美也子の手でおむつを取り替えられた後、初老の女性と別れて、晶が連れて行かれたのは、フロアの奥の方にある、他
のテナントに比べてかなり売場面積の広い衣料品店だった。もともとは町中のこじんまりした衣料品店だったのだが、ショ
ッピングセンターができると同時にテナントとして新店舗を構え、全国的に割と名の知れたデザイナーズブランドの販売ライ
センスを取得したり、このあたり一帯にある幼稚園から高校に至るまで殆どの学校に制服や体操着などを納入する指定業
者に選ばれるなどして、着実に業績を伸ばしているらしい。
しかも、既製服を販売するだけでなく、腕の立つ職人を何人も抱えて、仕立て直しやサイズの手直しなど様々な要望にも
きめ細かく応じてくれるから、客からの評判もすこぶるいい。小学校の後半から急に背が伸び始めた美也子にとっても、中
学校や高校の制服がすぐに窮屈になって困っているのを何度も助けてもらっていたし、他の店では美也子の体に合うサイ
ズのレディスをみつけるのが難しくても、この店に来れば既製服を美也子が着ても窮屈さを感じないようすぐに手直ししてく
れるということもあって、今ではすっかりお馴染みさんだ。
「ふーん、久しぶりに来てみたけど、ちっとも変わってないんだ、このお店」
「だな。レイアウトはいろいろ変わってるみたいだけど、全体の雰囲気はまんまだもんな」
初老の女性とは迷子センターの前で別れたものの、映画を見逃した淳司と智子のカップルは結局、美也子たちと行動を
共にすることになって衣料品店までついて来たのだが、その二人が、店に足を踏み入れるなり、互いに嬉しそうに顔を見合
わせ声を弾ませた。
「え? あの、二人とも、このお店には何度も来てらしたんですか?」
知り合ったばかりの二人が自分の馴染みの店を贔屓にしていたようだと知って、美也子は少し驚いた顔で尋ねた。
「そうよ。だって、私たち、高校は星陵だもん。星陵高校もこのお店が指定業者になっていたから、寸法直しとかで何度か
来たことがあるの。ま、寸法直しっていっても、スカートの丈を校則ぎりぎりまで短くしてもらったり、カフスのボタンをこっそ
り色違いにしてもらったりって感じで、あまり褒められたことじゃないけどね。今から思うとなんだかなぁってことでも、ほら、
高校生くらいの年代の女の子って、そういうとこあるじゃない。美也子さん、現役の高校生だもん、わかるでしょ?」
昔のことを懐かしんでいるのか、どこか遠い所を見るような目で智子が応えた。
「俺も、制服に鉤裂きとかつくっちまって、何度も直してもらいにきてたな。ちょっとしたことだったら料金も取らずにやってく
れたから、連れとふざけて机の角に引っかけちまった時とか、母親に内緒で直してもらったもんさ」
智子の言葉に淳司も相槌を打つと、智子の顔をちらと見て、どこか照れたような顔で続けた。
「ま、もっとも、高校二年の夏休み前にゃ、ボタンが取れても智子が付けてくれるようになったから、それ以後は殆ど来てな
いけどな。最後にここへ来たのは、三年生の時のクリスマスだったっけ。智子と二人で来て、お互いになけなしの小遣いを
はたいて、ちょっとした小物を買ってプレゼントし合ったんだよな。なっつかしーな、おい」
「あ、二人とも星陵高校の卒業生なんですか。それに、淳司さんのその口ぶりだと、二人は同級生で、高校に通ってる時か
らのおつき合いってことですよね?」
少し訝しげな表情を浮かべていた美也子だが、二人の説明にすぐ納得顔になった。考えてみれば、住宅街と駅前とを結
ぶバスに乗り合わせた仲なのだから、美也子たちが暮らしている場所と淳司たちの家がある場所とがさほど離れていない
のは当たり前のことだし、地元の高校に通っていたらしい二人が足繁くこの衣料品店に足を運んでいたとしても不思議では
ない。
「いいなぁ、そういうの。私なんて、ボーイフレンドをつくるのもファーストキスも小学生の妹に先を越されちゃったから、羨ま
しくてたまんないです」
納得顔で頷く美也子は、さりげなく晶をひやかすことも忘れない。
美也子の言葉に、晶の羞恥がさわっとくすぐられる。
だが、この時、晶が覚えたのは羞恥だけではなかった。羞恥で顔を赤く染める晶の瞳には、怯えの色がありありと浮かん
でいた。
淳司が口にした『星陵高校』という校名。それは、晶と美也子が今まさに通っている高校の名前だった。
済ました顔で頷く美也子とは対照的に、晶の胸が早鐘のように高鳴る。
「ま、そういうことはタイミングってものもあるから仕方ないわね。美也子さん、とっても美人なんだから、そのうち、いい人
ができるわよ」
穏やかな笑顔で智子が言った。
「でも、私、こんな大女ですもん、まわりの男の子は怖がっちゃって、近づいてきてもくれないんですよ。やっぱり、男の子
って、晶ちゃんみたいな女の子の方がいいのか。ね、徹也君はどう思う?」
美也子はわざとおおげさに首を振ってみせ、どことなくからかうような口調で徹也に話しかけた。
「えーと、あ、あの、どう言っていいかわかんないけど、その、人ぞれぞれだと思います。ぼ、僕は、僕が守ってあげなきゃ
いけないってつい思っちゃうような、どっちかっていうと内気な、そ、その、晶ちゃんみたいな子がタイプだけど、でも、きりっ
とした美人のお姉さんみたいな人がタイプだっていう男の人だっているに違いないし、だから……」
急に話を振られ、しどろもどろになりながら徹也は応えた。
その様子に、くすっと笑って美也子が言葉を返す。
「いいわよ、そんなに無理して私のこと慰めてくれなくても。他の男の人のことは知らないけど、徹也君の顔には『大女の
お姉さんより、華奢で内気な晶ちゃんの方が一万倍大好きです』ってはっきり書いてあるんだから」
「あ、いえ、そんな……」
内心を見透かされて徹也が更にしどろもどろになった。
「だから、いいってば。本当のこと言うと、徹也君が私よりも晶ちゃんのことを気に入ってくれて、とっても嬉しいんだ。私は
どっちかっていうと社交的な性格だから、ボーイフレンドの一人や二人、どんなことをしてでもつくってみせるわよって気も
ないわけじゃないの。それに比べて、晶ちゃんは内気で私にべったりの甘えん坊さんで、このままじゃ、男の子とのおつき
あいなんてとてもじゃないけど無理かなって心配してたのよ。でも、そんなところへ徹也君っていうとっても優しいボーイフ
レンドが現れて、私、とっても喜んでるの。殆ど外出らしい外出なんてしたことがなくて、男の子とのおつきあいなんて考え
たこともない晶ちゃんだから、約束通りちゃんと守ってあげてね」
淳司と智子が自分たちの高校の卒業生だと知って怯えの色を浮かべる晶とは対照的に、美也子は、幼い妹を気遣うしっ
かり者の姉そのまま、にこやかな笑顔で言うのだった。
「というわけで、晶ちゃんにお出かけ用のお洋服を買ってあげようと思ってここへ来たんだけど、どんなのがいいか徹也君
も見立てを手伝ってちょうだいね。せっかくだもの、ガールフレンドにはちょっとでも可愛い格好をしてほしいでしょ?」
美也子はそう付け加えて、店内の通路を先に立って歩き出した。
「よかったね、晶ちゃん。お姉さんがお出かけ用の洋服を買ってくれるって。でも、僕、女の子の洋服の見立てなんてした
ことないや。晶ちゃん、どんなのが似合うんだろ」
声を弾ませてそう言い、美也子につき従って歩き出そうとした徹也だが、晶の顔色が優れないことに気づくと、少し心配そ
うな声で尋ねた。
「どうしたの、晶ちゃん? さっきはなんだか熱があるのかなと思うほど顔が赤かったのに、今度は急に顔が蒼くなってるよ。
気分が悪いんだったら僕からお姉さんに話してあげようか?」
「え? あ、ううん、なんでもない。……なんでもないから心配しないで、お兄ちゃん」
晶には、力ない声でそう応えるのが精一杯だった。迷子センターの一角で徹也の名を呼びながら射精してしまった晶は、
パーティションの中から連れ出されても、まともに徹也と顔を会わせることなどできなかった。迷子センターをあとにする時
も、徹也に手をつながれて、頬を真っ赤にしながら顔を伏せるばかりだった。それが今度は、淳司と智子が自分の通って
いる高校の卒業生だと聞かされたものだから何かのきっかけで自分の正体をさらされてしまうのではないかと怯えきってし
まい、顔色を失ってしまったのだが、本当の事情をまるで知らない徹也が心配するのも無理はない。けれど、それを説明
するわけにもゆかない。
「なら、いいけど。でも、気分が悪くなったらちゃんと言うんだよ。晶ちゃん、ただでさえ内気で言いたいことがあっても遠慮
しちゃうようなところがあるけど、僕にはなんでも言っていいんだからね。僕たち、れっきとしたボーイフレンドとガールフレン
ドなんだし……」
あらためて美也子のあとに続いて歩き出しながら、徹也は晶の手を取ってそう言い、ほんのりと顔を赤らめると、少し間を
置いてから続けた。
「……それに、もうファーストキスも済ませた仲なんだから、何も遠慮することなんてないんだよ。お姉さんには言いにくい
ことでも僕には話してくれるよね?」
「お、随分と強気に出るようになったじゃないか、中坊。すっかり恋人どうし気取りってわけか。いいよ、いいよ、お熱いよ」
徹也が言うなり、後ろから淳司の囃したてる声が飛んできた。
それをすぐに智子がたしなめる。
「ほら、そんなこと言ってからかうもんじゃないわよ、淳司ってば」
淳司に向かって少し強い調子でそう言った智子だが、晶の手を引いて自分たちの前を歩く徹也の肩越しに、本来の穏
やかな口調に戻って話しかけた。
「でも、内気な晶ちゃんをリードしてあげるには、少しくらい強引な方がいいかもしれないわね。さっき、ちょっとヒステリー
気味になっちゃった晶ちゃんをなだめるのにキスをしたけど、あれくらいの方がいいかもしれない。それにしても、咄嗟に
よく思いついたわね、あんなこと」
「あ、あの、いえ、えへへ……」
智子に言われ、晶の唇の感触を思い浮かべながら、徹也は照れ臭そうに曖昧に笑ってみせるばかりだ。
一方の晶は、空いている方の掌を自分の胸元に押し当て、おずおずと顔を伏せてしまう。
「そりゃそうと、中坊と晶ちゃん、従兄妹どうしだったよな? そのわりに随分と久しぶりに会ったって言ってたけど、小学
校は別々だったのか? 中坊が六年生の時、晶ちゃんは二年生だった筈だから、同じ小学校だったら顔を会わせてる
筈だよな?」
「え……? え、えーと、ぼ、僕は、小学校は旭ケ丘だったけど……」
バスの中で美也子に言われるまま従兄妹どうしということにしたものの、実は徹也と晶とは、初めて出会ったばかりだ。
突然の淳司の問いかけにどう応えていいのか咄嗟には考えがまとまらず、徹也は、いささかしどろもどろになりながらも、
自分が卒業した小学校の校名を正直に告げてしまう。
徹也が口にした『旭ケ丘』という校名を耳にして、晶の顔に微かながら安堵の色が浮かんだ。晶たちがバスに乗った停
留所と徹也が乗ってきたバス停とは二つしか離れていない。その程度の距離だと自分が通っていた小学校と同じ校区か
もしれないと一瞬は不安を抱いたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「じゃ、晶ちゃんは、どこの小学校に通っているの?」
淳司の問いかけに自分も少し興味を抱いたのか、晶に尋ねたのは智子だった。
「あ、あたしは、夕陽……」
「晶ちゃんは付属に通ってるんです。晶ちゃん、ちょっと内気なところがあるから、普通の公立だと周りの子たちについてけ
ないかもしれないって両親が心配して」
智子に訊かれ、顔を伏せたまま自分の卒業した夕陽丘小学校の名前を口にしかけた晶だが、ぱっと振り向いた美也子
が晶の言葉を遮って応えた。
「あ……」
美也子の言葉に、晶は思わず自分の唇に指先を押し当てて口をつぐむ。明日、徹也と児童公園で会うことになっている
のを思い出したのだ。しかも、香奈や恵美たちとも遊ぶ約束をさせられている。その香奈たちには晶が付属に通っていると
説明しているのだから、徹也にもそう思わせておかないと、後々困ったことになるかもしれない。
「あ、付属なんだ、晶ちゃん? えーと、このへんで付属っていったら、ひょっとして、啓明学院大学の付属かな?」
美也子が口にした『付属』という言葉にどういうわけか智子がぱっと顔を輝かせ、興味深げに重ねて訊いた。
「え、ええ、はい、そうですけど……あの、それが何か?」
さして深く考えもせず、香奈たちに対してしたのと同じ説明をしただけの美也子は、智子の反応に面食らって、きょとんと
した顔で思わず訊き返してしまった。
「うん、だって……ね、淳司?」
いつも落ち着き払った態度でいる美也子の驚いた顔を目にしたのがおかしいのか、智子はくすっと笑って、すぐ横を並ん
で歩く淳司の方に振り向き、なにやら意味ありげに頷いてみせた。
「ああ、そうだな。こういう偶然もあるんだな。いや、確かに俺もちょっとびっくりしちまったよ」
同意を求められた淳司が、どことなく面映ゆそうな顔で頷き返す。
「あのね、私たち、二人とも、啓明学院大学の学生なのよ。高校二年生の時につきあい始めて、どうせなら同じ大学へ行こ
うねって励まし合って第一志望の啓明に入ったの」
智子は、思ってもみなかった偶然に、きらきらと瞳を輝かせて説明した。
そうして、智子が続けて口にした説明に、晶は思わず身をすくめてしまう。
「私たち、学部も同じで、教育学部なの。小学校の先生になりたくて頑張ってるのよ。春休みが終わったら四年生になる
んだけど、四年生になったら六月に教育実習があるから、附属の小学校で晶ちゃんと会えるかもしれないわね。うふふ、
晶ちゃんのクラスを担当させてもらえちゃったりしたら楽しい教育実習になるんだけどな」
智子はそう続けたが、その場に立ちつくしてしまった晶の蒼褪めた顔色に気づいて、心配そうに声をかけた。
「どうしたの、晶ちゃん? さっき徹也君も言ってたけど、気分が悪いんじゃないの?」
「あ、大丈夫です。晶ちゃん、精神的にも内気なところがあるけど、体も少し弱くて、お日様の照ってる所と冷房が利いて
る所とを繰り返して出入りしたりすると、決まって疲れちゃうんです。でも、それって、ちょっとした癖みたいなもので、すぐ
に元気になるから、あまり気を遣わないでください。気を遣われると、却って晶ちゃんの負担になりますし。――ね、大丈
夫よね、晶ちゃん?」
それまで先頭に立って歩いていた美也子だが、すっと晶のすぐそばに移動すると、智子に向かって軽く手を振ってみせ、
晶の耳元に囁きかけた。
「あらあら、困ったことになったわね。淳司お兄さんも智子お姉さんも、晶ちゃんが通っていることになっている附属小学校
で教育実習をするんだって。その時にどんなに探しても晶ちゃんをみつけられなかったら、二人ともどうするかしらね。晶
ちゃんが本当は附属の生徒じゃないんだって気がついて、どこの小学校に通っているか調べるかしら。そうしたら、本当は
小学生でもないし、女の子じやないんだってことも知られちゃうかもしれないわ。本当に困ったわね」
口では困った困ったと言いながら、その実まるで困ったようなそぶりなど微塵も見せず、むしろ面白そうに笑い声で囁き
かける美也子。そんな美也子の狙いは、不安を掻きたてて晶の顔にますますひどい怯えの色が浮かんでくる様子を眺め
て存分に楽しむと同時に、自分だけではどうしょうもない状況に追い込むことで、晶の胸の中で膨らんだ徹也や美也子に
対する依存心をますます大きく膨らみあがらせることにあった。
「……ど、どうしよう。あたし、どうすればいいの? どうすればいいのか教えてよ、お姉ちゃん!?」
徹也や智子たちに聞かれないよう声をひそめて、けれど切羽詰まってそう言う晶の口調からは、美也子に頼りきっている
様子がありありと感じられる。美也子の部屋で強引に幼い女の子の格好をさせられてからこちら、美也子の企みにのせら
れて為す術なく異様な状況に追い込まれてしまった晶にとって、今や我を忘れてすがりつくことのできる相手は徹也と美也
子しかいなかった。
「どうすればいいのって、今は何もしなくていいわよ。教育実習は六月だから、まだ二ヶ月ちょっとあるじゃない。今からじ
たばたしても仕方ないわよ。それより今は、こんな所に立ち止まって私とひそひそ話をしている方がヤバいんじゃないか
な。何を秘密の相談してるんだろって怪しまれたら、それがきっかけになって晶ちゃんのの正体がばれちゃうかもよ。そう
なって恥ずかしい目に遭うのは誰かしら。それに、そんなことになったら、大好きな徹也お兄ちゃんにも嫌われちゃうだろ
うなぁ。だから今は先の心配なんてしてないで、お姉ちゃんの言う通りにすればいいの。さ、行くわよ」
美也子は、自分に頼りきっている晶の様子に満足げな笑みを浮かべると、新しい紙おむつの上から晶のお尻をぽんと
叩いた。
「で、でも……」
「ほら、行くわよってば」
不安いっぱいの表情で弱々しく首を振る晶に向かって美也子はひょいと肩をすくめてみせ、何事もなかったかのように
再び歩き出す。
「何か困ったことがあったの? お姉さんと何を相談していたの、晶ちゃん?」
美也子が歩き出したのを見て自分も晶の手を改めてぎゅっと握りながら足を踏み出しつつ、徹也が気遣わしげに尋ね
た。
「……う、ううん……」
美也子との相談の内容など話せるわけがない。晶には、力なく首を振り、徹也や智子たちにそれ以上は詮索されない
よう徹也に手を引かれるまま美也子のあとにつき従うことしかできなかった。
「本当になんでもないから気にしないでね。それより、徹也君、高校はどこへ行くか決めてるの? 三年生になったら、す
ぐに進路指導も始まるんでしょ?」
通路の周囲に並ぶ陳列棚に掛かった夏物の衣類を品定めするようにゆっくり歩きながら、首だけをひょいとめぐらせて
美也子が声をかけた。
「あ、はい、あの、星陵と弘陵、どっちにするか迷っているんです。今の成績だと、弘陵は確実なんだけど、もうちょっと頑
張れば星陵へも行けるぞって二年生の時の担任は言ってくれたんですけど……」
徹也は人差指の先でぽりっと顎を掻き、星陵の卒業生である淳司や智子の姿を、少し羨ましそうな顔で見て言った。
「お、なんだ、もうちょっと頑張りゃ行けるってんなら、星陵を狙わなきゃ漢じゃねーぞ。頑張れ頑張れ、頑張って俺たちの
後輩になってみろ。なんなら、勉強をみてやってもいいぞ」
徹也が志望校を星陵高校にするか弘陵高校にするかで迷っているのを知って、淳司がぱっと顔を輝かせた。
「うん、星陵はいいわよ。わりと自由な校風だし、先生方も熱心だし」
徹也と並んで歩きながら、智子も相槌を打った。
そこへ、さりげないふうを装いつつ、美也子が言葉を重ねた。
「そうですね、勉強も部活も、熱心にみてくださる先生方ばかりですもんね。私も、星陵に入って本当によかったと思って
います」
「あら、美也子さんも星陵なの?」
「え、お姉さん、星陵なんですか!?」
智子と徹也が同時に驚きの声をあげた。
「うん。今度、二年生」
美也子は、そっけなく応えて軽く頷くだけだ。
が、美也子が星陵高校の生徒だと知った徹也は、らんらんと瞳を輝かせ、興奮した声で言った。
「よし、僕、絶対に星陵に入る。もう迷わない。第一志望は星陵で決まりだ」
「おいおい、いきなりどーしたっていうんだよ、中坊。そりゃ、おまえさんが星陵を目指すってんなら、それはそれでいいけ
ど、どういうわけで急に決めちゃったんだよ」
徹也の興奮気味の声に、いささか面食らった表情で淳司が言った。
「え? だって、晶ちゃんのお姉さん、二年生ですよね。ということは、来年、僕が入学した時は三年生。だったら、一年間
近くは僕とお姉さん、同じ高校に通うことになるんですよ。そうしたら、晶ちゃんが元気かどうか、毎日お姉さんから教えて
もらえるじゃないですか。ご飯は何を食べたとか、どんなテレビを視てるとか、毎日いろんなことを教えてもらえるじゃない
ですか。すっこ゜くラッキーだと思いません?」
興奮した顔にどこか照れ臭そうな表情を浮かべながら、自分の頭を指先でぽりぽり掻いて徹也は応えた。
「なんちゅう不純な動機だ、それは」
徹也の返答に、淳司がぷっと吹き出した。
「ま、いいんじゃない。動機はどうあれ、それで徹也君が頑張る気を出してくれるなら」
智子はくすっと笑って言った。
なごやかで微笑ましい空気が五人を包み込む。
けれど、ひとり晶だけは首をうなだれ、顔を伏せてしまう。もしも徹也が本当に星陵高校に入学するようなことになったら、
いやでも校内で顔を会わせることになってしまうのだ。いくら一年近く先のこととはいえ、その時のことを思うと、どうしてい
いのかわからない。
(あたし、どうすればいいのよ。助けてよ、美也子お姉ちゃんてば)少女のふりをするための裏声が、いつしか習い性になっ
てしまったのだろう。実際に言葉にするわけでもないのに、少女そのままの言葉遣いで胸の中で美也子に助けを求めてし
まう晶だった。
* * *
「いらっしゃい、美也子ちゃん。待ってたわよ」
陳列台の上に頭を突き出すようにして店内の通路を歩く美也子の姿をみとめ、親しげに声をかけてきたのは、衣料品店
のオーナーの娘で、ショッピングセンターにテナントとして入っているこの店の店長だ。茜という名前で、服飾関係の専門
学校を卒業してすぐ、親が経営する衣料品店を手伝い始め、この仕事がよほど気に入ってしまったのか、もうすぐ三十歳
になろうかというのにまるで結婚する気配もなく、いかにも楽しそうな様子で仕事にいそしんでいる。茜が店を手伝い始めた
時期と美也子が成長派を迎えて着ている物がすぐ窮屈になってしまうようになり始めた時期とがちょうど重なっていたため、
寸法直しなどを茜が担当してくれることが多かったところへもってきて、どちらも一人っ子ということでお互い相手に対して
少し年の離れた姉妹めいた感情を抱き合い、二人が心を許し合う仲になるのに、さほど時間はかからなかった。その親密
な関係は今も変わらず、茜はもう高校二年生になる美也子の名前をいまだに『ちゃん』付けで呼んでいるし、美也子も茜の
ことを『茜お姉さん』と呼ぶ癖が抜けないでいる。
「こんちゃーす。高校生の時には随分お世話になっちゃったけど、俺のこと、憶えてます?」
足早にこちらへ近づいてきた茜に、淳司がぺこりと頭を下げた。
「あらあら、まぁまぁ。お久しぶりだこと。今日はどういう風の吹き回し? 美也子ちゃんと知り合いだったの?」
一瞬だけ首をかしげた茜だが、すぐに淳司と智子のことを思い出したようで、にこやかな笑顔になる。
「ご無沙汰しています。いえ、昔からってわけじゃないんです。さっき知り合ったばかりで。けど、知り合ったばかりなのに、
なんだかとっても仲良くなっちゃって、美也子さんが妹さんにお出かけ用のお洋服を買ってあげるっていうからついてきた
んです。ちょっとしたアドバイスでもできればいいなとか思って」
淳司に続いて智子が軽く会釈をして簡単に説明した。
「あら、そうだったの。じゃ、美也子ちゃんの妹さんに似合うお洋服、ちゃんと見立ててあげてね」
何年間かの空白など一瞬で消し飛んでしまう。茜は、持ち前の人の好さをそのまま表情に出したような明るい笑顔で大
きく頷いた。そうして、
「だけど、美也子ちゃんに妹がいるなんて今までちっとも知らなかったわ。てっきり一人っ子だとばかり思ってた」
と呟くように言いながら、徹也と手をつないだまま身をすくめる晶の顔に目をやったのだが、その途端、茜の顔に訝しげな
表情が浮かぶ。
「あら? あなた、このお店に何度か来たことがないかしら? ……けど、ううん、私の思い違いかな」
茜は怪訝な表情を浮かべて晶の顔をじっとみつめ、鈎型に曲げた人差指を顎先に押し当ててなにやら思いだそうとでも
するような顔つきになった。
実際、茜の言う通り、晶も何度かこの店を訪れたことがあった。中学でも高校でも、華奢な体つきの晶には標準体型の
制服がどうしてもぶかぶかになってしまうものだから、細身に仕立て直してもらうため、寸法取りや、仕立て直しの終わった
制服の試着などで足を運んでいたのだ。晶が茜の出現に思わず身をすくめてしまったのは、茜が自分の正体に気づくの
ではないかという怯えのせいだった。
徹也の背後に隠れるようにして身を固くする晶。
けれど、徹也にしてみれば、それを晶が人見知りしているからだとしか考えられない。内気で人見知りの激しい幼いガー
ルフレンドが自分を頼りにして体をすり寄せてきているのだと思うと、ますます晶のことがいとおしく感じられる。
「君は……この子のお兄さん?」
晶の肩を優しく抱き寄せる徹也に向かって、茜が、訝しげな顔つきのまま尋ねた。
「あ、いえ、あの……」
初対面の相手に晶との関係を告げるのはさすがに照れ臭くて言い淀む徹也だったが、自分のシャツの袖口を晶がきゅ
っと握りしめて体を固くしている様子を見ると、保護欲がこれでもかと掻きたてられて、いつしか胸を張り、茜の顔を正面か
ら見据えてきっぱり言い切っていた。
「……僕は、この子のボーイフレンドです。どんな洋服が似合うか、僕も選ばせてもらいます」
