると、押し黙ったままでは却って
こちらが申し訳なくなってくる。
「……う、ううん、もういいの。私は何も気にしてないから、香奈ちゃんも恵美ちゃんも気にしないでちょうだい」
少し逡巡してから、ようやく決心を固めた晶は、蚊の鳴くような細い声で応えた。
「本当に?」
「いいの?」
香奈と恵美が同時に言って、ぱっと顔を輝かせた。
どうやら男の子だとはばれなかったみたいだ。晶もそっと安堵の溜息をつく。最初から疑ってかかっているならともかく、
香奈も恵美も晶のことを女の子だと信じてやまない。だから、少しくらい声が低くても、裏声がひっくり返っても、実は意外
と大丈夫なものだ。
が、安心するのも束の間。突然、美也子が晶に雷を落とした。
「駄目じゃないの、晶ちゃん! お姉ちゃんたちに謝りなさい!」
香奈や恵美が自分たちの弟を叱った時とは比べものにならないほどきつい調子で美也子が晶を叱責した。
「え? な、なに……?」
自分がどうして美也子に叱られなければいけないのかまるでわからず、晶はおろおろするばかりだ。
香奈と恵美、それに弟たちも、怯えた表情で互いに顔を見合わせる。
「晶ちゃんは五年生で香奈ちゃんと恵美ちゃんは六年生だから、二人の方が学年が上でお姉ちゃんなのよ。なのに、年上
の二人を『香奈ちゃん』や『恵美ちゃん』だなんて呼び方、失礼でしょう? それに、『もういいの』なんて、ぞんざいな言い方
をしてたし。二人に謝って、もういちどちゃんと返事をしなさい」
美也子は少しだけ静かな口調になって晶に言った。
「あ、あの、いいんです、お姉さん。もとは私たちの弟がいけないんです。だから、晶ちゃんを叱らないであげてください」
美也子の剣幕に、少しおどおどした様子で恵美が言った。
「そうです。晶ちゃん、四年生から五年生になるところなんだから、敬語とかそういうの、まだちゃんとできなくてもいいと思い
ます。これからお勉強するんだし、だから、そんなに叱らないであげてください。私からもお願いします」
香奈も取りなすように言って美也子の顔を真剣な表情で見上げる。
「優しいのね、二人とも。さすが六年生のお姉ちゃんともなると、五年生になったばかりの晶ちゃんとは違って、いろいろ
思慮深いのね。でも、へんに甘やかすと晶ちゃん自身のためにならないから、叱らなきゃいけない時はちゃんと叱ってあ
げなきゃいけないの。二人だって、弟さんたちを叱ったでしょう? でも、それって、弟さんたちが憎くて叱ったわけじゃな
いよね? 弟さんたちが間違った方向に育たないよう、弟さんたちが可愛いから、だから叱ったんでしょう? それと同じ
ことなのよ。二人にわかってもらえると嬉しいんだけどな」
ぱっとベンチから立ち上がって晶を叱りつけた美也子だが、二人を相手にする時にはもう穏やかな目になっていた。
「あ、うん、そういうことだったんですか。わかりました」
「はい、私もわかりました。お姉さんの気持ちも知らずに生意気なこと言っちゃってごめんなさい」
香奈と恵美は互いに顔を見合わせて、少しの間だけ考えてから、同時に応えた。
「ありがとう、わかってくれて。やっぱり、六年生のお姉ちゃんたちね。――なのに、晶ちゃんはまだお姉ちゃんたちに謝ら
ないんだから。学年が一つ下なだけでこんなに子供だなんて、本当に困った子だこと」
香奈や恵美に接する時はにこやかな笑みを浮かべて穏やかに言う美也子だが、僅かに顔の向きを変えて晶の顔を見
おろす時は厳しい声に戻っていた。
「あ、待ってください、お姉さん。私たちが晶ちゃんに言い聞かせますから」
「そうです。高校生のお姉さんにきつく叱られたら晶ちゃん、しょげちゃいます。年の近い私たちがちゃんと言って聞かせま
す。だから、ちょっとだけ待っていてください」
もういちど二人は顔を見合わせ、美也子と晶の間に割って入った。
そうして、まず、香奈が、いかにも上級生が下級生に教え諭すといった口調で晶に話しかけた。
「今の私たちの話、晶ちゃんも聞いていたでしょう? だったら、お姉さんが晶ちゃんのためを思って叱ってくれてるってこと、
ちゃんとわかるよね? お姉さんから叱られたら悲しくなるのは仕方ないけど、でも、それで拗ねちゃ駄目だよ。低学年の小
っちゃい子だったらしょうがないけど、晶ちゃん、もう五年生になるんだよ。中学年じゃなくって、今度は高学年のお姉ちゃん
になるんだよ。中学年や低学年のお手本にならなきゃいけないんだよ?」
「そうよ、晶ちゃん。晶ちゃんが通ってる付属のことは知らないけど、私たちの夕陽丘小学校だと、五年生になると児童会
の役員選挙に立候補できるようになっているのよ。つまり、五年生になって高学年になると、それだけ責任が重くなるって
ことなの。四年生までは上級生に甘えていればよかったけど、五年生になったら、それまでよりずっとお姉さんにならな
きゃいけないの。晶ちゃんは五年生になったばかりで実感がないかもわからないけど、うんとしっかりしなきゃいけないの
よ」
香奈に続いて恵美も晶の顔を正面から見て言った。
地面に立っている恵美の顔とベンチに腰かけている晶の顔とが殆ど同じ高さだから、やはり身長は晶の方がかなり高い。
けれど、恵美の態度はしっかりした上級生そのものだった。対して、実は高校生の男の子なのに、自分よりも五つ年下の
小学生女子から逆に年下の女の子扱いされる晶は、屈辱と羞恥で胸が張り裂けそうになるのをじっとこらえて、スカートの
裾を押さえる両手の掌をぎゅっと拳に握りしめるばかりだ。
「だから、私たちに謝ってちょうだい、晶ちゃん。あ、でも、勘違いしちゃ駄目だよ。私たちは晶ちゃんに謝ってほしいわけじゃ
ないの。もともと私たちの弟がいやらしい目つきで晶ちゃんのことを見てたから、弟たちが謝らなきゃいけないの。それはそ
れで後からもっと叱っとく。でも、それとは別に、上級生の私たちにちゃんと丁寧に話せなかったこと、謝っとこうよ。私たち
が謝ってほしいんじゃなくて、晶ちゃんがけじめをつけるために。お姉さんの言ってること、間違ってないでしょう? だから、
お姉さんの言うことをちゃんとききますって約束の意味で私たちに謝っとこうよ。そしたら、お姉さんに叱られたことも気にな
らなくなって、気持ちが軽くなると思うんだ。私の言ってること、五年生の晶ちゃんにはちょっと難しいかな。でも、付属に通う
くらいお利口さんの晶ちゃんだもん、ちゃんとじゃなくても、なんとなくはわかるよね?」
再び香奈が、まるで掻き口説くみたいにして言った。
真剣そのものの口調に、ようやく晶は二人の真意に気づいた。二人は、美也子がこれ以上に晶を叱らないよう精一杯の
努力をしてくれているのだ。形だけでいいから、とにかく謝っておきなさい。そうすればお姉さんも叱り続けるわけにはいか
ないから、ふりだけでいいから謝っておいた方がいいよ。二人は暗にそう言って晶に助け船を出してくれているのだ。それ
はまるで、母親に叱られそうになっている幼い妹に(妹が母親の叱責から逃れられるように、ちょっぴり狡い方法だけど)優
しアドバイスを与える、優しくてしっかり者でちょっと世慣れた姉といった風情だった。
だが、二人の真意に思い至れば思い至ったで、晶は却って押し黙ってしまう。晶が本当に五年生になったばかりの小学
生の女の子なら、上級生の二人に庇ってもらえば嬉しくもなるだろう。けれど、晶は本当は高校二年生、それも男の子な
のだ。小学校六年生の女の子に庇われたりしたら、ますます惨めで恥ずかしくなってくるのも仕方ない。しかも、突然の騒
ぎで忘れていた(良平たちにじっと見つめられた時に覚えた)妙な切なさや下腹部のじんじんした疼きが、香奈や恵美に下
級生扱いされているうちに、次第に形を取り戻してまたもや鮮やかに甦ってきていた。小学生の女の子から逆に下級生扱
いされ、『庇護』される被虐感。それが奇妙な悦びに姿を変え、下腹部の疼きになって、紙おむつの中のペニスをいきり立
たせるのだろうか。
「どうしたの、晶ちゃん? お姉ちゃんたちがこんなに言ってくれてるのに、まだちゃんとごめんなさいできないの? それと
も、お仕置きがいいのかな?」
なかなか口を開こうとしない晶のスカートにすっと手を伸ばして美也子が言った。
「いや……お、お仕置きはいや……」
晶はスカートの裾を押さえる手に力を入れて弱々しく首を振った。お仕置きと称して、こんな所でスカートを捲り上げられ、
お尻をぶたれでもしたら、まわりを取り囲んでいる小学生たちに紙おむつのことを知られてしまう。
「だったら、ちゃんとごめんなさいしなきゃね」
美也子は、大慌てでスカートの裾を押さえる晶に向かって、おかそしうに言った。
晶には美也子の言葉に従うしか他なかった。これまでに、そのことは痛いほど思い知らされている。
「……ご、ごめんなさい。か、下級生なのに、生意気な口のききかたをしちゃって、ごめんなさい。これからは気をつけるか
ら許してください。本当にごめんなさい、香奈ちゃ……香奈お姉ちゃん。ごめんなさい、恵美……お、お姉ちゃん。あ、あたし、
五年生なのに、六年生のお姉ちゃんたちに生意気いっちゃって、本当にごめんなさい」
晶は伏し目がちに謝罪の言葉を口にした。その間も、胸の中の妙な切なさはますます切なく胸を満たし、下腹部の疼き
はペニスの熱い怒張へと姿を変えてゆく。
「うん、わかった。晶ちゃん、さっき、ちっとも気にしてないよって言ってくれたでしょ? だから、私も気にしない」
「そうだよ、晶ちゃん。おあいこだね、これで」
おそるおそる謝罪の言葉を口にした晶に、香奈と恵美がにっと笑いかける。
「よかったわね、優しいお姉ちゃんたちで。じゃ、次は弟くんたちにお礼を言っておきましょう」
唇を噛みしめながらの屈辱に満ちた謝罪をやっとのこと終えた晶に、美也子がまたとんでもないことを言い出した。
「お礼……? あ、あたしがどうして、お、お姉ちゃんたちの弟にお礼なんて言わなきゃいけないの?」
それまで伏し目がちだった晶が、思わず美也子の顔を仰ぎ見て問い質す。
「だって、あの子たち、晶ちゃんのことを綺麗なお姉さんって言ってくれたのよ。可愛らしくて肌も白くて綺麗だって。褒
めてもらって、お礼も言わないっていうのはどうかしらね?」
美也子は、香奈や恵美から二歩ほど離れた場所で遠慮がちに晶の方にちらちら目をやる三人を視線で示して言った。
「そ、そんな……だって、あの子たちは……」
あの子たちはあたしのブラをいやらしい目で見てたんだよ。そう言い返しそうになって、けれど力なく口をつぐんでしま
う晶。男の子の身でありながら「あたしのブラ」だなんて言葉、何人もの目の前で口にできる筈がない。
「でも、そのおかげで優しい上級生のお姉ちゃんたちとお友達になれたんでしょう? その意味もこめてお礼を言っとい
た方がいいんじゃないかな」
優しく言い聞かせる美也子だが、「ちゃんとお礼を言わないとお仕置きよ」とほのめかしているのは明らかだ。
もう晶は美也子の言いつけを拒むことはできない。
「……あ、あの、良平……くん、淳一くん、浩二くん……あ、あたしのこと、き、綺麗だって言ってくれて……」
なす術なく晶は力なく肩を落とし、誰にも目を合わさないよう顔を伏せ、スカートの裾をぎゅっと握りしめておずおずと口
を開いた。
家を出てここまで歩いてくる間に内腿にこすれて頭をもたげかけ、少年たちからいやらしい視線で絡めとられ少女たち
から下級生扱いされてより敏感になっていたペニスが、どくんと脈打った。
「……綺麗だって言ってくれて、あ、ありがとう」
少年たちに向かって羞恥に満ちたお礼の言葉を口にした瞬間、胸がきゅんとなって、紙おむつの中で窮屈そうにしてい
たペニスがもういちど激しくどくんと脈打った。
「いやっ!」
思わず晶は悲鳴じみた呻き声を漏らし、左右の内腿を摺り合わせた。
「や、駄目!」
自分自身を叱りつけるような喘ぎ声が続く。
そうして、その声を最後に、晶は瞼をぎゅっと閉じ、唇をわなわな震わせて押し黙ってしまった。
「どうしたの、晶ちゃん? どこか痛いの?」
突然の晶の変化に、香奈が驚いたように声をかけた。
「ずっとお日様に当たってて気分が悪くなっちゃったのかな。水道でハンカチを濡らしてきてあげようか、晶ちゃん?」
恵美は晶の額に自分の手の甲を押し当てて気遣わしげに言った。
「ほらほら、上級生のお姉ちゃんたちが心配してくれてるでしょう? どうしちゃったのか、ちゃんと話さなきゃ駄目じゃな
い」
美也子は、黙りこくったままの晶をそう言ってたしなめた後、耳元に唇を寄せて囁きかけた。
「でも、ちゃんと話せるわけないよね? 白いおしっこで紙おむつを汚しちゃったなんて、お姉ちゃんたちに説明できるわ
けないよね? 白いおしっこのことも、紙おむつの秘密も、お姉ちゃんたちに知られたらとっても恥ずかしいもんね」
途端に晶は肩をびくんと震わせ、大きく瞳を見開いて、間近にある美也子の顔を凝視した。
「それくらいのことわかるわよ。晶ちゃん、私の部屋で二度も白いおしっこでショーツを汚しちゃったでしょ? 今、あの時
と同じ顔をしているもの」
あの時と同じ、とっても恥ずかしそうで、とっても悔しそうで、でも、どことなく甘えたような顔で、どことなく切なそうな顔。
美也子の言う通り、男の子たちに向かって羞恥にまみれたお礼の言葉を述べさせられながら紙おむつの中に精液を溢
れさせてしまった晶は、美也子の部屋でショーツ越しに二度も美也子の手によって精液を搾り取られたあの時とまるで
同じ表情を浮かべていた。
「あの、お姉さん、晶ちゃん大丈夫なんですか?」
美也子が晶に本当は何を囁きかけていたのか思い当たるわけもなく、それが具合を確認するためだと思い込んで、香
奈が心配そうに尋ねた。
「大人の人を呼んできましょうか? 砂場の近くにお母さんたちがいるから、助けてもらいましょうか?」
恵美も、美也子に向かって少し早口にそう言ってから、真剣な眼差しで晶の横顔を見つめた。
「心配してくれてありがとう。やっぱり二人とも、優しいお姉ちゃんね。それに比べて、学年が一つ下だけなのに、晶ちゃん
は……」
美也子は香奈と恵美にねぎらうように言って、晶が肩にかけたままになっている小物入れの鞄に手を伸ばした。
晶がはっとして鞄を奪い返そうとするが、もう遅い。
美也子は無造作にファスナーを引き開け、パッケージから取り出した時のまま三つ折りで鞄に入れておいた紙おむつを
引っ張り出した。
「え?」
「うそ!?」
美也子が小物入れから引っ張り出したピンクの紙おむつを目にするなり、香奈も恵美も、信じられない物を見たというふ
うに半分ほど口を開けたまま体の動きを止めてしまった。
それは男の子たちも同様で、三人とも、美也子が手にするハート模様の紙おむつに目を凝らしたまま何も言えないでい
る。
「……晶ちゃん、おむつだったの!?」
春の昼下がりの穏やかな公園。一瞬の静寂を破ったのは恵美の声だった。
「い、いやー!」
恵美が発した『おむつ』という言葉を耳にした瞬間、絶望的な表情を浮かべたまま身じろぎ一つできないでいた晶が突然
ベンチから立ち上がり、その場から逃れようとして、たっと駈け出した。
が、慣れない踵の高いサンダルを履かさせているものだから、駆け出したかと思うと大きくバランスを崩して、そのまま、
目の前にいる美也子の胸元に倒れ込んでしまう。その体を美也子がしっかり受け止めたおかげで幸い地面に倒れるのは
免れたものの、丈の短いスカートが空気をふくんでふわっと舞い上がり、お尻を後ろに突き出すような格好で美也子に上
半身を預ける姿勢になってしまったため、晶の下腹部を包み込むピンクの紙おむつが誰の目にも丸見えだ。
ただ、救いだったのは、少し離れた所にある砂場で子供たちを遊ばせている母親たちのグループからは見えないことと、
もうひとつ、紙おむつは丸見えになってしまったものの、スカートが捲れ上がったのが短い間だけだったから小学生たち
がペニスの膨らみには気づかなかったということだろうか。もっとも、それが晶自身にとって『救い』なのかどうかは定かで
ない:けれど。
「そうなの。晶ちゃん、五年生にもなるのに、まだおむつなの。なかなか普通のパンツになれなくて困ってるのよ」
美也子は恵美に向かって、本心を覆い隠しつつ、口だけ困った困ったと言って応えた。そうして、今度は良平の顔を見る
と、悪戯めいた表情で続ける。
「だから、良平くんたちはさっき晶ちゃんのことを『お姉さん』って言ってくれたけど、本当は良平くんたちの方がお兄ちゃん
なのよ」
「それ、どういうことですか? お姉さんは五年生で、僕は三年生。お姉さんはお姉さんでしょう?」
美也子が何を言っているのか咄嗟にはわからず、良平はきょとんとして淳一や浩二と顔を見合わせた。
「だって、良平くんも淳一くんも浩二くんも、パンツでしょう? トランクスかブリーフかは知らないけど、普通のパンツでしょ
う? おむつじゃないよね?」
美也子は謎々を楽しむかのように言った。
「うん、パンツだよ。幼稚園の年少さんの時、おねしょしちゃったことあるけど、でも、それでおしまいだったよ。おねしょもお
もらしもしないよ、僕」
ちょっと照れくさそうに、けれど元気よく浩二が応えた。
「そうよね。小学生だもん、パンツだよね。でも、晶ちゃんはおむつなのよ。まだおむつ離れできない子がお姉ちゃんだなん
て変だと思わない? まだおむつの晶ちゃんより、パンツのみんなの方がお兄ちゃんだと思わない?」
美也子は、晶のお尻をスカートの上から優しくぽんと叩いて言った。
「あ、そうか。晶ちゃん、おむつだから、五年生でも僕たちより妹なんだね。うん、わかった」
にっと笑って浩二が頷いた。もう、『お姉さん』ではなく『晶ちゃん』だ。
「じゃ、トイレでおむつを取り替えてくるから、みんな、待っててくれる? せっかくお友達になったんだから、この後も仲良
く遊んであげてほしいんだけどな。でも、おむつ離れできないような手間のかかる子とは遊びたくないかな?」
美也子は晶の体を抱きすくめたまま、五人の顔を順番に見渡して言った。
と、それまで美也子と晶をぐるっと取り巻くようにして立っていた五人が、ベンチの横に集まって何やら相談を始めた。
もっとも、相談とはいっても、五人ともが最初から同じ気持ちだったようで、殆ど口数もなく、互いに顔を見合わせて軽く
目配せをし合うだけですんでしまうような、言ってみれば、改めて意思を確認するだけというようなことだった。
さして待つほどもなく、五人を代表して香奈が美也子の前に歩み寄り、じっと美也子の顔を見上げて言った。
「待ってます。お姉さんにおむつを取り替えてもらって晶ちゃんがトイレから出てくるの、みんなで待ってます。晶ちゃん、
私たちのお友達だもん。私たちの可愛い妹だもん。だから、待ってます」
香奈は、真剣な面持ちで美也子にそう言ってから、美也子の胸元に顔を埋めるようにしてもたれかかっている晶の方に
向き直って優しい笑顔で話しかけた。
「晶ちゃん、小学五年生でおむつなんて恥ずかしいかもしれないけど、元気を出してね。私たち、誰も晶ちゃんのことバカ
なんてしないよ。ちょっと見えただけだけど、ピンクの紙おむつ、とっても可愛いよ。晶ちゃんの綺麗なお肌にとっても似合
ってて、普通のパンツなんかよりずっとずっと可愛いよ。おむつを取り替えてもらったら、遊ぼうね。でも、晶ちゃん、あん
よもあまり上手じゃないみたいだから、バトミントンは無理かな。だったら、あやとりでもいいし、自分の学校がどんな所か
