偽装彼女

(「偽装彼女」シリーズ)

「…須藤……?」
 ビクリと震える肩は、そいつがクラスメイトの須藤豊だということを、俺に確信させた
だけだった。
 ただ問題は、青ざめた顔で振り返るセーラー服姿の須藤が、数時間前は俺と同じブレザ
ーを着ていた、紛うことなき男子生徒だったことである。
 土曜日の午後、大型スーパーの婦人服売り場。
 売り物の女性用下着を掴んで更衣室に入るというのは、品行方正な優等生の彼にはとて
も似つかわしくないシチュエーションであった。
「っ……!?」
 ああ、女だったらなあと入学当初奴を知った頃から常々思っていた、可愛らしく整った
顔の、これまたぱっちりした黒い双眸が、俺を認識したのか信じられないものでも見たか
のように見開かれる。
 元から色白な顔が、すっかり血の気を失っていた。
 同じクラスになって二年、黙って男女共通のジャージ姿で校外学習に出れば他校の男子
にナンパされるという須藤のこんな表情を見るのは初めてで、俺は多分相手とは別の意味
で言葉を失う。
 だが、先に我に帰ったのは俺の方だった。
「…なに、やってんの?」
 できるだけ軽薄そうに聞こえるように言ってやる。驚愕の次には、絶望のお手本のよう
な顔をしやがった。
「なんでそんなカッコでこんなトコいんの?ていうかお前ん家この辺だっけ?」
 浮かべる表情に、予測が確信に変わる。
「…もしかして、そーゆー趣味?」
「……っ!」
 青ざめた顔が一気に紅潮した。
「ぃ…言わないでくれっ!」
 第一声が懇願という、素晴らしいリアクションを決めてくれた。
 声を押し殺してはいるが、相当切羽詰まっている。そりゃあ膝丈セーラーにカーデ羽織
ってブラジャー引っ掴んでるところを同級生に見られたら…俺だったら死にたい。
 しかし俺は須藤ではないので、この状況を逃すつもりはさらさらなかった。
「とりあえず、それ置いてきたら?」



 昼間外に出たのは初めてなのだと、奴は言った。
 ホモというわけではなく、単に女装をするのが、女の子になった自分を見るのが興奮す
るのだという、その顔がなければナルシスト乙。と言いたくなるような動機で、家を出た
叔母の若い頃の制服をこっそり着て、家の中や上っ張りだけでは飽きたらず、しかし近所
で隠し通す自信もなく、学校や自宅から離れたこの駅まで来て、「おんなのこごっこ」を
したのだそうだ。
 なるほど、校則が緩いとはいえ染めもせずに肩まで髪を伸ばしているのも、今まで足し
げく通った彼女の家があるこの駅で今日初めて遭遇した(奴にとっては「してしまった」)
のも、そんなわけか。
 そんなことを聞き出しながら、俺は何をしてたかというと、
 ずっと須藤の赤らんだ顔やら、見慣れないはずのセーラー服やら、裾から覗く膝やらを
見まくっていた。
 本人はそれについて何も言いはしなかったが、見られていることは分かりきっているの
かずっとそわそわと落ち着き無く視線をさまよわせたり、学校では体育の時くらいしか出
してない膝頭を撫でさすっていたりしていた。
 店の中で見た須藤の「恥ずかしくて死にそう」な顔をもっと見てやりたくて、こうして
寒い中スーパーの喫煙所という名の外ベンチまで連れ出して、奴の委員会やホームルーム
の時の弁舌はどこへやらな質疑応答をしているのだ。
 ついでに言うと、初めてサシで話しているうちに、普段からかすれ気味な細い声も、ち
ょいハスキーな女の声だと思えるようになってきた。
 案の定いっそ殺してくれとでも言わんばかりに、女装優等生はこの羞恥プレイと今後の
自分に苦悩している。
 ああ、なんて楽しいんだ!
 ついさっき色んな意味で別れた彼女に辟易していた気分がすっかり晴れている。
 可愛い「女の子」は恥ずかしさに嫌がるのが、羞じらう表情が最高にクるものだと思う。
 そして俺は、仕上げに一言言ってやった。



「あーだこーだ言ってるけどさぁ…つまり、変態なんだろ?お前」
「…っ!」
 その三点リーダーと声にならない息遣いは何回目かな?須藤君。
「はぁーっ、ヒトは見た目によらないモンだなあ。まさかお前がスカート穿いておっ勃て
るような変態だったとは」
「…っやめてく」
「どこ?」
 もう泣きそうになりながら訴えかけた奴がうろたえる。
「だから、その格好はどこからしてきたんだよ?その格好で『ママぁ、行ってきま~す』
とでも出てきたのか?」
「…カラオケ」
「は?」
「すぐそばの、先払いのカラオケボックスの部屋で」
 そこで上手いこと化けたと言うわけか。さすが秀才君。エロい方面にも頭が回る。
 それを言うと長い睫毛を伏せて「言わないで」と絞り出すような声でささやいた。
 そんな恥ずかしいこと言わないで、という意味か、他の奴等に、という意味かは分から
ないが、こいつに命令する権利はない。
「じゃあ、お前の提案通りにそこに行こうか」



 付き合い始めの頃は初々しいのに、一度セックスしたとたん大胆になる女って、俺的に
は萎え萎えだったりする。
 腕組むだけでも恥ずかしがってたくせに、今日部屋入った途端ケツ揉んできたり、通販
のエロ下着見せたらノリノリで着てみせようとするなんて論外だ。
 だから「やっぱいいわ」って言って、「帰るってこと!?別れるってこと!?」という
逆ギレに「両方」って言って出てきたわけだ。
 その点、「カーデ着れば胸なくても様になるよなあ」と言っただけで顔を真っ赤にして
俯いてしまう須藤の反応は、古臭いセーラーでも可愛らしい容貌とあいまって、俺の理想
ど真ん中だった。
 それがたとえ自分から着たのだとしても、こうやって第三者、つまり俺に辱められると
いうのは奴の予定に入っていないのだから。
 週末の午後にカラオケに来る高校生カップルなんて珍しくない。
 運良く入口から遠い、まあ行って見れば二人ギリギリな狭い部屋に配置されたので、さ
っさと用を済ますことにした。
 ドリンクバー何にするか聞いても疲れた顔で首を振るだけだったので、仕方なく俺はコ
ーラと、もう一つは白濁液がエロい気がしたのでカルピスを取った。
 悪あがきは無駄だと悟ったのか、さして抵抗なく俺に続いて部屋に入った須藤にコップ
を渡す。押し返そうとはしたが、俺がグビグビ飲むのを見て喉の渇きに気付いたのか、形
の良い唇でストローを咥えた。
 ちくしょう、原液垂らしてやりてぇ。
 黒髪セーラーの美少女がチュウチュウ音を立ててジュースを啜るのを見届けて、俺はソ
ファに座った。無論、歌うためにではない。
「それ、似合ってなくもないけど、いまいちダサい」
「は…?」
 鞄を下ろし頬杖をついて言ってやると、潤った喉から裏返った声が洩れた。
「なに、言って…何が望みだよ!?」
 強請られるとでも思っていたのだろうか。肩から提げっぱなしの自分のスポーツバッグ
を抱えるようにして須藤は後退さる。
「いけないなあ、そんな可愛い格好でそんな言葉遣いじゃあ」
 にっこり笑いかけてやると、余計に不安げな顔で一歩下がり、
 こつん。
 奴のスニーカーの踵が、閉まった扉にぶつかった。ここから逃げ出すという向こう見ず
さはないらしい。
「俺がお前の望み通りの女にしてやるよ」




「はぁ!?」
 何言ってるのか分からないとでも言いたげに、彼は憤りを露わにした。
「とりあえずカーデと…ピンクのブラ見てたくらいだから、パンツは自分のなんだろ?そ
れも脱いでスカート上げてみせろよ」
「なんでそんなこと…っ」
「あっそ。じゃあそのまま可愛くポーズとってよ。クラス中に回してやるから」
 これ見よがしに携帯を出して見せると、少しばかりの反抗心は途端に萎えたようだ。
「…っわ、わかった!言う通りにするからやめろ!」
「『やめろ』じゃなくて『やめて』な」
「……っ」
 唇を噛んで座った俺を睨みつける。
 しかし賢い彼は、自分の赤らんだ目元は俺を楽しませるだけだということに気付いたの
か、憮然とした顔で乱暴にバッグを床に置き、言われた通りの行動をとりだした。
 上着を脱いだら、誤魔化しようもないぺたんこの上半身が露わになる。
 しかし、こうなる前にもちらりと思いはしたが、薄い胸板とウエストのバランスは貧相
と言うより華奢な体つきだから、「まじ貧乳なんですぅ~!」とでも言えばそのままセー
ラー上下だけでもいけるんじゃないかと思った。ぶっちゃけ巨乳自慢する女って、腹も尻
もヤバいし。
「……どしたん?」
 男らしく上着もボクサーも脱ぎ捨てたものの、スカートの裾をいじったまま途方に暮れ
たように下を向いた相手に気付く。
「…ベルトとか、そういうのないから、無理だ」
 最後の命令が、ということか。
「あのさぁ、ちょっとは考えろよ」
 学年首席にそんなこと言えちゃう奇跡。
「ほら、どうせ腹んとこ余ってんだろ?皆やってるみたいにねじっちゃえばいいじゃん」
 立ち上がり、須藤の服に手をかけた。
 やはりガバガバで腰骨に引っ掛かっていたウエストの、留め具が付いた部分を平行に折
り上げていく。こーゆーのも駅のホームとか彼氏の目の前でやられると萎えるんだが、何
されるのか訳が分からず立ち尽くされると、事故を装って尻を撫でたりしたくなる。
 はっきりと拒絶もできずにふるりとむき出しの尻に包まれたスカートが揺れる。
 クローゼットに長いこと入ってた服だったのか木の匂いと、多分こいつのシャンプーの
匂いがした。


 プリーツが崩れないよう注意しながら一段折上げる。膝頭が完全に出た。
「ほら。いい感じ」
 もう一段。無駄な肉の付いていない腿が覗く。
「み、短すぎるんじゃないか?」
「クラスの女なんか、パンツ丸出しで歩いてんじゃん」
 顔も見ずにもう一段。
「やぁ…っ…」
 もう、羞恥に裏返った悲鳴をあげて、しかし弱々しく俺の手を押さえてきた。
 見上げてみると、嗜虐心を煽られるお目々が涙を溜めて俺を見つめている。
 なんてこった、このくらいでメーター振り切れちゃうのかよ!
 風呂場での痴漢プレイにアンアン言ってた前カノを思い出し、カルチャーショックとい
うかジェネレーションギャップと言うか、性差を思い知る。
「わーった、じゃあ今はこんくらいにしとく」
 腿の半ばくらい、ギャルじゃなくても出してるだろとは思いつつも、裾を引いてプリー
ツを直してやった。
「ひっ…ぃあっ!」
「え?」
 ただならぬ声色と、布地を引っ張った時の抵抗によくよく見てみると、
「…マジかよ」
 紺色のスカートを捲り上げると、二次元でありがちなのとは違って毛の生えた、それな
りに立派なモノが起き上がっていた。
「なに?お前。ミニ穿かせてもらって興奮してんの?」
 先端に我慢汁がにじんでいるそれに無造作に触ろうとすると、過剰なほどに拒否してきた。
「……っやだ、他をあたれっ!」
「は?」
「お前はどうか知らないけど、俺は男が好きなんじゃない!」
「………ぅえ?」
 あ、もしかして俺まで絶賛勃起中に思われてる?
「あのさあー」
 気の抜けた呼び掛けにも身を竦めている。嬉しくない予感的中だ。
「お前と一緒で、男とエッチする気はねえから」
 たっぷり間をおいた後、少し安心したように顔を見上げてきた。
「ただ、こういう『変態』をいじめるのは大好きなんだよ」
 貞操の危機と社会的生命の危機に、同時に瀕した表情というのは初めて見た。
「お前の喜びそうなとこ連れてってやるよ」
 怯えつつも訝しげな顔をする須藤をとりあえずソファに座らせて、俺はさっき飲んだコ
ーラを出しに行った。



