「お願い? 美優お姉ちゃんのお願いって……」
 身を固くしてそう聞き返すのが今の晶には精一杯だ。
「徹也お兄ちゃん、美優にちょうだい。それがお願いよ」
 自分よりもずっと年下の幼女に睨みつけられておどおど口を開く晶に対して、美優の方はあっけらかんとした口調で、
とんでもないことを言い放った。
「ちょっと、何を言い出すの、美優ったら。徹也さんは晶ちゃんとおつきあいしてるのよ。それを何ですか!」
 それまで事態の推移を少しばかり不安げな面持ちで見守っていた美優の母親だが、我が子の思いもよらぬ言動に驚き、
遂に声を荒げてしまった。
「だって……」
 母親にたしなめられて不満そうに頬を膨らませる美優だったが、そこに味方が現れた。
「でも、いいんじゃないんですか、お母さん。私、美優ちゃんの味方をしたいなぁ」
と、逆に母親をなだめたのは香奈だった。しかも、香奈だけではなく恵美までもが
「あ、私も美優ちゃんの味方になります。美優ちゃんを叱らないであげてください、お母さん」
と加勢してくる。
「え……?」
 思いがけない事態に、母親がきょとんとした顔つきになってしまう。
 が、そんなことにはまるで構わず、香奈が重ねて言った。
「私、美優ちゃんの言う通りだと思います。たしかに、徹也お兄さんとは晶ちゃんの方が先におつきあいしてるみたいです。
それに、小学五年生と中学生だから、年回りもお似合いだと思います。でも、晶ちゃん、学年は小学五年だけど、美優ちゃ
んも言ってたように、デートの途中でもいつおもらしでおむつを汚しちゃうかもしれないんですよ。デートにずっとお姉さんが
付き添って行ってあげられればそれでもいいけど、お姉さんが一緒じゃない時は徹也お兄さん、すごく困ると思います。だ
ったら、少しくらい年が離れてても、徹也お兄さん、美優ちゃんとおつきあいした方がいいんじゃないかしら」
「私もそう思います。ちょっときつい言い方になっちゃうけど、おむつ離れもできない晶ちゃんがボーイフレンドだなんて、そ
んなのナマイキだと思います。だから、いっそ、こんなに徹也お兄さんのことを想ってる美優ちゃんとのおつきあいを考えて
もいいと思うんです」
 香奈が言い終わるのを待って、恵美が大きく相槌を打った。

「香奈お姉ちゃん! 恵美お姉ちゃん!」
「香奈お姉ちゃん? 恵美お姉ちゃん?」
 予想外の香奈と恵美の行動に、美優と晶は揃って二人の名前を呼んだ。が、自分の味方が現れたと感じて美優が嬉し
そうに声を弾ませているのとは対照的に、まさか二人がそんなことを言い出すなどと想像だにしていなかった晶の声は悲
痛だ。
 もともと、自分から望んで徹也との交際が始まったわけではない。美也子の手によって小学生の女の子そのままの格
好を強要されてバスに乗せられて知り合った相手。まさか、年下でしかも同性である徹也との交際を晶自身が望むわけ
もない。しかし、美也子の企みによって晶の胸の奥底には徐々に徹也に対する依存心が芽生えてゆき、いつしか、まるで
恋する少女そのまま、徹也がいない時は胸の中にぽっかりと大きな穴が開いたように思えるほどになっていた。しかも今
朝は、これも美也子が仕組んだことだが、徹也の名を呼びながら絶頂を迎えて精液を迸らせてさえしまったのだ。今や晶
にとって、徹也は、他と比べようもないほどに特別な存在になっていた。そう、美也子の不埒な思惑通り、今の晶はまんま
と、徹也の幼く引っ込み思案で甘えん坊のガールフレンドに仕立てあげられてしまっていたのだ。そんな徹也と自分との
仲を、まさか、美優と香奈、恵美に引き裂かれるなんて。
 だが、それこそが、二人の嫉妬に起因する悪戯心の顕れだった。自分たちよりも年下のくせに格好いいボーイフレンドを
連れてきた晶に対する、香奈と恵美のちょっとしたジェラシーが基になった他愛ない悪戯。それが、徹也を晶から取っちゃ
えばいいのよと美優をけしかける、この言動だった。悲痛な金切り声をあげて戸惑う晶の顔を横目でちらちら見ながら、お
かしそうに目配せを交わし合う香奈と恵美。
 さすがに、美也子にしても、こうなることまでは予想していなかった。美優が幼稚園の制服を披露する晴れの日に晶に
同じような格好をさせて公園へ連れて行けば美優が負けん気を起こして面白いことになるだろうなとは思っていたものの、
美優が徹也に心惹かれてこれほど積極的にモーションをかけるとは予想していなかったし、香奈と恵美がまさかこんな行
動に出るとは想像もしていなかった。けれど、それが美也子の企みの障害になることは決してない。むしろ、これから先、
どんなことになるのか楽しみでならないというのが本心だ。

