先日と同じ時間、同じ場所。
 そして今回も先に到着したのは啓介らしい。前回とは違い、智毅の女装の傾向を頭に入れた上で、
 周囲を見渡して『それっぽい』少女を探してみたものの、雑踏の所為もあって見当たらない。
 「……まぁ、まだ時間じゃないし……」
 そう自分に言い聞かせたところで一抹の寂しさは拭えない。まるで付き合い始めた女の子との
 デートに向かうみたいに浮き足立っていたが為に、到着してに少しでも頭が冷えてしまった途端に
 悪い想像ばかりが増殖して頭の中いっぱいに広がってゆく。
 「そ、そうだよ。トモは智毅なんだし……お金で……してるんだし……」
 今更ながら、屋上でうけた痛みがジワジワと蘇ってきた。
 トモが女装した親友で、その理由は売春だとは分かっている。分かっていても、啓介にとっては
 生まれて初めて体を重ねた相手に変わりは無い。啓介の年齢で達観し、割り切って考えろという
 方が無理な相談だ。
 「でも、トモは…………うわっ!?」
 ぶつかるような勢いで後ろから抱きつかれ、たたらを踏んでしまう啓介。
 「え、えっとぉ……待った?」
 そして細い腕を腰に回し背中に顔を埋めたまま、くぐもった女の子の……いや、女の子っぽい
 声と熱い吐息が。
 「…………トモ?」
 「う、うん」えへへっ、と背中で照れ笑いするトモ「なんか……らしくないけどさ、とにかく
 顔見ながらじゃハズいっていうか……あの、昼間はその……ごめんね?」
 「え? あ……」
 昼間、つまり学校の屋上での突き放すような言動の事を言っているのだろうか?
 「け、けー……ちゃん?」
 「あ、うん」中身が男でも、今は可愛い女の子だ。こんな風に謝ってもらって許せな訳が
 ない「その、あれだよ。もう全然気にしてないから! さすがに最初は少し驚いたけど、
 トモが言ってることの方が正しいって段々思えてきたし、いまは納得してるからちっとも
 怒ってないよ。ほんとに!」
 おどおどと自分の顔色を伺うトモの体温をと柔らかさを背中で感じているだけで、他の
 全てがどうでも良くなってしまった自分の単純さに苦笑する啓介。
 「ホントに!?」
 「うん!」
 「じゃ、じゃあさ? 仲直りの印に腕組んで良い? ところで、えっと、あの……ああ、
 あの……あれじゃん? 待ち合わせだけどね? ホントは早く来てたんだけどさ、自分で
 言うのもナンだけどアタシって超可愛いっしょ? だから一人で立ってっとウザいのが
 ドンドン湧いちゃって気安く腕とかベタベタ触ってくんだよね。んでぇ、アタシは彼氏
 待ってんだけどっていっても全然聞かなくて……」
 「と、とにかく事務所? に早く行こうよ、ね?」
 啓介が怒っていないと言った途端に笑顔を取り戻してくれたのは良いが、テンションまで
 元に戻ってしまい猛烈な勢いで喋り始めたトモは、悪い意味で非常に目立つ。
 「オッケオッケ! じゃあこっち……って、どこまで話したっけ? そうそう、それで
 チャラチャラした顔で、もうしつこくてしつこくて……」
 そのまま二人は先日と同じコースを、先日同様の有り難くない注目を浴びつつ仲良く
 腕を組んで進んでいった。

