(区切り線までパターンAと同一)
「起立っ」
「気をつけっ、礼!」
「サヨナラ~」
「さようなら~」
今日も何事もなく学校が終わった。
帰宅部の僕はダベる奴ら、部活に行くやつらを尻目にすぐ下校。
トイレの掃除当番だった気もするけれど、サボった所で何も言われることはない。
現在高校二年の六月になるけど、一緒に帰る友達はいないし、
それどころか学校でまともに会話する友達すらいない。
クラス内ではまさに空気的存在だ。
たまに話しかけられることがあっても、相手の態度はどこかよそよそしい。
僕の発する”一人にしてくれオーラ”の賜物だろうか。
学校自体が個人主義の徹底したガリ勉男子高校なことも、
僕をこういう存在でいさせてくれる助けになっている。
居心地は、悪くない。
学校から家までは徒歩で15分。
いつものように僕は真っすぐ帰宅する。
(ガチャッ)
「ただいまぁ…」
誰もいないけれど一応いつも言っている。習慣のようなものだ。
手洗いとうがいをして二階の部屋へ。
そういえば朝に母親が3時頃に家庭教師が来ると言っていたな…。
高校二年になると、勉強も難しくなる。
良い成績を保つ為には、家庭教師呼ぶのもしょうがない。納得はしている。
塾や予備校のような場所に行く気はさらさらないし。
予定の時間まであと15分くらいか。さて、部屋を片付けないと。
それにしてもどういう人が来るんだろうか…
最近母親以外とまともに会話してないから少し不安だな。
(ピンポーン)
え、もう来たの?早すぎだよ…。
(ダッダッダッ)
階段を降りて玄関へ向かう。
(ガチャッ)
驚いた。なんと家庭教師は女性。
しかも若い…二十歳くらいに見える。
「あ、どうもこんにちは!今日から家庭教師させて頂く伊東です」
「ど、どうぞ…お入り下さい…」
「お邪魔しまーす。 綺麗なお家だね」
「ありがとございます…」
僕は二階の部屋まで伊東先生を案内した。
(ガチャ)
「ちょっとあまり片付いてないですけど…」
「全然いいよ~。私の部屋だっていつも片付いてないしさ」
「それならいいんですけど。てか時間まであと15分以上ありますよ?」
「うん、わざと早く来たの。早目に来ていろいろお話したいなぁ~って思ってね」
結構馴れ馴れしい人だなぁ。
でも、凄い美人だ…。
身長も僕より高そうだし。(僕は身長163㌢)スーツの着こなしがとてもお洒落。
「じゃあ自己紹介から。私は伊東麻莉、あかつき大学の三年生。
これから一週間に二回かな?お邪魔させてもらうね!」
「ぼ、僕は杏野香(あんのかおり)です。
白鳥高校の二年生です。よろしくお願いします」
「香クンか…なんだか女の子みたいな名前ね~」
うぅ…嫌なところを突いてくる。昔よく人にからかわれたな…。
「…たまに言われます」
「高校の友達からはなんて呼ばれてるの?」
「いや…特に…杏野とか…」
「ふ~ん…。私は香クンって呼ぶけどいいかな?」
「ええ。大丈夫です」
「香クンって顔可愛いね。モテるでしょう?」
「いえ、男子校だし。モテないですよ」
「うぅん、男の子に」
一体、何を言い出すんだこの人は。
「え?いや、無いですよそんなの、気持ち悪い。
それにあまりクラスメートとも仲良くないし…」
「ゴメンゴメン、冗談冗談…。でも、友達は大切にしたほうがいいと思うよ~?」
「あんまり…そういうの得意じゃないし」
「香クン可愛い顔してるから相手にフレンドリーに接すればさ、
みんな香クンのこと好きになってくれると思うよ」
もう! 変なことばっか言う人だなぁ。
「伊東先生。そろそろ時間ですし、始めませんか?」
「あれ、もうこんな時間なんだ。じゃあ始めましょっか。
えぇと、このテキストの15ページの~~~」
この後約二時間みっちり伊東先生の教えを受けた。
先生の指導はとても丁寧でわかりやすく、今までにないくらい勉強がはかどった。
家庭教師って…結構いいかも。
「あ、もう五時になるね。今日はこの辺までにしておこうか」
「はい。お疲れ様です。」
「それにしても香クンってスジがいいね~。教えがいあるよ」
「ありがとうございます。僕も今日は勉強が楽しかったです。」
「いえいえ、こちらこそアリガト~。それじゃあ次に来るのは明後日の金曜日だね」
「そうですね。これからもよろしくお願いします(ペコリ)」
「うふふ、礼儀正しいしホントに可愛いね香クンは♪」
「……」
家の前まで伊東先生を見送ると、先生は大きく手を振りながら帰って行った。
「香クンまたね~~!」
「は、はい。さようならぁ」
この日から、僕は伊東先生が来る日を待ち侘びるようになった。
なんの感動もない乾いた学校での毎日に比べて、先生と共に過ごす
二時間はとても刺激的だった。
女の人に馴れていなかった僕は、たった一日教えを受けただけなのに
美人で優しい伊東先生に惹かれてしまっていた。
六月も終わって夏に突入。僕は今日も学校から帰って伊東先生と勉強だ。
「ここの問題間違ってるよ、ホラ」
「あ、すみません…」
「ここも違う」
「ごめんなさい…」
どうも今日は調子が悪くて、勉強が頭に入ってこない…。
たまにこういう日もある。
「う~ん。今日は香クン、気が乗らないみたいね」
「すみません…」
「いいのいいの、そういう日もあるわよ。
じゃあまだ少し時間余ってるけど気分転換でもしよっか?」
え、何を言い出すんだ一体。
いつも勉強には厳しい伊藤先生にも珍しいことがあるものだ。
「実は私、今日香クンにお洋服をプレゼントしようと思ってさ。
家からお洋服を沢山持ってきてたのよ」
「え、服ですか??でも…」
「いいのいいの。香クンってあんまり服に気を使ってなさそうだから、
ずっと勿体ないなぁ~って思ってたの」
だから今日やたら先生の荷物が多かったのか…
「え、えぇ…まぁファッションに興味はあまりないです。
でも友達少ないから休日に外を出歩くこともないし、必要ないですよ。
お母さんが買ってくる服で十分間に合ってますし…」
「ダメダメ。大学入ったら制服なんてないんだよ?
それに香クンってお洒落したらもっとよくなると思う。
大人になったら外見はすごく大事なの。今のうちにお洒落に慣れとかなきゃ」
「わ、わかりましたよ。でも先生は僕が着れるような服を持ってるんですか?」
「男の子でも着れそうな服を持ってきたから大丈夫♪」
「それって、女物ってことですよね…?」
「最近は男の子がレディース着るの流行ってるのよ?所謂ユニセックスってヤツね」
「そ、そうなんですか…」
あんまりファッションの流行りとかはわからない…。
まぁ、先生が言うならそうなんだろうか?