お話しするのもいいし。みんな待ってるから、心配しなくていいんだよ」
「僕も待ってる。僕も幼稚園の年少さんの時、おねしょしちゃって、夜だけおむつのことがあったんだ。でも、もうおねしょも
おもらしもしないよ。晶ちゃん、今はおむつだけど、でも、おっきくなったらおもらしなんてしなくなるから、大丈夫だよ。……
あれ? でも、晶ちゃんは五年生だから、僕よりおっきいんだっけ? あれ、なんだかよくわかんないや」
香奈が話し終えるのを待ちかね、晶を慰めようとして元気な声を出す浩二。最後の方で思案顔になって首をひねる様子
が微笑ましい。
「ありがとう、みんな。それじゃ、すぐに取り替えてくるから、ちょっとの間だけ待っててね。それと、浩二くん。そうね、晶ち
ゃんは五年生だから浩二くんたちよりおっきいね。でも、さっきも言ったように、おむつだから浩二くんたちより妹なんだよ。
もっとおっきくなったらおむつが外れるかしら。五年生で駄目でも、六年生になったらおむつ離れできるかな。それとも、
中学生にならないと駄目かしら。ううん、ひょっとしたら高校二年生でも無理かもしれないわね。でも、応援してあげてね。
晶ちゃんがおむつ離れできるよう、励ましてあげてね」
美也子は『高校二年生でも無理かも』というところを強調してそう言うと、晶の肩を抱いて歩き始めた。
けれど、晶は、トイレへ連れて行かれまいとして両足を踏ん張る。
「どうしたの、晶ちゃん。早くおむつを取り替えないとお尻が気持ちわるいでしょ? なのに、どうしてそんなにトイレへ行くの
をいやがるの?」
晶が歩き出そうとしないのに気づいた美也子は、少しなじるような口調で言った。
「だって……公園のトイレでだなんて……」
公園のトイレとはいっても、個室の方はちゃんと鍵がかかるから、誰かに見られる恐れはない。それでも、薄い壁を隔てた
その外には子供たちや母親たちがいるし、すぐ近くの歩道を行き来する人影もある。そんな所で、しかも普通におしっこをす
るのではなく、精液でべっとり汚した紙おむつを取り替えられるのかと思うと、とてもではないが美也子の言いつけに唯々諾
々と従うことなどできない。
「あらあら、白いおしっこで紙おむつを汚しちゃうような子がいっちょまえに恥ずかしがっちゃって。でも、そうやって拗てる晶
ちゃんも、幼稚園にあがるかあがらないかの小っちゃな子みたいで可愛いわね。ほら、ちょうど、あんな感じで」
美也子は皮肉めいた笑みを浮かべて、砂場で遊んでいる子供たちの内の一人を指差した。
美也子が指差したのは、まだ幼稚園に通う前か、それとも、この春から年少さんだろうか、プラスチック製の玩具のシャベ
ルを持ち、おぼつかない足取りで砂場をとことこ歩いている小さな女の子だ。あまり上手でない足運びの妨げにならないよう
配慮したのか、デニム地のスカートの丈が短くて、レースのフリルをたっぷりあしらったオーバーパンツがスカートの裾から
三分の一ほど見えたワカメちゃん状態になっている。スカートの裾から覗くオーバーパンツがふっくら膨らんでいて、オーバ
ーパンツの生地を透かしてハート模様のピンクの紙おむつらしき下着がうっすらと見えているところから考えると、まだおしっ
こをちゃんと教えられないのだろう。
美也子は晶がその幼女と同じだと言っているのだ。けれど、丈の短いサンドレスの下には紙おむつを身に着けて、それを白
いおしっこで汚してしまった晶には、それを否定することはできない。しかも、模様や色合いから判断すると幼女のお尻を包み
込んでいる紙おむつと晶の下腹部を包み込んでいる紙おむつが同じブランドらしいから尚のことだ。
「ほら、いつまでも愚図愚図してたら、小学生たちに怪しまれちゃうわよ。それとも、あの子たち、怪しむんじゃなくって、私
に同情してくれるかしら。小学五年生にもなっておむつ離れができない上におむつを取り替えてもらうのにトイレへ行くこ
のもいやがる聞き分けの悪い妹の面倒をみている可哀想なお姉さんって、私のことを思ってくれるかもしれないわね。晶
ちゃん、みんなからそんなふうに思われてもいいの? 一人でトイレへ行くことができないだけじゃなく、トイレへ連れて行
ってもらうことさえいやがる、幼稚園児以下の躾がちっともできていないしょうのない子。そう思われてもいいのね?」
美也子は声をひそめ、早口で言った。
晶の顔が屈辱に歪む。
そこへ、浩二の声が追い打ちをかけた。
「晶ちゃん、僕たち、待っててあげるよ。晶ちゃんを置いて先におうちに帰ったりしないよ。だから、寂しくないよ。トイレへ行
って戻ってくるまで待っててあげるから」
浩二の気持ちの中では晶はもうすっかり自分よりも幼い妹分になりさがっていた。みんなと遊んでいるうちにおむつを汚
してしまい、公園のトイレでおむつを取り替えられるのをいやがって駄々をこねる、困った妹分だ。そんな聞き分けのわる
妹をあやすように、トイレへ行っておいでと優しく言い聞かせる浩二だった。
「ほら、優しいお兄ちゃんがああ言ってくれてるわよ。晶ちゃんは本当は高校二年生で浩二くんは小学二年生だから、浩二
くんの方が九つ年下なのよね。でも、晶ちゃんは浩二くんよりも妹。おむつの取れない子がお姉ちゃんなわけないものね。
さ、九つ年下のお兄ちゃんの言うことをちゃんと聞いてさっさとトイレへ行きましょう。トイレへ行って、恥ずかしいおしっこで
汚しちゃったおむつを取り替えましょう」
美也子は晶の羞恥をわざと煽るように囁きかけ、砂場の親子連れの方にちらと視線を走らせて小声で続けた。
「いつまでもこんな所で愚図愚図していたら、あそこにいるお母さんたちが変に思うんじゃないかしら。私たちが何をしてい
るのか気になってこっちへ来るお母さんがいてもおかしくないよね? そしたら、晶ちゃん、おむつのことがばれちゃうかも
ね。ううん、それだけじゃなく、晶ちゃんが本当は男の子だってこともばれちゃうかもよ。高校生の男の子が小学校の女の子
みたいな格好をして紙おむつを汚しちゃっただなんて知られたら恥ずかしいだろうなぁ」
そう囁きかけて更に羞恥をくすぐり、美也子は、晶がどうしてもトイレへ行かざるを得ないよう仕向けた。
「さ、行くわよ」
もうこれ以上は待てないわよというふうに、美也子は晶のお尻をぽんと叩いた。
「……う、うん……」
遂に拒みきれなくなって、ようやくのこと、渋々ながら晶は右足を踏み出した。
その途端、慣れないサンダルのため、さっきと同じようにバランスを崩して体がよろめいてしまう。それを、晶の肩を抱い
た美也子の力強い腕が支えた。
「頑張って、晶ちゃん。急がなくていいから、ころんしないようにしっかり歩くのよ。ほら、あんよは上手」
美也子の体にしがみつくようにして歩き出した晶の後ろ姿に、恵美が精一杯の励ましの声をかけた。
その励ましの声を耳にして、晶は、小学生の子供たちから逆に年下扱いされているのだという屈辱の事実を改めて思い
知らされる。胸の中が、みるみるうちに、やるせない気持ちでいっぱいになった。
「あんよは上手、あんよは上手」
「あんよは上手、あんよは上手」
恵美の声援がきっかけになって、晶の胸の内などまるで知らぬ子供たちが無邪気に声を揃える。
その声に微塵も悪意がないことは晶にもわかっている。それはわかっているのだが、晶を励まそうとしている純粋な気持
ちが却って屈辱と羞恥をこれでもかと煽りたてるのも、また非情な事実だった。
「よかったわね、こんなに優しいお姉ちゃんやお兄ちゃんとお友達になれて。新学期が始まるまであと四日あるし、明日か
らこの公園へ遊びに来るのが楽しみになったわね」
美也子は、子供たちの声援に見送られるようにしておぼつかない足取りで歩を進める晶に、冗談めかした口調で言った。
「ほ、本気じゃないよね? まさか明日もここへ来るなんて、そんなこと本気じゃないよね?」
美也子の言葉がまんざら冗談ばかりではないと直感した晶は、あからさまな怯えの色を瞳に浮かべ、自分の直感が的外
れであってくれと願いながら、おそるおそる聞き返した。
「さあ、それはどうかしらね」
美也子は、そうすることが晶の不安を更に掻きたてることになるのを楽しむかのように、曖昧に笑ってみせるだけだ。
「そんな……」
美也子のどっちともつかない態度に、晶は思わずぞくっと身を震わせてしまう。
「あら、白いおしっこで濡れちゃったおむつのせいでお尻が気持ち悪いのかな。急いで取り替えてあげなきゃいけないみた
いね」
晶が体を震わせた本当の理由を充分に承知していながら、美也子はその理由をわざと取り違えて頷くと、突然、歩く速
度を上げた。
「やだ、そんなに早く歩いちゃ駄目だってば」
急に早足になった美也子に手を引かれて、かろうじてついて行く晶だが、いつ転んでもおかしくないようなおぼつかない
足取りだ。
「何を言ってるの。可愛い妹のお尻がおむつかぶれになっちゃ可哀想だから急いでいるのに」
美也子は片方の眉をちょっと吊り上げるような笑みを浮かべて言って、そのまま歩き続ける。
「お、おむつかぶれだなんて……あ、あたし、赤ちゃんなんかじゃないのに……」
美也子の口をついて出た羞恥の言葉に晶の頬が真っ赤に染まる。
「そりゃ、晶ちゃんは赤ちゃんなんかじゃないわよ。でも、それは、砂場で遊んでいる子供たちも同じよ。もう、赤ちゃんって
いう年じゃない。赤ちゃんじゃないけど、でも、まだおしっこをちゃんと教えられない幼稚園の年少さんくらいの子はずっとお
むつだから、お母さんたちは可愛い子供のお尻がおむつかぶれで真っ赤に腫れちゃわないよう気をつけてあげなきゃいけ
ないの。ね、晶ちゃんと同じでしょ? いつ白いおしっこでおむつを汚しちゃうかわからない晶ちゃんと同じでしょ? だから、
お姉ちゃんも晶ちゃんがおむつかぶれにならないよう気をつけてあげてるの」
美也子は、足早に歩きながらも、まるで息を乱す様子もなくそう言って、トイレへ向かう通路の側にあってもうすぐ目の前
に迫ってきた砂場を視線で示した。
一方、晶の方は早くも息も絶え絶えで、転倒しないよう美也子について行くのが精一杯だ。それでも、美也子が視線で指
し示す方に目をやるくらいのことはかろうじてできる。
晶の目に映ったのは、ベンチの前から見たあの幼い女の子の姿だった。丈の短いスカートの裾からふっくら膨らんだオー
バーパンツを覗かせた、あの女の子だった。
「で、でも、おむつかぶれだなんて……」
晶は美也子に手を引かれるまま、楽しそうに玩具のシャベルで砂山をつくっている女の子のスカートの裾から見える下
腹部に目をやり、オーバーパンツの生地を透かしてうっすらと見えているのが自分と同じブランドの紙おむつだということ
を確認すると、下唇を噛みしめて口をつぐんだ。
と、美也子と晶が近づいたために太陽の光を遮って影を落とすのが気になったのだろうか、それまで砂山づくりに夢中
になっていた女の子が、すぐそばを通り過ぎようとする晶の方に振り向いた。
途端に女の子は少し驚いたような顔になって、砂場の横のベンチに腰かけてお喋りに興じている母親に向かって大声で
呼びかけた。
「ママ~、このお姉ちゃん、美優と一緒だよ~」
少し驚いて、そうして、どことはなしに嬉しそうな声だ。
「え? お姉ちゃんがどうしたって?」
仲間とのお喋りに夢中になっていた母親は、急に娘(どうやら、美優という名前らしい)から呼ばれ、少しきょとんとした顔
で聞き返した。
「このお姉ちゃん、美優と一緒なんだよ。美優とおんなじなんだってば~」
美優は、傍らを通り過ぎる晶を指差して繰り返し言った。
「何が美優と同じなの?」
母親は僅かに首をかしげ、ベンチから立ち上がって美優の方に近づきながら言った。
「お姉ちゃん、美優とおんなじおむつなんだよ。美優と一緒のハートのおむつなんだよ」
美優は玩具のシャベルを砂場に放り出し、自分のスカートの前部をぱっと捲り上げて、母親の顔と晶の顔を見比べなが
ら嬉しそうに言った。
美也子が肩紐の結び目を随分と長く取ったせいで着丈が短くなってしまったサンドレスだけれど、静かに歩けば、スカー
トの中を人目にさらすことはない。現に、家を出てからここまで歩いて来る間に不審げな表情で晶の下半身に目を向けた
通行人は一人もいなかったし、公園の小学生たちも、晶がベンチの前で倒れそうになってスカートが捲れ上がるまでは、ス
カートの下が紙おむつだということに誰も気づいてはいなかった。しかし、それは、或る程度の高さがある視点から見る場合
に限られていたのだ。小学二年生になったばかりの浩二でも身長は120センチ近くあるから、普通に立っていれば、160
センチそこそこの晶のスカートを下から覗き込むような格好になることはない。だが、身長が1メートルあるかないかの美優
が砂場にしゃがみこんだ姿勢で、自分のすぐそばを歩く晶に視線を向けたら、殆ど真下から見上げるような格好になるもの
だから、美優の目には晶のスカートの中が丸見えになってしまうのだった。
美優には微塵も邪気がない。ただ、自分と同じ模様の紙おむつでお尻を包んでいる人がいるのをみつけて単純に喜ん
でいるだけだ。
けれど、無邪気な美優の言葉も、晶にとっては鋭い錐も同然だった。胸に突き刺さり、ぐりぐりと肌を抉り取り、激しい痛
みを容赦なく与える鋼鉄の錐。
美優の言葉を耳にした晶は、思わず立ち止まってしまった。けれど、美也子が立ち止まったのは、それよりも一瞬だが
遅かった。そのため、晶の上半身が前のめりになって、そのまま俯せに倒れてしまいそうになる。
「危ない!」
ベンチから立ち上がり、愛娘の方に向かって足を踏み出しかけていた母親だが、晶が倒れそうになったのを目にすると、
急いで体の向きを変え、晶の正面に立ちはだかって大きく両手を広げた。
「うわっ!」
裏声を出すのも忘れ、地の声で悲鳴をあげながら母親の腕の中に倒れ込む晶。
けれど、当の母親も、仲間の母親たちも、晶が大きくよろめいた拍子にふわっと捲れ上がったスカートに気を取られて、
男声の悲鳴にはまるで気がつかない。いや、正確に言うと、スカートにではなく、スカートの下から丸見えになったピンク
の紙おむつに気をとられて、だ。
香奈たちの目の前でスカートが捲れ上がった時、母親たちの目からはかろうじて隠しおおせていた紙おむつ。それをこ
うして間近で母親たちの目にさらす羽目になった今、もう晶にとっての『救い』は、まだ実際の性別だけは知られていない
という、ただその一つしか残らなくなってしまったわけだ。
「……大丈夫? どこも怪我はない?」
スカートが捲れ上がってハート模様の紙おむつが見えた時はひどく驚いた母親だが、すぐに元の優しそうな表情に戻る
と、自分の胸元に顔を埋めるようにして体を預ける晶の頭をそっと撫で、幼い我が子をあやす時そのままの口調で言った。
バスケットボールに打ち込んでいる美也子の乳房は素晴らしく発育して張りがある。けれど、どちらかというと筋肉質で、
どうしても硬い感じがする。それに対して、出産をして今まさに育児時期の真っ最中にある母親の乳房は、発育している
だけでなく、適度な張りと柔らかさがある上、どことはなしに甘酸っぱい匂いがする。
母親の問いかけに晶は躊躇いがちにおずおずと頷いたが、顔は美優の母親の胸元に埋めたままだ。それは、部屋の
中で背中に触れた美也子の乳房とはまるで違う母親の乳房の感触に魅入られてということもあるが、それだけではなく、
スカートの中の恥ずかしい秘密を若い母親たちに知られた羞恥のため誰にも目を合わせられないからという理由の方が
大きかった。
そんな晶の心の内を見透かしたように、美優の母親は
「ごめんね。美優が――私の娘が変なことを言っちゃって、本当にごめんね。誰にも事情はあるわよね。人に知られたく
ない秘密もあるわよね。なのに、大声であんなこと言っちゃって、本当にごめんね」
と、晶の髪をそっと掌で撫でつけながら優しく言った。他の母親たちもそうだが、美優の母親も、育児の知識を身に付ける
中で、トイレトレーニングが容易ではない子供が或る程度の割合で存在することも知っている。体質的な問題や希に神経
の疾患などで、おむつ離れが遅い、或いはずっとおむつが外れない子供がいるというについて、ひよっとしたら自分の子
供もそうならないと限らないのだという幾ばくかの不安と共に、男親とは比べ物にならないほどきちんとした知識を身に付
けているものだ。だから、晶のスカートが捲れ上がって紙おむつが見えた時も、一瞬は驚いたものの、大きくなっておむつ
なんてと軽蔑するような思いはまるで抱かなかった。むしろ、重い病気じゃなきゃいいけどというような、晶の具合を心配し、
幾らか不憫に思う気持ちでいっぱいだ。
「駄目よ、美優。美優と一緒のおむつだなんて言うから、お姉ちゃん恥ずかしがっちゃってるじゃない。美優だって、お友達
からパンツじゃなくておむつだってからかわれたら恥ずかしいでしょ?」
母親はそれからも何度か晶の髪を撫でつけながら、スカートの前部を捲り上げてオーバーパンツを丸見えにしたまま自
分の足元にとことこ歩み寄ってきた美優に向かって穏やかな目を向け、やんわりたしなめた。
「だって……」
やんわりとはいえ母親に叱られた美優は拗ねたように頬をぷっと膨らませ、まわりの視線から逃れるために母親の胸元
に顔を埋めたままの晶の様子を少し意地悪な目つきで見上げると、甘えた口調で訴えかけた。
「……ママ、そんなよそのお姉ちゃんなんて抱っこしてないで、美優を抱っこしてよ。ねぇ、抱っこったら、抱っこなの」
「へーえ、抱っこして欲しいんだ。もうすぐ幼稚園の入園式だっていうのに、抱っこ抱っこって、美優はいつまでも赤ちゃ
んなんだから」
自分の母親をよその子に取られまいとして盛んに抱っこをせがむ美優に、母親は少しひやかしぎみに言った。
「じゃ、そのお姉ちゃんも赤ちゃん? 美優のママにずっと抱っこしてもらってるから、お姉ちゃんも赤ちゃんなの?」
美優は再びじと目で晶の睨みつけると、少しばかり挑発的な口調で問いかけた。
「あらあら、何を言い出すの、美優ったら。まさか、こんなに大きなお姉ちゃんが赤ちゃんなわけないでしょう?」
このくらいの年ごろになると幼児は幼児なりに屁理屈をこねることも珍しくない。母親は苦笑交じりに応えて、美優からの
日頃の質問責めや理屈にならない理屈の連発を思い出してか、軽く溜息をついた。けれど、それが我が子の発育の表れ
だと実感しているから、顔には自然とにこやかな笑みが浮かんでくる。
「だって……」
「そうね、このお姉ちゃんは赤ちゃんかもしれないね」
尚も言い募ろうとする美優の言葉をやんわり遮って、美也子が悪戯めいた口調で横合いから言った。
「え?」
思いがけない美也子の言葉に、少し怖い目をしていた美優が毒気を抜かれてきょとんとした目になった。自分なりに晶を
挑発したつもりなのに、姉とおぼしき人物がそれをあっさり認めてしまったものだから、呆気にとられるのも無理はない。
「このお姉ちゃん、まだおむつが外れないのよ。それに、いつおむつを汚しちゃうかわからないの。そんな子は赤ちゃんだよ
ね?」
美也子は膝に手をつき、すっと腰をかがめて美優に話しかけた。
「あの……差し出がましいと思うけど、そういう言い方は妹さんに酷なんじゃないかしら。どういう事情かは知らないけど、妹
さんだって、おむつのことは辛く思っているでしょうし、それをそんな言い方はどうかしら」
母親は二人の関係を姉妹と決めつけて(ま、どう見ても、姉弟には見えないだろう。それに、他に適当な間柄を思い浮か