「どうして、そんなこと言うの? 香奈お姉ちゃんも恵美お姉ちゃんも、どうしてそんなひどいことを言うのよ!?」
 ぶるぶると小刻みに体を震わせる晶の口を悲鳴じみた声が衝いて出た。
「どうしてって、ついさっき言った通りのことを思ってるだけよ、私たち。いつまでもおむつの取れない晶ちゃんはデートの
途中で徹也お兄さんに迷惑をかけるばかりじゃないかしら? だけど、ちゃんとおむつ離れできた美優ちゃんならそんな
ことはないのよ。だから、晶ちゃんじゃなく美優ちゃんのボーイフレンドになった方がいいんじゃありませんかって徹也お
兄さんに提案してるだけなんだけど。ね、恵美ちゃん?」
 僅かに首をかしげ、少し意地の悪そうな笑みを浮かべて香奈が言った。普段は優しい少女なのだが、心の奥底には少
なからず残酷な部分をひそませているのもこの年代の少女の特徴だ。自分がどれほどひどいことをしているのか自覚す
ることもなく、知らず知らずのうちに他人の心を傷付けてしまうことも珍しくはない。ただ、自分で自分の行動の意味をわ
かっていないことが多いから、本人としてはあくまでもちょっとした悪戯に過ぎない。
「そういうこと。私たち、ちっとも変なことなんて言ってないわよ」
 晶の狼狽えぶりがよほどおかしいのか思わずくすっと笑って相槌を打った恵美だが、晶が黄色の通園鞄を肩に掛けて
いることに気づくと、一瞬だけ何か考えるような表情を浮かべた後、もういちどくすっと笑ってから、美優の方に向き直っ
てこんなふうに話しかけた。
「ね、美優ちゃん。晶ちゃんたら、お洋服だけじゃなくて鞄まで美優ちゃんの真似っこしちゃってるよ。美優ちゃん、気がつ
いてた?」
 恵美の言う通り、家を出る前に幼稚園児そのままの格好にさせられた時、晶は、吊りスカートと丸襟のブラウスにスモ
ックという衣類を着せられただけではなく、附属幼稚園のマークが目立つ、通園帽と同じ鮮やかな黄色の通園鞄も肩に掛
けるよう強要されていた。肩紐を斜め掛けにして通園鞄を身に着けた晶の姿は、昨日サンドレスを着せられた上に小物入
れの鞄を肩に掛けさせられた時以上に幼く見える。
「うん、知ってた。晶ちゃん、幼稚園に行く美優のことが羨ましくて、お洋服も鞄も真似っこしてるんだよね」
 晶の肩に掛かった黄色の通園鞄を恵美が指差すのと同時に、美優が、自分の肩に掛けた通園鞄を両手で抱えるよう
にして体の前に突き差してみせた。

「そうね。晶ちゃん、幼稚園に行く美優お姉ちゃんのことが羨ましくて、自分も幼稚園のお姉ちゃんのふりをしたくて、お姉
さんにせがんで幼稚園のお洋服を着せてもらって、でもって、幼稚園の鞄も肩に掛けてもらったんでしょうね」
 恵美は美優に向かってわざと大げさな身振りで頷いてみせてから、晶の通園鞄と美優の通園鞄とを交互に見比べると、
意味ありげな口調で晶にともなく美優にともなく話しかけた後、そっと香奈に目配せをした。
 咄嗟には目配せの意味がわからなかった香奈だが、恵美の意図に思い至るのにさほど時間はかからなかった。
「ね、ね、美優ちゃん。美優ちゃんの鞄、何が入ってるの? 鞄の中に入ってる物、お姉ちゃんたちに見せてくれないかな」
 恵美の意図を察した香奈は、昨日の晶のサンドレス姿を思い浮かべ、その時に肩に掛けていた小物入れの鞄に何が入
っていたかを思い出しつつ、悪戯めいた笑みを浮かべて美優に声をかけた。
「うん、いいよ。幼稚園の鞄、何が入ってるか、お姉ちゃんたちに見せてあげる。――ほら、これが連絡帳で、これがお絵
描帳でしょ。それと、ママに買ってもらったハンカチに、可愛いカバーに入れてもらったティッシュに……」
 香奈に言われて最初はきょとんとした顔つきになった美優だが、幼稚園の真新しい制服を見て貰うのが嬉しいのと同様、
これまで手にしたことのない持ち物を誰かに見せるのも嬉しくて仕方ないというふうに、ぎこちない手つきで鞄のファスナー
を引き開けると、カラフルなノートやハンカチの類を次々に取り出しては、瞳をきらきら輝かせて香奈の目の前に差し出し、
まるで世界に一つしかない貴重な宝物を扱うような手つきでそっと鞄の中に戻してゆく。
「すごいね、色々たくさん入ってるんだね、美優ちゃんの鞄。そうだよね、幼稚園でお勉強したり、トイレへ行った後は自分
をお手々を洗ったりするんだもん、いろいろ持ってかなきゃいけないよね。さすが、幼稚園のお姉ちゃんだね」
 香奈はわざと大げさな身振りで感心してみせてから、晶の通園鞄にちらと目をやって続けて言った。
「じゃ、晶ちゃんの鞄には何が入ってると思う? 美優ちゃんのと同じように、お絵描き帳とかハンカチとかが入ってるのか
な?」
「ううん、そんなじゃないと思う。だって晶ちゃん、本当は幼稚園へ行くんじゃなくて、美優の真似っこしてるだけだもん。真
似っこしてるだけだから、お絵描き帳や連絡帳なんて入ってないんじゃないかな」
 少し考えて美優はぷるんと首を振った。
「だったら、何が入ってるんだろうね。何も入ってない鞄をわざわざ持ってくるわけないもん、何か入ってると思うんだ。晶ち
ゃんの鞄に何が入ってるか、美優ちゃんも知りたいよね?」
 いかにも興味津々といったふうに言って、今度は香奈が恵美に向かって目配せをしてみせた。

