梅酒作り


「では、梅酒を作成いたしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「お願いします」
 天満宮の社務所にて、集まった参加者の前に立つ宮司の宣言に、皆きりっとした表情で頷いた。
 用意する材料は、青梅、氷砂糖、飲用アルコール。きちんと人の形質を変容しない品物ばかり。安全性も確認済み。
 この梅酒は天神様へと奉納する品である。境内で育てた梅の実を使い、鍋の国の国民皆で和気あいあい、見守ってくださる天神様に感謝の気持ちを込めて作るのだ。
 まずは青梅の処理だ。丁寧に竹串でヘタを取り除き、ザルの上に並べていく。甘い梅の香りが社務所内に満ちていた。
 今年初参加となるミツカは、隣人のラナの手際を手本に真剣に挑んでいた。
 すいすいっとラナの仕事を重ねてきた手が動くと、ちょんとヘタが取れていく。ミツカも真似をしてみるが、見本通りにはなかなかいかない。むうと口を少し尖らせてしまう。
「ラナさんお上手ですね」
「ありがとね、毎年やっているから。ミツカちゃんはもっと肩の力を抜いてもいいんよ」
「そうですか?」
「ええ」
 周りをちょっと見てご覧、と皺を柔らかく緩めたラナが示す。ミツカが顔を上げて見れば、笑顔ほころぶ場があった。
 楽しげに話しながら、優しく微笑みながら、小さな子にふわっと笑いかけながら。時々梅の香りを嗅ぎながら。思い思いに笑って、語って手を動かしている。
「……楽しそうです」
「でしょ? 甘い梅のおすそ分けを頂いたことを喜んで、作業を楽しんで。それでもいいんよ」
「もっと真剣な場かと思ってました」
「そういう風に作る日もあるさね。でも今日は慣れない初めてさんでも、楽しくやれる日なんだよ」
「はい」
 こっくりミツカが金の髪を揺らして頷いた。梅の香りをいっぱいに吸い込んで、ふっと一息ついたとき、強ばっていた顔が解れていくのを感じ取る。
 その気持ちのまま竹串を動かせば、するりとヘタが気持ちよく取れていった。
 微笑むラナに笑い返し、ミツカはまた梅を取る。縮こまらずに優しい気持ちで、一つ一つを丁寧に。
 こうして処理された梅の汚れを払いながら、清浄な瓶に詰めていく。白く甘い氷砂糖と層を作り、いっぱいに詰め込んで、最後にたっぷりアルコールを注いでいくのだ。
 天神様に喜んでいただけますように、美味しくできますように。そんな祈りを込めながら、皆で丁寧に作っていく。
 それからしばらく寝かせれば、甘やかで爽やかな梅酒が出来上がる。天神様に奉納したあと、国民に振る舞われたり、販売されたりして皆が楽しむのだ。

縦書きはこちら

最終更新:2024年02月03日 01:33