「あら、そうだったの。どうやら私、勘違いしちゃってたみたいね。美也子ちゃん、一人っ子どころか、弟さんも妹さんもいる
のかと思ったんだけど、君は美也子ちゃんの妹さんのボーイフレンドだったんだ」
徹也の張り切り具合に茜は笑顔を取り戻して言い、ようやく納得したように呟いた。
「じゃ、この子がうちの店に何度か来てるんじゃないかって思ったのも、やっぱり私の思い違いね。私の記憶じゃ、制服の
寸法直しに何度か来たことのある子は男の子だったもの。ボーイフレンドまでちゃんといる妹さんを男の子と勘違いするな
んて、どうかしているわね、私」
その呟き声を耳にした瞬間、晶の顔には安堵の色が満面に浮かび、同時に、それまでの緊張が解けて体中の力が抜け
て、へなへなとその場にへたりこんでしまいそうになる。
「あ、大丈夫、晶ちゃん? また気分が悪くなったの?」
倒れそうになる晶の体を徹也が慌てて抱き寄せた。
その拍子に、丈の短いスカートの裾から、僅かながら紙おむつが姿を覗かせる。
「ふぅん、美也子ちゃんの妹さん、晶ちゃんっていうんだ。それにしても、優しそうなボーイフレンドと一緒で羨ましいわね」
茜は、晶のスカートの裾から覗く紙おむつのギャザーを視界の隅にとらえながらも、まるでそんなこと気づいていないか
のふうを装って、わざと明るい声で言った。
「でしょう? 私も妬いちゃうくらい仲がいいんですよ、徹也君と妹」
美也子は、甲斐甲斐しく面倒をみる徹也と、そんな徹也に対してますます依存心を強める晶の様子を満足そうに眺め
ながら、茜に向かって大きく頷いた。それから、あらたまった表情になって、晶の顔と茜の顔を交互に見比べて続ける。
「じゃ、改めて紹介しておきます。これが私の妹で、小学校の五年生になる晶ちゃんです。身内だから本当は『晶』って呼
び捨てにしなきゃいけないんでしょうけど、可愛いからついつい『晶ちゃん』って呼んじゃうんです。ほんと、一人じゃ何も
できなくて、ずっと私にべったりで頼りきりで。あ、でも、今はボーイフレンドの徹也君にべったりかな。――こちらは、私が
お世話になっている茜お姉さん。ほら、ちゃんとご挨拶なさい、晶ちゃん」
「よろしくね、晶ちゃん」
茜は、徹也に抱きかかえられたままの晶の顔を覗き込むようにして言った。
それに対して晶は、顔見知りの激しい少女そのまま、おどおどと顔を伏せ、蚊の鳴くような声で
「あ、あの……こ、こんにちは」
と言葉を返すなり、身を隠すようにして徹也の後ろにまわりこんでしまう。今のところは正体に気づかれていないようだが、
何度か茜と顔を会わせたことのある身としては、いつ自分が本当は高校生の男の子だと見破られてしまうかもしれないと
思うと気が気ではない。
「ほら、駄目じゃない、晶ちゃん。もう五年生なんだから、少しはお行儀良くなさい」
美也子は、徹也の背後に身を隠す晶を、それこそ年端もゆかぬ幼い妹さながら叱りつけ、茜の方に向き直って軽く肩を
すくめて言った。
「ごめんね、茜お姉さん。妹、見ての通り、甘えん坊さんの上にお行儀が悪くて。本当は私がもっと厳しく躾ければよかっ
たんだけど、甘えん坊の妹が可愛くて、ついつい猫っ可愛がりし続けてたもんだから、こんなふうに育っちゃって。できるこ
となら、赤ちゃんだった頃に戻して、一から育て直したいくらいだわ」
「……」
美也子と晶は高校の同級生。しかも、生まれ月でいえば、晶の方が一年近く年上だ。なのに、そんなふうに徹底的に幼
い妹扱いされて、羞恥に胸が焼かれる。けれど、それに対して今は何も言い返せない。今の晶には、顔を伏せて下唇を噛
みしめ、恥辱に耐えるために、徹也の手をぎゅっと握り返すことしかできなかった。
「あ、あの、お姉さん」
自分の手をぎゅっと握って顔を伏せる晶の背中を二度三度と優しく叩いてから、徹也が、これ以上はないくらい真剣な
表情で美也子の顔を見上げた。
「生意気を言うようですけど、晶ちゃんのこと、そんな言い方ってないと思います。そりゃ、晶ちゃん、お店の人にちゃんと
挨拶できなかったかもしれないけど、でも、それって、行儀が悪いからっていうんじゃないと思います。お姉さんだって言
ったじゃないですか。晶ちゃん、内気で人見知りが激しいって。それって、お行儀が悪いのとはまた別の話だと思います。
晶ちゃん、お行儀が悪いんじゃなくて、初めて会った人とどんなことを話していいのかわからなくて、それで、僕の後ろに
隠れちゃったんです。それって、そんなにいけないことですか? そりゃ、大人になってもそのままとかだったら考えなき
ゃいけないけど、だけど、晶ちゃん、まだ小学校の五年生なんですよ。それも、春休みが終わってやっと五年生になるん
ですよ。やっとのこと小学校の高学年になるような子が、それも内気で引っ込み思案な子が、初めて会った人とお話する
のが恥ずかしくて隠れちゃうことくらい、いいじゃないですか。――ぼ、僕、そんな晶ちゃんが大好きです。世間慣れして初
めての人とも上手に話を合わせるような晶ちゃんより、引っ込み思案ですぐ僕に頼ってくれる晶ちゃんの方が可愛いと思
います」
二つ年上でしかも自分よりもずっと背の高い美也子にそう訴えかける徹也の姿は、誰の目にも凛として映った。
「ありがとう、徹也君。妹のことをそこまで思ってくれて、私、とっても嬉しいわ」
緊張した顔でこちらを見上げる徹也に向かって、美也子は穏やかな声で応じた。
少し生意気なことを言い過ぎたかなと後悔しかけていた徹也の顔に安堵の表情が広がる。
「そうね、晶ちゃんはまだ小学校の五年生で、内気な子だもの、初めて会った人とご挨拶するのが精一杯かもしれないわ
ね。私ったら、ついつい晶ちゃんのことを自分と同い年の高校生だって勘違いしちゃってたかもしれない。それで、ちょっと
言い過ぎちゃったかもしれないわね」
美也子はそこでいったん言葉を切り、徹也の肩越しに晶の顔に目をやってから、おもむろに続けた。
「でも、誤解しないでね。私、決して晶ちゃんのことが憎くてあんなこと言ったんじゃないのよ。徹也君も同じみたいだけど、
晶ちゃんのことが可愛くて可愛くて仕方ないの。だからこそ、大人になった時のことを考えて、今からもう少しだけ躾を厳しく
した方がいいのかなとか思って。でも、いいわ。厳しく躾けるのは六年生になってからにして、これからあと一年間はたっぷ
り甘えさせてあげる。淳司お姉さんや智子お姉さんと教育実習で会う時にはこのおどおどした性格を少し直しておかなきゃ
いけないけど、それまでは、私や徹也君にべったりの甘えん坊の晶ちゃんでいさせてあげることにするわ。徹也君だって、
晶ちゃんに甘えてもらいたいんだもんね?」
美也子は、晶のことを庇いたてる徹也の目を正面から見て、最後の方は少しひやかしぎみの口調で言った。
「え、えーと、まぁ、そうですけど……」
美也子の穏やかな表情に緊張が解けた徹也は、再び照れ臭そうな顔になって言葉を濁した。
「晶ちゃんもそれでいいわよね? これから一年間は、お姉ちゃんや大好きな徹也お兄ちゃんにたっぷり甘えられるのよ。
それとも、あと二年で中学生になるんだから、今からでもきちんと躾けてあげましょうか?」
さかんに照れる徹也の肩越しに、美也子は晶に向かって念を押すように言った。
「……あ、あたしは……」
念を押されても、晶は顔を伏せて曖昧に首を振るばかりだ。
お姉ちゃんや徹也お兄ちゃんにたっぷり甘えられるのよ。その甘い誘惑の言葉は、けれど、うっとりするような甘美の響
きの裏側に、本当なら一年近く年下で高校の同級生の美也子を姉として慕い、自分よりも年下で同性の徹也に頼りきる、
惨めな存在に堕ちるようにと晶に命じていた。その一方で、きちんと躾けてあげようかという言葉は、その意味を強めて、こ
れまで以上に容赦ない仕打ちを与えるわよと告げている。どちらかを選べと言われて、晶がそれに応じられるわけがない。
「じゃ、それでいいわね。晶ちゃん、これまで以上にたっぷりお姉ちゃんに甘えていいからね。お姉ちゃん、晶ちゃんのこと、
これまでにないくらい可愛い可愛いしてあげる。その手始めに、可愛いお洋服を着せてあげなきゃね。今着ているサンドレ
スも可愛いけど、それって私のお下がりだし、お家にあるお洋服も殆どお下がりばかりで可哀想だものね」
美也子は晶の返事を待たずに勝手に決めつけると、さりげない口調で続けた。
「私はまだ高校生だし、部活が忙しくてバイトなんてできないから、可愛いお洋服を買ってあげるっていっても、そんなお金
なんて持ってないのよね。でも、その代わり、ママにお願いしておいてあげたのよ。晶ちゃんに新しいお洋服を買ってあげた
いから助けてってお願いしたら、ママ、すぐにオッケーしてくれたの。これまでお下がりばかりで可哀想だったから、たっぷ
り買ってあげなさいって言ってくれて。だから、お金の心配もしなくていいし、急に晶ちゃんのお洋服が増えてもママに叱ら
れることもないのよ。よかったね、晶ちゃん」
普通に聞いているだけなら、美也子のその言葉に特別な意味があるとは思えない。智子にしても徹也にしても、美也子の
計らいで晶が新しい洋服を買う許可を母親から貰えたらしいと知って、よかったねとでもいうように顔をほころばせるだけだ。
けれど、当の晶にとって、それは、とんでもない意味合いを持つ言葉だった。美也子は晶をからかってそう言っているだけか
もしれない。しかし、もしも美也子の言っていることが本当だとしたら、美也子は母親に、この奇妙なおままごとのことを話し
たということになるのだ。
「……マ、ママが……?」
いつもの晶なら母親のことを『母さん』と呼ぶところだが、幼い女の子のふりをするため、美也子に合わせて『ママ』と呼
びつつ、おそるおそる聞き返した。
「そうよ、お姉ちゃんがママにお願いしておいてあげたのよ。ママ、晶ちゃんがどんなに可愛らしくなってお家に帰ってくる
か、楽しみにしてるわよ」
美也子は、一言一言を強調するようにゆっくり晶に言い聞かせた。その口ぶりから察するに、美也子がこの異様なおま
まごとのことを予め母親に話し終えているのは間違いないようだ。
晶は、、町内会が主催する日帰り旅行に出発する際、バスに乗り込みながらふと振り返って晶の顔を意味ありげにじっ
とみつめた美也子の母親の瞳が異様にきらめいていたことを思い出した。そう、あの時の母親の瞳には、おままごとをし
ようよと言い出した時の美也子の瞳に宿っていたのと同じ光が宿っていたに違いない。
晶の体がぞくりと震えた。
「さ、こちらへどうぞ。晶ちゃんにお似合いのお洋服がみつかるといいんだけど」
そう言いながら茜が五人を連れて行ったのは、小学生や中学生といった年代の女の子向けの衣類を揃えたガールズ
のコーナーだった。
「へーえ、いろいろあるんだ。自分が子供の頃のことなんて憶えてないし、妹がいるわけじゃないから、ガールズコーナー
にどんな洋服があるかなんて気にも留めなかったけど、こうしてみると、随分と可愛らしいデザインのから大人びたデザ
インのまで、本当にいろいろあるのね。晶ちゃん、どんなのが似合うかな」
色とりどりの衣類が並ぶガールズコーナーの一角で、智子が声を弾ませた。
「あの、僕、晶ちゃんには、うんと可愛いのが似合うと思います。晶ちゃん、内気で引っ込み思案で、妹キャラだから、本当
の年よりも可愛らしい感じのがいいと思うんです」
衣料品店でもボーイズコーナーはともかくガールズコーナーに足を踏み入れるのは初めてなのだろう、徹也は、どこか
落ち着かない様子であたりをきょときょと見まわしながら、それでも自分の主張をはっきり口にした。
「ほーお。中坊、おまい、やっぱり、ペドでロリの気があるの決定な。それと、一つだけ注意しといてやるけど、妹キャラに夢
見過ぎなのは大概にしといた方がいいぞ。おまい、リアル妹いないだろ? 俺なんて弟も妹もいるから、よぉくわかんだよ。
な、妹属性は捨てて、ここはペド・ロリ属性だけで我慢してみ? な?」
徹也に向かって、からかうように淳司が言う。
それを、智子が冷ややかな目つきで睨みつけた。
「こらこら、淳司、中学生を相手になにバカにこと言ってんの。だいたい、あんた、さっきから、ペドやロリって言葉を何度も口
にしてるとこみると、あんたこそ、そんな属性持ちなんじゃないの? なんなら、ここにある子供服、私が着てデートしてあげ
ようか?」
「ちょ、待てよ、智子。おま、それは痛すぎだぞ。ここにある洋服、どうみたって中学生までだろが。大学生どころか、高校生
でも着ねーよ、こんなの。それを着た智子を連れて町中を歩くだなんて、それなんて罰ゲームだよ。こういうのは、晶ちゃん
みたいなかーいい女の子が着てこそ絵になるんだよ。そういう意味じゃ、中坊の意見、間違ってないな、うん」
どこまでが冗談でどこまでが本気なのかわからない淳司と智子のやり取りだが、二人とも、晶の正体を微塵も疑っていな
いらしいということだけは確かなようだ。
徹也と手をつないだまま茜につき従って連れて来られたガールズコーナー。そこに陳列してある衣類の数々は、程度の差
こそあれ、基本的にはどれも可愛らしいデザインのものばかりだ。淳司の言う通り、合うサイズのものがあっても、高校生に
もなれば恥ずかしがって身に着けるのを躊躇うに違いない。いや、高校生どころか、どちらかというとシックな装いを好む中
学生や小学校でも高学年の子なら、自分から進んでは選ばないかもしれない。そんな幼い装いがお似合いの女の子として
見られているのだと改めて思い知らされ、晶の顔が羞恥の色に染まる。
「ま、たしかに晶ちゃんは典型的な妹キャラかもね。濡れた紙おむつのまま徹也お兄ちゃんに抱っこしてもらって泣きじゃくっ
ちゃうなんて、妹キャラじゃないとできないもんね。それも、とびっきり甘えん坊のとろとろの妹キャラじゃないと。ね、茜お姉
さんもそう思うでしょ?」
美也子は晶の羞恥をこれでもかと煽って言い、ひょいと首を巡らせて茜に同意を求めた。
「え、ええ……まぁ、可愛らしくて幼い感じだから、みんなが妹にしたくなっちゃうってのはわかるわよ。それはわかるけど、
でも……」
美也子に同意しかけた茜だが、途中で言葉を濁してしまう。
「あ、紙おむつのことは気にしないでください。茜お姉さん、晶ちゃんがスカートの下にショーツじゃなくて紙おむつを着けて
るの、知ってますよね? さっき晶ちゃんが倒れそうになった時、ちょっとだけスカートが捲れ上がって紙おむつが見えちゃ
ったでしょ? 茜お姉さんが見逃さなかったの、私、わかってるんだから。でも、みんなは晶ちゃんの紙おむつのことを知ら
ないだろうと思って、晶ちゃんのことを気遣って、そのことを口にしないでいてくれたんですよね? でも、いいんです。ここ
にいるみんな、晶ちゃんの紙おむつのことはとっくに知っていますから」
途中で口をつぐむ茜に向かって、あっけらかんとした口調で美也子は言った。
「え、あ、みんな知ってるの? ――そう。なら、いいんだけど」
茜は幾らかほっとしたような幾らか呆気にとられたような顔で曖昧に頷いた。
「ええ、みんな知ってるんです。トイレが間に合わなくて汚しちゃった紙おむつ、さっき取り替えてあげたところなんです。そ
の時、みんないましたから。でも……」
美也子はしれっとした顔で言うと、すっと目を細め、晶の顔を見据えて言った。
「でも、茜お姉さんが晶ちゃんの紙おむつのことを知ったのは、晶ちゃんが倒れそうになった時じゃありませんよね。もっと
前から知ってますよね。だって、前もって私が電話で説明しておいたんだもの」
その言葉に、晶がはっとした表情で美也子の顔を見上げた。
それに対して美也子はにっと笑ってみせ、まるで幼児をあやすような口調で晶に言って聞かせる。
「どんなお洋服が晶ちゃんにお似合いなのか、見た目はお姉ちゃんたちが選んであげればいいけど、そのお洋服が晶ちゃ
んの体にぴったりフィットするかどうかは茜お姉さんにアドバイスしてもらった方がいいわよね? だとしたら、身長とか体重
とか胸囲とかの数字だけじゃなく、晶ちゃんがいつもどんな下着を着けているかちゃんと知っておいてもらわないといけない
じゃない? パンツルックはもちろんだけど、スカートでもちょっとタイトなのだと、下着のラインが出ちゃうことも珍しくないの
よ。だから、いつも厚めの生地でできたショーツを穿いてるのか、それとも薄いショーツなのか、そういうことも予め知ってお
いてもらった方が、ちゃんとしたアドバイスを貰えるのよ。だから、紙おむつのことも知らせておいたの。最近の紙おむつは昔
に比べると薄めにできているらしいけど、それでも普通のショーツに比べれば少しは厚いし、特に、おしっこを吸った後だと吸
収帯がぷっくり膨らんじゃうもの、そういったことも考え合わせてサイズを合わせてもらわなきゃいけないものね」
「本当を言うと、私がおむつのことを前もって教えてもらっていたこと、晶ちゃん本人に知らせていいものかどうか迷ってい
たのよね。おむつのことを教えてもらってるのを晶ちゃん本人に言っておいた方がサイズ合わせはスムースにいくんだけ
ど、初めて会う私がおむつのことを聞いてるよって晶ちゃんが知ったら随分と恥ずかしがっちゃうんじゃないかな、どうしよ
うかなって。でも、美也子ちゃんがそう言ってくれるなら、迷わなくてもいいわね。おむつのこと、みんなも知っているみたい
だし、だったら、それに合わせてきちんとサイズ合わせをした方がいいわね」
言葉を途中で飲み込んで少し困ったような顔をしていた茜が、晴れ晴れした表情で晶に話しかけた。
茜が繰り返し何度も『おむつ』という言葉を口にするたび、下腹部を包み込む不織布の少しごわごわした感触が改めて
思い出され、晶の羞恥をそっとくすぐる。
「もうすぐ春休みも終わりだから、どの学校も制服の発送は終わってるし、もうサイズ直しのお客さんも一段落ついたて、
たっぷり時間をかけてつきあってあげられるから、どんなことでも遠慮しないで言ってちょうだいね。昔からのお得意様の
美也子ちゃんの言うことだったら、大概のことはなんとかしてあげるから」
茜は、頬をうっすらとピンクに染める晶の顔から美也子の顔へ視線を移してそう言うと、
「じゃ、こっちへ来てちょうだい。前もって美也子ちゃんから電話で教えてもらっていた晶ちゃんのサイズに合わせて何着か
選んでおいたの。どんなお顔をしているのか、どんな雰囲気の子なのかまではわからないから適当に選んでみたんだけど、
似合うかどうか、みんなで見てちょうだい」
と続け、先に立って歩き出した。
茜が五人を連れて行ったのは、店の奥の方の壁際で、試着室がある一角だった。
二つ並んだ試着室の奥に衣類を載せたワゴンが置いてあるのが美也子の目に留まった。
「あ、これですね、茜お姉さんが前もって選んでおいてくれたお洋服」
衣類の載ったワゴンを目にするなり美也子はたっと駆け寄り、一番上に載っている洋服をつかみ上げて、晶の目の前で
さっと広げた。
「へーえ、かっわいいんだ。そういうのって、卒業式とかでも着られそうね」
美也子が晶の目の前で広げた淡いピンクのボレロを見て、智子が顔をほころばせた。
「うん、そうなのよ。こんなふうに、純白のブラウスや、このボレロと同じ色合いのジャンパースカートなんかと組み合わせ
ると、女の子らしい可愛らしさとフォーマルな感じが両立する装いになるの。今の季節にいいかなと思って選んでみたんだ
けど、サイズはどうかな?」
美也子に続いて茜もワゴンのすぐそばに立つと、淡いピンクのポリエステルでできたノースリーブのジャンパースカートと、
袖口が細かなフリルになった長袖の純白のブラウスを左右の手に持って、優雅な仕種で広げてみせた。
「あ、そうそう、私も小学校の卒業式はこんな格好をしてたんだっけ。でも、小学校を卒業する時にはもうかなり背が高くなっ
ちゃってて、既製服だとそのままじゃ合わないからって、茜お姉さんに無理を言って仕立て直しをお願いしたの、今でも憶え
てる。晶ちゃんは附属だから卒業式は制服で、こんなお洋服を着るチャンスは滅多にないけど、お友達の誕生日パーティー
とかにも着て行けるから、持っていて無駄にはならないわよ。サイズが合ったら買ってあげるから、ほら、試着してみようね」
美也子は茜の言葉に大きく頷いてから、左腕の手首にボレロを引っ掛け、右手で晶の手をつかんで試着室の方に引っ張
った。
「い、いや!」
晶は激しく首を振って、美也子の手を振り払おうとする。
高校生の男の子の身でありながら小学生の女の子が卒業式で着るような洋服に身を包んだ姿をさらすなど、羞恥以外の
なにものでもない。
けれど、本当のことを知らない淳司や智子、それに徹也にしてみれば、美也子の手から逃れようとする晶の様子が、内気
で引っ込み思案な性格のために羞じらの仕種をみせているのだとしか思えない。
「さ、着替えてらっしゃい、晶ちゃん。今でも可愛い晶ちゃんがおめかしをするとどんなに可愛らしくなるか、徹也君に見せて
あげるのよ。とびきり可愛らしい晶ちゃんの姿を見せつけて、徹也君が他の女の子になんてちっとも目を向けなくなるように
しちゃうチャンスなんだから」
試着室に連れて行かれまいとして徹也の手を力いっぱい握りしめる晶の肩にそっと掌を載せて、智子がやんわりと言って
聞かせる。
「智子お姉さんの言う通りよ、晶ちゃん。大好きな徹也お兄ちゃんを他の女の子にとられたりしたら悔しいでしょ? そんな
ことにならないよう、今のうちに晶ちゃんの魅力を存分にアピールしとこうね。だから、ほら」
美也子はうっすら笑って再び晶の手を引っ張った。
そこへ、徹也の声も割って入る。
「そうだよ、晶ちゃん。今着ているサンドレスも可愛いけど、他の洋服を着ている晶ちゃんも見てみてみたいな、僕も。あ、う
うん、晶ちゃん、今のままでもとっても可愛いよ。他のどんな女の子と比べても晶ちゃんは一番だよ。僕が他の女の子の
こと好きになるなんて絶対にないよ、約束するってば。でも、お洒落をした晶ちゃんも見てみたいんだ。僕の可愛いガール
フレンド、どこまで可愛くなるのかなって、男の子だったら誰でも思うんだから、それは仕方ないよ。だから、ほら、お姉さん
に着替えさせてもらっておいで。僕、どこへも行かずに待っててあげるから」
徹也はそう言って、それまで握っていた晶の手を離した。
晶は尚も握り返そうとするのだが、徹也がすっと手を引っ込めてしまったものだから、それもかなわない。
「や、やだってば! 晶から手を離しちゃやだってば、お兄ちゃんたら!」
美也子に手を引かれ、それでも後ろを振り返って徹也に向かってしきりに手を伸ばしながら金切り声をあげる晶。
「あらあら、妹さん、徹也君だっけ、ボーイフレンドのことが大好きなのね。着替えをするのにちょっと離れるだけなのに、そ
の間も我慢できないほどだなんて」
尚も徹也にすがりつこうとする晶の様子を見て、茜がくすっと笑った。
「そうなんですよ。元々は徹也君の方からつきあってくださいって言ってきたんですけど、いつのまにか、晶ちゃんの方が徹
也君にぞっこんになっちゃって。今じゃ、どんなに短い間でも、徹也君と離れたがらないんです。妹、内気なとろこがあるか
ら両親もとっても大切にしてて、箱入り娘みたいにして育てて、だから男の子とつきあったことなんて一度もなくて、徹也君と
のおつきあいが始まって、今までの反動が出ちゃってるのかもしれませんね。でも、初めておつきあいした相手が徹也君み
たいに優しくてしっかりした男の子でよかったと思います。悪い男の子にナンパでもされてたら、男の子とのおつきあいに免
疫のない晶ちゃんのことだもの、ころっと騙されちゃって、いけない子になってたかもしれない。だけど、徹也君はしっかり者
で明るくて、だから、私も応援してるんです。応援して、少しでもたくさんデートをさせてあげたくて、それで、お出かけ用のお
洋服をたくさん買ってあげたいんです」
美也子は、まだ諦め切れない様子で徹也に向かって手を差し伸べる晶の横顔にぞくっとするような流し目をくれながら、け
れど口調だけはいかにも優しげに、茜に対してそう説明した。
「そうなの。だったら、お似合いのお洋服、たくさん買ってあげてね。代金のことは、美也子ちゃんが選んだのだったら幾ら
で払いますよってお母様からこちらにも連絡をいただいているから心配しなくていいみたいだし」
茜は、晶を試着室の入り口に立たせてサンダルを脱がせ始めた美也子の後ろ姿に声をかけて穏やかに微笑んだ。
「さ、まずはサンドレスを脱ぎ脱ぎしましょうね。胸元にジュースのシミが残って、スカートがおしっこで濡れたサンドレスの
ままいつまでもいるのは可哀想だものね。ほら、おとなしくしててちょうだいね」
子供が保護者と一緒に入ることを想定して設計してある試着室は、大柄な美也子と晶が二人で入っても決して窮屈な感
じがしない。晶を強引に試着室に連れ込んだ美也子は幼児言葉でそう言いながら入り口のカーテンを手早く閉じると、幅
の広いリボンふうになっているサンドレスの肩紐の結び目を解いた。
そうして美也子が手を離すと、支えを失ったサンドレスが晶の足元にふわっと舞い落ちる。
サンドレスを脱がされた晶はたちまちにして、淡いレモン色のジュニアブラとピンクのハート模様の紙おむつという屈辱に
満ちた姿を美也子の目にさらす羽目になる。
