502 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 00:18:43.22 ID:HL5QyLz70
「…あなたに会う事があったら、お礼を伝えたくって。
あの子があんな風に素直に笑えるようになったのは、あなたのおかげだと思いますから」
「…そんな。俺は、何も」
俺は何も気付いてさえ居なかった。
何も出来やしなかったんだ。
「いえ…、あの子の周りには昔からあの子を心配するような人間しか居なかったんです。
だから、あなたが普通に接してくれた事が…、何よりあの子の喜びだったのではないかと。
私はそんな風に考えています。 …もしかしたら、違うのかもしれませんけれど」
そう言って女性は品良く笑った。
…アイツも、大人になったらこんな風に笑うんだろうか。
505 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 00:22:37.25 ID:HL5QyLz70
「…あの、ひとつ、お伺いしてもよろしいですか?」
俺には、気になっていた事があった。
…母上殿の話を聞いている間、ずっと気になっていた事が。
「…はい、なんでしょうか」
彼女も俺の雰囲気を感じ取ったのか、真摯な声で返してくれる。
「…娘さんの病気、なんなんですか?」
512 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 00:30:55.90 ID:HL5QyLz70
俺の質問を受けて、母上殿はふっと力無く寂しそうに笑った。
「それは…申し訳ありません。私の口から申し上げる事は出来ません」
だけどその声は、絶対的な意思を持っていて。
「…何故、ですか?」
「…それは私が言うべき事では無く、あの子自身があなたに伝えるべき事だと思いますから。
だから、ごめんなさい。」
518 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 00:35:43.71 ID:HL5QyLz70
そう言って女性は頭を下げた。
俺みたいな年端もいかない小僧に、きっちりと腰を折って。
「あ、頭を上げてください!」
俺は慌てて母上殿の肩を支える。
「…ごめんなさいね。
…でも…厚かましいようだけれど。
ひとつだけ、お願いしてもいいかしら?」
「…はい」
「もし…あの子があなたに直接話す時が来たら…その時は応援して下さる?」
…間近で見た母上君の目にはかすかに光る物があった。
「…えぇ、必ず」
それは、誓い。
俺の誇りと全てをかけて。
絶対に守るべきもの。
523 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 00:39:13.37 ID:HL5QyLz70
母上と別れた後、アイツの病室の前。
ゆっくり話して来てねと言われてしまった。
大きく深呼吸をする。
消毒臭い病院の空気を肺一杯に吸い込む。
…よし。
普段通りの俺だ。
…徹するんだ。いいな?
そうして俺は病室の扉を開けた。
528 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 00:42:58.74 ID:HL5QyLz70
「あっ。センパイっ! お疲れ様ですっ、元気してますか?」
……妙に気合を入れたクセに、その一言だけで抜かれてしまった。
…やっぱり頭が上がらないな。
「いやいやいやいや。それ、俺が言うセリフじゃね?」
「…えへへっ、やっぱり、そう思います?」
病院のベットの白いシーツに包まれて。
でもその笑顔はいつもと全く変わらなかった。
533 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 00:50:20.34 ID:HL5QyLz70
けれど、母上の話を聞いて。
その笑顔の本当の意味が分かりかけていた。
…全く。オマエは本当。…すげーよ。
「突然ぶっ倒れるからよ、ガチでビビったんだぜ?」
「救急車、呼んでくれたのセンパイですよね? 楽しかったですか?」
いやいや、どんだけだよ。
「どっかのお嬢様が苦しそうにしてるもんだから、何一つ分かんなかった」
「ふむー。それは残念でしたね。ところでお嬢様ってあたしの事ですか?」
どう考えてもオマエ以外に居ないと思うぞ。常識的に考えて。
「…バカ」
534 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 00:55:30.29 ID:HL5QyLz70
あまりの普段通りのコイツに、俺はかけるべき言葉を失っていた。
その代わりに、その頭を軽く小突く。
「うぁ、センパイ、痛いですよぅ」
「オマエ、俺がどんだけ心配したと思ってんだ? これぐらい仕返しさせろ」
「…えへへっ、ごめん、なさい」
その俺の手をそっと握ると、彼女は俺の手を自らの頬に擦り付けた。
まるで猫が甘えるように。
その柔らかさに。
…それが失われるかも知れなかったという事に。
今更ながらに恐怖する。
537 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:00:25.01 ID:HL5QyLz70
「…でも、センパイ? 実は今、あたし怒ってるんです」
彼女はそう言うと唇を尖らせて不満をアピールする。
「…怒ってるって何をだよ?」
…何か怒らせるような事、あったか?
…というか今、気付いたが、俺たち今まで一度もケンカしてないな。
「…センパイ、見たでしょ」
彼女がジト目で俺を睨む。
…見たって何をだ? マジで思いつかん。
「いや、何の話だ?」
542 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:03:05.00 ID:HL5QyLz70
「うー…だからー…その…あたしの…」
「オマエの?」
彼女は恥ずかしそうに布団を被り、その目だけでこっちを睨む。
…気持ち赤くなってないか?