べるのが難しいのは確かだ)、他人の目の前で妹をからかうような言葉を口にする美也子を諫めた。
それに対して美也子は
「いいえ、大丈夫です。妹、すっごい甘えん坊さんで、私におむつを取り替えてもらうのが嬉しいんです。いつまでもお姉
ちゃんべったりで、私が何かと面倒をみてあげると、とっても嬉しそうにするんです。ひょっとしたら、本当はもうおむつ離
れできるのに、いつまでも私に甘えていたくて、わざとおもらししてるんじゃないかって思うくらい甘えん坊さんなんです」
と言葉を返して、わざとらしくにっこり微笑んでみせ、なかなか母親の胸元から離れようとしない晶の顔を覗き込むと、
「ね、そうよね、晶ちゃん?」
と同意を求めた。
もちろん、晶からの返答はない。
美也子の言葉を認めれば『お姉ちゃんに甘え続けたくて、本当は必要のないおむつをいつまでも手放せない、ちょっと
いけない女の子』ということになるし、否定すれば『小学生でもうすっかり大きいのに、いつまでもおむつ離れできない、お
しもの緩い可哀想な女の子』ということになってしまう。どちらにせよ、そんな設定を押しつけられてはたまらない。
けれど、いつまでも押し黙っていたとしても、美也子が強引に始めた『おままごと』だ。蜘蛛の糸に絡め取られた蝶々が
決して逃げ出せないのと同様に、どちらかの役を強引に振り当てられるシナリオから逃れる術はない。
「でも……」
「ふぅん。お姉ちゃん、体はおっきいけど、赤ちゃんなんだ」
困惑した顔つきで何か言いかけた母親と、何か思うところがあるような顔つきで口を開いた美優とが同時だったが、こう
いう時は、遠慮という言葉とはまるで無縁の幼児の方が声が大きい。美優は、スカートの生地を見透かすかのような目で
晶のお尻をぬめつけ、美也子の顔を仰ぎ見て、幼児には似つかわしくない、なにやら含むところのありそうな口調で言った。
「そうよ。お外でおむつを汚しちゃうんだもん、いくら体が大きくても、それじゃ赤ちゃんだよね?」
元々は自分が仕組んだことなのに、そんなはまるでおくびにも出さず、しれっとした顔で美也子は言った。
「うん。お外でおむつを汚しちゃうなんて、そんなの、赤ちゃんだよ」
美優は美也子の顔を見上げたまま大きく頷いた。
「何を言ってるの、美優ったら。美優だっておむつなんだから、えらそうなこと言えないんじゃないの?」
母親は、晶を庇おうとしてか、少しばかり呆れた口調で美優をたしなめた。
「だって、美優、おむつなんて汚さないもん。お家の中はパンツだし、お外の時はおむつだけど、おむつ汚さないもん」
美優は少し自慢げに胸を張って母親に反論した。
そう、美優は常におむつというわけではない。まわりの子供たちに比べるとトイレトレーニングが済むのは遅かったもの
の、少し前からは母親におしっこを教えられるようになり、自分でトイレへ行く練習も始めている。ただ、遊ぶのに夢中にな
っている時などは気がついたらもう間に合わなくなっていたということもなくはないため、眠る時と外出時は念のためにお
むつにしている。その用心のためのおむつも数日前からは殆ど汚すことがなくなってきたため、幼稚園への入園を数日後
に控えて、母親としては正直ほっとしているといったところだ。そのことに関してもう少し付け加えておくなら、小学生(とし
か見えない)にもなっておむつ離れできないでいる晶を美優の母親が庇うのも、美優のトイレトレーニングがもうすぐすみ
そうだという気持ちの余裕があったればこそのことかもしれない。同じ年代の他の子供たちと比べて幾らかでもおむつ離
れが遅いということへの不安を抱えと、けれど、その不安がもうすぐ解消されそうだという安堵とが入り交じって、いつまで
もおむつ離れできない晶のことが気にかかるのかもしれない。
「あ、そうなんだ。美優ちゃん、もうすぐおむつじゃなくなるんだ。お利口さんだね、お姉ちゃんになるんだね、すごいね、お
利口さんだね」
胸を張る美優に、美也子はおおげさに驚いてみせ、お利口さんという褒め言葉を繰り返し言った。
「うん。美優、お利口さんだよ。もう幼稚園だもん、おむつの赤ちゃんなんかじゃないんだもん」
母親に叱られて拗ねぎみだった美優だが、美也子の言葉に幼いながらも自尊心が満たされたのだろう、ぱっと顔を輝か
せた。
「そうなの。だったら、お外でおむつを汚しちゃうこのお姉ちゃんの方が美優ちゃんよりも妹だね。あのね、このお姉ちゃん、
晶ちゃんっていう名前なんだ。美優ちゃん、晶ちゃんに頑張れって言ってくれるかな。早くおむつが外れるように頑張れっ
て言ってあげてくれるかな。早くおしっこを教えられるようにならなきゃ駄目だよって励ましてあげてくれるかな」
胸を張る美優の自尊心をますますくるぐるように美也子は言った。
「いいよ。体はおっきくても、晶ちゃんはおむつの赤ちゃんだもん、お姉ちゃんの美優が頑張れって言ってあげる」
大きく頷いた美優の目はきらきら輝いている。
「さ、いつまでも美優ちゃんのお母さんにしがみついてないで、こっちへいらっしゃい。濡れたおむつのままだとお尻が気持
ち悪いでしょう?」
美也子は、美優の母親の胸元に顔を埋めたままの晶の手を強引に引っ張り、引き剥がすようにして自分の方に向き直
させると、驚きと好奇とが入り交じった目でこちらの様子を眺めている周囲の母親たちに向かってなにごともなかったかの
ように軽く会釈をしてから、改めてトイレに向かって歩き出した。
「美優、もうすぐ幼稚園なんだよ。幼稚園だから、もうおむつじゃなくなるんだよ。お姉ちゃんだから、パンツになるんだよ。
晶ちゃんも、まだおむつだけど、頑張ったらパンツのお姉ちゃんになれるよ。ちゃんとおしっこ教えられるようになったらパ
ンツだから、頑張ろうね」
美也子に手を引かれ、まわりの誰とも目を合わさないよう顔を伏せてのろのろ歩き出した晶と歩速を合わせ、ぴったり寄
り添うようにして足を運びながら美優が言った。自分の母親にすがりついて離れないなかった晶に対してお姉ちゃんぶって
みせることができるのが、幼いなりに少しばかり意地悪な悦びに感じられてならないのだろう。それに加えて、まだ完全に
はおむつ離れできていないせいで同年代の友達から妹分扱いされていた鬱憤を晴らすことができるのも嬉しくてならない
のかもしれない。
「駄目よ、美優。そんな言い方をしたら晶お姉ちゃんに失礼でしょ?」
晶の足元にまとわりついて離れようとしない美優の様子をみかねた母親が慌てて追いかけ、手を引いて連れ戻そうとする。
けれど、美優もなかなか我の強い子のようだ。
「晶ちゃんはお姉ちゃんなんかじゃないもん。晶ちゃんのお姉ちゃんはお姉ちゃんだけど、晶ちゃんはおむつの赤ちゃんだ
もん」
と言って母親の手を振り払い、晶の顔を見上げ、
「おむつ取り替えてもらう時、晶ちゃんがむずがらないよう、美優があやしてあげる。美優お姉ちゃんがお手々を握っていて
あげるから、おむつを取り替えてもらう間、おとなしくしてるんだよ、晶ちゃん」
と言って、にっこり微笑んだ。
「やめなさいったら、美優。晶ちゃんは小学生、赤ちゃんなんかじゃないんだから。ごめんなさいね、娘が失礼なことばか
り言って。まだ分別がつかないものだから許してちょうだい」
母親はもういちど美優をたしなめて、晶にともなく美也子にともなく、困ったような顔をして言った。
「いいんですってば、お母さん。さっきも言ったけど、晶ちゃん、本当に甘えん坊さんの赤ちゃんなんだから」
美也子は晶に連れ添ってゆっくり歩みを進めながら、まるで意に介するふうもんなく応えた。むしろ本当のところは、意
に介しないどころか、もっと美優を焚き付けてますます晶を恥ずかしがらせたくてたまらないくらいだ。
「でも……」
「ありがとう、美優ちゃん。おむつを取り替える間、晶ちゃんがおとなしくしているよう、あやしてくれるのね。本当、美優ちゃ
んは優しいお姉ちゃんだわ。でも、おむつを取り替えてもらうところを初めて会ったお姉ちゃんに見られると、晶ちゃん、と
っても恥ずかしがると思うんだ。それで、恥ずかしくて、余計に暴れちゃうかもしれないんだ。だから、美優ちゃん、トイレに
誰も入ってこないように見張っててくれないかな? たしか、トイレに入ってすぐの所に赤ちゃんのおむつを取り替える台が
あったよね? その台に晶ちゃんをねんねさせておむつを取り替えてあげるつもりだから、よその人が入ってきて晶ちゃん
が恥ずかしがって暴れないよう、入り口のすぐ外で見張っててくれないかな?」
困惑した表情で尚も言い募ろうとする母親の言葉をやんわり遮って、美也子は美優に言った。
もっとも、おむつを取り替える場に美優を立ち会わせないようにしたのは、なにも晶が恥ずかしがるのを気遣ってのことで
はない。美也子にしてみれば、美優の目の前でおむつを取り替えられる晶がどんな羞恥の表情を浮かべるのか見てみた
いというのが本音だ。ただ、おむつの中から予想もしていない醜怪な肉棒が現れたりしたら、まだ幼い美優がどんなに驚き
怯えるか知れたものではない。へたをすれば、一生の心的外傷になってしまうかもしれないのだ。それだけは、どうしても避
けなければならない。美也子が美優におむつ交換の場に立ち会わせず、その代わりに見張りを依頼したのは、そういう理由
からだった。
ただし、実のところ、理由はそれだけではない。
母親がいくら連れ戻そうとしても言うことをきかない美優の様子を見ていると、たとえ美也子が断っても絶対にトイレまで
ついてくるのを諦めることはないだろう。そうすれば、我が子がまた余計なお節介を焼かないかと心配した母親も一緒に
ついてくるのは目に見えている。そうなって母親の目の前でおむつを取り替えることになったとしたら、ペニスがあることは
なんとかごまかすにしても、普通のおしっこの匂いとはまるで違う匂いに気がついた母親が訝るのは必定だ。ショーツに
比べると通気性が良くなくて蒸れやすい紙おむつの中は今、恥ずかしい言葉を口にしながら絶頂に達してしまった晶の精
液でべっとりになっている。そんな状態で紙おむつを脱がせたりしたら、精液特有の青臭い匂いがたちまち漂い出すに違
いない。それでも、その場にいるのが幼い美優だけなら、なんとでも言いくるめることも難しくはない。これまで精液の匂い
を嗅いだことなどある筈がない幼い美優なら、なんとでも言ってごまかせる。けれど、相手が母親になると、どんな言い逃
れも通用しない。夜毎の性行為に慣れた若い母親が精液の匂いに気づかないわけがないのだ。だから、トイレの中では
なく入り口の外で見張っていてくれるよう美優に頼んだのだった。そうすれば母親も美優と一緒にトイレの外で待つことに
なり、美也子が晶のおむつを取り替えている間、匂いに気づかれないだろうと目論んでのことだった。。
しかし、ここで疑問に思われた方もいることと思う(パソや携帯のモニターを覗き込んでいるあなた、そう、あなたのことで
すよ)。おむつを取り替えるにしても、個室に入って内側から鍵をかければ、誰にも晶の秘密を知られる心配はないんじゃ
ないのか。それに、ドア越しなら、おむつを脱がせても精液の匂いが個室から外へ漂い出す心配はないんじゃないだろう
か。だったら、いくら美優がトイレまでついてきても、トイレの外ではなく、個室のドアのすぐ前で待たせていてもいいんじゃ
ないだろうか。そんな疑問が湧き起こるのも、ごく自然なこと。
もちろん、それは、当の晶も感じた疑問だった。
「……ど、どうして、赤ちゃんのおむつを取り替える台なんかで……」
視線を落とし、強引に手を引かれ、トイレに向かってのろのろと歩きながら、晶はおそるおそるという様子で美也子に言っ
た。本当なら大声で叫び出したいところだが、それはできない。
「だって、街の中にある児童公園のトイレなんて、あまり綺麗な所じゃないのよ。朝の内に清掃係の人がお掃除をしてくれ
ているけど、午後になると、それまでたくさんの子供たちが使うから、思うよりも汚れちゃうものなの。個室の床もトイレット
ペーパーの切れ端が散乱してたりね。そんな所で可愛い晶ちゃんのおむつを取り替えるなんて可哀想じゃない? だから、
赤ちゃんのおむつを取り替える台を使うのよ。おむつを取り替える台は、赤ちゃんの敏感な肌のことを考えてお母さんたち
が気をつけて使うから、うんと清潔なのよ。それに、近くに殺菌スプレーの容器を置いた棚もあるし。だから、おむつを取り
替える台を使うことにしたの。わかったわね?」
美也子は、いかにも晶のことを気遣ってというふうを装って説明した。
けれど、そんな説明、たんなる口実に過ぎない。
本当は、晶をこれまでに倍する恥ずかしい状況に追い込んで楽しむこと、ただそれだけが目的だった。生まれ月で考
えれば自分よりも一年近く年上の高校生の男の子に小学生の女の子みたいな格好をさせ、しかも、スカートの下には女
児用のショーツでさえなく学童用サイズの紙おむつを着用させた上に、精液で汚れた紙おむつを児童公園のトイレで取
り替えるというひどく倒錯的でひどく加虐的な行為に、美也子は人知れず妖しい悦びで胸を満たしていた。
「それじゃ、ここで誰も入ってこないように見張っててね。誰かが入ってきたら晶ちゃん恥ずかしくて大声で泣いちゃうかも
しれないから、ちゃんと見張っててね」
公園の一角にあるトイレの入り口の手前で立ち止まった美也子は、すっと膝を折り、美優と目の高さを合わせて言った。
「うん。晶ちゃんが恥ずかしくないように、ちゃんと見張っててあげる。美優、お姉ちゃんだもん。お友達がトイレに来ても、
晶ちゃんがおむつを取り替えてもらうまで待っててねって言ってあげる」
美優は美也子の顔を正面から見てはきはき応え、美也子のすぐ横に立ちすくんでいる晶の顔を見上げてにっこり微笑
みかけた。
「お姉ちゃんがお手々を握ってあげたらいいんだけど、お姉ちゃん、見張りをしてなきゃいけないの。晶ちゃんが恥ずかしく
ないように見張っててあげる。でも、寂しいからって泣いちゃ駄目だよ。おむつを取り替えてもらったら遊んでいげるから。
あ、そうだ。砂山のつくり方、教えてあげる。シャベルも貸してあげるから、ちゃんとおむつを取り替えてもらってね」
姿勢こそ美優が晶を見上げているものの、態度は、完全に美優が晶を見くだしていた。いつまでもおむつの外れない可
哀想な妹に接する優しい姉そのままだ。そういえば、晶がいつまでも母親の胸元から離れないのを睨みつけていた時の
少し怖いくらいの目つきも、今はすっかり柔和になっている。あの時はどこの誰とも知れないよその子に自分の母親が取
られてしまうのではという不安を覚え、晶に対して敵愾心を燃やしたのが、今は、なりこそ大きいものの公園でおむつを汚
してしまう晶を完全に自分よりも下の存在として見くだし、気持ちに余裕めいたものができているに違いない。だからこその、
無力な妹に対するしっかり者の姉ぶった仕種と、あやし言い聞かせるような優しい声なのだろう。
「じゃ、私も美優と一緒にここで待っているわ。トイレには誰も入れさせないから、あせらずに晶ちゃんのおむつを取り替え
てあげて」
美優と話すために膝を折っていた美也子が立ち上がるのを待って母親が言った。
「じゃ、お願いします」
美也子は軽く会釈をし、改めて晶の手を引いて、入り口に付いているスィングタイプの戸を押し開けた。
同時に、母親が美優の背中をそっと押して、入り口から砂場の方へ2メートルほど離れた場所に移動する。
「……どうしても、ここで、お、おむつを取り替えなきゃいけないの?」
自分で口にした『おむつを取り替えなきゃ』という言葉に頬を赤く染めて、晶は、すがるような目で美也子に言った。高校
生にもなっておむつをあてられているというそれだけで顔から火の出る思いなのに、そのおむつをべとべとに汚してしまい、
おむつを『外す』のではなく『取り替え』られるのだと思うと、あまりの羞恥に胸が張り裂けそうだ。
「あれ? ひょっとして晶ちゃん、汚れたおむつのままがいいの? 新しいふかふかのおむつより、(白い)おしっこで汚れた
おむつのままいたいのかな?」
美也子はわざと驚いたように少し大きな声で聞き返した。
仲良さそうに何やら語り合っていた美優と母親が、なにごとかと二人の方に振り向く。
「そ、そんなじゃないよ……そんなじゃないけど、でも……」
美優と母親の視線を痛いほど感じながら、晶はおどおどした様子で視線を落とした。サンダルを履いた自分の足元と、春
の穏やかな風にそよ揺れるスカートが目に映り、そのまま少し視線を手前に寄せると、淡いレモン色のジュニアブラの遠慮
がちなカップのために生地が僅かに持ち上がったサンドレスの胸元が見えた。あるかないかの胸の谷間が初々しくも妙に
なまめかしい。それが自分の胸だと思うと、更にも増した羞恥と同時に、妙な胸のざわめきと切なさを覚える。
「それじゃ、取り替えましょう。早くしないと美優ちゃんが待っているから。それに、おむつの中は時間が経つにつれて蒸れて
匂いもひどくなるんじゃないかな。今はまだおむつの中にこもっている匂いだけど、そのうち、外からもわかるようになるでし
ょうね。ショッピングセンターへ行く途中のバスの中で匂い出して困るのは晶ちゃんじゃないかしら?」
美也子は声をひそめることなく言った。言葉の端々に『匂い』という単語が出てくるものの、美優も母親も、まそかそれが精
液の匂いを意味しているとは思わないから、聞こえたとしても差し障りはない。けれど、当の晶にしてみれば、それこそ屈辱
の業火で身を焼かれる思いだった。
美也子は、もうそれ以上は何も言えなくなった晶の手首をつかんでトイレに入り、入り口の戸を閉めた。
「さ、あそこにねんねするのよ」
手洗い場の奥に、小振りのベビーベッドくらいの台が据え付けてある。美也子はその台を指差して静かな口調で言った。
静かだけれど、有無を言わさぬ口調。
晶は思わず後ずさりをしてしまう。
それを押しとどめて、美也子が晶の背中を押した。
「ほら、さっさとしないと美優お姉ちゃんが待ちくたびれちゃうでしょ? そうしたら怒っちゃって、明日から遊んでくれなくな
るかもよ? そうなったら晶ちゃんも寂しいでしょう?」
「明日からって……おままごと、今日だけなんでしょう? あ、あたしがこんな格好するの、今日だけだよね?」
簡易ベビーベッドに向かって強引に歩かされながら、晶は声をひそめ、確認するように訊いた。本当は大声で喚きたい
ところだが、美優母娘に聞かれる恐れがあるから、いやでも裏声で女の子の喋り方を真似た話し方になってしまうのが自
分でも悔しい。
「ううん、今日だけっていう約束なんかしてないよ。知らなかった? 春休みの間に体育館を補修してるから、二月のプレ地
域リーグで優勝した御褒美も兼ねて、春休みの後半は部活の練習はお休みになってるのよ。だから、始業式まで、晶ちゃ
んとずっと一緒にいられるんだよ。晶ちゃんも毎日お姉ちゃんと一緒にいられて嬉しいでしょう? だから、たっぷりお洒落
をさせてあげる。春休みの間、いつもいつも可愛いお洋服をお姉ちゃんが着せてあ・げ・る」
簡易ベビーベッドのすぐ前まで晶の体を押しやった美也子は、肩越しに晶の顔を覗き込み、くすりと笑って、人差指の先
で晶の頬をつついた。
「そんな! ……そんなのって……」
思わず地声叫び出しそうになった晶だが、慌てて口を自分の両手で押さえ、よく注意していないと聞こえないような小さな
声で何か言おうとする。
