浴室彼女


 こんな沈んだ気持ちで帰宅するなんて、自分を可愛がってくれた叔母が家を出た頃以来
だ。
 自分の部屋に行く途中リビングの電話に入っていたメッセージで、両親が今夜は帰れな
いことを知りホッとする。ふさぎ込むのにはうってつけの状況。
 自室に荷物を放り真っ直ぐ風呂場へ行く。穿いていたジーパンと下着だけ脱いで下半身
を、特に性器を洗う。帰りに着替えた多目的トイレの手洗い場でも紙やハンカチで拭いは
したが、下腹や陰毛にこびりついた不快感は取り去れなかった。
 ここをさんざんいじられた…同級生の男にされた跡を早く洗い流したかった。
 シャワーから出る水が湯に変わる頃には、汚れはもちろん気分も幾分か落ち着いてきた。
 誰もいないのでタオルを巻いただけで部屋に戻り、下着を替えジャージを穿く。部屋着
のシャツをかぶると、疲れがどっと出た。
 ベッドに突っ伏して掛け布団を握りしめる。興奮から醒めれば、後に残るのは罪悪感と
…これからどうなるのかという恐怖、そして自分はどうすれば良いのかという不安。
 こんなことになるのなら、いっそもっと遠出をするか、せめて化粧をしていけば良かっ
た。同じクラスの女子はもっと華やかなメイクをしていたから、通用するか不安で何もで
きなかったのだが…していれば、あいつに気付かれなかっただろうか?
 それなら問題なくあのスーパーで下着を買って、帰宅する。それで済んだはずだ。あん
な…恥ずかしい目に、屈辱を受ける羽目にはならなかったはず。
 スポーツバッグの中にある、家を出る時には入ってなかったモノを思い、洗ったはずの
そこが疼く。
 女性下着…直接的に言うと、ブラジャーとショーツ。彼が自分に買い与えたのだ。
 そして自分はそれを身に着け彼に良いようになぶられ触られ、目の前で達してしまった。
自分があんなことで興奮する異常者であることを、この身をもって相手に証明してしまっ
たのだ。


「……ふ………っく…」
 悔しさに涙がにじんでくる。あいつに泣き顔を見られたことも不覚だ。一生ものの不覚
だ。
 …これまで聞き流してきた噂通り、たしかに彼は手慣れているようだった。
 何のてらいもなく自分を連れて女性の店に入ったり、自分の着ていたセーラーも含め女
物の衣服に手慣れていたり…自分を、「女の子」として対外的には扱っていた。
 そして自分の恐れる威圧や罵倒で冷たく打ちのめしたかと思えば、気味が悪いほど甘く
優しい声で自分に接した。恐怖と同じくらい、求めていた異常な被虐の快楽を与えたのだ。
 「変態」と断罪するようにささやきながら、その手は自分を焦らし高め、絶頂へと導く。
 自らを慰めながら夢見たモノを、たった数時間で彼は自分の想像の及ばない程の恥辱と
悦楽と言う形で叶えてくれたのだ。
 気付けば自分の胸をシャツの上から押さえていた。貧相な胸板で未だにヒリヒリとして
存在を主張する乳首。数時間前、彼にここをさんざん責め立てられたからだ。
 当然あるべき膨らみはないのだが、彼は自分を写真や動画の中の女性であるかのように
両手で揉みしだき、つまみ扱いた。
 本物の「女の子」みたいに……?
 女の格好をした自分が彼に甘えている、媚びを売っているところを、そして相手も自分
の胸だの尻だのを撫で回しているところを想像してみて…慌てて首を振った。考えただけ
でもゾッとする。
 自分は、異性愛者が性愛の対象として見てくれる自分自身が好きなのだ。男と知った上
で女の格好をさせ、あまつさえ同性の身体をいじってくる彼は…絶対に自分とは相容れな
い。
 それにこのままあいつの言いなりになっていたら自分が、自分の身体がおかしくなる。
初めて他人に与えられた、それまで妄想の中だけで得られるものだった愛撫に、刺激に、
まだ全身の表皮が疼くのだ。
 ほっといてくれ。一人にしてくれ。それなら誰も、自分も傷付けずにこの後ろ暗い欲望
を満たすことができるから。