羞恥のために熱くほてってうっすらと赤く染まった体がなまめかしい。
「とっても可愛いわよ、晶ちゃん。お洋服を着ている時も可愛いけど、こんなふうに下着だけになった時なんて、それこそ妖
精みたいでとっても可愛いわ。とてもじゃないけど、この紙おむつの中に立派なおちんちんを隠しているなんて思えないほ
ど、ちゃんと女の子してるわよ、晶ちゃんてば。それも、いつおもらししちゃうかわからなくていつまでもおむつの外れない
妹キャラの女の子。うふふ、徹也君が一目で見初めちゃうのも仕方ないわね」
美也子は、あらわになった紙おむつの上からペニスの先をさわっと撫で、晶の肩に顎を載せるような格好で囁きかけた。
声をひそめてはいるものの、耳をそばだててよく注意して聞いていれば試着室の外にも聞こえるような、そんな声の大きさ
だ。
「や、やめてよ、そんな言い方するのは。それに、声をもっと小さくしてくれなきゃ、外に聞こえちゃうよ」
晶はなけなしの気力を振り絞って美也子に抗弁した。いや、抗弁などという堂々とした行為などではない。弱々しく声を震
わせながら、今にも泣きだしそうな顔で懇願したというのが本当のところだ。
「あら、外に聞こえちゃまずいことがあるの?」
美也子は晶の肩に顎先を載せたまま、晶の両脚の間に掌を差し入れ、ペニスをゆっくり揉みしだきながら、ねっとりした
口調で言った。
「だって、だって……お、男の子だってことがばれちゃう。晶が本当は男の子だって、みんなに知られちゃうもん。――あ、
やだ、そんなとこ触っちゃ駄目」
咄嗟に身を退きつつ、けれど、美也子の逞しい手から逃れられる筈もなく、なすがままにされながら、晶は喘ぎ声で言っ
た。
「そう、晶ちゃんが本当は小学五年生の女の子なんかじゃなくて高校二年生の男の子だってみんなに知られちゃうのが恥
ずかしいの。そうよね、高校生の男の子がジュニアブラをしてハート模様の紙おむつだなんて、とっても恥ずかしいよね。
それだけじゃなくて、紙おむつの中に隠したおちんちんをこんなにおっきくしちゃう変態さんの男の子だなんて知られたら、
恥ずかしくて恥ずかしくてたまんないよね」
美也子は紙おむつの上から晶のペニスをなぶる手を休めることなく動かし続けながら、絡みつくように言った。
「お部屋でお姉ちゃんのお下がりのショーツを穿かせてあげた時から数えて、晶ちゃんがおちくちくをおっきくしちゃうのは、
これで何度目かしらね。見た目は可愛らしい女の子なのに、こんなに何回もおちんちんをおっきくして白いおしっこをおも
らししちゃうなんて、晶ちゃんは本当に淫乱な子ね。徹也お兄ちゃんを一目でたぶらかしちゃって、さっきは徹也お兄ちゃん
に抱っこしてもらったまま、紙おむつを本当のおしっこで濡らしちゃうだけじゃ物足りなくて白いおしっこでべとべとに汚しち
ゃうようないやらしい子なのよね、晶ちゃんてば。やれやれ、徹也お兄ちゃんたら、見た目に騙されて、とんでもない困った
子をガールフレンドにしちゃったわけね。晶ちゃんが本当は自分よりも年上の男の子で、すぐにおちんちんをおっきくしちゃ
うような淫乱な子だって徹也お兄ちゃんが知ったらどう思うかしら。晶ちゃんのこと嫌いになっちゃうかな。それとも、こんな
に感じやすい敏感な晶ちゃんのこと、もっともっと好きになっちゃうかな」
薄いカーテン一枚だけで外界と仕切られ、いつ誰に中の様子を覗かれるかしれたものではない試着室。その中で実際の
性別と本当の年齢にはまるで似つかわしくない下着を着けた姿を同級生の女の子の目にさらすという異様な状況が晶の被
虐感を煽り、その被虐感に下腹部が疼いてならない。そのせいでこれ以上はないほど敏感になってしまっているペニスが、
美也子に弄ばれて、いやらしくむくむくと頭をもたげ始めた。
紙おむつに抑えつけられながらも窮屈そうに身をくねらせて蠢めくペニスの蠕動の様子が、吸収帯を通して美也子の手に
はっきり伝わってくる。
「あらあら、言ってるそばからこんなにおっきくしちゃって。本当にどうしようもないくらいはしたない子ね、晶ちゃんてば。で
も、替えのおむつはもうないんだから、今度は白いおしっこをおもらししちゃ駄目よ。それにしても、念のためにと思って用
意しておいた替えの紙おむつを二枚とも使っちゃうなんて、はしたないだけじゃなくて、とんでもなくオシモが緩いのね、晶
ちゃんは。高校生のくせしてお出かけの間におむつを二度も取り替えなきゃいけなんだなんて、このままだと、一生おむつ
の小っちゃな女の子のまま、パンツのお姉ちゃんにはなれないわね」
「……も、もうやめて。もう、我慢できなくなっちゃうよぉ……」
息遣いばかり荒くて何を言っているのかよく聞き取れない喘ぎ声を漏らし、晶はどこかうっとりしたような目で、すぐそばに
ある美也子の横顔を見た。
「いいの? やめちゃっても本当にいいの?」
美也子は少し意地悪な口調で言い、紙おむつの上からペニスをいたぶっていた手の動きを止めて、晶の内腿をすすっと
撫でた。
「ああん、や、やめな……」
美也子の部屋で女児用ショーツを穿かされてペニスを責められた時と同様に、じんじん痺れるような下腹部の疼きに耐え
かねて、思わず晶は身をよじり、やめないでと『おねだり』しそうになってしまう。その言葉を途中で飲み込むのに、どれほど
の気力が必要だったことだろう。
「本当はやめてほしくないのよね? 最後までちゃんといかせてほしいのよね? 感じやすくて淫乱な晶ちゃんが途中で我
慢できるわけないもんね? いいのよ、してあげても。替えのおむつはもうないけど、すぐ下のフロアにドラッグストアがある
から、白いおしっこで汚しちゃっても買いに行けばいいんだもの。晶ちゃんくらいの体の大きさの子が使える紙おむつは、赤
ちゃん用のに比べれば確かに種類は少ないけど、それでも、いろいろ置いてあるのよ。晶ちゃん、今はピンクのハート模様
の紙おむつだけど、花柄とか水玉模様とかあるし、色も、薄いブルーとか白色とかあって、探せば、このジュニアブラに合う
レモン色のだってあるかもしれない。自分のおむつだもの、晶ちゃんだって、自分の好みのを選びたいわよね? いいのよ、
最後までイッちゃっておむつを汚しちゃっても、お姉ちゃんがドラッグストアへ連れて行ってあげるから。ドラッグストアで、自
分の好きな紙おむつを選ぶといいわ。あ、それとも、徹也お兄ちゃんに選んでもらおうか? 徹也お兄ちゃんもどきどきする
でしょうね。だって、デートのたびに、晶ちゃんがスカートの下に自分が選んで紙おむつを着けてくるんだもの。さ、どうして
ほしい?」
晶の下腹部の疼きが弱まらないよう内腿を撫で続けながら、美也子は晶の耳朶に熱い吐息を吹きかけた。
「……」
どうしてほしいの?と訊かれても、晶には答えようがない。このまま精液を溢れ出させてしまえば、ドラッグストアへ連れ
て行かれて、他の買物客たちの好奇の視線を浴びながら紙おむつを選ばされることになるし、かといってペニスをいさめ
ようにも、じんじんと痺れるような下腹部の疼きが鎮まる気配はない。
「さ、遠慮しないで思った通りのことをお姉ちゃんに話してごらん。どうしてほしいの、晶ちゃん?」
美也子は強い調子で返答を促した。
「……」
が、晶は力なく首を振るばかりだ。
「やれやれ、困った子ね。そんなことも自分で決められないなんて」
美也子は鼻で嗤ってそう言うと、それまで晶にぴったり寄り添わせていた体を退きぎみにして、晶の左右の内腿の間に
差し入れていた手をすっと引き抜き、笑いを含んだ声で続けた。
「そんな困った子を悦ばせてあげることはないわね。それに、いつまでも愚図愚図していると、何かあったのかって外のみ
んなに怪しまれちゃうかもしれないし。おちんちんを気持ちよくさせてあげるのはこのくらいにして、茜お姉さんが用意してく
れたお洋服を着てみましょう。ま、女の子の格好をすることが大好きな晶ちゃんだもの、新しいお洋服を着たら、おちんちん
がもっと元気になっちゃうかもしれないけど」
美也子の手が離れても、下腹部の疼きがおさまる気配はない。晶は奥歯を噛みしめ、恨みがましい目で美也子の顔を上
目遣いに見上げた。
「何をそんなに怖い目で見てるの? そんな目をしなくても、してほしいならしてほしいって素直に言うだけでいいのよ。晶ち
ゃんが可愛くおねだりしてくれたら、お姉ちゃんはいつだってしてあげるんだから」
晶が『おねだり』を口にできないことを充分に承知していながら、美也子は挑発するように言った。
じらされ、言葉でなぶられて、晶の下腹部がますます切なく疼く。
今の美也子にとって、晶のペニスから精液を溢れ出させることなど雑作ない。もうしばらく紙おむつの上から揉みしだいて
やれば、すぐにでも果てるだろう。けれど、そんなにあっけなく終わってしまってはあまり面白くない。美也子が手を離したた
めに疼きを鎮める術を失った晶のペニスはこれからも敏感なまま放置されることになる。そんな状態で、何着かの女児服を
試着するために下半身をひねったり脚を上下させたりすれば、どんなことになるだろう。今にも暴発しそうになっている淫ら
な肉棒をいさめるのに、苦悶と快楽とが混じり合った表情を浮かべた晶がどんなふうに身悶えするのか、その様子を存分に
楽しむつもりの美也子だった。しかも、着替えの途中で精液が溢れ出してしまっても、その責は晶にある。美也子がその手
で搾り取ったわけではなく、自身のいやらしい欲望を抑えきれなかった晶が自らペニスを脈打たせてしまった結果以外のな
にものでもないのだ。それでまた一つ、美也子は晶をなぶる口実を新たに手に入れることができるのだった。
「じゃ、茜お姉さんが晶ちゃんのために選んでくれたお洋服を着てみようね。はい、最初は下着から」
晶の恨みがましい視線を正面から受け止めつつ、美也子はすっと腰をかがめ、試着室に入る時に茜から渡されたバス
ケットに手を伸ばした。バスケットには、最初に試着することにしたフォーマルな装いの衣類が一式入っている。美也子が
先ずつかみ上げたのは、シルクでできたスリップだった。
「ほら、可愛いスリップもちゃんと用意してくれてる。すべすべでとっても肌触りがいいわよ。早く着てみたいでしょ? さ、
お手々を上げて」
美也子はバスケットから取り上げたスリップを自分の二の腕に掛けて、晶の両手を万歳するように上げさせた。
「そうそう、いい子ね、晶ちゃんは。いい子の御褒美に、すべすべのスリップを着せてあげるからね。ほら、こんなに可愛い
スリップなのに、なにをよそ見してるの。自分に似合うかどうか、ちゃんと鏡で確かめなきゃいけないでしょ?」
同じノースリーブの下着でも男物のランニングシャツなどまるで比べ物にならないふんわりした可愛らしいデザインの女
児用の下着が目の前でひらひらするのを直視できずに顔を伏せてしまう晶。そんな晶の顎先に人差指を掛け、くいっと持
ち上げてこちらを向かせ、ひやかすように美也子は言った。
「それとも晶ちゃん、下着まで徹也お兄ちゃんに似合うかどうか見てもらうつもりだったの? いいわよ、カーテンを開けて
徹也お兄ちゃんを呼んでも。なんなら、着替えの間ずっと一緒にいて見てもらってもいいのよ」
「……や。そんなの、や!」
いくら徹也が爽やかな少年とはいえ、バスの中で晶のブラを覗き込んだことからもわかるように、性的なものに対する興
味が旺盛で性欲を持て余しぎみにしている年代の男の子だ。晶のことを自分よりも年下の少女と信じて疑わない徹也に
下着姿をさらしたりすれば、それこそ、ぎらついた目で舐めるように胸元から下腹部にかけてのラインを眺めまわされるに
決まっている。そう思うと、ぞくりと恐気をふるってしまう。けれど、また、それと同時に、下腹部の疼きがまるでおさまらず感
じやすいままになっているペニスが再びいやらしく蠢き出すのを止められないでいるのも事実だった。晶はなんだか、美也
子の企み通り、本当に自分が小学校五年生の女の子に仕立てあげられてしまうような気がしてきて、思わず体を震わせて
しまった。
「そうよね。晶ちゃんはおしとやかで清楚な女の子だもん、大好きなボーイフレンドに下着姿なんか見せられないわよね。
それも、紙おむつをこんなにいやらしく膨らませた恥ずかしい下着姿なんて」
試着室は、カーテンになっている入り口を除いて、三方が大きな填め込みの鏡になっている。美也子は晶に少しお尻を
突き出すようなポーズをとらせ、鏡に映る股間の様子を見せつけた。お尻を後ろに突きだした姿勢で鏡に映る晶の両脚の
間は、吸収帯の厚みのためだけではないのが一目でわかるほどに紙おむつが膨らんでいた。一見しただけではそれが何
の膨らみかはわからないだろう。けれど、そうと思ってよくよく目を凝らせば、その膨らみが、女の子が股間に持っている筈
のない或る器官の形をしていることが見てとれる筈だ。
「だったら、恥ずかしい下着姿を見られて大好きな徹也お兄ちゃんに嫌われないよう、急いでお洋服を着なきゃね。紙おむ
つの膨らみさえ隠しちゃえば、どこからどう見ても可愛らしい女の子なんだから、晶ちゃんは」
美也子は、後ろの鏡に向かってお尻を突き出させていた晶を改めて試着室の真ん中に連れて行って背筋を伸ばさせた。
それからおもむろに頭の上からスリップをすっぽりかぶせ、すっと裾を引きおろす。
首筋から肩口、胸元から腹部へとふんわり舞いおりてゆくすべすべしたシルクのつるんとした肌触りが、恥ずかしくも心
地よい。
「うふふ。スリップを着るだけで、またイメージががらっと変わっちゃった。本当、晶ちゃんは可愛らしい格好のさせ甲斐があ
るわ。生まれながらの着せ替え人形ってとこね。ほら、鏡を見てごらん」
美也子は、スリップを着せた晶の肩に手を置き、入り口に向かって左側の鏡の正面になるよう、くるりと体の向きを変えさ
せた。
「あ……」
填め込みの大きな鏡に映る自分の姿を目にするなり、晶は唇を僅かに開いたまま、呆然とした表情で鏡に見入ってしま
った。少女と見紛うその恥ずかしい姿から一刻でも早く目をそむけようとするのだが、なぜか、鏡の中で儚げに佇む自分の
姿から目を離せない。
スリップの丈は腰骨の少し下あたりまでの長さで、紙おむつのウエストギャザーが隠れるくらいだ。肩紐は、さっきまで身
に着けていたサンドレスの肩紐に比べると幾らか幅が狭く、細かなレースの縁取りがしてあって、見るからに少女向けの仕
立てになっている。シルクの薄い生地を透かしてジュニアブラが見えるスリップ胸元は、ジュニアブラのカップのせいで微か
に膨らみ、左右のカップを結ぶ線よりも少し上のあたりにあしらった小振りの飾りリボンが少女めいた清楚さを強調している。
ジュニアブラと紙おむつだけの時には幼女めいて見えた晶の姿が、スリップを着用すると、幼女から少し成長した少女に
変貌していた。そう、試着することになっているフォーマルな装いに似つかわしい、小学校の卒業式に臨むくらいの年代の
女の子そのままに。まして、背筋を伸ばして立つとペニスの膨らみは両脚の間に隠れてしまうから、鏡に映る晶の姿を見て
も、その本当の年齢と実際の性別を言い当てられる者など一人もいないに違いない。
「そんなにじっと見てるなんて、晶ちゃん、女の子の格好をした自分がよっぽど気に入っちゃったみたいね。でも、こんな
もんじゃないわよ。晶ちゃん、お洒落をさせてあげればあげるほど、いくらでもどんどん可愛らしくなる素材なんだから」
そうやって並んで鏡に映っている姿は、まだ一人では着替えも満足にできない甘えん坊の妹と、そんな妹のことがいと
おしくてついあれこれと構ってしまう姉といった、仲のいい姉妹そのままだ。
「さ、次はこれね。うふふ、茜お姉さん、私がお願いした通り、可愛いのを選んでくれてる」
晶に寄り添ったまま長い腕を伸ばして次に美也子がバスケットからつかみ上げたのはブラウスだった。それも、OLが
会社の制服の下に着るような直線的なカットのブラウスなどではなく、全体的に丸みを帯びたラインで、袖口が細かなフ
リルになった、いかにも少女向けといった可愛らしいデザインのブラウスだ。襟も周囲をフリルで縁取りした幅の広い丸襟
で、襟の真ん中あたりにあしらった子犬の刺繍が愛らしい。
「これを着たら晶ちゃん、今度はどんな感じになるかな。一枚一枚着せてくのが楽しくて仕方ないわ」
美也子は大きな瞳をきらきら輝かせながら、ブラウスの袖を晶の腕に通した。
しばらくして、試着室のカーテンが内側から開いた。
それまでお喋りに興じていた四人の目が一斉に試着室の入り口に向き直る。
全員の目がこちらに向けられたのを確認してから、美也子が晶の体を入り口のすぐ近くへ押し出した。
「やだ、晶ちゃん、とっても可愛い。私もこんな妹が欲しくなっちゃった」
「ほーお。こりゃ、中坊には勿体ないくらいだな」
「うん、よく似合ってる。よかったわ、見立てがうまくいって」
試着室の奥から姿を現した晶の姿を見るなり、智子、淳司、茜の三人が声を弾ませた。
が、一人、徹也だけは晶の姿を食い入るようにみつめたまま黙りこんでいる。
「どうしたの、徹也君? こういうお洋服、徹也君はあまり好きじゃなのかな?」
四人の中で一人だけ言葉を発することなく晶をみつめたままじっとしている徹也に向かって、晶のすぐ横に歩み寄った
美也子が声をかけた。
「……う、ううん。そんなじゃないんです。気に入らないどころか、その逆で、それで何も言えなかったんです」
床よりも一段高くなっている試着室の入り口に立つ美也子の顔を振り仰ぐようにして見上げた徹也は激しく首を振り、少し
考えてから口を開いた。
「本当に僕なんかでいいのかなって不安になって。こんなに可愛い晶ちゃんだもの、好きになる男の子はいっぱいいるに
決まってる。頭のいい男の子もスポーツ万能の男の子もすごく気の利く男の子もいっぱいいるに違いありません。なのに、
なんの取り柄もない僕なんかが晶ちゃんのボーイフレンドになってもいいのかなって……晶ちゃんにふさわしいボーイフ
レンドは他にいるんじゃないのかなって、そんなふうに思ったら何も言えなくなっちゃって」
「そう。そんなふうに思っちゃったんだ、徹也君。でも、他にふさわしい人がいるんじゃないかと思ってくれたっていうのが徹
也君らしい優しさの表れなんだと思う。晶ちゃんのことを本当に心の底から大切に思ってくれているからこそ、自分でいい
んだろうかって心配になるんだと思うの。でも、そんな徹也君だからこそ、私は晶ちゃんとおつきあいしてほしいんだけどな。
内気で引っ込み思案で私がいなきゃ何もできない晶ちゃんのこと、そこまで真剣に思ってくれる徹也君に守ってほしいんだ
けどな。――あ、そうだ。徹也君、もう少しこっちへ来てちょうだい」
不安そうな表情を浮かべる徹也に向かって美也子は微かに首をかしげて言い、すっと目を細めると、手招きをしてこちら
へ呼び寄せて、晶の目の前に立たせた。
そうしておいて美也子は、おもむろに晶の方に向き直ると、わざとらしい優しげな声で言う。
「晶ちゃん、徹也お兄ちゃんのほっぺにキスしてあげなさい。徹也お兄ちゃんは晶ちゃんのことを大好きだって言ってくれて
るし、晶ちゃんだって徹也お兄ちゃんのことが大好きでしょ? 徹也お兄ちゃん、喚きちらしていた晶ちゃんを落ち着かせよう
としてキスしてくれたわよね? 泣きじゃくる晶ちゃんのこと、自分の洋服が涙で濡れるのも気にしないでしっかり抱っこして
くれたよね? そのお礼に、今度は晶ちゃんが徹也お兄ちゃんにキスしてあげるのよ。みんなが見ている前で唇どうしは恥
ずかしいでしょうけど、ほっぺならいいでしょ? 晶も徹也お兄ちゃんのことこんなに大好きだよって言って、ほっぺにチュッ
してあげるといいわ。そしたら、徹也お兄ちゃん、元気を取り戻してくれるから」
「……そ、そんな……」
思ってもみなかった美也子の言葉に、晶の顔が今にも泣き出しそうに歪んでしまう。
「徹也お兄ちゃん、どんなことがあっても晶ちゃんのことを守ってみせるって言ってくれたでしょう? でも、それに甘えてば
かりじゃいけないのよ。年下の女の子の晶ちゃんが年上の男の子の徹也お兄ちゃんを守ってあげるのは無理かもしれない。
でも、励まして元気づけてあげることはできる筈よ。晶ちゃんを守るために必死で頑張って、それでへとへとになっちゃった
徹也お兄ちゃんを元気づけることが、晶ちゃんにできるたった一つのお礼だと思わない? 今の徹也お兄ちゃんには晶ちゃ
んのキスが一番の励ましになると思うんだけどな」
声こそ優しげだが、美也子のその言葉が決して逆らうことのかなわぬ命令だということを晶は直感していた。それを拒みで
もしたら、どんな目に遭わされるかしれたものではない。この場で紙おむつをずりおろされ、いやらしく蠢く肉棒をみんなの目
にさらす羽目にさえなりかねないのだ。
「晶ちゃんはお利口さんだもん、お姉ちゃんの言ってること、ちゃんとわかるよね?」
美也子は念を押すように言った。それが最後の通告だということは、火を見るより明らかだ。
逃れられる場所はどこにもない。
晶は浅い呼吸を何度か繰り返してから、躊躇いがちに膝を折った。そうすると、床よりも一段高い所にいる晶の唇と、床
に立っている徹也の頬とが、ちょうど同じ高さになる。
「ほ、本当に僕なんかでいいの、晶ちゃん?」
ぎゅっと瞼を閉じておずおずと唇を寄せてくる晶の様子に、感きわまったような声が徹也の口をついて出た。
「こら、野暮だぞ、中坊。せっかく女の子の方からキスしてくれようって時くらい静かにしてられないのかよ」
淳司がひやかす。
「こら、バカ淳司。あんたこそ黙ってなさい」
それを諫める智子の声。
そこから先は、声を出す者は一人もいなかった。
しんと静まり返った衣料品店の店内、微かに聞こえるのは、今にも消え入りそうな晶の声だけだ。
「……お、お兄ちゃん。晶ね、晶もね、お兄ちゃんのこと、大好きだよ。だから、ずっと一緒にいてね。あ、晶、まだ小っちゃ
いからこんなことしかできないけど、これで元気を出してね。お、お兄ちゃんが晶のこと好きって言ってくれるより、もっとず
っと、晶、お兄ちゃんのこと大好きだから。まだ小学生だからほっぺにチュッしかできないけど、ごめんね……」
晶の耳元に美也子が唇を寄せて囁きかける言葉。晶は、それをそのまま口にするだけだ。
けれど、いつしか、なんだかそれが自分の気持ちを言葉にしているような錯覚にとらわれてくる。
「……あ、晶、小学五年生になってもおむつの外れないだらしのない子なんだよ。トイレに間に合わなくておむつを濡らしち
ゃう、いけない子なんだよ。それでもいいの? 徹也お兄ちゃん、そんな晶でも大好きでいてくれる? お姉ちゃんがいない
と自分だけじゃ何もできない、甘えん坊で内気な晶だけど、そんな晶のこと嫌いにならない? 晶がほっぺにチュッしたら、
お兄ちゃん元気になって、また晶のこと守ってくれる?」
最初は美也子から口移しで言わされていた言葉が、いつの間にか美也子が囁きをやめているにもかかわらず、美也子の
企みによって胸の中に芽生えさせられた徹也への依存心が触媒になって、晶の口をついて次々に紡ぎ出される。
「約束するよ、晶ちゃん。僕たち、いつまでもずっと一緒だよ」
徹也は何度も睫毛をしばたかせて言った。
「約束だよ、お兄ちゃん」
羞じらいに満ちた声でそう言った直後、晶の唇が徹也の頬に触れた。
晶の声も途絶え、今度こそ店内が完全に静まり返る。
静寂の中、徹也の頬におそるおそる唇を押し当てた晶だが、すぐにはっとしたように大きく両目を見開いて体を退いてし
まった。
「どうしたの、晶ちゃん。恥ずかしがらずに、もっと長い間キスしていてもいいのよ」
晶がすぐにキスをやめてしまったのが不満そうに、美也子は片方の眉を僅かに吊り上げて、けれどわざとらしくも優しげ
な笑みを絶やすことなく言った。
「だ、だって、お兄ちゃん、お髭が……」
晶は、許しを乞うような言い訳がましい口調で応じた。
発育途中でまだまだ幼さの残る徹也の顔だが、間近で見ると、もう既に髭が生え始めている。けれど、まだ髭を剃るの
が毎日の日課になっているわけではなく、何日かに一度、思い出したように父親のシェーバーを借りて適当に処置するだ
けだ。そんなだから、剃ってから何日か経った日の夕方になると、見た目はそうでもなくても、柔らかな唇には、ちくちくと
髭が痛い。その痛みのため、晶は反射的に身を退いてしまったのだった。
「あ、ごめんね、晶ちゃん。女の子の晶ちゃんにはわからないかもしれないけど、男の子はみんな、僕くらいの年になると
髭が濃くなってくるんだよ。これまではあまり気にしなかったけど、晶ちゃんが痛がっちゃ可哀想だもの、明日からは毎日
ちゃんと剃るようにするよ。でも、なんだか照れ臭いな。毎日ちゃんと髭を剃るなんて、なんだか、ちょっと大人になってみ
たいでさ。――だけど、そうだよね、大人になんなきゃいけないんだよね。こんなに可愛いガールフレンドを守ってあげよう
とすれば大人になんなきゃいけないんだよね。可愛いガールフレンドの柔らかい唇が髭でちくちくしないよう、身だしなみに
気をつけるちゃんとした大人になんなきゃいけないんだよね」
徹也は、晶の唇に人差指の先を気遣わしげに押し当てて言いい、自分を戒めるように呟いた。