「晶ちゃんは聞き分けのいい素直な妹になるって約束してくれたんじゃなかったっけ? その証拠はちゃんとビデオカメラに
残ってるんだけどな。なんなら、今からお家に戻ってビデオカメラを取ってきて美優ちゃんや香奈ちゃんたちに見てもらおう
か? それとも、そんな手間をかけないで、美優ちゃんのお母さんに晶ちゃんのおむつを取り替えてもらってもいいわね。
晶ちゃんのおちんちんに気がついたら、美優ちゃんのお母さん、なんて言うかしら。びっくりしちゃってご近所に言ってまわ
るかもしれないわね。今日は公園に誰も顔見知りはいないけど、噂が広まったら、サンドレスを着てショーツの代わりに紙
おむつをあてた男の子の正体が誰なのか、すぐにわかっちゃうでしょうね。お姉ちゃんは別にそれでもいいけど、晶ちゃんは
どう? でも、それもいいかもね。いっそ正体がばれちゃったら、これからずっと遠慮しないで可愛い女の子の格好ができる
んだもの、それでもいいよね?」
晶の力ない抗弁などまるで聞こえぬかのように澄ました顔で、美也子は晶の耳元に囁きかけた。
「待って、それは……」
晶は両手で口を押さえたまま、すがるような目で美也子の顔を見た。
「それじゃ、明日からも聞き分けのいい素直で可愛い妹でいてくれるのね? 明日からもおままごとで、動く着せ替え人形
でいてくれるのね?」
美也子は、頬をつついていた人差指をつっとおろし、鈎型に曲げると、晶の顎先をくいっと持ち上げるようにして念を押し
た。
「……」
晶には、力なく頷く以外の選択肢は残っていなかった。
「それでいいのよ。お姉ちゃんのお部屋で約束した通り、やっぱり晶ちゃんは素直ないい子だわ。こんなに華奢でこんなに
可愛らしくてこんなにおむつの似合う妹ができて、お姉ちゃん、とっても嬉しいのよ」
美也子は、晶の右腕を肩口から手首までそっと手の甲で撫で、ジュニアブラのカップのせいで僅かに膨らんだ薄い胸に
掌を這わせ、最後に、丈の短いサンドレスの裾をすっとたくし上げて目を細めた。
「は、恥ずかしいよ。ス、スカート、元に戻してよ、お姉ちゃん……」
それまで自分の口を押さえていた両手でスカートの裾を押さえながら、晶は弱々しい声で訴えかけた。
「そう。スカートを元に戻して欲しいの。うふふ、晶ちゃんはすっかり女の子ね。スカートを元に戻して欲しいだなんて――ス
カートを脱ぎたくないだなんて、スカートがすっかりお気に入りになっちゃったのね。いいわよ。もっと可愛いスカートをいっ
ぱい穿かせてあげる。小さな女の子が喜びそうな可愛らしいスカートを穿かせてあげる。今日だけじゃなく、明日からもずっ
とずっと、女の子らしいお洒落をさせてあげる」
晶がいかにも恥ずかしそうにスカートを押さえる様子を満足げな表情で眺めながら、美也子はねっとり絡みつくような甘っ
たるい声で言った。
「……そんな……んじゃ……ないってば……」
晶は蚊の泣くような声で口ごもった。
けれど、一瞬とはいえその顔にどこか甘えてでもいるような表情が浮かんだのを美也子の大きな目は見逃さなかった。
「いつまでも美優お姉ちゃんを待たせちゃいけないわね。さ、その台の上にねんねしてちょうだい」
美也子は、スカートの上から晶のお尻をぽんと叩いた。
けれど、晶は簡易ベッドのすぐ前で体を固くしたままだ。もうどこにも逃げ場などないことはかわっているのだが、おむ
つを取り替えてもらうために簡易ベッドに身を横たえるなんて、おいそれとできることではない。
「どうしたの? 早くしなきゃ駄目じゃない」
美也子は僅かに首をかしげて晶を促した。
「で、でも……」
それが無駄だということは痛いほどわかりつつ、それでも晶は助けを求めるように美也子の顔を見上げた。
「そう、自分じゃ一人で台にねんねすることもできないの。本当に困った赤ちゃんだったのね、晶ちゃんは。でも、それなら
それでいいわ。お姉ちゃんが抱っこしてねんねさせてあげる。おむつの外れない赤ちゃんの晶ちゃんだもの、それも仕方
ないわよね。それに、自分だけじゃ何もできなくてそんなふうにお姉ちゃんに甘えてくれる妹の方が可愛いし」
一瞬だけわざと呆れたような表情を浮かべた美也子だが、すぐにくすっと笑うと、晶の体を横抱きに抱き上げた。部屋の
中でそうしたのと同じ、お姫様抱っこだ。
「あ……」
突然ふわっと体が浮くのを感じた晶は、コンクリートの硬い床に落ちまいとして、咄嗟に美也子の首筋にしがみついた。
「そうよ、そのままじっとしているのよ。すぐに、お姉ちゃまがベビーベッドにねんねさせてあげるから」
美也子は、すぐそばにある晶の顔を見おろし、さっきまでは単に『台』と呼んでいたのを今度は『ベビーベッド』と言い換え
て、それこそ幼児をあやすような口調で言った。
晶の体のすぐ下にあるのは、実際のベビーベッドとは比べ物にならないほど簡素なつくりの簡易ベッドだ。可愛らしい装
飾もなく、背の高いサイドレールもない、ただ小さい子供が寝返りをうった時に誤って落ちないよう申し訳程度の背の低い
固定式のサイドレールがあるだけの質素な簡易ベッドだ。けれど、おむつを取り替えてもらうために幼児が横たわるのだか
ら、それを『ベビーベッド』と呼んでも決して不自然ではない。
美也子の言葉に、晶の顔が熱くほてった。同級生とはいえ実質的には一年近く年下の幼なじみの手で実際の年齢より
もずっと幼い女の子の格好をさせられた上で、おしっこで汚したおむつを取り替えてあげると言われて、実際に何人もの
赤ん坊が母親の手でおむつを取り替えてもらっているベビーベッドの上に横たわらされようとしているのだ。しかも、トイレ
の入り口の近くには、自分よりもずっと年下のくせにお姉ちゃんぶる幼女が待っていて、そこから離れたベンチ付近には、
これも、晶のことを妹分扱いする小学生たちが待ち構えているのだから、その羞恥たるや、実際にそんな目に遭った本人
以外には想像してみることもかなわないほどのものに違いない。
「……」
少し堅めの防水マットにお尻が触れた時も背中が触れた時も、そうして、美也子の手が体から離れて、完全にベビー
ベッドの上に横たわらされた時も、晶は無言だった。何か言いたそうにしながら、それでもぎゅっと口をつぐんだまま何も
言えない。
赤ん坊のおむつを取り替えるための簡易ベッドだから、長さは120センチくらいのものだ。そこに身長160センチの晶が
横になるのだから、どうしても膝から下がはみ出してしまい、そのはみ出した部分をサイドレールに載せる格好になるため、
いやでも両脚を幾らか上げた姿勢になってしまう。そのせいで、美也子の手が触れる前に、僅かだがスカートの裾がお腹
の方へ滑り落ちて、それまでかろうじて隠れていたハート模様の紙おむつが覗いてしまう。丸見えではないが、スカートの
裾から僅かに紙おむつを覗かせ、小振りのベビーベッドに横たわって両足を上げぎみにした晶の姿は、どことはなしにエ
ロチックだ。本人が意識してそうしているわけでは決してないが、恥ずかしさで頬と目の縁をほんのりピンクに染め、幾らか
潤んだ瞳で天井を見上げ、微かに開いた唇から羞じらいの吐息を漏らす晶の姿は、男の子でもなく女の子でもなく、成熟
した女性でもなく思春期の少女でもなく童女でもなく、ましてや高校生の男子などでは決してない、性別や年齢といったも
のが混沌と混ざり合ったような、あるいは性別や年齢といったものを全て忘れ去ってしまったかのような、見る者の加虐的
な欲望に淫らな炎をともらせる妖しい存在だった。
「さ、始めるわよ」
妖しい悦びにこちらも頬をほてらせ、美也子は晶のスカートの裾に手をかけると、そのまま静かにお腹の上まで捲り上
げた。今度こそ、ピンクの紙おむつが丸見えになる。
羞恥のあまり、晶は両手で自分の顔を覆った。
その直後、ギギギという微かな軋み音が聞こえて、入り口の戸が開く気配があった。
それは流石に美也子にも予想外のことだったらしく、慌てて晶のスカートから手を離すと、はっとした表情で入り口の方
に振り向いた。簡易ベッドに横たわる晶は、両手で顔を覆ったまま身をすくめる。
が、入り口の戸を開けてトイレに入って来た人物の顔を見た途端、美也子の緊張が見る間に解けてゆく。
スィングタイプの戸が勝手に閉まらないよう手で押さえて遠慮がちに入って来たのは美優の母親だった。
「ごめんなさい、びっくりさせちゃったかな?」
ベッドの上で体を固くする晶の様子を目にした母親は、片手で戸を押さえたまま申し訳なさそうな顔で美也子に言った。
「あ、いいえ。それより、何かご用ですか?」
美也子は、緊張の解けた顔に今度は微かに訝るような表情を浮かべて言った。
「うん。ちょっと差し出がましいかなとは思ったんだけど、よかったらこれを使ってもらおうと思って。ううん、そっちで持って
きているのならいいのよ。ただ、もしも用意してきてなかったらと思って。はい、これ」
母親は躊躇いがちにそう言い、手に提げたトートバッグから何やら小振りの丸い容器を取り出して美也子に手渡した。
「あ、これって……」
受け取った丸い容器に視線を走らせた美也子は、ようやく母親が何をしにトイレへ入ってきたのか納得した。
「そう、ベビーパウダーよ。外で美優のおむつを取り替える時にと思って小さめのを持ち歩いているんだけど、ここ数日は
美優もおむつを汚さないし、もしも持ってきてないなら、使ってもらおうと思って。まだ半分くらい残っているから、邪魔にな
らないようだったら譲りたいんだけどな。ちゃんとしてあげないと、晶ちゃん、おむつかぶれになっちゃうかもしれないでしょ
う? ま、もう小学生だから小っちゃな子と比べると肌も丈夫でしょうけど、でも、ずっとおむつだと心配だものね。可愛いお
尻が赤く腫れあがっちゃったら痛いだろうし、体育の授業で着替える時なんかにクラスメートに真っ赤なお尻を見られたり
したら晶ちゃん恥ずかしいでしょうし。お近づきになったしるしに貰ってくれると嬉しいんだけどな」
母親は、両手で顔を覆ってベッドに横たわる晶の下腹部を包み込むピンクの紙おむつにいたわるような視線を向けた後、
穏やかな笑顔で美也子に言った。自分が何度も繰り返し口にした『おむつ』や『おむつかぶれ』という言葉が晶の羞恥を激
しく掻きたてていることに気づいてなどいない、まるで邪気のない笑顔だ。ひょっとしたら、もう母親までもが、美優や他の
子供たちと同様に晶のことを美優よりも小さな幼女とみなすようになりかけているのかもしれない。
「ありがとうございます」
美也子はぺこりと頭を下げると、晶が肩に掛けている小物入れの鞄からポケットティッシュに似た包みを取り出し、母親
の方に差し出して言った。
「お尻拭きはこうやって携帯式のを持ち歩いているんですけど、ベビーパウダーまでは頭がまわりませんでした。喜んで
使わせてもらいます」
「役に立ってよかった。さっき美優に訊いてみたんだけど、晶ちゃんに使ってもらえるんだったら喜んでプレゼントするって
言ってたの。自分が使っていたベビーパウダーで晶ちゃんがおむつかぶれにならなくてすむんだったら嬉しいって」
少し差し出がましいかもと思いながら手渡したベビーパウダーを美也子が快く受け取ったことで母親はぱっと顔を輝かせ、
いかにも嬉しそうに目を細めて言った。
「美優、もうすぐおむつ離れできそうだから、もしも何か要りそうな物があったら遠慮なく言ってちょうだいね。お尻拭きにし
てもベビーパウダーにしても、家庭用の大きな容器に入ったのがまだ残っているから、いつでも譲るわよ」
「本当ですか? だったら、すごく助かります。晶ちゃん、本当の赤ちゃんなんかと比べると体が大きいから、お尻拭きなん
て一度に何枚も使っちゃうんです。ベビーパウダーだって一度にたくさん要るだろうし。じゃ、遠慮なくお願いします。美優ち
ゃんが使わなくなったら譲ってください。お休みの日はなるべくこの公園へ晶ちゃんを連れて来るようにしますから、美優ち
ゃんがちゃんとおむつ離れしたら持って来てもらえます? って、えへへ、厚かましいかな」
人なつっこい笑顔で美也子は応えた。
もしも誰かが二人のこんなやり取りを聞いていたとしたら、まさか、女子高校生と若い母親との会話とは思わないだろう。
なんの予備知識もなく聞いたとすれば、もうすぐおむつの外れる幼児と、それよりも幾らか生まれ月が遅くてまだなかなか
おむつ離れできそうにない幼児とを持つ母親どうしのやり取りだと思い込むに違いない。それほどまでに、晶を寝かせた簡
易ベッドのすぐ前に立ってベビーパウダーの容器を手にした美也子は、世話好きの母親や優しい姉を見事に演じきってい
た。そう、『おままごと』での役割に、それ以上はないほど没頭しているのだった。そうして、一方の晶もまた、美也子とはま
るで別の意味で『おままごと』の主役だった。自ら進んでその役をかって出たのではない、もう一人の主役である美也子に
よって強要された屈辱の主役。それも、今日だけで役をおりることのできるようなおままごとではない。美也子の言う通りな
ら、春休みの間中ずっと続くおままごとだ。いや、それどころか、美也子が美優の母親に依頼していた言葉が本気なら、美
優が使わなくなったお尻拭きやベビーパウダーを受け取るまでは、休みの日ごとにこの羞恥と屈辱に満ちたおままごとは
続けられることになりかねない。
「いいわ、持ってきてあげる。うまくいけば、幼稚園に通い初めて最初の日曜日くらいには持ってこられるかもしれないわ
ね」
母親は軽く頷いて応えると、簡易ベッドに横たわる晶に
「ごめんね、急に入ってきて。びっくりさせちゃったよね? でも、もう叔母さんは出ていくから、あとはお姉ちゃんにおむつ
を取り替えてもらってちょうだい。その間、おとなしくできるかな? 晶ちゃん、お利口さんだもん、ちゃんとできるよね?」
と、まるで年端もゆかぬ幼児をあやすように言って出て行った。
「よかったわね、晶ちゃん。おむつかぶれにならないよう、ベビーパウダーを貰えて。それも、優しい美優お姉ちゃんのお下
がりのベビーパウダーだよ。それに、お尻拭きも美優お姉ちゃんのお下がりのをプレゼントしてくれるんだって。よかったね、
これで幾らおもらししても、そのたびに美優お姉ちゃんのお下がりのお尻拭きとベビーパウダーでちゃんとしてあげられる
よ」
美也子は『美優お姉ちゃんのお下がり』というところを何度も強調して繰り返し言った。
両手で覆った晶の顔にますます朱が差す。
美也子のお下がりのジュニアブラで薄い胸を締めつけられ、美也子のお下がりの丈の短いサンドレスを着せられ、美也
子のお下がりの女児用のソックスを履かれさた晶。お下がりでない物といえば、歩きにくい踵の高いサンダルと、サンドレス
の下に着けているハート模様で淡いピンク色の紙おむつだけだった。しかもその紙おむつを白いおしっこでべとべとに汚し
てしまい、バス停へ向かう歩道脇にある児童公園の一角に設置されたトイレの中、赤ん坊のおむつを取り替えるための簡
易ベビーベッドの上で取り替えられようとしているのに加えて、おむつを取り替えられるたびに、今度は、自分よりもずっと
年下で数日後から幼稚園に通い始める幼女のお下がりのお尻拭きやベビーパウダーのお世話になることを強要されるの
だ。男子高校生である晶にとって、これほど羞ずかしい『おままごと』が他にあるだろうか。
「じゃ、おむつを取り替えようね。美優ちゃんのお母さんも言ってよね、ちゃんとおとなしくしてるのよって。すぐに澄むから、
その間、いい子にしていてね」
美也子はベビーパウダーの容器を簡易ベッドの隅に置いて、スカートをお腹の上まで捲り上げたためにすっかり丸見え
になってしまっている紙おむつのウエストギャザーに手をかけた。
「や、やだ……」
美也子の手が腰に触れた瞬間、晶は両手で顔を覆ったまま弱々しく首を振り、両脚の内腿を摺り合わせた。それは、お
むつの交換をいやがる幼児の姿そのままだった。
「駄目よ、駄々をこねちゃ。ちゃんと言うことをきかないと、本当に晶ちゃんは赤ちゃんなんだからって美優お姉ちゃんに笑
われちゃうわよ」
美也子はウエストギャザーに指をかけたまま、わざとのように優しい口調で言い聞かせた。
「だ、だって……」
鍵をかけた家の中ではなく、美優母娘が見張りに立っているとはいえ公共の場に設置してあるトイレだ。いつ誰が入って
くるか知れたものではない。たとえ通行人が入ってこなくても、いつなんどき、また用事を思い出して美優の母親が入って
こないとも限らない。そんな所でおむつを取り替えられるなんて。
晶は膝を立てぎみにして尚も左右の内腿をもじもじと摺り合わせた。そんなふうにすると美也子としても簡単に紙おむつ
を脱がせることができないだろうと咄嗟に思いついての行為だ。
けれど、育児経験も老人介護の経験もない晶が知らないのは仕方ないが、パンツタイプの紙おむつは、普通のショーツ
などと違って、わざわざ股ぐりを脚に添って引きおろさなくても簡単に脱がせられるような仕組みになっている。紙おむつの
左右、腰骨が当たりあたりの位置にあるウエストギャザーから腿のギャザーにかけてのサイドステッチを強めに引っ張ると
わりと簡単に破けるようになっていて、それまでパンツの形をしていた紙おむつが、あっと言う間に一枚の厚ぼったい紙きれ
に変わってしまうのだ。こうすると、おしっこを吸った紙おむつをちょっと強引に手前へ引き寄せれば、すぐに下半身は丸裸
だ。
「さ、脱ぎ脱ぎできた。あらあら、おむつ、とってもくちゃいくちゃいね。晶ちゃん、こんなふうにおむつを汚しちゃったのよ。ほ
ら、内側がべとべと。お尻、気持ち悪かったでしょう?」
美也子はわざと幼児言葉で言い、下腹部から剥ぎ取った紙おむつを晶の顔のすぐ横に置いた。
おしっこも時間が経つとアンモニア臭がぷんと匂いたつけれど、出たばかりならあまり匂わない。しかし、おむつの内側を
べっとり汚したのは、普通のおしっこではなく、美也子が『白いおしっこ』と呼んでやまない精液だ。その特有の青臭い匂い
が、おむつの中で蒸れて、またたく間に辺りに漂い出る。しかも、さらさらのおしっことは違って粘りけのある精液は紙おむつ
の高分子吸収材には吸い取れないから、臭いが漂い出るのを防ぐ術はない。
「あらあら、おちんちんに白いおしっこがまだ残ってる。ちゃんと出しちゃわなかったのね、晶ちゃん」
青臭い匂いのする紙おむつを晶の顔のそばに置いた美也子は、晶の左右の足首をまとめて左手でつかみ、そのまま高
々と差し上げた。それこそ、赤ん坊がおむつを取り替えられる時の姿勢そのままだ。と、惨めにも紙おむつの中で暴発して
力なく萎え両脚の付け根の間でお尻の方に向かってだらりと垂れ下がったペニスの先から、とろりと精液の残りが溢れ出し、
内腿の皮膚を伝って菊座の方へ流れ落ちた。ペニスを強引に後ろへ折り曲げられていたのと紙おむつに抑えつけられて
いたのとで、精液が完全には迸り出ることができず、まだ残っていたのが、戒めを解かれてようやく溢れ出たのだ。
「でも、そんなところが本当に赤ちゃんみたいで可愛いわよ。本当の赤ちゃんも、おむつを外してもらった途端に気持ちよく
なって、おむつを取り替えてもらっている間にまたおしっこをしちゃうことがあるんだって。それで、赤ちゃんが元気な男の子
だったら、おちんちんから出たおしっこが勢いあまってお母さんの顔にかかっちゃうこともあるんだって。家庭科の先生、お
かしそうに笑いながら教えてくれたよ。でも、晶ちゃんは女の子だもん、お姉ちゃんの顔におしっこをかけたりしないよね?
