ドグラ・マグラ/夢野久作
<作品概要>
- <◆主要人物>
- <主人公>
- 「私」:記憶喪失の状態で、九大医学部所管の病室で目覚める。
- <呉家>
- 呉一郎:
- 呉モヨ子:
- 呉千代子:一郎の母。絞殺される。
- 呉八代子:千代子の姉。モヨ子の育ての親。
- <九大関係者>
- 若林鏡太郎:九大法医学教授・医学部長。研究者1。
- 正木敬之:九大医学部精神病学教授。研究者2。
- 斎藤寿八:九大医学部精神病学教授。
- <???>
- 呉青秀:玄宗皇帝時代の画家。
- 黛夫人:呉青秀の妻。
- <◆シナリオ>
- 巻頭歌(p8)/胎児よ胎児よなぜ踊る 母親の心がわかっておそろしいのか
- (仮題)目覚めの章(p9~p66)
- (仮題)ドグラ・マグラ(p67~p103)
- 『キチガイ地獄外道祭文-一名、狂人の暗黒時代-』~墺国理学博士・独国哲学博士・仏国文学博士 面黒楼万児 作歌(p104~p127)
- 『地球表面は狂人の一大解放治療場』~九州帝国大学精神病科教室 正木敬之氏談(p128~p132)
- 『絶対探偵小説 脳髄は物を考える処に非ず =正木博士の学位論文内容=』(p133~p168)
- 『胎児の夢』(p169~p190)
- 『空前絶後の遺言書-大正15年10月19日夜 -キチガイ博士手記』(p191~p334)
- 【実母と許婚と、二人の婦人を絞殺した怪事件の嫌疑者、呉一郎(明治40年11月20日生)大正15年10月19日、九州帝国大学、精神病科教室付属、狂人解放治療場において撮影-】
- 【九州帝国大学、法医学教室、屍体解剖室内の奇怪事……大正15年4月16日撮影-】
- 【正木若林両博士の会見。】
- ~~~~~
- (以下、遺言書内の物語)
- 『◆真理遺伝論付録◆……各種実例』(p255~p322)
- その一 呉一郎の発作顛末-W氏の手記による- 第一回の発作<注:第1回殺人(呉千代子絞殺)>
- ◆第一参考 呉一郎の談話(大正13年4月2日午後零時半頃)
- ◆第二参考 呉一郎伯母八代子の談話(同時刻)
- ◆第三参考 松村マツ子女史(同年同月4日)
- ◆右に関するW氏の意見摘要
- ◆右に関する精神科学的観察
- 【一】呉一郎の性格と性的生活
- 【二】夢遊状態を誘発せし暗示
- 【三】呉一郎の第一回覚醒と夢中遊行との関係
- 【四】夢遊状態発作当初の行動……絞殺……
- 【五】絞首に引き続く第二段の夢中遊行……屍体翻弄……
- 【六】屍体翻弄に引き続く第三段の夢中遊行……自己虐殺の幻覚と自己の屍体幻視……
- 【七】呉一郎の悪夢、口臭、その他が表わす夢中遊行症の特徴
- 【八】夢中遊行の行われたる次官、その他
- 【九】夢中遊行に関する覚醒後の自覚、及び二重人格に関する考察
- 【十】呉家の血統に関する謎語
- 【十一】残る処は、この事件における呉一郎の夢中遊行の発作が『いかな種類の心理遺伝の、いかなる程度の発露によりて行われたるものなりや』という問題なり
- 第二回の発作<注:第2回殺人(呉モヨ子絞殺)>
- ◆第一参考 戸倉仙五郎の談話(大正15年4月26日午後1時頃)
- ◆第二参考 青黛山如月寺縁起
- ◆第三参考 野見山法倫氏談話(前同日午後3時頃)
- ◆第四参考 呉八代子の談話概要(前同日午後5時頃)
- ~~~~~
- 【呉一郎の精神鑑定=大正15年5月3日午前9時、福岡地方裁判所応接室における。】
- 【解放治療場に呉一郎が現れた最初の日(大正15年7月7日)】
- 【それから約2か月後の解放治療場における呉一郎(同年9月10日)】
- 【再び同年10月19日(前の場面から約1か月後)の解放治療場の光景。】
- (仮題)正木博士登場(p334~p423)
- (仮題)正木博士の告白/「W」と「M」の行動(p423~p464)
- (仮題)私による事件の再分析(p464~p499)
- (新聞記事)『九大精神病学教授 正木博士投身自殺す 同時に狂人の解放治療場内に勃発せし稀有の惨殺事件暴露す』
- (新聞記事)『狂少年鍬を揮って 五名の男女を殺傷 治療場内一面の流血!!』
- (新聞記事)『狂少年の自殺 平然たる正木博士』
- (新聞記事)『解放治療は予想通りの大成功と正木博士放言す!』
- (新聞記事)『鼾声雷の如く 醉臥して後行方を晦ます』
- (新聞記事)『狂人を模倣した気味悪い屍体』
- (新聞記事)『奇怪な謎 狂少年の一語』
- (新聞記事)『姪の浜の大火 名刹如月寺に延焼 放火女無残の焼死を遂ぐ』
<関連情報、その他雑感>
- 「ドグラ・マグラ」
- 精神病者の心理状態の不可思議さを表現した珍奇な、面白い製作の一つです。当科の主任の正木先生が亡くなられますと間もなく、やはりこの付属病室に収容されております一人の若い大学生の患者が、一気呵成に書き上げて、私の手許に提出したものですが……
