受験をして高校に入ったところで、周りにいるのは地元の中学校からの寄せ集めばかりで、同じ出身校でなくても皆何となく顔見知りのような、似たような生温い空気を共有しているものだ。

僕の隣の席の石川紗夕美さんを除いて。

ちょうど進学の時期に遠方から引っ越してきた彼女には、中学からの友達なんか一人もいない。
けれども彼女は誰に話し掛けるでもなく、休み時間は耳と目をイヤホンと本(カバーがしてあってタイトルは分からない)で塞いで、割と快適そうに一人の時間を過ごしている。

別に他人と馴れ合うのを極端に嫌うキツい性格ではないのだと思う。
最初の自己紹介やクラスメイトと交わす事務的な会話では、笑顔で、結構フランクな話し方をしていた。
でもそれは、シチュエーションを理解した上でこちらに合わせている、とても大人っぽい態度のように感じられた。
無駄や隙が無いのに強がりではない自然さ。
そういう寂しさを感じさせない、自分一人で世界が完結しているような石川さんの姿に、僕はたぶん、すごく憧れてしまっている。

そして憧れたまま何の接点も持たずに過ごしていくのだとばかり思っていたのに。
石川さんは、僕にまとわりつく間延びした馴れ合いの空気を、一瞬にして吹き飛ばしてくれたのだ。

「マジで女子じゃねえの!?この顔で!」
「っつーか高校生男子としてこの体型はヤバくないか!?」
「なあ、身体測定何キロだったか教えてやれよ、ハルカちゃん」

サッカー部の練習試合で知り合っていた他校の連中を引き連れて、訳知り顔で僕を"見せびらかす"矢崎は、中学生から何の進歩もない奴だった。
生まれつき色素が薄く、女顔で筋肉がつきにくい貧弱な身体つきのせいで、僕は散々彼らにオカマだとからかわれている。
僕の綾瀬春樹という名前も、同姓の女優と一文字違いということでよくネタにされた。

「おいシカトすんなよカマ野郎」

彼らに何と言えば理解し合えるのか途方にくれる僕は、口を開く気にもなれずに黙っていた。
矢崎たちも本気で僕を苛め抜くつもりではなく、あくまでも"イジり"の範囲で済ませるつもりなので、答えないぐらいで暴力を振るったりはしない。
せいぜい頬をつねられたり、髪をぐしゃぐしゃに掻き回されたりするだけ。

それだってしつこく続けばかなりのストレスになる。


「…あの、もう少しだけ静かにしてもらえないかな。そばで大きい声出されるとびっくりするから」

まさか彼女がここで口を開くとは思わなかったので、僕と奴らこそ、びっくりさせられた。
けれども僕が黙って時間が過ぎるのを待つ間、奴らが僕の席を取り囲んで騒ぐものだから、隣の石川さんが本から顔を上げて、よく通る声で注意するのは時間の問題だったのだ。

ごめんね、とにこやかに駄目押しする彼女は決して高圧的ではなく、非の打ち所がないので、奴らは反発する気力も封じられて、「わかった」と返事をする他なかった。

いつも僕を上から押さえつけるように取り囲んでくる"普通の男子"の壁を、ノックでもするかのように軽やかに崩してしまった"女の子"。
ここまでで終わっていれば、この出来事は僕にとって、胸の内に爽やかな風がすっと吹き抜けていくような思い出になっていただろう。

けれどもその爽やかさは、エターナルフォースブリザード(相手は死ぬ)の前触れでしかなかったのだ。

彼女はニュースの原稿を読み上げるアナウンサーのように落ち着き払って、笑顔でこう言い放った。

「あとここは 神 聖 ガ チ ム チ 帝 国 じゃないんだから、漢らしさが多少足りないからってオカマに吊し上げて非国民扱いはどうかと思うよ」

教室中が一瞬静まり返った後、笑い上戸の女子が「神せ…ぶふぁっ!!」と吹き出したのを契機に、噛み殺した笑い声が全体に広がっていった。
ちなみに矢崎はこの後しばらく神聖ガチムチ帝国(または始皇帝)という、本人にとっては間違いなく不名誉なあだ名で半笑いの相手に呼ばれることになる。