白いおしっこがお尻の方に流れてく女のだもん、そんなお転婆なことしないよね? ――それにしても、晶ちゃん、今、どんな
気持ち? 自分の精液で自分のお尻を汚しちゃうのってどんな気持ちかな?」
足首を高々と持ち上げたために丸見えになった晶の股間からお尻にかけてのあたりをしげしげと眺めながら、美也子は少
し意地悪な口調で言った。
それに対して、晶は何も応えられない。
いっそ美也子が晶のことをずっと幼児扱いして、精液のことを『白いおしっこ』と呼び続けてくれていれば幾らかは救われた
かもしれない。なのに、本当の年齢と性別を改めて思い起こさせる『精液』という言葉を口にするものだから、晶にしてみれば
却って羞恥が煽られる。晶ちゃんは本当は立派なおちんちんを持っている高校生の男の子なのに、小っちゃな女の子みたい
に紙おむつの後ろの方をおしっこで汚しちゃったのよ。ううん、紙おむつを汚しちゃっただけじゃすまなくて、まだ出しきってなか
ったおしっこでお尻を汚しちゃってる最中なのよ。それも、さらさらのおしっこじゃなくて、年ごろの男の子だっていうシルシの白
くてねっとりしたいやらしい精液で自分のお尻を汚しちゃってるのよ。そんなふうに言われているみたいで、ますます惨めにな
ってくる。
「さ、今度こそ、ちゃんと出ちゃったかな。出ちゃったら綺麗綺麗しようね」
美也子はしばらくの間、晶の足首を高々と差し上げたままにしておいて、もうペニスの先から精液が溢れ出ないのを確
認してから、お尻拭きのパッケージを右手で引き開けた。
「あ……」
春の日差しで温められたお尻拭きだけれど、下腹部の肌に触れると、アルコール系の消毒薬のせいでひんやりする。
ねっとりした精液のいやらしくべとついた感触がさっぱり拭き清められる感覚に、思わず晶の口から喘ぎ声が漏れ出た。
「気持ちいいでしょう? 白いおしっこを綺麗綺麗してもらって気持ちいいよね、晶ちゃん?」
お尻拭きを持った右手をわざとゆっくり晶の下腹部に這わせて、あやすように美也子は言った。
やがて、その手が晶の菊座に近づく。
「や、やだ……そこは駄目……」
晶の口をついて出た喘ぎ声が呻き声に変わった。
「ん? なにが駄目なの?」
美也子は人差指の先にお尻拭きを巻き付け、それで晶のお尻の穴の周囲を執拗に拭いながら、わざと不思議そうな口
調で訊いた。
「……だ、だって……は、恥ずかしいから……」
晶は、自分の顔を覆っている両手を小刻みに震わせて喘いだ。
足首を高々と差し上げられお尻を責められながらも身を固くするばかりで逃げ出すこともできず、両手で顔を覆う羞じら
いの仕種をみせるだけの晶の姿は、そのまま、少しレズっ気とサドっ気のある年上の少女に悪戯されてどうすればいいの
かわからずただおろおろするばかりのくせにどこか切なそうな喘ぎ声をあげる幼女のようだ。
「あらあら、生意気なこと言っちゃって。恥ずかしいだなんて言うのは、もっとお姉ちゃんになってからよ。公園のベンチに
座って小学生のお姉ちゃんやお兄ちゃんのいる前でおむつを汚しちゃうような小っちゃな子は、どんなことがあっても恥ず
かしがったりしないんじゃないかな。だいいち、自分のお尻を自分の精液で汚しておいて、何が今さら恥ずかしいのかしら。
ほら、もう少しで晶ちゃんのおちんちんから出た精液が晶ちゃんのお尻の穴に入っちゃうところだったのよ。それでもよかっ
たの? ま、高校生の男の子のくせに女の子用のショーツやピンクの紙おむつを精液でべとべとに汚しちゃうような変態さ
んは、それも嬉しいかもしれないけど」
美也子は、お尻拭きの端を巻き付けた人差指を晶の顔の上にかざして、絡みつくような口調で言った。
晶は顔を両手で覆っているから、かざした美也子の手は見えない。けれど、美也子がどんな仕種をしているのか、おお
よそのことは雰囲気で察することができる。しかも、顔のすぐそばから漂ってくる青臭い匂い。思わず晶は下唇を噛みしめ
た。本来は消毒薬の清潔で冷たい匂いのするお尻拭きが、美也子が指先に端を巻き付けて精液を拭き取ったせいで紙お
むつと同じ匂いを漂よわせているのかと思うとたまらない。しかも、美也子がそれをまるで気にするふうもなく、幼い妹のお
もらしをまるで汚いと感じずに甲斐甲斐しく世話をやくしっかり者の姉そのままに振る舞うのが尚更に晶の羞恥を掻き立て
る。
「じゃ、次はベビーパウダーよ。おむつかぶれにならないよう、美優お姉ちゃんのお下がりのベビーパウダーをぱたぱたし
とこうね」
美也子はお尻拭きをトイレの汚物入れに放り込むと、美優の母親から譲り受けたベビーパウダーの丸い容器の蓋を、こ
れも右手だけで器用に開け、柔らかなパフをつかみ上げて、ベビーパウダーの純白の粉を掬い取った。
途端に、甘い香りがふわっと漂い立つ。決してくどくはない、優しく甘い香りだ。鼻腔をくすぐるだけでなく、体中がふんわ
り包まれるような、どことはなしに懐かしく甘い香り。
その香りのために、精液の青臭い臭いが感じられなくなってきた。それまで力まかせに自分の顔を覆っていた晶の両手か
ら知らず知らずのうちに力が抜けてゆく。指の隙間から僅かに見える晶の目に、どこかうっとりしたような色が浮かんだ。
「いい香りね、ベビーパウダーは。小っちゃな子の柔らかなお肌を守ってくれるベビーパウダーにお似合いの優しい香りだわ。
さ、このいい香りのするベビーパウダーを晶ちゃんのお尻にぱたぱたしてあげようね。そうしたら、晶ちゃんのお尻からも甘い
香りがするのよ」
美也子は晶の足首を高々と差し上げたまま、ベビーパウダーのパフをすっと持ち上げ、おヘソの下と両脚の付け根との真
ん中くらいの位置にぽんぽんと押し当てた。
ベビーパウダーの小さな小さな粉がぱっと飛び散って、窓から射し込む春の穏やかな日差しの中をきらきら煌めきながら
ふわふわ舞い、甘い香りがますます優しく二人の鼻をくすぐる。
「あ、ん……」
晶の口から切なげな喘ぎ声が漏れ出て、それまでだらりと垂れ下がっていたペニスがびくんと動いた。
美也子の部屋で女児用のショーツを穿かされた時の素材の肌触りやウエストと股ぐりの締めつけ具合もそうだったみた
いに、それまで経験したことのないパフの柔らかな感触が、ぐったりと萎えてしまった筈のペニスをさわさわと撫でさすり、
むくむくと鎌首をもたげさせようとしているのだ。
「はしたないわよ、晶ちゃん。幼稚園に通うようになったばかりの美優ちゃんよりも妹の小っちゃな女の子のくせに、こんな
におちんちんを大きくするだなんて、なんてはしたない子なのかしら、晶ちゃんは」
美也子は晶のパフの端でペニスの付け根を持ち上げるようにして、念入りに陰嚢の裏側にまでベビーパウダーをはたき
ながら少しばかり淫靡な笑いを含んだ声で言った。
「でも、仕方ないよね。晶ちゃんは本当は、私より一年近く年上の高校生の男の子。ちょっとだけ私の誕生日がずれていた
ら、私より学年が一つ上の頼りになる先輩だったかもしれない男の子だものね、晶ちゃんは」
美也子は、いとおしさと憐憫と侮蔑とをない交ぜにした、なんとも表現しようのない笑みを浮かべて続けた。
「や、やだ。そんなこと言わないで……そ、そんなこと、外の二人に聞かれでもしたら……」
晶は、それまで顔を覆っていた両手をおそるおそるどけ、自分の足首を高々と差し上げてベビーパウダーのパフを下腹
部の肌に這わせている美也子に向かって、震える声で懇願した。
「そう、晶ちゃんは、自分のこと男の子だって言われるのがいやなの? でも、そうよね。こんなに可愛い顔をしてて、こん
なに細っこい手足をしてて、こんなにサンドレスがお似合いで、こんなにピンクのハート模様の紙オムツがぴったりの子が
男の子なわけないもんね? 公園のベンチで紙おむつを汚しちゃうような子が高校生なわけないもんね? やっとおむつ
が外れそうで幼稚園に通うようになったばかりの女の子からベビーパウダーをお下がりに貰うような子が高校生の男の子
なわけないもんね?」
美也子は、ベビーパウダーでお尻の方まで晶の下腹部をすっかり薄化粧を施しながら、ねっとりした口調で言った。
そうして、再び元気を取り戻して敏感になっているペニスの先にパフを押し付けて続けた。
「だったら、これは何かしら? 小っちゃな女の子のくせに両脚の間で元気にしてるこれは何なんでしょうね? 女の子のく
せにこんなのが付いてるだなんて、晶ちゃんも恥ずかしいよね? それも、こんなに大きいのが付いてるだなんて」
「だ、だから、そんなこと言っちゃやだってば……あ、駄目。そんなとこ触っちゃ駄目……」
簡易ベッドの上で晶は激しく首を振った。
けれど、そんなことで、美也子の責めから逃れるなどできない。
「あらあら、うふふ。いやだいやだって言ってるくせに、晶ちゃんたら、おちんちんをますます大きくしちゃって。このままじ
ゃ新しいおむつを穿かせてあげるのは無理だから小っちゃくしてあげないといけないわね。それに、女の子のくせにおちん
ちんが大きなままじゃ晶ちゃん自身が恥ずかしいでしょうし」
美也子は、ペニスの先に押し当てていたパフを晶の顔の上に差し出した。さっきとは違って顔を両手で覆ってはいない
から、すぐ目の前に突きつけられたパフが晶の瞳にくっきり映る。もう出かかっている恥ずかしい先走りのおつゆでねとっ
と濡れたパフの端が蛍光灯の光にぬめぬめと鈍く光っているのがいやらしい。
そんな物を見せつけられるのが辛くて思わず目をつぶろうとする晶。
が、美也子はそれを許さない。
「目をつぶっちゃ駄目よ、晶ちゃん。自分が汚しちゃったものなんだから、ちゃんと見ておきなさい。このパフ、これまでは
美優お姉ちゃんがベビーパウダーをぱたぱたしてもらってたパフなのよ。もうすぐ幼稚園だって楽しみにしている本当の
小さな女の子がお母さんにベビーパウダーをぱたぱたしてもらっていたパフなのよ。それを、いやらしいおつゆで汚しちゃ
うなんて、本当に困った子なんだから、晶ちゃんは。その罰よ。どんなに恥ずかしくても目をつぶらずにちゃんとご覧なさ
い。もしも目をつぶったりしたら、美優ちゃんとお母さんをここへ呼ぶからね。晶ちゃんがむずかって仕方ないからあやし
てあげてって呼ぶからね。それがいやなら、ほら、ちゃんとお目々を開けるのよ」
美也子は、それこそ、聞き分けのわるい妹を叱責する姉そのままの口調で晶に言い聞かせた。
美優たちを呼ぶわよと脅されると、晶としても美也子の言葉に従うしかない。一度は閉じかけた瞼をおどおどと開いて、
晶は視線をそらしぎみに、パフの端に付いたシミをちらと見上げた。
自分よりもずっと年下の幼女がおむつを取り替えてもらうたびにベビーパウダーをはたいてもらっていたパフ。それを今
は美也子が手にして自分の下腹部をうっすらと白く染め上げているのだと思うと、たまらないほどの屈辱だ。しかも、その
パフに先走りの恥ずかしいシミをつくってしまったのだから、羞恥のほども並大抵ではない。
「恥ずかしい? そりゃ、恥ずかしいよね。ベビーパウダーのパフをいやらしいおつゆで汚しちゃったんだもん、恥ずかしく
てたまんないよね? じゃ、その恥ずかしさの元になってるおちんちんを小さくしようね。お姉ちゃんがちゃんとしてあげるか
ら晶ちゃんは何もしなくていいのよ。ただ、お姉ちゃんがどうやっておちんちんを小さくするか、晶ちゃんはそれをじっと見て
いればいいの。いいわね? ちゃんと見ているのよ。お目々を閉じたりしたらどうなるか、わかってるよね?」
美也子は意味ありげに微笑んでみせてから、右手に持っていたパフをベビーパウダーの容器に戻し、その代わりに、晶
の顔のすぐ横に置いておいた汚れた紙おむつを無造作につかみ上げた。
「お部屋でしてあげた時はショーツ越しだったよね。今度は紙おむつでしてあげる。でも、新しい紙おむつでしてあげると、
交換用のおむつが一枚しか残らなくなっちゃうでしょ? そうすると、次におもらしした時に汚れたおむつのまま歩きまわらな
きゃいけなくなるわね。それは可哀想だから、これを使いましょう。これでおちんちんを優しく撫でてあげるから、晶ちゃんは
白いおしっこを出したくなったら遠慮しないで出しちゃっていいのよ」
美也子は、サイドステッチを破って晶の下腹部から剥ぎ取った紙おむつをこれみよがしに見せつけた。
晶は両目を閉じかけたが、ちゃんと見ておかないと美優たちを呼び入れるわよといった美也子の言葉を思い出すと、弱々
しく首を振ってから、一枚の厚ぼったいぼろ切れみたいになったピンクの紙おむつを見上げた。
「そう、それでいいのよ。お姉ちゃんがおちんちんを可愛がってあげるところ、ちゃんと見ておくのよ。本当はこんな物を使わ
ないでお姉ちゃんの手だけでしてあげてもいいんだけど、そうすると、白いおしっこでベビーベッドを汚しちゃうかもしれないも
のね。赤ちゃんのおむつを取り替えてあげるためのベビーベッドが男の子の白いおしっこで汚れちゃったら、他の赤ちゃんに
迷惑だから、晶ちゃんがどんなにたくさん白いおしっこを出してもいいようにしとかないときましょう。じゃ、始めるわよ」
美也子はそう言って、もう既に内側が精液でべっとり汚れ、汗を吸って湿っぽい紙おむつを晶のペニスにすっぽりかぶせた。
消毒液の滲み込んだお尻拭きで綺麗に拭き清められ、甘い香りのするベビーパウダーで優しく薄化粧を施されてさっぱり
した下腹部に、再び、蒸れてねっとりした感触が戻ってきた。
「いやぁ!」
改めて覚える不快感に、悲鳴じみた呻き声が晶の口をついて出た。
「あら、やっぱり、汚れたおむつは気持ち悪いみたいね。でも、我慢なさい。これは晶ちゃん自身が白いおしっこで汚しち
ゃったおむつなんだから。もういちど白いおしっこで汚して、そのあと綺麗綺麗してあげて、それから、新しい紙おむつを
穿かせてあげる。そうしたらお尻も気持ちよくなるから、それまで我慢するのよ」
美也子はそう言い聞かせて、晶のペニスに覆いかぶせた紙おむつの表面をすっと撫でた。
「ん……」
美也子は決して強く撫でたわけではない。けれど、ベビーパウダーのパフの柔らかな感触に刺激され、もうすっかり敏
感になってしまったペニスが、厚ぼったい紙おむつの不織布越しにでも美也子の指の動きをこれでもかと感じ取り、下腹
部にじんじんするような疼きを与えるものだから、晶が思わず喘ぎ声を漏らしてしまうのも無理からぬことだった。
「ついさっき、悲鳴をあげたのは誰だったかしら? なのに、今は気持ちよさそうなよがり声を出しちゃって。晶ちゃん、見た
目は可愛いのに、本当はいやらしくてとってもはしたない、いけない子だったのね」
美也子は、ペニスの先端あたりを紙おむつ越しにつっと撫でた。
「む……」
晶の顔が歪んだ。同級生の女の子の手で、それもピンクの紙おむつを使ってペニスをいたぶられる屈辱と羞恥。けれど、
晶の顔に浮かんだのは、それだけではない。どことはなしにうっとりした表情がない交ぜになっているのを美也子の目が見
逃しはしない。
「邪魔な物をお部屋で剃り落としてあげたから、晶ちゃんのここ、とっても綺麗になってるのよ。ちょっと見ただけだと、本当
に小っちゃな女の子のあそこみたいに真っ白でつるつるで。なのに、一つだけ余計な物が生えてるの。それまで生えていた
黒い茂みは綺麗に剃り落としてあげられたけど、さすがにこれは切り落とせないわよね。でも、可愛い女の子そのままのこ
こにこんな邪魔物が生えてると、せっかくの可愛らしさが台無し。だから、小っちゃくしてあげるのよ。元気なおちんちん、早
く小っちゃくなるといいわね」
すつかりいきり勃ってしまったペニスに覆いかぶせた紙おむつを、ペニスの形に合わせて親指と人差指、中指で軽く握り
尚した美也子は、指の力を微妙に調節しながら、ゆっくり上下に動かし始めた。
「あん……」
赤ん坊のおむつを取り替えるための簡易ベビーベッドに横たわったまま、晶は幼児がいやいやをするみたいに弱々しく
首を振った。
「ふぅん、可愛い声を出すんだね、晶ちゃんてば。本当に小っちゃな女の子が恥ずかしがってるみたいで、お姉ちゃん、も
っともっと晶ちゃんのこと苛めたくなっちゃうな」
晶の口から漏れ出た喘ぎ声を耳にした美也子は相好を崩し、ますます念入りに右手を動かす。
「……やだ、出ちゃう。出ちゃうよぉ……」
美也子がペニスをいたぶり始めてまだ幾らも時間が経っていないのに、それまで意味のない喘ぎ声しか出さなかった晶
が、屈辱と羞恥とに満ちた声で、けれど、どこか甘えるような口調で躊躇いがちに言った。ぱっと見は小学生の女の子その
ものの晶だけれど本当のところは性欲を持て余しぎみの高校生男子だから自慰の経験はある。日頃は絶頂に達するまで
にかなり時間がかかるのに、美也子の部屋でショーツ越しに責められた時も、今こうして簡易ベビーベッドに横たわらされ
て紙おむつを使って責められている時も、我慢できる時間はいつもと比べてずっと短い。高校生の男の子のくせに小学生
の女の子そのままの格好を強要された上にスカートの下にはショーツではなく紙おむつを着用させられているのだから、日
頃は持て余しぎみの性欲も萎え、見た目に似合わない立派なペニスも力なくちぢこまってしまいそうなものだ。なのに、美也
子の手で美也子のお下がりのサンドレスを着せられてからこちら、その屈辱と羞恥にまみれた倒錯の装いが却って晶の感
情を異様に高ぶらせ、いつになくペニスを過敏にして、日頃は味わったことのないほど下腹部を痺れるさせるように疼かせて
いた。
「そう、出ちゃうの。白いおしっこが出ちゃうのね。白いおしっこが出ちゃいそうだって教えられるようになるなんて、晶ちゃんは
とってもお利口さんね。このぶんだと、美優お姉ちゃんみたいにもうすぐおむつ離れできるかな。そうしたら、パンツのお姉ち
ゃんね。でも、急がなくていいのよ。おむつを外すお稽古はゆっくりでいいの。だから、今はおむつの中に出しちゃおうね。晶
ちゃん、今はまだ、おむつの赤ちゃんなんだから」
