七誌◆7SHIicilOU氏の作品です。
「キョン! こんな所でなにしてるですカ?」
下校中のことだった
谷口や国木田と別れて、一人で帰っているところだった
こういうとき帰宅部だと暇をもてあますので
途中の本屋でもよっていこうかと思っていたときに
後ろから聞き覚えのある声が俺の名前
―まぁ、正確には愛称だが流通範囲を鑑みるにもはや名前といって差し支えないだろう―
を呼んだ
「…あぁ、パトリシアか」
俺の二つ下であるパトリシアは最近近所に引っ越してきたアメリカからの留学生で
いまのところ高校の後輩でもある
「何をしてるといっても学校から帰る途中だ、格好見ればわかるだろ?」
「あっ、そういえば今日は学校だったね、すっかり忘れてたヨ」
パトリシアはショートの金髪の頭をかきながら
にへっと笑って言う、そういえばこいつ私服だな
仮病でも使って休んだ上に堂々と外出してるのか…
「違う違う、病院いってたんですヨ! キチンとしたお休みなのです」
「病院ね……そういえばお前日本に着てからまだ間もないけど保険証とかどうなってるんだ?」
外国人の知り合いなんてそんな居ないし
その辺の登録とかどうなってるのかなんて知りようが無いので多少の興味がある
アメリカには保険とかないんじゃなかったけ?
「保健所? 犬とかを殺す場所ですか?」
「それは確かに事実の一端を担っているが、その言い方はどうかと思うぞ」
日本に動物を殺すことだけの施設があってたまるか
「保・険・証だよ、病院の話をしててなぜ保健所の話をする必要がある」
「母子手帳のことかと思いましたよ~」
お前の知識がこなた+田村達側に偏ってるのは知っていたが
保険証を保健所と聞き間違えといてなぜ母子手帳のうんぬんを知ってるのか…
「保険証ならもってるよ! ホラッ、今日はちょっと風邪っぽかったんデスよ」
「そうか、だが話を切り替えてン流そうとするな」
「ワタシ、むつかしいニポンゴわからなーい」
「パトリシア、お前喧嘩売ってるだろ」
手のひらを天に向けて
大げさに肩をすくめて見せるパトリシアに呆れる俺
…呆れかえる俺?
「それですよ、キョン」
「…ん、なにがだ」
急に先ほどの体制を切り替えて俺に人差し指を向けて言うパトリシア
デコに爪が刺さるだろうが
「パトリシアじゃなくて、可愛くパティって呼んでクラサイ」
…なにを言ってやがりますかこいつは
「却下」
「なんで!? 私が先輩のキョンをキョンと呼んでるのですから私のことも可愛らしい愛称で」
「他の後輩も含めてその名以外で呼ばれたことなど高校内ではないぞ」
「私もみんなパティと言いますヨ!」
ふむ、そうきたか
パティは両の手を胸の前で組んで
その蒼い瞳を潤ませ、上目遣いで俺を覗くようにした
まるで教会で祈る修道女のような格好だ
まだ駅とかにでるまえの人の少ない道でよかった、これは実は目立つ
「お願いデス、キョン」
「…じゃあ―」
俺が妥協の言葉を口にしようとすると、一気にパトリシアは距離を詰めてきた
俺の顔面に額で頭突きを入れるのではないかという勢いだ
「…うるうる」
甘い吐息が俺にかかる
両の手は先ほどより強く握られて、瞳にはいまにも零れんばかりに濡れている
これは演技でないのはわかった、いまのこいつは真剣だ
ポニーテール以外に特出した性癖やフェチズムを持たない俺でも
さすがに保護欲を全開にして抱きしめたい衝動に駆られる
「よし、わかった」
結局耐え切れず人目が無いのをいい事に
すぐ近くにあったその華奢な身体を抱きしめる
俺の行動に理解が追いつかないらしい…パティは
両の手を握ったままでその手が俺の左胸に当たる
つまり、多分だが俺の馬鹿みたいに早い鼓動が思いっきり伝わってしまってるわけだ
…今まで全然意識してなかったのに急に馬鹿みたいだがな
「…パティ」
「ふぇ!?」
唇が触れるくらいの距離で
息を吹くように小さい耳にそっと愛称で呼びかける
パティは俺の腕の中でビクッと震えて何かに耐えるように目をつむる
潤んでた水晶のような瞳から一筋、涙がこぼれた
―とっさにやりすぎたかと思ったが
パティはそのまま少しあごを上げるようにして、何かを待っていた
俺はその意図に気付き、顔の位置をずらして…
「ストップ!!」
俺は試写室の暗幕に流れるハルヒ閣下の映画第三弾
『これが純恋愛! 恋愛ストーリの王道』
とか詐欺としか思えないようなテーマの下作られたそれを
とうとう我慢の、というか羞恥心の限界を超えてその身をもって遮断した
「ちょっとキョン! 邪魔すんな!」
ハルヒが怒声をあげてメガホンを振り回そうと俺はガンとして動かない
これ以上は勘弁していただきたい
なぜ俺がこんな目にあわなくてはならないのか、しかもこれが文化祭で放映されるだと?