「余計なことをしてごめんなさい」と滅相もないことを言う彼女に慌てて礼を述べると、またとんでもないことを言われた。

「こんなこと言われても嬉しくないかもしれないけど、綾瀬くんは美しいか醜いかでいうなら、文句なしで美しい寄りだから!自信持ってね」

僕がオカマっぽいと言われて傷ついているのだと、石川さんは思っている。
その気遣いは嬉しい。
でも石川さんが誉めてくれた言葉そのものを、僕は素直に、もっと嬉しく思ってしまった。
自分のためにここまでしてくれた彼女を、僕は騙してしまったのだ。

(ごめんね石川さん。あいつらの言うことはたぶん、間違ってないんだ)


そんな己の卑怯さを反省する間もなかった。
"悪い嘘ほどすぐバレる"
どこかで聞いた標語が真っ白な頭の中で繰り返されていた。

その日は朝から翌日まで両親が家を空けることになっていたので、僕は無断で学校を休んで滅多にない機会を"満喫"していた。
まさかそこで今時クラスメイトがプリントを持って訪ねてくるとは思わなかったのだ。
しかも、よりによってインターホン越しに聞こえてきたのが
「××高校の同級生で石川と申します」。

「いま、出ます!」
憧れの女の子が自分の家にやって来て、僕は舞い上がってしまった。
冷静さは持ち合わせていたので着替える余裕はあったが、しかしそれは明らかに"欠けて"いたようだった。
慌てて玄関を開けると、彼女はプリントを差し出しながら「…妹さんですか?」と妙なことを尋ねてきた。

「え?」
「綾瀬くん、なの?」
「うん…」

噛み合わない会話の後、彼女は言い辛そうに、気遣い気遣い、指摘する。
「あの…髪がね、いつもよりちょっと、長いかなーって…」

ちょっとどころではなかった。
妙なのは彼女ではなく僕の方だった。
夜中にトトロが踏ん張って伸ばしてくれなければ2・3日でこんな長さにはならないだろう。

背中まで届く、毛先だけ緩くウェーブした栗色の髪は当然、かつら、もといウィッグだった。
僕が大好きな、フリルがたっぷりのロリータ服を着たとき少しでも似合うように、被るものだ!

「…っ!」

僕は咄嗟のことで無遠慮に、ばん!と扉を閉めた。
扉を背に、持ち手にすがった姿勢のまま、身動きが取れない。
喉の奥が渇いて痒く、心臓の音が全身に響き渡る。
「もうだめだ」と「ごめんなさい」が血の巡りと同じスピードで頭の中で繰り返す。

そこへすぐに虚しさが加わる。
男のくせにこんなかつらを被って浮かれて、ジャージの下にはバルーンの絵が織られた卵色のニーハイソックスまで履いてるんだ。
平気でひとに嘘をついて、女の子の格好をして喜んでいるなんて、最低だ。

(もう消えてしまいたい!)


ぴったりと背にもたれた扉に、とんとん、と向こう側から控えめな衝撃が加えられた。
呆れたり途方に暮れたりせず、扉越しに、彼女は囁いてくれた。
「綾瀬くん、まだそこにいる? …誰にも言わないから。面白がるつもりもない。だから元気になったらちゃんと学校に来てね」

僕が答えずにいると、「今日はこれで帰ります、さよなら」という声が聞こえた。
(あ、駄目!)
このまま黙っていたら、僕はもう二度とこの人に謝れない、話しかけることさえできない気がした。
「待って石川さん!」
恥や虚しさを飛び越える衝動で僕は再び扉を開け放った。


彼女を居間に通して、キャラメルの香りの紅茶を出すと、なぜか物凄く感動された。
ちょっと生意気な男の子みたいに、照れて俯きがちに「それ、すっごく可愛い」と彼女が言ってくれたので、僕はロングヘアのウィッグをそのまま被っている。

