『簡単に言うと女装して接客するだけの簡単なアルバイトだよ。あまり大きな声では言えない
仕事だけど、その分だけ短時間でもお金は沢山貰えるし内容だから、女の子の格好に抵抗感が
無いんだったら啓介を紹介してあげても良いけど……どうする?」。
という智毅の説明から、間違っても人前ではおおっぴらに出来ない趣味を持つ大人向けの隠れた
飲食業かなにかを想像しジメジメした地下室的な店を覚悟していた啓介だが。
「え~とぉ、ぽちぽちぽちっと……」
相変わらず腕に抱きついたままの智毅が片手で解除したビル裏口のオートロックの最新鋭っぽい
作りに先ず驚かされ、入った先で待ち構えていた明るくて綺麗なエレベーターホールに度肝を
抜かれてしまった。
「…………あ、あのさ智毅? ここって……?」
そうして、やっと口を開くことが出来たのは殆ど揺れない清潔そのもののエレベーターに
乗り込んでからだった。
「トモって呼んでっつったでしょ!」ぎゅっ、と抱きつく腕に力を込めながら女の子としか
思えない拗ね声を出す智毅「だから言ったじゃん、事務所だってばぁ!」
「……でも、ここって凄い高さそうなマンションにしか……」
「ん? そだよ?」
「そ、そだよって……」
予想していた楽屋裏というかバックヤードみたいな場所との余りのギャップに現実感を失いそうな
啓介などお構いなしに、軽快な電子音と共に目的階に到着したエレベーターのドアが静かに開く。
「もぉ、細かいことはどうでもいいじゃん! 早く早くぅ!」
そのまま満面の笑みの智毅に引っ張られて高級マンションの一室へと。
「初めまして、責任者の鈴原です……と言っても偽名ですけどね」
完璧な営業スマイルで二人を出迎えてくれたのは純白のスーツに身を包み『新鋭女社長』という
言葉を体現したかのような比較的若く真面目そうな人物だった。
「は、はいっ! 僕は……」
「トモちゃんのお友達、でしょう? それ以外は今は全く必要ありませんから何も言わなくても
構いませんよ。とりあえず、こちらへどうぞ」
大人の余裕の中に冷静な何かを感じさせる鈴原に先導され部家の奥に進むと、そこは壁一面に
広がる大きな窓から差し込む日差しで明るく照らし出された部屋。十畳以上はありそうな豪華にして
居心地が良さそうなリビングルームが待ち構えていた。
そしてソファーや絨毯の上と言った思い思いの場所でくつろぐ少女達の姿。
「み~~んなアタシのバイト仲間なんだよ。ね、凄いっしょ凄いっしょ~?」
褒めて褒めてと頭を擦り付けてくる智毅だが、啓介はそれどころではない。
「あの……あの人達って……その……智……と同じバイトって事は……」
「うん! 鈴原さん以外は全員男の子っ!」
と自慢げな智毅。
「そういうことです。それに全員が未成年ですから余り緊張しなくても良いですよ」と鈴原が
柔らかな声で継ぐ「それじゃあミケちゃん、あとはお願いしますね」
「えぇ~~? また私かよ~~?」
完全なアウェイで戸惑うばかりの啓介の頭上を素通りして話は勝手に進んでゆく。
「お給料は『それ』込みだというのを忘れたわけでは無いでしょう? それに、この子も私が席を
外した方がリラックスできるでしょうから」
「…………りょ~かい」
別の部家に続く扉の向こうに姿を消す鈴原と入れ替わるように、ミケと呼ばれた女装少年が気怠そうに
腰を上げる。啓介より年上に見えるが未成年と言うことは高校生か大学生か。健康そうに焼けた肌と
ポニーテール。タンクトップにジーンズという出で立ちと猫科の動物のように引き締まった体型から
して男とか女以前に健全そうな人物にしか見えないが。
「あ、あの……」
「トモから聞いてるだろうけど、シフトとかもないし自由出勤だから完全歩合制な。基本的に全部
メールでやり取りすっけど、ここで待機してた方が優先的に回して貰えるから稼ぎたかったらマメに
顔出すこったね。あと無理に本番コナさなくても良いけどさ、客は全部鈴原サン経由の紹介だから
病気とかの心配はいらねーしシンドイ割には金貰えねーし指名とか殆ど貰えねーから、どうせなら
本番の方がいいぜ。ああ、あと金と言えば客の払いは全部鈴原サンが受け取って、私らは後で八割の
現生をココで受け取るシステムになってっから。あとは……なんかあったっけ?」
「服とかお化粧とかは全部自腹だよ~!」と絨毯の上で頬杖をついて寝転がりながら真っ白な足を
ユラユラ動かす黒いドレスっぽい服の女装少年が補足する「だってお仕事以外でも使えちゃったりする
もんね? あと少し位のおチップって言うか小遣いなら鈴原さんも見ない振りしてくれるから、
やっぱり生でドンドンやって満足させたげた方が断然お得だと思うな~。それとぉ、このお部屋の
お菓子とジュースは食べ放題の飲み放題だよ~ん」
楽しそうに語る彼女の周りにはスナック菓子の袋が幾つも散らばっていたりする。
「は、はい……」
と素直に頷いてみせる啓介。教えて貰った範囲は割と丁寧な説明だったとは思う。
「ま、そんなトコだな」と頭をポリポリかきながら面倒くさそうな声のミケ「まだなんか忘れて
っかも知れねーけど、まぁ要はヤりまくって金貰うだけだからな。あんま難しく考えなくても直に
慣れるから心配すんなって」
「そ~そ~。気持ちイイお仕事なんだし楽しまなきゃ損だよ~」
「最初のお仕事はアタシがサポートしたげるしぃ、大丈夫だって!」
「う、うん……」
