「や! おむつにおもらしなんて、そんなの、や! 晶、トイレなの。晶、赤ちゃんなんかじゃないから、トイレへ行っておし
っこするんだもん」
 自分のことを赤ちゃんなんかじゃないと言いながらも、いつのまにかすっかり幼児言葉に馴染んでしまった晶は、拗ね
たような表情で首を振った。
「あらあら、まだそんなこと言ってる。何度も説明してあげた筈よ、何度もおむつを汚しちゃった晶ちゃんは赤ちゃ……」
「ま、いいじゃないの。せっかく晶ちゃんがおしっこを教えてくれているんだから、トイレへ行かせてあげましょう。おしっこ
を教えてくれたのに何もしてあげないんじゃ、それこそ本当にいつまでもおむつ離れできない赤ちゃんのままになっちゃ
うかもしれないんだから。美也子だって、いつまでもおむつのお世話にならなきゃいけないお嫁さんだったら困るでょう?」
 晶におむつへのおもらしを強要しようとする美也子の言葉を京子が遮った。
「え……? だって、ママ……」
 思いもしなかった京子の言動に美也子は一瞬きょとんとした顔つきになり、続いて、せっかく手に入れた玩具で遊ぶの
を禁じられた子供みたいな表情を浮かべて、いかにも不満げに言葉を返す。
「ママだって、晶ちゃんが赤ちゃんになってくれて嬉しいんじゃないの? なのに、どうして……」
「いいからいいから、今回だけは晶ちゃんをトイレに行かせてあげましょう。自分が一人でちゃんとおしっこができるような
お姉ちゃんなのかどうか、晶ちゃん本人にわかってもらうにはそれが一番なんだから」
 抗弁する美也子をやんわりたしなめた京子は、意味ありげに軽くウインクしてみせると、まるで謎々でも楽しむかのよう
な口調でこう続けた。
「でも、トイレは一階の廊下の一番奥にあるから、そこまで歩く間、晶ちゃんの体が冷えちゃうかもしれないわね。春とは
言っても、まだまだ夜になると底冷えするから、ひんやりした廊下を一番奥まで歩いてくうちに体の芯まで冷えちゃわな
いかしら。そんなことになって晶ちゃんが風邪をひいちゃったら可哀想だから、せめて手足の先だけでもあったかくしてあ
げないといけないわね。足はソックスを履いてるからいいとして、お手々にも厚めの手袋を着けさせてあげた方がいいん
じゃないかしら」

「あ、そっか。うん、そうだよね。晶ちゃんが体を冷やしちゃったら可哀想だもん、手袋を着けてあげないといけないよね。
さっすが、ママ。女の子を二人きちんと育てた育児の経験者は細かいところに気がまわるわ」
 京子に対して対抗心(あるいは、極端にではないにせよ、憎悪をさえ)抱いている美也子だが、晶を赤ん坊扱いする算
段になると、話は別だ。似たもの母娘の本領発揮と言うべきか、京子が言外に匂わせる意味をすぐに理解すると、にっ
と笑って、ベビータンスの前に歩み寄った。
「ママ、これでいい? これなら寒くないよね?」
 ベビータンスの引出をしばらくごそごそしてから美也子がつかみ上げたのは、厚めの生地でできた一組の手袋だった。
それも、五本の指を自由に動かせるようになっている普通の手袋ではなく、丸い袋みたいな形をしたミトンという種類の手
袋だ。その上、幼稚園児くらいの子供が着けるミトンなら親指と他の四本の指とは別々になっていて大きな物をつかむく
らいの簡単なことはできるような仕立てになっているのに対して、美也子が京子に向かって差し出したのは、それこそ簡
単な袋みたいな形をしていて、五本の指をひとまとめにしてすっぽり覆ってしまうような仕立ての、ベビーミトンという種類
のミトンだった。もともとベビーミトンというのは、赤ん坊が無意識のうちに自分の顔や肌を掻きむしって柔らかな皮膚に
傷が付くのを防ぐ目的で着けさせる手袋なのだが、それでも赤ん坊がむずがらないよう、なるべく指の動きを妨げない柔
らかな生地でできている。ところが、美也子がベビータンスからつかみ上げたベビーミトンは、晶の手の大きさに合わせる
ため本当の赤ん坊用のとは比べ物にならないほどのサイズに仕立ててあるだけではなく、可愛らしい柄がプリントされて
いて見た目は可愛らしく仕上げているものの、指の動きをかなり押さえつけてしまうのが明らかなほど厚手の生地ででき
た、特製のミトンだった。
「うん、それでいいわよ。それにしても、茜さんたら、どんな物でも縫い上げちゃうのね。あの人にかかったら、できない物
なんてないんじゃないかしら」
 京子は感心したように言って、美也子に向かって大きく頷いた。
「じゃ、トイレへ行く前に可愛い手袋でお手々をないないしちゃおうね、晶ちゃん。これで寒くなくなるから安心ね」
 ベビータンスの前を離れた美也子は京子の背後にまわりこむと、京子の首筋にしがみついている美也子の手を強引に
引き離し、両方の手を分厚いミトンで覆い包んでしまった。
 いやな予感を覚えた晶は身をよじって抵抗したものの、京子に体を抱きすくめられ、美也子に手首をつかまれて自由を
奪われてしまっては、それ以上の抵抗はかなわない。

「さ、できた。暖かいようになるべく厚めの生地でつくってもらったミトンだから、ちっとも寒くないでしょ?」
 晶の両手にミトンを着けさせ、晶が勝手にミトンを外してしまわないよう裾紐を手首にしっかり結わえた美也子は、ミトン
の上から晶の手を何度か撫でさすって言った。
 美也子は「暖かいように」と言ったが、それは口実に過ぎない。茜の縫い上げたミトンが厚い生地でできているのは、指
の動きを押さえつけ、晶の両手から自由を奪い去るためだ。しかも、赤ん坊にベビーミトンを着けさせる時はなるべく指を
動かしやすくするため掌を開いた状態で着けさせるのだが、美也子は晶に掌を拳に握らせた状態でミトンを着けさせたも
のだから、尚更まるで指の自由が利かない。ミトンを着けている間中、晶は掌を拳に握ったままの状態に置かれ、コップ
をつかむといった簡単な動作さえできなくさせられてしまったのだった。
 見た目だけは可愛らしいベビーミトン。けれど、その正体は、晶の両手から自由を奪う拘束具に他ならない。いや、拘束
具は、ベビーミトンに限ったわけではなかった。布おむつとおむつカバーもまた、お尻の方に向けて強引に折り曲げられ
たペニスを両脚の間に抑えつけておくための拘束具だし、ゴムのオシャブリは口の動きを抑制するための拘束具だと言っ
ても間違いない。それになにより、ベビー帽子やよだれかけ、ベビードレスといった赤ん坊の装いこそ、その羞恥に満ちた
姿のままでは一歩も家の外へ出られなくするための拘束着そのものと言えるだろう。決して肉体の自由を奪うわけではな
いけれど、羞恥の念でもって晶の心の自由を奪い去る、考えようによってはこれ以上ないほどの完璧な拘束着。
 急激に高まってくる尿意に耐えかねてトイレへ行かせてほしいと懇願した晶だが、京子と美也子との会話の内容に何や
ら怪しげな雰囲気を感じ取ると、たちまち表情をこわばらせ、いちどは美也子によって引き離された両手をまわして、もう
いちど京子の首筋にぎゅっとしがみついてしまった。
「じゃ、用意もできたみたいだからトイレへ行きましょうね、晶ちゃん。ちゃんとおしっこを教えられたお利口さんの晶ちゃん
だから、この後トイレへ行って一人でおしっこをできたら、もうすっかりお姉ちゃんね。お姉ちゃんになれたら、恥ずかしい
おむつとはばいばいできるのよ。よかったわね晶ちゃん、おむつ離れできて、パンツのお姉ちゃんになれて。御褒美に可愛
いパンツをたくさん買って上げるから、今度はママと一緒に茜お姉さんのお店に行きましょうね。ほら、どうしたの? おしっ
こが出そうだからトイレへ行きたいって言ったのは晶ちゃん自身なのよ。いつまでもママに甘えてないで、さ、急いでトイレ
へ行きましょう」
 再びぎゅっと首筋にしがみつく晶に向かってわざと優しく言って、京子は膝を伸ばしながら晶の体を後ろに押しやった。

 体を後ろに押しやられてもまだ京子の首筋に両手を絡みつかせる晶だが、両方の手が左右別々にミントで包み込まれ
てしまったせいで互いに指を組むこともできず、しがみつくのもままならない。その状態で京子の上半身がすっとのけぞ
ると、唇が乳首から離れ、両手もいとも簡単に首筋から引き離されてしまう。
「晶、ママのおっぱいがいいの。おしっこ、後でいいから、おっぱいがいいの」
 膝を伸ばしてその場に立ち上がる京子に向かって、すがるようにそう言いながらしきりに両手を差し出す晶。
「駄目よ、晶ちゃん。おっぱいを後にして、トイレに行きましょう。トイレへ行って、ちゃんとおしっこをできたら、ママ、たっぷ
りおっぱいを吸わせてあげるあげる。だから、おむつを汚しちゃう前にトイレへ行きましょうね。――それとも晶ちゃんは、
一人でおしっこができるお姉ちゃんになりたくないのかな? ふぅん、晶ちゃん、いつまでもおむつの赤ちゃんのままでい
たいんだ? でも、いいわよ。晶ちゃんが自分でいつまでも赤ちゃんでいたいって決めたら、ママもお姉ちゃんも晶ちゃん
のこと、ずっとずっと赤ちゃん扱いしてあげる。高校生の男の子の晶ちゃんのこと、いつまでもおむつ離れできない甘えん
坊の女の赤ちゃんとして扱ってあげる。それでいいのね?」
 京子は晶の顎先に人差指の先をかけてくいっと持ち上げるようにし、瞳を正面から覗き込んで言った。そんな仕種も似
たもの母娘そのまま、いや、今どきの表現で双生児母娘といった方がふさわしいだろうか。
「そ、そんな……」
 京子の手で顎先を持ち上げられているせいで顔を伏せることもできず、京子の鋭い眼光に気圧されて、晶の瞳に諦念
の色が浮かんだ。
「さ、行きましょう。お姉ちゃんがお手々をついなであげるから、ころんしないように気をつけるのよ。晶ちゃん、あんよは上
手になったかな。一人でトイレまで歩いて行けるかな」
 京子の傍らに立ち、晶の瞳に浮かぶ諦めの色を見て取った美也子が、京子に向かって差し伸べた晶の手を横合いか
らつかんで、ドアに向かって歩き出した。
 美也子に強引に手を引かれて、晶も渋々のように歩き出す。
 たっぷりあてた布おむつのせいで両脚が開きぎみになってしまい、足の運びがいつものようにはスムースにゆかない。
ぷっくり膨れたおむつカバーのせいでベビードレスのお尻のあたりを丸く膨らませ、ふわふわ揺れるベビードレスの裾か
らオーバーパンツを覗かせておぼつかない足取りで歩いて行く晶の後ろ姿は、ようやくよちよち歩きができるようになった
ばかりの赤ん坊さながらだ。

「はい、廊下に出るわよ。お部屋の中は床にカーペットが敷いてあるから大丈夫だったけど、廊下は滑りやすいから気を
つけるのよ」
 美也子は、それこそ幼児に言うように注意を促してから、晶の手を引いて廊下に歩み出た。
 晶が体のバランスを崩して悲鳴をあげたのは、ドアにぶら下がっているベビードレス姿の人形に見送られて部屋をあと
にし、三歩も進まない内のことだった。
「ほら、言ってるそばからころんしそうになっちゃってる。んとに晶ちゃんはまだあんよも上手にできない赤ちゃんなんだか
ら」
 今にも仰向けに倒れそうになる晶の手を手前に引き、もう片方の手を背中にまわして支えてやりながら、美也子はわざ
と呆れたように言った。
 けれど、晶が倒れそうになったのは、晶の足取りがおぼつかないためなどではなく、京子が履かせたソックスのせいだ
った。幼い女児用のデザインを模しつつも晶の足のサイズに合うよう京子が茜に依頼して特別につくらせたソックスの素
材は滑らかな肌触りに優れるシルクなのだが、底の部分は特に滑りやすいシルクのサテン生地になっていた。そのため、
カーペットの上はともかく、ぴかぴかに磨き上げた木の廊下に出ると、ちょっと気を緩めただけですぐに足が滑ってしまう
のだ。有り体に言って、このソックスも、晶の両脚の自由を奪うために京子が茜に依頼して用意させた拘束具の一つとい
うわけだ。
「だって、だって……」
 自分のことをまるでよちよち歩きも満足にできない赤ん坊みたいに言われた晶は、それがソックスのせいだと言い訳をす
るためにおどおどした様子で口を開いた。
 けれど、言い訳の言葉が最後まで続くことはなかった。
 不意に晶の瞳がじわっと潤んで唇が小刻みに震え出し、それ以上は言葉が途切れてしまう。
 足を滑らせた瞬間、倒れまいとして踏ん張ったせいで下半身に余計な力が加わって、我慢の限界ぎりぎりに達していた
尿意に耐えかねて、ペニスの先からおしっこの雫が溢れ出てしまったのだ。すぐに力を入れ直し、緩みかけた膀胱の筋肉
をかろうじてもういちど引き締めることには成功したものの、幾らか漏れ出たおしっこの雫が布おむつに滲み込み、ペニス
の先端のあるあたりを中心にしてお尻の方までじわっと湿っぽい感触が広がったものだから、言葉を失い、今にも泣き出し
そうにしてしまったのだ。

「お目々にいっぱい涙なんて溜めちゃって、いったいどうしたの、晶ちゃん? あ、ひょっとして、トイレが間に合わなかった
のかな?」
 何でも見透かしてしまいそうな目で晶の下腹部をじっと見据えながら、美也子はからかうように言った。
「な、なんでもないもん……」
 それに対して晶は、幼児じみた言葉遣いでそう言って力なく首を振るのが精一杯だった。
「そう? なんでもないの? なら、いいんだけど。じゃ、今度こそころんしないように気をつけて歩くのよ」
 これまでの行動から、それが晶の精一杯の強がりだということは美也子にも充分にわかっている。それをわかっていな
がら、敢えてそれ以上は追究しようともせず再び美也子は晶の手を引いて歩き出した。
 が、そこからあまり進まない所でぴたっと足を止めると、腰をかがめて晶と目の高さを合わせ、
「ひょっとしたら、いつまでも私がお手々をついなであげているから、晶ちゃん、あんよが上手にならないのかもしれないわ
ね。一人でトイレへ行けるお姉ちゃんになるためのお稽古だもの、ここから先はあんよも一人で頑張ってみた方がいいと
思うの。ころんしそうになったらちゃんと受け止めてあげるから、ほら、一人であんよしてごらん」
と諭すように言って、さっと手を離してしまった。
 それまで美也子の手にすがってよちよち歩きを続けていた晶が、不意に支えを失って、再び倒れてしまいそうになる。
 晶は慌てて身をよじり、真ん中の部屋のドアに正面から体を預けるようにして、ようやくのことバランスを取り戻した。けれ
ど、その間に再び下腹部に余計な力が加わって、更にじわっと布おむつを濡らしてしまう。
 と、ドアに体を預けて立ちつくす晶の耳に、ぱんぱんと手を打ち鳴す音が聞こえてきた。
 体はそのまま首だけを巡らして音のする方に顔を向けた晶の目に映ったのは、腰をかがめたまま盛んに両手を打ち鳴ら
す美也子の姿だった。
「ほら、ここまでいらっしゃい。あんよは上手、晶ちゃん。あんよは上手、晶ちゃん。ほらほら、お姉ちゃんはここよ。お手々
のなる方へいらっしゃい」
 廊下の端、もうすぐ先は階段というあたりに立った美也子が、まるで幼児にするのと同じように、晶に向かって両手を打ち
鳴らし、ここまでおいでと誘っているのだ。

 ドアに体重を預けるようにしてもたれかかっていた晶が、おそるおそるドアに手をついて、おぼつかない足取りでゆっくり
横歩きを始めた。手を打ち鳴らして名前を呼ぶ美也子に促されてというわけではなく、ますます高まる尿意に耐えかね、
いつまでもその場に立つ尽くしているわけにもゆかないという切羽詰まった思いでトイレに向かうためだ。けれど、傍目に
は、ようやく伝い歩きができるようになったばかりの幼児が姉に名前を呼んでもらってあんよのお稽古に励んでいるように
しか見えない。しかも、遅々として歩みの進まない、見るからにおぼつかなげな足取りのあんよのお稽古だ。
 ドアや壁に手をつきながらも晶の足取りがおぼつかないのは、滑りやすいソックスのせいもあるが、それに加えて、両手
を包み込んでいる分厚い生地のミトンのせいというのも大きい。それぞれの指を自由に動かせる普通の手袋ではなく、五
本の指をまとめて覆ってしまうベビーミトンでも、本当の赤ん坊がそうするように薄めの生地でできたミトンを掌を開いた状
態で手に着けているのなら、ドアといわず壁といわず、僅かな突起でもあればそれをつかむことで体を支えるもできるのだ
が、晶の手は掌を拳に閉じた状態で分厚いミトンに包まれてしまっているため突起物をつかむことができず、体重を支え
ようにも前のめりの姿勢でドアや壁に手をつくことしかできないせいで、思うように足を動かすことができずにいるのだ。丸
く膨らんだオーパーパンツに包まれたお尻をひょこんと後ろに突き出してドアや壁に伝い立ちをし、よちよちと歩みを進め
る晶の姿は、まさに、年端のゆかぬ、まだ当分はおむつ離れもできそうにない幼い赤ん坊以外のなにものでもなかった。

 たっぷり時間をかけてそれでもようやく、おぼつかない足取りで美也子の待つ位置に辿り着くことのできた晶だが、廊下
の先に続く階段を目にするなり、絶望的な表情で身をすくめてしまう。
 廊下と同じようにぴかぴかに磨き上げられた木製の階段と、ミトンに覆われた手では絶対につかむことのできない太め
の手摺り。何段もおりない内に足を滑らせ、階下まで転げ落ちてしまうのは火を見るより明らかだった。
 かといって、このまま立ちすくんでいるばかりでは、動物柄の布おむつをおしっこで濡らしてしまうことになる。
 晶は、すがるような目で美也子の顔を見上げた。
「そんな悲しそうな顔をして、どうしたの? 頑張ってここまであんよして来られて、晶ちゃん、とってもお利口さんだったわ
よ。さ、もう少し頑張って、今度は階段をおりるお稽古をしようね。階段をおりちゃえば、あとは一階の廊下をあんよするだ
けでトイレだもの、パンツのお姉ちゃんになれるのももうすぐよ。パンツのお姉ちゃんになれたら、徹也お兄ちゃんとデート
する時、鞄に替えのおむつを入れてかなくてもよくなるのよ。だから、さ、頑張ろうね」
 晶が階段に足をかけるのを躊躇っている理由を充分に承知していながら、わざと明るい声で美也子はそう促して、晶の
背中をとんと押した。

 その勢いで、晶の足が廊下を踏み越え、階段にかかりそうになってしまう。晶は両足を踏ん張って、ようようのこと廊下
の端に踏みとどまった。けれど、その拍子にまたおしっこの雫が溢れ出し、ますます布おむつを濡らしてしまう。一度目
と二度目のおしっこが既に冷たくなりかけているところに溢れ出たばかりの生温かいおしっこが混ざって、なんとも表現し
ようのない湿っぽさがおむつカバーの中にじくじく広がる様子がはっきり感じ取れる。特にお尻のあたりに触れる布おむつ
はもうじとっと湿っていて、その感触を意識の中から追い払うことができない。
「……だ、抱っこしてよ、お姉ちゃん……」
 屈辱にまみれた顔で下唇を噛み締めたまま力なく言う晶の蚊の鳴くような声が微かに聞こえた。
「え? なんですって? よく聞こえないわね。大きな声でもういちど言ってごらんなさい」
 微かながら晶の声は美也子の耳にも届いたし、何を言っているのかも聞き取れた。けれど、わざと聞こえなかったふり
をして、屈辱に満ちた懇願を再び晶に口にさせようとする美也子。
「晶を抱っこしてよ、お姉ちゃん。晶、一人じゃ階段をおりられないから、抱っこしておろしてほしいの。階段をおろしてもら
ったら、あとは自分であんよする。だから、早く抱っこしてってば、ねぇったら、お姉ちゃん」
 一瞬だけ躊躇った後、もういつ我慢の限界を超えてもおかしくない尿意に耐えかねて、晶は繰り返し懇願した。
「ふぅん。晶ちゃん、まだ階段も一人でおりられないような小っちゃな赤ちゃんだったんだ。いいわよ。お姉ちゃんが抱っこ
して一階までおろしてあげる。でも、ふぅん、晶ちゃん、そんなに小っちゃな赤ちゃんだったんだ」
 美也子は鷹揚に頷きながらも、「晶ちゃん、小っちゃな赤ちゃんだったんだ」と意味ありげに繰り返すと、ハーフパンツの
ポケットに手を突っ込んで、ベビールームの床に落ちていたのを拾い上げたオシャブリを取り出し、それを晶の口に押し当
てて言った。
「そんなに小っちゃな赤ちゃんだったら、ずっとオシャブリを咥えていてもちっとも変じゃないよね。階段も一人でおりられな
いような小っちゃな赤ちゃんだったら、オシャブリが大好きだもんね。いいわよ、お姉ちゃんが晶ちゃんを抱っこして階段を
おろしてあげる。その代わり、晶ちゃんはずっとオシャブリを咥えているのよ。まんまの時とおっぱいの時以外は、ママかお
姉ちゃんがいいって言わない限りは、いつでもオシャブリを咥えているのよ。わかったわね?」
 ようやくのこと解放されたと思って安堵していたオシャブリ。赤ん坊の象徴であると同時に、唇と舌の動きを抑制される恥
辱の拘束具をまた再び口にふくまされるのかと思うと、惨めで泣き出しそうになる。けれど、今の晶に、それを拒む術など
ありはしない。

 美也子の手で唇に押し当てられるまま、晶はおずおずとゴムのオシャブリを口にふくんだ。途端に、口の中にじわっと
唾が湧き出してくる。
「やっぱり、赤ちゃんの晶ちゃんにはオシャブリがお似合いね。オシャブリをちゅっちゅしてるところなんて、最高に可愛い
わよ。ずっとオシャブリを咥えてると口の中に唾が溜まりやすくなって、それがよだれになってこぼれるかもしれないけど、
ちゃんとよだれかけをしているから大丈夫よ。いくらよだれがこぼれても、よだれかけが吸い取ってくれるから、せっかくの
可愛いベビードレスが汚れる心配はないのよ。だから、遠慮しないでよだれをこぼすといいわ、小っちゃな赤ちゃんの晶ち
ゃん。――じゃ、抱っこしてあげるから、おとなしくしてるのよ」
 美也子は、晶が着ているベビードレスの胸元を覆う淡いレモン色のよだれかけを縁取りしているフリルのレースを指でつ
っとなぞりながら甘ったるい声で言って、すっと腰をかがめ、晶の体を横抱きに抱き上げた。
 体がふわっと浮いて、階段がすぐ眼下に迫る。落とされまいとして、晶は美也子の首筋にしがみついた。ミトンのせいで
左右の手の指を絡み合わせることができないぶん余計に不安になり、力いっぱいすがりつくようにして美也子の首筋に腕
を巻き付けてしまう。それは、大好きな姉に甘えてしがみついて離れない幼い妹そのままの姿だった。美也子の抱き方に
しても、お姫様抱っこの時は晶の背中と膝の裏側を支えていたのだが、今は、前方下向きに伸ばした手で背中を支え、も
う片方の腕は前方上向きに伸ばしてそのまま晶の体に巻き付けるようにし、それからお尻を支えるといった、赤ん坊を横
抱きにする抱き方だから尚更のこと晶が赤ん坊めいて見える。
「それじゃ、おりるわよ。暴れたら落ちちゃうからおとなしくしてるのよ」
 美也子はもういちどそう言い聞かせてから、静かに階段の踏み板に足をかけた。
 再び体がふわっと浮くような感じがして、晶がますます強く美也子の首筋にしがみつく。
 と、晶のお尻を支えている方の美也子の手がもぞもぞ動いて、中指が股ぐりを押し広げるようにしてオーバーパンツの中
に入ってきた。しかも中指の動きはオーバーパンツだけにとどまらず、続いてバイアステープを押し広げ、おむつカバーの
中にまで入ってくるのだった。
「やだ、そんなことしちゃやだ」
 美也子の手を振り払おうとして、晶は思わず身をよじる。
 だが、それに対して美也子が
「ほらほら、そんなに暴れちゃ落ちちゃうわよ。ここから落ちたら、とっても痛いなじゃないかしら」
とおかしそうに言って、体を抱いている手を引っ込めようとするそぶりをして脅すものだから、結局のところ美也子のなすが
ままにされるしかなかった。

 おむつカバーの中にもぐりこんできた中指は、もぞもぞと這いまわってお尻のあたりに届き、様子を探るように尚もくね
くねと蠢いた。
「――さっき、トイレに間に合わなかったのかなって訊いた時、なんでもないって晶ちゃんは答えたよね? だったら、これ
は何かしら。お姉ちゃんの指が、なんだかじっとり湿っぽいんだけどな?」
 美也子は、ペニスの先からお尻までの、最も濡れているあたりの布おむつを指先で撫でまわしながら少し意地悪な口
調で言った。
「……なんでもない。なんでもないったら、なんでもないんだもん……」
 美也子の首筋にしがみついたまま、晶は、おもらしをみつかった幼い子供さながら、拗ねたように言って美也子の胸元
に顔を埋めた。
「そう、なんでもないの。だったら、お姉ちゃんの指が濡れてるのは、おしっこのせいなんかじゃなくて、汗なのかもしれな
いわね。うん、そうよね。トイレをちゃんと教えてくれるお利口さんの晶ちゃんがおもらしなんてしちゃうわけないもんね。一
人でおしっこができるお姉ちゃんの晶ちゃんがおむつを濡らしちゃうわけないもんね。もしもまたおむつを汚しちゃったら
徹也お兄ちゃんとデートする時もずっとおむつで、鞄の中にはたくさん替えのおむつを入れてお出かけしなきゃいけない
ってことをよく知ってる晶ちゃんがおむつをびしょびしょにしちゃうわけないもんね」
 美也子は中指をおむつカバーの中に差し入れたまま、横抱きにした晶の体を軽く揺さぶって、わざとらしくおおげさに頷
いてみせた。
 美也子の一言一言が晶の胸に痛い。

「さ、ついた。じゃ、あとはまた自分であんよできるわね?」
 ゆっくりした足取りで一階の廊下におり立った美也子は、階段をおりる間ずっとおむつカバーの中に差し入れてじっとり
濡れた布おむつの上から晶の下腹部の肌を撫でさすっていた中指をようやく抜いて、晶を壁に向かって立たせた。
 再びお尻を後ろに突き出して壁に手をつき伝い立ちの姿勢をとらされた晶は、両足を踏ん張った拍子にまた溢れ出そう
なるおしっこを、唇を噛んで耐えた。が、上下の歯が実際に噛みしめたのは唇ではなく、美也子に咥えさせられたオシャブ
リだった。ゴムのオシャブリを噛んだ時のきゅっと鳴る音が、壁に手をつかなければ立っていることさえ難しいおぼつかな
い足取りと相まって、晶の恥辱を煽りたてる。

