なんてったって☆憂鬱:その2

「おねえちゃん…よかったぁ、ホントによかったぁ」

 「つ、つかさ、そこまで心配してくれてたのはすんごいうれしいんだけど、いつまでも私に泣きつかないの。家出てからずーっとじゃない」
  周りの人のなんともいえない視線が、すごく痛いんだけど…。

 「でも、でもぉ…」

 私はポケットからハンカチを取り出して、つかさの目じりを拭う。昔からちょっと泣き虫なところはあったけど、ここまで大泣きなのは
久しぶりのような気がする。まあ原因は、不可抗力とは言え、私のせいなんだけど。
 夜中の校舎で、私達を襲った不可思議な現象。今思い出しても、寒気と共に恐怖が体中を走る。どこまで歩いても、終わりの見えない
廊下。指先から、まるで透明になるかのように消えていく私。そして一人、取り残されて。
 正直に言えば、私もつかさの顔を見たとき、思わず泣きそうになってしまった。でもこの子ったら、私に泣く暇さえ与えてくれない
んだから。私の部屋のベットの上で目が覚めて、すぐに起きて部屋の扉を開けても、見慣れた廊下に階段と、つかさの部屋の引き戸が
あるだけで。つかさの部屋に入ると、ちょうど気がついた所みたいで。私を見て一瞬ぼけっとして、いきなり目元に涙を浮かべて
「おねえちゃん!」って抱きついてきて。私のパジャマは、つかさの涙やらなにやらでぐしょぐしょになっちゃったけど、悪い気は
しなかった。
 で、朝ごはんの時間も、歩きながらもずーっとなだめてるんだけど、まだ治まってくれない。かなり落ち着いてはきたけどね。
でも仕方がない。普通は耐えられないわよこんなの。私だって、ちょっとは…うう、それなりに怖かったもの。
 
「大丈夫よ、ホラ。もうどこにもいったりしないから。ね?」
 つかさの顔を覗き込む。つかさは自分の手で目元を拭うと、また泣き出しそうな顔のまま微笑む。
 「うん…。ごめんね、お姉ちゃん」
 そうよ。つかさは笑ってる顔のほうが、ずっとかわいいんだから。これでなんで今まで、彼氏の一人もいなかったのかしら。小中では
好きな子はいたみたいだけど、引っ込み思案で人見知りする性格のせいなのか、特に何もしなかったわね。こなたのやつは
「怖いお姉ちゃんがガードしてる」とか抜かしてたけど、失礼なやつめ。私はこれっぽっちもそんなことしてない!…そりゃ変な奴
とは、くっつかないでほしいとは思うけど。

 そういえば、こなたで思い出した。私がつかさを宥めすかしながら、下にいたお父さんやお母さんに変な顔やら心配やらされながら、
話を聞いたり、周りを確認して、なんとか状況を掴もうといているときに、あいつから電話が来たんだった。
 電話口のこなたは、私のことを本気で心配してくれていたみたいだった。ま、少しはうれしかったといっておくわ。本当に少しだから。
で、すぐにいつものあいつに戻ったんだけど、どうもあいつは、何かを掴んだみたいね。私に「あるライトノベルを持ってくるように」
っていって、電話を切った。最初は何のことだか分からなかったけど、言われたとおりにするために部屋に戻ったとき、ふと感じた違和感。
その元を探そうとして、私は、気づいてしまった。壁にかかっていた制服が──

 「かがみさん!つかささん!」

 聞きなれた、それでいてずいぶん懐かしいと錯覚してしまいそうな声色が、私とつかさを呼ぶ。坂の下のほうから、軽くウェーブの
かかった髪をわずかに揺らして、みゆきが駆けて来る。近づいてくると、髪以外の場所も大きく揺れているのが分かったけど、私は
気にしない。全く気にしていない。…うらやましいやつめ。
 