 誰にも邪魔はさせない。そのためには、なんとしてでもあいつを阻止しなくては。
 決意を固め顔を上げたちょうどその時、くぐもった音がした。
「っ!?………」
 何を驚いてるんだ。たかが…たかが携帯のバイブだ。
 短く途切れた呼び出しは、おそらくメールだろう。それでもベッドからすぐに起き上が
ることができなかった。
 帰り際に勝手に携帯をいじられた。さらに嬉しくないことに、連絡することを予告まで
されてしまったからだ。
「………」
 スパムメールであることを祈ったのは、生まれてはじめてだ。スポーツバッグの前に座
り、ポケットから黒い携帯を引っ張り出す。
 自分の手が震えているのが許せなかった。取って食われるわけでもなし、何をビビって
るんだ。
『初メェル☆ミ』
 画面に額をぶつけそうになる。女子中学生か、こいつは!
 無駄に改行の多い記号乱舞をかいくぐり、くじけず読み進めていく。
『今日は楽しかったね↑↑記念写真はコチラ♪』
 つられてスクロールし、慌てて電源ボタンを押す。表示設定をオフにして、取り込んで
しまったデータも削除。真下の『大事にしてネ☆』なんて見えなかった、読んでなんかい
ない。
 それでも一瞬目に入ってしまった画像に、言い様のない寒気と…その時の興奮がよみが
えってしまった。
 鏡の前で、紺色のプリーツスカートにピンクのブラジャーだけを身に着けた少女が写っ
ていた。しかしそれが「少女」でないことは被写体が証明しているし、自分も…これを撮
り送ってきた相手も知っている。
 膨らみのない胸を下着の上から掴まれ、黒い髪の「女の子」の格好をした自分は恥辱に
顔を歪めていた。
 しかし、その頬が上気しているのが怒りのせいだけではないことを、他ならぬ自分自身
が(命令ではあったが)めくり上げているスカートの中身が教えている。
 あるべき下着に包まれていない股間からは、いきり立った男性器が汁をこぼしてその興
奮を主張していた。


 片手で携帯を構え、後ろから自分を抱え込むようになぶる男の顔は隠れてしまって見え
ない。高校の制服を着ているのは分かるのだが、茶髪で背の高い男なんていくらでも居る。
 脅されているんだ。
 改めて姿の見えない相手にゾッとした。直接的な単語は何一つ使うことなく、従わざる
を得ない状況に自分を追い詰めている。
 もしあいつに盾ついて、これをどうにかされてしまったら…これまで自分が築きあげて
きた信用だとか、干渉されないが攻撃も受けないという居心地の良い立場が、すべて駄目
になってしまう。
 「真面目な模範生」というレッテルは欲しくて得たものではなく、当然のことをした結
果付いてきたものにすぎないけれど。
 嘲笑や侮蔑を与えられるのは、夢想の中だけで良い。社会的には自分はあくまでも「一
男子生徒」として埋没していたい。間違っても「女装趣味の変態」だなんて不名誉な認識
をされるわけにはいかない。
 本文はまだ続いている。別れる前に言われた、明日の予定だ。
 高校の最寄り駅があるのと同じ路線の駅名と、時刻。自分とは逆方面だが、通学時間は
同じくらいだ。そういえば連絡網では自分の一つ上の行だった気がする。
「……」
 どうでも良いことに頭を使ったことすら腹立たしく、行儀が悪いと思いつつも舌打ちし
ながら最後までスクロール。
『―――あと、下の毛はツルッツルにしてきてくださいっ↑↑意味わからなかったら返信
するように』
 ……見なかったことに、できないだろうか?待ち合わせの時間と場所だけ見て、閉じて
しまったという言い訳は…
 目を閉じて考え、かぶりを振る。隙は作っちゃいけない。あくまで従順なふりをして、
すべてを終わらせなくては。
 それに、あんな男に刃物まで持たせるわけにはいかない。
 大きく嘆息してから一言返信し、再び部屋を出た。