 晶はかろうじて最初の一歩を踏み出した。
 けれど、二階の廊下を伝い歩きした時と比べて更におぼつかない足取りでしか進めない。ますます強くなってきた尿意
のために下半身に力を入れることができず、お尻のあたりのじとっと濡れた感触のせいで両脚がいやでも開きぎみにな
ってしまう。
 それからもかろうじて二歩三歩と今にも倒れそうなおぼつかない足取りで歩みを進めた晶だが、力なく首を振ると脚を止
め、絶望的な表情でしばらく壁をみつめた後、壁に手をついてゆっくり腰を曲げ、膝を折って、のろのろと四つん這いの格
好になった。このまま伝い歩きを続けていてもとてものこと間に合わないのは火を見るより明らかだ。少しでも早く確実に
進むには、這い這いの姿勢を取るしかなかった。
 からころ。からころ。
 屈辱の表情で廊下に四つん這いになった晶の耳に、かろやかな音色が聞こえてきた。
 それまで晶の後ろを歩いていた京子が、晶が四つん這いの姿勢になったのを見て取ると、さっと前方にまわりこんで、
ベビールームから持ってきていたガラガラを振り鳴らしたのだ。
「こっちへいらっしゃい、晶ちゃん。晶ちゃんはまだあんよは上手じゃないけど、這い這いは上手だもんね。赤ちゃんのお
部屋でガラガラを振って呼んであげた時、晶ちゃん、とっても上手に這い這いでママのいる所まで来れたもんね。だから、
また頑張ろうね。ほぉら、からころからころ~」
 二階の廊下で両手を打ち鳴らして晶を呼んだ美也子に代わって、今度は、ガラガラを振り鳴らしてみせる京子。
 一刻も早くとトイレに向かって這い進む晶だが、傍目には、ガラガラのかろやかな音色にいざなわれれるまま母親の待
つ場所へ這い這いで進む赤ん坊としか映らないだろう。
「そうそう、お上手よ、晶ちゃん。ほら、こっちよ。ママはこっちよ」
 まん丸に膨らんだオーバーパンツに包まれたお尻を左右に振りつつぎこちない動きで手足を動かして這い這いでゆっく
り進む晶が近づくたびに、京子はガラガラを振り鳴らしながら後ろへさがる。
 何度も何度もそんなことを繰り返して、ようやくトイレのドアが目の前に迫ってきた。
 硬い木の廊下を這い進んだせいで膝が痛くてたまらない。開いた掌ではなく拳に握ったままミトンで覆われた手で体重
を支えるものだから、指がずきずき痛む。けれど、そんなことを気にしているゆとりなどない。

 晶はトイレのドアのすぐ前で膝立ちになり、両手をノブにかけた。
 が、拳に握ったままミトンで包まれた手ではノブを握ることができず、つるっと滑ってしまう。
 ようやくトイレにたどり着くことができて少しばかり安堵の表情を浮かべた晶の顔がみるみる曇り、何度も何度もドアの
ノブに手をかけてはそのたびに繰り返し手を滑らせて、あせりの色を通り越し、今にも泣き出さんばかりになってくる。
「お、お姉ちゃん、ドアを開けて……トイレのドアを開けてよぉ。じゃないと、晶、晶……」
 何度やっても同じ結果しか得られず、絶望的な顔つきで振り返った晶は、面白そうにこちらの様子を窺っている美也子
の顔を振り仰ぎ、今にも消え入りそうな弱々しい涙声で訴えかけた。
「あらあら、さっきは抱っこしてほしいっておねだりして、今度はドアを開けてほしいっておねだりなの? ちゃんとおしっこ
を教えられるようになって少しお姉ちゃんになったのかなって思ったけど、やっぱり晶ちゃんは自分じゃ何もできない甘え
ん坊の赤ちゃんのままだったのね。そんなじゃ、デートする時も鞄の中にはたくさん替えのおむつを入れてお出かけしな
きゃいけないわよ。でも、男の子の徹也お兄ちゃんじゃ布おむつを取り替えるのは難しいから、デートの時は紙おむつに
しなきゃいけないかな。そうね、せっかく可愛い水玉模様の紙おむつをプレゼントしてもらったんだもの、デートの的はあ
れを鞄に詰め込んでいくといいわね」
 美也子は腰骨に手の甲を押し当て、軽く腰をかがめて晶の顔を見おろした。
「……」
「そんなに晶ちゃんを苛めちゃ駄目よ、美也子。おしっこを教えられるようになっただけでも少しはお姉ちゃんになったんだ
から、ちゃんと褒めてあげなきゃ。小っちゃな子はちょっとしたことでも褒めてあげると、次はもっと頑張ろうって思って少し
ずつ難しいことができるようになるのよ。だから、今は、おしっこを教えられるようになったことをもっと褒めてあげないと。
そうすれば、今度は階段を一人でおりられるようになろうって頑張るし、次はトイレのドアを自分で開けられるようになろうっ
て頑張るのよ。赤ちゃんはそんなふうにしてちょっとずつちょっとずつお姉ちゃんになるんだから、叱ってばかりは感心しな
いわね」
 美也子に対して一言も言い返せないでいる晶を庇うように、ガラガラを振る手を止めて京子が言った。
 が、その庇い方がいかにも晶を赤ん坊扱いしている様子がありありで、当の晶は却って尚更に羞恥をくすぐられてなら
ない。

「あ、そうか。うん、そうだったわね。小っちゃい子は叱ってばかりじゃ駄目だよってよく言うもんね。わかった。じゃ、お姉ち
ゃんがドアを開けてあげる。さ、これでちゃんとトイレに入れるから、自分でおしっこできるよね?」
 京子にたしなめられ、わざと明るく言ってドアのノブに手をかける美也子。
 が、ドアが開くのを待ちかね、壁に手をついてトイレに足を踏み入れた晶の顔がこわばってしまう。分厚いミトンに包まれ
た自由の利かない手ではオーバーパンツを引きおろせないことに、その時になって気づいたのだ。
 オーバーパンツのウエストゴムに指をかけることができず、強引に引きおろそうとしても、ウエストゴムと肌との間に拳の
ままの手を差し入れるのも不可能だ。それに、もしもオーバーパンツを引きおろすことができたとしても、ミトンを着けた手で
は、おむつカバーの股ぐりに付いているスナップボタンを外せるわけがないし、おむつカバーの前当てや横羽根を留めてい
るマジックテープを引き剥がすことなど到底かなわない。
 尿意に耐えかねて、これまではトイレへ来ることで頭がいっぱいだったが、ようやくトイレにたどり付いた今、更に非情な
現実に直面し、絶望的な表情を浮かべて、晶は便器の前に立ちすくむばかりだ。
「どうしたの、晶ちゃん? 急がないとおしっこが出ちゃうわよ」
「おもらししちゃったら、これからずっとおむつの赤ちゃんよ。わかってるよね、晶ちゃん」
 こうなることは最初からわかっていたのだろう。京子と美也子は声を揃え、くすくす笑いながら言った。いや、こうなること
がわかっていたというよりも、こうなるよう仕組んだといった方が正確だろうか。
「……パ、パンツを脱がせてよ、お姉ちゃん。……おむつを外してよ、ママったらぁ……」
 トイレの壁に手をつき、お尻を後ろに突きだした情けない姿で便器の前に立ちすくんだまま、瞳を涙に潤ませて晶は懇願
した。
「あら、変なことを言うわね、晶ちゃんてば。ママもお姉ちゃんも、晶ちゃんをトイレへ連れて行ってあげるって約束したけど、
それ以上のことは何も言ってないわよ。晶ちゃん、おしっこを教えられるお利口さんのお姉ちゃんだもん、自分でおしっこで
きるんでしょう? 抱っこして階段をおろしてあげたんだし、トイレのドアも開けてあげたんだもの、あとはみんな自分ででき
るでしょう? だいいち、誰かにパンツを脱がせてもらったりおむつを外してもらったりじゃ、そんなの、赤ちゃんとまるで一
緒じゃない。ママ、晶ちゃんがお姉ちゃんになれるからって、トイレへ行かせてくれたのよ。なのに、赤ちゃんのまんま、自分
でパンツも脱げない、自分でおむつも外せないんじゃ、トイレへ来た意味がないんじゃないかな。そんな赤ちゃんのままだ
ったら、おむつを汚しちゃえばいいんじゃないのかな」
 美也子は冷たく言って、トイレの入り口から、晶に向かって両手を伸ばした。

「や、やだ……晶、トイレがいい。晶、トイレでおしっこするんだもん。おむつにおもらしだなんて、そんなの、やだもん」
 ゆっくり近づいてくる美也子の手を避けようと身をよじりながら晶は金切り声をあげた。
 が、決して広くはないトイレの中、滑りやすいソックスと分厚いミトンで手足の自由を奪われてしまっている晶が逃れら
れるわけがない。
「でも、いつまでもトイレにいても仕方ないでしょう? いくらトイレでおしっこをするんだって言っても、自分じゃパンツも脱
げないし、おむつを外すこともできないんじゃ、いつまでそこにいてもどうにもできないじゃない。だから、こっちへいらっし
ゃい。お姉ちゃんが優しく抱っこしてあげる。お姉ちゃんに抱っこしてもらっておむつを濡らすのよ。いつまでもおしっこを
我慢してちゃ体によくないから、ほらったら」
 美也子は身をよじる晶の体に両腕を絡ませて軽々と抱き上げ、トイレの外へ連れ出すと、そのまま背後の壁際までさ
がってから、晶を廊下に立たせた。
「やだ、トイレがいい。晶、トイレでおしっこなんだから」
 トイレから連れ出され、廊下に立たされた晶は尚も諦めきらない様子で、見るからに清潔そうな便器に向かって手を伸
ばし、美也子の手を離れて歩き出した。
 けれど、体を支える物が手近な所に何もないまま足を踏み出したものだから、あっという間に姿勢を崩してその場に尻
餅をついてしまう。
「……!」
 晶の口が大きく開いて、声にならない悲鳴があがった。
 咥えていたオシャブリがよだれの糸を引きながら胸元に落ち、腹部を滑って、そのまま、だらしなく左右に大きく開いた
両脚の間に転げ落ちる。
「おむつなんていやなの。晶、おむつにおしっこなんていやなんだから……晶、赤ちゃんじゃない。赤ちゃんなんかじゃな
いんだから……」
 まだ諦めきれずに弱々しく呟きながら、トイレの中に見える便器に向かって力なく腕を差し伸べる晶。
 唇を動かすたびに、口の中に溜まっていた唾がよだれになって唇の端からこぼれ出し、頬を濡らして顎先から滴り落ち、
ベビードレスの胸元を覆うよだれかけに薄いシミをつくってゆく。

「晶、赤ちゃんなんかじゃないんだったら!」
 それまでの弱々しい声から一転、不意に晶が悲痛な叫び声をあげた。
 その直後、晶の目がぎゅっと閉じ、腰がぶるっと震えた。
 尻餅をついた拍子に、とうとう我慢できなくなくっておしっこを溢れ出させてしまったのは誰の目にも明らかだった。それ
も、おしっこの雫を幾らか溢れ出させてはそのたびに膀胱の筋肉をかろうじて緊張させてきた『おちびり』ではなく、膀胱
にいっぱい溜まったおしっこがとめどなく流れ出る『おもらし』だ。
「それでいいのよ、晶ちゃん。いつまでもおしっこを我慢してちゃ体に悪いから、たくさん出しちゃおうね。自分でパンツを脱
げなくて自分でおむつを外せない晶ちゃんは赤ちゃんなんだから、おむつを汚しちゃっても、ちっとも恥ずかしくなんてな
いのよ。でも、ちゃんとおしっこを教えられるようになったんだから、いつかはパンツのお姉ちゃんになれるわ。だから今は
無理をしなくていいの。たっぷり時間をかけて、ゆっくりパンツのお姉ちゃんになればいいの。晶ちゃんはこれから先、当
分の間は赤ちゃんのままでいいのよ。ママの可愛い次女で、美也子お姉ちゃんの甘えん坊の妹の赤ちゃんでいいんだか
らね」
 そういう京子の言葉に、今度は晶の目から大粒の涙がこぼれた。瞳を潤ませるだけでかろうじて我慢していた涙も、おし
っこ同様、とうとう堪えられなくなって、ぼろぼろと溢れ出したのだった。
 ぎゅっと閉じた目からは涙をこぼし、半開きになった唇の端からはよだれの筋が滴り落ち、おむつカバーの中はおしっこ
でぐっしょりの晶。その姿は、たしかに、おもらし癖の治らない小学生でさえなく、自分ではまだ何もできない無力な赤ん
坊そのままだった。

 その後、おしっこをみんな出しきった晶は美也子と京子の手でおむつを取り替えられることになるのだが、おむつの交換
は廊下で行われた。それも、便器がよく見えるようなるべくトイレに近い場所にバスタオルを敷き、その上に寝かされて、晶
はおむつを取り替えられたのだった。
「ちゃんとおしっこを教えられるようになって、少しお利口さんになったわね」
「今度またおしっこを教えてくれたら、その時もトイレに連れて来てあげるからね」
「でも、一人でおしっこができるようになるのはいつかしら。自分でパンツを脱いで自分でおむつを外して一人でおしっこを
できるようになるのは、いつのことかしらね」
「それができるようになるまで、おしっこを教えられても、おむつの赤ちゃんのままね。せっかくトイレへ連れて来てもらって
もトイレに間に合わなくて、トイレの前でおむつを取り替えてもらう赤ちゃんのままなのよ」
 口々にそう話しかける二人の言葉が耳に届いているのかいないのか、バスタオルの上に寝そべって足首を高々と差し上
げられた姿勢でおむつを取り替えられる晶の泣き声はいつまでもやむことがなかった。

                        * * *

 おむつを取り替えられた晶が次に連れて来られたのは、クリームシチューのいい匂いが部屋中に満ちたダイニングル
ームだった。
 ダイニングルームのテーブルに向かって置いてある椅子は四つ。遠藤家は三人家族だから四つの内の三つは家族用
で、残り一つが来客用ということになる。晶もこの家に遊びに来るたびに、美也子の椅子の横に並んだ椅子に腰かけて
父親や母親と一緒に紅茶やジュースを飲むことが多く、来客用の椅子といっても実差質的には晶の専用と言ってもいい
ほどになっていた。
 けれど、美也子に手を引かれてダイニングルームに足を踏み入れた晶の目に映ったのは、見慣れた来客用の椅子で
はなかった。家族用の三つは晶も見知った椅子のままなのだが、殆ど晶の専用になっていた来客用の椅子だけが姿を
消し、その代わりに、白い木製の椅子が置いてあったのだ。
 それも、ダイニングルーム用の普通の椅子などではなく、肘掛の部分が座面よりも前に伸び、一枚の板が左右の肘掛
を跨るよう取り付けてあって、その板の所々に食器やコップを置くための四角や丸の窪みを付けた、赤ん坊を座らせて食
事を与えるためのベビーチェアだった。
「すっかり遅くなっちゃって、お腹が空いたでしょう? まんまを食べさせてあげるから、あの椅子にお座りしようね。椅子
は新しいけど、晶ちゃんがお座りする場所はいつもと同じ、お姉ちゃんの隣よ」
 美也子は手を引いて晶をベビーチェアのすぐそばに連れて行き、脇の下に手を差し入れた。
「や、やだ。こんな赤ちゃんの椅子なんて、やだ!」
 美也子の手で抱き上げられながらも、晶は身をよじって、ベビーチェアに座らされることを拒む。
 けれど、よだれかけにうっすらとシミをつくり、オシャブリを咥えて、ぷっくり膨らんだオーバーパンツをベビードレスの裾
から覗かせた姿の晶が抵抗しても、聞き分けの悪い赤ん坊が拗ねて手足をばたつかせているようにしか見えない。
「あらあら、まだそんなことを言ってる。晶ちゃんは赤ちゃんなのよ。赤ちゃんだから赤ちゃんの椅子にお座りして、赤ちゃ
んのまんまを食べるのよ」
 美也子は含み笑いを漏らしてそう決めつけると、抵抗にもならない抵抗を続ける晶をベビーチェアに座らせた。いや、座
らせたというより、押し込んだといった方が正確だろうか。晶が座らされたのは、特別に肥満ぎみの赤ん坊用のをどこかで
探してきたのか、普通のベビーチェアに比べれば座面も広く、窪みを設けたテーブル代わりの板と背もたれとの距離も長
めにとってある、やや大ぶりのベビーチェアだったが、いくら華奢とはいえ身長が百六十センチ近くある晶を座らせるには
充分な大きさがあるわけではない。すんなり座らせることはできず、いきおい、デーブル代わりの板と背もたれとの間の隙
間に強引に体を押し込む形になってしまうのだ。

 余裕があるとは決して言えない狭い隙間に体を押し込まれると、自力ではベビーチェアから抜け出すことはおろか、そ
の場に立ち上がることさえできなくなってしまった。本来は幼児に食事を与えるための愛くるしい家具さえ、晶にとっては
拘束具以外の何物でもなくなってしまう。
「今日は朝から日帰り旅行だから、昨日からシチューを煮込んでおいたのよ。あとはサラダとパンだけの夕飯だけど、た
まには簡単に済ませてもいいよね」
 京子は皿にシチューをよそい、グリーンサラダの皿を運び、ざくっと切った切り口にガーリックバターを塗って焼いたバ
ケットをトースターから取り出しながら、ごく自然な、まるで変わったことなどない、日常のありふれた一齣そのままの口
調で言った。その言葉を聞いているだけでは、赤ん坊の装いに身を包んでベビーチェアに座った高校生の男の子が目の
前にいるなどという異様な光景の中の振る舞いとはとても思えない。それはまるで、この非日常の光景が今日からはご
くありふれた日常の光景に置き換わるのだと、穏やかな口調で、けれどきっぱりと決めつけているかのようだ。
 京子の席と美也子の席の前にシチューとサラダとバケットの皿が並ぶのに、あまり時間はかからなかった。
 だが、晶が座らされたベビーチェアに取り付けられたテーブル代わりの板の上にはまだ何も載っていない。
「はい、お待たせ。赤ちゃんの晶ちゃんに大人と同じ物を食べさせるわけにはいかないから、ちゃんと別に用意しておいた
のよ。お口の中をヤケドしないよう、ふうふうしておいてあげたから、このまま美也子お姉ちゃんに食べさせてもらうといい
わ」
 自分たちの夕食の皿を先に並べ終えてから京子が運んできて、これ見よがしにわざとゆっくり晶の目の前に置いたのは、
プラスチック製の幼児用の食器だった。小さな子供が指を怪我しないよう角を丸めた四角形の、中を仕切りで幾つかの区
画に分けた、純白の食器だ。仕切りで区切った区間には、それぞれ、乳白色のスープ、緑色をしたべとべとの食物、ご飯
の粒がかろうじて見て取れるほど薄い粥といった、ぱっと見ただけで普通の食事とは違っていることがわかる食物が盛り
つけてあった。
「体に優しいように香辛料を使っていないチキンスープと、黄緑色野菜のペースト、それに、無塩のお粥さんよ。これなら、
赤ちゃんの晶ちゃんにも食べやすいでしょう? ドラッグストアのベビーフードのコーナーで瓶や缶に貼ってある内容表示
を一つ一つちゃんと見て選んでおいてあげたんだから」
 幼児用食器に盛りつけられた食べ物に対して探るような目を向ける晶に、食物を一つずつ指差しながら京子が言った。

「これでわかったよね? ママが晶ちゃんのために用意してくれたのは離乳食、おっぱい離れしたばかりの赤ちゃんが食
べるまんまよ。もっとも、ママやお姉ちゃんのおっぱいが大好きでなかなかおっぱい離れできない晶ちゃんにはまだ早い
かもしれないけどね。だから、離乳食だけじゃなくて、こんなのも用意してくれてるのよ。ほら、これなら、おっぱいが大好
きな晶ちゃんには離乳食よりもお似合いね」
 京子が立っている場所とはベビーチェアを挟んで向かい側に立った美也子が、透明の丸い瓶を振ってみせた。ミルクを
七分目ほど満たして先にゴムの乳首が付いたそれは、赤ん坊に飲み物を飲ませる時に使う哺乳壜だった。
「お腹も空いてるでしょうけど、お風呂上がりで喉も渇いてるでしょ? 先にぱいぱいを飲もうね」
 美也子はもういちど哺乳壜を振ってみせると、体をのけぞらせて身を退く晶の口からオシャブリを取り上げ、代わりに哺
乳壜の乳首を押し当てた。
 が、晶は頑なに唇を閉ざし、ゴムの乳首を口にふくもうとしない。
「あらあら、ミルクの哺乳壜を嫌がるなんて、本当の赤ちゃんの頃からちっとも変わってないのね。じゃ、こうしてあげる。晶
ちゃん、本当の赤ちゃんの時は、こうしてあげた後だと哺乳壜からミルクを飲んでくれたものね」
 哺乳壜の乳首を押し当てられたまま唇を開こうとしない晶の様子に、京子はぱっと顔を輝かせてブラウスのボタンを外し、
ブラのフロントホックを手早く外すと、右側のカップを下にずらして豊かな乳房をさらけ出した。
 少し汗ばんだ京子の乳房からは、どこか甘酸っぱく、どこか饐えたような匂いがした。
 その独特の匂いに、憶えている筈のない幼い頃の記憶がぼんやりと浮かんでくる。それまでのけぞっていた晶の体がい
つしか前のめりになり、無意識のうちに唇が半開きになる。
「そうよ、それでいいのよ。さ、ママのおっぱいを吸いなさい。おっぱいを吸ったら、美也子お姉ちゃんに哺乳壜のぱいぱい
を飲ませてもらうのよ。ぱいぱいを飲んで赤ちゃんのまんまを食べて、晶ちゃんは可愛い赤ちゃんに戻るのよ。今度は汗臭
い男の子なんかじゃなくて、甘い匂いのする女の子になるのよ」
 京子は、出産の経験があるとはとても思えないピンクの乳首を晶の唇に押し当てた。
 ぷりんとした感触が唇に触れた瞬間、晶がはっとしたような顔になり、弱々しく首を振った。
 幼い頃の記憶に急きたてられて京子の乳房に顔を埋めてしまいそうになる自分と、なけなしの理性でそれを押しとどめよ
うとするもう一人の自分。

「あら、ママのおっぱいが唇に触れてもそのまま吸おうとしないなんて、ちょっとはおっぱい離れの時期が近づいてきたの
かしら。でも、そうよね。最後はしくじっちゃったけど、おしっこを教えられるようになったんだし、赤ちゃんの晶ちゃんも少し
ずつお姉ちゃんになってるのよね。じゃ、おっぱいはやめておいて、まんまを食べさせてもらいなさい。赤ちゃんのまんまを
たくさん食べて、パンツのお姉ちゃんになれるといいわね」
 弱々しくながらも乳首を口にふくむことを拒む晶の様子に京子はわざとおおげさに感心してみせ、美也子に向かって目
配せをした。
 それに対して美也子は軽く頷き返すと、ベビーチェアに取り付けられた板の丸い窪みに哺乳壜を立たせ、その代わりに、
食器と同じプラスチックでできたスプーンを手にして、乳白色のスープを掬った。
「熱くないようにママがふうふうしてくれているから、このまま飲んでも大丈夫よ。ぱいぱいを飲みたくないんだったら、代わ
りにスープから始めようね」
 美也子はスープを掬ったスプーンの先を晶の唇に押し当て、そっと傾けた。
 が、赤ん坊の食べる物である離乳食を赤ん坊そのまま他人の手で食べさせられる羞恥に、晶は口を閉ざしたままだ。
 それでも美也子がかまわずスプーンを傾けるものだから、スプーンの先から流れ出たスープが行き場を失い、晶の顎を
濡らして胸元に滴り落ち、うっすらとシミのついたよだれかけに更に大きなシミをつくってゆく。
「あらあら、てっきりおっぱい離れできそうだと思ったのに、ママの思い違いだったのかしら。スープもちゃんと飲めなくてよ
だれかけを汚しちゃうなんて、やっぱりまだ離乳食は早かったみたいね」
 スープがこぼれてよだれかけを汚してしまったのは、決して晶のせいではない。それのことを充分に承知していながら、
さも晶がまだ離乳食も早い小さな赤ん坊だと決めつける京子だった。
「でも、どうしようか、ママ? 哺乳壜のぱいぱいは嫌がるし、離乳食もまだ早いんじゃ、晶ちゃんには何をあげたらいいの
かしら?」
 京子に調子を合わせ、こちらもわざと困ったふうな顔をして自分の顎先に手の甲を押し当てる美也子。
「ま、いいわ。ばいばいと赤ちゃんのまんまとどっちがいいか、晶ちゃんに決めさせてあげましょう。ひょっとしたらまだお腹
が空いてないのかもしれないから、もう少し様子をみることにして、私たちは先に夕飯に食べちゃいましょう。ぱいぱいかま
んまか、どっちかが欲しくなったら晶ちゃんが教えてくれる筈だから、気長に待てばいいのよ」
 京子は何やら含むところのありそうな目でベビーチェアの座面をちらと見て言い、美也子に向かって意味ありげに微笑ん
でみせた。

「あ、そうね。私たちがあせっても仕方ないし、晶ちゃんにどっちがいいか決めてもらえばいいのよね。うん、じゃ、私たち
は先に夕飯にしましょう」
 京子がベビーチェアの座面に向けた視線の意味を瞬時に理解した美也子は、にっと微笑み返して大きく頷いた。

 晶がしきりに身をよじるようになったのは、美也子たち母娘が夕飯を食べ終え、食後のお茶の時間を楽しみ始めて間も
なくのことだった。ベビーチェアの狭い隙間に押し込まれ、どんなに体を動かしても立ち上がることさえできないのは充分
わかっている筈なのに、少しでも姿勢を変えようとでもするかのように、しきりに体をくねせら、身をよじる。
「どうしたの、晶ちゃん? 何をそんなにむずがっているのかしら?」
 晶の異変に気づいた京子は、湯気のたつティーカップをテーブルに置くと、ベビーチェアのすぐそばに歩みよって、わざ
とのような優しい声で訊いた。
「ひょっとして、オシャブリが欲しいのかな。そうよね、晶ちゃんはオシャブリが大好きだもの、少しの間でもオシャブリを咥
えてないとお口が寂しいのよね。でも、ちゃんとまんまを食べ終わるまで、オシャブリはお預けよ」
 美也子は、自分の席に腰をおろしたまま、すぐ隣のベビーチェアに閉じ込められてしきりに身をよじる晶に向かってオシ
ャブリを差し出してみせ、からかうように言った。
 けれど、晶は、もじもじと体をくねらせながらも押し黙ったままだ。
「おちんちんが痛いんでしょ? おちんちんが痛くて我慢できないのよね?」
 晶が口を閉ざしたままなのを見て取ると、くすっと笑いながら京子が言った。
 思いがけない京子の言葉に、はっとしたように大きく両目を見開いて、晶が顔を振り仰いだ。
「晶ちゃんのおちんちん、お尻の方に向けて折り曲げて、おむつで押さえつけているから、椅子に座ると、どうしても体重が
かかっちゃうのよね。柔らかなソファに座っているとか、硬い椅子でも短い間なら我慢できるでしょうけど、このベビーチェア
みたいな木の堅い椅子に長いこと座っていると、体重がかかり続けてどんどん痛みが増してきて、とうとう我慢できなくなっ
ちゃうわよね?」
 京子は晶の顔とベビーチェアの座面とを交互に見比べ、微かに首をかしげて言った。