美也子は紙おむつの上からペニスをいたぶる手の動きを止めることなく、晶の羞恥を煽りたてるためにわざと優しい口調で
語りかけた。
「ち、違う。あ、あたし、赤ちゃんなんかじゃない……」
もう我慢できないほどになってきた下腹部の疼きに耐えかねて肩で息をしながら、晶は力なく首を振った。それにつれて、
サクランボを模した飾りの付いたカラーゴムで結わえた髪の房が揺れる。
「あらあら、うふふ。小っちゃな子は自分のことをお姉ちゃんだって言い張ることがあるって家庭科の授業で教えてもらった
けど、本当だったのね。二度もショーツを汚しちゃったから紙おむつにしてあげたら、その紙おむつも汚しちゃったのは誰だ
ったかしら? 今も白いおしっこでおむつを汚しちゃいそうにしているのは誰なのかな? お姉ちゃんぶるのもいいけど、そ
れはおむつ離れできてからよ」
左手で晶の足首を高々と差し上げ、右手で紙おむつの上からペニスをなぶりながら、美也子は面白そうに笑って言った。
「だ、だって……」
晶は恨めしそうな目で美也子の顔を見上げた。けれど、足首を差し上げられているせいでスカートが捲れ上がり、すっか
り丸見えになってしまっている自分の下腹部を目にするなり、言いかけた言葉を飲み込んでしまう。いきり立ったペニスは
紙おむつに隠れて見えないものの、ベビーパウダーでうっすらと白く染まった股間は隠しようがない。美也子の手で飾り毛
を剃り落とされて童女のようにつるつるになった上に、赤ん坊がおむつかぶれにならないようケアをするための甘い香りの
するベビパウダーで薄化粧をした股間をさらけ出した姿では何も言い返せない。
「はい、もう口ごたえはやめて、おとなしく出しちゃおうね。ほら、こんなに元気になっちゃって。白いおしっこでベビーベッドを
汚さないようお姉ちゃんがちゃんとおむつを押さえておいてあげるから心配いらないのよ」
美也子は、それまで親指や中指とで輪の形をつくってゆっくり上下に動かしていた人差指を紙おむつの上からペニスの先
に押し当てて、小さな円を描くように動かした。時おりペニスの先をくいっと押し込むようにする動きが、晶の下腹部の疼きを
ますます強める。
「さっきは、ここからこぼれちゃったおつゆでパフを汚しちゃったよね。せっかく美優お姉ちゃんからお下がりでもらった甘い
香りのするベビーパウダーのパフをいやらしいおつゆで汚しちゃったよね。もう、おむつもおつゆで汚しちゃってるんでしょ、
晶ちゃん? だから今さら遠慮することなんてないのよ。いやらしいおつゆで汚しちゃったんだから、今度は白いおしっこで
汚してもいいのよ。ベンチに座ったまま白いおしっこで汚しちゃったおむつを、もういちど、今度はお姉ちゃんの手で可愛がっ
てもらいながら汚すのよ。――さ、いらっしゃい」
美也子は真っ赤な舌で自分の唇を湿して言った。ぴちゃぴちゃいう舌なめずりの音がこんなに淫らに聞こえるんだというこ
とに、晶は今さらながら気がついた。
美也子の人差指がもういちどペニスの先をきゅっと押さえた。
「ん……」
瞼をぎゅっと閉じた晶の腰がびくんと震える。
厚ぼったい紙おむつを通して、ベニスがどくんと脈打つ感触が美也子の掌にありありと伝わってきた。
「それでいいのよ。たっぷり出しちゃいなさい、晶ちゃん」
ようやくベニスを責める手の動きを止め、紙おむつがずり落ちないように押さえつけて、美也子はすっと目を細めた。
「駄目……ああ、駄目だったら……」
美也子に対して投げつける恨みの言葉なのか、自分自身に言い聞かせる言葉なのか。どちらともつかない弱々しい呻
き声が晶の口をついて出た。
「いいのよ、出しちゃって。ほら、いらっしゃい」
美也子はわざと優しく言って、誘いをかけるように、紙おむつを支え持つ手を二度三度と軽く捻った。
「駄目~!」
晶は悲鳴めいた呻き声をあげて、もういちど腰を震わせた。
同時に、ひときわ強く、どくん!とペニスが脈打つ。
「あ……」
不意に晶が放心したように力なく瞼を開いた。焦点はまるでどこにも合っていない。
「出しちゃいなさい。たくさん出しておちんちんを小さくしようね。可愛い女の子の晶ちゃんにちっとも似合わないおちんちん
なんて早く小さくして隠しちゃおうね」
美也子は腰を曲げ、晶の耳元に唇を寄せて甘く囁きかけた。
美也子はそれからしばらく左手で晶の足首を差し上げ、右手で紙おむつを押さえた姿勢のままでいたが、しばらくして晶
のペニスが力なくちぢこまるのを確認すると、わざとのような優しい笑みを浮かべて言った。
「お姉ちゃんの言いつけを守って、ちゃんとおむつの中に白いおしっこを出しちゃったのね。本当にお利口さんなんだから、
晶ちゃんは。でも、そうよね。そんなにお利口さんの晶ちゃんだから、香奈お姉ちゃんや恵美お姉ちゃんや、それに美優お
姉ちゃんだって晶ちゃんのことを可愛がってくれるのよね。いいこと? これからも、聞き分けのいい素直な子でいるのよ。
さ、いい子だった御褒美に新しいおむつに取り替えてあげるわね。新しいおむつはふかふかで気持ちいいわよ。晶ちゃんも
待ち遠しいでしょ?」
「そ、そんな……」
ベンチに続いて簡易ベビーベッドの上で紙おむつを汚してしまった惨めさと精液を溢れ出させた後の気怠さとに包まれな
がら、晶は弱々しくかぶりを振った。『いい子にして紙おむつを汚した』その『御褒美』に『新しいおむつに取り替えて』あげる
と言われて心穏やかでいられるわけがない。けれど、その実、逃げ出すことはおろか抗弁することさえできない晶だった。
「でも、新しいおむつは、晶ちゃんのつるつるのここをお尻拭きで綺麗綺麗してベビーパウダーをぱたぱたしてからね。少し
でも早く新しいおむつをあてて欲しいでしょうけど、ちょっと待っててね」
美也子は晶の胸の内などまるで知らぬげにそう言うと、力なく萎えたペニスを改めて紙おむつでしっかり包み込み、くすっ
と笑って付け加えた。
「あ、その前に、おちんちんに残っているかもしれない白いおしっこをちゃんと出しておかないとね。さっきみたいに、おむつを
外したあとでこぼれたりしたら、ベビーベッドを汚しちゃうもの」
まだちゃんとは焦点の合っていない晶の瞳を覗き込むようにしてそう言った美也子は、紙おむつの表面を掌で包むようにし
て持ち直し、ペニスの付け根から先端の方へ、まるで残り少ない歯磨き粉のチューブを搾り出すようにしてゆっくり動かした。
「ちゃんとしとかないといけないから、もう少しの間、おとくなしく待っていてね。おちんちんに残っている白いおしっこ、綺麗に
出しちゃおうね。でも、それが気持ちいいからって、またおちんちんを大きくしちゃ駄目よ。晶ちゃん、可愛い顔をしてるのに本
当はとってもはしたなくていやらしい子だからちょっと心配だわ」
美也子は少し意地悪く言いながら、ペニスに残っている精液を搾り出し紙おむつで拭い取る動作を何度も繰り返した。
そうしてようやくのこと納得したような顔つきになって、二度の射精で内側がもうすっかりべとべとに汚れてしまった紙おむつ
を再び晶の顔のすぐそばに置く。
いったんはベビーパウダーの甘い香りのために感じなくなっていた精液の匂いが再び漂い出て、晶は屈辱に顔をしかめた。
「ほらほら、そんな顔しないの。せっかくの可愛い顔が台無しよ。晶ちゃん本人のおちんちんから出てきた白いおしっこの匂い
なんだから我慢なさい」
表情を歪める晶の様子を面白そうに眺めて、美也子はおかしそうに言って聞かせた。
そう言われて晶にできるのは、少し拗ねたような恨みがましい目で美也子の顔を見上げることだけだ。
「だから、そんな怖い顔しちゃ駄目って言ってるでしょ? 可愛い晶ちゃんにお似合いなのは明るい笑顔だけなんだから。
ほら、お尻拭きで綺麗綺麗して気持ちよくしてあげるから嬉しそうに笑ってちょうだい」
美也子はくすっと笑うと、さっき使った時から簡易ベッドの端に置いたままにしておいたパッケージからお尻拭きを一枚抜
き出してペニスの付け根に押し当てた。
今度こそ美也子の手で徹底的に搾り取られて一滴も精液の残っていないペニスは完全に萎え、本当は平均よりも立派
なサイズなのに、今は完全にちぢこまってだらんとだらしない。美也子の手によって無毛にされてしまった下腹部だからペ
ニスも丸見えだが、飾り毛が残っていて、もしもかなり濃かったりしたら、その中に隠れてしまうかもしれないほどだ。もっと
も、かなり短い時間の内に四度も射精させられてしまっては、元々は性欲たっぷりの年頃の男の子でもそうなるのも仕方な
いところか。
「せっかく綺麗にしてあげたのに、また汚しちゃうんだもの、本当にはしたない子ね、晶ちゃんてば。このぶんだと、パンツの
お姉ちゃんになれるのはまだまだ先ね。いつになったら美優お姉ちゃんみたいにおむつ離れできるのかしらね」
美也子は、わざとゆっくり、念入りにというよりは執拗にと表現した方がしっくりくるような丁寧さで晶の下腹部に付着した精
液を拭い取り、お尻拭きの代わりに再びベビーパウダーのパフを手にすると、トイレの入り口の方にちらと目を向けて言った。
「でもって、またベビーパウダーをぱたぱたしてあげなきゃいけないし。この調子だと、小さめの容器に入ったベビーパウダ
ーなんてすぐになくなっちゃうわね。美優お姉ちゃんがちゃんとおむつ離れして要らなくなったお尻拭きやベビーパウダーを
お下がりで貰えるようになるまで残ってるかしら。もしも間に合わなかったら、薬屋さんに買いに行かなきゃいけないね。うふ
ふ。でも、それもいいかもね。晶ちゃんを薬屋さんへ連れて行って、この子が使うベビーパウダーをくださいって言ったら、こ
んなに体が大きいのにベビーパウダーを使うのかってお店の人、びっくりするでしょうね。だけど、スカートを捲り上げて紙お
むつを見せてあげれば納得するかしら」
美也子は、ベビパウダーのパフを晶の下腹部にぽんぽんと押し当てながら、まんざらでもなさそうな顔で言った。
途端に、晶の胸がどきんと高鳴った。これまでの美也子の行動を思い起こせば、それがあながち冗談だとも思えなくなって
くる。広い清潔そうなドラッグストアのカウンターの前で丈の短いスカートを捲り上げられ、若い女性の薬剤師の目にピンクの
紙おむつをさらす自分の姿を想像した晶は、いたたまれない思いに耐えかねて力なく身をよじった。目の下の涙袋のあたりと
頬をうっすらとピンクに染めるその顔に、けれど、羞恥の色ばかりではなく、どこか陶然とした表情が混ざっているのは隠せな
い。
「でも……」
美也子は更に何か言おうとして意味ありげに幾らか間を置くと、パフをペニスの近くからお尻の方へ移して、こんなふう
に続けた。
「……ベビーパウダーを買うのが恥ずかしくて晶ちゃんが薬屋さんに行かなかったらどうしようかな。おしっこで濡れても
ちゃんとケアしてあげられないから、おむつかぶれになっちゃうだろうな。せっかく綺麗につるつるにしてあげたここが真っ
赤に腫れちゃって、晶ちゃん、痛いよ痛いよって泣いちゃうだろうな。そしたら、その時こそ薬屋さんに連れて行ってあげな
きゃね。スカートを捲り上げて、紙おむつを膝のあたりまで引き下げて、真っ赤に腫れちゃったここを見てもらって、おむつ
かぶれの薬、どれがいいか選んでもらわなきゃいけないものね。それで、おむつを取り替えてあげるたびに、お姉ちゃんが
おむつかぶれの薬を塗り塗りしてあげるのよ。そうだとすると、早めにここをつるつるにしておいてあげてよかったのよね。
だって、邪魔なものが生えてると、おむつかぶれのお薬をちゃんと塗り塗りしてあげられないもの。――ね、晶ちゃん。どっ
ちがいい? ベビーパウダーを買いに行くのと、おむつかぶれのお薬を買いに行くのと、どっちがいい? 今すぐじゃなくて
いいけど、どっちにするのか、ちゃんと考えておいてね」
悪戯めいた口調でそう言いながら晶の下腹部に改めてベビーパウダーで薄化粧を施した美也子は、パフを容器に戻し、
晶が肩に掛けている小物入れの鞄に右手を伸ばした。
「はい、お待ちかね。ふかふかの新しいおむつよ」
美也子は小物入れから取り出した新しい紙おむつを晶の目の前で二度三度と振ってみせてから、三つ折りになっている
ピンクの紙おむつをパンツの形に広げた。もっとも、パンツの形とはいっても、吸収帯のぷっくりした厚みやウエストと股ぐり
のギャザーが目立って、普通のショーツなんかじゃないことは一目でわかる。
「お、お待ちかねって、そんな……」
まるで自分が一刻も早く新しい紙おむつを穿かせてもらいたがっているというような言われ方に、晶は抗議の声をあげた。
けれど、よく注意していないと聞こえないような弱々しい抗議の声は、不意にトイレの入り口の方から聞こえてきた女性の声
に途中で掻き消されてしまった。
「大丈夫なの? もうかなり時間が経ってるけど、何か困ったことになってるんじゃないの? よかったらお手伝いしましょ
うか?」
幾らか遠慮がちにそう言う声の主は美優の母親だった。
どうやら、美也子たちがなかなかトイレから出てこないから何かあったのではないかと心配になってきたらしい。普通、
子供の紙おむつを取り替えるだけなら、お尻拭きやベビーパウダーを使う時間を入れても2分もあれば充分だ。それなの
に美也子と晶がトイレに入って、もう10分ほどになるのだから、母親が心配するのも仕方ない。
「あ、いいえ、結構です。ちょっと晶ちゃんがむずがっちゃったものだから、おむつを取り替えるのに手間取ってるだけです。
心配かけちゃってすみません」
突然聞こえてきた言葉に今にも美優の母親がここへやって来るのではないかと怯えた表情を浮かべて身を固くする晶の
様子を面白そうに見おろしながら、美也子は、晶が紙おむつの中に再び射精したことを単に『むずがって』とだけ説明して
声を張り上げた。
「あら、晶ちゃん、くずってるの? だったら、やっぱり美優と一緒にそちらへ行きましょうか? 美優に晶ちゃんをあやさせて、
その間におむつを取り替えてあげた方がいいんじゃないの?」
本当は何があったのか知る由もない母親は、いよいよ気遣わしげに重ねて訊いた。その声がさっきよりもはっきり聞こえる
のは、トイレの入り口から2メートルほど離れた所で誰もトイレに入らないよう見張ってくれているのが、晶たちのことが心配
になってこちらへ近づいてきているせいかもしれない。
「どうする、晶ちゃん? 優しい美優お姉ちゃんにあやしてもらいたい? ひとりでベビーベッドにねんねだと寂しいでしょう?」
美也子はくすっと笑って母親の提案を改めて繰り返し言った。
「そ、そんなの……」
晶は怯えきった表情で激しく首を振った。自分よりもずっと年下の美優に優しくお腹をぽんぽんしてもらいながら美也子と
母親の手で新しい紙おむつの股ぐりに両脚を通してもらっている姿が脳裡にありありと浮かび上がってきて、言葉は最後ま
で続かない。
「じゃ、いいの? 美優お姉ちゃんにあやしてもらわなくても寂しくないの?」
念を押すみたいに美也子は言った。
それに対して、晶は言葉をなくしたままだ。
「どうしたの、ちゃんと応えないとわからないでしょう? あやして欲しいのかあやしてもらわなくていいのか、お口を開けて応
えてちょうだい。それとも晶ちゃんは、まだお口のきけない赤ちゃんだったのかな?」
自分の恥ずかしい姿を思い浮かべて口を開けられずにいる晶に向かって、美也子は少し意地の悪い顔になって言った。
それでも、晶は押し黙ったままだ。
そんな晶の耳に
「とにかく、そっちへ行くわね。晶ちゃんがなかなか出てこなくて美優もじれてきちゃったみたいだから」
という、さきほどよりも尚いっそうはっきりした母親の声が届いた途端、顔色がさっと変わる。
その直後、晶の口をついて出たのは、
「お、おむつ……早く、新しいおむつを……ねぇ、早くして。早くしてってば、お姉ちゃん、お願いだから」
という、弱々しいながらも悲鳴じみた声だった。
美也子の手で足首を高々と差し上げられ丸裸の下腹部をさらけ出したままのところへ美優たちがやって来たら、自分が
男の子だということを知られてしまう。それも、ペニスの形や大きさを目にすれば、幼い美優はともかく母親なら、それが小
学生の男の子のものなどでないことも容易に見抜いてしまうに違いない。そんなことになって正体を知られ、そのことを近
所中に触れ回られでもしたら――咄嗟ににそう判断した晶は、自分の正体をごまかし続ける方法を探した。けれど、そうす
るには、一刻も早く新しいおむつでペニスを隠してもらうしか他に思いつかない。それがどんなに惨めで屈辱的な方法なの
か、晶自身にも痛いほどわかっている。わかっているけれど、これほどに切羽詰まった状況に追い込まれてしまっては、そ
の方法しか残っていないこともまた火を見るより明らかだった。
「あら? 晶ちゃん、さっきは自分のこと赤ちゃんじゃないって言い張ってたよね? なのに、今は、赤ちゃんみたいにおむつ
をあてて欲しいの? いったいどうしちゃったのかなぁ」
美也子にしても、晶の胸の内は充分にわかっている。わかっていながら、ちょっと意地悪をして楽しんでいるだけだ。
「は、早く……おむつったら、おむつなの。ねぇ、お姉ちゃんてば。早く、あ、あたしにおむつを……」
晶にしてみれば、もう美也子の言葉責めに反論している余裕などない。今はただ、羞恥と屈辱にまみれながら、早くおむ
つでペニスを隠してくれるよう懇願するしかない。
「へーえ。そんなに必死でおねだりするなんて、晶ちゃんは本当におむつが好きなのね。でも、そうよね。二度もおむつの中
に白いおしっこをおもらししちゃうんだもの、おむつが嫌いなわけないよね。お部屋じゃお姉ちゃんのお下がりのショーツを穿
かせてあげた途端にべとべとに汚しちゃったし、晶ちゃんてば本当に女の子の格好をさせてもらったりおむつをあててもらっ
たりするのが好きないやらしい子なのね。本当は高校生の男の子のくせして、恥ずかしくないの?」
美也子は、右手に持った新しい紙おむつを、再びこれみよがしに晶の目の前で振ってみせた。