 яяя


 風呂を沸かす間に小さい洗面器を二つ持ち出し、片方に蛇口から湯を注ぐ。
 バッグから取り出した、叔母のセーラー服に付かないよう注意して持ち帰った下着のう
ちブラジャーは空の方に入れ、ショーツを湯に浸した。自分が吐き出したモノの生臭さが、
少しは和らいだ気がする。
 両方とも後で放り込む洗濯機の前に寄せて、鏡に背を向け着たばかりの部屋着を脱ぐ。
 いつもなら、あとは下着を脱いで風呂に入るだけだ。しかし今日は…いや、昨日もだっ
たけれど、
「…………」
 昨晩腕や足の毛を処理した安全剃刀を掴む。この道具の用途は一つだけだ。
 …あいつの言いなりになっているわけじゃない。相手を油断させるために、命令に従っ
ているだけだ。
 ましてや、あんな正気を疑うような内容に劣情を催すなんて…
「…っ……違う…」
 首を振り、声に出す。これは…下着の中で再び硬くなってきているモノは、昼間の恥辱
の名残だ。
 性器に刺激を与えられれば、正常な男なら誰だって勃起する。それが何に、どんな相手
によるものであっても、反射だから仕方がない。
 疼くそれに気付かないふりをして、下着を脱ぎ風呂場へ入った。
 すでに湯の満ちた浴槽からの蒸気で、中はすっかり暖かかった。
 棚に剃刀を置いてからシャワーを軽く浴び、低い椅子に腰かける。少しためらってから
ずっと俯いていた顔を上げ、曇り防止加工のされた姿見を見据えた。
 素っ裸で睨みつける自分の…男の顔があらわになる。
 入浴時に鏡を見るのは嫌だった。
 髪を伸ばし化粧をしても、外で声をかけられるような「女の子」の姿をどんなに装って
も、こうして一糸まとわぬ姿で見る自分は当然ながら男性の身体だ。セーラーを着てスカ
ートを穿けば華奢な少女に見えるそれも一皮剥けば貧相な男のものだということを、嫌で
も思い知ってしまうからだ。


 鏡面に映る浮かない表情が、何か思いついたようなものになる。黒い瞳が、ちらりと擦
りガラスの扉を見た。
 透けて見えるのは、二つの小さな洗面器。
 ゴクン。唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえたのは気のせいだ。下腹が疼くのも気
のせいだ。
 …別に、誰が見るわけでもない。自分が何をしようと勝手じゃないか。
 言い聞かせながらも震える手で扉を開け、軽い方の器をタイルの上に置いた。
 ストラップを両手でそれぞれつまみ中から取り上げ、しげしげと眺める。服の下に着け
るモノなのに、なんでこんなにレースだの刺繍だので飾っているのだろう?淡いピンクの
布地に、白や濃いピンクの刺繍糸が花模様を描いている。これを自分は昼間身に着けて、
そして…
 慌てて首を横に振り、ブラジャーを下ろした。
 鼓動が早まっている。自分が緊張していることを、興奮していることをやかましく知ら
せてくる。うるさい、そんなの分かってる。
 自分はこれが欲しかったのだ。下に穿くモノなら、多少形が違えど男も女も変わらない
。男にはないモノを包むこれは、自分にとっては性的興奮よりもむしろ憧憬を誘ってきて
いた。
 端に持ち替えて、頼りない腰にブラジャーを回す。一番短いところで慎重にホックを留
め、180度回すと先程観察した可愛らしい刺繍が目に入る。ワイヤーで腹を引っかかない
よう注意しながら、少しずつ胸へと引き上げていった。
「……ふ………」
 胸板をくすぐる裏地の柔らかな感触に、思わず声がもれる。別に構わない。こんな声は
自分しか聞いてない。こんなことをしてるのは自分しか知らない。
 長さは試着室で調節したから、ストラップにそのまま腕を通し肩にかける。
 目を閉じて深呼吸してから、おそるおそる瞼を持ち上げた。