「香クンは変に男の子っぽい服より少し可愛い感じが合うと思う!私が保証する」
中学時代、髪が長かった時期だけ女子に”可愛い”と言われていた記憶が蘇る。
「ならお任せしますけど、変なヤツは嫌ですよ」
「まっかせなさい♪ じゃあちょっと待っててね」
先生が紙袋の中から洋服を取り出し始める。
「ジャーン!!どうかな?」
そこに現れたのは確かにユニセックス(?)な感じの洋服たちだった。
でもどちらかというと、女の子っぽい服が多いような気がするけど…。
今ってこういうのが流行ってるのかな…。
確かにテレビとかでこういう服を着た男の子を見たような気も…する…。
「結構多いでしょ?一週間着回せるくらい持って来たからね。
私の家って三姉妹だからさ、着なくなった服が多くて困ってたの~」
「こんなに頂けるなんて…ありがとうございます。でも僕に似合いますかね?」
「早速着てみなよ~。じゃあコレと、…コレを着て♪」
差し出されたのは結構ピッチリした白いTシャツ(胸元にで文字が書いてある)
と、デニム生地のハーフパンツ。今の季節にはちょうど良さそう。
「わ、わかりました。じゃあちょっと先生、部屋の外に出て…」
「え~、大丈夫よ。いつも私のお父さんで見馴れてるし」
そういう問題じゃ…。
まぁいいや、めんどくさい。
(ヌギヌギ)
僕は学生服を脱いでブリーフ一枚という姿になった。
「へー、香クンってブリーフ派なんだぁ。可愛~い。
わぁっ、毛も全然生えてないんだね~」
もう、うるさいなぁ。
さらに先生は言う
「体凄く細~い!羨ましいなぁ。体重何㌔なの~?」
「43㌔ですけど…」
「スレンダーねぇ~。女の子が嫉妬するレベルだよ?」
「…先生、そろそろ着てみても良いですか?」
「あ、ゴメンね。どーぉぞっ」
(シュルシュルシュッ)
このTシャツいつも着てるTシャツより首元が広めだな…。
生地もなんかツヤツヤしてるし、柔らかくて着心地がいいや。
うわ!このデニム生地のハーフパンツ穿いてみると短いなぁ…。
太腿が半分近く出ちゃったよ。
小学生の時に穿いてた短パンみたいだ…変じゃないのかなぁ?
「せ、先生…どうですか?」
先生が嘗め回すように僕の体を見回している。
「…イイ!。凄くイイ! 超似合ってるよ香クン。可愛い!」
「そうですか? ちょっと鏡出しますね…」
部屋のタンスを開けて姿見の鏡を部屋にだし、自らの姿を映してみた。
「うわぁぁ……」
とても自分とは思えないような格好をしている人物がそこにはいた。
いつも着ている母親の買ってくる服と違って、何と言うか…可愛い!
これが流行のユニセックスファッションって奴なのか。
確かに小柄で華奢な自分に合ってる気はするけど……。
ちょっと女の子寄りな気がする…?
「ほらほら、自分に見とれてないで次の服も着てみてよ。
こっちの服は私すっごくお気に入りだったんだぁ~」
「あっ!でも先生、時間が…」
ふと時計に目をやると、既に5時半を過ぎていた。
「いけない、6時から予定があるんだった!香クンごめん。
他の服はあとで自分で着てみてね? 似合うと思うからさ」
「え、ハイ。いろいろとありがとうございました」
「うぅん、いいの。香クンは可愛いから特別だよ(笑)
じゃあまた来週ね。香クンバイバ~イ」
「はい、さようならぁ…」
いつもの様に家の外まで出て先生を見送ったが、ふと自分の格好が
何故かたまらなく気恥ずかしくなり、すぐ家に戻った。
「……」
部屋に戻ってしばらく鏡の中の自分とにらめっこ。
「さすが先生…僕の似合う服がわかってるんだ」
「僕にはこういう服が合うんだなぁ…」
「他の服も着てみようかな…」
先生に頂いた服を見回してみる。
トップスは5着。
- 薄い黄色のポロシャツ
- 赤と紺を基調とした半袖のチェックシャツ
- 淡いピンクのノースリーブシャツ(一番女の子っぽいデザインかも)
- 水色のキャラクター絵柄つきのTシャツ
- 今着ている白のぴっちりしたTシャツ
ズボンは3本。
- 濃紺の細いジーンズ(所謂スキニーってコレかなぁ)
- 白のハーフパンツ(今穿いてるのより長め)
- 今穿いているデニムのハーフ(短?)パンツ
なんと靴も2足入っていた。
こんなにもらってしまっていいのだろうか。
靴まで……サイズが合っててよかった…(僕の足は24㌢)
僕はすっかりこの服たちを気に入ってしまった。
そして時計をみるともう6時半。
そろそろお母さんが帰ってくる。
このもらった洋服のことなんて説明しようか…。
(ガチャ!)
「ただいまぁ」
僕は階段を降りてお母さんの元へ向かう。
「お帰り、母さん」
「あら香、見たことない服を着てるのね。随分可愛い服じゃない」
「家庭教師の伊東先生がいらなくなった兄弟の服を譲ってくれたんだ」
僕はここで嘘をついた。
なんとなくこの洋服を先生本人やその姉妹から貰ったと言うのは
どこか恥ずかしく思えたからだ。
「女の子っぽいデザインね。私の好みじゃないわぁ」
「今はこういうのユニセックスなのが流行ってるんだって!
母さんは古い人間だから分からないんだよ~」
「ユニシックス?ふ~ん、そういうもんなのかねぇ…。
私はなかなか会う機会が無いけど、ちゃんとお礼を言っておきなさいよ」
「うん。わかってるよ」
その日の晩、母と夕食を食べて課題を終わらせた僕は部屋で貰った洋服をひとり眺めていた。
「いっぱい洋服を貰っちゃったなぁ…」
「今日の僕、いつもと違う人に見えちゃった」
「この服を着て外出してみたいな…。」
「知ってる人がお洒落になった僕を見たら、ビックリするだろうな…」
もう、今まで着ていたダサい服を纏う気にはならなかった。
翌日の土曜日、僕は早速伊東先生に貰った洋服を着て街へ出る計画を立てた。
まだ少し恥ずかしい気もするけれど、恥ずかしさ以上にの、
"この服を着て外出したい"という好奇心が勝ったと言える。
今までの僕は休日は家でのんびりするばかりで、あまり外に出ることはなかった。
そんな僕が自分から外出するだなんて…これも洋服の魔力なのかなぁ。
お洒落な洋服を着ていると、自分に自信が生まれてくるから不思議…
「よし、この格好で行こうかな」
上はノースリーブのピンクのTシャツの上に半袖チェックシャツを羽織り、
下はデニムの短パン、靴はコンバースのハイカットをチョイス。
そして玄関の鏡で自分の姿を最終確認。
「う~ん…?」
チェックシャツは細身なんだけど意外に丈が長い作りになっていて、
裾もヒラヒラして広がっているため短パンが完全に隠れてしまう。
「これじゃあ下に何も穿いてないみたいだ…」
慌てて二階の部屋に戻って、スキニージーンズに穿き代える。
これなら大丈夫そう。
…けどファッションって難しいな。
今度伊東先生にいろいろ教えてもらお…
「じゃあ母さん、行ってくる」
「いってらっしゃい。気をつけるのよ~」
(ガチャ!)