- ……全部が一貫した学術論文のようにも見えまするし、いままでに類例のない形式と内容の探偵小説といったような読後感も致します。そうかと思うと単に、正木先生と私どもの頭脳を嘲笑し、翻弄するために書いた無意味な漫文とも考えられるという、実に奇怪極まる文章で、しかも、その中に盛り込まれている事実的な内容がまた非常に変わっておりまして科学趣味、猟奇趣味、色情表現[エロチシズム]、探偵趣味、ノンセンス味、神秘趣味などと云うものが、全篇の隅々まで100%に重なり合っているという極めて眩惑的な構想で、落ち着いて読んでみますと流石に、精神異常者でなければトテモ書けないと思われるような君の悪い妖気が全篇に横溢しております。……
- ……その小説の構想は前に申しましたとおりきわめて複雑、精密なものでありますにもかかわらず、大体の本筋というのは驚くべき簡単なものです。つまりその青年が、正木先生と私(=若林)とのために、この病室に幽閉められて、想像も及ばない恐ろしい精神科学の実験を受けている苦しみを詳細に描写したものにすぎないのですが……
- ……少くとも専門家にとっては面白いと云う形容では追いつかないくらい、深刻な趣味を感ずる内容らしいですねえ。専門家でなくとも精神病とか、脳髄とかいうものについて、多少ともに科学的な興味や、神秘的な趣味を持っている人々にとっては非常な魅力の対照(対象?)になるらしいのです。現に当大学の専門家諸氏の中でも、これを読んだものは最小限、二三回は読みなおさせられているようです。そうして、やっと全体の機構がわかると同時に、自分の脳髄が発狂しそうになっていることに気がついたと云っております。……
- ……このドグラ・マグラという言葉は、維新前後までは切支丹伴天連の使う幻魔術のことを云った長崎地方の方言だそうでただいまでは単に手品とか、トリックとか云う意味にしか使われていない一種の廃語同様の言葉だそうです。語源、系統なんぞは、まだ判明いたしませぬが、しいて訳しますれば今の幻魔術もしくは『堂廻目眩[どうめぐりめぐらみ]』『戸惑面喰[とまどいめんくらい]』という字をあてて、おなじように『ドグラ・マグラ』と読ませてもよろしいというお話ですが、いずれにしましてもそのような意味の全部をひっくるめたような言葉には相違ございません。……つまりこの原稿の内容が、徹頭徹尾、そういったような意味の極度にグロテスクな、端的にエロチックな、徹底的に探偵小説的な、同時にドコドコまでのノンセンスな……一種の脳髄の地獄店…もしくは心理的な迷宮遊びといったようなトリックでもって充実させられておりますために、かような名前をつけたものであろうと考えられます……
- ……「精神病院はこの世の生地獄」という事実を痛切に唄いあらわした阿呆陀羅経の文句……
- ……「世界の人間は一人残らず精神病者」という事実を立証する精神科学者の談話筆記……
- ……胎児を主人公とする万有進化の大悪夢に関する学術論文……
- ……「脳髄は一種の電話交換局にすぎない」と喝破した精神病患者の演説記録……
- ……冗談半分に書いたような遺言書……
- ……唐時代の名工が描いた死美人の腐敗画像……
- ……その腐敗美人の生前に生写しとも云うべき現代の美少女に恋い慕われた一人の美青年が、無意識のうちに犯した残虐、不倫、見るにたえない傷害、殺人事件の調査書類……
- ……そのようなものが、さまざまの不可解な出来事と一緒に、本筋となんの関係もないような姿で、百色眼鏡のように回転し現れて来るのですが、読んだ後で気がついてみますと、それが皆、一言一句、極めて重要な本筋の記述そのものになっておりますので……のみならず、そうした幻魔作用[ドグラ・マグラ]の印象をその一番冒頭になっている真夜中の、タッタ一つの時計の音からはじめまして、次から次へと遂いかけて行きますと、何時の間にかまた、一番最初に聞いた真夜中のタッタ一つの時計の音の記憶に立ち帰ってまいりますので……それは、ちょうど真に迫った地獄のパノラマ絵を、一方から一方へ見まわして行くように、おんなじ恐ろしさや気味悪さを、同じ順序で思い出しつつ、いつまでもいつまでも繰り返していくばかり……逃れだす隙間がどこにもみあたりませぬ。……と云うのは、それらの出来事の一切合切が、とりも直さず、ただ一点の時計の音を、或る真夜中に聞いた精神病者が、ハッとした一瞬間に見た夢にすぎない。しかも、その一瞬間に見た夢の内容が、実際は二十何時間の長さに感じられたので、これを学理的に説明すると、最初と、最終の二つの時計の音は、真実のところ、同じ時計の、同じ唯一つの時鐘の音であり得る……ということが、そのドグラ・マグラの全体によって立証されている精神科学上の真理によって証明され得る……という……それほどさようにこのドグラ・マグラの内容は玄妙、不思議に出来上がっておるのでございます。……論より証拠……読んでご覧になれば、すぐにおわかりになることですが……
最終更新:2013年09月22日 09:17