 用を足して部屋に戻ると、ノーパン勃起女装野郎は、さっき座らせたところから微動だ
にせず待っていたようだ。
 何をされると思っていたのか、奴は手ぶらの俺に安堵したような顔を向けてくる。
 馬鹿だなあ。逃げちまえばよかったのに。と口には出さない。何だかんだ言ってこの状
況に頬を上気させてるのは、さっきのように下半身熱くさせてるのはこいつ自身だからだ。
 直接ソファに触れる尻がスースーするのか、膝をぴったり合わせて心許なげに見上げてくる。
 短くした服の裾から、すんなりした太腿が半ばまで露出していた。体毛が薄いのか見え
ないところまで剃っておいたのか、まあ俺を現実に引き戻さないスペックに感謝する。
「来いよ」
 言われるままに立ち上がる須藤を連れ、さっき来たばかりの場所…の隣に行く。
「一度ソレ抜いて、トイレ済ませて来い」
 簡単な話だが、奴にとって十六、七年間生きてきて初めての行為は、はいそうですかと
気軽に従えるものではないようだ。
 まあ今は誰も入っていないとはいえ、女子トイレで精液と小便出して来いというのは、
初屋外女装な彼にはなかなかハードルが高いのかもしれない。
 まあそれでもスカートの前を見る限り勃起し続けてるあたり、こいつの趣味も真性なん
だろう。
「テント張った女子高生がどこにいるんだよ」
 観念したかのように、しかし後ろやら周りやらをやたら気にしながら、前屈みの女子高
生は女子トイレの中に入って行った。
 スカートの裾を捲り上げ、そそり立った自身のペニスを扱く美少女の倒錯的な姿を想像してみる。
 自分の家のと変わらないのに、便器の前で途方に暮れてるところを想像してみる。
 すでにギンギンだったくせに、たっぷり十分くらい時間を置いて、須藤は出てきた。
「してきた?」
「………してきた」
 できることなら消えてしまいたい、と心の声が聞こえてきそうな奴の泣きそうな表情に、
もう一度トイレのお世話になりそうになった。



 よく漫画とかで、他人の記憶を操作したりする奴が出て来るけど、こいつが今その力を
手に入れたら、まず真っ先に俺の記憶を消すんだろう。
 涼しい顔して女子にキャアキャア言われてる優等生が、自分からセーラー服着てノーパ
ンで歩いてるなんて、なかなか貴重な光景だ。
 そんなことを考えながらニヤニヤ見てやると、不安の色濃く見上げてきたので、「あの
後女子トイレから苦情来てねーかな?『イカ臭いです』って」と言ってやった。
 ぷりぷりした赤い唇を震わせて、結局何も言えないまま下を向いてしまうのをさらにニ
ヤニヤ眺めてやる。
「転ぶなよ~中身丸見えんなるぞ」
 小さく呼び掛けると、分かってるとでも言いたげにスカートの裾を押さえ付けた。いっ
そ転んでしまえば俺も共犯にできるのに。嫌だけど。
 カーディガンを元通り羽織らせ、脱いだ下着は着替えが入っているというスポーツバッ
グにしまわせて俺が持った。これで彼は俺の支配下に置かれるというわけだ。
 奴が持っていたのより軽い俺の学生鞄を持たせ、知らない他人が見たら「部活帰りの彼
氏とデートする女子高生」になった須藤は、はっきりと態度には出さないが、自分の格好
の恥ずかしさと同じくらい、どこへ連れて行かれるのか不安でたまらない、といった感じ
で俺の斜め後ろを歩いている。
 ドナドナの子牛みたいだ。見たことないけど。


 今自分が持ってる鞄の中身を知ったら、どんな顔をするのだろう?そう思いながら須藤
の肩に腕を回した。
「連行されてるような顔してんなよ。怪しまれたいのか?」
 注目されてまた勃っちゃうかもなとニヤニヤしながらささやくと、真っ赤になって顔を
そむけた。
 周りには、彼氏に意地悪を言われて拗ねているように見えるだろう。
 目当ての場所の前まで来て、俺は立ち止まった。
「着いたよ」
 ピンクの看板もやらしく見える…オープンなランジェリーショップ。
 若い子受けの良さげな可愛い下着やら、ちょいお姉様が狙う勝負下着やらを身に着けた
マネキンが、ショーケースの中で挑発的なポーズを決めている…そう見えるのは男だけな
んだろうな。
 対して須藤の顔を見ると、呆然というか、拍子抜けしたような顔をしていた。
 あれ?なんでだよ。
「ここ…で良いのか?」
 きょとんとして十センチ低い位置から見上げてくる。
 いつも耳にかけてる黒髪が頬にかかって、アジアンビューティーを演出していた。これ
ではナルシーな変態趣味に走っても仕方ない。
「え?なんかもっとすごいとこ期待されてた?」
 勢いよく首を振って否定した後、小さな声でぼそぼそと答えた。
「色んな女の子と、その…遊んでるって聞くから」
 どんだけだよ、俺の評判。
 まぁご期待に添えるだけの思いを味わわせてやるから、とは言わずに、俺は須藤の背を
押した。


 今時よくある、彼氏連れ歓迎なランジェリーショップ。
 自動ドアの中は、俺にとっては彼女とよく行った店の中。奴にとっては新世界。
「いらっしゃいませ~…!」
 条件反射で営業スマイルをくれた顔なじみの店長のサキさんが、俺の顔を見て寄ってき
た。
 セーターの上からも分かる、彼女の形の良い乳がぱよんぽよんする。須藤の目が釘付け
になっていて、噴きそうになった。
「おひさしぶり~!シンちゃんと…あ」
 「前連れてた子と違うじゃない」と俺に目で咎めるだけで口には出さない。空気を読む
人だ。
「あ、今日からマミじゃないんで~」
 心遣いをぶち壊してやると、サキさんと隣の「彼女」がギョッとした顔をした。
 お構いなしに、俺は今日初めて優しい声を、肩を抱き寄せた相手にかけてやる。
「授業早く終わったから一緒に買い物に来たんだよな……なぁ、ユカ?」
 「豊」だからユーカとかユカなんて、我ながら安易にして最高のセンスだ。
 須藤は俺と第三者を前に一瞬の逡巡の後、
「………うん」
 顔を赤らめて奴がコックリうなずくと、なぜかサキさんが照れだした。
「やだ、ごめんねあたし邪魔しちゃって。ゆっくり見ていってね!」
 たゆゆんたゆんと揺れる胸と共に、サキさんはレジに引っ込んでしまった。
 今まで連れて来た彼女らと同じノリかと思っていたのなら、さぞかし面食らったことだ
ろう。
 まあ下半身丸出しでミニスカセーラー姿で巨乳さんと対峙しちゃ、もじもじしたくもな
るわなと、向こうは知るよしもないことを思う。
「すっげぇじゃん。本物だましちゃって」
 回した腕を離して耳打ちすると、困った顔をして唇を噛んだ。
「ほら、どんなんがいい?」
 須藤が何か言う前に俺は手近な棚に呼び寄せる。
 どんな行動をとれば良いか分からないが、先程のスーパーにあったのとはかなり系統の
違う下着を前に、恥ずかしげな表情を奴は浮かべた。
 たしかに、値段に見合わない布量の黒レースはちょっと早い。清楚なこいつの見てくれ
にも、懐的にも。
「俺が声かけなかったら、あのまま普通に買ってけたかもな。残念」
 キッとにらみ付けて来る彼に小さく笑って、俺は別の棚を指した。




「あ、ほらこっちのがお前好きじゃね?ピンクピンク」
 なんてことないセリフに耳まで真っ赤にしてキョロキョロする。うぶな反応に、レジで
作業していたサキさんも違う棚に居る店員も、こちらを見ないようにしつつ笑いを堪えて
悶えているのが見えた。
 ブラと揃いのパンティーがセットになっている棚を物色しながら、俺は須藤の頭を冷や
してやるために短く命令する。
「上脱いで合うの着けて待ってろよ」
「え…き、着るの!?ぉ…わたし、が?」
 俺と言いかけて一瞬理性と戦い、結果たどたどしく一人称を変えるのに、なんかムラッ
ときた。
「だってせっかく試着室あるんだから、お前が気に入ったの着て欲しいじゃん」
 こいつを辱めるためのセリフのはずが、なんか俺までニヤニヤ見られてる気がした。
 たしかに今まで彼女が選んでる間ずーっとサキさん達とだべってましたが何か?と、ヤ
ケになって「これも可愛いなぁ」とか甘々なセリフを吐いてやる。
「すんませーん!試着室借ります!」
「………」
 結局、彼の持つ鞄と引き換えにデザインを変えつつアンダー三種類くらいずらしたハン
ガーを持たせて、試着室に追い立ててやった。奴の胸囲なんぞ知らないが、まあ一つくら
いは合うのがあるだろ。


「ちょっ、シンちゃんどしたのあの子!?マミちゃんともレイカちゃんともメグミちゃん
とも違うじゃない!」
 試着室のドアがしまった途端、フロアを滑り寄ったサキさんに小声で詰め寄られる。
 レイカではなくレイコです、と訂正しかけたが、まあどうでも良いか。
「だろ?今までにないタイプに一目ぼれしちゃってさぁ、ダメ元でアタックしたらオッケ
ーもらえちゃったんだよ」
 歩きながら考えた嘘をにこやかに並べると、やっぱり訝しげな視線を向けてきた。
「アンタみたいなだらしない男が、あんな清純派をどうやって引っ掛けられるのよ?」
 もう一人離れたところに居た店員が頷きながら聞いている。
 ここでも何なの、俺の評判。
「だからまだ清いお付き合いでラブラブなんだって!あのセーラーだってあいつのガッコ
私服だから親戚に借りて来てくれたんだって!」
「あ、そうなんだ。道理で見たことない制服だと思った」
 …危なかった。にしても、よくもまあ細かいところに鼻が利くな。
 通う学校の話題になったら面倒なのでさりげなく視線を逸らすと、その先に思わぬ伏兵
がいた。
「いかがですか、お客様ー?」
 どっから湧いたのか、別の店員が須藤の入った試着室の扉に手を掛けながら声を掛けて
いる。聞いてねえよ!さすがに同性相手にゃ誤魔化せないだろ。
 「お姉さんのように、友達のように」なコンセプトに合った店員らしく、「サイズ違い
持ってくるかお測りしましょうか?」などと呑気に声かけしているが、サイズってドコの
!?ナニの!?
「中よろしいですかー?」
 返事のない…というか、おそらくパニクっているだろう室内に、彼女は今にも入りそう
だ。
「あーっダメダメ!俺が行く!」
 なんてこった、ここでバレたら俺まで終わりじゃないか!
 焼きもち焼く彼氏の顔を必死で作り、試着室にすっ飛んで行く。
「あーもう!あいつ超恥ずかしがり屋なんだって!」
 「じゃあ余計に入るなよ」という顔をする店員を押しのけて、一人分ギリギリに細く開
けた戸の隙間から滑り込んだ。
 「イタズラしないでよー」とサキさんの声が、扉を閉じた向こう側から届く。部屋に、
という意味か、奥にいる奴に、という意味か。



 狭い店のくせに試着室は気合い入っていて、扉の奥にさらにカーテンを引いたところに
一段上がって着替えるところがある。
 几帳面に揃えた奴のスニーカーを一瞥してからカーテンをつまんで「どんな感じ?」と
聞くと、隠れられるはずもないのに忙しない衣擦れの音がした。
「ま、待っ……!」
 返事なんて聞いてないので全開にしてやる。
「…なんだ、ちゃんと着れたんだ」
 言われた通りの格好をした須藤が、脱いだセーラーで身体の前を隠して立ち尽くしてい
た。
 着けることもできず裸でいるかと思っていたが、むき出しの両肩にはブラの紐がきちん
とかかり、奴が背を向けた鏡にも、後ろのホックがかかっているのが映っている。
「さっすが、優等生」
 スーパーで遭遇した時から、男子高校生の須藤豊であることをちらつかせる度に、面白
いほど過敏に反応する。
 今回もまた、抱えた服に顎をうずめるようにして朱の走る顔を下に向けた。
 そうだよ、お前は俺と同じ野郎で、俺よりも立派な生徒なのに、スカート穿いて勃起し
たり、嫌がりながらもこうして女の下着着けて内心喜んでいる変態なんだろう。
 口には出さずに突っ立ったままの奴の姿を舐めるように眺めながら二つの鞄を下ろし、
靴を脱いで中へ上がる。
 壁の端にカーテンをぴったり付けるようにして、万一扉を開けられても取り繕う猶予を
作った。
 今更だけど、これって失敗したら俺もヤバいんじゃね?
 捨て身の反撃にも出られない憐れな優等生は、何も言わずに笑う俺に怯えたように見つ
め返す。
 緊張しているのか興奮しているのか、頬がうっすら上気して、羞恥に潤んだ瞳は俺の一
挙一動も逃すまいとしている。
 無自覚マゾっぷりに敬意を表して、思う存分いじめてやろうじゃないか。