「ということだから、晶ちゃん、その可愛い通園鞄に何が入ってるのか、お姉ちゃんたちに見せてちょうだいね」
 香奈の目配せを受けてそう言うと同時に、恵美がさっと手を伸ばして晶の通園鞄の肩紐をつかんだ。
「や、やだ! 鞄の中、見ちゃ駄目~!」
 晶は慌てて両手で鞄を押さえたものの、恵美の方が早かった。
「さ、美優ちゃんの真似っこばかりしてる晶ちゃんの鞄に入ってるのはどんな物かな」
 晶から奪い取った鞄のファスナーを引き開ける恵美の声は好奇心満々に聞こえる。
 だが、実は、恵美にも香奈にも、晶の通園鞄の中に何が入っているか、およその見当はついていた。昨日の小物入れ
の中身を思い出せば、今日の通園鞄に入っている物を想像するのは難しいことではない。黄色の通園鞄には、晶が絶
対に人には見せたくない物がぎっしり詰まっている筈だった。
 果たせるかな、手早くファスナーを引き開けた恵美の目に映ったのは、二人が予想していた物に間違いなかった。
「ほら、見てごらん、美優ちゃん。これ、なんだと思う?」
 恵美は、決して徹也のそばから離れようとしない美優の目の前に、口の開いた通園鞄を差し出した。
「あっ。これって……」
 通園鞄の中を覗き込んだ美優が両目を大きく見開いた。
「そうだよね、これ、おむつだよね。でも、昨日みたいな紙おむつじゃなくって、布のおむつだね」
 らんらんと瞳を輝かせて鞄の中を覗き込む美優の目の前で、恵美は、鞄から一枚の布地をさっと取り出した。
 それは、恵美の言う通り、水玉模様の布おむつだった。
 美也子の背後に身を隠すようにして晶が公園の入り口に姿を現した時から、香奈は晶が吊りスカートの下に何を着け
ているのか見抜いていた。いくら晶がスカートの裾を引っ張っていても、わざと丈を短く仕立てられた吊りスカートがふわ
ふわ風に揺れて、そのたびに、普通のショーツの裾とも紙おむつのの股ぐりとも違うことが一目でわかるおむつカバーの
特徴的なギャザーが見え隠れしていたのだ。昨日、サンドレスの下に紙おむつを着けていた晶が肩に掛けた小物入れの
鞄に入っていたのはハート模様の替えの紙おむつだった。それを思い起こせば、プリーツたっぷりの吊りスカートの裾か
らおむつカバーを覗かせた晶が斜め掛けしている通園鞄に何が入っているのか、想像するのは簡単なことだ。もちろん、
香奈の声で晶のもとに駆け寄った恵美もそのことに気づかない筈がない。

 晶が肩に掛けた通園鞄に入っているのが布おむつだ知りつつ、強引に鞄を奪ってわざわざ美優の目の前でファスナー
を引き開けたのも、二人のちょっとした(けれど、それをされる当人にとっては言葉で表現できないくらいの恥辱に満ちた)
悪戯心の表れだった。
「やだ、見ないで! そんなにじろじろ見ないで、返してよ。晶の鞄、返してちょうだいよ、お姉ちゃんたちってばぁ!」
 香奈も恵美も、もちろん美優も、晶から見ればずっと年下の少女だ。なのに、そんな三人たちを『お姉ちゃんたち』と呼ば
ざるを得ない屈辱を胸の奥底に押し込めて、晶は今にも泣き出しそうな声で懇願するしかなかった。
「いいわよ、返してあげる。この鞄の中に入ってるおむつが誰のなのかちゃんとお姉ちゃんたちに教えられたらすぐに返し
てあげるわよ」
 恵美が美優の目の前に差し出した通園鞄に向かって差し伸べる晶の手を押しとどめて、香奈がくすっと笑って言った。
「どうして? どうしてなの? どうしてそんなひどいことを言うのよ!?」
 自分よりも年下の少女や少年に注視されて、「それ、晶のおむつなの。晶のおむつだから、すぐに返してよ」と口にする
ことなどできない。けれど、そうしなければいつまでも通園鞄は恵美に奪われたままになり、いずれ晶の下腹部を包み込
むことになる優しく柔らかくも言いようのないほど恥ずかしい布地を大勢の目にさらし続ける羽目になりそうなのは明らか
だった。
「あら、私は意地悪でこんなことを言ってるわけじゃないわよ。たしかに鞄は晶ちゃんのだけど、中身までそうとは限らない
じゃない? 近所かどこかのお家の赤ちゃんのおむつを預かっているだけかもしれないもの。それを持ち主に確かめない
まま晶ちゃんに渡しちゃうのって、どうかと思うんだ。でも、これが確かに晶ちゃんのおむつだったら話は別よ。鞄もおむつ
も晶ちゃんのだったら、すぐにでも返してあげる。だから、これが誰の使うおむつなのか確かめたいだけなのよ。さ、これ
は誰が使うおむつなのかなぁ」
 香奈は恵美が鞄から取り出した水玉模様の布おむつを受け取り、みんなの目の前で大きく振ってみせた。
 香奈にしてみれば、教室で友達の鉛筆や消しゴムを別の友達と投げ合って遊ぶのと同じ、ちょっぴり意地悪だけど割と
ありふれたじゃれ合いに過ぎないのかもしれない。
「やだ。そんなことしちゃやだってば……」
 恵美の手から通園鞄を奪い返すこともできず、水玉模様の布おむつを打ち振る香奈の手を制しすることもかなわず、と
うとう晶の口からは嗚咽混じりの涙声が漏れ出した。

