『瀬野家の人々』 篠原家の人々-1 2014/1/25(土)


「たっだいまぁ~☆」
「おじゃまします」
「まーしゅ」
「お邪魔いたします」

 聞き慣れた明るい甘い声に続いて、鈴を鳴らすような高く澄んだ声、幼い子供の声、男らしく低い声が届いてきた。
「アキちゃんお帰りなさい。いらっしゃいませ」

 “私”は勉強の手を止めて立ち上がり、部屋のドアを開けながら挨拶する。
「あれ? ママたちもう出かけちゃったの? パーティは夕方からって言ってたよね?」
「うん。ちょっと早めに出て、デートして来るって」
「そっか。いつもだけど、あつあつ夫婦だねっ☆」

「挨拶くらいは、って思ってたんですけど、すいません」
「いいえ、お構いなく。押しかけてしまってごめんなさい。それで済みません。洗面所をお借りできますか?」
「どうぞどうぞっ☆ こっちです」

 白い短いコート、白いファー、白いタイツ、透明感あふれる白い肌。
 純白の雪の妖精のような姿のアキちゃんが、子ども用の3部屋の向いにある洗面所のドアをくるりと回りながら開いて案内する。
 ふわりと広がる白いコットンのマイクロミニスカートから、ほっそりした長い脚が伸びる。
 駅からここまでご一行を案内する道中、さぞかし男たちの視線を集めたことだろう。

「すいません、使わせていただきます」
 爽やかな笑顔で挨拶しながら、洗面所に入っていく初見の男性。アキちゃんとお揃いのような白コートに桜色のスカート姿の、1歳くらいの乳児を宝物のように腕に抱えている。

 モデル業界に普通にいそうな背丈と容貌の人だった。
 たぶん180cmのパパと同じくらいだろう。
 少し感覚が麻痺してるけど、一般レベルで言えば充分背も高いしハンサムな部類。

 それから少し遅れて、こちらはモデル業界でもなかなかいないレベルの美人が会釈する。
 白いコートを手に取り、桜色のセーターとスカートに身を包んだ綺麗な女性。
 アキちゃんが雪の妖精とすると、こちらは桜の妖精。衣装だけでなく、透明感溢れる血色の良い肌の色もそれを思わせる。冬の精と春の精、という考えが少し浮かんだ。

「ご無沙汰してます。えぇと、悠里さん? 愛里さん? ご免なさい、見分けが付かなくて」
「私たちを一目で分かるのって、世界でも5人しかいないから気にしないでいいですよ。
 私は愛里です。お久しぶりです、篠原さん」

 うがい手洗いを済ませた夫妻にタオルを手渡し、「愛里お姉さま、みんなをキッチンに案内してあげてね」というアキちゃんのお願いに従って廊下を歩く。
「広い家なんですね」
「父が独立した時、SOHOの事務所として使ってたくらいですから。220平米、7LDKだそうです」

「うわ。……うちの2倍近いな。階段とかないから、住める場所は倍違うかも」
「1戸建てにお住まいですか? いいですねえ」
「義父が建てた家に、一緒に住んでるの。でもここお掃除とか大変じゃないですか?」
「うちの場合はもう、家政婦さんにほとんど全部お任せ、って感じですね」

 コートを脱いでエプロンをつけたアキちゃんと交替して、私は自分の机に戻る。
 以前は毎週あった土曜の補修もこの時期はもうなくて、皆は受験本番前の追い込み時期。
 自分は推薦に通ったので受験はないけど、高校最後の試験がもうすぐだ。お姉ちゃんはお仕事で、私とアキちゃんは今日はお休み。でも明日は朝からお仕事。そんな一日。

 “僕”も雅明お義兄ちゃんも、今はほとんど全部の時間を女の子として生活している。
 お仕事の時はもとより、家での日常生活も、外出の時間も、寝る時も。
 例外なのは学校に行くときくらいで、なんだか『男装』している自分や義兄の姿に吹き出したくなる時さえあるくらいだ。

 今いる部屋も、お姉ちゃんの部屋よりもずっと女の子女の子した可愛らしい部屋。
 アキちゃんと相部屋というのもあるけど、内装もピンクでぬいぐるみが並んでる。アロマテラピーの香りが漂い、加湿器が静かに音を立てる、そんな空間。
 でも“俊也の部屋”にいる時より自然で落ち着くような気がする。

 横を見ると目に入る、等身大のスタンドミラー。その中にいる美少女と目があう。
 オフホワイトにブルーとピンクの花柄の入ったゆったりとしたセーターに、空色でミディ丈のセミタイトスカートを合わせた飾りの少ない衣装。
 それでもその“少女”の華やかさ美しさは群を抜いている。
 ぴんと張った背筋、綺麗に揃えた長い脚。小さな頭、細い首。

 僕が彼女に笑いかけると、鏡の中の少女は謎めいた笑みで見返してくる。
 ここにいる“僕”が自分なのか、鏡の中の“私”が自分なのか。──急に自信が揺らいできて、スカートごしにあるはずの、自分の股間にそっと手を差し伸べる。
 今日はタックをしてないので分かる、温かいお○んちんの手触りになぜかほっとする。

 一度大きく呼吸をして、机の上に再度視線を戻す。
 でも気になるのはキッチンでお菓子を作ってるはずの、アキちゃんと篠原ご一家のこと。
 あのブライダルショーのモデルたちの間では、ショーのあとも時折メールなどでのやり取りが続いていた。
 特にアキちゃんと篠原さんの間では、お菓子のレシピとかのやり取りがあったみたいで、それが今日の訪問に繋がったという話を聞いていた。



「愛里お姉さま、一息いれましょ? お菓子いーっぱい出来ましたよっ☆」
 いつの間にか勉強にかなり没頭してたみたい。アキちゃんの呼び声に少し驚きながら顔を上げる。時計の針は2時半を指していた。
「あっ、アキちゃんごめんね。ダイニングで食べるの? うん、すぐ行く」

 食卓には色とりどりのお菓子が並んで、甘い匂いを漂わせていた。
「かぼちゃのタルト、ほうれん草のカップケーキ、にんじんのクッキーを作ってみました。……ちょっとお野菜の旬を逃しちゃったのが残念だけど」

 白いコットンの上下に、ピンクのエプロンをつけた姿のアキちゃんが、お茶を注いでくれながらそんなことを言う。
「これ皆さんで作ったんですか? とっても美味しそうですね。お菓子屋さんに並んでても少しも変じゃないくらい。見た目にも華やかでいい感じです」

 全員席につき自己紹介を軽く済ませて、「頂きます」と、まだ熱いお菓子を頬張る。
 私の対面に座る、こげ茶色にクリーム色のセーター姿のまだ若い父親、篠原俊彰さん。
 スポーツをやりこんでいるのだろう。肩が広くて厚い。動きもキビキビしていて見ていて心地よい。本職のアスリートと言われても驚かない感じ。

 モデルの動きじゃないのは分かるけど、男性モデルはピンキリだから、背丈的にも容姿的にもモデルやっていても不思議ではない。
 でも、『としあき』か。
 ……『としや』と『まさあき』を足して2で割ったような名前だと、少しおかしな気分。