「いい格好」
 言って、真正面から焦らすようにゆっくりと彼のむき出しの背を覗き込む。
 決して太っているわけではないのだが、筋肉の隆起がほとんど目立たない、つるりとし
た上半身だった。今まで水泳の授業がなかったことを悔やむ。
 それがちょうど合っているのか、ホックを留めたブラも背中に食い込まず、白い肌にぴ
たりとサテンのピンクが這っている。背中ニキビ?何ですかそれは、なするんするんのマ
ット感。
「服下げろよ」
 そんなつもりはなかったが、ビクリと細い首を竦めて、言われた通りに奴は服を傍らの
スツールに置いたスカーフの上に放る。
 膝上スカートと紺ハイソ、花柄ブラだけを着けた痩身が、俺の目の前にさらされた。
 腹もうっすら縦筋が一本へそに続いているくらいで、ちょっと前に流行ったエクササイ
ズビデオの外国人女性のが逞しい。
 胸筋も同じく、一番小さいカップがガバガバに余っている。元から入ってる底上げパッ
ドが可哀想だ。
「着てみたかったんだろ?どう?」
「どうって……」
 耳まで赤くして、両手でスカートの裾をギュッと握りしめる。
 できることならその手で恥ずかしい上半身を隠すなり、脱いでしまうなり…俺を突き飛
ばして逃げるなりしてしまいたいだろう。
「『言葉にできないくらい嬉しいです』とか?」
「なっ……っぁ!」
 反射的に抗議の声を上げる須藤の胸元に、俺は手を伸ばした。
 逃げようとする肩をもう片方の手で掴み、身動きをとれなくする。
 肩紐から、あれば谷間へ続く縁飾りを指先でなぞると、ビクンと奴の身体が震えた。
「似合ってんじゃん」
 ない乳房があるように手のひらでブラを揉んでやる。
「やっ……っ」
 パッドの入った柔らかい裏地が、奴の胸板をふにふにとくすぐるのか、掠れた悲鳴があ
がった。
「店ちょ…あのおねーさんの乳見てたろ?」
 上がぱっくり開いたブラの隙間に手を突っ込み、女の子にしてやるように乳頭をぐりぐ
りいじってやると、真っ正面で潤んだ瞳を伏せて小さく喘ぐ。
「…ふっ……ぅ…」
「もうオナニーで開発済み?」
「………っ……やめ…」
 すがるように俺の両腕を奴が掴む。ちょっと驚くが、乳首をつまんだ指を動かす度に膝
が笑っているのを見て、両手で胸を攻めてやることにした。


「ほら、どうなんだよ?聞いてるんだけど」
 乳房は揉んでも、ここまで先っぽをいじくり続けるのは初めてかもしれない。すっかり
芯を持っているのが見なくても分かった。
「……ぁ…そこ、好きぃ…っ!」
 そこまで聞いてないのに、とんだ淫乱だよ。
「…へぇ」
 正直な奴は嫌いではないので、お望みどおりこねくり回してさしあげた。
「……っひ、ぁ…っ」
 ほっそりした喉をのけぞらせて、奴の両足から力が抜けたところで、長い長い乳首責め
を終えた。あー、指疲れた。
 よろよろしながらも健気に自分の足で立つのを待って、俺は先程から気付いていたこと
を言ってやった。
「なんかさっきから足に何か当たるんだけど」
 ビクリと身を竦め奴が腰を引くよりも、俺が彼の背に片腕を回す方が早かった。
「ぁ…やめ……っ」
 片手でスカートの裾をつまみ前をめくり上げる。
「…チンコまた勃ってんじゃん」
 分かりきってはいたが揶揄してやると、ふるりと奴の唇とペニスが震えた。
「え?こここうされて、こっちも感じちゃったわけ?」
 スカートを捲り上げた手はそのまま、背に回していた方の手で再び下着の上から胸に触
れる。
「ん…っぅ!」
「お前今どんなカッコしてっか分かる?」
「やめ、て……っ」
 大声を出すわけにも、激しく抵抗するわけにもいかず、あっさり俺の胸に背を預け、鏡
の方に身体を向けられてしまった。
「……っ!?…」
 黒髪の少女が、サイズの合わないブラの上から胸をまさぐられ、むき出しのペニスを鏡
に見せつけている。
「…恥ずかしい……」
 蚊の鳴くような声でささやいて、拘束されていない両手で自分の顔を覆ってしまった。
もったいない!
 胸を撫でていた手をポケットに忍ばせ、低く命じた。


「手ぇ下ろせ、鏡見ろ」
 有無を言わせぬ口調に、彼が半泣きで言う通りにしたところで、
 シャラーン、と間抜けな電子音。
「なっ…!?」
「記念撮影」
 シャッター音に負けないくらい軽薄に笑い、痴態のバッチリ撮れた画面を無理やり見せ
つけてやった。
「っ…やだ、ぁ…」
 小さく悲鳴をあげ、俺の腕の中で身をよじる。
 でも命令の上塗りはされていないから俺の手を払いのけることも、自分の痴態を隠すこ
ともできずに、奴はただいやいやをするように首を振り、濡れた目やペニスから涙をこぼ
すだけだった。
 あんまり部屋汚したらやばいよなあ。
 そう思って俺は足で須藤のスポーツバッグを寄せた。
「ちょっと持ってろ」
 染み付くぞと脅して自分でスカートを上げさせておき、相手のバッグの中から目当ての
ものを引っ張り出した。
「…っ!何、して……?」
 半泣きしつつも、奴が咎めるような声を出す。うるさい、俺だって好き好んで野郎の使
用済みパンツなんか触んねーよ。
 色気のかけらもない黒の綿ボクサーを、我慢汁で濡れ濡れの亀頭にかぶせるようにして
竿に巻き付ける。
「大好きなトコいじってやるから、チンコから潮噴けよ」
 言って、今度はブラの上から乳首を責めてやった。
「…っぁ、んっ…ん!」
 乳頭に柔らかな裏地が擦れる度に須藤は身じろぎし、限界の近いペニスがパンツ越しの俺の手にしごかれる。
 耐えられないのか俺の腰に当たっている奴の薄い尻がもじもじと動いた。そこ俺の息子
だっての!
「や…でちゃ、う……」
「だから出せって」
 やらしい格好見ててやるよとささやきかけると、倒錯的な快感に黒い目の焦点が揺らい
だ。
「あっぁ……っ!」
 自分でスカートを捲りあげたまま、ほとんど乳首と言葉責めだけで、鏡の中の少女は果
ててしまった。
 ビクンと身を強張らせる度に、彼のペニスを包んだ下着に生暖かい精液が噴き上がるの
が伝わる。
 射精が終わり、あらかた熱が引いてから須藤を突き放した。
 力なくその場に座り込む奴の目の前で、彼自身の精液を受け止めた下着を広げてみせる。
「うわすっげ」
 ドロッとした白濁が、布地に模様を作っていた。


「あーあー、きったねえの」
 わざと言うのにも気付けず、むき出しの尻を絨毯に乗せたまま恥じ入るように俯いてし
まう。スカートを掴んだままの手が、羞恥に小刻みに震えていた。
「もうコレ、穿いて帰れないよなぁ」
 汚れが室内に付かないように注意して下着を置くと、絶望的な顔をする奴に笑いかけて
やる。
 着てないものも含めて、壁のフックに丁寧にかけられたブラのハンガーを、一つ取る。 そして、
「はい、新しいの」
 言って、今着けてるブラと対になったパンティー(精液付けた野郎の下着がパンツなら、
レースとリボンで飾られたこれはまさしくパンティーだ)を突き付けてやる。当然、奴は
面食らった。
「え…?だってこれ」
「いつまでココにいるんだよ、乗り込まれるぞ」
 思わず受け取った、値札が付いたままのそれに彼は戸惑いをみせたが、追い立ててやる
と諦め良く、一度足を入れるところを間違えてから身に着ける。
 捲れ上がったスカートはそのままに、白とピンクのレースやら刺繍やらに彩られた花柄
ブラとそろいのパンティ姿を、須藤は披露してくれた。
「お客様、どこか苦しくないですか~?」
 おどけたように言ってひざまづき、足下から相手の顔をうかがう。
 羞恥に俯いていた目が俺を捕らえ、見ないでと言いたげにぎゅっと閉じられる。いやい
や、それ丸見えですから。
 その拍子にポロリと涙がこぼれ、初めて見るまともな泣き顔に俺の息子が少し疼いた。
「あぁ~っと。ココがちょっぴり辛そうですね~」
 パンティーの前面中央を指して、白々しく言う。
 勝負系ではないとはいえ、決して短小ではない彼のペニスがすっぽり収まるほどには、
布面積は広くない。
 華奢な身体には不釣り合いな、年相応に立派なそれは、濃くはないが黒い毛と共にツヤ
ツヤした薄ピンクの布地に透けて見え、清楚な下着姿の少女に違和感を醸していた。
「お客様、こちらはサイズ一個しかないんですよぅ~」
「……っつ、ぅっ!」
 ふにゅふにゅの布越しに袋をつつくと、イったばかりの竿にまた熱が下りてきた。お盛
んなことで。
「女の子なんだからガマンしてくださいね~」
 宥めるように窮屈そうなペニスを撫でてやると、おおげさなほどに彼は身を竦めた。
「ひぅ……っ!」
 勃起はしていないものの、ジンワリとごく小さな染みが付いてしまい、須藤が息を飲む。
 そろそろ潮時だな。


「待ってな」
 言って、俺の鞄のポケットから小さなハサミを出す。枝毛切るのにも、彼女にプリクラ
切るから貸してって言われた時も便利だったりする。
「サキさぁ~ん!これ着せて行きたいから値札取っちゃうよ!」
 外に向かって怒鳴り、返事を聞かずに奴の後ろに回りブラの値札を外した。
 プチン、とループの切れる音に、うっすら汗をかいた背が硬直する。
「動くなよ」
 刃が肌を滑る感触にも感じる敏感さは非常に興味深いが、それを楽しむには時間が無い。
 パンティーの値札を取るべく軽く後ろを引っ張ると、胸とペニスにばかりかまけて気付
かなかったが、ぷりんとした白い尻が直に見えた。
「良いカタチしてんじゃん」
「ひゃん!?…っ!」
 からかうように掴むと、不意に高い悲鳴が上がった。
 慌てて口をつぐむが、外にその可愛い声はばっちり聞こえちゃってると思う。
 笑いを堪えながら値札を外し、制汗剤を軽く噴く。寒いけど鞄に入れっ放しで良かった。
 残りのブラと、汚れた下着を入れた奴のや俺の鞄を持って俺は更衣室を出た。
 手ぶらで下着だけ脱いでこられるものなら、やってみな。


 呆れと興味半分のまなざしで俺を迎えた店員に必要ないハンガーやブラを預け、レジに
二枚の値札を出すとサキさんがウンザリした顔でため息をついた。
「いちゃいちゃしてんの聞こえてたわよ。主にアンタのヤニ下がった声」
 カップとよくあるデザインにふさわしく、手頃な値段が表示される。メシも食わずに別
れてきたから、大して痛くない出費だ。
「マジ?やだなー聞こえないふりしてよー」
「本番行っちゃわないかハラハラしちゃったじゃない」
 冗談めかして言っているが、「絶対にやるんじゃねえぞ」と目が訴えてる。
 お釣りを受け取ったところで、元通りセーラーを着て本人が出てきた。寂しがりの彼女
みたく俺を見つけてレジに駆け寄ったが、俺が財布を手にしてるのを見てオロオロする。
「あの、わたし…の鞄……」
 嫌がらせの小道具代をみずから払おうとするなんて、これ以上弱みを握られたくないの
か、筋金入りの真面目というか天然なのか。
 笑いだしたいのを堪えて、優しい彼氏の顔を作ってみせる。
「せっかくだから俺にプレゼントさせてよ」
「そうよ気にしない気にしない。この子いっつも女の子に払わせてんだから」
「ちょっとサキさん、一言余計」
 事情を知らないサキさんにまで逃げ道を阻まれ、初々しい「彼女」は困った顔をした。
「…ありがとう、ございます」
 恥辱に赤らんだ顔を見られたくないのか奴がペコリと頭を下げると、巨乳(というか肩)
を震わせてサキさんが悶える。小動物系に弱いのか、この人。
「またいらしてくださいね」
 顔を上げた須藤には無駄に爽やかな姉御笑顔を見せて、支払いをした俺には釘を刺すよ
うな笑顔を向けてきた。
 こーゆータイプには気をつけないとな、俺。