覚悟していたような陰気な場所では無かったし、仕事仲間も朗らかというか親しみやすい感じの
人達だし、しかも皆が自分と余り変わらない未成年らしいという話で啓介の緊張も多少は和らいだ
ような気がする。
「と、ところで……あの…」が、どうしても確かめなくてはならない部分は残っていて、そこだけは
明確にしておかなければならない「……その……」
「あ? ンだよ、ハッキリ言えよ!」
「い、いえっ! あの……その……」
「もぉ、ミケちゃん!」と、腕に抱きついたまま智毅が半歩前に出て啓介を庇うように頬を膨らま
せて睨み返す「アタシのお友達怖がらせないでよぉ~!!」
「あ………わ、悪ぃ……」
そして驚くほどアッサリ引いてしまうミケ。
「うふふっ。ミケちゃんはツンデレさんの体育系だから、ハッキリしない子は好きじゃないん
だよね~?」黒ドレス少女が人懐っこい声で間に入る「でも別に本気で怒ってるわけじゃないしぃ、
面倒見はすっごく良い子だからなんでも聞いて良いよ~?」
「がるるるるっ!」
まだ不機嫌そうに唸っている智毅。。
「だ、だからツンデレとかキショい呼び方すんなっ! つか……まぁ、鈴原サンから任されたのは
のは確かだし……その、わかんねーことあったら……い、いまのうちに言っとけよなっ!」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて………その………やるとかやらないとかって結局、なにをする
アルバイトなんでしょうか?」
「「「えっ?」」」
その場の全員の目が点になり、視線が啓介に集まる。
「な、なにってお前、そりゃ……」と何故か狼狽えるミケ。
「トモちゃんから聞いて、是非にって思って来たんじゃないの?」
黒ドレスの少女も思わず起き上がり……アニメなんかで良く見かけるゴスロリ風だった事に今更
気付いたが……何度も瞬きを繰り返し驚いている。
「えっと、智……トモ……さんからは『女の子の格好をして接客する簡単なアルバイト』としか
聞いてなかったから……その、ちょっと特殊な喫茶店かガールズバーの一種かなくらいのイメージは
あったんですけど……お話を聞いてると、ちょっと違うような……?」
「「「はぁっ!?」」」
なに言ってんのコイツ? と言う視線が今度は智毅の顔に集まる。
「あ、あれぇ~?」啓介の胸に縋るように密着しつつ、引きつった笑みを作る智毅「そ、そんな
コトいったっけ? でででも間違いじゃないじゃん? 実際好きな服着て女の子のフリするしぃ、
お客さんの相手するだけだしぃ、別に難しいコト覚えるヒツヨーもないんだからマジ誰でも出来る
簡単なアルバイトじゃん? ウソは言ってないよね? ね~っ?」
「いや、僕に言われても……」
やっと腕を解放したかと思うとクルリと半回転しながら啓介の前に立ち、助けを求めるような目を
しつつ胸元で可愛らしく拳を作ってみせる智毅だが、残念な事に啓介には如何ともし難い。
「トモ、お前……!」
「あ~あ、またかぁ……」
「あ……あははは~?」
やっちゃったよコイツ、と残念な子を見る目を独り占め状態の智毅。流石に萎縮してしまいながら
仲間に愛想笑いを振りまいてみせるものの、効果は全く期待出来そうにもない。
「……何て言うか、今更なんだけどさねー……」とドレス少女改めゴスロリ少女「トモちゃんの説明は
ちょっと違くて……ココって、よーするにお金貰ってエッチぃことするの大好きな子の集まりだったり
するんだけど……大丈夫?」
「え……」音を立てて啓介の顔から血の気が引いてゆく「エッチぃことって、つまり、それは……
やっぱり……」
「まぁ、あれだな……いわゆるエンコーって奴だな、ぶっちゃけ」
「どっちかって言うとデリヘルの方が近くないかなぁ? 自分で引っかけるわけじゃないし~、
お金も直接は貰えないじゃん。ま、どっちも似たような物だけどねぇ~」
「でもホテルとか殆どなくて青姦ばっかりだよね? やっぱ援交の方が近くない?」
「それは主にお客様の層の問題では? 余りお持ちで無い方々を狙っている様ですし」
「でもでもぉ、公園とかって興奮するよね? あと屋上とか!」
「わかるわかる~! 触られなくてもスカートん中に射精しちゃうこともあるもんね?」
「……だけどドライアクメ……何回でも出来るから便利……」
「あとさぁ、慣れてくると喉も気持ちいいよね? 奥の方擦られちゃうと思わず自分でシコシコ
したくなっちゃう~みたいな?」
何が引き金だったのか堰を切ったように部屋一杯の猥談が咲き乱れるが、真っ白になった啓介の
頭の中には何も一つも入っていない。というか無意識に一歩、後ずさってしまう。
「ちょ……急に騒ぎ出すな! うるさいって、お前らっ!」
「っていうかさぁ、大丈夫なの? あの子?」
「「「あ……!」」」
幸か不幸か一時的に蚊帳の外状態だった啓介だが、ゴスロリ少女の一言で雀の大合唱が一瞬で
鎮火して再び部屋中の注目を集めてしまう。
「い、いや……あの、僕は……」」
それは総じて同情というか哀れみの眼差しばかりだったりするのだが、だからと言って到底
耐えられるものではない。
「ご、ごめんなさーーーーーいっ!!」
何を謝っているのか自分でも良く分からないまま慌てて踵を返し、何も考えず玄関の方へと
駆け出す啓介……だが。
「だ、だめ~~~~っ!!」
智毅の声が聞こえたと思った次の瞬間に視界が反転して、そのまま暗転してしまった。
最終更新:2013年12月27日 00:21