朝顔の咲いた果てに実るは ぞ

小泉の人◆FLUci82hb氏の作品です。


PAPT.A

俺は動揺していた。
唯我独尊なあのハルヒが、
恋愛など精神病だのと言っていたハルヒが、

「…その…だから、私と」

ラブレターなどを鞄に忍ばせたから、
今時夕焼け空の屋上に呼び出したから、

「…付き合いなさい………これは、団長………命令……なんだから」

ハルヒが俺に告白したから、

「スマン。ハルヒ」

では無い。
ハルヒと始めて会ったその日から抱えていたモヤモヤとした感情。
SOS団がなぜ心地良かったのか。
それらはパズルが完成して見えた一枚の絵のように俺に事実を突きつけた。

俺は、別にハルヒが好きでは無かった。

同様に朝比奈さんも。長門も。古泉も。誰もかも。
だから俺は断る。
「……だれか好きな人でもいたの?」
「いや、誰もいない」
悲しそうに目を伏せるハルヒ。
しかし俺は既に興味など無い。
「団長命令よ……って言ったらどうする?」
「なら辞めるさ」
俺はハルヒに背を向ける。
後ろから泣き崩れるような声だか音がしたが、俺はそんなのを助けるべきヒトでは無いべきだ。
ハルヒの望む関係は俺では無理。
ならばせめて友人としてアイツの未来を無駄に妨げないようにするべきだ。
閉まるドアが外の空気とハルヒの泣き声を遮断した。
俺の心は大事な大事な、宝物を失ったという喪失感で満ちていた。


PART.B

目眩がした。
「それで…まぁ、付き合うことになったのね」
恥ずかしそうな、
照れながら、
でも嬉しそうな、
そんな、表情。
「ふぅん……」
私は空返事を返した。
だって、それじゃお姉ちゃんが──
「古泉君は意外と女遊びしてるイメージだったけどあれで奥手なのは意外だったわ…」
古泉君は私も嫌いじゃなかった。
男としての魅力ならかなりいい方だと思う。
けど、私の中では付き合いたいだなんて思ってなかった。
私にはお姉ちゃんがいたから。
なのに古泉君がお姉ちゃんを?
「それで今度の日曜日に…」
頭がクラクラした。
お姉ちゃんっ子だとは良く言われてた。
確かに、お姉ちゃんが好きだった。
でも
「…つかさ?」
独りになるわけでもない。
なのになんで悲しいんだろう。
お姉ちゃんが取られたから、かもしれないけど一番の理由はきっと、
「つかさ!?大丈夫!?」

私は急にその場に、支えを失ったかのように倒れた。
その朦朧とする意識の中で私を抱えるお姉ちゃんを見て思う。
(…やっぱり私は卑怯かな)
自覚した想いを胸に意識は途絶える。


PART.A

「…何も言わないんだな」
「さて?……何がですかね」
辞めるだの言った俺が今居るのは文芸部室。
自然と足が向いたのだ。ハルヒに怒られたらどうするか、と考える内にドアを開けてしまった。
しかしそこにハルヒの姿は無く、それ以外は普段のSOS団があった。
チェスボードを取り出す古泉の前に座り、朝比奈さんからお茶を受け取りポーンを動かした。
何があったのかを恐らく知っている筈の古泉は、ただ笑みを貼り付けているだけだ。
「何がおかしいんだ?」
「いや、嬉しいのです。恐らく昔の彼女なら──」
コツン、と俺のポーンをビショップが倒す。
それを俺がクイーンで更に倒した。
「──自分の考えや思いに反するものは変えられていた筈です」
「…」
不利になった戦況を楽しんでいるかのようにも見えるが、コイツはいつも笑ってるだけなのでそれは無い。
「分別が付いてきたという事ですよ」
「それは普通小学生でも持ってるぞ」
板の上では均衡が崩れて俺の騎士と女王が暴れ回っていた。
恐らく聞き耳を立てていた朝比奈さんはいつの間にか世界が滅亡するかもしれない事態だったのだと知り、顔を青ざめさせている。
「これで普通の生活に一歩近づいたかもしれませんしね」
「そうかい」
今、ルークがキングを残して倒された。
クイーンと成ったポーンまでいる現状では勝てる訳も無い。
「…降参です」
「ようやくか」
相変わらず苦戦の字が遙か彼方に見える戦いだった。
負けた古泉はと言うと懐から紙切れを取り出して俺に突きつけた。
「敗北したのでコレでも差し上げましょう」
見れば映画のチケット。
「行く相手が居ねぇよ」
「いえ、僕と他に二名。次の日曜日に友達を連れて行かなくてはならなくなりまして」
放課後になってまでそれを渡さなかった。
つまりそれは
「…最初から俺に渡すつもりだっただろ」
「バレましたか?」
コイツにしては珍しいことに、人をバカにしたように舌などを出して笑った。