 店を出て歩きながら、俺はスポーツバッグのポケットに入っていた須藤の携帯を勝手に
取り出し、俺のアドレスを打ち込み送信した。
 本人はというと、上半身にまとわりつくブラや窮屈なパンティーが気になるのか、しき
りに襟やスカートの裾をいじっている。まぁどうせ後で気付くだろ。
 俺の携帯が奴のメアドを受信したところで、駅が見えてきた。
「どっかで着替えて帰るの?」
 顔を上げる須藤の背景は薄暗く、赤みの引いた白い頬がきれいな曲線を描いていた。
 無言でうなずく奴に、ずっと預かっていたスポーツバッグを差し出す。
「明日予定ある?」
「……用件なら今ここで言え」
 うわっ、可愛くない!とてもその、ぷりっぷりの唇から出たとは思えないセリフ!
「…正直に質問に答えないと、返さない」
「………ないよ」
 予定のない日曜日に、塾にも何も通ってないらしいこいつは何してるんだろう?
「あっそ」
 鞄を奪い取る須藤は、長かった拷問に肩を落とした。
「……どうしたらいいんだ」
 わずかに内股のまま、とぼとぼ俺の横を歩く彼に、俺はにこやかに告げた。
「じゃあそれについては今夜メールすっから!気をつけて帰れよ!」
 駅に入ってく俺を、返事の代わりにセーラー美少女の恨みがましい目が追った。
 さて、寝る前までに今日の「記念写真」と一緒に送るメールの文面を考えなくては。
 デートにはアフターフォローが肝心だ。



 日曜だってのに、これでもかってくらい学生がいて、うざったい。
 ちんたらだべりながら歩きタバコしている浪人生集団を追い越し、ぶつぶつ単語帳を捲
る現役生を舌打ちで退かし駅に向かう。
 普段なら踏切を渡って帰るのだが、今日は定期を使って構内から反対側の改札口に出た。
 塾も店もろくにないので、地元住民しか使わない小さいそこは例によって寂しく、セー
ラー襟の揺れる細い背中はすぐに見つかった。
「待たせたっ?」
 駅の中から来るとは思わなかったのは、心底驚いたかのように奴は振り返った。
 肩まで伸ばしたサラサラの黒髪、人形めいた白い肌に、ぱっちりした睫毛の濃い目や滑
らかな紅唇といったパーツが絶妙なバランスで配置された面。そして、
「…待ってない。あと三分ある」
 それらをすべてぶち壊す、無愛想というか、感情を押し殺したような細い声が、俺を迎
えた。
 赤いスカーフも可愛らしいセーラーに大きめのカーデを羽織った美少女を、誰が須藤豊
だと…俺の同級生である、優秀な男子生徒だと思うだろう。
「あっそう。じゃあ三分早く行くか!」
 思い詰めた顔で何か言いかける相手を無視して、たったか駅を出る。どうせ振り返らな
くたって、折り上げたスカートの裾を気にしながらついてくるだろう。
 実際角を二つ曲がる頃には、須藤は黙って俺の隣りを歩いていた。


「午前中、出かけたのか?」
 人通りがないので、普段と変わらない静かな声で彼は尋ねた。男にしてはやや高い、ハ
スキーな女の声にも聞こえる声音。
 閑静な住宅街で本題に入るのは諦めたようだ。
 うっかりご近所さんと遭遇したらまずいので、言葉遣いについては目をつぶってやる。
「授業だよ、予備校の」
 トートバッグから参考書をチラ見せる。
「まあ塾も通わないで百点とっちゃう須藤君には関係ないな」
「っ……そんなこと、ない」
 名前を呼ばれたところでビクリと肩を震わせたが、小さく言い返して来た。
 黙り込むだけだと思ったので、ちょっと興味が湧く。
「……へえ。なんで?」
「…塾は通ったことあるけど、合わなくて止めた。それに」
 言いよどむ須藤に「それに?」と促す。
「受験は知らないけど、定期試験はやったところが出るから。お前だって授業で答えられた単元の課題は出してるじゃないか」
 授業はほとんど寝てるから、予備校でやったとこしか分かんないんですけどね。
 面白くなさそうな顔でクラスの課題ノートを集めながら、そんなとこまで観察してくだ
さってたんですか、このミニスカセーラーな優等生君は。
 学校でその顔以外には特に自己主張することのないこいつに、委員会の先輩まで黄色い
声を上げる理由が少し分かった。
 それにしても、高潔な人格に趣味の良さは伴わないのだろうか。
「は?じゃあ俺もやればお前レベルくらいにはなれますよってこと?」
「うん」
 真面目くさった奴の表情に、学校に居るような気分になり腹が立ったので、世間話を終
えることにする。
「『宿題』はしたか?」
「………した」
 俺の声音に気付いて奴は頬を染め、視線を逸らした。


 昨晩、記念写真と共にメールで送った「宿題」は二つ。
 昨日と全く同じ格好で待ち合わせることと、多分これが今涙目になるほどキツかったん
だろう、
「あそこがツルツルだと、余計気分出るだろ?」
「……っ」
 意地悪く耳打ちすると、たまらず彼は俯いた。だから、言われた通りやっちゃうのがい
けないんだって。
「かわいーなぁ、俺のためにオシャレしてくれたんだ」
 当たり障りのない砂を吐きそうなセリフを言って、腕を回した肩を軽く叩いてやる。
「っ……やめ、」
「て?」
 怒ったように払いのけてきたが強引に肩を掴み、赤く染まった目元を見て言う。
 少しの間睨み返してきはしたが、きゅ、と唇を噛みしめ視線を下向けた。
「…やめて……」
「はい、わかりました」
 あっさり手を放してやると、紺ハイソを穿いた足が少しもつれた。


 大音量でCDかけたまま出かけるなんて、マジありえないんだけど。しかもご丁寧にオー
トリバース。
 兄貴の部屋でがなり続けるコンポを消してから、廊下に突っ立っていた須藤を奥の俺の
部屋に入れた。
 靴の多い玄関を物珍しげに眺めてたので、聞いてみたらやっぱり一人っ子。
 無理やり連れて行かれた俺の家に上がる時でさえ「お邪魔します」とか小さく言うのを
見て、昨日のレジでのことを思い出した。
 お茶菓子出すようなしつけはされてないので、喉が渇いてないか聞いただけで、カーペ
ット張りの床に座る。
 俺の向かいに腰を下ろしかけて短いスカートの中が見えるのに気付き、ぴったり合わせ
た膝からそろりと正座をする須藤の頬が上気する程度には、今日は寒くなかった。
「パンツもちゃんと穿いてきたんだ」
「…お前が命令したんだろ」
 むっとしたように言い返してくる。なんだよ、そんなにサキさんに嫌われたくなかった
か。
 なけなしの虚勢を張られるのも、こちらが優位である限りは可愛いものなので悪くない。
「へぇー……でもお前、チンコぎゅうぎゅうで染み付けてなかった?ほら、前んとこに…」
「洗ったに決まってるだろ!」
 昨日の試着室でのことを思い出したのか泣きそうな顔をして怒鳴る。元が上品なので怒
鳴るといっても吐き捨てるような語気だが。
 たしかに、こいつが取り乱すのも分からなくもない。目の前の同級生に乳首いじくられ
てイっちゃうなんて、全国の男子高校生何万人に一人の割合?
 そんな不幸なあちらさんは、元の生活を取り戻すために俺に言われた通り下着から何ま
で女装して、こうして泣きそうになるくらい人生かけて苦悩しているんだろうけど、俺的
には可愛いオモチャかペットがヘソ曲げちゃったよぅ~どうしよう☆な気分だ。
 自然と、返す言葉も軽薄なものになる。
「洗ったって、自分でやったん?どうせ洗っちゃうんだからって、着けたまま一人でオナ
ニーしちゃった?」
「っ……!」
 女の子と別れる原因の一つでもある、思ったことを残らず口にしてしまう俺の癖を目の
当たりにし、怒りを通り越して呆然としていたが、彼は黙って自分の鞄を引き寄せた。
 反応しない須藤の顔を覗き込むようにして身を乗りだす。
「なぁ、おい…っ!?」
 昨日と同じスポーツバッグから出した何かを、突然目の前に突きつけてきた。


 ………一葉さん?
「昨日の代金」
「に…二千四百円なんだけど」
「やる」
 床に両手を突いて腰を浮かせたままの俺を睨みすえて、五千円札を突きつける。
 ムカつく相手を消すお札だったら、たぶん俺は死んでただろう。
 うるうるな瞳に気圧されそうになったが、こんなはした金で立場をイーブンにする気は
ない。
「要らねえよ、そんなもん」
 本音はちょっぴり欲しいけど、そんな色は微塵も見せずに首を振る。
 そうかそうか、奴はすべてをチャラにする取引をするためにここまで来たのか。
 正直それなら下着や剃毛までは従わなくても良いんじゃないかとは思うが、果敢な女装
っ子M心が出ただけだと思おう。
 金で少しは動くだろうと思っていたのか、奴の硬い表情に動揺が走る。それでも正座を
崩すことなくぴったり閉じた太腿を可愛いなあと思いながら、俺はゆっくり携帯を開いた。
「値段分はいいものもらったから」
「!?」
 ここでそれを出されるとは思わなかったのか、かなり焦っている。あんな良いモノを、
今日こいつを呼び出すためだけにしか使わないとでも思ったのか。
「昨日の写真どうだった?自分で言うのも何だけど俺すごくね?」
 昨晩、知ったばかりのこいつのアドレスに送った画像を出して見せると、慌てて顔を真
っ赤にしてそっぽを向いた。
「なんたってモデルが良いからなあ…なあ須藤?」
「っ言…わない、で……」
 言わないでとは何をだろう。女装して入った試着室の中で、ブラジャーつけて猛るペニ
スを鏡に見せつけていたことを?それとも、このことは他の人には…ということか?
「皆にコレ見せたら、何て言ってもらいたい?」
「!?…そんな……」
 とりあえず、こんな写真撮って喜ぶ俺もかなりの変態扱いされて、日頃の素行的に下手
したらこいつが一方的に被害者扱いされるかもしれないんだけど。
 やるわけない脅しに気付けないのが可愛くて、もう少しいたぶろうとは思ったが、
「頼む…何でもするから…っ」
 素敵なセリフを吐いてくれたので、作戦変更することにした。


「…お前に指図する権利なんてねーよ」
 さっきまでとうって変わって冷たく言い放つと、怯えたように見上げて来た。
「お前が勝手にこんなカッコしてチンコおっ勃てたから、事実をそのまま撮っただけじゃ
ねえか。それとも何だ?今もこうしてこっぱずかしい命令ホイホイ聞いてるお前は変態じ
ゃないとでも?」
 絶望の色に塗りつぶされる瞳が、わずかに違うものに揺らいだのを確認して、俺はにわ
かに笑顔を作った。
「あれ?…そうか、『何でも』ってことは、コレとかを皆にバラしさえしなければ、ずっ
とお前、俺の言うこと聞くわけ?」
「はぁ!?何勝手なこと言って……え?」
 わざとらしく傷ついた顔を向けると、思いっきり狼狽した。
 数秒前には、他でもない俺に変態だのなんだの詰問されていたくせに。
「そっかぁ、俺騙されちゃったんだあ……じゃあ、俺もコレをどうしたって構わないよな?」
「………!」
 「記念写真」の映る携帯を手にニッコリしてやると、色を失った唇が震えた。
 どうした学年首席!?外でこいつに言われた通り、俺もやればできる子なのか?
 内心固唾を呑んで見守っていると、何か自分の中で色々闘ったっぽい須藤はガクリと下
を向いた。
 ふるふると肩を震わせ、搾りだすような声を発する。
「…ゅ…言うこと聞く、から……」
 セーラー美少女が正座して俺に奴隷宣言しちゃうなんて、どうしよう、ムービー撮れば
よかった!
 そんな不謹慎なこと考えてるとは知らずに、奴は黙ったままの俺を前に頭を垂れている。
 彼の覚悟なんて知ったこっちゃないので、俺は朗らかに笑いかけた。
「そう?じゃあこの画像は俺とお前で厳重に保管しようなぁ!」
 他に何か方法はなかったのか、何か間違っていないかとグルグルしてそうな秀才の顔を
上げさせる。
 涙の溜まった黒い瞳に映る自分の笑顔を確認して、俺は高らかに命令した。
「それじゃほら、早く俺の言うこと聞けよ」