僕は母に夕方までには帰ると告げ、午後1時に家をでた。
フワフワした気分で家の前の道を歩く。
いつもの外出とはちょっと違う、どこか華やいだ気分。
擦れ違う人の目線もどこか嬉しい。
今までは自分の外見に自信など無かったし、興味もなかった。
それを伊東先生が180°変えてくれた。我ながらちょっと可笑しい気もする。
因みに今日の予定
1最寄り駅の早川駅へ
2電車に乗ってちょっと都会の橘駅へ
3橘駅の周りで買い物
4帰宅
こんな感じかな。
誰にも知り合いに会うことはなく(元々知り合いは少ないけれど)早川駅に到着。
相変わらず何もない駅だ。駅前商店街も老人向けのお店ばかり…
この辺りに住む中高生たちはみんな橘駅に買い物や遊びに行く。
この駅前の落ち着いた雰囲気は嫌いじゃないんだけどね。
200円の切符を買って改札を通る。
階段を昇ってホームに着くと、既に橘駅方面行きの電車が停まっていた。
(プルルルルー)
あっマズい、これを逃したら15分も待つことになる。
「急げー!」
僕は猛ダッシュして電車に飛び乗る。
「ふー、危なかった…」
ギリギリ乗車に成功。車内の人達が飛び乗り乗車をした僕をジロジロ見ている。
あぁぁ…なんか恥ずかしいなぁ…。
僕があまりの恥ずかしさに俯いていると、ある声が聞こえた。
「アレ?あのコ誰かに似てない?」
「え~、わかんない。あんな可愛いコ知り合いにいたっけ?」
「えぇと…ウーン。思い出せないなぁ」
うわぁぁ…。
よく聞き取れないけど、近くにいる女の子二人組が僕を見て何か喋ってる…。
嫌だなぁ…飛び乗り乗車なんてするものじゃないや…。
「絶対見たことあるんだけどなぁ」
「うーん、言われてみれば…」
まだ何か言ってるよぉ……早く橘駅着いてぇぇぇ。あれ?
僕は彼女たちの正体に気付いてしまった。
彼女たち、中学二年の時に僕のことを可愛い、可愛いと言っていたコ達だ……
一方的にそう言われていただけなので、まともに会話した経験などは全くナイ。
(彼女達はクラスでも目立つグループに属しており、そもそも住む世界が違った)
うぅ…気付かれるとめんどくさそう…。早く着いてよぉぉ!
結局彼女達は橘駅で下車する僕を思い出すことなく、
そのまま電車で過ぎ去っていった。
ふぅ、よかった。それにしても彼女達はどこまで行くんだろう…
結構遠いけど、橘駅よりさらに栄えてる猪狩駅かなぁ?
まぁ…いいか。
「よし、まずは駅前の書店に行ってみるかな」
改札を出た僕は、橘駅西口の大型書店に向かう。
それにしても橘駅周辺は人が多いなぁ。
知ってる人にいつ会ってもおかしくないよ…
お洒落になってるから、さっきみたいに僕だと気付かれないかも知れないケドね!
「こちらよければどうぞ~」
ん?なんだこれ…書店に向かう途中、チラシを渡された。
見てみると、こう書いてある。
”若い女の子に大人気!ショップ”Vellsy”がついに橘駅東口にオープン!”
なんで僕にこんなチラシを…お母さんや姉妹に渡せってこと?
生憎ウチの母さんはオバサンだし、姉妹もいませんよーだ!
残念でした~~。
そんなこんなで第一の目的地、書店に到着。
欲しいのはファッション雑誌。今まで興味を持たなかったジャンルだけど、
今の僕はこれがどうしても読みたい。
「えーとファッションコーナー、ファッションコーナーはと…
ここかな?…どれどれ…」
とりあえず一冊手に取って読んでみた。
タイトルはmen's ナックル?
(パラパラ…)
うわ…なんだこりゃ…
ガイア?黒騎士?ストリート?ついていけないよ…次。
タイトルはmen's egg
さっきのと違いがわからない…。顔黒すぎだし、同じ人間に思えないよ…次。
タイトルはMEN'S NON-NO
ん…これはイイ感じかも…うん、ちょっと気に入った。でも…。
その後もいろいろと読んでみたけど、ピンとくるものは少なかった。
残念ながら購入には至らず。
「そういえば、今僕が着てる服って一応レディースなんだよね…
先生は男の子がレディース着るの流行ってるって言ってたし、
女の子のファッション雑誌も読んでみようかなぁ」
探すと、女性ファッション誌コーナーはすぐ横にあった。
早速non-noという雑誌を手に取り、読んでみる。
「うわあ、可愛い…」
そこに載っていたのはとっても可愛い女の子モデルの写真。
「お洒落だなぁ、着てみたいなぁ」
いかにも”女の子”って服も多いけれど、
僕が着ていてもおかしくない様な服も一杯あった。
さらに多くの女性ファッション誌を読みあさってみた。
どう考えても、女性ファッション誌のほうが
自分の”着たい”と思える服が多い気がする。
「う~ん…これもユニセックスなんだろうか…」
「明らかに僕の着たい洋服って女の子寄りだよなぁ…」
「変じゃないですか?って伊東先生に聞いてみよう」
何も買わずに書店を出たケド、。いろいろ勉強にはなった。
次は橘駅に戻って駅ビルへ向かう。
5階建ての決して大きくない駅ビルだが、
いろんなお店が入っているので若者に人気がある。
(ブルッ)
「あぁっ」
ビルに入った所で、尿意を催してしまった。
トイレは確か1階の奥にあったかな?うートイレ、トイレ。
僕は小走りで男子トイレへと入る。すると…
「わあっ!」
なんと、入ってすぐの所で30代くらいの男性が僕を見て大きな声をあげた。
「わぁっ、なんですかぁ。びっくりした…」
「え、あ、す、すみませーん」
何故か謝りながら走っていってしまった。
なんなんだろ。失礼なヒトだ…
その後、トイレの中でもいろんな人にジロジロと見られた。
小学生の男の子なんて、僕を見て持っていた携帯ゲーム機を地面に落としてるし…
壊したらママに怒られるよ?
何か自分の顔に付いてるのかと思ってトイレの鏡で顔を見たけど、
いつもの僕と全く変わらない顔。
おかしな話もあるもんだ……。
トイレから出てエレベーターで4階のファッションフロアへ向かう。
4階はメンズ中心のフロアで、高校の連中は大体ここで服を購入しているらしい…。
あまり会いたくないから注意して行動しよう。
「うぅ~ん…」
何軒か回ってみたが、めぼしい服はない。
つまらないというか、着ても楽しくなさそうな洋服ばかり。
なんでメンズ服ってこんなのばかりなんだろう……
「先生に貰った洋服のほうがずっといいや…」
「そうだ、ちょっと恥ずかしいけど、3階を見てみようかな……」
3階はガールズフロア。ティーンの女の子をターゲットにしたフロアである。
僕は階段を降りて、ガールズフロアに初めて足を踏み入れた。
「うわぁ……ぁぁ…」
まさに別世界だった。
どのお店も、色とりどりの可愛い洋服ばかり。
少女たちは目を輝かせながら洋服を選び、カゴに洋服を詰め込んでいる。
「いらっっしゃいませぇぇ~♪」
「キャー、これ超可愛い~♪」
フロアはティーンの少女たちで溢れ、店員たちの活気も
上のメンズフロアとは比較にならない…スゴイ!