「でも、ま、いいわ。どんなにはしたなくてどんなにいやらしい子でも、晶ちゃんはお姉ちゃんの可愛い妹だもの。可愛い妹
が本当は男の子なんだって知られたら晶ちゃんがとっても恥ずかしい目に遭うもの、それじゃ可哀想よね。それに、あんな
に晶ちゃんのことを可愛がってくれる美優お姉ちゃんも、本当のことを知ったらすっごいショックを受けちゃうよね。それだと
美優お姉ちゃんが可哀想だから、晶ちゃんのおねだり通り、新しいおむつでおちんちんをないないしてあげる」
勿体ぶるように紙おむつを何度も振ってみせてから、ようやくのこと美也子は、それまで左手で差し上げていた晶の足首
をおろした。それでも、低めのサイドレールに膝の裏側が載るような格好になって幾らか両脚を上げる姿勢だから、スカート
はお腹の上まで捲り上がったままだ。
「ほら、晶ちゃんが大好きなおむつよ。ふかふかのとっても気持ちのいいおむつよ。気持ちよくなってまたおちんちんを大きく
しちゃったら美優お姉ちゃんに本当のことを知られちゃうかもしれないから気をつけるのよ、おむつの大好きな晶ちゃん」
美也子は、だらしなく開きぎみになっている晶の両脚をきちんと揃えさせてから、紙おむつのウエストギャザーを両手で内
側から押し広げるようにしてすっと通した。
「あん……」
股ぐりのギャザーが足首から臑、膝へと、無駄毛などまるでないそれこそ女の子みたいに真っ白な肌をやんわりと締めつ
け、つっと撫でながらじわじわ下腹部へ近づいてくる感触に、晶は思わず切なげな吐息を漏らしてしまった。
「ほら、また可愛い声をあげちっゃて。この様子だと、おむつ離れは当分の間お預けね。だって、ちゃんとおしっこを教えられ
るようになっても、普通のパンツじゃ晶ちゃん自身が寂しがっちゃうものね?」
美也子は面白そうに言いながら、紙おむつをじらすようにゆっくり引き上げた。
けれど、紙おむつのウエストギャザーが太腿に掛かるか掛からないかというところで、その手をぴたっと止めてしまう。
「もういちどおねだりしてちょうだい。もういちど可愛い声でおねだりしてくれたら、おむつをちゃんとしてあげる。でも、おねだ
りしてくれないなら、おむつはこのままよ」
はっとしたような表情で見上げる晶の顔を正面から見おろして、美也子は真っ赤な舌をちろっと覗かせた。
「そ、そんな……」
確かにさっきは早くおむつをあててと美也子に懇願した。けれど、それは、切羽詰まって思わず言ってしまった言葉だ。それ
をまた、今度は意識して口にしろだなんて。
「あら、もう可愛い声でおねだりしてくれないの? じゃ、おむつはこのままでいいのね?」
美也子はじわじわと晶を追い詰めてゆく。
「そんな、そんなこと……」
晶はふるふると首を振り、両手を自分の下腹部に向かっておそるおそる伸ばした。どうやら、美也子が太腿のあたりで
留めている紙おむつを自分で引き上げるつもりらしい。
けれど、美也子には晶の魂胆なんてすっかりお見通しだ。
「ふぅん。自分でおむつを穿こうとするなんて、とってもお利口さんなのね、晶ちゃんは。たしかに、そういう子もいないわ
けじゃないわよね。美優お姉ちゃんくらいの年ごろで、言葉遣いもしっかりしていて他の用事は一人で何でもできるのに、
どういうわけかおむつだけがなかなか外れない子が。そういう子って、おむつを汚しちゃったら自分で引出しを開けて持っ
てきてお母さんに渡したりすることも珍しくないし、中には、自分で紙おむつを穿き替えたりする子もいるんだって。晶ちゃ
んもそんなしっかり者のお姉ちゃんの真似をしてみたいのかな。いつまでもお姉ちゃんにおむつを取り替えてもらってば
かりなのが恥ずかしくて、自分で取り替えてみたいのかな。でも、そんなに慌ててお姉ちゃんぶらなくてもいいのよ。可愛
い妹の晶ちゃんのおむつ、ずっとずっといつまでもお姉ちゃんが取り替えてあげるから」
もういいのよ、晶。いつまでもお兄ちゃんぶらなくても、今度は私が晶のことを守ってあげるから。美也子は、部屋でそう
告げた時と同じ顔つきをして言い、そろそろと伸ばしかけていた晶の両手をわざと丁寧な仕種で払いのけた。
「じゃ、もういちどだけ訊くわね。ちゃんとおねだりできるかな? それとも、おねだりなんてできないのかな?」
晶の手を振り払うために一旦は離した指先をもういちど紙おむつのウエストギャザーにかけると、美也子は僅かに首を
かしげて声をかけた。
もう晶にも躊躇っている余裕はない。とことこと近づいてくる美優の足音と、娘の歩みに合わせてゆっくり足を運ぶ母親の
足音が、スイングタイプの扉のすぐ外まで近づいてきているのが聞こえる。
「……は、早くして。おねだりするから、お姉ちゃん、早くしてちょうだい」
とうとう抵抗しきれなくなった晶は、おどおどと目をそらすと、震える声を絞り出して懇願した。
「やっと可愛い声でおねだりしてくれたわね、晶ちゃん。でも、まだ言い忘れてることがあるわよ。何をして欲しいのか、それ
もちゃんとおねだりしてくれなきゃ、お姉ちゃんだってどうしてあげたらいいのかわからないじゃない」
美也子は、もう少しだけ首をかしげて重ねて言った。
「……お、おむつを……新しいおむつを、あ、あたしに……あたしに、新しいおむつをあててちょうだい。お願いだから、お姉
ちゃん」
二度三度と深呼吸を繰り返してからようやくそう言い終えた晶は下唇を噛みしめ、入り口とは反対側にのろのろと顔をそ
むけた。羞恥にほてる頬に、簡易ベッドを覆う防水カバーのひんやりした感触がふれる。
「そう、新しいおむつをあてて欲しいのね。うん、わかった。さっきは自分でおむつを引き上げようとしていたくらいだもの、
晶ちゃんたら本当におむつが大好きなのよね。いいわ、ちゃんとおねだりできた御褒美に、ふかふかの新しいおむつをあ
ててあげる」
美也子は唇の端を吊り上げて微笑むと、太腿のあたりで留めていたピンクの紙おむつを改めて引き上げた。
もちろん、晶のペニスをお尻の方に折り曲げて紙おむつで抑え込んでしまうことも忘れない。
屈辱と羞恥の色に混じって、ようやく晶の顔に安堵の色が浮かんだ。高校生の男の子が学童用、それも女の子用でハ
ート模様のパンツタイプの紙おむつを穿かせてもらって安堵の表情を浮かべるなど屈辱のきわみだけれど、美優母娘に
正体を知られ、近所中に噂が駆け巡ることを考えれば仕方ない。
「あらあら、うふふ。晶ちゃんたら嬉しそうなお顔になっちゃって。そう、そんなに新しいおむつが気持ちいいの。よかったわ
ね、ふかふかのおむつで。べとべとに汚れたおむつに比べたら、新しいおむつはすっごく気持ちいいよね。だから、おもら
ししちゃったら、すぐお姉ちゃんに教えるのよ。本当のおしっこでも白いおしっこでも、おもらしでおむつを汚しちゃったらす
ぐ教えないとお尻が気持ちわるいままなんだから。それに、汚れたおむつのままだと、じきにおむつかぶれになっちゃうの
よ。だから、『お姉ちゃん、おもらししちゃったから、晶のおむつ取り替えてぇ』ってすぐ教えるのよ。いいわね?」
僅かな軋み音をたててスイングタイプの扉が開き、美優母娘が入ってくるのを視界の隅に捉えながら、美也子は晶が着
ているサンドレスの裾を引きおろし、乱れを整えて優しく言い聞かせた。
それに対して、晶は何も応えない。やっとのことでペニスを隠し、恥ずかしい紙おむつもスカートの中にしまいこむことが
できたとはいうものの、いよいよ美優たちがトイレに入ってきたために身を固くするばかりだ。
と、母親が押し開けた扉から入ってきた美優が、美也子の足元をかいくぐるようにして簡易ベッドの向こう側に回り込み、
晶の顔のすぐそばに駈け寄った。これが大人だったら晶の顔を見おろす姿勢になるところだが、これからやっと幼稚園に
通い始めるばかりという幼児だから、簡易ベッドに横たわっている晶と、その傍らに立っている美優と、目の高さが殆ど同
じになる。
晶はおそるおそるという様子で美優の顔に目を向けた。が、美優の顔には、晶が美也子に連れられてトイレへ向かうのを
見送っていた時の明るい笑みはなく、少しきつい目をした真剣な表情が浮かんでいた。
「駄目じゃない、晶ちゃん。ちゃんとお返事しなきゃいけないのに、どうしてだんまりなの?」
美優は大人びた仕種で胸の前で両腕を組み、簡易ベッドに寝かされたままの晶の顔をじっとみつめて、しっかり者の姉
が幼い妹をたしなめてでもいるような口調で言うのだった。
「え……?」
自分がなぜ年下の幼児に叱られなければいけないのか咄嗟にはわからず、晶は、きょとんとした目で美優の顔を見た。
「晶ちゃんのお姉さん、晶ちゃんがおもらししちゃったらすぐにおむつを取り替えてあげるからちゃんと教えなさいって言っ
てるでしょ? なのに、どうして、はいってお返事できないの? 晶ちゃん、まだおむつが外れなくて赤ちゃんみたいだけど、
小学生なんでしょ? 美優よりおっきいんでしょ? なのにお返事できないなんて、いい子じゃないよ」
たぶん、自分が何か用事を言いつけられてちゃんと返事をしなかったことであって、それを母親に叱られた時のことを思
い出しているのだろう。美優はお姉ちゃんぶってというよりも、それこそ、母親を真似た口調で晶をたしなめた。
「ありがとう、美優ちゃん。聞き分けの悪い晶ちゃんを叱ってくれるなんて、美優ちゃんは本当に頼りになるお姉ちゃんだわ。
これからも何か気がついたら、どしどし叱ってあげてね。でも、せっかく美優お姉ちゃんに叱ってもらっても、晶ちゃん、い
い子になるかどうかわからないかも。だって、まだおむつの外れない赤ちゃんだもの、駄々をこねちゃうかもしれないわね」
美也子は晶の顔と美優の顔を交互に見比べて、わざとおおげさに頷いてみせた。
それでも、これがまだ美優だけがそう言っているのなら、晶としても、屈辱を覚えつつもだんまりを決めこんでいられたか
もしれない。自分よりもずっと年下の幼女から逆に妹扱いで説教されても、しらんぷりできたかもしれない。
けれど、美優の母親まで加勢してくるとなると、そうもゆかない。
「あのね、晶ちゃん」
なじるといった雰囲気は微塵も感じられない様子で口を開いた母親だが、やはり育児の経験者ということもあって、どこか
威厳を感じさせるのは確かだ。思わず晶は母親の顔を見上げてしまう。
「小学校の高学年にもなっておむつなのは恥ずかしいと思うわよ。本当だったら、幼稚園や保育園でもおむつだったら恥ず
かしいでしょうね。叔母さん、晶ちゃんがどうしておむつ離れできないのか事情は知らないし、たぶん話したくないでしょうか
ら、訊かないでおくわ。でも、お姉さんを困らせることだけはしちゃ駄目よ。お姉さんだって、お休みの日はお友達と遊びたい
んじゃないかしら。なのに、晶ちゃんの面倒をみてくれているんでしょう? あ、ううん。もしも恩きせがましく聞こえたなら叔母
さんが悪いのよ。お姉さんだって可愛い晶ちゃんのお世話を焼くのが楽しいんだと思う。だから、それは気にしなくていいと思
うわ。でも、駄々をこねて困らせるのは絶対に良くないと思うの。おむつ離れが遅くても、そういった最低限のマナーを守れる
ような子なら、ちっとも恥ずかしがることなんてないのよ。お姉ちゃんぶる必要はないけど、小学校の高学年になったなら、そ
れなりに聞き分けをよくして、自分の面倒をみてくれるお姉さんが気持ちよく面倒をみてくれるように、ちょっと心配りするってこ
とが大事なんじゃないかしら。それができないと、たとえおむつ離れができたとしても、体ばかり大きいくせに駄々をこねてばか
りの赤ちゃんだって言われても仕方ないと思うんだ」
晶にそう言い聞かせる母親の眼差しは、真剣だけれど穏やかだ。
美優に叱られ、美優の母親に諭され、三人の目を集めてとなると、それ以上だんまりを押し通すことはできない。
「……あ、あの……あ、あたし、お、おもらし……おもらししちゃったらすぐお姉ちゃんに教えるから……だから、お、おむつ
を取り替えてね。お願いね、お姉ちゃん……」
晶は蚊の鳴くような声で途切れ途切れにようやくのことそう言うと、顔を歪めて唇を噛みしめた。
一方、それとは対照的に美也子は晴れ晴れした表情を浮かべ、晶に向かって両手を差し出した。
「うん、ちゃんと言えたわね。いつもそうして聞き分けのいい子でいてちょうだい。じゃ、おむつの交換も済んだし、立っちしよ
うか。せっかく美優お姉ちゃんがお迎えに来てくれたんだから、もう少し遊んでいいわよ。でも、駅前のショッピングセンター
に行かなきゃいけないんだから、遊ぶのはあと三十分ほどね」
美也子はそう言いながら晶の手を引いて簡易ベッドから引き起こし、トイレの床に立たせた。
「あ、これからお買い物? その間、晶ちゃん、おもらしは大丈夫かしら」
穿かせたばかりの新しい紙おむつの具合を確認するように晶のお尻をぽんぽんと叩く美也子に、母親が少し気遣わしげ
な様子で言った。晶がスカートの下にパンツではなく紙おむつを着用していることを初めて知った時の驚きはもうすっかり
影を潜めて、まるで晶がおむつのお世話になっているのがさも当たり前のことというふうな、晶のことを自分の娘と同等くら
いに見ているのがありありの、ごく自然な口調だ。
「はい、それは大丈夫だと思います。替えのおむつはもう一枚持ってきてますし、駅前のショッピングセンターは設備もいろ
いろ揃っているから、おむつを取り替えなきゃいけなくなっても困ることはないと思います」
新しいおむつの具合を手早く確かめた美也子は、晶が肩に掛けている小物入れの鞄を開け、その中にまだ一枚残ってい
る新しい紙おむつを母親に見せた。
そうして、やはりこれも鞄の中に入れておいた厚手のポリ袋を取り出して、簡易ベッドの上に置いたままになっている汚れ
た紙おむつをしまいこむ。
「あら、最近の若いお母さんはトイレのゴミ入れに捨てて行く人もいるのに、ちゃんとマナーを守るなんて、なかなか感心ね」
汚れた紙おむつを持ち帰ろうとする美也子の行動に、美優の母親は目を細め、ねぎらうように言った。が、じきに、どこか
訝しげな顔つきになる。
「……何かしら? ちょっと変な匂いがすると思わない?」
トイレだから、元々あまりいい匂いがするわけはない。それを考え合わせても、美優のおむつを取り替えるたびにトイレ
を使っていたけれど、これまで嗅いだことのない匂いだ。母親は微かに鼻をひくつかせ、同意を求めるような口調で美也
子に話しかけた。
だけど、美也子は少し考えるような仕種で
「さあ? 私にはわかりませんけど……」
と曖昧に応えるだけだ。
母親が何の匂いに気づいたのか、美也子にも察しがついている。それまで簡易ベッドの上に置いたままになっていて、
今になってようやく美也子がポリ袋にしまいこんだ汚れた紙おむつ。その内側は、普通のおしっこではなく、晶のペニスか
ら溢れ出た精液でべとべとに汚れている。美優の母親は、その匂いに気づいたのだ。もしもベビーパウダーの甘い香りが
漂っていなかったら、母親はその匂いの正体を容易に言い当てたかもしれない。けれど、母親自身が美也子に手渡し、
美也子が晶の下腹部に薄化粧を施したベビーパウダーの甘い香りにまぎれて、その青臭い匂いの源が実は何なのか覚
られずにすんだわけだ。
「そう? 私の気のせいかしら」
まだ納得できない顔つきで、けれど母親はひょいと肩をすくめると、
「ま、いいわ。それじゃ、美優。晶ちゃんたちがお買い物に出かけるまで、もう少しだけ遊んであげなさい。晶ちゃんが他の
お友達と仲良くなれるよう、ちゃんと気を遣ってあげなきゃ駄目よ」
と言ってから、改めて、困惑したような顔をしてこんなふうに付け加えるのだった。
「あ、ごめんなさい。ついつい晶ちゃんのこと、美優よりも小っちゃな子扱いしちゃって。なんだか、公園デビューしたばかり
の子と知り合ったような気になっちゃって。ごめんね、晶ちゃん。晶ちゃん、小学校の高学年なのに、小っちゃな子みたいな
言い方しちっゃたけど、叔母さんのこと許してね」
晶に向かってそんなふうに申し訳なさそうに謝る母親の様子を、美也子は面白そうに眺めている。
一方、当の晶は何も言えずに顔を真っ赤に染めるばかりだ。母親は、小学生ということになっている晶を、もうすぐ幼稚園
の年少クラスという美優よりも更に幼い女の子みたいに扱ったことを盛んに詫びている。けれど、その正体は、小学校の高
学年の女の子どころか、高校生の男の子だ。つまり、年回りで言えば、晶の年齢は、美優の年齢よりも母親の年齢の方に
近いわけだ。なのにまるでまだ幼稚園にも通っていない幼女そのままの扱いを受けた羞恥が一切の言葉を奪い去りでもし
たかのように、晶は顔をうなだれて、人見知りの激しい幼児みたいに美也子の背後にこそこそと身を隠すことしかできないで
いた。
* * *
通学のため、毎日のように訪れている駅前のショッピングセンター。高校の制服ではなく、小学生の女の子にお似合いの
丈の短いサンドレスに踵の高いサンダル、サクランボを模したカラーゴムで髪を結わえた姿でバスからおり立つと、すっか
り見慣れた筈の光景が、いつもとはまるで違って見えた。ブレザーとスラックスに身を包み、コンクリートの床に革靴の足音
を響かせてバス停から駅舎へ向かって歩くのが日課になっている通路が、下腹部のすーすーする頼りない着心地のサンド
レスと足元のおぼつかないサンダルで美也子に手を引かれて歩いていると、自分がとても無力な存在に思えてくる。
いや、見慣れた筈の光景がいつもとはまるで違って感じられるのは、ショッピングセンターだけではない。ここへ来るまで
に乗っていたバスの中だって、通学の時にはまるで覚えたことのない無力感でいっぱいだった。
通学の時とは違って、日曜日の午後三時ごろに乗るバスは、さほど混み合ってはいなかった。通路に立っている乗客は
一人もいなくて、座席も二割くらいは空席だったろうか。トイレから出て三十分間ほど小学生たちや美優たちと遊んだ(ここ