「あ、あの、みんな、もうそのくらいにしてあげたらどうかな。ほら、晶ちゃんだって……」
 晶の瞳が涙で潤んできたことに気づいた徹也が、香奈と恵美、美優の顔を順に見ながらなだめるように話しかけた。
「そうですね、晶ちゃんたら、いつ泣き出してもおかしくないくらいになっちゃってますね。このくらいのことで泣き出しちゃ
うなんて、本当に困ったちゃんなんだから。幼稚園児みたいな格好はしていても本当は小学校の高学年なんだから、も
っとしっかりしてもらわないといけませんよね。だから私たち、徹也お兄さんに言ってるんですよ。こんな困ったちゃんの
ことなんか放っておいて、まだ幼稚園児だけどとってもしっかり者の美優ちゃんとおつきあいした方がいいんじゃないか
って」
「え? あ、いや、だけど……」
「だって、こんなじゃ、どこへも連れて行ってあげられませんよ。デート、遊園地に行っても動物園に行っても水族館に行
っても、ちょっとしたことですぐ泣き出しちゃうんじゃ、徹也お兄さんだけじゃなくて、他のお客さんの迷惑にもなるんじゃな
いかな。そんな晶ちゃんで本当にいいんですか?」
 三人をなだめすかそうとする徹也だが、口が達者になる年代の女の子に二人がかりで詰め寄られると、たじたじになっ
てしまう。しかも、美優まで何か言いたそうな表情で顔を仰ぎ見ているから尚さらだ。
 徹也は思わず助けを求めて美也子の顔を見たりもするのだが、内心ではこの状況が楽しくてならない美也子が助け船
を出すわけがない。
 一瞬、一同がしんと静まりかえってしまう。
 その沈黙を破ったのは恵美だった。何に気がついたのか、香奈がひらひらと振ってみせる布おむつに向かってじっと目
を凝らした恵美が、香奈の手をそっと押さえたのだ。
「あ、ちょっと待って、香奈ちゃん。ちょっと、手を振るのをやめてみてよ」
「ん? どうしたの、恵美ちゃん? このおむつがどうかした?」
 不意に手の動きを妨げられた香奈が怪訝そうな表情を浮かべて恵美に尋ねた。
「うん、ほら、ここを見てよ。ね、可愛いピンクの糸で刺繍がしてあるでしょ?」
 恵美は、おむつの香奈がつかんでいるのとは反対側の端の隅を人差指でつんとつついてみせてから、意味ありげな笑
みを浮かべたかと思うと、すっと膝を折って美優と目の高さを合わせて言った。
「ね、美優ちゃん。美優ちゃんはもう字を読めるんだっけ?」