「可愛い洋服だなぁ…でも、ちょっと僕には可愛すぎるよ」
「こんなの着たら、僕、変態になっちゃう…」
「あ~ぁぁ…でも…いいなこの服…ぁぁ…」
”男の子なのにガールズフロアにいる”という羞恥心と、
”可愛くてお洒落な洋服が着てみたい”という好奇心が、
僕の中で激しくせめぎあっていた。
「…とりあえず、僕が着てもおかしくない洋服を探そう…」
「駄目だよね、さすがに…いないよ。こんな場所で服を買う男の子なんて…」
「…伊東先生に……聞いてみよう…」
「いらっしゃいませお客様! こちらのピンクのワンピースが今大人気なんですよ~♪」
(!!!)
「えっ、あ、大丈夫です。すみませんでしたぁ!」
あまりのことに驚いた僕は、走ってその場を後にした。
「ハァ、ハァ、あの店員さん、絶対に、何故ここに男がいるんだと思って、
ハァ、ハァ、声を掛けて来たんだ…絶対そうだ。ハァ、ハァ、
そりゃそうだよ、男があんな所にいちゃあ…ハァ…」
何やってやってるんだよ…僕…。
その時、たったの2日間でここまで変わってしまった自分が、初めて怖く思えた。
僕は2階へ降り、カフェに入った。
「ふぅ、おかしいよ僕。あんな所で服を買おうとするなんてさ」
「先生にも笑われるっつーの!」
ミルクティーを飲んで少し落ち着きを取り戻した僕。
もう大丈夫だ。さっきはどうかしてた。
「さぁ、今日はもう帰ろう…」
帰りの電車内。
外の景色を眺めていると、どうやら雨が降って来ているようだ。
電車は早川駅に到着したが、雨の勢いはさっきより増している。
「参ったなぁ…。傘なんて用意してないよ。
どうしよう。先生がくれた洋服は濡らしたくないんだけどな…」
駅の出口の下で、しばらく途方に暮れていたその時だった。
(ポンポン)
誰かに僕は肩を叩かれた。振り返って視線を向けると…
男性! てか大学生くらいかな…?
「君、傘がないと大変だろ? コレやるからさ、良かったら使いなよ」
う~ん…どこかで見たことがあるような…
「いや、あの…」
「いいから」
「でもぉ…」
(ギュツ)
「ハイ、しっかり持って」
無理矢理傘を握らされちゃった。
「え、あ、じゃあ、ありがとごござます」
まさかの事態に、思わず噛んで…
「プッ(笑)」
相手を笑わせてしまった…。恥ずかし過ぎる……。
「女の子なら天気予報くらい見とくもんだぜ?じゃあな」
「へ…女の…」
彼は、雨の中を僕の家とは反対方面に走って行った。
「………」
(ザーザーザーザー)
(ガチャ)
「ただいまぁ~」
「おかえり香。あなた傘もって行かなかったでしょ…ってあれ? その傘は?」
「いや、あの。友達に偶然会ってね、借りたんだ」
僕はまた嘘をついた。
知らない男性に借りたなんて、母親に言うにはカッコ悪いから…
「あらそうなの。お礼は絶対言っておきなさいよ」
「うん、わかってる」
お礼ねぇ。したくても出来ない事情が…ってアレ、この傘名前が書いてある。
名前は…”春日隆治” ってこの人、ウチの高校の生徒会長じゃん!。
「どうしたの香、顔が赤いわよ?」
「えっ!ウソぉ」
「…」
…あぁぁ…どーしよう…。
あの忘れられない外出の日から2日経った月曜日の朝
登校中の僕は、歩きながら一人物思いに耽っていた。
あれから、寝ても覚めてもあのことばかり考えている…。
「春日先輩に傘のお礼を言いたい…」
だが、最大の問題がある。
「あの人、僕のことを女の子だと勘違いしちゃってるんだよなぁぁ…」
どうしたものだろうか。
先輩の住所など知らない僕が、先輩に会える場所といったら高校以外に
ない。
だけど高校で会うということは、僕が制服のブレザー姿で会うということ。
女の子だと思って傘を貸したというのに、
その女の子の正体が男だったなんてことを先輩が知ったら……
その時、先輩がどんな反応をするかは想像に難くない。
先輩の顔を潰すことになるし、恥をかかせることになる。
小心者の僕が正直に、
「あの日は傘ありがとうございました。でも実は僕、白鳥の男子生徒なんです」
なんて言えるわけがナイ。
勿論、このままお礼も言わず、傘も返さないという選択肢もある。
先輩だって、まさかあの時の女の子(男だけど)が
傘を返しに来るなんて思ってもいないだろうし。
だけど、僕は知ってしまったんだ。
勘違いだとはいえ、雨の中困っていた僕に優しく傘を貸してくれた先輩のことを。
知ったからにはこのままお礼を言わずに終わるなんて、僕にはできない。
「早いうちになんとかしないといけないなぁ…」
そんな事を考えていると、いつの間にか高校の前に到着していた。
正直言って、高校は嫌いじゃない。
でも友達がいないため、日々が単調で刺激に欠けるのも純然たる事実。
二日前に味わったような高揚感を求めるのは酷なのかな?
どうせ、今日も何もないフツーの一日になるんだろうな…
しかし、校門を通った僕の目に思わぬ光景が飛び込んできた。
「みなさんオハヨウゴザイマース」
「おはようございまーす」
せ、生徒会だ! そういえば今週から”元気にあいさつ週間”とやらで、
生徒会メンバーが校舎前に陣取り、登校する生徒一人一人にあいさつをするんだった。
中には当然先輩の姿も……確認。
180㌢はありそうな長身、スポーツマンらしい逞しい躯、
熱い正義感を感じさせる精悍な顔。
紛れも無く春日先輩、その人だ。
カッコイイ人だよなぁ…何から何まで僕とは正反対だよ…。
……と、そんなこと考えてる場合じゃない!
あの時と服装が違うとはいえ、このままでは気付かれてもおかしくない。
こんな場所で気付かれたらいろいろと最悪だ!
そうだ!
(ガサガサ)
「おはよーう」
「おはよーう」
「そこの俯いてる君もおはよう!」
「ぉ、おはよぅござぃます…」
「…はあぁぁぁぁ…」
あ、危なかったぁ…。
多分大丈夫だったハズ。
僕は校門から校舎下まで歩く間に、普段あまり使わない眼鏡を鞄から出して装着。
そして、いつも前に垂らすだけの前髪を気持ち左に流すことで、即興イメチェンに成功!
