(区切り線までパターンBと同一)

「起立っ」
「気をつけっ、礼!」
「サヨナラ~」
「さようなら~」

今日も何事もなく学校が終わった。
帰宅部の僕はダベる奴ら、部活に行くやつらを尻目にすぐ下校。
トイレの掃除当番だった気もするけれど、サボった所で何も言われることはない。

現在高校二年の六月になるけど、一緒に帰る友達はいないし、
それどころか学校でまともに会話する友達すらいない。
クラス内ではまさに空気的存在だ。
たまに話しかけられることがあっても、相手の態度はどこかよそよそしい。
僕の発する”一人にしてくれオーラ”の賜物だろうか。
学校自体が個人主義の徹底したガリ勉男子高校なことも、
僕をこういう存在でいさせてくれる助けになっている。
居心地は、悪くない。

学校から家までは徒歩で15分。
いつものように僕は真っすぐ帰宅する。
(ガチャッ)
「ただいまぁ…」
誰もいないけれど一応いつも言っている。習慣のようなものだ。
手洗いとうがいをして二階の部屋へ。
そういえば朝に母親が3時頃に家庭教師が来ると言っていたな…。
高校二年になると、勉強も難しくなる。
良い成績を保つ為には、家庭教師呼ぶのもしょうがない。納得はしている。
塾や予備校のような場所に行く気はさらさらないし。
予定の時間まであと15分くらいか。さて、部屋を片付けないと。
それにしてもどういう人が来るんだろうか…
最近母親以外とまともに会話してないから少し不安だな。


(ピンポーン)

え、もう来たの?早すぎだよ…。
(ダッダッダッ)
階段を降りて玄関へ向かう。
(ガチャッ)
驚いた。なんと家庭教師は女性。
しかも若い…二十歳くらいに見える。
「あ、どうもこんにちは!今日から家庭教師させて頂く伊東です」
「ど、どうぞ…お入り下さい…」
「お邪魔しまーす。 綺麗なお家だね」
「ありがとございます…」
僕は二階の部屋まで伊東先生を案内した。
(ガチャ)
「ちょっとあまり片付いてないですけど…」
「全然いいよ~。私の部屋だっていつも片付いてないしさ」
「それならいいんですけど。てか時間まであと15分以上ありますよ?」
「うん、わざと早く来たの。早目に来ていろいろお話したいなぁ~って思ってね」
結構馴れ馴れしい人だなぁ。
でも、凄い美人だ…。
身長も僕より高そうだし。(僕は身長163㌢)スーツの着こなしがとてもお洒落。
「じゃあ自己紹介から。私は伊東麻莉、あかつき大学の三年生。
 これから一週間に二回かな?お邪魔させてもらうね!」
「ぼ、僕は杏野香(あんのかおり)です。
 白鳥高校の二年生です。よろしくお願いします」
「香クンか…なんだか女の子みたいな名前ね~」
うぅ…嫌なところを突いてくる。昔よく人にからかわれたな…。
「…たまに言われます」
「高校の友達からはなんて呼ばれてるの?」
「いや…特に…杏野とか…」
「ふ~ん…。私は香クンって呼ぶけどいいかな?」
「ええ。大丈夫です」
「香クンって顔可愛いね。モテるでしょう?」
「いえ、男子校だし。モテないですよ」
「うぅん、男の子に」
一体、何を言い出すんだこの人は。
「え?いや、無いですよそんなの、気持ち悪い。
 それにあまりクラスメートとも仲良くないし…」
「ゴメンゴメン、冗談冗談…。でも、友達は大切にしたほうがいいと思うよ~?」
「あんまり…そういうの得意じゃないし」
「香クン可愛い顔してるから相手にフレンドリーに接すればさ、
 みんな香クンのこと好きになってくれると思うよ」
もう! 変なことばっか言う人だなぁ。
「伊東先生。そろそろ時間ですし、始めませんか?」
「あれ、もうこんな時間なんだ。じゃあ始めましょっか。
 えぇと、このテキストの15ページの~~~」