「でも本当に凄いキッチン。オーブンとか本格的だし、お砂糖だけで10種類あるのにびっくりしちゃった」
 その隣、アキちゃんの対面に座っているのが、奥さんの篠原玲央さん。桜色のセーターにワンピースの良く似合う、とても女らしい美人な人だ。この人と直接会うのはショー以来。

 若々しい印象の人だから最初に子どもがいると聞いた時はびっくりしたけど、こうして娘を抱いている姿を見ると納得できる。
 優しくてしなやかで、それでいて母としての強さもあわせ持つ、神秘的なまでに完璧な、『母性』の象徴のような美しい女性。

「はい、真弓ちゃん、あーん」
「あーん!」
 そのうっとりするくらい美人の母親が、綺麗に揃えた両脚の上に座る、愛くるしい娘相手に出来たてのケーキを食べさせている。

 1歳1ヶ月になるという、この女の子は篠原真弓ちゃん。
 大人しくて賢くて気立てが良くて、黒い髪と瞳が色白肌によく映える。綺麗な母親の血を色濃く引いて、将来凄い美人になる片鱗を早くも覗かせている。
 幼児モデルになれば引っ張りだこなことだろう。

 母親と同じ色同じデザイン、サイズだけが異なる桜色のワンピースとセーター姿の幼女。
 可愛いもの大好きなアキちゃんなんて、もうメロメロに魅了されちゃってる。
 そこだけ春を迎えたかのような、優しく柔らかな華やぎに溢れた桜色の空間。
 見守る父親の目線も暖かで、とても素敵で完璧な『一家の肖像』が目の前にあった。

「なんだか、すっとする、不思議な味のするお茶だね。ハーブティーかな?」
 私たちに視線を戻しつつ、俊彰さんが口にしていたカップを持ち上げながら言ってきた。
「ルイボスティーです。色々試してみて、これに落ち着いた感じですね」
「あ、名前だけは聞いたことある。本当、知らないことびっくりすること多いなあ」

 真弓ちゃんは母親の艶やかな黒い髪や素肌が殊のほかお気に入りのようで、素敵な笑顔でケーキを食べながらも、小さな小さな手でペタペタと撫でている。
 “女同士”の気安さを装ってお願いしたら、私も触らせてくれるんだろうか。……って。

「……あ、玲央さん。今化粧してないんですか」
「ん。この子が触るから、あんまり出来ないの。口紅塗ってるくらいかな」
「はー。それでこの肌ですか。凄いなあ。うらやましい」

 すぐ近くにある1歳児と、ほとんど変わらない肌の質。
 まるで天使絵を思わせる、赤ちゃんのような柔らかそうなお肌だった。
 赤ん坊のお気に入りになるのも良くわかる。

「でも、お二人ともすっごい肌綺麗じゃないですか。特にアキちゃんなんて、私より色が白い人って初めて見るかも」
 「どうかな?」と首を傾げて、袖をまくって差し出すアキちゃん。
 玲央さんは少し悪戯っぽい笑顔で、華奢な腕をそれに並べてくる。

 両方とも『色白』だけど、『色白性』が違うのが何だか興味深かった。
 血の色を映して桃のような印象の玲央さんと、陶器みたいな白さのアキちゃんの肌。

 ──でも私は、エッチの時にはこの白いアキちゃんの肌がピンクに染るのを知っている。

 それを思い出すと、穿いているベージュの女もののショーツ、水色のスカートの柔らかい布地を持ち上げて、思わず前が充血して来るのを覚えた。
 アキちゃんがこちらを向いてにっこり笑ったのは、私の思考を見抜いたからなのかどうか。
 向かいに座る篠原一家にはばれてないようだけど。

「そういう愛里ちゃんも、今すっぴんだよね?」
 女同士(?)の会話に口を挟めずにいた俊彰さんが、そんなことを言ってくる。
「あっ、はい。私もリップ塗ってるだけですね。今日は一日オフなので」
「それでこんなに綺麗だもんなあ。芸能人の素顔を間近で見る機会あるとは思わなかった」

「こんな美人の奥さんを横にして、他の女性の容姿を褒めるのは感心しませんよ」
「いやでも、愛里さん綺麗だって、私も本当にそう思うもの」
「あたしもね。来るときに『こんな可愛い女の子の顔を近くに見ながら歩くのは、初めての体験だ』って言われちゃった」

 今日アキちゃんが履いて出かけたのは8cmのヒール付きのブーツだったから、成程ちょうど同じくらいの視線の位置だっただろう。
 モデルでは普通レベルでも、確かに一般ではなさそうな体験。……でも。

「まあ、俊彰のとこは、一族みんなでこんな感じだから。あのね、義父も義兄も、初対面でこんな感じで私のこと褒めてたの。これはもう、そういう遺伝子なのかな」
 私の懸念を笑い飛ばしながら、玲央さんは言う。対する俊彰さんは少し居心地が悪そう。
「私はそこまで含めて好きだけど、でもいつか勘違いさせた女の子から刺されないか心配」

 ひとしきり笑ったあと、俊彰さんがふと気づいたように尋ねてくる。
「そういえば、愛里ちゃんたちのお父さんはどんなお仕事なされてるかた?」
「ちなみに、会話の流れが悪くなると、こうやって話題を反らすのも遺伝ね」
「……えぇと、父は弁理士やってます」

「なるほど。特許事務所の所長さんか。それなら余裕あるだろうなあ。納得した」
「あら、ご存じなんですか。大抵、
『ベンリシやってます』
『便利屋さん?』
『まあ、そんなもんです』
『へえ。便利屋さんって儲かるのね? 知らなかった』
 までセットなのに」
「……ごめんなさい、私知らないです。本当にその反応するとこでした」

「ああ、特許とかを取得するときの申請を色々行ってくれる代理人、かな。僕も仕事でお世話になってなかったら知らなかったと思う」
「へえ、パパってそんなことやってたんだ」
「なんでアキちゃんが知らないかな。事務所に顔出したことあるでしょ?」

「うん舞さんとか、色々よくしてもらった。でも何やってるかとか考えたこともなかったな」
「もう、この子は。共働きで私たちも稼いでるから収入はあるけど、出てくほうも大きくて。
 ……篠原さんの家はどんな感じですか?」

「俊彰は近所の小さな会社で新商品の開発とかもしてるの。知人が多いのと、あとうちから徒歩5分で残業がほとんどないから、一緒にいれる時間が多いのがいい職場かな」
「サラリーマンなんですか。スポーツマンかモデルかな、って悩んでたんですが」

「僕は昔水泳やってたけど、肩痛めて以来スポーツは全然。体力維持するのがやっとって感じかな。あとモデルなんてとてもとても……けど玲央はモデルもやってたよね?」
「モデル、っていうのかなぁ。友達の親御さんのエステで、寝そべって撮影しただけだし」
「エステですか。なるほど。この肌なら宣伝効果もばっちりじゃないですか」