 晶がしきりに身をよじるようになったのは、京子が指摘した通り、ペニスを後ろ向きに折り曲げられた状態で木製の硬い
椅子に座らされたために痛みが増してきて、我慢できなくなってきたせいだった。これが、木製の椅子でも、児童公園の
ベンチに座った時のように体の自由が利くなら姿勢を変えて痛みを和らげることもできるのだが、窮屈なベビーチェアで
はそれもできず、痛みがいや増すばかりだ。
「ここから出して。赤ちゃんの椅子からおろしてよ、ママ。痛いし恥ずかしいし、もう赤ちゃんの椅子なんて嫌なんだから。
だから、ここからおろしてよ、お姉ちゃんってば」
 自分の口からペニスの痛みを訴えかけることは憚られたものの、その事実を京子が告げた後なら躊躇うこともない。晶
はテーブル代わりの板に手をつき、少しでもお尻に体重がかからないようにして、肩で息をしながら二人に懇願した。
「そう、おちんちんが痛いから赤ちゃんの椅子から出してほしいの」
 京子は晶の懇願を復唱して言い、その直後に冷たく首を横に振って続けた。
「でも、駄目よ。晶ちゃん、まんまもぱいぱいも残したままでしょ? そんなお行儀の良くない子のおねだりなんて聞いて

げられないわね。まんまとぱいぱい、残さずみんな食べ終わらない内は赤ちゃんの椅子からは出してあげられないの
よ。どうしても赤ちゃんの椅子からおりたいのなら、まんまとぱいぱい、さっさと食べちゃいなさい。――いいわよ、美也子、
食べさせてあげて」
「や、やだ……そんな……ママ、ママってば……お願いだから、お姉ちゃんってばぁ」
 晶は尚も首を振って叫び声をあげた。
 と、美也子が椅子から立ち上がって哺乳壜を持ち上げ、叫ぶと同時に半分ほど開いた晶の口にゴムの乳首を突っ込ん
だ。
「むぐ……」
 不意に口の中に突っ込まれた哺乳壜の乳首に舌と唇を押さえつけられて、晶は言葉を失った。
 それでも諦められず二人に向かってベビーチェアの戒めから解放してくれるよう懇願するために強引に舌と唇を動かし
た拍子に、哺乳壜の乳首からミルクが流れ出る。
「あ……」
 思いがけず流れ込んできた生温かいミルクの感触に晶の口がだらしなく開き、唇の端からミルクが白い条になって溢れ
出した。

「うふふ、まだ哺乳壜のミルクも上手に飲めない赤ちゃんだったのね、晶ちゃんは」
 美也子はおかしそうに笑いながら、溢れ出たミルクを、ベビードレスの胸元を覆っているよだれかけの端でそっと拭った。
 そんなふうに徹底的に赤ん坊扱いされながら、そうする他にベビーチェアから抜け出る方法がないことを思い知らされ
た晶は、離乳食と哺乳壜の食事をたいらげるしかなかった。

                       * * *

 いつのまにか季節はすっかり夏になっていた。それも、太陽がぎらぎら照りつける夏の真っ盛りだ。
 セパレーツの水着を着た晶は、股間の膨らみをパレオでかろうじて隠しながら、幼児用のフロートに跨って波間に浮か
んでいた。逞しく日焼けした徹也がフロートを押して、沖合に向かってずんずん泳いで行く。
「お兄ちゃん、浜からあんまり遠くへ行っちゃ危ないよ。晶、泳げないから、深い所は怖いよぉ」
 晶は時おり後ろを振り返り、沖合に向かってフロートを押し泳ぎ続ける徹也と、次第に遠ざかってゆく砂浜とを見比べて
声を震わせるのだが、徹也は晶の言葉になどまるで耳を貸す様子もなく、
「大丈夫だったら。晶ちゃん、泳げないから、海水浴に来ても普段は砂浜のすぐ近くでぴちゃぴちゃ水遊びしてるだけなん
だろう? それじゃ可哀想だから、お兄ちゃんが少し深い所まで連れて行ってあげるんだよ。砂浜の近くの水はぬるいけど、
少し深い所まで行けば水も冷たくなって、すごく気持ちいいんだよ」
と笑って、ますます強く水を蹴るのだった。
 ビニール製の底板にお尻を載せ、底板に開いた二つの穴に脚を突っ込んだ格好で乗る幼児用のフロートだから、普通
の浮き輪と違って、全身で水の温度を感じることはできない。それでも、二つの穴を通して水中に浸した両脚と、穴から侵
入してきて底板の上に溜まった海水に浸る下腹部は、水の温度がどんどん下がってゆく様子をはっきり感じ取っていた。
徹也の言う通り、砂浜の近くの海水は照りつける太陽とヤケドしそうになるほど熱い砂に温められてぬるま湯みたいにな
ってしまっているのに対して、海の深さが二メートル近くの場所になると急に水温が下がって、下腹部がきゅんとなる感じ
だ。けれど、そんな水の冷たさを気持ちいいと感じるのは徹也のように泳ぎが達者な者に限られ、不安定なフロートに乗せ
られて幾らか下半身の自由も制限されてしまっている晶にしてみれば、陸地から随分と遠ざかってしまったのだという事実
を突きつけられ、不安をかきたてられて仕方ない。

「でも、もう足がつかないんでしょう? やだ、怖い。砂浜に戻ろうよ。ねえったら、お兄ちゃん」
 晶は怯えた顔で振り返り、尚もフロートを押して泳ぐ徹也に訴えかけた。
「本当に心配性なんだから、晶ちゃんは。大丈夫だったら大丈夫だよ。もう少し行くともっと水が透明になって綺麗なんだ
よ。だから、そこまで行ってみようよ」
 晶の不安をそう言って笑い飛ばす徹也。
 だが、その直後、晶の不安が現実のものとなった。それまで穏やかだった海面が不意に波立ち、思いもしなかった大波
が押し寄せてきたのだ。
 激しい波に木の葉のように弄ばれ、あっという間にバランスを崩して転覆してしまうフロート。
「助けて、お兄ちゃん。助けてよ、お兄ちゃんってばぁ!」
 転覆したフロートの底板に両脚を突っ込んだまま体の自由が利かない晶は息も絶え絶えに助けを求める。
 だが、徹也からの反応はない。
 やがて息もできなくなってきた晶は、必死の思いで手足をばたつかせるばかりだった。

「――ちゃん、どうしたの? 何をそんなに暴れてるのよ、晶ちゃんてば」
 誰かに繰り返し名前を呼ばれ、背中をとんとんと叩かれて、ようやく晶の目が覚めた。
「夢……?」
 ぎゅっと閉じたままの瞼をぴくぴく震わせて呟く晶。
 だが、呟き声はくぐもっていて、息苦しさはまだ続いている。顔を水の中に突っ込んだように完全に呼吸ができないという
わけではないが、鼻も口も何かに圧迫されて、息を吸うのも息を吐くのも思うようにならない。
「そうだったの、怖い夢を見ていたのね、晶ちゃん? でも、もう大丈夫よ。ここはお姉ちゃんのお部屋。晶ちゃんはお姉ちゃ
んと一緒にねんねしているのよ」
 更に二度三度と晶の背中を優しく叩きながらそう話しかけてくるのは、確かに美也子の声だ。
 その声におそるおそる瞼を開けた晶の目の飛び込んできたのは、美也子の豊かな乳房だった。

「晶ちゃん、憶えてる? 最初はなかなか寝つけなかったのに、オシャブリの代わりにお姉ちゃんのおっぱいを吸わせて
あげたら急にお目々がとろんとしてきて、そのままおねむになっちっゃたのよ。その後はとっても気持ちよさそうにすやす
や寝息なんかたてちゃって。それに、わーい海だぁとか、待ってよお兄ちゃーんとか寝言を言ってみたり、なんだか嬉し
そうにうふふって笑ってみたり。ひょっとして、徹也お兄ちゃんに海水浴に連れて行ってもらった夢でも見てたのかな?」
 瞼を開けた晶の瞳を覗き込んで、ひやかすように美也子は言った。
 そう言われて、晶は、夕飯の後すぐ美也子に抱きかかえられて二階へ連れて行かれ、「慣れないうちは一人でねんね
するのが寂しいでしょうから、お姉ちゃんが添い寝してあげるわね」と囁きかけられて美也子のベッドに寝かしつけられた
ことを思い出した。夕飯を食べ終えて本当にすぐのことだったが、「小さい子はもうおねむの時間ですよ」と京子に急きた
てられ、美也子の手でベビーチェアから抱き上げられて、普段からはとても考えられない早い時間、ベッドに寝かされて
も眠れるわけがないのに、トレーナーを捲り上げた美也子に乳首を口にふくまされた途端、とてもではないが僅か半日の
間に味わったとは思えないほどの想像を絶する羞恥と屈辱に満ちた出来事に精も魂も尽き果て、不覚にも乳首を吸った
まま寝入ってしまったのだった。
 そうして、美也子の言うように、徹也に誘われるまま海水浴について行った夢を見たのだ。高校生の男の子の身であり
ながら夢の中にまで中学生の男の子である徹也の姿を思い浮かべてしまったという事実に、晶は、とてものこと言葉で
は表現できない恥辱を覚えてならない。けれど、寝言とはいえ徹也の名を呼んでしまったのでは、美也子の指摘を否定
することもできない。
 海水浴の夢。
 そう、あれは全て夢だった。
 不意に晶の顔が歪む。
 夢だった筈――なのに、まだ下腹部に残る冷たくじっとりしたこの感触は何なのだろう。
 夢の中の息苦しさは、美也子の乳房に顔を埋めていたせいだ。なら、夢の中で感じた海水の冷たい感触が、目を覚まし
た今も下腹部にありありと感じ取れる、その正体は何なのだろう。

「でも、最初は嬉しそうに笑ってたのに、急にお手々とあんよをばたばたさせて暴れだしちゃったよね。それに、お姉ちゃん
の体にぎゅってしがみついたりして。楽しい夢だったのが、急に怖い夢に変わっちゃったのかしら?」
 美也子は続けて話しかけるのだが、その声は晶の耳には届いていなかった。いや、届いてはいるのだが、下腹部のじっ
とり冷たく濡れた感触に心を奪われる晶には、美也子の言葉に反応しているゆとりもなかったのだ。
「どうしたの、晶ちゃん? なんだか怖い顔をしてるけど?」
 話しかけても返事のない晶の様子に、美也子は訝しげな表情を浮かべて背中をとんと叩いた。
「な、なんでもない……なんでもないったら」
 美也子の執拗な問いかけに弱々しく応えるしかない晶。
「そう? 本当になんでもないの? 晶ちゃんは甘えん坊さんの可愛い妹なんだから、何かあったら遠慮しないでお姉ちゃ
んにおねだりしていいのよ。だけど、晶ちゃんがなんでもないって言ってるんだったら、ま、いいかな」
 美也子は、もういちど晶の目をじっと見てようやく納得したように言い、おもむろにベッドの上に上半身を起こして続けた。
「じゃ、ちょうどお目々が覚めちゃったことだし、おむつが濡れてないかどうか確かめておこうか。おむつが大丈夫だったら、
もういちどお姉ちゃんのおっぱいを吸いながらねんねするといいわ。今度は怖い夢を見ないよう、お姉ちゃんがずっと背中
をとんとんしていてあげるから、楽しい夢を見るのよ」
「……!」
 美也子の言葉に、晶は声にならない叫び声をあげ、腕枕の上で激しく首を振った。
「あらあら、今度は急にむずがっちゃって。小っちゃな子はどんな行動を取るかわからないっていうけど、本当ね」
 美也子はわざと呆れたように言ってくすりと笑い、左手で腕枕をしたまま、右手の指を晶のオーバーパンツの中に差し入
れ、更に指をもぞもぞと這わせて、おむつカバーの差し入れた。
 途端に、美也子の眉が吊り上がる。
「あらあら。おむつ、ぐっしょり濡れちゃってるじゃない。このままじゃお尻が気持ちわるいもの、早く取り替えなきゃね。でも、
よかったわ、確かめておいて。濡れたおむつのままねんねさせてたら、おむつかぶれになっちゃうところだわ。――それに
しても、ねんねしてまだ一時間半も経ってないのにおねしょでおむつを濡らしちゃうなんて、晶ちゃん、おしっこが近いのね。
このぶんだと、これからもこまめにおむつの具合を確かめてあげなきゃいけないかしら」
 右手の指をおむつカバーの中に差し入れたまま、きらきらと瞳を輝かせて美也子は言った。

 夢というのは不思議なもので、必ずしも時間の経過に合わせて光景が展開するものではないらしい。細切れの一瞬一
瞬の光景が時間や空間とは関係なく無意識の中に浮かんでは消え浮かんでは消えするのを、目が覚める時に脳が一
連の記憶として再構成するのだという。その過程で、原因と結果との奇妙な入れ替えも起こると言われている。「水に浸
かる夢を見るとおねしょをする」とは昔からよく言われることだが、それをぱっと聞いただけでは「水に浸かる夢を見た」か
ら「おねしょをした」、つまり、夢が原因でおねしょが結果というふうに考えてしまいがちだが、実は、それは逆の関係にあ
るらしい。要するに、「おねしょをしそうな予感」があって「(おねしょに関係ありそうな現象として)水に浸かる夢を見て」そう
して実際にパンツを濡らしてしまうという過程を取るのが事実なのだということらしい。あるいは、もう少し極端な場合だと
「おねしょをしてしまって下腹部が冷たくなってきた」から「水に浸かる夢を(きわめて短い時間の内に)見て」、その短時間
の夢があたかも実際のおねしょよりも前のことであるというふうに脳内時間を遡ってフラッシュバックし、目が覚めた後の
記憶として残るといった過程を取る場合も珍しくないという。
 実は、晶が見た海で溺れるという内容の夢も、そういった過程を経て脳に記憶として残ったものだった。
 美也子の乳首を吸いながら晶が眠りに墜ちて一時間と少しが経過した頃、薄めに煎れたお茶の入った大ぶりの湯飲み
を手にした京子が部屋に入ってきた。京子の姿を認めた美也子が晶の体を軽く揺さぶったり小さな声で名前を呼んだり
して晶がすっかり寝入ってしまっていることを確認すると、京子は晶の体にかかっている掛布団をそっと捲り上げ、オーバ
ーパンツを膝まで引き下げて、おむつカバーを開き、手にした湯飲みを静かに傾けて、中に入ったお茶で動物柄の布おむ
つを濡らしていった。お茶は体温と殆ど同じくらいの温度になるようぬるめてあったから、京子の手で布おむつが濡らされ
ても、晶はまるで気づくことなく、すやすやと気持ちよさそうな寝息をたてたままだった。大ぶりの湯飲みいっぱいのお茶で
晶の下腹部を包み込む布おむつを濡らした京子は、慎重な手つきでおむつカバーの股ぐりのスナップボタンを留め、前当
てをマジックテープでしっかり留めてからオーバーパンツを引き上げ、お腹の上まで捲り上げたベビードレスの裾と掛布
団を元に戻したのだった。これで、眠りから覚めて下腹部のじとっとした感触に気づいた晶は、てっきり自分がおねしょを
してしまったと思い込むことになるわけだ。まさかと一瞬は思っても、誰かの手でおむつカバーを開かれたら、うっすらと黄
色に染まってぐっしょり濡れたおむつがあらわになるのだから、信じざるを得ないだろう。おしっこ特有のアンモニア臭がし
ないことにも、よくよく見れば本当のおしっこの色とは微妙に違っていることも、気持ちが動転していては気づくことはある
まい。

 そんなふうにまるで本当におねしょをしてしまったかのように仕組まれ、おしっこ代わりの最初はぬるかったお茶が次第
に冷たくなってきて、晶は海で溺れる夢を見ることになったのだった。それも、夢という現象に特有な時系列の曖昧さと断
片的な記憶の奇妙な絡み合いによって、徹也に海水浴に連れて行ってもらい、セパレーツの水着姿で幼児用のフロート
に跨るというシチュのもと。
「とりあえず、今は少しでも早くおむつを取り替えてあげないとね。さ、抱っこしてあげるから赤ちゃんのお部屋に行こうね。
赤ちゃんのお部屋で、晶ちゃんがむずからないようサークルメリーであやしてあげながら新しいふかふかのおむつに取り
替えてあげる」
 自分たちの仕組んだ人為的なおねしょのせいで晶が困惑と羞恥とがない混ぜになった表情を浮かべる様子を面白そうに
眺めながら、美也子は晶の体を横抱きにして抱え上げた。

 ベビールームの一角には、いつでもおむつを取り替えられるよう、大きなバスタオルが敷きっ放しになっている。美也子は
その上に晶を寝かせ、細い紐を引いてサークルメリーのスイッチを入れた。
「それと、これね。おむつを取り替える間はお姉ちゃんのおっぱいはお預けだけど、オシャブリがあるから寂しくないよね?」
 美也子は、晶の体を抱き上げる時に一緒にベッドの枕元から拾い上げておいたオシャブリを晶の口にふくませてから、ベ
ビータンスの前に置いてある藤製のバスケットを引き寄せ、床に膝をついた。バスケットには、予め十枚を一組にして重ねて
用意してある替えの布おむつとベビーパウダー、お尻拭きの容器といった物が入っている。
「すぐにすむから、おとなしくしてるのよ。晶ちゃんは聞き分けのいいお利口さんだもん、じっとしてられるよね」
 美也子は、それこそ幼い赤ん坊をあやすような口調で話しかけて、京子から教えられた通り、晶の両方の足首を左手でま
とめてつかみ、そのまま高々と差し上げた。
 と、ベビールームの裾がお腹の上まで捲れ上がり、オーバーパンツが丸見えになる。
 美也子は左手で足首を差し上げたまま、右手だけでオーバーパンツを膝のあたりまで引き下ろした。すると今度は、たっ
ぷりあてたおむつのせいでぷっくり膨らんだ水玉模様のおむつカバーがあらわになった。
 美也子はおむつカバーの股ぐりに付いているスナップボタンを右手の人差指と親指で手早く外すと、おむつカバーの前当
ての端に指をかけて手前に引いた。マジックテープを剥がすベリリという音がベビールームの空気を震わせて、自分の下腹
部がおむつカバーに包まれているのだという羞恥に満ちた事実を改めて晶に告げる。

 外した前当てを晶の両脚の間を通してバスタオルの上に広げ、左右の横羽根どうしを互いに固定しているマジックテー
プを剥がすと、僅かに黄ばんでぐっしょり濡れた動物柄の布おむつがさらけ出される。
 その間、晶は美也子のなすがままだった。それがまさか京子と美也子が仕組んだ偽りのおねしょだとは気づかず、眠り
こけている間におしっこを漏らしてしまったのだと思い込んでいる晶には、屈辱と羞恥のあまり、美也子に抗う気力など微
塵も残っていない。
(すっかり自分がおねしょをしちゃったって信じてるみたいね、晶ったら。目が覚めている間は白いおしっこと本当のおしっ
このおもらしで紙おむつと布おむつを何度も汚しちゃって、今度はおねしょで布おむつをびしょびしょにしちゃったんだもの、
これで私たちの言うことにはまるで逆らえなくなる筈。さ、次はどうやって赤ちゃん扱いして楽しもうかな)
 胸の中でそう呟き、思わずこみ上げてくる笑いを噛み殺す美也子だったが、ふと奇妙なことに気づいた。僅かながら、ア
ンモニアの匂いが混じった尿臭がふわっと鼻をくすぐったのだ。
(どういうこと? 晶のおむつが濡れているのはママが用意したお茶のせいなのに、どうしておしっこの匂いがするの? う
うん、思い違いなんかじゃない。あまりきつくない、よほど注意していないとわからないほどうっすらとだけど、確かにこれ、
おしっこの匂いだわ。本当にどういうことなの?)
 美也子はくんくんと鼻を嗅ぎ鳴らし、うっすらと笑みを浮かべていた顔に今度は困惑の表情を浮かべた。
 そうして、不意に、思ってもみなかった事実に思いが至る。
(まさか……そんな、まさか。でも、この匂い、そうとしか考えられないわ)
 ふと脳裡をよぎった考えを半信半疑に反芻しつつ、美也子は腰をかがめ、ぐっしょり濡れた晶の布おむつに鼻を近づけた。
 注意して嗅ぐまでもなく、おしっこ特有の匂いは、たしかに、目の前の布おむつから立ちのぼっていた。しかも、それと注
意して目を凝らすと、湯飲みのお茶だけではそんなに濡れないだろうことが明らかなほど、おむつがぐっしょり濡れている
のがわかる。
(あらあら、晶ったら、本当におねしょをしちゃったんだ。夕飯の時、無理矢理ミルクをたくさん飲ませてやったけど、あれが
利いたのかしら)
 美也子は驚きを隠せない表情で、けれど、胸の中でくっくっくっと妖しく笑いながら、呆れたように小声でひとりごちた。
 美也子が呟いた通り、夕飯の時、ベビーチェアに座らされた晶は、食器に盛りつけられた離乳食をたいらげた後も、哺乳
壜のミルクは何度もお代わりを強要され、遂にはげっぷと共に口から溢れ出そうになるほど大量に飲まされていた。最後の
方は息も絶え絶えになりながらも、哺乳壜のミルクを飲み干さない限りはベビーチェアから解放されず、そのせいで、ペニ
スが自分の体重に押し潰されそうになる苦痛に耐えかねて、仕方なくゴムの乳首を吸い続けたのだった。
 京子と美也子が晶に大量のミルクを飲ませたのは、水分を多く摂らせておしっこを近くさせ、おむつを汚す回数を増やすた
めだった。その効果がこれほど早く現れるとは美也子にしても予想外のことだったが、自分たちの企みが着々と成果をあげ
ていることに、妖しい悦びの色を隠せない。

 普通なら、いくら水分を多量に摂ったとしても、高校生の晶がおねしょをしてしまうなど有り得ないことだ。けれど、美也
子の手によって小学生の女の子そのままの格好をさせられてからこちら、晶の心の奥底に芽生えた被虐的な悦びと、京
子たちが仕組んだ偽りのおねしょに起因する夢見とが混じり合って、晶に実際のおねしょをさせる要因になったのだろう。
文字通り、おしっこ代わりのお茶が、おねしょの誘い水になったというわけだ。
 ま、いずれにしても、その原因はともかく、晶が眠っている間におむつをおしっこで汚してしまったという事実だけは歴然
だった。
「晶ちゃん、自分でもわかってるよね? 晶ちゃんはお姉ちゃんのおっぱいを吸いながらねんねしてる間におねしょでおむ
つを濡らしちゃったのよ。晶ちゃん、自分のこと、赤ちゃんなんかじゃないって何度も何度も言ってたよね。でも、ねんねの
間におねしょでおむつを汚しちゃうような子が赤ちゃんじゃないわけないよね? おっぱいを吸いながらおむつを汚しちゃう
ような子は赤ちゃんに決まってるよね?」
 美也子は、ぐっしょり濡れて晶の肌にべっとり貼り付いている布おむつをゆっくり手前にたぐり寄せながら、笑いを含んだ
声で念を押すように言った。
 それに対して、晶からの返事はない。だが、返事がないということは、美也子の念押しを否定する声さえあげられないと
いうことでもあるのだ。
「さ、新しいおむつよ。新しいとはいってもお姉ちゃんのお下がりだけど、でも、ママが晶ちゃんのお名前を心を込めて刺繍
してくれたから、今は晶ちゃんのおむつなのよ。さっきは動物柄だったけど、今度はキティちゃんのおむつにしようね。甘え
ん坊の赤ちゃんの晶ちゃんにはとってもお似合いよ」
 美也子は、手前にたぐり寄せたおむつを小ぶりのポリバケツの中に滑り込ませ、バスケットからつかみ上げた新しいおむ
つの束を晶のお尻の下に敷き込んだ。
 べっとりと気味悪く肌にまとわりつくぐっしより濡れたおむつの代わりに春のお日様の光をたっぷり浴びてふわふわに乾
いた新しい布おむつがお尻に触れ、晶の羞恥をそっと掻きたてる。
「新しいおむつは気持ちいいでしょう? ふわふわのおむつはお肌に優しいでしょう? これからずっと、おもらしをしちゃう
たびに、ふわふわの柔らかなおむつに取り替えてもらえるのよ。嬉しいよね、晶ちゃん? 嬉しくて嬉しくて、身も心も赤ちゃ
んの頃に戻っちゃうよね?」
 羞恥で真っ赤に染まった顔に、けれど、どこかうっとりしたような表情を浮かべる晶に、美也子はわざと優しく言った。

 足首を高々と差し上げられているために、晶の下腹部は、お尻の穴まで丸見えになってしまっている。もちろんペニス
も例外ではないのだが、海で溺れる夢を見たせいか、ペニスは美也子の手で飾り毛を剃り落とされて無毛になった股間
にだらしなく垂れ下がってしまっているばかりだ。
 それを目にした美也子の胸に悪戯心がむくむくと沸きあがってくる。
「あ、そうだ。ママ、言ってたっけ。赤ちゃんは健康管理が大事だから、こまめに体温を測ってあげなさいって。そうね、せ
っかくだから、今のうちに体温も測っておいた方がいいわね」
 独り言にしては大きな声で晶の耳にもはっきり届くよう言った美也子は、バスケットの中にベビーパウダーの容器と並べ
て置いてあるプラスチック製の細長い容器を持ち上げると、親指の先でキャップを外して、中から体温計を取り出した。そ
れも、脇の下に差し入れて体温を測るタイプの体温計ではなく、肛門に挿し入れて測定するようになっている小児用の体
温計だ。
「じっとしているのよ、晶ちゃん。暴れたらガラスが割れて怪我しちゃうからね」
 脅すように言って、美也子は体温計の先端を晶の菊座に押し当てた。
 晶は一瞬びくっと腰を震わせたものの、ガラスが割れて怪我をするかもしれないという美也子の脅しが利いて、すぐにお
となしくなってしまう。実際は、安全性を最大限に考慮して製作された小児用の体温計だから、滅多なことで壊れることは
ない。だが、家庭用品や育児用品に関してまるきり知識のない晶にとっては、美也子の言葉が全てだった。
 形も素材も滑りやすくできている体温計を晶の肛門に挿し入れるのに、さほど労力は要らない。あまり力を入れずに挿し
入れるだけで、あとはスムースに滑ってゆく。だが、美也子はわざと手こずっているふうを装って、何度も体温計を挿し入
れたり引き抜いたりを繰り返した。もちろん、そうすることで肛門をじっくり刺激するためだ。
 それまで股間にだらんと垂れ下がっているだけだった晶のペニスが、やがて、ひくひくと蠢き出す。美也子の目論見通り、
お尻の穴をすべすべした感触の体温計で責められて下腹部が疼きだしたのだ。
「いいわね、じっとしているのよ。怪我をしてお尻の穴をお医者様に診てもらうなんてことになったら、晶ちゃんも恥ずかしい
でしょう?」
 ペニスが蠢きだしたのを見て取った美也子は、もう体温計を引き抜いたりせず、そのままずぶりと肛門に挿し入れて、今
度は、肛門を内側から掻きまわすようにして、体温計の端をぐりぐりと動かし始めた。