あぁぁあぁ、緊張したけど良かったー…。
僕は下駄箱でローファーを上履きに履き変えながら、作戦の成功を噛み締めた(笑)
いきなりのアクシデントがあった一日だったが、
その後は普段と何も変わらぬ時間が過ぎていき、下校時間が訪れた。
帰りの挨拶が終わると、僕は足早に教室を退出し、下駄箱へ向かった。
今週の僕は教室の掃除当番だったハズだけど、どうでもいいや…。
「ワーワーワー」
何やら校庭のほうから大きな声が聞こえた。
どうやら3年生の体育のサッカーみたい。6限に体育があるなんて大変そう…
(ちなみに月曜日の2年生は全クラス授業は5限まで)
何気なく体育の授業を眺めていると、ある男の存在が目についた。
「あのヒトって…」
そう、春日隆治先輩だった。
サッカーをしている30人近い3年生のなかで先輩の存在感は突出していた。
体格のよさ、サッカーの上手さ。そして周りからの人望の厚さ。
味方チーム全体に指示を出し、またチームメイトたちが先輩の下で
イキイキとプレイしているのが印象的だった。
さすが生徒会長に選ばれるだけある。
「カッコイイ…」
僕はしばらくのあいだ彼から目を離すことができなかった…。
15分ほど3年生のサッカーを観た後
僕はやっと学校を後にした。
家までの道を急ぐ。
最近、そういえば寄り道をする回数がめっきり減った。
家に着いた僕は手洗いも早々に2階の部屋へ直行。
部屋に入ると速攻で制服を脱ぎ捨て、
黄色のポロシャツとデニムのショートパンツに穿き変える。
このポロシャツは襟が丸っこいデザインになっていて、
とても可愛らしいので今の僕好みだ。
ボタンの位置がいつも着てる服と左右反対なのが面倒だけど…
着替えを終えるとベッドの上に寝転がる。
そうしていると、やはりどうしても先輩のことを考えてしまう。
春日先輩ってどう考えてもモテそうだなぁ…。
名門男子高の生徒会長を他校の女子たちが放っておくわけがないし…。
あ!そういえば今年初めごろに
「ウチの新しい生徒会長は橘女子高校の美人生徒会長と付き合っている」
という噂が校内で広まっていたのを思い出した。
まだそのヒトと付き合ってるんだろうか?
もう別れたのだろうか??
でもそんな女の子にモテそうな人が、僕のことを女の子だと勘違いしちゃうなんて……
僕はふと思い立って、部屋にある鏡で自分の顔を映してみた。
「…そんなに僕って女の子っぽい顔をしてるのかなぁ?」
今まで自分の顔を客観的に眺めたことなどなかったし、しようとも思わなかった。
そんな僕を変えたのは、家庭教師の伊東先生に他ならない。
(ジー)
じっと鏡に映る顔を覗き込んでみる。
まず目に映ったのは、母親譲りの二重でぱっちりとしたその目だ。
よく親戚や知り合いに「親子で目がそっくりだね」と言われる。
今まで意識しなかったけど、睫毛も他の男子生徒達よりも長いかも。
よく見ると睫毛が長すぎてクルっと上向きにカールしちゃってるし。
鼻と口は、死んだ父親譲りかなぁ?
昔に写真でみた若かりし頃の父さんは、
僕から見てもスッキリした顔立ちの美青年だった記憶がある…。
そういえば、僕って髭がまだ生えてきていないなー
高校生だから??
でも、高校で隣の席の阿畑は不精髭がすごかったな。
いつかそのうち僕にも生えてくるんだろうか?
正直、ちょっと嫌かも…。
最後に髪型。2ヶ月前、母さんに切ってもらってから伸びっぱなしだ。
1番長かった中学時代の長さを越えているかもしれない。
名門男子校の割に校則の緩いウチじゃなかったら、
無理矢理切らされているかもしれない長さだ。
自分の髪に触れてみると、サラサラしていてキモチいい。
シャンプーやリンスを扱う会社に勤める母さんに、小さい頃から口を酸っぱくして
”正しい髪の洗いかた”を教えられて実践してきた成果だろう。
「……」
やっぱり僕の顔はどちらかと言えば女の子風なのかもしれない。
今まで考えた事すらなかったな、そんなこと。
なんだか心がドキドキする。
自分の気持ちがよくわからない…。
先生に会えばこのモヤモヤは解決してくれるかな?
そして夜になった。
「母さん、おやすみ~」
「おやすみ香。夜更かししちゃダメよ!」
僕は母親へのおやすみの挨拶を終えると、自分のベッドのなかにもぐりこんだ。
…ここ最近、ベッドのなかで考え込む回数が増えている。
「やっと明日…早く会いたいよ…先生…」
明日は火曜日。
伊東先生が家にくる日の週に2日の内の1日だ。
「…先生に相談したいことが…、沢山ある…んだ…」
「…むにゅむにゅ…ぉやすみ先生ぇ…」
多少の不安と、大きな期待を胸に僕は眠りについた……。
「香、ワイシャツがズボンから少し出ているわよ」
「あっ、いけない」
慌ててシャツをズボンの中にしまう。
「今日も3時から伊東先生がいらっしゃるからよろしくね」
「うん、わかってる。母さんも仕事がんばってね」
「ありがとう香。それと今日帰りが遅くなるから、晩ご飯は1人で何とかしてね
」
「うん、大丈夫。それじゃいってきます」
「いってらっしゃい香」
母さんは仕事帰りに、大学時代の友人数人と会って食事をするらしい。
父親のいない杏野家を1人で切り盛りする母さん。
たまには、おもいっきり楽しんできてほしいな。
待ちに待った火曜日の朝。
僕は母さんよりひと足はやく家を出発した。
(てくてくてく…)
家から学校までの3分の1ほどの距離をあるいていた時、
突然ある思いが僕を襲った。
「別に今日くらい…学校サボってもいいかな…」
こういう発想に至った理由を聞かれてもうまい説明は難しい。
単なる気まぐれの一種に過ぎないからだ。
あえていうなら、
「せっかく先生に会えるとワクワクしているのに、
学校へ行って気持ちを萎えさせたくない。
今日の朝も春日先輩にバレずに検問(?)を突破できる保証はない」
…だから、学校を休みたい。
こんな理由でも、今の僕にとっては十分だった。
生まれて初めてのおサボり。
僕を学校に行かせるため、必死にがんばって働いている母さんのことを
考えると心苦しいケド、今の僕がこの衝動に抗う術はないんだ…。
現在時刻は8時15分過ぎ。
家の前まで引き返してきた僕は、ドアノブを回してみた。
(ガチッガチッ)
開かない。
どうやら母さんもあれからすぐに仕事に出掛けたみたい。
僕は安心してドアの鍵を開け、家の中に入った。
「ただぃまぁ…」
…無人の家。
この時間に家の中にいるなんて、本来なら有り得ないこと。
なんか凄くいけないことをしている気がするな…。
階段を上がって自分の部屋に入る僕。
さっき着たばかりの制服を床に脱ぎ捨て、
早速水色のTシャツと白のハーフパンツに着替える。
そして鏡で自分の姿を確認。
「うん! 可愛い! 」
可愛いか、可愛くないか。
今ではそれが僕のお洒落の基準だ。
「……」
しかし、学校をサボったはいいものの、いざ帰って来てみると何もすることがない。
「なんでサボったんだろ…」
…今更になって浅慮な自分を反省。
あまりに暇なので鏡を引っ張り出し、いろいろなポーズをとってみる。
野球のバッターのポーズ。
ガッツポーズ。
自分の筋肉をアピールするポーズ。
ボクシングのポーズ。
……止めた。
あまり面白くない。
次は少し意匠を変えてみる。
ちょっと内股にして可愛くピースサイン。
鏡の前で女の子座り。
シスターが神様にお祈りするポーズ。
さらに、女性ファッション誌で見たような可愛さをアピールするようなポーズをしてみる。
………可愛い!