「うん、読めるよ。お友達に負けるのいやだから、ママに字の読み方、たくさん教えてもらったもん。読めるの、自分の名
前だけじゃないよ。ほら、鞄に書いてあるのが『ゆうひがおかようちえん』って、美優が行く幼稚園のお名前だし、あ
そこに立ってる札に『じてんしゃちゅうい』って書いてあるのだって読めるもん」
 恵美の問いかけに美優は胸を張って大きく頷き、自分の通園鞄や公園の通路に立っている注意書きに書かれた文字
を得意げに読み上げた。
「ほんとだ。すごいね、美優ちゃん。じゃ、これは何て書いてあるかな?」
 恵美は美優の頭を二度三度と優しく撫でてから、水玉模様の布おむつの端に刺繍してある文字を指差した。
「んーとね……えっと、最初は『え』かな……んと、え・ん・ど・う……あ・き・ら……えんどうあきら。――あ、これって、晶
ちゃんのお名前だ!」
 恵美の指が刺繍をなぞるのに合わせてたどたどしい発音で文字を一字一時読み上げていた美優だったが、最後まで
読んでそれが晶の名前だと気づくと、「遠藤晶っておむつに書いてあるよ」「このおむつ、遠藤晶ってピンクの糸で書いて
あるね」と嬉しそうに何度も何度も繰り返し言った。
 美也子が赤ん坊の時に使っていたお下がりの布おむつに京子の手で刺繍された自分の名前。その名前を美優が口に
するたびに、下着の形さえしていないその恥ずかしい布地が自分の下腹部を優しくもいやらしく包み込む物なのだと改め
て思い知らされ、ますます羞恥が掻きたてられる。
「ふぅん。おむつに名前を刺繍してもらってたんだ、晶ちゃん。そっか、これなら、洗濯した後で外に干してて風で隣のお
家とかへ飛ばされちゃってもすぐに返してもらえるもんね。晶ちゃん、本当は小学五年生だから、お隣のお家の人とか、
まさか晶ちゃんがまだおむつ離れできてないんだって思わないから、名前が書いてないおむつが風で飛んできても、ど
このお家のかわからなくて困っちゃうもんね」
 美優が大声で読み終えた刺繍の文字を改めてしげしげ眺め、香奈が感心したように呟いた。
 そこへ、晶が弱々しい涙声でもういちど懇願する。
「いつまでも見てないで、返してってば。晶のおむ……か、鞄、返してよぉ」

 けれど、香奈の返事はつれない。
「そうね、こんなにはっきり晶ちゃんの名前が刺繍してあるんだもん、このおむつ、晶ちゃんのでしょうね。でも、駄目よ。
これが誰の使うおむつなのか、口でちゃんと教えられないうちは返してあげられないわよ」
 晶がつい「晶のおむつを返してよ」と言いかけたのを聞き逃すことなく微かに笑みを浮かべたものの、わざと冷たい声で
言って首を振る。
「そんな……」
 晶がぽつりと呻き声を漏らして唇を噛みしめた時だった。それまではそよそよと肌に心地よい穏やかな風が吹いていた
公園に、春の気まぐれか、突如として一陣のつむじ風が吹き渡った。
「きゃっ!」
「いやっ!」
 悲鳴をあげて慌ててスカートを押さえたのは美優と晶の二人だけだった。
 男の子たちは半ズボンだし、香奈と恵美は弟たちの一輪車の練習を手伝ってやるためにジーンズ姿だし、砂場で遊ん
でいる幼児グループの中の女の子たちは、スカートが捲れても恥ずかしがるような年齢に達していない。本当は美優も、
ついさっきまでは、他の幼女たちと同様、スカートが風に捲れても気にするような子ではなかった。なのに、徹也に心惹か
れて急に女の子らしさに目覚め、昨日までの紙おむつに代わって今朝から穿かせてもらっているアニメキャラのフロント
プリント付きショーツを徹也に見られるのが恥ずかしくて、それで、それまでにないことなのに、思わずスカートの裾を押
さえてしまったのだった。
 生まれながらの女の子だけれど、これまでスカートが捲れ上がることなど気にしたことのない美優。本当は高校生の男
の子のくせに、昨日からスカートを穿かされ、ことあるごとに羞恥きわまりない下着を他人の目にさらし、いつしかスカート
を押さえる仕種がすっかり身についてしまった晶。羞じらいの表情を浮かべてスカートの裾を押さえる身のこなしは、まる
で男女が逆転してしまったたかのように、晶の方が可憐で清楚な初々しさに満ち満ちていた。
 一同の目に、美優の女児用ショーツが映った。そうして同時に、晶の下腹部を包む大きなおむつカバーも。お腹がぷっ
くり出た幼児体型の美優が穿いたショーツの股ぐりから突き出た細っこい脚。翻って、横漏れ防止用の二重ギャザーが
目立つふんわり膨らんだおむつカバーの股ぐりに太股をぴっちり締めつけられて、どこかむちむちした感じのする晶の脚。
仕種だけでなく、見た目も、晶の方に色香が漂っているのは否めない。

 つむじ風の悪戯は、二人のスカートを捲り上げて対照的な下着をあらわにするだけにとどまらなかった。美也子の手で
徹底的に幼稚園児の格好をさせられるのを嫌がった晶が無駄な抵抗をしたせいで留めゴムがきちんと顎にかかっていな
かった通園帽が晶の頭を離れ、風に乗ってふわっと舞い上がったのだ。それに気を取られたのか、香奈が端をつかんで
持っていた布おむつも香奈の手を離れて飛んで行ってしまう。
 全員が一斉にあっと声を上げる中、香奈の弟・良平と恵美の上の弟・淳一が揃って、たっと駆け出した。二人の少年は
二手に分かれ、良平は通園帽を、淳一はおむつを取り戻すために、それぞれの目標に向かって一目散に走り出したのだ
った。

