いもうとごっこ


「僕、妹が欲しい!」
 僕の発言に、タカ兄ちゃんの顔から表情が抜けた。
 茶色く染めたふわふわの癖っ毛に両耳で五つのピアス、高校生になってから遠くなった気がしてたけど、やっぱりタカ兄ちゃんは僕の兄ちゃんだ。だって、ビックリした時の顔が小さい頃から全然変わらない。
 タカ兄ちゃんは高三、僕は中三。通う学校も兄ちゃんは県内有数の進学高で、僕は受験が楽だからと親に入れられた中高一緒の中学と違うんだけど、家が隣同士だから未だに僕の勉強を見てくれたり、一緒に遊んだりしてくれる。
 今だって、ナントカ推薦で早々と進路が決まったからと、親が出張中の僕に「健太の面倒は俺が見てやるからな!」と言ってくれて、家庭教師をかって出てくれているのだ。推薦入試万々歳だよ。
 おかげさまで兄ちゃんが見てくれる単語や計算テストは花丸もらえるし、大好きなタカ兄ちゃんといっぱい遊べるしで、兄ちゃん子な僕は親の出張が長引けば良いのにとすら思っている。
 ただ唯一、なかなか覚えられない…というかわけ分からなさすぎて覚える気がなかった英語の完了形を、タカ兄ちゃんは「今度の小テストで満点だったら、何でも好きなもの買ってやる!」と豪語する事で僕に覚えさせようとしたのだ。
 俄然やる気になった僕に驚きつつも「頑張れよ」って頭を撫でてくれたのも、満点の答案を持ち帰った僕に「約束だ。俺にできる金額内なら何でも言ってみろ!」と男らしく言ってくれたのも兄ちゃんだ。
 だから僕はキッパリハッキリおねだりしたんだ。
 「僕、妹が欲しい!」って。

 §§§

 僕がそんなの欲しがるなんて思ってもみなかったのだろう。面食らいつつも真面目な顔で、しどもどとタカ兄ちゃんはうなずいた。
「そ…そうか。じゃあその、俺の方からご両親に伝えてみるけど…」
「そうじゃなくって、今欲しいの!」
「…てことはお前、もしかしてそーゆーゲームとかあぁああ可愛い健太が…俺の健太がオタクの道に……っ!」
 よく分からない言葉を口走ってヨヨヨと泣き崩れてるが、誤魔化されるわけがない。
「何わけ分かんないこといってるのさ。兄ちゃん早く妹になってよ」
「はあ!?」
 いよいよ兄ちゃんはわけが分からないといった顔をした。
 隣に立つと、ほんのちょっぴり見上げる位置にいるタカ兄ちゃん。バスケ部に入ってからなのか、急に背が伸び出した僕に時々敵意を燃やしてるっけ。
「去年タカ兄ちゃん、高校の文化祭でメイドさんしてただろ?僕、その時からずっと兄ちゃんみたいな妹が欲しかったんだ」
「妹ぉ!?」
 僕のお母さんが口を開けば「貴明くんはお利口さんね」と言う優秀なタカ兄ちゃんの頭でも、僕のお願いは理解してくれないようだ。
「お前ほんと、マジ冗談カンベンだから!しまいにゃ怒るぞ!」
「冗談なんかじゃない!僕は兄ちゃんに妹になって欲しいんだ!」
「じゃあなおさらだっ!俺は男だし、第一お前より年上だっての!」
 埒が明かないので、僕は最終手段に出ることにした。
「…なんでも」
「う」
「なんでもしてくれるって言ったじゃないかあー!」
 半泣きでわめき出す僕に、タカ兄ちゃんは激しくうろたえた。学校の友達が僕を見たらビックリするだろう。
 身体は大きくなったけど、兄ちゃんに対してだけは僕はずっと「弟みたいな幼馴染み」のままだからだ。