鏡の前に現れたのは、自分とは思えない可愛い可愛い美少女。
可愛くポーズをとるだけで、目の前の世界が一変する。
もしかして僕って、モデルの才能あるのかな…?
スカートを穿いたら、もっと可愛くなれるのかな…?
もっと可愛く洋服が着たいよぉっ…
「あ…」
股間のモノが膨脹してきた。
「ヤバイ…したいかも…」
今までやり方だけは知っていたが、したくなったのは今回が初めてだ。
僕はズボンとパンツを膝まで下げ、勃起したモノをしごき始めた。
鏡に映るのは、自らのとても可愛く、恥ずかしい姿。
顔はあまりの快感に紅潮し、笑みとも嘆きともつかぬ表情を見せていた。
右手の動きは加速する。
そして……
「やっ、い、いやぁぁぁ……!」
(ドゥピュッ)
これが、僕の精通だった。
「はぁ…はぁ…。や、やっちゃった…」
「……」
飛び散った精液を処理し終わると、僕は深い虚無感と自らへの嫌悪感に包まれた。
何故あんなことを…
自分でしちゃうなんて…
あんなポーズをしてたのもワケわかんない…
僕は変態ナルシストなのぉ…??
だが、そんなことを考えているうちに、僕はいつの間にか深い眠りについてしまった…。
その眠りが覚めた時、時計の針は午後1時30分を指していた。
あれから5時間近くも寝てしまうなんて…。
疲れが溜まっていたのかなぁ?
「汗かいちゃった。シャワー浴びてこよ…」
僕は1階へ降り、浴室でシャワーを浴びる。
(サーサーサー)
シャワーの気持ち良さは格別だ。
体だけじゃなく、心の迷いすら洗い流してくれる気がする…。
そして浴室から出るとさっきまで着ていた洋服に着替え、
台所に行ってご飯をよそる。
ちょうどお茶碗一杯分だけ残っていてラッキーだった。
ふりかけをかけたご飯をほおばりながら、何気なくリビングのテレビをつけてみる。
すると、最近流行っているらしい”オネェ系”なる人物たちが映っていた。
何故か気分が悪くなり、僕はチャンネルを変える。
気分が悪くなった原因は、自分でもよくわからない。
昼食を終えて2階の部屋へ戻ると、時刻はもう2時を過ぎている。
「あと、もう少しで先生がくる…
…とりあえず今日の予習でもしておこう…」
こうして予習を始めたものの、胸が高鳴ってイマイチはかどらない。
「ダメだ…集中しろ、集中を!」
「2回もこんな状態が続いたら先生に嫌われちゃう…」
心の中で葛藤していると、いつの間にか時刻は3時近く。
そしてついに……
(ピンポーン!)
「来たっ」
僕は急いで1階の玄関へ向かった。
(ガチャッ!)
ドアを開けると、そこにはやはり伊東先生の姿があった。
ただいつもと違い、今日の先生はスーツではなく私服姿。
内心ちょっとドキドキしてしまった。
「こ、こんにちは先生」
「こんにちは香君。お邪魔するわね」
先生を先導して2階の部屋へ向かう。
部屋に着いて机の前の椅子に腰掛けるまでのあいだ僕は、
緊張とあまりの興奮(?)で一言も言葉を発することができなかった。
僕ら2人はいつものように机の前の椅子に向かい合って座る。
が、僕は相変わらず何も言葉を発することができずに俯くばかり。
しかし、俯きながらも僕の視線はずっと先生のファッションに向けられていた。
今日の先生のファッションはと言うと、
上は首元や裾などがレースで縁取られた薄紫のTシャツ。
袖の膨らみと、胸元の小さなリボンがとても可愛い。
下は白のプリーツスカート。
長さは短すぎず長すぎずで、お嬢様っぽく感じる。
さらに、肌色のストッキングに包まれた足も魅力的だ。
今日の先生の格好は、所謂”可愛い系”なもの。
なんとなく今まで”綺麗系”なファッションの先生をイメージしていただけに、
すこしだけ意外に感じた。
「どうしたの香君? さっきから私の服ばかりジロジロ見て…
そんなに私の私服姿が珍しいのぉ~?」
ギクッ。
目線がバレてたのかな…?