「まあ、そこそこにはあったって聞いたかな。アキちゃんもエステの話とかないの?」
「はいっ。今度行きつけのエステで撮影があるんですって」
「へぇ。本当色々活躍中で凄い。……そういえば、この間コピー機のCM出てなかった?」
「あ、ありましたねえ。あの撮影はほんっとーに面白かったです」

「やっぱり。黄色いバレリーナの姿で踊ってるのアキちゃんだよね、ってびっくりしたもの」
 その言葉に、アキちゃんと顔を見合わせて、ぷっと吹き出す。
「あれ? 私間違った?」
「それ、正しいけど、間違いです。……食べ終わったら一緒にそのCM見ましょっか」

 食べながら会話していたとはいえ、まだまだ机の上にはお菓子が残っている。
 見た目的に一番見栄えの綺麗なタルトに手を伸ばし、口にしてみる。
「あら美味しい。でもアキちゃんの味じゃないな。玲央さんお菓子作り上手いんですねえ」

 私のコメントに、さっきの仕返しとばかりに顔を見合わせて吹き出すお似合い夫婦。
「うん、ありがとう、って言っておくべきなのかな?」
「愛里お姉さま、それ、俊彰さんの作品ですよぉ」
「あらら、ごめんなさい。そうなんですか。びっくりしました」

「道具も素材もとてもいいから、いい出来栄えにできたよ。口にあえば何より、かな」
「俊彰さんすっごいんですよ。玲央さんと真弓ちゃんのセーターも手編みですって」
「へぇっ。手編みだったんですか。尊敬です。このタルトも本当に美味しいですし」

 男1人に女子?4人いる食卓。何気に一番女子力高いのは、実はこの野郎だったのか。
 ……いや、こっちにいる『女子』2人も、本当は野郎だったりするわけだけど。

「ほら、このケーキも絶品だし。んー、おいしーよぅ。どうやったらこの味が出せるのかなぁ」
「アキちゃんって、本当に美味しそうな顔して食べるのねえ」
「そうそう。前『瀬野3姉妹で鎌倉旅行』って収録があって、私たち一生懸命コメント考えて味の説明したのに、オンエアされたのはアキちゃんの美味しそうな顔だけって、ってのが」



 お菓子を食べ終わって、残りはご近所さんに配るために包んで、篠原一行をダイニングの向かいにあるリビングに招き入れる。
 魔改造が進みすぎたせいで最近家族以外を入れていなかった場所だ。
「あ、ベランダから外、眺めてみます?」

 あちこちに備え付けたカメラをキョロキョロ眺めている一家を、そのまま外に招く。
「うわ、凄いいい眺め。足元に緑の公園があるのっていいなあ。海も見える」
 10年以上ずっと慣れ親しんできた14階からの眺め。それを新鮮に喜んでくれる人を見るのは、割と好きだったりする。

 外を眺めてもらってる間にCMのディスクを探し、一番大きなモニタに電源を入れる。
「ありがとう。こんな高いところからの景色見たのは生まれて初めてかも」
「マリンタワーのほうがもっと眺めいいですよ? 気に入ったら寄って行ってください……ただこれから遊園地に行くなら、ちょっと寄りにくいかな」

「……このカメラでポーズの練習とかしてるの? はぁ。やっぱりプロは凄いのねえ」
「ここまでしてる人は普通いないと思います。うちは凝り性が揃ってるから」
 20帖分の広いリビングの八方向+斜め上に取り付けられたカメラと、壁の一面をほぼ埋め尽くす勢いで鎮座する9個のモニタ。

 不安感を覚える人もいるみたいけれども、この夫婦は興味深そうにしているだけだった。
 モニタの反対側の壁にあるソファにかけてもらって、再生を開始する。

 真紅のドレス姿の妖艶な黒人美女
 オレンジ色のサリーを着たインド人美人
 ひまわりの花のような黄色いチュチュ姿の国籍不明の幼い美少女
 緑色の瞳とそれにあう姫ドレスを纏った白人の美少女
 青いサンバ衣装姿のブラジル人美女
 藍色のアオザイ姿のベトナム人の美少女
 紫の大振袖の日本美人。

 虹の七色の衣装に身を包んだ7人の美女・美少女たちが、日舞やワルツ、衣装にあったダンスをくるくると優美に舞い踊る。そんなコピー機のCM。それを何回かリピートする。
「うーん、『正しいけど、間違い』ってなんだろう……?」
「……なるほど。『正しいけど、間違い』か。アキちゃん、君、ほんっとーに凄いね」

 気付いたのは俊彰さんのほうが先だった。感心したような声が漏れる。
「え? 何、何?」
「教えちゃっていい? ……黄色いバレリーナの子がアキちゃん、ってのは正しいけど、他の6人も全員、アキちゃんなんだ」

「はいはーい。大正解。色んな衣装が着れて、とっても素敵なお仕事でしたっ☆」
「ふぇっ? えっ? ぇぇえっ? どう見ても別人じゃない」
 再度リピートすると、混乱していた玲央さんもようやく納得してくれたようだった。
「わぁ……気付かなかったって結構ショック。でも本当に魂からその人に成り切ってる感じ」

 してやったり、という顔で満面の笑顔になるアキちゃん。
 メイクや特殊メイクの力を借りて色々な女性に完璧に成り切って、それぞれ数秒間ずつとはいえ十分『画になる』レベルの舞踏を演じる、大変な仕事。
 それを“面白かった”の一言で済ませるアキちゃんって、やっぱりすごいと思う。

「姉も、これ見て『完・敗』って言ってましたからねえ。女優として格が違いすぎるって」
「姉って悠里さん? 私もドラマ見させてもらったけど、凄い演技力だったと思うよ。周りの人にも聞いてみたけど、かなり評判良かったし」

 夏に撮影した大正の探偵ものドラマはオンエアされて、それなりの評判を得ていた。
「私も満足していいと思うんだけど、でも本人は不満たらたらでしたよ。
『初出演にしては良かった』
『モデル出身でここまで演技力があるとは』
『凄い熱演だった』
 ……全部本人にはグサグサきてたそうで」

「そんなものなのかあ。高みを目指す人って、やっぱり凄いのね」
「でもでも、あたしお姉さま尊敬しますよっ。……だってあたし、10行以上の台詞を覚えられないですもん」
 唐突な告白に、周囲の空気が一気に弛緩した。



 優しい旋律が空間を満たす。
 最近の芸能界では聞いたこともない、人間の喉から出てるとも信じられないような天使の歌声。神秘的なくらいに澄み切った子守唄。
 お菓子を食べた後少しウトウトしていた真弓ちゃんが、心地よさそうに寝息を立て始める。

 会話の流れで彼女を抱っこしていたアキちゃんも、同じようにうっとりと目を閉じる……と思ってたら、そのまま眠りに入ったよう。
 縦に並ぶ、無垢で無邪気な愛くるしい寝顔。まるで幼い仲の良い姉妹のようなシーンに、思わず口許がほころぶ。

 白いタイツに包まれた細い長い脚と、ふんわりとした白いコットンスカート。フリルとリボンのついた可愛いデザインの白いブラウスの姿の愛くるしい“私”の妹。
 でも本当は、これはこの間成人式も済ませた“僕”の兄で。
 何が『本当』なのか、自分にはもう、すっかり分からなくなってしまっている。

