「――なあ、お前って好きな奴いる?」
突然の問いかけに、俺は飲みかけのジュースを吹き出しそうになった。
「い、いきなり何だ!?」
「いやー、だってさ」
田井中は頭をポリポリと掻きながら
「昨日読んだ漫画がそんな感じでさ。お前だったらどうなのかなーって」
そんな風に続けた。
「……随分と突発的だな、おい」
俺はため息をついた。
「し、仕方ないじゃん。気になったんだよ」
「お前は猪突猛進というか、直情径行というか……」
なんというか、まっすぐなのだ、こいつは。
気になったことはバンバン聞いてくるし、一度「これ」と決めたらぶれることのない芯の強さもある。
ただ、この質問はちょっと……。
「な、なんで黙り込んでんだよ」
何とも言えない空気にたまりかねたのか、田井中はきまり悪そうに言った。
心なし顔を赤らめているように見える。
「いや、正直返答に困るというか」
「だー、はっきりしてくれ!」
じたばたし始める田井中に、俺は嘆息してしまう。
「……わかったよ」
俺は決意した。
「おっ、やっとか」
「いいか、田井中。俺には好きなやつが――」
間を置いて、告げる。
「――いる」
さあっと風が吹いた。紅葉が落ちてきて、周囲を鮮やかに彩った。
俺の前で田井中は、「そ、そうか」と言って、決まりが悪そうにした。
「でも、それって――」
「そこからは、駄目だ」
田井中の言わんとすることを察して、先手を打つ。
「ここから先は言えない。好きなやつがいるってことだけにしといてくれ」
一瞬の静寂。田井中は恥ずかしそうにしたまま、こくりと頷いた。
――キーンコーンカーンコーン
鐘の音が、昼休みの終了を告げる。
「……行こうぜ、田井中」
俺はまだ俯いたままでいる彼女に、そう呼びかけた。
「あ、ああ……」
田井中はその声に応じて、顔を上げる。
彼女の顔は、ほのかな赤みを帯びていた。
俺はそんな顔を見て、考える。
(いつか――)
こんな表情を見せる彼女に
(いつか、伝えられるのか?)
この、気持ちを。熱くて抱きしめたくなるような、この想いを。
そう、俺は――
「ほら、次の時間、始まっちまうぞ」
屋上の出口へ向かいながら、田井中を促す。
「そ、そうだな」
田井中も遅れてついてきた。
(律……)
二人して歩きながら、俺は心の中で呟く。
いずれ、この名前でこいつを呼べる日が来るのだろうか。
このような関係のままでは、呼び名を変えることにはどうにも気恥ずかしいものがあるのだ。
だから、俺は決めていた。
想いが成就した時、こいつの呼び方を変える、と……。
その日が来ることを切に願いながら、俺たちは屋上を後にした。
最終更新:2009年10月22日 10:27