「松井、今日飲みに行かないか?」
「ゴメン。無理だ。今日は約束があってさ」
「しっかたねぇなぁ……また今度な!」
珍しく定時に終わった週末、同僚の高橋の誘いを断りつつ机の上の物を鞄に詰め込む。
「お? 彼女のところか?」
「ま、そんなとこだ」
時計を何度も見直しつつ慌てて帰り支度をする俺の姿を見ながら、
同僚はデートの約束だと思ってくれたようだ。
これはこれでありがたい。
挨拶もそこそこに会社を飛び出し、電車に乗って繁華街へと向かう。
車窓の向こうに輝くネオンの輝きがどうにもまぶしく、
これから待つめくるめく官能の時間を髣髴させて気分を高ぶらせていく。
自分ではわからないが、恐らく俺の鼻息は相当荒かったに違いない。
ゆっくり開く電車のドアから転がり落ちるようにして出ると、
心拍数が上がりすぎないようリズミカルに呼吸をしながら早足で目的の店を目指す。
そのまま数分の間、競歩状態で歩き続けた結果、
うっすらと額ににじんだ汗をハンドタオルで拭き取り、すっと視線を上にあげる。
コンクリート打ちっぱなしの外装に武骨な鉄の扉と、
ネオンや看板で彩られた周囲の華やかな店とは一線を画した店構えが目に飛び込んでくる。
プラスチックの白い板にマジックで『クラブ アップサイドダウン 通用口』と書かれているだけの看板を見て、
俺はにんまりとほほ笑み、そしてゆっくりと扉を開けた。


扉の向こうにはパリッとした、それでいて水商売には見えない
しっかりとしたスーツを着込んだ男が立っていた。
ぎろりと睨むように目線を投げる男に対して
「お疲れ様です」
とお辞儀すると、
向こうも「出勤お疲れ様です」
と返してきた。
そう、このやりとりは、ここアップサイドダウン独特の『合言葉』みたいなものなのだ。
このやりとりができない――つまり何も知らないで入ってきた通りすがりの客――は、
ここで追い返されるシステムとなっている。
「今日はどの部門を担当しますか?」
「んーっと……今週のWコースの制服ってどうなってるの? まだセーラー服なの?」
「セーラー服は先週までで、今週はバニーガールとなっています」
男が淡々と説明する状況を聞きつつ、いろいろと思いをはせる。
「ではHコースを担当します」
数秒悩み、俺は当初の予定通りHコースを担当することにした。
「当店での出勤は初めてでしょうか?」
「いえ、何度か出勤してます」
財布から1枚のカードを取りだし、男に提示した。
それを見た男はなにもかも了解したような顔で頷いて、俺をロッカールームへと案内する。
「それではヘアメイクをご利用の際は内線でお願いします」
パタンとロッカールームの扉が閉まり、俺はひとつ大きく息を吐き出す。
そしてこれまた無数に並ぶロッカーから目的の番号を探しだし、
会員証代わりになっているカードキーをロッカーに通す。
ピピピ……とわずかな電子音の後、かちゃりと音を立てて鍵が外されたロッカーを開くと、
どことなく甘いにおいがむわりとたちこめ、脳をくらくらさせる。
「まずはこいつをどうにかしないとな」
誰に聞かせるでもなくそうつぶやくと、俺は大急ぎでスーツを脱ぎだした。

ワイシャツ。スラックス。黒い靴下。そしてトランクス。
すべてを脱ぎ捨て生まれたての姿となった俺は、
ロッカーにしまいこんだ紙袋から一枚の布きれを取り出す。
シルク独特の怪しい光沢を放つ、豪奢なレースに彩られた女性用のショーツ。
普通の女性ならば「勝負下着」として準備しているであろうそれに脚を通してするりと引き上げ、
股間にある男性のシンボルを小さくまとめるように納める。
続いてショーツと同じ素材で出来たチューブトップのブラを取りだして胸に当てると、
後ろ手でホックを止める。もちろん、止めた後に周囲の肉をかき集めて
パッドが収まったブラのカップ内に押し込むのも忘れない。
それからサポートストッキングを履きやすいように小さくまとめ、
つま先、かかと、ふくらはぎ、ふともも、ヒップの順に引き上げていく。
強烈な引き締め効果で有名なこのサポートストッキングは、
脚線だけでなくヒップラインを美しくするためにパッドが入っているのもうれしい。
サポートストッキングを履いた後は、今度はレース編みで幾何学模様がデザインされた
柄ストッキングを同じように履いていく。
一部ストッキング愛好者からは『カバコ』とか揶揄されるストッキング重ね履きだが、
俺にとってはこれが一番脚線美を発揮できる方法なので仕方がない。
一通り下着をつけた後はいよいよドレスアップ。
いろいろ迷ったものの、今日はHコースということでスーツを選ぶことに。
スーツと言っても、もちろんさっきまで着ていた男性用スーツとは違う。
まず大きな衿がついたストライプのノースリーブシャツとベストが一体化したような
トップスを着込み、幅が太いネクタイを結ぶ。
もちろんネクタイはしっかり結ばず、胸元を開けるような感じでゆったりめに仕上げる。
続いて大きく入ったスリットがセクシーなロングタイトスカートを履き、
太いエナメルのベルトを締める。
最後にシャンパンゴールドに輝くヒールの高いパンプスを履くと、
視線がぐっと高くなり背筋がしゃんと伸びた。
大きな姿見の前で軽くポーズをつけると、
首から下だけはまるで高級クラブのホステスのようだった。