 その膝の上でまどろむ桜色の幼女。
 それを愛しそうな視線で見つめる、魂同士で固く結びついたような一対の夫婦の姿、一家の肖像。『本当』の家族。
 その前で偽りの姉妹を演じる、自分たちが何故か恥ずかしくなる。

「綺麗な歌声ですね……魂が洗われるようです」
「お粗末さまでした」
 一礼のあと沈黙。何か言いにくそうにしてるので、思い切って切り出すことにした。

「……ところで、ご相談って何でしょう?」
「あれ? 俊彰。何か言ってたの?」
 半分当てずっぽうだったけど、正解だったらしい。

「いえ、お菓子作りのためだけに、1家3人で来るって変だな、って少し思っただけです。真弓ちゃんのことですか?」
「……テレビ見てる時も思ってたけど、愛里さんって本当に頭の回転早いのね」
 そう言って言葉を探す様子の玲央さん。しばらくして切り出したのは意外な言葉だった。

「間違ってたらごめんなさい。愛里さんって、性同一性障碍のかたなんですか?」
 私も少し考えたあと、言葉を返す。
「私の心が男なのか、ってことですか? 姉はよく男勝りって言われますけど……私はそんなこと考えたこともないです」

「そっちじゃなくて……うん、やっぱりそうですよね。ごめんなさい、私の思い違いでした」
「どうしてそんなことを思ったのか、うかがってもいいですか?」
「……本当のこと全部打ち明けないと、相談にもならないと思うんだ」
 みたび沈黙に入る玲央さんに、それまで彼女を見守っていた俊彰さんがそっと言う。

「そう……ですね。ちゃんと全部説明します。
 まず、私自身がGID──性同一性障碍、心は女だけど、身体は男なんです」
 思わず上げそうになった悲鳴を、真弓ちゃんとアキちゃんの寝てる前だと気づいて咄嗟に手で口を塞いで押しとめる。

 だって、だって!
 自分が生まれてきて多くの女性に会って、その中で一番『女らしい』人と思っていた相手。

 小さくて綺麗な手も足も、卵型の顔も、丸い額も、描いてもないのに優しいラインの眉も、思わず触りたくなるような細くて豊かな黒髪も、高く澄んだ声も、柔らかそうな肌も。
 ……胸と腰はやや小さめだけど、それを入れてもまだ充分女らしい女性。
 仕草も、物腰も、“我が子”を扱う優しい気遣いも、びっくりするくらい女らしい人。

 それがまさか女装した男だなんて……
 いや、ごく身近に近いレベルの女装した男がいるし、何より自分自身が女装男子なのだ。
 信じない、というのもそれは変な話だろう。

「じゃあ真弓ちゃんは? もしかして俊彰さんが実は女で、俊彰さんが生んだ子どもとか?」
 私の質問に、音を立てずに大笑いしている俊彰さん。流石に違ったのか。
「真弓は、私の姉の子どもで、血筋的には甥にあたる子です。俊彰さんの子ども、ってところは正しいんですが」

 ……『甥』?
 ということは、気持ちよさそうに寝息を立てる、母親の手作りという桜色のワンピースと父親の手作りの同色のセーターを着た愛くるしい幼女は、実は男の子ということか。
 信じていた『本当』が、すべて崩壊していく感覚に悩まされつつ、ひとまず先を促す。

「あのブライダルショーは、最初に話が来たとき、『GIDの人だけのショー』ということだったんです。私は男ということを隠して生活してるので『GIDと公表するなら参加できません』と断ったんですが……
 そのあと『GIDなことは徹底して誰にも明かさないことにしたから、その条件で出てくれないか』って再度勧誘があって、断り切れなくなって」

「それで私も隠しているだけで、実はGIDじゃないかと疑ったと」
「ええ。……愛里さんは本当にGIDじゃないんですよね?」
「はい。違います」
 それなら断言できる。僕の基本のメンタリティは完全に男性のものだ。

「玲央さんのところにそのショーの話を持ってきた人って、誰だったんですか?」
「……うーん、それも話してしまいますね。私の実の父です。この人も実はGIDで……変な話なんですけど、うちの家系はどうも先天的にそういう人が生まれやすいみたいで」
「……なんとも想像も付かない世界ですね」

「朝島慶子って名前で、『美人すぎるおネエ系メイクさん』として一度だけテレビにも出たんですが……流石に知らないですよね」
 『GIDの人』を集めていた誰かがその人に白羽の矢を立てて、でも『彼女』は参加を辞退して。自分の代わりの参加者として『娘』を紹介した。──そんな流れだとのこと。

「まあ『GIDの人だけのショー』って企画が没になっても玲央さんをモデルにしたい気持ちは分かります。女性モデルに混じってもトップレベルですもの」
 『瀬野愛里=男』ということを知る人間は最小限にする必要がある。こうも信頼して打ち明けた相手を騙すのは嫌だけど、しょうがない。内心言い訳しつつ、誤魔化す言葉を探す。

「ん? 何、雅明? ……へ? あ、そうなの?」
 なのに、それまで寝入っていたアキちゃんが、唐突に寝言を言いながら目を覚ました。
「ええとですね、玲央さん。『GIDの人だけのブライダルショー』ってコンセプト、別になくなったわけじゃないですよ」

 起きたばかりの寝ぼけ眼のまま会話に入ってくるアキちゃんに、3人の視線が集まる。
「あたしは心のことは分かんないけど、あの時の花嫁さんって、お姉さま1人以外はみんな男の人だったし、花婿さんは全員女でしたもん」
「……もうどこから驚いたら分からないんだけど、まずアキちゃん、あなた男なの?」

「お恥ずかしながら、そうなんです」
「一人だけ女な『お姉さま』って、愛里さんのことでいいのよね? じゃあ悠里さんも男?」
「いえ、男の子は愛里お姉さまのほうですよ?」

「私の場合、心も体も男なので『GIDじゃない』って言葉に嘘はないんですが……ごめんなさい。誤魔化すつもりでした。でも少なくとも4月まで他の人に言わないでくださいね?
 男だとばれちゃうと、高校中退になって大学にも入れなくなっちゃうので」

「わ。思ってたより凄い状態なんだ。……ん。約束する。お墓に入るまで絶対に言わないから安心してね。で……ほかの花嫁役モデルの残り2人も男の人ってことでいいの?」
「それで花婿さんが女の人で。そんなショーなのに、普通に心も体も女なお姉さまがなんで花嫁してたのかは、前々から不思議なんですが」

 あのときのメンバーを思い出そうとしてみる。
 花嫁役の他の2人が性別男だというのは、玲央さんが男ということを受け入れたあとだとまだ幾らかは受け入れやすかった。それでも十分ショッキングだけど。
 それに加えて、花婿役のあの2人が女とか。

「でもなんでアキちゃんは、そのことを知ってるのかな?」
 直接本人たちに立ちあってないからだろう。
 混乱しまくってる私と玲央さんより一足早く立ち直った俊彰さんが質問する。
「いえ……だって普通、男か女かくらい分かりません?」