「い、いや、あの…。か、可愛い洋服だなぁ、と思って」
「でしょ~♪ 私も気に入ってるのよこの服」
「とても似合ってます。…素晴らしいです」
実際に素晴らしく可愛かった。
僕がもし女の子ならば、こういう服が着てみたいな…と思うくらい。
「…もしかして香君…私の服を着てみたいの?」
うわっ、なんで僕の心理を見透かすようなことをこの人は…
「えぇ、ま、まさか…そんなこと…」
「ふふ、顔真っ赤にしちゃって。で、どうする? 着てみる?」
午前中に”した”ことで落ち着いていたハズの欲求が、再び顔をもたげ始めていた。
「えっ、いや…あの…ベ、別にいいで…」
先生は僕の言葉を遮るように言う。
「私は別にいいのよ? 香君にこの洋服を着せても…。
私は前にプレゼントした洋服を借りて着れば良いわけだし」
「あ…あ…でも…」
「可愛い洋服が着たくなるのは可愛いコなら当然の欲求よ? 香君にはその資格があるわ」
「………」
絶句するほか無い。
僕は顔を赤くするばかりで、なにも返答できなかった…。
「ふふふ♪ 冗談よ香くん、顔真っ赤にしちゃってホント可愛いわね~」
「か、からかうなんて酷いです!」
「ごめーん、怒らないで~。よし、じゃあ勉強始めよっか」
「…ふー…」
そんなこんなでやっと勉強開始。
先生ったら、ホントに性格悪いなぁ。
…でも、先生の服…ちょっと着てみたかったなぁ。
僕は、先生の可愛い洋服を着れなかったことを、少し残念に思った。
(カリカリカリ)
「凄ーい。ここの問題よく解けたわね」
「はい…なんとか…」
現在時刻は午後4時半。
始まってみると今日の僕は調子がよく、勉強もスラスラはかどった。
勿論先生の懇切丁寧な指導あっての話だけど。
「やっぱり香君って頭いいよ。いい国立大学を十分に狙えるレベル」
母さんに学費で迷惑をかけたくない僕にとっては、
国立大学への入学は大きな目標の一つだ。
「まだ時間は残ってるけど、予定の範囲は全て終わっちゃったね~
早いけど、もうこの辺までにしておく? それとも、もう少し続けてみる?」
先生と勉強する時間はとても貴重だ。
前までの僕ならば、きっと勉強を続けただろう。
でも、今の僕には………
「…あのぅ、先生…」
「あら、なにかしら?」
「相談があるんですけど、聞いてもらえませんか?」
「私でよかったら、いくらでも聞くけど」
「…実は…」
僕は、
自分が女性の衣服に惹かれつつあること。
そして、自分がもっと可愛くなりたいこと。
そんな自分はおかしくないのか?ということ。
変態なのではないか?ということ。
さらに高校の先輩に自分を女の子だと間違えられたこと。
その先輩にお礼がどうしても言いたいということ。
以上のことを包み隠さず先生に語った。
語り終えると、いつの間にか僕の目は涙で溢れ、
しばらくのあいだ嗚咽が止まらなかった。
先生は、僕が泣き止むまでずっと両腕で抱きしめてくれていた。
…ようやく感情が落ち着いてくると、
先生は僕から腕を離し、向き直りながら口を開き始めた…。
「そうだったの…。あれからいろいろ悩んでいたのね」
「ゴメンね、私がお古の洋服をプレゼントしちゃったばっかりに…」
そう言って先生は頭を下げる。
違う…先生は悪くなんて…。
「あの、先生は悪くないです。僕が変態だから…いけないんです」
「香君…」
「教えて下さい先生。女の子の可愛い服に興味がある僕っておかしいんですか?」
僕は先生に再び問い掛けた。
が、先生は逆に僕に問い返してくる。
「香君、さっき私が言ったこと…覚えてるかな?」
「え?」
「私が”可愛いコが可愛い洋服を着たくなるのは当然”って言ったこと」
「あ、はい…」
「コレね、実は私の持論なの。
女の子は自分が可愛い系の洋服が似合うなら、
可愛いファッションを追求する。
キレイもしくはカッコイイ系の洋服が似合えば、
それにあったファッションを追求できる。
女の子はボーイッシュ、ガーリー、地味から派手系など
様々なお洒落が認められているわ。
つまり女の子においてファッションの自由は保証されているし、
お洒落は大いに推奨されているのよ」
先生の語り口は途中で口を挟めないくらい雄弁で、
僕に出来ることと言えば、その内容に聴き入ることのみだった…。
「でも男の子はどうかしら?
男らしさと言うくだらない概念のせいでお洒落の幅が極端に狭まってる。
男の子がすこし可愛らしいお洒落をしただけで
”男が可愛い格好なんて変だ”
さらには
”男にお洒落は必要ない”
なんて言い放つ大人までいる始末…
そこにファッションの自由なんて存在しないわ。
特に香君のように女の子よりも可愛い男の子にはね」
「でも少しずつだけど、時代は動き始めてる。
中性的なファッションを好む男の子は増えてきているし、
これからファッションに性別なんて関係ない時代がやってくるのは確実よ。
それなのに香君が自らの可愛さを押さえ付けてまで男の服を着る必要はないわ。
お洒落の基本は自分の着たい洋服を着ることなの。
香君が可愛いお洒落を求めることは変なんかじゃない。寧ろ自然なことなのよ」
なぁんだ。
変なんかじゃないんだ。
可愛い服を着たいと思うのはおかしくなんてないんだ。
先生の言葉には特別な力があるのかな?僕の中の不安がスッと氷解していくのを
感じる…。
「…わかってくれたかしら?」
「はい。これからは…もう迷ったりなんかしません」
「そして次は先輩のことね。ふふ、香君ったら早速女の子に間違えられちゃったのね~」
「そんな…からかわないでください」
先生は楽しそうに話を続ける。
「何言ってるの、これは香君にとって勲章よ?
いくら雨の日でも、可愛くない女の子に傘をプレゼントする人はいないわ。
香君はその彼に、傘をあげたいくらいの”可憐な美少女”として認識されたのよ」
え…そうなのかな?
春日先輩から見ても僕って”可愛い”女の子だったのかな?
先生が言うんなら、そうなのかな…。
「でも、この件の答えはもう出ているわよね。
香君は傘を返してお礼を言いたいんでしょ?
ならそれが答えだわ。
私もちゃんとお礼を言って傘を返すのがスジだと思うし」
う~ん、でも…。
「でも先生。先輩に会える場所は学校だけだから、そこだと僕は制服姿だし…」
「何言ってるのよ香君。すっかり頭が固くなっちゃってるのね~」
「…え?」
「簡単よ。授業が終わったら私服に着替えて校門前で彼を待ち伏せるのよ。
可愛い私服姿に着替えれば、香君が白鳥高校の男子生徒だなんてバレないわ」
「男子制服姿なんかで会ったら、相手をビックリさせちゃうわよ~
あくまでも、傘のお礼にやってきた礼儀正しい女の子を装うの。
彼は放課後も生徒会活動をしてるんでしょ?
なら家に帰って着替える時間は十分あるしね」
「(…それしかないかな…)」
実は内心、そうするしか手段はないのかな、と考えてはいた。
相手が僕を女の子だと勘違いしている以上、それができたらベストに違いない。
だが、そうやって彼の前に姿を現すということは、
自ら”女の子”となって彼に会いに行くことと同義。
それはやっぱり恥ずかし過ぎるし、抵抗があった。
でも…こうなったらそれで行くしかない!
「わかりました。そうするのが1番ですもんね」
「うん、絶対そうよ!」
先生の後押しで僕の覚悟は決まった。
明日の放課後、絶対に成功させてやる。
…なんか少しドキドキしてきたな。
「あ、もう5時半を過ぎてるね。お母さんはいつも何時頃に帰ってくるの?」
もうそんな時間だったのか…。
先生といると時間が経つのが早いなぁ。
「いつもは6時くらいには帰ってきますが、今日は10時を過ぎると思います」
「なら時間はいっぱいあるわね。もう少し明日のことについてお話しましょ?」
僕と伊東先生はさらにこのあと1時間ほど話し合った。
先生が僕に注意したことは
- 出来るだけ女の子らしく振る舞うこと。
- もし個人情報を聞かれても答えないこと。
この2点。
どちらも僕が男だとバレないための注意点なんだけど、
個人情報なんて聞かれないと思うんだけどなぁ…。
先生は心配性だな。お礼を言って終わりだよ、きっと…。
時間は現在7時。
先生は先程、僕に
「明日は頑張ってね」
と言い残して帰っていった。
今日は先生のおかげで悩みがだいぶ解決した気がする。
(グゥー)
何だかお腹が空いてきた僕は、
歩いて近くのコンビニへ行き、お弁当を買って家に戻った。
だけど、お弁当を食べていても明日のことが気にかかる。
食べ終わってテレビをだらだら観ていても、明日のことを考えてしまう…。
もうシャワーでも浴びて、寝ようかな……
シャワーを浴びた僕は、浴室から出てパジャマに着替える。
自分のパジャマ姿が洗面所の鏡に映る。
このパジャマは母さんが買ってきたものだけど、
可愛いデザインなのでイイ感じだ…。
鏡の中の僕自身も、濡れた髪のおかげでセクシーな雰囲気。
でも髪がちょっと伸びすぎかなぁ…
今度お母さんに切ってもらおうかな?
