眩暈がした。
座っているのか、横たわっているのか、はたまた遷移する最中なのか。
平衡感覚が失われた体を、かろうじて座っていると認識できた椅子をつかむ事で安定を取り戻す。座ったまま意識を失っていたところに無理矢理意識をねじ込まれたというような感覚だった。
深呼吸を一息、頭を正常な状態に切り替え、視界も暗順応してくる頃合いだった。
ミッドナイトブルー一色の壁、仄暗い電灯、病院独特の匂い。
壁の色や、電灯を除けば、病院の待合室そのものだ。
しかし、徐々に覚醒しつつある意識を用ってしても、自分がなぜこのような奇怪な場所にいるのかという結論には至らない。
「なんで……」
なんで自分は、僕は、俺は、私は……?
ふと立ちあがった声に疑問を覚える。普段何気なく使う一人称。会話をするときには意識しないことだが、このときの青年はその通りではなかった。
自分が普段使っている一人称を<思い出す>というプロセスを踏むが、そこに解答はなく、なぜ?どうして?と解を得ようとする思考に容赦なく無意識の疑問が襲う。
覚えていない、現実の状況に混乱している、そもそももとより存在しない。すべてが当てはまるのではないかという思惟。
何も解を得られない思考プロセスが、カツカツと速足の小気味良い足音に相殺される。
その足音の主は、徐々に青年に近づき、隣に腰を下ろした。
最終更新:2012年07月16日 03:37