 それまではひくひくと蠢くだけだったペニスが、いつしかいやらしくのたうち始め、むくむくと身を起こしだす。
「この体温計は三分計だから、最低でも三分間はおとなしくしてなきゃ駄目よ。早めに抜いちゃうとちゃんと計れないから
気をつけないとね」
 ぐりぐりと動かしていた体温計をようやく安定させ、肛門に更に深くずぶりと挿し入れて美也子は言った。
 が、三分計といった美也子の言葉は嘘だった。ただでさえ体を動かしたくてたまらない幼児が肛門に体温計を挿し入れ
られたまま三分間も我慢していられる筈がない。本当はもっと短時間で体温を測れるようになっている。けれど、美也子
は、肛門を体温計に刺し貫かれた晶が言葉にできないほどの羞恥の表情を浮かべ、身を焦がすような屈辱に耐えている
姿を少しでも長く楽しむために、わざと長い時間がかかるように言ったのだった。
 もともと肛門が性感帯の一つに数えられているところにもってきて、浴室とベビールームで美也子にお尻の穴に指を突
っ込まれて前立腺を責められるという経験をした晶だから、いつしか肛門を責められることにひどく敏感になっていて、お
尻の穴を体温計に刺し貫かれたままいると、下腹部の疼きがどうしようもないほど強く切なくなってくる。
 ついっきまでは惨めたらしくだらんと垂れさがっているだけだったペニスが、今や、鎌首をもたげていきりびんびんに勃
つまでになっていた。
「あらあら、晶ちゃんてば、おちんちんをこんなにおっきくしちゃって。女の子の赤ちゃんのくせして、なんてはしたないのか
しら。それに、おちんちんがこんなだと、おむつをあててあげられないじゃない。この様子だと、ママがしてくれたみたいに、
おむつでおちんちんを可愛がってあげて小さくしてあげなきゃいけないみたいね」
 自分でそうなるように仕向けたくせに、そんなことはおくびにも出さず、美也子はしれっとした顔でおかしそうに言うと、バ
スケットの中に束にしないで入っている布おむつを一枚つかみ上げて、晶の股間にいきり勃つペニスにそっとかぶせた。
 肛門をなぶられ下腹部を切なく疼かせてひどく感じやすくなっているペニスの先に柔らかな布おむつが触れた瞬間、晶
の体がびくんと震えた。喘ぎ声をあげそうになるのを我慢するために噛みしめたオシャブリがきゅっと音をたてる。
「そうそう、そんなふうにおとなしくしてなきゃ駄目よ。ちゃんと体温を測る間、オシャブリを吸ってサークルメリーから流れる
メロディを聴いて、おとなしくしてようね」
 美也子は、布おむつの上からペニスをきゅっと握り、握った手をゆっくり上下に動かし始めた。

 お尻の穴を冷たい体温計に刺し貫かれた、同じこの部屋で京子になぶられた時よりも更に恥ずかしい姿で美也子の手
によって布おむつの上からペニスを責められ、まるで堪えようもなくあっという間に晶は絶頂を迎えてしまった。
「あらあら、もうイっちゃったの? 晶ちゃん、白いおしっこやいやらしいおしっこをおもらししちゃうの、今日だけで何回目か
しら。なのにそんなに早くイっちゃうなんて、おむつでおちんちんを可愛がってもらうのがよほどお気に入りなのね。いいわ、
じゃ、おむつを取り替えるたびに気持ち良くさせてあげる。赤ちゃんはおむつを取り替えられるのがいやで逃げ回ることが
多いけど、晶ちゃんは聞き分けのいい素直な赤ちゃんだから、その御褒美に、おむつを取り替えてあげるたびに体温を測
ってお尻を気持ち良くしてあげて、それから、おちんちんも可愛がってあげる。ママとお姉ちゃんの言いつけを守ってちゃん
とおむつの中におもらしできるようになった晶ちゃんへの御褒美よ」
 最初にどくんと脈打って、それから後はひくひくと力ない痙攣を続けるペニスを布おむつの上からきゅっと握ったまま、美
也子は唇の端を吊り上げて目を細めた。
 それに対して、晶は弱々しく首を振ることしかできない。このままでは、日に何度おもらしをしてしまうかしれたものではな
い。そのたびに菊座を責められ、ペニスをなぶられて異様な快楽を体に教え込まされでもしたら、それこそ、その快楽を待
ちこがれるあまり自ら進んでおもらしをしてしまうような身体になってしまわないとも限らない。いや、そうなってしまうのは
明らかだ。自分自身でそれがわかるからこそ、首を振るしかなかった。けれど、それで美也子の手から逃れられるわけな
どないということもまた明らかだった。
「いいのよ、そんなに遠慮しなくても。いずれ晶ちゃんは私のお嫁さんになって、私と愛の営みを交わすことになるのよ。そ
の時、晶ちゃんは私の愛情をお尻の穴で受け止めることになるの。だから、今のうちにお尻の穴を感じやすくしとかなきゃ
いけないのよ。そのためには、お尻を気持ち良くするのと一緒におちんちんを可愛がってあげるのが一番だと思うんだ。つ
まり、これは、聞き分けのいい晶ちゃんへの御褒美でもあるんだけど、同時に、将来の花嫁修業とを兼ねているのよ。わか
ってるよね、晶ちゃんは女の子修行と花嫁修業を断ることなんてできないんだってこと? 私の可愛いお嫁さんになるため
の修行を拒否することはできないのよ。だから、おむつを取り替えるたびにお尻とおちんちんを一緒に可愛がってあ・げ・る」
 一日の内に何度も精液を搾り取られた晶の精嚢には、もう僅かな前立腺液しか残っていなかった。美也子が、布おむつの
表面に小さなシミになって浮き出た前立腺液をさっと拭い取ると、晶のペニスは前にも増してだらしなく股間に力なく垂れ下
がるばかりになってしまう。

「さ、これで、おむつをあてるのに邪魔になる物はなくなったわね」
 美也子は、股間に垂れ下がる晶のペニスをどこか蔑むような目でちらと見て、独り言っぽく、けれど晶の耳にもはっきり
届くように呟いてから、刺したままにしておいた体温計を無雑作に引き抜いた。
「ん……」
 晶の口から微かな喘ぎ声が漏れ、同時に、オシャブリがくちゅっという音をたてた。
 こまめに体温を測らなきゃというのは口実に過ぎないから、晶をイかせてしまえば、もう体温計に用はない。美也子は目
盛りにちらとだけ目をやり、おざなりな口調で
「36.3度か。ま、そんなもんかな」
と呟いただけで、パッケージから引き抜いたお尻拭きで体温計の先端を軽く拭うと、容器にしまってバスケットに戻し、その
代わりに、ベビーパウダーの丸い容器をつかみ上げて蓋を開けた。
 どこか懐かしいふんわりした香りが漂い出て、部屋中の空気が甘く染まってゆく。
 天井に吊ったサークルメリーがかろやかなメロディを奏でる中、様々な愛くるしい家具に囲まれた育児室の床に敷いた
バスタオルの上に横たわった赤ん坊が、重ねたおむつとおむつカバーの上にお尻を載せてちゅうちゅうとオシャブリを吸い
ながら足首を高々と差し上げられておむつを取り替えてもらっているその光景は、一見したところでは、どこにでもありそ
うな穏やかで微笑ましい日常の一齣に過ぎない。ただ一点、ベビードレスをお腹の上まで捲り上げられて新しいふかふか
のおむつをあててもらっている赤ん坊が実は高校生の男の子だという事実を除いては。
「さ、ぱたぱたも終わったし、新しいおむつをあてようね。これもお姉ちゃんが赤ちゃんの時に使っていたお下がりのおむつ
だけど、ちゃんと晶ちゃんのお名前が刺繍してあるのよ」
 ベビーパウダーで晶の下腹部に薄化粧を施した美也子は、丸い容器をバスケットに戻して、晶のお尻の下に敷き込んだ
布おむつの束の端をそっと持ち上げた。
 布おむつのあて方には二通りの方法がある。一つは、股当てのおむつと、それと直角に横当てのおむつを、アルファベッ
トの「T」の字形に組み合わせて使うあて方だ。元々はこのあて方が主流だったのだが、横当てのおむつが脚の付け根を
圧迫して股関節脱臼になりやすいということで、現在は殆ど使われていない。それに代わって主流になったのが、股当て
のおむつだけを使う方法だ。このあて方だと赤ん坊は思うように両脚を広げることができるため股関節脱臼になるのを防止
できるし、股当てに加えて横当てのおむつを使うあて方の場合は横方向にずんぐりした格好になるのに対して、股おむつ
だと横方向にはさほど膨らまないから、見た目もすっきりして、お洒落なベビー服を着せて楽しむにはもってこいだ。

 京子が茜に依頼して特別につくってもらった大きなおむつカバーも、股おむつ用に仕立ててあった。昔ながらのずんぐ
りしたデザインのおむつカバーも晶の屈辱を刺激して面白いのだが、現代ふうのおむつカバーを身に着けさせることで、
自分が今、どこにでもいるたくさんの赤ん坊と同じ格好をしているのだということを晶に実感させるには、こちらの方が効
果的だろうと判断してのことだ。
 そうして、それが思った以上の効果をあげたのも事実だった。本当の赤ん坊だと、月齢が24ケ月でも、一度に使う布お
むつの枚数はせいぜい三枚くらいなのだが、晶の場合、おしっこを全て吸収しようとすると最低でも十枚くらいのおむつ
が必要になる。それだけたくさんの布おむつを両脚の間に挟むようにしてあてるものだから、どうしてもお尻がぷっくり膨
らんでしまうのだが、横当てを使わないぶん、横方向への膨らみがないものだから、却ってお尻の後ろ方向への膨らみ
が目立って、おむつカバーの上にオーバーパンツを穿いても、ぱっと見ただけでその中におむつをあてていることが丸わ
かりになってしまうのだ。それに加えて、たくさんのおむつのせいで両脚が開きぎみになるのを避けられず、ぷっくり膨れ
たお尻を後ろにぴょこんと突き出しておぼつかない足取りでよちよちと足を運ぶ赤ん坊そのままの歩き方を強要すること
になって、晶に、自分の不様な姿をこれでもかと思い知らせる結果になるという効果もあったのだ。
 美也子は、両脚の間を通して持ち上げたおむつの端をおヘソのすぐ下に留めてから、それまで高々と差し上げていた
晶の足首をバスタオルの上に戻し、布おむつの位置を細かく調節すると、おむつカバーの左右の横羽根を持ち上げて、
これもやはりおヘソのすぐ下あたりで布おむつの端を押さえつけるようにして重ね合わせ、互いをマジックテープでしっか
り固定した。そうしておいてから、おむつカバーの前当てを横羽根に重ねて、互いが離れてしまわないようこちらもマジッ
クテープで留め、次に、左右の股ぐりに付いているスナップボタンをぷちんと留める。
「あとは、はみ出ているおむつをおむつカバーの中に押し込むんだったっけ。そうしないと、せっかくおむつが吸い取った
おしっこが横漏れしちゃうからちゃんとしなきゃ駄目よって、ママ、念押ししてたわよね」
 美也子はそう呟き、わざと考え込むようなふりをして手を止め、晶の顔を覗き込んだ。
 初めてこの部屋で晶に布おむつをあてた時と、トイレのすぐ目の前の廊下で晶のおむつを取り替えた時、京子は美也
子に布おむつのあて方をことこまかに説明していた。微に入り細を穿つように丁寧に説明したのは、初めて布おむつを手
にする美也子のためというのもあるが、本当のところは、ぎゅっと目を閉じるばかりの晶に、自分が今なにをされているの
かを手に取るように細かく説明するためだった。ほら、こんなふうにおむつがシワになっているとおしっこを吸い取りにくく
なるからね。ほら、晶ちゃんは女の子なんだから、お尻の方から濡れるようにおちんちんを後ろに折り曲げておくのよ。ほ
ら、だから、余分に一枚、折りたたんだおむつをおちんちんの先のあたりに重ねておくと漏れにくいからね。ほら、おむつ
カバーからおむつがはみ出していると、そこから横漏れしちゃうのよ。目を閉じていてもその光景が目の前に浮かび上が
ってくるほどに懇切丁寧に説明する京子の声はいやでも晶の耳に届き、羞恥を煽りたてた。美也子もまたそれを真似て、
これまでの手順を細大漏らさず声に出して口にしつつおむつを取り替えることで、晶が羞恥の表情を浮かべる様子を存分
に楽しんでいるのだった。

「さ、これでいいかな。これで横漏れしないかな」
 美也子は、おむつカバーの裾からはみ出ている布おむつを親指の腹で丁寧におむつカバーの中に押し込みながら、
晶の耳にもしっかり届くような声で呟いて、おむつカバーの具合をしげしげと観察した。
 美也子の視線を痛いほど下腹部に受けつつも、晶には、オシャブリを噛みしめることしかできない。
「うん、よさそうね。でも、おむつを取り替えてあげただけじゃ駄目かな。おねむの前に、よだれとミルクでシミだらけになっ
ちゃったよだれかけも取り替えてあげた方がいいかしら。あ、だったら、ついでだから、ベビー服も別のに着替えさせてあ
げようかな。そうね、ベビードレスだと裾が捲れ上がっちゃってお腹が冷えるかもしれないから、そんな心配のないベビー
服に着せ替えさせてあげた方がよさそうね。茜お姉さんが晶ちゃんのためにどんなベビー服をつくってくれたのかも見て
みたいし、うん、そうしましょう」
 美也子は、これも、独り言というよりは晶に聞かせるつもりで言ってぽんと手を打ち鳴らし、膝まで引きおろしていたオー
バーパンツをおむつカバーの上に引き上げてから、ベビータンスに歩み寄ると、一番上の引出を引き開けて、一着の大き
なベビー服をつかみ上げた。
 美也子が取り出したのは、トップとボトムがつなぎになっているロンパースという種類のベビー服だった。体の動きが盛
んになってくる年頃の赤ん坊に遊び着として着せることが多いのだが、トップとボトムがつながっているためお腹が冷える
心配が少なく、寝相のよくない幼児のパジャマとしても重宝がられるベビー服だ。上下がつながっているということで、おむ
つを取り替えるたびに一々脱がせる必要があるように思われるかもしれないが、股間にボタンが幾つか並んでいて、それ
を外すとお尻のあたりが大きく開くようになっているため、おむつを取り替えるのにさほど手間取ることもない。しかも、美
也子が引出からつかみ上げたロンパースは、ボトムのまわりが丈の短いスカートになった、一目で女の子用ということが
わかるロンパースだから、美也子の手元に不安げな視線をちらと向けた晶の顔には、たちどころに羞恥の色が浮かぶ。
「ベビードレスも可愛いけど、このロンパースも可愛いわよ。晶ちゃんにきっと似合うと思うから、さ、着替えさせてあげるわ
ね。あ、でも、その前によだれかけを外さなきゃいけないわね。ほら、お手々を引いてあげるから、おっきしてちょうだい」
 引出からつかみ上げたロンパースを両手で広げて出来具合を確認した美也子は、可愛らしい仕上がりに満足そうに頷
き、晶の手を引いて上半身を起こさせた。

 バスタオルの上にお尻をぺたんとつけるような格好で晶を座らせた美也子は、薄いシミが幾つもついたよだれかけを外
し、背中に並ぶ後ろボタンを外してベビードレスを脱がせると、その代わりに吸水性の良さそうな生地でできた襟付きTシャ
ツを着せ、その上に、ベビータンスから取り出したスカート付きロンパースを着せた。左右の肩紐を互いに背中で交叉させ
て胸当てにボタンで留めてしまえば、ミトンによって自由を奪われたままになっている晶の手では勝手に脱ぐことはできな
い。もっとも、たとえ勝手に脱ぐことができたとしても、他の衣類もロンパースとさして変わらないような女児服ばかりだから、
代わりに進んで着ようと思うような洋服があるわけではない。かといって、衣類を身に着けなければ、おむつカバーが丸見
えの屈辱に満ちた格好でいるしかないわけだから、晶には選ぶべき途など何一つ残されていないのだった。
「さ、あとはお股のところに付いてるボタンを留めればおしまいね。なんのためにこんなところにボタンが付いてるか、晶ち
ゃん、わかるかな? お利口さんの晶ちゃんだもん、きっとわかるよね?」
 ロンパースの左右の肩紐を二本とも胸当てに留めてから床に膝をついた美也子は、ロンパースの股間に並ぶボタンがよ
く見えるように正面にある姿見の鏡を少し上に向けて、笑いを含んだ声で言った。
 育児に関する知識などまるでなく、幼児の衣類がどんな仕立てになっているのか知る由もない晶だが、そのボタンがな
んのためのものなのかについては直感的に理解していた。理解していたが、それを口にすることはできない。成人した者
の衣類には絶対に必要ではないそのボタンのことを「おむつを取り替えやすくするために付いているボタンです」などと、自
分の口で説明できるわけがない。
 押し黙ったままの晶の胸の内などすっかりお見通しなのだろう、美也子はくすっと笑ったきりそれ以上は何も言わずにわ
ざとゆっくり股間のボタンを留めてゆき、そうして、真新しいよだれかけを晶の首に巻きつけた。
 よだれかけの紐がきゅっと結ばれる様子を痛いほど感じつつ、晶は、鏡に映る、女の子の赤ん坊そのままの格好にさせ
られた自分の姿から目をそらすことができないでいた。この半日の間に、小学生の女の子が着るようなサンドレス姿を強要
され、続いて、小学校の卒業式にふさわしいようなボレロとジャンプスーツという女児用のフォーマルな装いに身を包まれ、
その後は、低学年の女の子が夏に喜んで着そうなセーラースーツを身に着けさせられ、そうして、幼稚園くらいの女の子
にお似合いのアリスタイプのエプロンドレス姿にさせられ、しかも家の中では、おむつカバーが丸見えのベビードレスや、お
むつを取り替えやすいように股間にボタンが並んだスカート付きロンパースといった女の子の赤ん坊そのままの姿に変身
させられた、美也子と京子の企み通り、どんどん年齢を逆行させられてゆく自分の姿に。

「うふふ。これも晶ちゃんにとっても似合ってるわよ。さすが、古い写真を何度も見直してママが選んでつくってもらっただ
けのことのあるわね」
 ロンパースの股間に並ぶボタンを留め終え、向かい合わせに置いた大きな鏡に映る晶の姿と、すぐ目の前にある晶自
身の姿とを何度も見比べながら、美也子は満足そうに目を細めた。
 美也子が生まれる前や生まれて間もなくの頃、京子は、美也子へのお祝いとして贈られたベビー用の衣類を晶に着せ
て楽しんでいた。その姿はすっかり女の子で、京子の夫だけでなく、晶の両親さえ、その愛くるしい姿に目を細め、ことあ
るごとに写真に撮影していた。そのたくさんの写真に写っているベビー用の衣類の中から、特に晶に似合いそうなのを選
んで、京子は茜に作成を依頼していたのだった。
「さっきのベビードレスも、このロンパースも、生まれたての私にはまだ早いからって、一歳になったばかりの晶ちゃんが
先に着ていた時のベビー服をそのまま、今の晶ちゃんにぴったり合うよう大きくしてもらったそうよ。だから、こんなに似合
ってるのね」
 満足そうな表情を浮かべた美也子だが、すっと細めた目が、なにやら妖しげな光を帯びたように見える。美也子は何か
含むところのありそうな口調で続けた。
「小さい頃はそんこなことちっとも知らなくて、仲のいい幼馴染みが可愛い格好をしている写真を見せられてもなんとも思
わなかったんだけど、あれは小学校にあがるちょっと前くらいの頃だったかな、事情を知って急に悔しくなってきたのは。
だって、本当は私へのプレゼントの可愛いお洋服を、お隣どうしとはいえ、よその子に先に着られちゃったんだもん。それ
も、男の子に。物心ついたら、悔しくなってくるのも当たり前だよね? うちのママ、とにかくなんでも可愛い物が好きで、
せっかくもらったベビー服をたまんなくなって晶ちゃんに先に着せちゃったんだけど、ま、その気持ちもわからないでもな
いのよ。わからないでもないけど、でも、それで私の悔しさがまぎれるってこともないわけで。それで、悔しいのと同時に、
ちょっぴり恨めしい気持ちも湧きおこったりなんかして。――ママに対して。そうして、男の子のくせして女の子の赤ちゃん
用のお洋服がとっても似合ってて可愛らしくお澄ましのポーズなんか取って写真に写ってる晶に対して。しかも晶、子供
の頃はすっかり年上ぶってみせて、美也子ちゃんのことは絶対に僕がずっと守ってあげるねなんて、ナマ言っちゃってさ。
赤ちゃんの時はスカート付きのロンパースを着ておむつで膨らんだお尻を振りながら廊下を這い這いしてたくせに」

 妖しからん光をたたえた瞳でそう言ってから、美也子は、この部屋に入ってきた時と同じように晶の体を横抱きに抱き
上げた。
「さ、これでお腹が冷える心配もないから、ぐっすりねんねしようね。さっきみたいにお姉ちゃんのおっぱいを吸いながら
楽しい夢を見るといいわ。おねしょをしちゃっても、おむつをあててるから大丈夫よ。おむつが濡れちゃったら、またお姉
ちゃんが取り替えてあげる。だから、何の心配も要らないのよ。ずっと昔と一緒、晶ちゃんは可愛いベビー服を着て楽し
そうにしていれば、それでいいんだから」
 美也子は、晶のお尻を支える右手をぽんぽんと動かして、わざと優しく言った。
 丈の短いベビードレスを着せられている時でも、通気性のよくないおむつカバーの上にオーバーパンツを穿かされて、
おむつカバーの中はじとっと湿っぽかった。それが今度は、オーバーパンツの上に、お腹が冷えないようにと上下がつな
ぎになっているロンパースを着せられたものだから、おむつカバーの中は更に蒸れてくる。そのじっとりした湿った感触
がこれから先、一時もやむことなく、晶に対して、下腹部がおむつに包み込まれているのだという羞恥に満ちた事実を知
らせ続けることになるのだ。
「正直言って、今でもちょっとはママのことと晶ちゃんのこと、恨めしく思ってるのよ、私。でも、私の甘えん坊の妹になっ
て、それから私の可愛いお嫁さんになってくれるなら許してあげる。ママだって私のことが憎くて先に晶ちゃんにお祝いの
お洋服を着せたんじゃないってことはわかってる。晶ちゃんが可愛くて可愛くてたまらなかっただけのこと。だから、晶ちゃ
んがずっと私と一緒にいてくれるなら、私、ママのことも許せると思う。いいわね? 晶ちゃんはこれからずっと私と一緒に
いるのよ。私のことだけを想って、私のためだめにお料理をして。でもって、私だけに甘えるの。そのお稽古のためだった
ら徹也お兄ちゃんとのデートも許してあげる。明日は公園で楽しいデートよね。晶ちゃん、お家の中じゃ赤ちゃんだけど、
徹也お兄ちゃんとデートする時は小学生のお姉ちゃんになるのよ。それから、公園で美優お姉ちゃんと遊ぶ時は、赤ちゃ
んじゃないけどまだ幼稚園へは行っていない小っちゃな女の子になるの。そうやって、いろんな年代の女の子としての経
験を積み重ねるの。だけど、最後は私のところへ戻ってくるのよ。ま、そんなこと、言わなくてもわかってるよね。本当は高
校生の男の子だもん、おむつをあてた小学生の女の子としていつまでも徹也お兄ちゃんとおつきあいを続けられるわけな
んてないってこと、お利口な晶ちゃんにもよぉくわかってるよね。それで、いろんな年代の女の子としての経験を重ねて女
の子修行を終えたら、今度は花嫁修業を始めるのよ」
 瞳を輝かせてそう言いながら、美也子は晶を抱いてベビールームをあとにし、自分の部屋に戻って行くのだった。

                      * * *

「――しなさい。ほら、おっきして、まんまにするわよ。今日は朝から公園で徹也お兄ちゃんと楽しいデートなんだから、い
つまでもねんねしてないで、もうおっきしなきゃ駄目よ」
 美也子に声をかけられ、体を揺すられて、ようやく晶が目を覚ました。
 ぼんやりした意識の中、自分がどこにいるのか一瞬わからない。けれど、無意識のうちに瞼を擦ろうとして顔に触れたミ
トンや、口にふくんだオシャブリの感触に加えて、通気性のよくないおむつカバーの内側のじとっと蒸れた肌触りに、すぐ、
昨日の出来事がありありと甦ってくる。
「やれやれ、やっとおっきしたわね、晶ちゃん。おねむの間中ずっとお姉ちゃんのおっぱいを吸ったままだったこと、憶えて
る? お姉ちゃん、先に起きようとしたんだけど、晶ちゃんがおっぱいから離れないから大変だったのよ。でも、オシャブリ
を咥えさせてあげたらなんとかおっぱいを吸うのをやめてくれて。もうすっかり赤ちゃんに戻っちゃったみたいね、晶ちゃん
てば」
 先に目を覚ました美也子は、もうパジャマを脱いでいて、ジーンズと木綿のシャツというラフないでたちでベッドの側に佇
み、コットンシャツの胸元をこれみよがしに大きくはだけて面白そうに言った。
 昨夜、ベビールームでおむつを取り替えられ、ベビードレスからロンパースに着替えさせられた晶は、美也子のクイーン
サイズのベッドに連れ込まれ、美也子に添い寝をしてもらってぽんぽんと背中を優しく叩かれながら寝かしつけられたのだ
った。そんな赤ん坊じみた扱いに恥辱のきわみだった晶だが、短い間に自分の身に降りかかってきた想像もできないような
様々な出来事に精根尽き果てる直前だったから、いつしか美也子の乳房に顔を埋めて寝息をたててしまい、先に美也子が
ベッドから床におり立ったことも知らず、こんこんと眠りこけていたようだ。
「でも、そうよね。晶ちゃん、おむつの赤ちゃんなんだもん、オシャブリが大好きでもちっとも変じゃないわよね。その証拠に、
ほら――」
 なんとも表現しようのない笑みを浮かべた美也子が、やおら掛布団を剥ぎ取るようにして晶の体を抱き上げ、そのまま窓
際に歩み寄ると、二重になっているカーテンをさっと引き開け、窓の外を指差して笑い声で言った。
「――ほら、見てごらん。勝手口を出てすぐの所が洗濯物を干す場所になっているのよ。あそこに何が干してあるか、晶ち
ゃんにもわかるよね?」

 美也子が指差す先、二階にある部屋の窓から見おろす場所は敷地の中でも日当たりが良く、勝手口から出てすぐと
いう便利さもあって、洗った洗濯物を干すのに重宝している。朝早くから京子が精を出したのだろう、その物干し場にたく
さんの洗濯物がそよ吹く風に揺れている様子が見える。
 物干し場の中でも勝手口に近い方に干してあるのは、京子や美也子、父親の物など家族の衣類だった。そうして、部
屋に近い方で風に揺れているのが、晶が身に着けていた物ばかりだった。よだれかけ、ソックス、ベビードレス、そうして、
たくさんの布おむつ。昨日のうちに晶は布おむつを二度汚していた。回数だけでいえばたった二回だが、一度にあてるお
むつが十枚の束になっていて、お尻の方にまわしたペニスの先にあたる場所に更に一枚おむつを折りたたんで重ねてあ
て、おもらしをしてしまった後はおしっこの雫を拭き取るのに一枚ずつ別のおむつを使うから、たった二度の粗相とはいえ
合計で二十四枚のおむつを汚したことになる。この枚数は、本当の赤ん坊だと七回分くらいのおもらしおむつに相当する
から、物干し場は布おむつでいっぱいになってしまっていた。そのおむつの中に、一枚だけ、《カードキャプターさくら》の
バックプリントがついた女児用ショーツが混ざっているのが妙に目を惹く。それは、昨日の昼下がり、この部屋で強引に
穿かされた美也子のお下がりのショーツだった。美也子の手でペニスをなぶられ、その中に精液を溢れ出させてしまった
ショーツを、京子がたくさんの布おむつと一緒に洗濯して、物干し場に掛けたパラソルハンガーに吊したに違いない。たく
さんの布おむつの中で一枚だけ遠慮がちに風に揺れる女児用ショーツ。それは、なんだか、お姉ちゃんぶりたくておむつ
を嫌がって強引にショーツを穿かせてもらったものの、結局おしっこを母親に教えることができなくておもらしでショーツを
汚してしまい、心ならずも再びおむつに逆戻りせざるを得なかった幼女の生活ぶりを無言で物語っているかのようだった。
 窓ガラスを通して布おむつが見えた瞬間、晶はいたたまれない気持ちで咄嗟に目を閉じ、顔をそむけた。
 が、美也子に抱かれたままだったため、顔をそむけた先にあるのは、美也子の豊かな乳房だった。図らずも晶は美也子
に横抱きにされて乳房に顔を埋めるような格好を自らとってしまったわけだ。
「あらあら、本当に晶ちゃんは甘えん坊さんなんだから。おねむの間中ずっとおっぱいを吸ってたのに、まだ満足できない
の? でも、まんまが先よ。ちゃんとまんまを食べられたら御褒美におっぱいを吸わせてあげるから、それまで我慢してな
さい。ほら、おっぱいの代わりにオシャブリを咥えてるでしょ? 今はこれで我慢してちょうだいね」
 美也子は、それこそ本当の赤ん坊をあやすように、晶のお尻をぽんぽんと叩いてわざと優しい声で話しかけた。