そんな徹也の言葉に晶の心が乱れる。徹也は「男の子はみんな髭が濃くなるんだよ」と説明した。けれど、大半の男の
子はそうでも、中には、大人になっても体毛や髭が薄いままという男も子も少なからず存在する。晶もそんな男の子の一
人で、股間の茂みも、とてもではないが『茂み』とは呼べないほどまばらにしか生えていなかったため、あっという間に美
也子の手で剃り落とされてしまったほどだし、ノースリーブのサンドレスを着せられても処置が必要なほどに脇毛が濃い
わけでもない。ぱっと見には顔が女の子にしか見えないのも、丸っこい童顔のせいもあるけれど、産毛しか生えていない
つるんとした肌のためというのが主な理由だった。そんな晶の目には、本当は年下の徹也が、なんだか自分よりも大人に
見えてたまらない。なんだか、まるで自分が、徹也よりもうんと年下の無力で頼りない女の子になってしまったように思え
てたまらない。そうして、その思いが、徹也に対する依存心をますます大きく膨らませるのだった。
「そう、お髭が痛かったの。だったら仕方ないわね」
美也子は、顎から頬にかけてうっすらと髭の生えた徹也の顔と、それとは対照的なつるつるの晶の顔とを見比べ、くすっ
と笑って頷いてから、徹也の方に向き直って声をかけた。
「どう? こんな短いキスじゃ、晶ちゃんの気持ちが伝わらなかったかしら?」
「あ、いいえ。とっても嬉しかったです、晶ちゃんのキス。僕でいいんだ、こんなに可愛い晶ちゃんのボーイフレンドが僕でい
いんだって実感できて、本当に嬉しかったです」
徹也は晴れ晴れした顔できっぱり応え、試着室の入り口に佇む晶の姿を改めてまじまじとみつめて言った。
「さっきは変なこと言っちゃってごめんね、晶ちゃん。みんなが可愛いって褒めてくれてるのに、僕は何も言ってあげられな
くて本当にごめんね。ちょっと遅れちゃったけど、今から言うね。晶ちゃん、とってもとっても可愛いよ。そのお洋服、晶ちゃん
によく似合ってるよ。サンドレスの時よりちょっぴりお姉ちゃんになったみたいで、もうすっかりレディだよ。晶ちゃんに負けな
いよう僕もちゃんとした大人になるから、ずっと一緒にいようね」
「ありがとう、徹也君。そう言ってもらえると、妹も喜ぶわ」
美也子は試着室の入り口から徹也に向かってにこりと微笑みかけ、すぐそばに佇む晶の顔を見おろして言った。
「ほら、お返事はどうしたの、晶ちゃん。せっかく徹也お兄ちゃんがこんなに優しいことを言ってくれてるのに、晶ちゃんから
は何もないの?」
「……あ、あの、ありがとう、お兄ちゃん。ちょっぴりだけどお姉ちゃんになったみたいって言ってもらえて、晶、とっても嬉しい
の。……そ、それと、ちょっとしかキスしてあげられなくてごめんね」
美也子に強要され、弱々しい声でそう応える晶。
「はい、よくできました。でも、せっかく新しいお洋服を着てるんだから、お口で言うだけじゃなく、お洋服に合わせて可愛らし
くお辞儀をしてみせなきゃ駄目よ。ほら、こんなふうに」
晶の言葉が終わるや否や、美也子はそう言って、晶の両手に自分の腕を重ね、真新しいジャンパースカートの裾をつかま
せて左右に引っ張りあげるような格好をさせ、軽く膝を折り曲げさせた。お芝居を終えたばかりの小学生くらいの女の子が舞
台の上から客席に向かって愛くるしい仕種で挨拶をする、そんなポーズだ。
袖口と襟にフリルをあしらった純白のブラウスと淡いピンクのジャンパースカートに身を包み、その上にジャンパースカ
ートと同じ生地でできたボレロをまとった晶が羞じらいの表情でそんなポーズを取ると、子供服のファッションショーにデビ
ューしたばかりの子役モデルがういういしい仕種で客席に向かって挨拶をしているように見える。だが、それはなんと羞恥
と屈辱に満ちたファッションショーだろう。
「そうよ、そんなふうに、お洋服に合わせて身のこなしを変えるっていうのも女の子としてのたしなみだから、これからもちゃ
んとしましょうね。おとなしいお洋服を着ている時に騒ぎまわったり、逆に活発なお洋服を着ているくせに変におしとやかに
したりしたら、まわりから変な目で見られちゃうからね。デートの時、そんなことになったら、一緒にいる徹也お兄ちゃんにま
で恥をかかせることになるんだから、気をつけなきゃ駄目よ。――徹也君、妹が変なことをしたら、遠慮しないでどんどん叱
ってちょうだいね。徹也君は中学校の三年生で、社会常識っていうのも一通りは身につけてるでしょうけど、妹はまだ小学五
年生で、これまで殆ど外出したことがなかったから、突拍子もないことをしちゃうかもしれないの。年上の男の子なんだから、
優しく守るだけじゃなく、時々は厳しく叱ってあげてちょうだいね。そうすることで、晶ちゃんは少しでも早く素敵な女の子にな
ってくんだから」
美也子は晶の頭を優しく撫でながら、徹也に向かって穏やかな声で言った。
「わかりました。晶ちゃんが聞き分けの悪い子になった時は、きちんと叱ってあげます」
徹也は真っ白な歯を輝かせて爽やかな笑顔で応えた。
「じゃ、よろしくね。さ、次はどんなお洋服かしら。茜お姉さん、どんなお洋服を選んでくれたかしらね。またちょっと着替えさ
せてくるから、徹也君も楽しみに待っててね」
美也子は徹也に軽く頷いてみせ、茜から二つ目のバスケットを受け取ると、再び試着室のカーテンをさっと閉じた。
「ひ、ひどいよ、美也子ったら。どうして俺が中学生の男子のほっぺたになんかキスしなきゃいけないんだよ!?」
カーテンが閉じ、入り口付近から試着室の真ん中あたりまで戻ると同時に、晶は美也子に食ってかかった。もっとも、食っ
てかかったとはいっても、本気で逆らったりしたらどんな目に遭わされるかしれたものではないから、おどおどした様子で拗
ねたように頬を膨らませるくらいのことしかできない。それでも、思わず男言葉に戻っているところをみると、徹也の頬にキス
をさせられたのがよほど屈辱だったに違いない。
「そんなこと言うけど、晶ってば、満更でもなさそうな顔してたじゃない。私が口移しの台詞を言い終わっても、勝手に「お兄
ちゃんお兄ちゃん」って呼び続けてさ、本気で徹也君のこと好きになっちゃったんじゃないの? だいいち、ファーストキス
の時なんて、うっとりした目をしちゃってたし」
晶が男言葉に戻ったのに合わせて、美也子も晶のことを妹扱いせず、いつものように同級生の男の子に対する喋り方に
戻って、からかうように言った。
「そ、それは……」
美也子の指摘に対して、晶は何も言い返すことができない。
「でも、いいのよ。キスまでなら許してあげる」
おどおどと目を伏せて口をつぐんでしまう晶の様子を面白そうに窺いながら美也子はそう言い、意味ありげに少し間を置
いてから続けた。
「でも、それ以上は絶対に許してあげない。キスまではいいけど、それ以上のことは絶対にさせない。だって、晶は私の可
愛いお嫁さんになるんだもん。お嫁さんの体が汚されちゃうのを黙って見過ごす馬鹿なんていないわよね?」
「お嫁さん……? 俺が、美也子の……お嫁さん?」
美也子の口をついて出た思ってもみなかった言葉に、晶はきょとんとした顔になってしまう。
「そうよ。法律じゃ十八歳になったら結婚できることになってるから、高校を卒業したらすぐに式を挙げようね。たっぷり可愛
がってあげるから心配は要らないわよ。うふふ、早く卒業式の日が来ないかな~。あと一年もないけど、待ち遠しいなぁ。ね、
晶も待ち遠しいよね? 一日でも早くウェディングドレスを着たいでしょ? でもって、タキシードを着た私にお姫様抱っこをし
てもらいたいよね? 晶、どんなウェディングドレスが似合うかな。ちょっとロリ系の顔してるから、ちゃんとしたフォーマルの
やつじゃなくて、スカートはうんと短くした方が似合うかもね」
美也子は晶のボレロを脱がせ、ジャンパースカートの背中のファスナーを引きおろしながら両目を輝かせた。
「ちょ、ちょっと待って。それって、どういうことなんだよ?」
おままごとをしようよと言い出した時もそうだが、何の説明もなく勝手に盛り上がる癖が美也子にはあるようだ。晶は裸に向
かれる羞恥も忘れて、ぽかんとした顔で訊いた。
「あ、うちのママのことは心配しなくていいのよ。世間じゃ嫁姑の問題はあるみたいだけど、お隣さんどうしで、うちのママ、晶
が小さい頃からよく知ってるから、遠慮することなんて何もないのよ。私が晶をお嫁さんにするって言ったら、ママ、とっても
喜んじゃって、一日でも早く花嫁修業を始めさせなさいって、そりゃもう張り切っちゃって。このおままごとにしても、晶に可愛
い女の子になってもらうためのお稽古だってママが言い出したことなのよ。あ、もちろんパパも喜んでるわよ。あの可愛い晶
ちゃんがお嫁さんに来てくれるんだって、鼻の下を伸ばしちゃって、もうでれでれ。晶んちのパパとママもノりノりで、話はトン
トン拍子に進むし、本当によかったわ」
疑問に答える気配はまるでなく、美也子は一人で納得して、晶が着ているブラウスのボタンを外し始めた。
「だから、もうちょっときちんと説明してくれよ。だいたい、俺、美也子から結婚を申し込まれた記憶もないぞ?」
ブラウスに続いてスリップも脱がされ、思わずジュニアブラのカップを両手で覆い隠しながら、晶は怪訝な顔で重ねて
訊いた。
「だって、晶がどう思うかなんて関係ないのよ。だから、わざわざ晶の気持ちを聞くなんて手間もかけなかったの。お部屋
で私、言ったよね? 今度は私が晶のことを守ってあげるんだって。一生に渡って守ってあげるには、結婚するのが一番
なのよ。だから、晶は私のお嫁さんになるの。私がそう決めたから、もう決まったことなの。――あ、今度のはセーラース
ーツだ。そっか、さっきはどっちかっていうとフォーマルな時用の洋服だったから、今度は遊び着ってわけね。さすが茜お
姉さん、TPOまでいろいろ考えてくれてる。えーと、セーラースーツの下に着せるのは、この縞柄のTシャツね」
美也子は、白地にマリンブルーの横縞が入ったTシャツをバスケットから取り出し、晶に両手を上げさせた。
「私、昨年の秋の地区リーグで随分と頑張ったのよ。そしたら、それを見ていてくれた人がいたの。たぶん晶も知ってると
思うけど、実業団チームとしちゃ割と有名なチームのスカウトの人でさ。高校を卒業したら来なさいって早々と内定をもら
っちゃったんだ。条件もかなりよくて、もしも怪我や病気なんかで選手としてはプレーを続けられなくなったとしても、その
時は会社の広報担当部署に配属してきちんと社員として仕事を続けさせてもらえるんだって。体育系の大学へ行くことも
考えてたんだけど、卒業を待たずにこういうおいしいお誘いを受けちゃうと、もう気持ちはそっちへ傾いちゃってさ、はいって
返事しちゃったの。でもって早々と一生の仕事がみつかったわけで、だとしたら、早めに結婚相手を決めといてもいいかな
ぁなんて。でも、結婚して現役を引退なんてイヤじゃない? それに、せっかくいい条件でスカウトしてくれたチームにも迷
惑がかかるし。だから、結婚するにしても、私が現役でプレーし続けられる相手だってことが絶対条件なのよね。つまり、
結婚しても、私は世間の奥様みたいな家事は一切できないから、私の代わりに家事をしてこなしてくれような人じゃないとっ
てことになるのね。簡単に言うと、普通の夫婦とは役割が反対になるってこと。要するに、私が旦那様で、私と結婚する人が
お嫁さんになるってこと。そんな人、近くにいないだろうなって思ってたんだけど、これが意外とすぐ近くにいたのよね」
美也子は、マリンブルーの縞柄のTシャツの上にコバルトブルーの生地でできたセーラースーツを着せながら、はっとし
たように顔を振り仰ぐ晶の目を正面から覗き込んだ。
「そう、晶のことよ。前から晶のこと、女の子みたいだなって思ってたの。エプロンとか着けて料理なんてさせたら、とっても
よく似合うだろうなとか。それに、中学生になった頃には、それまでお兄ちゃんぶってた晶と私、立場が逆転しちゃってたじゃ
ない? そう思うと、晶のこと、私のお嫁さんにしたくてしたくてたまらなくなっちゃって。それで、チームのことも晶のことも何
も隠さないでパパとママに相談したら、最初はちょっとびっくりしてたみたいだけど、話を進めてるうちに、だんだん二人とも
乗り気になってきちゃって。パパもママも、私みたいな大女だけじゃなくて、もっと可愛らしい、見るからに女の子らしい娘も
欲しかったんだって。でも、いろいろ事情があって子供は私一人しかできなくて。だから、晶が家に遊びに来るたびに二人と
も喜んでたのよ。晶、男の子だけど、見た目はまんま女の子で、私と晶が仲良さそうにお喋りしてるとこなんて、私に妹がで
きたみたいだって。だから、私が晶をお嫁さんにしたいって言ったら、念願の女の子ができるみたいなノりで、二人して嬉しそ
うにしちゃって」
普通、セーラースーツというと、おヘソのあたりまでの丈のトップと、男の子ならハーフパンツ、女の子ならキュロットや
スカートといったボトムに別れているものが多い。けれど、茜が試着用に選んでいたのは、トップの丈が長く採ってあって、
それだけでスカートにもなっているような、ワンピースみたいな仕立てになったセーラースーツだった。真っ白な幅の広い
襟がアクセントになっていて、大きく開いた胸元から、下に着たTシャツの横縞が見える、いかにも夏物らしい解放的なデ
ザインだ。しかも、三分袖の袖口には可愛らしいイルカの刺繍がしてあって、小さな女の子が喜んで着そうな可愛らしさも
併せ持っているから、夏の女児服の定番になること請け合いといった感じの仕上がりになっている。
「その後、いろいろ相談して、何日か間を置いて、今度は、うちのパパやママと一緒に晶んちに行って、やっぱり隠し事なん
て全然しないで私の気持ちをみんな話したんだ。で、その時にわかったんだけど、晶んちのパパとママは、うちと逆でね、
逞しい男の子が欲しかったらしいの。私、見ての通り大女でしょ? バスケ三昧だから腕も脚も逞しくなっちゃって、顔は女
の子してるけど、いつのまにか、全体の雰囲気は男の子っていった方がいいかもしれないくらいになっちゃって。それで、
さすがに最初はびっくりしてた晶んちのパパとママも、新しい息子ができると思えば悪くない話だねって言ってくれてさ。あ
と、結婚したら晶んちと私んちと二週間ごとに両方の家で暮らしますって言ったら、それならどちらの家も寂しくなることは
ないねって喜んでくれて、結局、私の望み通りの展開になったってわけなのよ。」
美也子は、セーラースーツの裾をきゅっと引っ張り、スカートの乱れを整えながら、晶がまるで知らない経緯を説明した。
「ちょ、ちょっと待てよ。なんだよ、それ。なんだか、俺の知らないところでそんなおかしな話をどんどん進めちゃって、俺の
気持ちはどうなるんだよ? それに、俺んちと美也子んちと二週間ごとに行き来して生活するだって? けど、美也子んち、
引っ越しちゃうんじゃなかったのかよ? 引っ越しちゃうから思い出に残るおままごとをしたいって言って俺に女の子の格好
をさせたんじゃなかったのかよ?」
晶は、呆然とした表情で美也子の顔を仰ぎ見た。
「だから、さっきも話した筈よ。このおままごと、晶の花嫁修業の一環として私のママが言い出したことだって。お嫁さんにな
ってもらうんだったら、晶にはちゃんと女の子らしい振る舞いを身に付けてもらわなきゃいけないわねって。でもって、女の子
の気持ちをちゃんとわかってもらわなきゃいけないわねって。そのためには、晶を女の子として育て直すのが一番ねって。
その手始めが、このおままごとなのよ」
美也子はしれっとした顔で言った。
「じゃ、じゃ、引っ越すっていうのは……嘘だったのか?」
晶の顔に困惑の色が広がる。
「うん、嘘だよ。ああでも言わないと、晶、女の子の格好なんてしてくれなかったでしょ? パパの同僚の人が転勤するこ
とになったって聞いて、それで思いついたお芝居だったの」
なんでもないことのように美也子は言って、ぺろっと舌を突き出してみせた。それから、少し悪戯めいた表情を浮かべて
からかうように付け加える。
「でも、よかったじゃない。女の子の格好をしてバスに乗ったおかげで、大好きな徹也お兄ちゃんと知り合えたんだから。
私が女の子の格好をさせてここへ連れて来てあげたから、晶、ボーイフレンドができたんだよ。少しは感謝しなきゃバチが
あたるわよ。――さ、できた。大好きな徹也お兄ちゃんに可愛いセーラースーツ姿を見てもらおうね。お兄ちゃん、なんて言
って褒めてくれるかしら。とってもお似合いだよって言ってくれるといいわね」
再び試着室のカーテンが内側から開いて、ワンピース仕立てのコバルトブルーのセーラースーツを着た晶が姿を現した。
「うん、とっても可愛いよ、晶ちゃん。さっきはちょっとお姉ちゃんぽい格好だったけど、今度はなんだか活発な女の子って
いう感じがして、とってもいいよ。晶ちゃん、内気だから、活発そうに見えるお洋服を進んで着るといいんじゃないかな。そう
したら気持ちも明るくなって、はきはきした子になれると思うよ。おとなしい晶ちゃんもいいけど、まだ小学生なんだから、ま
わりの目なんて気にしないくらいほどお転婆さんでもいいんじゃないのかな」
最初の試着の時とは違って、今度は真っ先に徹也が声をかけた。自分のガールフレンドがどんどん可愛くなってゆくの
が嬉しくてならないというふうに、顔も瞳も明るく輝いている。
「ほら、徹也お兄ちゃんが褒めてくれてる。ちゃんとお礼を言わなきゃいけないでしょ? お礼を言って、さっきのお洋服の時
みたいにご挨拶なさい。あ、でも、さっきはフォーマルなお洋服だったからおしゃまな感じのご挨拶だったけど、今度のセー
ラースーツは活発な遊び着だから、元気いっぱいにご挨拶するのよ。どうすればいいかな――そうだ、片足で立って体をく
るっとまわしてごらんなさい。いくら体育が苦手でも、それくらいのことはできるわよね。もう五年生だものね?」
美也子は晶の背後から両肩に手を置き、いかにも優しげな姉といったふうを装って言った。
「……あ、ありがとう、お兄ちゃん……」
晶はぽつりと呟くように言ったきり、おどおどした様子で顔を伏せてしまう。
まるで自分の知らないところで進められていた企み。美也子の母親が荷担し、晶の両親も乗り気だとあっては、その企
みから逃れられる可能性など万に一つも有り得ない。目の前で屈託のない笑みを浮かべている徹也もまた知らず知らず
のうちに美也子の企みに巻き込まれた一人だと思うと、とてもではないが目を合わせることなどできない。美也子としては、
最初から徹也を狙っていたわけではないだろう。徹也がバスに乗り合わせたのは偶然だ。けれど、偶然の結果とはいえ、
高校生の男の子のボーイフレンドに仕立てあげられたと知ったら、徹也はどんな思いを抱くことだろう。晶に『恋する女の
子』の気持ちを経験させるための相手としてたまたま美也子に選ばれたのが自分だと知った時、徹也の胸に去来するのは
どんな思いだろう。それを考えると、晶としてもいたたまれない気持ちになってくる。徹也に対する依存心でいっぱいの胸の
片隅に、徹也に対する憐れみの念が芽生える。いや、それは憐れみの念などではないのかもしれない。自分がどんな立
場に置かれているのかもまるで知らぬまま一途に好意を寄せてくる徹也のことが、たまらないほどいとおしく感じられられる
と言った方が近いのかもしれない。本当に憐れまれるべきは自分自身だということにも気づかぬまま、晶の胸がきゅんと切
なくなる。
「さ、次はご挨拶してごらんなさい」
美也子が、晶の肩に置いた手に力を入れた。
「……あ、晶、元気にご挨拶するから見ててね。上手にできるかどうか、ちゃんと見ててね。それで、ちゃんとできたら、上手
だよって褒めてね。約束だよ、お兄ちゃん」
一瞬だけ逡巡して、けれどじきに決心を固めた晶は硬い声で徹也にそう言うと、子役のモデルさながらぴんと背筋を伸ば
して片足立ちになり、両手で勢いをつけてくるっと体をまわしてみせた。
その途端、セーラースーツのスカートが空気をふくんでふわっと舞い上がる。
それに気づいた晶が慌ててスカートを押さえようとするのだが、体が勢いよく回転している最中だったため、大きくバランス
を崩してしまった。
「危ない!」
倒れそうになった晶の体を支えたのは、一目散に試着室の中へ駈け込んだ徹也だった。
徹也は、首をのけぞらせて仰向けに倒れそうになる晶の体を正面から抱きすくめ、力いっぱい手前に引き寄せた。その拍
子に、首をのけぞらせていた反動で、晶の顔があっという間に徹也の目の前に近づいてきて、そのまま唇と唇が重なり合っ
てしまう。
反射的に身を退こうとする晶。
だが、徹也は晶の背中にまわした両手に力を入れ、そのまま離すまいとする。
なんとも表現しようのない表情を浮かべ、晶は左右の掌を拳に握りしめて徹也の胸元を叩き始めた。けれど、本気で徹
也の抱擁から逃げようとしているのではない、まるで拗ねて甘えるような叩き方だ。
「そうだよ、晶ちゃん。まだ小学生なんだから、そんなふうにお転婆でいいんだよ。ほら、もっと叩いていいよ。晶ちゃんが
幾ら叩いても、僕はちっとも痛くなんてないんだから。晶ちゃん、このセーラースーツを着せてもらっている間、お姉さんと
口喧嘩をしてたよね? 声が小さくてどんなことを言い合っていたのかまではわからないけど、口喧嘩をしてるのだけはわ
かったよ。何が原因でどんな喧嘩なのか、晶ちゃんたち姉妹のことだから、それは聞かないでおくね。その代わり、僕の
胸なら幾らでも叩かせてあげる。僕の胸を叩いて気が済んだら、お姉さんと仲良くするんだよ。いいね?」
徹也は、重ね合わせていた唇をそっと離し、甘えたような仕種で自分の胸を叩く晶の手首をつかんで、優しく言い聞かせ
た。
興奮のあまり声が大きくなって試着室の外へも言い争いが漏れ聞こえていたと知って怯えの表情を浮かべた晶だが、諍
いの内容までは伝わっていないとわかって、僅かながら安堵の色が混ざる。
「さ、いいよ。幾らでも叩いていいからね、遠慮するんじゃないよ」
いったんは晶の手の動きを封じていた徹也だが、年長者ぶった様子でそう言って微笑んでみせると、晶の手首をつかん
でいた手をそっと離した。
「ばかばかばか、お兄ちゃんのばかぁ! お、お兄ちゃん、本当のことなんて何も知らないくせして、澄ました顔なんてしちゃ
って。ばかばか、お兄ちゃんなんて大っ嫌いなんだからぁ!」
自分の知らぬところで進められていた企みに対する怒りや恨みや羞恥や屈辱や、自分でもどうしてどうしていいかわから
ぬ切なさや被虐感といった感情がない混ぜになって、晶の体を衝き動かす。しかし、華奢な晶がどんなに叩いてみても、徹
也の胸板には、さほどの衝撃を与えることができない。それも、力いっぱい叩くのではなく、甘えたような仕種で形だけ拳を
振りおろしているのだから尚のことだ。
「晶ちゃん、さっき、僕のほっぺにキスをして僕を元気づけてくれたよね。今度は僕がお返しに晶ちゃんを元気づけてあげる。
お姉さんと口喧嘩して苛々してる晶ちゃんの気持ちをすっきりさせてあげる。いいよ、そのまま叩き続けて。でも、お顔はこっ
ちに向けてね。お手々は気の済むまで僕の胸を叩いていていいから、その間、お顔をこっちに向けるんだよ」
徹也は両手の掌で晶の頬を包み込むようにして自分の方に向けさせて、いったん離していた唇をもういちど重ね合わせた。
「……ばか、お兄ちゃんの……ば……か……」
徹也の唇で塞がれた晶の口から途切れ途切れに言葉が漏れ出る。けれど、決して本心から非難しているのではない、
徹也の胸板を叩くのと同様、徹也に甘えきっている様子がありありの口調だ。
「馬鹿でいいよ。僕、晶ちゃんのためだったら幾らでも馬鹿になれるから」
徹也は口を少しだけ離してそう言い、改めて、これまでより強く唇を重ねた。
「ん……」
驚いたように大きく両目を見開いた晶だが、やがてうっとりしたように瞼を閉じ、それまで徹也の胸を叩いていた両手をお
ずおずと徹也の背中にまわして爪先立ちになる。踵の高いサンダルを履いていた時は二人の身長は殆ど同じだったが、
試着室に入るためソックスだけになった今、徹也の方が幾らか背が高い。重ねた唇をますます強く重ね合わせようとする
と、どうしても晶が無意識のうちに爪先立ちになってしまうのだ。
(それでいいのよ、晶。そうやって徹也君とラブラブになればなるほど、晶は女の子としての振る舞いを身につけて、女の子
としての気持ちを自分のものにするようになってくんだから。そうして、私のお嫁さんにふさわしい可愛らしい女の子に変わ
っていくといいわ。ウェディングドレスに身を包むだけで感激の涙を流しちゃうようなうぶで無垢な、ひとかけの穢れもない純
真な子供みたいな女の子になるのよ。そのために、ママと私が力を合わせて晶を女の子として躾け直してあげる。これまで
生きてきた男の子としての人生を忘れさせるために、女の子として育て直してあげる。小学生の女の子として徹也君といちゃ
いちゃするだけじゃなく、もっともっといろんな経験をさせてあげる。いろんな経験をして、ちゃんと女の子になって、そうして