「…ごめんなさい。せっかく石川さんが庇ってくれたのに、本当に僕なんかオカマだって笑われても仕方ない奴だったんだ。皆を騙すのに利用してしまって、ごめんなさい…!」

テーブル越しに向き合って、僕は開口一番ずっと石川さんに対して抱えていた思いを打ち明けた。
けれどもその行為は彼女の優しい声が聞こえると、随分自分勝手な振る舞いのように思えた。

「…あの子たちが本当のことを言ってたとしても、それが綾瀬くんの嫌がることなら、私がしたことは無駄じゃなかった、と思ってもいい?」
「うん…」
「他人にぺらぺら話すことじゃないし、カムフラージュに一役買わされたって怒ったりしないよ。綾瀬くんあの後ちゃんと"ありがとう"って言ってくれたんだから、もう謝らなくてもいいの、ね?」
「うん、ありがとう…」

はじめから石川さんはこんなことで怒ったりする人じゃないと分かっていたのに、僕は自分の気持ちを吐き出したい一心で彼女にぶつけてしまった。
たぶん彼女はすっかりそんなことを見透かして、僕を甘やかしているんだと思う。

(男だとか女だとかじゃなくて、僕はもっと大人にならなきゃいけないんだ…)

「じゃあ綾瀬くんはどこか具合が悪いわけじゃないんだ、良かった。連絡がないから先生が心配してたよ」
「うん…今日は家に誰もいないから、その…ずっと女の子の格好が、できると思って…」
「やっぱり私が来てから着替えてくれたんだ。邪魔しちゃってごめんね」
「いや、石川さんが謝ることじゃないから…」


一度話が途切れたところで、石川さんはううんと唸って何か考え事をする様子の後、ためらいがちに切り出した。
「嫌な思いをさせちゃったらごめんね、でも、私… 綾瀬くんのもっと可愛いところ、見せてもらえないかな?」
(何かその台詞は誤解を生みそうだよ石川さん…)

もっと可愛いところ、もといさっきまで着ていたスカート姿に着替える間少し待ってもらって、僕は彼女を自分の部屋に招き入れた。
この栗色の髪のウィッグに一番似合うコーディネート。
ソックスが柄物なので、アップルグリーンのベビードール風ジャンパースカートは無地で、凝ったレースの白や控えめなビスチェがアクセントになっている。
勿論スカートの下にはパニエを重ねてシルエットをふんわりと膨らませてある。
ヘッドドレスにはスカートと共布の大きなリボンをカチューシャで斜め付けにしていた。

姿見で眺めると、制服の黒い学ランなんかよりよっぽど僕にしっくりくる服装。
中学に入ったばかりのとき親類の集まりで、ハトコに当たる本家のお姉さんにふざけてワンピースを着せられて、「ハルくんよく似合うよ!」と満面の笑みで何度も頷かれた。
僕自身も「あぁ、こっちの方がいいな」、とすとんと納得がいった。
視覚的に極めて違和感がない状態、というのが僕の女装だった。

だから馬鹿にされることはないと思いつつ、期待が外れて失望されるのも怖かったので、この姿を眺めた彼女の顔に祝福するような笑みが広がったことに僕は安心した。

「かっわい…綾瀬くん、可愛い!アリス!不思議の国のアリス! これぞ少女という人類の命題の解ですよ!もう…拝んでもいいですか!?」
「石川さん落ち着いて。…あと、自分で言うのも恥ずかしいんだけど、こういう服を着ると"女の子のスイッチ"が入るから…できればあんまり男扱いしないでくれると嬉しい…」
「あ、じゃあ今は女の子のお友達なんだね」

彼女はふふっと笑って、遠慮がちに指先で僕の手に触れる。
僕はいつか彼女の笑う仕草が自然とできるようになりたい、と思いながら、恐るおそる握り返して、僕らはようやく手をつないだ。