 お尻を叩かれて晶は、自分の下腹部が赤ん坊そのまま布おむつとおむつカバーに包み込まれていることを改めて意
識せざるを得なかった。同時に、それまでもうっすら感じていたおむつカバーの内側の湿っぽい肌触りがいっそうはっき
り伝わってくる。
「じゃ、まんまを食べに下へ行きましょうね。公園に行くのが十時の予定だから、急いで食べないといけないわよ」
 美也子は晶の恥辱などまるで知らぬげに、窓ガラス越しに青い空を振り仰いだ。
 夏の眩しい太陽は、もう既にかなり高いところまで昇っていた。

「……ません。朝早くからおじゃましちゃって」
「ううん、……なんてしなくていいのよ。自分のお家だと思ってくつろいでちょうだい」
 美也子に抱かれたまま階段をおりてダイニングルームに向かう晶の耳に、誰かが会話を交わしているらしい声が途切
れ途切れに聞こえてきた。一人は女性、おそらく京子に間違いない。そしてもう一人は男性の声だ。けれど、美也子の父
親は今朝は早くから会議だといっていたから、こんな時刻に家にいる筈がない。それに、耳をそばだててよく聴いてみると、
声の主はかなり若そうだった。だが、晶が見知らぬ人物というわけでも決してない。
 まさか――晶の顔に怯えの表情が浮かんだ。
「あらあら、急に怖そうな顔なんかしちゃって、晶ちゃんは人見知りが激しいのかな。でも、大丈夫よ。ママとお話してるの
は晶ちゃんもよぉく知ってる人だから」
 晶の顔に浮かんだ怯えの色を見て取った美也子はくすっと笑ってそう言い、まるで歩速を緩めることなく廊下を進んで、
ドアを開け放したままにしてあるダイニングルームに足を踏み入れた。
「あ、おはようございます、お姉さん」
 美也子がダイニングルームに入ると、すぐに、ガタンという音を響かせて若い男性が椅子から立ち上がり、どこか照れ臭
そうな声で挨拶をした。
「そんなに緊張することなんてないんだから、さ、椅子に座ってジュースの続きをを飲んでちょうだい。全然遠慮なんてしな
くていいのよ、徹也君」
 美也子は、しれっとした顔で相手の名を呼んだ。
 そう、京子に勧められるままオレンジジュースのグラスを手にダイニングルームの椅子に腰をおろしていた若い男性は、
まぎれもなく徹也だった。

「あ、はい……」
 徹也は曖昧に頷いたものの、美也子に促されても椅子に座り直そうとせず、その場に突っ立ったまま、おそるおそると
いった感じで尋ねた。
「あの、その赤ちゃん、晶ちゃんの下の妹さんですか? でも、昨日は、お姉さんと晶ちゃんの二人姉妹だって聞いてたん
ですけど……」
 ダイニングルームにいるのが徹也だとわかった瞬間、晶は目を合わせまいとして慌てて美也子の胸元に顔を埋めてい
た。そのせいで、美也子と正面から向き合っている徹也からは顔が見えない。だから、ロンパースを着せられて胸元をよ
だれかけで覆われた姿で美也子に横抱きにされている女の子を目にしても、大柄な美也子との対比で一瞬は体の大きさ
が正確にはわからず、ついつい赤ん坊だと判断してしまったのも無理からぬ話だ。
「やだ、何を言ってるのよ、徹也くんたら。大好きなガールフレンドのことをもう忘れちゃったの? ほら、この子の顔をちゃ
んと見てごらんなさい」
 美也子は徹也の言葉を耳にするなりいかにもおかしそうにくすくす笑うと、つとテーブルの傍らに歩み寄り、体をのけぞ
らせるようにして胸元を徹也の目の前に突き出した。
「……!」
 美也子にすがりつくようにしている赤ん坊の顔を覗き込んだ徹也の顔に一瞬だけ浮かんだ怪訝そうな表情が、たちまち
驚きの色に変わる。
「そうよ、この子は晶ちゃんの下の妹なんかじゃなく、晶ちゃん本人なのよ。晶ちゃん、とっても甘えん坊さんで、お家の中
じゃ、いつもこんなふうに赤ちゃん扱いしてもらって喜んでるのよ」
 驚きに満ちた徹也の表情とは対照的に、なんでもないことのように美也子は言って、艶然とした笑みを浮かべた。
 もちろん、晶が自ら進んで赤ん坊めいた生活をしているなどというのは嘘だ。けれど、昨日、晶がショッピングセンターで
紙おむつを汚してしまい、美也子の手でおむつを取り替えてもらうところを目の当たりにしている徹也が美也子の説明を易
々と受け容れてしまったとしても、それはそれで仕方のないところだろう。
「最初は公園で会う予定だったけど、急に電話をして家まで来てもらったのは、晶ちゃんが普段お家でどんな生活をしてい
るのか、それを見ておいてもらいたかったからなの。晶ちゃん、小学五年生のくせにとっても甘えん坊さんで、しかも、まだ
おむつ離れできずにいるでしょう? それで、徹也君とデートしていても、普通の女の子とはまるで違う突拍子もない行動を
取っちゃうかもしれない。でも、それで晶ちゃんが徹也君に嫌われたりしたら可哀想だから、普段の生活を前もって見てお
いてもらって、突拍子もない行動はみんな甘えん坊さんな性格が原因なんだってわかっておいて欲しかったの。だから急
にお家まで来てもらったんだけど、迷惑だったかな?」
 赤ん坊そのままの格好で美也子の胸元に顔を埋めているのが晶だとわかったものの、今度は、小学生の筈の晶がどうし
てそんな姿をしているのかわからずに困惑した表情を浮かべる徹也に対して、美也子は偽りの説明を重ねた。

「……いえ、迷惑だなんて、そんなこと、ちっともありません。僕だって少しでも早く晶ちゃんに会いたくて、公園へ行くの
が待ち遠しくて、何時間でもいいから先に行ってずっと待ってようかなって思ってたましたから」
 晶がずっと家の中では赤ん坊同然の生活を送っているという美也子の説明に戸惑いながらも、少しでも早く晶に会い
たいという胸の内は隠せず、徹也は両目をばちくりさせて首を振った。
「そう、よかった。じゃ、せっかくだから徹也君が晶ちゃんに朝ご飯を食べさせてあげてね。いつもは私が食べさせてあげ
るんだけど、こうしてお家まで来てもらったんだもの、徹也君に食べさせてもらえれば、晶ちゃん、大喜びするに決まって
るもの」
 京子が勧めたのだろう、徹也が座っているのは、いつも美也子が腰掛けている椅子だった。その隣には、晶のために
特別に用意したベビーチェアが置いてある。美也子は、自分の首筋にしがみつく晶を強引にベビーチェアに押し込んで
からカウンターに歩み寄り、京子が用意しておいたプラスチック製のトレイを捧げ持って戻ってきた。
「はい、これをお願いね。本当の赤ちゃんじゃないから、適当にスプーンで掬って口の中に入れてあげればちゃんと食べ
るから、難しく考えなくてもいいわよ」
「え……? これが晶ちゃんの朝ごはんなんですか? この、赤ちゃんの食べ物みたいなのが?」
 目の前に置かれたトレイを見て、さすがに徹也はぎょっとしたような面持ちで美也子に確認を求めた。
 徹也が驚くのも無理はない。トレイの上には、昨夜と同じように、ベビーフードを盛りつけた食器とミルクを満たした哺乳
壜が並んでいるのだから。
「うふふ。赤ちゃんの食べ物みたいなじゃなくて、ちゃんとした、本当の赤ちゃんの食べ物よ。お買い物のたびにママが買
ってくるヘビーフードなんだから。ひょっとしたら、お店の人、ママがいつまでもベビーフードを買い続けるから不思議がっ
ているかもしれないわね。あのお客さんの子供、いつになったら普通のご飯を食べるようになるんだろうって。でも、お店
の人の疑問はこれから先もずっと解けないままでしょうね。だって、晶ちゃん、いつまでも赤ちゃんのご飯のままなんだも
の。赤ちゃんと同じように扱ってもらうのが大好きで、赤ちゃんと同じ物じゃないと食べない甘えん坊さんだもの。それも、
誰かに食べさせてもらわないとむずがっちゃう、これ以上ないほどのとびっきりの甘えん坊さんだもの。――だから、トレ
イに載っているスプーンで晶ちゃんに優しくまんまを食べさせてあげてね、徹也君。最初は野菜のペーストがいいかしら」
 面食らったような表情を浮かべる徹也の様子を面白そうに眺めながら、美也子は含み笑いを漏らして応えた。

「ほら、早く晶ちゃんにまんまを食べさせてあげないと、なかなか公園へ行けないわよ。さ、スプーンを持って」
 美也子は、どうしていいかわからずその場に立ち尽くしている徹也の肩を押さえて再び椅子に座らせ、右手にスプーン
を握らせると、自分の手を添えて淡緑色のペーストを掬い取らせた。
 その時になって、ようやく徹也は我に返ったように微かに頷き、おそるおそる自分でスプーンを動かし始める。
「あ、晶ちゃん、ご飯……ま、まんまにしようね。今朝はお兄ちゃんが食べさせてあげるから、ちゃんと食べるんだよ。……
あ、でも……」
 美也子の口振りを真似て幼児言葉で言い、ぎこちない動きでスプーンを晶の口に近づける徹也だったが、晶がオシャブ
リを咥えていることに気づくと、困惑の色を瞳に浮かべて、傍らに立って様子を見守っている美也子の顔を振り仰いだ。
「そうそう、晶ちゃんたらオシャブリを咥えたままだったわね。邪魔になるから、まんまを食べる間だけはぽいしとこうね。ま
んまを食べたらすぐにまた咥えさせてあげるから心配しなくていいのよ。おねむの間も、おっきしてからも、ずっと吸ってな
きゃ気がすまないなんて、本当に晶ちゃんはオシャブリが大好きなんだから」
 助けを求めるような徹也の視線を受けて、美也子はおかしそうにそう言いながら晶の口からオシャブリを抜き取った。
 もちろん、晶が自ら好んでいつもオシャブリを咥えているというのは嘘だ。本当は京子と美也子が強引に口にふくませて
いるのだが、晶が徹也に事実を告げることはできない。もしもそんなことをしようものなら、後々、『躾け』や『お仕置き』と称
して、どんな苦痛と恥辱に満ちた折檻が待っているかしれたものではないのだから。
「え? 晶ちゃん、眠ってる時もオシャブリを咥えたままなんですか?」
 美也子の手につまみ取られ晶の唇から離れて細いよだれの糸を引くオシャブリに目を凝らしながら、徹也は幾らか呆れ
たような声で言った。
「そうよ。甘えん坊の晶ちゃんは、おねむの時も、おっきしてる間も、それこそ、まんまの時以外はずっとオシャブリを咥え
たままなのよ。――あ、でも」
 美也子は徹也に向かって大きく頷き、なにやら意味ありげに少し間を置いてから続けて言った。
「正確に言うと、オシャブリが好きなんじゃなくて、おっぱいが好きなのかな。おねむの時はいつも私が添い寝をして寝かし
つけてあげるんだけど、私のおっぱいを吸ってじゃないとなかなか寝つかないし。眠った後も絶対におっぱいを離そうとしな
いもの。だから、私が先に目を覚ましてベッドからおりる時、おっぱいの代わりにオシャブリを咥えさせてあげてるのよ。何か
の都合で私が添い寝をしてあげられない時はママが寝かしつけてあげるんだけど、その時もやっぱりおっぱいをせがんで
仕方ないんだって。本当、赤ちゃんのままなのよ、晶ちゃんは。ま、もっとも、そこが可愛らしくて仕方ないんだけどね」

「そ、そうなんですか……」
 テーブルの上に置かれたオシャブリと美也子の胸元とをちらちら見比べながら、徹也は顔を赤らめて曖昧に頷いた。
「さ、これでいいわね。じゃ、まんまは徹也君にお願いして、その間に私はおむつの具合を確かめておこうかな」
 徹也の視線を意識し、わざと胸を突き出してみせて、美也子は誰に言うともなく呟いてゆっくり腰をかがめた。
 おむつの具合を確かめる――それがどういうことなのかすぐに理解した徹也は、自分のことでもないのにますます顔を
赤くし、胸の中にふつふつと湧き起こってくる言いようのない感情を押し隠すように引きつった笑みを浮かべて、野菜のペ
ーストを掬い取ったスプーンを晶の唇に押し当てた。
 ためらいがちに晶がスプーンを咥えるのと、美也子が晶のロンパースのボタンを外し、おむつカバーの中に右手を差し
入れるのとが同時だった。股間に触れる美也子の手の温もりに、晶が思わず唇を噛みしめる。その拍子に、食べかけて
いた野菜のペーストが半分ほど口の中からこぼれ出て、顎先と胸元を汚してしまった。
「あ、大丈夫かい、晶ちゃん? すぐに綺麗綺麗してあげるからじっとしてるんだよ」
 ベビーフードを食べさせてやっている相手がまさか自分より年上の高校生でしかも男の子だとはまるで気づく様子もな
く、それこそ、幼い妹に対するように幼児言葉で気遣わしげにそう言って、徹也は慌ててよだれかけの端をつかみ、ぎこち
ない手つきで晶の顔を拭い始めた。
「ごめんなさいね、徹也君。晶ちゃんたら本当に手間のかかる子で。徹也君、ガールフレンドができたつもりだったのに、
これじゃ、ボーイフレンドじゃなくてベビーシッターになっちゃったみたいなものね。おっぱいを吸わないと寝つけない上に、
まんまもちゃんと食べられないなんて、ほんと、いつまでも赤ちゃんのままなんだから、うちの妹ってば」
 美也子は、おむつカバーの中に差し入れた手を尚ももぞもぞ動かしながら、床に膝をついた姿勢で徹也の顔を見上げ、
わざと困ったような表情を浮かべて言った。

「で、でも……」
 射すくめるような美也子の目に見上げられながら、徹也は、どこか困ったような、それでいて、どこか満更でもなさそう
な顔をして、ちょっと照れ臭そうに言った。
「でも、そんな晶ちゃん、僕は大好きです。お姉さんにとっては困った妹かもしれないけど、甘えん坊で、赤ちゃんみたい
に可愛らしくて、僕の手からまんまを食べてくれる晶ちゃん、僕は大好きです。毎日のお世話、お姉さんにとっては大変
でしょうけど、でも、だったら、僕が代わってあげてもいいです。晶ちゃんのお世話だったら、僕、毎日でも平気です。うう
ん、平気どころか、嬉しくてたまりません」
「あらあら、お熱いことで。徹也君が妹のことをそんなに大切に思ってくれて、私も嬉しいわ。これなら安心してまかせて
おけそうね」
 幾らかムキになって言う徹也の様子に美也子はくすっと笑ってみせ、おむつカバーの中に更に深々と手を差し入れる
と、僅かに眉を吊り上げて、シンクの前に立って洗い物をしている京子の方に振り返って声をかけた。
「ね、ママ。ちょっと、晶ちゃんのおむつの具合を確かめてみてくれない?」
「どうしたの? 晶ちゃん、おねしょでおむつを濡らしちゃってるの? だったら、いちいち私を呼ばないで早く取り替えてあ
げればいいじゃない」
 美也子の呼びかけに、京子が訝しげな顔つきでこちらに近づいてくる。
「あ、ううん、おねしょじゃないのよ。おしっこでびしょびしょってわけじゃないの。だって、おねしょのおむつは――」
 美也子はそこでいったん間を置き、徹也が好奇の表情を浮かべるのを確認してから、一言一言を区切るようにして続け
た。
「おねしょのおむつは夜中の内に取り替えてあげたもの。いくらかおしっこが近い晶ちゃんでも、そう何度もおねしょでおむ
つを汚しちゃったりしないわよ。そんなことになったら、洗濯物の干し場、昼も夜も晶ちゃんのおむつでいっぱいになっちゃ
うもの」
 美也子の言葉に、晶と徹也が揃って顔を赤くする。
 その様子を満足そうに眺めてから、美也子は更に続けた。

「いいから、ほら、晶ちゃんのおむつの具合を確かめてったら。こういう時どうすればいいのか、やっぱりママが決めてくれ
た方が安心だもの」
「やれやれ、どうしたのよ、一体。普段はお姉ちゃんぶって、私が晶ちゃんの面倒をみてあげるんだっていつも言ってるの
に、何か困ったことがあったら私に頼ってばかりなんだから」
 洗い物で濡れた手をエプロンで拭きながら歩み寄ってきた京子は、溜息混じりの呆れたような口調で言った。けれど、晶
に気づかれないようそっと目配せを交わし合ったところをみると、美也子の真意はとっくに察しているに違いない。
「じゃ、今度はお姉ちゃんの代わりにママがおむつの具合を確かめてあげるから、じっとしてるのよ、晶ちゃん。おとなしくし
て、徹也お兄ちゃんにまんまを食べさせてもらうといいわ」
 京子は、野菜のペーストをこぼして汚してしまったよだれかけと晶の顔とを交互に見比べてから、それまで美也子が膝を
ついていた場所に身をかがめ、おむつカバーの中にすっと右手を差し入れた。
 美也子と京子、女子校生とその母親に続けておむつの様子を確認される恥辱に、それまでも赤くなっていた晶の顔が、
それこそ火を噴かんばかりに熱くほてる。しかし、それは晶だけではなかった。すぐ隣の椅子に腰をおろし、プラスチックの
スプーンでベビーフードを食べさせている徹也も、自分の幼いガールフレンドが姉と母親の手で交互におむつの具合を確
認される場面を目の当たりにして、異様な高ぶりを覚えてしまうのだった。
「ね、どう思う? やっぱり、新しいおむつに取り替えてあげた方がいいかな?」
 晶と徹也の胸の内を充分に見透かしていながら、けれどまるでそんなことには気づかぬふうを装って美也子が言った。
「そうね。おねしょはしてないけど、寝汗でおむつがじっとり湿っぽいから、早く取り替えてあげた方がよさそうね。このまま
にしておいて、晶ちゃんのすべすべのお尻がおむつかぶれで真っ赤に腫れちゃったりしたら可哀想だもの。ただでさえ小さ
な子は体温が高くて汗をかきやすいのに、大好きなボーイフレンドにまんまを食べさせてもらってるんじゃ、亢奮して胸が
どきどきしてますます体温が高くなって、おむつカバーの中が今よりずっと蒸れちゃうに決まってるから、すぐにでも新しい
おむつに取り替えてあげなきゃいけないわね」
 京子は晶たちに気づかれないようもういちど美也子に目配せをしてみせながら、いかにも優しげな母親を演じて気遣わし
げな口調で応じた。

 京子の言う通り、おむつカバーの内側はじっとりした湿っぽさに満ちていた。下腹部の肌から蒸発すべき水蒸気は、本
当の赤ん坊に比べればずっと枚数の多い布おむつに行く手を阻まれ、ただでさえ通気性のよくないおむつカバーの内側
に閉じ込められている上に、おむつカバーの上にオーバーパンツを穿かされて、更にその上をロンパースのボトムで覆わ
れてしまっているせいで、起きている時も眠っている時も、一時も途切れることなくじわっと汗をかいている状態が続くもの
だからたまらない。それは、晶に、自分の下腹部がおむつで包み込まれていることを常に意識させるために京子と美也子
が仕組んだことだったのだが、実は、そんな二人の企みにはもうひとつの目的があった。
 そのもうひとの目的というのは、二人が思った時にはいつでも晶のおむつを取り替えられるようにするための口実をつく
ることだった。おむつカバーの内側を常に湿っぽくさせておいておむつの存在を片時も晶に忘れさせないようにするのは
いいが、それが本当にいつものことになると、いくら羞恥に満ちた下着とはいえ、幾らかは慣れて羞恥の度合いもいささか
減少してしまうに違いない。そうさせないために、おむつを取り替えられるという、幼児ではない身にとっては他と比べよう
もないほど屈辱と羞恥を掻きたてられる行為の回数を増すことを二人は企んだのだった。幼児言葉であやされながら、幼
馴染みで同級生でもある女子高生やその母親の手で赤ん坊さながらおむつを取り替えられるたび、晶の羞恥がいや増す
のは間違いない。ただ、幾ら水分を摂らせておもらしの回数を増やさせようとしても、実際には幼児などではない晶だから、
一度おもらしをした後、短くても二時間ほどは待たないと次のおもらしに追い込むことは難しい。そこで、実際にはおもらし
やおねしょをしてしまわなくてもおむつを取り替えるための口実をこしらえる目的で、常におむつカバーの内側が湿った状
態になるよう、おむつカバーの上にオーバーパンツを穿かせ、ロンパースを着せることにしたわけだ。
 そんな二人の企みがまんまと功を奏して、晶の下腹部を包み込んでいるおむつカバーの内側は、手を差し入れればす
ぐにそれとわかるほどじとっと湿っぽく蒸れていた。
「うん、わかった。じゃ、今すぐ取り替えてあげる」
 京子の言葉に美也子はらんらんと瞳を輝かせて大きく頷き、何かを考えるようなふりをしてわざと少し間を置いてから、
真っ赤に染まった晶の顔を見おろして続けた。
「でも時間が勿体ないから、お姉ちゃんがおむつを取り替えている間も、このまま徹也お兄ちゃんにまんまを食べさせても
らおうね、晶ちゃん。おむつを取り替える時、床にころんするからスプーンでベビーフードを食べさせてもらうのは無理だけ
ど、哺乳壜のぱいぱいなら飲ませてもらえるもの。晶ちゃんも、少しでも早く徹也お兄ちゃんとデートにお出かけしたいでし
ょ? だったら、時間は大切にしないとね」

「え……!?」
 驚きの声をあげたのは徹也の方だった。晶は美也子のあまりにも予想外の言葉を飲み込めずにいるのか、きょとんと
した顔つきをするばかりで、一言も口にできないでいる。
「あら、徹也君、私がおむつを取り替えている間に晶ちゃんにまんまを食べさせるのはいやなのかな?」
 美也子はわざと咎めるような口調で徹也に問い質した。
「い、いえ……いやだなんて、そんな。ただ……」
 徹也は困ったように口ごもった。
「ただ? ただ、どうしたの?」
 美也子が重ねて訊き返す。
「ただ、晶ちゃんが恥ずかしがるんじゃないかと思って……晶ちゃんが本当の赤ちゃんだったら恥ずかしいっていう気持
ちなんて起きないかもしれないけど、でも、小学五年生の女の子だから、おむつを取り替えてもらうところに男の僕が一
緒にいるなんて、とっても恥ずかしいんじゃないかと思って……」
 徹也は、京子が晶のおむつカバーから手を引き抜く様子をちらちら窺い見つつ、舌で唇を湿らせながら応えた。
「うん、そりゃ、恥ずかしいでしょうね。赤ちゃんでもないのにおむつを取り替えられるところに、それも、哺乳壜でぱいぱい
を飲ませてもらいながらおむつを取り替えられるところに大好きなボーイフレンドがいたんじゃ、晶ちゃん、恥ずかしくてた
まらないでしょうね。でも、いくら恥ずかしくても、晶ちゃん、徹也君が一緒にいてくれたら、きっと喜ぶと思うわよ。晶ちゃん、
恥ずかしくても、ありのままの自分を大好きな徹也君に知ってもらいたいって思ってるに決まってるもの。まだおむつ離れ
もできない、お家の中じゃ赤ちゃんになりきってみんなに甘えきって生活している自分のことを隅から隅まで知ってもらっ
て、そんな自分を徹也君に受け止めてもらいたいって思っているんだから。――好きな男の子ができた女の子っていうの
は誰でもそんなふうに思うものなのよ」
 美也子は、励ますように徹也の肩に手を載せて穏やかな声で囁きかけた。

「そ、そうなの? 女の子はみんな、そんなふうに思うものなの?」
 美也子に囁きかけられた徹也は、もういちどスプーンで野菜のペーストを掬い取ろうと動かしかけていた手をぴたっと止
めて、すぐ横のベビーチェアに座っている晶におずおずと問いかけた。
「そうよね、晶ちゃん? お姉ちゃんの言ってること、間違ってないよね?」
 美也子は、それまで徹也の肩に載せていた手を今度は晶の肩に載せ替え、口裏を合わせないと後でひどいわよと言外
に匂わせつつ、念を押すように言った。
「……う、うん。お姉ちゃんの言う通りよ、お兄ちゃん」
 躊躇ったのは一瞬だけだ。肩に載った美也子の手の重みをひしひしと感じながら、晶は蚊の鳴くような声で応えた。
「じゃ、じゃ、いいの? 晶ちゃんがおむつを取り替えてもらっている間、僕が一緒にいていいの? 僕が一緒にいて、おむ
つを取り替えてもらっている間、哺乳壜でミルクを飲ませてあげていいの?」
 せっかく朝早く家にまで来たからには、おむつを取り替える間の短い時間とはいえ晶と離れるのが寂しいのだろう、徹也
は、自分が「おむつを取り替えてもらう」とう言葉を口にするたび晶が顔を赤く染めるのにも気づかないかのように、繰り返
し同意を求めた。
「ほら、徹也お兄ちゃんが気を遣って親切に言ってくれてるんだから、晶ちゃんもきちんとお返事しなきゃ」
 美也子は徹也に気づかれぬよう注意を払いながら、晶の肩をぎゅっと鷲掴みにした。
「つ! あ、ああ、うん……あ、晶がお姉ちゃんにおむつを取り替えてもらってる間、お、お兄ちゃんも一緒にいてね。あ、晶、
おむ……おむつを取り替えられるところを見られるの、とっても恥ずかしいよ。恥ずかしいけど、お兄ちゃんだったら平気
だもん。お兄ちゃんだったら平気だから、おむつを取り替えてもらってる間、ほ、ほにゅう……哺乳壜でぱいぱいも飲ませ
てね。そうすればまんまも早く終わって、お兄ちゃんと少しでも早くお出かけできるもん。だからお願いね、お兄ちゃん」
 鍛え上げた美也子の手で肩を力まかせに鷲掴みにされる痛みに耐えかねて、晶は心にもない懇願をしてしまった。
 声は沈みがちで目を伏せているから、それが本心などではないことは明らかだ。しかし、表情や雰囲気やちょっとした仕
種で相手の胸の内を読み取るほどには人生経験を積んでいない徹也にとっては、(美也子に無理強いされた)晶の言葉だ
けが全てだった。

