601 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:21:43.02 ID:HL5QyLz70
色んな、色んな話をしたんだ。
彼女の父親がずいぶん前に逝去なさった事。
俺とアイツの出会いの話。
ぶっちゃけ、あの日の事。
けれど病気の話だけは、アイツにも母上にも聞けなかった。
何故なら俺は、それを知るべきではないという気にさえなっていたからだ。
入院している姿を見て感じた事だが、彼女は心配される事を極端に嫌う。
それは昔から心配される事に慣れた人だからこそ。
…だからこそ、培った笑顔。
その彼女が俺に話そうとしない。
それは彼女の聖域のように思えて。
だからこそ俺が自分から土足で踏み込んではいけない。
いつか彼女が話してくれるまで、待っていよう。
そんな風に考えるようになっていた。
603 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:25:40.13 ID:HL5QyLz70
そんな穏やかな日々。
それはずっと続くとさえ思えた。
…いや、信じて、いたかったんだ。
けれどタイムリミットは。
静々と。
その鎌を砥いでいた。
612 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:29:40.67 ID:HL5QyLz70
「セーンパイっ」
「んー? なんだー?」
今日も今日とてお見舞いタイム。
母君は仕事で来れないと言っていた。
「つか、おま、垂れてんぞ」
「わーっ! 布団、布団につくーっ!」
二人して病室でガリガリ君を食べる俺たち。
…看護師さんに見つかったら怒られるのかも知れない。
613 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:31:10.84 ID:HL5QyLz70
「んっ…ちゅる…ぺろっ…」
いやいやいやいや。
なんスかコイツ。
なんなんスかコイツ。
もっと普通に舐めれるだろ。
思わずその姿を凝視してしまった俺に彼女が気付く。
614 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:32:27.05 ID:HL5QyLz70
「んっ…ちゅっ…センパーイ?」
「…んー? なんだー?」
思わずさっと目を逸らしたが。
「…もしかして、えっちぃな事考えてませんでした?」
バレバレでした。
616 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:36:21.57 ID:HL5QyLz70
「いやいや、それは気のせいだよ、キミ」
「ホントですかーぁ? なーんかアニマルな目付きであたしの事見てませんでした?」
「俺はアニマルでもゼブラーマンだからな。紳士だ。安心しろ」
草食だし。
「…センパイとあたしって、今考えると結構長い付き合いになりますけど」
「うむ。そうだな」
「センパイってたまにワケ分かんない事言いますよね」
それが、俺の、みりき。
618 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:38:55.91 ID:HL5QyLz70
「つーか、オマエこそ何か言い出そうとしてなかった?」
ワザとらしく話をすり替える。
何よりも人の気持ちに敏感な彼女は、こんな風に話を振ると間違いなく乗ってきてくれるのが素敵だ。
ふふん、いつまでもあやつられてるばかりじゃないんだぜ?
621 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:44:29.87 ID:HL5QyLz70
「やー…夏だなー…と思って」
「…うむ。どこに出しても恥ずかしくない夏だな」
外の日差しはアスファルトを溶かすほどの勢いで。
「なんかこんな日に涼しい所に居ると、申し訳ない気持ちになってきません?」
「うむ。主に地球に申し訳ないな」
設定温度は28℃が目安です。
「むむ。センパイがエコロジストだとは知りませんでした。
もう長い付き合いになりましたけど、これは新発見です」
「…なんかそのセリフ、久しぶりに聞いたな」
「えへへー、センパイは単純そうに見えて複雑なのです」
そうやってアイスを食べながら満足気に微笑む彼女。
何気ない軽口。心地よい空間。
625 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:48:43.50 ID:HL5QyLz70
「何だかさり気なく失礼レベルが上がってないかね、キミは」
「そうですか?
でもそれはあたしとセンパイの仲が深まったって事ですよ。
いいことじゃないですかっ」
にへらっと笑う彼女に、俺は相変わらず何も言えず。
629 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:54:21.92 ID:HL5QyLz70
「…センパイ?」
「んー、どしたー?」
「ふと疑問に思ったんですけど。蚊ってどうやって越冬してるんでしょうね?」
「あー…ボウフラ? とかなんとか聞いた事あるけどな」
「幼虫、でしたっけ? でも夏以外はずっと幼虫なんでしょうか」
「んー…。そう言われると確かに疑問だなー」
「むー…。疑問ですねー」
くだらない会話も加速しっぱなしで。
632 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 02:59:34.43 ID:HL5QyLz70
けれどそんなどこまでも続くと思っていた穏やかな時間は。
唐突に思わぬ人物の手によって。
「セーンパイっ」
「んー、どしたー?」
「あたしと、別れてくれませんかー?」
「………は?」
終わりを告げる。
640 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:02:35.66 ID:HL5QyLz70
俺が思わず彼女の方を振り向いてしまった時。
彼女はやっぱり笑顔だった。
「…今、なんて言った?」
「…えへへー、あんまり、何回も言わせないで下さいよぅ」
…けれどその笑顔は。
今までに何百回と見たその笑顔は。
初めて見た気がした。
644 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:08:00.31 ID:HL5QyLz70
「…何かの、冗談、か?」
「んーん。冗談じゃ、ないんですよね、これが。弱っちゃいましたねー」
そう言い、相変わらず、にへらっと笑う彼女。
けれどそれは彼女の笑顔じゃない。
…俺の好きな、彼女の笑顔じゃない。
どこかから借りてきた安い作り物みたいだ。
「…そりゃあ弱っちゃったな」
「…はい。そーです、ね。」
650 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:10:23.68 ID:HL5QyLz70
「………」
「………」
ベッドの背もたれを起こして座る彼女。
その側の椅子に腰掛けた俺。
二人して、何も言わずに外を見ていた。
…夏の日差しが、燦々と降り注いでいた。
653 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:14:32.47 ID:HL5QyLz70
「…被告人」
「…ふぇ? …それ、あたしですか?」
彼女は俺の言葉に辺りをキョロキョロ伺う素振りを見せると、
自分を指さして俺にそう聞いた。
「被告人は私語を慎むように」
「…うぅ…センパイが恐いですー」
「被告人は私語をつつしむ以下略」
「…はい、さいばんちょー」
655 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:17:16.21 ID:HL5QyLz70
…口では軽口を叩いていたが。
俺の頭の中はフル回転だった。
…どういうつもりだ?
