なんてったって☆憂鬱:その8

「起立、礼」
 電子音のチャイムが教室に響き、日直の女子生徒の号令とともに立ち上がり、俺はみんなに合わせて頭を下げる。とたんに広がる喧騒。
その中に取り残されたような感覚を俺は感じた。
 
 「まあ、しょうがないか」
 
 自嘲気味に呟く。そりゃそうだ。転校初日ってのはこんなものだろう。見ず知らずの奴にいきなり「一緒に帰ろうぜ」と誘いをかける
奇 特な人間はそうはいないはずだ。
 
 「一日目終了ー。さ、帰ろっか」
 
 こなたさんも同じことを考えていたのかもしれない。ま、おいおい馴染んでいけば、こんな感覚も感じることはなくなる筈さ。教室から
出ようとした俺達の前に、いきなり彼女は鳥居立ちで立ちふさがった。
 
 おわっ!す、涼宮ハルヒだ!
 
 口に出してこそ叫ばなかったが、突然の登場に二人とも面食らっていたのは確かだ。
 短く切りそろえられた黒髪と、勝気な双眸。その口元は吊り上げられており、なるほど、見るからに気の強そうな人だ。まるで本当に
アニメDVDからそのまんま出てきた雰囲気。いや、俺達がDVDの中に入り込んでいるのか?こなたさんの説明だと、たしかそう
だったな。
 
 「え、ええと、どうしたのかな?」
 
 こなたさんがおずおずと話しかける。その様子はまるで憧れの芸能人か何かに出くわしたかのような、緊張と興奮が入り混じったような
そんな感じだ。

 「二人とも、何か部活に入る予定はある?」
 
 俺達が聞いた、涼宮ハルヒの第一声はそれだった。こなたさんの声色に、かがみさんの口調を混ぜたような。よく通る声だなと、ぼんやり
思った。
 
 「い、いや、決めてないけど。ええと…」
 
 本当はとっくに名前も知っているのだけれど、分からずに戸惑っているようなフリをする。ちらりと横目でこなたさんを見ると軽く親指
を立てて、ウインクを寄こした。どうやらグッジョブを俺に送ってくれているらしい。
 そうなのだ。俺達は何の変哲も無い転校生を演じなければ。隠し事をしているようであまりいい気はしないが、これもこの世界にうまく
溶け込むためのやむをえない手段なんだ。冷戦時の各国のスパイのような気分を味わっていると、彼女は察してくれたのか、自らの名前を口にした。

 「涼宮。SOS団団長、涼宮ハルヒ!あなたたち、わがSOS団に入団しない?」
 
 わーお。さっそくスカウトキタコレ。まさかハルヒさんからSOS団に誘われるとは思わなかったよ。
 
 「もちろ…じゃなかった。え、えーと、えすおーえすだん?」
 
 こなたさんが、わざととぼけた口調で聞き返した。世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。略してSOS団という意味だということは
聞くまでも無いだろう。とくにこなたさんは。ていうか、さっき「もちろん!」って入る気満々だったね、あれ。
 涼宮さんが──アニメのキャラクターにさんづけとは、自分でもおかしいと思うが──さらに口を開こうとしたとき、その後から男の
声が遮った。歳にしては随分落ち着いているというか、老けているというか。そんな印象を持った。
 
 「おいハルヒ、いきなりじゃ相手も戸惑っちまうだろう?」
 なかなかの長身だった。俺と同じくらいか、少し高いかもしれない。やや端正なその顔は今は軽く歪められている。呆れているのか?
 
 「何よキョン。団長自らのスカウト活動を邪魔する気?」
 「お前の場合はスカウトじゃなくて拉致だろ」
 
 そうか、今涼宮さんの一歩後ろで彼女を宥めている彼がキョンか。こなたさんは彼の本名は最大の謎って言っていたな。本名で呼ばない
のがこの世界での礼儀だとも。ちょっとひどい気もするが、郷に入ればなんとやらだ。
 
 「えーと、すまんな。いきなりで。俺は…」
 口調こそ謝罪のそれだが、目つきが何かを品定めするかのように厳しい気がするのは気のせいか?
 