しかし、ただ着替えただけで終わりではない。これからメイクが待っているのだ。
メイク台の前に座り、手早く髪をピンでとめてから電動髭剃りを取り出し、
ただでさえ薄い髭を入念に剃りあげてからコンシーラーで痕を隠し、
ついでに眉毛もコンシーラーで丁寧に隠していく。
次にリキッドファンデーションをスポンジの上に取りだし、頬になじませていく。
目の下からこめかみ、鼻の下から耳の上、小鼻から耳に、
唇の端から耳の下へと、数回に分け、丁寧に丁寧に伸ばしていく。
仕上げに目の周りやひたい、口の周りなどにもファンデーションをつけていくと、
男っぽい毛穴が目立つ皮膚が女性らしいきめ細やかな肌に変化した。
間髪入れずにフェイスパウダーをパフを滑らせるように肌へと乗せると、
ファンデーションを塗った直後独特の質感だった肌に透明感のある輝きが宿された。
続いて指先に細かくパールが入っているブラックのアイシャドウを取り、
まぶたの上になじませていく。その上にキラキラ感の強いシルバーのなじませ、
目頭から目じりに向かって微妙なニュアンスをつけるように丁寧に塗っていく。
そしてペンシルタイプのアイライナーで、
目頭から目じりへとまつげの生え際を沿うように少しずつラインを引いていく。
しっかりラインを引き終わったらビューラーでまつげを根元から立たせ、
マスカラでしっかり立ったまつげをキープする。
大きさは変わっていないはずなのに、
目が大きくなったような錯覚すら覚えるアイメイクにうっとりしつつ
使い捨てのカラーコンタクトを装着すると、
本来のものからグレーに変化した瞳がきらきらと輝く。
最後にブロウペンシルで丁寧に1本ずつ描くように、アーチ状の眉毛を仕上げていく。
もともとの眉毛を剃るなり抜くなりして整えるほうが綺麗に仕上がるのだが、
普段は会社勤めをしている身なのでそんな無理はできない。
まばたきするたびにバサバサはばたく音が聞こえてきそうなほど長いまつげと、
目元を際立たせるアイライン。
そして、派手ではないが自己主張はしっかりしているアイメイクと、弧を描くようなまゆげ。
完璧に作り上げられたアイメイクが、俺の目を女性の色っぽい視線へと生まれ変わらせた。
それから目の覚めるような、それでいてどことなく落ち着いた感じのする赤い口紅を取りだし、
筆で唇を描き出していく。
仕上げにつややかなグロスを塗ると、ぷるぷると震えるような色っぽい唇が完成した。

