「おっ待たせ~!」
「!?」
昼下がりの繁華街、待ち合わせ場所に現れた人物の姿に声も出せないほど驚く啓介。
「あははっ! なにその顔ウケる~~っ!」
背中まで伸びた癖毛っぽい茶髪。派手目なメイクと見せブラに合わせたヘソ出しシャツと高そうな
ジャケットとホットパンツとミュールと……とにかく平凡な中学生を自負する啓介が知人と思われる
のも躊躇してしまうような少女。同い年くらいの背丈と顔立ちなのに、なんだか軽薄そうで遊び慣れ
た感じの女の子は羞恥心の欠片もなさげな大笑いをしながら周囲の人目も気にせず真っ直ぐに啓介に
駆け寄ってきて腕に抱きついた。
「どう? 可愛いっしょ?」
「っ!!」
そして公衆の面前で腰を振り、自慰を連想させるような淫靡な動きで啓介の腕に上半身を擦り付け
潤んだ瞳で頬を染める。目の前で揺れる髪から漂ってくるシャンプーか香水か良く分からない匂いで
クラクラしてしまいそうだ。
「あ、あの……」
なんとか声だけは出せたものの、咄嗟に言葉らしい言葉が浮かばない。
「もぉ、酷いなぁ啓介はぁ?」まるで彼氏に素っ気なくされような拗ね顔の少女は、更に足を絡め
啓介の足に股間を密着させながら爪先立ちになって耳元で囁く「せっかく気合い入れて来たっていう
のにさぁ? ちょっとくらいは褒めてよぉ~!」
「な、なんで僕の事……って、もしかして智毅うぐっ!?」
「ちょっと、そんな大きな声で名前呼ばないでよっ。バレちゃうじゃん~ん!」
同じ男とは思えない柔らかい手で唇を塞がれて心臓が跳ね上がる啓介。バイト用の女装で行くから
驚かないように、と事前に注意されていたにしても、ここまでとは思ってもいなかったのだし、何より
も大勢の人達が行き交う前で大胆すぎるアプローチを掛けられて平常心を保てという方が無理な相談
である。
「だ、だって……」
「あははっ、やっぱりビックリした? したよねっ? 大成功~~!」
充分に驚かせて満足したのか智毅は少し抱擁を緩め、それでも啓介は解放せず腕にぶら下がって
肩に頭を擦り付けながら先を促すように歩き始める。
「んじゃ、さっそく行こっか?」
「え? あ、う、うん……」
そうして歩き始めた二人は昼間から『いかがわしい場所』に直行する不健全な交際か何かにしか
見えないらしく、周囲の通行人の冷ややかな視線が容赦なく浴びせられるが。
「んふふふ~!」
今にも逃げ出したい啓介とは正反対に、智毅の方は全く意に介した様子もなくご機嫌そのものと
言った笑顔で啓介を引っ張ってゆく。
「あ、あのさ? 智毅……」
「トモ」メッ、と言いたげに人差し指で啓介の唇を封じる智毅「トモって呼んでよね? 良い気分が
台無しじゃん。アタシの方はスイッチ切り替えて雰囲気出してんだからさぁ、啓介もちょっとくらい
空気読んで盛り上げてよぉ~!」
メイクされた頬を膨らませる様が本物の女の子のようで可愛い。しかも声色が自然すぎて未だに
信じられないというか受け入れられない啓介は振り回されっぱなしにまま。
「えっと……じゃあ、トモ……さん?」
思わず『さん』付けになってしまう。
「ん? ん?」
そんな啓介の戸惑いを明らかに面白がっている智毅は笑顔。
「何て言うか……ほ、本当に本物だよね? 本物の女の子が僕を驚かせるために智……振りをして
るってことは……」
「あははっ、ないないない。絶対ないって。第一、そんなことしたってアタシにはメリットなんか
一つもないじゃん?」
「そ、そうだけど……」
「よく考えてみなよ。女の子の振りしてお小遣いもらうバイトを紹介してあげるって言ったのは
アタシの方なのに、ンなの逆効果にしかならないじゃん。だから啓介も警戒しないでさぁ、もっと
楽しもうよぉ~~!」
「で、でも……」
「んもぉ、信用無いなぁ」とルージュで光る唇を可愛らしく尖らせる智毅「そんなに信じられ
ないんならさぁ、確かめてみる? アタシの……おちんちん?」
「お、おち……っ!?」
「そ、おちんちん」軽そうな笑顔から一変、艶っぽいで声で手首を掴まれる啓介「バイト中は
女の子になりきらないとダメだし、ちょっとヤなんだけどさぁ、啓介なら良いよ? 友達だし、
アタシが可愛いって思ってくれてるし、特別に触らせてあげるね?」
「いや、ちょっと……」
「大丈夫、ちゃんとナマで弄らせてあげるから……ほら、もうちょっとで……」
そのまま剥き出しの細いお腹に掌がが押し付けられ、
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
啓介の突然の大声に、周囲の通行人が何事かと一斉に振り返る。
「あははははっ、やっぱ啓介って純情~! カワイイ~イ!」
そして注目を物ともせず大きな声で喜ぶ智毅。
「い……いい加減にしてくれよっ!!」
一瞬だけとは感じた女の子のように柔らかい下腹部の触感に動揺しながらも、智毅の余りに奔放な
振る舞いの連続に耐えきれなくなり声を荒げる啓介。
「あははっ、ごめんごめん~」
だが智毅は面白がる様を隠しもせず、体を密着させたまま上辺だけの謝罪の言葉で啓介の憤慨を
軽く受け流し片付けてしまう。
「っ!」
それで納得など出来るはずもないとは言え、色々な意味でこれ以上目立ちたくない啓介は喉まで
出かかった次の言葉を渾身の思いで飲み込んで耐えるのみ。
「あ、そこを右だから。なんか色々転がってるから足下気をつけてよね?」
そのまま二人は智毅のアルバイト先の事務所があるという昼間でも薄暗い路地の一本へと消えて
いったが、それを気に留める者は一人もいなかった。
最終更新:2013年12月27日 00:20