 「こいつはキョンでいいわ」
 
 流れ的に、自分の氏名を俺達に教えようとしてくれたんだろう。しかし無碍もなく涼宮さんに遮られ、小さく肩を竦めて彼は小さく溜息
を吐く。いとあわれ。横でこなたさんが、軽く舌打ちしたのを俺は聞き逃さなかった。そんなに本名が聞きたかったのか。
 
 「あなた達は期待の新戦力!SOS団に入る以外の道は存在しないわ!」
 なんと強引。街頭の怪しい宗教勧誘など比べ物にならないほどにストレート。アニメそのまんまだ。
 
 「勝手に人の道を閉ざすな。だが、まあ無理強いはしない。嫌ならはっきり断ったほうがお互いのためだぞ」
 
 キョンの目が「断ったほうが身のためだぞ」と盛んに訴えている、そんな気がする。さて、どうしたものかな。確かにいろんな意味で
校内の注目の的であろうSOS団に入るのは、帰る方法を探さなきゃいけない俺達にとって、一種の賭けみたいなものかもしれない。こなた
さんは止めたけど、やっぱり涼宮さんの力を利用するしか方法は無いような気がしないでもないし。ていうかその前に、SOS団について
分からないフリをしてとぼけたのだから、その辺りから会話をすすめないと。そして後で、かがみさん達と相談して──

 「おもしろそうだネ。うん。入るよー」
 
 言っちゃったよこの人!ああたさっき「SOS団って何?」的な話の流れ作ってたでしょ、ああた。
 俺は空気嫁よという顔で、涼宮さんは打ち上げ花火みたいな笑顔で、キョンは多少引きつった顔で、目を細めてにやけ顔なこなたさんを見た。
 
 「さすが、私が見込んだだけはあるわ!」
 喜びを隠そうともしない彼女とは対照に、「後悔しても知らんぞ」という諦めの視線で俺達を見る彼。俺も苦笑いで、キョンに視線を返す。
 
 「で、あんた、小鳥谷君だっけ。どうす」
 「あー、彼と私は1セットなのさ」
 
 涼宮さんが言い終わらないうちに、こなたさんが口を開く。
 ってちょ、おま、なんてことを言いやがりますかあんたは!しかも誤解してくださいと言わんばかりじゃないかそれ!俺があわてて訂正すべく
口を開きかけると、案の定彼女は誤解したようで、
 
 「ふーん、あんた達付き合ってるの?」
 なんて聞いてきた。
 「ち、ちが」
 「さあ、どうだろうねぇ。今のところはただの幼馴染だよ」
 こなたさん、否定するのかどっちなんですか。つーか幼馴染って、転校初日にこなたさんが勝手に考えた設定まだ生きてるんですか。そこまで
考えて、ふと疑問が浮かんだ。
 
 転校初日って、今日だよな。そんな設定決めたか?
 
 記憶に靄がかかっているような気がする、いや、確かにそんなことを決めたはず。こなたさんが勝手にだけど。それはここじゃない。
あれは──
 そうだ。この世界に来る前、現実世界の陵桜学園だ!なんでそんな事忘れていたんだろう。記憶が混乱しているのか?
 
 「どったの?」
 こなたさんがこちらを覗き込むように見ていた。
 
 「いや、なんでもないよ」
 首を勢いよくふって、脳をシェイクする。記憶が曖昧になったのは、ワープしたことによる時差ボケならぬ次元ボケかもしれない。今適当に考えたけど。
 
 「とにかく、今日は活動はお休みだから。明日部室に来て!細かいことはキョンにでも聞けば分かるから」
 言いながら、教室を出て行こうとする涼宮さんを、キョンが引き止めた。
 
 「どこいくつもりだ?」
 「他の転校生をスカウトするのよ」
 
 すると、片手を挙げて手招きするような仕草でこなたさんが、またしてもとんでもないことを言い放つ。

 「あー、ハルにゃんや。私たち知り合いだから、話通しておくよ」
 「本当!?じゃ、お願いするわこなた!明日部室で、約束よ!?」
 
 言い終わる前にはもう、教室から姿がなくなっていた。ホントに台風みたいな人だな。あとには呆然とした俺と、満足げなこなたさんと、呆れ顔な
キョンが残された。
 
 「まあ、なんだ。いろいろ大変な目に遭うと思うが」
 「でも楽しそうだよね。キョンキョンは楽しくないのかい?」
 答えに詰まる辺り、あながち楽しくない訳でもなさそうだな。それにしてもキョンキョンって平成初期なセンスだな…。
 
 「てかこなたさん、勝手に約束なんかして大丈夫なの?」
 小声でこなたさんに問いかけると、ふっふっふと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 
 「だいじょーぶだいじょーぶ。なんだかんだでみんなおk出すから」
 ホントに大丈夫かなぁ。不安が拭えないんですけど。
 
 「あー、それはそうと、ちょっと話があるんだ。これから時間あるか?」
 なぜかバツが悪そうに、キョンが俺達を見回す。
 
 「んー、私は予定無いよ」
 「俺も大丈夫だけど、話って?」
 「まあ、SOS団のこととかだよ。すまないが二人とも、教室で少し待っててくれないか」
 今じゃダメなんだろうか。それを問うと、キョンは口を濁らせる。ついには無理矢理話を打ち切って、少し用事があると言い残し、教室を
出て行ってしまった。
 