「うん。わかった。それじゃ、おむつを取り替えてもらう間、ずっと僕が一緒にいてあげる。おむつを取り替えてもらうため
にころんした晶ちゃんに哺乳壜でミルクを飲ませてあげるから、上手に飲むんだよ。でも、上手に飲めなくてむせてこぼ
しちゃっても僕がよだれかけで綺麗にしてあげるから心配ないけどね」
 注意して聞いていれば悲痛に響く晶の声に、けれどまだ未熟な徹也は言葉の表面上の意味しかとらえられずに顔を
輝かせて頷いた。
「お願いね、徹也君。晶ちゃんたらおむつを取り替えてあげる時はむずがることが多いんだけど、徹也君にぱいぱいを
飲ませてもらいながらならご機嫌もいいに決まってるから助かるわ」
 肩を鷲掴みにしていた美也子の手から力が抜けるのを感じながらも、言葉を翻すことなどかなわぬことを身にしみて
思い知らされている晶。それとは対照的に、ほころんだ顔で声を弾ませる美也子。そうして美也子は、悪戯めいた表情
を浮かべ、徹也に向かってからかうように続けた。
「でも、晶ちゃんのお腹から下を見ちゃ駄目よ。徹也君が見ていいのは、晶ちゃんの胸から上だけ。いくらおむつ離れで
きない赤ちゃんだっていっても本当は小学五年生の女の子なんだもん、男の子に恥ずかしい秘密の部分を見せるわけ
にはいかないからね。徹也君も年頃の男の子だし、女の子のあそこがどんなふうになってるか興味津々なのはわかる
けど、そこはぐっと我慢するのよ。徹也君、紳士だもん、我慢できるわよね?」
「だ、大丈夫ですよ。絶対に見ないって約束します。――僕、そんなにエッチそうに見えますか?」
 どことなく不満そうな感じと不安がちな感じとが混ざり合った表情を浮かべて、徹也は緊張した声で応えた。
 それに対して美也子が、くすっと笑って言葉を返す。
「だって徹也君、昨日、ショッピングセンターへ行くバスの中で晶ちゃんの胸元を覗き込んでブラジャーを盗み見してたじ
ゃない? それを考えると、信用していいものかどうか、ちょっと心配だったりするのよねぇ」
「あ、あれは……だ、だって、これまで見てきた中でも一番のとびきり可愛い女の子が目の前の席についてて、でもって、
サンドレスの胸元がちょっとぶかぶかで、それで、つい……」
 徹也はかっと顔を赤くして、言い訳にならない言い訳を口にした。
 その様子をさもおかしそうに眺め、美也子はもういちどくすっと笑って目を細くした。
「いいわよ、そんなに慌てて弁解しなくても。妹のこと可愛いって思ってくれて私も嬉しいし、あれがきっかけで甘えん坊
で引っ込み思案な妹にこんな素敵なボーイフレンドができたんだから。じゃ、哺乳壜のぱいぱい、よろしくね」

 悪戯めいた口調で美也子がそう言い、晶の後ろにまわって脇の下に両手を差し入れるのと殆ど同時に、ダイニングル
ームの隅に置いてある藤製のバスケットの前に京子が歩み寄って、その中から大きなバスタオルを両手でつかみ上げ、
バスケットのすぐ横の床に広げた。幼児の格好をさせた晶に使わせる部屋も、赤ん坊の格好をさせた晶に使わせる部屋
も二階にあって、おむつを取り替えるたびに階段を昇るのは大変だから、リビングルームやダイニングルームなど一階の
主だった部屋にも、二階のベビールームに置いてあるのと同じ藤製のバスケットを常備して、新しいおむつや、おむつを
取り替えるのに必要な小物類を収納してあるのだった。
「……!」
 京子の手でバスタオルがバスケットからどけられると、その下に収納してある布おむつがあらわになる。動物柄やハロ
ーキティ、水玉模様など様々な柄の布おむつを目にするなり、自分のことでもないのに、ぱっと顔を赤くして徹也は言葉
を失ってしまった。
「そう、お出かけの時はお尻の膨らみが目立たないよう紙おむつにしているんだけど、お家の中じゃ布おむつなのよ。布お
むつだと、枚数を多めにしおけば横漏れすることもないから助かるの。でも、美也子に聞いた話じゃ、昨日ショッピングセン
ターでおもらしした時、おしっこの量が多くて紙おむつじゃ吸収しきれなくて溢れ出しちゃったそうだから、今度からはお出
かけの時も布おむつをたっぷりあててあげた方がいいかもしれないわね」
 京子は床に敷いたバスタオルのシワを伸ばしながら、頬を紅潮させてバスケットの布おむつをみつめる徹也に向かって
言い、すっと立ち上がると、ダイニングルームの大きな窓にかかった半透明のカーテンをさっと引き開けた。
 勝手口からさほど離れていない所に位置するダイニングルームだから、視界を遮るカーテンを開けると、勝手口を出て
すぐの所にある洗濯物干し場の様子が窓いっぱいに広がって見える。
「あ、あれって、みんな、晶ちゃんの……!?」
 そよ吹く風に揺れながら視界いっぱいに広がるたくさんの布おむつを窓ガラス越しに目にした徹也は、はっとしたように口
を開いたが、またもや途中で言葉を失ってしまった。何も知らずに洗濯物干し場の様子を目にしただけなら、赤ちゃんのお
むつが風に揺れているんだなと思うのがせいぜいといったところだろう。けれど、きちんと折りたたんでバスケットに収納し
てある新しいおむつや、洗濯物干し場でたくさんの布おむつと一緒に揺れているアニメキャラ付きの女児用ショーツや大き
なおむつカバーを目にした徹也にしてみれば、目の前いっぱいに広がる洗濯したての布おむつが自分の幼いガールフレン
ドがおもらしやおねしょで汚してしまったものだという思いにひしひしと胸を満たされて、なんともいいようのない淫靡な情動
に身と心を駆られてならなくなりそうだった。

「そうよ、あれはみんな、晶ちゃんが汚しちゃったおむつなのよ。本当の赤ちゃんと違って一回一回あてるおむつの枚数が
たくさんだから、昨日お家に帰ってきてからのおもらしとおねむの間のおねしょだけでもあんなになっちゃうの」
 わざと困ったような声でそう言ったのは、ベビーチェアから抱き上げた晶の体を横抱きにしてバスタオルに歩み寄る美也
子だった。美也子は、京子が床に広げた大きなバスタオルの上に晶を横たわらせると、窓の方に振り向き、布おむつに混
じって一枚だけ風に揺れているショーツを指差して苦笑ぎみに続けた。
「晶ちゃんたら、時々思い出したようにパンツを穿きたがることもあるんだけど、おもらしで濡らしちゃうから、結局またおむつ
に逆戻りなのよね。あのパンツなんて、私が穿かせてあげた途端におしっこで汚しちゃったから私の手まで濡れちゃって、
ほんと、どうしようかと思ったわ」
 それから美也子は、たくさんのおむつに目を奪われている徹也に気づかれないようそっと晶の顔を見おろして、声に出さず
口だけを動かして「穿かせてあげた途端、白いおしっこで汚しちゃったんだよね」と囁きかけるのだった。
 そう囁きかけられて晶が顔を真っ赤にし、唇を噛みしめる様子を面白そうに眺めてから、美也子は、心ここにあらずといっ
た風情で窓の外に目を向ける徹也の背中越しに声をかけた。
「さ、晶ちゃんの方は準備はできたわよ。徹也君、哺乳壜を持ってこっちに来てくれるかな」
「あ……ああ、はい」
 言われて、徹也はガタンと椅子を鳴らしながら立ち上がり、それまで無意識のうちに握りしめていたスプーンをぎこちない
手つきで哺乳壜に持ち替えて、どこか熱に浮かされたような足取りで晶のそばに近づいた。
「そう、そのあたりに膝をついてちょうだい。――あ、もう少し近づかないと、晶ちゃんが哺乳壜を斜めに咥えるような格好に
なっちゃうかな。――うん、それでいいわ。そのまましっかり哺乳壜を支えていてあげてね」
 美也子は徹也に細かく指示を出し、哺乳壜の乳首を晶に咥えさせると、今度は晶に向かって、ねっとり絡みつくような口調
で言った。
「大好きな徹也お兄ちゃんに哺乳壜でぱいぱいを飲ませてもらえることになってよかったわね、晶ちゃん。ぱいぱいを飲ませ
てもらっている間、ちゃんとお兄ちゃんの顔を見てなきゃ駄目よ。晶ちゃんのために朝早くから来てくれた徹也お兄ちゃんが
せっかくぱいぱいを飲ませてくれるのに、お目々をつぶったりしたら失礼になるんだからね」
 自分の下腹部に目を向ければ、幼馴染みの手でおむつを取り替えられる屈辱の場面を目の当たりにすることになる。かと
いって、窓の方に目を転じれば、自分が汚してしまったたくさんのおむつが風になびく羞恥の光景が目に飛び込んでくる。晶
にしてみれば、そんな恥辱の光景から逃れるためには、ぎゅっと瞼を閉じているしかない。なのに、美也子は、晶が目をつぶ
ることを許そうとしなかった。徹也お兄ちゃんの顔を見ておきなさいという美也子の言葉が、目を閉じたりしたら容赦しないわ
よと厳命しているのは明らかだ。

「……おいしい? 僕の飲ませてあげるミルク、おいしいかい?」
 おずおずと哺乳壜の乳首を口にふくむ晶に向かって、徹也はいくらか照れ臭そうな顔つきで、けれど優しく気遣う口調で
話しかけた。
「……う、うん。お兄ちゃんの飲ませてくれるぱいぱい、とってもおいしいよ」
 自分の下腹部に目を向けるわけにはゆかず、窓の外いっぱいに広がるおむつを目にするのも躊躇われ、かといって瞼
を閉じることも許されない晶にとって、視線を向ける相手は徹也の顔しかなかった。頼るべき相手が徹也しかいないという
思いが晶の中でむくむくと膨れ上がり、つい無意識のうちに幼児言葉で返事をしてしまう。
 その拍子に、ミルクが白い条になって唇の端から溢れ出た。
「ほら、哺乳壜の乳首を咥えたままお喋りなんてするからぱいぱいがこぼれちゃう。ぱいぱいを飲んでる間は、何も話しち
ゃいけないよ。でないと、晶ちゃんのすべすべのほっぺがぱいぱいで濡れちゃうんだから。さ、よだれかけで綺麗綺麗しよ
うね」
 晶の口調につられてか徹也も幼児言葉で優しく言うと、右手で哺乳壜を支え持ったまま、左手でよだれかけの端を持ち
上げ、ぎこちない手つきで晶の頬をそっと拭った。それは、ガールフレンドに対するというよりも、それこそ、自分では何もで
きない幼い妹に接するような振る舞いだった。
「やだ、くすぐったいよ、お兄ちゃんてば」
 よだれかけの柔らかな生地が頬に触れた途端、幼児が甘えていやいやをするような仕種で晶が僅かに首を振った。徹也
に注意されたのにもかかわらず再び言葉を発したものだから、またもやミルクが白い条になって流れ出る。下腹部を包み
込むじとっと湿った布おむつの感触と、窓越しに見える洗濯物干し場の恥ずかしい光景。晶が幼児めいた仕種で徹也に甘
えてみせるのは、そういったものから意識を遠ざけるためなのだろう。けれど、それだけが理由だと断言するわけにはゆか
ないように思えるのは気のせいだろうか。
「ほら、またこぼしちゃう。ぱいぱいを飲んでる間はお喋りしちゃ駄目だよって言ったでしょ? 本当に晶ちゃんは聞き分けの
わるい赤ちゃんなんだから」
 徹也はわざと怖い顔をして諭すように言った。しかし、その顔に満更でもなさそうな表情が浮かんでいるのは誰の目にも
明らかだった。徹也が晶のことをいとおしくてたまらなく思っているのは疑いようがなさそうだ。

「あらあら、本当に仲良しさんなのね、二人は。でも、これなら晶ちゃんがむずがることなくおむつを取り替えられそうね」
 徹也と晶の様子をじっと見守っていた美也子はひやかすように言って晶の足元にまわりこむと、幅の広いフリル状にな
っているロンパースのスカートをさっと捲り上げ、京子がおむつの具合を確かめるために手を差し入れた時から外れたま
まになっている股間のボタンをぴんと指で弾いて、ロンパースのボトムを前後に大きく広げた。
「あ……」
 徹也のなすがまま頬のミルクをよだれかけで拭いてもらっていた晶だが、ロンパースのボトムが開けられる感触に、思
わず喘ぎ声を漏らして瞼を閉じようとする。
「駄目よ、お目々をつぶっちゃ。ちゃんと徹也お兄ちゃんのお顔を見てなさい」
 優しくあやすような、けれど有無を言わさぬ強い調子を含んだ美也子の声が飛んできて、晶が瞼を閉じるのを決して許
さない。
「……」
 晶は喘ぎ声を押し殺し、美也子の命ずるまま、ひくひくと瞼を震わせて目を開けた。
「そうそう、それでいいのよ。徹也お兄ちゃんに可愛い顔を見てもらいながらおむつを取り替えようね」
 晶が瞼を開くのを見届けた美也子は満足そうに頷くと、あらわになったおむつカバーの前当てに指をかけた。
 マジックテープの剥がれるベリリという音が響いて、前当てが開かれる気配が下腹部から伝わってくる。
 途端に、晶の顔に怯えの色が広がった。
 晶のペニスはお尻の方に折り曲げられ、十枚の布おむつに包み込まれて、その上から、マジックテープでしっかり固定
されたおむつカバーで押さえつけられている。そのため、一見したところでは股間の膨らみが目につかず、女の子と偽って
いられるのだ。なのに、おむつカバーを開かれて戒めを解かれたりしたら。しかも、朝の目覚めの直後のことだから――。
「あらあら、元気でおっきくなっちゃってるわね、晶ちゃん。でも、そうよね。ずっとおむつだと窮屈だから、おむつが外れた
時はいつもよりずっと元気になっちゃうのよね。特に、お目々が覚めてすぐだもん、元気じゃないとおかしいよね」
 美也子は、布おむつの前の方がむくむくと膨らんでくる様子を面白そうに眺めながら、徹也の耳にもはっきり届くよう、よく
通る声で言った。
 美也子が晶の『朝勃ち』のことをからかっているのは明らかだった。

「え? 元気で大きくなってるって、何のことなんですか? 引っ込み思案の晶ちゃんだけど、目が覚めたすぐ後はいつも
より元気だったりするんですか?」
 徹也が訝しげな表情を浮かべ、美也子が何を言っているのか探ろうとするかのように顔を上げた。
「やだ、駄目! そっち見ちゃ駄目だってば、お兄ちゃん!」
 知らず知らずのうちに美也子の方に顔を向けようとする徹也に向かって晶が金切り声をあげた。
「そうよ、こっちを向いちゃいけないわよ、徹也君。さっき約束した筈よ、晶ちゃんのお腹から下には絶対に目を向けないっ
て。それとも徹也君、やっぱり、バスの中で晶ちゃんのブラを覗き見した時と同じで、女の子の秘密の部分を見たくて見た
くてたまらないエッチな男の子なのかしら?」
 晶が叫ぶのと同時に、こちらはやんわりした口調で美也子が徹也を咎めた。徹也の好奇をわざと煽った美也子だが、ま
るでそんなこと知らぬげに、しれっとした顔つきだ。
「い、いえ、そんなことありません。もう絶対にそっちを向きません。約束します」
 二人の声に、徹也は慌てて首を振り、後ろめたそうな表情を浮かべて晶の顔に視線を戻した。
「ごめんね、晶ちゃん。もう絶対にしないから許してね」
「……」
 伏し目がちに謝罪する徹也に、咄嗟には言葉を返せない晶。もう絶対にしないと徹也は言う。それはそれで本心だろう。
けれど、この年ごろの男の子が胸の奥底にひそませている性に対する好奇がどれほどのものか、自分もさほど年齢が違
わない晶は痛いほど知っている。いくら理性で抑えつけようとしても、日頃から持て余している性欲や異性に対する際限な
い好奇に抗うことは難しい。口では謝罪の言葉を述べても、いつ何時ふたたび好奇に駆られて晶の下半身に目を向けよう
とするかしれたものではない。
 おむつに包まれた下腹部を見られるだけでも羞恥の極みなのに、それに加えて、朝勃ちのために異様に大きく膨らんだ
股間を目の当たりにされでもしたら……。

「お、お兄ちゃん……晶、お願いがあるの。晶のお願い、きいてくれる?」
 一瞬だけ迷って、晶は思いきり甘えた仕種で言った。
「お願い? そりゃ、晶ちゃんのお願いだったらどんなことでもきいてあげるけど、急にとうしたんだい?」
 突然のことに要領を得ない顔で徹也が聞き返す。
「チュッして。晶、お兄ちゃんにチュッしてほしいの。いいでしょ?」
 晶は頬をほんのりピンクに染め、いかにも恥ずかしそうに小さな声で言った。
「チュッって……ひょっとして、キスのことかい? で、でも、お母さんやお姉さんの目の前でキスだなんて……」
 晶からの思わぬ懇願に、満更でもなさそうに、けれど、戸惑いの色も隠せずに、徹也は口ごもった。
「晶がこんなにお願いしてるのに、チュッしてくれないの? 女の子の方からチュッしてってお願いするのがどんなに勇気
の要ることか、お兄ちゃんにだってわかるでしょ? なのに、恥ずかしいのを我慢してこんなに一生懸命おねだりしてるの
にチュッしてくれないの? ――いい、もういいもん。そんなお兄ちゃんなんて大っ嫌いなんだから」
 晶は拗ねたようにぷっと頬を膨らませて媚びてみせた。
 異性の身体に対する好奇で胸がいっぱいになる思春期の真っただ中にある徹也に二度と自分の下腹部に目を向けな
いようするため(そして、窓の外いっぱいに広がる恥ずかしい下着の方にも視線を向けさせないようにするため)には、こ
うするしかなかった。唇と唇とを重ね合わせ、互いに相手の顔を見つめ合う以外に、徹也の視線を一カ所にとどまらせる
術はない。そう判断した晶は、幼い女の子そのままの口調と仕種で徹也にキスをせがんだのだった。
「いいわよ、ママや私のことは気にしなくても。いつまでもねんねで引っ込み思案の妹に素敵なボーイフレンドができて、そ
のボーイフレンドとキスをするところを見られるなんて、ママも私もとっても嬉しいんだから。ほら、女の子が勇気を振り絞っ
てキスをおねだりしてるんだから、徹也君もちゃんと応えてあげてちょうだい」
 晶の真意を察した美也子が徹也を促す。
「そうよ。いつまでもおむつ離れできない赤ちゃんみたいな晶ちゃんが男の子とキスをするほど成長したんだなって思うと、
私としても感慨無量だわ。まさか徹也君、うちの可愛い晶ちゃんのおねだりを聞き入れてくれないなんて、そんなひどいこ
とをするような子じゃないわよね?」
 美也子の言葉に京子も声を重ねた。

「えーと、じゃ、あの、お母さんとお姉さんがそんなふうに言ってくれるなら……」
  はにかみの表情を浮かべた徹也は照れ臭そうに言って、舌で唇を湿らせた。
「早くしてってば、お兄ちゃん!」
 いつ徹也が自分の下腹部の方に顔を向けるかしれたものではないと気が気でない晶は、徹也の首に両手を絡めて自
分から唇を寄せた。
 女の子の格好、それもスカート付きロンパースによだれかけという赤ん坊そのままの姿をさせられても、朝勃ちという男
の子としての生理現象には変化がない。今や、それだけが自分がまだ男の子だと実感することのできる唯一つのシルシ
だった。なのに、その男の子としての唯一のシルシを自分から隠さなきゃいけないなんて。しかも、自分よりも二つ年下の
男の子と唇を重ねることでしか隠せないなんて。
 けれど、今はそんな恥辱の念に浸ることもできない。
「ちょ、ちょっと待ってってば。――む、むぐぅ」
 首筋にぶら下がる晶の体重に耐えかねて、徹也は床に両手をついた姿勢で背中を曲げ、とうとう晶と唇を触れ合わせた。
「離れちゃ駄目だよ。ずっとずっといつまでもこのままいてくれなきゃ、晶、お兄ちゃんのこと嫌いになっちゃうんだから」
 徹也と唇を重ね合わせたせいでくぐもりがちになる声で、それでも晶は恋する少女を演じてしきりに甘えてみせる。
「うん、わかった。お母さんとお姉さんが見ている前でキスするなんて照れ臭かったけど、そうだよね、女の子の晶ちゃん
が勇気を出してチュッしてって言ってくれたんだもん、男の子の僕がおどおどしてちゃいけないよね。いいよ、ずっとこうして
いようね。おむつを取り替えてもらう間、哺乳壜のぱいばいを飲ませてあげる代わりにチュッしとこうね。だから、おむつを
取り替えてもらったら、急いでまんまを食べなきゃいけないよ。少しでも早くデートに出かけるんだから」
 はにかみの表情をすっかり消し去って、こちらもくぐもった声で、徹也はいかにも年下のガールフレンドを気遣う年長のボ
ーイフレンド然とした口調で優しく言いい、くすぐったそうにくすっと笑うと、片手を床から離して晶の頬をつんとつついて続け
た。
「晶ちゃん、ミルクの匂いがするよ。これって、年ごろの女の子の匂いじゃなくて、赤ちゃんと同じ甘い匂いだね。でも、そうだ
よね。ついさっきまで哺乳壜でぱいぱいを飲ませてあげてたんだもん、ミルクの匂いがするのが当たり前だよね。それにし
ても、いい匂いだなぁ。親戚のお姉さんが時々赤ちゃんを連れて家に遊びに来るんだけど、その子と同じ甘い匂いだよ。赤
ちゃんみたいに可愛い晶ちゃんにお似合いの、とってもいい匂いだよ」

「やれやれ、すっかり甘えん坊の赤ちゃんになっちゃったわね、晶ちゃんたら」
 バスタオルの上に横たわって徹也と唇を重ねる晶の様子を見守っていた京子が、ひょいと肩をすくめて美也子に言った。
「本当に、こんなに赤ちゃん返りしちゃうなんて、ちょっとびっくりかも。でも、ここは赤ちゃんじゃないわよ」
 美也子は声をひそめて応え、くすくす笑いながら、おもむろに晶の股間を指差した。
「ここだけは高校生のままなんだから。それも、立派な男の子のね」
「確かにそうね。ここだけは、元気な高校生の男の子のままみたいね。それで、どうするの? おむつを取り替えてあげる
時は体温も測るようにしなさいって教えてあげたけど、今もそうするの?」
 おむつカバーの前当てに続き横羽根を開いて左右に広げる美也子の手元を覗き込みながら、京子はぞくっとするような
流し目をくれた。
「ううん、今はいいわ。わざわざお尻をいじってあげなくても、こんなに元気でおっきくなっちゃってるんだから」
 美也子は、晶の左右の足首を左手でまとめてつかむとそのまま高々と差し上げ、布おむつをおむつカバーの前当ての
上に広げ、それまで窮屈そうにしていたのがぬっと鎌首をもたげるように屹立したペニスをしげしげと眺めて言った。
「確かにね。ちょっと可愛がってあげたらすぐイっちゃいそうだから、今はお尻はいいかもね」
 にんまり笑って京子が同意する。
 声をひそめてそんな会話を交わす二人の声は晶の耳にも届いているのだが、何を話しているのかまでは聞き取れない。
けれど、声の調子から判断すれば、きっとまた晶に恥ずかしい目に遭わせる相談をしているに違いないというくらいの想像
はつく。
「ずっとずっとチュッしててよ、お兄ちゃん。途中で唇を離したりしないでね。約束だよ、お兄ちゃん」
 晶は、徹也が京子と美也子の会話に興味をしめさないよう、ますます強く首筋にすがりついた。
「そんなに強くしがみつかなくても絶対に離したりしないから大丈夫だよ。僕だって晶ちゃんのことが大好きで、ずっといつで
も一緒にいたいんだから。赤ちゃんみたいに甘えん坊で、赤ちゃんみたいに甘くていい匂いがして、僕がいなきゃ赤ちゃんみ
たいに一人じゃどこへも行けない晶ちゃんのこと、いつまでも僕が守ってあげるんだから」
 晶の真意などまるで気づくことなく、ただひたすらいとおしげに唇を重ねる徹也。
「ちょっと見てごらん、美也子。二人とも、さっきより激しくなっちゃってるわよ。このままじゃ、美也子のお嫁さんになる筈の晶
ちゃん、徹也君に横取りされちゃうんじゃないの?」
 ますます激しく唇を重ね合う二人の様子を目にして、京子はからかいぎみに美也子の耳元で囁いた。

 しかし、それに応じる美也子の声は平然としたものだ。
「いいのよ、あれで。恋する女の子の気持ちをわかるようになるためにキスまでは許してあげてるんだから。でも、許して
あげるのはそこまで。それ以上のことは――可愛い晶ちゃんを最後までイカせてあげられるのは私だけなんだから」
 童女そのままの無毛の股間にはまるで似つかわしくないいやらしい肉棒の先端に新しい布おむつをかぶせ、らんらんと
光る瞳で京子の顔を顔を見上げた美也子は、真っ赤な舌をちろっと突き出して艶然と微笑んだ。
「ん……」
 剥き出しになったペニスに柔らかな布おむつをかぶせられる感触に、晶は弱々しい喘ぎ声を漏らして腰をぴくんと震わ
せた。
「どうしたの、晶ちゃん? 気分でも悪いのかい?」
 思いがけない喘ぎ声に、徹也が訝しげな顔つきになる。
「う、ううん、そんなじゃない。そんなじゃなくて……う、嬉しいの。お兄ちゃんにこんなにずっとチュッしてもらえて、晶、とっ
ても嬉しいの。だから、変な声を出しちゃったの。ごめんね、お兄ちゃん。心配させてごめんね。でも、晶のこと心配してく
れて、それもとっても嬉しいの」
 美也子の手が新しい布おむつの上からペニスを撫でさする感触が伝わってくる。そんな光景を徹也に見られるわけには
ゆかない。晶は必死の思いで甘えん坊の少女を演じ、幾らか躊躇った後、すっと息を飲みこむと、遂には舌を徹也の口の
中に差し入れるのだった。
 ここまですれば徹也が美也子の方に振り向くことは絶対にない。
 けれど、その代償はとてつもなく大きかった。最後の最後までかろうじて持ちこたえていた男の子としての矜持が、がらが
らと音を立てて崩れ去るような思いにとらわれる。
「あ、晶ちゃん……!?」
 晶の突然の振る舞いに徹也は驚きの声をあげたが、困惑の表情を浮かべていたのはほんの短い間だけだった。徹也は
晶と唇を重ね合わせたまま小さく頷くと、躊躇いがちに自分の舌を晶の舌に絡ませた。

