そりゃないだろう。
「っあ………ん、先輩…気持ちぃ……っ…」
聞き慣れた声の耳慣れないセリフに、ようやく酔いがぶっ飛んだ。
私は仰向けに大股おっぴろげた状態で、相手はそれに覆いかぶさるいわゆる正常位で、
私は「犯されて」いた。
両手を後ろで縛られた同意なしの性交で、ついでに初物いただかれちゃってるという、
ついさっきまで処女だった自分に起きているコレは、いわゆる人生の一大イベントと呼ん
でも過言ではないだろう。
しかし今現在私の意識は、自分を穿ちかき抱く相手に集中してしまっていた。
…黒いパフスリーブブラウスに、パニエで膨らませたリボンたっぷりのスカート。
白いヘッドドレスの眩しい漆黒のロングヘアを振り乱しているのは、素っ裸の自分では
なく目の前の後輩なのだ。
掠れた声が媚びるように「すき」と囁き唇を塞いでくる。私のとは少し異なる、化粧品
の甘い香り。
「好き」。
先週この言葉を告げられた私は、たしか苦笑して「他をあたれ」と返したはずだ。
バイト先の、紅一点ならぬ黒一点な男の子。
いかにも今時ギャル男な外見のくせにどっか抜けてる天然君で、客の爺さん婆さんに大
人気な笑顔の可愛い後輩。教育係になった一コ上の私を慕ってくれていた彼に告られて、
私はいかにもキンチョーしてます、舞い上がっちゃってますな様子に思わず笑ってしまっ
たのだ。
「気持ちはありがたく受け取るから」的な、いかにも日本人な文句で「なかったこと」
にしたはずが、なぜか飲み会の帰りにどっかのホテルでこいつとよろしくしちゃっている。
捲り上げたスカートからニョッキリ生えたアレが私の足の間に消えてる様は、我が身に起
きてることながら超シュールだ。
「好き」が暴走して何やらなんて、レディコミやティーンズ小説の世界だけじゃなかっ
たんだぁと思いながら、口をようやく解放された私は喘ぐ。空気美味い、マジ美味い。
「ん……せ、先輩とキスしたら、またこんなんなっちゃった…」
私に跨がった相手は羞じらうように頬を染め、化粧が落ちかけでも整った顔で笑ってみ
せる。同僚の女の子達によってたかっていじられる彼は、なるほどそういう目で見てみて
も「カワイイ」顔をしていた。指導すべき立場としてでなく普通にゼミか何かで出会って
いれば、きっとフラフラしちゃっていただろう。
「こんなん」がどんなんかは分からないが、ぐちゅっと結合部から聞こえる音に、私は
ゴスロリ着た後輩のナニで初体験する日本人女性って何万人に一人だろうとかぼんやり考
えてみる。悪酔いしない体質も考えものだ。
「……あ…ぅ………し、質問、いいかな?」
目の前の超展開に霞み気味ではあるが局部のたしかな痛みに、ああー自分もついに大人
の階段上っちゃったんだなあ…なんて他人事のように思いながら、私はどうにか言葉を紡
いだ。
「こうなってんのは百歩譲るとして、なんであんた…そんなカッコしちゃってるわけ?」
色気のないセリフにか、とろけるような笑みを浮かべていた奴の目が急に潤む。グロス
は落ちてもマスカラ剥げないとは、ヒ○インメイクかお前。
「だ、だって先輩、おれ……あたしのこと、そんな風に見れないって、そう言ってたじゃ
ないですかぁ!」
たしかに。ちょっと頼りないけど何事にも一生懸命なこいつとそういう仲になって、仕
事上の関係まで悪くなるのはごめんだったからだ。出会い方さえ違えば、きっと、
「じゃあ女の子だったら、お…あたし、が女の子だったら好きになってくれると思って…
…!」
だから、酔いつぶした私を連れ込んだ先でこんな素敵な格好してるんですね。
「…って、そりゃないだろう!どうしてそんな飛躍する!?」
初めてのバイトに、付きっきりで面倒を見てくれるという相手に浮かれているだけなん
だと、お前くらいなら私じゃなくてもっと可愛い子掴まえられるだろうと、そんなニュア
ンスも伝えたつもりだったのだが恐るべし平成生まれ。額面通り「あんたは対象外」と受
け取っちゃってたらしい。
「だって先輩なんかすっごくカッコいいし、いっつも女の子とばっか居るから…」
それはたぶん私が男兄弟の中で育ったせいと、女子中高時代に友人を狙った痴漢を追っ
払った噂に尾ひれ背びれ水かきが付いた結果です。あと男が女に「カッコいい」言うな。
一応こっちもノーマル嗜好なんだから、微妙に傷つくんだ。
それを半溶けオブラートに包んで伝えると、ウィッグとは思えないサラサラヘアと連結
部を震わせて彼は嘆息した。
「そんな…じゃあ、ぉ……あたしが女の子になっても、先輩はあたしを好きになってくれ
ないの?」
いや、私に今突っ込んでるモンがある時点でアレだろう。
そう突っ込みの一つも入れたいのだが、私に跨がったままさめざめと泣き崩れるゴスロ
リ乙男(おとめ)を前に何も言えない。残念ながら、さっきまで揉まれたり吸われたりして
すっかり上を向いた自分の胸を差し引いても、今この状況下ではこいつのがよっぽど女の
子らしかった。
「ああ、その……えーとね」
ええい、乗りかかった船というか、もう穴開けられた船だ。腹を括るしかないだろう。
「ぉ……女じゃ、なくっても、嫌いじゃないから」
どうやら私は結構な尻軽らしい。フリルとリボンに飾られた肩を震わせて泣きじゃくる、
現在進行形で私の身体を侵略している相手を憎く思えないくらいは。
「あ、あたしは先輩にっ……す、好かれるためなら、女の子になるんですぅ…っ!」
ああ、私の人生に置ける一大イベントは、なんか勘違いしちゃった女装っ子を慰めると
いう訳分からないカタチで幕を閉じそうだ。
「…うん、分かった。分かったから………とりあえず、縄ほどいてよ、ね?」
誤解を解くのはピロートークで十分だろう。
相思相愛ならば、最終的には和姦がセオリーだ。
(おしまい)
最終更新:2013年04月27日 17:43