この後約二時間みっちり伊東先生の教えを受けた。
先生の指導はとても丁寧でわかりやすく、今までにないくらい勉強がはかどった。
家庭教師って…結構いいかも。


「あ、もう五時になるね。今日はこの辺までにしておこうか」
「はい。お疲れ様です。」
「それにしても香クンってスジがいいね~。教えがいあるよ」
「ありがとうございます。僕も今日は勉強が楽しかったです。」
「いえいえ、こちらこそアリガト~。それじゃあ次に来るのは明後日の金曜日だね」
「そうですね。これからもよろしくお願いします(ペコリ)」
「うふふ、礼儀正しいしホントに可愛いね香クンは♪」
「……」
家の前まで伊東先生を見送ると、先生は大きく手を振りながら帰って行った。
「香クンまたね~~!」
「は、はい。さようならぁ」

この日から、僕は伊東先生が来る日を待ち侘びるようになった。
なんの感動もない乾いた学校での毎日に比べて、先生と共に過ごす
二時間はとても刺激的だった。
女の人に馴れていなかった僕は、たった一日教えを受けただけなのに
美人で優しい伊東先生に惹かれてしまっていた。

    • 七月--

六月も終わって夏に突入。僕は今日も学校から帰って伊東先生と勉強だ。
「ここの問題間違ってるよ、ホラ」
「あ、すみません…」
「ここも違う」
「ごめんなさい…」
どうも今日は調子が悪くて、勉強が頭に入ってこない…。
たまにこういう日もある。
「う~ん。今日は香クン、気が乗らないみたいね」
「すみません…」
「いいのいいの、そういう日もあるわよ。
 じゃあまだ少し時間余ってるけど気分転換でもしよっか?」
え、何を言い出すんだ一体。
いつも勉強には厳しい伊藤先生にも珍しいことがあるものだ。
「実は私、今日香クンにお洋服をプレゼントしようと思ってさ。
 家からお洋服を沢山持ってきてたのよ」
「え、服ですか??でも…」
「いいのいいの。香クンってあんまり服に気を使ってなさそうだから、
 ずっと勿体ないなぁ~って思ってたの」
だから今日やたら先生の荷物が多かったのか…
「え、えぇ…まぁファッションに興味はあまりないです。
 でも友達少ないから休日に外を出歩くこともないし、必要ないですよ。
 お母さんが買ってくる服で十分間に合ってますし…」
「ダメダメ。大学入ったら制服なんてないんだよ?
 それに香クンってお洒落したらもっとよくなると思う。
 大人になったら外見はすごく大事なの。今のうちにお洒落に慣れとかなきゃ」
「わ、わかりましたよ。でも先生は僕が着れるような服を持ってるんですか?」
「男の子でも着れそうな服を持ってきたから大丈夫♪」
「それって、女物ってことですよね…?」
「最近は男の子がレディース着るの流行ってるのよ?所謂ユニセックスってヤツね」
「そ、そうなんですか…」
あんまりファッションの流行りとかはわからない…。
まぁ、先生が言うならそうなんだろうか?
「香クンは変に男の子っぽい服より少し可愛い感じが合うと思う!私が保証する」
中学時代、髪が長かった時期だけ女子に”可愛い”と言われていた記憶が蘇る。
「ならお任せしますけど、変なヤツは嫌ですよ」
「まっかせなさい♪ じゃあちょっと待っててね」

先生が紙袋の中から洋服を取り出し始める。


「ジャーン!!どうかな?」
そこに現れたのは確かにユニセックス(?)な感じの洋服たちだった。
でもどちらかというと、女の子っぽい服が多いような気がするけど…。
今ってこういうのが流行ってるのかな…。
確かにテレビとかでこういう服を着た男の子を見たような気も…する…。
「結構多いでしょ?一週間着回せるくらい持って来たからね。
 私の家って三姉妹だからさ、着なくなった服が多くて困ってたの~」
「こんなに頂けるなんて…ありがとうございます。でも僕に似合いますかね?」
「早速着てみなよ~。じゃあコレと、…コレを着て♪」
差し出されたのは結構ピッチリした白いTシャツ(胸元にで文字が書いてある)
と、デニム生地のハーフパンツ。今の季節にはちょうど良さそう。
「わ、わかりました。じゃあちょっと先生、部屋の外に出て…」
「え~、大丈夫よ。いつも私のお父さんで見馴れてるし」
そういう問題じゃ…。
まぁいいや、めんどくさい。
(ヌギヌギ)
僕は学生服を脱いでブリーフ一枚という姿になった。
「へー、香クンってブリーフ派なんだぁ。可愛~い。
 わぁっ、毛も全然生えてないんだね~」
もう、うるさいなぁ。
さらに先生は言う
「体凄く細~い!羨ましいなぁ。体重何㌔なの~?」
「43㌔ですけど…」
「スレンダーねぇ~。女の子が嫉妬するレベルだよ?」
「…先生、そろそろ着てみても良いですか?」
「あ、ゴメンね。どーぉぞっ」