 「先日はこちら……というよりトモちゃんの失礼で有耶無耶になってしまいましたが、
 また来てくれたと言うことは非常に前向きであると判断させて頂きます。そこで今日は
 先日の仕切り直しの意味も含めて、トモちゃんと一緒に女装で現場に行って見学をして
 きてもらうことにしたいのですが、構いませんね?」
 との鈴原女史に頷くしかない啓介は、トモとも話もそこそこに準備を始めなければ
 いけない流れに。
 「と、言うことで……彼の準備のお手伝いを……」
 「わーってるって! 私だろ?」
 「では、ミケちゃんの指導でお願いします」
 「よ、よろしくお願いします……」
 初めてだし、手ぶらでも余裕余裕っ! と言い放ったトモの言葉を信じた啓介は何の
 用意もしていない。
 というより女装の経験など無いので何を用意して良いのかさえ分からない。
 「そんなに緊張しなくても平気だから」と前回同様、先に来てスナック菓子を食べて
 いたツカサが寄ってきて囁く「ミケちゃん、ガサツで大雑把っぽく見えるけどメイクは一番
 上手だから。いまだって殆どスッピンでポニーテールは束ねる高さを変えただけだし、顔も
 薄めのお化粧だけなんだよ。それで本当に女の子っぽいから凄いよね?」
 「へ、へぇ……」
 そう聞き、改めて見つめてみるとミケの女装は実に自然だ。これは前回も感じたことだが
 何処から見ても背が高くて健康そうなスポーツ少女。そのまま体操着に着替えて近隣の女子
 校生の中に混ざっても全く違和感がないようにしか思えない。
 もっとも、少女にしか見えないのは他の女装少年達も同様だが。
 「えっと……あれだ。初めてだから全部私がやってやるし、黙って目ぇ瞑ってりゃ直ぐに
 終わるから難しく考えなくても平気だからな?」
 手放しでツカサに褒められ、ちょっと恥ずかしげなミケ。
 「は、はいっ!」
 そう言われても緊張しないわけがない。思わず直立不動の姿勢になってしまう啓介。
 「だからぁ~、そんなガチガチになってっると……こちょこちょこちょこちょ~!!」
 「ひゃっ! ちょっ! ツカサさんっ!」
 「ね~ね~ミケちゃん。けーちゃんイシュク気味だし、うるさくしないから私も一緒して
 良い? 良いよね? じゃあ出発進行~!」
 「好きにしろよ」
 そのままツカサに背中を押され、呆れ顔のミケに続いて啓介は隣の部屋に。

 そして、残された一同が固唾を呑んで待ち続ける事十数分後。
 「………………ど、どうかな?」

 「「「おお~~~~~っ!」」」

 啓介の初お披露目は感嘆の声で受け入れられた。
 「け、けーちゃんのツインテール、すっごい可愛い!!」
 その中でも瞳をキラキラと輝かせるトモの視線が一番恥ずかしい啓介。
 「ま、派手な髪型っぽいイメージがあるけど、割と簡単だしケイくらいの年頃だったら大抵の
 キャラに使える代物だからな。別に染めてないし、大人しくしときゃ内気で初心な女に見えると
 思うから、あんま気ぃ遣わまくても大丈夫だと思うぜ?」
 「そうそう! その制服と相俟って良いトコのお嬢様みたいだよ?」
 そして着ている服はツカサのチョイス。ミケのクローゼットから発掘したのは裾が長いチェックの
 スカートと純白のブラウスとネクタイと、更に何処かで見たことがあるような気がする校章が入った
 ベージュのサマーカーディガンと濃紺のニーハイソックス。
 ついでに高そうなローファーも。
 「スカート、短くないのに心許ないって言うかスースーするんですけど……」
 「そのためにツカサの下着を借りたからな。そうやってスカートの中を常に意識してる方が女らしい
 仕草が早く身につくから頑張れ」
 「男の子パンツと違って肌触りが良いでしょ? これに慣れちゃったら、もう安いのなんか穿く気に
 ならなくなっちゃうかもよ?」」
 「う、うぅ~~~!!」
 姿見で見た啓介が言葉を失うほどの美少女。内股でモジモジと恥ずかしそうに体を揺らす気の弱くて
 育ちが良さそうな、黒髪ツインテールの小柄な女学生が完成していた。
 「ヤバイヤバイっ、ヤバイよぉ! 妹に欲しいっ!!」
 すっかり興奮したトモ、まだ名前を聞いていない女装少年に襟首を掴まれながらも啓介に抱き
 つこうと藻掻いている。
 「声の出し方とかも一応教えたけど、今日はトモちゃんのお供だし殆ど喋らなくても大丈夫だと
 思うな」とツカサ「だから恥ずかしそうに俯いたまま小さな声で『ハイ』とか『イイエ』だけ言ってれば
 問題ないと思うよ。ただし、ちゃんとトモちゃんのお仕事っぷりを見て流れを覚えないといけない
 んだから忘れないでね?」
 「は、はい……」
 「トモもだぞ! 鼻息荒くしてないで、ちゃんと面倒見てやれよ!」
 「わかってるっ! わかってるってっ!」
 と言いながらも目が血走っているトモ。
 「……まぁ、あんな子でも勤まるお仕事だし、リラックスしてね?」
 ツカサの言葉で、少しだけ肩の力が抜けたような気がした。