僕が女の子のときは、彼女に、ハルちゃん、と呼んでもらうことになった。
逆に女の子の僕は彼女を、さゆちゃん、と呼ばせてもらう。
学校ではたぶん、"石川さん"のまま。

女の子の友達は特別だから。
僕はスカートを着ているとき女の子でありたいと思うけど、男に恋なんてしたくないし、ましてや彼氏が欲しいとは思わない。
ずっと欲しかったのは仲良しの女の子の友達だった。


そうは言っても石川さんとの関係を"女の子のときだけ"なんて割り切ったわけでもなく、学校での僕は、友達と呼べるようなクラスメイトがいなかった石川さんの、唯一の雑談相手になっていた。
今彼女が読んでいる本のタイトルや内容を僕は知っている(ローマ法王が足にできた膿を叩き潰したら一気に開放的な気分になって世の矛盾と戦って死ぬ話、らしい)し、お勧めの音楽もCDに焼いてプレゼントしてもらった。

休みの日にはさゆちゃんと出掛けたり、お化粧を教わったり。
通販で服がそろってからは、外で着替えてロリータのお店に自分一人で行くこともあったけど、やっぱり女の子のさゆちゃんが一緒にいてくれると心強かった。
さゆちゃんも可愛いもの好きなのでロリータのお店に行くのは楽しみにしてくれるんだけれど、そういう種類のお洋服を着るには、彼女の顔立ちは大人っぽすぎて、少し違和感がある。
お揃いの格好ができそうにないのは、ちょっと残念なところだ。

僕らはたぶんお互いに一番の仲良し、そして女の子同士では親友といえるような関係になっていると思う。
でもそんな関係をこれからも続けていける自信が、もう僕にはなかった。
彼女に不満があるわけじゃないし、今すぐ離れなければならないわけでもない。
ただ、いつか何かのきっかけで、突然駄目になってしまう予感がしていた。


土曜で正午前に学校が終わった日、さゆちゃんは制服のまま家に来てくれた。
僕は女の子になるためにすぐ着替えてしまったけど。
今日はお菓子の柄の黒いスカートの上にリボンタイ付きの半袖ブラウス、それに生成り色でネコの刺繍入りのニットカーディガンを羽織っていた。

二人で学校帰りに買ってきたぶどうのタルトを食べながら、雑誌をまわして新作の化粧品についてあーでもない、こーでもないと話していたときだった。
「そうだ、ハルちゃん!女子の制服着てみない?」
さゆちゃんが突然、それまでの会話とは何の関係もないひらめきを提案した。

「え?」
「あんまり趣味じゃない服は着たくないかな? でも案外こういう身近なものを身に着けると"女の子になった!"って実感がわきやすいと思うんだけど…」

そう言われてみれば、制服というのは身近だけど、男子には男子の、女子には女子のコーディネートが校則でも、社会的にも決められているものだ。
今まで手に入れるルートがなかったし、僕自身ロリータに夢中だったから気付かなかったけど、女の子としての実感を味わうにはうってつけの材料だろう。
(若干コスプレの域に入ってる気はするけど…)

「うん、着てみたいかも…」
「やった!ふふ、実は私が見たいっていうのが本音だったの。でも絶対似合うよ、こんな女子がいたらたぶん告白する!」
一瞬ひやりとした。
今の僕にはさゆちゃんの冗談を笑う余裕などなかった。


「じゃあちょっと待ってね!」

彼女は待ちきれないというようにしゅるん、と勢いよくリボンを解いた。
僕はようやく、今女子の制服を着るということは、さゆちゃんが着ているものを身につけるのだと気付いた。
さゆちゃんは僕の目の前で、衣替えしたばかりの長袖のセーラー服を脱いでいく。

(駄目だ。外に出て待ってるって、ちゃんと言わなきゃ…)

心では焦っているのに、身体が動かない。
さゆちゃんがスカートのホックに手をかけているのを、ぼんやりと眺めてしまう。  
既に上半身はブラが端から覗いている紺のキャミソール一枚だ。
"やっぱり"身体の中で胸の部分が大きく布地を押し上げて丘を形作っていて、"あいつら"の言う通りだったことが悔しいのに、結局僕も同じように興奮してしまった。