 「なんだったんだろうね?」
 「さあ…」
 気付くと、ほとんどの人がいなくなっていた教室。再び自分の席に腰を下ろそうとして。
 
 「あ、こなちゃん、雄吾くん」
 「あんた達、まだ残ってたの?」
 振り向くと、かがみさんとつかささんが教室の出入り口からこちらを覗いていた。俺達のこと迎えに来てくれたのかな。
 
 「どったの二人とも?」
 こなたさんの質問に、近くの席のイスに腰掛けながらかがみさんが答える。
 
 「帰ろうとしたら、同じクラスの人に声掛けられたのよ。ここで待っててくれって言われたんだけど」
 とたんに輝きが増すこなたさんの目。
 
 「おおう!?もしかして告白フラグ?かがみんやるね!」
 「なんでもそっちに結びつけるな。だいたいつかさと二人で声掛けられたんだから告白も何もないでしょ」
 「なるほど。ハーレムフラグが立ったんだネ」
 
 こなたさんはそんなに、かがみさんを誰かとくっつけたいのだろうか。つかささんが苦笑しながら俺の前の席に座って、こちらに向き直った。

 「雄吾くん達は何で居残りしてたの?」
 「えっと、俺達も話があるから待っててくれっていわれたんだよ」
 「そ、キョンキョンにね。そっちは誰に言われたの?」
 「えっと、同じクラスの、えーっと…」
 「…古泉君、でしょ」
 かがみさんのフォローに、そうそうとうなずくつかささん。って、ちょっと待てよ…古泉君?こなたさんも、何かに感づいたようだ。
 
 「これは…なんか裏があるようなないような、いやーな予感が…」
 こなたさんがつぶやいたのと、教室にみゆきさんと永森さんが二人そろって顔を見せたのはほぼ同時だった。
 
 「みなさんお揃いでしたか」
 微笑みながら、みゆきさん。永森さんは相変わらず、なんの感情も浮かべずにこちらを見ている。これはひょっとすると…
 
 「みゆきさん達も、もしかして誰かにここに来るように言われた?」
 俺の質問に、みゆきさんはええ、と首を縦にふった。
 
 「同級生の長門さんに、ここで待つように言われました」
 SOS団メンバーが、俺達をここに集めた…。涼宮さんの指示なのかな?こなたさんに聞いてみることにした。
 
 「涼宮さんの指示なのかな…?」
 「え、でもハルにゃんは今日は団活ナシって言ってたよねぇ?」
 確かにそうだ。明日、部室でと言い残して教室からいなくなったんだ。
 「誰か何か──」
 
 「用件でしたら、今お聞かせしますよ」
 
 こなたさんが言いかけた時だった。彼らが、姿を見せたのは。



 泉たちとの会話を無理矢理に切り上げて、集合場所に指定された階段へと俺は急いでいた。
 廊下を歩く生徒の数は大分少なくなっている。今日は一部の運動部を除いてほとんど部活は休みのはずだ。今校内に残っているのは
俺達のようなもの好きくらいだろう。
 まったく、面倒な事にならなきゃいいんだがね。
 ほどなくして、階段に到着。ニコニコ笑いの古泉と、対照的に表情のない長門、それに、おどおどしている朝比奈さんがすでに俺を
待っていた。
 
 「キョン君」
 俺に気付いた朝比奈さんが、にこりと笑いかける。ああ麗しきエンジェルスマイル。その笑顔を見ただけでも、俺を悩ませる懸案事項が薄れて
いくようですよ。
 って朝比奈さん、なぜここに?
 
 「す、すみません。さっきの休み時間に部室に行く予定だったんですけど、先生に呼ばれてしまって」
 本当にすまなそうに頭を下げる朝比奈さん。いや、そんなに謝らなくても。
 
 「それで、そちらの首尾は?」
 せっかく俺が朝比奈さんに慰めの言葉を掛けようとしていたのに、古泉の野郎が邪魔した。張り付いた微笑のせいか余計に憎たらしく見えるな、
こんちくしょうめ。
 
 「話はしてきた。多分教室で待ってるはずだ」
 「それでは、逃げられないうちに早めに教室へ向かいましょう」
 古泉の言葉に促されるように、長門と朝比奈さんが1年5組、つまり俺の教室に向かって歩き出す。賽は投げられたって訳か。ルビコンの川渡り
をする前のカサエルの心境だぜ。
 
 果たしてあいつらは何者なのか。ハルヒにちょっかい出すってのは本気なのか。全ての謎が今明かされる!ってか。ベタな本の帯文句だな。
とにかく、コンバットナイフで刺されるようなことだけはマジで願い下げだぞ。


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最終更新:2008年03月22日 22:23
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