(シュルシュルシュッ)
このTシャツいつも着てるTシャツより首元が広めだな…。
生地もなんかツヤツヤしてるし、柔らかくて着心地がいいや。
うわ!このデニム生地のハーフパンツ穿いてみると短いなぁ…。
太腿が半分近く出ちゃったよ。
小学生の時に穿いてた短パンみたいだ…変じゃないのかなぁ?
「せ、先生…どうですか?」
先生が嘗め回すように僕の体を見回している。
「…イイ!。凄くイイ! 超似合ってるよ香クン。可愛い!」
「そうですか? ちょっと鏡出しますね…」
部屋のタンスを開けて姿見の鏡を部屋にだし、自らの姿を映してみた。

「うわぁぁ……」
とても自分とは思えないような格好をしている人物がそこにはいた。
いつも着ている母親の買ってくる服と違って、何と言うか…可愛い!
これが流行のユニセックスファッションって奴なのか。
確かに小柄で華奢な自分に合ってる気はするけど……。
ちょっと女の子寄りな気がする…?
「ほらほら、自分に見とれてないで次の服も着てみてよ。
 こっちの服は私すっごくお気に入りだったんだぁ~」
「あっ!でも先生、時間が…」
ふと時計に目をやると、既に5時半を過ぎていた。
「いけない、6時から予定があるんだった!香クンごめん。
 他の服はあとで自分で着てみてね? 似合うと思うからさ」
「え、ハイ。いろいろとありがとうございました」
「うぅん、いいの。香クンは可愛いから特別だよ(笑)
 じゃあまた来週ね。香クンバイバ~イ」
「はい、さようならぁ…」
いつもの様に家の外まで出て先生を見送ったが、ふと自分の格好が
何故かたまらなく気恥ずかしくなり、すぐ家に戻った。


「……」
部屋に戻ってしばらく鏡の中の自分とにらめっこ。
「さすが先生…僕の似合う服がわかってるんだ」
「僕にはこういう服が合うんだなぁ…」
「他の服も着てみようかな…」
先生に頂いた服を見回してみる。

トップスは5着。
  • 薄い黄色のポロシャツ
  • 赤と紺を基調とした半袖のチェックシャツ
  • 淡いピンクのノースリーブシャツ(一番女の子っぽいデザインかも)
  • 水色のキャラクター絵柄つきのTシャツ
  • 今着ている白のぴっちりしたTシャツ
ズボンは3本。
  • 濃紺の細いジーンズ(所謂スキニーってコレかなぁ)
  • 白のハーフパンツ(今穿いてるのより長め)
  • 今穿いているデニムのハーフ(短?)パンツ
なんと靴も2足入っていた。
  • ベージュ色のコンバースのハイカット
  • サンダル

こんなにもらってしまっていいのだろうか。
靴まで……サイズが合っててよかった…(僕の足は24㌢)
僕はすっかりこの服たちを気に入ってしまった。
そして時計をみるともう6時半。
そろそろお母さんが帰ってくる。
このもらった洋服のことなんて説明しようか…。
(ガチャ!)
「ただいまぁ」
僕は階段を降りてお母さんの元へ向かう。
「お帰り、母さん」
「あら香、見たことない服を着てるのね。随分可愛い服じゃない」
「家庭教師の伊東先生がいらなくなった兄弟の服を譲ってくれたんだ」
僕はここで嘘をついた。
なんとなくこの洋服を先生本人やその姉妹から貰ったと言うのは
どこか恥ずかしく思えたからだ。
「女の子っぽいデザインね。私の好みじゃないわぁ」
「今はこういうのユニセックスなのが流行ってるんだって!
 母さんは古い人間だから分からないんだよ~」
「ユニシックス?ふ~ん、そういうもんなのかねぇ…。
 私はなかなか会う機会が無いけど、ちゃんとお礼を言っておきなさいよ」
「うん。わかってるよ」