これでフェイスメイクは完璧なものとなったが、
逆に貧相なままのサラリーマンヘアがなんとも言えない違和感をかもしだしていた。
その違和感を何とかしようと、ヘアメイク呼ぶための内線電話を取る。
数言のやり取りの後受話器を置いて2分ほどすると、
スリーピースのスーツを着たヘアメイクアーティストがやってきた。
「どのようにしますか?」
「ゴージャスな感じのふんわりしたロングでお願い。前髪はぱっつんで」
「色はどうします?」
「ん……スモーキーアッシュで」
「かしこまりました」
ヘアメイクアーティストは恭しくお辞儀すると一旦ロッカールームから立ち去り、
しばらくしてウィッグを持ってきた。
そして手早く俺にヘアネットをかぶせたあとウィッグを仮装着して頭へのなじみ具合を確認し、
アジャスターを調整してから再びウィッグをかぶせて頭に固定する。
固定したあとにブラッシングや手櫛で髪型を整えていくと、
最初はどこからみてもウィッグにしか見えなかったものが、
まるで本物の髪が整えられたかのような躍動感と美しさが与えられていく。
「完成いたしました」
「ありがとう」
そっとチップを握らせながらお礼を言うと、
またも恭しくお辞儀をしてヘアメイクアーティストは去っていった。
フェイスメイク、ヘアメイクが終わったら今度はハンドメイク。
ラインストーンで装飾が施されたパールに輝くスクエアタイプのネイルチップを、
爪の根元に合わせ両面テープで張り付けていく。
あらかじめ家で形を整えてきただけあって、
まるで本物の自分の爪にネイルアートを施したような出来栄えとなり、眺めているだけでうっとりしてくる。

しかし、時間を浪費している暇はない。備え付けの名札を1つとり、
利き手ではない方で『あすか』と源氏名を書いていく。
ただでさえネイルチップをつけているためペンが握りにくいのに利き手と逆で書いた文字は、
絶妙なゆがみと丸みを帯びて知的さを一切感じさせないものとなった。
さらに名前の隅にハートマークを描き加えると、バカっぽさはさらに上がっていく。
これを腰の部分につけて、仕上げにお気に入りの香水をうなじと足首に
ほんの少しだけつけてから姿見に自分を映すと、
ゴージャスなウェーブヘアをたたえドレス風スーツを着込んだ女性が、
どこか虚ろな瞳を輝かせ口角をあげた微笑みを返してきた。
「よし、上出来♪」
『全身をキメキメにしているけれども、頭の中はからっぽな商売女』という
俺のなかで理想の女装スタイルの完成に満足した俺は、
ポーチを手にヒールでつまづかないようにゆっくりとホール目指して歩き出した。
そう、この瞬間から俺はサラリーマンではなく、高級ホステスなのだ。
内側から湧き上がる自信を胸にホールに踏み出すと、
入り口そばにいた店員が名札をちらりと見てから
「あすかちゃん出勤いたしました~」
と、備え付けのマイクで店内に一斉放送をかけた。
「じゃ、4番テーブル入ってね」
そう耳打ちされた指示に従って4番テーブルに向かう俺。
間接照明が多用された店内は薄暗いが、
どのテーブルからもよく見える位置にあるステージでは、
ラメブルーのビキニトップに股上が浅くおしりが見えてしまうほどのホットパンツを身に着けた黒ギャルが、
プラチナアッシュのロングヘアをなびかせながら煽情的なポールダンスを披露している。
通路にはエナメルのバニーコートを着たバニーガールたちが、
バックシームのラインがセクシーな網タイツの脚線美を披露しながら
テーブルにお酒やおつまみを運び、ときには客からおしりやふとももを撫でられて嬌声をあげる。
そして各テーブルでは高級そうなスーツを着た男たちが、
スーツやドレス姿の嬢に接客されながら楽しそうに酒を飲んでいる。
このような、どこにでもある『水商売のお店』の様子を横目に見ながら、
俺は指定された4番テーブルへと到着した。
「よろしくお願いします~♪ あすかで~す」
必死に訓練して出せるようになった、鼻にかかったような甘い女の子のような声で軽くおじぎをする俺。
「よう、あすかちゃん。ひさしぶり」
ソファーにゆったりと腰かけた高級そうなスーツの男が、片手を上げて挨拶を返してくる。
かっちり決めた髪型と綺麗にトリミングされたあごひげ、そしてスーツから覗くカラーシャツが、
いかにも遊び慣れている雰囲気を漂わせている。