 二人が戻ってくるのを待つ間、デザインこそ赤ん坊用のと見まがうばかりなのにサイズは晶の体に合わせて特別に仕立
てられた大きなおむつカバーをみんなの目にさらした晶は何も言えず、ただ顔を伏せて羞恥に身悶えするばかりだった。
本当は男の子のくせして、スカートの裾から女児用のショーツを覗かせたりしたらどんなに恥ずかしいだろう。本当はずっ
と前におむつ離れをしている高校生なのにハート模様のピンクの紙おむつをスカートの下に着けていたらどんなに恥ずか
しいだろう。けれど、そんな恥ずかしさも、たっぷりあてた布おむつのせいで丸くぷっくり膨らんだおむつカバーをあらわに
することに比べれば幾らかはマシに思えるほどだ。すぐ目の前にいる幼女でさえ、昨日までは外出の時は紙おむつだった
のに、今日はパンツになっている。なのに、昨日の昼までは普通に高校生の男の子として暮らしていた筈の晶が今は幼稚
園児そのままの衣類に身を包んで、その上、風に舞い上がったスカートの裾からはおむつカバーを覗かせているのだ。
 そうして、その屈辱と羞恥は、良平と淳一がそれぞれの目的を果たして戻ってきた後もいや増すばかりだった。
「はい、晶ちゃん。ごめんね、お姉ちゃんたちが意地悪なんかしちゃって。こんなことじゃお姉ちゃんたちの代わりに謝った
ことにならないかもしれないけど、でも、僕たち、こんなことくらいしかできないから。おむつ、一枚でも足りなくなると困るよ
ね? それだけお母さんの洗濯の回数が増えるから困るよね。だから、一生懸命走って取り戻してきたんだ。これで、晶ち
ゃんがおもらしやおねしょをしちゃっても、少しはお洗濯の回数が増えなくてすむかな」
 息を切らして戻ってきた淳一は、風に乗って遠くまで飛んで行ってしまいそうになるのをかろうじて捕まえた水玉模様の
布おむつをおそるおそる晶に手渡し、吹き渡る風に舞うスカートの裾から見え隠れするおむつカバーにちらちら目をやりな
がら気遣わしげな様子で言った。

「本当にごめんね、晶ちゃん。お姉ちゃんたちは意地悪するし、僕たちは僕たちで昨日、晶ちゃんのブラなんか見ちゃうし。
ひどい姉弟だって思ってるよね? でも、わかってほしいんだ。僕たち、晶ちゃんのことが可愛くて可愛くて仕方ないから、
ついついこんなことしちゃうんだ。晶ちゃん、僕なんかより年上で五年生だよね。だから、昨日は綺麗なお姉さんだなぁって
見取れてて、それで、日焼け止めのクリームを塗ってもらってる晶ちゃんの胸なんか見ちっゃて。でも、今は違うんだ。晶
ちゃんがおむつだってわかって、でも、そんな晶ちゃんが可愛いくって。だからお姉ちゃんたちも晶ちゃんにかまってみたく
てしようがないんじゃないかな。だから美優ちゃんも、そんな妹みたいな晶ちゃんが可愛くて、それで、徹也お兄さんにちょ
かいを出すことで晶ちゃんの気を惹こうとしてたんじゃないかな。なんだか、そんなふうに思うんだ、僕。――はい、できた。
これでもう風が吹いても帽子は飛んでったりしないからね」
 良平が精一杯背伸びをして、自分よりも背の高い晶の頭に黄色の通園帽をかぶせ、まるで幼稚園に通い始めたばかり
の幼い妹の面倒をみるように、留めゴムを優しく顎に掛けてやった。
 美優の母親を除けば、ここにいる全員の中で一番の年長者は晶だ。しかも、男の子。なのに、小学三年生の男の子たち
からもまるで一番の年少者、それも甘えん坊の女の子みたいに扱われて、やるせない想いばかりが胸を満たしてゆく。
「あ、晶……」
 涙声でぽつりと呟く晶。
 そのあまりに切なげな涙声に、誰しもが晶の顔に視線を注がずにいられない。
「晶、晶ね……ふ、ふぇ~ん……」
 とうとうこらえきれなくなったのか、晶の目から涙の粒がこぼれ落ちた。
 もうまるで手放しで、しきりにしゃくりあげ始める。
「大丈夫だよ、晶ちゃん。おむつも帽子も、ちゃんと取り戻してもらえたんだから、なにも心配することなんてないんだよ」
 徹也の顔から困惑の表情が消えた。目の前に立っている美優の体を抱き上げて今度こそ脇に追いやり、代わりに、声を
あげて泣き出した晶の体を抱き寄せる。
「お、お兄ちゃぁん……ふぇ~ん、えっえっ、うぇ~ん」
 感極まったかのように晶の泣き声が一際高まった。
「よしよし。お兄ちゃんが抱っこしていてあげるから、思いきり泣いていいよ。気の済むまで泣いていいよ。でも、約束してほし
いんだ。泣きやんだら、香奈お姉ちゃんや恵美お姉ちゃん、それに、美優ちゃ――美優お姉ちゃんとも仲良くするんだよ。三
人とも晶ちゃんにちょっときつく当たっちゃったみたいだけど、本当は晶ちゃんのことが可愛いくて、ついあんなことをしちゃっ
たに決まってるんだから。晶ちゃん、附属へ行き出してから、近所でお友達がいないんだろう? そんな晶ちゃんにせっかく
できた新しいお友達だもん、仲良くしなきゃね。それに、帽子やおむつを取り戻してきてくれたお兄ちゃんや、二人が戻ってく
るまで心配そうに晶ちゃんのことをじっと見ていてくれたお兄ちゃんにも可愛がってもらわなきゃね」
 徹也は晶の体を抱き寄せたまま、自分たちを取り囲むようにして立っている少女たちや少年たちの顔を順に見回して言い、
それから、晶の顎先を軽く持ち上げるようにして唇を重ね合わせた。

