「――――」
まさか、と思うより早かった。
こなたは、ためらう事なく土蔵の外へと身を躍らせる。
「!」
体の痛みも忘れ、立ち上がって後を追った。
こなたがあの谷口に敵う筈がない。
「待――――!」
て、と叫ぼうとした声は、その音で封じられた。
「な――――」
目を疑う。
今度こそ、何も考えられないぐらい頭の中が空っぽになる。
響く剣戟《けんげき》。
月は雲に隠れ、庭はもとの闇に戻っている。
その中で火花を散らす鋼と鋼。
Fate/unlucky night ~二日目②
土蔵から飛び出したこなたに、谷口は無言で襲いかかった。
こなたは槍を一撃で払いのけ、更に繰り出される槍を弾き返し、その度、谷口は後退していく。
「――――」
唖然した、こなたは谷口を圧倒していた。
―――戦いが、始まった。
俺では視認する事さえ出来なかった谷口の槍は、さらに勢いを増してこなたへと繰り出される。
それを、手にした“何か”で確実に弾き逸らし、間髪いれずに間合いへと踏み込むこなた。
「チィ――――!」
憎々しげに舌打ちをこぼし、谷口は僅かに後退する。
手にした槍を縦に構え、狙われたであろう脇腹を防ぎに入る――――!
「ぐっ……!」
谷口が圧倒されている。
「卑怯だな、自らの武器を隠すとは……!」
こなたの猛攻を捌きながら、谷口は悪態をつく。
「――――――――」
こなたは答えず、更に手にした“何か”を打ち込む……!
「テメェ……!」
は反撃もままならず後退する。
それも当然だろう。
なにしろこなたが持つ武器は視えないのだ。
相手の間合いが判らない以上、無闇に攻め込むのは迂闊すぎる。
そう、見えない。
こなたは確かに“何か”を持っている。
だがそれがどのような形状なのか、どれほどの長さなのか判明しないのでは、一切が不可視のままだ。
もとから透明なのか、振るう武器は火花を散らせようと形が浮かび上がらない。
「チ――――」
よほど戦いづらいのか、谷口には先ほどまでの切れがない。
絶え間ない、豪雨じみた剣の舞。
飛び散る火花は鍛冶場の錬鉄を思わせる。
―――それを舌打ちしながら防ぎきる谷口。
正直、殺されかけた相手だとしても感嘆せずにはいられない。
谷口は見えない武器を相手に、こなたの腕の動きと足運びだけを頼りに確実に防いでいく―――!
「調子に乗るな――――!」
ここが勝機と読んだか、谷口は消えた。
否、消えるように後ろに跳んだ。
ゴウン、と空を切って地面を砕き、土塊を巻き上げるこなたの一撃。
谷口を追い詰め、トドメとばかりに振るわれた一撃はあっけなく躱された――――!
「なにやってんだアイツ……!」
遠くから見ても判る。
今までのような無駄のない一撃ならいざ知らず、勝負を決めにかかった大振りでは谷口を捉える事はできない。
谷口とて、何度も少女の猛攻を受けて体が軋んでいただろう。
それを圧して、この一瞬の為に両足に鞭をうって跳んだのだ。
今の一撃こそ、勝敗を決する隙と読み取って――――!
「ハ――――!」
数メートルも跳び退いた谷口は、着地と同時に弾けた。
三角飛びとでもいうのか、自らの跳躍を巻き戻すようにこなたへと跳びかかる。
対して―――こなたは、地面に剣を打ち付けてしまったまま。
「――――!」
その隙は、もはや取り返しがつかない。
一秒とかからず舞い戻ってくる赤い槍と、
ぐるん、と。
地面に剣を下ろしたまま、コマのように体を反転させるこなた。
「!」
故に、その攻防は一秒以内だ。
己の失態に気が付き踏みとどまろうとする谷口と、
一秒もかけず、体ごとなぎ払うこなたの一撃――――!