「お久しぶりです、ユージさま」
「かたっくるしい挨拶はヌキでさ、はやく座ってよ」
ポンポンとソファーの横を叩き、俺の着席を促してくる。
「失礼します」
促されるまま席に座ると、ユージは無言で煙草を取り出そうとした。
その予兆を素早く察知した俺は、ポーチからライターを出して一度手許で火をつけ、
そしてゆっくりとユージが咥える煙草へと近づける。
ぼんやりと明るく照らされるユージの整った顔。
しかし、トリミングされたあごひげは、どこか作り物のような感じが見て取れた。
ゆっくり視線をユージの手許に移すと、そこには男性らしくないしなやかな指があった。
そう、ユージは女性なのだ。
彼だけではない。このフロアで酒やキャバ嬢との談笑を楽しんでいるホスト風の男も、
セクハラまがいのスキンシップをするバーコードヘアの男も、
眼鏡をかけた真面目そうなサラリーマンも、すべて女性であるという。
逆に、先ほどステージでポールダンスを披露していたギャルも、お酒を運んでいたバニーガールも、
そして各テーブルにいてかいがいしく酒を作ったり談笑している嬢たちも、全員が男性なのだ。
では、ここがオナベ専用のニューハーフパブかと言われたら、決してそうではない。
この『クラブ アップサイドダウン』は、男性客が思い思いの水商売風女装をしてキャバクラの接客を体験し、
逆に女性フロアスタッフは『よくキャバクラに来る男性客』っぽい格好をして
にわかキャバクラ嬢のおもてなしを受けるという、ちょっと変わった店なのだ。
ちなみに、この店で一番人気の『お客様』(つまり、女性スタッフ)は、
ハタチそこそこなのにわざわざ毛抜きで髪を抜いてバーコードヘアにセットしている『敬一郎』だという。
どちらかといえばアイドル系の顔立ちなのにわざわざオヤジくさい格好をして、
さらにセクハラまがいのボディタッチまでする積極性が人気の秘訣なのだとか。
一方、ユージは人気ランクでは3番目ぐらいだが、
どことなく宝塚のトップスターを髣髴させる整った顔立ちと、
キザで遊び慣れたような立ち振る舞いが俺のお気に入りで、
可能な限り彼を『担当』することにしているのだ。

そのお気に入りのユージが煙草をくゆらせている間に、
通りがかったバニーガールにそっと声をかけ、水割りセットを用意してもらう。
「じゃあ、そろそろお酒でも作ってよ」
吸いかけの煙草を灰皿で揉み消しながらユージがお酒の催促をしてきたのとほぼ同時に、
バニーガールが水割りセットを持ってきた。
露骨なまでに前かがみになって、高級な女装用ブレストフォームを使っているのか
女性のものと区別つかないほど豊かなバストを誇示するバニーガールに内心苦笑しつつ、
小道具として挟み込んだライターが自己主張する胸の谷間は俺ですらドキッとさせられ、
今度バニーガールをすることになったら真似してみようと思わせるほどであった。
間接照明で艶やかに光るヒップを振りながら去っていくバニーガールを横目に、
グラスに氷を入れて軽くマドラーでかき回してグラスを冷やし、
続いてウィスキーをグラスの底から指一本分のところまで入れる。
そしてミネラルウォーターをグラスの7分目ぐらいまで注ぎ、マドラーで上の方を軽く混ぜる。
最後にトーションでグラスについた水滴を拭い、グラスの下の方を両手で持ってユージの前にそっと置く。
「あすかちゃんも飲みなよ」
とユージが勧めてきてから、改めて自分用の水割りを手早く作る。
「それじゃ、乾杯」
「乾杯」
両手でグラスを掲げてユージのグラスの底のほうに当てるように乾杯をする。
女の子らしくちびちびといただきながら、ユージと他愛のない話をしつつ、
水割りを作ったり煙草に火をつけたり灰皿を交換したりと、嬢の仕事をこなす。
時折、スリットから覗く脚を触られたり、肩を抱かれたりと、
積極的なスキンシップに頬を染めていると、
ふとした瞬間にユージと瞳が重なり、なんとも言えない切ない沈黙が訪れた。
「……いいかい?」
無言で目を伏せる俺。
そっと触れるような、初々しい中学生のようなキス。
ユージとのファーストキス。
恐らく時間にして3秒ほどの永遠が過ぎ、ゆっくりと瞳を開けるとユージの顔が遠ざかっていく。
彼の顔がまともに見れないほど、心臓がどきどきと高鳴っている。
火照った顔をどうしようかと思っていると、追いうちのようにユージが耳元でささやいてくる。
「今日、アフターできるかな?」
すっかり舞い上がってしまった俺は、無言で頷いた。
もしかしたら、何度もブンブンと首を振ってしまったのかもしれない。
それから『あがり』になる1時間ぐらいの間、何をしていたのか忘れるほどに、
俺は浮かれた気持ちで『接客』を続けていた。