「だ、だからそのそれはオモチャとかランドとかそういう意味で言ったんであって…第一お前そのケあるわけ!?」
「ひっぐ…何それ?僕がタカ兄ちゃん好きだと兄ちゃん嫌なの?僕のこと嫌いなの?」
「そそそそんなわけないだろ!お前が風邪ひいたクリスマス、『ガキとアタシとどっち取るの!?』って詰め寄られてノータイムで『弟!』つった俺だぞ!?お前が嫌いなわけないじゃないか!」
「…じゃあ、頑張った僕のお願い聞いてくれる?」
「うん、わかったよわかった!約束だもんな!」
 言ってから「いや待てちょっと待て」と言いだすが、もう言質は取ったからこちらのもの。「ゲンチ」なんて言葉が出るなんて、これも兄ちゃんの教育の賜物だ。
「わぁい!やっぱりタカ兄ちゃんは僕の兄ちゃんだ!」
 嬉しくなって飛びつくと、小さい頃と違って体格差がないのでタカ兄ちゃんがよろめく。
 それでも弟分に甘えられて悪い気分じゃないらしい。
「うん…うん、そうだよな。犬に手を噛まれたって思えば、台本読むくらいどうってことないよな」
「何ぶつぶつ言ってるの?早くこれに着替えてよ」
「ぶふっ!?」
 僕の部屋の隅に置いていた、クラスの背の高い女の子に借りた紙袋の中身を逆さにするとタカ兄ちゃんは盛大に噴いた。
「ちょ!おまっ…それはカナリ重症だ!」
「何言ってるの兄ちゃん、まさか『おにいたまだいちゅき』ってアニメキャラのセリフ言うので済ませる気だったの?」
 それはこの二週間でアタマの大改造を行った僕に対して失礼ってもんだ。
「俺はリ○ちゃん、俺は○ェニーちゃん…」
 なんか怪しい呪文を唱えてるけど、タカ兄ちゃんの身体は透けないし、目の前の服も僕の意識も消える気配はない。
 むくれている僕に気付いたのか、タカ兄ちゃんはかなり迷いながらも床に落ちた服に、ついに手を伸ばした。

 何てことない、黒タイツにブラウス、ピンクのチェックのミニスカート。
「どうしたの?早くしなよ」
「いやその…これはやり過ぎじゃないのかな?健太君」
「文化祭の時は、ストッキングにナントカベルト着けてたって、兄ちゃんのクラスの人から聞きました」
「誰だよそいつ絶対殺す!」
 兄ちゃんを前科持ちにしないため、僕は貝になることにした。
 僕が一向に「嘘だよ~ん☆」と言わないので、兄ちゃんは「ええい、どうにでもなっちまえ!」と言わんばかりにカーゴパンツとTシャツを脱ぎ捨てた。
 カラフルなトランクス一枚の、引き締まった身体でポーズを決め、タカ兄ちゃんは言い放つ。
「どうだ、萎えただろっ!?」
「うん、これがあのメイドさんみたく可愛くなるんだと思うと、なんだかか僕、ドキドキしてきちゃった」
「………」
 遠い目をするタカ兄ちゃんに、拾った衣服を渡すと、もうなんか機械的に着替え始めた。
 兄ちゃんのクラスメイトも、この生着替えを見てたのかと思うとちょっと嫉妬しちゃうけど、あの人達だってピンクだの白だのの衣装を着てたんだから、まいっか。
 私服の学校の僕とは違い制服だから慣れているのか躊躇なくブラウスに腕を通したけれど、両手をクロスさせるようにしてボタンを留めている。ああ、貸してくれた子が「アワセがナントカだから」って言ってたけど、そういうことか。
 僕がじっと見ているせいか何度かボタンをかけ違えた挙句、どうにかタカ兄ちゃんはブラウスを着終えた。
 白いレースやフリルで飾られたブラウスの襟には、ベルベットの黒リボンが付いているが、朝のお父さんのネクタイみたく解けたままでブラブラだ。
「結んだげるね」
「いや、自分ででき…っ」
「お兄ちゃんにまかせなさい!」
 たいして背の変わらない僕に強く言われて、タカ兄ちゃんは黙り込んでしまう。甘えんぼな僕が兄ちゃんを手伝ってあげてるなんて、何かウキウキしちゃうな。