私のお嫁さんになるのよ。私のお嫁さんになったら、徹也君の唇で穢されちゃったその真っ赤でぷにぷにした唇を私の唇で
綺麗に清めてしてあげるから、今は遠慮しないでキスを楽しむといいわ)フォーマルな装いから子供っぽいセーラースーツ
に着替たせいで少女というよりは幼女めいてさえ見える晶と徹也とのキスシーンに冷たい視線を送りながら、美也子は胸の
中で呟いた。
美也子が艶然とした表情でみつめる中、徹也の体に身を寄せて爪先立ちをしている晶が、次第にもじもじと内腿を摺り合
わせ始める。
(あらあら、とうとう我慢できなくなってきちゃったみたいね。晶ってば本当に淫乱で堪え性のない子なんだから。でも、キスを
している相手のガールフレンドが、興奮してあそこをぬるぬるに濡らしちゃうんじゃなく、立派なおちんちんから白いおしっこ
が出ちゃうのを我慢するためにもじもじしてるんだなんて知ったら、徹也君、なんて思うかしら。愛液で紙おむつをぬるぬるに
しちゃうんじゃなくて白いおしっこで紙おむつをべとべとに汚しちゃうんだなんて知ったら、どんな顔をするでしょうね)
両脚の内腿をもじもじと摺り合わせながらいやらしく腰を振る晶の様子をみつめる美也子の目には、淫靡な炎がゆらゆらと
揺らめいていた。
晶がしきりに内腿を摺り合わせ始めたことは、体をぴったり寄り添わせている徹也もすぐに気がついた。
「どうしたの、晶ちゃん? ひょっとして、おしっこが近いんじゃないの?」
もじもじした仕種から晶がおしっこで紙おむつを濡らしてしまったことを思い出した徹也は、静かに唇を離すと、すぐそこ
にある晶の顔を気遣わしげな表情でみつめて言った。
おしっこ。確かに、晶はおしっこを漏らしそうになっていた。けれど、本当のおしっこではない。美也子の手で煽りたてられ
たまま鎮まることなく我慢してきた下腹部の疼きにとうとう耐えられなくなってきて、白いおしっこを今にも溢れ出させんばか
りになっていたのだ。美也子の手で最後までいかせてもらうことなく行き場を失っていたいやらしい疼きが、新しい女児服
に着替えさせられるたびに腰をひねったり両脚を上げ下げしたりしているうちに自分の太腿で擦られてますますペニスをい
きりたたせ、幼い少女そのままぎこちない手つきで徹也の背中を掻き抱くようにしてキスをされて、もうとてもではないが堪え
られないところまで追いやられてしまっていたのだった。
けれど、それを言葉にすることはできない。
晶は徹也と目を合わすまいとして再び瞼をぎゅっと閉じ、爪先立ちをしている踵を更に高く上げて、自分の顔を徹也の顔
に押しつけた。それは、初めて経験したキスに余韻に酔いしれて、もっともっととせがむ少女そのままの姿だった。
「駄目だよ、晶ちゃん。そりゃ、僕だってもっとキスをしていたいけど、でも、晶ちゃんがトイレへ行きたいんだったら、そっち
を先に済ませなきゃ。このままだと、また紙おむつを汚しちゃうかもしれないんだろ? そしたら、お姉さんに叱られちゃうん
じゃないの? そんなことになったら僕も責任を感じちゃうよ。晶ちゃんのおしっこが近そうなのに、それに気づいたまま何も
してあげられなかったなんてことになったら、年上のボーイフレンドの僕の責任だよ。だから、ちゃんとトイレを済ませておこ
うね。一人でトイレへ行けるようになったら、おむつも外れて、どんな所でもデートしに行けるようになるんだから。晶ちゃん
は聞き分けのいい子なんだろ? だから、ね」
徹也は幼いガールフレンドを気遣う年長者のボーイフレンドそのままの口調で言って、セーラースーツのスカートの上から
晶のお尻をぽんぽんと優しく叩いた。
徹也にとっては何気ない動作だったが、我慢に我慢を重ねていた晶にとっては、それは、とどめを刺されるのと同じだった。
今にも爆発しそうにして紙おむつの中でひくひくと蠢いているペニスが、紙おむつの上から徹也の手で責められて、もうこ
れ以上は堪えられなくなってしまう。
「ばか、お兄ちゃんのばかぁ!」
甘えるように言って、閉じていた瞼を開き、恨みがましい目で徹也の顔を見てから、もういちどぎゅっと瞼を閉じて、晶は
徹也の胸に顔を埋めた。それまでもじもじ摺り合わせていた左右の内腿をぴたっと閉じ膝から下を開いた内股ぎみの状態
で、もう爪先立ちをする力もなく、踵をぺったり試着室の床につけて、徹也の体にすがりつくようにして立っているのが精一
杯だ。
「ど、どうしたの、晶ちゃん!? ――お、お姉さん、晶ちゃん、どうしちゃったんでしょう。やっぱり、おしっこなんでしょうか?」
急に膝から下の力が抜けてしまったかのように体をもたれかけさせてきた晶の様子に驚いて、徹也は晶の背中を撫でさ
すりながら、助けを求めるように美也子の顔を見上げた。
「ううん、たぶん、おしっこなんかじゃないと思うわ。妹、これまで男の子となんかつきあったことがなくて、だから、キスなん
て初めてのことで。それで、めろめろになっちゃったんじゃないかしら。初めてキスをする小学生の女の子をこんなにしちゃ
うなんて、徹也君てば見かけによりずテクニシャンなのね。どこでそんなお勉強をしたのかしら?」
美也子は少しだけ考えるそぶりをしてみせてから言い、最後の方は少しばかり徹也をひやかした。
晶が今、一般的には『射精』と呼ばれるおもらしの最中だということは、美也子の目には火を見るよりは明らかだった。け
れど、取りあえず、おしっこで紙おむつを汚してしまっているわけではない。
「本当ですか? 本当におしっこじゃないんですね? でも、もしもおしっこだったら、僕のせいなんです。ボーイフレンドの
僕がもっと早く気づいてトイレに連れて行ってあげればよかったんです。だから、おしっこだとしても晶ちゃんを叱らないであ
げてくださいね。デートのたび、僕が気をつけてあげます。まだおむつ離れできないことをわかってて晶ちゃんをガールフレ
ンドに選んだんだから、みんな僕の責任なんです。叱るなら僕を叱ってください。お願いします」
これ以上はないくらい真剣な面持ちで繰り返し念を押す徹也。
「お、お兄ちゃん……お兄ちゃんの、ば・か」
徹也の胸に顔を埋めたままの晶のくぐもった声が微かに聞こえてきた。「ばか」と言いつつも、それまでよりも更に尚のこ
と徹也に甘えきっているのが明らかな、どこか舌足らずな口調だ。
「お兄ちゃんのせいなんかじゃないよ。晶がおむつを汚しちゃっても、そんなの、お兄ちゃんのせいなんかじゃないよ。みんな、
晶が悪いんだよ。お姉ちゃんに叱られるのは晶だけでいいんだよ。なのに、僕を叱ってだなんて、そんなこと言うお兄ちゃん、
ばかだよ。晶のせいで叱られるなんて、お兄ちゃん、どうしようもないばかだよ。ばか、お兄ちゃんの……ば・か」
舌足らずな声でそう言いながら徹也の胸に顔をこすりつける晶の様子は、まるで仔猫みたいだ。それも、まだ生まれて間も
ない愛くるしい雌の仔猫。
「だから、言っただろ? 僕、晶ちゃんのためだったら幾らでも馬鹿になるよって」
しきりに顔を胸元にこすりつけて甘える仕種をみせる晶の背中を尚も撫でさすりながら、徹也は面映ゆそうな顔つきで言
った。それから、いかにも気遣わしげな様子で、けれど晶が恥ずかしがらないよう、さりげないふうを装って念を押す。
「でも、本当におしっこじゃないの? まわりには他のお客さんなんていないから恥ずかしがらなくていいんだよ。もしも濡
れたおむつのままだとお尻が気持ち悪いんだから、ちゃんと話してごらん。おしっこは大丈夫なの?」
「……お兄ちゃんのばか」
訊かれても、晶はそんなふうにはぐらかすしかできない。本当のおしっこではないけれど、美也子が言うところの『白い
おしっこ』で紙おむつの中をべとべとに汚してしまったばかりなのだ。他になんと応えようがあるだろう。
代わりに横合いから応えたのは美也子だった。
「さっきも言ったけど、おしっこじゃないわ。だって、おしっこだったら、おしっこを吸収した紙おむつの吸収帯がぷっくり膨れ
る筈だもの。見たところそんな様子はないし……」
美也子はわざと冷静な口調でそこまで言い、晶が精液を全て溢れ出させてペニスが萎える頃合いを見図って、こう付け
加えた。
「なんなら徹也君、自分の手で確かめてみるといいわ。晶ちゃんのスカートを捲り上げて、紙おむつを触ってみて。それで、
お尻の下あたりの吸収帯が膨れてなきゃおしっこじゃないことがはっきりするから」
「え? ぼ、僕が晶ちゃんのおむつが濡れてないかどうか確かめるんですか? ……ぼ、僕が?」
思ってもみなかった美也子の言葉に、徹也の顔が真っ赤になった。
「そうよ。だって、徹也君、晶ちゃんのボーイフレンド兼お兄ちゃんでしょ? おむつ離れしていない小っちゃな妹みたいなガ
ールフレンドを持ったのが運の尽きだと思って、それくらいのことはして欲しいわね。だいいち、デートのたびに私がいつも
一緒だとウザいだけでしょ? 私がいなかったら、晶ちゃんのおむつが濡れていないかどうか確かめられるのは徹也君しか
いないじゃない。まさか、見ず知らずの人に晶ちゃんのおむつを確かめさせるつもりじゃないでしょうね?」
美也子はなんでもないことのように言って、おおげさに頷いてみせた。
「あ、ああ、そうか。そうですね、言われてみれば、そうですよね。ぼ、僕がお姉さんの代わりに晶ちゃんの面倒をみてあげる
ことになるんですよね。確かに、そうですよね」
徹也は、美也子に対して応えるというよりも自分自身に言い聞かせるようにして何度も小さく頷き、自分の胸に顔を埋めた
ままの晶に向かって優しく言った。
「じゃ、あの、お、おむつが濡れてないかどうか確かめておこうね。もしも濡れてたら急いでお姉さんに取り替えてもらわなき
ゃいけないから。ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、これからは僕が確かめてあげることが多くなりそうだから、今のうち
に慣れておこうね。すぐに済むから、ちょっとだけじっとしてるんだよ」
徹也の言葉に応える代わりに、晶はますます深く徹也の胸に顔を埋めた。その仕種が、徹也にはたまらないほどいとお
しく感じられる。まさか、自分の胸に恥ずかしそうに顔を埋めておむつが濡れていないかどうか確認してもらうのを待って
いる幼いガールフレンドが本当は高校生の男の子だなんて思ってもみない。
徹也はおそるおそるといった様子でセーラースーツのスカートの裾を左手で捲り上げ、晶の背中を撫でさすっていた右
手をゆっくりおろして、両脚の間にそっと差し入れた。
途端に、晶の体がびくんと震える。精液を放出し終えたばかりで、力なく萎えたとはいえまだまだ感度だけは敏感な状態
にあるペニスの先が紙おむつの上から徹也の手に触れて、思わず感じてしまったのだ。
だが、それを羞じらいの仕種と受け取った徹也は、晶の耳朶に唇を押し当てるようにして、なだめ言い聞かせる。
「ごめんね、晶ちゃん。女の子の晶ちゃんが、こんなところを男の子に触られたら恥ずかしいよね。でも、おむつが濡れて
ないかどうか確かめなきゃいけないから、その間だけ我慢するんだよ」
そう言い聞かされた晶は、小さくこくりと頷くと、まるで徹也の首筋にかじりつくようにして体をもたせかけた。これ以上へん
に身悶えしたりすれば正体を見破られる恐れがある。そう思うと、徹也の言葉に素直に従うしかない。しっかり者のボーイフ
レンド兼お兄ちゃんに諭され、愛くるしい仕種で可愛らしく頷いておむつの濡れ具合を確かめてもらう晶の姿は、小学生どこ
ろか、まだ幼稚園にも通っていない年端もゆかぬ幼い女の子そのままだ。この姿を児童公園で知り合った美優が見たら「や
っぱり私の方がお姉ちゃんね。ほんと、晶ちゃんはおむつの赤ちゃんなんだから。なんでも私が教えてあげなきゃいけない
んだから、大変で仕方ないわ」と、おませな口振りで言うに違いない。
晶が喘ぎ声を漏らしてしまいそうになるのを必死の思いで我慢し、小刻みに震える左右の膝頭を互いに触れ合わせている
うちに、ようやくのこと徹也の手が止まった。とはいえ、吸収帯がおしっこを吸収して膨らんでいないかどうかを確かめ終えた
ばかりで、右手の掌は晶の両脚の間に差し入れれたままだし、左手はスカートを捲り上げたままだ。
「吸収帯の様子、どうだった?」
徹也の手の動きが止まったのを見て取った美也子が短く訊いた。
「はい、あの、大丈夫みたいです。なんだかわからない膨らみをちょっと感じたんですけど、おしっこを吸って吸収帯がぷに
ぷに膨らんでいるわけじゃないみたいだから、おもらしじゃないと思います」
どうやらおしっこは大丈夫らしいと判断して、徹也は安堵の表情で応えた。けれど、まだ指先に残る妙な感触に、怪訝な
表情を浮かべて、ついひとりごちてしまう。
「……でも、あれって何の膨らみだったんだろう。女の子の恥ずかしいところをあまりいじりまわすのはいけないと思ってすぐ
に手をどけたからよくわかんないけど、でも、何だったんだろうな」
徹也がひとりごちたその声は美也子の耳にも晶の耳にも届いていた。二人とも、徹也の指に触れた奇妙な膨らみの正
体が何なのか、すぐに思い当たる。徹也の指先に奇妙な感触を残した膨らみというのは、精液を溢れ出させて力なく萎え
たペニスに違いない。精液を放出する前のいきり立ったペニスだったら、紙おむつの吸収帯の上から触っても、そん存在
がはっきりわかるほどだったろう。けれど、ペニスがこそこそと縮こまる頃合いを見計らって美也子が徹也におむつの具
合を確かめさせたおかげで、『なんだかよくわからないちょっとした膨らみ』で済んだわけだ。
「ま、いいや。――晶ちゃん、おもらししちゃってたんじゃないってわかってよかったね。でも、おしっこをしたくなったら遠慮
しないで言うんだよ。僕だって女子トイレへ行くのは恥ずかしいけど、可愛い晶ちゃんのためだったら、そんなことくらいで
恥ずかしいなんて言ってられないもん。いつでも大急ぎで連れて行ってあげるから、恥ずかしがらないでちゃんと教える
んだよ。そうしていれば、いつかおむつ離れできるに決まってるんだから」
徹也は気持ちを切り替えるためにぶるんと首を振ると、お兄ちゃんぶった様子で晶に言った。
「ほら、お礼とお返事はどうしたの?」
おむつの具合を確かめるためにスカートを捲り上げていた左手と晶の両脚の間に差し入れていた右手を徹也がようやく
元に戻すのを待って、美也子が晶に言った。
「……晶の、お、おむつが濡れてないかどうか確かめてくれてありがとう、お兄ちゃん。そ、それと、おしっこしたくなったら
すぐに教えるから、晶をトイレへ連れて行ってね。……いつまでもおむつ離れできない赤ちゃんみたいなガールフレンドで
ごめんね。でも、嫌いにならないでね。約束だよ、お兄ちゃん」
美也子に促されて伏し目がちにそう言う晶の頬がうっすらとピンクに染まっているのは、どうやら、羞恥のためばかりでは
なさそうだった。
「すごいじゃない、晶。完全に女の子してたわよ。いったいいつの間にあんな演技力を身に付けちゃってたの? この調子な
ら、文芸部を辞めて演劇部に入り直した方がいいんじゃない?」
もういちど改めて智子たちにセーラースーツ姿をお披露目し、茜から三つめのバスケットを受け取って入り口のカーテンを
閉めるなり、美也子は晶をひやかした。徹也に甘える晶の様子が演技だけではないことを、冷徹な美也子の目は見抜いて
いる。自分が仕組んだ企み通りに晶の心の片隅に『女の子の晶ちゃんとしての自我』の小さな芽が萌えいでつつあることは、
とっくにお見通しだ。それを充分に承知しながら、晶がどんな反応をするのかを見たくてわざと『演技』という言葉を口にしたの
だった。
「……そ、そんな言い方……」
試着室の入り口から離れた晶は、下唇をぎゅっと噛んで美也子の顔を見上げた。恨みがましいというより、どちらかとい
うと、今にも泣き出しそうなうるうるした目つきだ。
「ん、どうしたの? 徹也君、晶ことをすっかり小学生の女の子だって信じきってるわよ。高校生の男の子のくせして中学
生の男の子をそこまで騙し通せるだなんて、すごい演技力じゃない。私、晶のことを褒めてるつもりなんだけど?」
美也子は尚もとぼけてみせる。
「……あ、晶、徹也お兄ちゃんのこと、騙してるんじゃないもん。晶、そんないけない子じゃないもん。なのに、そんなこと言
うなんて、お姉ちゃんのいじわる!」
フォーマルな女児服に身を包んで徹也の頬にキスをさせられた時には屈辱のあまり思わず男言葉に戻ってしまった晶
が、自分で気づいているのかいないのか、いつのまにか、再び少女めいた喋り方になっていた。けれど、それは美也子に
強要されたものでは決してない。晶の心の奥底に芽生えた少女としての自我の萌芽がそうさせているのだ。
「そう、晶は――晶ちゃんは、そんなに徹也お兄ちゃんのことが大好きになっちゃったの。晶ちゃん、女の子してたんじゃな
くて、女の子になっちゃってたのね。ごめんね。お姉ちゃん、晶ちゃんの気持ちに気づいてあげられずに変なこと言っちゃ
った。晶ちゃん、女の子なんだよね。女の子のふりをしてるわけじゃないんだよね。徹也お兄ちゃんに対する気持ち、演技
なんかじゃなくて本気なんだよね」
自分の思惑通りにことが進んでいることに胸の中で笑いを噛み殺し、美也子は、晶のことを同級生の『晶』ではなく幼い
妹の『晶ちゃん』に呼び方を戻して、わざと優しく言った。
「あ……ち、違う。違うんだ、お、俺は……」
不意に我に返ったかのようにはっとした顔になった晶は、ついさっきの自分の言葉を否定しようと激しく首を振った。
けれど、美也子は確実に晶を追い込んでゆく。
「いいのよ、晶ちゃん。初めて男の人を好きになったことをお姉ちゃんに知られて恥ずかしいのよね? でも、いいのよ。ど
んなに内気で幾ら引っ込み思案な晶ちゃんだって、女の子なんだから、いつかは男の人を好きになるものなのよ。お姉ち
ゃんがいなきゃ何もできない甘えん坊の晶ちゃんだって、ゆっくりゆっくり成長してボーイフレンドもできて、それで素敵な
レディに変わってくのよ。だから、恥ずかしがることなんてないの。恥ずかしがるどころか、胸を張って自慢しなきゃ。『お姉
ちゃんはまだだけど、晶はもうボーイフレンドができちゃったもんね。いつもお姉ちゃんに甘えてばかりの晶だけど、ボーイ
フレンドができるのは晶の方が早かったもんね』そう言ってお姉ちゃんを羨ましがらせるくらいでいいのよ」
思わせぶりに含み笑いを漏らした美也子は、そう言って晶の言葉を遮るのだった。
「違う。そんなじゃないんだ、俺は……」
「あらあら、女の子がそんな乱暴な言葉遣いをしちゃいけないでしょ? 『僕っ娘』はまだいいけど、『俺っ娘』なんて、お姉
ちゃんは許しませんからね。だいいち、そんな乱暴な言葉遣いじゃ、徹也お兄ちゃんに嫌われちゃうわよ。それとも、晶ちゃ
んのおむつが濡れてないかどうか優しく調べてくれた大好きな徹也お兄ちゃんに嫌われちゃってもいいの?」
尚も言い募ろうとする晶の言葉を、美也子は艶然とした笑みを浮かべて再び遮った。そうして、わざとらしく今になって気
づいたふうを装って続ける。
「でも、困ったわね。晶ちゃん、本当のおしっこをおもらししちゃったわけじゃないから紙おむつの吸収帯が膨らむことはな
かったけど、白いおしっこで紙おむつの内側はべとべとして気持ち悪いんじゃないの? 次のお洋服に着替える前に、下
のフロアのドラッグストアへ連れて行ってあげようか? 好きな紙おむつを選ばせてあげるわよ?」
そう言われて、けれど晶には、返す言葉などない。
「あら、急にだんまりなの? でも、早めに取り替えないと、もっと困ったことになっちゃうのよ。白いおしっこで内側がべと
べとに汚れた紙おむつのままだと、晶ちゃんが本当は男の子だってこと、徹也お兄ちゃんにばれちゃうかもしれないんだ
から。それでもいいの?」
美也子はひょいと腰を曲げ、首をうなだれる晶の顔を下から覗き込むようにして言った。
「え……?」
美也子が何を言っているのか、咄嗟にはわからない。晶はぎょっとしたように大きく両目を見開いて、すぐ目の前にある美
也子の顔を凝視した。
「本当のおしっこに比べて白いおしっこは量が少ないから、吸収帯がぷっくり膨れることはなかったわけよね。でも、量の問
題より前に、そもそも、白いおしっこは粘りけがありから吸収帯には吸い取られないのよね? だから、紙おむつの内側は
いつまでもべとべとしたまま。このまま、白いおしっこが晶ちゃんの体温で温められ続けたらどうなると思う? それに、最近
の紙おむつ、中が蒸れないよう、通気性も良くなっているそうね。つまり、それって、紙おむつの中の匂いが外へ漏れやすい
ってことにもなるわけじゃないのかな?」
美也子は、まるでクイズを楽しんででもいるかのような気軽な口調で言った。
その言葉を耳にした途端、笑顔の美也子とは対照的に、晶の顔が見る間にこわばってゆく。
「徹也お兄ちゃんはもう中学校の三年生だもの、もちろんオナニーの経験もあるでしょうね。その時に嗅いだ匂いと同じ匂い
が晶ちゃんの紙おむつから漂い出てきたら、徹也お兄ちゃん、随分と不思議そうな顔をするでしょうね」
美也子は、セーラースーツのスカートの上から晶の紙おむつをぽんと叩いて、くすっと笑った。
「そんな……そんな……」
内側に精液が付着した紙おむつを着用したままにしていれば、晶の体温で温められた精液の青臭い匂いが紙おむつの
生地を通して外に漂い出るのは時間の問題だ。美也子が言っている言葉の意味は晶にもすぐわかった。けれど、どう対処
すればいいのか、それがまるで頭に浮かばない。
「だから言ったでしょ? ドラッグストアへ連れて行ってあげようかって」
美也子はすっと腰を伸ばし、右手の甲を腰骨に押し当てて、今にも泣き出しそうになっている晶の顔を見おろした。
「や、やだ。そんなの、恥ずかしい。たくさんのお客さんがいるお店で紙おむつを選ぶだなんて、そんなの、晶、恥ずかしい
もん。そんな恥ずかしいこと、晶、できないもん」
それまで伏せていた顔をおずおずと上げ、助けを求めるような目で美也子の顔を振り仰いで、晶は無力な少女そのまま
の口調で言った。徹也に対するのと同様、美也子に対する依存心も胸いっぱいに膨れ上がってきているのは間違いない。
「でも、新しいおむつを買ってこなきゃ、もう替えのおむつは残ってないのよ。持ってきた紙おむつ、晶ちゃんが二枚とも汚し
ちゃったんだから」
美也子は、サンドレスを脱がせる時に晶の肩から外して試着室の隅に置いたままになっている小物入れの鞄を指差して、
わざと困ったように言った。
「助けてよ、お姉ちゃん。晶、どうしたらいいの? 晶が本当は男の子だってわかったら、お兄ちゃんに嫌われちゃうよぉ。晶、
そんなの、やなんだから。お兄ちゃんに嫌われちゃったら、晶、どうしていいかわかんないよ。だから、助けてよ、お姉ちゃん。
このままじゃ、晶、このままじゃ……ふ、ふぇ~ん」
晶の瞳から涙の粒がこぼれ出た。
いったん溢れ出した涙の雫はとどまるところを知らず、次から次へと晶の頬を濡らし続ける。
迷子センターで徹也の首筋にしがみつきながら涙をこぼした時よりも尚いっそう幼児じみた仕種で泣きじゃくる晶の目の前
で、美也子が大きく両腕を広げた。
「晶、晶、どうしたらいいの? やだよ、お兄ちゃんに嫌われるなんて、そんなのやだよ。晶のこと助けてよ、お姉ちゃん。お姉
ちゃんてばぁ」
大きく広げた腕の中に晶が飛び込み、美也子の豊かな胸に顔を埋めて尚も泣きじゃくる。
「そう、晶ちゃん、徹也お兄ちゃんのことがそんなに大好きなんだ」
美也子は、それこそ、自分の感情を持て余して手放しで泣きじゃくる幼い妹をあやすように晶の背中をぽんぽんと優しく叩
いて、おだやかな声で話しかけた。
「大好きだよ。晶、お兄ちゃんのこと、大好きだよ。晶がおもらしでおむつを汚しちゃっても叱らないし、おむつが濡れてな
いかどうか優しく調べてくれるし、晶が泣いちゃったらチュッして泣きやませてくれるし、晶がジュースをこぼしちゃったらお
洋服を丁寧に拭いてくれるもん。ほ、本当は晶の方が年上だけど、お兄ちゃん、晶より背が高くてお髭が生えてて、だから
やっぱり、お兄ちゃんは晶よりお兄ちゃんなんだもん。一人じゃ何もできない晶のことずっと守ってあげるって言ってくれた
もん。そんな優しいお兄ちゃんのこと、晶、大好きなんだもん」
晶は美也子の胸に顔を埋めたまま声を震わせた。
女の子の格好を強要されてあまり時間が経ってない頃の晶は、自分が実は男の子だと知られる羞恥や屈辱から、正体
を見破らることを恐れていた。けれど、今こうして美也子の胸で泣きじゃくっている晶は、自分の正体を知られて徹也に嫌
われることになるかもしれないという怯えに身を震わせているのだ。
「晶ちゃん、すっかり女の子になっちゃったんだね。中学生の男の子に甘えたくて仕方ない、小っちゃな女の子になっちゃ
ったんだね。お姉ちゃん、そんな晶ちゃんが大好きだよ。こんなに短い間に甘えん坊の妹みたいな可愛らしい女の子にな
っちゃった晶ちゃんのこと、お姉ちゃんは大好きだよ」
自分の思惑通り、いや、それ以上に女の子めいて変わってゆく晶の髪をいとおしそうにそっと撫でつけ、美也子は甘い声