 「ゆきちゃんも…よかったぁ」
 「ああ、こらこら。みゆきとはあの後携帯で一回話してるんだから、泣くことはないでしょ」
 「そ、そだね。えへへ、ごめんね」
 
 なんとかつかさが泣き出すのを阻止して、私はみゆきに向き直った。

 「みゆきも無事で、よかったわ。こなたと雄吾くんも無事みたい。まだ来てないけど」
 「ええ。みなさん無事で何よりです」
 いつもの、柔らかな笑みを浮かべるみゆき。この光景だけ見ていれば、いつもの登校風景と錯覚してしまいそうだ。でも。
 「かがみさん、やっぱり…」
 「ええ。おかしいわね」

 朝から感じていた、「何か違う」という感覚。その違和感は、制服に袖を通した瞬間に爆発し、それでもとりあえず学校に行こうと
玄関の扉を開けた瞬間に、それは完全に疑念に変わった。
 
 「ここ、どこなのよ…」

 そう。私はこの長い坂道も、周りに広がる住宅地も、青空の下、遠くに見える町並みも、全く「覚えがない」のだ。通い慣れた陵桜
学園、つまり私達の通う高校への道のりでは、決して無い。
 
 「私も、このような場所は覚えがありません。ですが」
 みゆきが続けようとした言葉を、私が続けた。
 「知っている、でしょ?みゆき。」
 
 この、「奇妙な違和感」の最大の理由。「覚えていない、だけど知っている」のだ。この道のことも。町のことも。それどころか、
ここが私達が生まれ育った(みゆきは違うけど)埼玉県でないことさえ「知っている」のだ。この坂道を登ってどれくらい歩けば、
「あの高校」にたどり着けるかも。
 みゆきが少し不安げな様子で続ける。
 
 「はい。泉さんから待ち合わせ場所として、この信号の前を指定されたとき、私は道のりも何も覚えていないはずなのに、
 ここにたどり着いてしまいました」
 「私もほとんど同じ。分からないはずなのに、どこを曲がるか、次はこっちって、頭が完全に理解してるの」
 「きゃっ!な、なにこれ?お姉ちゃん」
 
 突然のつかさの悲鳴に、私とみゆきは思わず振り返る。すると、つかさが制服の袖をつかんでくるくる回ってみたり、必死に
自分の背中やらスカートやら足元やらをきょろきょろ見回しながら、焦っていた。
 
 「どうしよう、これ陵桜の制服じゃないよ…」
 「今更かい!」
 
 思わずツッコミを入れてしまった。着替えてから今まで、全く気づいていなかったらしい。全く、この子らしいといえば
この子らしいけど。将来が軽く、というかだいぶ心配だわ。詐欺にでも遭わなければいいけど。でも、おかしいわね。前に一度
引っかかりかけたような記憶が、あるようなないような。
 それにまあ、あれだけ泣いていれば、ね。
 
 「あ、でもゆきちゃんもお姉ちゃんも一緒だ。それに周りの人も」

 つかさが、あちこちをきょろきょろ見回しながら不思議そうな顔をしている。は、恥ずかしいからやめなさい。軽く笑われている
じゃない…。
 いつもの制服の指定席、私の部屋の壁にかけてあった、見慣れない、だけど「知っている」制服。これは確かに、陵桜のものと同じで
「セーラー服」に分類できるものだろうけど、作りも印象もだいぶ違う。スカートの方はプリーツが少なく、短いタイプの
「ボックスプリーツ」に近いものだし、襟に通しているのも陵桜のリボンタイではなく、暗い赤色のパータイだ。襟や袖の色も、
水色を少し暗くしただけで、陵桜セーラーに比べると若干目立つかもしれない。
 
 というか、個人的にはこっちのほうがかわいらしくていいかもしれない。家を出て、人通りの少ない道をつかさと歩いている
時は、なんとなく気恥ずかしかったのに。慣れちゃったのだろうか。それともコスプレ趣味に目覚めかけているのか?ああ恐ろしい。
こなた側の人種にはなるまいと、決意しているのに。
 いやいや、これは単に周りに同じ制服の生徒が増えてきたから、ただ安心して余裕が出ているだけ。きっとそうよ。絶対そう。
答えは聞いていないわ。にしてもこの制服、どこかで見たことある気がするのよね。何かとても身近なところで、何度も見かけている
気がするんだけど──