その日の晩、母と夕食を食べて課題を終わらせた僕は部屋で貰った洋服をひとり眺めていた。
「いっぱい洋服を貰っちゃったなぁ…」
「今日の僕、いつもと違う人に見えちゃった」
「この服を着て外出してみたいな…。」
「知ってる人がお洒落になった僕を見たら、ビックリするだろうな…」

もう、今まで着ていたダサい服を纏う気にはならなかった。


翌日の土曜日、僕は早速伊東先生に貰った洋服を着て街へ出る計画を立てた。
まだ少し恥ずかしい気もするけれど、恥ずかしさ以上にの、
"この服を着て外出したい"という好奇心が勝ったと言える。

今までの僕は休日は家でのんびりするばかりで、あまり外に出ることはなかった。
そんな僕が自分から外出するだなんて…これも洋服の魔力なのかなぁ。
お洒落な洋服を着ていると、自分に自信が生まれてくるから不思議…

「よし、この格好で行こうかな」
上はノースリーブのピンクのTシャツの上に半袖チェックシャツを羽織り、
下はデニムの短パン、靴はコンバースのハイカットをチョイス。
そして玄関の鏡で自分の姿を最終確認。
「う~ん…?」
チェックシャツは細身なんだけど意外に丈が長い作りになっていて、
裾もヒラヒラして広がっているため短パンが完全に隠れてしまう。
「これじゃあ下に何も穿いてないみたいだ…」
慌てて二階の部屋に戻って、スキニージーンズに穿き代える。
これなら大丈夫そう。
…けどファッションって難しいな。
今度伊東先生にいろいろ教えてもらお…

「じゃあ母さん、行ってくる」
「いってらっしゃい。気をつけるのよ~」
(ガチャ!)
僕は母に夕方までには帰ると告げ、午後1時に家をでた。
フワフワした気分で家の前の道を歩く。
いつもの外出とはちょっと違う、どこか華やいだ気分。
擦れ違う人の目線もどこか嬉しい。
今までは自分の外見に自信など無かったし、興味もなかった。
それを伊東先生が180°変えてくれた。我ながらちょっと可笑しい気もする。

因みに今日の予定
1最寄り駅の早川駅へ
2電車に乗ってちょっと都会の橘駅へ
3橘駅の周りで買い物
4帰宅
こんな感じかな。

誰にも知り合いに会うことはなく(元々知り合いは少ないけれど)早川駅に到着。
相変わらず何もない駅だ。駅前商店街も老人向けのお店ばかり…
この辺りに住む中高生たちはみんな橘駅に買い物や遊びに行く。
この駅前の落ち着いた雰囲気は嫌いじゃないんだけどね。


200円の切符を買って改札を通る。
階段を昇ってホームに着くと、既に橘駅方面行きの電車が停まっていた。
(プルルルルー)
あっマズい、これを逃したら15分も待つことになる。
「急げー!」
僕は猛ダッシュして電車に飛び乗る。
「ふー、危なかった…」
ギリギリ乗車に成功。車内の人達が飛び乗り乗車をした僕をジロジロ見ている。
あぁぁ…なんか恥ずかしいなぁ…。
僕があまりの恥ずかしさに俯いていると、ある声が聞こえた。
「アレ?あのコ誰かに似てない?」
「え~、わかんない。あんな可愛いコ知り合いにいたっけ?」
「えぇと…ウーン。思い出せないなぁ」
うわぁぁ…。
よく聞き取れないけど、近くにいる女の子二人組が僕を見て何か喋ってる…。
嫌だなぁ…飛び乗り乗車なんてするものじゃないや…。
「絶対見たことあるんだけどなぁ」
「うーん、言われてみれば…」
まだ何か言ってるよぉ……早く橘駅着いてぇぇぇ。あれ?

