まったく、校長の声ってのは何か特殊な波長になってるのかね?だまって聞いていると脳がリラックスしすぎて船を漕いでしまう。
いっそのこと「睡眠導入のための校長訓示集」とかいうCDでも発売したら、不眠症治療に多大な貢献をする気がしてならないね。
そんなどうでもいいことを考えながら、始業式が終わった直後の休み時間である。不本意ながら第二の根城になってしまっている
元・文芸部室、現在は校内で知らぬものはおそらくいないであろうSOS団の部室で、俺はいつものパイプイスに腰をかけて、ただ
何をするわけでもなく、携帯で呼び出した人物の到着を待っている。
別に部室でなくてもよかったのだが、用件を考えると聞かれる人間は少ないほうがいい。教室なんてもってのほかだ。GBR-Pレーダー
の如く恐るべき探知能力をもつ団長様がおられるからな。何の話をしてるのと、問い詰められるのは規定事項だね。
今日はこのいつもより長い20分の休み時間の後、ホームルームを終えれば放課後だ。明日からは通常通りの時間割だ。忌々しい。
と、そこで部室のドアノブが回り、ゆっくりと開くドアの音がした。来たようだな。
「お待たせしてすみません」
石膏像のように変わらない、いつものうさんくさい爽やかスマイルで、イケメン超能力者・古泉一樹が座る。お互いいつもの定位置だな。
「別にそんなに待っちゃいないが」
「おや、あなたに気を使っていただけるとは。光栄ですね」
はたくぞお前。
「ジョークですよ。さて、休み時間もあまり残されていません。聞きたいことというのは、例の転校生の件ですね?」
分かってるなら話は早い。俺は少し身を乗り出すようにして、先を促した。
「ああ。ただの転校生じゃないんだろ?」
果たして次は何が出るか。一番可能性が高いのは異世界人な気がするが。古泉がゆっくりと、口を開く。
「僕にとっても、転校生の話は寝耳に水でしたよ。機関にとってもそれは同じだったようで、現在全力で調査しています」
「事前に分からなかったのか?」
かぶりを振って、古泉は続けた。
「ええ。事前の情報では、転校生の予定などありませんでしたよ。少なくとも、昨日までの時点では」
ということは、お前の組織とやらが見落としてたか、あるいは。
「ですが、少し気になることがありまして」
「何だ」
俺のイスが、小さく軋む音を立てた。
「昨日のあなたの家での勉強会が終わった後のことです。久しぶりに閉鎖空間が発生したので、処理に赴きました」
全くハルヒの奴は。勉強会だけじゃ不満だったていうのか。と、古泉が苦笑いしている。どうやら無意識に口に出していたらしい。
「いえ、推測ですが恐らく、暑くて寝付けなかったとか、そんな原因でしょう」
確かに昨日の夜は寝苦しかったが、そんな半ば逆恨みのようなストレスにも付き合わなきゃいけないのか。超能力者も楽じゃないな。
古泉に本当にわずかだが同情してやる。もちろん口には出さん。
「無事に神人を処理し、閉鎖空間は消滅しました。その時に変な違和感を覚えたんです」
「違和感?」
ええ、とうなずいてから少し考えるような素振りを見せ、俺に向き直った古泉の顔は、スマイルがだいぶ薄れていた。
「崩壊の瞬間に、何かが見えたんです。空間の割れ目の向こうに、別の空間というべきでしょうか」
古泉の言葉で、俺はあの時の光景が鮮明に蘇る。こいつに連れて行かれた、ハルヒが作り出したという「閉鎖空間」。古泉が
言うには、ハルヒが無意識に編み出したストレス解消法だったか。
灰色の空。無人の街。青白く光る巨大な神人と、そいつと戦う赤い光。ひび割れる空。強い光。今思い出してもぞっとするね。
できれば二度と行きたくはないな。
「その割れ目から何かが落ちてきた、そこまでは見ました。そこで元の、つまりこの空間に戻ってしまったので、それが何であったか
その時は分かりませんでしたが」
大体話が読めてきたな。つまり──
「それが、転校生だってことか」
「その可能性は大いにあります」
机に肘を立て、絡めた両手で口元を隠した古泉は、こちらを睨むような目つきで肯定した。お前は碇司令か。などと考えている場合では
ない。これでまた厄介ごとが降りかかるのは確実だ。ハルヒの側にいる限り、平穏とやらは近寄ってこないらしいな。しかも逃げられない
ときたもんだ。
「つまりあれだ、閉鎖空間の崩壊をを見計らって異世界人、まあ今は仮にそう呼ぶが、そいつらが入り込んだってことか」
「異世界人かどうかは分かりませんが、その線が有力でしょう」
これでハルヒの望んだものが、全部そろったって訳か。
「しかも、さらに不審な点があります」
何かまだあるのか。異世界人の来襲ってだけでもうお腹いっぱいなんだがな。
「この学校周辺に、不審な建物が存在しています。いずれも、昨日の時点では存在していなかったものです」
「なんだ、異世界人の秘密基地か?」
「外見は周囲と変わらない普通の一般住宅と、よく見かけるような神社です」
異世界人はどうやら、ハルヒの力が目的ではないようだな。惑星移住はSFものでよく見るが、別世界への移住ってのはあまり聞かない
気がするぜ。しかも信心深いのか、神社まで持ってきたか。
「しかしますます分からんな。家に神社まで持ってきて、長居するつもりなのか」
古泉は肩を竦めて、立ち上がった。もう休み時間は終わりか?
「分かりません。関係各所への提出書類や周辺住民からの情報を総合する限りでは、よほど入念に計画されていたのか、不備は見当たらない
ようですが」
まったく根回しのいいことだ。ご近所さんへの引越しの挨拶まで済ませているとはな。
壁の時計を見て、まだ少し時間に余裕があるのを確認した俺は、イスに背を預け、深く腰掛け直す。はたから見れば少しだらしない格好
だが、古泉しかいないんだ。気にすることは無い。
「ま、本人の口から聞くのが一番手っ取り早いんだろうがな」
到底叶わないことを、何の気なしにつぶやく。いや逆だな。今までのパターンからすれば、SOS団に入団して、俺にこっそりと正体と目的
をばらすんだろう。俺は鍵だVIPだとか言ってな。悪いインターネットの事じゃないぞ。そして俺はもうひとつ、頭痛の種と面倒ごとを
背負い込むことになるわけだ。やれやれ。誰かにおすそ分けしてやりたいよ。
「ええ、我々もそういう結論に達しました」
古泉の奴はいつのまにか、ドアノブに手をかけて立っていた。ちょっと早いかもしれないが、そろそろ教室に戻るか。次のホームルームで、その
転校生の紹介があるんだったな。とりあえず顔だけ拝んでおくのも悪くない。
立ち上がり、パイプイスを戻す。いつのまにかあのにやけ顔に戻っていた古泉は、なぜかドアを開ける素振りを見せない。何やってるんだ?
「一時的な共同戦線の構築です」
「お前、何を言って」
言いかけた俺を気にせず、古泉がドアをゆっくりと開ける。その先に立っていたのは。
「…あなたたちに、話がある」
一見無表情で、どこまでも澄んだ真っ直ぐな双眸。
長門有希がそこにいた。
──かくして俺は、超能力者と宇宙人共同の「異世界人捕獲作戦」その片棒を担がされることになったわけだ。
最終更新:2008年03月10日 22:53