「上脱いで」
 狭い俺の部屋で向かい合わせに座ったまま、昨日と比べても一番優しく命令する。威圧
しなくとも、彼が自分から「言うことを聞きます」と言ったからだ。
 しかし、あまりに近い距離に須藤は早速躊躇した。
「こ…このまま?」
「そう。そのまま」
 片膝立てて頬杖をつく。気分は特別来賓席。
「早く」
 急かされて渋々、上着のボタンに細長い指をかけた。
 スカートの中が見えないよう正座したまま慎重に片腕ずつ抜いていく。丈が長いので尻
と足の間に挟まれた後ろ身頃は膝立ちになって脱いだ。
 昨日は鏡に向かって精液噴いたり、それでも足りずに売り物のパンティーぱつんぱつん
にして汁垂らしたりと、今パンチラするよりずっと恥ずかしいモノを見せてたくせに。
「昨日より胸あるんじゃね?」
 パッドが重なった部分がほんの少し布地を持ち上げていた。
「揉まれるとでかくなるって言うよなあ」
「……っ…」
 ニヤニヤする俺にしつこく乳首責めされたことを思い出したのか、小さく身震いして彼
はそっぽを向いた。まあ悔しそうな恥ずかしそうなお顔は俺から丸見えなんですけどね。
 赤いスカーフを抜いたあたりで、カーデより下を脱ぐところは店の試着室でも見てなか
ったことを思い出す。
 脇のファスナーを緩めて頭からかぶる型のセーラーみたいで、裾に両手をかけた時にち
らりと俺を見た。
 俺が手を伸ばしたらどこでも触られてしまう距離で、周りが見えない無防備な時に変な
ことされないか心配なんだろう。どんだけ信用ないんだ、俺。
「寒いならエアコン入れるけど?」
 「早くしろ」って直接言うよりも、匂わせる程度の方が強制力はあるみたいだ。
 悪代官の前で帯を解く生娘みたいな覚悟を白い面に浮かべて、奴は俺の目の前でセーラ
ーの上を脱いだ。


 腕を抜こうとしてもぞもぞ身体を動かすのに合わせて、ふりふりと腿の上のプリーツが
揺れる。
 薄く筋肉がのった脇腹に、折り上げたスカートのウエストが見えた。
 どうせ駅の多目的トイレででも着替えたんだろう。鏡の前で昨日俺にされたようにスカ
ート折り上げて、同じように興奮していたんだろうか。
 カーデやスカーフの上に脱いだ服を置いて、彼は試着室での時と同じように、サイズの
合わないブラジャー姿を披露してくれた。
「家でも着て遊んだりした?」
「…っ誰が…っ!」
「だってお前、そのためにあそこのスーパーまではるばる行ったんだろ?」
 ガバガバのカップから覗く、まだ色づいていない乳頭を眺めてやってから、黙り込んで
しまった彼に「それも脱げ」と言った。
 うなずいて、でも恥ずかしげに長い睫毛を伏せて、奴はブラの肩紐を伸ばして片腕を抜
いた。
 ………はい?
 もう片腕のも外して、あまつさえアンダーを両手でつまむ。
 おいおい、そのままずり下げる気かよ!?
「……?」
 俺の奴を見る視線が変わったのに気付いたのか、けしからん手はそのままに怪訝そうに
こちらを見てきた。
「…あのさ」
「うん」
「念のため聞いとくんだけど、どうすんだよ?」
「…お前の言う通り脱ぐんだよ」
 何言ってんだこいつって顔をするが、いやいや、それこっちのセリフだから!
「いや、だからさ、もしかしてそのまま下にずらしてグルっと回してホック外す気?」
「……何か問題でも?」
「大ありだよ!」
 わけ分かんねえといった顔をしてくるが、逆になぜ分からないのかこっちが聞きたい。
「こうさ、後ろ手にこうやって外すのが良いんじゃん!」
 熱心にジェスチャーまでつけてやったのに、対する相手はさっきまでの羞じらいはどこ
へやらな冷めた目を向けてくる。
「そんな、お前の勝手な趣味に合わせる理由なんて……」
 ほほ笑む俺と携帯を見て、整った顔がひきつる。
 あるんですよね?須藤君?
「…っ……」
 そんなうるうるの瞳で睨まれましても。
 「くやしいっ…こんなヤツなんかに…!」と思っているのが手にとるように分かるが、
彼が自分から言うことを聞くのを待つ。ビクンビクンとなるのも時間の問題だ。
「…か……身体固いから、届かない…」
「あっそう。じゃあ頑張りな」
 にべもない俺の言葉を、唇を噛んでしばらく恨みがましく反芻してから、奴は肩紐を元
に戻した。


「…んっ……ぅん…っ」
 軽く背を反らせるようにして、命令に従うが、可愛い声があがる割には終わる気配がな
い。
 相手の横に回って背中を覗き込むが、わざとじゃなく本当に届かないようだ。意外。
 しばらくの努力の後、消え入りそうな声で訴えてきた。
「……がんばった…」
「ほんと?」
 片手を伸ばし、すんなりした二の腕を軽く押し上げてみる。
「ほら、もうちょっといけるだろ?」
「あ、あっぁ…痛いっ!無理、ぃ……っ!」
 声だけ聞いてると、ナニやってんのか分からない。
 黒髪乙女が下着姿で辛そうなのは少し可哀想だが、ここで妥協しては台無しになる、俺
の気分的に。
 俺にうかがいをたてているという悔しさにうち震える相手を無視して、俺は言い放った。
「あんな脱ぎ方小学生か、せいぜい中学生までしかやんねーよ。高校生なんだから努力しなさい!」
 気分は熱血教師だ。性的な意味で保健体育担当の。
「そんな…っ」
「やればできるんだろ?」
「……っ!」
 嫌味で返してやると、記憶力の良い彼は潤んだ目で睨んできた。
 座ったまま屈んでもう一度背中に手を伸ばしながら、唇が「いじわる」と動く。
 そんなに「須藤豊」として扱われるのが嫌なんだったら、その格好でいる時くらいは女
の子にでもなりきっちまえばいいのに。
 まぁ、優等生のプライドと、本人は認めないだろうけどマゾ入った女装願望との間でい
っぱいいっぱいになっちゃうところが俺的には良いんだけど。
「……っく、ふ…っ…」
 俺の視姦から逃れたい一心で、自由にならない手を必死で動かす。
 当然といえばそうだが、無い胸を突き出すような体勢になっていた。悪戦苦闘しながら
も視界に入るだろう自分の肌とカップとの間に開いた隙間に、彼は何を思うのだろうか。
「いい格好」
 言ってわざとらしく須藤の正面に移動すると、頬を赤く染めて背を丸めようとする。
「ほらほら、手がお留守だぞー」
 そんなことを何度か繰り返して、どうにかこうにか奴は目的を達成することができた。
「おーおー、頑張った頑張った。よくできました~」
 この上なく軽薄に褒めてやるが喜ぶわけがなく、腕の痛みと羞恥で泣きそうになってい
る。
 奮闘の末、締めつけるものがなくなった背筋は淡く上気し、うっすら汗すらにじんでい
た。
 そうか、言葉だけでは不服ですか。このやらしい子は。
 教育はアメとムチっていうしな。ちょっとは甘やかしてみるか。


「ごほうびやろうか?」
「…は?……っ!?」
脈絡のない単語に面食らう彼へと俺は手を伸ばし、
「ひぅっ!?」
肩紐だけで引っ掛かってるブラの下から指を突っ込み、乳首を押しつぶした。
「ゃ…やめ……」
「へえ、勃っちゃってるじゃん」
見られるだけで感じちゃうって、どんだけだよ。
そういえば、淫乱女装くんはここでもオナるって言ってたっけ。
ふと思い付いて、つまんだ手はそのままに俺は動きを止めた。
「俺が今触ってたの、どこ?」
「え……?」
「言ってみろよ、どこ感じるんだ?」
中途半端に刺激がやんで、たまらず素直に口を開く。
「…む……むね、が…」
もういっぱいいっぱいな感じだが、これでは昨日とたいして変わらない。
「『オッパイ感じる』って、言ってみな」
「…っ……」
生まれてこの方口にしたことないようなセリフに、須藤は濡れた目を見開いた。
「言わないと、この格好で外に放り出すぞ」
「…っ!?………」
動揺を隠せないまま、須藤は必死にもつれる舌を動かした。すがるように両の瞳が、俺の顔をちらりと見、恥ずかしげに下を向く。
「…ぉ………お…ぱい…かんじる……」
恥辱に震える唇が、どうにかこうにか恥ずかしい言葉を紡いだ。
「よくできました」
グリグリと乳頭を押しつぶすように撫でてから、ブラを脱がせてやった。
「ひぅっ!ぁ……」
元々の目的が何だったか、今さら気付いたんだろう。楽になった両手で慌ててスカートの裾を伸ばした。
でももう遅い。しっかりとは確認できなかったけど、胸に気をとられている間に開いた足から、明るいピンク色がチラチラ覗いちゃってました。
俺にしても、予想してなかったイベントが入ったおかげで、思ったより時間を食ってしまった。携帯で時刻を確認し、この後の予定から時間を逆算しながら昨日持ち歩いていた通学鞄を引き寄せる。
俺のとる行動に、自分にとってろくな結果が伴わないことを理解しきっている彼は、警戒心をむき出しに俺の手元を注視する。
平らな胸の美少女からパンティーにスカート一枚なんてしどけない格好で、そんなに期待されちゃ俺、ちょー緊張しちゃうっ。
無駄口は叩かずに俺は鞄の中に入った紙袋から、中身のうちの片方を掴みあげて須藤に渡した。


「ほい」
「あ、えっ?」
 思わず両手で受け取る模範生。知らない人と弱み握られた同級生から物をもらってはい
けません。泥沼にはまりたくなければ、だけど。
「……何、これ?」
 パッケから出して彼女に見せたは良いけど、使わないまま乱暴に戻して帰ったから、く
しゃくしゃになっていて何だか分からないようだ。
 平たいゴム紐に所々共布でフリルをあしらったこれは、奴に着せる今日の衣装の一つだ。
 昨日買った可憐なピンクのブラとは違って、淡いパープルの安っぽい布地。ペラペラし
た軽薄さと、どぎつい光沢が非常に俺好みな下品さだ。
「脱いだブラの代わりにこっちのにお着替えしましょうねー」
「ブ……?」
 両手の中の物をじっと見て、直後、
 至近距離で俺の顔に投げつけてきた。あとちょっと手出すの遅れたら目に入ったぞ!
「っ…そんな、前も後ろもよく分からないもの着れるか!」
「おやおや、ユカちゃんはエッチな下着は初めてですか~?じゃあお兄さんが着せてあげ
ようねぇ~」
 しまった、これでは俺が変態ロリコンだ。
 俺が配役を間違えたことには気付かず(むしろ目の前の布切れというか、フリル紐に夢
中で気付けず)、須藤は突っ返したはずの下着をガン見している。気になるんだ。
「っ近付けるなよ!」
 興味津津なそれを、奴でもブラと分かるよう広げて再び差し出してやると、慌てふため
き距離を置こうとする。猫だったら尻尾ボワらせてる感じだ。
「だ、第一それじゃあ下着の意味ないじゃないか!」
 必死で着なくて済むよう俺に訴える。こんな風に憔悴を露わにする必死な様子は珍しく
て、俺は切り札を後に出すことにした。
「え?そう?単にカップのない三角ブラじゃん」
「だからそれが意味なくしてるんだろ!」
 のれんに腕押し状態な俺の返事に、さっきみたくふるふるしながら一生懸命主張する。
半裸な上にスカートなので、締まらないことこの上ない。
「たしかに、そのピンク色した、やらしいオッパイは隠しとかないと困るよなあ~」
 ピンクは言い過ぎだが、色づきツンと立った乳頭を指さすと顔を赤らめて腕で覆おうと
する。
 説得されるのにも飽きたので、ジョーカーを出すことにした。
「でも、俺は困らないから!」
 須藤の陳情のすべてを棄却する俺のスルーっぷりに、奴は絶句する。それでも健気に小
さな口をぱくぱくさせるが、声も出ないようだ。