「…だから…あたしの…裸」
いやいやいやいやいやいや。
「それは正当防衛だろ!」
547 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:05:43.53 ID:HL5QyLz70
「あー! 正当防衛ってなんですかー!」
「いやだってだな、あの場合、仕方なくね!?」
「仕方ないんですかっ!? センパイはあたしの裸を仕方なく見たんですかっ!?」
「仕方なくないけどっ! 見たかったけど仕方なかっただろっ!?」
…何言ってんスか。俺ら。
深夜の病院は静かにしようぜ、マジ。
549 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:11:00.17 ID:HL5QyLz70
「…ふむ? 今、見たかったと口走りましたね?」
あ。
「…ふむふむ? センパイはあたしの裸が見たかったと。そう仰いましたね?」
「…オマエってたまに誘導尋問みたいな会話を平然とこなすよな」
「やだなー。あたしがそんな事するワケないじゃないですか。常識的に考えてっ」
なんつーか、何回かハメられてる気がするけどな、俺は。
551 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:16:32.32 ID:HL5QyLz70
「…それで…その…どう、でしたか?」
「…どうでしたかって何がだ」
気が付けば俺たちの息は軽く上がっていた。
お互い、いい年なんだし落ち着きましょうよ。
というか、オマエに至ってはモロ病み下がり中じゃん。
「…だからー…その…二回も三回も言わせないで下さいってば」
「…あー…オマエの、裸について?」
こくん。
返事の代わりの、小さなうなずき。
554 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:23:42.01 ID:HL5QyLz70
…困った。
そんな事について感想を求められるとは思っていなかった。
というか、ぶっちゃけテンパリMAXあずMAXだったので、そんなに詳しく覚えていない。
ただ、その細さと白さだけが印象に残っていた。
「…正直に言うと、テンパっててあんまり覚えてないです。…サーセン」
「…うぐっ…センパイ…ひどいですっ。乙女の純情を踏みにじるだなんてっ」
それは明らかに嘘泣きだったが、慌てざるを得ないだろう。常識的に考えて。
「あー、でも、だな、その、なんつーか、…他の人には見せたくないとは正直、思ってた」
「…ふぇ?」
俺の発言が意外だったのか。
彼女が泣き真似も忘れて素の声をあげる。
559 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:27:03.75 ID:HL5QyLz70
「…や、オマエ、裸で倒れちまったし。でも救急隊員が来るだろ?
だから、見られないように布団でぐるぐる巻いた」
…俺、なんか間抜けな事言ってね?
「…ふむ? センパイはあたしの裸を誰にも見せたくなかったと?」
「…そう言ってるじゃないっすか」
「というコトはー…」
「…という事は?」
564 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:31:03.98 ID:HL5QyLz70
「…えへへー、センパイはあたしの裸を自分だけのものにしたかったと。そーゆー意味ですかな?」
そうやって、にへらっと笑うコイツは。
やっぱりイタズラ心ワクワクしているようだった。
「…なぁ、それ、答えなきゃダメな訳?」
「はいっ。答えなきゃダメですっ」
その笑顔は心から楽しそうで。
母上君の言葉を思い出させた。
568 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:36:59.12 ID:HL5QyLz70
「…はい。そうです。オマエの裸を俺だけのものしたかったです」
俺、ガチであやつられてね?
あおまほうとか持ってないっすよ、マジ。
「おー、センパイ、大胆発言ですね?」
言わせたのオマエじゃん。
…まぁ、でも本音だけれど。
「…それじゃ、あたしも大胆発言しちゃいましょうか」
「はい、しちゃってください?」
「…あたしも、センパイ以外には見られたくないです。
だから…今度また、ゆっくり見せてあげます…ね?」
…この部屋、ティッシュってないのかな。
571 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:39:13.78 ID:HL5QyLz70
「あ、なんなら今ちょっとズルして見ちゃいます? ちらっ、ちらちらっ?」
そう言い、布団から起き上がると襟元をチラチラとめくりだす。
「おおおお女のコは、エレンガントにっ!」
どーでもいいけど、俺も話が古いな。
575 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 01:45:09.54 ID:HL5QyLz70
「ほら、しっかり布団入って休め、な?」
俺を妙に挑発する彼女を布団に戻すと、俺はそっと頭をなでる。
「…あ…、なんかそれ…好きかもです」
「…それって?」
「頭…撫でるの。センパイに可愛がってもらえてるって気がします」
彼女は穏やかに。囁くように呟く。
「…ん。」
俺はなんだか、その囁きに声で返すのは失礼な気がして。
彼女が眠りに着くまでずっとそうしていた。
593 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:04:41.57 ID:HL5QyLz70
それからの俺は学校が終わると病院に直行する生活になった。
病院で話すのはいつもどうでもいい他愛の無い話で。
それでも俺は彼女に会いたかったし、彼女も俺が行くと喜んでくれた。
俺たちの事をひやかしていた友人達は彼女の事を心配してくれ、
見舞いに行こうかと提案してくれたのだが、その旨を彼女に伝えると、
「あー…あんまり大勢の人にはちょっと、見られたくないかもです」
とやんわりと拒否されてしまったので、気持ちだけ頂いておく事にした。
596 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:10:49.50 ID:HL5QyLz70
彼女の母君とはあれからというもの、随分仲が良くなってしまった。
最初は病室で出くわすとちょっと気まずかったりしたものだが
今では俺とアイツと母君と三人で話したり、母君が気を遣って二人にしてくれたり。
ある日「センパイとお母さんはちょっと仲良すぎですっ」とアイツに怒られてしまった時は、母上と俺と二人して大笑いした。
母君は俺とアイツが話していると、いつも目を細めて俺たちを嬉しそうに眺めていて。
その視線には慈愛という言葉がそのまま込められているように思えた。
最終更新:2007年07月12日 05:50