 朝勃ちでいきりたっているペニスに柔らかな布おむつをかぶせられ、その上から最も感じやすい部分をなぶられるだけ
でも今にも絶頂を迎えそうなのに、それに加えて、(同性が相手ではあるものの)舌と舌を絡み合わせるディープキスに及
んだものだから、もうたまらない。美也子の指の動きにいざなわれるまま、晶はあっという間に昇りつめてしまった。
「お兄ちゃん。あ、あ……お兄ちゃん、徹也お兄ちゃん……やん……!」
 舌を自由に動かせないせいでよほど注意していないと何を言っているのか聞き取れないものの、徹也の名を呼びながら
絶頂に達したのは間違いないようだ。晶は言葉にならない声をあげ、体をびくんと震わせた。
「ど、どうしたの、晶ちゃん!? なんだか変だよ、本当に大丈夫なのかい!?」
 さっきよりも激しい晶の体の震わせ方に、徹也は気が気ではない。反射的に唇を離し、体を起こそうとする。
「やだったら、駄目なの! お兄ちゃんはずっとこのまま晶とチュッしてなきゃいけないの!」
 離れようとする徹也の舌を咄嗟に自分の舌で絡め取り、力まかせに唇を重ね合わせながら、晶は、徹也の首筋に巻き
つけた両腕に渾身の力をこめた。
「心配することはないわよ、徹也君。晶ちゃん、体の具合がわるいわけじゃなくて、おしっこをおもらししちゃっただけだから、
そのままキスをしていてあげて。その間に濡れたおむつの後始末をして新しいおむつに取り替えてあげるから。――寝汗
で湿っぽくなっただけのおむつじゃなく、おしっこで濡らしちゃったおむつの後始末をしてからね」
 どくどくと脈打つペニスを布おむつの上からそっと握ったまま美也子は徹也の背中越しにこともなげに言って、胸の中で
「それも、普通のおしっこじゃなく、いやらしい白いおしっこで汚しちゃったおむつの後始末をしてからね」と付け加えた。
「おしっこ? 晶ちゃん、おむつを取り替えてもらってる最中におもらししちゃったんですか?」
 体調が優れないのではないと知ってほっとしつつも、徹也は美也子の説明に驚き、唇を塞がれ舌の自由を奪われて自由
にならない口を動かして、言葉の意味をかろうじて判別できるかどうかのくぐもった声で聞き返した。

「そうなのよ。晶ちゃん、夜中に一度おねしょのおむつを取り替えてあげた後は朝まで我慢できるんだけど、朝ご飯を食べ
ながら失敗しちゃうことが多いの。今朝は徹也君がいるから緊張して我慢できるかなとも思ってたんだけど、やっぱり駄目
だったみたい」
 自分の手で搾り取った白いおしっこなのに、美也子はそんなことはおくびにも出さず、さも晶が毎日のように決まって朝
食を摂りながら粗相をしてしまって困っているというような口振りで言った。そうして、少し間を置いてから、こんなふうにひ
やかして言う。
「あ、でも、今朝の失敗は徹也君のせいかもしれないわね。本当なら我慢できていたのに、徹也君と熱々のキスなんてし
ちゃったせいで亢奮して、それでとうとう我慢できなくなって失敗しちゃったのかも。だけど、それだと困ったことになりそう
ね。だって、デートでキスをするたびに晶ちゃんたらおしっこを失敗しちゃうってことになるんだもん」
 そこまで言って美也子は再び間を置き、くすっと笑って更に続けた。
「とはいっても、晶ちゃん、パンツじゃなくておむつをあててるんだもん、それでも構わないんだっけ。デートでキスをしても
らうたびにおしっこを失敗しちゃっても、おむつだからお洋服やソックスをびしょびしょにしちゃう心配はないのよね。だから
徹也君、晶ちゃんがせがんだら、遠慮なくキスをしてあげてね。私が付き添ってあげられない時は徹也君に買ってもらった
紙おむつを穿かせてお出かけさせて、自分でトイレで取り替えるよう言いつけておくから。でもって、いつかもっと深いおつ
きあいをするようになったら、徹也君に晶ちゃんのおむつの交換をお願いしようかな。そうすればデートの時も布おむつをた
くさんあててお出かけさせられるから横漏れの心配もしなくてすむし」
 そんな美也子のひやかしに、二人は一言も返す言葉がない。徹也は自分のことでもないのに恥ずかしそうに睫毛をしば
たたかせるばかりだし、晶には、美也子の言葉に屈辱と羞恥で胸を焼かれながら、徹也と舌を絡み合わせ唇を重ね合わせ
ることしかできなかった。
「さ、おしっこも全部出ちゃったみたいだから、おむつを取り替えてあげなきゃね。でも、このままじゃ取り替えてあげられな
いわよ。今から、おしっこを失敗しちゃった時は、『おしっこで汚しちゃったおむつを取り替えてください』って晶ちゃんがお願
いしてからでないと取り替えてあげないっていうことにしましょう。もうすぐ春休みが終わって、晶ちゃんは五年生になるのよ。
小学五年生にもなってまだ治らないおもらし癖を反省するためには、きちんとお願いしてからでないとおむつを取り替えてあ
げないってことにしないとね。五年生にもなっておむつ離れできない晶ちゃんには、躾のために、これくらいのことはしないと
いけないわよね」
 無言で徹也と唇を重ねる晶に向かって、美也子が冷徹な声で言った。

 けれど、美也子の言葉に対して、晶は無言で力なく首を振るだけだ。徹也と舌を絡み合わせているせいで声を出しにく
いという事情もあるが、それよりも、おむつの交換をせがむ姿を徹也に見られるのがたまらない。
 一瞬、部屋中がしんと静まりかえる。
「いつまでも黙ってちゃ駄目だよ、晶ちゃん。お姉さんの言う通り、おむつを取り替えてくださいってお願いした方がいいと
僕も思うよ。いつまでもおむつ離れできない晶ちゃんも可愛いけど、でも、もう五年生だもん、おしっこを教えられるように
なる練習もしといた方がいいに決まってるよ」
 沈黙を破ったのは徹也だった。徹也は、首筋に絡みつく晶の手を優しく振りほどくと、そっと唇を離し、いかにも自分の
方が年長だといわんばかりの教え諭すような口調で、いつまでもだんまりを決め込む晶に言い聞かせた。
「だ、だって……」
 晶は再び唇を寄せながら拗ねたように口ごもった。
「だってじゃないよ。お家の中じゃいつまでも赤ちゃんでいいけど、学校へ行ったら高学年の上級生なんだよ、晶ちゃん。
低学年の子のお手本にならなきゃいけないのに、お姉さんにおむつの交換もお願いできないなんて、そんなのいけないよ。
そんなだと、『あのお姉ちゃん、五年生なのに私たちよりも小っちゃい子みたい』って一年生の子にも笑われちゃうよ。それ
でもいいの? 晶ちゃん本人はそれでよかったとしても、そんなの、僕はいやだな。僕のガールフレンドが一年生の子から
もバカにされちゃうような聞き分けのない子だなんて、そんなの、いやだな」
 徹也は晶の手をやんわり押しとどめて、いささかきつい口調で言った。自分の方がずっと年上だということに微塵の疑い
抱いていないのが明らかな強い口調だ。
「……」
 それでも晶は美也子の方に目をやろうとせず、唇を「へ」の字に曲げて押し黙ってしまう。
「やれやれ、こんな簡単なこともできないなんて、本当に困った子だね、晶ちゃんは。でも、いつまでも濡れたおむつのまま
じゃ、晶ちゃんのすべすべのお尻がおむつかぶれで真っ赤に腫れちゃんじゃないの? ――いい、わかった。今回だけは晶
ちゃんの代わりに僕がお姉さんにお願いしてあげる。でも、今回だけだよ。次からは晶ちゃんが自分でお願いするんだよ。わ
かってるね?」
 いつまでも口を開こうとしない晶に呆れたように、そう言って徹也は美也子の方に振り向きかけた。

「駄目! そっち見ちゃ駄目だってば、お兄ちゃん!」
 晶は力まかせに徹也の首に両手を絡ませて悲鳴をあげた。剥き出しの股間を徹也の目にさらすような事態になること
だけはなんとしてでも避けなければならない。
「だって仕方ないだろう? 僕がお願いしてあげないと、晶ちゃん、いつまでも濡れたおむつのままでおむつかぶれになっ
ちゃうんだから」
 叫び声に、徹也は振り向きかけた顔を元に戻し、晶の顔を間近に見おろして溜息混じりに言った。
 そう言われては、晶にしても返す言葉がない。
「……お願いする。晶、自分でお姉ちゃんにお願いする。だから、お兄ちゃんはお姉ちゃんの方を見ないで……」
 晶は徹也の顔をおずおずと見上げ、今にも消え入りそうな声で言った。
「うん、わかった。晶ちゃんが自分でお姉さんにお願いできるならその方がいいに決まってるもん、僕は余計な口出しをし
ないよ。ただ、ちゃんとお願いできるように僕が教えてあげるから、その通りに言うんだよ。晶ちゃん、お利口さんだもん、
僕の後についてちゃんてお願いてけきるよね」
 自分でお願いするという晶の返答を聞いた徹也はにこやかな笑みを浮かべ、さっきまでのきつい調子が嘘みたいな優し
い声で応じた。そうして、晶の目をじっと見ながら、ゆっくりした口調で、晶が言うべき言葉を一言一言区切るようにして先
に口にし始めた。
「お姉ちゃんにお願いがあります。――最初はここまで言ってごらん」
 徹也は、まるで大人が幼児に言葉を教える時さながら短い文章を口にして、それを真似るよう晶に命じた。
「……お、お姉ちゃんに……お、お願いがあります」
 微かな屈辱の色を顔に浮かべてつつも、晶には、徹也の言葉をぎこちなく真似ることしかできない。
「晶、おもらししちゃいました。――はい、次はここまでだよ」
「晶……お、おも……おもらししちゃいました」
「おしっこで濡れちゃったおむつ、取り替えてください。――さ、言ってごらん」
「お、おしっこ……おしっこで濡れちゃったお……おむつ、取り替えてください」
「お願いします、お姉ちゃん。――これで最後だから頑張って」
「お、お願いします……お姉ちゃん」

「うん、それでいいんだよ。さすが五年生、上手に言えたね、晶ちゃん。じゃ、今度は僕が教えて上げた通り、ちゃんと続け
て言うんだよ。でもって、きちんとお姉さんにお願いしておむつを取り替えてもらおうね。おむつを取り替えてもらっている
間、もういちどチュッしていてあげる。だから、頑張ってお利口さんにするんだよ。いいね、わかったね?」
 徹也は、年上のボーイフレンドや兄どころか、ようやくたどたどしい口振りで言葉を話し始めたばかりの幼い娘を持つ若
い父親みたいに相好を崩して、自分の教えた通りに言えた晶を褒めそやした。
「……う、うん……」
 美也子になぶられて絶頂に達した時に思わずその名を呼んでしまい、今はおむつを取り替えてもらうためのお願いの言
葉を口移しに教えてもらった相手である徹也。本当ならその徹也より二つ年上で高校生の晶だが、今や、それこそずっと
年下で甘えん坊の一人では何もできない幼いガールフレンドになり果ててしまった自分を受け容れるしかないことを痛いほ
ど思い知らされていた。
「さ、お姉さんにお願いしてごらん。僕は壁の方を向いているから、恥ずかしがらずにちゃんとお願いするんだよ。きちんと
お願いできておむつを取り替えてもらえるようになったら約束通りチュッしてあげるから」
 徹也はそう言って体を起こしかけたが、晶の口元がべとべとに濡れていることに気づくと、晶の胸元を覆っている大きなよ
だれかけに指をかけた。
 晶の口のまわりが濡れているのは、よだれのせいだった。唇を重ね合わせ舌を絡み合わせたキスを続けているうちに口
の中に溜まった唾が、晶が金切り声をあげたり徹也に教えられるままおむつを取り替えてもらうお願いの練習をするたび
に溢れ出して唇から流れ落ち、口元といわず頬といわずべとべとに濡らしてしまったのだ。
「さっきはミルクを拭いてあげたけど、今度はよだれだね。あ、でも、ちっとも気にすることなんてないんだよ。甘えん坊で僕
に頼りきりの晶ちゃんのお世話をしてあげるの、僕はとっても楽しいんだから。もしも僕たちが結婚することになって、それ
で赤ちゃんができたりしたら、赤ちゃんの世話も僕がしてあげる。晶ちゃんと赤ちゃん、二人まとめて僕が面倒みてあげるか
ら思いきり甘えていいんだよ」
 とびきりの笑顔でそう言った徹也は、よだれかけの端を晶の頬にそっと押し当てた。

「……あ、晶……晶、赤ちゃんなんかじゃない。赤ちゃんなんかじゃないのに、こんなこと……」
 よだれかけの端を持つ徹也の手から逃れようとした晶だが、自分が徹也のガールフレンドどころか幼い姪っ子や妹み
たいに扱われる羞恥に、それ以上は何も言えなくなってしまう。
「ほら、お口のまわりを綺麗綺麗してあげる間、じっとしてるんだよ。それに、あまりお喋りを続けるとよだれがまたこぼれ
てくるから、ちょっとの間だけお口はないないしておこうね。あ、そうだ。これ以上よだれがこぼれないよう、お口の中の唾
を飲み込んでおいた方がいいね。さ、上手にできるかな? ほら、ごっくんしてごらん」
 徹也は、晶の口元と頬をよだれかけの端で優しく拭いながら、とっておきの優しい声で言った。
 少しだけ間があって、徹也に言われるまま晶が唾を飲み込む音が微かに聞こえる。
「うん、上手だよ、晶ちゃん。さ、お口のまわりも綺麗になったし、これでお姉さんにおむつの交換をお願いできるね」
 晶が口の中の唾を飲み込むのを確認した徹也は、唇の端をもういちどそっと拭ってから、よだれかけを元に戻した。
 徹也には露ほどの邪気もない。ただ、自分の幼いガールフレンドの面倒を甲斐甲斐しくみてやっているだけだ。けれど、
それが却って晶の羞恥を掻きたてる。
「さ、お姉さんにお願いするんだよ」
 上半身を起こし、晶の下腹部を見ないよう壁に向かって床に座った徹也が、優しい声で重ねて促した。
「……お、お姉ちゃん……」
 徹也に促されて、バスタオルの上に寝そべった姿勢のまま口を開いた晶だが、足首を高々と差し上げられているせいで
丸見えになっている自分の下腹部を目にした途端、言葉に詰まってしまう。ただでさえ薄い飾り毛を美也子の手で剃り落
とされ、本来の肌のきめ細かさと相まって童女さながらつるつるになってしまった股間に、白いおしっこを搾り取られた直後
の力ないペニスがだらりと垂れ下がっているのだ。自分のそんな惨めな下腹部を目の当たりにして、羞恥に満ちたお願い
の言葉を続けられるわけがない。
「どうしたの、晶ちゃん? どんなふうにお願いするのか忘れちゃったんだったら、もういちど教えてあげようか?」
 途中で口をつぐんでしまった晶に、徹也が気遣わしげな声をかけて僅かに顔を動かした。

「あ、ううん、晶、大丈夫だよ。どうやってお願いすればいいか、お兄ちゃんに教えてもらったこと、ちゃんと憶えてる。だか
ら、大丈夫だよ」
 徹也が首を巡らせる気配を察した晶は慌ててそう言い、二度三度と浅い呼吸を繰り返してから、ようやくのこと美也子の
顔をおそるおそる見上げて再び口を開いた。
「お、お姉ちゃんにお願いがあります。晶、お、おもらししちゃいました。おしっこで濡れちゃったお、おむつ……取り替えて
ください。……お願いします、お姉ちゃん」
「うふふ、やっとお願いできたわね、晶ちゃん。これもみんな、お願いのしかたを優しく教えてくれた徹也お兄ちゃんのおか
げよ。もう五年生になるんだから少しはしっかりしてきたかなと思ってたんだけど、やっぱり、中学三年生のお兄ちゃんに
はかなわないわね。でも、いつまでもおむつ離れできない困ったちゃんだから、晶ちゃんが中学三年生になっても、今の
徹也君みたいにしっかりした子になれるかどうか心配だわ。今から徹也お兄ちゃんにいろんなことを教えてもらわないと、
下の学年の子に笑われちゃうかもしれないわね」
 唇を噛みしめるようにして声を絞り出す晶に向かって、含み笑いを漏らしながら美也子は言った。そうして、わざとらしい
仕種でウインクをしてみせると、
「でも、今から先のことを心配しても仕方ないわね。中学生になってもおもらし癖が治らなかったとしても、それはその時の
こと。もしも高校生になってもおむつ離れできなかったとしても、それもその時のこと。今から心配しててもしようがないも
のね。今は、おしっこで濡れちゃったおむつを取り替えてあげることだけを考えることにしましょう。それと、いいわね、晶ち
ゃん? これからも、おもらしをしちゃった時はすぐ教えるのよ。おもらしのことをすぐに教えて、おむつを取り替えてちょう
だいって今みたいに可愛らしくおねだりするのよ。おもらししちゃったのに教えなかったら、いい子になるための躾として、と
っても厳しいお仕置きが待ってるんだってこと、絶対に忘れちゃ駄目よ」
と、『高校生になってもおむつ離れできなかっとしても』という部分をわざと強調して言い、左手で一つにまとめてつかみ持っ
た晶の足首をますます高く差し上げるのだった。

                           * * *


「はい、お待たせ。お出かけ用の着替えが終わったから、いつでもデートに出発できるわよ」
 羞恥と屈辱に満ちた朝食の後、美也子に体を抱かれて二階の部屋に戻った晶が着替えを終え、美也子に手を引かれて
徹也の目の前に現れるのに、さほど時間はかからなかった。

「ほら、なにを恥ずかしがってるの。赤ちゃんからちょっぴりお姉ちゃんになった晶ちゃんの格好を徹也お兄ちゃんに見て
もらわなきゃ駄目じゃない」
 手を引かれて再びダイニングルームに足を踏み入れた晶だが、美也子の背後に身を隠すばかりで、なかなか徹也に姿
を見せようとはしない。それを美也子が強引に自分の体の前に押し出して、幼児をあやすように言い聞かせた。
「え……?」
 やっとのこと目の前に現れた晶の姿を見るなり、徹也は驚きの声をあげて大きく両目を見開いた。
 もっとも、徹也が驚くのも無理はなかった。たしかに、二階の部屋から戻ってきた晶の身を包んでいるのは、それまでの
ようなロンパースやよだれかけといった赤ん坊の装いではなかった。美也子の言う通り、『ちょっぴりお姉ちゃんになった』
格好なのは間違いない。しかし、それは、あくまでも『ちょっぴり』でしかなかった。今、晶が身に着けているのは、プリーツ
たっぷりのパステルピンクの生地でできた吊りスカートに、パフスリーブが愛くるしい丸襟のブラウス、それに、吊りスカー
トとは微妙に異なる色合いのベビーピンクとオフホワイトのチェック柄の生地で仕立てたスモックという装いだった。赤ん坊
の姿にに比べれば、たしかに、『ちょっぴり』お姉ちゃんらしくはなっている。しかし、晶の本来の(と徹也は信じてやまない)
小学五年生という学年にはほど遠い、幼稚園児そのままの服装だ。しかも頭には鮮やかな黄色の通園帽をかぶっている
ものだから、体の大きさを気にしなければ、どこからどう見ても幼稚園児にしか見えない。いや、体の大きさにしても、身長
が百八十センチを越える大柄な美也子と並ぶと実際の身長よりもずっと背が低く見えるから、丸っこい童顔やおどおどした
身のこなしと相まって、幼稚園に通い始めたばかりの内気で引っ込み思案の幼い女の子が恥ずかしそうにはにかんで立っ
ているようにしか見えない。
「どう、徹也君? 晶ちゃん、こういうお洋服も似合うでしょ?」
 呆気にとられている徹也の顔を面白そうに見おろして、美也子が声を弾ませて同意を求めた。
「え……えーと、あ、あの、これって、附属幼稚園のですか?」
 咄嗟のことにどう応えていいのかわからず、徹也は、晶が隣町の附属小学校に通っていると聞かされたことを思い出して
曖昧な表情で訊き返した。
「そう、附属幼稚園の服装よ。通園の時はスモックじゃなくて同じチェック柄のジャケットなんだけど、教室でお絵描きをした
りお遊戯をしたり、休み時間に砂場やグラウンドで遊ぶ時はこういう格好をするのよ。ほら、見てごらんなさい」
 美也子は大きく頷いて応え、晶がブラウスの上に着ているスモックの胸元を指差した。
 そこには、桜の花びらの形を模した縁取りの中の白い部分に『さくらんぼぐみ・えんどうあきら』とピンクの大きな字で名前
を書いた布製の可愛らしい名札が縫い付けてあった。

「附属の幼稚園じゃ、年少さんのクラスは『さくらんぼぐみ』っていう名前になってるの。で、、年中さんは『みかんぐみ』で、
年長さんのクラスは『りんごぐみ』。ね、どれも果物の名前で、順番にだんだん大きくなってるでしょ? つまり、『さくらん
ぼぐみ・えんどうあきら』だと、年少さんクラスの遠藤晶ちゃんって意味になるわけ」
 美也子は、晶に着せたスモックの胸元に縫い付けた名札の真ん中のあたりを人差指の先でちょんとつつきながら、徹
也に向かってにっと笑って言った。
「で、でも……まさか、晶ちゃんが幼稚園に通ってた時の制服がこれだってことはありませんよね? いくらなんでも、年
少さんの時に着ていた制服が小学五年生になっても着られるなんてことあるわけないし……」
 徹也は、まだ腑に落ちないという顔つきで重ねて訊いた。
「もちろん、新しくつくってもらった制服よ。昨日行った茜お姉さんのお店で特別につくってもらったの。あそこ、附属の制
服も取り扱ってるからメーカーとも話がつくし、いざとなったら店長の茜お姉さんが仕立て直してくれるから、小学五年生
になる晶ちゃんの体に合わせて幼稚園の制服をつくってくれるようお願いしても、すぐに快く引き受けてくれたわ」
 徹也の問いかけに美也子はこともなげに答えた。
「け、けど……」
 美也子の説明に対して徹也はまだ納得いかない顔だ。目の前に立ちすくんでいる晶が着ているのが特別に仕立てた
幼稚園の制服だということはわかった。それはわかったけれど、だけど、それにしても。
「どうして晶ちゃんが幼稚園に通っていた頃の格好をしているのか、それが不思議みたいね?」
 徹也の表情を読み取った美也子が、謎々を楽しむかのような口調で言った。
「え、あ、はい……」
 徹也は美也子の顔を見上げて、曖昧な表情で頷いた。
「じゃ、教えてあげる。小学五年生になる晶ちゃんが幼稚園児の格好をしているのは、公園デビューをするためなのよ。今
日が、晶ちゃんの二回目の公園デビューの日になるの」
 美也子は晶の顔をちらと見てから、『二回目の公園デビュー』という部分を強調して徹也に言った。

「二回目の……」
 徹也は尚も要領の得ない顔でぽつりと呟いた。
「晶ちゃん、二歳の時に公園デビューは済ませてるのよ。お家の近く、これから徹也君と一緒に行くことになっている児童
公園でね。でも、今日、あらためてもういちど公園デビューをし直すの。だから二回目の公園デビューで、それにふさわし
いお洋服を茜お姉さんにお願いして特別に仕立ててもらったのよ」
 徹也が公園デビューをしたのは、美也子が言うように、二歳の誕生日を祝ってしばらくしてからのことだった。但し、一人
でその日を迎えたのではなく、最初の誕生日を過ぎて何ケ月かが経った美也子と共にだった。その頃はまだ晶の母親が
忙しく、晶は京子に面倒をみてもらっていたため、京子が二人一緒に公園デビューさせたのだった。しかも、晶は京子の手
で女児用の洋服を着せられ、髪も可愛らしいヘアスタイルにまとめられていたから、子供たちを公園で遊ばせていた他の
母親たちは、二人のことを愛くるしい姉妹だと信じて疑わなかったらしい。今でも、古いアルバムのページをめくれば、丈の
短いスカートの裾から女児用のオーバーパンツを覗かせて砂場遊びに興じる幼い晶を撮影した写真を何枚も目にすること
ができる。
 しかし、美也子に言われて徹也が想像した晶の公園デビューの情景は、実際のそんな光景とはまるで異なっていた。晶
のことを美也子よりも六つ年下の妹だと思い込んでいる徹也が脳裡に浮かべたのは、優しそうな母親としっかり者の姉に
見守られながら、おどおどした様子で他の子供たちの様子を窺う幼い晶の姿だった。徹也の想像の中の晶は今よりいっそ
う引っ込み思案で、他の子供たちから声をかけられただけで今にも泣きだしそうな顔になって姉にすがりつくような、とびき
り甘えん坊の幼女だった。
「昨日話したように、晶ちゃんは香奈お姉ちゃんや恵美お姉ちゃん、それに、美優お姉ちゃんたちとお友達になったの。晶ち
ゃん、附属へ通うようになってから公園へ行かなくなって近所の子供たちとも疎遠になっちゃったんだけど、昨日、久しぶり
に公園へ行って、新しいお友達ができたのよ。それで、昨日は知り合ったばかりの挨拶だけみたいなものだったんだけど、
今日からは本当のお友達どうしってわけ。だから今日が、晶ちゃんにとっては二度目の公園デビューの日ということになる
よ」
 美也子が手短に説明するとおよその事情がわかってきたのだろう、徹也は小さく頷いた。同時に、幼い頃の晶の様子を頭
の中に思い浮かべて、少しにやけぎみの顔になる。

 だが、それも束の間。徹也は再び訝しげな顔つきになって遠慮がちな口調で美也子に尋ねる。
「あの、だけど、どうして、こんな幼稚園に通う子みたいな格好なんですか? それも、晶ちゃんの体に合うように幼稚園
の制服をわざわざ特別につくってもらったりして」
「あ、それはね、晶ちゃんが最初に公園デビューしてしばらくしてのことなんだけど、幼稚園に入ってすぐの子が制服を着
たまま公園へ遊びに来ていたことがあったのよ。その子、吊りスカートとかスモックとかがとっても似合ってて、すっごく可
愛かったの。それを見た晶ちゃん、「晶もあんなの着たい~」って駄々こねちゃって。晶ちゃんはまだ小っちゃいから駄目
よって、私とママが幾ら説明しても聞いてくれなくて。幼稚園に通うようにならなきゃ制服は着られないだって言い聞かせ
るのに、どれだけ手間がかかったかしれないわ。それでもやっと晶ちゃんもわかってくれて、わかったら今度は幼稚園に
通うようになって可愛い制服を着て公園に来られるようになる日を指折り数えて待つようになって……だけど、いざ幼稚園
に通うようになった時は地元の幼稚園じゃなくて附属に行くことになったから、近所の子とはあまり遊ばなくなってきちゃっ
て、結局、幼稚園の制服を着て公園で遊ぶことなく小学校に上がっちゃったのよ。それがちょっぴり可哀想で、だから、今
度の二度目の公園デビューの時は幼稚園のお洋服を着せてあげたいなってママと相談してたの」
 徹也の問いかけに、美也子はしれっとした顔で偽りの説明を口にした。とはいっても、全てが嘘というわけでもない。二
歳ちょっとというまだ物心つくかつかないかという年齢で公園デビューをした晶には、男の子と女の子との違いというもの
がまだちゃんとわからなかった。しかも京子の手でことあるごとに女の子の格好をさせられていたものだから、自分が男
の子だという自覚もなかったし、男の子は大概ズボンを穿くものだということも知らずにいた。だから、たまたま制服姿で
公園へ遊びに来ていた幼稚園児の女の子を見かけた時、自分もあんな格好をしてみたいとたどたどしい口調で京子に告
げたこともある。それはそれで紛れもない事実だった。だが、その他のことは、そんな他愛のないエピソードを京子から聞
かされていた美也子がでっちあげた作り話にすぎない。
 それでも、徹也を納得させるには充分な説明にはなっていた。
 美也子は、徹也が無言で小さく頷くのを見てから、悪戯めいた笑みを浮かべて続けた。
「それと、これも昨日話したと思うんだけど、お友達になった子供達の中の美優お姉ちゃんっていうのは、幼稚園の年少さ
んなの。美優ちゃんも幼稚園の入園式を心待ちにしてて、ことあるごとに幼稚園の制服を着せてってママにせがむんだそ
うよ。それで、とうとう美優ちゃんのママも根負けしちゃって、今日は幼稚園の制服を着せて公園の連れてきてあげるんだっ
て。美優ちゃん、晶ちゃんのことをすっかり妹扱いしてるから、きっと幼稚園の制服を自慢して見せびらかすと思うの。そん
な美優ちゃんをびっくりさせるのも面白いかななんて思って、そういうのもあって晶ちゃんにこんな格好をさせてみたのよ」