「大丈夫。きっと昨日みたく似合うから!」
 両手で広げて持ち上げながら俺が身体を寄せると、裏返った悲鳴をあげた。
「っゃ、やだぁっ!絶対嫌だ!」
 ついに足を崩し後じさりながら、ぶんぶん細い首と黒髪を振って拒否する須藤。それで
もそれを付けた自分を想像したのか、目元が真っ赤になっている。
 そうだよ、この顔が見たかったんだよ。セリフに期待したほど色気がないけど。
「まぁまぁ、そんなこといわずに」
 俺が寄ると、奴が逃げる。狭い部屋はその追いかけっこをすぐに決着付けてくれた。
「ひゃ、あっあ……っ」
 脇を掴んで無理やりこっちを向かせる。
 片手に持ったままのエロブラを、恐ろしいモノでもあるかのように見て、身震いした。
そして、
「…む、村瀬っ!」
 あらら、学校以外で名前呼んでくれたの初めてじゃね?今さらながら。
「それだけは勘弁してくれ!」
「…『それだけは』?」
「頼むから!」
 おうむ返しな俺のセリフにコクコクとうなずく奴に、俺は朗らかに問いかけた。
「じゃあ『記念写真』回してもいいんだ?」
 俺の手にある華々しい拷問道具と、床の上に放置された携帯を彼の瞳が交互に見る。そ
して、
「………っ……き…着ま、す……」
「『着せてください』だろ?着れないって自分で言ったんだから」
「……きせて…」
 とてもそうは聞こえない声色が、俺にそうねだった。
 羞恥と屈辱にうち震えながら、みずから卑猥な衣装を着せてほしいのだと、ぷりっぷり
の愛されリップが訴える。
 そうそう、この羞じらいが欲しかったんだよ。「やだー、着て欲しい?」なんてノリノ
リで手を出すなんて、つくづく萎え萎えだ。あんな恥知らずな淫乱女に着せなくて良かっ
た。
 もっとも、淫乱なのは目の前の女装優等生も同じか、むしろこちらの方が真性かもしれ
ないが。
「はーい。じゃあ手ぇ前に出そうねえ~」
 俺の猫なで声に嫌悪を露わに、でも大人しく須藤は従う。
 なけなしの理性で拒んでは、逆らっても無駄なことに気付く。賢い頭はその不毛な繰り
返しをいつ理解するのだろうか。


 背中と、ここだけフリルの付いていない肩紐を華奢な両腕に通し、次の行動をどうする
かちょっと悩む。
「はい、バンザイして」
「……?」
 頬を染めつつも言われた通りにする彼の上半身に、俺は前からブラを回した。
 無防備な体勢でいるところに俺に接近され、緊張する奴の脇腹を俺の袖がかすめる。
「はぅっ!」
「え?何?俺何もしてないよね?」
 ビクンと跳ねる肢体と、白い腿を少しずつさらしていくスカートの裾。どちらも見逃せ
ない。
「動くと後ろ留めらんないんだけど」
 感じやすい身体は、くすぐったさにも耐性がないらしい。
 ピアスなんて開いてない耳たぶや首筋に息を吹きかけたりと、さんざん焦らしてやって
から手探りでホックを留めてやった。
 俺、こいつより器用じゃね?女装する趣味はこれっぽっちもないけど。
「はい、できあがり~!」
 恥辱からくる興奮と、俺にされたいたずらとで息の上がった相手から離れ、仕上がりを
確認する。
 小さな胸にはちょっと早い紫色が、張りのある肌を彩っていた。
 女だったらポロンとこぼれてしまう、肝心なところが隠れないブラを着けた姿は、何も
身にまとっていない先ほどまでよりも、かえっていやらしい。
 カップもワイヤーもない三角の輪郭に沿ってフリルに飾られた胸の中央に、乳房がない
代わりにぷっくり勃った乳首が、白い肌の上で存在を主張していた。ほら、触ってつねっ
ていじくって!っておねだりしているみたい。
 胸の真ん中の、小さなリボンが淫靡なデザインを少しだけ和らげていた。
 期待以上の出来栄えに満足していると、両手を膝の上に重ねそわそわしだした。
 理由はわかるが、察してなんかやらない。
「うん?どうしたよ」
「あ…あの……もう服、着て良い…?」
 声が上ずって視線が揺らいでいる。嘘つけないんだなあ、こいつ。


「だぁーめ。立ちな」
「っ……」
 腕をつかんで無理やり立たせると、ひどく緩慢な動きで細い腰を上げる。
 前屈みになりかけた奴の桃尻をつかむように持ち上げると、「はぁうっ!?」とか裏返
った声を出して背筋を伸ばした。アヌスでなく尻たぶが性感帯って、女でもそうそう居な
いんじゃね?
「あれえ?なんか変だなぁ?」
 紺色のプリーツスカートの上部が、何かに引っかかって少しだけ短くなっていた。まあ
分かってるんだけど。
「これがおっきしたくなかった理由かなぁ~?」
 スカートの裾から手を入れてその隆起を直接なぞると、ショーツの前面を突き破らんば
かりに充血した彼のペニスが触れた。
「ぁ……や、んっ!」
 ずっと押さえつけていたそれを下着越しとはいえ直接刺激され、嫌悪より快感に喘いで
しまう。カラダは正直ってやつ?すげえ俺好みだね。
「…いけない子ですねえ」
 優しく羞恥心を煽るようにささやきかけながら、俺は折り上げたスカートを直してファ
スナーを下ろす。
 手を放すとスカートは重力に従って、日に焼けていない形の良い腿やふくらはぎを伝い
パサリと床に落ちた。されるがままの須藤は、ぎゅっと目を閉じて、この一対一のストリ
ップショーに耐えている。
 恥ずかしい乳頭を強調するパープルのフリルブラジャーに、男にしとくにはもったいな
い尻と、剃毛されてはいるが立派な濡れ濡れペニスを覆う薄桃のレースショーツ。
「そのブラにこのパンティーは合いませんねえー」
「っひ……!」
 ショーツのウエストに指先を引っかけ、ツツーッと奴の下腹を一周すると、前の方を引
っ張った辺りで勃起しきったペニスが飛び出した。


「あぅ……っふ、う…」
 俺の指を軽く打つ衝撃に、ブルッと身を震わせて須藤は喘ぐのを堪える。
「元気じゃん」
 笑って、俺の顔も自分の痴態も見ることができない奴のショーツをずり下げていった。
汗で腰や尻に張り付いたところは、もちろん丁寧にはがしてやる。
 腹に付かんばかりに屹立した奴のペニスをはじめとする下腹部に、昨日ショーツから黒
く透かし見えたモノはない。
「…剃りながら、勃った?」
 生尻揉みながら尋ねると、身を堅くして口をつぐむ。
「正直に答えろよ」
「…た……たっ、た…」
 虚勢を張るかと思ったら素直に答えてくれた。自分が命令したこととはいえ、顔がニヤ
ついてしまう。
「それは、いい年してガキみたくツルッツルになったから?それとも、その後パンティー
穿く自分を想像して?」
 言って、ペニスを避けるようにして彼が慰めたところを撫でる。
 昨晩剃ったばかりらしいそこは、それこそ子供のようにすべすべしていた。
「ふ……ぅ…っ…」
「チンコ擦ってオナニーするなんて、ユカちゃんてばいけない子」
 滑らかな肌にまとわりつくショーツを一気に下ろすと、奴の股間を覆うものは何もなく
なる。
 上半身を飾るエロ下着を抜きにしても、血管を浮かべているズル剥けペニスに、ツルッ
ツルの陰部はとても不自然だった。
 すらりと伸びた足の膝辺りに丸まったショーツが引っかかっているのは、なかなか良い
光景なのだが、促して片足ずつ脱がせた。
「変態首席の使用済みパンティーって、需要あるかな?」
 汗や我慢汁で湿ってクタッとしたそれを手に笑ってやるが、ちらりと見るだけで何も答
えられずに再び目を閉じてしまった。長い睫毛も涙をたたえている。
 その奥の瞳が見せる感情が見たくて、俺は再び紙袋に手を伸ばした。


「じゃあ、コレ穿いて」
 言って、放り捨てたショーツの代わりにブラと同色のTバックを取り出す。これにもサ
イドの紐に共布のフリルがある。
 股のところに穴の開いたやつもカタログにはあったが、尻が出る方が良いのでこちらに
したのだ。一週間前の俺グッジョブ!
「っ……」
 一瞬目を見開くが、「パイパンでいる方が好き?」と尋ねると唇を噛んで受け取った。
「自分で穿けるかな?」
 悲壮な表情を前におちょくらずにはいられない俺は、奴と正反対な顔をしながら斜め前
に移動。泣きそうな顔も恥ずかしいペニスも、ぷりんぷりんな尻も楽しみたいからだ。
 ブラとほとんど変わらない布量なそれを、優等生は難問にでも出会ったかのようにしば
らくクルクル回してから、足を通す。
 足の付け根まで上げたところで奴は一度動きを止めたが、バックの紐を尻に咥えさせな
ければ前を隠せないことを思い知り、ぐっと引き上げた。
 締まりの良い上向きヒップに、紫のゴム紐がキュッと食い込む。
 あー、こんな乳にパイズリされたら堪んねえよなあ。
「き……きまし、た…」
 考えても詮方無いことを妄想し、吸いつくような白い桃尻にうっとりしていたら、消え
入りそうな声で奴は告げた。


「……へぇー」
 兄貴の名義で買った「魅惑のナイトランジェリーセット(紫)!恥ずかしがり屋な貴女も、
これで大胆にカレを誘惑してみて!?彼氏さんはちょっとオクテなあの娘にいかが?いつ
もより熱い夜(プレイ)になることをお約束します!」、略してエロ下着の破壊力は凄まじ
いものがあった。
 頬を赤らめた清純派黒髪美少女が生まれたままの姿で、AV女優みたいな衣装に身を包
んでいるだけでも「ごちそうさまです」なのに、ましてやそいつには毛のないズル剥けペ
ニスが付いているのだ。
 一見、白い柔肌には不釣り合いに見えるパープルが、かえってその肢体を淫靡に彩って
いた。
 上半身にまとうのは胸丸見せのブラ。真ん中の小さなリボン以外は両胸の回りに三角に
縁取られたフリルだけで、色づき硬くなった乳首が主役の飾りなのよ!と主張している。
ように俺には見える。
 極めつけはハイレグのフリルショーツで、さっきは尻にばかり目が行っていたが、汁を
垂らし続ける亀頭が浅すぎる股上からこんにちはしていた。
「はみ出てちゃってる」
 指摘して、俺が割れ目をじっと見つめると、またジュワッとにじみ出してきた。
「…っ……」
 恥辱に身震いして、須藤がそっぽを向く。自分がどんなになっているのか、一番理解し
ているくせに。
 股布は下へ行くほどに小さくなっており、ブラでは見られなかったポロリ映像はこちら
で拝めた。まあ薄い布地なので、ギンギンなペニスの裏側もナニも丸分かりなのだが。
 サイドはハイレグみたいに穿き込みが深く、淡いパープルのフリルに飾られて、たるみ
とは無縁な足の付け根が露出していた。
 昨日が初めての女の子下着デビューな奴には、気が遠くなるような格好。
 たしかにこんなん着るの着せられるのしていれば、それだけで盛り上がることだろう。
今は昼だが、まあ商品名を守らないといけない道理はない。
「すっげえオシャレじゃん」
 からかってやると、フリルに飾られた細い肩とはみ出したペニスを震わせて首を振る。
「……ゃ…みないで……っ」
「うん、後でゆっくり見てやるよ」
「え……?」
 一度も射精できていないまま汁をこぼし続けるペニスを、どうにかしたいのだろう。不
穏な俺のセリフに、見ないでと自分で言っていたくせに彼は俺の顔を見た。
 欲情しきった奴を可愛がってやりたいのは山々だが、「らめぇ」なことに持ち込むには
いい加減時間がない。