「ぐっ――――!!」
「――――――――」
弾き飛ばされた谷口と、弾き飛ばしたこなたは互いに不満の色を表した。
お互いがお互いを仕留めようと放った必殺の手だった
たとえ窮地を凌いだとしても、そんな物には一片の価値ない
間合いは大きく離れた。
今の攻防は互いに負担が大きかったのか、両者は静かに睨み合っている。
「止まってたら槍兵の名が泣くよ、そちらが来ないのなら、こっちから行くけど」
「……は、わざわざ死にに来るか。それは構わんが、その前に一つだけ訊かせろ。
貴様の宝具――――それは剣か?」
ぎらり、と。
相手の心を射抜く視線を向ける。
「―――どうだろうネ。
戦斧や槍剣だったり、もしかしたら弓かもよ、グッチー?」
「く、ぬかせ剣使い」
それが本当におかしかったのか。
谷口は槍を僅かに下げた。
それは戦闘を止める意思表示のようでもある。
「?」
こなたは谷口の態度に戸惑っている。
「……ついでにもう一つ、お互い初見だしよ、ここらで分けって気はないか?」
「――――――――」
「悪い話じゃないだろう? そら、あそこで惚けているキョンは使い物にならんし、オレのマスターとて姿をさらせねえ大腑抜けときた。
ここはお互い、万全の状態になるまで勝負を持ち越した方が好ましいんだが――――」
「面倒だから、ヤダ」
「そうかよ。ったく、こっちは元々様子見が目的だったんだぜ? サーヴァントが出たとあっちゃ長居する気は無かったんだが――――」
ぐらり、と。
二人の周囲が、歪んで見えた。
谷口の姿勢が低くなる。
「む、宝具――――!」
こなたは剣らしき物を構え、目前の敵を見据える。
俺が口を出すまでもない。
敵がどれほど危険なのかなど、対峙している彼女がより感じ取っている。
「……じゃあな。その心臓、貰い受ける――――!」
獣が地を蹴る。
まるでコマ送り、谷口はそれこそ瞬間移動のようにこなたの目前に現れ、
その槍を、彼女の足下めがけて繰り出した。
「――――」
それは、俺から見てもあまりに下策だった。
あからさまに下段に下げた槍で、さらに足下を狙うなど通じる筈がない。
事実、彼女はそれを飛び越えながら谷口を斬り伏せようと前に踏み出す。
その、瞬間。
「“――――刺し穿《ゲイ》つ”」
それ自体が強力な力を帯びる言葉と共に、
「“――――死棘《ボルク》の槍――――!”」
下段に放たれた槍は、こなたの心臓に迸っていた。
「ちょっ!?」
浮く体。
こなたは槍によって弾き飛ばされ、大きく放物線を描いて地面へと落下――――いや、着地した。
「あうっ、く……!」
……血が流れている。
今まで掠り傷一つ負わなかったこなたは、その胸を貫かれ、夥しいまでの血を流していた。
「確か因果の逆転だっけ?」
苦しげに声を漏らす。
……驚きはこちらも同じだ。
いや、遠くから見ていた分、今の一撃が奇怪な物だったと判る。
槍は、確かに足下を狙っていた。
それが突如軌道を変え、あり得ない形、あり得ない方向に伸び、貫いた。
だが槍自体は伸びてもいないし方向を変えてもいない。
その有様は、まるで初めから胸に槍が突き刺さっていたと錯覚するほど、あまりにも自然で、それ故に奇怪だった。
あらゆる防御を突破する魔の棘。
狙われた時点で運命を決定付ける、使えば『必ず心臓を貫く』槍。
そんな出鱈目な一撃、誰に防ぐ事が出来よう。
敵がどのような回避行動をとろうと、槍は必ず心臓に到達する。
―――故に必殺。
解き放たれれば、確実に敵を貫く呪いの槍―――
それを、こなたは紙一重で躱していた。
貫かれはしたものの、致命傷は避けている。
ある意味、槍の一撃よりこなたの行動は不可思議だった。
こなたは槍が放たれた瞬間、まるでこうなる事を知ったかのように体を反転させ、全力で後退したのだ。
致命傷を避け、必殺の名を地に落としたのだが――――
「は――――ぁ、は――――」
こなたは乱れた呼吸を整えている。
あれだけ流れていた血は止まって、穿たれた傷口さえ塞がっていく―――
「――――」
それにしても並外れている。
斬り合う技量といい、一撃ごとに叩きつける力といい、こうしてひとりでに傷を治してしまう体。
……しかし、それも先ほどまでの話。
再生中といえど、こなたの傷は深い。
ここで谷口に攻め込まれれば、それこそ防ぐ事も出来ず倒されるだろう。
だが。
圧倒的に有利な状況にあって、谷口は動かなかった。
ぎり、と。
ここまで聞こえるほどの歯ぎしりを立ててこなたを睨む。
「―――躱したなセイバー。我が必殺の一撃《ゲイ・ボルク》を」
地の底から響く声。
「……ゲイ・ボルク……やっぱりクー・フーリンなんだネ」
谷口の顔が曇る。
先ほどまでの敵意は薄れ、谷口は忌々しげに舌打ちをした。
「……ドジったぜ。こいつを出すからには必殺でなけりゃヤバイってのにな。まったく、有名すぎるのも考え物だ」
重圧が薄れていく。
谷口は傷ついたこなたに追い打ちをかける事もせず、あっさりと背中を見せ、庭の隅へ移動した。
「己の正体を知られた以上、どちらかが消えるまでやりあうのがサーヴァントのセオリーだが……あいにくうちの雇い主は臆病者でな。槍が躱されたのなら帰ってこい、なんてぬかしてやがる」
「――逃げるの、グッチー」
「ああ。追って来るのなら構わんが、ただし―――その時は、決死の覚悟を抱いて来るんだな」
トン、という跳躍。
どこまで身が軽いのか、谷口は苦もなく塀を飛び越え、止める間もなく消え去った。
「むぅ、逃げたか」
どうやらこなたは谷口を追いかける気がないようだ
「ちょっといいか、こなた」
少し恐る恐る声をかけてみる
「なに?キョンキョン」
いつも雑談をする時と同じ感じであった
谷口の様にいきなり襲われることはなさそうだ
「何が起きたんだ」
一番の疑問を聞いてみる
「そろそろあの二人も来るから、そしたら説明するヨ」
どうやら事情を知っているようだ、助かった。
ん、あの二人って誰だ?
それを聞こうとした時、門のほうから声が聞こえた
「どうやら無事のようですね」
「そうね、なんとかなったみたいね」
声がしたほうを向いてみた
そこにいたのは、古泉とかがみだった。
最終更新:2008年03月23日 22:12