 「おーい、みんなー」
 
 …はあ。やっと来たか。みゆきと同じように坂を駆け上って来る、見慣れた、というか見飽きた姿。今日もあの頭のてっぺんの
髪の毛は、反抗期真っ盛りみたいね。
 その少し後ろを駆けて来る、ブレザー姿の男子。だいぶ息が上がっているみたい。まあ、自業自得でしょ。これに懲りたら、
こなたみたいに時間ギリギリじゃなくて、余裕を持って来ることね。
 
 「いやいや~お早うなのかな?それとも、こんばんわ、でいいのかな?」
 あんな速さでこの坂を駆けて来たのに、あまり息が上がっていないこなたが、いつもの調子で口を開く。
 
 「今の時間に合わせるなら、おはようでしょ」
 「だねえ。とにかくみんな無事でヨカタよ」
 と、ようやく男子──雄吾くんが、私達の元へたどり着いた。肩は大きく上下して、息も絶え絶え。体力だけは人並み以上に
あるこなたについて来たのだから、まあしょうがないでしょ。
 
 「情けないねぇ、ゆー君。男なんだから私を追い抜くようじゃなきゃ」
 「そ、そんなの…無理に…決まってる…だ、ろ」
 「諦めたらそこで試合終了ですよ?」
 「最初から、そんな、つもり…ない…から」
 
 なんとか顔をあげ、雄吾くんは続ける。

 「かがみさんも、みんなも無事でよかった…」
 「こなちゃん…ゆうごくん…よかったぁ」
 つかさ、同じネタはもういいから。
 
 「でも、まあ、みんな無事でよかったわ。なんか妙な事にはなってるけど」
 そこまで言って、思い出した。私達がこの坂道の途中にある、押しボタン式の信号機のある交差点、つまりここに集まった理由。
 「で、話って何?電話だとなんか知ってるような口ぶりだったじゃない」
 私の言葉に、こなたは腰に手を当てて無い胸を張り、「貧乳は~」などという台詞を恥ずかしげもなく言い放ったいつぞやのように、
堂々とした態度で口を開いた。でもなんだかんだ強がってても、自分の成長具合はやっぱり気にしてるみたいだけど。
 
 「んっふっふ。私はある重大な事実に気がついてしまったのだョ」
 そういって、にやりと不敵な笑みを浮かべるこなた。この顔はロクなことを考えていないときの顔だ。思わずため息が出てしまう。
 
 「むー、なんだよかがみん。露骨にそんな呆れた顔しなくてもいいじゃん。まだ何にも言ってないのに」
 どうやらため息だけじゃなくて、顔にも出てしまったみたいね。まあいいか。とりあえず私は、こなたに先を促すことにした。
 「で、今度は何を言い出すわけ?」

 私が自分でも分かるくらいに呆れた声色で問いかけると、表情のにやにや成分を30パーセントほどアップ(当社比)させながら、
こちらを覗き込むように、こなたは私を見る。はっきり言って不気味だ。か、顔が近いわよ気色悪い…。
 
 「いやぁ~、かがみんならとっくに気づいていると思ったんだけどねぇ」
 「な、何がよ?」
 「いやぁ~。愛が足りないんだネ」
 
 ど、どーせ私は愛の無い女よ。どうせ私は、愛の無い女。心の中でオカマ口調の大御所歌手、その代表作のいちフレーズを改変して
しまったことは言わなかった。というか、何の話よ。こなたに疑問を投げようとしたとき、みゆきがふいに口を開いた。
 
 「あ、あの、すみません。話の腰を折ってしまうようで大変恐縮なのですが、少し、状況を整理してみませんか?」
 「おお、そだね。私の話もそのほうが繋げやすいし。さすがみゆきさん!」
 こなたの賛同に、照れたような笑いを浮かべるみゆき。ま、確かにそうね。私も何がなんだか訳の分からない状況が続きっぱなして、
混乱がまだ収まってないし、身の上に起きたことを冷静に考えるのもいいかもしれない。
 