「お前が焦らすから、もう行かないと間に合わねーよ」
 実際そのセリフに嘘はないので、俺は手早く支度し、激しく抵抗するフル勃起女装優等
生を引きずるようにして家を出た。

 яяя

 露出狂ってのは、素っ裸にロングコートと相場が決まっている。
 薄いベージュのダッフルコートの下で、女物のエロ下着で勃起している奴は何と呼ばれ
るのだろうか?
「……変態?」
 ビクンと首をすくめて隣を歩く俺を見る。「なんで疑問系!?」と突っ込む余裕もない。
 なぜなら、俺と来た道を駅へと戻っている彼…今日のヒロインの衣装が、まさしくそれ
だからだ。
 ちょっと大きい俺の上着が、儚げな美少女を演出している。去年彼女がくれたものだが
、他の服と合わせにくくて真新しいままクローゼットで眠っていたものだ。
 股下何センチなんてミニスカの女子高生がいるのだ、腿の半ばまであるコートの裾から
紺ハイソを穿いた足だけが見えても、誰も気にしない。中身を知っている俺と、奴自身以
外は。
 さっき着せた下着以外は靴下とスニーカーしか身に着けていないので、少し寒いかと思
ったが、裏地が肌やらナニやらを擦るのか頬が赤くなっている。風邪をひく心配も、萎え
る心配もなさそうだ。
この分だと、手ぶらな奴の代わりに持ったバッグに入れたマフラーを使うことはないだろ
う。


「そのコート、良いじゃん」
 当たり障りない会話を振ると、困ったような顔をして須藤は辺りを見回した。時間帯や
駅が見えてきただけあって、先程より人通りが多い。
「似合ってるよ、すっごく」
「…ぅん……ありがとう…」
 ギャル受けの良さだけが命の俺のセリフに、微笑ましくも頬を染めて下を向いてしまっ
た。入学早々先輩の女から直々にお声をかけられても、清閑な微笑みを返してクールに辞
退した男とはとても思えない。
 ああ、女に口説かれるのはどうか知らないけど、「女の子」として口説かれるのは慣れ
てないんだ。
 そうと分かったら、そこを責めずにはいられない。
「照れてる?かっわい~」
「っ……やだ…!?」
 顔を真っ赤にして俺とは逆方向を見ると、俺の声に呆れ半分でニヤニヤ見ていたおっさ
んに気付き、慌てて下を向いてしまった。だから俺らには丸見えだってば。
 端から見れば、休日の昼下がりにデートする非常に健全なカップルを演じながら、俺は
携帯をいじる。
 羞恥と恐怖と、猛ったままのペニスに苦しみながら俺について来る相手は、俺がどんな
に一生懸命今日の準備を進めているか知らない。
 昨日と同じく、どこに連れて行かれるのか不安がる奴を煽るように、人の多い方へと踏
切を渡る。
 さらに信号が青なのにわざと歩道橋を上らせ、裾を気にする須藤を思いっきり恥ずかし
がらせてやってから、やっと目的の場所に到着した。


 学生街の…というか、俺の通う予備校の近所にあるファミレスには不文律がある。
 自習や数人でのだべり目的なら手前のカウンター席、奥のボックス席はたとえ空いてい
ても、一般人というか、予備校生以外優先ってやつだ。
 後者にあたる俺たちは、ちょうど空いたところなのか一番奥の窓際ボックスに座ること
ができた。
 隣のボックスには、食事をする女の二人連れ。おしゃべりに夢中でこちらにまったく注
意を向けない。
 ロケーションは完璧。あとはさっきからメールしている残りの役者を待つばかりだ。
 壁際ではなく手前のソファに須藤を座らせ、その隣に座る。二人並んで壁とご対面、だ。
 呆れた顔をして水を置く年増のウェイトレス、いいや店員が去ってから、奴はおもむろ
に口を開いた。
「…むら」
「あのさぁ」
 うんざり感を強調して、俺はため息をつく。
「お前、バレたくないならそれなりに演技してくれよ?」
 俺が女だったら、絶対に俺みたいな男の彼女なんかになりたくない。
「…し……慎吾、くん…」
 好きでもない、ましてや同性の名前を無理やり呼ばせて楽しむなんて、われながら良い
趣味している。
「どうしたん?」
「その…なんで向こうに座らないの…?」
 テーブルの下、コートの上から腿に置かれた俺の手を気にしながら、控え目に尋ねる。
「こっちが良いなら、ぉ…わたし、が向こう行っても良いよ?」
 本音は一刻も早く離れたいが、下手に俺の機嫌を損ねたくないのだろう。
 この状況で、俺の連れはコートの下エロ下着一枚で興奮している変態なんですよと叫ぶ
とでも思っているのだろうか。だとしたら彼は相当に俺の度胸を買いかぶってくれている。
 その方がこちらとしては都合が良いので、訂正はしてやらない。


「いんや。後から友達来るから」
「……え?」
 上気していた顔が、にわかに血の気を失う。
「と…友達!?」
「うん。予備校の友達。そろそろ休憩時間だから」
 家出てからここに着くまでに、予備ダチに「新しい彼女と行くから見に来いよ」と送っ
ていたのだ。「会う度違う女だからわけ分かんねー」と文句を言っていたから、確認のた
めにも暇つぶしに来てくれるだろう。
「大丈夫だって。変なことする奴等じゃないから」
 言って、コートの裾から指を滑り込ませ、なめらかな太腿を直接撫でた。
「ひゃぅ……や、やめて……っ」
 声を出したり抵抗できない分、余計に気になるのか耳まで真っ赤にして訴えてくる。
 何言ってやろうか考えていると、ポケットの中の携帯が震えた。何だよ。
 メールを読んで、足の付け根まで伸ばしていた指を引く。
「ひぁ……っ…」
「すんませーん!チョコパフェ一個注文ね!」
 聞こえたなら来なくても良いのに、シフトが足りないのか忙しそうなさっきの店員が駆
け寄って来て、ひっついてる俺達を「うぜーっ」と言いたげに一瞥してから顔も見ずに注
文を取って行った。感じ悪っ。
 落ちた気分を上げようと、ふと思いついたことを尋ねてみた。
「そういやさ、お前昔塾通ってたって言ったよな?」
 頬杖ついて尋ねると、ボディタッチに身構えていたような相手が一瞬戸惑う。ご期待に
添えなかったか。
「……うん」
「何年生ん時?」
「小学校の三、四年で…その頃流行ってたから」
 たしかに、中学受験も四年生からって言うもんなあ。予定がなくとも親は気になるだろ
うと、当時景品欲しさに通信教材をねだった俺は思う。
「へえー、なんでやめたの?」
「………」
 あれ?聞いちゃいけなかったか?


「…言いたくない系?」
「……笑われると思うけど」
「うん」
「塾の先生が、男子にだけ厳しかったから」
「は?」
「女子には優しいのに、それでその…怖くて、やめた」
 昨日、奴の女装癖を聞き出した時と同じかそれ以上に言いにくそうに、シンプルな告白
を終えた。
「ふーん。じゃあ、その反動でその趣味に目覚めたの?」
 軽く尋ねると彼は一瞬目を見開き、小さな声で「わからない…」と答えた。
 そのまま黙り込むかと思えば、奴は俺をちらりと見上げて来た。
「…笑わないんだ」
 笑うどころか、今の様子に非常に納得しちゃいました。
 そうか、そういうことか。
「笑うわけないじゃん。よくあることだよ」
 さっきまで太腿撫で回していた同じ手で細い肩を叩いてやり、誠実そうな笑顔を見せて
やると、呆れたことにほんのちょっとだけ奴は口許を緩めた。
「…よかった」
 勃起した素っ裸にエロ下着とコートだけ着せるような奴に話して何が良かったのかは分
からないが、とりあえず彼の心のツボをほんの少しだけ心得た。
 追い詰めて追い詰めて追い詰めてやって、ちょっぴり優しい言葉をかけてやれば、この
変態Mっ娘(男)は逆らえないらしい。変態だの何だの罵ったかと思えば彼女ごっこしてあ
げたりと、俺は無意識のうちに調教していたようだ。
 素晴らしきかなわが才能!と密やかに自賛していたら、愛想もくそもない店員が目の前
に注文したパフェと伝票を乱暴に置いた。
 これ、俺らが食べるわけじゃないけどカップルにやったらアウトじゃね?気ぃ利かせて
スプーン二つ付けろよ
 汚しては入れ替わり立ち替わるカウンター席を片付ける店員に、隣のボックス席の客も
注文はせず食事を終えた皿もそのまま話し続けていた。
 待ち人、いまだ来ず。
 生クリームとチョコシロップに飾られた頂上が、照明に反射してつやめいている。
「…食べちゃおっか」
「え…だから頼んだんじゃ、」
 ないの?って可愛く言うのを最後まで聞きたかった。


「お、タイムリーじゃん!」
 こっちはタイムリーじゃない。
 後ろからかかった声に振り返ると、待ち人二人が立っていた。
「お初で~す!」
「お邪魔しますぅー!」
 合コンかキャバクラの女みたいな口調で向かいの席に座るのは女でもオカマでもなく、
普通に俺の予備ダチだ。
 須藤の真向かいに座ったツンツンの黒髪が、いそいそとパフェを引き寄せスプーンを取
った。
「いただきまーす!」
 そいつと並んで座る、白っぽい金髪が店員に「すぐ出るんで」と失礼極まりない水の辞
退をしているのを尻目に、俺は身を固くする須藤を無視してぼやく。
「十分も居ないのにパフェ食うって、どんだけだよ」
「せっかく休憩に役得で広い席座れたんだから、食わなきゃもったいないっしょ!」
「……別にいいけど」
「彼女の前でそんなツラしてんなよ」
 ニヤニヤしながら金髪が「彼女」を指してきたので、俺はちらりと隣を見る。かあーっ
と頬を赤く染める奴の背を軽く叩き、にこやかに嘘をつく。
「この子、ゆーか。可愛いだろ?」
 「よろしく」とコート越しに背を撫でると、消え入りそうな声でそれに倣う。
「うわなにこの子どうしたん!?ちまっこい!」
 目の前に居たはずのリョウが、今さら須藤に気付き、スプーンを咥えたまま驚愕した。
 正確にはこいつだって女子よりは背が高いはずなのだが、肩も袖も余るコートを着てお
行儀良く華奢な手を揃えている姿は、必要以上にちんまりして見えるのだろう。
「ずいぶんとまあ…正統派なのを引っかけたな」
 カツヤまで苦笑しながら人聞きの悪いことを言う。


「あ、ユカ紹介するよ。こっちのゲロ甘党がリョウで、こっちの髪薄いのがカツヤな」
「色が!正確に言えよこの腹上死予備軍」
「ちょっとこの子の前でそんな言葉使わないでよ、エッチ!」
 ノリについていけない須藤の前に、白いテロテロしたのが乗っかった長いモノ…アイス
を掬ったスプーンがリョウによって差し出される。
「ゆーかちゃん、パフェ好き?」
「え!?ぁ、あの……っ」
 救いを求めるように俺を見上げるのに爆笑しそうになりながら、必死で「独占欲が強い
彼氏」の顔を作る。
「おいコラ初対面で『はいあーん』とかお前マジ殺すぞ」
「うわこっわ!てことはまだなの?まだなんですかシンちゃあん?」
「村ちゃんのクセに、いっがーい」
 スプーンを引かれ、対象が俺に移ったことに須藤が胸をなで下ろすのが見えた。
「でも、ずいぶんとその…お前のイメージに合わない子だなあ」
 以前の彼女らに比べて、ということか。
「マミとか?」
 カツヤが言葉を濁した部分を名指してやると二人は一瞬戸惑いをみせたが、俺たちが平
然としている(というか、須藤は彼女らも知らなければ俺のこともろくに知らない)のを
見て安心したようにうなずいた。
「そうそう。いや、ゆーかちゃんは悪くないよ?ただこんな子にお前が好かれる要素があ
ったっけ?」
「だって、俺から声かけたんだもん。アイツと別れた後で」
「マジで?」
「じゃあゆーかちゃんを好きになったからじゃなくって、単にマミちゃん振ったの?」
 ちらりと隣の奴と目が合う。
「うん」
「うっわ悲惨」
「聞いたゆーかちゃん。まだ本気じゃなかったらやめとけよ」
「え……ぁ…」
 不意に矛先を向けられ困惑する須藤。本気も何も、自分にその権限がないからどうしよ
うもない。
 それにしても、別れた淫乱女と今の恥辱に悶えるこいつを比べるなんて、なんて失礼な
!俺に対して。