で囁きかけた。
「そんな可愛い妹が泣いてばかりいちゃ可哀想だもの、いい方法を教えてあげる。おむつを取り替えなくても晶ちゃんが本
当は男の子だって徹也お兄ちゃんに知られない、いい方法を教えてあげる。だから、お姉ちゃんの言うこと、ちゃんと守る
のよ」
「本当? 本当に、そんなことができるの?」
まだ美也子の顔に顔を埋めたまま、けれど、つい今し方より明るい声で、晶はおそるおそる訊いた。
「本当よ。晶ちゃんがお姉ちゃんの言う通りにできたら、白いおしっこの匂い、徹也お兄ちゃんに気づかれずに済むのよ」
美也子は、晶の二の腕をつかんで体を優しくそっと少しだけ後ろに押しやり、すっと膝を折って晶と目の高さを合わせると、
見る者の魂さえ吸い取ってしまいそうなほど大きな瞳を輝かせて言った。
「今から、本当のおしっこのおもらしをしちゃいなさい。紙おむつの中に、本当のおしっこを出しちゃいなさい。本当のおしっこ
で、紙おむつの内側をべとべとに汚している白いおしっこを洗い流して、そのまま吸収帯に吸わせちゃうのよ。白いおしっこ
だけだったら粘りけがあって吸い取れないけど、本当のおしっこと混じり合えば吸収帯が吸ってくれるから。そしたら、もう、
白いおしっこの匂いが外に漏れ出ることはなくなるんだから」
「え? で、でも……」
思ってもみなかった美也子の言葉に、驚きのあまり涙も止まってしまい、晶は唇を半分ほど開いたまま困惑の表情を
浮かべて言葉を失った。
「何をそんなに驚いてるの? 晶ちゃん、お姉ちゃんの言う通りにできるんじゃなかったの?」
美也子は眼光鋭く晶の目を正面から覗き込んだ。
「だ、だって……だって、わざとおもらしだなんて……」
自分が口にした『わざとおもらし』という言葉に頬を真っ赤にしながら、晶はおどおどした様子で目をそらした。
「いやならいいのよ。おもらしするのが恥ずかしくてできないなら、それでもお姉ちゃんはちっともかまわないんだから。
徹也お兄ちゃんに嫌われて泣いちゃうのはお姉ちゃんじゃないんだものね。じゃ、いいわ。次のお洋服に着替えて、似合
うかどうか徹也お兄ちゃんに見てもらいましょう。じっくり見てもらって、白いおしっこの匂いに気づいてもらうといいわ」
美也子は冷たく言い放って膝を伸ばした。
「そ、そんな……別の方法ないの? ねぇ、新しい紙おむつを買いに行くんじゃなくて、わざとおもらしするんでもない、も
っと別の方法を教えてよ。ねぇ、お姉ちゃんてば」
晶はすがるような目で美也子に助けを求める。
「あらあら、何を言ってるの。そんなに都合のいい方法が幾つもあるわけないでしょ? わざとおもらししちゃうのが一番い
い方法なのよ。だって、本当のおしっこでおむつを汚しちゃったところは迷子センターで見られちゃってるんだから、もう一
回見られても恥ずかしくないでしょ? それに、あの時のおもらしから今まであまり時間が経ってないから、おしっこはそん
なに溜まってないわよね? だったら、おしっこはみんな吸収帯が吸い取ってくれるから、紙おむつを濡らしちゃった上に
横漏れしちゃったおしっこの雫まで見られちゃう心配はないじゃない。ということは、恥ずかしさはあの時よりも随分と減る
ってことになるわよね。それに、おしっこをみんな吸収帯が吸ってくれたら、逆流して沁み出す心配はないから、お家に帰
る間くらいは新しいおむつに取り替えなくても大丈夫よ。そうすると、ドラッグストアでおむつを選ぶ必要もなくなるし。ほら、
これ以上の方法なんてないじゃない?」
美也子は幼い子供に教え諭すようにそう言い、セーラースーツの生地を見透かしてしまうような目つきで晶の下腹部を
みつめて続けた。
「いつまでも愚図愚図してると、白いおしっこの匂いがどんどん強くなるわよ。匂いがおむつ外に漏れ出すまで、もうあまり
時間がないんじゃないかな。徹也お兄ちゃんが匂いを嗅いだらどんな顔をするか、楽しみね」
「……」
そう言われて、晶は何も言い返せない。
何も言えず、けれど、少しだけ迷ってから、小さくこくんと頷いて、覚悟を決めたように両手をきゅっと握りしめる。
「この方法が一番だって晶ちゃんもわかったみたいね?」
美也子がさりげない口調で念を押した。
それに対して晶は、無言のまま、もういちどこくんと、さっきに比べれば少しだけはっきりと頷いた。
「じゃ、お姉ちゃん、見ててあげる。晶ちゃんが上手におもらしできるよう応援しながら見ててあげる。だから頑張るのよ」
優しくそういう美也子の言葉は、何気なく聞き逃せば、幼い妹のトイレトレーニングを応援しているようにしか聞こえない
かもしれない。だが、早くおむつを卒業して一人でトイレへ行けるようになろうねと応援するのではなく、トイレを使うのが
当たり前の晶に向かって、おむつの中に上手におしっこをおもらししようねと促しているそれは、なんと奇妙なトイレトレー
ニングの応援だろう。
「……あ、晶、お兄ちゃんのことが大好きだもん。大好きなお兄ちゃんに嫌われないようにするためだったら、ちょっとくら
い恥ずかしくても平気だもん。晶、お、おむつの中に上手に……上手に、おもらしできるもん」
とてものこと本当は高校生の男の子の口から発せられているとは思えないほど舌足らずで甘えん坊な声。年上のボー
イフレンドを想う幼い少女の気持ちが伝わってくるようで、健気にさえ聞こえる。
晶はぎゅっと瞼を閉じ、左右の拳に力を入れた。
必死の思いでいきりたっている様子がありありとわかる。
「頑張れ、晶ちゃん。頑張って、おむつの中におしっこを出しちゃうのよ」
しっかり者の姉さながら、奇妙なトイレトレーニングの応援を続ける美也子。
「晶が本当のおしっこでおむつを汚しちゃっても、お兄ちゃんは叱らないもん。大丈夫だよって優しく慰めてくれるもん。で
も、白いおしっこの秘密がばれたら、お兄ちゃんに嫌われちゃう。だから、本当のおしっこでおむつを汚しちゃうんだもん。
それでもって、おもらししちゃって泣いちゃったら、よしよししてもらいながらチュッしてもらうんだもん」
晶は自分に言い聞かせるように呟いて下腹部に力を入れた。
けれど、我慢我慢を重ねた上でのどうしようもないおもらしではなく、意識してのおもらしだから、おしっこを迸り出させる
ためにペニスに力を入れると同時に、膀胱の筋肉を緩める必要がある。これまでの人生でおしっこはトイレでするものだと
いう意識と習慣が身に付いている者には、それは、思うほど簡単なことではなかった。
「やだ、このままじゃ、白いおしっこの匂いが強くなっちゃう。やだよぉ、お兄ちゃんに晶が本当は男の子だって知られて嫌
われちゃうぅ。や、やだ、そんなことになったら、晶、晶……」
晶の口調がますます幼児めいてくる。同時に、落ち着かぬ様子で地団駄を踏み始めた。けれど、尿意に耐えるために幼
児が無意識のうちにそうするのとはまるで逆に、思ったようにおしっこをおもらしできない苛立たしさのあまりだった。
「駄目よ、晶ちゃん。そんなに暴れたりしたら、どうしたのかと思って、みんながお外からカーテンを開けちゃうかもしれない
でしょ? そんなことになったら、晶ちゃんがわざとおもらししようとしてるところ、徹也お兄ちゃんにみつかっちゃうわよ」
美也子は晶の肩にそっと手をおいてなだめた。
「だって、だって……」
わざとおもらししちゃいなさいと美也子に言われた驚きで一度は止まっていた涙が再び晶の頬を濡らした。
おもらしでおむつを汚してしまって流す涙ではなく、おむつの中におもらしできない苛立たしさのために溢れ出る、それは
奇妙な涙だった。
「そうね、おむつが外れてこれまで、おしっこはちゃんとトイレでしてきたんだから、急にまたおむつにおもらししようとしても
難しいわよね。じゃ、こうしましょう。晶ちゃんをお姉ちゃんのお膝の上に座らせてあげる。それで、晶ちゃんは、トイレの便器
に座っているんだって考えるようにしてごらん。お姉ちゃんのお膝を便器だと思えばいいの。そうしたら、いつもトイレでしてる
みたいに上手におしっこが出るんじゃないかな」
顎先に人差指を押し当てて何やら考えていた美也子が、唇を「へ」の字に曲げて涙をこぼす晶にそう言って、すっと膝を折
り、試着室の床に正座した。
そうして、傍らに佇む晶の体を引き寄せ、自分の太腿の上に晶のお尻が載るよう脚の上に座らせる。晶の右の頬が美也子
の顔の前にくるよう晶の体を横向きにして両脚を伸ばさせる、そんな座らせ方だ。
「いい? 今、晶ちゃんはお家のトイレにいるのよ。お家のトイレの便座にお座りしているの。今日はたくさんおむつを汚しちゃ
ったわね。でも、今はちゃんとトイレにいるのよ。晶ちゃん、おしっこが出ちゃうよってお姉ちゃんに教えてくれたの。だから、こ
うしてトイレに連れて来てあげたのよ。晶ちゃん、お利口さんだもの、ちゃんとトイレでおしっこできるよね? もう小学五年生
のお姉ちゃんだもん、上手にトイレでおしっこできるよね?」
美也子は晶の右耳に唇を寄せ、暗示をかけるように甘ったるい声で囁きかけた。
「晶、トイレにいるんだ……晶、小学生のお姉ちゃんだもん、トイレでおしっこするんだ……晶、赤ちゃんじゃないもん、お
姉ちゃんだもん、上手にトイレでおしっこできるんだもん」
晶は美也子の言葉をなぞるようにゆっくり口を動かし、美也子の胸に体をもたせかけた。
「そうよ。晶ちゃんは今、トイレにいるのよ。おもらししちゃって大好きな徹也お兄ちゃんに笑われないよう、ちゃんとトイレ
でおしっこしようね。さ、あんよの力を抜いて。あんよの力が抜けたら、次はお尻の力も抜くのよ。そうして、お腹の力も抜
いてごらんなさい。幾らいきんでも、おしっこは出てこないわよ。お姉ちゃんがしっかり支えていてあげるから、体中の力
を抜くといいわ」
美也子は晶の体をそっと手前に引き寄せ、おヘソのすぐ下のあたりをセーラースーツの上からぽんぽんと優しく叩いた。
晶の下腹部がびくんと震えたのは、その直後のことだった。
「……出ちゃう。お姉ちゃん、出ちゃうよぉ」
試着室の床に正座した美也子の脚と直角に交わる方向に両脚を伸ばした格好で美也子の太腿の上にお尻を載せてい
る晶が、おずおずと体を捻り、美也子の首筋に両腕を巻きつけて、美也子の頬に自分の頬を押し当てた。真っ赤な唇から
漏れる吐息が熱い。
「いいのよ、出しちゃって。晶ちゃん、ショーツじゃなくて紙おむつを着けてるんだもの、そのまま出しちゃっていいのよ」
さっきまでは晶に対してトイレにいるんだという暗示をかけていた美也子だが、おしっこが溢れ出そうだとわかると、晶を
現実に引き戻すため、少し意地悪な口調で、わざと『おむつ』という部分を強調して言った。
「……あ、晶、おむつだったんだ。小学生のお姉ちゃんなのに、おむつだったんだ。上手にトイレでおしっこできないから、
恥ずかしいおむつだったんだ。や、やだ、出ちゃう。おむつにおしっこ出ちゃうよぉ」
どこか夢見心地な表情で切なげに喘ぎ声を漏らし、晶は美也子の首筋にしがみついた。
「そうよ。晶ちゃんは小学五年生にもなっておむつの外れない恥ずかしい甘えん坊の赤ちゃんなのよ。でも、お姉ちゃん、
そんな甘えん坊の晶ちゃんが大好きよ。一人でトイレへも行けない甘えん坊な妹の晶ちゃんのことが大好きで仕方ない
の。徹也お兄ちゃんだってそうに決まってる。徹也お兄ちゃん、小学五年生の女の子をガールフレンドにしたつもりだった
のに、本当は、いつまでもおむつ離れできない赤ちゃんをガールフレンドにしちっゃてたのね。でも、徹也お兄ちゃんも、そ
んな晶ちゃんのことが大好きに決まってる。そうじゃなきゃ、おむつが濡れてないかどうか、優しく調べてくれるわけないも
の。よかったわね、晶ちゃん。いつまでもおむつが手放せない赤ちゃんのくせにみんなに好きになってもらって。ううん、ひ
ょっとしたら、いつまでもおむつ離れできない甘えん坊の赤ちゃんだから、みんな晶ちゃんのことをかまいたくなるのかもし
れないわね」
美也子は、茜の下腹部を優しく叩いていた右手を動かし、そっと両脚の間に差し入れた。
紙おむつの生地を通して、生温かい液体がじわじわと広がってゆく様子が微かに感じられた。
高分子吸水材でおしっこをゼリー状に固めて沁み出しを防ぐ仕組みになっている紙おむつだが、尿道から溢れ出るお
しっこを即座に吸い取れるというわけではない。吸収帯が吸ってゼリー状に固めるまでに幾らか時間がかかるのはしよう
がない。その間、おしっこは不織布を濡らしながらじわじわと広がってゆくのだが、普通は男の子の場合だと紙おむつの
前の方から濡れてくるのに対し、晶のペニスは美也子の手で強引に後ろの方に折り曲げられて紙おむつに押さえつけら
れているため、おしっこが溢れ出ると、お尻の方からじくじく濡れてくるのだった。女の子がおむつの中におもらしをしてし
まった時の濡れ方に近い。
「やっぱり晶ちゃんは女の子だったのね。だって、お尻の方がたくさん濡れちゃってるもの。でも、そりゃそうよね。中学生
のお兄ちゃんにべったり甘えちゃうような子が高校生の男の子なわけないわよね。小学生のくせにまだおむつの取れない
甘えん坊の女の子だから、徹也お兄ちゃんのことが大好きになっちゃうのよね」
そうなるように仕組んだのが自分だということはおくびにも出さず、美也子は紙おむつの表面をあちこち撫でまわしなが
ら、晶の羞恥をくすぐるように言った。
「あん、やだ。そんなとこ触られたら、晶……」
次第にぷにぷにと膨らんでくる吸収帯にペニスを押さえつけられながら、美也子の言葉に何も言い返せず、晶は、切な
げな喘ぎ声を漏らすことしかできないでいた。
試着室のカーテンが内側から引き開けられるのは、これで三度目だ。
美也子に手を引かれて晶が試着室の入り口に姿を現した途端、外で待っていた四人が揃って感嘆の声をあげた。洋服
の見立てに関してはプロである茜までもが感に堪えないというように嬌声をあげてしまうほど、おどおどした様子で試着室
の入り口に立つ晶の姿は愛くるしかった。
中学生になったら恥ずかしくて着られないよと公園で香奈たちに評されたサンドレス。ついさっき試着させられたのは、そ
んなサンドレスと同じくらい子供っぽいデザインのセーラースーツだった。中学生どころか、ひょっとしたら小学生でも高学
年の女の子なら着るのを躊躇ってしまうかもしれないほど子供っぽい雰囲気に仕立てられた夏向けの遊び着だった。
晶が今身に着けているのは、そんなセーラースーツと比べても尚いっそう子供っぽさを強調した、見るからに可愛らしい
デザインに仕上げたアリスタイプのエプロンドレスだ。普通、アリスタイプのエプロンドレスというと、エプロンの下に身に着
けるワンピースはブルーの生地で仕立ててあることが多い。けれど、試着室の入り口に佇む晶が着せられたエプロンドレ
スのワンピースは、ピーチピンクの生地で仕立ててあった。しかも、その色合いだけでも子供っぽさというより幼さが強調さ
れるところにもってきて、ウールとポリエステルとの混繊だろう、決してうすっぺらでない柔らかそうでいかにも肌触りのよさ
そうな生地そのものが、いかにも幼い子供向けといった雰囲気を際立たせている。
しかも、ワンピースの胸元には大きなリボンがあしらってある上に、丸っこいパススリーブが全体のふんわりしたラインと
相まって柔らかな雰囲気を漂わせている。エプロンは少女らしい清楚さを強調するためになんの飾りもない抜けるような
純白の生地でできていて、背中から斜めにまわした生地と腰まわりの生地とが背中で大きなリボンの結び目になっている
(ちなみに、こんなイメージ: ttp://item.rakuten.co.jp/catherine/cc/ )。
「うわっ。とっても可愛いよ、晶ちゃん。最初のも二番目のも可愛かったけど、これが一番似合ってるよ」
初めてエプロンドレス姿を見た時の興奮が醒めやらぬかのように、少しうわずった声で徹也が言った。
確かに、徹也の言う通りだった。小学校高学年の女の子向けにデザインされたフォーマルな装いさえ、今の晶からは、幼
い女の子が無理に背伸びをして大人びた格好をしているような印象が感じられた。それに比べれば夏向けの遊び着である
セーラースーツはいかにも年相応という感じではあったものの、いつもおどおどしている晶が着るには、いささか活発で解
放すぎるデザインという感が拭えない。そんな二着に対して、ワンピースの袖口に細かなフリルをあしらい、エプロンにはラ
ッフルをたっぷりあしらった、幼稚園にあがるかあがらないかといった年代ないしは小学校の低学年くらいの年代の女の子
向けにデザインされたアリスタイプのエプロンドレスは、これ以上ないくらい晶に似合っていた。特に、美也子の言葉にいざ
なわれるまま自分の意志でおむつをおしっこで汚してしまった晶にとって、これ以上似つかわしい装いは他に見当たらない
に違いない。
「本当に、とってもよく似合ってるわ。私がこう言うのもなんだけど、まさかこんなに可愛らしく着こなしてくれる子がいるなん
て思わなかったくらいよ。手間をかけて一から縫い上げた甲斐があるわ」
徹也の言葉に、茜が大きく頷いて同意した。
「え? 一から縫い上げたって、これ、既製品じゃないんですか?」
自分のすぐ横に立って晶の姿を満足そうにみつめている茜に向かって、徹也が少し驚いたような声で尋ねた。
「そうよ、私が縫い上げた一品物なの。最初のフォーマルな洋服は150サイズと160サイズがメインだし、二番目のセーラ
ースーツは100サイズから160サイズまで揃ってるんだけど、このエプロンドレスは既製品だと140サイズまでしかないの。
だって、ぱっと見てわかる通り、いかにも小さな女の子向けっていうデザインでしょ? 150サイズや160サイズを着るよう
なお姉ちゃんになると、恥ずかしがってなかなか着てくれないのよ。だから、置いといても売れないし、メーカーも定番アイテ
ムのラインナップには入れてないの。でも、晶ちゃんがどんな子なのか美也子ちゃんから電話でおよそのイメージを教えて
もらって最初に思いついたのが、このエプロンドレスだったのよ。ちょっと内気で甘えん坊な女の子だっていうし、まだおむつ
が外れてないっていうし、だったら、小学五年生のお姉ちゃんでも、こういうのが似合うんじゃないかなって。それで、電話で
教えてもらった寸法に合わせて縫ってみたの。でも、よかった。サイズはちょうどだし、なにより、こんなに似合ってるんだもの」
「あ、そうなんですか。でも、やっぱりすごいや、こんなの作っちゃうなんて。僕、今のところ制服は既製サイズで間に合っ
てるけど、もしもサイズ直しとかしなきゃいけなくなったら、その時はよろしくお願いします」
茜の説明に、徹也が納得顔で頷く。
けれど、納得できないのは晶だ。「一から縫い上げた」といった茜の言葉に何か引っかかるものを感じた晶は、おずおず
と美也子の仰ぎ見ると、声をひそめて尋ねた。
「お、お姉ちゃん、晶たちがこのお店へ来るってこと、いつ、茜お姉さんに知らせたの?」
「ん? どうして、そんなことが気になるの?」
美也子は幾らか腰を曲げ、晶と頬を触れ合わさんばかりにして訊き返した。
「だって、このお洋服を作るの、一時間とか二時間とかじゃできないんでしょ? 晶、お裁縫のことはよくわかんないけど、
二日とか三日とかかかるんじゃないの? なのに、晶たちがこのお店に来た時にはもうこのお洋服がワゴンの上にあった
よね? それって、つまり、お姉ちゃんは何日も前に茜お姉さんに晶を連れてくから用意しておいてねって連絡してたって
ことでしょ? おままごと、急に思いついたんじゃないの? ずっと前からおままごとをするつもりだったの? ずっとずっと
前から晶に女の子の格好をさせるつもりだったの?」
晶は、恨みがましさと陶然とした感情がない混ぜになった、どこか切なげな声で重ねて訊いた。
「あら、そんなことにちゃんと気がつくなんて、晶ちゃんはお利口さんね。うふふ、さすが、お姉ちゃんご自慢の妹だわ」
美也子は含み笑いを漏らし、難しい算数の問題が解けた幼い妹を褒めそやすように二度三度と晶の頭を撫でて言った。
「そうよ。あれは確か、二月の終わりころだったかな。私と、うちのパパとママ、それに晶ちゃんのパパとママが集まって、晶
ちゃんを私のお嫁さんにするっていう相談がまとまってすぐ、うちのママが茜お姉さんにお願いしてくれたのよ。こんな身長
でこんな体重で、こんな可愛い顔をした子を連れてくから、お似合いのお洋服をたくさん用意しておいてくださいねって。もし
も既製品で適当なのが見当たらないようなら、費用は幾らかかっても構わないから、オーダーメイドで作っておいてください
ねって。――あ、そうそう。おむつのこともその時に知らせてもらっておいたのよ。まだおむつが外れてないから、スカートの
サイズはそのことも考え合わせて選んでおいてくださいねって」
美也子が最後にさりげなく付け加えた言葉に、晶は、はっとしたように両目を大きく見開いた。
「お、おむつ、今日の午前中に買ってきたって言ってたじゃない。まさか使うことにはならないでしょうけど念のために買って
きたって、お姉ちゃん、お部屋で言ってたじゃない。なのに、なのに……あれって嘘だったの!? 最初から晶におむつを使わ
せるつもりだったの? 晶におむつを使わせるつもりで、前もって用意していたの!? おむつのこと、お姉ちゃんのママだけじ
ゃなくて、晶のパパとママも知ってるの!?」
今にも叫び出しそうになってしまうのをかろうじて堪えて、晶は声を震わせた。
「そう、晶ちゃんの想像通り、晶ちゃんのパパとママも、おむつのことは知っているわよ。晶ちゃんを女の子として育て直す
ためにどうしても必要な物なんですって説明してわかってもらったの。だから、お家に帰って、うちのパパやママ、晶ちゃん
のパパやママに会っても、おむつのことを知られるんじゃないかってびくびくしなくてもいいのよ。だって、みんな、とっくに
知ってることなんだもの」
美也子はくすっと笑って、紙おむつの上から晶のお尻をぽんと叩いた。
いくらおしっこは吸収材がゼリー状に固めるとはいっても、紙おむつの内側の表面が完全にさらさらというわけにはゆか
ず、濡れたおむつを身に着けている間は、じっとり湿った感触が下腹部を包み込むのは避けられない。その湿っぽさが、晶
に、ついさっき自分の意志でおむつの中におもらししてしまったのだという恥ずかしい事実を改めて思い出させる。
「さ、お喋りはこのくらいにしておきましょうね。いつまでもひそひそ話を続けていると、何を話してるんだろうって怪しまれて、
晶ちゃんの正体がばれちゃうかもしれないもの」
振り仰いでいた顔を伏せ床に視線を落としてうなだれる晶の耳元からそっと顔を離しながら、美也子は悪戯めいた口調で
最後に付け加えた。
「晶ちゃんが本当は高校生の男の子だってことも、茜お姉さんには連絡してあるからね。だって、そうしないと、お洋服を見
立ててもらうのに差し障りがあるもの。晶ちゃんくらいの身長がある女の子って、たいがい、おっぱいも少しは膨らんできて
いるものなのよ。でも、晶ちゃんはジュニアブラのカップでかろうじて膨らんで見えるけど、本当のところはぺったんこじゃな
い? そうすると、身長と体重から選んだお洋服じゃ、胸元がすかすかになっちゃうの。お姉ちゃんのお下がりのサンドレス
を着せてあげた時もそうだったでしょ? それで、徹也お兄ちゃんにブラを覗かれちゃったんだもんね。それに、どんなに華
奢に見えても、晶ちゃんは男の子。本当の女の子と比べると、骨格から違うから、どうしても肩幅とか広くなっちゃうのよ。そ
んなだから、既製品で可愛いお洋服があっても何カ所かは仕立て直してもらわないといけなくて、前もって連絡しておいた
の。でも、心配することはないわよ。茜お姉さん、客商売のプロで、お客さんの秘密は絶対に口外しないから」
そういう美也子の言葉に、もうどこにも逃げ道が残っていないことを痛いほど思い知らされる晶だった。
「晶ちゃん、お姉さんと何を話してたの? なんだか悲しそうなお顔をしてるみたいだけど、私の見立てが気に入らなかった
かな?」
美也子が口を閉ざすと同時に、少し心配そうな顔をした茜が話しかけてきた。
けれど、自分の正体を知っている茜と目を合わせることなど到底できる筈もなく、晶は顔を上げられない。
顔を伏せたまま押し黙る晶の代わりに応えたのは美也子だった。
「ううん、そんなことないですよ。妹、茜お姉さんの見立ててくれたお洋服、どれもみんなとっても気に入ってるんです。た
だ、このエプロンドレス、ちょっとスカートの丈が短いみたいで、それで恥ずかしがっちゃってるんです。――そうよね、晶
ちゃん?」
晶が茜と目を合わせられないわけを充分に承知していながら、美也子は、それをわざと別の理由と取り違えてみせ、晶
の体を鏡の方に向き直させた。
わざとおむつを汚してしまったことばかりに気に取られ、どんな洋服に着替えさせられたのかさえわかっていなかった
晶だが、美也子の言葉にひどい不安を覚え、首をうなだれたまま、おそるおそるといった様子で、鏡に映った自分の姿に
上目遣いで視線を向けた。
