「…というわけです」
朝比奈さんの話が終わった。
何というか…ショックだな。
少なくとも、俺が知るハルヒは…人の受験を理由に退団を命令する奴じゃない。
いや、別にハルヒを悪人にはしていない。
あいつはこういう時は…そうだな、「みくるちゃんをサポートするわよ!」とか何とか言ってSOS団総出で朝比奈さんの勉強を手伝ったりする。
朝比奈さんがそれを喜ぶかどうかは関係ない。あいつはあいつのやりたいようにする奴だ。
今回のハルヒは…ハルヒではない気がする。
俺の考えがハルヒ偽物説を唱え始めたところではっと我に返った。
いかんいかん、何を考えてるんだ、俺は。
あのハルヒが偽物のわけがない。全く根拠のない勘だが、分かるだろ?
そんな俺の独白をよそに、団長不在のSOS団ミーティングは続く。
「私…どうしたら良いんでしょう…」
「そうですね…今は涼宮さんの言うとおりにしておくしかないと思いますよ」
「おい、古泉。朝比奈さんをハブるつもりか?」
「いえ、今は涼宮さんに逆らわないことが第一ですので、それに基づいた提案です」
「……私もその案を支持する」
長門までが賛成かよ。確かにハルヒ優先で事を進めないと事態は最悪になってしまう。だからといって…。
「キョン君、そんなに落ち込まないでください」
「しかし…本当にそれで良いんですか?」
「……涼宮さんが望むのなら仕方ありません」
そう言う朝比奈さんが強がっているのは、俺の目からも明らかだった。
「…では、少し話を変えましょう。今回の涼宮さんの目的です」
古泉が仕切り始める。
あまり面白くないが、かといって他に仕切る奴もいなけりゃ、反対する奴もいないので、黙っておく。
「今回の涼宮さんの目的は『友情崩壊』ではないかというのが僕の仮説ですが…皆さんはどう思われます?」
「異論はない」
「…私もそうだと思います」
「……俺もだ。」
「分かりました。皆さんが同じ考えのようで安心しました。仮説は確信を持ったと言えます」
本人に確認もなしに『確信』とか使って良いものだろうか。最も、当の本人が一番確信から遠い人物ではあるが。
「では、ここからが本題です。涼宮さんはこの流れを何時まで続けるのか」
「そりゃあ…あいつの気がすむまで続くんじゃねえか?」
「ええ、それはそうなんですが、となると先程の『友情崩壊』という単語では収まりのつかない事象が我々に降り懸かることになるんですよ」
丁寧に説明しろ。
「あの…どういうことですか?」
ほら見ろ、朝比奈さんも困ってるだろうが。
「失礼。先述の通り、涼宮さんは『友情崩壊』を望んでいます」
言葉を稼ぐな。
「その1人目にはつかささんが選ばれ、その結果、彼女は涼宮さんが知らないところで一騒動起こした。ここで疑問が2つ浮かび上がります」
「…何の疑問だ?」
「まず1つ目に崩壊の標的につかささんが選ばれたことです」
「それのどこが疑問なんだ?」
「ではまず、話を少し反らせますが、友情を崩壊させるには手っ取り早い方法として喧嘩、があります」
「まあ、そうだな」
「そして涼宮さんはかがみさんやあなたとはよく喧嘩をする」
「喧嘩って言うか…あいつの言葉に投げやりに返してるだけだがな」
「それはあなたから見た話ですよ。まあ、確かにあなた方の喧嘩は痴話喧嘩とも言えますがね」
「……古泉、お前のその口をボンドでくっつけてやろうか?」
「冗談ですよ」
そう言って古泉はスマイル度を3割増しにする。増やすな!
「とにかく、涼宮さんが友情を崩壊させるにはあなたやかがみさんを煽って喧嘩でもした方が早い上に確実なんですよ」
ここで古泉はスマイル度を3割減にする。3割増しの3割減って…元に戻るのか?