 その後、何とか鼻血だけは噴かずに済んだトモが抱きついたり頬ずりしたり撫で回したりしと
 煩悩を満たし、充分に発散し尽くし落ち着くのを待った二人はマンションの前から送迎タクシーに
 乗り込んで出発した。
 「だってほら、こんなカッコで歩いてて補導とかシャレにならないじゃん?」
 「そ、そっか……」
 確かに、この姿で売りをしていると家族に知られた日には全てを失ってしまう。
 「そういうこと。さてと……」
 車が走り出すや否や、いそいそとバッグから手鏡を取り出して熱心にメイクのチェックを始め、
 集中の余りか一言も発しなくなったトモ。そして声もかけられずモジモジと着心地が悪そうに内股を
 擦り合わせている啓介。
 黙り込んだままの女装少年二人を乗せ、タクシーはチラホラと街灯が点灯し始める夕暮れの繁華街
 を滑ってゆく。
 「「……あのさ?」」
 やがて微かなエンジン音だけだった車内の静寂を破ったのは、重なり合った二人の声。
 「「っっ!」」
 そして同時に息を呑むトモと啓介。
 「……あ、アタシから先で良い?」
 こういう場合は引率役の自分がリードしなければ、と思ったらしく強ばった笑みを作るトモに
 コクコクと頷く啓介。
 「あ、あのさ?」シートの上で居住まいを直し、夕暮れ色の頬で外を流れる風景を眺めながら口を開
 くトモ「ここ、この前のさ、アレ……アタシもすっごく良かったから、ホントに!」
 「!!」どくん、と大きく跳ねる啓介の心臓。
 「でさ? その、なんて言うかさ……えと……ンなこと、けーちゃんにコクった言った舌の根も
 乾かぬうちっていうのかな? お客さんっていうか他の男とシちゃう訳じゃん? しかも、その……
 アタシ、こういうカッコの時にアレするの割と……ううん、結構好きだし、お客さんに満足してもら
 わないと次のお仕事にも障っちゃうって言うかアタシあんま上手くないから気持ち良くならないと体の
 中とかもちゃんと働かなくって満足させられないって言うか……だから、けーちゃんの前で、お客さん
 に入れられちゃって、すっごいヨがっちゃうと思うんだ」
 「う、うん……」
 「でね? そんなの見せといてさ、軽いコだと思わないでーとか言えないし……だから、出来れば
 でいいけど、コレが終わってからも、えっと……フリだけでも良いから友達でいてくれなると嬉しい
 っていうか、友達でいて欲しいなぁとか思ったりしてるんだけど……」
 「え、えっと……」
 「とか自分から誘っといてすっごいワガママな子だよね? やんなっちゃうよねフツー?」
 あははー、と外を見たまま自嘲気味に笑うトモ。
 「その……」

 「ナシナシっ! やっぱ今の話、ナシで良いから! 正直キツイもんね! だから……」
 「あ、あのさっ!」
 「っ!!」
 ぎゅっと手を握る。小さく震える手を啓介が掴むと、トモの全身がビクリと強ばる。
 「僕の方こそ、そういうことに慣れてるトモと一回したくらいで……あれなんだけど、自分でも
 よくわからなんだけどトモって柔らかくて温かくて良い匂いがして一緒にいるとドキドキして、
 この前もトモに来てって言われて夢中になっちゃって……」
 「…………」
 「だから、トモと一緒にいるのは嫌じゃないとは思うから、えっと、僕……いまは自信とか全然
 ないけど、僕も……」
 「……けーちゃんってば、さ?」クスリと柔らかく笑う声「ボクボクって、もしかして『ボクっ子』キャラで
 決めたの? 今のカッコに全然合ってないですけどぉ?」
 「え?」言われて啓介は思い出した、いまは女の子なんだと「あ、いや……」
 そんな啓介の体にもたれ掛かり、ころんと頭を肩に乗せてくるトモ。
 「やっぱ、けーちゃん可愛い過ぎ! なんかアタシの方が嫉妬しちゃうかもって感じ?」
 「えぇっ!?」
 「なーんてね…………とりあえずお仕事じゃん? おしごと!」
 「え? う、うん……」
 二人を乗せたタクシーは事故にも渋滞にも合わず、消えかかった夕暮れの街の中を中をスイスイと
 進んでいった。

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最終更新:2013年12月27日 00:45