「お兄ちゃん……晶の徹也お兄ちゃん……」
 キスで唇を塞がれたせいでくぐもった声になりながらも、うっとりした目で晶は徹也の名を呼んだ。
「なにも喋らなくいいよ、晶ちゃん。もう何も心配することなんてないから、静かに僕にしがみついていればいいんだよ」
 こちらもくぐもった声で徹也は優しく言い、晶の口に舌を差し入れた。
 その直後、晶の体が小刻みに震え、うっとりした表情を浮かべつつも、ふっくらした頬に、どこか羞じらうような朱が差す。
 晶の表情の変化を目敏く見て取った美也子は、ぽつねんと立ちすくんでいる美優に無言で手招きをして晶の傍らに立
たせ、右手の手首をそっとつかんで、晶のおむつカバーの中に掌を差し入れさせた。
 突然の美也子の行動に驚いた顔になった美優だが、その顔に更に驚きの表情が浮かぶ。
「晶ちゃん、おもらししちゃってる。晶ちゃんのおむつ、どんどん濡れてってるよ、お姉さん」
 まるで遠慮というものとは無縁な美優の甲高い声があたりに響き渡った。
 大人と比べて体温の高い幼児特有の温かい手がおむつカバーの中の様子を探る感触ははっきりと下腹部から伝わっ
てくる。おむつが濡れていることを知らせる美優の容赦ない声も耳にはっきり届いている。けれど、そんなものはまるで
気にならなかった。徹也と抱き合い、徹也と唇を重ね合い、徹也と舌を絡め合いながら、晶の下腹部は次第に緊張を解
いて、おしっこを溢れ出させていた。昨日、徹也と知り合い、美也子に仕組まれるまま、まるで恋する少女そのまま徹也
と唇を重ねた時、晶は白いおしっこを――年頃の男の子のシルシである精液を迸らせ、紙おむつをべとべとに汚してしま
った。けれど、今、徹也と唇を重ね合わせながら布おむつを汚しているのは、まぎれもない本当のおしっこだった。茜の
店の試着室で美也子の膝にお尻を載せて自らの意思で紙おむつをおしっこで濡らした時ともまた違う、奇妙に自然で奇
妙に甘酸っぱい粗相。春休みが終われば高校二年生になる晶が、中学三年生になる徹也に抱かれ舌を絡め取られた
ままおむつカバーの内側をおしっこでじくじく濡らしてゆくというのに、まるで屈辱も羞恥もなく、ただ体中に感じるのは、
心地よい気怠さと、なにものにも代え難いほどに哀しくも妖しい悦びに満ちた切なさばかりだった。
 今、晶は、自分が、それこそおしっこも教えられないほど幼い女の子に変わってゆくその過程の只中にあることを直感
していた。なのに、それに対する恐怖など微塵も感じない。あるのは、全身を貫く狂おしい悦びだけだった。
(美優ちゃんのお母さん、約束通り、要らなくなったおむつを持ってきてくれたみたいね。だったら、このすぐ後で晶ちゃん
のおむつを取り替える時、通園鞄に入れて家から持ってきたおむつじゃなくて、せっかくだから、美優ちゃんのお下がりの
おむつを使わせてもらうことにしましょうか。そうね、それがいいわね。その方が、晶ちゃんと美優ちゃん、もっともっと仲良
くなれるに決まってるものね)
 しっかと抱き合い離れようとする気配など微塵もみせない徹也と晶からふと視線を外した美也子は、美優の母親が大き
な紙袋を手に提げていることを確認して妖しい笑みを浮かべた。母親が持っている紙袋の中には、美優が赤ん坊だった
時に使っていた布おむつが入っているに違いない。違いないというのも、、美優がおむつ離れをして要らなくなったおむつ
を分けてくれるよう美也子が母親に依頼していたからだ。それこそが、昨夜のうちに美也子が母親に電話で『お願い』した
一件に他ならなかった。おむつ離れする直前は紙おむつを使っていた美優も最初のうちは布おむつだったと母親から聞
いた美也子は、おもらしの量が少なくない晶には、自分が赤ん坊の頃のお下がりの布おむつだけでは足りないかもしれな
いと考えて、不要になった布おむつを分けてくれるよう依頼していたのだった。もっとも、それには、おむつが足りなくなりそ
うだという理由の他に、自分よりもずっと年下の美優が赤ん坊の頃に使っていたおむつを使わされることになった晶がどん
な羞恥の表情を浮かべるか、それをたっぷり楽しむためというもう一つの秘密の理由があったのは言うまでもない。いや、
むしろ、もう一つの内緒のその理由の方が美也子の胸の中ではより大きなウエイトを占めていたろうか。

