なんてったって☆憂鬱:その3

ほぼ一ヶ月に渡って俺を全速前進最大戦速で振り回した夏休み──主な原因は我らが団長様であったが──が、ようやく、本当に
ようやく明けて、こうして下駄箱から内履きをつかみ出せるのがこんなに幸せな事だと思わなかったと認識を新たにしている最中の
事だ。
 
 合宿と称した推理劇モドキのサプライズパーティは、まあ目を瞑ろう。あんな孤島であんな体験は金輪際経験できないだろうし、
と言い切れないのが恐ろしいところだが、実際少しは楽しかったのでよしとする。問題は、その後だ。
 例えば、目の前に喉から手が出るほどの大好物が出されるとする。大抵であればすぐに平らげて皿を空にするところだろう。
そこへ、二皿目が出される。少食の人は分からないが、それもあっという間に間食するだろう。だが三皿目になると躊躇する人間が
出てくるだろうし、四皿目、五皿目…とそれが永久に目の前で並べられれば、大部分の人間は飽きてくる。
 
 俺にとって、そしてほかのメンバー、特に長門にとって、夏休み最後の二週間はまさにその状況だった。なにせ一万五千回も、
同じ14日間を繰り返していたのだから、たまったものではない。始まるまではあれほど恋焦がれた夏休みも、今となっては
食べ過ぎて体を壊したときのような、うんざりとした感慨しか思い浮かばない。正確には何回だったか。一万五千四百…
いや、考えるのも憂鬱だな。
 そこで背中に衝撃を感じて振り返ると、終業式で見たときと幾分も変わらないアホ面がいた。
 
 「よっ、キョン。なんかやつれてんなあ。まあ分かるぜ。楽しすぎた夏の日々はもう過ぎ去ってしまったからな」

 楽しすぎて気が滅入るほどだったよ。こいつにはおそらく、延々と繰り返していた2週間の記憶はないだろう。一万何千回も
夏休みを繰り返していたんだと吐露すれば、こいつはどんな顔するだろうか。もちろん言える訳がないが。
 
 「谷口…、夏休みが終わったってのにやけにテンション高いな…」
 背中を軽く叩いた張本人、クラスメートの谷口は、いつものオールバックににやけ顔というお決まりの姿で、教室に向かって
歩き出した俺の横を、まるでスキップでもしそうな雰囲気で歩いている。

 「いや、登校中にすげえかわいい娘がいたんだよ!それも複数!」

 お前は365日、女の事にしか脳細胞が働かないらしいな。兵器にしろ何にしろ、使用条件や目的を絞った機械は得てして優秀に
なりえるが、人間の脳みそがそれでは「単細胞」と馬鹿にされるだけだぞ。
 
 「まあ一人は男と並んで歩いていたから泣く泣く諦めるとしてもだ。あの3人は美的ランク上位に確実に食い込むね」などと浮かれ
ている谷口の言葉を、青函トンネルを通過する貨物列車の如く右から左に聞き流しながら、見慣れた一年五組の教室にたどり着く。
 
 少し早い時間に着いたからか、人もまばらだ。国木田もまだ到着していないらしいな。そしてそのまばらな人の中に、そいつは窓を
背に足を組んで、教室の出入り口──つまり俺のほうを向いて座って、あの勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。昨日の事、つまり
夏休み最終日にSOS団の皆で俺の家に集合し、課題を片付けたことが頭をよぎった。俺はほとんど課題に手をつけておらず、今
窓際にいるそいつ、涼宮ハルヒが夏休み開始直後にほとんど終わらせてしまった課題を、ハルヒ本人にあーでもないこーでもないと
監督されながら、せっせと写していたのだ。丸写し禁止というハルヒの方針に従うしかない俺は、文体や計算式を巧みに変えながら
なんとかその難敵を攻略したのさ。
 
 もしかして、法外なその見返りを要求するつもりなのか。そりゃハルヒには感謝してもし切れない位の恩を売ってもらったから、
なんらかの礼は考えてもいいだろう。しかし限度ってモンがあるぞ。などと逡巡してるうちに、ハルヒは立ち上がり、ずかずかと
俺のほうへ歩み寄ってくる。頼むからあまり無茶な要求はするなよ。財布にやさしいものであることを切に願う。
 
 軽く身構えてしまった俺を見上げながらの、ハルヒの開口一番に、俺の予想は大きく裏切られることになった。ちなみに谷口の奴は、
ハルヒを見るなり速やかに自分の席に着いていた。瞬間移動か。

 「キョン、転校生だって!」

 は、転校生?