僕は彼女たちの正体に気付いてしまった。
彼女たち、中学二年の時に僕のことを可愛い、可愛いと言っていたコ達だ……
一方的にそう言われていただけなので、まともに会話した経験などは全くナイ。
(彼女達はクラスでも目立つグループに属しており、そもそも住む世界が違った)
うぅ…気付かれるとめんどくさそう…。早く着いてよぉぉ!

結局彼女達は橘駅で下車する僕を思い出すことなく、
そのまま電車で過ぎ去っていった。
ふぅ、よかった。それにしても彼女達はどこまで行くんだろう…
結構遠いけど、橘駅よりさらに栄えてる猪狩駅かなぁ?
まぁ…いいか。
「よし、まずは駅前の書店に行ってみるかな」
改札を出た僕は、橘駅西口の大型書店に向かう。
それにしても橘駅周辺は人が多いなぁ。
知ってる人にいつ会ってもおかしくないよ…
お洒落になってるから、さっきみたいに僕だと気付かれないかも知れないケドね!

「こちらよければどうぞ~」
ん?なんだこれ…書店に向かう途中、チラシを渡された。
見てみると、こう書いてある。
”若い女の子に大人気!ショップ”Vellsy”がついに橘駅東口にオープン!”
なんで僕にこんなチラシを…お母さんや姉妹に渡せってこと?
生憎ウチの母さんはオバサンだし、姉妹もいませんよーだ!
残念でした~~。

そんなこんなで第一の目的地、書店に到着。
欲しいのはファッション雑誌。今まで興味を持たなかったジャンルだけど、
今の僕はこれがどうしても読みたい。
「えーとファッションコーナー、ファッションコーナーはと…
 ここかな?…どれどれ…」
とりあえず一冊手に取って読んでみた。
タイトルはmen's ナックル?
(パラパラ…)
うわ…なんだこりゃ…
ガイア?黒騎士?ストリート?ついていけないよ…次。
タイトルはmen's egg
さっきのと違いがわからない…。顔黒すぎだし、同じ人間に思えないよ…次。
タイトルはMEN'S NON-NO
ん…これはイイ感じかも…うん、ちょっと気に入った。でも…。


その後もいろいろと読んでみたけど、ピンとくるものは少なかった。
残念ながら購入には至らず。
「そういえば、今僕が着てる服って一応レディースなんだよね…
 先生は男の子がレディース着るの流行ってるって言ってたし、
 女の子のファッション雑誌も読んでみようかなぁ」
探すと、女性ファッション誌コーナーはすぐ横にあった。
早速non-noという雑誌を手に取り、読んでみる。
「うわあ、可愛い…」
そこに載っていたのはとっても可愛い女の子モデルの写真。
「お洒落だなぁ、着てみたいなぁ」
いかにも”女の子”って服も多いけれど、
僕が着ていてもおかしくない様な服も一杯あった。

さらに多くの女性ファッション誌を読みあさってみた。
どう考えても、女性ファッション誌のほうが
自分の”着たい”と思える服が多い気がする。
「う~ん…これもユニセックスなんだろうか…」
「明らかに僕の着たい洋服って女の子寄りだよなぁ…」
「変じゃないですか?って伊東先生に聞いてみよう」

何も買わずに書店を出たケド、。いろいろ勉強にはなった。
次は橘駅に戻って駅ビルへ向かう。
5階建ての決して大きくない駅ビルだが、
いろんなお店が入っているので若者に人気がある。
(ブルッ)
「あぁっ」
ビルに入った所で、尿意を催してしまった。
トイレは確か1階の奥にあったかな?うートイレ、トイレ。
僕は小走りで男子トイレへと入る。すると…
「わあっ!」
なんと、入ってすぐの所で30代くらいの男性が僕を見て大きな声をあげた。
「わぁっ、なんですかぁ。びっくりした…」
「え、あ、す、すみませーん」
何故か謝りながら走っていってしまった。
なんなんだろ。失礼なヒトだ…
その後、トイレの中でもいろんな人にジロジロと見られた。
小学生の男の子なんて、僕を見て持っていた携帯ゲーム機を地面に落としてるし…
壊したらママに怒られるよ?
何か自分の顔に付いてるのかと思ってトイレの鏡で顔を見たけど、
いつもの僕と全く変わらない顔。
おかしな話もあるもんだ……。