「いや全然。僕もさっきまで、アキちゃんたちのことすっかり女の子だと思い込んでたもの」
「むー。そんなものなのかなあ」
 しばらくそんな会話を聞き流して、ようやくまともに考えられる状態になってくる。

「ほら僕、前からお姉ちゃんの代わりで『瀬野悠里』としてよく雑誌の撮影とか出てたし。
 もしアキちゃんみたいに鋭い人がそれを見てたら、『瀬野悠里=女の子の振りをしてる男の子』と認識してても不思議じゃなかなと」
「おぉ、なるほど。その通りですね。やっぱり愛里お姉さま鋭い。頭いい」

 いや、僕は『アキちゃん』ほど鋭くもなんともなかったわけなんだけども。
「本題まだでしたよね? 真弓ちゃんがGIDだから相談に乗って欲しいってことですか?」
「ん。鋭いなあ。でもその一歩前で、真弓がGIDかどうか確信が持てないから、どうなのかを知るための相談に乗ってほしい、っていうところなの」

「真弓の双子の姉の忍は、ちょっと男勝りでやんちゃでも普通に女の子なんだけどね。
 でも真弓のほうが、父親としては情けない限りだけど判断が付きかねる状態で」
「こんなピンクの服着せてるのは、この子が男の服着るのを嫌がるからなんだけど、でも女の子の服が好きなのか、私の真似をするのが好きなのも分からなくて」

「でも、もしこの子の心が本当に女なら、女の子として育てるんですか?」
「「もちろん」」
 思いっきりハモって断言されてしまった。
「言ったように、うちは元々そういう家系だから。それは生まれる前から話して決めてたの」

「男・女どっちでも通用する名前を探して、それで『真弓』『忍』って名付けたわけだしね」
「あと真弓の場合はもう一つ由来があって、私の大学の1年後輩の麻由美ちゃん、って子に対する感謝の意味もあるけど」

「でもそういうことなら……そうですね。まずは玲央さんが、ちょっとだけ男っぽい格好して反応を見たらどうでしょうか。
 ジーンズ姿のママさんとか結構居ますし、あんな感じの服で」

「私の場合どうしてもヒップラインが男だから、パンツを穿くとばれないか心配で。実は前に1度ヒップラインで見破られたことがあって。
 ……真弓のためなら、そのくらいのリスク、乗り越えないといけないのかな」

「ヒップラインを誤魔化すアイテムやテクニックは色々ありますから、そこが不安でしたら教えます。まあ、玲央さんならそんなのなくても大丈夫だと思うんですが」
「けど男か女かだなんて、そんな重要なことなのかな? 男とか女とか関係なく、『あたしはあたし』だし、『真弓ちゃんは真弓ちゃん』だもの。それでいいと思うんだけどなあ」

「それは……うん、そうだね。2人とも、素敵なアドバイスありがとう。あなたたちから2人からの言葉だものね。重みが違うわ」

 他にも思いつく限り、色々アイデアを出し合ってみる。
 半分以上しょうもない案だったと思うけど、それでも自分の浅はかな考えが、真弓ちゃんの一生に少しでも助けになればと、半ば祈るように。



『瀬野家の人々』 篠原家の人々-2 2014/1/25(土)


「じゃあ真弓ちゃん、まったねー☆」
 いつの間にかすっかり意気投合していたらしく、そっと掌を合わせて別れを惜しむ真弓ちゃんとアキちゃん。
 実は精神年齢が近いんじゃないか……と一瞬脳裏をよぎった考えは封印しておこう。

「やっぱり人に相談してみるものね。今日は本当にありがとう」
 何度もお辞儀を繰り返しながら、去っていく一家の肖像。
 柑橘類を思わせる爽やかな残り香。華奢な背中。揺れる黒髪。優美に歩く仕草。
 あんなことがあった後でも、どこからどう見ても飛び切りの美人、最高の母親にしか見えない美しい『女性』だった。

 ……今頃あの人たちも、私たちのことをそんな風に言い合ってるのかもしれないけれど。



 思わぬ長い休憩になってしまった。部屋に戻って気を取り直して、机に向かう。
 そんなには長く経ってないあと、背後からいきなりアキちゃんが抱き付いてきた。
 あげくほぺった同士をスリスリしてきたりもする。
「ん? 何アキちゃん」

「あのラヴラヴ空間見て、すっかり羨ましくなっちゃった。あたしたちもラヴラヴしましょ?」
「私は試験勉強があるからだーめ。『雅明』もレポート溜まってるんじゃなかった?」
「むー。愛里お姉さまの意地悪ぅー」
 そう言って、意外に素直に離れて部屋を出ていくアキちゃん。

 でも私のほうは、背中に感じたアキちゃんの体温の温かさ、摺り寄せた頬の滑らかさ、首筋にかかった髪の毛のさらさらした感触、まだ微かに漂う体臭に、『俊也』としてオナニーを始めたくなるのを抑えるのに必至で、勉強どころじゃない状態になっていた。
 勃起しかけるあそこが、柔らかな女もののショーツとすれ合う感触が気持ちいい。

 長い葛藤に負けて股間に指を伸ばした瞬間、再びドアが開いた。
 慌ててペンに手を戻し、背筋をしゃんと伸ばす。
 背後を意識しまくりなのが、どうかアキちゃんにばれませんように──って不可能か。

 予想に反して、直接私に話しかけてくることはなかった。代わりに私のベッドの中に潜り込んで、すんすんと心地よさそうに匂いを嗅いでいるらしい。
 微かな鈴の音は何だろう。いったいどんな格好で何をしてるのだろう?
 好奇心に敗北して振り返ると──シーツに潜り込み丸くなってるアキちゃんの姿があった。

 中身は20歳の現役男子大学生が何をしてるのだろう、と思いつつめくり上げると、なんだか白い塊が出現した。
 白いシーツよりも白く思える、陶器のような白い滑らかな手足。それを惜しげもなく開放して、体には白いバニーガールのスーツを身に着けている。

 いや頭には白いネコミミのカチューシャを付けて、やっぱり白い猫しっぽを付けてるから、バニーガールじゃなくてキャットガールって言うんだろうか。髪の毛以外は純白な白猫の姿。
 そんな愛くるしい猫娘が、首を傾げた不思議そうな表情、キラキラと輝く琥珀の瞳で、上目遣いに私を見返してきた。

 『心も体も男』。
 そう玲央さんたちの前で断言したけれども、自信が少し揺らいでくる。
 日常生活から殆どずっと女の子として生活し、下着まで女物の服を着て、『兄』の姿に鼻血を噴きそうな勢いで欲情を覚えてる自分の心は、果たして一体男のものなんだろうか?

 そして同じく女の子の格好をして、男である自分のベッドのシーツの匂いを嗅ぎながら、自分の割れ目(タック中)に指を伸ばしてるこの『兄』のメンタリティは、男のものなのだろうか?