 「転校生よ、転校生!うちのクラスに転校生だって!しかも二人よ?さっき職員室に行ったら、岡部がその二人と話してたのを見たの」
 しかもよ、と付け加え、機関銃陣地からのGPMG掃射のような、マシンガントークをハルヒは続けた。
 
 「他のクラスにもいるらしいわ。聞いた話だと全部で6人いるみたい。謎の転校生が集団で来襲なんて怪しすぎるわ」
 
 怪しいというのなら、SOS団も充分怪しい団体だと思うがな。というか、前に古泉の奴が転校してきたときは、「中途半端な時期に」
転校してきたのが謎の転校生だとかいってなかったか?2学期の初日に転校なんて普通にありえるだろう。
 
 「同じ日に6人も転校なんてありえる?しかも全員1年よ」
 たまたま転勤とかが重なっただけじゃないのか?
 
 「どう考えても出来過ぎよ。これはSOS団でも対策を考えなきゃ」

 どこをどう考えれば出来過ぎという結論に至るのか、是非教授してもらいたいね。こいつの思考回路は短絡どころか、こいつ自身が
回路を強引にこねくり回して、常人は及びもしない回答を出力するように出来ているに違いない。
 お決まりのため息が口から出そうになるのを堪えながら、俺は自分の席に腰を下ろした。一番窓際の、後ろから2番目が俺の現在の
指定席だ。もっとも、2学期に突入したし、ハルヒが正しければ転校生が来るらしいので、もしかしたら席替えくらいやるかもしれない。
この位置は春先などは暖かくて、睡眠学習にはピッタリなんで手放すには惜しいのだが。ちなみにハルヒの席は俺の真後ろで、授業中などは
よく理不尽なシャーペンゲバ棒や消しゴム投石の攻撃を受けている。俺をなんだと思っているんだろうね。
 
 「うまくいったら、転校生もわがSOS団の戦力に出来るかも。兵力の増強は国家の基本政策よね」

 俺に続いて自分の席に戻ったハルヒは、件の転校生に対して並々ならぬ興味を抱いているようだ。基本政策って、富国強兵や夜警国家
の時代の話じゃねえか。まああながち間違ってもいないだろうが。

 しかし、ハルヒがこれだけ執着を見せている転校生ってのは、一体どんな奴らなのか。そして全くもってありがたくない、嫌な予感しか
しないのはなぜだ。
 以前、古泉の野郎が、あのうさんくさいスマイルで、こう言っていたな。
 ハルヒがそう望んだから、我々はここにいると。
 だとしたら、その転校生集団ってのは何なんだ。ハルヒがまたとんでもないことを願った賜物なのか。こいつが望んで、まだ叶えられて
いないものだっていうのか。
 
 そこで、ふと思い出した。五ヶ月も前の入学式の日。今だに全校の語り草、すごいぜ涼宮伝説の記念すべき幕開けとなった、生涯忘れ
ることは望んでもできないだろう、こいつの自己紹介を。
 
 ──ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上。

 まったく、元素記号やら英単語やらはどう頑張っても俺の記憶に染み込まないのに、あの口上は一字の間違いも無くすらすら出てくる
のはなぜなんだろうね。
 とにかくあの時はトチ狂ったか何かの冗談かと思っていたが、こいつは宣言通り、本当に宇宙人未来人超能力者を集めてしまった。
そこになぜ不思議属性なんてこれっぽっちも持ち合わせていない一般人の俺が加えられているのかは、全く分からないし分かりたくも
ない。
 そして俺はいくつかの宇宙的未来的異空間的危機に巻き込まれつつも、なんとか二学期初日を迎えることができたって訳だ。回想は
ここらでいいか。
 何が言いたいかというとだな、要するに異世界人だけが、今の今まで出てきてなかったということだ。ハルヒが望んでいた(だろう)
にもかかわらず、意外とシャイなのかそれともこっちが気づいていないだけなのか、名乗り出たり姿を現すようなことはなかった。

 昨日までは、な。

 そして今日、高校1年中盤の最初の日に、突如現れた、ハルヒが言うには6人の「転校生」。正直に白状すると、さっきハルヒの奴に
ああ言ってはいたが、実際は俺もまた疑っていたのさ。
 だってそうだろう?今までさんざん目の当たりにしてきて、命の危機さえ迎えて、それでもまだこいつの不可思議パワーを鼻で笑う
ようなことは俺にはできない。少しは経験から学べる人間なんでな。
 
 けど6人ってのはちょいと多すぎやしないかい?ハルヒさんよ。異世界人だけは頭数揃えたかったのか分からんが、過ぎたるは及ばざるが
如しって昔の人も言ってるぞ。まあこいつは「多ければ多いほどいいのよ」って言いそうだが。
 任意で部室に連行するからあんたも手伝いなさいというような事を一方的にまくし立てるハルヒに生返事を返しながら、放課後に長門
か古泉あたりにでも話を聞きに行こうと、俺はぼんやりと考えていた。
 
 朝比奈さんは…そこにいるだけで充分なのさ。仕方ない。人にはそれぞれ役割ってものがあるんだからな。


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最終更新:2008年03月11日 13:38
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