 「えと、俺達は昨日…で、いいんだよな?学校で遅くまで残って学園祭の準備をしてて」
 雄吾君が考え込むように口を開く。そう。私達は数日後に迫った学園祭の準備を、急ピッチで進めていたのだ。
 
 「えっと、気がついたら午前2時くらいになってたんだよね…」
 つかさのつぶやくような口調。門限ぶっちぎりで大オーバーラン。出発信号機冒進、つまり超えちゃったクラスの大失態だわ。
いくら途中でウトウトしちゃったとはいえ、2時はありえないわよね、普通。
 
 「それで、私達は昇降口を目指して廊下をを歩いていました」
 「んで、いくら歩いても階段にもたどり着けない静岡なワールドになっちゃってて」
 みゆきの後に、こなたが続けた。ていうか、そっちの字じゃ静岡県が勘違いされるわよこなた。
 でも、あの時はちょっとは怖かった…う、そ、それなりに怖かったわよ。それなりだからね!それなり。
 
 「そしたら、みんなの体が急に透けて消えていっちゃって。気づいたら一人で廊下に倒れてたんだよな。で、みんなを探して
教室の扉を開けたら」
 「転移、というかワープが始まった、ってわけね」
 私の言葉に、みんながそうそうとうなずく。まあ、私以外の四人は、あとで合流できたみたいだけど。なんで私だけ…。やっぱり、
あの時隣の教室の扉を選べばよかったかしら。などと考えていると、こなたが急に私の周りを妙な踊りで周りながら、あの憎たらしい
にやにや笑いで問いかけてきた。
 
 「ねえ、どんな気持ち?寂しかった?一人ぼっちでワープしてて寂しかった?ねぇ?ねぇ?」

 クマが踊ってるアスキーアートの真似か!こ、こいつムカつく。電話でさんざん私を弄っておきながら、まだ足りぬというのか!
私がこなたに足払いでもかけてこけさせてやろうか、それとも正拳でも食らわせてやろうか迷っていると、みゆきがおずおずと口を
開いた。ちっ、みゆきに助けられたわね、こなた…。

 「ということは、やはりここも、転移した場所、世界なのでしょうか…」
 「でしょうね。ベットで目が覚めたときは、夢かと思ったけど。今でも夢であってほしいと思ってるわ…」
 
 私の儚い願いを打ち砕くような、こなたの一撃。

 「しかも、転校生属性というオプションのおまけ付き」
 「ということは、みんな同じなのか…?」
 雄吾君の口にした疑問に、こなたが答える。

 「多分ねー。私は今日9月1日、つまり2学期初日から県立北高に転校してきた転校生」
 「私にも、その記憶があります…」
 「私にもあるわ…」
 「あ、わ、私も…。で、でもなんで?私たち、陵桜学園の三年生だったのに。今の私は一年生で、転校生で…頭がおかしく
なりそうだよ、お姉ちゃん…」

 私だってどうにかなりそうよ。だいたいなんで私の部屋にこの北高の制服がかかっていたのかも分かんないし。でも頭が
「覚えている」のよ。私達は高校1年生ということも、夏休み終わりごろに転校してきて、今日が登校初日だということも、
この通学路のことも──!
 
 「ふっふっふ。私の仮説を披露するときが来たようだね…」
 そういえばそうだった。こいつは何か気づいているらしく、みんなに話があるとここに集合させたんだっけ。
 
 「で、話ってなによ。あんまりモタモタしてると遅刻するわよ?<転校初日>から遅刻なんて御免よ?」
 「まーまー。あわてないあわてない。ひとやすみひとやすみ。かがみんだって今の時間ならもう少し余裕あるの知ってるでしょ?」
 まあ、それはそうなんだけどね。今の時刻ならもう少しゆっくりしてても充分余裕があるのは、なぜか「知っている」。
 
 「って、こなた。みゆきの眼鏡なんて借りて何やってるのよ?」
 「いやー、この方が雰囲気出るんだよねぇ」
 
 何の話だ。私が軽くため息をついたのにも気にせず、みゆきの眼鏡をかけたこなたは軽く咳払いをした後、急に声色を低くして
話しはじめた。また何かのアニメネタか? 