「え!? 美優ちゃんのお母さん、昨日はそんなこと言ってなかったよ? お姉ちゃん、美優ちゃんが幼稚園の制服で公園
に来るって、いつ聞いたの?」
 横合いから驚きの声をあげたのは、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めて口をつぐんでいた晶だった。思いがけない言葉
に、慌てて美也子の顔を振り仰ぐ。
「うん、昨日はそんなこと言ってなかったわね。でも、晶ちゃんがねんねしてから電話をかけていろいろ話してるうちにそ
んな話になったのよ。美優お姉ちゃん、幼稚園の制服で公園に来るのをとっても楽しみにしているそうよ。晶ちゃんを羨ま
しがらせてやるんだって大はしゃぎしてたそうよ」
 黄色い通園帽をかぶった晶の顔をいとおしげに見おろして美也子が言った。
「電話って……電話番号、教えてもらってたの?」
「そうよ。まだおむつ離れできない赤ちゃんみたいな妹を持つ姉としては、美優お姉ちゃんのお母さんは育児の先輩だも
の。なにかと相談に乗ってもらえるかなと思って電話番号を教えてもらっておくのって当たり前のことでしょ? 昨夜もち
ょっとお願いしたいことがあったから、番号を聞いておいて助かったわ」
 美也子はこともなげにそう応えた。
 美也子が口にした『お願いしたいこと』という言葉に、なぜとはなしに晶は、胸が不安でざわめきたつのを止められない
でいた。

                          * * *

 児童公園の芝生広場には、昨日と同じ穏やかな春の風がそよ吹いていた。ただ、昼下がりに公園へやって来た昨日と
は違って今日はまだ午前中だから、吹き渡る風は尚いっそう爽やかだ。
「あ、晶ちゃんだ。晶ちゃーん、早くこっちへおいでよ~」
 公園の入り口に立った晶の姿を目ざとくみつけた香奈の声が、春の風に乗って飛んできた。

 香奈の声に、一輪車の練習をしていた弟たちや、練習を手伝っていた恵美も、揃ってこちらに振り向いた。
 一斉に向けられるたくさんの視線に、思わず晶は身をすくめ、美也子の陰に隠れようとする。だが美也子は晶の体を軽
々と前方に押し出し、それこそ、いつまでも手のかかる幼い妹に対するような口ぶりで言い聞かせた。
「ほら、お姉ちゃんたちやお兄ちゃんたちが呼んでくれてるわよ。いつまでも愚図愚図してないで、遊んでもらってきなさい」
「で、でも……」
 それに対して、晶は力なく首を振り、助けを求めるように美也子の顔を仰ぎ見るばかりだ。その仕種は、プリーツたっぷり
の吊りスカートに丸襟のブラウス、可愛らしい名札を縫いつけたスモックといういでたちと相まって、しっかり者の姉にべっ
たりの甘えん坊の幼女そのままだ。
 けれど、晶が公園の入り口に立ちすくんでいたのは、ほんの短い間だけだった。晶が来るのを待ちわびていた子供たち
がわらわらと駆け寄ってきて、あっという間にまわりを取り囲んだかと思うと、次の瞬間には晶の手を引いて芝生広場の方
に連れて行きそうになる。
「や、やだ、助けてよ、晶の手を離しちゃやだったら、お兄ちゃ~ん」
 子供達に取り囲まれた晶が、今にも泣き出しそうにしながら、徹也に向かって手を伸ばした。
「え、お兄ちゃん?」
「今日はお兄さんも一緒なの?」
 晶の手を取って歩き出そうとしていた香奈と恵美が、その時になってようやく存在に気づいたのか、徹也の顔と晶の顔、そ
れに美也子の顔を、驚いたように揃って交互に見比べた。
 晶が新しく知り合いになった友達と公園で遊ぶ約束になっていたところへ後から割り込むような形でついてきたものだか
ら徹也としても遠慮せざるを得ず、少し離れた所に立っていたせいで、子供達が徹也のことを晶の知り合いだと思わなかっ
たのも仕方ないところだ。だが、自分たちよりも少し年上の整った顔立ちをした少年が晶と知り合いらしいとわかると、途端
に興味津々という顔つきになる。

「え……あ、あの……」
「ま、本当のお兄さんってわけじゃないんだけどね。なんていえばいいんだろ、お兄さんみたいな人ってとこかな」
 言い淀む晶に代わって、美也子が手短に応えた。子供たち、とりわけ女の子たちの好奇をくすぐるために、わざと意味
ありげな言い方だ。
「お兄さんみたいなって……どういうことなんですか、お姉さん?」
 せがむような顔つきで恵美が重ねて訊いた。
 と、ぴんとくるものがあったのか、あっというような顔になった香奈が美也子にいそいそと話しかける。
「ひょっとして、晶ちゃんのボーイフレンドだったりするんじゃないですか? あの人、なんだか晶ちゃんのことをずっと見
てるし、晶ちゃんを見る目がきらきらしてるし」
 さすがに、そういったことに関して好奇心満々という年代で、恵美よりも少し敏感なところのある女の子だ。クイズを楽し
むような美也子の説明と徹也の様子から二人の仲を見て取った香奈は顔をほころばせて言った。
「え、ボーイフレンド!? 晶ちゃん、私たちより年下なのに、ボーイフレンドがいるんですか?」
 香奈の言葉に、一拍遅れて恵美が驚きの声をあげた。そうして、おそるおそるといった様子で徹也に近づき、おずおず
とながら好奇心いっぱいの顔で話しかける。
「あの、あの、私、夕陽丘小学校に通ってて六年生になる山根恵美っていいます。昨日、晶ちゃんとお友達になったばか
りなんですけど、あの、お、お兄さんは、その……」
「あ、僕は菅原徹也っていうんだ。今度、中三。実は僕も昨日、晶ちゃんと知り合ったばかりなんだよ」
 自分よりも三つ下の女の子から遠慮がちに話しかけられた徹也は、年長者らしく落ち着いた態度を装って応えた。だが、
ついつい照れ臭そうな表情になってしまうのは仕方ない。
「でも、ま、晶ちゃんとお友達ってわけじゃないんだけどね。そっちの女の子が言った通り、僕は……」
「やっぱり、ボーイフレンドなんですね!? 知り合ったばかりで、もうおつきあいしてるんですね!?」
 自分の勘が的中したのがよほど嬉しかったのか、徹也の言葉を途中で遮って香奈が声を弾ませた。

 そこへ、少しばかり棘々しいところのある甲高い声が飛んでくる。
「ボーイフレンドですって? まだおむつの赤ちゃんのくせして生意気なのね、晶ちゃんたら」
 はっとして声のする方に振り向いた晶の目に映ったのは、地元の幼稚園の制服に身を包んだ美優の姿だった。
「駄目よ、美優。そんな失礼な言い方しちゃいけないでしょ。――ごめんね、晶ちゃん。美優、悪気はないの。だから気に
しないでちょうだいね」
 嬌声をあげながら砂場で遊ぶ幼児の一団を抜け出てこちらに近づいてくる美優。その後ろに付き従う母親が申し訳な
さそうに声をかけてきた。
「なによ、ママったら晶ちゃんにごめんなさいなんて言っちゃって。美優が悪いんじゃないのに。晶ちゃんの方がいけない
のに」
 美優は晶のいる方を目指してずんずん歩きながら、ぷっと頬を膨らませて母親の方に振り返った。
 途端に、脚がもつれて前のめりにつんのめりそうになってしまう。気が強くて子供扱いされるのが嫌いな美優だが、足
取りは年齢相応に頼りないから、後ろに振り向いたまま歩き続けたりすれば倒れそうになってしまうのも仕方ない。
「危ない!」
 そのまま顔から地面に倒れそうになる美優に向かって手を差し伸べたのは、元いた場所から咄嗟に駆け寄った徹也だ
った。徹也は、傍らに立つ恵美の体を撥ねとばさんばかりの勢いでたっと駆け出すと、大きく両手を広げて美優の目の前
で地面に膝をついた。
 間一髪、美優は徹也の腕の中に飛び込むような格好になって、地面に倒れ込む事態になるのはかろうじて免れた。
「えーと、美優ちゃんだっけ? 大丈夫? どこか痛いところはないかな?」
 徹也は、びっくりしたような表情で自分の胸元に顔を押し当てて立ちすくんでいる美優の背中を二度三度と撫でさすり
ながら優しい声をかけた。
「う、うん……大丈夫。美優、大丈夫。どこも痛いところなんてないよ」
 徹也の胸に顔を埋めるようにして、美優は、どこかうっとりした声で応えた。

「そう、よかったね」
 徹也はもういちど優しく声をかけると、美優の脇の下に手を差し入れてちゃんと立たせようとした。
 が、おそるおそるという様子ながらも、美優は徹也の胸元から顔を離そうとしない。どうやら、自分の父親よりは若く、普
段よく一緒に遊ぶ同年代の男の子と比べればずっと年上の、青年期の入り口に差しかかったばかりの徹也に心惹かれ
てしまったらしい。さっきまでの『晶に対してご機嫌斜めな少し意地悪の姉貴分』モードから『初対面の徹也に一目でぞっ
こんの恋する乙女』モードへと一瞬にしてスイッチが切り替わってしまったといったところだ。
 が、まだ人生経験が浅くて女の子の心の動きというものに疎い上に、まさか幼稚園に上がるか上がらないかといった年
代の幼女が自分に対してそんな気持ちを抱くなどと想像だにしていない徹也には、美優の胸の内を察することなど到底
おぼつかない。単に、もう少しで倒れてしまいそうになったのが怖くて、体を支えてやった自分にしがみついているんだろ
うなと思ってみるだけだ。
 それに対して、年は離れていても、さすがに香奈と恵美は同じ女の子だ。美優の心の動きをそれとなく察知した二人は、
互いに面映ゆそうな笑みを浮かべて目配せを交わし合った。同時に、美優の胸の内を察する様子が微塵もない徹也をか
らかってみたくなる。いや、正確に言うと、二人が目配せを交わし合った裏には、もう少し別の心の動きもあった。簡単に
言えば、それは、晶に対する嫉妬だった。嫉妬といっても、大人どうしのどろどろした醜い感情のわだかまりなどではなく、
自分たちよりも年下(だと信じきっている)の晶がボーイフレンドを連れて来たことが少し妬けて、ちょっとした悪戯を仕掛け
てやってもいいかなと思いついたというほどの他愛ない嫉妬だ。
「ね、美優ちゃん。さっき、お母さんに『晶ちゃんがいけないのに』って言ってたよね? あれってどういうことなのかな? 晶
ちゃんが美優ちゃんに何かひどいことしちゃったのかな?」
 なかなか自分から離れようとしない美優の感情に思い至ることもかなわず、香奈と恵美の笑みの意味を推し量る術もな
く、徹也は、ちょっと雰囲気を変えようかなというくらいの軽い気持ちで美優に尋ねた。もっとも、そう問いかけたのには、自
分のガールフレンドがこの幼い友人に何かしでかしてしまったのだろうかと幾らか不安を覚え、それを確かめるためといっ
た意味合いを含んでいることも否めなかったのだが。
「だって……」
 それまで徹也の胸に埋めていた顔を振り仰ぎ、徹也の顔を見上げた美優の頬がうっすらとピンクに染まった。優しく気遣
わしげなげな問いかけに、心惹かれた相手である徹也が自分のことを気にかけてくれていると感じたのだろう、瞳がきらき
らと輝いている。

「晶ちゃんたら、幼稚園へ行く子と同じお洋服を着てきたんだよ。美優、もう少ししたら幼稚園に行くの。幼稚園に行くのが
とっても楽しみで、みんなに見てもらいたくてママにお願いして幼稚園のお洋服を着せてもらってきたんだよ。なのに、晶
ちゃんたら、美優の真似っこなんかしちゃってさ」
 美優は『優しくて自分好みなお兄ちゃん』であることを一目で直感した徹也に向かって、しきりと甘えた口調で話しかけ
た。まさか意識した上での計算尽くということはないのだろうが、いかにも晶がいけないんだと徹也に訴えかけるような口
調でもある。
 そう言われて、徹也は少し困った顔になった。晶が幼稚園児の格好をして公園へやって来たのは晶自身の意図ではな
く、ちょっと悪戯心を起こした美也子がそうさせたからだ。けれど、幼い胸の内に怒りの炎を点した美優にそのことを説明
しても簡単には聞き入れてくれないだろう。
 いったん口を閉ざし、徹也が自分の訴えにどんなふうに反応するか待っていた美優だが、すぐ目の前にある徹也の顔
に困惑の表情が浮かんだのを見て取ると、ふんと鼻を鳴らし、少し意地悪な口調でこう続けた。
「美優、もう、おむつじゃなくなったんだよ。おむつなんてバイバイしちゃって、パンツのお姉ちゃんになったんだよ。パンツ
のお姉ちゃんだから、幼稚園へ行ってもいいんだよ。パンツのお姉ちゃんだから、幼稚園でみんなと一緒にお遊戯をした
り運動会のお稽古をしたりできるんだよ。――だけど、晶ちゃん、本当は美優よりおっきいのに、まだおむつなんだよ。い
つおもらししちゃうかわからないからパンツを穿かせてもらえなくて、ずっとおむつとバイバイできない困ったちゃんなんだ
よ。昨日だって、晶ちゃんがお姉さんにおむつを取り替えてもらう間、トイレに誰も入らないよう、美優とママが見張ってあ
げてたんだよ。おむつを取り替えてもらう時、ぱたぱたのお粉を持ってきてなかったから、美優が使わなくなったぱたぱた
のお粉をお下がりであげたんだよ。なのに、いつまでもおむつの赤ちゃんのくせして、美優みたいに幼稚園のお洋服を着
てくるなんてナマイキなんだから。パンツのお姉ちゃんじゃないからスカートの中、おむつなんだよ。おむつのくせして幼
稚園に行ってもいいお姉ちゃんの真似っこするなんて、ナマイキなんだから。それも、美優がみんなに幼稚園のお洋服を
見せてあげる時におんなじようなお洋服を着てくるなんて、そんなナマイキな晶ちゃん、もう遊んであげないんだもん。お
砂場でお山をつくるのだって手伝ってあげないし、おもらししちゃっても、お姉さんにおむつを取り替えてあげてって教えに
行ってなんかあげないんだもん」

 まだようやく幼稚園の入園式を数日後に迎えるばかりの幼児とは思えないほど達者な口ぶりでそんなふうに一気に捲
したてた後、美優は一息つくと、徹也の胸に顔をすりつけるようにし、ちらと晶の方に目をやって尚も意地悪な口調で付け
加えた。
「晶ちゃん、ほんとは美優よりもおっきいんだよ。香奈お姉ちゃんや恵美お姉ちゃんよりは小っちゃいけど、良平お兄ちゃん
や淳一お兄ちゃんよりもおっきくて、小学校の五年生なんだよ。小学校のくせして、まだパンツじゃなくておむつなんだよ。
やだなぁ、美優だったら、そんなの恥ずかしくて幼稚園に行けないや。なのに、晶ちゃん、おむつで小学校へ行ってるんだ
よ。――徹也お兄ちゃん、年はお姉ちゃんのくせしてパンツのお姉ちゃんになれない晶ちゃんのボーイフレンドなんかにな
っちゃっていいの? そんな晶ちゃんなんかより、美優の方がいいと思わない? 美優だったら、デートの途中におむつを
汚してお兄ちゃんを困らせるなんてこと絶対しないよ? だって、美優、晶ちゃんと違ってパンツのお姉ちゃんだもん」
 晶に対する怒りをあらわにしつつ、徹也の興味を自分の方に向けさせる話しぶりは、とてものこと、幼い子供のものとは
思えない。もっとも、ひょっとしたら、『女の子』というのは、このぐらいの年代から既にそういう話し方のテクニックを無意識
のうちに身に付けているのが普通なのかもしれないけれど。
 たたみかけるような美優の言葉に、徹也の顔に浮かんだ困惑の色がますます濃くなる。
 そこへ助け船を出したのは、ことのなりゆきを面白そうに眺めていた美也子だった。
「違うのよ、美優ちゃん。晶ちゃんが幼稚園のお洋服を着てきたのは、美優ちゃんに意地悪するつもりなんかじゃないの。
晶ちゃんが幼稚園のお洋服を着てきた理由、お姉さんが説明するから聞いてくれるかな。あ、うん、そんなふうに徹也お兄
ちゃんに君にぴったりくっついたままでいいから、ちょっとの間だけお姉さんの説明を聞いてね」
 その話しぶりは、いかにも美優の誤解を解こうとするかのようだ。
 しかし、そもそも、美優が晶に対する怒りを覚えるよう仕組んだのが美也子だった。家を出る前、「美優ちゃんを驚かせよ
うと思って」という口実で晶に幼稚園児の格好を強要した美也子。けれど、その本当の狙いは「ちょっとびっくりさせようと思
って」どころではなかった。昨日のうちに美優の性格や気性を把握した美也子は、自分が幼稚園の制服を公園でお披露目
する日に晶が同じような格好をして来たと知ったら、美優が心穏やかでいられるわけがないことを正確に見抜いていた。美
優が怒りにまかせて晶をなじるに違いないことを前もって察していた。自分よりも遙かに年下の幼い女の子から意地悪な
態度で接せられて晶がどんなふうに狼狽えるか、その様子を楽しむために、晶に幼稚園児の格好を強要したのだった(も
ちろん、そういう狙いがなかったとしても、本当は高校生の男の子が吊りスカートと丸襟のブラウスにスモックという装いに
身を包まれ、しかも、プリーツたっぷりのスカートの中は赤ん坊用そのままにしか見えない可愛らしいおむつカバーというい
でたちで家の外へ連れ出される羞恥を想像するだけでも充分に美也子の加虐的な悦びを満たしたのは間違いないが)。

「お姉さん、昨日、美優ちゃんのお母さんの電話番号を教えてもらっていたの。それで夜になっていろいろお話をしていて、
美優ちゃんが幼稚園のお洋服を着て公園に来るってことを教えてもらったの。今朝になってそのことを晶ちゃんに話した
ら、晶ちゃんもどうしても幼稚園のお洋服を着たいって言い出して仕方なかったの。あ、でも、美優ちゃんに意地悪するつ
もりで言い出したんじゃないのよ。ほら、小っちゃい子って、お兄ちゃんやお姉ちゃんのすることを何でも真似してみたくな
るじゃない? 晶ちゃんもそうなのよ。晶ちゃん、お年だけは美優ちゃんよりおっきいけど、でも、まだおむつの外れない困
ったちゃんで、本当の年とは逆に、美優ちゃんの方がお姉ちゃんみたいなもんよね。それで、お姉ちゃんの美優ちゃんが
幼稚園のお洋服を着てくるって知ったら、もう我慢できなくて、美優お姉ちゃんみたいに幼稚園のお洋服を着るんだって言
ってきかなかったの。だから仕方なく美優ちゃんの真似っこをして幼稚園のお洋服を着せてあげることにしたの。美優ちゃ
ん、お利口さんだもん、わかってくれるよね? 年だけ上だけど、でもまだおむつの外れない小っちゃな妹みたいな晶ちゃ
んのことだもん、美優お姉ちゃんの真似をしたくてたまらなくなっちゃう気持ち、わかってくれるよね?」
 美也子は、美優をなだめるようにそう説明した。けれど、自分が晶に幼稚園児の格好を強要したことなど一言も挿し挟ま
ず、いかにも晶が自分から幼稚園の制服を着たがって仕方なかったのだということにしておくのを忘れない。
「ふぅん。晶ちゃん、美優のことが羨ましかったんだ。もうすぐ幼稚園に行く美優のことが羨ましくて、それで、おむつの赤ち
ゃんのくせに、自分も幼稚園のお姉ちゃんみたいな格好をしてみたかったんだ。そうだよね。小っちゃい子は誰でもおっき
いお姉ちゃんの真似っこをしたがるもんね。うん、わかった。晶ちゃん、美優に意地悪したくて幼稚園のお洋服を着てきた
んじゃないんだね。美優の真似をしたくて、赤ちゃんなのにお姉ちゃんの格好をしてきたんだね。いいよ。だったら許してあ
げる。美優、もう幼稚園だもん、小っちゃい子のお手本にならなきゃいけないもん。だから、晶ちゃんにも優しくしてあげる」
 美也子の説明にプライドをくすぐられてようやく納得したのか、徹也の胸に顔を摺り寄せたまま美優がこくんと頷いた。
 しかし、微かに意味ありげな笑いを漏らしながらそう言う口ぶりには、まだどこか含むところがありそうだ。
「ほら、晶ちゃん、美優お姉ちゃんに『ごめんなさい』と『ありがとう』を言わなきゃいけないでしょ? せっかく美優お姉ちゃ
んがみんなに幼稚園のお洋服をみせてあげるんだって張り切って公園へやって来たのに、晶も同じ格好をしてきて美優
お姉ちゃをいやな気分にさせちゃってごめんなさい。なのに、そんな晶を許してくれてありがとう。これからも仲良くしてちょ
うだいってお願いしなきゃいけないでしょ?」
 美羽が幼児らしからぬ表情ですっと目を細める様子をちらと見て、美也子は、晶の肩に手を載せながら言った。

「だ、だって……」
「晶ちゃん、お利口さんだもん、ちゃんと言えるよね? 幼稚園へ行く美優お姉ちゃんのことが羨ましくて仕方ないおむつ
の赤ちゃんだけど、でも、ごめんなさいはできるよね? どんなふうに言えばいいかお姉ちゃんが教えてあげるから、さ、
ちゃんとするのよ」
 口ごもる晶の肩越しに、低い声で美也子が重ねて言った。
 有無を言わさぬ強い口調に、晶は力なく頷くしかなかった。そうして、耳元に囁きかける美也子の言葉をそのまま口移し
に、今にも消え入りそうな声で美優に向かってなぞってゆく。
「……ご、ごめんなさい、美優ちゃ……美優お姉ちゃん。あ、晶、美優お姉ちゃんのことが羨ましくて、美優お姉ちゃんみた
いなパンツのお姉ちゃんになりたくて、それで美優お姉ちゃんの真似なんかして……で、でも、許してくれて、ありがとう。
晶、美優お姉ちゃんに嫌われたらすっごく悲しくなっちゃうから、許してくれてありがとう。……これからも仲良くしてね。お砂
場でお山のつくり方も教えてね……それと、それと……」
 一瞬、晶の声が途切れた。
 しかし、晶の肩に置いた手に美也子が力を入れると、再び小刻みに震える声を絞り出す。
「……晶がおもらしをしちゃった時は、晶のお姉ちゃんに知らせてね。晶、恥ずかしくて自分でおもらしを教えられないから、
代わりに美優お姉ちゃんが晶のお姉ちゃんに知らせてね。でもって、晶がおもらしをしてないかどうか、美優お姉ちゃんに
時々おむつの具合を確かめてほしいの。お願いね、美優お姉ちゃん」
 そこまで口移しで言わせてから、ようやく美也子は晶の耳元から唇を離した。
「うん、いいよ。晶ちゃん、おむつの赤ちゃんなのにちゃんとごめんなさい言えて、とってもお利口さんだね。お利口さんの
御褒美に、美優、晶ちゃんのこと許してあげる。それに、これからも仲良くしてあげるよ。お山のつくり方も教えてあげるし、
おむつが濡れてないかどうかもみてあげるね。晶ちゃん、本当は美優よりおっきいくせしてまだおむつの取れない赤ちゃん
だから、おしっこを教えられないんだよね。だったら、お砂場で遊んでる時、『晶ちゃん、ちっちないの?』って訊いてあげる。
あ、でも、訊いてあげても晶ちゃん、ちゃんと教えられないかな。だったら、おむつカバーの中に手を入れて濡れてないか
どうかみてあげた方がいいのかな」
 美優は、いかにも自分よりも幼い妹分の友人を気遣うように言った。けれど、その顔にはまだどこか含むところのありそう
な表情が浮かんだままだし、自分よりも年上の晶のことを妹分扱いするのが楽しくてならないとでもいうふうに、妙に声が
弾んで聞こえる。

 昨日、晶が美優の母親の胸に顔を埋めたままなかなか離れずにいたせいで、美優は晶に対してひどい嫉妬心を抱い
た。その意趣返しの意味合いもあるのかもしれないが、美優の方もいつまでも徹也から離れようとしない。ぴったり抱き
ついたまま、視線を晶の顔から徹也の顔に移して、美優は媚びるように言った。
「ほら、晶ちゃんは美優よりも小っちゃな、まだおむつの赤ちゃんなんだよ。そんなじゃ、徹也お兄ちゃんとデートしてても、
いつおもらししちゃうかわからないでしょ? 晶ちゃんがおもらししちゃったら、徹也お兄ちゃん、おむつを取り替えてあげ
られる? できないでしょ? 晶ちゃんが本当の赤ちゃんだったらおむつを取り替えてあげられるけど、晶ちゃん、本当は
小学校なんだよ。小学校へ行ってるお姉ちゃんのおむつ、徹也お兄ちゃんは取り替えられる? それに、小学校なのに
パンツじゃない晶ちゃんをガールフレンドなんかにしちゃって、徹也お兄ちゃんのお友達、変に思わない?」
 そこまで言ってから美優はようやく徹也の胸から顔を離し、少しだけ距離を取ると、そんな真似をどこで憶えたのか妙に
色っぽい仕種でしなを作ってみせ、徹也が困ったように「あの、でも……」と言いかけるのを制して、
「だから、徹也お兄ちゃんには美優の方がお似合いなのよ。美優だったらデートの途中におもらしなんてしないもん。美
優、パンツのお姉ちゃんだから、おもらしの心配なんかしないでどこへでも行けるんだよ。ね、いいでしょ? 晶ちゃんみた
いなおむつの困ったちゃんなんかバイバイしちゃえばいいのよ。代わりに、美優のボーイフレンドにしてあげるから」
と続ける。そうして更に、もういちど晶の顔に視線を戻して、こんなふうに付け加えるのだった。
「晶ちゃん、美優に仲良くしてもらいたいんだよね? うん、美優、これからも晶ちゃんと仲良くしてあげる。美優、幼稚園
のお姉ちゃんだもん、赤ちゃんの晶ちゃんのこと、可愛がってあげる。美優、晶ちゃんのお願いをきいてあげるよ。――だ
から、晶ちゃんも美優のお願いをきいてちょうだいね」
 最後の方を意味ありげに一拍置いてそう言ってまるで年齢に似つかわしくない流し目をくれる美優の視線を受けた晶は、
気圧されたように息を飲むしかなかった。高校二年生になる少年と、947h幼稚園の入園式を迎える幼女。けれど、今や
その立場が完全に逆転してしまったことを晶は痛いほど思い知らされた。今の晶は、自分でトイレへ行くことはおろか、お
しっこが出そうだということを誰かに教えることもできず、目の前の幼女におもらしを気遣われ、幼女の手をおむつカバー
の中に差し入れられておむつの具合を確かめてもらうしかない、勝ち気で生意気盛りの幼女よりも更に無力で幼い女の子
になり果ててしまっているのだ。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年11月08日 23:30