「あ………」
 昼間見た少女が、さっきの画像の中の少女が、目の前で呆然としていた。
 湯気で少し湿り気を帯びた黒髪は細い首筋や肩に流れ、濃い睫毛の奥の黒瞳はまばたき
も忘れたかのように大きく見開かれている。赤い唇は薄く開かれ、高ぶる感情を押さえる
かのようにわなないていた。
 少女めいた自分の顔は、ぺたんこの胸を覆う薄桃色の下着によって「女の子」のものに
なっていた。鏡の下方に映るモノを除いて…
「っ………」
 つき動かされたかのように浴槽から湯を掬い、ボディソープを手に取る。たっぷりと泡
立ててから下腹に落とすという作業を黙々と続け、下半身を泡まみれにする。
 しばらくしてから鏡を見れば、なぜかブラジャーを着けたまま風呂場に来てしまった、
腰から下が泡だらけの少女の姿。
 柑橘系のボディソープの香りに頭は冴えるはずなのだが、自分の異常な行動に我に変え
るどころか、胸を締めつける下着の感触や内股を伝う泡に、覆い隠した性器が反応しかけ
るほどに敏感になってきていた。
 そうだ、これなら…
 これなら、あいつの命令に従ったって全然おかしくなんかない。「女の子」だったら、
水着を着る時にはみ出ないよう処理するって言うじゃないか。
 剃刀を手に取り、片手を添えた下腹に当てる。肌を切らないよう注意しながら、股間で
熱をもつモノの根元から上にそろりと動かす。
 チリ…チリチリ……
 陰毛が表皮ぎりぎりで切断され、泡に巻込まれていく。小さな手応えがなくなりその跡
を見れば、今まで隠れていた肌色がそこにはあった。
「………ぁ……」
 剃刀に付いたモノを泡ごと掬い、今まで見下ろす位置にあったそれを目の高さまで持ち
上げる。初めて剃ったせいか、たかが陰毛なのに感慨深く見入ってしまった。


「……馬鹿みたい」
 我に返って指を振り、シャワーで流す。水気の付いた手でまた同じようにボディソープ
を泡立て、腿や椅子に流れた分をそこに足す。
 一度壁を乗り越えてしまえば、あとは機械的に作業にとりかかれた。チリチリチリと言
うかすかな抵抗を覚える度に鏡の中の少女が、自分が「女の子」になっていくのだと、そ
んな錯覚にすら囚われる。
 性器のこちら側があらかた終わったところで確認しようと、泡を拭うように下腹を撫で
た。
「ぅひゃっ!?」
 思いの外つるんとした感触と、背筋を這い上がった甘い痺れに「女の子」らしからぬ小
さな悲鳴をあげてしまう。姿見の中で顔を真っ赤にしてしまう少女は、後ろめたい遊びを
覚えたばかりのような、罪悪感と快感の入り交じったまなざしで、うかがうように鏡面を
見上げた。
 大丈夫。剃り残しはないみたいだ。
 目の前の少女がうんうんとうなずくが、すぐにまた困ったように眉をひそめてしまう。
 ここまではできて当然…問題は性器の後ろだった。
 そこの毛を処理するには、どうしても充血してしまったそれを手にして剃刀の邪魔にな
らないようずらさなければならない。それでも、体の硬い自分はうまくその箇所を見るこ
とができるだろうか?
「……」
 鏡を見ながら椅子の位置を調節する。剃刀と性器を手にしたまま上体を引き、両足を大
きく開いた。
 半ばまで黒々とした、長じてからは誰にも見せたことのないそこが泡まみれとはいえ露
わになる。
 鏡の前で股間を広げて見せるだなんて…
「はずかしい……」
 鏡の中の少女は頬を染め、唇を噛んだ。それでも自身の男性器を持ち上げる方の手はそ
のまま、剃刀を慎重に当てていく。