 リボン結びにしてあげると、タカ兄ちゃんは「ちょっと後ろ見てろ」と言ってきた。
「なんで?兄ちゃんもしかして逃げる気?」
「このパンツをタイツに押し込むところを見てみろ。お前も俺も一生トラウマんなるぞ! てゆーかこれくらい許してくれないんなら俺は約束を破る!」
「ちぇー」
 言われた通り後ろ…というか、部屋のドアの方を向いてあげる。その格好で二階の僕の部屋の窓から逃げるなら、大声でご近所さんを呼んでやる。
 物騒な事を考えてたら、震える声が僕を呼んだ。
「…ほ……ほらよ…」
 振り返ると、タカ兄ちゃんが変身していた。
 黒タイツを穿いた足もスラッとした細身の身体に、ブラウスとチェックのスカート。気の強そうな目元が、そこらのグラビアアイドルなんか目じゃない感じ。
「兄ちゃん…じゃなくてタカちゃん、可愛い」
 ツインテールのウィッグつけて、やけくそになって僕に「よう、おかえり!」と呼びかけてくれたタカ兄ちゃんの姿を僕は忘れない。視界の端になんか精神的ブラクラなメイドというよりは冥土な人も居たけど、兄ちゃんのキラキラで記憶にない。
 男子校なのにクラスメイトからバレンタインチョコをもらって、「成人未満の野郎は健太以外死ねば良い!」と物騒な事を言っていたが、あれはきっと、文化祭のせいなんだと思う。
(僕の友達は三人までなら生きてて良いらしい)
「こ…これで満足か!?脱いでいいか!?」
「だぁーめ。仕上げがまだだよ」
「仕上げ?」
 首をかしげるタカ兄ちゃん。ふわふわ茶髪がほっぺたや襟にかかっているのはいつものことなのに、首のリボンやフリフリとあいまってとっても可愛い。

「あのね、僕のこと『お兄ちゃん』て呼んで?」
「………っ!?」
 可愛くおねだりしたのに、タカ兄ちゃんの顔は青くなる。いつもなら満面の笑顔で「おう!」って言ってくれるのに。
「僕、妹欲しいのになぁ……くすん」
「…ぉ……お兄ちゃん!お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!これで満足か!?」
 慌てて連呼するタカ兄ちゃんに飛びついて、僕はコクコクうなずいてみせた。
「うん!ありがとうタカに…タカちゃん!お兄ちゃん嬉しいっ!」
 ぎゅーっと抱き付くとスカートを穿いたタカ兄ちゃんの足がふらつく。目の前に赤くなった耳があるので、ペロンとピアスごと耳たぶを舐めてみた。変な感触。
「うひゃ!」
 友達に借りたビデオでは「あぁん」って言うハズなんだけど、男と女で違うのかな?
 そう思ってしばらくしゃぶって見ると、兄ちゃんの声がおかしくなってきた。
「ひゃ…ぁ…ちょ、ちょっとやめっ……やあ…っ!」
 僕から逃げようとするんだけど、力が入らないのかなんか前屈みになってへたりこんじゃった。
 ベタベタになった耳を放してあげると、僕はチュッと音を立ててタカ兄ちゃんのほっぺたにキスをした。
「タカちゃんはお顔もお洋服も、お耳もとっても可愛いですねぇ~」
「ちくしょう、健…お兄ちゃんなんか、好きだけど嫌いだ…っく」
「よしよし、泣いちゃダメだよ~」
 僕はタカ兄ちゃ…年上の妹の頭をなでなでしてあげた。

(おしまい)

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最終更新:2013年04月29日 10:11