 完膚無きまでに意味不明な空間。
(いやだって、こんなにも可愛いんだもん!)
 自分でも完璧に意味不明な弁解を心の中で叫びつつ……そして“僕”は、自分の欲望に敗北した。



 リビングで準備をしてもらってるアキちゃんの後を追うように、私も着替えてリビングへ。
 無垢で無邪気な微笑みと讃嘆とを満面に浮かべ、私を迎えてくれるアキちゃん。
 白猫美少女がお尻を振ると尻尾も揺れて、そのたびに鈴が綺麗な音を立てる。
 ……自分でも体験したから分かるけど、あれ前立腺を刺激して恐ろしく気持ちいいのだ。

「愛里お姉さま、本当に綺麗ですっ☆」
「そういうアキちゃんも、とっても可愛いっ♪」
 自分の今の格好は、黒い扇情的な下着だけ。レース付きの透けるショーツの前を持ち上げて、早くも痛いくらいにかちこちになってしまっている。
 同じく透ける黒いブラジャーの中身がスカスカなのは、勘弁してもらうことにして。

 カメラとモニタのスイッチを入れる。
 9方向に備え付けたカメラが、9台のモニタ上に18人の美しい少女たちの姿を映し出す。
 ポージングの練習をするためにと揃えた資材。『どこからどう見ても美しい姿勢・動作を追及するために』と集めた道具たち。

 鏡の前でオ○ニーやセッ○スをするのは好きで、何度体験したかは数える気にもなれない。
 でも『いつかやりたい』と思っていて、今日初めて実行に移すこのプレイは、予想以上にまた格別だった。

 モニタに映る、黒と白の美少女たち。
 芸能界でもトップクラスの美貌を誇る美少女モデル、瀬野悠里。その彼女に瓜二つの双子の妹、瀬野愛理が、あまりに扇情的な下着だけの半裸をカメラに晒している。
 長すぎるほど長い手足、健康的な滑らかな肌、ほっそりしつつきちんと肉のついた身体。

 その背後に立つ純白のキャットガール。ハイレグのラインが長い生脚を際立たせて見せる。
 デビュー後1年経ってないのに4本のCMに出演中の、売り出し中の美少女モデルAKI。
 愛くるしい表情に、大きなネコミミがはまり過ぎていて反則的に可愛い。

 でもさっきの玲央さんじゃないけど、この2人の『美少女』は実際にはどちらともが男で、しかも片方は僕自身なのだ。
 ──それを自覚すると、萎えるどころかますます興奮する自分はもう手遅れなのだろうか?

「そういえばアキちゃん。その衣装はどうしたの?」
「いーでしょー。今度、愛里お姉さまもお揃い作りましょうね? この前バニーガールのお仕事があって、でもぴったりなスーツがなくて。で、あたし用の作ってみたんだ」
 つまり私物のバニースーツなのか。

 仕事のギャラよりスーツ代のほうが明らかに高そうだけど、この可愛さだもの。またどこかで登場の機会もあるだろう。

 床に敷かれたマットの上、モニタを左手に見る形でそっと腰を下ろし、仰向けで寝そべる。
 ショーツの前をずらして、私のお○んちんを開放する。先端が半分ほど露わになったその物体が、自由な空間に嬉しそうにひくつく様子がモニタに映し出される。
 下着姿の美少女の股間に息づくそんな存在を、キラキラした瞳で見つめる見つめる白猫娘。

 外見だけでなく、中身も純真で真っ白な少女。
 夜明けの新雪を見たときのように、そのまま純白に保ちたいという気持ちと、ぐちゃぐちゃに踏み荒らしたいという気持ちが心の中で相克する。
 穢れを知らない清純な少女を堕としてしまいたい、そんな欲望。

 白の少女に手招きして、自分の股間を指し示す。
 それを合図に、アキちゃんは殆ど飛びつかんばかりの勢いで、私の分身を一気に喉の奥まで飲み込んでしまう。

 『清純な少女を貶めてしまいたい』
 ──そう思ったのに、この少女は私なんかよりはるかにセックスのテクニックが上手で。
 『純白の少女を汚しまいたい』
 ──そう思ったのに、淫猥な行為に耽ってもなお、この少女は無垢で純粋なままだった。

 たまらず訪れる、発射の兆候。
 そこで一気にフィニッシュに至らせるならまだ可愛いのに、即座に唇を離し、今度は脚の付け根のリンパ腺のあたりに舌を這わせてくる。
 肩に届くさらさらの髪が、最後までいかせてもらえなかった可愛そうな竿をなぶる。

 微妙に萎えたところで、今度は玉袋をチロチロと舐め上げてくる。「ごろにゃーん」とか口走って、本当に嬉しそうだ。
 高らかに持ち上げられた丸いお尻の上、白い尻尾が揺れてその度に鈴の音が鳴り響く。

「アキちゃん、本当におちん○ん大好きなのね?」
「ふん、はいしゅひ!」(うん、大好き!)
「私と、私のあそこ、どっちが好きなの?」
「……ひぇんふ!」(ぜんぶ!)

 私の竿を口に含みながら、すがすがしい笑顔で宣言する。

 私のものが昂ぶってきたら大人しい責めに転じ、落ち着いてきたら激しく責め始める。
 『少女を堕としたい』
 ──そんな思いが、ただの傲慢に過ぎないと思い知らされるのはこれで何度目なのだろう?
 他愛無いほど完璧に、この少女の舌先だけで、私は逆にすっかり堕とされてしまっていた。

「ひゃぁっ! あぁぁっ! あっ、アキちゃん勘弁! もう限界! ださ、出させてっ!」
「まだまだ大丈夫ですよっ! 限界までゴー!」
 行き過ぎた快楽は、拷問と変わりなくなる。
 でもその“拷問”を、たまらないほど求めている自分も確かに存在するのだ。

 まだフェラチオだけ。前戯の段階のはず。
 それなのに別種の生き物のように、あるいは『類まれな名器』と呼ばれる性器のように、吸い付き、絡みつき、責め立ててくるアキちゃんの唇と舌。私は完全に翻弄される。

 自分の口の端にもう、泡が浮かんでいるのが分かる。
 ぞくぞくするほどエロチックな表情の少女がモニタに映るのが目に入る。
 身体が痙攣し、全身が暴れまわる。
 そんな美少女の股の間に潜り込み、気持ちよさそうに責めを続ける白猫娘。

 彼女も興奮しているのだろう。
 手足は玲央さんの衣装を思わせる桜色にまで染まりあがり、エッチな色合いになっている。

 そのピンク猫娘(♂)に嬲られる快楽が、もう頭の中で飽和状態でパンクして、【白】としか知覚できないような状態になっている。
 まるで彼女から零れた白が、私に乗り移って、頭を、心を、身体を埋め尽くしてしまったかのように。

 長い長い、主観的には何日何時間も続いたように思えた快楽という責め苦。
 それがようやく終わりを告げた。体の奥底から搾り取られ、自分のすべてが外に出されてしまうんじゃないかと恐怖すら覚える長く強い射精感が、心と体を支配する。

