33 :The読み専 ◆XZKy/CKmxk :2009/06/11(木) 22:36:56.71 ID:WPO3RD2x0
俺は近所の音楽ショップでバイトをしている。
バイトといってもレジ打ちや簡単な在庫整理が主な仕事で、俺のような高校生にでもできる至極イージーなものだ。
時たま音楽用品について質問してくる客の扱いは少々大変ではあるが、たいていの場合、そいつの脳みそへ店長に教え込まれた知識をコピー・ペーストしてやれば問題はめでたく解決する。
おまけに俺は主として夜にシフトを組んでいたから、仕事のやさしさの割に時給たっぷり、店内に流れる心地よい音楽で精神もゆったり、俺はなかなかのバイト・ライフを満喫していたのだった。ほんと、一度味わうとたまらんぜ、こりゃ。

入口の方からコツコツと、誰かが店に入ってくるかすかな足音が聞こえたので、俺はふと帳簿から顔をあげた。
どうやら客が来たらしい。ちらりとそちらへ視線を送ると、そこには高校生ぐらいの私服の女の子がおずおずと立っている。
客足の少ない時間帯でもあり、ちょうど暇を持て余していたので、俺は少々茶目っ気を出してその女の子をこっそり観察してやった。
栗色のやや癖のあるセミロング、髪留め、たれ目で大きくてちょっとバカっぽい目――そこまで眺めた時、俺はちょっとだけ驚いた。
その女の子、なかなか可愛いかったのである。それに、胸もなかなかあるんじゃないか――って何考えてんだ俺。

そうやってしばらくの間、俺はその女の子の動きを目で追っていたのだったが、今まできょろきょろと頼りなさげに周りを見ていた女の子が、おもむろにこちらを向いた。
思いっきり目と目がかち合う。しかもなんとまあまどろっこしい、そういう時に限って視線がなかなかはずれない。
俺はかなり気まずい思いをしたが――しかし、その女の子は俺と目が合うと、意外なことに笑みを作ったのだった。どうやら、今まで店員と思しき人物、つまり俺を探していたようだ。まあ、かろうじてセーフセーフ。

「あのぉ」

俺のいるカウンターまでよちよちとやってくると、その女の子は言った。

「ギターが調子悪いんですけど、どうすればいいですか…?」
35 :The読み専 ◆XZKy/CKmxk :2009/06/11(木) 22:39:27.91 ID:WPO3RD2x0
その声を聞いて、俺はまた驚いた。
畜生、かすかな甘みとゆるさを含んだ、なんて良い声してやがる。もちろんそんなことをはおくびにも出さずに、俺は努めて平静に応対する。

「当店では公式な修理業務は行っておりませんが、簡単なリペアなら私が担当しますよ。むろん、修理費用は頂きませんので安心してください」

ごくありふれた、リペアの依頼だ。実際に俺も何度かやったことがある。
しかし、俺のその的確な応答の意味を、相手の女の子は理解できなかったようだった。ぽけー、と目をまるでアニメみたいな白丸にすると、

「あ、あの~、わかりやすく言ってもらっていいですか…? り、りぺあとか……。えへへ、すいません……」

いやいや――。
俺は思わず目が点になった。おい、お前ギターやってるんだろ、なんでリペアって言葉も知らないんだよ。
だが、俺はそれでも営業スマイルを崩さない。これも仕事だ。

「リペアとは、ギターなどの楽器を修理することです。要するに、良ければ私がギターを修理しますよ、ということです」

「あ、そうなんですか~」

そう言うと、女の子は花のように笑った。それから今度は急転直下、表情をきりっとさせて、

「じゃあ、今とかお願いしてもいいですか?」

「ええ、かまいませんよ」

「ありがとうございます~」

そう言って女の子はたいそう魅力的な笑みを作るのだが、その表情のまま彼女は一向に動こうとしない。
こらこら、今リペア頼むとか言っておきながら、なんか忘れてないか。ほら、肝心のあれ。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/11(木) 22:45:51.01 ID:WPO3RD2x0
「ええと」

「はい?」

「ギターはどこに?」

「あ」

女の子は慌てて後ろを振り向き、あれ私今までギターしょってなかったっけ、というジェスチャーをしたのだが、彼女はどう贔屓目に見ても手ぶらだった。
それからポケットをぱんぱんとたたくが――俺はいい加減、ジト目になった。
ポケットのどこにギターが入ってるっていうんだよ。えらく小さなギターですな。

俺は仕方なく、次善の策を提示する。速やかに。

「では、どうします? また後日来店していただければ、他の者が応対しますが」

「ううん…」

女の子はしばらく悩んでいた様子だったが、きゅっと眉をひそめた。

「ええと、今日修理してもらわなきゃまずいんです……。明日、部活でリハーサルするので……。すごく大切なんです、だからええと」

それから俺の表情をちらりとうかがうと、先ほどとは打って変わって弱弱しい子犬のような表情で、

「今から取りに帰っちゃ、駄目……ですか?」
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2009/06/11(木) 22:48:32.24 ID:WPO3RD2x0
「かまいませんが、往復で何時間かかるんですか?」

「ええと、一時間くらい……」

その答えに俺は内心で、あーあ、と思った。
アウトだ。今の時刻は九時半過ぎ。閉店時間は十時。到底間に合うわけがない。さすがに可哀そうになったが、深刻そうな面持ちで俺を見つめる彼女に、ことさら商売的な口調で言ってやった。仕事仕事。

「申し訳ありませんが、当店の閉店時間は十時ですので、本日は厳しいですね……。もう少し早く来ていただければ、わずかに延長することもできたのですが」

「そ、そんなぁ~……」

「すみません、規則ですので」

女の子はそれを聞くと、うるうると目を潤ませてうつむいた。その表情から察するに、どうやら明日はよほど重要な練習日だったらしい。
だが、規則は規則だ。彼女は可愛らしいが、それだけでサービスするってわけにはいかない。そもそも甘かったのは彼女自身だ。俺がどうこうしてやる必要はない。

俺は腕時計をちらりと見ると、「また明日ご来店ください」と言おうと口を開いた。
だが、その前に女の子が口を開いていた。

「あの!」

かなり思いつめた声だった。
その勢いに、俺は思わず彼女の顔を見た。そこには、やはり花のような可憐さがある。
しかしその可憐な一人の女の子は、至極意外なことを提案したのだった。

「お兄さんが、私の家に来て、リペアしてもらう――とか駄目ですか……? お、お礼とか、いっぱいするので!」

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最終更新:2009年06月17日 00:58