さゆちゃんはお辞儀をするようにこちらに谷間を向けて、薄手の黒いタイツで覆われた脚をプリーツの波から抜き去る。
キャミソールは案外丈が長くて、裾からタイツ越しにショーツの淡い色が小さな三角形で見えるか見えないか、という具合だった。

さゆちゃんの身体は僕にないものの集合体だ。
まだ雌雄のはっきりしない時期の細く薄い少女の身体だからこそ誤魔化せる僕に比べて、大きくて瑞々しい乳房、腰で一度くびれて、また円を描くお尻に、嫌味でない程度にむっちりと柔肉で覆われた腿を持つ彼女は、全く大人の女性の身体だった。
僕も肌の色は白いと言われるけれど、灰色がベースの僕と違って、肩紐以外完全に露出した彼女の首筋や鎖骨、二の腕の部分は黄みがかった明るいバター色をしていた。

一目見てしまうと、本当に歯で齧りとって食べるのではないけれど、しっかりと押さえつけて一心にむしゃぶりつきたくなるような欲を駆り立てられた。

心臓の音が大きく、速くなっていくのを止めることができない。
下半身がむずむずして、喉の奥が掻き毟りたくなるほどに乾く。
(さゆちゃんの前で…大きくなっちゃ駄目なのに…)
スカートの下にはドロワーズ、その下には普通のボクサーパンツを履いていたけれど、いつ押し上げてきたり染みができたりしてもおかしくなかったし、本当は今すぐあそこを撫でさすってこの発作を鎮めたかった。

「はい、じゃあこれどうぞ。…っていうかさっきまで着てたやつでごめんね…さすがに人肌で気持ち悪いか」
「ううん、そんなことないよ! …ねえ、さゆちゃん」
簡単に畳んだ、まだうっすらと温もりの残るセーラーの上下を片手で受け取って、落ちないように抱かかえて、もう片方の手で彼女の手首を握る。
乱れそうな息を落ち着けて、僕の、ハルの出せる限りの低い声で語りかけた。

「僕がこれ着てるところ、見たいんだよね?」
「え、うん、できれば見せて頂きたいけど乗り気じゃなければ…」
「そうじゃないんだけど、"ご褒美"、欲しいな、と思って」
僕の今までしたことのない急なおねだりに、彼女は純粋に不思議そうな顔をする。

「ふ、ふ…そんな可愛い顔でお願いされたら、何を言われるのか怖いなあ。まあハルちゃんのセーラーのためならこの身も惜しくありませんが」
「ふふ、惜しくないの? …じゃあ、ちょうだい」
あ、今の笑い方ちょっとだけさゆちゃんに似てたかも、という思いが僕の頭を一瞬過ぎった。


受け取った制服をベッドに放り投げるとき、申し訳ないなんて考えている余裕はなかった。
僕は空けた両手を彼女の肩と頭の裏に回して押し倒し、胴体を挟んで四つ足を着けた。
イミテーションの栗色のロングヘアが彼女の顔の上に天蓋のようにかかり、薄い影をつくる。

「…制服、汚しちゃ駄目だから。着替えは後でね。先に、さゆちゃん、ちょうだい」
自然と出た精一杯の、吐息交じりの掠れた声は、自分でもいやらしく感じられた。
それとも荒い息を抑えられないただの変態みたいだったかな。

彼女は一瞬切なそうな顔をして目を逸らした後、下がり眉の笑顔で誤魔化すように言った。
「ロリータ女装っ子に騎乗位で襲われるってソレナンテ=エ=ロゲ?」
「残念でした。さゆちゃんの常套手段はもう知ってるもんね。
 そんなこと言ったってやめてあげない」

前から思ってたけどさゆちゃんって結構なオタクだよね、とか、いつの間にかエターナルフォースブリザード(相手は死ぬ)に耐え得る心臓を手に入れていたことにびっくりだ、とか言いたいことはいっぱいあったけど、