 アキちゃんが全部飲み込もうとして失敗して唇を離して、白猫の顔と体とを盛大にさらに白く染め上げていく様子を、なんだか他人事のように知覚する。
 番組収録時に見たような、お菓子を食べたときに見たような、本当に美味しそうな表情だ。
 『それほどに美味しいのなら、一緒に私も飲んでみたい』と思わせてしまう、そんな笑顔。

 横を見ると、黒い下着の美女が息を荒くしている様子が見える。
 なんだかとてもエロチックな眺めだった。
 その黒い美女の背後に、白い美少女がしゃがみこんでいる。

 『黒い美女』がモニタに映った私のことで、『白い美少女』がアキちゃんのことだと認識できた瞬間、唇同士を熱烈に重ねてきた。
 『美女』であれば本来絶対に出すことのないはずの白い液体。
 それが重ね合わせた唇、絡めあう舌と舌とを通じて、自分の口に注ぎ込まれてくる。

 苦くてどうしようない生臭いそれも、アキちゃんの唾液と一緒に味わうのならまた甘露。
 頭で考えれば異常でしかないそんな考え。でも自分の身体はそんな風に知覚してしまった。

 深く、激しく、悩ましく。果てしなく続く、長い長いディープに過ぎる熱いキス。
 これはホモなのだろうか、レズなのだろうか、それともノーマルなのだろうか。
 男と女が倒錯しまくった行為。
 『心は男』だと断言して良かったのか、また自分の心が迷宮入りするのを知覚する。



 今は何時だろう?

 黒い下着女装姿と、キャットガール女装姿で、ねぶるようにキスしあう『息子』たち。
 夫婦同伴のパーティ参加で、両親が夜遅くまで帰ってこないことを感謝する。
 そろそろお姉ちゃんは仕事から帰ってくる可能性があるけど……まああの人なら大喜びで『弟』同士の絡み合いに乱入してくることだろう。

 精液混じりの唾液を交換し、舌同士を絡めあい、歯茎の感触とその反応を楽しみ、口の隅々まで探究しつくようなキス。
 漂うアキちゃんの体臭も相まって、さっき放出したばかりの私の股間のものがもう熱く硬くなっているのを覚える。

 以前は普通の男の体臭だった記憶があるけど、それももう印象から消えかかっている。
 モデル生活を始めて食生活が変わって。それだけで体臭が劇的に変わるものかと驚く。
 今の雅明/アキちゃんの体臭は、男では決してない、でも女とも確定的には言えない、どこかミルクに似た独特な甘い匂いになっている。

 いつもは香水を付けてるから気付くことはあまりないけど、でもその匂いを自覚するたびに性的な興奮を覚える自分だった。もはや刷り込みか条件反射レベル。
 ちなみに同じものを食べてる私の体臭も、同じように男性離れしてきてるみたい。体育の授業のたびにクラスメイトから妙な顔をされる。卒業までごまかせるかどうか不安だった。

 唇を離して、首筋に顔を近づけてその匂いを嗅ぐ。
「にゃーん。愛里お姉さまの匂い、いい匂いですぅ」
 同じことを考えていたのだろうか。私の思考をそのまま口にするかのように、アキちゃんがうっとりした声で囁いている。

 荒く熱い鼻息が首筋にかかって、それすらも今の私にとっては強い性的刺激になっている。
 この白くて滑らかな肌を甘噛みしてキスして自分の印を刻み付けたい。
 突然訪れた、そんな衝動を食い止めるのに苦労する。
 この素敵すぎる肌はもう商品価値を持っていて、アキちゃんのものですらないのだ。

 代わりにそっと、舌先で舐めまわす。
 ただそれだけで、いつものことながら感度の良すぎる身体がびくんと震え、艶やかな喘ぎ声を喉からこぼす。

 バニースーツに包まれた背中から脇を、その滑らかなサテンの生地の上から撫でまわす。
 今はコルセットもボディスーツも付けてないのに、多くの女性から羨望の眼差しで見られそうな、見事なくびれと曲線美がここにある。

 お返しとばかりに、アキちゃんの指先が私のむき出しの背中を繊細なタッチで責め立てる。
 意思に反して自分の躰が反応し、大きくのけぞって快感を示すのを止められない。
 少女2人? の喘ぎ声が、部屋の中で絡み合う。この家の防音がしっかりしていることに感謝する。

 普通のセックスをした時よりも、もう何千倍もの快楽を味わっているけれども、まだこれは前戯の段階なのだ。自分の身体にこれだけの喜悦が眠っていた事実に、驚きすら覚える。

 アキちゃんに四つん這いになってもらって、突き出された尻尾を手で握る。
 本来のウサギの尻尾が横にについていて、それをずらす形でむき出しにしたお尻の穴から直接猫の尻尾が伸びてる様子が、少しおかしい。

 普通は見れない表情が、今はモニタに大写しにされている。
 とてもとても艶めいて、それでいて同時に清らかな不思議な表情。
 これから自分の肉体に与えられる快感の予感に、身構えつつも期待を隠せない表情。

 尻尾の付け根に位置する、快感を与えることに特化した、男のものを模したオブジェクト。
 これを引き抜く瞬間、すぼまりを通り抜ける瞬間の気持ちよさを、私は何度も身をもって体験して知っている。
 手も触れていないのに、自分の股間に生えたモノが熱く硬くなるのを止められない。

「アキちゃん、いくわよ?」
 そう言って力を籠め、尻尾を引き抜──予想以上に咥えこもうとするお尻の抵抗力が強く、抜けかけた尻尾がもとに戻ってしまう。

 回転をかけて抜き去られようとしたディルドー。
 作り物のカリ頸がすぼまりを内側から刺激しまくったあとに、完璧に予期しないタイミングで体の奥底に硬い先端が叩きつけられたのだ。

「く、くぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっっ!!」
 もはや言葉にならない嬌声ともつかない叫びをあげて、バレリーナの演技の時に発揮した柔軟性で背筋をぐにゃりとしならせて絶頂を迎える。
「ごめ、アキちゃん本当にごめん! 大丈夫?!」

 ゴロゴロと横方向に転がる。尻尾がストッパーになって途中で止まるけど、その刺激でまた絶頂に至る。思わず逆方向にまた転がって、そして再びの絶頂。
 余りに強い快楽は、もう拷問と変わらない。
 立て続けにやってくる快楽地獄に、バニースーツ姿の美少女は、凄い状態になっていた。
 むき出しの手足は桜色を軽く通り越して、朱を飛び散らせたような眺めだ。

「アキちゃん、お人形になって! アキちゃんはお人形っ!!」
 咄嗟に思いついた言葉を叫ぶ。
 それは意外なほどに効果覿面だった。
 暴れまわっていた身体がピタリと止まり、横にだらんと手足を投げ出した状態で静止する。

 澄んだ綺麗な瞳は、空虚な物映さぬ無機物の琥珀の宝石のようで。
 整った面差しは、名工の手による陶磁器製のアンティークドールのようで。
 さすがにまだ息は荒く、身体はまだかすかに痙攣を繰り返し、紅潮はそのままだけど、それでも人形よりも人形らしい姿が9つのモニタ上に映し出されている。