 「…私は今、この制服を見て恐ろしい仮説を思いついたんだ」
 今思いついたのかよ。
 
 「私達はいままで、何かしらの扉を開けるとワープする異空間にいたんだ。だからここも、そのひとつだと思っていた。でも違ったんだ」
 ふむ、確かにそうね。今までとは感じが違うし、部屋の引き戸を開けてもワープしなかったしね。
 
 「…そう、私達はとんでもない考え違いをしていたんだ」
 ──あー、唐突だけどこなたのこの微妙なモノマネ、元ネタ思い出したわ。しょうがない。お約束には付き合ってやるか。
 
 「考えてもみてくれ。私達の頭にどうしてか記憶された、北高というフレーズ。そしてこのどこかで見たことある制服のデザイン──」

 つかさとみゆき、雄吾君が、真剣な目つきで固唾をのんで、私は半分呆れたような生暖かい目でこなたを見守っている。何を言い出すつもり
なのかしら…。こなたはそこで一旦切って、そして、とんでもないことを言い放った──!
 
 「つまり私達は、涼宮ハルヒの世界に迷い込んでしまったんだよ!!」

 な、なんだって──!!!
 
 って、お約束の反応をしたのは雄吾くんただ一人だけだった。つかさとみゆきは首をかしげていたし、付き合ってやろうと考えていた
私は、あまりの超展開に言葉を失っていたからだ。
 
 「なんだよー。みんなノリ悪いよー。ゆー君だけじゃん、私の求めていたリアクションをしてくれたのは」
 みゆきに眼鏡を返しながら、不満そうに口を尖らせるこなた。
 
 「あたりまえでしょーが。あんたねえ、寝言なら寝てからいいなさい」
 「寝言じゃないもん。というか、かがみんなら気づいていたと思ったんだけどなあ。持ってきたラノベの表紙見てみたら?」
 
 はぁ。いくらオタクなこなたでも、リアルとの混同はしないと思っていたのに。それともこの不可思議現象の影響かしら。
うんざりしながら、通学用鞄からこなたからのリクエストで持ってきたライトノベル「涼宮ハルヒの憂鬱」を取り出す。中身は
説明するまでもないけど、不可思議な能力を持つ少女と、その少女と行動を共にする普通じゃない存在、巻きこまれた男子高校生の
学園物だ。要約終わりね。
 ブックカバーを取り外し、そして、私は軽く背筋が震えるのを感じた。

 (な…う、うそでしょ…)
 
 白地の背面に、大きく書かれたアルファベットの「H」。縦書きの作品名。そして、ポーズを決めて勝気な笑みを浮かべる、制服姿
の主人公、「涼宮ハルヒ」。彼女が着ている制服は──
 
 私が着ているものと、酷似していた。というか、全く同じもの?

 いろいろなものが巡りすぎて何も考えられず唖然としていると、みゆきが唐突に口を開いた。
 
 「あの、すみません。涼宮ハルヒとは、なんでしょうか?」
 「えと、こなちゃんが好きなアニメだったよね?」
 今の二人を間漫画的に表すなら、頭の上に大きな?が浮かんでいる状態だろう。そんな二人を見て、こなたは妙に納得したような
顔をしながら呟いていた。
 
 「あーやっぱり、二人は分かんないか…ライブは行ったけど、媒体は渡してなかったからなぁ…」
 今度は私と、雄吾くんの方に向き直る。
 
 「かがみ、現物見せながら軽く説明したげて」
 私はこなたに話を振られて、ようやく思考が落ち着いた。
 
 「ち、ちょっと待ちなさいよ。そりゃ私たちが着てる制服は似てるし、北高校っていう学校に転校するのもなんでか知らないけど
頭にあるわ。でもなんでたったそれだけで小説の世界に入り込んだって言えるのよ?」