結局おでこをくっつけて「いやって言うまでやめてあげない」とだけ囁いて、唇に触れるだけのキスをした。
離れた後、さゆちゃんに触れた部分だけが痺れるように温かくて、幸せなんだけど、たぶん僕は不安な顔をして、待っているのだろう。
さゆちゃんが「気持ち悪い」とか「嘘つき」と言って、僕を突き飛ばして抵抗するに違いない、それなら早くしてくれ、と。

「何で、したの?」
感情の読めない顔で、彼女がぽつりと尋ねたことに、僕は質問で返した。
「…何でさゆちゃんは僕の前で服、脱いだの?」
「あ、…私が変に刺激、しちゃったの?男だって思い知らせるようなこと、して、ハルちゃんのこと傷つけたの?」

それは駄目だ、ごめんなさい、と彼女は僕を見据えて、謝る。
彼女のこういう潔さに、僕は必ず反省させられてしまう。
こればっかりは、常套手段を知っていても逃れようがなかった。

「ごめんね、それはちょっとだけ。本当の理由じゃないんだ。…僕の方が悪い。いやらしいことをするきっかけに、さゆちゃんのごめんなさいっていう気持ちを利用するつもりなんだ」

吸血鬼のように彼女の首筋に顔を埋めて、濃紺のキャミソールの裾から手を入れる。
脇腹を直に、くすぐるように撫でていくと、背中に近いところで彼女が「あん…っ」と甲高い声で鳴いて、びくんと腰が跳ねた。
「あの、違うの…脇腹、くすぐったいのに、あぁっ、弱くてっ、あはははは…んんっ!」
最後の声と、目をぎゅっと瞑って何かに耐える表情で説得力がゼロだ。
「何と違うの?えっちな声?」
「そ、そう…」
「脇腹触られてもえっちな気分にはならないもんね、くすぐったいけど」
「うんうん…」
「じゃあほんとにえっちなところ触られたら、さっきとは違う声が出るのかな?」
「え…」


僕は下着の中に入れた手を滑らせてブラのホックを外した。
布製のお椀のような二つのカップが解放された乳房の上に乗っかってキャミソールをふわん、と持ち上げる。

「…体育のとき、男子が更衣室で集まって、さゆちゃんのこと何て言ってたか、教えてあげようか」

話しながら肩紐を落として、膨らみの全てを露にする。
彼女の先端は漫画のような桜色ではなく、オレンジがかった淡い茶色をしていた。
「"あの人胸でかいよなー"だって。ほんとだね。あとねー…」

左手で腕を押さえつけて、空いた手でまずそっと乳房を覆って、徐々に指を沈めていく。
もにゅ、もにゅ、と同世代の女の子の平均からすると明らかに豊かな、手のひらに余るほどの乳房を、円を描くように揉み解す。
「ん…、ふぅ…」
まだ若干息が早いくらいで彼女に大きな反応はない。
(やっぱりこっちなのかな)

突き出した人差し指で色の違う先端をくるくる、するすると撫でる。
するとむしろそれまで一番柔らかくふかふかとしていたそこが、つんと上を向いて頂に小さな丸いかたまりを形作った。
かたまりと元の乳房の間にうっすらとできた溝を、傷つかないように気をつけながら爪でカリカリと引っ掻いてやる。
「…あっ」
「さゆちゃんのおっぱいの気持ちいいところ、ここ?」
「やあっ…ん、さっきの、続きは…?」
「"あーいうお堅い女とセックスしたい"、"優しくリードしてくれそう"、あと何だったかなー」

反り返る下乳から舌を這わせていって先端をぺろん、と舐め上げる。
ふるんと乳房が揺れる刹那に彼女は「ふぁ…っ!」と背筋を震わせた。
「今のがえっちなところ触ったときの声でしょ?さっきのとあんまり変わらない気がするけど」
「もう…一緒でいいから…片っぽだけ弄るの、やめてぇ…!」
(片っぽだけ弄られるのが、嫌、なんだ)