 失敗するわけにはいかない。こんなとこ怪我するなんておかしいし、第一処理してしま
ったここを他人に見られるなんて…考えただけでも恥ずかしくて死にそうだ。
 その「恥ずかしくて死にそう」な思いを今日たくさん味わわせた相手を思い出し、手の
中の性器がピクリと反応した。
「ぁ、ん……っく!」
 カラオケボックスの個室で、スカートを押し上げるこれをからかってきた。狭い試着室
で必死に声を殺す自分に笑いかけながら、下着越しにこれを責め立ててきた。
 嫌悪と屈辱と……それらに自分が、自分の身体が悦んでいたことに耐えがたい羞恥を覚
えた。辱められて興奮するだなんて、あいつにだけは絶対に知られるわけにはいかない。
 ましてや、「女の子」扱いされたいだなんて…
 下らない考えを振り払うように、しかし下腹よりさらに丁寧に剃っていく。ピンクのブ
ラジャーを身に着けた少女は鏡に向かって足を開き、性器や周りに生える毛を少しずつ払
っていく。
 ヌルリ、と性器を支えた指が滑るのは気のせい…いや、泡のせいだ。切らないよう注意
しなければ。
 しばらくしてから剃刀をゆすぎ棚に置き、シャワーで下半身の泡を流す。陰毛のすっか
り剃り落とされたそこを、自分の手は再び泡で覆っていった。
 目の前の少女は、泡の間から屹立した自身の性器を食い入るように見つめている。


 昼間さんざんなぶられたそこを自分で触るのは、カラオケボックスの女子トイレを入れて、今日二度目だ。
 片手でその必要はなさそうだが竿を支え、もう片方の手のひらで先端を包み込む。
「…ぅ、あ……」
 露出した亀頭に泡が触れ涙がでそうになったが、もはやそのヒリヒリした感覚すら自分を駆り立てた。
「っ…いたい……」
 鏡の中から、少女が潤んだ瞳で訴えてくる。
『本当に痛いだけ?気持ち良すぎてわけわかんないだけじゃね?』
 畳みかけるように頭に響く声に、びっくりして両手を離した。あいかわらず勃起したままの、はしたない自分の性器。今までずっと欲しがっていた責め立てに、先走りを溢れさせ先をねだっている。
 欲しい…?
 そうか、自分はずっと「女の子」扱いされると同時に誰かに罵倒されることを、倒錯した欲情を抱く身体を辱められることを望んでいたのだ。だから、あんなところであんなことをされて、あんな…女好きのする男に良いようにされて達してしまったのだ。
 泡の付いたまま、片手をゆっくりと胸元にあげる。ブラジャーの上から薄い胸板を押さえると、ぷにゅりとパッドの不自然な柔らかさがその下の肌にも、指先にも伝わる。
 大きく開いたカップの隙間に手を突っ込んで、直接胸を撫でてみた。くすぐったい。
 試着室ではここから、それまで感じていた以上に快感を引き出されたのだが、何が違うのだろう?
 自分で慰める時にしていたような、単に乳首だけをいじるのではなかった。もっと…「女の子」の乳房を揉むみたいな、そんな手つきをしていた。
 相手の硬い指先の、手のひらの感触に、憎らしいほど自分は感じてしまっていた。何が違ったんだ?こうして、下からないモノを揉みあげるようにして…
「っあ…ぁ、んっ!?」
 口からこぼれた高い声に、思わず目をしばたく。なんだ、今の声?そんな、演技でもないのに「女の子」みたいな…