トイレから出てエレベーターで4階のファッションフロアへ向かう。
4階はメンズ中心のフロアで、高校の連中は大体ここで服を購入しているらしい…。
あまり会いたくないから注意して行動しよう。
「うぅ~ん…」
何軒か回ってみたが、めぼしい服はない。
つまらないというか、着ても楽しくなさそうな洋服ばかり。
なんでメンズ服ってこんなのばかりなんだろう……
「先生に貰った洋服のほうがずっといいや…」
「そうだ、ちょっと恥ずかしいけど、3階を見てみようかな……」
3階はガールズフロア。ティーンの女の子をターゲットにしたフロアである。
僕は階段を降りて、ガールズフロアに初めて足を踏み入れた。


「うわぁ……ぁぁ…」
まさに別世界だった。
どのお店も、色とりどりの可愛い洋服ばかり。
少女たちは目を輝かせながら洋服を選び、カゴに洋服を詰め込んでいる。
「いらっっしゃいませぇぇ~♪」
「キャー、これ超可愛い~♪」
フロアはティーンの少女たちで溢れ、店員たちの活気も
上のメンズフロアとは比較にならない…スゴイ!
「可愛い洋服だなぁ…でも、ちょっと僕には可愛すぎるよ」
「こんなの着たら、僕、変態になっちゃう…」
「あ~ぁぁ…でも…いいなこの服…ぁぁ…」
”男の子なのにガールズフロアにいる”という羞恥心と、
”可愛くてお洒落な洋服が着てみたい”という好奇心が、
僕の中で激しくせめぎあっていた。
「…とりあえず、僕が着てもおかしくない洋服を探そう…」
「駄目だよね、さすがに…いないよ。こんな場所で服を買う男の子なんて…」
「…伊東先生に……聞いてみよう…」
「いらっしゃいませお客様! こちらのピンクのワンピースが今大人気なんですよ~♪」
(!!!)
「えっ、あ、大丈夫です。すみませんでしたぁ!」
あまりのことに驚いた僕は、走ってその場を後にした。
「ハァ、ハァ、あの店員さん、絶対に、何故ここに男がいるんだと思って、
 ハァ、ハァ、声を掛けて来たんだ…絶対そうだ。ハァ、ハァ、
 そりゃそうだよ、男があんな所にいちゃあ…ハァ…」
何やってやってるんだよ…僕…。
その時、たったの2日間でここまで変わってしまった自分が、初めて怖く思えた。

僕は2階へ降り、カフェに入った。
「ふぅ、おかしいよ僕。あんな所で服を買おうとするなんてさ」
「先生にも笑われるっつーの!」
ミルクティーを飲んで少し落ち着きを取り戻した僕。
もう大丈夫だ。さっきはどうかしてた。
「さぁ、今日はもう帰ろう…」

席を立ち、カフェを出て歩き出したその時だった。

「ねぇ、そこの君」
「はい?」

何と、僕は男に声を掛けられてしまった。

「もしよかったらさ、一緒にカラオケでも行こうよ」
「え……だってぃぇ…」

うまく声が出ない。
まさか、僕、女の子だと思われてるの?

「どうなの~?少しの時間でいいからさ~」

みた感じ、高校生の男だ。
もしかしたら同い年かも。

「ねぇ、何とか言ってよ~。すましてないでさぁ~」

…今日、僕に起きたことの意味が全て理解できた。

何故あの女子達が自分に気付かなかったのか。

何故若い女の子向けのお店のチラシを渡されたのか。

何故男子トイレで奇異の目で見られたのか。

何故ガールズフロアのお店の店員に声を掛けられたのか。

「…さい…」
「え?なにぃ?」
「うるさい!!僕は男の子だ」
「うそ…だろ…」

僕は橘駅の改札まで一目散に駆け出した。
切符を買い、電車に駆け乗り、早川駅に着くと、家まで走って帰った。

その日はもう、何もすることが出来なかった。

「先生…どういうこと?」
「僕を玩具にして遊んだだけ?」
「早く…会いたいよ…先生ぇ…」

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最終更新:2013年04月27日 20:02