は、遊んでもらったと表現した方が正確かもしれないが)後、公園をあとにしてバス停に向かう時には香奈や恵美に手を引
いてもらい、バスに乗ってからは、さかんに手を振る美優たちに見送ってもらった晶。バスに乗り合わせた他の乗客の目に
は、そんな晶は香奈たちや美優たちの仲間として映ったに違いない。その中でも、晶がバスに乗り込む時に美優が言った
「バスの中でおもらししちゃ駄目だよ」という言葉を耳にした乗客は、一見したところでは小学校の高学年くらいに思われる
晶が本当は見た目よりもずっと幼い子供かもしれないと感じたことだろう。自分たちの目の前にいる華奢で可愛らしい女の
子が実は高校生の男の子だなんてまるで思いもしないで。
晶たちが乗った時にはまだ空いていたバスだが、停留所に停まるたびに乗客は増えていって、駅前の二つ手前のバス停
でかなり大勢の人々が乗ってくると、空いた座席はすっかりなくなってしまい、十人ほどの乗客が、座席の肩に付いている手
摺りを持って通路に立たなければいけないくらいに混み合ってきた。晶たちが腰掛けている座席のすぐ横に立ったのは、中
学生らしき男の子だった。片手で手摺りを持ち、もう一方の手で音楽関係の雑誌のページをめくってCDやDVDの発売予定
日のリストに真剣な眼差しを向けているところをみると、お気に入りのアーティストの新譜を買い求めるためにショッピングセ
ンターの中のCDショップへでも行くところかもしれない。
晶が座ったのは二人掛けの座席で、窓側が美也子、通路側が晶という座り方になってしまったが、本当は晶としては窓側
に座りたくてたまらなかった。大柄な美也子が通路側に座ってくれれば、その影に隠れて、他の乗客たちの視線が少しは気
にならなくなることを期待してのことだ。けれど、美也子は強引に自分が窓側に座り、晶を通路側に腰掛けさせた。その目的
が、近くの座席に腰をおろした乗客たちの視線を気にして晶が羞じらいの仕種をみせる、その様子を楽しむためなのは言う
までもない。そんなところへ、晶の座っている座席のすぐ横に中学生とおぼしき男の子が立ったものだから、美也子としては
その先の展開が楽しみでしようがない。美也子は、窓の外の景色をぼんやり眺めるふうを装いながら、晶と男の子の様子を
ちらちらと窺うことにした。
男の子がすぐそばの通路に立って手摺りを持つと、途端に晶はおずおずと顔を伏せて体を固くした。公園で小学生の男
の子たちを目の前にして体をすくめてしまった時と同様、女の子の格好をしていると、相手が自分よりも年下だとわかって
いても、なんだかひどく不安な気持ちになってしまう。
晶は顔を伏せたまま、ちらと美也子の方を見た。けれど美也子は晶の胸の内などまるで知らぬげに、移りゆく景色を、
窓枠に肘をついて眺めている。
「お、おねえ……」
思わず美也子に声をかけようとした晶だが、慌てて言葉を飲み込んだ。
ここで美也子に助けを求めたりしたら、それを口実に、なんといって苛められるか知れたものではない。「晶ってば、高
校生の男の子のくせに、中坊がそばに来ただけでびびっちゃってんの? ま、仕方ないか。晶、今は小学生の女の子だ
もんね。中学生のお兄ちゃんが近づいてきたら怖いよね。さっきは小学生の男の子の目の前でおむつを汚しちゃったくら
いだから、中学生のお兄ちゃん相手だと、怖くてまたおもらしをしちゃうかもね」くらいのこと、おかしそうに笑いながら口に
するに決まっている。そう思うと、美也子に助けを求めるわけにはゆかない。
美也子の横顔に向けていた視線を外し、晶は改めて目を伏せた。と、僅かながらもサンドレスの胸元がはだけぎみにな
っていて、上から見おろすようにすると、淡いレモン色のジュニアブラが見えてしまうことに気がついた。今、晶は、美也子
が小学生の時に身に着けていたサンドレスのお下がりを着せられているのだが、当時から美也子は胸まわりの発育も良
かったようで、細っこい体つきの晶には幾らかサイズがだぶつきぎみなのは否めない。丈は短くてちょっと油断するとスカ
ートの中が見えてしまうのだが、肩幅や腰まわりはゆったりしていて、まるで窮屈さを感じない。それは胸まわりも同じで、
膨らみ加減の乳房など持っている筈のない晶が着ると、体とサンドレスとの間に幾らか隙間ができ、丈の短いスカートと相
まって、下腹部だけでなく体中が妙にすーすーした感じで頼りない着心地になってしまうのだった。ただ、小さな子供みた
いに小物入れの鞄(それも、取り替え用の予備のおむつを入れた恥ずかしい鞄だ)を肩に掛けさせられたものだから、腰の
あたりまで交叉する肩紐がサンドレスの胸元を押さえつけるような形になって、これまでは胸元がはだけるようなことはなか
った。けれど、晶は座席に腰をおろすなり、両脚をぴたっと揃えて小物入れの鞄を太腿の上に置いたものだから、それまで
胸元を押さえつけていた肩紐がぶらんとたるんで、サンドレスの胸元がはだけてしまったのだ。
晶が座席につくなり鞄を太腿の上に置いたのは、なにかの拍子でスカートが捲れ上がってしまうのを防ぐためだった。
ただでさえ丈の短いスカートが、座席に腰掛けたために、立っている時よりも幾らかたくし上げられるような形になってし
まって、これ以上はちょっとでも捲れ上がるとピンクの紙おむつが見えてしまう恐れがあったからだ。
晶は慌てて右手の掌を胸元に押し当ててサンドレスを押さえ、すぐそばに立っている男の子の様子を上目遣いでちらと
窺った。
途端に、男の子が真っ赤な顔になって視線をそらした。雑誌の新譜リストに夢中になっているとばかり思っていたのが、
実は、晶のサンドレスの胸元がはだけて、すぐそばの通路に立った状態だとジュニアブラを覗き見ることができることに気
づいて、晶に気取られぬよう注意しながらちらちらと視線を送っていたのだ。思わずそうしてしまうのも、性的な事に興味が
湧いてくる年ごろの男の子だから仕方ないことかもしれない。
「いやぁ!」
男の子に胸元を覗き見られたことを知った晶は、そこがバスの中だということも忘れて悲鳴をあげた。いつのまにか裏声
を出すのが習い性になってしまったのか、本当は高校生の男の子だとは到底のこと思えない、甲高い少女めいた悲鳴だ。
いったいなにごとかと、まわりの乗客の目が一斉に晶の顔に集まる。
その直後、はっと我に返った晶は、一瞬だけ躊躇った後、今度こそ助けを求めて美也子のブラウスの袖口をおずおずと
引っ張った。
すると、それまで窓の外を眺めるふりをしていた美也子が、晶が思わずみせた女の子らしい羞じらいの仕種に顔をほこ
ろばせながら振り向き、諭すように言った。
「あらあら、困った子ね、晶ちゃんてば。従兄妹のお兄ちゃんがちょっと肩を触っただけなのに大声を出すなんて、もうちょっ
と男の子に慣れなきゃ駄目よ。昨年の小学校の運動会でもフォークダンスで男の子と手をつなぐ時、きゃーきゃー騒いでた
でしょ? 見ていたお姉ちゃんの方が恥ずかしくなっちゃったわよ。もう五年生になるんだから、いつまでも女の子とばかり
遊んでないで、たまには男の子とも遊んだ方がいいわよ」
「従兄妹……?」
振り向きざまの美也子の言葉に、晶は怪訝な表情で聞き返してしまう。もっとも、初めて会った男の子を従兄妹と言われ
て晶が困惑するのも無理からぬことだ。
もちろん、その男の子は晶と従兄弟どうしなどでは決してない。たまたま乗り合わせただけの赤の他人だ。が、窓の外を
眺めるふりをしつつも晶と男の子の様子を窺い見ていた美也子は、ことの成り行きを全て知った上で、他の乗客たちの注
目を解くために適当な話をでったあげたのだ。
「何を言ってるのよ、晶ちゃんたら。ひょっとして、会うのが久しぶりで顔を忘れちゃった?」
美也子はわざとおおげさにとぼけてみせてから、晶の耳元に唇を寄せて、乗客の関心をそらせるためだから話を合わ
せておきなさいと命じた。そうして、機敏な動作で座席から立ち上がると、こちらも訳がわからず困ったような顔をしている
男の子に向かって
「席を替わってあげるから、晶ちゃんの隣に座りなさい。小っちゃい頃は仲良く遊んでたでしょう? その頃の思い出話で
もするといいわ」
と、周囲の乗客たちに聞こえるような声で言ってから、やはり耳元に唇を近づけて、これは他の乗客たちの耳に届かない
よう小さな声で囁いた。
「あなた、妹のブラを覗いてたでしょ? でも、それが他のお客さんたちに知れたら妹が恥ずかしがって可哀想だから、今
回は許してあげる。だから、適当に話を合わせるのよ。私たち姉妹とあなたは、偶然バスに乗り合わせた従兄妹どうし。
久しぶりに会ったから妹はあなたの顔を憶えていない。でも、あなたは妹のことをちゃんと憶えていて、小さい頃に仲良く
遊んだことを思い出して楽しそうに話をする。いいわね?」
騒ぎになって小学生の女の子(実は高校生の男の子だけれど)のブラを盗み見ていたことが学校や両親に知れたらど
うしようと内心どきどきしていた男の子が美也子の提案を拒否するわけがなかった。男の子は美也子の顔をおどおどした
様子で見つめて小さく頷いた。
「それでいいのよ。あなた、名前と学年は?」
美也子も小さく頷き返して、続けて男の子の耳元に囁きかけた。
「……徹也です。菅原徹也。今度、中学三年生になります」
名前を教えて交番にでも通報されたらどうしようと一瞬は迷った男の子だが、嘘をついてもすぐに見抜かれてしまいそう
な美也子の大きな瞳に見据えられ、一度だけ深呼吸をして名前と学年を正直に告げた。
「わかった。私は遠藤美也子で高校二年生。妹は晶で、春休みが終わったら小学五年生になるわ。じゃ、私の代わりに妹
の隣に座りなさい。それで、楽しそうに話をするのよ。そうすれば、他のお客さんたちはちっとも気にしなくなるから。――晶
ちゃんもわかったわね? 従兄妹の徹也お兄ちゃんに遊んでもらった思い出話をするのよ。晶ちゃんだって、他のお客さん
に騒がれるのはいやだもんね?」
徹也と名乗った男の子の耳元から口を離し、代わりにもういちど晶の耳元に唇を近づけて美也子は囁いた。
騒ぎになって、それがきっかけで正体が知られたらと思うと、晶としても美也子の指示には逆らえない。
「じゃ、徹也君、席を替わってあげるから晶ちゃんと仲良くしてあげてね。晶ちゃんが幼稚園に上がる前のお正月だったか
しら、みんながうちに集まった時、とっても楽しかったわね」
晶がのろのろと頷くのを見届けた美也子は、自分が通路に立ち、それまで座っていた窓側に晶を座らせ、空いた通路側
の席に徹也を腰掛けさせて、さも昔のことを思い出すような仕種をしつつ、徹也と晶だけではなく周囲の乗客たちにも聞こ
えるよう少しばかり大きな声で言った。
「そ、そうだったよね。えーと、あ、あの時、僕がポケモンで遊んでたら、晶ちゃん、僕のゲーボーイを欲しがって……」
通路側の座席に座った徹也は、美也子の誘いを受けて、急いで頭の中で組み立てた思い出話を始めた。けれど、咄嗟
のことに、なかなか話は続かない。
「そうだったわね。晶ちゃん、まだ幼稚園にも行ってないんだからゲーム機を貸してもらってもちゃんと扱えるわけないのに、
徹也君が持ってる物はなんでも自分が欲しがってたっけ。でも、あれは、ゲーム機とかが欲しいんじゃなくて、本当は大好
きな徹也お兄ちゃんにかまって欲しくて、それで徹也君の持ってる物を欲しがってみせていたんじゃないかな」
徹也の代わりに通路に立った美也子は、軽く腰を折った姿勢で作り話を巧みに誘導する。
そうしている間に、こちらに向かって一斉に注目していた乗客たちの視線が次第次第に少なくなってきた。少女の悲鳴に
一時は騒然となりかけた車内に、もうすっかり元の穏やかな空気が流れている。どうやら、美也子の狙いは的中したようだ。
それも、痛いほど感じる大勢の視線をそらせるという狙いだけではない。晶を幼い女の子扱いするという企みが、徹也の出
現によってますますうまく事が運びそうだ。
「え? そ、そうかな? 晶ちゃん、僕のこと、好きでいてくれたのかな?」
それが作り話だということは充分に承知していながらも、美也子が口にした『大好きな徹也お兄ちゃんにかまって欲しくて』
という言葉にうっすら頬をピンクに染めて、徹也は満更でもなさそうな表情で額を指先でぽりぽり掻いた。
「そうに決まってるわよ。あの時、他の従兄弟たちもたくさんいたけど、晶ちゃんたら徹也君にべったりだったもん」
美也子は意味ありげな笑みを浮かべて徹也に向かって頷いてから、視線を晶の顔に移して
「そうだよね、晶ちゃん? 晶ちゃん、徹也お兄ちゃんが大好きなんだよね? 久しぶりで顔を忘れちゃってたみたいだけど、
もうそろそろ思い出してきたかな?」
と、ひやかすような口調で続けた。
「……」
言われて、晶は、隣に座った徹也の横顔をちらと見ただけで、慌てて顔を伏せてしまう。いくら周りの乗客たちをごまか
すためとはいえ、高校生の男の子の身で「うん。あたし、徹也お兄ちゃんのこと大好きだよ」なんて言えるわけがない。
けれど、そんな晶に、美也子はふたたびひやかしぎみに言った。
「あらあら、こんなに照れちゃって。ほんと、か~いいんだから、晶ちゃんてば。でも、いいのよ。そんなに恥ずかしがらず
に、自分の気持ちを正直に言っていいのよ。もう五年生になるんだから、小っちゃい子と違って、きちんと自分の気持ちを
言葉にできるでしょう?」
悪戯めいた口調でそういう美也子の言葉がますます晶の羞恥を煽る。晶は小物入れの鞄の角をぎゅっと握りしめ、弱々
しく首を振るばかりだ。
そんな晶に助け船を出したのは徹也だった。
「あの、ちょっと待ってください、美也子さ……美也子お姉さん。小っちゃい子じゃないっていっても、晶ちゃん、まだ五年生
なんでしょう? 初めて……あ、そうじゃないや……久しぶりに会った年上の男の従兄弟と一緒にバスの座席に座ったりし
たら、それだけで恥ずかしくなっちゃっても仕方ないと思います。そんなで、自分の気持ちをちゃんと言える小学生なんて
あまりいないんじゃないかな」
美也子に向かってそう言う徹也の口調からは、かなり本気で晶を庇っている様子がありありだ。ついブラジャーを覗き見
てしまった相手に対する負い目があるからというよりも、どうやら、徹也は一目見て晶に心奪われてしまっているようだ。
ひょっとしたら、僅かにはだけたサンドレスの胸元をそれとなく覗き込むようにして淡いレモン色のジュニアブラを盗み見
たのも、ついたまたまというよりは、バスに乗った瞬間に晶のことを気に入ってしまい、初対面で心奪われた可愛らしい女
の子がどんな下着を身に着けているのか知りたいくてたまらないという欲望が胸の中にむらむらと湧き起こってきて、それ
でとうとう我慢できずに意識的に晶の席に近寄ってサンドレスの胸元を見おろしたのかもしれない。いや、ひょっとしたらと
いうようなことではなく、事実その通りなのだろう。今、座席は全て埋まっているが、バスに乗ってきた順番からいえば、徹
也は立たずにすんだ筈だ。なのに座席につかず、通路に立っているのは、他の乗客に席を譲るためなどではなく、晶の傍
らに身を寄せるためなのに違いない。いわゆる一目惚れというやつだ。
「あらあら、徹也君たら、むきになって晶ちゃんの肩を持っちゃって。ふぅん、どうやら徹也君も晶ちゃんのこと、満更でも
ないみたいね」
美也子は徹也の反応にすっと目を細めて言い、顔を伏せたままの晶に向かって
「よかったわね、晶ちゃん。徹也お兄ちゃんも晶ちゃんのこと好きだって。お姉ちゃんよりも晶ちゃんのことが大好きなん
だって」
と、三たびひやかし言った。
「そ、そんな……晶ちゃんのことが大好きだなんて……」
晶をひやかす美也子の言葉を耳にするなり、さっきの晶を庇った時の凛とした様子から一転、徹也は顔を真っ赤にして
しどろもどろになってしまった。その様子を見れば、徹也が晶にぞっこんなのはもはや間違いない。
実際の小学校高学年の女の子というのは、意外とがさつで乱暴なものだ。成長期を迎えるのが男子よりも早いから体も
大きくて、汗をかくのもまるで気にする様子もなく校庭を走りまわったりもする。そんな本物の小学生の女の子と比べると、
実は高校生の男の子だということを周囲に気づかれまいと必死な晶はどうしても行動が控えめになって、それが周りの目
には楚々とした感じに映る。しかも、高校生の男の子なのに小学生の女の子そのままの格好をさせられている羞恥がそこ
はかとなく漂い出て、それが、いっそう羞じらいがちな雰囲気を醸し出して、ついついかまってみたくもなる。体も細っこく、
丸っこい女顔のそんな晶が、カラーゴムで髪を結わえサンドレスを着て心ここにあらずといった風情でバスの座席にちょこ
んと腰掛けているのだから、徹也でなくても、同じような年ごろの男の子なら誰もが一目で心奪われてしまうことだろう。
乗客たちをごまかすために始めた作り事の思い出話がきっかけになって、美也子には今やすっかり徹也の本心がお見
通しだ。もちろん、そんなおいしそうな状況を見逃すような美也子ではない。これを存分に利用して、晶を更に恥ずかしい
目に遭わせて楽しむつもり満々だ。
「従兄妹どうしでもおつきあいしていいんだから、自分の気持ちをごまかさなくていいのよ。徹也君、さっき、晶ちゃんはまだ
小学生だから自分の気持ちをちゃんと言葉にできなくてもいいんだって庇ったよね? でも、徹也君は中学生でしょ? そ
れも最上級生の三年生。だったら、自分の気持ちをきちんと言葉にできなきゃいけないよね? 中学三年生の男の子が小
学五年生の女の子とおつきあいするのは変? ううん、ちっともそんなことないよ。年の差は四つ。たとえば、二十四歳の男
の人と二十歳の女の人がおつきあいするのって、すごく当たり前のことだよね。だから、いいのよ。お姉さん、味方になって
あげる。だから、正直に言っちゃいなさい」
美也子は胸の中で真っ赤な舌をぺろっと突き出して、これでもかと徹也をけしかけた。
最終更新:2013年05月13日 00:42