「ぁ……あ…だ、だめ…っ!」
 ブラジャーや上半身に泡が付くのも構わず、夢中で乳房があるかのように下着を揉む。裏地に乳頭が擦れるのと…胸板をくすぐられる感触に、自分の頭と性器は貪欲に快感を見出だした。
『信じらんない。これだけで勃っちゃうなんて』
 違う…何かが違う。あいつは胸だけでは済ませてくれなかった。
「ん……ぁ、んんっ…」
 十分すぎるほどに溢れていた先走りを塗り広げ、手のひらで扱く。わざと音をたてるようにすると、胸を…ブラジャーを掴む手にも力が入った。
『イっちゃうわけ?ない乳いじくられてチンコ擦られてイっちゃうわけ?』
 ああ、そうだ。これ以上ないほどの快楽を与えながら、それに反応してしまう自分をあざ笑うのだ。お前は恥ずかしい、淫らな男性器を持つ「女の子」なのだと。
「んぁ、あ……い、いく………でちゃ、う…っ」
『出しちまえよ。命令に従っただけで興奮する変態』
 聞こえてくる声は、気のせいだ。軽薄そうな声色があいつに似てるのは、昼間に嫌と言うほど聞いたからだ。
『ほら、コレを着けたかったんだろ?着たままイっちまえよ。この変態…変態』
 …なんか違う気もする。もっと淫らな、はしたない言葉で、いやらしい手の動きで自分は責められたはずなのだが。
 それでも今まで一人きりで耽っていた妄想よりは、ずっと刺激的なものだった。
「あ…き、きたかった、の………ひゃうっ!」
 泡にぬめる指が、直接乳首を擦る。焦らすように周りを下着越しに揉んでいたことで、思った以上の刺激となった。
『俺はただツルツルにしろって言っただけなのに…我慢できなかったんだ?触っちゃったら、もう我慢できないんだ?』
「そ…な、こと……でも…ぁ、あ、あ………むり、無理……いきたい…っ!」
 いきたい、いきたい、いきたい!腹の奥から熱いモノを噴き上げたい。そしてそれについてまた辱められて、また気持ち良くなって、また…また触られる。恥ずかしいことを言われる。言って、いって、いって。もっといっぱい、もっと………!


 だらしなく開けていた唇から、言葉にならない声がもれた。それでも両手は、ヒクつく身体は止まらない。
 胸と性器を泡まみれにされなぶられているのは自分なのか、少女なのか……
「!?………あ……あっ、ぁ……」
 目の前が真っ白になるような絶頂。鏡の中の少女は泡の間に覗く男性器から劣情を放った。
 …はあ、はあっ……はあ…
 荒い息遣いが自分のものであることに気付き、ようやく握りしめていた性器から、下着から手を離す。
 何をしていた…いや、何を考えていた?
「………っ!」
 むしり取るようにしてピンク色のそれを外し、すっかり湯でいっぱいになっていた洗面器に放り込み、扉の外に押しやった。
 高鳴る鼓動を隠すように乱暴にシャワーを頭からかぶり、髪を洗う。ボディソープにきしまないよう頭にタオルを巻き、身体に泡を滑らせ流す。
 触られた時のことを思い出してしまうのを誤魔化すようにゴシゴシと肌を洗い、顔を洗った。元から体毛の薄い手足は、続けて剃る必要はなさそうだ。
 熱い湯船に十秒だけつかり、すぐにシャワーで流して脱衣所へ出てしまう。達した後だというのに身体は火照ったままで、じっとしているとまた変な気持ちになりそうだからだ。
 身体を拭い、いつも通り保湿ローションを塗る。少し迷ったが、下腹にも濡れた手を滑らせた。
「……ぁ………」
 処理されたばかりのそこは、思ったよりつるんとしている。子供のような股間に似つかわしくない、手の刺激に反応を見せるほぼ大人の性器。
 命令通りにしたここを、何と言われるのだろうか?からかわれるのか馬鹿にされるのか、それとも黙って触れてくるのか…
 そろりと逆撫でした手を、慌てて離す。背筋を這い上がるこれは寒気だ。感じてなんかいない。ましてや自分の手に誰かの手を重ねるだなんて…考えてない。
 いけない、これではいけない。早く元通りの、今までの生活に戻らなくては…自分がおかしくなってしまう。
「ダメだ…」
 弱々しくつぶやく鏡の中の自分は、まだ少女の面影を残していた。

 (おしまい)

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最終更新:2013年04月27日 14:51