考えただけで卒倒しそうだ
「大体なんでナレーションもどきも俺なんだよ…」
「あんたいつも独り言してるし、得意でしょう?」
酷い言われようだった
それでは俺が根暗でぶつぶつとなにごとか呟いている不気味な奴になってしまう
「古泉…俺は切腹するぞ、介錯を頼む」
パイプ椅子を振り上げたハルヒに俺はすごすごと退散
負け犬よろしく自分の椅子に座り、先ほどの続きが平然と流れるなか
となりに座るニヤケ面の、この中で俺以外の唯一の男子に声をかける
「おや、僕でいいんですか? 最後に僕を選んでいただけるとは光栄ですね」
「…他の女子団員連中の手を汚させるわけにはいかんからな」
「これはまた酷い言われようですね」
「お前も男なら仲間の死を背負え、俺は天で見守ってやる」
顔面ファイヤーな内容の俺主演映画を濁り切ってるであろう自分の目で映しながら
ぼそぼそと古泉と陰鬱な会話を続ける
「いいでしょう、あなたとはもう少し付き合いたかったのですが…仕方ありません」
「チョーット、私の彼氏を殺そうとしないでくださいよ古泉センパイ」
だがしかしスタッフロールに切り替わりつらつらと団員名と役割が流れてくなか
俺は最後の時を迎えることは無かった
「おや、恋人さんの頼みでは仕方ありません、介錯はできませんね」
古泉はそういって涼しげな表情で椅子に座り
のほほんとスタッフロールを眺める作業に移った
…さて、状況を悪化させた形になってしまったぞ
「はぁ? あんた達付き合ってるの?」
「YES! 映画を期に付き合い始めマシたよ私達」
ハルヒが俺を睨む
いや睨むなんて生易しいもんじゃない、これは視線で人を殺そうとしている
目を合わせたら間違いなく死ぬ、これ規定事項
「あんた、私達が真剣に映画を作ってるってのに色恋沙汰持ち込んでんじゃないわよ?」
声を荒げてないのが余計にそら恐ろしい
「元々映画自体が恋愛物だろ?」
「あんたね、いまも流れてたように映画はフィクション、あんたそれもわからないの?」
その台詞は一番お前が言ってはいけないな
特に俺ら相手に言うにはどうにも説得力に欠ける
…が、攻撃力は十分と言ったところか
「パティも、ちょっと二人ともこっちにきなさい」
腕を組んで仁王立ちしているハルヒ
パティは別段どうということも無く普通に向かっていった
それを見て俺も渋々向かう
「道理であんたがパティのことをパトリシアって呼ばなくなったのね」
まったくもってそのとおり、ビンゴとしかいえないが
部下の不祥事に呆れるエリート上司みたいな表情と態度をするな
お前は絶対なれんぞ
と、ハルヒは俺達が一足一刀の距離に来たのを見計らい
「ていっ!」
「いてっ!?」
「オゥ!」
両腕を解き、右手で俺の左でパティの額をものっそい勢いでデコピンした
…まて、いつだったかSOS団でやったサバゲーで喰らった
ライフル式のエアガンを額に喰らったときよりよっぽど痛いぞ
額に穴が開いたかと思った
「ま、おめでと」
ハルヒは七転八倒する俺と、額をさするパティを交互に眺めて
ボソッと呟いて部屋をでてった
「…殺されずには済んだみたいだな」
「ハルちゃんはちから強いデスね」
「それでも俺に比べればかなり手加減されてたみたいだがな」
エアガンを額に受けたときは丸くへこんでしばらくは傷が残ったんだよな
ただのデコピンでそこまでの威力をだすとは、いやもうただのとは言えんが
「ま、ハルちゃんが許してくれたなら堂々とイチャつけるね!」
「ちょっと、抱きつくな―」
頭に強烈な一撃を受けた所為か俺はパティの突発的なアタックに
足をすべらせ見事にすっころんだ
「ここにハルにゃんがきたら大変だねキョンキョ
「そういえば二人とも団活中はそういうの禁止だからね…ってあんた達いきなりなにやってんの?」
数十分後目を覚ました俺の最後の記憶は
頭の激しい痛みのためいまいち脳の活動に信用が置けないが
多分飛んできたパイプ椅子だったように思う
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最終更新:2008年03月06日 14:28