"あの"石川さんがこんなことになるんだなあ、と僕はどこか冷静に感心してしまった。
まともに見据えられると大人でも緊張を強いられる、長い睫毛に縁取られた切れ長の目や、すらりとした高い鼻筋、潔癖そうな薄い唇、誰もが振り返るような絶世の美女といえるものではないけれど、それらは確かに彼女の凛々しさの源になっていた。
でも、今は。

「もう、変になるからっ、あぁん、わたし、なんか・・・、あっ!ああぁん!こんな…んんっ… こえだすの、おかしいのにぃ…」
誰かに甘えきった、すごく幼い話し方になってる。
凛々しくなんかない、今のさゆちゃんはただの淫らな女の子だった。
もう抵抗するつもりなんかないんだろう、僕の頭を抱えてしがみついて、絡みついた舌の上に更におっぱいを押しつけてくる。


普段の思慮深い彼女を知っているだけに、このとろけきった美人の耳に聞こえるのは僕の意地悪な声と、ちゅばちゅば・ぴちゃぴちゃという肌の上で他人の唾液が泡立つ音だけ、目に見えるのも頭の中にいるのも僕だけだと思うと、どうしようもない満足を覚えてしまう。

さゆちゃんが、自分だけのものになったみたいな、満足。

赤ちゃんのようにしゃぶるだけじゃなくて、さゆちゃんがいやらしい声でたくさん鳴いてくれるように、意地悪な刺激も加える。
乳房の他の部分に力が分散されないように、先端の小さな丸いかたまりだけを、舌先で、指先で、くにくに・くりくりと浅い根元を支えに弄り回す。

「あっ…あぁっ…だめ、それだめっ、弱いところ、ばっかり…やぁんっ! …いじめちゃ、だめだってば……んっ…」
「弱いところを触らないと、気持ちよくなれないでしょ」
最後に彼女の一番弱いところに柔く歯を立てて、ぢゅうっと吸う。
「ひゃん…っ!」
一層高い声で短く喘ぐと、彼女はびくんと大きく跳ねて、萎れるように静かになった。

「はぁ…さゆちゃん、おっぱいだけでいっちゃったんだ、可愛い…」
尊敬ともいえる、あの憧れの気持ちは今の僕にはなかった。
ただひたすらこの人を可愛い、可愛がりたいと思ったのはこれが初めてだ。
満足感で一度収まったはずの興奮が忽ち身体を巡り始める。

「…思い出した。"案外いじめると可愛い声で喘いでくれそう"だ。これも当たってたね。さっきの台詞、全部違う奴が言ってたんだよ。さゆちゃん人気者でうらやましいな。…でも、さゆちゃんの可愛いところは…絶対他の奴に…、見せてあげない」

胸をいじめるのをやめて、さゆちゃんをぎゅっと抱き締めてまた首筋に顔を埋める。
どんな表情をしているのか見るのも怖かったし、それについて考える余裕もなかった。
さゆちゃんの息も上がっているけれど、僕の方も限界だ。
どきどきして、身体が熱い。
唾を呑んだり背筋を伸ばして必死に射精を堪えるけれど、もう目の前は白い光でチカチカと点滅していた。

「…はぁ…、だって、僕が一番さゆちゃんのこと…大好き、…なのに、誰にも…取られたく、ないよぉ・・・っ」
「ハルちゃん…苦しいの?」
「苦しい…けど、…んっ、出すのはいやぁ…っ。出したら…ほんとに男の子になっちゃうよ…」

今にもスカートの下に潜りそうになる手を戒めて、彼女を抱き締める力を強くする。
彼女は自由にならない身体で頬をすり寄せて応えてくれた。

「ならない。ハルちゃんが自分を信じていれば、男の子にはならない。…大丈夫、苦しいの、治すだけだから。お手伝い、させて…?」
優しいのに、同時にすごくいやらしい声でそう囁かれて、僕は背中がぞくっとした。

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最終更新:2013年04月27日 20:26