PART.B

「日曜日?」
学校から帰ってくるとお姉ちゃんは映画のチケットを見せながら私に話した。
「そ。要するに二人きりだとギクシャクしちゃうからまずは大人数でっていうことね」
「ふぅん…」
多分主にお姉ちゃんが、って部分が抜けてる説明を受けた。
あの急な発熱を伴っためまいで一応の安静を得た私だけど、この誘いに密やかに目を輝かせる。
だいたい、お姉ちゃんから離れる選択をする訳が無い。
ただそれはもうお姉ちゃんが私だけのものでは無いことを残酷に突きつけるだろうけど。
未練を断ち切るいい機会かもしれない。
「…?つかさ、アンタまだ熱っぽい?」
「ううん。もう平気」
どこまで行っても空元気だけど。
物悲しい気持ちが胸いっぱい。
だけどお姉ちゃんは気づかずに部屋を出る。
一応初めて、のデートに心をときめかせながら服を選んだりなんだり。してると思う。
私の手をするりと抜ける私の思いは誰に届けばいいのだろう?
悲しくて、虚しくて。
私は無理やり布団に潜って寝た。


PART.A

「…おはよう」
「…おはよう」
古泉の奴は当日までの楽しみ、などと言っていたが何してくれやがった。
いつもの駅前でいつもの時間に現れたのはハルヒ、……ではなくつかさとかがみだった。
前日に谷口から古泉とかがみが付き合い始めたなんて噂を耳にしてから嫌な予感がしていたんだ。
大体これはいわゆるダブルデートじゃないか?
お前等はつきあってるからいいが俺等はただの友達なんだぞ?
「それでは、いきますか?」
あーハイハイ。
…待て。お前いつの間にかがみの手を握ってんだ?うわ色男が。
別に羨ましいという訳で無くこのバカップルと一緒に居るのが恥ずかしいぞ。
かがみなんぞ顔を真っ赤にしているじゃねぇか。
「あああい、あ、あの?古泉くん?」
「はい」
「ててて、手?」
「ええ。…マズかったですか?」
初々しいもんだな。
ここは黙って途中でフェードアウトしてやるのが優しさだろう。
決して一緒に居るのに耐えられなくなるだろうから、という理由ではない。
つかさにその旨を伝えようと顔を見るとそこには不機嫌そうな顔があった。
「……」
やれやれ、と姉離れできない妹の肩を叩いて耳打ちした。


PART.B

キョン君の提案に乗って映画の後、二人を置いて私たちは喫茶店にいた。
「なんだか不思議な気分だ…あの二人がまさか付き合うなんてな」
「私も最初驚いたよ…」
コーヒーとホットミルクを頼んで向かい合わせに座った。
キョン君はあの空気に耐えられなかったみたいだ。
映画(それも恋愛もの)の最中ずっと手を握りっぱなしだったし。
意外と乙女チックなお姉ちゃんに釣り合えるのはもしかしたら、そういった事を臆面無くできる古泉くんぐらいしかいないのかもしれない。
「まぁ、俺も妹に彼氏ができたら驚くだろうしな」
こういった時にキョン君の言葉は的確なところを突く。
ただし、今回は少しズレたところだった。
「あはは~妹ちゃん可愛いもんね」
でもそれはしまって置かないと。
表にだしたら変にしか思われないから。
「可愛い?まさか。可愛いってのはミヨ…………いや何でもない」
「ミヨ?」
キョン君と話すのは嫌いじゃない。
いや、どっちかと言えば好き。
垢抜けない感じはあるけどそれも魅力の内。
「あー…今のは失言だ。忘れてくれ」
それでも付き合おうと考えたことは無い。
だって涼宮さんがいるし、だって──
「涼宮さんが聞いたら怒る話だからかな?」
少し意地悪な顔をして、イジワルな質問をしてみた。