 どうせなら、指をびしっとさして、「意義ありっ!!」って叫んだほうがよかったかしら。そんなくだらないことに考えが回る
くらいには、私の混乱は収まってきたみたい。この際みゆきとつかさの?マーク解消は後回しにしましょう。二人ともごめんね。
 
 「えーだってこの制服で北高って言えばハルヒじゃん。常識だよ」

 えらく狭い範囲の常識ね…。春日野道駅ホームもびっくりだわ。私が突っ込もうとすると、こなたは目を輝かせながら周囲を見回して
いた。

 「もしかしたらハルハルとかキョンとか歩いてるかも!?こなたカンゲキ!!」
 あー、ダルいからつっこまなくてもいい?つーか新御三家かよ。
 
 「だいたい、架空の世界に入り込むなんて話が本当に起こるわけ…」
 「無限ループの廊下とワープは?」

 うう。こなたのやつ、鋭いわね。それを言われたら何も言えない。それも全部夢なんて言い捨てられたらどんなに楽な事か。でも
夢で片付けるには、今までのことはあまりにも現実感がありすぎた。
 うまい言い返し方が見つからずに押し黙っていると、何気なく自分の携帯を開いた雄吾くんがさらりと、とんでもないことを口にした。
 
 「あ、みんな。そろそろ時間が…」
 「え!?うそ!?」
 
 あわてて鞄に手をつっこんで、携帯電話をつかむ。小さなサブディスプレイは、私たちに残された時間がだ少なくなっていることを教えて
くれていた。ていうか、そーいう大事なことは早く言いなさいよね!
 
 「とりあえず行きましょ。ここで話してても埒が開かないわ」
 「そだね。つかさ、みゆきさん、さっきの質問は歩きながらお答えしよう!なんでも聞いてくれたまへ~」
 
 こなたはみゆきとつかさを連れ立って、私はその後ろを雄吾くんと並んで歩き出した。まばらだった他の生徒も、いつの間にか増えて
いた。
 
 「なんか、面倒なコトになっちゃったね」
 雄吾くんが、放心したようにつぶやく。
 
 「そうみたいね…。全く、どうなってるのかしら。こなたは妙なことを言い出すし」
 私が何度目か分からないため息をつくと、彼は少し笑ったような顔になった。苦笑いかしら。

 「でも、こなたさんらしいね」
 「いつも以上に発想が飛んでるけどね。あいつの思考回路はショート寸前どころかとっくに焼き切れてるんじゃないかしら…」
 
 ちょっと言いすぎかも、と笑って、雄吾くんが続ける。

 「でも、こなたさんがいつも通りで、本当によかったよ。俺はだいぶ助けられてる、と思う」
 ──それは、私も同じだった。私にのしかかる憔悴と不安と、その他何ともいえないような感情を少しでも押しのけたのは、
見知ったみんなに会えた安心感と、いつもと変わらないように見える、くるくる変わる猫のようなあいつの表情。もちろんあいつには
言わないけど。絶対言ってやんない。「デレたかがみん萌へ~」とか言ってからかわれるのが関の山だし。
 だから私は、答えなかった。でも雄吾くんは、なぜか小さく顔を綻ばせていた。な、なによ。言いたいことでもあるの?
 
 「ははっ、かがみさんもいつも通りで安心したよ」
 「な、なによ。どーいう意味!?」
 
 思わず彼のほうを向いてすごんでしまった。何か馬鹿にされてる感があるんですけど。

 「いやいや、深い意味はないよ。さ、急ごうか」
 「ちょっと、言いたいことがあるなら言いなさいよ」
 
 問いかけても、雄吾くんは微笑を浮かべたままで、言おうとはしなかった。
 なんかすごく、納得いかないわね…

 そして、私はその日のうちに、こなたが正しいことを思い知った。
 ええ、いやというほどね。


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最終更新:2008年03月08日 18:03
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