途端に晶は驚いたような顔つきになり、慌ててスカートの裾を引っ張りながら悲鳴をあげてしまう。
「や、やだ! こんなの、やだ! 見えちゃう、おむつが見えちゃうよぉ」
晶が金切り声で叫ぶ通り、茜が縫い上げたエプロンドレスのスカート丈は随分と短く仕立ててあった。膝上20センチくら
いだろうか、間違いなくマイクロミニに分類されるほどの丈の短さで、しかもパニエ内蔵式なのか、手で持ち上げなくてもふ
んわりと広がっているから、紙おむつが幾らかスカートの裾から覗いてしまっている。スカートの下に身に着けているのが
普通のショーツならかろうじて隠しおおせるのかもしれないが、股ぐりが深く横漏れを防ぐギャザーの目立つ紙おむつだと、
どうしても幾らか見えてしまうのだ。セーラースーツを着た時よりもエプロンドレスを身に着けた時の方が随分と晶が愛くる
しく見えたのも、丈の短いスカートの裾から僅かに紙おむつを覗かせたその姿のためなのは間違いない。それは、時おり
町中などで見かける、足の運びを妨げないようわざと丈を短くしたスカートをおむつでまん丸に膨らませてちょこちょこ歩き
まわる小さな女の子に通じる、幼女特有の可愛らしさだった。
そのとびっきりの愛くるしさに徹也たちは感嘆の声をあげたのだが、当の晶はたまったものではない。自分が今どんな格
好をさせられているのか知った途端に悲鳴をあげて、無駄とは知りつつ、丈の短いスカートの裾をしきりに引きおろそうとす
るのも無理からぬことだった。
けれど、身をかがめてスカートの裾を引っ張り続ける晶の慌てふためいた様子をよそに、茜と美也子は落ち着き払ったも
のだ。
二人は無言で意味ありげに目配せを交わし合い、美也子が晶の肩に手を置くと同時に、茜が、試着室のすぐそばに置い
たワゴンから純白の生地をつかみ上げた。
「ほら、おとなしくなさい。そんなに暴れちゃ、ますますスカートが捲れ上がって却っておむつが丸見えになっちゃうわよ」
美也子は晶の肩に置いた手に力を入れ、改めて茜の方に向き直させた。
「ごめんね、晶ちゃん。私ったら、これを入れ忘れたままバスケットをお姉さんに渡しちゃってたみたい。スカートは短いけ
ど、これを穿けば大丈夫よ」
晶が自分の方を向くと同時に、茜は、ワゴンからつかみ上げた純白の生地を両手でさっと広げてみせた。
茜が両手で広げ持った生地に目を凝らす晶の頬が見る間に真っ赤に染まってゆく。
「へーえ、かっわいいんだ。うふふ、晶ちゃんにとってもお似合いだと思うわよ。これを穿けばおむつも隠せちゃうし、可愛
いオーバーパンツを用意してもらってよかったわね」
そう、美也子が笑い声で言う通り、茜が晶の目の前で広げてみせたのは、ショーツの上に重ね穿きして、スカートが捲
れ上がってもショーツが見えてしまわないようにするためのオーバーパンツだった。けれど、小学生の女の子が穿くような
オーバーパンツではなく、綿だろうか少し厚手の純白の素材でできた、お尻に三段の飾りレースをあしらい、股ぐりがフリ
ルになった、まだおむつ離れできない小さな子供の紙おむつやおむつカバーの上に穿かせるような幼児向けそのままの
デザインのオーバーパンツだ。とはいえ、サイズは幼児用などではなく、160センチ近い身長のある晶でも余裕を持って
穿けるのが一目でわかるほどの大きさに仕立てたオーバーパンツだった。
「晶ちゃんがまだおむつだって聞いて、スカートはなるべく短くした方がいいんだろうなって思ったの。だって、スカートが長
いと、おむつを取り替えてもらう時に邪魔になるものね。ただ、うんと小さい子ならともかく、もう小学五年生のお姉ちゃんな
んだから、スカートの裾からおむつが見えちゃったら恥ずかしがるだろうなって考えて、エプロンと同じ生地でオーバーパ
ンツを作ってみたのよ。エプロンはラッフルたっぷりなんだけど、レースは使ってないの。その代わり、オーバーパンツには
飾りレースをうんと奮発してみたの。これなら、スカートが捲れ上がっても、ちっとも恥ずかしくない筈よ。ううん、それどころ
か、わざとスカートを持ち上げて中を見せたくなっちゃうほど可愛らしく仕立ててみたつもりなんだ。晶ちゃんが気に入って
くれると嬉しいんだけどな」
茜はそう言って晶の目の前でオーバーパンツをこれみよがしにひらひらと振ってみせてから、視線を上に移し、美也子に
向かって言った。
「妹さん、電話で聞いていた時のイメージより、ずっと可愛らしいじゃない。このエプロンドレス姿なんて、宣伝用にうちのポ
スターに使いたいくらいよ。今は時間がないから写真を撮るわけにはいかないけど、腕の立つカメラマンを呼ぶから、一度、
手空きな時にでも来てもらえないかしら。それで、ポスターの評判がよかったら、うちで取り扱ってる女子用の制服もみん
な着てもらって、学校に配るパンフレットに使うのもわるくないんじゃないかな。きっと、磨けば幾らでも光る子よ、美也子ち
ゃんの妹さん」
茜は『妹』を『い・も・う・と』とわざと一音一音を強調して言い、改めて晶の顔に目を向けた。美也子と違って茜には晶を
なぶるような気持ちなどないのかもしれない。ただ、日頃の退屈な日常からは想像もつかない面白そうな情景に立ち会っ
て、ついつい晶のことをからかってみたくなっただけかもしれない。けれど、当の晶にしてみれば、本気でなぶられるのに
も、気楽な気持ちでからかわれるのにも、どちらにも差異などない。何か言われるたびにびくびく怯えて身をすくめてしま
う晶にとっては、ほんのささいな一言一言が、これでもかと羞恥を煽りたてる屈辱の言葉なのだから。
それに、茜は冗談半分でからかっているだけだったとしても、それを口実に美也子が何を言い出すかしれたものではな
い。
現に、茜の言葉を耳にした美也子はすっと目を細めて、何やら思案に耽る顔つきになっている。
「……お、お姉ちゃん、晶、早くパンツを穿きたいよぉ。おむつが見えたままなんて恥ずかしいから、早くあの可愛いパンツ
を穿きたいんだってば、ねぇ、お姉ちゃん」
茜が口にした写真撮影の件を美也子が本気にするのを防ぐために、晶は咄嗟の判断で、甘えた声を出して身をよじった。
小学生どころか幼稚園児でも身に着けないようなオーバーパンツを紙おむつの上に重ね穿きするなど、羞恥のきわみだ。
けれど、美也子の気持ちを写真撮影の件から引き離すにはこうするしかない。晶には、可愛らしいオーバーパンツを一目
で気に入って早く穿かせてほしいとせがむ幼女を演ずるしか他にできることはなかった。
「よかった。晶ちゃん、オーバーパンツを気に入ってくれたのね」
幼女めいた口調で言う晶の言葉に、茜が意味ありげな笑みを浮かべた。
そのなんとも表現しようのない笑い顔に、晶はひどい不安を覚えた。なんだか、自分が罠にかかった小動物にでもなって
しまったかのような心細い気持ちになってくる。
「そう、晶ちゃん、茜お姉さんが作ってくれたオーバーパンツがそんなに気に入ったの。早く穿かせてって自分からおねだり
するほど気に入っちゃったのね」
美也子は、それまで思案顔だったのを元の顔つきに戻して、けれど目はすっと細くしたまま、ねっとり絡みつくような口調
で言った。
その時になって晶はようやく、茜がポスター撮影のことを言い出したのが面白半分にからかっているだけなどではないの
だということに気がついた。あれは、晶が自分からオーバーパンツを穿きたいと言うように仕向けるために、予め美也子と口
裏を合わせておいた企みに違いない。幼児が紙おむつやおむつカバーの上に穿くようなデザインのオーバーパンツを穿か
されるのを嫌がって晶が抵抗するのを防ぐために予め仕組んでおいた企てとしか考えられないのだった。
それに、試着はもうこのエプロンドレスが最後で、ワゴンの上には他の衣類は一枚も残ってない。それなのにオーバー
パンツをワゴンからバスケットに移し忘れるということがあるだろうか。要するに、茜は美也子と語らって、わざとオーバー
パンツを入れ忘れた最後のバスケットを手渡したのだ。試着室の中で普通に着替えさせるだけだったら身に着けるのを固
く拒むかもしれない恥ずかしい重ね穿きを晶に自ら進んで着用させるために。
けれど、しかも、晶の味わう羞恥は、それだけではなかった。
美也子は目を細めたまま、試着室の前にいる徹也に向かってこう言った。
「徹也君、妹にこのオーバーパンツを穿かせてあげてくれるかな。妹、徹也君にべったりだから、穿かせてもらったら大喜
びすると思うのよ。それとも、そんな手間のかかる女の子のお世話なんてやきたくない?」
「や、やだ……お兄ちゃんにパンツを穿かせてもらうだなんて、そ、そんなの……」
徹也に話しかける美也子の言葉を聞くなり、晶は丈の短いスカートの裾をさっと押さえて口ごもった。
「あら? おむつが濡れてないかどうか優しく調べてくれる徹也お兄ちゃんのことが大好きなんじゃなかったの? だった
ら、パンツを穿かせてもらえて嬉しいでしょう? なのに、何を今更そんなに恥ずかしがってるの。それとも、恥ずかしがっ
てるふりをして徹也お兄ちゃんの気をひくつもりなのかしら? あらあら、晶ちゃんたら、いつのまにそんな恋愛テクニック
を身に付けつっゃたのかしら。実は、見た目に似合わぬ小悪魔ちゃんだったかしらね、私の可愛い妹は」
咄嗟に身を退こうとする晶の肩を両手で押さえつけ、わざと意外そうな表情を浮かべて、美也子はくすっと笑った。
「だって、だって……」
「ま、いいわ。今は晶ちゃんの気持ちを聞いてるんじゃなくて、徹也君がどう思っているかを聞いているんだものね。どうな
の、徹也君、妹にパンツを穿かせてあげてくれる? 妹、内気で照れ屋さんだから、なかなか本心を口にできないのよ。だ
から代わりに私がお願いしてるんだけど、妹のおねだり、かなえてあげてくれる?」
尚も言い募る晶の言葉にはもうまるで取り合おうともせず、美也子は徹也の顔を真っ直ぐ見おろして言った。
「……僕が穿かせてあげます。お姉さん、さっき、晶ちゃんのおむつが濡れてないかどうか僕に確かめさせてくれましたよ
ね。知り合ったばかりの男の子に大切な妹さんのおむつを確かめさせるなんて、お姉さんは心配で心配でたまらなかった
と思います。紙おむつの上からだっていっても、僕の手がどこか変なところを触るんじゃないかって心配だったと思います。
でも、デートのたびにいつもお姉さんも一緒にいられるわけじゃないんだって、僕が晶ちゃんの面倒をみなきゃいけないん
だって言って、僕におむつを確かめさせてくれましたよね。だから、僕、晶ちゃんにパンツを穿かせてあげます。恥ずかし
いおむつが見えないようにするパンツ、お姉さんがいない時は僕が穿かせてあげなきゃいけないんだから、今も僕が穿か
せてあげます。僕に妹がいてそんなことに慣れてたらいいんだけど妹なんていなくて、上手じゃないけど。それに、実の妹
でもない晶ちゃんにパンツを穿かせてあげるなんて本当は僕も恥ずかしいけど、でも、ちゃんとしてあげます。僕がパンツ
を穿かせてあげれば、晶ちゃん、スカートの中のおむつを誰にも見られずにすむんだから。僕、どんなことがあっても晶
ちゃんを守ってあけるって約束したんだから」
一瞬だけ逡巡の表情を浮かべたものの、すぐに徹也は美也子の視線を正面から受け止めてきっぱり応えた。
「そうよね、徹也君だって、女の子にパンツを穿かせてあげるなんて恥ずかしいわよね。なのに、妹の無理なおねだりを聞
いてもらってごめんね。――ほら、徹也お兄ちゃんはああ言ってくれてるわよ。徹也お兄ちゃんだって恥ずかしいのを我慢
してくれてるんだから、晶ちゃんも少しくらい恥ずかしくても我慢して徹也お兄ちゃんにパンツを穿かせてもらいなさい。じゃ
ないと、スカートの裾からおむつを覗かせたままバスに乗ることになるのよ」
美也子は徹也に向かってにっこり微笑みかけてから、晶の体を試着室の入り口ぎりぎりの所まで押し出した。
「ちょっと待って、お姉ちゃん。おむつを覗かせたままバスにって、晶、このお洋服を着て帰るの? お家から着てきたサン
ドレスに着替えるんじゃないの?」
美也子の言葉を聞き咎めた晶が、強引に前方に押しやられながら、かろうじて首だけで振り返って金切り声をあげた。
「何を言ってるの、晶ちゃんてば。サンドレスは晶ちゃんがジュースをこぼしたせいで胸元とスカートの裾がシミになっちゃ
ってるし、スカートの後ろの方はおもらしのおしっこで濡れちゃってるじゃない。そんなのでバスに乗ったりしたら恥ずかしく
てたまんないわよ。だから、せっかく着替えたんだし、みんなよく似合うよって言ってくれてるんだから、このお洋服を着て
お家に帰るに決まってるじゃない。これでお家に帰ったら、きっとママも可愛いって褒めてくれるわよ」
美也子はこともなげに応える。
「で、でも、サンドレスは駄目でも、このエプロンドレスじゃなくって、もっと他のお洋服でもいいんでしょ? ……最初のお
洋服だったらおむつも目立たないし、季節もちょうどだし、あれでもいいでしょ? ね、晶、あれがいい。晶、最初のがいい
んだったら」
高校生の男の子の身でありながら幼い女の子そのままの格好をさせられるのだから、試着した洋服はどれも恥ずかしく
てたまらない。けれど、その中ではまだ最初のフォーマルな装いが一番目立たずにすみそうに思えて、晶は、試着室の端
ぎりぎりまで押しやられても尚のこと懇願するように言った。
「そうなの、晶ちゃんは、徹也お兄ちゃんから『ちょっぴりお姉ちゃんになったみたいだよ』って褒めてもらったお洋服がいい
の。でも、そうよね、なかなかおむつ離れができなくて私がいなきゃ何もできない甘えん坊の晶ちゃんは、これまで、お姉ち
ゃんになったねなんて一度も言ってもらったことがないから、そんなふうに言ってもらうとすごく嬉しいよね。でも、我儘ばか
り言ってちゃいけないのよ。このお店は晶ちゃんの貸し切りじゃないんだから、いつ他のお客さんが入ってくるかわからない
の。試着室にしても、これまでにたっぷり使わせてもらったんだから、もうそろそろ他のお客さんのために空けておかなきゃ
いけないのよ。晶ちゃん、もう五年生になるんだもん、そのくらいのこと、ちゃんとわかるよね? お利口さんだもん、お姉ち
ゃんの言う通りにできるよね?」
お姉ちゃんの言う通りにできるよね――わざと優しく言い聞かせる美也子のその言葉が実は決して拒むことのかなわぬ命
令だということを、晶は痛いほど身にしみて思い知らされてきた。
「う……ん」
わざとのような優しい口調で言い聞かされて、晶は力なく返事をするしかなかった。我侭を母親に注意された幼児さなが
ら、拗ねたような様子で微かに頷くしかなかった。
「そうよそれでいいのよ。――お願いね、徹也君」
美也子は晶と徹也に向かって交互に言い、茜に対してそっと目配せしてみせた。
「じゃ、これをお願いするわね」
いささか緊張した面持ちで頷く徹也の手に、茜が純白のオーバーパンツを手渡した。
「……はい」
晶は更に緊張した顔つきでもういちどぎこちなく頷くと、すぐそばに立ってパンツの穿かせ肩を身振りで説明する茜の方を
ちらちら見ながら、オーバーパンツのウエストゴムを両手で引っ張って伸ばし、晶のすぐ目の前の床に膝立ちになった。
「さ、転ばないよう徹也お兄ちゃんの肩に手をついて右足を上げてるのよ」
徹也の準備が整ったのを見て取った美也子が、茜の手首をつかんで両方の掌をそれぞれ徹也の左右の肩に載せさせ、
徹也の体に体重を預けるよう指示してから、晶の足首を半ば強引に持ち上げた。
そこへ、徹也がオーバーパンツの右の股ぐりを通す。
続いて左足を股ぐりに通してから、徹也は慎重な手つきでオーバーパンツを引き上げ始めた。
その徹也の手が止まったのは、オーバーパンツの左右の股ぐりが膝頭を過ぎてすぐのことだった。
最初はきょとんとしたような顔つきになった晶の顔に怪訝な表情が浮かび、ついに、あっと叫び出しそうになると同時に、
オーバーパンツをゆっくり引き上げていた両手がぴたっと止まってしまったのだ。
「晶ちゃん、ひょっとして……」
おそるおそる顔を上げた徹也は、自分の肩に手を載せて倒れないよう体重を預けている晶のおどおど揺れる瞳を気遣わ
しげに見上げて、言いにくそうな様子で声をかけた。
「……エプロンドレスに着替えさせてもらっている間におもらしをしちゃったんじゃないの? なんだか、紙おむつの吸収帯
が膨らんでいるみたいだし、それに、うっすらとだけど、紙おむつの内側が黄色く染まっているように見えるんだけど」
途端に晶の顔が真っ赤になって、慌てて徹也の肩から手を離し、スカートの裾をぱっと押さえて、その場から逃げ出そう
とする。
けれど、膝のすぐ上まで引きあげられたオーバーパンツが邪魔になって、思うように脚を動かせない。
試着室の入り口から二歩もさがらない所で両脚がもつれ、晶は尻餅をついて仰向けに倒れてしまった。咄嗟に手をつ
いて上半身を支えたから背中や頭を床に打ちつけることはなかったものの、ただでさえ丈の短いスカートが、尻餅をつい
た拍子にぱっと捲れ上がって、内側がうっすらと黄色に染まった紙おむつが丸見えになってしまった。
トイレ前でのおもらしとは違い今回は量が少なかったおかげでおしっこは全て吸収帯が吸い取っていたため、不織布か
ら沁み出して試着室の床を濡らしてしまうといったことにはならずにすんだ。けれど、おしっこを吸った紙おむつが尻餅を
ついた時にたてたぐじゅっという音が、いやでも晶の羞恥を掻きたてる。
今にも泣きだしそうに瞳を潤ませ、床に両手をついてかろうじて上半身を起こした姿勢でエプロンドレスのスカートをお腹
の上まで捲り上げ、膝にオーバーパンツを絡ませて、吸収帯がぷっくり膨らんだ紙おむつをみんなの目にさらしている晶
の姿は、まだおむつ離れができなくて、あんよもおぼつかない幼い女の子そのままだった。
「大丈夫かい、晶ちゃん!?」
セーラースーツ姿で倒れそうになった晶の体を支えた時に続いて再び試着室に掻け込んだ徹也は、じわっと涙を溜め
た目でこちらを見上げる晶に向かって、気遣わしげな早口で声をかけた。
それに対して、自分の意志で汚してしまった紙おむつをその場にいる全員の目にさらした羞恥で何も言えずにいる晶は、
ただ、こくんと頼りない様子で頷くばかりだ。
「そう、よかった、どこにも怪我がないみたいで」
晶が小さく頷くのを見て徹也は安堵の溜息をついたが、すぐに真剣な表情になって、晶のすぐそばに詰め寄った。
「でも、着替えさせてもらっている間におもらししちゃったこと、どうしてすぐお姉さんに教えなかったんだい? お姉さんに
教えておむつを取り替えてもらってたら、濡れたおむつで尻餅をつくこともなかったのに」
「……だって、だって……」
聞きようによっては厳しく叱責しているようにも取れる徹也の真剣な声に、晶は返す言葉がなかった。まさか、自分が本
当は男の子だということを徹也に知られまいとしてわざとおむつをおしっこで濡らしたのだとは口が裂けても言えない。
「おもらしのこと、妹は私にちゃんと教えてくれたのよ」
涙に潤む目で徹也の顔を見上げ唇を震わせるばかりの晶に代わって、とりなすように美也子が言った。
そう、美也子の言う通り、晶は、これ以上ないくらいはっきりした形で、おもらしの事実を美也子に知らせていた。なにしろ、
美也子の太腿にちょこんとお尻を載せた格好で、まるで小さな子供みたいに美也子に抱きかかえられたまま紙おむつを濡
らしてしまったのだから。
「あ、そうだったんですか。晶ちゃん、おもらしのこと、お姉さんにちゃんと教えてたんですか。――ごめんね、晶ちゃん。
僕、てっきり、おむつを濡らしちゃったことを叱られるのがいやでお姉さんに教えなかったのかと思って」
美也子の言葉に、徹也が少しばつのわるそうな顔になる。けれど、じきに怪訝な表情を浮かべると、幾らか遠慮がちな
様子で美也子に訊き返した。
「でも、だったら、どうして晶ちゃん、濡れたおむつのままなんですか? たしか、その鞄に替えのおむつが入っているん
ですよね?」
「うん、お家を出る時、たしかに、替えのおむつを入れた鞄を妹に持たせたわよ。でも、替えのおむつは二枚しか用意して
なかったの。まさか、そんなに何度もおもらしをしちゃうなんて考えなくて、二枚で足りるだろうなって思ったの。でも、妹、
ここへ来る途中の公園でもおむつを汚しちゃって、その後、ショッピングセンターでもトイレに間に合わなくておむつを濡ら
しちゃって。そこへ今度のおもらしだから、取り替えてあげようにも、もう替えのおむつがなかったのよ。これは私のせいで、
妹が悪いんじゃないのよ」
なんとなく腑に落ちない顔つきで試着室の隅に置いたままになっている小物入れの鞄を指差す徹也に対して、美也子
はそう説明した。
「そういうことだったんですか。だったら、仕方ないですね。――本当にごめんね、晶ちゃん。僕、早とちりしちゃって、なん
だか晶ちゃんを叱るみたいなこと言っちゃって」
徹也は美也子に向かって小さく頷き、晶の背中に手をまわして上半身を優しく抱き起こしながら、おだやかな声で言った。
「……う、ううん……」
背中に触れる徹也の手がとても頼もしく、温かく感じられる。晶は、羞恥のためではなくぽっと頬を赤らめて、長い睫毛
を震わせた。
そんな二人の間に、美也子のどこか冷たい声が割って入る。
「だけど、私の言う通りにしてドラッグストアへ行っていれば、濡れたおむつでいることはなかったのよね、晶ちゃん? 晶
ちゃんがおもらししちゃってすぐ、お姉ちゃん、言ったよね? ドラッグストアで新しい紙おむつを買ってあげるから大丈夫
よって、お姉ちゃん、晶ちゃんに言ったよね? なのに駄々をこねてドラッグストアへ行かなかったのよね、晶ちゃんは」
その声に、はっとしたように晶が美也子の顔を振り仰ぎ、徹也の表情がどこか険しくなる。
「お姉さんの言ってることは本当なの? せっかくお姉さんが新しいおむつを買いに連れて行ってあげるって言ってくれた
のに、晶ちゃん、それを断っちゃったの?」
一拍だけ間を置いてそう言う徹也の声は真剣そのものだった。
いったん穏やかな顔つきに戻った後で再びきつく問い質す徹也の迫力に押されて、晶は何も答えられなかった。ただ、
怯えたような表情を浮かべて、よく注意していないとわからないほど微かにおどおど頷くだけだ。
「駄目じゃないか、晶ちゃん! そんなじゃ、駄目なんだよ!」
突如として、晶を叱責する徹也の声が店内に響き渡った。
激しい口調に気圧されて、晶はびくんと身をすくめてしまう。
「どうして、お姉さんの言ってくれたことをちゃんと聞けなかったの!? どうして、ドラッグストアへ行かないなんて駄々をこね
たりしたの!? もう五年生なんだから、何をしなきゃいけないのか、もっと考えなきゃ駄目じゃないか!」
徹也は、晶の背中にまわしていた手を横に移し、今度は晶の肩と二の腕との間くらいのところを鷲掴みにして、尚も叱責
した。
「……だ、だって……」
本当は高校生の男の子の身でありながら、いつまでもおむつ離れできない小学生の女の子としてドラッグストアへ連れて
行かれて他の買物客たちの目の前で自分の使う紙おむつを選ばされる羞恥と屈辱。けれど、それを徹也に告げるわけには
ゆかないもどかしさ。
「……い、いいもん。もういいもん。どうせ晶、お姉ちゃんの言いつけを守れない悪い子だもん。晶、いけない子だもん。それ
でいいもん。な、何よ、何よ、お兄ちゃんたら。本当のことなんて何も知らないくせに、晶を叱ってばかりで。お兄ちゃん、晶
のこと嫌いなんでしょ!? 晶のこと嫌いだから、そうやって晶のこと叱るんでしょ!? いいもん、だったら晶だってお兄ちゃんの
こと嫌いだもん。お兄ちゃんなんて大っ嫌いなんだもん!」
決して真実を告げることのかなわぬ苛立たしさと腹立たしさに、とうとう晶の感情が爆発する。晶は両目からぼろぼろ涙を
こぼしながら、目の前にいる徹也の胸元を叩き始めた。セーラースーツ姿で徹也の胸を叩いた時のような甘えた仕種ではな
く、高ぶる感情にまかせた分別のない叩き方だ。
本当は年下とはいえ、晶よりも僅かながら背も高く意外と筋肉質の徹也だから、華奢な晶の手の動きを止めるのはさほど
難しいことではない。肩と二の腕との間くらいを鷲掴みにしている掌を下げ、肘をつかんで力を入れれば、晶の手の動きを簡
単に封じることができる。けれど、晶のことを自分よりも四つ年下の小学生の女の子と信じきっている徹也にしてみれば、幼
いガールフレンドの顔を苦痛に歪ませることなど到底できない。
徹也はもう何も言わず、気の済むまで晶に自分の胸を叩かせることにした。
もう何も叱責などせず。
もう一言もたしなめもせず。
もう偉そうに教え諭すこともせず。
しばらくそうしておいて、不意に徹也は晶の二の腕をつかんでいた両手を再び晶の背中にまわし、左右の腕を交叉させ
て、晶の上半身をぐいっと引き寄せた。
二人の体が接近して、晶の手の振りが小さくなる。けれど晶は徹也の胸を叩くのをやめない。まるで意地にでもなった
ように、涙の粒を次々に溢れさせながら、ぽかぽかと徹也の胸を叩き続ける。
「晶ちゃん、本当に僕のことが嫌いなの?」
徹也は、すぐ目の前にある晶の涙に濡れた瞳を正面から見据えて、一言一言を区切るようにして言った。