PART.A

…そうか。そんな風に見られてたのか。
「残念ながら、んなことは無い。むしろハルヒは激昂するぞ?」
半分は合っているがもう半分は全く見当違いだ。
ハルヒに恋心はあったかもしれないが俺には無い。
それどころか───
「ふぅん……じゃあ、こなちゃんは?」
「何故そうなる」
…もう正直言ってしまおうか。
冗談らしく言えるだろうし。
こんなヒトとして欠陥な部分があるんだぞ、って。
「たぶん、こなちゃんはキョン君が好きだよ?」
「そうか?……そうだとしても俺は泉と付き合ったりできんだろうな」
なぜ恋愛関係の話になったのか不思議でしょうがない。
だがこれはチャンスでもある。
ぶちまける、チャンス。
「それはアレ、友達の方が楽しいってやつかな?」
言ってしまおう。
どうせ冗談としか取られない。
なら、言ってしまおうか。
言うか。
こんな自問自答なんて最初から行くと決めているのに踏ん切りがつかない馬鹿なんだ。
どうせ隠してもいつか言うなら今言おう。
顔には出さず、心中深くで息を呑んだ。


PART.B

「まぁ…正直付き合いたいって思う事が少ないからな」
それはたぶんキョン君は皆に好かれてるからだよ。
ホットミルクに口をつけながらキョン君を見る。
「妹がいるせいか、 人に 頼 ら れ る の が 好 き な ん だ よ な」
不意をつかれた。
凄く、戸惑った。
急に方向転換した言葉の行き先に驚いた。
「あ、あはは…キョン君なんか変な断りかただね」
これはもしかしたら。
もしかしたらもしかする、サイン?
千載一遇の。神さまが計ったようなタイミング。
お姉ちゃんが私から奪われたこのタイミングで。
この───
「そういうつかさはどうなんだ?意外と人気はあるぞ?」
……なら、もしそうなら、私は応えないと。
「私も、かな……」
口元が強張る。
舌がうまく動きそうにないのをミルクを潤滑油にしてなんとか動かす。
呂律が悪くなっちゃだめ。ここは大事な場面かもしれない。
「いちばん末っ子だったし、人と付き合いたいって言うよりも人に甘えたい…」
ここでごまかしても何にも意味ないのに。
言っちゃえ。私。
「…じゃなくて、付き合うとは違くて誰かに頼りない私を 支 え て も ら い た い」
まるで自分の性癖を告白するみたいな恥ずかしさを伴った。
甘えるのと支えるではニュアンスが違った。


上気した顔で覗いたキョン君の顔はなんだか、嬉しそうだった。


PART.A

「…なんだか似たような境遇だな」
コーヒーをすすって動揺を隠す。
まさか予想もしなかった反応がかえってきたのだ。
普通なら何を言っているんだと言わんばかりの答えに。

俺はつまり、頼られる事が好きだったのだ。
ハルヒが最初に基地外な事をしたときに、心のどこかでは"近くにいれば何かに巻き込まれる"んじゃないかという希望があった筈だ。
誰も寄りつかないアイツの窓口として誰かが頼るだろうと。
長門も同様に、口数が少ないアイツの近くにいれば誰か頼るだろう。
朝比奈さんもだ。朝比奈さん自身が俺を頼る。
古泉はハルヒが勝手に連れてきたから興味も無かったが逆に今では一番ハルヒをなだめるのに頼られている。
つまりSOS団は俺の自尊心を保つため、満足させるための場所だった。
そのためなら白い目で見られようが変人と見られようが構わなかった。
…それに気づかなければ幸せだったかもしれなかった。