「ところが、涼宮さんはそれをしなかった。そればかりかつかささんを選び、無茶な言いがかりやつかささんに対する情報操作など、かなり無理なことをしています」
古泉はここでスマイル度を0にする。
「これは涼宮さんが単なる『友情崩壊』を望んでいないということになると思います。彼女はおそらく…SOS団全員の友情崩壊を望んでいるのではないかと思われます」
ここで俺は思い出した。
皆に会わないつかさ。
俺を見て驚いたかがみ。
あれは俺に対する軽蔑と捉えて良いのか。
つい腕組みをした俺を見てたのか、古泉が
「どうやら皆さん心当たりがあるようですね」
と言ってきた。
見ると、朝比奈さんも思案顔だった。
心を見透かされたようで少し腹が立ったが、図星なだけに何も言えやしない。
「……まあな」
「…私もあります」
「………私も…」
「…長門もか?」
ほんの少しだけ、長門の頭が縦に揺れる。
長門にもそういった人間臭さが出るようになったのか。こいつもいつかは普通の女子高生となるのだろうか。
って今はそんな場合じゃないな。
自分を戒めつつ、仕方なく古泉の話に耳を向ける。
「幸いなことにまだ僕達の間には明確な崩壊はありません。せいぜい『あれっ?』と思うような些細な亀裂程度です」
確かに俺にとっては、つかさ、かがみ両名とも明確な崩壊とは言えない。
「しかし、これはまだ前哨戦といったところでしょう。僕が思う限り、泉さん達は2つのグループ…いえ、派閥に分かれています」
前哨戦だとか、派閥だとか戦中臭い話だな。だが、古泉の言っていることは何となく分かる。
「あのぉ…泉さん達はどうなっているんですか?」
朝比奈さんが古泉に尋ねる。この人は俺達の状況をあまり知ることが出来ないからな。
「そうですね、1つは泉さんと高良さん。もう1つは柊姉妹です。前者はいわゆる『ハルヒ肯定派』、後者は『ハルヒ否認派』に属されています」
ますます何かを匂わせる言葉遣いをしやがって。
「肯定…?否認…?どういうことですか?」
「実は…後者の2人はもうSOS団のメンバーではありません」
「え…」
朝比奈さんは口を手で押さえる。
そりゃそうだ、俺でさえ昨日ハルヒが同じことを言って絶句したからな。朝比奈さんは俺よりショックがでかいだろう。
「かがみさんとつかささんが…本当なんですか?」
「ええ」
「そんな…私だけじゃないんだ…」
朝比奈さんはやや放心状態で宙を見つめる。
やっぱりショックか。
俺はそんなことを思っていたが、ふと、あることを思い出した。
「おい古泉」
「何でしょう」
「この肯定だとか否認だとかであいつらが2つに分かれてるとか言うが、俺が見る限り、皆仲良しだぞ?」
「今のところはそうだと思います」
「どういう意味だ?まさか、これから悪くなるとか言うのか?」
「可能性はかなり高いと思われます」
「お前は予見でも身につけたのか?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
「ならば憶測か?」
「予測、ですよ」
こいつと会話していると頭が痛くなってくるな。
痛い頭を押さえつつ、俺はとりあえず古泉の言葉を呑むことにした。
「だから朝比奈さんの退団も分かっていたのか」
「ええ、まあ」
「じゃあ、その件はそれで良いとしよう。他に気になることがあるんでな」
「何でしょう」
「日曜日につかさが失踪したが、ありゃ何だったんだ?」
「ほう…あなたもなかなか鋭いですね。それが2つ目の疑問なんですよ」
嫌味はなさそうだが、いちいち鼻につく言動ばかりしやがって。だからと言って、いちいち突っ込んでもいられないが。
「確かに…日曜日に起こった失踪事件は涼宮さんに知られていない…つまり、涼宮さんにとっては『存在していない事件』とも言えます。何故事件は起こったのか。これは未だ解明できていない謎といえます」
「要するにつかさの行動の理由は不明、ってところか…」
「そうなりますね」
「長門は何か知らないか」
「私には涼宮ハルヒ及び柊つかさの思考を完全に読みとることが出来ない。故に両者について明確な意見を出すことは出来ない」
長門もお手上げが…。
朝比奈さんは…期待するだけ無駄だな。おそらく、いや絶対、俺と同じ側の人間だろう。
俺はこの問いに対する答えが出ないことを確認しながら呟いた。
「これからどうするかねぇ…」
「そのことですが」
古泉が即座に反応する。
「実は長門さんからお話があるようです」
「長門が?」
長門を見ると、こくりと頷いた。そして口を開いた。
「涼宮ハルヒは今後、更にSOS団脱退を現部員に対し行っていくと思われる。様々な推測から次にその措置が取られるのは…私または古泉一樹」
「おい、それマジで考えたのかよ」
「………」
長門は何も言わないが、勿論俺だって冗談で長門が考えたとは思わない。次の標的は…こいつらか。
俺が善後策はないか少しばかし考えた時、
「あのぉ…長門さん、古泉くん」
朝比奈さんが2人に尋ねた。
「その…もしそうなったら2人はどうするんですか?」
「…その時は涼宮ハルヒの言葉を受け入れる。ただし、外部からの観測を続行する」
「…僕も似たようなものです。SOS団を抜けたからといって、この能力が消えるわけではありませんし、涼宮さんの動向を探るでしょう。…朝比奈さんもそうではありませんか?」
「え?あ………はい、そうだと思います」
「そうだと思います」という言葉から、あくまで上司の連絡待ちか、何も考えていなかったのか、朝比奈さんらしい思考が読みとれる。
「さて…では今日はこれでお開きにしましょうか。皆さん、また何かあればここに集まる、ということで」
「分かりました」
「ああ」
「それではまた明日。良い一日を送られれば幸いです。長門さん、今日はどうも」
「構わない」
「それでは」
そう言って古泉は出ていった。
「じゃあ俺も帰るよ。じゃあな長門、朝比奈さん」
「あ、はい、さようなら」
「さよなら」
2人に見送られ、俺は長門のマンションを出た。
家までの帰り道、俺は考えていた。
ハルヒのやつがまたやらかしてくれたのは分かるが、何をどうすれば良いのか、今回は全くもって見当がつかない。
だが、こうも思った。何だかんだ言って長門や古泉はいたって冷静だった。
あの2人がそのような態度なら俺が焦る必要もないんじゃないか、と。
そう思うと気が楽だった。実際、家に着いてから、俺は終始この件について何も考えなかった。
妹に小学校の総復習をさせ、シャミセンとはいつものように遊んでいた。
日付が変わる頃にはベッドに潜り込み、夢の世界へと引き込まれていた。
しかし、これは浅はかな考えだった。
長門が言っていたあの言葉。
あの予測は二重に半分当たり、半分外すことになる。
そして金曜日。事態は加速する。
最悪の方向へと。
最終更新:2008年03月22日 11:29