はっとしたような顔になった晶の両目からますます激しく涙が溢れ出し、徹也の胸を叩く手の動きが次第に遅くなってゆ
く。
「そうだね、僕、晶ちゃんのことを叱っちゃったね。そんな僕、晶ちゃんに嫌われても仕方ないよね」
徹也は左手を晶の背中にまわして上半身をこちらに引き寄せたまま、右手の掌で晶の頬を包み込むようにして、静かな
声で言った。
「でも、わかってほしいんだ。僕は晶ちゃんのこと、大好きだよ。僕が晶ちゃんのことを嫌いになるなんて、そんなことある
わけないよ。僕が晶ちゃんを叱ったのは、晶ちゃんに、自分自身を大切にしてほしいからなんだ。濡れたおむつのままい
たら、おむつかぶれになっちゃうかもしれないんだろ? 晶ちゃんのすべすべのお肌がおむつかぶれで真っ赤に腫れちゃ
って晶ちゃんが痛がるなんて、そんなの、いやだよ。だから、どんなに恥ずかしくても、おむつが濡れた時はすぐに取り替
えてもらわなきゃいけないんだよ。それが自分自身を大切にすることになるんだよ。そのことをわかってほしくて、ついつい
叱っちゃったんだ。本当は優しく丁寧にそう説明すればよかったんだけど、恥ずかしさに負けて自分の体を大切にしてくれ
ない晶ちゃんがどうしても我慢できなくて……」
そこまで言って徹也は照れ臭そうな表情を浮かべ、息を深く吸い込んでから、頬を紅潮させて続けた。
「……だって、晶ちゃんの体は晶ちゃんだけのものじゃないんだよ。晶ちゃんは僕の大事な大事なガールフレンドで、だから
晶ちゃんの体は晶ちゃんと僕のもので、それで、晶ちゃんには自分の体を大切にしてほしくて……僕、どんなことがあって
も晶ちゃんを守ってみせる。どんな時でも晶ちゃんを大事にする。だから、晶ちゃんも自分のことを大切にしてほしいんだ。
僕が晶ちゃんのことを大切にするのと同じくらい、晶ちゃんも自分で大切にしてほしいんだよ。だって、僕が大好きで大好き
でたまらない晶ちゃん自身のことなんだから」
そう言って徹也は晶の瞳をみつめた。
晶の両目からますますとめどなく涙の粒がこぼれ出る。
晶はおずおずと肘を曲げ、それまで徹也の胸を叩いていた両手の拳を自分の胸元、ジュニアブラの左右のカップの間
くらいのところに押し当てて、こくんと頷いた。
「よかった、わかってくれたんだね。こんな説明、小学生の晶ちゃんには難しいから、わかってくれるかどうか心配だった
んだけど、やっぱり晶ちゃんはお利口さんなんだね。さすが、僕が好きになっちゃったガールフレンドのことだけあるや。
それじゃ、晶ちゃんも僕のこと、嫌いなんかじゃないんだね?」
徹也は晶の脇の下に両手をそっと差し入れ、その場にゆっくり立たせながら、叱責した時のことが嘘みたいな優しい声
で囁きかけた。
晶が、これ以上はないくらい大きく頷く。
けれど、とめどなく溢れ出る涙が途切れる気配はない。
「もうそろそろ泣きやまなきゃ駄目だよ、晶ちゃん。いつまでも泣いてると、大きなお目々が流れてなくなっちゃうかもしれな
いよ」
その場に優しく立たせた晶のスカートの乱れを直してやりながら、苦笑混じりの顔で徹也がからかうように言った。
それに対して晶は、そっと爪先立ちになると、泣き笑いの顔をして
「……チュッして。お兄ちゃんが優しくチュッしてくれたら泣きやんであげる。晶、お兄ちゃんがチュッしてくれるまで絶対に
泣きやんであげないんだもん」
と、甘えきった様子でせがむのだった。
「本当に甘えん坊なんだから、晶ちゃんは。いいよ、チュッしてあげる。唇にチュッしてあげるから、もう泣きやむんだよ。泣
きやんだらパンツを穿かせてあげるから、一緒にドラッグストアへ行こうね。ドラッグストアで、甘えん坊の晶ちゃんにお似
合いの可愛い紙おむつを買ってあげる。CDショップで新譜を予約するつもりだったんだけど、どれがいいか選んでいるう
ちに迷子のお知らせで晶ちゃんの名前が呼ばれて、慌てて迷子センターへ行ったから、まだ予約が終わってなくて、だか
ら、お金が残ってるんだ。紙おむつって幾らくらいするのか知らないけど、あまりたくさん入ってない包みなら買ってあげら
れると思うよ。だから、僕が晶ちゃんの紙おむつを買ってあげる。――でも、初めてのプレゼントが紙おむつだなんて、晶
ちゃんはいやかな?」
徹也は晶の後頭部を両手の掌で包み込んで、あやすように言った。
「恥ずかしいもん。初めてのプレゼントが紙おむつだなんて、晶、とっても恥ずかしいもん」
恥ずかしいと口では言いながら、涙のせいだけではなくどこかうっとりしたように瞳を潤ませて晶は徹也と唇を重ね、徹
也の唇で口を塞がれたために少しくぐもった声で続けた。
「でも、恥ずかしいけど、嬉しいんだもん。お兄ちゃんがプレゼントしてくれるんだったら、晶、ドラッグストアについてく。だ
から、晶に似合う可愛いおむつを選んでね。約束だよ、お兄ちゃん」
そう言って晶はますます高く踵を上げ、自分の胸元に押し当てていた拳を開くと、両腕を徹也の首筋に絡めた。そうして、
すっかり甘えきった様子でこう付け加える。
「だけど、『初めてのプレゼントが紙おむつだなんて、晶ちゃんはいやかな?』って訊くなんて、お兄ちゃん、まだまだ晶の
気持ちがわかってないんだね。晶がお兄ちゃんのことどれだけ好きなのかわかってたら、『初めてのプレゼントは紙おむ
つだよ。それでいいだろ』って男らしく堂々と言ってくれる筈だもん。もっともっと頑張って晶の気持ちがわかるようにならな
いと、お兄ちゃん、晶のボーイフレンド失格だよ?」
そう言われた徹也は面映ゆそうな表情を浮かべて、こんなふうに応えた。
「さっきまで泣いてばかりだった甘えん坊が生意気なこと言うようになっちゃって。よぉし、そんな生意気なことを言う子に
はお仕置きだ。もうそんな生意気なことを言えないよう、口を塞いでやる。ほら、これでどうだ」
悪戯めいた口調でそう言った徹也は、これまで以上に力を入れて晶の唇と自分の唇とを重ね合わせた。
今度こそ、晶は言葉を失ってしまう。けれど、晶の顔に浮かんでいたのは、決して苦痛の表情などではなかった。
「やれやれ。すっかり、恋する女の子しちゃってるじゃない、美也子ちゃんのフィアンセったら。どこからどう見ても、絶対、
高校生の男の子には見えないわよ、あれじゃ」
徹也と晶の様子を見守っていた茜が、いつしか試着室から出てきて自分の傍らに立った美也子に向かって、半ば面白
そうに、半ば呆れたように言った。
「正直、私もびっくりしてるんです。晶、女の子の格好をさせたら似合うだろうなとは思っていたけど、まさかこんなに可愛
い女の子になっちゃうなんて。それに、まさかこんなに早く女の子の気持ちを自分のものしちゃうなんて。徹也君に涙を拭
いてもらいながらキスをせがむところなんて、ほんと、甘えん坊の妹キャラ確立ですよね」
茜と並んで二人の様子にじっと目を凝らしながら、美也子は冷たくほくそ笑んだ。自分の仕組んだ企みが予想以上の結
果をしめしているのを目の当たりにして満足しているのが、茜の目にもありありだ。
「でも、いいの? このままだと、フィアンセの晶君を徹也君に取られちゃうかもしれないわよ。あの二人、はたから見てて
も熱々じゃない? フィアンセを中学生の男の子に寝取られるなんて、女の子としちゃ、これ以上ないくらいの屈辱なんじ
ゃないかしら」
どこまで本気で心配しているのか、それとも美也子のことをからかっているのか、どこか挑発するような口調で茜が言っ
た。
「それは大丈夫です。私が晶に許してあげるのは、キスまで。それ以上のことは絶対にさせません。もっとも、それ以上の
ことをしたとしても、結局は晶、私の元へ帰ってくるに決まってます。私のことを慕って、私のことが恋しくて。そう思うからこ
そ、私たちの結婚式用の衣装、前もってお願いしておいたんです。晶に似合う可愛いウェディングドレスと私にぴったりの
凛々しいタキシード、存分に腕を奮って縫い上げてくださいね」
美也子は片方の眉毛を僅かに吊り上げて含み笑いを漏らした。
「へーえ、すごい自信だこと。――でも、晶君が徹也君になついて離れない時はどうする気? 万が一って時のことも考え
ておく必要もあるんじゃないかしら?」
茜の目が冷たく光った。
「その時はその時。晶は徹也君にプレゼントしちゃいます。でもって、晶と徹也君をまとめて私のペットにするだけのことで
す。雌と雄、番(つがい)の愛玩動物としてね。幸い、雌の方はおむつにも慣れてきたみたいだから、室内で飼っても粗相
の心配はないでしょう。雄の方は、まだこれから体も大きくなるでしょうから、番犬にでもするのがいいかな。普段は別々に
飼って、さかる時だけ一緒にしてやれば満足すると思いますよ。それに、雌の方も本当は雄だから、仔が生まれて変に繁
殖する心配もないし。たっぷり、番(つがい)で可愛がってあげることにします」
うふふと笑いながらそう応える美也子の目は、けれど茜の瞳よりも冷たい光を帯びて、決して笑ってなどいなかった。
* * *
それから小一時間が経って、茜が経営する衣料品店の営業用の自動車が、美也子の家の前に停まった。
茜が晶のために前もって用意していた衣類は試着した三着だけではなく、全部だと大きな紙袋が十個ほどにもなってし
まうため、とてもではないがバスでは持って帰れないということになり、茜が直々に家まで送り届けることになったのだ。も
ちろん、衣類の入った紙袋だけでなく、晶たちも一緒に。
美也子の家が近づくにつれどくどくと激しく脈を打ちだした晶の胸の鼓動は、車が家の前に停まり、家の窓に明かりが灯
っているのを目にした瞬間、最高潮に達した。日帰りのバス旅行に出かけた両親たちよりも先に家に戻ることができれば
自分の洋服に着替えることができるかもしれないと微かな望みを胸に抱いていたのが、家の明かりが灯っているのを見て
両親たちが既に帰宅していることを知り、エプロンドレスを着た羞恥に満ちた姿をさらすしかないのだという無言の宣告を受
けたのだから、羞恥と屈辱に胸を震わせてしまうのも無理はない。
「それじゃ、荷物を運びがてら、美也子ちゃんのお母様にご挨拶してこようかな。こんなにたくさん注文していただいたんだ
もの、お礼も言いたいし」
そう呟いて運転席からおり立った茜は、トランクルームのドアを開け、ぎっしり詰め込んだ紙袋を両手に一つずつ提げて
門扉に近づいた。
「あ、私も手伝います。妹のために心をこめて見立ててもらったお洋服なんだから」
助手席からおり立った美也子は茜の先回りして門扉を開き、それから、こちらもやはり両手に大きな紙袋を一つずつ持つ
と、後部座席に二人並んで座っている徹也と晶に向かって
「お姉ちゃんたちが荷物を運んでいる間、仲良く待っているといいわ。晶ちゃん、少しでも長く徹也お兄ちゃんと一緒にいた
いでしょ? 荷物はお姉ちゃんたちにまかせて、仲良くお話しているといいわ」
と言い残して、改めて茜のあとを追った。
「今日はとってもいい日だったよ。まさか、晶ちゃんみたいな可愛い子と知り合えるなんて思ってもみなかったし、その上、
晶ちゃんが僕のガールフレンドになってくれたなんて、今でも夢を見てるんじゃないかなって思っちゃうほど最高の一日だ
ったよ」
徹也は、美也子の後ろ姿を見送りもせず、晶とつないだ手をきゅっと握って照れ臭そうに言った。
次々に様々な女児服を着せられた晶にとって屈辱のファッションショーが終わった後、映画のこの日最後の上映回を観
るといって最上階に戻った淳司たちと別れて、美也子と晶、それに徹也の三人は、茜の運転する車に乗り込んだ。道順か
らいえば徹也の家の方が美也子の家よりもショッピングセンターに近いから徹也が先におりるのが本当なのだが、どうして
も晶を家まで送って行くと言い張ってきかない徹也のために茜が気を利かせ、先に美也子の家にまわることにしたおかげ
で、二人は今こうして、静かな住宅街の一角に停めた車の中で別れを惜しむことができるのだった。
けれど、照れ臭そうにしながらも明るい表情の徹也とは対照的に、晶の方は、いつ泣きだしてもおかしくないような物悲
しげな顔をしている。美也子たちが荷物を全て運び入れてしまえば、その後はいよいよ自分が家の中に連れて行かれ、
羞恥に満ちた姿を美也子の両親の目にさらすことになるのだと思うと、気が気ではない。しかし、晶のことを美也子の妹
だと信じきり、目の前に建っているのが晶たち姉妹の家だと思い込んでいる徹也には、晶の胸の内など微塵も窺い知る
ことはできない。
「駄目だよ、晶ちゃん、そんな顔しちゃ。離れ離れになるのは僕も寂しいけど、明日になったらまた会えるんだから。明日
は晶ちゃんのお友達の香奈お姉ちゃんや美優お姉ちゃんたちと一緒に公園で遊ぼうね。お洋服をいっぱい買ってもらっ
たみたいだし、その中には可愛い遊び着もたくさんあるんだろうな。明日、晶ちゃんがどんな格好で公園に来るか、今か
ら楽しみなんだよ、僕。だから、晶ちゃんもそんなに寂しそうにしないで、明日のことを考えて元気を出さなきゃ駄目だよ。
そんな寂しそうな顔をしてちゃ、晶ちゃんのお母さんだって、何があったのか心配しちゃうよ。大好きな晶ちゃんの大事な
お母さんを心配させちゃうなんて、それが僕のせいだったら、僕だって悲しくなっちゃうじゃないか」
晶の表情が曇っているのが自分と別れるのが寂しいからだと思い違いをした徹也は、両方の掌で晶のぷっくりして少女
めいた頬をそっと包み込んで優しく言い聞かせた。
「……晶、晶ね、お家に帰りたくないの。晶、ずっとお兄ちゃんと一緒がいい。このまま、お兄ちゃんのお家に連れて行っ
てもらっちゃ駄目?」
徹也の温かな手に触れ、感情の高ぶりに耐えかねて、晶は切々と訴えかけるように言った。
晶が本当は高校生の男の子だと知る由もない徹也の家族の目になら、少女そのままの自分の姿をさらしても、温かく
受け容れてもらえるのではないかとふと思いついたのだ。自分の正体を知らない徹也の母親なら、息子が初めてできた
ガールフレンドを家に連れてきたのだと信じてやまず、一泊くらいならさせてくれるのではないかと、美也子の家に連れ
こまれることにひどい怯えを覚えた晶は、およそ現実離れした望みを抱いてしまったのだった。
「いい加減にしなさい、晶ちゃん。僕は中学生だし、晶ちゃんはまだ小学生。淳司さんと智子さんみたいな大学生のカッ
プルならともかく、僕が晶ちゃんを家に泊めてあげるなんてことできるわけがないだろう? そりゃ、そんなふうにできた
ら僕も嬉しいけど、でも、そういうことは大人になってからじゃないと駄目なんだよ。僕、晶ちゃんに言ったよね、もっと自
分を大切にしなきゃいけないよって言ったよね? このこともそうなんだよ。僕にとって晶ちゃんはとっても大切な人だ。
だから、ちゃんと晶ちゃんがお家に帰れるよう、無理を言って道順まで変えてもらって見送りにきたんだよ。晶ちゃんはこ
のままお家に帰らなきゃいけないんだよ。お家に帰って、新しいエプロンドレスが可愛いねってお母さんに褒めてもらわ
なきゃいけないんだよ。僕、お姉さんと約束したんだ。晶ちゃんが我儘ばかり言って聞き分けのない悪い子の時はきちん
と叱ってあげるって約束したんだ。だから僕、晶ちゃんを叱ってるんだよ。晶ちゃんのことが大好きだから叱ってるんだよ。
僕の気持ち、わかってくれるよね? 晶ちゃん、お利口さんだもん、わかってくれるよね?」
徹也は、優しい口調ながら、けれどきっぱりと晶を叱責した。
今や、二人の年齢は完全に逆転しまっていた。本当は高校二年生の晶だが、中学三年生の徹也にそんなふうに叱られ
てしょげ返る姿は、見た目通り小学五年生の女の子そのままだ。いや、徹也に対する依存心を胸いっぱいに膨らませて
甘える様子は、幼いデザインのアリスタイプのエプロンドレスがよく似合う幼稚園児といった方が近いかもしれない。
「……うん、わかった。ごめんね。晶、聞き分けの悪い、いけない子だったよね。我儘ばかり言ってごめんね、お兄ちゃん」
徹也にたしなめられて、晶はぽつりと言った。
返事はしたものの、表情は暗く曇ったままだ。
「よかった。やっぱり晶ちゃんはお利口さんだね。じゃ、お利口さんのご褒美と、それに、寂しそうな顔をしてる晶ちゃんを元
気にしてあげるオマジナイをしようか」
徹也は、両手で晶のすべすべの頬を包み込んだまま明るい笑顔で言った。
「オマジナイ?」
きょとんとした顔で晶が聞き返す。
「そ、オマジナイ。試着室で晶ちゃんが泣きやまかった時、涙を止めてあげただろ? あのオマジナイ、元気を出すのにも
とってもよく効くんだよ」
徹也はそう言いながらそっと顔を近づけた。
「あ、じゃ、オマジナイって……チュッのこと?」
晶の顔が少しだけ明るくなった。頬がうっすら赤くなって、僅かながら瞳が輝く。
けれど、その表情はまたたくまに再び暗くなってしまう。もうすぐ美也子の家に連れて行かれることになるのだという怯え
に加えて、男の子の身でありながら年下の男の子にキスをしてもらえると知った瞬間に心ときめかせてしまった自分自身
に対する嫌悪感めいた感情が心の中に湧きあがってくる。
「そうだよ。いつまでも泣きやまない晶ちゃんを泣きやませて、生意気なことを言うくらい元気にしてあげることのできたオマ
ジナイ。生意気な口をきく晶ちゃんのお口をしっかり塞いじゃったオマジナイ。今から晶ちゃんを元気づけてあげるオマジナ
イ。それはみんな、同じオマジナイ。そう、キス――チュッのことだよ」
徹也の顔がますます近づいてくる。
「で、でも……」
晶は力なく首を振った。
キスをしてもらえると知って思わず心ときめかせてしまうほど、見た目だけでなく心まで女の子に変わってゆく自分が
怖い。ここでもういちどキスをされたら、それでまた『自分の中の女の子』がますます大きな存在になってしまうに違いな
い。
「お家の前だと恥ずかしい? けど、試着室や迷子センターじゃ、みんなが見ている前でチュッしちゃったんだよ。だから、
大丈夫だよ」
晶の胸の内など知る由もない徹也はあっけらかんとして言った。
「……あ、晶でいいの? お兄ちゃん、晶なんかで本当にいいの?」
心の中の少年の部分と少女の部分とがせめぎ合う中、晶の口をついて出たのは、そんなどこか物哀しく聞こえる弱々
しい声だった。自分でもそんな言葉を口にしてしまうなんて思いもしなかったが、自分が心の奥底にそんな想いを秘め持
っていたのは、否定いようもない事実なのだろう。
「晶、おっぱいなんてぺったんこだよ。男の子って、お姉ちゃんみたいな大きなおっぱいの女の人がいいんでしょ? そ
れに晶、いつおもらししちゃうかわからないから、パンツじゃなくておむつなんだよ。男の子って、レースふりふりの可愛い
パンツを穿いた女の子とか、黒のレースみたいなちょっとエッチなパンツを穿いた女の人がいいんでしょ? 晶、どっちで
もないんだよ。……本当に晶なんかでいいの?」
それに対して徹也は、晶の目の前でにっと笑ってみせ、それまで頬を撫でさすっていた両手を晶の背中にまわして言っ
た。
「なにを言ってるんだよ、晶ちゃんたら。そりゃ、大きなおっぱいの女の人が好きなヤツ、友達にもいるよ。だけど、僕は大
人っぽい女の人よりも、晶ちゃんみたいな可愛い女の子が好きなんだ。淳司さんたら僕のこと、ロリとかペドとか言ってか
らかってたけど、正直に言うと、そんな気がひょっとしたら僕にもあるのかもしれない。だって、エプロンドレスを着た今の
晶ちゃん、背の高さを無視しちゃえば、幼稚園にあがるかどうかの小っちゃな女の子みたいだけど、僕、そんな晶ちゃん
のことが可愛くて仕方ないんだ。あ、ドン引きしないで聞いてよ。ブラウスにボレロっていうちょっぴりお姉ちゃんぽい格好
も可愛いいと思うし、だから、ロリとかペドとかは冗談だってば。それに、晶ちゃんだって、あのお姉さんの血をひいてるん
だもん、成長するにつれておっぱいだって大きくなるよ。これから先、デートを重ねるたびに少しず晶ちゃんのおっぱいが
大きくなってくのを見られるんだもん、最初からおっぱいの大きな女の人とつきあうより、絶対に素敵なことに決まってるよ。
あ、だから、そんないやらしい意味なんかじゃないってば。晶ちゃんの着てる物を無理矢理破って見るつもりなんかじゃな
いんだってば」
「本当? お兄ちゃん、お姉ちゃんより晶の方が可愛いって本当?」
そんなことを口にするつもりなんてない。頭は強く否定しているのに、胸の奥底からふつふつと湧きあがってくる奇妙な
感覚が晶の口を勝手に衝き動かしてしまう。
「うん、僕は晶ちゃんの方が何万倍も可愛いと思うよ。お姉さんは可愛いっていうより、美人って言う方が当たってるんだ
よね。えーと、なんていうのかな……あ、そうそう、クールビューティーっていう感じ。動物で言うと、豹みたいなところがあ
るじゃない? それに比べて晶ちゃんはキュートって表現すればいいのかな、柔らかくて丸っこくてふんわりしてて、仔猫
ちゃんみたいな感じで」
徹也は大きく頷いて言い、晶の下腹部にちらと目をやって続けた。
「それに、おむつのことも気にしなくていいよ。黒のレースのパンツなんて僕には刺激が強すぎるし、レースふりふりのパ
ンツも可愛いかもしれないけど、晶ちゃんにはギャザーたっぷりの紙おむつが似合ってるんだから。ドラッグストアで選ん
であげた水玉模様の紙おむつなんて、どこにでもあるようなパンツよりずっと可愛いと思うよ。その上に穿いたオーバー
パンツがふっくら膨らんでるのも可愛らしいし。紙おむつを使っちゃったら、また買ってあげるからね。僕、もう、新しいCD
なんてどうでもよくなっちゃったんだ。お小遣い、なるべく使わないようにしてデートの費用にまわすよ。それで、もしもまだ
残ってたら、新しい紙おむつを買ってあげる。おむつが外れるよう、二人で頑張ろうね」
「やだ、お兄ちゃんのエッチ」
座席に座っている間に自動車の振動で捲れ上がってしまったのだろう、徹也の視線を追って、スカートの裾からオーバ
ーパンツが三分の一ほど見えてしまっているのに気がついた晶は慌てて両手でスカートを引きさげた。けれど、ただでさ
え丈を短く仕立てたエプロンドレスだから、オーバーパンツを完全に覆い隠してしまうことはできない。普通のショーツとは
違って、紙おむつの上に重ね穿きしたオーバーパンツはふっくらと丸みを帯びて膨らみぎみだ。その様子が、どこか妙に
なまめかしく見える。
「晶ちゃん、すぐに顔が真っ赤になるんだね。知り合ってからだけでも、晶ちゃんの顔がこんなふうに真っ赤になるのはこ
れで何回目なのかな。でも、そんな恥ずかしがり屋さんの晶ちゃん、とっても可愛いよ」
晶がこれまで何度も顔を上気させたのは、とてつもない羞恥のせいだ。けれど、真実を知らない徹也の目には、それら
はみな、幼い少女にふさわしい羞じらいの仕種としか映らない。
「あ、ごめんごめん。女の子のパンツを見ちゃうなんて、僕、本当にエッチだね」
徹也は苦笑混じりに言った。が、すぐに真剣な表情になると、晶の顔を正面から見て続ける。
「でも、エッチなのは僕だけじゃないんだよ。男の子は誰でもエッチなんだよ。だから、晶ちゃんみたいな可愛い女の子が
一人で、特に、寂しい場所を暗くなってから一人きりで歩いたりしたら、とっても危ないんだよ。だから、デートのたびに僕
が晶ちゃんをお家まで送ってあげる。どんなに回り道になっても、絶対に送ってあげる。そのために、晶ちゃんのお家がど
こにあるのか知りたくて、無理を言って道順を変えてもらったんだ。いいね? どんなことがあっても、暗くなったら一人で
出歩いたりしちゃ駄目だよ。絶対にお家の人と一緒に出かけるんだよ。お家の人がいない時は、僕に連絡するといい。ど
んな時でも晶ちゃんを迎えにきてあげるから。いいね? 僕の可愛い晶ちゃんが他の男にひどい目に遭わされるなんてこ
とになったら、僕、僕は……」
そこまで言って徹也は声を詰まらせ、荒々しく晶の体を引き寄せた。
「お兄ちゃん、守ってね。どんなことがあっても晶のこと守ってね、約束だよ、お兄ちゃん」
強引に体を引き寄せる徹也にまるで抵抗する気配もみせず、お兄ちゃんお兄ちゃんとうわごとのように繰り返しながら、
晶は徹也と唇を重ね合わせた。
「大好きだよ、晶ちゃん。ずっとずっと一緒にいようね」
唇を重ね合わせたせいでどうしてもくぐもった声になってしまうが、それをまるで気にするふうもなく、徹也は繰り返し言っ
た。
「晶もお兄ちゃんのこと大好きだよ。ずっとずっと一緒にいたくてたまんないよ。でもね、晶、晶……」
晶もくぐもった声で応じながら、けれど、最後の言葉は途中で飲み込んでしまう。
晶、おむつの中におちんちんを隠してるんだよ。それでも好きになってくれる?――思わず口に出してしまいそうになりな
がらかろうじて飲み込んだ言葉はそれだった。
美也子の企みによって容赦なく与えられる羞恥も屈辱も、自分の気持ちがどんどん女の子めいて変わってゆくことに対
する恐怖も、徹也と唇を重ね合わせている間だけは忘れることができる。今の晶にできるのは、薄い胸をとことこ高鳴らせ、
切ない想いに胸を満たしながら、徹也の腕にいだかれたまま口づけを交わして、束の間の夢見心地の時間に身を委ねるこ
とだけだった。
最終更新:2013年10月02日 23:59