なんで、コイツはこんな事を言い出したんだ?
…なんで。
…なんで。
その疑問ばかりが頭を渦巻いていた。
「…被告人はその彼氏と別れたいと、そう言うのですね?」
「…はい。」
彼女はおどけた風に、けれどしっかりとした声で俺の質問に答える。
661 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:21:33.56 ID:HL5QyLz70
「…その理由は、何故ですか?」
「…えへへ…やっぱり、話さなきゃ、ダメ、ですか?」
彼女が困ったようにはにかむ。
俺は彼女の笑顔の中でも、その笑顔が一番好きで。
だからいつも無駄にイジワルもしてみたりしてたんだけど。
だからいつもその顔をされると何でもかんでも許してしまっていたんだけど。
…でも、ごめんな。
今は。今だけは、出来ないよ。
「…本法廷は、事実確認の場です。被告人はハッキリと答弁して下さい」
「…むー。センパイ、スパルタですね。これも新発見かもです」
668 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:28:33.29 ID:HL5QyLz70
「もう一度聞きます。…その理由は、何故、ですか?」
「…えへへ。…それは、ですねー…」
「…それは?」
「…あたしが…、彼氏さんの事を…好きで…好きで。
…本当に、本当にバカみたいに…どうしようも、無いほど、好きで。
その人の…事を、考えるだけで、毎日が…幸せに生きていけるほどに。
それぐらい、…それぐらい好きに、なっちゃったから…、です」
…なにを。
…なにを言ってんだ、コイツ。
……なんでこんなに。
…胸が、締め付けられるんだ。
672 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:32:30.34 ID:HL5QyLz70
「…それだけでは理由になりません。好きなら一緒に居れば良いのではないですか?」
「…えへへ…。でも、ダメ、なんですよ。」
「…ダメ、とは?」
「……なん…だか、あんまり時間、無いみたい、なんです。」
…あぁ。そうか。
なんでこんなに胸が痛むのかと思っていたけど。
…彼女の声が。震えて、いたからか。
678 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:38:13.50 ID:HL5QyLz70
…時間が、無い。
……そういう意味、なんだろう。
でも、だったら。だったら、尚更。
「…ならば、その彼氏に話して、力になってもらえばよろしいのでは無いですか?」
「…ダメ、ですよぅ。だって…あたしには、センパイしか居ない、から。
だから、…センパイに頼っちゃったら、きっとセンパイをいっぱい、いっぱい傷付けちゃいます。」
…何言ってんだよ、今更。
そんな事、どうだっていい。
686 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:46:53.95 ID:HL5QyLz70
「…その彼氏は、きっとあなたに頼って欲しいと願っていると思いますよ?」
「…はい、あたしも、そう…、だと思います。
センパイは…、イジワルで…、チキンで…たまに…ワケの分かんない事言いだす、けど…
でも、すごく…、すごく優しいひと、だから」
「…ならば、尚更」
「でもダメなんですっ!
そんな事…したら…、センパイが…
あたしは…、あたしはもう…、終わっちゃう…のに。
なのにっ!!」
震えた声はいつのまにか涙声に変わっていた。
…俺は、今まで、彼女の涙ひとつ見た事が無かった事を、思い知らされた。
694 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/12(木) 03:56:49.56 ID:HL5QyLz70
「…あまり、勝手な事を言わないでくれると、ありがたいのですが」
「…はい。…分かって、ます…。
あたしのワガママだって、事は…。
でも…、弱っていくあたしを、センパイに…見られたく、ないんです。
きっと、心も、身体も…センパイが居ないと生きていけなく…、なっちゃう…から。
でも…、それ…なのに…、それなのに、あたしはっ…居なく…なっちゃう、から…!
…そんなの…そんなの…出来っこ…ない、です…っ…!」
…視界が不意に、滲む。
…目が、焼けたように痛んだ。
最終更新:2007年07月12日 05:50