そして自分の部屋へ。
部屋にはまだ先生の匂いがぷんぷんしていた…
いいなぁ、この匂い。
どう言えばいいんだろう?
とにかく”女の子”な匂い。
何の香水かなぁ?
僕も欲しいなぁ…
僕はベッドに横たわり、部屋に残る先生の香りに身を委ねた。
心地よい甘美な感覚が僕を襲う…。
…すぅ…すぅ…
翌日朝。
「香ー。起きなさ~い」
「うぅーん…」
1階から母さんの声が聞こえてくる。
昨日はいつの間にか寝てしまっていたようだ。
僕はベッドから起き上がると、パジャマを脱ぎ捨て制服に着替えた。
(くんくん)
部屋の匂いを嗅いでみたが、いつもの部屋の匂いに戻っている。
残念…
階段を降りて1階の食卓へ。
「おはよう香」
「おはよう母さん」
母さんに会うのは1日ぶりだ。
昨日は母さんが帰ってくる前に寝てしまったから…
「昨日は楽しかった? かなり久しぶりに会ったんでしょう」
「楽しかったわよ。みんな久しぶりに会ったからね~~」
母さんは楽しそうに昨日の出来事を話し始める。
楽しかったのならよかった…。
「香は学校楽しかったかい?」
ギクッ
「ま、まあね…」
僕はそれ以上学校話が発展しないうちに、
パンをちょうど2枚食べたところで席を立った。
歯磨きや洗面を終え、鞄を手に取っていざ登校。
「じゃあ母さん、行ってくる」
「行ってらっしゃ~い」
午後2時半。
今は担任が教室に入ってきて帰りの連絡をしているところ。
もう少しで学校も終わりだ…。
今日は生徒会による朝のあいさつという難所も乗り越えたし、
昼の購買で先輩に接近してしまうというピンチも結局なんとかなった。
後は帰って着替えて待ち伏せてお礼を言うだけ…。
胸がドキドキする。
「さようなら~」
終わった。
早く家に帰らないと!
今日は3年生も5限で終わりのはずだし、
放課後の生徒会活動は1時間くらいで終わるだろうから
3時半から4時くらいまで校門で待ってれば会えるはず…。
僕はいつものように掃除をサボり、急いで下校した。
家に着いた!
時計は3時前。時間はたっぷりある。
2階へ駆け上がり、部屋に入った僕はクローゼットを開けた。
…アレ?
「なんだこれ…」
そこには、見たことのないピンクの袋が入っていた。
もしかして…先生が…?
僕はピンクの袋を取り出し、中を確認してみた。
……中から出てきたのは、いずれもとんでもないものだった。
- 純白の乙女チックなワンピース。
- 白いブラジャーとショーツのセット。
- カチューシャ
こ、こんなものを昨日持ってきてたのか…
それに、いつの間に入れたんだろう…
さらに袋の中からメモを発見。
こんなことが書いてある。
「明日は絶対これを着ていきなさい!
女の子として行くのだから、下着も忘れずにね♪
可愛い服着て会っておいたほうが、後々得すると思うわよ~」
……とんでもない人だ。
下着まで……。
でも確かに可愛らしい格好で先輩と会っておいたほうが、
この後の学校生活で先輩と遭遇することがあっても、気付かれり可能性は低くなる。
中性的な格好だと、学校で会った時「あ、あの時の!」となるかもしれないが、
いくら顔が同じとはいえ、このヒラヒラしたワンピースを着た女の子と
野暮ったい制服を着た目立たぬ男子生徒が先輩の中で一致することはないだろう。
それに先生が言うことだ。
間違っているはずがない。
あまり時間がないので、僕は制服とブリーフパンツを脱ぎ捨て、
一糸纏わぬ姿になった。
(ドキ…ドキ…)
ショーツを持つ手が震える。
デザインはいたってシンプルなものだが、つるつるした触り心地がいかにも女の子の物。
まさか下着まで女の子になるとは思わなかったケド…しょうがないよね。
意を決して僕はショーツに足を通した。
サイズはピッタリ。
意外と普通に穿けた。
次はブラジャーの番。
よく見ると、かなり小さめのパットが縫い付けてある。
うぅ、恥ずかしいなぁ……。
ショーツも恥ずかしかったけど、
ブリーフの延長線上だと考えればなんとかなった。
でも、ブラジャーは…
普通ならば男がその位置に着けることは絶対にないものだ。
着けたならば変態扱いされるものだ。
だが、着けざるをえない。
これから女の子を演じなければならないんだから…。
僕はブラジャーに腕を通し、背中のホックに腕を伸ばすが、
思うようにホックが留まらない。
「あれ? …よし、できた…」
だが、しばらく格闘すると簡単に留めることが出来た。
ブラジャーとショーツを装着した姿を、鏡に映してみる。
「うわぁ!」
突然今の姿がたまらなく恥ずかしくなり、僕は胸を両手で押さえた。
は、早くワンピースを着ないと…
(ドクンドクンドクン)
動悸が激しさを増す。
今までもレディースの洋服は着ていたが、
下着までレディースになったのは初めてだし、
ワンピースのように、女の子だけが着ることを許された服を着るのは初めてだ。
僕はワンピースを広げ、まじまじと見つめてみる。
可愛いなぁ…
でも、ワンピースってどうやって着るのかな?
前にボタンもないし…まぁいいや!
(シュルシュル)
僕はワンピースを上から被り、ついに、着た。
「か、可愛い…」
思わず言葉が口から漏れた。
鏡に映っているのは紛れも無い美少女である。
先程までの学生服を着た中性的な少年の面影は、ない。
「これが……僕?」
しばらく動くことが出来なかった。
無理も無い。
先週女性ファッション誌を読み、
女の子向けファッションフロアを見てきた自分にとって、
理想の格好をした女の子がそこにはいたのだ。
ずっと着たかったのだ。
こんなワンピースを。
じ、時間がない…。
行かなきゃ!
僕は袋の中のカチューシャを髪に差し込み、部屋を後にした。
1階の玄関に着くと、どの靴を履くかで迷ってしまった。
ワンピースにスニーカーは合わないし、このサンダルもなぁ…
「あっ!」
そこで目に入って来たのが、
昨日母さんが穿いたらしき、お洒落なベージュのパンプスだった。
今まで見たことが無い靴だなぁ。
多分、久々に友人に会うからって新しく購入したんだろうな…
ごめん母さん、借りるね!
僕はそのパンプスを履いてみた。
ピッタリだ!
さすが親子…
(ガチャッ)
今の時間は3時15分…
急がないと!
僕は慣れないヒールに戸惑いながらも学校へ向かった…。
最終更新:2013年04月27日 20:02