「あんなんの話すんなよ」
 吐き捨てて水を口に運ぶと、須藤を含め三人とも一瞬動きを止めた。
「うっわお前そういうこと女の前で言うか?」
「ゆーかちゃ~ん、ドコが良くてこいつと付き合ってんの?」
 完全に女だと思っている同年代の男二人に見つめられ、羞恥に頬が真っ赤になる。
「あ…あの……」
「言ってやってくれよ、ユカ」
 下を向いてしまった奴の肩に腕を回してささやきかける。向かいの二人に覚られないよ
うに、もう片方の手をダッフルコートに覆われた下半身に伸ばし、
「っ!?」
「ほら」
「………ゃ……やさしい、から……すき、です…」
 相手が逃げられない状況で、達することもできない可哀想なペニスを押さえ付けるよう
な男が優しいなら、この世に悪人ははたしているのだろうか?
 嘘発見器の必要がないくらい無理やりひねり出したような、しどろもどろとした証言だ
が、二人の目には初々しく映ったらしい。
「うわー……可哀想に、すっかりだまされちゃって」
「お前もう授業来んな。一生来るなよごちそうさま……!?」
 スプーン片手に目を細めていたリョウが、店の中の時計に気付いた。
「うわやっべ時間だ」
 ここは牛丼屋かと聞きたくなる勢いでガツガツとピアス付きの口にかき込まれていくパ
フェを、下半身の疼きも忘れ興味深げに見つめる須藤。
「ごめんなぁ~、品のない奴で」
「お前が言うなよ」
 顔を覗き込むようにして言ってやると、器の底のチョコソースに夢中なリョウの代わり
にカツヤが突っ込む。
 リョウが瞬く間に空にした器をテーブルに置き、中に入ったスプーンが軽い音をたてた。
「ごち!」
「払えよ!」
 伝票を突き付けると「自分らは何も頼んでねーくせに」と言いつつも、六百三十円をテ
ーブルに置く。


 鞄を手に帰り支度を始めた二人に聞いてみた。
「後いくつあんの?」
「二コマ。マジだるい」
「にしてもお前、いつの間に単元終わらせてたわけ?」
「バイトない時にみっちり入れとくんだよ」
 言って「それがキツいんだよ」とあからさまに疲れた顔をする二人に「彼女怖いしな」
と笑い返した。
 最後に一口水を含み、二人の居た席に移動しようと立ち上がりかけるが、
「じゃあまた……っあ?」
 片腕をぐいっと引かれ、それはかなわなかった。
 コート越しにもほっそりした両腕が、俺を引き止めるように絡んでいた。
 須藤が自分の意思で俺に接触してくるなんて、昨日から…というか同じクラスになって
から初めてではないだろうか。
 振り払おうとも思ったが、様子がおかしいので元のように座り、聞いてみる。
「…どしたん?」
「……いかないで………」
 赤い顔を隠すように俺の袖にうずめ、小さくささやく。
 子供のように腕にしがみついていやいやをする様は、まんま「甘えんぼうの彼女」だっ
た。
「ありゃりゃーこら」
「あーやだやだ、休憩に消化に悪いモノ見せられちゃったよ」
 呆れたようにからかってきてくれたので、とりあえずのろけておく。
「悪いなあ、お前ら嫉妬されちゃってるよ」
「マジで?やめてよ冗談きっつい」
「ゆーかちゃんはともかく、コイツはカナリお断りだから!」
 気を悪くすることはなかったが、「またすぐ別れんなよ」と不吉なセリフを残して行き
やがった。まあ普段の俺の行いを知っているのだから、仕方ないか。


 二人が店を出るのを確認してから、俺は先ほどまでの愛想も何もなく言い放った。
「…いつまでくっついてんの?」
「っぁ……!」
 パッと身を離す須藤。羞じらいが高じて、男に目覚めたわけではないようだ。良かった。
 立ち上がり、向かいの席に座り直した俺を見て、拍子抜けしたような顔をする。店を出
ていくとでも思ったのだろうか。
「どっか行くと困るわけ?」
「………立てない…」
 涙をにじませ、かすれた声で訴える。
 そうかそうか、立つと大変なのか。
「…前全部外して、開いて見せろ」
 思いがけない俺の言葉に、奴は弾かれたように顔をあげた。
「!?っやだ…そんな、できない……!」
 慌てて必死に首を振る須藤。今日のメインイベントに期待が持てる。
「あれぇー?なんでそんなに嫌がるのかなあ?」
「だってここ…」
「俺にも見られるとヤバい感じ?」
 何も言えず俯くところをみると、図星らしい。
 たしかに、こんなファミレスの店内で裸以上に恥ずかしい格好を露出するなど、今まで
の彼の人生からは想像もつかない罪深さだろう。自分では周りをうかがえない席でなら、
なおさらだ。
 しかし、それは俺が命令を下げる理由にはならない。


「できるできないじゃねーよ。やれ」
「………っ!」
 冷たく言い放つと、ビクリと肩を震わせる。ほんの少し前、俺が優しく撫でてやった細
い肩。
「大丈夫、誰も来ねえよ」
 他人が来ないかも、お前の恥ずかしい格好も全部見ててやるから、言われた通りそうや
って好きなだけ恥ずかしがれ。
 こんな倒錯的な、屈辱的な仕打ちを受けてなお興奮している奴の痴態を想像し、俺の下
腹まで熱くなる。
「早くしろよ」
 ヒロインのご開帳に、俺は何気ない顔をしながら、周りに人が来ないことを確認してい
た。
 もう一度事務的に告げると、寒さのせいではなく細かく震える指が、ダッフルを一つ一
つ外していき…ためらいつつも、前の合わせをそれぞれ掴んだ。
 俺は最後に短く一言命じる。
「やれ」
 哀れなほどに震え怯え…紛れもなく興奮しながら、奴は両手でコートの前を開いてみせ
た。


 俺の予想が、期待以上に反映されていた。
 うっすら汗をまとう華奢な白い身体に、所々いやらしく張り付いた薄紫の下着が、ファ
ミレスの中でこの空間だけを異様なモノに仕立てあげていた。
 外を歩いたというのに余計色づいた乳頭は堅くなったまま、コートの中で存在を主張し
ている。薄紫のふりふりや真ん中のリボンが、照明の加減で部屋で見た時よりアダルトな
色味になっていた。
 身を乗り出して、来る前に言ってやった通り奴の下半身もじっくり見てやる。
 へその下には先ほど服の上から掴んだ感触そのままに、無毛の立派なペニスが小さな布
地に収まりきらずウエストから飛び出しており、露出した亀頭がダラダラと我慢汁をこぼ
していた。
 ずっと座っていたためショーツの前も、股布から片方はみ出した睾丸を伝いソファまで
汚すほど垂れ流した汁に濡れそぼって、ツルツルの生地がテラテラ透け透けになっている。
「あららー、こんなおもらししちゃってたら、そりゃあ立てないはずだよなあ」
「っ……」
 言われた格好のまま視線を落とす須藤。ショーツから飛び出すペニスや、ベタベタにな
ったビニール張りのソファを見る訳にもいかず、水しかない自分のテーブルの上を見つめ
た。
 腰を浮かしたまま俺は手を伸ばし、
 シャラーン。
「!?なっ……」
 驚いて顔を上げた奴の目が、身を乗り出した俺の笑顔と、構えた携帯のレンズを捉える。
「撮っちゃった」
 言って顔から下半身まで映った画面を見せ、愕然としてもなお美しい彼の顔ににっこり
笑いかけた。
「それでさー……?」
 店内のざわめきの間をぬって不意に聞こえたシャッター音に、隣のボックス席の客が気
付いた。
 須藤と背中合わせになった茶髪の女と向かいの女二人ともがこちらを見るが、赤く染ま
った奴の耳と、そいつに携帯を向けてニコニコしている俺を見て「なんだ、バカップルか
よ」と興味を失う。大丈夫、お前らなんざ撮ってねーから。
「やだ…やだ……消して…っ」
 身を乗り出した俺だけに聞こえる、奴のかすかな泣き声。
 しかし俺が奴に返したのは、それに対する反応ではなかった。


「チンコ握れ。イってみせろ」
 「そしたらどうにかしてやる」と、主語も目的語も端折って言ってやると、度を過ぎた
屈辱と…耐えがたい欲求に、言われた通り彼は白い両手でハイレグショーツから飛び出た
ペニスを掴んだ。
「……ひ、ぅ………ん…っ」
 俺が見ているとはいえ、いや、俺が見ているからこそ誰に見られるか信用ならない状況
で、背中合わせに見知らぬ他人が居る状況で、須藤は卑猥な下着姿を露出し、コートの影
でショーツの上から、指を入れた中から自分のペニスを一心に扱く。
「……っぁ……ふ………っ!…」
 慌てて亀頭を手のひらで覆うが、表情を見るに間に合わなかったらしい。
「…っ……く……」
 熱が一度引くと慌てて前を隠し、今度は別の意味で身を震わせた。
 公共の場で、それも昨日と違って同じ空間に第三者が大勢居る状況で絶頂を迎えてしま
ったことに、優等生が苛まれる羞恥と自己嫌悪はどれほどのものだろう。
「あーあ。本当にイっちゃった。信じらんねえ」
「……っ!」
 奴は俺がやるわけがないことに怯えている。しかし、やるわけないことを盾に下される
俺からの命令に、こうしてペニスから涎を垂らして従うのも、俺からどんな屈辱的な仕打
ちを受けてもなお興奮しているのも、すべてこいつ自身であり、そのいやらしい身体のせ
いなのだ。
 たとえ俺がこの画像を見せて説明したって、誰が須藤豊だなんて信じるだろう?
 しかし実際こうして、同級生の命令とはいえ誰かに見られるかもしれない危険をおかし
てまで恥部を露出し、あまつさえ射精すらしたのは、他ならぬ教師からも生徒からも人望
を集めるイケメン優等生なのだ。
 自分を騙り被虐に陶酔する本性を理性で塗り固め覆い隠して、高潔な自分を装い偽る女
装野郎。奴の本当の姿は、たぶん彼自身もまだ分かっちゃいない。


 俺の笑みの意味も知らず、射精の解放感と恥辱に意識を手放しそうになっている奴を眺
めながら、俺は携帯を左手に持ち替え、パフェの器を倒した。
 完食されていたので、溶けた取りこぼしのアイスやチョコレートソースがわずかにテー
ブルや俺の指にかかるだけで終わる。
「すいませーん、汚れちゃったんでおしぼりいくつかくださーい!」
 個別注文の多いカウンター席でワタワタしていた店員が、「面倒臭え」という顔をして
パック詰めのウェットティッシュを三つばかし俺の前に落とし、せかせかと去って行った。
 ばーか。彼氏の前でだけで猫被っても、いつかボロ出すぞ。
 心の中で悪態をつきながら、不意に俺が立てた音や他人が来たことにビクつきまくって
いる須藤に二つ差し出した。
「拭けよ」
 残りで指とテーブルを拭きつつ、左手に握ったままの携帯で奴の痴態の端に映る時刻を
確かめる。そろそろ出ようか。
 白濁が勢い良く飛び散っただろう机の裏や、汁でベタベタになった股とソファを奴が拭
き終えたら、女子トイレに行かせてやろう。
 ぐちょぐちょになったショーツの代わりに、バッグに入ったセーラー服を着させてやる
のだ。
 下着は上下とも俺の部屋だから、少なくともノーパンにはなるわけだ。
 もちろん、コートの裾よりスカートを短くしないと怪しまれるぞと釘を刺しておくのは
忘れない。
 羞恥と紛れもない快感に悶えながらセーラー服を身に着ける彼を想像して、俺はセック
スよりも自分の性欲を満たしてくれる相手に笑いかけ、口を開いた。

(おしまい)

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最終更新:2013年04月29日 07:58