既定の時間が終わってロッカールームに戻り、
本来ならば着替えて料金を精算するのが常だが、
この格好のまま帰ることをロッカールームつきの係員に告げる。
そして時間経過や飲食で崩れた化粧を直し、
来る時に着ていたスーツをレンタルしたスーツキャリーへと詰め込む。
そして店の横に用意されているコインロッカーに荷物を投げ入れて、
大きな荷物を持ち歩かないで済む状態にした。
かなり手早く身支度をしたつもりだけれども、
それでも『あがり』の時間から30分以上経過してしまい、
ユージを待たせてしまう形になってしまった。
待ち合わせ場所の場所に慌てて向かうと、ユージは所在無げに煙草をふかしていた。
「ごめんなさい! 遅くなっちゃいました」
「大丈夫、そんなに待ってないよ」
深々とお辞儀をしてユージに謝ると、彼は優しく頭を撫でてくれた。
その手がやけに温かく、さらに自分の顔がほてっていくのがわかる。
「じゃあ、行こうか」
すっとユージが腕を差し出してきたので、それにすがるように抱きつく。
ちょっと高めのヒールを履いているにもかかわらず彼は自分よりも頭一つ高く、
本当に男の人の腕にもたれかかっているような気分になってくる。
そのままデート気分で繁華街を歩いていると、
前方から見慣れた人物がやってくるのが見えた。
高橋だ。
飲み会の帰りなのか、別の課の人間と一緒に大声で騒ぎながら歩いている。
すれ違った瞬間、高橋がちらりと俺の方を見たのに気づく。
恐らく、彼の方に開いていた脚のスリットに惹かれたのだろう、
一緒にいた奴らに「今すれ違った娘、脚がすげー綺麗だった!」と
興奮気味に語ってはたしなめられていた。
そうか、アイツから見ても俺はかなり魅力的なのか。心のなかで軽くガッツポーズをする。
ウキウキ気分のままユージに導かれるまま歩いていると、
繁華街とは反対の方に向かっていることに気がついた。
この方向は……ホテル街だ。
まさかと思ってユージの方を見上げると、
「……あすかは、嫌かい?」
とびっきりの笑顔をみせるユージ。
断れるわけがない。
無言で目を伏せ、ぎゅっと抱きつく。
ユージに導かれるまま、俺はホテルの入り口をくぐった。


ホテルは間接照明と壁紙の色合いのせいか、どことなく淫靡な雰囲気が漂い、
これから起きるであろう出来事への期待感が高まっていく。
「ねぇ……シャワー浴びてきていい?」
もう深夜といっても差し支えない時間。このままユージに抱かれるとなると、
汗のにおいなども気になってしまう。
だが、ユージは俺をベッドに押し倒し
「だってシャワーを浴びちゃったら、あすかにかかった『魔法』が解けちゃうだろ?」
とささやいて俺の唇を自分のものでふさいだ。
口腔内を溶かしつくされるような濃厚なキスで脳がしびれている。
この瞬間、俺は――ワタシは本当に魔法にかかり、ユージの『女』になった。
唇に、首に、脇の下に、何度も何度もキスをするユージ。
そのたびに自分の中の『女』がどんどん大きくなっていく。
やがてユージの手がスリットの間からスカートの中に差しこまれ、
ワタシの大事なところを執拗に愛撫する。
ストッキング越し独特のなんともいえない感触にどんどん昂り、吐息が唇から洩れてしまう。
「そろそろいいかな?」
手慣れた感じでスカートをはずされ、ストッキングのみの姿にされてしまう。
なんか急に恥ずかしくなってきて、ユージの方を見られない。
「そろそろいいかな?」
ユージはワタシのストッキングも下ろし、大事な部分を一気に露出させた。
瞬間、はじけるようにワタシの『モノ』がピンと屹立し、激しく自己主張をはじめた。
ユージの前では『女』でいたかったのに、ここで男を見せてしまったことが恥ずかしくなってしまい、
彼の顔がまともに見られない。
「大丈夫、あすかは誰よりも『女の子』だよ」
ヒクヒクと脈打つワタシ自身に軽くキスをし、そして口に含んだ。
「ああんっ」
ユージの口の中は温かく、そして蕩けるような気持ちよさで、すぐに絶頂に達してしまった。