「なら、いっそのこと俺と付き合ってしまおうか?」
………気がつけば俺は何を言っていた?
見ろ、つかさの目がパッチリ開いて戸惑ってるだろ。
嘆こうが喚こうが時間は戻らない。
ここが実は冗談だったと言う最後の場所じゃないか?
言うならまだ間に合
「うん」


PART.B

これでも少しは悩んで出した結果だった。
でも、駄目で元々な新しい宿り木が見つかった。
なら行って損は無いし、しかも向こうから来てくれたのに。
「い、…いいのか?」
そう言ったキョン君の口は笑ってた。
それを見た瞬間にもしかしたらこれは凄くいいことなんじゃないかと思った。
社会で見た需要と供給の釣り合う場所を神の手って聞いた気がするけど今の場面にこれほど合う言葉と比喩はたぶん無い。
私は支えられたくて。
キョン君は頼られたくて。
…すごい。心臓がどきどきしてる。
告白するときはこんな感じなのかもしれない。
でも今のこの告白は告白だけど告白とは少し違う。
今まで頼っていたお姉ちゃんの代わり。
「キョン君がよければだけど……」
目がぐるぐる回る。
頭が揺れてまた、あのときみたいに倒れそうだ。
たぶん今私はすごい早さでキョン君が好きになってるかもしれない。
恋人なら堂々と一緒にいられて──
ずっと、ずっと──
私のそばにいてくれて──
私だけを、支えてくれる──
なら、それこそ私の理想。
いつか離れるお姉ちゃん。
姉妹よりももっと強い結びつきがずっと欲しかった。
所有欲と独占欲まじりのこの気持ちが、満たされるかもしれない。


PART.A

「あっ…?」
急に支えを失ったかのように、机に倒れるつかさの頭を何の気もなしに支えた。
自然に、不意に、手がでた。
「…大丈夫か?」
「ご、ごめんなさいキョン君…!」
恥ずかしげに顔を染めるつかさ。
俺は朝比奈さんに抱く好意に似た好意をつかさにもう持っていた。
つまり、"頼られたい"為に"好かれたい"。
言ってしまえばそのために付き合える……そんな好意だ。
朝比奈さんは未来人。
いつか離れる。
つかさは現代人。
ずっと、居る。
なら俺は幸せに手を伸ばせば届かないだろうか?
いや、今"イエス"と答えればすぐにでも届く。
ふらふらと未だ怪しい動きをする頭を抱えるつかさに不満も何もない。
だが、
「あぁっ!?」
ゴトン、と鈍い音が思索の海から俺を引き上げた。
机の上には大量のピチャピチャと濡らす水と倒れたグラス。
それを見た店員がお絞りを持って駆けつけてきた。
「お客様、申し訳ございませんが少し席を…」
言われるがままに席を立つ。
つかさは故意にやってはいないだろうが、不注意な部分が目立つ。
なら、誰かが見てないと危なっかしい。
ハルヒにはもう古泉なり長門なり、SOS団があるのだ。
気兼ねする必要も、後ろ髪を引かれる必要もない。
なら、

「じゃあ…よろしく頼む」
「…うん」

人目も気にせず、つかさの肩を抱き寄せると俺の腕の内にしまってしまった。


PART.END

朝顔の花は支える棒がなければ人目のつく高さにその華を咲かすことはできない。
朝顔を支える棒は蔓に巻かれてそのそばに華を咲かせて初めて役目を全うできる。

よりそう姿は動物よりも植物に似て。
生産性の無い恋愛の果てには何ぞ実らん。

咲かない花は数多く。
成らない実は幾千万。
せめて寄り添う二つの木が枯れないよう祈るだけ。




……人に手折られ枯れる事の無いように。
歪ながらも当人は幸せなのだから。




『朝顔の咲いた果てに実るは ぞ』了。






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最終更新:2008年03月11日 22:00
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