「アキちゃん、そのまま息を整えて、全身から力を抜いて……」
 もう一度白い尻尾に手をかけて、呼吸に合わせてゆっくり抜き取る。今度はあっけないくらい簡単に引き抜くことができた。
 太いディルドーをずっと入れっぱなしだったせいでまだ閉じてないアナルが、白いバニースーツと白いお尻の中で淫猥にひくついている。腸液らしい液体がとろりとこぼれた。

「愛里お姉さま、酷すぎますよぅ。ぶぅ」
「アキちゃん、本当にごめんね。もう二度とやらないから」
「……にゅう。それも残念かなあ。すっごく気持ち良かったし、もっかいやりたいかもっ☆
 そーだ。愛里お姉さまも体験してみます?」

 なんとかアキちゃんを再起動させて、二人で横に寝そべって抱き合いながらそんな会話。
 超至近距離でキラキラした瞳で見つめられても……やってみたいかもと、ちょっと思ってしまった自分が怖い。

 しばらくして起き上がって、私が座った体の中にアキちゃんの背中を慎重を降ろしていく。
 普段は互いの顔が見えにくいこともあり、余りやらない背面座位。
 でも今なら絶賛ノーカット生放送なのだ。
『この機会をお見逃しなく!』と、自分も言ったことのある宣伝文句を呟いてみたりもする。

 シミもホクロも一つない、生身の人間とは思えないくらいに美しい華奢な背中が見える。
 そこにかかる、軽くウェーブのついたダークブラウンの髪の綺麗なこと。
 でもそれに見とれている余裕もなく、私のいきりたった股間を、アキちゃんのウサギの尻尾付きのお尻がじわじわと飲み込んでいく。

 白いネコミミで白いバニースーツ姿の白い肌の少女と、それを抱きかかえる、黒くて面積の少ない扇情的なショーツとブラジャーの少女の姿が、モニタに映されている。
 パッと見にはたぶん、極上の美少女同士の他愛無い戯れにしか見えない姿。
 でもよく見れば、その表情でとてもエロスなことが進行していることがわかるだろう。

 それでもきっと、この2人の『美少女』たちが実は男であることは、普通の人間には何度よく見てもこの見抜くことができないだろう。
 昔の私を見て悠里=男だと思い込んだ、初期のアキちゃんの姿を見て男と判断した、あのブライダルショーの仕掛け人。その人なら今でも私たちを見抜くことができるのだろうか?

 そんな少女に生えたおち○ちんが、もう一人の少女のアヌスに吸い込まれていく。
 いやむしろ『喰らいついてくる』と表現したいようなレベルだ。
 火傷しそうなほど熱い粘膜が、ぬちゃぬちゃに濡れた襞々が、柔らかくも力強くもある括約筋が、私の竿を、引き込むように、吸い込むように、中に中にと取り込んでいく。

 余りの気持ちよさに、挿入途中だというのに発射に至る私の『男のシンボル』。
「あっ、愛里お姉さまっ、アキ気持ちいいですぅぅっ!」
 思わず、歓喜の声を全身で上げるアキちゃん。
 それでも止まることなくずぶずぶと腰を下ろし続け、ついに最後まで降ろしきった。

 『セックスの快感は、女のほうが男よりも数十倍も強い』という、よく言われる話。
 それは男の場合、一度絶頂を迎えたら萎えてしまうからで。でもこの名器は、絶頂の直後に少しも萎えさせることもなくそのまま次の絶頂にと繋いでしまう。

 姉妹(実際には兄弟)同士で身体を重ね合わせるたびに、より激しくなっていく快感。
 抑えることも、抗うことも不可能。
 喉からとめどなく溢れ出る快楽の叫びを、留めることもできない。
 このまま高みに登り詰めてしまったら、私はいったいどこに到達してしまうのだろう?

 2人繋がったまま、何度目かも分からない射精のあと、わずかに理性が戻ってくる。
 ようやく目を向ける余裕の出来たモニタの中、2人の美少女たちが互いの肉体の与える快楽に耽溺し、いやらしく身悶えする様子が見える。
 それが自分の姿ということを忘れて興奮したあと、自分の姿だと認識して更に興奮する。

 エッチの最中、自分があんな横顔になるとは知らなかった。背中の肉があんな風にうねるとは知らなかった。
 悠里お姉ちゃんとそっくりになるよう努力してきたけれど、エッチの時の動きや表情までは真似する余裕はなくて、こんなにも違うとは知らなかった。

 そんな私の身体の上で、名もない踊りに身をくねらせるピンク色の美少女。
 サテンのバニースーツは裸よりも扇情的で、それなのに頭につけられた白いネコミミのカチューシャが、性欲とは無縁な無垢な愛くるしさを全力で主張する。
 絡み合う脚と脚。サテンよりもなお滑らかなアキちゃんの肌の感触が気持ちいい。

 本来なら寄せてあげて無理やり谷間を作るのだろうけど、今は真っ平で隙間があるだけの胸のカップ部分を少しずらし、右手で可愛らしいピンクの乳首をこね回す。
 ハイレグ状になった股の布。その上を左手の指を走らせて、タックで作った偽りのクレバスを何度も撫でさする。

「にゃっ! ふにゃっ! ふみゃあああああぁぁぁんっっ!」
 こんな状況でも猫の衣装を着ているのを忘れてないのか、それともそれが素なのか、アキちゃんが猫の鳴き声のような喘ぎ声を迸らせる。
 恐ろしい勢いで全身がうねる。その度にアキちゃんの全体重をかけて私のお○んちんの先端が直腸内を突き上げる。

 私のサイズが小さいせいもあるけれど、この体位だとそれでもそこまで深くは貫けない。
 そんな思いを共有したのか、2人同時に体制を変える。
 アキちゃんが膝をついてうつ伏せになって、私が上から半ば覆いかぶさるように体重をかけて奥へ奥へと突き上げる。これはお馴染みの後背位の姿勢。

 それでもアキちゃんの表情を、モニタ越しに見つめながらやるのは新鮮な体験。
 何度身体を交えても、慣れることのない新しい喜びを与えてくれるアキちゃんの肉体。
 姿勢を変えたことで刺激のパターンも変わったからなのか、今までとは違った動きで直腸内の襞が時には荒々しく絡みつき、あるいは優しく繊細に撫で上げてくる。

 腸液と精液とでぬちゃぬちゃになりまくった結合部が、腰を振るたびに淫猥な音を立てる。
 アキちゃんの体内を、こすれてなくなるんじゃないかと心配になるくらい何度も何度も往復する私のおち○ちん。
 すぼまりとその中と、強弱異なる締め付けがより一層快感を強化する。

 2人の息はどこまでも荒く、モニタ上の18個の身体を凝視する視界も霞んできた。
 もうとっくに限界は突破していたのだ。私が最後の力を込めて身体を押し込むと、これまでの最大の力でぎゅっと腸内の肉が握りかえしてくる。

 その快感に精液の最後の一滴が解き放たれ──大きく声をあげたアキちゃんの身体からすべての力が抜けたのを知覚した瞬間に、私の意識も同時に途絶えるのを覚えた。


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最終更新:2014年02月01日 12:08