ワタシが出したものを嫌な顔せずに飲み込むと、
ユージはスラックスを脱ぎ捨ててなにやらごそごそやりはじめた。
「じゃ、今度は俺のものを気持ちよくしてもらおうかな?」
ユージの股間には、黒く光る『男性自身』が装着されていた。
ワタシはそれを咥えこみ、舌や唇を使って全力でフェラチオしはじめた。
カリの裏を舐め、ディープなストロークでサオ全体を撫でる。
ジュルジュルと自分がたてる粘液音が響き渡り、それがさらに興奮を加速させる。
「舌だけじゃなく、もっと頬やのどを使えよ」
「こ、こうでひゅか?」
上目使いでユージの様子を見つつ、より強くペニスを吸引しながら唇や頬を使いペニス全体を愛撫する。
たぶん、ユージから見える自分の顔は、まるでひょっとこのようにおかしなものになっているに違いない。
しかし、自分でも自覚できるほど情けない姿も、すべてユージのため。
「……んんっ!」
ユージのものを愛している。フェラチオしている。
そう思っているだけでどんどん高みへと上り詰め、ついに触らずに絶頂へと達してしまう。
「……フェラチオだけでだけでイっちゃったのか。あすかは本当にエッチな娘なんだな」
あざけるような、あわれむような、ドSな視線でワタシを見つめるユージ。
「……ふぁい、あしゅかはえっちなこでしゅ……」
そのまなざしに蕩けながらも、フェラチオする口は休めない。
「さて、そろそろかな?」
まるで引きはがすようにワタシの唇から抜くと、ユージは四つん這いになるように促してきた。
言われるがまま、ユージに大事なところをすべて晒す。
少しの間が開き、なにか冷たいものがワタシのおしりにかけられた。
「ちゃんと濡らしてあげないとな……」
どうやらかけられたものはローションだったようだ。
図らずも一瞬にして濡れたワタシの股間は、ユージのものを全力で受け入れる体勢になった。
おしりを両手でつかみ、大事なところに一気に突き入れるユージ。
最初はゆっくり、ゆっくり……そしてだんだんとストロークが速く激しくなっていく。
ぱぁん! ぱぁん! と激しく腰を打ちつける音が響き渡り、
そのたびにケモノのようにあえぐ声が唇から洩れてしまう。
「あ、あぁんっ!」
「いいか! 俺のがいいのか!」
「ユージが! ユージのがいいのぉ!」
「あすかは俺のだからな! 俺のオンナだからな!」
「ひゃい! あすかはユージのものでひゅ!」
ゆっくり。はげしく。やさしく。つよく。
貫かれるたびユージへの思いが全身に詰め込まれていく。
そして何度目かわからない絶頂を迎え、ワタシは静かに微睡の中へと沈んでいった。


「目、覚めたか?」
どのぐらい気を失っていたのだろうか、
ワタシはユージの胸の中に抱かれるようにして眠っていたことに気がついた。
少しだけジンジンするおしりは処女をユージに捧げた証拠なので、痛さも少し心地いい。
「もう少し、休んでいくか?」
煙草をくゆらせながら、ぶっきらぼうにつぶやくユージに無言で答える。
「ところでさ。あすかは専業でキャバとかやったりしないのか?」
「……勤めもあるし、なによりアレは趣味にしておきたいし……」
「そうか、残念だな。今度、俺がオーナーで新しい店を出すんだけどさ、
 あすかにそこの店で働いてもらいたいって思ってたんだけどな」
残念、残念と、何度も自分を納得させるように頷くユージ。
頭の中で会社に勤めながら女装を趣味とする人生と、
ユージの傍らでかいがいしく働くあすかの姿を天秤にかける。
もちろん会社勤めに大きく傾きはじめた瞬間、
「あすかとは、これでおしまいかもしれないなぁ……」
そのユージのつぶやきを聞いた瞬間、天秤の支柱は大きく音を立てて折れてしまった。
もう、ワタシにはユージなしの人生は考えられない。
「……やめます」
「ん?」
「会社、やめます! ユージのお店で働きます!」
会社勤めの安定した人生も、男としての一生も、ユージと比べたらゴミのようなもの。
ワタシはユージについていくことを決意した。
「イイ子だな、あすかは」
いとおしいものをあやすかのように、ワタシをやさしく撫でてくれるユージ。
これだけで、宣言をした価値はある。
しかし、ワタシがユージについていくと言った瞬間に見せた、
あの邪悪な笑顔はなんだったのだろうか。
「じゃ、続きシようか」
そう言ってユージはワタシに覆いかぶさってきた。
一瞬浮かんだ嫌な想像は、ユージのキスでどこかに吹っ飛んでしまった。
頭の片隅で泥沼にはまってしまったことを自覚しつつ、
それを振り払うかのようにワタシはユージとの愛欲におぼれていくのだった。


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最終更新:2013年09月16日 20:14