(それで、おむつを取り替える場所はどこにしようかな。昨日みたいにトイレの中じゃ面白くないから、ベンチの上がいいか
な。それとも、芝生の上にレジャーシートを敷いて、その上で取り替えてあげるのもいいかしら。晶ちゃんがむずがらない
よう、みんなにあやしてもらいながら取り替えてあげた方がいいわね。もっとも、晶ちゃんが本当は男の子だって知ったら
みんなショックを受けちゃうだろうから、それがわからないくらいには離れていてもらわなきゃいけないかな。だったら、やっ
ぱり、芝生の上がいいかな。晶ちゃんは芝生の上に敷いたレジャーシートにねんねさせて、美優ちゃんたちには、芝生を
囲んでる柵のすぐ外からガラガラであやしてもらおうかしら。但し、徹也君まで離しちゃうと晶ちゃんが寂しがるから、今朝
みたいに、徹也君だけはすぐ近くであやしてもらわないといけないわね。お昼にはまだ早いけど、晶ちゃん、そろそろ喉が
渇いてる筈だから、哺乳壜でミルクを飲ませてもらうのがいいわね。うふふ、念のためにレジャーバッグに入れてよだれか
けも持ってきといてよかった。よだれかけを着けさせれば、せっかくの可愛いスモックをミルクで汚しちゃうこともないし、そ
れに、スモックの上によだれかけを着けた晶ちゃんのこと、美優ちゃんも可愛いって言ってくれるに決まってるもの。美優ち
ゃん、晶ちゃんのことをますます赤ちゃん扱いしちゃうかな。そのうち、私が晶ちゃんのおむつを取り替えてあげるから安心
してねとか言いながら晶ちゃんと徹也君のデートについてっちゃうかもね)
 美也子は、右手に持ったレジャーバッグと左手に持ったランチバスケットの中身を思い出しながら含み笑いを漏らした。
 うららかな春の日に満ちた公園の芝生の上でおむつを取り替えられると知った時、今は徹也に抱かれてあんなにうっと
りした顔をしている晶がどんな表情を浮かべることだろう。
けれど、実はそれさえも、春休みが終わると同時に訪れる想像を絶するほどの恥辱への序章に過ぎない。
 美也子の家の二階に晶のために用意した二つの部屋。一つは、赤ん坊から幼稚園児までの装いに身を包んだ晶を生活
させるための『育児室』で、もう一つは、晶を小学生として扱うために用意した『勉強部屋』だ。

 しかし、晶にはまだ知らせていないが、『勉強部屋』のクローゼットには、附属小学校の制服や小学生にお似合いのサンド
レスといった衣類だけではなく、晶や美也子が通っている高校の制服も用意してある。しかし、それは男子用の制服ではなく、
大柄な美也子のと比べれば二回りほど小さめのサイズの女子用の制服だった。それも、校則ぎりぎりまでスカートの丈を短
くした制服だ。もちろん、それも晶に着せるために用意した制服だった。
 春休みに入ってすぐ、晶の両親から学校へ「晶が泌尿器系統の病気を患って手術を受けたのだが、その後遺症のため失
禁が続くようになり、おむつを手放せない体になってしまった。しかし、厚めのおむつだとズボンを穿くことができないため、ス
カートの着用を許可してほしい。ついては、上着が男子用で下だけスカートというのも却って不自然なので、いっそのこと女
子用の制服の着用を認めてもらえないだろうか」という相談を持ちかけていたのだ。病気というのは単なる口実で、美也子、
美也子の両親、それに晶の両親が口裏を合わせてのことだったのだが、学校側としても本当のところはわからないものだか
ら、病気を理由とした申請は易々と受理され、本人はまるで知らぬまま、新学期からは晶は女子用の制服で通学する手筈が
すっかり整ってしまったというわけだ。しかも、失禁という後遺症が理由だから、丈の短いスカートの下にはおむつとおむつカ
バーを着けて通学せざるを得ないのだ。
 春休みが終わる日の夜、思ってもみない女子用の制服を差し出された晶はどんな顔をするだろう。
 そして、新学期の初日、女子用の制服を着て、スカートをおむつカバーで丸く膨らませた姿で登校してきた晶を、他の生徒
たちはどんな目で迎えるのだろう。
 それを想像すると、美也子の胸が妖しくざわめいてならない。
 しかも、徹也は、晶や美也子が通っている高校を受験する気満々だ。来年の一学期、新たな希望に胸を躍らせて高校の
入学式に臨んだ徹也が、制服のスカートの裾からおむつカバー覗かせた姿で新入生を迎える晶に気づいた時、どんなに驚
いた顔をするだろう。
 それを想像すると尚、美也子の胸がますますざわめく。

 時は春。
 風に舞う桜の花びらが全てをピンクに染める妖しい季節。
 桜の幹を揺らして吹き渡るなまめかしい風が全ての風景をゆらゆら歪めて見せる狂おしい季節。
 そよ吹く風に弄ばれて行くあてなく踊る桜の花びらが一つ、晶の肩にそっと舞いおりた。


                                【完】

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最終更新:2013年11月08日 23:41